2016年 2月に読んだ本

●7384 学校では教えてくれない戦国史の授業 井沢元彦(PHP)☆☆☆☆★

 

学校では教えてくれない戦国史の授業

学校では教えてくれない戦国史の授業

 

 

著者の「逆説の日本史」シリーズは、僕のバイブルのひとつだが、そこから派生した無数のスピンアウト本は、面白くは読めるが、当然完成度は本編に劣る。と思っていたのだが、本書はなかなかの出来である。

もちろん、本編とかぶる部分も多いのだが、それはそれで面白く読めるし(最近、TVで籤引き将軍・足利義教を見たところだったし、北条早雲をかなり勉強したのも、タイムリーだった)室町幕府の弱点は京都に幕府を開いたこと、という指摘は、目から鱗だった。

そして、一番驚いたのは以下の指摘。信長が神になろうとして、安土城を神殿として建てたというのは折込済(ただし、安土城の全貌が非常に解り易く解説されている)だし、その後は石山に大阪城を築くつもりだったのを、秀吉が真似た(というか秀吉のやったことは、ほとんど信長のアイディア)というのも、ある程度は解っていた。

しかし、その現人神の発想を、さらにバージョンアップしたのが、家康の東照宮だというのには、目から鱗が10枚落ちた。なぜ、今まで安土城東照宮がつながらなかった
のだろうか。しかも、東照宮は、東の天照だというのには、ひっくり返った。東の世界=武士の世界における天照=天皇家が、東照宮=徳川家である。いや、こんなある意味明白なことに、全く気付いていなかった。

 

●7385 新しい十五匹のネズミのフライ(ミステリ)島田荘司(新潮社)☆☆☆

 

 

申し訳ないが、シャーロキアンではない僕は、数あるパロディ、パステーシュの中でも、フィッシュのシュロック・ホームズしか評価しない。(まあ、当然あんまり読んでないのだが)

ただ著者の初期の作品である「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」は、全然期待してなかっただけに面白かった記憶がある。(内容はさっぱり忘れているが、確かホームズが重要な役割を果たしていたはず)

しかし、本書を手に取って嫌な予感がしたのは、その分厚さ。「漱石」は短くて、切れ味が良かった。パステーシュが分厚くては。というわけで、悪い予感は的中した。麻薬中毒になったホームズ(ニコラス・メイヤーにあった)はともかく、「赤毛連盟」を逆手に取ったプロットは悪くないし、「緋色の研究」や「恐怖の谷」的な大時代的な背景も許容範囲。

もし、この1/3の量だったら、楽しく読み終えたかもしれない。しかしこれでは長すぎるし、原典の繰り返しも多すぎる。肝心の「ネズミ」の正体が、全然ひねりがないんだよね。まあ、「踊る人形」だってそうだけど。

 

●7386 虹の歯ブラシ (ミステリ) 早坂吝 (講談N) ☆☆☆
 
虹の歯ブラシ 上木らいち発散 (講談社ノベルス)

虹の歯ブラシ 上木らいち発散 (講談社ノベルス)

 

 

前作は、良くも悪くも衝撃的だった。で、第二作も、表紙から解るように前作と同じ路線の、連作短編集。ただし、前作のような、サプライズはなく(ラストの展開は、完全に空回りだと思う)ただただ下ネタオンパレード。

というわけで、「六枚のトンカツ」下品バージョンという感じで、作風を変えない限り、著者の作品はもう読むことはないだろう。

 

●7387 トリダシ (フィクション) 本城雅人 (文春社) ☆☆☆☆

 

トリダシ

トリダシ

 

 

「球界消滅」や「希望の獅子」のような例外もあるが、著者の本筋はやはり出世作「スカウトデイズ」や本書のような、プロ野球を舞台にした、陰謀渦巻く物語だ。ただ、本書はスカウトではなく、スポーツ新聞記者が主人公だが、「スカウト」の堂神と、本書のトリダシこと鳥飼は、言うまでもなく一卵性双生児である。

そして、その強烈な昭和テーストは、魅力的でもあり、うっとおしくもある。まあ、実際にそばにいたら後者だろうが。気になったのは、冒頭の二編をどこかで読んだ気がすること。ただ、後半は全く記憶がないので、何か勘違いだろうが。

本書の魅力は、もちろん殺人はおきないのだが、その裏の裏をかくミステリの面白さだ。ということは、これは北村流とは違う、日常?の謎ミステリなのかもしれない。ただ、読み終えて思うのは、今の世の中、野球チームのコーチに誰がなるかで、ここまで熱くなる記者も読者も、本当に存在しているのだろうか?という疑問。少なくとも、サ
ッカーでは、そんなことはどうでもいい。

 

●7388 死との約束 (ミステリ) アガサ・クリスティー (早川文)☆☆☆★

 

死との約束 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

死との約束 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 

 

少し時間がかかってしまったが、遂にアガサクリスティー完全?攻略の第一歩を踏み出した。のだが、予想通りやや微妙な感触。霜月の言うように、本書はなかなか殺人が起きないのだが、素晴らしい?リーダビリティー(それはひとえに嫌なばあさんの造型の凄さにかかっている)で一気に読ませる。

ただ、ミステリとしたら、確かに犯人は意外である。(でも、このパターン「葬儀を終えて」等々、クリスティーだと常套手段でもある)そして、その意外な犯人を導き出す論理は、ある伏線と、被害者のある行動、これに絞られる。そして、この二つが、凄いのか、凄くないのか、微妙なのである。

まあ、作品そのものをミスデレクションとしてしまう、クリスティーの腕に舌を巻くべきなのか、ええ!これだけかよ?と思ってしまうのか、やっぱりクイーン信者にとっては、かなり微妙。

そういう意味では、確かに全然有名でない本書が、クリスティーの典型と喝破した霜月の慧眼には感心する。問題は、僕にはそれがそこまで面白く感じられないこと、につきる。(僕には本書の基本構造は「鏡は横にひび割れて」に相似だと感じた。そして「鏡」もまた、驚きながらも、それだけかよ!と思った記憶がある)

まあ、でも次は「五匹の子豚」にチャレンジしよう。これは、既読で傑作だった記憶はあるが、内容は全く思いだせない。

 

●7389 カールの降誕祭 フェルディナント・フォン・シーラッハ (創元社)☆☆☆★

 

カールの降誕祭(クリスマス)

カールの降誕祭(クリスマス)

 

 

「犯罪」「罪悪」に続く短編集だが、結論から言うと本書には3つの短編が収録されているだけで、正直いくらなんでもこれはないと感じてしまった。

シーラッハの短編は、感情表現がほとんどなく、無機質で非常に短く、これは一体何なんだろうと意味不明なことも多々ある。従って、今までの短編集は僕には収録作が多すぎて疲れてしまったのだが(特に「罪悪」は嫌な話が多かった気がする)ここまで少な
いのも、何だかなアである。

ただ、三篇「パン屋の主人」「ザイボルト」「カールの降誕祭」のレベルは高い。僕のように図書館で借りるなら、OKだと思う。個人的には「ザイボルト」がベストだが、ただ三作とも水面下から突如吹き出す、狂気のマグマ、という点では共通していて、そういう意味ではやや物足りない。 

 

●7390 ユートロニカのこちら側 (SF) 小川 哲 (早川J) ☆☆☆

 

 

第三回ハヤカワSF大賞受賞作。近未来の超管理(というかあらゆる情報がオープンになってしまった)社会、アガスティアリゾートで暮らす人々を描いた連作短編集。というと、何だか飛浩隆「グラン・ヴァカンス」の前日譚という感じがするが、肌触りは微妙に、いやかなり違う。

というわけで、本来なら僕が大好きな設定のSFのはずだし、文章も新人離れして達者なのに、なぜか乗り切れなかった。たぶん、それは選者のひとり、東浩紀が書いているように、登場人物に魅力が全然感じられず、物語に没入できなかったことにある。

多くの人々が、本書とバラードの類似をあげているが、いまだにバラードを理解できた経験のない僕としては、当然の帰結なのかもしれないが。

 

●7391 ハーメルンの誘拐魔 (ミステリ) 中山千里 (角川書) ☆☆☆★

 

ハーメルンの誘拐魔

ハーメルンの誘拐魔

 

 

完全に量産体制に入ってしまった中山には、もはや期待はしていないのだが、本書は一気に読めた上、二段構えのどんでん返しが気に入ってしまった。(一段目は見え見えだが、ここは作者も隠していない気がする)

誘拐ものと言えば、身代金の受け渡しのトリックが基本だが、本書の場合はある事件の、加害者と被害者が双方誘拐される理由が、ホワイダニットとなっていて、まるで岡島二人でも書きそうな魅力的な謎となっている。

ただ、読み終えて改めて振り返ると、ちょっとばたばたしていて全体に格調がないし、テーマが重いだけに、もう少し書き込みが必要な気がした。どうも、ノンストップ・ミステリと社会派ミステリの要素(子宮頚がんワクチン接種の副作用がテーマ)が、残念ながらうまく溶け合っていない。ここは、もう少し落ち着いて、重厚に書き上げれば傑作になっていた気がする。惜しい。

 

●7392 五匹の子豚 (ミステリ) アガサ・クリスティー (早川文)☆☆☆☆

 

五匹の子豚 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

五匹の子豚 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 

 

さて、第二弾は霜月絶賛の本書。前にも書いたが、本書は既読で面白かった印象があるのだが、内容は完璧に忘れている。本書は、後期のクリスティーの特徴のひとつである、いわゆる「回想の殺人」の嚆矢とも言える作品で、16年前の殺人をポアロが再捜査する。

構成は非常に凝っていて、被害者と犯人(と思われた?)の既に亡くなった二人を、当時の関係者のインタビューや手記によって、多角的に描いていく作者の筆致は素晴らしい。(山本やよいの新訳も素晴らしい)

たぶん、本書はクリスティーがそのテクニックを詰め込んだ傑作であり、「死との約束」で感じた「それだけ?」感はない。解決も、二段構えになっていて、良く出来ている。そして、何よりあらゆることがダブルミーニングで、ひっくり返る技の冴え。

しかし、だのに僕は、期待が高すぎたのか、何か物足りない。たぶん、クリスティーの目指している世界と、僕がミステリに求める世界が何かずれているのか。いや、やっぱ
りこう見えても、かつてクリスティーはかなり読み込み、そのパターンは潜在記憶として、刷り込まれているのかもしれない。

ただ、新訳は思った以上に読みやすく、魅力的だ。(クリスティー=人間が描けていない、というイメージはかなり覆った)というわけで、もう少し読んでみよう。次は「杉の柩」だ。これも既読だけれど、全然内容を覚えていない。

 

 ●7393 泡坂妻夫 (ムック本) 文芸別冊 (角川書) ☆☆☆☆

少しタイミングがずれたが、冒頭の北村薫法月綸太郎の対談から始まって、面白く読めた。(有栖川有栖はなぜいない?)特に、幻影城での権田萬治司会による、有望若手?三人(泡坂、赤川、栗本)の対談が、泡坂、栗本が相次いで亡くなった今となっては感慨深い。(確か、僕もSRの会に、赤川と泡坂の登場を、ミステリ界の新しい波として評論を書いた記憶がある。そこから、笠井、島田、そして新本格へと歴史は流れるのだ)

泡坂に関しては、少し前読み直しを行って、当時の評価と大きく変わってしまった。最高傑作と思っていた「乱れからくり」より、当時イマイチひっかかっていた「11枚のトランプ」の方が面白かったし、「狼狽」の中で最高傑作と思っていた「黒い霧」が、それほどに感じなかったり。

で、今本書に倣ってベスト3を選ぶなら、長編ミステリは「11枚のトランプ」、短編集はもちろん「狼狽」だが、この一作とするならば「煙の殺意」の「椛山訪雪図」がベスト。ガキの頃は、この素晴らしさが全然わかってなかった。

で、もう一冊は超絶技巧のヨギガンジー「しあわせの書」か「生者と死者」か。ここは、仕掛けより物語の美しさをとって、後者としよう。で、最後におまけとして、時代小説は「ゆきなだれ」もいいいが、誰も褒めない「写楽百面相」をあげておきたい。

 

●7394 戦場のコックたち (ミステリ) 深緑野分 (創元社) ☆☆☆

 

戦場のコックたち

戦場のコックたち

 

 

各種年末ベストで予想以上の評価を集めた本書だが、正直過大評価ではないか?と感じていたのだが、読了してやはりその思いが強い。もちろん、戦場ににおける日常の謎ミステリ、という着眼点の良さは認めるが、結局欧米人の物語を臨場感を持って描き切る文章力が、まだ著者にはないのだ。

厳しいけれど。それは前作「オーブランの少女」にも顕著で、せっかくのアイディアを欧州を舞台に描き切る、筆力の不足を強く感じた。わざわざ、なぜ海外の舞台にこだわるのは解らないが、今のままでは正直読み通すのがつらい。

 

●7395 石の記憶  (伝奇小説) 高橋克彦 (文春文) ☆☆☆

 

石の記憶 (文春文庫)

石の記憶 (文春文庫)

 

 

題名からてっきり傑作「緋い記憶」から始まる記憶シリーズの最新刊と思ったら、違っていてがっかり。ただし、解説で澤島優子という元編集者が明かしている、この作品の背景は非常に興味深く、著者の伝奇小説は苦手なのだが、読みだした。

澤島によると、高橋は20年前、当時の「野生時代」に「新諸国物語」という、日本全国(各県)を舞台・テーマとした時空を超えた連作短編を書き継いで、新たな日本史を書き上げる、という壮大な構想のシリーズを準備した。

そして実際に「日本繚乱」という名前で連載がスタートし、その第一話が「秋田」の大湯ストーンサークルを舞台とした本作で七回の連載で完成したが、その後は「野生時代」が廃刊してしまい、シリーズは発表の場が無くなり、そのまま途絶えてしまい、本書もまた刊行されることなく埋もれていた。

それが「石の記憶」と改題され、その他の単行本未収録の短編とカップリングで、今回上梓の運びとなったというのだ。そんなことあるんだ、と思いながらも、その志に少し期待して読みだしたのだが、正直言って眼高手低というしかない。

最近読んだ「ツリー」もそうだったのだが、正直言って高橋の伝奇小説は古すぎる。いまどき、UFOやら宇宙人を出すんなら、もう少し工夫してほしい。遮光土偶じゃねえ。半村良の時代から、進化どころか退化していると感じる。

 

●7396 さよならは明日の約束 (ミステリ) 西澤保彦 (光文社) ☆☆☆★

 

さよならは明日の約束

さよならは明日の約束

 

 

いかにも西澤らしい「退職刑事」「九マイル」的安楽椅子ディスカッション・ミステリ。エミールとヒサナギの学生コンビが主人公で、ゆるい人間関係が、どんどん繋が
っていくのも西澤っぽい。

ただ、今回は黒西澤のダークな面がほとんど出てこないのが特長。それはそれで、個人的にはうれしいのだが、ちょっとパズラーとしては弱い気がしてしまう。何か、論理がひねくれていて、切れ味がないんだよね。

それから、冒頭の「恋文」は、どこかで読んだ記憶がある。きっと、他の短編集にはいっていたんだと思う。

 

●7397 ミステリー・アリーナ (ミステリ) 深水黎一郎(原書房)☆☆☆☆★

 

ミステリー・アリーナ (ミステリー・リーグ)

ミステリー・アリーナ (ミステリー・リーグ)

 

 

これまた昨年高く評価された作品。(本格ミステリ大賞では第一位)しかし、そもそもこの作者のイメージが良くなく、内容が究極の多重解決、と聞いては「毒入りチョコレート」より「偶然の審判」を愛する僕としては、イマイチ触手が伸びなかった、のだが、読了して脱帽。これは、大変な労作かつ傑作である。

ただ、内容に関しては残念ながら詳しく書けない。15回もの多重解決が必要な状況を創り出すため、本書には、ある大きな仕掛けがある。ただし、それを事前に知ってしまうと、第一章を読んで、物語が大きく転調したときの、驚きが味わえない。

なのにほとんどの解説がこのネタを割ってしまっているのにはあきれてしまう。(このミスも本格ミステリ大賞も!)何か評論家のレベルが下がってるなあ。「黄金の羊毛亭」のブログは、見事に隠しているのに。まあ、僕は信頼する評論家の文章しか事前に読まないので、助かったが。

それはさておき、こんな短い作品に、ここまで意外な犯人オンパレードという多重解決を用意したのには、感心を通り越してあきれてしまう。しかし、それ以上に驚いたのは「シュレーディンガーの猫」を活用した、ある罠。いやあ、こうきたか。まいってしまった。

最後の真相よりも、最初の方が面白いのは「毒チョコ」でもそうだったのだが、この罠によって、その不満は見事に解決される。素晴らしい。ただ、さすがに15回は多くて、最後の方はもう誰でもいい?という感じになってしまうのも確か。

で、何よりも問題なのは、このプロットの裏に更に隠されたある仕掛け。このあたりは「バトルロワイアル」か「百年法」と言う感じで、ちょっとやりすぎ。ここまでやる必要はなかった気がする。

あと、司会者の造型が初期のツツイのスラップスティック作品を彷彿させ、そういう意味では、本書には「ロートレック荘」のテーストが蔓延していることに気づくのだ。