2017年 12月に読んだ本

●7710 学校では教えてくれない戦国史の授業 (歴史) 井沢元彦 (PHP) ☆☆☆☆

 

学校では教えてくれない戦国史の授業 秀吉・家康天下統一の謎

学校では教えてくれない戦国史の授業 秀吉・家康天下統一の謎

 

 

逆説と違って、こっちは相変わらずいい感じ。とは言っても、時代が時代だけに、最新の学説も結構既に訊いたことが有る。ただ、その整理には非常に良い。そして、一番残ったのは、いつも当たり前に思うのに、歴史上では言及されない、賤ヶ岳での前田利家の裏切り。その理由が何となく分かったのが、おかしい?

そして、結局秀吉というのは主君を乗っ取った(井沢は大石内蔵助が浅野家を再興した後、浅野家を乗っ取るようなもの、と評したのは鋭い)のに、なぜここまで庶民に好かれたのか。しかも、本来なら最終勝者の徳川から徹底してあしざまに書かれそうなのに。このあたりが、もう少し深掘りすれば、結構重要な日本人論になるのではないだろうか。

僕の故郷の和歌山(の南部)は、本来なら御三家、それも暴れん坊将軍の故郷なのだから、徳川びいきのはずなのに、少なくとも僕の少年時代は親父を始め、豊臣ファンばかりで、徳川びいきは誰もいなかった。また、夏祭りのかけ声が「ちょうさんじゃい」で、これが「逃散」であることに大人になってから気づいた。米のとれない紀州で、50万石を得るために、いかに厳しい取り立てがあったか、そして農民がいかに徳川を恨んでいたか、がよく分かるのである。

 

●7711 歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド (書評) 大矢博子 (文春文)☆☆☆★

 

歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド (文春文庫 お 72-1)

歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド (文春文庫 お 72-1)

 

 

全部で488冊、という膨大な読書ガイド。一応僕は50冊くらい読んでいる。冒頭の銭形平次のくだりの面白さなあど、大森に似ている点が多々あるのだが、内容は個人的には大森の4掛けというところか。正直、作品より、自分の言いたいことを優先している感じ。やっぱマニア魂が足りない。大森は、広く深く、だけれど、大矢は広いけど浅い。

たぶん、大矢にチャンは読めても、イーガンは読めないだろう。まあ、今のイーガンには僕もお手上げですが。歴史小説の本に、いったい何を書いてるのやら。

そうは言っても「火怨」だとか「等伯」だとか、きちんと評価していてくれうれしい反面、「雷桜」や「かってまま」が抜けちゃだめだろうととも思う。

読んでみたいと思ったのは、半村良の「どぶろく」とそれをトリビュートしたらしい宮部の「ぼんくら」、そしてタイムスリップものとしての「戦国自衛隊」と「君の名残を」だ。前者は現代人が信長になる話しとてっきり思い込んでいたが、全然違うらしい。

 

●7712 戦国自衛隊 (SF) 半村 良 (角川文) ☆☆☆★

 

戦国自衛隊 (角川文庫)

戦国自衛隊 (角川文庫)

 

 

 面白くて、一気に読んだが、これは短すぎる。160ページだから中編と呼ぶべきで、正直話しのスピードが早すぎるし、人物造形も薄い。まあ、庭の件とか、歴史に詳しい人間には色々くすぐりが面白そうだが。

ラストは途中で気づいてしまった。最初は信長を自衛隊が助ける話しだとばかり思っていたのだが。

 

●7713 江戸川乱歩横溝正史 (NF) 中川右介 (集英社) ☆☆☆☆

 

江戸川乱歩と横溝正史

江戸川乱歩と横溝正史

 

 

松田聖子中森明菜」の次は、乱歩と正史。(著者は横溝にこだわっているが)際物のように見えて、著者の作品は丁寧で有り、本書も僕にとってはかなり読み込んだ世界だが、一気に読んでしまった。

乱歩と正史。戦後の評論の乱歩、実作の正史、の嫉妬も絡んだ関係はよく知っていたが、戦前正史が編集者だったときに、「パノラマ島」と「陰獣」が生れていたとは知らなかった。そう、戦前・戦後で作家と編集者の立場が入れ替わっているのだ。

本書は、二人の関係以上に、出版社の盛衰を丁寧に描く。そして、時々引用される小林信彦の正史のインタビューを読むと、やはり小林は正史に認められたんだなあ、だから傑作になったんだ、と思う。そして、乱歩と正史のミステリ愛(探偵小説愛)に呆然としてしまう。なんという二人なんだろう。

 

 

●7714 Ank (ミステリ) 佐藤 究 (講談社) ☆☆☆

 

 

Ank: a mirroring ape

Ank: a mirroring ape

 

 

進化論がテーマだと大好物のはずなのに、なぜか乗り切れなかった。人類進化の謎の正体が分ったようで、分らない。分厚い作品を読ませる筆力は十分だし、設定も面白いのだが、残念ながら消化不良だった。

 

●7715 ギリシア人の物語 Ⅲ 新しい力 (歴史) 塩野七生 (新潮社) ☆☆☆☆☆

 

ギリシア人の物語III 新しき力

ギリシア人の物語III 新しき力

 

 本文読了後、本書の最後に添えられた「十七歳の夏、読者に」という短文を読んで、目頭が熱くなった。ここで、塩野は彼女の「歴史エッセイ」(彼女は「ローマ人」に代表される歴史小説を、エッセイと読んでいたのだ、知らなかった)を本書もって終えることに決めた、というのである。

塩野も80歳。仕方がないとも言えるが、本書には全く衰えは感じられない。いや、その筆には、軽やかさすら感じる。また、大事なものが、ひとつ終ってしまった。

本書の主人公は、お約束通り、あのアレキサンドロスである。(実際にはその前に、アテネ凋落後のスパルタとテーベの覇権、そしてアレキサンドロスの父親フィリッポスを描く部分が1/3弱あるが、これはこれで面白く読んでしまった)

たぶん、塩野の描きたかった英雄は、カエサル、そしてハンニバルスキピオであり、最後にとっておいたのが、とっておきのアレキサンドロスだったのだろう。これで、おしまい、というのはだいぶ前から決めていたのではないだろうか。

しかし、紀元前の時代に、ギリシアからインドまで攻め込んだアレキサンドロスの偉業は、何と言っていいのかわからない。一方では彼の戦った会戦は、それほど多くはない。(しかし、相変わらず塩野の描く会戦はリアルで分りやすい)それでいて、この行軍の早さ、占領地の広大さ、未だにきちんと腹に落ちない。本当にこれを歩きでやったのだろうか。また、そのベクトルがローマ帝国と真逆を指しているのも、不思議で有り、皮肉である。

そして、アレクサンドロスの長大な旅は、あっけなく終る。まさにパックスロマーナというひとつの理想を生み出した歴史が、その前の実験で急にスイッチを切ったように。塩野はアレクサンドロスと仲間達とでも呼ぶべき、若々しい一夏の奇跡をさらっと描ききって、筆を置く。これが彼女の美学なのだ。素晴らしいとしかいいようがない。

膨大な量の「歴史エッセイ」はすべて読みました。こんな作品を描く人は、もう生れないだろう。本当にありがとう。

 

●7716  どぶどろ (時代小説) 半村 良 (廣済堂) ☆☆☆★

 

どぶどろ 新装版 (廣済堂文庫)

どぶどろ 新装版 (廣済堂文庫)

 

 大矢が激賞していた本書を、早速都予感で借りてきた。確かにプロットは凝っている。ただ、僕は本書を大傑作とは呼べない。

まず、結末の救いがなさ過ぎる。下町人情ミステリと見せかけて、このラストの冷酷な掘り投げは、カタルシスがない。主人公の平吉があまりに哀れだ。

もうひとつ、ミステリと見た場合、意外性はそれほどないのに、やたら真相が分りにくい。まあ、ハードボイルドなのだろうが、僕にはイマイチ会わなかった。

 

2017年は、121冊に終りました。反省。あせらず、復活していきます。