2017年 9月に読んだ本

●7687 盤上の向日葵 (ミステリ) 柚月裕子 (中公社) ☆☆☆☆

 

盤上の向日葵

盤上の向日葵

 

 

冒頭が素晴らしい。羽生をモデルにした将棋の六冠王壬生と、東大卒のIT長者から奨励会を経ずプロ入りした、これまた天才上条の、七冠をかけた決戦が将棋の駒の街、天童で始まろうとしていた。しかし、そこには埼玉県警の二人の刑事(一人はまるで、「孤狼の血」から抜け出たような石破と、奨励会で夢破れ刑事になった佐野のコンビ)が立ち会っていた。

物語はそこで、一気に30年前の諏訪にとび、貧乏な天才少年と、それを助ける将棋好きの先生のストーリーとなる。そして、現在と過去がカットバックで描かれるのだが、そのディティールが太くて、うまくて、分厚い作品を一気に読んでしまった。

では、大傑作かといわれると、これまた困る。小説としては文句はないのだが、ミステリとしては、これは「砂の器」だと、すぐに気づいてしまう。また、終盤の真剣師小池重命をモデルにした、東名重慶のくだりも、面白いのだが、ミステリとしては厳しく言えば陳腐なできだ。

まあ、でもいい。これだけ書いてくれれば十分だ。これで、「慈雨」を入れれば、おすすめ神7がそろった。「慈雨」を僕は評価しないが、本の雑誌No1なんだからいいだろう。

 

●7688 浪漫疾風録 (NF) 生島治郎 (講談社) ☆☆☆★

 

浪漫疾風録 (講談社文庫)

浪漫疾風録 (講談社文庫)

 

 とあるブログで本書の存在を知った。小林、都筑、常盤、等々当時の編集長の話はいくつも読んだが、そう言えば生島=小泉太郎に関しては、読んだことがない、という気がして読み出した。

早川ミステリマガジン創刊時の、田村隆一都筑道夫田中小実昌福島正実、といったメンバーや、佐野洋結城昌治開高健、といった作家たちが次々実名で登場する。当然、妻の小泉喜美子もでてくる。そして、後半出てくる小林信彦の意外なイメージには驚いた。

というわけで、クイクイ一気に読んだのだが、ちょっと合格はつけられない。というのも、著者自身のみが越路という仮名であり、何だかなあ、という感じなのだ。そのせいかもしれないが、すべてにおいて少し掘り下げが足りない気がした。漫画原作みたいなのだ。楽しんでおいて、文句言って悪いが。

 

●7689 監督の問題 (フィクション) 本城雅人 (講談社) ☆☆☆★

 

監督の問題

監督の問題

 

 著者の作品は、野球がテーマだと、魅力が増す感じなのだが、本書は表紙から分かるようにユーモアを狙っていて、微妙な出来。まあ、楽しく読みはしたのだが、それ以上でもなく、それ以下でもない。

珍しく書下ろしの連作短編集なので、何か仕掛けを期待したのだが・・・

 

●7690  幻視街  (SF)  半村良  (講談社) ☆☆☆

 

幻視街 (角川文庫)

幻視街 (角川文庫)

 

 

 半村良もなかなか神7が作れなくて、77年のブログで見つけた古い本を読み出したがイマイチ。冒頭の一番長い「獣人街」は、迫力があって読ませるが、結局よく分からない。これは、新しい聖書の物語なのか。次の「巨根街」はツツイにでもまかせたほうがいいのでは?

「妖星伝」「岬一郎」「産霊山」「石の血脈」あたりまでは、スラスラでるのだが。

 

●7691 名探偵傑作短編集 法月綸太郞編 (ミステリ) 法月綸太郞 (講談文) ☆☆☆

 

名探偵傑作短篇集 法月綸太郎篇 (講談社文庫)
 

 

法月、御手洗、火村の三大?名探偵の企画短編集の第一弾は法月綸太郞。なんだけれど、イマイチのれなかった。こういうとき、自分は本当にパズラーファンなのかと思ってしまう。若い頃はあれほど、クイーンの国名シリーズの解決シーンだけを読んだりしたのに、本書の論理の繰り返しが面倒に感じるのだ。(特に「リターン・ザ・ギフト」。もっとシンプルにした方が傑作になった気がする)僕が変わったのか、作品が悪いのか・・・

収録作は全部読んだはずなのに、ほとんど記憶にないのにあきれる。さすがに協会賞を獲った「都市伝説パズル」は覚えていたが、初読ほどの面白さは感じなかった。

 

●7692 ディレクターズ・カット (ミステリ) 歌野晶午 (幻冬舎) ☆☆☆★

 

ディレクターズ・カット

ディレクターズ・カット

 

 

著者の「密室殺人ゲーム」シリーズが苦手な僕には、ちょっと辛い作品。サイコキラーとTVのやらせを使った、どんでん返しは、よく出来ているような、予想通りのような。とにかく、こういうキャラや文体は苦手なのだ。申し訳ないけど。

 

●7693 落語 魅捨理全集 坊主の愉しみ (ミステリ) 山口雅也  (講談社) ☆☆☆★ 

 

落語魅捨理全集 坊主の愉しみ

落語魅捨理全集 坊主の愉しみ

 

 これまた、無粋な僕には苦手なジャンルだけれど、冒頭の「坊主の愉しみ」にあるダールの名作が使われていて、嗤ってしまった。残念ながら、他にはなかったけれど。全体に思ったより楽しく読んだけれど(ギャグがややすべるが)知識不足の僕が、どこまで理解できたかは不明。

 

●7694 名探偵傑作短編集 火村英夫編 (ミステリ) 有栖川有栖 (講談文) ☆☆☆☆

 

 

この企画、新本格30周年ということらしい。それにしては、解説人が物足りない。本書の杉江はまだましな方だが、大森のように熱い時代をきちんと語ってくれる評論家がミステリにも欲しい。

で、本書だが贔屓なしに、法月よりすごく読みやすかった。細かい分析はやめるが、法月がお手本とする都筑のパズラーも僕は読みにくいので、その編に秘密があるのかも。

本書というか企画本三冊とも全編既読なはずなのに、相変わらず全然記憶がない。特に有栖川の最高傑作?とも言われる「スイス時計の謎」がずっと気になっていて、今回やっと本書で再読できた。

結論は、最初はよく分からなかったのだが、腑に落ちると、やはりこのロジックは美しい、と感心した。(まあ、ネットで誰かがけなしていたように、確かに本音はこのトリックは近代科学捜査の前では無理なのだが・・・これがなければ★もう一つ追加でもいい)ただ、もしこれを僕が法月の文体で読んだら、読み切れたかどうか怪しく思ったのだ。で、本書はなぜか本家クイーンの「ガラスの丸天井付時計」を思い起こすのだ。

その他も、思ったより面白い。「赤い稲妻」の大胆なトリックには驚いたし(まあ、無茶だけれど)「ブラジル蝶」のある機器の使い方も面白い。(杉江が本書がある国名シリーズへのオマージュと書いているのが、分からなくて引っかかる。「Y」のインスツルメンタルではないのだろうか)

残りの3編も悪くない。島田を読んでいる途中に、本書が届き、こっちが面白くて一気に読んでしまった。さて、島田に戻ろう。で、こういうとき、綾辻に名探偵がいないのが痛いなあ。十巻館の愛蔵版は出たみたいだけれど。

 

●7695 名探偵傑作短編集 御手洗潔編 (ミステリ) 島田荘司 (講談文) ☆☆☆★

 

名探偵傑作短篇集 御手洗潔篇 (講談社文庫)

名探偵傑作短篇集 御手洗潔篇 (講談社文庫)

 

 さて、トリを務めるのが、御大島田荘司。まあ、最近の作品にはもはや期待はしないが、初期の短編集には愛着がある。その最初の「挨拶」からは「数字錠」と「ギリシャの犬」の二編。後者は「挨拶」の中の僕のベストで、さすがにあの暗号トリック(今でもベストのひとつ)はよく覚えていた。たこ焼き屋は忘れていたけれど。「数字錠」は人情話だが、肝心の数字錠の使い方がイマイチ。

「ダンス」からは「山高帽のイカロス」、「メロディ」からは「IGE」の二編。この二作は、島田の魅力と、現在の失速状況をよく表している。魅力はなんと言っても、そのリーダビリティ。まあ、けれんが勝ちすぎているが、とにかく読ませる。

弱点はもう、不可思議状況を作り出すためにすべてを奉仕させているので、ストーリーに全然リアリティーがないこと。どっちの動機も、あっちの世界のものだ。で、肝心のトリックは、派手だが、前者はチェスタトンのあれ、後者はドイルのあれとクイーンのあれの、島田流ゴタゴタ装飾過剰で、どうにも趣味に合わない。(その典型が解説にも引用された、最近作「屋上の道化たち」)

というわけで、三大探偵は、火村のぶっちぎり勝利で、御手洗、法月、の順かな。とにかく法月は読みにくいんだよね。なぜか。

 

 

 

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