2016年 9月に読んだ本

 ●7514 二人のウェリング(ミステリ)ヘレン・マクロイ(ちく文)☆☆☆☆

 

二人のウィリング (ちくま文庫)

二人のウィリング (ちくま文庫)

 

 

クェンティンの次は、マクロイを片付けてしまおう。そして、フェラーズだ。本書は、代表作「暗い鏡の中に」の翌年の作品。コンパクトな分量。そして、訳者があの渕上ということで、期待も高まる。そして、期待に違わず冒頭から素晴らしい。


ある夜、ウェリングが自宅近く煙草屋で見かけた男は、「私はベイジル・ウェリングだ」と名乗るとタクシーで走り去る。ウェリングは男の後を追い、奇妙なパーティー会場につく。そして、男は、ウェリングの目の前で毒殺されてしまう。ここまで、怒涛の勢いで一気に読まされる。

そして、翌日には更なる驚きが。とにかく、訳がいいのもあって、マクロイの作品の中では、圧倒的に読ませる。そして、最後に明かされる意外な真相。これには、ちょっと納得できない部分もあるのだが、その前のある人物から、全員への電話や、鳥に関するダイイングメッセージ、など伏線がねじくれながらも、よくできているのに感心する。

ミステリ的には、無理筋かもしれないが、やはりこれは傑作、そう精神科医としてのウェリングが活躍する傑作と言えるだろう。マクロイを制覇します。と言っても、あと三冊だけれど。

 

 ●7515 鷹野鍼灸院の事件簿Ⅱ (ミステリ) 乾 緑郎 (宝島文)☆☆☆★

 

 

乾の本職が鍼灸師というのも驚きだったが、まさかⅡがでるとは驚いた。(なぜか本書には②という数字が無く、謎に刺す鍼、心に点す灸、との副題がついている)

前作で、かなり重たいところまで行ってしまったので、続編はないだろうと思っていた。で、正直言って書かなくても良かったと思う。まあ、作者のミステリセンスがいいので、相変らず読ませるが、ストーリーはかなり無茶な展開か、マンネリ路線。タイプは違うが、田中啓文の笑酔亭梅寿シリーズのマンネリ化を思い起こした。

 

 ●7516 ハードボイルド徹底考証読本(対談)小鷹信光逢坂剛七つ森)☆☆☆☆

 

ハードボイルド徹底考証読本
 

 

こんな本が出てたんだ。この二人だと、ブラックマスクや西部劇の話になってついて行けなくなる、と思ったのだが、正にその通りの割には、結構楽しめた。対談という形式が、良い意味で緩く脱線し(あとがきにもあるが、小鷹は意識的に脱線のしすぎ)なかなか焦点が見えなかったりするが、肩ひじ張らずに読めたのが良かったのか。

で、ハードボイルドとは言っても、この二人だとチャンドラーではなく、ハメットとなり、それは(高校生の拙い読書体験ではあるが)僕の中でも、チャンドラー<ハメットなのだ。(「マルタの鷹」より「血の収穫」「ガラスの鍵」)

そして、本書を読み終えて感じるのは、元祖オタクとしての小鷹の凄さである。ここまでやるか。こんな人、もう現れないだろうなあ。悪党パーカーをいつかちゃんと読まなければ。

(今朝の有栖川のエッセイは、イライジャ・ベイリだったが、ハードボイルド界の人々は、誰が選ばれるのだろうか?ドートマンダーが既に選ばれてるので、パーカーはないだろうなあ。コンチネンタル・オプやテリー・レノックスでは、当たり前すぎるか)

 

 ●7517 あしたの君へ (フィクション) 柚月裕子 (文春社) ☆☆☆☆★

 

あしたの君へ

あしたの君へ

 

 

あの衝撃の「孤狼の血」の次の作品は、作者の原点に戻った「佐方シリーズ」テイストだった。主人公は見習いの家裁の人であり、何と「カンポちゃん」と呼ばれる。三人のカンポちゃんたちが、福森市(福岡市)を舞台に、さまざまな家庭の問題に必死に取り組む。

特に主人公望月大地は、自分がこの職業に向いていないと常に悩みながらも、だからこそ事件?の裏にある真の構造を炙り出していく。一応、殺人などはないので、フィクションとしたが、その面白さの本質は日常の謎と同じくミステリである。

作者のこのタイプの作品群は、薬丸の「刑事のまなざし」にもつながるのだが、殺人のような激しい事件が無い方が、リアルで奥行の深い物語を静かに語ることができる。そういう意味では、佐方シリーズより自由で、作者も書きやすいのかもしれない。

冒頭の二作、「背負う者」と「抱かれる者」は、親子関係を子供から描き、本当に重くて、痛くて、リアルな作品で、読ませるが、主人公と同じくいたたまれなくなる。そして、次の「縋る者」は、中途半端と感じたのだが、続く家族がテーマの二編の更なる衝撃への箸休め、だったのかもしれない。

「責める者」は読ませるが、内容は単純で(だからこそ、ラストの衝撃がリアルなのだが)ミステリとしては評価できない。ただ、ラストの「迷う者」には、驚かされた。単純な離婚裁判と思われたものが、とんでもない倫理の問題を突きつけられる。

マイケル・サンデルに意見を聞いてみたい。そして、そのはざまで懊悩する息子のあまりにリアルできつい手紙。主人公は、その結末を見ることなく、カンポちゃんを卒業し、晴れて家裁の人として、新しい地に赴任する。続編に期待。(でも、これ直木賞とれない気がするなあ)

 

 ●7518 屋上の道化たち (ミステリ) 島田荘司 (講談社) ☆☆★

 

屋上の道化たち

屋上の道化たち

 

 

 いまさら著者に多くを期待しないのだが、やはり新刊がでると無視はできなくて、今回もわりと簡単に手に入ったので、読みだした。が、やはり嫌な予感は的中。

冒頭の自殺事件で、この作品のメインテーマは、アイリッシュの「ただならぬ部屋」であることは、解ってしまう。そうすると、問題はトリックだが、これがもう何というか・・・

とにかく、これでは小説ではなくクイズである。それも、かなり出来の悪い。また、全体を覆う大阪弁=大阪テーストも、かなり無理している感じ。

 

 ●7519 代体 (SF) 山田宗樹 (角川書) ☆☆☆☆★

 

代体 (角川書店単行本)

代体 (角川書店単行本)

 

 

傑作「百年法」で「嫌われ松子」のイメージを払拭し、驚かせた著者。ただし、推理作家協会賞を受賞する一方では、SF界では無視?されたように、その面白さはSFプロパーの作家とはテーストが違っていた。

実は、本書も最初は近未来ものだったので、SFと呼ぶべきかどうかと感じていたのだが、申し訳ない。途中からの奇想のエスカレーションはSFど真ん中であり、ラストの壮大なビジョンはヴォークトやベイリーもぶっ飛ぶ出来。

冒頭は代体と呼ばれる医療用のボディーの物語だったのだが、意識のそのボディーへの転送から、不老不死の物語に変わり、なんだこれは「貸金庫」か、と思ったら「20億の針」か「寄生獣」となる。さらには、マッドサイエンスティスト=天馬博士によるアトムの物語となり、内務省?のとんでもない陰謀は、まるで野崎まどテースト。

というわけで、著者の凄いところは、舞台はあくまでリアルな近未来でありながら、話の展開が予想の遥かななめ上を飛び越えていく、その意外性=奇想の連続にある。(まあ、その結果ヒロイン御所オウラは、途中でどこかに消えてしまったが)

そして、ラストの畳みかける更なる奇想の連続爆発。正直言って、ここをもう少しうまく処理できれば、歴史に残る傑作なった気がする。

ユングの集合無意識による人類の記憶や、主人公八田とガインの因縁が、冒頭のあるパラグラフと絡んでくるところ、さらには最後のオチ(いや、本書の本質は「薔薇の蕾」だったのだ)等々素晴らしい素材を、うまくまとめきれなかった気がする。

そして、八田が宇宙の果で出会う、既に存在した荒涼たる新世界、これが僕には解らないのだ。その世界を創った神は誰なのか?それがネットでいくら調べても解らない。大森が解説してくれないだろうか。

いやあ、それでもいい。これだけ書いてくれれば十分だ。小松左京亡き世界において「果てしなき流れの果てに」「ゴルディアスの結び目」を継ぐのは、何と山田だった、のだろうか。山田宗樹、とんでもない作家に化けてしまった。(しかし、この内容を全く想像させない、そっけない題名、何とかならんのか?)

 

●7520 九つの解決 (ミステリ) J・J・コニントン (論創社)☆☆☆★

 

九つの解決 (論創海外ミステリ)

九つの解決 (論創海外ミステリ)

 

 

最近絶好調の論創社の新刊で、あの渕上が訳していたので、知らない作家だけれど迷いなく予約した。が、何と1928年、すなわち黄金時代ど真ん中の作品。さすがにこれは古臭いのではないか、と危惧したのだが、渕上はそれでもきちんと読ませる。さすがだ。

そして、ミステリとしても、内容は真っ当なパズラーで、正に古き良き作品と言える、かもしれない。貴族の探偵+警部のコンビは、まさに黄金時代の典型であり、内容も決して悪くない。

ただ、解決が最後に探偵のメモで明かされる、という趣向は斬新?なようで、イマイチ効果をあげていない気がする。(何より、犯人を追いつめる証拠がなく、探偵の罠に犯人がはまる?というのは、一見クイーン風に見えるが、やはり本質はクリスティーにある)

本書を、端正な古き良きパズラーと見るか、今のレベルからすると犯人は丸分かりであり、物足りないと感じるかは、難しいところ。正直、僕は両方だ。

ただ、解説で書かれているように本書はゲームとして、意識的に人間を描いておらず(すなわち、殺人というものをゲーム感覚?で描いている)その背景に、第一次世界大戦の影響があるのならば、黄金時代の本質はかなり重くて深いものとなり、笠井の大量死理論も、あながちトンデモとは言えない気がするのだ。

 

●7521 陸 王  (フィクション) 池井戸 潤 (集英社) ☆☆☆☆★

 

陸王

陸王

 

 

「空飛ぶタイヤ」は著者渾身、畢生の大作だった。しかし、直木賞はとれなかった。まあ、その頃の老人選考委員には長すぎた(「永遠の仔」のように)かもしれないが、やはりあまりにも大企業(三菱自動車)糾弾という、生々しい社会派的側面が嫌われたのではないか、と思う。そして、それはエンタメとしては、僕も同感する部分はある。

そして、著者はリベンジとして「下町ロケット」を書き上げ、見事に直木賞を射止める。一作品としては「タイヤ」より劣るかもしれないが、ここにはエンタメの理想、王道があり、著者はその黄金の方程式をものにした。

「ロケット」の続編、そして本書も、正にその勝利の方程式に則って描かれ、そしてやはりエンタメとして完璧な出来で、読了後溜息をついた。

今回は、ロケットではなく、足袋である。足袋によるランニングシューズの開発だ。

100年ののれんを誇る、というか、それしかない中小企業のこはぜ屋と、その社長の宮沢が主人公だ。そこに、銀行員や経理の常務、陸上部の挫折したエース、ライバル外資企業、癖のある発明家、職人肌のシューズマイスター、そして、何より中小企業で働くおばちゃんたちと、就活で失敗し続ける宮澤の息子、等々が織りなす太くて、熱い物語は、パターンと感じながらも、読みだしたら止まらない。

もちろん、著者の生み出したパターンは、単純な勧善懲悪ではなく、パターンを越えたパターンなのだが。そして、本書の肝は、最後こはぜ屋の絶体絶命の危機を救うために登場する、ホワイトナイトにある。しかし、その処理は正直微妙に感じた。これで、いいのか、と。

ただ、そのあとの、茂木の一言で、すべては救われてしまった。本書には、それまでも、読者の意表をつく、あざやかな視点の転換がいくつかあるが(例えば「足軽大将」の開発)これは、本当に素晴らしく、心に沁みた。

ここがなければ、本書は傑作ではあるが、☆☆☆☆止まりであった。ぜひ、多くの人が564ページの茂木の心の叫びに、身を震わせてほしい、と思う。

 

●7522 ジャッジメント (ミステリ) 小林由香 (双葉社) ☆☆★

 

ジャッジメント

ジャッジメント

 

 

出版社、受賞歴、作品の作り方、傾向、等々から、たぶん本書は、湊かなえの「告白」を世に出した女編集者が、二匹目を狙ったのではないか、と邪推する。

その思惑は見事に当たり、世の中ではベストセラーのようだが、今回もまた僕はミステリとしては、全く本書を評価しない。いや「告白」以上に。

何より、本書=連作短編集のモチーフである「復讐法」という法律が、杜撰かつリアリティーが全くないのが致命的。

さらに、登場する人物たちが、常に究極の選択を迫られるのに、人物造形があまりに軽い。湊は好きではないが、作家として伸びるだろうとは感じたが、小林には、本書では可能性すら感じなかった。

 

●7523 室町無頼 (歴史小説) 垣根涼介 (新潮社) ☆☆☆☆★ 

 

室町無頼

室町無頼

 

 

「ワイルド・ソウル」で、ひとつのジャンルを極めてしまった著者は「君たちに明日はない」という良く出来たルーチン・シリーズを描きながら、次の展開を考え様々なチャレンジをしてきたが、残念ながら迷走が続いていた。

そして、冒険小説から歴史小説という、ある意味必然によって書かれた前作「光秀の定理」もまた、何が狙いなのか良く解らない小説だった。

しかし、本書はちがう。これは正しく「ワイルド・ソウル」「ギャングスター・レッスン」の作者にしか書けない、太くて熱い歴史小説だ。やっと、垣根が帰ってきてくれた。

本書の舞台の室町時代の虐げられた民衆は、ブラジル移民にあたり、才蔵、蓮田、道賢、の関係は、アキ、柿沢、桃田と相似である。(柏木の役まで、丁寧に準備している)

まるで、半村良でも読むような、見事な物語は、後半のクライマックスを経て、歴史的事実、時代の転換点を描く。

蓮田兵衛は知らなかったが、骨皮道賢は、富樫の北条早雲シリーズに出てきたように思う。ラスト、歴史の縛りのせいか、もう少しうまく描けた気もするが、ここから戦国時代が始まったとすれば、感慨深い。(本書のラストが応仁の乱である)

果たして、才蔵の次なる物語は、あるのだろうか。少し甘いかもしれないが、垣根の復活を祝って、この評価とした。垣根には「火怨」を期待したい。

 

●7524 QJKJQ (ミステリ) 佐藤 究 (講談社) ☆☆☆

 

QJKJQ

QJKJQ

 

 

今月は、当り外れが激しい。本書は、今年度の乱歩賞受賞作。そして、今回も有栖川有栖が本書を「平成のドグラ・マグラ」と絶賛していて、こわごわ手に取った。(他に今野敏も本書を激賞しており、こんな小説が好きなのか?と意外に感じた)

なにせ、本書の設定は、家族全員がシリアルキラーという、ギャグマンガも真っ青のぶっ飛んだ設定ということだから。(これでは「メフィスト賞」ではないのか?)

ただ、このいかれた設定は、少し読むと現実とは違う?ことが見えてくる。ああ、これは「向日葵」なのか。しかし、その後の展開は、ある組織がでてきて、僕にはこっちの方がさらにリアリティーがなくて、ついていけなくなった。

ドグラ・マグラは、描写のみなのでは?今回は、申し訳ないが、有栖川有栖よりも、池井戸、そして辻村の選評に、僕は同意する。まあ、乱歩賞がこんな作品を選ぶこと自体は、かつてのワンパターンに比べると、悪いことではないと思うが、正直この作品を僕は全く面白いと思えなかった。

 

 ●7525 アグニオン (SF) 浅生 鴨 (新潮社) ☆☆☆★ 

 

アグニオン

アグニオン

 

 

全く知らない作家で、どうやらゲーム畑の人で、最近はNHKの広報としてツィッターで有名で、その関連の本も上梓しているとか。で、表紙のカッコよさと、「この感情は、誰にも奪わせない」という、心に響くコピーに釣られて読み始めた。

そう、やはり今日本SFは、いろんなところから才能が湧いてくる。物語は、未来の管理社会の中で、カーストを打ち破ろうとするユジーン、そしてたぶん文明が破壊された世界で、親が無く生まれた異能の少年ヌーのパーツが、全く違うテーストで「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」のように、交互に描かれる。

もし、これが著者の処女作ならば、結構達者な書きっぷりである。ただ残念ながら、だんだん物語は推進力を失い、停滞してくる。それはひとえにユジーンのパーツの人々キャラクターの描き分けができておらず、誰が誰か分からなくなり、感情移入が全然できなくなってしなうところにある。

ひょっとしたら、本書のテーマ=感情であることから、著者は意識的にそうしたのかもしれないが、それは失敗だ。その結果中盤がだれてしまい、正直長すぎる気がした。

ラストの展開、二つのストーリーの融合は、ある意味お約束だが、悪くはない。ここは、やはり主要登場人物を減らして、人物造形をもっと掘り下げるべきだったと思う。

でも、新人の処女作としては上出来だし、こういうプロパーでない作家が、メジャーデビューできる、というのは、日本SFは本当に良い時代となったと思う。藤井大洋の力が大きいか。

 

●7526 江戸を造った男 (歴史小説) 伊東 潤 (朝日新) ☆☆☆★

 

江戸を造った男

江戸を造った男

 

 

作家生活10周年記念作、とのこと。正直、伊東の作品でこの題名だと、太田道灌の話だとばかり思っていた。(良く考えると、それなら江戸城を造った男、になるのだが)

本書は、名前は聞いたことがあるが、良くは知らない江戸の材木商人、河村瑞賢の一代記。そして(元武士)の瑞賢は、大豪商でありながら、富よりも、江戸の公共事業に、全てを捧げたというところが、新しく素晴らしい。また、まわりを囲む、保科正之新井白石らも、素晴らしい。

そして、物語は明暦の大火から一気に読ませる。のだが、正直言うと本書は伊東らしいけれんが全くない。10周年を意識したのではないだろうが、あまりにも清く正しい物語なのだ。

従って、悪くはないが、正直中盤がちょっとだれる。あまりにも、ストレートなのだ。まあ、僕の知識が足りないのかもしれないが、やはり伊東らしい歴史の新解釈が、どこかにあってほしい、気がする。

 

●7527 All You Need is Kill (SF) 桜坂 洋 (集英社) ☆☆☆★

 

All You Need Is Kill (集英社スーパーダッシュ文庫)

All You Need Is Kill (集英社スーパーダッシュ文庫)

 

 

録画したトムクルーズ特集?「オブリビオン」を深い考えもなく観たら、やめられなくなり、続いて「All You Need is Kill」も観てしまった。絵が素晴らしいのはCGの進化もあり、当然なのかもしれないが、何より脚本が良く練りこまれていて、テンポもよく、感心してしまった。(ついでに女優陣も素晴らしい)

もちろん、ハードSFとしたら、突っ込みどころ満載だし、いかにもハリウッドらしい、無茶ぶりのハッピーエンドには苦笑しかないが、腹が立つことはない。で「オブリビオン」の、「ナウシカ」や「エヴァ」へのオマージュも微笑ましいが、後者は原作が桜坂洋(未読だが)という日本人SF作家だというのは、知っていたので、さっそく原作を借りてきて読みだした。

で、こっちは、当然早川SF文庫だと思っていたら、何と集英社スーパーダッシュ文庫!?何だそりゃ?そう、本書は04年度のラノベ(たぶんそんな言葉はなかっただろうが)なのだ。ハリウッドは、そんなものまでチェックしているのか?

というわけで、正直小説としては、楽しめなかった。この文章、人物造形ではおじさんはつらい。(つんでれはまだいいが、メガネ少女はいいかげんにしてほしい)SF的設定は、映画の方がきちんとしていて、解り易い上に納得できた。

で、本書の本質は、究極のボーイ・ミーツ・ガールであり、最後セカイ系のように閉じるのだが、映画は集団ストーリーとなり、多くの犠牲の上で、最後は勝利をゲットするところが、いかにも彼我の違いを感じて面白かった。映画なしに読んだら、もう少し辛かっただろうが、原作として魅力的な設定を創ったことは間違いないので、この評価とする。

 

 ●7528 ロック・イン (SF) ジョン・スコルジー (HSF)☆☆☆☆

 

ロックイン?統合捜査? (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

ロックイン?統合捜査? (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 

 

実はここで三冊途中で挫折。エリスンの「死の鳥」が時間切れになったのは、まあ予想通りだが、「古書贋作師」は薄いので何とかなるのではと頑張ったが、半分読んでも話に入り込めず、日野草の新作「ウェディング・マン」は連作の第一作を読んで明らかになる小説の構造が有り得なくて(「QJKJQ」の妄想にそっくり)本を投げ捨ててしまった。

で、いきなりスコルジーである。正直って、スコルジーは、あの一発アイディアと思っていた「老人と宇宙」に、第四作まで付き合ってしまい、もういいや、わかった、と思っていた。(どうやら、第五作が出たようだが、当然無視)

確かに物語りはうまいけれど、僕がSFに求めるのは、これじゃない、という感じ。ところが、本書は2月の新刊なのだが、存在すら気づいていなくて、つい図書館で手に取ったのだ。

物語は、ある疫病によるパンデミックが起きた近未来の米国。この設定がかなり複雑なのだが、それをほとんど地の文章で説明せず、きちんと読者に理解させる作者の筆力は、やはり素晴らしい。

疫病で400万人以上のロックイン(意識があるが、体を動かせない)という患者が生れてしまい、彼ら=ヘイデンのためのロボット=スリープに、ヘイデンの意識を投射する(体自体はベッドで寝ている)という設定は(かなり単純化しているが)「代体」にそっくりで、苦笑してしまった。

主人公は大金持ちのヘイデンのFBI新人捜査官。SF界きってのストーリーテラーが、近未来のミステリを描くとなると、ソウヤーの「ターミナル・エクスペリメント」を想起するが、実はヘイデンたちによる新しい社会・文化の創造と摩擦、というテーマがイーガンの「万物理論」を思わせる出来なのだ。

まあ、残念ながら著者はエンタメの王道として、そういう重いテーマは早々にフェイドアウトさせてしまうのだが。(また、途中でヘイデンと旧人類?の対立が、まさに米国VSイスラムの戦いに重なってしまい、やや鼻白んでしまうのだがこれまた、あっというまにフェイドアウトする)

で、本書はあっというまに、カタルシスたっぷりの大団円を迎えるが、正直言って真犯人は最初から丸分かりなので、ミステリ的な興趣は薄い。脳科学的なハウダニットとしても、何とかついてはいけるが、楽しめたとまでは言えない。

しかし、相変らず主人公のクリス、相棒のヴァン、そしてヘイデン主義のカリスマリーダー、カッサンドラ、等々キャラが立ちまくりで、キャラクター小説としては、抜群に読ませる。

たぶんこの三人が中心で、続編も書かれるようだ。でも、その前にヒューゴー、ローカルW受賞の「レッドスーツ」を読んでみよう。いまだに未読のビジョルドのように、スコルジーをしてはいけない、気がしてきた。

まあ、スコルジーのストーリーテリングは、訳者の内田昌之にも手柄があると思う。(僕は酒井なんかより、内田の方が肌が合うのだ)その内田が「宇宙の戦士」を新たに訳したとのことで、何か読みたくなってきた。

 

●7529 モナドの領域 (SF) 筒井康隆 (新潮社) ☆☆☆☆

 

モナドの領域

モナドの領域

 

 

御年81歳にて、雑誌「新潮」に一挙掲載で完売。巨匠は健在。そして、本書が最高傑作であり、最後の長編である、と言う。まあ、本当に最後かは解らないし、最高傑作でないことは、間違いない。正直、本書をどう評価したらよいかは、上記の条件を外しても、かなり難しい。

筒井の断筆は、結果から言うと本当に残念であった。断筆前の「パプリカ」は、素晴らしく新しい傑作だったが、執筆再開後は傑作と言い切れる作品がなかった。特に最近の作品は、筒井老いたり、というものが多かった。テクニックが先走りしている気がした。

(筒井と小林=二人とももう80代、の新作を楽しめない、ということが、いかに辛いことか思い知らされている)

で、それらの作品に比べると、本書は読み易く、解り易い。もちろん、途中で繰り返される神学問答は、「文学部唯野教授」に比べると、イマイチ面白くない。(個人的には、哲学より、もっと科学・量子力学に寄ってほしかった)

ただ、日常がGODによって、徐々に非日常化していき(その象徴が、グロテスクなはずの腕のパン)裁判、TV公開番組によって、クライマックスに辿り着く、シンプルな構成は、悠々たる筆致と相まって、読者をくぎ付けにする。

相変らず、地の文がちょっとくどいが、今回は許容範囲だし、テーマと合っている。そして、ラスト、おお!本書は「時をかける少女」だったのか!と唸ったら、GOD曰く

「おやおや。何だかこの小説家がだいぶ以前に書いた「時をかける少女」のラストみたいじゃないか。でも、そういうわけにもいかんのだよ」。

しかし、筒井のラストの長編が、こんなやさしい作品だったとは・・・・

 

 ●7530 SFのSは、ステキのS (エッセイ)池澤春菜(早川書)☆☆☆★
 ●7531 乙女の読書道      (書  評)池澤春菜(本雑誌)☆☆☆ 

 

SFのSは、ステキのS (早川書房)
 
乙女の読書道

乙女の読書道

 

 

著者の祖父は、福永武彦。そして、僕にとっては加田伶太郎(DAREDAROUKA)であり
伊丹英典(MEITANTEI)の生みの親である。

そして、父親池澤夏樹。彼が、そんなにSFが好きだとは知らなかった。しかも、クレメントに「竜の卵」だから、かなりハード。(作品的にも、初期の長編のテーストは、SFと言えばSF。「スティルライフ」「バビロンに行きて歌え」等々)

そして、娘の著者は、声優にしてSFもの。で、なぜか二冊続けて読んだのだが、申し訳ないが、著者とは趣味が合わない。ここまで、共鳴できる本が少ない書評も珍しい。

75年生まれ、ということで(ちょっとびっくり)結構古い本も読んでるのだが、見事に僕の好みとずれてるんだよね。

 ●7532 疾風ロンド (ミステリ) 東野圭吾 (実業日) ☆☆☆

 

疾風ロンド (実業之日本社文庫)

疾風ロンド (実業之日本社文庫)

 

 

「白銀ジャック」に続く、実業之日本社救済?ゲレンデミステリ第二弾、が2年かかって図書館の棚でゲット。まあ、当然たいした期待はしていなかったが、それでも「白銀」はB級テースト、突っ込みどころ満載でも、まあ面白く読めて腹は立たなかった。

しかし、今回はさすがに無理。まあ、冒頭こそやや意外な展開が待っているが、そこからの場所の特定が安易だし、つぎつぎ偶然で転がっていく、という僕の嫌いなパターン。しかも、登場人物が薄っぺらい。というわけで、当面東野は読む必要がないような気がする。

 

 ●7533 望み (ミステリ) 雫井修介 (角川書) ☆☆☆★

 

望み

望み

 

 

なぜか、僕の昨年のベスト「犯人に告ぐ2」は、各種ベストで全く無視されてしまった。何か、おかしい。で、著者の新刊は、「わが子は殺人者」という、正直言って手垢の付いたテーマ。

もちろん、著者の筆力で一気に読めるのだが、この展開はいまさら感が半端ない。唯一の工夫は、殺人を犯した、息子を含む3人の少年が逃げているのだが、そのうち一人もまた殺されているらしい、という展開。

そこで、父親と妹は、息子が犯人ではなく殺されていることを願い、母親は犯人であっても生きていてほしいと願い、対立する。

まあ、そこはなかなかうまいと感じるのだが正直、それしかない小説なのだ。で、その結末にも何のひねりもない。というわけで、著者への期待値は結構高いので、物足りない読後感となった。