2012年 2月に読んだ本
●6372 しらない町 (ミステリ) 鏑木 蓮 (早川書) ☆☆☆★
これまた乱歩賞受賞作家だけれど、受賞作を読んでいない作家。しかも、ほぼ同じ世
代。しかし、三浦といい曽根といい鏑木といい、派手な活躍はしていないが、文体が
結構しっかりしているのに驚く。昔は乱歩賞出身でももっとひどい人が大勢いたよう
に感じる。ラノベ化と同時に全体の底上げも進んでいるということなのだろうか。本
書は早川から出たことと、キャッチャーな表紙に釣られて読み始めたが、ツルツルう
どんでも食べているようにあっという間に読み終えた。読後振り返ると本書は殺人ど
ころか、ほとんど犯罪すら存在しないミステリであり、そうは言ってもいわゆる「日
常の謎」ミステリでもない。本書は都会の孤独死と戦争というものをつないだ、過去
の謎を解いていくミステリであり、今後増えそうなパターンなのかもしれない。(パ
ターンとしてはゴダードやクックなのだが、題材が今の日本を反映している)謎自体
はそれほど意外でもないし、結構当時の人物が生存していて芋づる的に謎が解けてい
くプロセスもやや工夫が足りないが、全体に気持ちのいい作品であり、こういう作品
もたまにはいいものだ。ただし、個人的にはラストの参考文献をつい見てしまい、謎
が殆どわかってしまったのと、途中で何度か出てくる具体的な映画作品を元にした問
答が、あまりにストレートに作者の意見が出ているような気がして、少し興醒めして
しまったが。
●6373 官邸から見た原発事故の真実 (NF) 田坂広志 (光文新) ☆☆☆☆
一気に読了して、複雑な思いにとらわれた。本書は真摯で解りやすい警鐘の本であっ
て、それは著者しか書けない本かもしれない。しかし、一方では官邸の具体的な人名
は殆ど出てこないし、もっとどろどろした部分があるに違いないとも感じる。きっと
そういうことを一度飲み込んだ上での、今一番重要な部分を著者は伝えようとしたの
だろう。ミクロでの数々の絆を、ひとつの大きなマクロの流れに纏め上げられるのか。
パラダイムはシフトするのか。今まさに相転換が、集合的無意識において起きるのか。
その呼びかけは、今の段階では著者のようなバランス感覚に優れた人しか出来ないの
であろう。内容に関しては真っ当なことばかりであり、目新しさも驚きもない。いろ
んなところで、震災当初の情報管制についての著者の肯定に対する批判が多いが、敢
えてそれを言い切る著者の勇気も評価したい。著者がいつも言うようにビジョン(言
葉)で重要なことは、内容ではなく、誰が(どう)語るかなのだから。更に一点、当
初部門毎にバラバラであった事故の状況報告を、一本化させるよう働きかけたのも著
者のようだ。さすがと言いたいが、一方ではこの程度の常識的判断(顧客視点)すら、
現状は求めることができないのか、と思うと暗澹とした気分になる。しかし、今ふと
振り返って世の中を眺めてみると、正に「根拠なき楽観的空気」が蔓延し始めている
ことに気づかざるを得ない。今こそ論理と矜持が求められているのだ。そういう意味
では、非常に重要な本ではあるが、果たしてどこまで影響力を持てるのだろうか。正
にバタフライ効果が求められているのか。
●6374 さよならドビュッシー (ミステリ) 中山七里 (宝島社) ☆☆☆☆
「カエル男」を差し置いて「このミス大賞」を受賞した作品だが、予想通り「カエル」
とは全く違う、音楽スポコンミステリ。(まあ、両者ともピアノが絡むが)ネットで
は毀誉褒貶の嵐。だいたい批判は、文体・キャラ、トリック、考証、の3つに集約さ
れるが、僕は文体は気にならなかったというか読み易かった。またキャラも確かに「
のだめ」の世界を「エースを狙え」のキャラで描いていて、引いてしまう人がいるの
は解るが、僕はこれは意識的な大いなるミスデレクションの一環と感じた。(但し例
えば刑事の描き方などには、何となく「カエル」と共通点も感じた)トリックに関し
ては、読めたというマニアが多いが、僕は不覚にも(いや喜ぶべきことに)見事に騙
されてしまった。最後に考証に関しては、これはもう文学観の違いとしか言いようが
ない。確かにここで描かれる医療や音楽には、専門家からしたら瑕疵が一杯あるのだ
ろうが、とりあえずはフィクションなんだから、架空のリアリティーがあれば十分と
いうのが僕の立場。冒頭のヒロインを襲う怒涛の悲劇に、いくらなんでも、と感じた
が、これも伏線の一部。中山七里、もう少し読んでみたいと思う。今回の被害者玄太
郎が探偵役の作品もあるらしいし。
●6375 奇面館の殺人 (ミステリ) 綾辻行人 (講談N) ☆☆☆☆
本人は「殺人方程式」のようなクイーン的なパズラー、フーダニットを描こうとした
のだろうが、ところどころに「暗黒館」や「アナザー」の残滓?が残ってしまった感
じ。(モノローグの多用が気になるんだよね、これってあんまりやりすぎると逆効果
じゃないだろうか)そうは言っても、なぜ犯人は被害者の首を切ったか?とか、なぜ
犯人は館の全員に仮面をかぶせて鍵までかけたか?などの謎の答えは極めて論理的で
説得力がある。ただ、その論理に犯人の意志が働いていないところはやや物足りない
が。(横溝ならば「本陣」ではなく「犬神家」なんだよね)最後の犯人当ては、正に
有栖川の作品のように意外性より論理を重視しているように見せかけて、ラスト大技
を持ってきた。まあ、これがどこまで効果を挙げているか?がちょっと疑問の残ると
ころ。努力賞ではあるが、イマイチ切れ味が鈍い。それでも、ノベルスでこれだけ楽
しまさせてもらえれば、十分お釣りが来る。突っ込みどころはいくらでもあるが、ホ
ラー色をできるだけ廃して、パズラーの中で遊んでみた著者の愛すべき稚気がうれし
い。館シリーズもあと一作。そろそろ未読の「水車館」も読んでみようか。
●6376 十字屋敷のピエロ (ミステリ) 東野圭吾 (講談文) ☆☆☆
89年の作品なので、まだまだ東野模索中、今回は最近ヒットしている新人の「館シ
リーズ」のモチーフを使ってみようか、と多分考えたんだろうなあ。意地悪な表現だ
けど。題名から解るように、人形をギミックに使ったコテコテの新本格テーストなん
だけど、どうにも切れ味がない。トリックもこれまたコテコテ。しかし、最大のネッ
クは登場人物がきちんと描き分けられていないので、話の筋が時々良く見えなくなる
こと。今の著者の力量からは想像できないが、人物描写が単なる記号に止まっている
のだ。やはり、初期の作品は当面これ以上は追いかけないでおこう。
●6377 検事の本懐 (ミステリ) 柚月裕子 (宝島社) ☆☆☆☆
時間的には「最後の証人」の佐方弁護士が、若き検事であった頃の短編集。五編収め
られているのだが、駄作が一作もなくモチーフも統一されていて、良くできている。
正直、ミステリ的には驚く部分はそれほどないのだが、たぶん作者は意識的に「最後
の証人」には濃厚にあったけれんを廃して、今回は人の物語に徹して成功している。
(人情物語と書くとさすがに語弊があるだろうが)逆に本書を読めば、「最後の証人
」における佐方の行動のバックボーンが良く解る。これは、きっと良いシリーズとな
り、映像化されるのではないだろうか。たぶん、これだけ「イヤミス」が流行ってし
まった後は、こういうある意味ベタな作品が求められるのかもしれない。しかし、巻
末の広告を見ると「臨床試験」が45万部(上下合算)「最後の証人」も13万部も
売れている。正直、この数字は信じられないのだが、宝島=このミス大賞は海堂だけ
でなく、とんでもなく大きな市場を作り出しているのだろうか。
●6378 おやすみラフマニノフ (ミステリ) 中山七里 (宝島社) ☆☆☆
著者の三冊目だが、これはダメである。「さよなら」と「カエル男」で人気急上昇し
た兼業作家の著者が、あわててあまりきちんと設計図を引かずに書き飛ばした、と邪
推してしまう出来である。「さよなら」と同じ音楽学校を舞台に、キャラクターも一
部継続して描かれているのだが、その「のだめ」的世界に精彩がなく、岬先生もまた
輝きを失ってしまっている。ミステリとしての謎もおざなりなのだが、唯一人間関係
の伏線で、うまいとうなるところがあった。次回はもっとゆっくり書こう。
●6379 水車館の殺人 (ミステリ) 綾辻行人 (講談N) ☆☆☆★
88年に上梓されたシリーズ第2作を、08年に全面改訂した決定稿。予想通り、如
何にもストレートなパズラーで、密室トリックは鮎川のある作品にあまりに似ている
のでちょっと引いてしまう。(そこに横溝テーストが加えられているのだが、これも
解り易すぎる)正直ミステリ的トリックはそれほどでもないのだが、あらすじ紹介に
本格ミステリの復権を高らかに謳った、と書かれているように、やはり歴史的価値は
大きく、少し甘めの評価。この後著者は「迷路館」という典型的なパズラーの傑作を
書き上げ、ホラー色の高い作品を書くようになっていくのだ。(鹿谷門実があの島田
潔のペンネームなことをやっと思い出した)
●6380 魔獣狩り① 淫楽編 (伝奇小説) 夢枕 獏 (NON) ☆☆☆☆
●6381 魔獣狩り② 暗黒編 (伝奇小説) 夢枕 獏 (NON) ☆☆☆☆
●6382 魔獣狩り③ 鬼哭編 (伝奇小説) 夢枕 獏 (NON) ☆☆☆☆
そういえば、サイコダイバーシリーズが30何年かをかけて、遂に完結したとのこと
だ。僕は当時、「キマイラ」「餓狼伝」「獅子の門」を一生懸命追いかけていたが、
サイコダイバーはたぶん第一作を読んだだけで終わっていた。まあ、きっとあまりの
エロス&バイオレンスに嫌になってしまったんだろうが。しかし、著者も書いていた
のでやっと気づいたのだが、このサイコダイバーというアイディアは、「ゴルディア
スの結び目」のパクリなんだよねえ。今頃気づいてしまった。で、まずは初期三部作
を一気に読了。正直古臭い部分も多い。また格闘シーンや世界描写も後の「混沌の城」
などに比べると、かなり劣る。しかし、やはりここには獏の原点があり、パワーがあ
ることは間違いない。長い旅になるかもしれないが、追いかけてみようと思う。
●6383 1976年のアントニオ猪木 (NF) 柳澤 健 (文春社) ☆☆☆☆
本当は今評判の女子プロレスの方を読みたかったのだが、予約が満杯。そこで本書を
見つけて読み出した。1976年、猪木はルスカ、アリ、との異種格闘技戦とパク・
ソンナン(韓国)、アクラム・ペルーワン(パキスタン)とのリアルファイト、とい
うエポックな四試合を行った。僕は当時はプロレスには興味がなく、さすがにアリ戦
はリアルでみたが、ルスカは見ず、ペルーワンは後に腕折伝説となって聞いたことが
あるが、パク・ソンナンに到っては存在すら知らなかった。確かに、馬場を越えるた
め異種格闘技路線に突き進んだ猪木は、大きな代償を支払わされ、二度とリアルファ
イトには手を出さず、幻想の拡大と浸透に心を配るようになった。しかし、本書に限
って言えばメインの四試合より、馬場と猪木の確執は当然だが、ルスカの私生活だと
か、アリがプロレスから受けた影響、等々本筋じゃない部分が抜群に面白い。著者は
僕とほぼ同世代であり、猪木に対する愛憎の葛藤は良く解る。今までも何冊も猪木本
は読んだが、さすがに本書の文章は際立っており、論旨もぶれずに良い読み物となっ
ていると思う。でも、やはり猪木はわからない。
●6384 元禄百妖箱 (伝奇小説) 田中啓文 (講談社) ☆☆☆
著者の実力からして、遂に講談社から単行本を上梓できるようになったことは喜ばし
い。そして、講談社においてはあの田中テーストは極限まで減っているのは、自粛の
せいか指導のせいか。また、それは良かったのか、悪かったのか、微妙。本書は田中
版忠臣蔵であり、冒頭こそこれは新しい「妖星伝」か、とわくわくしたのだが、段々
尻すぼみで、結局安っぽい似非夢枕獏風伝奇小説になってしまった。残念。
●6385 絆 (ミステリ) 小杉健治 (集英文) ☆☆☆★
柚月の佐方弁護士の物語を読んでいて、いつも脳裏で比較していたのは小杉の原島弁
護士シリーズであった。そうはいっても、実は小杉と僕はあまりタイミングが合わず
(ちょうど冒険小説ブームや新本格がスタートした時期と重なっていたので、なかな
か手が出なかったのだ)「土俵を走る殺意」は間違いなく読んだのだが、原島弁護士
シリーズは確か1-2冊読んだはずなのに、題名がさっぱり思い出せない。ひょっと
したら推理協会賞を受賞した本書だったかな、と思いながら読んだのだが、読了して
もグレー。(同じことを東野の「卒業」でも感じたのだが、年末ひさびさに実家に帰
って本棚を見たら、ちゃんと「卒業」が並んでいてまいってしまった)しかし、本書
のストーリーやプロットの展開、キャラクター設定はやはり柚月に非常に似ている。
ストーリーだけなら、佐方シリーズの新刊として上梓しても違和感がないだろう。た
だ、惜しむらくは小杉の文章は今のレベルからいうと残念ながら拙い。描写も古臭く
くどい。著者は今は佐伯のように、書下ろし時代小説文庫の方でヒットを飛ばしてい
るようだが、日本法廷ミステリの開拓者の一人として、もう少し読んでみようと思う。
幸い、著者の作品はコンパクトなものが多そうなので。
●6386 中国は世界恐慌を乗り越える(ビジネス)副島隆彦(ビジネ)☆☆☆★
丸善にどーんと詰まれた藤巻氏の「ドルを買え」という本に対抗して、本書は隣で「
元を買え」と主張している。僕の興味はやはり後者にあって、こっちを読み出した。
幸い今回は陰謀説はあまりでてこない。(それでもときたま「アポロ計画」はトリッ
クだったなんてポロッとでてくるのを、愛嬌と許していいのか思案中)相変らず論旨
は明快で、それは僕の現場の肌感覚とも合致する。ただ、敢えて言うなら本書は前作
とそれほど違った内容ではない上に、更に本書内でも繰り返しが多い。唯一の新しい
コンセプトは、中国のシンガポール化であり、これはなかなか含蓄深いものを感じる。
恐るべきことに著者は次期米国大統領はオバマではなく、バイデンと言い切っている。
もしこの予言が当たったら、僕も資産を元に替えようと思う。って金融資産そのもの
がないので、意味ないのだが。
●6387 魔獣狩り④ 外伝聖母陰陀羅編 (伝奇小説)夢枕獏(NON)☆☆☆★
初期三部作の中では、文成、美空に比べてやや印象が薄かった、本来の主人公(のは
ず)九門鳳介の単独作品。ただ、このシリーズ僕は伝奇小説と思ってきたが、本書は
ホラーと呼ぶべきだろう。屋久島の部分や哲学的な部分など、後の作品で花開くディ
ーティールがちりばめられていることは確かだが、ホラーの部分は常套的でイマイチ。
●6388 魔獣狩り⑤ 魔性菩薩上 (伝奇小説) 夢枕獏 (NON) ☆☆☆
●6389 魔獣狩り⑥ 魔性菩薩下 (伝奇小説) 夢枕獏 (NON) ☆☆☆
遂に毒島獣太というキャラクターに遭遇。今ではほとんど使わないだろう、一人称を
毒島に使わせていることからも、獏の気に入りようが察せられる。確かに、美しく強
く下品、という画期的なキャラクターではある。しかし、今回は謎の方が底が浅すぎ
るのではないか。空海の次がこれでは、肩透かしもいいところではないか?
●6390 検察者 (ミステリ) 小杉健治 (集英文) ☆☆☆☆
検察審議会に関しては、最近某政治家の件で急に知られるようになったが、そうか小
杉はこの時代にもうテーマとして取り上げていたのだ。しかも、今回はある殺人事件
と、審議会で取り上げた研修しごき事件が、どうやって繋がるのか最後までわからず、
ミステリとしても良く出来ている。いったい犯人は誰をかばおうとしているのか、ま
たなぜ検察審議会は必要だったのか、非常に良く考えられている。惜しむらくは、人
物造型や文体がイマイチなところ。時代のせいで仕方がないのかもしれないが、サラ
リーマンたちのしごき研修に対する感覚は古すぎるし、ぼっちゃんぼっちゃんした検
事の造型もイマイチリアリティーが足りない。しかし、それを差し引いても本書は日
本法廷ミステリの傑作のひとつに間違いがない。(僕は何となく「マークスの山」を
思い起こした)
●6391 真鍮の評決 (ミステリ) マイクル・コナリー (講談文)☆☆☆☆★
コナリーの新作は、ミッキーハラーシリーズ第2作。いやあ、堪能しました。一応、
最後のオチを(たぶん箕浦さんからのメールで)知っていたので、いきなりのミッキ
ーとボッシュの対面のシーンから、どきどきしてしまった。いつもながら、良くこん
なこと考えるなあ、と思うほど筋は複雑なのだが、今回はギリギリリアリティーを保
っていると言えるだろう。そして、黒子に徹するボッシュの役割が生きていると感じ
る。(正にイメージはイーストウッド)正直、後半のあまりにも大掛かりなどんでん
返しの連続(まるでディーバー)は、ちょっとやりすぎのようにも感じたが、今回は
主人公がイマイチ地味なので、これで良しとしようか。
●6392 黙秘 裁判員裁判 (ミステリ)小杉健治 (集英文) ☆☆☆★
検察審議会の次は、裁判員裁判である。小杉健治は正に日本の司法の解説者だ。どこ
かで、彼の作品をきちんとコーナー化すれば、結構ブレイクするのではないだろうか。
しかし、こうやって続けて読むとパターンもある程度見えてくる。本書も含め、小杉
作品では、被疑者は罪を認めながらも、動機やその他何かを否認するというパターン
が非常に多い。そして、彼は何を隠そうとしているのか?が謎の本質となる。(そう
言えば「半落ち」も、同じテーマだ)今回は割りと最近の作品なので、古臭く感じる
ところはあまりなかったが、一点なぜ黙秘を続けるのかの理由が弱く感じた。また、
この作品のある部分、「事件」を思わせるんだよね。
●6393 水無川 (ミステリ) 小杉健治 (集英文) ☆☆☆★
題名が全然小杉っぽくないけど、これまた如何にも小杉的な法律ミステリ。小杉の隠
れテーマとして、虐待や差別とそれに対する復讐というものがある。しかし、その復
讐は単純なものではなく、必ず何らかの仕掛けがある。今回は、元の仕掛けが良く出
来ていたのに、急にラストで話が変わってしまい、そこがネット等々では不評のよう
だ。確かにその通りなのだが、これだけ書下ろしで法廷ミステリを書きながら、しか
も悪く言えば、良く似たパターンを使いまわしながら、しかし必ず何らかの満足を読
者に与えるアベレージの高さは尋常ではない。小杉こそ、日本法廷ミステリにおける
クリスティーと呼べるのではないだろうか。(まあ、「そして」や「アクロイド」は
小杉には書けないだろうけど)
●6394 検察審査会の午後 (ミステリ) 佐野 洋 (新潮社) ☆☆☆★
「検察者」の後書きで、新保が紹介していた、同じテーマの作品。(著者のミステリを
読んだのは、たぶん30年ぶりくらいじゃないだろうか)残念ながら小杉が一歩先んじ
たため、日本初の検察審議会ミステリではなくなったが、内容はかなり違う。佐野は審
議会を誤解を怖れずに言えば「黒後家蜘蛛の会」のような場に設定し、毎回かなり小物
のミステリの謎をメンバーのディスカッションで解決していく。なかなか面白く読んで
いたのだが、だんだん謎が完全には解かれない作品が多くなってしまい、ちょっと尻す
ぼみの印象。
●6395 汚名 (ミステリ) 小杉健治 (集英文) ☆☆☆★
いやあ、これまた黄金のワンパターンである。被疑者の黙秘、身体障害者の問題、等々
本当にワンパターンなんだけど、やはりきちんと工夫をして、最後まで読ませる職人技
は本書でも健在である。(犯人の動機はわかるような、無茶なような・・・)ただし、
今回はある復讐の動機とその後の変化が、ちょっとご都合主義すぎてリアリティーがな
い。まあ、そもそもロボットに殺人が犯せるのかよ、という本質課題があるけれどもね。
小杉ミステリって読んでる間は面白いんだけど、読後しばらくすると、内容がなかなか
思い出せない。また、良く考えると無茶でしょう、という時も多い。これって、「相棒」
と同じパターンじゃないか、と今思いついた。