2013年 7月に読んだ本

●6750 サンデーとマガジン (NF) 大野 茂 (光文新) ☆☆☆☆
 
サンデーとマガジン?創刊と死闘の15年? (光文社新書)

サンデーとマガジン?創刊と死闘の15年? (光文社新書)

 

 

副題:創刊と死闘の15年。僕が生まれた年に同時に創刊された、サンデーとマガジン。だから、この15年はほとんど同時体験と言っていい。正直、図書館で本書を見つけた時は、またか、という感じで、あまり期待もせずに読みだしたのだが、これは内容が熱くて濃い。

特に編集者の立場からの漫画誌づくりという視点が、ゼロからのチャレンジばかりで、痛快だ。当時はあたりまえのように感じていた企画の裏に、こんな深い意図や困難が隠されていたとは。(大伴の伝記や、長谷の赤塚本で読んでいた事実も多いが、本書はか
 なり体系的だ)

僕自身は(今もそうだが)マガジンの濃い絵は苦手だったのだが、それでも「巨人の星」(の前半)と「あしたのジョー」(の後半)は毎回読んでいたと思う。個人的には満点でもいいのだが、唯一の不満は、僕が一番マガジンというか漫画雑誌を必死に読んだ「デビルマン」の挿話が全くないこと。

(まあ、時期が合わないのかもしれないが。あ、今調べたらデビルマンは72年連載開始で、ぎりぎり本書の対象内)

ただ、同世代以外には薦められない気もするが、ネットは絶賛の嵐だから、やはり本書の質は高いと言えるだろう。(まあ、若者らしい所感は見当たらないのだが)

 

●6751 経営戦略全史 (ビジネス) 三谷宏浩 (ディスカヴァー) ☆☆☆☆★
 

 

分厚い本書が届いたときは、どうしようか?と思ってしまったが、案に相違してこれは掘り出し物。通勤の友として2日で読み切った。(アマゾンで既に66もレビューがあり、満点が58もある。ネットは信用しない僕も、これはびっくり)

とにかく、厳つい題名や装丁に反して、内容はいい意味でけれんたっぷりで、何より読みやすいのだ。本書には132名、72冊の書籍、110の会社が紹介されるが、僕にはHBSも交えた、コンサルティングファーム三国志として、非常に面白く読めた。

と同時に戦略論のおさらい、整理としても非常に役に立った。SWOT、3C、PPM、バリューチェーン、BPR、テイラードラッカー、チャンドラー、コトラー、ポーター、ピータース、センゲ、野中、そしてクリステンセン。まさに百花繚乱で、細かく語ればきりがないが、SWOTはそもそも整理のツール、というのには笑ってしまった。

また、大前研一がここまで大物だとは驚いた。そして、著者の慧眼は戦略論の歴史を、ポジショニング派(ポーター:外部環境重視)とケイパビリティー派(本書ではバーニーとされているが、僕としてはなぜか本書では出番のないティシーとしたい。内部環境重視)の戦いとして描いている点。

(ただし、80年代までは後者の代表は、戦略がないまま突っ走る日本企業であった、というのは感慨深いというか、信じられないというか)

というわけで、非常に面白かったと認めた上での更なる注文と疑問を少し。「ザ・ゴール」の著者ゴールドラットの、TOC理論が抜けているのはなぜ?

本書は、ポジショニング派とケイパビリティー派の次に、イノベーション派とアダプティブ派を置いているが、前者は良いとして後者、個人的には10年くらい前非常に注目したアダプティブエンタープライズ(僕の理解では、変化の世の中では未来は読めない。とにかくやってみて、素早く検証)の考え方が、全然日本ではやらなかったことについて、もう少し描いてほしかった。

で、最後自分の理論のPRになっちゃうのは、いかがなものか。(あと、僕は本書の内容に関してはレベルはともかく8割くらいは知っていたが、全く知識がない人が読むと、どんな感じなのか、ちょっと想像できない)

 

●6752 桜庭一樹短編集 (小説) 桜庭一樹 (文春社) ☆☆☆
 
桜庭一樹短編集

桜庭一樹短編集

 

 

連作ではない、初めての短編集ということで、少し期待してしまったのだが、やはり直木賞受賞以降?の著者とは、どうにも相性が悪い。(そんなこと言うと、結局「赤朽葉家の伝説」だけが合ったのかもしれないのだが)

もう少しミステリっぽい作品やSF/ホラーっぽい作品を期待していたのだが、一応そういう設定の作品もあるのに、イメージとしては「私の男」系の作品ばかり読まされた気がするんだよね。

 

 ●6753 ハードラック (ミステリ) 薬丸 岳 (徳間書) ☆☆☆★
 
ハードラック

ハードラック

 

 

今回は「メタボラ」か?と思ったのだが、それは導入部だけで(もちろん、通奏低音として、派遣切り=ワーキングプアの問題は全体に流れているが)著者としては、珍しくエンタメ度、リーダビリティーが高く一気に読まされる。

問題は、ミステリとしての真犯人の設定だが、悪くはないのだが、如何せん登場人物が少ないうえに、どんどん死んでいくので、自然にターゲットは絞られてしまう。(「ユージュアル・サスペクツ」の使い方はうまいが、ネタ思いっきり割ってます)

複雑なトリックをくどくど説明せずにわからせてしまう筆力は素晴らしいし、こういうサスペンス小説には合っているとは思う。ただ、今回はやっぱりちょっと無理があるんじゃないか?と、引っかかってしまった。

 

●6754 アルカトラズ幻想 (ミステリ) 島田荘司  (文春社) ☆☆☆
 
アルカトラズ幻想

アルカトラズ幻想

 

 

伊坂が本書を褒めていたが、それは伊坂がミステリ作家ではない、という証拠だろう。

確かに「水晶のピラミッド」「眩暈」「アトポス」といったかつての巨編たちは、ミステリとしては著しくバランスを逸していても、抜群のストーリーテリングでエンターテインメントとしては満足できた。

しかし、本書の前半の猟奇事件のキャラクターたちは全く生気がないし、後半の幻想シーンも乗り切れない。というか、長さに応じて無駄に冗長なのだ。ラスト読み終えると、結構伏線を張って懸命に回収しようとしているのだが、冗長さがすべてを壊してしまっている。

まあ、重力論文の中で、木星の強烈な重力のせいで、地球への隕石落下は少なかった、という記述が、結構納得してしまったが。

 

 ●6755 正義をふりかざす君へ (ミステリ) 真保裕一 (徳間書) ☆☆☆☆
 
正義をふりかざす君へ

正義をふりかざす君へ

 

 

薬丸作品を読んだ後、題名からして重そうな本書を読むのは抵抗があったのだが、途中から加速度がついて、一気に読み終えた。最近著者にはほとんど期待しないのだが、本書は初期の名作「密告」を思い起こさせる、ハードボイルドの傑作だった。

田舎の選挙という使い古されたシチェーションだが、中盤の「ゆすり」の意外な犯人に驚かされ、さらにもうひとつ本当に意外な真相があり(これは辛い)ラストのどんでん返しにも、また驚いた。(ちょっと無茶な気もするが)

真保復活。最後の一行はまるでシミタツだ。警察小説全盛の中、こういうロスマク的なハードボイルドを書ける作家は貴重と言える。器用貧乏ではなく、本書のような太い作品を書いてほしい。

最初嫌だった題名も、読了後はその何重ものダブルミーニングに感心してしまう。(朝比奈家の家族崩壊が、まるでテレビドラマの「家族ゲーム」の沼田家と相似だったのには、笑ってしまった)

 

 ●6756 誰か (ミステリ) 宮部みゆき (実業日) ☆☆☆
 
誰か ----Somebody

誰か ----Somebody

 

 

テレビで「名もなき毒」をやると聞いて、たまたま図書館で杉村シリーズが揃っていたので、借りてきて読みだした。まあ、今までは意識的に避けてきただけあって、やっぱりこのシチュエーションは合わないし、宮部の冗長さも相変らず好きにはなれない。

自分が幸せだと確信している探偵というのは、やはり織原くらい一緒にその屈折の道を歩んだ上じゃないとついていけない。そして、この姉妹の物語は、個人的にはごみ箱にでも捨ててしまいたい。そんなことを真剣に描かれても、困ってしまう。

 

●6757 名もなき毒 (ミステリ) 宮部みゆき (カッパ) ☆☆☆

 

名もなき毒

名もなき毒

 

 

二冊続けて読んで、宮部がやろうとしたことは解った感じがする。しかし、やっぱり彼女が日常に潜む毒を描くことは向いてないと思うし、そのための人工的な幸福家族としての杉村一家の設定も、作戦ミスだと思う。

杉村がズルズルと他人の事件に必要以上にかかわってしまう一方、原田いずみに強く出れないのは、本当にイライラする。前作から幸せの絶頂だった主人公一家が、本書のラストで見えない部分が崩壊し始める、というのがテーマなら、何かずれている気がする。

違う描き方があるのではないか。テレビでは、二冊を合わせてドラマ化するようだが、原田めぐみがあの江口のりこということで、これだけで観てみたくなった。もうこれ以上の適役はいないだろう。(安藤さくらではちょっと違う)

 

●6758 ダウン・バイ・ロー (ミステリ) 深町秋生 (講談文) ☆☆☆★

 

ダウン・バイ・ロー (講談社文庫)

ダウン・バイ・ロー (講談社文庫)

 

 

「このミス大賞」作家が、講談社で文庫書下ろしとは、この世界も異種格闘技化してきた。「ダブル」は途中でリタイアしたんだけれど、今回はラストまで一気読み。文庫書下ろしなら十分満足のいく出来。

ただし、一冊のミステリとして評価するなら、リーダビリティーは認めても、全体にあまりに荒っぽく、リアリティーが足りない。冒頭の少女たちのいじめ事件が、実は、というふうにひっくり返っていくのは、なかなか読ませるのだが、そこに狂気の殺人鬼の話を継ぎ足す必要があっただろうか。

夾雑物を省けば、一人の少女の成長物語なのに、それをわざわざこんなシリアルキラーものにするのは安易だし、戦略ミスに感じた。深町はオフビートだと予想していたが、これは単なるミスマッチではないか。題名は、ジム・ジャームッシュ。なつかしい。

 

●6759 ドミノ倒し (ミステリ) 貫井徳郎 (創元社) ☆☆☆★

 

ドミノ倒し [単行本版]

ドミノ倒し [単行本版]

 

 

ネットというものの危うさを強烈に感じた。というのも、本書のアマゾンの書評は3件あったのだが、☆が二人、☆☆が一人、というひどさで、しかもレビューには絶対読むな!という感じの罵倒が並んでいる。で、さすがにこれは読むのやめようか、と思ったのだが念のために、読書メーターをチェックしたら、レビューが47件もあり、評価は何と100%。じぇじぇじぇ!この違いは何だ?

確かに本書は全員が絶賛するような傑作ではないし、このラストは賛否両論分かれるだろう。(実は僕も評価し難い)しかし、貫井という作家を良く知っていれば、彼が一筋縄ではいかない(かなりひねくれた)作家であることは自明だし、しかも東京創元社から上梓したのだから、ギミックやけれんたっぷりであることは覚悟しないと。

素人は怖い。風評被害だ。閑話休題。さて、本書の内容だが、題名から恩田の作品を思い出し、そういえば「乱反射」こそ「ドミノ倒し」だったではないかなどと考えたのだが、内容はちょっとイメージが違って「正義をふりかざす君へ」というタイトルがぴったりと感じた。

このところ、良くも悪くも次に書く作品が読めない貫井だが、今回はドタバタ・ミステリ。表紙のイラストからして東川の烏賊川市や「ノックス・マシン」を意識した作り。で、達者な貫井のことだから、時々脱力させながらも、快調に物語は進む。(ちょっと署長の件は、あまりにリアリティーがないが)

そして、驚愕というか笑劇のラスト。こうきましたか。一発大技。天藤真のような、のほほんとした恐怖、いや狂気か。真相がわかるシーンの探偵と犯人の会話が、軽いだけに怖い。

というわけで真相は、そんなに嫌いではない。一応、大河ドラマ的?な伏線も張ってあるし。ただ、やっぱり、このラストは消化不良。こうくるなら、もっと筒井的に署長も入れて、徹底的にスラップスティックをやってほしかった。

 

●6760 残り火 (ミステリ) 小杉健治 (双葉社) ☆☆☆

 

残り火

残り火

 

 

著者の(たぶん)ひさびさの法廷ミステリは、妻を亡くして鬱状態に陥っていた水木弁護士の復活の物語だった。ただし、文庫書下ろし時代劇を書きすぎたせいか、正直小説として書き込みがたりず、コクがない。

水木弁護士をはじめ、いろいろ過去に傷を負った人物が登場するが、いずれも人物造形に深みが足りない。そもそも、本書は本の雑誌の13年度上半期のジャンル別ベストのミステリにおいて、隠れベスト扱いで、その意外性が大きく評価されていて、ネットでもそういう声が多い。

しかし、僕は敢えて反対票をいれる。本書には、3つの謎があり、ひとつは主人公純也が連続殺人犯として訴えられた公判。そして、これは小杉ミステリの十八番である、その純也が隠している謎。で、たぶんこれが評価されているだろう、ラストの驚愕のどんでん返し。

最初の公判は結局水木弁護士の活躍で、純也は無罪となるが、ここだけを法廷ミズテリとみれば、検察が甘すぎて中の下くらいのでき。しかし、僕は次の純也の隠された謎がいたく気に入ってしまった。まさに、今を描いた納得のトリックだと思う。(だのに、ネットではネタバラしまくり)

で、ラストなんだが、ある登場人物がストーリーの流れからすると、意外というか不思議な行動をとり、その必然性自体は良くできていると思う。しかし、さすがにこのオチはない。

動機も全く納得できないし、いくら伏線を張っても、意外性のための意外性で、リアリティーはゼロだ。これはやはり評価してはいけないレベルだと思う。話のネタにはいいだろうが。

 

●6761 サウスバンド (小説) 奥田英朗 (角川書) ☆☆☆★

 

サウス・バウンド

サウス・バウンド

 

 

奥田も僕にとっては評価が難しい作家だった。もちろん、そのスタイルは熟練なのだが、例えば僕は、伊良部シリーズが全然合わない。というわけで、傑作と思うのは「邪魔」と「東京物語」しかない。(その分、「東京物語」は同世代の深い思い入れがあるのだが)

で、本書も家族物語ということで、何となく避けていたのだが、ちょうど読む本がなくなってしまい、ついに読みだした。で、気づいた。著者は僕と同じ59年生まれなんだけど、本書は(乗り遅れてしまった)同世代の全共闘神話なのだ。

すぐ比較したのは、一回り上の世代の矢作俊彦の「鈴木さんの休息と遍歴」だ。そして、残念ながらこっちの方がぶっ飛んでいながら、実はリアルでなぜかかっこいい。本書の上原一郎は、鈴木さんとは違う泥臭い力強さがある。

(本書は森田芳光によって、映画化されたようだが、一郎=豊川悦司というのはぴったりだ)

ただ、どうしても僕には上原一郎に同世代のシンパシー(いつの時代の話かは、はっきりしなかったのだが)を感じないのだ。正直、そばにいられると面倒くさくってしょうがない。結局、最後まで奇妙な違和感がつきまとった。作者の筆力には感心するが、物語としては何かピースが足りない気がしてしまう。

 

 ●6762 栗本慎一郎最終講義 歴史学は生命論である (思想哲学)(武久出) ★

 

栗本慎一郎最終講義―歴史学は生命論である (有明双書)

栗本慎一郎最終講義―歴史学は生命論である (有明双書)

 

 

あの(病に倒れた)栗本が、最終講義かあ、と感慨深く読み始めたが、何だこりゃ?過去の作品の紹介と、オカルト一歩手前の妄言?ばかりで、正直大丈夫か?と心配してしまう。

もともと栗本の本は、そのレベルにすごく差があったのだが、ここまでひどいのは初めてかもしれない。ただ、05年にあの「パンツをはいたサル」が復刊されているみたいなので、こっちはもう一度読んでみたくなった。

で、最後に栗本のまえがき(献辞)を読んでいて嫌な予感。「この双書刊行にあたって、わが短大に記念講座を持っていただいた半田晴久先生のご支援がなければ・・・」

半田晴久ってどこかで見た、と思って今朝の日経をひっぱりだせば、やっぱり「スポーツ平和サミット東京大会」とやらで、有森裕子清水宏保と一緒に大々的に広告をうっていたのが半田晴久という(僕にとっては)謎の人物。

そういや、最近何回か彼の広告を見た記憶があるが、結局いったい何をしている人かわからない。いやあ、栗本を援助していたとは・・・絶句。

 

●6763 パンツをはいたサル (思想哲学) 栗本慎一郎 (現代書) ☆☆☆☆
 
パンツをはいたサル―人間は、どういう生物か

パンツをはいたサル―人間は、どういう生物か

 

 

最終講義はトンデモ本だったが、こちらは05年の新版で、ハードカバーで傷んでなくて助かった。やはり古典というか傑作は傑作で、なつかしさの中一気に読み終えた。

そして感じたのは「パンツ」が82年、「ものぐさ精神分析」の文庫版が82年、という事実。栗本の経済人類学と岸田秀の唯幻論の共通点と影響力の強さ、をつくづく感じた。

本能の壊れた人間は、物語(幻=パンツ)を生み出すしかなく、その結果自然界において、異常なまでに過剰な存在となってしまった。その過剰さを再認識するために、すべての根拠を問い直し、構造を解体し、パラダイムをシフトさせる。

民主主義やマルクス主義などの主義や、家や世間という権威がぎりぎり力を保っていた70年代末から80年代前半、二人の主張は、僕らを真の意味で自由にする福音のように響いた。

そして浅田彰の登場によるニューアカの時代とバブルの到来。(その前に、75年には半村良が「妖星伝」を刊行開始し、人類いや地球生命の過剰性の邪悪さを描き始めた)しかし、結局ポストモダンニューアカは、価値の相対化の無間地獄しかもたらさず、あのニーチェが避けようとしたはずのニヒリズムアノミーの坩堝と化してしまう。

そして、ふと周りを見れば、世の中にもはや権威など存在せず、まったりとした「唯幻論」の世界に覆われてしまった。確かなものなどどこにもなく、すべては幻でつかめない。こう絶望したのが、世紀末のころだったろうか。

そして今、現在の別の意味での不毛さ、単純な白黒二元論の闊歩する知的退廃動物化の時代にこそ、ふたたび栗本と岸田の出番があるのではないか。そんな風に感じてしまった。

栗本の原点はポランニーだけでなく、レヴィ=ストロースバタイユの蕩尽理論であることは当然なのだが、物理学的な地球規模でのエントロピー増大を、人間精神に結び付け、蕩尽理論を説明する視点は斬新だった。(どうやら、本書は原書にあちこち栗本が手を入れていて、このあたりも後で書き足したのかもしれないが)

 

●6764 パンツを脱いだサル (思想哲学) 栗本慎一郎 (現代書) ☆☆☆

 

パンツを脱いだサル―ヒトは、どうして生きていくのか

パンツを脱いだサル―ヒトは、どうして生きていくのか

 

 

読み始めて、妙な違和感を感じたので確認したら驚いた。僕は本書は上記の「パンサル」に続いて上梓された第二作の復刊だとばかり思っていたら、第二作は「パンツを捨てるサル」であり、本書は第三作にあたる完結編の新刊だというのだ。

一瞬期待が高まったが、これは逆にトンデモ度数があがる恐れを感じたのだ。(たぶん本書が刊行された05年において、僕が気づかなかったのだから、ほとんど無視されたに違いない)

残念ながら、やはりそうだった。何より気になる(気に入らない?)のが、「パン捨て」に関して何も言及がなく、一部、二部、と盛り上がった僕の期待と、本書の内容はかけ離れていたからだ。

「パン捨て」は「社会の変化と身体の変化の相関」をテーマとしており、かなり危ない(怪しい)内容だったが、レトロウィルスの逆転写による遺伝子書き換え(進化)あたりは、僕のツボを突いていたのに、本書は全く無視というか後退してしまった。

確か僕は「核戦争が恐ろしいのは、人類が絶滅するからではなく、それでも生き残る者がいるから。(それを人類と呼べるかどうかは?)」という文章に戦慄したのを覚えている。閑話休題

まず本書の冒頭は何と人類誕生のある仮説。まあ、面白くなくはないんだけれど、いきなりこんな説を具体的に書かれてもなあ。(しかも元ネタがあるみたいだし)やっぱ栗本はほのめかしている間が花かもしれない。(そのあたりライアル・ワトソンは良くわかっている)

で続いてグローバリズムの本質の話になるのだが、これがなぜ人類誕生と関係があるのか、全く意味不明。そして、9・11の陰謀から、ユダヤ民族の失われた故郷である、カザール(ハザール)帝国の話になって、このあたりは結構面白いのだが、どうもケストラーが元ネタらしい。

で、最後は何とビートルズの話になるのだが、これまた元ネタがある上に、説得力もない。とりあえず、書きたいことを自由に書いたという内容で、パーツパーツは陰謀説として読んでいて面白いんだけれど、こういうのは広瀬隆落合信彦にでもまかせてほしかった。

 

●6765 衆愚の病理 (エッセイ) 里見清一 (新潮新) ☆☆☆★
 
衆愚の病理 (新潮新書)

衆愚の病理 (新潮新書)

 

 

ダメだダメだと思いながら、気分的にこういう題名の本につい手を出してしまう。前にも楡周平の「衆愚の時代」に手を出してしまって、結局親父の説教&愚痴につき合わされたみたいで、疲れてしまった。

で、本書も同じく新潮新書ということで、やっぱり嵌められたかなあ。まあ、著者は医者で楡よりは言っていることに具体性と深みがある。特に医療事故に関しての現場の本音に関しては、ずっと気になっていることがはっきり書かれていて考えさせられた。

医療事故は良くない。あたりまえ。しかし、残念ながら事故は起きる。そして、ヒステリックな吊し上げが常に起きるなら、誰が医者になろうと思うだろうか。難しい手術など、だれもチャレンジしなくなるのでは?

しかし、事故を受けた方からすると、やはり許せない。こういうジレンマが社会に通奏低音として蔓延し(例えば教育の場、政治の場)アノミー化しているように思うのだ。

というわけで、本書に書いていることの7割くらいには同意でき、中には鋭い意見もあるのだが、残念ながら(わざとだろうが)文体が下品なのである。別に格調高くなくてもいいが、もう少し違った書き方でできるのではないだろうか。

 

●6766 城を噛ませた男 (歴史小説) 伊東 潤 (光文社) ☆☆☆☆

 

城を噛ませた男

城を噛ませた男

 

 

今期の直木・芥川賞は、ダブルイトウで決まりと思って、著者の本を予約しておいたのだが、見事に外してしまった。(桜木紫乃はもう読むまい、と決めたところだったのに)

で本書だが、予想より良い出来で感心した。個人的には「戦国鬼譚・惨」の著者が戻ってきた感じ。

相変らず、武田・北条・上杉・徳川といった戦国時代の関東を舞台に、どちらかというと歴史の裏側で蠢く弱者、敗者の陰謀がテーマか。冒頭の「見えすぎた物見」は終わり方が秀逸で、僕はキースの「パヴァーヌ」を思い起こしてしまった。

ただ、続く「鯨のくる城」と「城を噛ませた男」は悪くはないが、ちょっと展開が読めてしまう。次の「椿の咲く寺」はどんでん返しが鮮やかで、ラストの残酷さまで切れ味の良さに隠されてしまう。が、実際は何とも厳しく辛い物語。

そして、ラストの「江雪左文字」は構成が抜群で、見事に本書を締めくくる。とりあえず、予約した本は読み続けよう。

 

 ●6767 新・資本主義 (ビジネス) 水野和夫・古川元久編 (毎日新) ☆☆☆★

 

新・資本主義宣言 (7つの未来設計図)

新・資本主義宣言 (7つの未来設計図)

 

 

7つの未来設計図として、七賢人?の論考と対談が交互に配されている。僕は田坂さんが選ばれていて、そこが読みたかったのだが、冒頭の中谷巌氏も相変らず面白くて(金融フロンティアというのは言いえて妙)結局全部読んでしまった。

しかし、後に行けばいくほど何かテーマや質にばらつきが大きくなり、歌人黛まどか)の登場に至っては、何だか良くわからなかったし、対談も思ったほど盛り上がらず面白くなかった。(ゲストで古市憲寿が出てくるんだけれど、あんまりぴんと来なかった)

まあ、何より水野・古川コンビはちょっと政治的にキナ臭く、本書もアンチ・アベノミクスっぽい内容なのだけれど、そこを玉虫にしてしまっているようにも見えて、もやもや感が残る。こういう形式の本には良くあることだけれど。

 

 ●6768 螺旋の底 (ミステリ) 深木章子 (原書房) ☆☆☆★

 

螺旋の底 (ミステリー・リーグ)

螺旋の底 (ミステリー・リーグ)

 

 

本の雑誌関口苑生が絶賛してたんだけど、努力賞止まりかな。物語はフランスの田舎のお屋敷が舞台で、まるで「レベッカ」のようなゴシックロマンなんだけれど、文体がついてこれない。

読みにくくはないが、この文章では雰囲気が盛り上がらない。トリックの方も凝ってはいるんだけれど、切れ味がないのと、どうにも既視感がつきまとってしまう。ヒロインと協力者の出会いのシーンも、ちょっと無茶すぎる。

 

●6769 国を蹴った男 (歴史小説) 伊東 潤 (光文社) ☆☆☆☆

 

国を蹴った男

国を蹴った男

 

 

これまた良く出来た短編集だが、今までの作品集の中で一番バラエティーに富んでいて、著者のパターンを知るには最適かもしれない。

まずは冒頭の「牢人大将」は、十八番の武田家を描きながらも、牢人衆というマイナーな人々に焦点をあて、その心意気を描いた著者の典型とも言っていい作品。

「短慮なり名左衛門」は「城を噛ませた男」と同じく、愚直な武将が徹底的に騙される謀略物語。ただし、その犯人が歴史上のイメージとは全く逆の独裁者として描かれている点が面白い。

一方「毒蛾の舞」は、冒頭に利家の妻、まつが現れただけで、物語のあらすじは予想がつく。しかし、その相手の佐久間盛政が、これまた歴史上の愚鈍な猛者のイメージとは、まったく逆に描かれているのがミソ。(利家が愚鈍に描かれるのは、時々あるパターンだが)

そして「天に唾して」は、山上宗二と秀吉の戦いを描き、宗二の反逆魂が見事で、ラストは負と正が入れ替わってしまう。

しかし、本書の白眉は「戦は算術に候」「国を蹴った男」の二編であり、両者とも今までのパターンに当てはまらない新しさがある。

「戦は」は石田光成に対して、今まで教科書には出てきても小説で描かれることはまずなかった長束正家を、光成を超える算術の天才(ただし、それ以外は凡庸)として描くのが新しい。しかし、何よりもその理に落ちたどんでん返しが素晴らしい。まさか、こんな関ヶ原の真相?があったとは。

そして、最後の表題作は戦国武将の価値観を全く覆してしまう傑作。本書を締めくくるにふさわしい、オフビートでありながら、正統派の奇妙な余韻を残す作品である。

 

 ●6770 ニーチェの警鐘 (思想哲学) 適菜 収 (講談α) ☆☆☆

 

ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒 (講談社+α新書)

ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒 (講談社+α新書)

 

 

副題が、日本を蝕む「B層」の実害。ひさしぶりに、北浦和図書館に行ったら新刊コーナーに本書が並んでいて、やめようやめようと思いながら(たまたまその時読んでいた本を持参するのを忘れてしまったので)岩盤浴が開くまでの時間つぶしに読みだしたら、あっという間に読んでしまった。

で、やっぱり岩盤浴で流したいような澱が残ってしまった。ニーチェに関しては、解り易く解説しているし、僕自身がちょっと違和感を感じていた、竹田青嗣への批判も納得が行くものだ。

しかし、問題はやはり本書も文体が下品すぎる。その上、本書は実は新刊ではなく、12年4月の作品なので、民主党政権の悪口がオンパレードが続くのだ。(さらにはB級サブカルチャー批判)その内容に別に文句はないが、いまさらそんなもの、わざわざ読みたくもない。

 

 ●6771 楽園の蝶 (ミステリ) 柳 広司 (講談社) ☆☆☆

 

楽園の蝶

楽園の蝶

 

 

「ジョカーゲーム」の著者が、次に挑んだ戦争秘話は、満映が舞台であった。満映だから当然、甘粕正彦(と大杉栄)が出てくるのはいいが、731部隊の石井四郎まで絡んでくるのだが、正直言って有り余る題材を消化しきれていない。

満州国と映画の都を、邯鄲の夢としてイメージするのは簡単だが、それを骨太のストーリーに仕上げるのには、この枚数では少なすぎる。不思議なことだが、短編集の「ジョカーゲーム」シリーズの各編の方が、よほど濃密に時代の雰囲気を描き出している。

 

●6772 チャイルド・オブ・ゴッド (ミステリ) コーマック・マッカーシー (早川書)☆☆☆
 
チャイルド・オブ・ゴッド
 

 

マッカシーの作品をミステリと呼んだら叱られるかもしれないが、「ザ・ロード」も「血と暴力の国」もリタイヤした僕が、本書に手を出したのは、絶賛の嵐以上に、ストーリーがあのトンプソンの「内なる殺人者」を思い起こしたからだ。

しかし、僕が変わったのかもしれないが、トンプソンの乾いた狂気ではなく、ここにはあまりにも混沌とした過剰な狂気が存在する。幸い短いから最後まで読めたが、やはり僕はこういう小説を読みたいとは思わない。

 

 ●6773 「リベラル保守」宣言 (思想哲学) 中島岳志 (新潮社) ☆☆☆☆
 
「リベラル保守」宣言

「リベラル保守」宣言

 

 

内田樹がどこかで褒めていて読みだした。僕にとっては、中島はインドの人であり、パール判事の人であったのだが、秋葉原事件のノンフィクションを読み、物足りなくて印象はイマイチだった。しかし、本書は気持ちがいい。

本書の成り立ちからして当然なのだが、著者は西部邁の影響が大きく、最近西部の著作から離れていた僕にとって、結構しっくり届いてしまった。まあ、西部のアクが著者にはないからなのかもしれないが。

バーク、トクヴイル、ブルクハルト、チェスタトンオルテガ、何もかもが懐かしい。頭=論理は保守主義の優越性を理解しながら、心の奥底にニーチェバタイユの超人・蕩尽への願望を隠し持つ、これが今の僕の本質なのかもしれない。

保守主義」の考える原発問題というのは、非常に面白く、かつ説得力があった。(それに比べて、吉本の論理がいかに杜撰であることか)

最後に薀蓄かもしれないが、本来よろんは輿論であり、パブリック・オピニオン=公的な意見、であった。一方、せろんが世論であり、ポピュラー・センチメント=大衆的な気分、であった。ところが、僕も含めて今の日本人はこの区別ができず、世論をよろんと読んでしまっている。これは結構急所を突かれたような気がする。やはり、言葉は大切なのだ。

 

 ●6774 偽文士日碌  (日 記)  筒井康隆 (角川書) ☆☆☆☆

 

偽文士日碌

偽文士日碌

 

 

ひさびさに筒井の日記を読み、エッセイより面白く、堪能した。断筆宣言以降というか、「パプリカ」以降の筒井の作品には、前のようにのめりこめないのだが、この朝日ネットに連載された日記は、昔以上に露悪的でファンには堪えられない。(ただし、全く事前知識なしで読んだら、どんな感じがするんだろうか?)

読み終えて、しみじみ感じるのは筒井も来年80歳であり、この半世紀近く日本のサブカルチャーを牽引してきたツートップのもう一人、小林信彦との現在のギャップである。

あれほど似ているように感じた二人がここまで、違ってしまうか。筒井が躁ならば、小林は鬱である。文春のエッセイと本書を比べれば、結論はそうなってしまう。(卑近な例だとタバコに対する二人の対応の違いには、笑ってしまう)

 

●6775 教 場  (ミステリ)  長岡弘樹  (小学館) ☆☆☆

 

教場

教場

 

 

本の雑誌のWEBで杉江松恋が絶賛(そういえば「チャイルド・オブ・ゴッド」もそうだった)だけでなく、CMも含めてあちこちで騒がれてる作品。

個人的には「傍聞き」は気に入ったので、本書にも期待したのだが、残念ながらこれはダメでしょう。舞台は警察学校。全体のシチュエーションは「ジョーカーゲーム」に良く似ている。結城少佐が風間教官というところか。

ただ、ひとつひとつの挿話が、微妙に違和感があり(痛い話なのに、変にひねていてリアリティーがない。まあ、なによりカタルシスが皆無なのだ)帯の、すべての文章が伏線だ?というコピーもあって、これは絶対最後にひっくり返るはず、と思って我慢して読んだら、なんだこりゃ。

これって、本当にただ変な話で、文章も下手だっただけじゃないか。小学館がミステリのスターが欲しい気持ちはわかるが、こりゃいくらなんでも煽りすぎでしょう。

 

●6776  弩  (時代小説) 下川 博 (講談文) ☆☆☆☆

 

弩

 

 

読む本がなくなってしまったので、北上御大絶賛、09年本の雑誌年間ベスト1の本書を読みだした。舞台は南北朝時代因幡国の小さな村。その村がある特産物によって豊かになったがゆえに、悪党どもに襲われる。そして、村民は傭兵をやとって村を守るため、悪党に戦いを挑む。(その武器が弩である)

と要約してしまうと、本書はまるで「七人の侍」だが、これではたぶん本書の魅力の半分も伝えられていない。実は410ページの作品において戦いが始まるのは350ページからで、その描写は正味60ページしかないのだ。

では、それまでは傭兵を雇ったり、村民を鍛えたりする話なのか、というと、それはまた第二部になってからであり、物語の半ばをすぎてからなのである。実は本書の前半は、寒村をどうやって豊かにしていくか、という経済小説であり、「堂島物語」のような商人の物語なのだ。

その代表が主人公の吾輔である。そして、もう一人この物語に大きな影響を与えるのが、村に桃源郷の実現を夢見る、善意のかたまりの僧光信だ。北上の言葉を借りれば「第一部が目標に向かって努力する夢の物語とするなら、第二部は苦い現実編である」となる。

この構成が斬新なのだ。しかし、正直僕は本書を、北上のように手放しでは絶賛できない。これらの美点を認めた上で、物足りなさが残る。それは文章の力、人物造形の深みが足りないことだ。その結果、これだけ魅力的な設定を最大限に生かしたとは言いにくい。

アマゾンでも比較されている「のぼうの城」ほどではないが、過去の傑作、名作に比べると、文体が弱い。まあ、著者は本書が実質デビューのようだから、仕方がないのかもしれないが。(和田竜と同じく元脚本家らしい)

一応、本書も北上が言うほど盛り上がらなかったし、その後の活躍も聞こえてこないので、僕の評価もそれほど的を外していないのではないだろうか。