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2016年 3月に読んだ本

●7398 リモート・コントロール(ミステリ)ハリー・カーマイケル(論創社)☆☆☆☆

 

リモート・コントロール (論創海外ミステリ)

リモート・コントロール (論創海外ミステリ)

 

 

昨年、地味に評価された本邦初訳作家。活動時期や作風からディヴァインと比較されることが多いが、確かにそうなのだが、僕はこの犯人の設定は、ディヴァインの師匠とも言える、大御所クリスティーに似ている気がした。

ただ、一点本書にはクリスティーにはあまりない、物理的でありながら、あっと驚くトリック、コロンブスの卵的なトリックがあって、結構気に入ってしまった。(「偶然の審判」のラストのあの感覚、と言ったら解ってもらえるだろうか)シンプル・イズ・ベスト。

ただ、本格ミステリの王道がクイーンと思うものにとっては、クリスティー以上に、本書やディヴァインの解決は、あっけない。それが、本書では切れ味の良さに見えたが、いつもこうはいかないだろうなあ、とは感じる。

しかし、もう数冊は翻訳されてしかるべき作家であることは確か。まあ、題名は内容を現しているんだけれど、マニュピレイトというより、初期の笹沢佐保の遠隔殺人を思い起こした。

 

●7399 司馬遼太郎 東北をゆく (歴史・民俗学) 赤坂憲雄(人文書)☆☆☆☆

 

司馬遼太郎 東北をゆく

司馬遼太郎 東北をゆく

 

 

司馬遼太郎と東北は、なかなかつながらない。長岡も函館も、東北ではない。いや、会津があるではないか?というが、これまた上杉と徳川の国であり、東北の本質とはかなり遠い。やはり、高橋克彦が描く世界こそが僕の東北であり、会津はそこに入らない。

しかし、司馬は「街道をゆく」の中で(僕は、このシリーズ地味すぎて全然読んでないのだが)いくつか東北を描いていて、それを気鋭の東北学者、赤坂が丁寧に読み解いていく。

いきなり、赤坂は司馬を代表とする、西の人々の東北へのアンビバレンツな視点を指摘する。ひとならぬ東えびすの土地への侮蔑と、うらはらの黄金の国への憧憬。そして、その矛盾の共通項は、あまりに遠い距離の問題である。

(赤坂は、東日本大震災への西の人々の冷たさを言うが、では関西大震災のときの北の人々はどうだったのだろうか)

そして、赤坂はそこに司馬の弥生文化=稲作文化への嫌悪というものを打ち出してくる。司馬=封建国家=徳川嫌い、とは認識していたが、司馬=西の人の本質は、商人であり、重農主義への嫌悪(重商主義礼賛)がその作品群の根底にある、というのはなかなか説得力がある。

だから、司馬は家康以上に、米将軍=吉宗が嫌いだったんだろうと思う。そして、東北は本来熱帯性植物の稲を、弥生至上主義によって無理やり植えさせられた、哀しい土地とするのだ。比喩とすれば、弥生以降の東北にこれはよくあてはまる。しかし、東北には縄文がある。

本書の最後が青森で、その三内丸山遺跡に驚きながら、結局司馬には時間が足りなかった。網野ではなく、司馬が東北の縄文を描いたらどうなったか。興味深いが、正直想像は難しい。

閑話休題。それにしても、赤坂が途中であの西村寿行の「蒼茫の大地、滅ぶ」を持ち出してきたのにはまいった。これは網野にはできないだろう。

 

●7400 赤毛のアンナ (ミステリ) 真保裕一 (徳間書) ☆☆☆
 
赤毛のアンナ (文芸書)

赤毛のアンナ (文芸書)

 

 

題名から解るように、「赤毛のアン」への黒いオマージュとでもいうべき、ミステリ。

ただ、僕は「赤毛のアン」を読んでないので(ジュブナイルでも「若草物語」の方が好きだったし、「にんじん」と区別がつかない)あまり触手が伸びなかったのだが、いつものように、こういうときに限って簡単に手に入る。

で、読み始めると、さすがに真保だけあってリーダビリティーは十分。特に冒頭の家出(失踪)事件が、アンナの事件(と過去)と重なってくるあたりは、キリキリ胃が痛くなるサスペンス。

ただそこから、アンナという女性の過去を、その時々の友人たちが回想していく(彼女の悲惨さと痛さ)という繰り返しは、だんだん嫌になってしまう。映画しか見ていないけど「嫌われ松子」に似た、過剰な痛さがリーダビリティーを奪っていく。

そして、このまま「火車」のように、最後までアンナは登場しないとばかり思っていたら、このラストのある意味能天気というか、無茶振りの結末は、なんだかなあ、である。

 

 ●7401 杉の柩 (ミステリ) アガサ・クリスティー (早川文) ☆☆☆☆

 

杉の柩 (クリスティー文庫)

杉の柩 (クリスティー文庫)

 

 

クリスティー完全?攻略第三弾。で、今回も「五匹の子豚」と同じく、三部構成のプロットが緊密に効いていて、傑作としか言いようがない、はずなのに、やっぱりひっかかってしまうんだよね。

エリノアという女性の造型、意外な伏線(薔薇の棘)、手紙による記述トリック、そして少ない登場人物なのに意外な犯人、等々いくらでも良い点がある。でも一方、ある人間がなぜお茶を飲まかったのか?いきなり遺言を書いたのか?等々、なんかロジックが肝心なところで緩い。

そうだ、この作品、クイーンの「災厄の町」(&「フォックス家の殺人」)に、トリックやプロットが似ている。で、比較すると訳が古いという言い訳はあっても、「災厄の町」の方が間違いなく、レベルが高い。クリスティーの文学性には、やはり限界がある。

ただ、クリスティーは相変らず読みやすく、ミステリとしての仕掛けはディヴァインあたりよりは、かなり上だ。あたりまえか。もう少し、継続してみよう。もっと、何か見えてくるかもしれない。

(少し時間が経って感じたのは、クリスティーはクイーンと違って、フーダニット、意外な犯人に徹底してこだわった作家と言える。そして、霜月のいうようにミステリ・マニアの思考方法を完全に読んだうえで、さらに意外性を狙ってくる。でも、それが結局ミステリの芳醇な可能性を、逆に狭めている気がしてきた)

 

●7402 親指のうずき (ミステリ) アガサ・クリスティー (早川文)☆☆☆☆

 

 

第四弾。たぶん未読。今までの作品は読んでる間は面白いが、読み終えると、ううん、という感じだったが、今回は逆。読んでる間は、前半はかったるく、後半はどうにもリアリティーがなくて、これは何の話なの?ととまどった。

が、ラストでギャッと驚いて、冒頭を読み直すと、「あれはあなたのお子さんでしたの?」というある女性の言葉が、恐るべき意味を持って甦った。霜月の言う、ダブルミーニングである。凄い。

まさに「魔性の殺人」「羊たちの沈黙」の元祖と言ったらほめすぎか。ただ、それがラストまで、トミーとタペンスのユーモアというかスラップスティックミステリで語られるのは、あまりにもミスマッチ。

まあ、この物語に名探偵は似合わないだろうから、ここはノンシリーズで、途中に出てくる大規模な犯罪集団の話もなしにして書き直せば、歴史に残る大傑作になったかもしれない。いやあ、クリスティーって本当に不思議、というか奥が深いことは間違いない。

 

●7403 バラカ (フィクション) 桐野夏生 (集英社) ☆☆☆★
 
バラカ

バラカ

 

 

震災後はや五年。多くの作家が震災を描いてきたが、一番読みたくもあり、一方怖くて読みたくないかもしれないのが、桐野だった。その桐野がついに本書で、震災を描いた。

予想通り、本書は冒頭から突っ走る。男、女、人間の醜さを徹底的に描きながら、暴走するリーダビリティーに目が離せない。そして、違和感というか強烈すぎる震災後の世界は、オリンピックが大阪で行われることから、オルターネイティブ、パラレルワールドだった、ということが解ってくる。

しかし、こっちの方が本物では?と思いかねないリアリティーであり、少なくとも桐野の脳内では、これが真実なんだろう。

しかし、残念なことに物語はヒロインのバラカが小学生に育つ後半から、急速に迷走、失速し始める。前半は圧倒的なリーダビリティーを持ちながらも、人身売買と三人の同級生の物語のフレームは見えてくる。

たぶん、桐野は「OUT」や「柔らかな頬」のころからそうだったように、意識的、いや無意識に予定調和を自ら壊そうとして、それが今回は失敗したように思う。前半のキャラクターの性格が後半とうまくつながらないし、何よりバラカの聖性がどこかに行ってしまったのが残念。

そしてこのとってつけたような結末は、結局本書を陰謀モノに堕してしまった。ネットで本人が書いているように、もともと本書は幼児の人身売買がテーマだったのに、そこに震災という巨大な異物を無理やり突っ込んだので、物語は見事に破たんしてしまった。

桐野の場合それが時に大成功するときもあるのだが、今回は残念ながら失敗したとしか僕には思えない。ネットの評判は素晴らしいが。

蛇足だが、震災に関してはやはり御大村上龍に、「コインロッカー」や「愛と幻想」の迫力で描いてほしいと思うのだが、龍にそんなパワーはもはやないのかもしれない。

 

 ●7404 戦後サブカル年代記 (評論) 円堂寺司昭 (青土社) ☆☆☆★

 

 

著者は僕より四歳年下なのだが、70年代以降のサブカルを描く本書は、まさに僕にドンピシャの内容で、僕はこうして生きてきた、とでもいうべき内容で、描かれる99%はリアルで体験したことばかりだ。

ただ、一応副題が「日本人が愛した終末と再生」とあるように(冒頭は「日本沈没」と「ノストラダムス」)テーマはないことはないのだが、読み終えて愕然とするほど、内容がない。

ただのサンプリング、サブカル・ホットドッグ・プレスという感じで、何を所感に書いたら良いか、全然思い浮かばないのだ。

 

●7405 炎に絵を (ミステリ) 陳舜臣 (集英文) ☆☆☆★

 

炎に絵を―陳舜臣推理小説ベストセレクション (集英社文庫)

炎に絵を―陳舜臣推理小説ベストセレクション (集英社文庫)

 

 

去年、陳舜臣が亡くなったとき、何か(本の雑誌?)で彼の特集があった。もちろん昨今の彼は歴史小説の大家であるが、僕にとっては初期のミステリの印象が強い。

乱歩賞を獲った「枯草の根」こそ、イマイチ地味だったが、「三色の家」や「北京悠々館」など、大胆なトリックが使われていて結構好きだった。特に密室短編を集めた「方壺園」が記憶に残っている。

で、彼の初期傑作と評されていた「割れる」「影は崩れた」等々を、ひさびさに読んでみようとして驚いた。さいたま図書館にそれらの諸作は、ほとんど蔵書がないのだ。

そういうものなんだ、と嘆息しながらも、代表作の本書は簡単に手に入るので、借りては返しを繰り返していたのだが、読む本がなくなりついに読みだした。(本書は既読のはずなのだが、内容を全然覚えていない)

で、読了後微妙な感想。ミステリとしての、騙しのテクニックは良く出来ていると思う。ただ、今のレベルからすると、登場人物が少ないので犯人の予想はついてしまう。さらに最後の駄目押しも、これまた予想はつく。

しかし、「炎に絵を」という題名の意味はなかなか良い。と言いながらも、正直全てにおいて古臭いのだ。主人公と恋人の恋愛描写が古すぎるのはしょうがないとして、途中で挟まる社会派的?な、産業スパイの物語が、全然本筋と関係なく浮いていて、サラリーマンの描き方が耐え切れなく古い。

古い小説を古いと批判するのは、無茶だと知りながらも、こんなに劣化してしまうものか、と驚いてしまう。たぶん、ゴチゴチのパズラーではなく、社会派の要素こそが、劣化してしまうのだろうが。(そういう意味では、本家清張の作品、とくに短編が、時の流れに耐えているのはさすがだ)

 

●7406 ゼロ時間へ (ミステリ) アガサ・クリスティー (早川文)☆☆☆☆
 
ゼロ時間へ (クリスティー文庫)

ゼロ時間へ (クリスティー文庫)

 

 

第五弾。既読だけれど、記憶無し。霜月絶賛の中期クリスティーの総決算作品。特に登場するキャラクターは、これまで読んできた「死との約束」のおばあさん、「杉の柩」「五匹の子豚」の若いビッチ、「杉の柩」のもの静かな前妻、等々中期クリスティー全部入り、という感じ。(しかし、僕の読み方は見事に霜月の罠?に嵌っている)

ただ、よく言われるように、本書によってクリスティーは、ミステリの書き方を変えた(殺人から始まるのではなく、殺人に物語が収斂していく)というのは、他の先行作品にいくらでも前例があることに気づいた。本書はそれを意識的に総括した、と考えるべきだろう。

そして、本書の素晴らしさは、新訳ということもあるが、圧倒的な読みやすさだ。その結果、色んな人々が、ある場所、そしてゼロ時間に向かっていく描写は、「そして誰もいなくなった」を思わせる。

ただ、本書もまた読み終えて、傑作、うまいなあと思いながら、何だか物足りなさを感じた。やはり僕は、クリスティーに霜月ほど熱狂できないのだ。今回は2点。

クリスティーは今回もまた、パターンとも言える限られた人間関係の中で、かたくなに意外な犯人を狙ってくる。で、それは今回も成功しているとは思うのだが、結局表面的な人間関係の中に、どれだけ意外な別の人間関係を見出すか。

中期クリスティーは、カーの密室以上に、ここに徹底してこだわっている。そのことが、やはりミステリの限界を、密室やアリバイ以上に、示してしまっている気がするのだ。ミステリの真の醍醐味は、犯人の意外性ではなく、論理のアクロバットにあり、とインプリンティングされている僕にとっては。

そして、実は途中で、本書のトリックに関して、昔、有栖川有栖と電話で話したことを思い出してしまった。というか、何ですっかり忘れていたんだろう?嫌になってしまう。

 

 ●7407 ポケットにライ麦を(ミステリ)アガサ・クリスティー(早川文)☆☆☆☆

 

 

第六弾。これまた既読でつまらなかったような記憶がある。というか、当時の僕はミス・マープルものは、短編集「火曜クラブ」以外は全部つまらなかった気がするのだ。で、本書もまた最後で真犯人が分かったとき、たいして意外でもなかったので、霜月は本書のどこがいいんだろう?と思ってしまったのだが、ラストでうならされた。

本書の最後で、ひらがなだらけのある手紙と写真が見つかるのだが、これが痛切。これは、うまいとしか言いようがない。良く考えれば、たいしたトリックではない、というか必然なのに、本筋の(つまらない)解決の方に気がとられて、うっかり見落としてしまうのだ。

霜月の言う、クリスティーはマニアの考え方を完全に理解して、裏をかく、というのが良く解るし、見事に成功している。しかし、霜月の言う、マープルのかっこよさ、というのはイマイチ良く解らない。

そして、それ以上に、例えば動機がかなりいいかげんだったり、何よりルビーの正体がやりすぎ、というか、やっぱりいいかげんだし、本書もまたこの程度の証拠で、犯人は有罪になるんだろうか、と心配してしまう。

そう、ミステリとしての論理の詰めが、かなり緩いというか、甘いのだ。たぶん、クリスティーの眼目はそこにはなく、フーダニットと人間関係で何とか驚かすことに、全力を注いでいるのだ。通常良く並び称されるクリスティーとクイーンのミステリ観の大きな隔たりに、いまさらながら驚いてしまう。

 

 ●7408 ホテルローヤル (フィクション) 桜木紫乃 (集英社) ☆☆☆★

 

ホテルローヤル

ホテルローヤル

 

 

もう読まないつもりだった、著者の作品だが、やはり直木賞ブランドが気になって、読みだした。(図書館で簡単に手に入った)ただ、ラブホテルが舞台の連作短編集と聞いただけで、著者のいつもの「乾いた湿っぽさ」が予想できてしまうのだが、やはり本書もまた、乾いて湿っている。

絶望的なまでの、リアルな虚無。しかし、デビュー作「氷平線」にあった、キーンと刺すような、痛いまでの怜悧さは、ここにはない。終わりなき、いやとっくに終わっている日常の中への、ずぶずぶとした埋没。そう、やはり僕は今、そんな小説が読みたいわけではないのだ。うまいけれど。

 

●7409 大世界史 (歴史政治) 池上彰佐藤優 (文春新) ☆☆☆☆
 
大世界史 現代を生きぬく最強の教科書 (文春新書)

大世界史 現代を生きぬく最強の教科書 (文春新書)

 

 

「新・戦争論」に続く第二弾で、副題は「現代を生きぬく最強の教科書」。教科書というには、少し話があちこち飛ぶ気がするが、池上の解り易さと佐藤の深さが、いい意味で今回も化学反応を起こし、いくつかの驚きの事実を知ることができた。

まず、冒頭はイスラム情勢だが、これはもうあのモサドが解らない、というんだから、とんでもない複雑怪奇。ただ、イランがアラブ人ではなく、ペルシャ人であり、トルコがエルドアン大統領によって、急速にオスマン帝国化していることに驚いた。そりゃ、プーチンとタイマン張るはずだ。

中東には「イスラム国」だけでなく、オスマンペルシャの二大帝国が復活しようとしているのだ。そして、中国は明となる。鄭和を紹介しているはさすが。

ただ、中国とドイツに関してはちょっと物足りない。後者の、米国がメルケル首相の電話を盗聴した真相?には、腰が抜けたが。(佐藤が言うと、信憑性があるんだよね)

で、今回一番驚いたのが、現在のギリシアという国の真の姿。もちろん、古代ギリシアとは直接繋がっていない、とは知っていたが、こんな理由で英国とロシアが造った(偽史をでっちあげた)人工国家だったとは。おいおい、ギリシア・オリンピックって何だったの?と言いたくなる。

その他、沖縄問題をスコットランドと結び付けたり、中国の南シナ海埋め立てに対して、きちんと日本の沖ノ鳥島を引き合いに出したり、ジェイムズ・トンプソンの「凍氷」で描かれた、フィンランドのおぞましくも哀しい歴史を、ウクライナと繋いだり、その視点の広さと柔軟さに脱帽するしかない。

そして、あのドローンが戦争目的で開発され、その使用シーンはまさにカードの「エンダーのゲーム」そのもので、寒気を感じた。 

 

●7410 書斎の死体 (ミステリ) アガサ・クリスティー (早川文) ☆☆☆
 

 

第七弾。これまた既読で、これは明確につまらなかった記憶がある。ただ、山本やよいの新訳ということもあり、霜月を信じて読みだした。霜月の評価は、本書は題名から解るように、ミステリに対するセルフパロディーであり、クリスティーのユーモアが発揮されている、ということだが、僕はやはり面白くなかった。

とにかく、ミス・マープルが繰り返す、登場人物をセント・メアリー・ミード村の誰かに例える話が、うっとしくてしょうがない。(登場人物の一人すら、そう言っている)

そして、何より今回は、メイントリックが無茶でしょう。いくら、パロディーとしても、これでは警察がいいかげんすぎる。(ブラウン神父の時代じゃないんだから)マープルものは、意識的に警察が目立たないようにしているんだと思うが、これではいくらなんでも無茶でしょう。

 

●7411 白昼の悪魔 (ミステリ) アガサ・クリスティー (早川文) ☆☆☆☆

 

白昼の悪魔 (クリスティー文庫)
 

 

第八弾。本書も既読、だけれど文庫でもHPMでもなく、「カーテン」と同じく、ハードカバーを買って読んだ。そのせいか、駄作ではなかったと思うが、期待を下回る出来だったと記憶している。

また、僕の記憶の中では、これまた期待を下回った、ブランドの「はなれわざ」とゴッチャになってしまっている。本書を、霜月は「シンプル&ソリッド」な、「ナイルに死す」(霜月は「ナイル」をクリスティーミステリのひとつの完成形とする)以降の集大成たる傑作と評価するが、基本的に僕も同意する。

本書の人間関係やトリックは正に「ナイル」の変奏曲であり、そして「ナイル」より、はるかにシンプルかつソリッドである。大勢いる観光客が見事に描き分けられ(訳者がいいのかもしれない。鳴海四郎って、良く知らないが)

クリスティーとしては、非常に引き締まっており、トリックも(傘がちょっと無理臭いが)素晴らしい視覚的効果をあげている。細かい伏線も、良く出来ている。ただ、本書を傑作と認めた上で、やはり僕は文句がある。そして、それはクリスティーのほぼ全作品に対する文句かもしれない。

とにかく、意外な犯人を狙うのはいいが、毎回決定的な証拠がなく、ポアロが犯人に罠をかけないといけなくなる。そして、それは犯人決定のロジック、クイーン派パズラーマニアが一番重視する点が、全然弱いのである。

今回もポアロは、いきなり犯人を指名してしまう。(クイーンなら犯人指名は論理の後、すなわち最後となる)だから、どうにも論理的な構築美が足りない、というのかないのだ。

中学生の頃「オリエント急行」を読んで、その犯人決定の論理の欠如(クイーンとの違い!)に愕然とし、クリスティー嫌いになったのだが、やはりその不満は今も感じる。で、ひょっとしたら、クリスティーも霜月も、そこには全く興味がないのでは?という疑問が、むくむく湧いてきてしまったのだ。

 

 ●7412 マギンディ夫人は死んだ(ミステリ)アガサ・クリスティー(早川文)☆☆☆★

マギンティ夫人は死んだ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

マギンティ夫人は死んだ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

第九弾。本書は未読。霜月に言わせると、クリスティー流ハードボイルドとも言うべき、異色な傑作とのことだが、確かに冒頭は(一人称ではないが)珍しくポアロの主観で描かれていて、なかなか興味深い。

また、登場人物も霜月指摘の通り、いつもと違い、労働者階級?(マギンディ夫人は掃除婦)で、これまたなかなかハードである。しかし、物語が進むにつれ、結局いつものクリスティーに戻ってしまう。(田村隆一の訳が悪いのか、こっちがさすがに疲れたのか、今回は大勢の登場人物を、うまく区別できなかった)

ただ、被害者が死の前日に読んだ新聞の特集(四人の殺人鬼)から、その子供がこの村に別名で生きている、と解るシーン、プロットはなかなか良くできている。そして、その犯人も、いつものクリスティーパターンではなく、ある錯覚を使った正攻法なのだが、如何せんやや小粒に感じてしまう。

そしてまた、またである。今回は犯人の決め手は一応あるのだが、偶然が大きく作用しており、証拠がやはり足りなくて、ポアロが仕掛けた罠に、あえなく犯人は引っ掛かりアウト。そろそろ、犯人たちにポアロの「傾向と対策」を教えてあげないと。

実は霜月が大きく評価する、犯人ではない人物とポアロのラス前での対決は、意外だし迫力はあるが、これまた偶然だし、やりすぎに感じる。「ポケットにライ麦を」の、ルビーの正体と全く同じ。

まあ、クリスティーはミステリの本質を意外性、騙しと考えており(それは間違っていないのだが)論理や必然性は、残念ながら二の次になってしまう。若島が評価した「そして」の超絶論理は、突然変異にすぎなかったのだろうか。

 

●7413 ポアロのクリスマス(ミステリ)アガサ・クリスティー(早川文)☆☆☆☆

 

 

第十弾。本書は既読。というか、長い間クリスティーの隠れた傑作として(マイ・フェイバリット・マスターピース)ベストではないが、ベスト3あたりだと必ず本書を選んできた。だのに、今回再読して、この意外な?犯人すら忘れているのに、あきれてしまった。

密室の外でピラールが拾ったあるモノ、に関しては強烈に覚えていたのだが、これまた真の意味を忘れていたことに愕然としてしまった。そして、やはり本書の魅力は、密室トリックでも意外な犯人でもなく、ここにあったとは理解したが、初読時の感動はなく、いやあ若いころはこんな作品が好きだったんだ、とやや醒めながら思うのみ。

本書は霜月に言わせると、クリスティーが自分の作品が最近洗練?されすぎた、という友人のために、あえて大邸宅での血まみれの密室殺人、というコード通りのミステリを書いた結果、ごちゃごちゃとしたバカミスになってしまった、とのこと。

バカミスは言い過ぎだが、確かにこの密室トリックはがちゃがちゃしているが、ここに意外な犯人と上記のあるモノが絡むと、個人的には悪くない出来となる。さすがに、ベスト3とはもう言わないが。

そして、本書がいかにこのころ(「ナイル」「杉の柩」「白昼の悪魔」)のクリスティーとしては、異色の作品かは、良く解った。付け髭の件や、これでもかというほどのあるトリックのしつこさ、等々確かにセルフパロディーの意味合いが濃い。そういう意味では、逆にクリスティーっぽいのかもしれないが。

ただ、一点血に関しては、これを警察が見逃すはずはないでしょう。相変らず、クリスティーの世界では警察はあまりに無能だ。で、最後にもう一冊、個人的に好きだった作品(古代エジプトを舞台とした異色作)「死が最後にやってくる」を霜月は、驚愕のないないづくし、と酷評(☆ひとつ!)なのだが、どうしようか。

 

●7414 羊頭狗肉 (対談) 坪内祐三・福田哲也 (扶桑社) ☆☆☆☆
 

 

さすがに、小説・いやクリスティー疲れしてきたので、気分転換?に宮台のエッセイを読みかけたら、これまた全然頭に入ってこず(何か益々解りにくくなってきた)対極とも言うべき二人の対談を読みだした。

鴻上のドンキホーテと同じく、SPAの長期連載の単行本化で、たぶん二冊目。坪内が58年、福田が60年と見事に59年生まれの僕と同じ世代だけれど、何せ二人とも東京生まれなんで、そこは同時代の共鳴以上に違和感があるのは、しょうがない。

結局、楽しく読み終えたけれど、見事なまでに何も残らない。福田の浅田彰との対談で「子供になるには、成熟しないと。子供でいるのとは、全然違う」というのが、ちょっと琴線に触れたけれど。でも、これ鴻上の「遊びの反対は仕事でない。未熟である」とほぼ同じか。

 

●7415 働く力を君に (ビジネス) 鈴木敏文 (講談社) ☆☆☆
 
働く力を君に

働く力を君に

 

 

普通だったら、鈴木さんの話を今更読まないのだが、今仕事で7×11を語る機会が凄く増えているし、正直その成果には黙るしかないし、何より若手が読むべき鈴木本がありえるのか、を考えて読んでみたが、やはり微妙というか難しい。

今回のミソは構成とやらをやっている勝見明氏で(鈴木さんが、本書にどれくらい絡んでいるか不明)鈴木さん三部作がある?とのことだし、何より最近は、あの野中郁次郎の本も数多く手掛けている。

というわけで、勘はいいのだろうが、彼が絡むと解り易くなりすぎて、何か薄っぺらくなるのだが、本書もまさにそう。書いていることは、正しいし大事なことだとは思うのだが、どうも肝心の構成がイマイチで、論理的なつながりが弱く(インタビューを無理やりつないでいるからか)繰り返しも結構多い。

今回はAKB秋山や佐藤可士和フランフランの高島社長、内田和成、日清の安藤社長、等々色んな人々が出てくるのが特徴だが、たぶん勝見が書いてるんだろうから薄っぺらい。

で、やっぱり本書を若手に読ますのはやめにする。例えば「勉強すればするほど、常識に縛られる」なんて、逆説大好き鈴木さんらしいけれど、これは「勉強」のレベル内容が問題であり(真の勉強=学問は当然常識を破る、というか別次元にあるはず)こういう安易なワンフレーズ格言の氾濫は、逆に思考停止のもとに思える。

しかし、ひさしぶりに鈴木さんの本を読み、冒頭またもや東販の話がでてきて、ルサンチマンというものの力、そして勝者の歴史というものに思いを馳せた。