2011年 5月に読んだ本

●6150 弦と響 (小説) 小池昌代 (光文社) ☆☆☆☆★

 静かな大人の「のだめ」と言ったら、双方から怒られるか。たまたまBSHNKの週
 間ブックレビューで著者の高校の同級生らしい石田衣良が推薦していて、興味を持っ
 て読み出したら大正解、傑作であった。(しかも、ふたりとも僕と同い年。しかし、
 それ以上に石田が話した著者が有名な美少女で、同級の二人が彼女を取り合ったとい
 う逸話にミーハー的に惹かれてしまったのもある)物語は30年近く続いた鹿間管弦
 四重奏団というカルテットの解散コンサートを目前として、メンバーの四人だけでな
 く、その妻やマネジャー、ミニコミ記者から、たまたま当日の切符を手に入れた主婦、
 そして掃除のおばさんまで、さまざまな人々を丁寧に一人づつ描いていく連作短編集
 である。なによりも、そのしっとりとしながらも明確でシンプルな文体が素晴らしい。
 ひとりひとりの描き分けが素晴らしい。そして、目立たぬように、しかしありったけ
 のテクニックを駆使した語りが素晴らしい。そこには、しっかりとした世界が立ち上
 がる。本来は交わることのないばらばらの人生が、最後のコンサートの奇跡の一瞬に
 交差する。そして、それぞれの欲望もエゴも昂揚も落胆もあきらめも、もはやすべて
 やさしく霞がかかっている。陳腐な所感と認識しつつも、ここではやはり音が聞こえ
 てくる。深く、静かに、暖かく。そして、雪が降ってくるのだ。この手のひらに。当
 たり前なのだが、小説にとって文章というものが如何に重要か、再認識させられた。
 素晴らしい。(次の次の週に今度は小池昌代が紹介者として登場した。さすがに石田
 の本は紹介しなかったが、出来レースなのだろうか?)

 ●6151 蛇 神  (伝奇小説) 今邑 彩 (角川ホ) ☆☆☆★

 そろそろ今邑との決着をつけるべく?、残された大物「蛇神シリーズ」を遂に読み出
 した。物部の末裔たちが住む日の本村の、その奇妙な風習と恐るべき贄の神事。そこ
 に一家皆殺し事件と、政治家が絡んでくる前半の構成は魅力的だ。そして、七年に一
 度の大祭が結局描かれることはなく、後半時は一挙に二十年が過ぎ悲劇は再び繰り返
 されるように見える。しかし、著者は後半は素直に描かず意表をつく手に出た。果た
 して、大きく広げた風呂敷は成功するか?本書だけではまだ評価できない。

 ●6152 翼ある蛇 (伝奇小説) 今邑 彩 (角川ホ) ☆☆★

 残念ながら本書は起承転結の、起と承の間のエピソードという感じ。しかし、その割
 には無駄に長い。確かに引っ張りすぎなことも事実だが、前半に大きなスペースをと
 る、あるフェミニズム作家のエッセイともいうべき部分が、日本神話の薀蓄をネット
 から延々コピーしたといった感じで、嫌になってしまう。実はラストに大きな仕掛け
 があるのだが、これまたかなりご都合主義で、何より本筋とは関係ないのが致命的。

 ●6153 双頭の蛇 (伝奇小説) 今邑 彩 (角川ホ) ☆☆☆

 ここまできたら意地になって読み続けてます。一応、文章は読みやすいので分厚い本
 だけどスラスラ読める。問題は内容の方で、確かに第一話では魅力的な謎がいくつか
 提示されたのだが、恐るべきことに三話まできても(文庫本三冊で1500ページく
 らいはいっているだろう)結局話がそれ以上広がらないのだ。同じところでグルグル
 回っている感じ。特に一族の一人が首相になった以上何が起こるのか?と期待したら、
 何も起こらないのが嫌になる。まあ、でもあと一冊読みきってみよう。(でも、誘拐
 された少女の話はどうなったんだろうか?)

 ●6154 暗黒祭  (伝奇小説) 今邑 彩 (角川ホ) ☆☆☆

 やっとシリーズ最終巻。よくもここまで引っ張ったものと寒心。2000ページ近く
 使ったわりには、未解決な部分が多すぎる。そこで最後に著者が繰り出した全てを解
 決する(というか無意味にする)大技は、残念ながら使い古されたパターンであった。
 しかも、使い方がかなりぎこちない。結局四部作を通して、一作目のアイディアに最
 終巻の大技が加わっただけで、シリーズ全体としては冗長と言うしかない。せっかく
 のアイディアをもう少し丁寧に熟成させればよかったのに。まあ、これで気は済んだ
 けど。

 ●6155 死刑囚 (ミステリ) 
       アンデシュ・ルースルンド&ベリエ・ヘルストレム(RHJ)☆☆☆★

 ミレニアムで再び注目されたスウェーデンミステリ。その新鋭コンビの新作は、マル
 ティン・ベックやクルト・ヴァランダー の衣鉢を継ぐ警察小説の力作であった。本
 書のキャラクター設定に、僕はマルティン・ベック・シリーズの大きな影響を感じる。
 ただ、主人公のエーヴェスト・グーレンス警部がベックでもコルベリでもなく、グン
 ヴァルト・ラーソンなんだよね。これはちょっと疲れる。閑話休題。さて、スウェー
 デン・ミステリと言えばお約束は社会派である。今回は死刑という太くて大きなテー
 マが横たわる。スウェーデンは死刑を廃止した国。(スウェーデン人の死刑に関する
 感情や会話だけでも、死刑を当然と考える日本人には興味深い、というかショッキン
 グである)そして死刑を(州によって)認める米国からの脱獄囚。もちろん、国際条
 約では米国の脱獄囚は送還しなければならない。しかし、死刑囚の場合はスウェーデ
 ンはみすみす死刑が実行される米国への送還は断ることが法的にも可能であり、また
 世論もそれを許さない。一方米国はその威信にかけてもスウェーデン政府に圧力をか
 け、送還、死刑を実行しようとする。そう、後半になると本書は死刑をテーマとした
 ポリティカルフィクションに変貌するのだ。そこまでは素晴らしい。しかし、本書は
 最後の最後でやりすぎたと思う。死刑囚が無実かどうかは無視されてしまう。真犯人
 の動機と行動は、個人的にはありえない。著者は真摯に描いたのか、ある種の狂気と
 して描いたのか良く解らないが、この結末はあんまりだと思う。

 ●6156 中国人は本当にそんなに日本人が嫌いなのか
                 (エッセイ) 加藤嘉一 (デイス) ☆☆★

 中国で最も有名な日本人ブロガーの記事は何度も目にしていたので、とんでもない題
 名はいつものことと無視して、手に取った。(一応、題名の答は、違う、である。ま
 た付け加えるなら、中国人という単一人種、民族はいない、であろう)正直読んでい
 て嫌になってきた。確かに間違っているだとか偏向しているとは決して思わない。同
 意できる部分も多い。いやほとんどそうかもしれない。しかし、残念ながらとにかく
 文章も内容もすべてが幼いのである。それらを他者に表現するには、知識と経験が圧
 倒的に不足しているのは隠せない。若いのでしょうがないのかもしれないが、このま
 ま日本人の代表として持ち上げるのは、そろそろやめたほうがいいように思う。そし
 て、本書のもうひとつの欠点は、内容が論理的に構成・配置されてなく、まるでブロ
 グのように脈絡なくだらだら書かれている点である。まあ、これは最近の新書には良
 くあるパターンだが、それにしても本書の構成はかなりひどい。僕の論理脳では理解
 不能である。たぶん、ブログを本に起こしたのだろうが、内田樹の技を良く見習って
 欲しいものだ。

 ●6157 獅子真鍮の虫 (ミステリ) 田中啓文 (創元社) ☆☆☆★

 ジャズサックス奏者永見緋太郎シリーズは一応第三作の本書で終了とのことらしい。
 「落下する緑」以来、著者のシリーズの中では一番ミステリ・テーストが高く愛読し
 てきた。しかし、今回本書を読了して感じたのは、こりゃ「笑酔亭梅寿シリーズ」と
 同じになってしまった、ということ。残念ながら各短編のミステリ色は限りなく薄く
 なり、シリーズキャラクターと落語ならぬジャズ界という特殊設定を使いまわしたユ
 ーモア連作になってしまっているのだ。まあ、こういう話が好きな人がいても悪くは
ないだろうが、個人的にはこれではあまり興味が持てない。もちろん、田中啓文をミ
ステリ(パズラー)作家として語ること自体に無理があるのだろうが。

 ●6158 ボトルネック (SF) 米澤穂信 (新潮社) ☆☆★

 「折れた竜骨」が良く出来ていたので、著者の読み残し撲滅を再開したのだが、最初
 から躓いた。まあ、嫌な予感はしていたのだが、それ以上にダメだった。とにかく、
 主人公の語るウダウダがみんな嫌な話。そして、その挙句に待ち受けているのは、も
 っと残酷で嫌な結末。ここには、何のカタルシスもない。そして何より「折れた竜骨」
 では濃密に感じたジャンルへの愛情が、本書には全くない。パラレル・ワールドをこ
 んなにいい加減に使っちゃSFへの冒涜でしょう。

●6159 盗まれて (ミステリ) 今邑 彩 (中公文) ☆☆☆☆

 もう終わりにしよう、と思ってたんだけど、こういう傑作を読んでしまうと心が迷う。
 電話と手紙を使った記述ミステリをまとめた形になっているが、別の作品に収録され
 ていた「茉莉花」が再び収録されていることから、自選傑作集の趣があるのかもしれ
 ない。(確かに「茉莉花」は非常に良く出来た傑作で、著者の愛着も良く解る。オカ
 ルト現象が無理なく論理的に解決された後、本当に恐ろしいのは何かが明かされる切
 れ味の鋭さ)その他には、冒頭の「ひとひらの殺意」の桜吹雪のイメージとリンクし
 たトリックが素晴らしい。まるで連城三紀彦の花葬シリーズのようだ。また、このト
 リックはウールリッチの「一滴の血」をも想起させる。連城と言えば「情けは人の」
 の誘拐トリックは(リアリティはないが)「造花の蜜」の先駆といえるのではないか。
 「ポチがなく」も、見事にオチが決まった佳品。その他の作品も十分水準は越えてい
 る。やっぱり、もう少し読もうかな。それにしても、新作はどうして出ないのか?

 ●6160 おさがしの本は (ミステリ) 門井慶喜 (光文社) ☆☆☆

 図書館が舞台の日常の謎ミステリ、というのはジャンル的には好物なのだが、著者の
 作品は、「パラドックス実践」もそうだったが、何か展開が妙に捩れていて素直にス
 トーリーに入り込めない。今回はさらに謎の回答が、外来語の謎のように、そんなこ
 とに気付かないの?というものと、森林太郎のように、そんなのわかるはずないじゃ
 ない、に極端に分かれてしまい、バランスが悪い。また、いくら公務員でもこの職場
 の緩さはちょっと耐えられないなあ。まあ、人物描写が浅いからなのかもしれないが。
 幼いと言ったら可哀想か。

●6161 邪悪なものの鎮め方 (エッセイ) 内田 樹 (バジリ) ☆☆☆☆★

内田の本の場合、現実の外交や経済に関しての文章はちょっと簡単には合意できない
 ものが多々ある。しかし、本書は大丈夫。あくまでものの考え方や深層心理等々に関
 しての彼の箴言は、意表をつき、心に深く突き刺さり、余分な何かを剥がしてくれ、
 世の中の景色をクリアにしてくれる。数ある本書の箴言の中で一番気に入ったものを
 紹介する。この視点で今の日本を見れば、見事に様々な茶番劇のピントが合ってくる。

 私たちの時代に瀰漫している「批評的言説」のほとんどが、「呪い」の語法で語られ
 ていることに、当の発話者自体が気づいていない。「呪い」というのは「他人がその
 権威や財力や威信や声望を失う」ことを自分の得点にカウントする。久しくこのゼロ
 サム的社会理論は左翼の思想運動において「政治的正しさ」の実現とみなされてきた。

 マルクスの労働価値説がそれでも人間的理説でありえたのは、「ブルジョワが不当に
 占拠している利益」を「プロレタリアが奪還する」ことの正当性を挙証したマルクス
 自身がブルジョワであり、彼にその理論の構築を促したのが、19世紀なかばのイギ
 リスの児童労働者に対する「惻隠の情」だったからである。

 マルクス主義が倫理的でありえたのは、「私たちから奪ったものを私たちに返せ」と
 主張したからではなく、「彼らから奪ったものを私たちは返さなければならない」と
 主張したからである。マルクスエンゲルスは「奪う権利を持つもの」としてではな
 く、「奪われるもの」としてプロレタリアの権利について考えたのである。

 社会的リソースの分配についてだけ見れば、どういう言い方をするにせよ、ブルジョ
 ワの専有物がプロレタリアに還付されるなら、結果的には同じことである。同じこと
 だが、違う。祝福と呪詛ほどに違う。私たちの社会では、「他者が何かを失うこと」
 をみずからの喜びとする人間が異常な速度で増殖している。

●6162 おもいでエマノン (SF) 梶尾真治 (徳D文) ☆☆☆★

 本屋でエマノンシリーズ最新刊「ゆきずりエマノン」を見かけて、まだ続いていたの
 か!と驚き、ずっと読まないできたシリーズを最初から読んでみようと思い立った。
 テーマが進化の記憶ということで気になったのだが、本書ではそこは強調されてはい
 ない。どうやら「銀英伝」と同じくゼロ年代徳間デュアル文庫に再録されたようだ。
 連作短編集だが、冒頭の表題作はそれだけで完結している傑作。厳しい言い方だが僕
 には独立した短編のままで、連作にする必要はなかったように思えた。その他の作品
 も同じ設定を工夫してうまく回してはいるが、如何せん表題作が78年の作品で、ど
 うしても文体その他に若書きを感じてしまう。そう、初期の山田正紀の作品のように
 真面目で一生懸命で初々しく、たぶん当時読んでいれば感動したのだろうが、今の僕
 から見るとやはり幼く思えてしまうのだ。(「神狩り」も、「弥勒戦争」も、「地球
 精神分析記録」も、全て再読すると評価が下がってしまった。怖くて「デッドエンド」
 も「アフロディーテ」ももう読めない)というわけで、エマノンシリーズは当面この
 一冊で十分という感じ。で関係ないが、このあと評判の「放課後探偵団」収録の梓崎
 優の「スプリング・ハズ・カム」を読んだのだが、悪くはないけど大騒ぎするほどで
 もないのでは?と感じた。確かに初見の人には衝撃のトリックかもしれないが、○林
 □三の「◎室・△人」を読んだ人にはねえ・・(正確に言うと、読んで意味を理解し
 た人、かな?)まあ、トリックより事件そのものがこれまた若すぎてついていけない
 んだよね。というわけで、新人作家の学園ミステリというのは、僕には辛い設定なの
 で、全部読むのはあきらめました。

 ●6163 漆の実のみのる国 (歴史小説) 藤沢周平 (文春社) ☆☆☆

 巨匠の遺作に対して恐れ多いのだが、いくつかの事情があることを勘案しても、僕は
 この著者のふるさとともいうべき米沢藩主上杉鷹山を描いた大作を、それほど楽しめ
 なかった。まずは、しょうがない事情だが、なにより本書は本来は未完である。最終
 章を書き上げるタイミングで藤沢の体がもたなくなり、やむなく抄訳のような絞めに
 なってしまった。そして、それはそれなりにすばらしい文章ではあるのだが、その結
 果、小説全体の推敲や修正がおこなえなかったことは予想できる。そのせいかどうに
 も全体のバランスが悪い。特に下巻における当綱から鷹山への視点の変更が唐突で、
 その結果本来なら一番魅力的な脇役であるべき当綱の人物像が、うまく結ばないのだ。
 そして、その原因はたぶん藤沢の歴史小説=歴史的事実に対する過度のこだわりにも
 あると思う。事実にこだわることで、この小説においては改革はほとんど成果を出せ
 ず、無力感が漂い、結果カタルシスが全くないのである。そのあたりを、本来は連載
 終了後修正し、もっと脇役の描写を深く一貫性を持たせる必要があったのだろうが、
 残念ながらその時間は著者にはもはや許されなかった。ただし、「蝉しぐれ」におい
 ても、僕はプロットの破綻を強く感じたので(文章は素晴らしいが)本質的に藤沢は
 大長編のプロット構築は苦手なのかもしれない。まあ、そんなことを言うと司馬遼太
 郎だって決してうまくはないのだが。

●6164 群集リドル Yの悲劇’93(ミステリ)古野まほろ(光文社)☆☆★
 
 題名を見て、懐かしさに涙が出てしまう。有栖川有栖の「Yの悲劇’78」はガリ版
 印刷であった。そして、「月光ゲーム Yの悲劇’88」と姿を変えて遂に世にデビ
 ューを果たした。いろんなところで著者が有栖川有栖をトリビュートしているという
 情報を得ていたため、「月光ゲーム」「孤島パズル」からいきなり「双頭の悪魔」に
 飛んでしまった師匠の後を追いかけようとした題名と確信した、はずだったのに。何
 で有栖川有栖をトリビュートするなら、こんなキャラクター設定するの?これはいく
 らなんでもおじさんには辛い。また物語は「告白」への返歌ともいうべき嫌な話でも
 ある。で、最近はやりの不作為の罪や罪の自覚のなさに対する無意味な復讐でもある。
 「隻眼の少女」はまだその過剰さがプロの芸になっていて許せたが、これではねえ。
 クイーンが好きで、有栖川が好きで、何でこんな作品書いてしまうんだろう・・・

 ●6165 青い星まで飛んでいけ (SF) 小川一水 (早川文) ☆☆☆

 タイミングが悪かった。「群集リドル」の後に続けて、こんなある意味甘ったるいラ
 イノベ風、ボーイ・ミーツ・ガールSF読んじゃったんで、胸が焼けてしまった。小
 川はやはり山本弘に似ている。「神は沈黙せず」や「天冥の標」のような僕の偏愛す
 る本格SFの対極に、ライノベ(ギャルゲー)的な嗜好がどうもあるんだよねえ。僕
 は大森と違って、ここがどうしても嫌なんだよね。「天冥の標」の四巻が出たような
 のでそっちに期待しよう。(でも、細かいところどんどん忘れてきたなあ・・・)