2012年 9月に読んだ本
●6519 塔の下 (ミステリ) 五條 瑛 (光文社) ☆☆☆☆
塔とは東京スカイツリーのこと。東京の下町で抗争を繰り広げるやくざたちの物語。鉱石シリーズや革命シリーズのスケールはないが、著者のスタイルは安定しており、相変らずリアルで読ませる。
主人公の元准教授の鏑木、相棒の京二とエイコ、それに下町のお金持ちのおじいさん(名前忘れた)が、いい味だしています。
ひょっとしたら、この物語の背景も2つのシリーズと繋がっているのかもしれないが。などと思っていたら、そうか本書は「天神のとなり」の続編だったんだ。安定はしてるんだけど、派手じゃないので前作のストーリーがさっぱり思い出せない。
●6520 光媒の花 (ミステリ) 道尾秀介 (集英社) ☆☆☆★
ゆるく全ての作品がリンクしている短編集。前半はかなり痛い話が多いのだが、後半はその向こうに光が見えてくるという、うまいというか、厳しく言えばありがちな構成。
まあ、こういう作品が好きな人がいてもいいけど、何となく直木賞狙い?などと勘ぐってしまいたくなる。僕としたら、著者の短編集なら「鬼の跫音」の方を買う。
まあ、僕の場合どこまで行っても今のところは「向日葵」の道尾なので、最近の作風はイマイチ。
●6521 猫背の虎 動乱始末 (時代小説) 真保裕一 (集英社) ☆☆☆
北上オヤジから始まって、何でこんな作品をみんな絶賛するんだろうか。著者にはもっとハードルをあげないと、逆に失礼ではないか?(まあ、最近は長期低落傾向にあるので、ファンがここぞとばかりに褒めているのかもしれないが)
とにかく「アマルフィ」ほどではないが、人物も背景描写も薄っぺらい。その結果、人情捕物帖としても、異色のパニック(地震)小説としても、幕末歴史小説としても、すべて中途半端な感じ。
●6522 残 穢 (ホラー) 小野不由美 (新潮社) ☆☆☆★
著者ひさびさの長編は、いろんな意味で仕掛けのある凝ったホラー作品であった。が、どうだろう、個人的には大成功とは言い難い。
まず、同時に上梓されたホラー短編集というかショートショート「奇談百景」(99話収録)とのつながりだが、他社のハードカバーとのリンクは、買って読むほうにとってはかなり不便だと思う。
それに何より「奇談百景」は僕にはつまらなくて、途中で挫折してしまった。(99話は多すぎる)別に「奇談百景」を絶対に一緒に読む必要があるとは思わなかったけど。
本書は著者本人が主人公であり(名前は出ないが)夫も含めて実在の作家が登場するノンフィクションの形をとっている。
そして、あるマンションで起きる怪異現象の原因を探って、関東のいわるゆ地方都市の土地の歴史を探るうちに、バブルによる住民の離散や悲惨な事件、戦後の混乱と痛ましい事故等々が炙り出されてくる展開は、最近の欧州ミステリのいくつかや橋本治の作品を想起させて、面白く読めた。
しかし、物語は突然北九州に飛び、とんでもない展開となる。そして、本書は基本的には「リング」や「呪恐」と同じ構造を持っていることが判明する。ここがどうなのか。やりすぎとは言わないが、話をここまでひろげておいて、この結末はねえ。
ちょっとしょぼいのでは?と思っていたら、ひょっとしたらこれは原発事故のメタファーなのではないか?と感じてしまった。
●6523 ソロモンの偽証 第Ⅰ部 事件(ミステリ)宮部みゆき(新潮社)☆☆☆☆★
これも何度も書いているが、僕は宮部みゆきが嫌いである。まず無駄に長いし、ミステリとしての論理がゆるい。そして子供や動物(善人)をすぐ描く。しかし、僕は「蒲生邸事件」と「模倣犯」は評価する。特に後者は歴史に残る傑作だと思う。
そして、本書もまた「模倣犯」と同じ雰囲気(長さ?)を感じ、しかも偶然図書館で一番で予約できたので読み出した。最初は後悔した。いじめ問題だから、子供がいっぱいでてくるし、相変らずスティーブン・キングなみの細かい舐めるような描写。中心が見えないのに、どんどん拡がっていくストーリー。
やっぱ、だめだこりゃ。と思ったら、あざといとは思いながらも三宅樹理の登場あたりからストーリーが走り出し、マスコミの登場からは止められなくなり、浦和の街を歩きながら読み続けた。
まいった。うまい。これは技の宝石箱、宮部版「グリーンマイル」だ。第Ⅰ部は「小説新潮」に02年から06年まで連載。そうか宮部は今世紀に入ってからは、本書をずっと書き続けていたんだ。正にライフワーク。乾坤一擲。
惜しむらくは「模倣犯」にはあった、明確な悪と善の対立が、今のところ本書では群集劇で止まっているところ。しかし、第Ⅱ部では何と物語は学校内裁判という、とんでもない展開になりそうだ。
いったいこの長大なる物語の本筋はどこにあるのか。不幸な偶然と悪意の積み重ねの招いた悲劇である第Ⅰ部が、壮大なるプロローグであることを祈りたい。
●6524 東ゴート興亡史 東西ローマのはざまにて(歴史)松谷健二(中公文)☆☆☆☆
東ゴート興亡史―東西ローマのはざまにて(中公文庫BIBLIO)
- 作者: 松谷健二
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2003/04/24
- メディア: 文庫
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何かの拍子にアマゾンの検索に引っかかり「カリオストロの城」以来ずっと気になっていた「ゴート」という国に関する本を読んでみた。
まあ、僕の西洋史の知識は塩野と佐藤に著しく偏っているので、「ゴート」なる国が実在したかどうかも良く解ってなかったのだけれど、簡単に言えば「東ゴートとは、ゲルマンの一部族で、西ローマ帝国を滅ぼしたフン族の国を、この小さな帝国が滅ぼし、一世紀後に東ローマ帝国に滅ぼされた」ということらしい。
フン族の王のアッティラやテオドリック、オドアケル等々の名前は何となく聞いたことがあるようにも思うが、いわゆる蛮族をきちんと人間として描いているのが気持ちよい。
そして、何より(後で気づいたが)著者はあの宇宙英雄ローダンシリーズを二百数十冊翻訳し(一回も遅れなかった)た松谷健二その人だったんだ。だから、細かい描写は塩野に譲るが、内容は非常にテンポ良く、薄い本の割には充実している。塩野主義者とっては「ローマ人」と「海の都」の間隙をつなぐ一冊とも言える。
●6525 屍者の帝国 (SF) 伊藤計画×円城塔 (河出書) ☆☆☆☆
読了し、感動と同時にすごく重いものを突きつけられた感じがする。本書の背景はもはや簡単にすべきだろう。伊藤の絶筆(冒頭のたった30枚)を、盟友の円城(とは言っても作風もスタイルも全く違うが)が完成させたのが本書。
舞台はフランケンシュタイン技術(死者の蘇えり)が実現したパラレルワールドであり、スチームパンクと言ってよいだろう。(未読だがギブスン&スターリングの「ディファレンス・エンジン」に多くをインスパイアされていることは良く解る)
冒頭から「吸血鬼ドラキュラ」「OO7」「カラマーゾフの兄弟」「シャーロックホームズ」等々様々な作品へのオマージュ全開で、ちょっとうるさいくらい。
そうは言っても「虐殺器官」の世界の破滅の鍵を握る謎の人物と「ハーモニー」の言葉と意識とその向こうにあるもの、というテーマは本書でもきちんと継承されている。
そして、物語は「地獄の黙示録」となり、何と架空の明治の日本に飛ぶ。問題はラストで明かされるSF的大ネタであり、これはどうかと思ってしまった。これなら、言葉=魂一本の方が説得力があるのではないか?
しかし、そうはいってもラストのラストで、主人公のワトソン=伊藤計画、フライデー=円城塔、という構図が明確になると、このエピローグは涙無しには読めない。これにて、プロジェクト・イトウ(日本語にすると伊藤計画)は完了。ありがとう、と言うしかない。
●6526 宿神 一 (伝奇小説) 夢枕 獏 (朝日新) ☆☆☆★
大河ドラマ「平清盛」は、ドラマとしてはどうかなと思うが、歴史の勉強にはなる。恥かしいことだが、西行の本名が佐藤義清であり、北面の武士として清盛の友人であったことなど、さっぱり知らなかった。(僕は歌人に本当にうとい。まあ、歌が解らないからしょうがないのだが)もちろん待賢門院璋子との関係についても。
で、テレビでは西行はあっという間に退場してしまったのだが、何と獏がその西行と清盛の得意の男二人物語を描いてくれたようなのだ。
朝日新聞に06年から連載されたようなので(獏に新聞連載をさせるとは勇気がある)大河便乗ではないはずだが、正にグッドタイミングで、物語は大河とシンクロしており、清盛が背景に引いているのがいい味を出している。
ただ、第一巻は伝奇小説としてはプロローグのようで、まだ盛り上がらない。(空海のときもそうだったが)また、何となく内容が「翁」と繋がっているようで、「翁」をきちんと理解したかどうか、おぼつかない僕にはやや不安材料。
●6527 四重奏 (小説) 小林信彦 (幻戯書) ☆☆☆☆
09年発表の「夙川事件」、71年「半巨人の肖像」、77年「隅の老人」、91年「男たちの輪」という長期にわたって(たぶん単発で)書かれた四つの中篇を(テーマが同じなので)まとめた上、人名や文体を整えた作品。
真ん中の2作品は他の短編集で読める。テーマは乱歩ともミステリともとれないことはないが、これはもう著者自身が「宝石」「ヒッチコックマガジン」の編集を通し成長していく、(苦い)通過儀礼の記録と言うべきだろう。
このミステリ及びテレビの黎明期=黄金時代に、双方深く関わってしまった小林の記録(彼は記録魔でもある)は宝物であり、また何度読んでも面白い。
「夙川事件」は完全ノンフィクションで、登場人物は基本本名だが、他は仮名となっている。が、佐竹が稲葉明雄、三輪が都筑道夫、細谷が常盤新平であることは、すぐに解ってしまう。
だから面白いのだが、一方では都筑に対する小林の複雑な思い、までならいいのだが、常盤に対する明らかな悪意の執念深さを思うとき、著者の業の深さを改めて見せ付けられた気がする。
●6528 小林信彦 60年代日記 1959~1970 (日記) (白夜書) ☆☆☆☆
結局気になってしまって、本書を再読してしまった。そして、驚いた。何のことはないここでは全員、常盤新平も本名で登場し、同じ事件をさらに厳しく批判されている。85年の本なんで、ほとんどの登場人物は生きていただろうに、こんなことが許されたんだ。
まあ、それから30年後にみたび批判する、著者の粘着力も凄いとしかいいようがないが。そうは言っても、本書を読むと「ヒッチコック」時代が全く違った色を見せる。著者が同時に活躍していた、TVの黎明期の記述の方が圧倒的に多く、「ヒッチコック」はさしみのツマ扱いなのだ。
そして後半に行けば、著者はそのテレビ界からきっぱり足を洗い、今度は純文学が売れない=お金がない話ばかりになってくる。正直くらい。しかし、たぶん本書の終了後、「パパは神様じゃない」「オヨヨ大統領」「唐獅子株式会社」と、純文学とは全然違う方面で少しづつ売れるようになってくるはず。
まあ、こんな狂騒と鬱屈を繰り返していては、晦渋・剣呑な性格にならざるを得ないのか。いや、それは順番が逆なのか。
●6529 宿神 二 (伝奇小説) 夢枕 獏 (朝日新) ☆☆☆
おいおい、こりゃいくらなんでもスロースターターではないだろうか?正に起承転結の承で、今回は何もたいしたことが起きない。まあ、西行=義清が白河帝の襖絵に歌を書き込むシーンは秀逸だが、やはりこれだけでは物足りない。
このあと物語りは保元・平治の乱となるのならば、信西や源義朝が全く描かれないのもどういうことなんだろうか。
●6530 星条旗と青春と (対談) 小林信彦・片岡義男 (角川文) ☆☆☆☆
星条旗と青春と―対談:ぼくらの個人史 (角川文庫 (5931))
- 作者: 小林信彦,片岡義男
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 1984/12
- メディア: 文庫
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小林の本を図書館のサイトで検索していたら、全く知らなかった本を発見、早速取り寄
せて読み出した。本書は80年に「昨日を越えて、なお・・」として角川から刊行されたものを、84年の文庫化と同時に改題。副題は「対談:僕らの個人史」。
まあ、いかにもという題名だなあ、と思ったのだが、これはもう掛け値なし、副題も含めて正しくその通りの作品。ちょうど小林は48歳、片岡は40歳。小林は片岡という伴侶を得て、語る、というか叫んでいる。
たぶん小林は同時代の日本人とは相容れず、日本人と米国人のメンタリティー(それも不思議に捩れている)を持つ片岡に、やっと語るべき相手の姿を見たのだろう。
大いなる幻影だった40年代、50年代の蜜月の終わり、根こそぎの十年60年代、そして昨日を越えて(70年代)、ここで描かれる小林の自分史と東京の姿は、もちろん僕には実感できないが、彼が描き続けてきた世界の本質そのものである。
確か亀和田武か誰かが書いていたが、小林は戦後を自分の小説で描き込み続けている、ということが「世間知らず」や「日本橋バビロン」を思い起こしながら腑に落ちた。それにしても、外見からは想像がつかない熱い一冊である。
●6531 ソロモンの偽証 第Ⅱ部 決意 (ミステリ)宮部みゆき(新潮社)☆☆☆☆
21日発売予定の本書を19日に本屋で見つけたので(このところ毎日帰りに本屋に寄っていた)ルールにのっとって、図書館へゴー。ところが祭日の関係で、水曜日なのに休館。ついでに、北浦和図書館まで足を伸ばしたが、やっぱり休館。
というわけで、面倒くさくなって、本屋で購入して読み始めた。立ち上がりは素晴らしい。優等生藤野涼子の学校への反抗が素晴らしい。(お母さんも素晴らしい)ただ、学校での擬似裁判という形式が、リアルにやろうとすればするほど、面倒くさく、嘘くさくなってしまい、残念ながら二部は少しペースダウン。
特に涼子が弁護側ではなく、検事になってしまったのがどうにもうまくない。三宅樹里の証言を信じる、と言われてもねえ。それと、この辺は宮部の特徴なのかもしれないが、あれほど粗暴に描かれた大出の扱いがやっぱりやさしすぎる。
ただ「理由」のときのように、この膨大な群集劇のひとつひとつの挿話を、無駄とは感じない。緊張感が持続していて、一気に読めることは間違いない。で、今回初登場の他校から参加の弁護士、神原と柏木の過去の関係が次回のキーなんだろうなあ。(塾の先生も気になるなあ)
あと、二部のラストで何気なく読み飛ばしてしまった、一部のプロローグが生き返ってくるのはうまい。(僕は柏木が電話した相手こそ神原で、それがきっかけで柏木が自殺したのでは?と考えたのだが、どうやら違うみたい)
ああ、ひょっとしたらこの公衆電話のシーンを描くために、宮部は本書の時代設定を携帯電話の存在しない90年代初頭に置いたのだろうか?(誰も指摘していないが)
●6532 球界消滅 (小説) 本城雅人 (文春社) ☆☆☆☆★
抜群の才能(可能性)を持ちながら、当たり外れが大きい、というか自分の資質が良く解っていない気がした著者が、今回はど真ん中ストライク!正に著者にしか描けないだろう、しかも斬新でメチャクチャ面白い傑作を上梓した。
正に「スカウトデイズ」「嗤うエース」の面白さが、グローバルレベルに拡大された、ノンストップ・エンターテインメントだ。
まず、日本球界を四チームに集約し、韓国、中国と合わせて、メジャーリーグに加入し(M&Aされ)アリーグ・極東地区を形成する、というアイディアが抜群である。
そのアイディアを生み出し、実現に向けて壮大且つ緻密なプランをチェスのように打ち続ける、牛島という元ハーバード大学アメフト部のQBが素晴らしい。やっぱ、著者は悪役を描かせると抜群である。
そして、その一見とんでもない構想が、非常にリアルに練られている。(例えば10年間は、ポストシーズンで例えアジアのチームが優勝しても、試合は米国内でしか実施しない、という密約など緻密でリアルで感心してしまう)
また、モデルがすぐ解るチームや選手、オーナーたちの描き方も、臭くならずにうまい。(特に○べ○ネがモデルの京極オーナーが抜群)そして、そこで指摘される日本プロ野球界の閉鎖性や後進性、スケールの小ささも、サッカー主義者の僕には、いちいちうなずくことばかり。
唯一の弱点は、前作「シューメーカーの足音」の主役の榎本と同じく、本書の主人公大野俊太郎が、イマイチ子供っぽくて、その言動に共感しずらいところ。本当は彼こそが牛島の構想に賛同し、そのソフトランディングを目指すべきではないのか?
もちろん、それではストーリーにならないけど、もっと違ったやり方があるのではないかと感じた。正直ラスト牛島の構想が、大野らの反撃にあって結局挫折したら、本を投げてしまおうと思っていたのだが、さすがに著者も今回はいろいろ考えて、ベストとは思わないが、何とか納得できる結末をつけてくれた。
野球がテーマ、ミステリでない、悪役がメイン、この3つが揃えば、本城の作品はやはり傑作となる。
●6533 いちど話してみたかった (対談) 小林信彦 (情報セ) ☆☆☆☆
いちど話してみたかった―小林信彦デラックス・トーク (1983年)
- 作者: 小林信彦
- 出版社/メーカー: 情報センター出版局
- 発売日: 1983/06
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あの椎名誠を生み出した情報センター出版から、83年に上梓された対談本。巻末の広
告には「哀愁の町」等々の椎名の作品や、藤原新也「東京漂流」「メメントモリ」、糸井&湯村「情熱のペンギンごはん」、村松友視「ファイター」、南伸坊、呉智英、等々正に80年代の象徴とも言えるラインナップ。今はどうなってるんだろうか?閑話休題。
本書はあとがきの冒頭に「雑誌や週刊誌を見ていると、ふやけた対談が多いので、腹が立ってくる」とあり、対談相手が大滝詠一、たけし、志ん朝、長部日出雄、大島渚、横溝正史、等々とくれば、内容の素晴らしさは想像がつくが、小説やエッセイより生の著者が出ているようにも感じた。
しかし、こうやって著者の作品を少し集中して読んでみると、時系列に読むのとは違って、同じ題材が小説やエッセイや対談で様々な角度から繰り返し語られ、それが小林という作家を形作っていく過程が良く解る。
本書だと、大滝と横溝との対談が特にそれを感じさせた。(60年代ポップス、クレイジーキャッツ、新青年と博文館)ミニ小林祭はこれにて一旦休止。やっぱ、この人毒がきつい。
●6534 百年法 (SF) 山田宗樹 (角川書) ☆☆☆☆
- 作者: 山田宗樹
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2012/07/28
- メディア: 単行本
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山田宗樹と言えば「嫌われ松子の一生」で、僕は未読だけれど映画は飛行機で観て、正直ゲテモノの印象が強かったのだが、何と山田は横溝賞受賞者だったんだ。その山田の(たぶん)畢生の大作の本書が大評判だ。
確かに、上下巻合せて800ページという大作を一気に読んでしまった。ただし、正直言って小説としては、ごつごつしていて不細工だ。特に女性の会話は勘弁して欲しくなるほど下手だし、プロットも端正というにはほど遠いし、中盤は少しだれる。
また、一応歴史改変モノなのでSFとしたが、著者にはそんなジャンル意識はないだろう。正直、本書をSFとしてみたら、その未来設定はあまりに稚拙である。
しかし、それらの欠点を補って余りあるのは、敗戦後米国から与えられたHAVIという不老不死技術(これはAIDSの逆バージョン)を受けた日本国民は、手術後百年で死ななければならない、という百年法のアイディアが抜群だからだ。
そして、日本人はその法律を国民投票で凍結してしまい、それを厳しく運用した韓国や中国に国力がどんどん追い抜かされていく第一部は、抜群に面白い。
はっきりは書いていないのだが、ここには憲法や民主主義等々、重くて深い問題提起がある。しかし、それと同時に、抜群に面白いポリティカル・フィクションでもあるのだ。(参考文献からして著者の思想の背景には、塩野=カエサル&マキアヴェッリがあることは間違いない)
そして第二、三部は少しペースが落ちるが、第四部が最後に再び盛り上がる。特にクーデターの結末は胸がすく爽快さだし、ラストのオチも予想はしたがなかなか良い。(もう少し時間をかけて丁寧に描いたほうが説得力があるだろうが、それでは長くなりすぎるかも)そして、ラストのラスト。これは正に「マッドマックス2」と重なった。
●6535 秘密は日記に隠すもの (ミステリ) 永井するみ (双葉社) ☆☆☆☆
永井は10年9月3日死去。そして、本書に収められている4つの短編は全て「小説推理」連載で、一番最後の「夫婦」が10年10月号掲載。正に本書が著者の遺作と言える。
また、ぎりぎりまでレベルの高い創作を続けていたのだから、未だ明かされない死因についても、病気ということはないように思えてくる。
本書の4つの短編は「日記」を共通テーマとしており、さらに意外な人物が次の作品と繋がる、という凝った趣向をとっている。とは言っても、最近は結構多いパターンだが)いじわるで、繊細な永井にピッタリのテーマで、大傑作とは言わないが十分堪能した。
しかし、たぶん本来ならあと2編は追加され、最後の作品と最初の作品が繋がって終了、という構想だっただろう。そこに物足りなさを感じながら、一方ではいかにも遺作らしいと感じてしまった。不謹慎だろうか。もちろん、著者の死去は返す返すも残念なんだが。
●6536 鍵のない夢を見る (ミステリ) 辻村深月 (文春社) ☆☆☆☆
ご存知、直木賞受賞作。ネットでは意外に評価が低いが、僕はまずまず満足できた。そ
りゃ直木賞あげるほどとは思わないが、直木賞自体の受賞基準のぶれからすると許容範
囲内。5つの中篇が収められており、万引から放火、殺人、誘拐まで全て犯罪が絡んで
いるが、著者の狙いはもちろん単純なミステリにはない。冒頭の「仁志野町の泥棒」こ
そ、非常にオーソドックスな作品だが(次の「石蕗南地区の放火」は正直失敗作)「美
弥谷団地の逃亡者」で調子が出てきて、「芹葉大学の夢と殺人」のリアルな不条理は胸
をうち、最後の「君本家の誘拐」で少し救われる(ような気がする)。テーマは「頽落
した自らの夢に閉じ込められ、そこから抜け出す鍵を見つけ出せない人々」であろうか。
でも、本当はそこに扉などないのだ。いや、壁すらも。いじわるで、不条理で、リアル
な閉塞感とカタストロフィー。(ここには「水底フェスタ」につながるものがある)や
はり、著者もそろそろこうやって大人を描くべきだ。そうすれば、永井の欠落を埋めて
くれる存在にきっとなってくれるだろう。少なくとも僕は、道尾より著者に期待したい。
●6537 舟を編む (小説) 三浦しおん (光文社) ☆☆☆
さて、お次は本屋大賞。 こちらは、「読書メーター」では絶賛の嵐、アマゾンではか
なり厳しい評価もあり、と分かれたが、僕は後者。まず基本設定が完全にラノベなのが
痛い。まあ、著者は計算しているんだろが、僕は耐えられない。変わった名前、変わっ
た職業、変わった性格と言動、これで一気に話をスタートさせるが、結局物語りはその
変わった人たちの(あまりにもご都合主義な)絡みとテーマの薀蓄で終了。見事なまで
のキャラクター&薀蓄小説、一丁上がりである。まあ、通常のラノベに比べて、書き込
みは十分あるが、ギャグのセンスも含めて、これが書店員が一番売りたい本なの?と言
いたい。とは言っても本屋大賞で納得したのは「博士の愛した数式」(これも二位の「
クライマーズハイ」の方が良いが)と「天地明察」だけだからなあ。でも、もし本書が
マンガの原作というなら、話は違う。理屈っぽくて、専門知識たっぷりで、一応マンガ
的にはキャラ立ち十分な本書を、二ノ宮知子に描かせれば、「のだめ」と並ぶ傑作にな
るのではないだろうか?
●6538 カルタゴ興亡史 ある国家の一生 (歴史) 松谷健二 (中公文)☆☆☆★
どうやら著者は歴史三部作を書いていて、こちらが第一作。ただネットでも総じて「東
ゴート」より評価が低い。で、僕も同感。ただし、著者の筆力のせいではなく、いくつ
かの戦略ミス?と偶然のせい。まずは、ある国家の一生ということで、過去から話を起
こしすぎた。カルタゴ=ハンニバル、と素人は考えてしまうので、フェニキアから話さ
れても、古すぎて(紀元前2500年)イメージが全然わかない。ハンニバルが出てく
るのは後半の1/3、これではイライラしてしまう。(それにしても、スペインのバル
カ家は、いつも僕にジオンのザビ家を思い起こさせる)で、なぜそうなるかというと、
これはもう著者の後から、天才塩野七生が思いのたけを込めて、ハンニバルとスキピオ
を「ローマ人の物語」で描いてしまったから。たぶん文庫本で数冊になる塩野版に対し
て、この分量では相手にならなかった。そして、著者は塩野のようにローマに入れ込ん
でいないので、正直ポエニ戦争というのは爽快感のないダラダラとした戦いであること
が良く解ってしまう。それでも、ハンニバルとスキピオはやはり魅力的だが、如何せん
登場が遅く、そして少なすぎる。やはり、カルタゴ、ベネチア、カエサル、マキアヴェ
ッリに関しては、もはや塩野を越えることは至難の業だろう。
●6539 リライト (SF) 法条 遥 (早川J) ☆☆☆☆
あちこちで「時をかける少女」へのオマージュと書かれているけど、本書をオマージュ
と言って良いんだろうか。もちろん、本書のストーリーの前提として「時をかける少女」
があることは間違いない。それも、この畳み掛けてくるスピード感は、筒井でも大林で
もなく細田のテーストだ。とにかく、冒頭から一気に引き込まれ(最初は会話が妙にギ
クシャクしたのだが、すぐに気にならなくなった)結局最後まで読み通してしまった。
しかし、読了して感じるのは元祖「時かけ」とはあまりに違うダークテースト。まず最
初に感じたのは乾くるみの作品だが、まああそこまでギャルゲーな下品さはない。で、
ラストこれは押井守のあの作品と思ったのだが、結局たぶん本書と一番近いテーストを
持っているのは、小川勝巳の「まどろむベイビーキッス」なんだよね。(あんまり読ま
れていないと思うので、実名出してしまいました)で、結局評価に困る。こんなに風呂
敷広げてどうするの?という感じはしたのだが、まあ頑張ったほうだとは思う。ただ、
肝心のタイムパラドックスが、突っ込みどころ満載すぎるんだよねえ。まず携帯電話は
誰が買ったの?が気になるし、何より○○と○じ○○をする必要はないだろう。一人づ
つ確かめればいいだけなのでは?というわけで、SFとしては微妙なんだけど、まあと
にかく面白くは読めたので、少し甘い採点。
●6540 ツナグ (小説) 辻村深月 (新潮文) ☆☆☆
珍しく読む本がなくなって、自腹で文庫を購入。何か嫌な予感がしたんだけど、見事的
中。世の中の人々は、こんな解りやすい物語を求めているのか。こんなコテコテの良い
話を読んで、ひょっとしたら涙ぐんでたりするのだろうか。人間はそんなに単純で底の
浅い生き物なのだろうか。人生で一度だけ、死者と会える能力。その背景は全く説明無
し。(まあ、当たり前だけど)そんな何でもありの設定を、誤解の氷解や愛情の確認の
ような、ありがちのパターンで使いまわされても疲れてしまうだけ。最終話「使者の心
得」を工夫して短編として発表したのなら、まあ悪くは無いかもしれないが、長編を持
たせられるネタでもストーリーでもない。「舟を編む」も「ツナグ」も映画化か。まあ
解りやすい映画になるだろうなあ。
●6541 147ヘルツの警鐘 (ミステリ) 川瀬七緒 (講談社) ☆☆☆★
前作の乱歩賞受賞作「よろずのことに気をつけよ」は、古臭くてミステリとしては見る
べきところがなかったが、文章は書ける人だと感じた。で、受賞後第一作の本書の評判
が良い。法医昆虫学捜査官というのは、なかなか良いアイディアだ。(147ヘルツは
ハエの羽音)そして、ヒロイン赤堀、岩楯警部補、鰐川のトリオも、なかなか読ませる。
ただ、ミステリとしては前作と同じで、やはり雑としか言いようがない。せっかく赤堀
がウジが急激に発育した原因が○○○○であることを突き止めても、そこからの展開が
雑なんだよなあ。まあ、そういう意味では日明恩の「それでも、警官は微笑う」に非常
にテーストが近い。またプロファイリング・マニアの鰐川は、警察小説マニアの潮崎と
キャラが被る。というわけで、面白かったんだけど、このタイプの作家が突然ミステリ
センスがつく、というのはめったにないし、昆虫ネタだとすぐ行き詰るような気もする
ので、微妙な感じ。だいたい日明恩も、まだシリーズ第三作は書いていないし。
その存在を知らなくて、娘や嫁に馬鹿にされた、サカナクションの「夜の踊り子」を飛
行機で聴いてはまってしまった。で、ユーチューブでビデオやミュージックステーショ
ンの録画を見て、ぶっとんでしまった。すごい。JーPOPもここまで来たんだ。
さらに「ネイティブダンサー」や「バッハの旋律を夜に聴いたせいです。」のビデオを
見て、ああ彼らは日本のトーキングヘッズだ、と感嘆した。山口一郎はデビッド・ヴァ
ーンだ!