2017年 3月に読んだ本
●7628 暗黒女子 (ミステリ) 秋吉理香子 (双葉社) ☆☆☆
「サイレンス」が思いの外気に入ったので、何かと話題の本書を読んでみたが、これは失敗。読む本を間違えた。辻村深月や桜庭一樹に似たようなシチュエーションがあったような気がするが、ここまで時代錯誤のお嬢様学校を描いてくれると、突然パタリロが出てきて、コックロビン音頭を踊りだしそう。
前に著者の初期作品を、意外性を狙いすぎて、バランスが崩れている、と書いたが、本書は意外性の狙い方があまりにも定石通りで、意外でも何でもない、とでも言おうか。そう、逆説的に見事な構築美を描いてしまった。
まあ、アニメやアイドル映画の原作としては、パロディー込みであり得るかもしれないが、大人の鑑賞には堪え得ない。
というわけで、「サイレンス」以降の、成熟した秋吉に期待しよう。
●7629 合理的にあり得ない (ミステリ) 柚月裕子 (講談社) ☆☆☆
このところ、次に何を書くのか分からない柚月だが、今回は意外性が悪い方に出た。こういうコメディが少し入った、コンゲーム小説?というのは、著者には似合わないし、うまく書けたとも思わない。
「確率的に」「合理的に」「戦術的に」「心情的に」「心理的に」と5つの「ありえない」物語が収められているが、正直それぞれのトリックは、使い古されたもののバリエーションにすぎない。第1話と2話で、ヒロイン上水流涼子の立ち位置が変わっていたり、小技の切れはあるが物足りない。
で、何より困った者なのは、ディーンフジオカ的天才執事?、貴山の存在。まあ、TVドラマ化したらヒットするかもしれないが、佐方シリーズの作者には似合わない。
●7630 オールド・ゲーム (ミステリ) 川崎草志 (角川書) ☆☆☆★
横溝賞を受賞した「長い腕」の頃から才能を感じていた著者が、サラリーマンをやめ闘病生活を終え、作品を書き出したのはうれしかった。そして、「疫神」という傑作を生み出したのに、残念ながら世間的にはほとんど無視された。
しかし、その続編「誘神」はかなり雑な凡作で、そこで追いかけるのは止めにしたのだが、本書はそのサラリーマン時代の業界、ゲームソフト会社が舞台、というので手に取ってみた。そう言えば、「長い腕」にもソフト会社がでてきた。
六編の短編(ゆるい連作)を読み終えて、果たしてこれをミステリと呼ぶべきか、ビジネス小説と呼ぶべきか、迷うのだが、まあ気楽に面白く読めた。ゲームの歴史と、登場人物たちの会社での立場の変遷が、なかなかいい味を出している。
ただ、非常によく似た設定の、詠坂の「インサート・コインズ」に比べると、やっぱりコクというかひねりが足りない気がする。もちろん、詠坂が絶対にいないと断言した、ファミコンもドラクエもやったことがない人間である僕が、この業界のことを語っても全く説得力がないのだが。
●7631 カブールの園 (フィクション) 宮内悠介 (文春社) ☆☆☆☆
処女作「盤上の敵」で、直木賞候補になったときは驚いたが、本書は何と芥川候補で驚いていたら「彼女がエスパーだったころ」で吉川英治新人賞を受賞して、また驚いた。まさかこんなに引出の多い作家になるとは。
で、確かに本書に収められた表題作と「半地下」の二中編は、直木賞ではなく芥川賞テーストで、「人種差別」という共通テーマは重いが、村上春樹のような平易な文体で読ませる。(表題作は昨年末に書かれていて、トランプ現象が裏にあるかもしれない)
先に書かれた「半地下」の方を評価する人もいるだろうが、僕はより時系列が整理された表題作の方を評価したい。
物語自体は、予定調和に見えるかもしれないが、隠し味としての日系人による「伝承の無い文芸」という同人誌の寄稿が、「羊をめぐる冒険」の「十二滝村の歴史」や、池澤夏樹の「真昼のプリニウス」の江戸時代の少女の日記、のような時を超えた異化効果をうまく出しているように感じる。レーガンの演説もなかなか味がある。
それに対して、「半地下」の方は、「プロレスリング」と「少女」というギミックが、アーヴィングのような効果を出さず、中途半端で終わっている気がするのだ。
日本人捕虜強制収容所跡を舞台にした、母と子の和解の物語。ありふれているようで、なかなか読ませるのだ。作者の名人芸に乾杯。
●7632 大雪物語 (フィクション) 藤田宜永 (講談社) ☆☆☆☆
著者の最近のハードボイルドミステリは、全く評価しないが、それでも初期の「ダブルスチール」「鋼鉄の騎士」「探偵竹花とボディピアスの少女」といった傑作は僕にとって大事な作品だ。
というわけで、本書で吉川英治賞を受賞したと聞いて、早速読み出した。昨年末の発売時は、あまり評判にならなかった、というか完全に見逃したのだが、しみじみと、良い短編集だった。
題名から分かるように、本書は著者の住む軽井沢をモデルとしたK町に、記録的な豪雪が降ったときの、さまざまな人々の物語が、グランドホテル形式で緩やかに内容が重なりながら、6編収められている。
冒頭の「転落」こそ犯罪小説、広義のミステリだが、他は恋愛小説や家族小説というべき物語で、やはり著者の現在の本領はこのあたりにある。時々、あまりの偶然が気に掛るが、6編とも素晴らしい文章で、一気に読ませる。
個人的には、遺体を運んでいた葬儀屋の中年の運転手と、死者の娘の淡い恋愛を描いた「墓掘り」、夫婦の営む花屋に転がり込んできた、夫の元カノとの遭遇を描いた「雪の華」が、中年男の恋愛をリアルに描いて、身にしみた。
そして、ラストの「雨だれのプレリュード」。離婚したピアニストの夫と、画家の妻の再生の物語。著者のスタイリッシュな傾向が思いっきり出ていて、ちょっと作りすぎの気もするが、このラストにはうなるしかない。やはりうまい。
というわけで、よく似たシチュエーションの小説や映画がいくらでも浮かぶが、読んで損はない、よく出来た短編集だ。
●7633 人間じゃない 綾辻行人未収録作品集 (講談社) ☆☆☆★
デビュー30周年(ということは新本格30周年)を記念した、単行本未収録作品集で、6編(うちミステリは2編)が収められている。多くが、何らかの作品のスピンオフのような形になっているが、残念ながらそのあたりは忘却の彼方。
冒頭の「赤いマント」は、かなり古い作品で、本人は唯一の普通の短編ミステリと書いているが、結構ホラーテーストもある作品。そこから、ハートウォームなどんでん返しはよく出来ている。ただ、やはりこれは若書きの気がするし、もっと別のやり方を普通はするだろう、と突っ込みたくなる。
本書の30%ちかくをしめるもう1編のミステリ中編「洗礼」もまた、評価が難しい。大学の推理研の犯人当て小説の朗読会が、メタミステリとして描かれるのだが、これまた本人曰く、作中作の犯人当ての出来は中の上クラスで、かなり分かってしまう。ただ、本書が書かれた背景として、あの宇山さんの急逝があるとするならば、なかなか感慨深い。たぶん、本書は実話なのだろう。
そして、最後の「フリークス」の番外編としての「人間じゃないーB0四号室の患者ー」は、ミステリーで始まり、ホラーで終る。これまた読ませるが、オチは途中で分かってしまう。本来はミステリではなく、SFとして描くべき作品に思えた。綾辻版「寄生獣」。
というわけで、駄作というわけではないが、僕の綾辻に求めるレベルはかなり高いので、厳しい採点となった。結局、僕は綾辻のミステリを偏愛しながらも、そのB級ホラー好みをいつも持てあます。だから「殺人鬼」シリーズは未だに手が出ないのだ。
●7634 ミステリーズ! Vol80 (創元社) ☆☆☆☆
普通雑誌の所感はつけないし、そもそも読まない。しかし、今回は何とあの「小市民シリーズ」の7年ぶりの短編「巴里マカロンの謎」が掲載ということで、さいたま市立図書館にリクエストしたら、ちゃんと購入してくれたので、きちんと書こうと思う。
そもそも、小市民シリーズが気になったのは、古典部シリーズのひさびさの最新刊「いまさら翼といわれても」が、ラノベから大人の小説に脱皮しそうな、素晴らしいできだったから。さらに、「黄金の羊毛亭」のブログを読み返し、過去の三作の記憶も確認した。
個人的には、三作目の「秋期限定栗きんとん事件」がベストで、そのラストの黒小佐内の一言にぞっとしてしまったのだが、その言葉が思い出せず、何とかネットで調べて準備万端。
で、今回は3個セットのマカロンが、四個になっていた、という超日常の謎から、なかなか深いミステリ的な解決が示され、十分合格点。やはり、著者はうまくなった。小鳩くんのキャラは、古典部の奉太郎にかぶるのだが(小鳩くんの方が上品だが)小佐内さんと千反田が、まったく逆なキャラなところが面白い。小佐内さんは、やはりちょっとダーク。
というわけで、次作が完結編になるだろう「冬期限定」を、ゆっくり待つことにしよう。たぶん、今の米澤なら、間違いなく素晴らしいシリーズの幕引きを、やってくれるだろう。(あ、たぶん本書も含めた、短編集も別にでるのかもしれないが)
●7635 方舟は冬の国へ (ミステリ) 西澤保彦 (カッパN) ☆☆☆★
04年の作品だが、図書館で美本を見つけて読み出した。後書きで、作者は本書を「疑似家族もの」としている。疑似家族と言えば、山田正紀や道尾秀介の作品を思い出すが、本書は題名や途中でテレパシーのようなものが出てくることから、SF的なオチが予想できた。
で、高額の報酬に釣られた疑似の夫婦と娘の、隔離された別荘での夏休みの物語は、それはそれで楽しく読めた。また、ミステリ的にも、娘だけが○○だと分かるシーンなどよく出来ている、と感じた。
しかし、残念ながらこのオチは評価できない。あまりにも大がかりな割には雑でありふれている。駆け足でバタバタした感じが強いのも、宜なるかな。というわけで、もの悲しくも暖かいラストから分かるように、本書の西澤はいつものブラックとは真逆で、センチメントを全面に出してきた。
それをベタに楽しんだり、評価するのも否定はしないが、ミステリとしては、あまり評価はできない。できれば、もっととことん破滅SF的に描くことも、できたかもしれない。
●7636 1984年のUWF (NF) 柳澤 健 (文春社) ☆☆☆☆★
馬場の次は、ついにUWF、というかタイガーマスク=佐山聡の登場だ。最初は、著者の作品にしてはちょっと軽いかな、と危惧したのだが、やはり時代がシンクロするので、結局やめられずに図書館で一気読みした。
人生で一回だけ真剣にプロレスを見た時期がある。それが、タイガー=佐山を中心とした、新日の全盛期だった。村松がその理論的支えでもあった。それほど、タイガーのプロレスは斬新で衝撃的だった。そして、その裏の理由が本書でよく分かった。
ただ、その後のUWFに関しては、TV放映もあまりなかったので、僕は全く知らない。UWF=前田日明、と素人の僕は思っていたのだが、最初のUWFは、あくまで佐山が中心だったのだ。それが一度崩壊し、佐山がシューティングを創始し、新生UWFが再度誕生し、それこそが前田中心だった。かなり大雑把だが、そういう風に理解した。
そして、本書の論調は、佐山こそが真の天才で、UWFの創始者であり、前田はそれを踏襲というか、ぱくったにすぎない、凡庸なレスラーとして描かれている。早速、本の雑誌の書評では、前田ファン?から、いかがなものか?という書評が載っていたが、もしここに書かれていることが真実ならば、それは本書で亀和田武が書いているとおりだと思う。
ネットで確認したら、やはり毀誉褒貶が激しい。佐山史観、という書評には笑ったが。まあ、そうは言っても、佐山とて完全無欠ではなく、その変なところは、ラストで少し描かれるが、基本は本書は佐山の天才を徹底して描いていて、それはタイガーに戦慄を覚えた僕の記憶とシンクロするのだ。
正直、素人の僕にはこれ以上は分からないのだが、相変わらず著者の筆は冴えに冴え、読んでいる間は至福であった。第二次UWFという、プロレスファンの無意識のコンプレックスの救世主が、次第に裸の王様に祭り上げられていく過程が恐ろしい。
●7637 天上の葦 上 (ミステリ) 太田 愛 (角川書) ☆☆☆☆
●7638 天上の葦 下 (ミステリ) 太田 愛 (角川書) ☆☆☆★
「犯罪者」「幻夏」と順調にステップアップしてきた、「相棒」脚本家の勝負の第三作。のつもりだったんだけれど、読み終えて微妙な感じ。冒頭はいかにも「相棒」っぽく、渋谷のスクランブル交差点で、老人が天を指さしながら死亡し、それがお昼のニュースの背景として全国に流れる、という印象的なシーンから始まるのだが。
ネットでは今のところ、絶賛の嵐だが、僕は2つの点から、傑作とは言いがたい。まず、長すぎる。正直言って、第二章の島のストーリーは、いらないと思う。第一章はテンポよく、第三章の公安と主人公たちのやりとりも悪くないのだが、中間でだれてしまう。ここは、挿話レベルで十分ではないだろうか。
そして、もう一点は「犯罪者」における、食品会社の扱いにとてもリアリティーを感じなかったのと同じく、今回の言論統制の陰謀?も何だかなあ、という感じである。「ゴールデンスランバー」と同じく、白黒が単純すぎる。今の世界の恐ろしさは、集合的な無意識にこそあると、僕は思う。そこを文学は、描くべきではないだろうか。
まあ、太田らしい、相棒らしい?ネタではあるのだが、あまり社会派に行かずに、ミステリとしての面白さに徹してほしい気がする。今回も第一章は、本当に面白かったのだが、後半そっちにいきそうな嫌な予感がしていたら、まさにそうなってしまった。残念。
●7639 静かな炎天 (ミステリ) 若竹七海 (文春文) ☆☆☆★
「さよならの手口」が、このミス4位というのは、ひさびさにこのミスの存在意義を感じたが、本書が2位というのは、ほめすぎではないだろうか。同じような作品に見えるが、僕には複雑な長編の前者と本書では、レベルがかなり違って感じた。
というより、一人称小説の短編というのは、主人公やシリーズキャラクター以外の書き込みが難しくて、感情移入ができないせいか、どうにも僕には読みにくいのだ。書評では多くの人が、読みやすさを絶賛しているのだが、僕にはわからない。
そもそも同世代の著者の作品は、デビュー以来かなり読んでいるのだが、未だに著者との距離感がうまくつかめない。デビュー作「ぼくのミステリな日常」は、北村の後継としてベストの作品で、オールタイムベスト級だと思うし、「スクランブル」や「さよならの手口」は大好きだ。
しかし、同じ葉村シリーズの長編「悪いうさぎ」や、ジェットコースターミステリ「火天風神」などは、大嫌いな部類にはいってしまう。
というわけで、たとえばホームズの名作を使ったパロディ?の表題作など、面白いのだが、それがこのシリーズの文体・文脈に合っているか、というとやや疑問なのだ。まあ、本書に蔓延するミステリ・マニア的蘊蓄、くすぐりは嫌いではないのだが。
●7640 ガーディアン (ミステリ) 薬丸 岳 (講談社) ☆☆☆☆
これまた新作は必ず読む薬丸の最新作は、中学生のいじめがテーマだと聞いて正直あまり良い予感はなかった。しかし、さすがは安心の薬丸印、やたら多い中学生たちを見事に読ませるのだ。中学校が舞台だと、普通だと耐えられないのだが、薬丸は大丈夫なのだ。
うまい、だけでは芸がないので、少し考えたのだが、結論は薬丸の中学生の描き方が、リアルに薄っぺらい。そこが凄い。(笑)ネット上の自警団という発想は、独創的とは言えないが、その扱いがやはりリアルなのだ。本当にあり得る、と感じてしまう。
ただ、ややハートウォーミングなラストは、少し鼻白んだのだが、何とここで著者は、あの人を出してくるのだ。(N氏)いやあ、まいってしまった。ファンはこれで、すべてを赦してしまう。で、ラストのラストの数行。これは、必要だったのか?うううん、悩んでしまう。
●7641 スペース金融道 (SF) 宮内悠介 (河出新) ☆☆☆☆
大森絶賛の本書だけれど、さすがにこれはどうなのよ?という感じ。だったのだが、読み出すとやはり凄い。冒頭の「スペース金融道」は、おちゃらか、のように見えて、本質は、金融工学を量子力学化させ、さらには相対性理論でブラックホール化、とトンデモ?理論でありながら、お笑いイーガン万物理論、という感じでぶっ飛んでしまった。
さらに次の「地獄変」は、電脳空間のAIをテーマにした、お笑いディアスポラ?さらにアンドロイドのある人物のクロニクルが、大きな効果をあげていて、これは大傑作かと想った。
ところがさすがに次の「蜃気楼」あたろから、少しテンションが下がり、こっちも慣れてきて(飽きてきて)最後の「決算期」あたりは、ちょっと理解できなくなってしまった。後半、物理学から、フロイト理論にテーマが変わったのがいけなかった、かな?
まあ、でも本当に著者は引き出しが多い。というか増えた?巻末で著者が大森の多くの駄目だしに謝辞を捧げているが、そう本書の作品はラストの書き下ろし以外は全部大森編集の「NOVA」に掲載されたもの。何だかなあ、と想いながらも、河出がSF化してくれたのはありがたいし(コニイも新訳が出たし)大森がここまでやってるなら、いいとするか。
3月は以上14冊でした。後半、体調が優れず、全然読めませんでした。ベストはこれまたミステリではないんですが「1984年のUWF」でしょうか。「大雪物語」も予想外に良かったですが、これもミステリとは呼べないでしょう。