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2012年 10月に読んだ本

 ●6542 推定無罪 (ミステリ) スコット・トゥロー (文春文) ☆☆☆☆☆

 

推定無罪〈上〉 (文春文庫)

推定無罪〈上〉 (文春文庫)

 

 

推定無罪〈下〉 (文春文庫)

推定無罪〈下〉 (文春文庫)

 

 


 ●6543   無罪 (ミステリ) スコット・トゥロー (文春社) ☆☆☆☆☆

 

無罪

無罪

 

 

今年のミステリのベストは、国内は「ソロモンの偽証」、海外は「無罪」で決まりだろう。僕も北上と同じく、トゥローこそリーガル・サスペンス横綱だと評価してきた。

しかし、正直言うと「推定無罪」はあまり印象が無く、次の「立証責任」が渋いけど気に入って、「有罪答弁」のオチで驚愕してこれがベスト、「囮弁護士」がイマイチピンとこず、ここで終了、だった。

しかし、今回「推定無罪」を再読して、当時(たぶん文庫化されてから読んだので、90年代初頭だと思う)は、情けないけど全く読めてなかったんだと痛感した。「推定無罪」は傑作、恐るべき処女作だ。また上田公子の翻訳も素晴らしい。

そして、驚愕というか恐怖のラスト。このオチを憶えていないとは、子供にはこの怖さが良く解らなかったんだろう。

たぶん、僕は当時はこの作品を、ガチガチのミステリとして読み、アチコチ引っかかってしまったんだろうけど、この夫婦、親子の物語の本質が、全く読めてなかったのだから嫌になる。(この怖さは「シンプル・プラン」に通じるように思う)

そして、その24年後に続編の「無罪」が上梓された。まず前作から読んで大正解。何と本書は前作を読んでいるかどうか(「無罪」では一回も語られない、前作のラストを憶えているかどうか)で、全く色合いが変わる、

全てにタブルミーニングが込められたある意味、泡坂的に精緻でトリッキーな、とんでもない傑作なのだ。もちろん、本書だけでも良く出来たミステリであるが、ここは絶対続けて読むことを薦めたい。

なぜなら本書は前作と、キャラクター、プロット、ストーリーが全て合わせ鏡のようにシンメトリーになっているのだ。そして、その合わせ鏡の中に、時々作者がわざと左右を逆にしたファクターを投げ込み、それが見事な効果をあげている。これが前作を憶えていないと味わえないのだ。

本書を読んで誰もが感じるのは、前作では敵役だったトミー・モルトの描写の変化だ。そして、それが前作のコップの件と対応する本書のパソコンの件において、凄く効いてくるのだ。素晴らしい。

本書の冒頭は、何と主人公ラスティの妻バーバラが、朝ベットで死んでいるシーンから始まる。そして、彼が彼女の死を息子や警察に知らせたのは、なぜかその死の24時間後だったのだ。まるで「半落ち」だが、この冒頭とラストの驚愕は、前作と合せて読まないと理解できない。

そして、様々な登場人物のうちで、全てを知っているのはラスティだけか、と思ったら、良く考えたら彼もパソコンの件の真相は知らないのだ。そう、全てを知っているのは作者と(前作と続けて読んだ)読者のみ。

唯一の弱点はあまりにもそっけない題名だが、「推定」がとれるところにミソがあるんだからしょうがないか。とにかく、この二冊合せてリーガル・サスペンスの歴代ベストであることは間違いない。

図書館で借りた「推定無罪」がメチャ面白かったので、「無罪」は自分で買ってすぐ読んだのが、大正解だった。(上田女史が既に亡くなっていたため、訳者が代わっていて心配したが、杞憂だった)

で、ついでにDVDの「推定無罪」も借りてきて観てしまった。ハリソン・フォード始め配役のイメージはなかなか良い。が、中でも評判どおり、サンディー・スターン役のラウール・ジュリアが素晴らしい。

しかし、このラストはダメでしょう。こうしちゃうと怖さが半減するし、いくらなんでも凶器をそのままにするのはねえ。まあ、映像ではこうしないと表現しづらかったのは解るが、ちょっと安易すぎるなあ。さて、ハリソンフォードはもう一度、今度は初老のラスティを演じるのだろうか?

 

 ●6544 雄気堂々 (歴史小説) 城山三郎  (新潮文) ☆☆☆★

 

雄気堂々〈上〉 (新潮文庫)

雄気堂々〈上〉 (新潮文庫)

 

 

雄気堂々 (下) (新潮文庫)

雄気堂々 (下) (新潮文庫)

 

 

僕は著者に関しては「官僚たちの夏」の印象が悪すぎて(まあ、フリードマンにかぶれていた頃読んだのが悪かったのだが)全然読んでなかったのだが、箕浦さんからの読書メールが気になって読んでみた。

確かに箕浦さんのいうように、西郷、慶喜、江藤は良く描けていると思う。ただ、僕には結局主人公たる渋沢栄一が解らなかった。志士から始まって、慶喜の家来となり、維新後は官につき、大久保と対立して野に下る。

その変遷の間に、資本主義いや民主主義の元祖としての思想をどのように身につけてきたのか。ここが、どうにも解らない。結構、自分自身が民主主義ならぬ衆愚主義で痛い目に合いながらも、愚直なまでに筋を曲げないその志が、いつどうやって形成されたのか。

本来なら留学時のエピソード等々で語られるべきではないだろうか。まあ一気に読めたのに申し訳ないが、前半の歴史小説部分は、薀蓄のない司馬遼太郎という感じで、渋沢の周りのキャラクターが生きていない。

これが後半、経済小説となると俄然筆が冴えてくる気がする。ただし、その内容は如何にも荒っぽいもので(岩崎との対立は事実なんだろうからしょうがないが)渋沢の業績からすると、もっと他に描くものがあるのではないか、と感じる。終わり方が中途半端なんだよね。

 

 ●6545 巨人の磯 (ミステリ) 松本清張 (新潮文) ☆☆☆☆

 

巨人の磯 (新潮文庫 ま 1-37)

巨人の磯 (新潮文庫 ま 1-37)

 

 

読む本がなくなって、図書館で借りてきた。本書は73年に上梓されており、そのころ中学生だった僕が読み始めた、ミステリマガジンに書評が出ていて、評価が高かったことを未だに覚えていたのだ。

ところが読み始めると収録5編のうち、3編が既読。特に「礼遇の資格」と「東経一三九度線」は当時カッパノベルスから出ていた、年刊傑作選のような本の題名となっていて、たぶん買って読んだはず。(もちろん、内容はさっぱり忘れているが)

もう一編の「理外の理」は最近宮部の選んだ傑作選で読んだばかりなので、さすがに覚えていた。(結論から言うとこれがベスト)

全体に本書の作品は無茶が多いのだが、清張が結構トリックに拘っていたことが感じられて、微笑ましい。また、古代史と関連する表題作と「東経一三九度線」は、その仮説の使い方は無茶なのだが、前者は清張の古代史への視線が、後者は「点と線」のあのトリックとの類似が感じられて、興味深い。

ただ、社会派としての動機が結構ワンパターンなのは、どうだろうか。

 

 ●6546 フィリップ・K・ディック・リポート (企画)早川書房編集部 ☆☆☆☆

 

フィリップ・K・ディック・リポート (ハヤカワ文庫SF)

フィリップ・K・ディック・リポート (ハヤカワ文庫SF)

 

 

これも、何となく図書館で手にして読み出した。最近確かディックは「トータル・リコール」のリメイクが上映されたはずだが、盛り上がったのだろうか?で、本書は02年の「マイノリティー・リポート」に合せて、上梓された企画本。

いろんな人のディックのベスト5と解説があって、そのチョイスがなかなか良い。中でも田中啓文が爆笑。僕なら「パーマーエルドリッチの三つの聖痕」「アンドロ羊」「ユービック」「火星のタイムスリップ」「にせもの」(短編)というところだろうか。

それにしても、大森や香山、柳下らの対談で、ディックは中年サラリーマン小説だ、というしょぼいことになっていて、大笑い。その一方、東浩紀はことSFになると、熱血真面目少年だ。まあ、全作解説は労作だし、懐かしく読めた。でも、ディックの時代は終わった、かな?

 

●6547 海鳥の眠るホテル  (ミステリ) 乾 緑郎 (宝島社) ☆☆☆★

 

海鳥の眠るホテル (『このミス』大賞シリーズ)

海鳥の眠るホテル (『このミス』大賞シリーズ)

 

 

「このミス」大賞を受賞した「完全なる首長竜の日」は「さよならドビュッシー」と並ぶ、同賞のベスト作品だった。そして、待望の受賞第一作。(ただし、著者の場合「忍び秘伝」があるので、話がややこしいが)

今回も何となく現実が信じられないディック的な世界において、3つのストーリーが平行に語られる。正直「首長竜」もそうだったのだが、ミステリ的趣向にそれほど驚きはない。

本書も3つのストーリーの絡み方は、途中で予想がつく。ただし、相変らず人物造型は素晴らしく、前作の漫画家と同じく、今回の女性カメラマン、というより絵画モデルの日常のディティールが非常にリアルで引き込まれる。

また、これも前作と同じく、如何にも映像的な描写で、印象的なシーンが続くのだが、前作における海辺の赤い旗(「コンセプシオン」における独楽)のような強烈な色彩の変わりに、ヒロインの少女時代のかなりえぐいシーンが繰り返されるのだが、個人的にはこれは好みではない。

もっと別のやり方をしてほしかった。(「完全なる首長竜」も、黒沢清が映画化するんだ。こっちは観てみたい気がする)

 

●6548 ソロモンの偽証 第Ⅲ部 法廷(ミステリ)宮部みゆき(新潮社)☆☆☆☆

 

ソロモンの偽証 第III部 法廷

ソロモンの偽証 第III部 法廷

 

 

12日の発売だが、10日に本屋の店頭で見つけて(その日は天皇杯と相棒があったので)翌日読みきってしまった。遂に学校内裁判が開廷したことによって、ストーリーの流れは一気に良くなった。

ただ、読み終えて思うのは、やや微妙な感覚。一気に読んでしまったのだが、期待値が高すぎたのだろうか、物足りなさも残る。ところどころ、うまい、と思う部分と、それじゃダメだろう、という部分が同居する。

うまいのは、前回のラストから続く、電話ボックスの使い方。これは見事にやられた。また、三宅樹里の最後の登場や、野田の暴走なんかは、細かい伏線が効いている。ただ、塾の先生や花火師のくだりは、結局意外性がない。

そして、本来なら一気に盛り上がるべき真相が、何回か小出しにされる、というか、ラストを長く引っ張りすぎたせいか、本来持つべき強烈なインパクトに欠けたきらいがある。

あと、大出の扱いもラス前で、おおっと思わせておいて、結局そこに落とすか、という感じ。(全体にTさんに「説教節」全開とか言われそう)

こう書くと、凄く否定的に聞こえるかもしれないが、それでも本書の持つリーダビリティーは出色の出来。子供の描き方が気持ちが悪い(こんな中学生いないだろう)という意見はわかるが、今回は僕はなぜか気にならなかった。

というか、あまり子供であるということを意識せずに読めた。ただ、やっぱり「模倣犯」や「蒲生邸事件」に比べると、冗長かつ意外性に欠ける、と言わざるを得ないかなあ。まあ、宮部否定派の僕がここまで入れ込んだんだから、国内ベストは鉄板か。

 

 ●6549 赤い影法師 (伝奇小説) 柴田錬三郎 (新潮文) ☆☆☆☆

 

赤い影法師 (新潮文庫)

赤い影法師 (新潮文庫)

 

 

著者の最高傑作と言われる本書を遂に読んだ。たぶん著者の長編を読むのは初めてだろう。一読、さすがに絶賛されることはある。奇想はともかく、プロットおよび文体は山田風太郎を凌駕しているのではないだろうか。(というほど、忍法帖を読んでいないのだが)

寛永御前試合をこんな風に料理するとは、唖然とするしかない。また、冒頭の影と半蔵の最初の闘いは、まるで異次元の物語のように脳裏に焼きついた。そして、全編何と言う密度の濃さ。正直あまりの密度とスピードに圧倒され、疲れてしまうが。

著者に抱いていたイメージ以上に、物語は論理的かつ文学的だ。フットレルを思い起こすシーンもあり、柴田はかなりミステリに造詣が深いのではないか、と感じた。

ただ、最近の獏のようなわかりやすい格闘場面に慣れていると、本書は(言葉使いが古典的?なせいもあって)イメージしきれないシーンも多い。

もちろん、それは著者のせいではないのだが。しかし、この長さ(文庫で420ページ)にあまりにも多くを詰め込んでいるので、読み終えるのには結構時間がかかってしまった。

 

 ●6550 謎の謎その他の謎 (ミステリ) 山口雅也 (早川書) ☆☆☆☆

 

 

収録された五編が全てリドルストーリーという、著者らしい企みに満ちた凝った作品。まず、異色作家短編集やHPMを70年代に読み始めたものにとっては、表紙にニヤッとしてしまう。(題名もボーモントの「夜の旅その他の旅」からきていることは明らか)

まあ、結末のないリドルストーリーを続けて読むのはどうかなあ、と危惧したのだが、結構著者は色々工夫していて、飽きずにあっという間に読み終えた。

ただ、個人的には著者が(たぶん)力を入れて書いただろう「異版、女か虎か」や「謎の連続殺人鬼リドル」よりも、「群れ」の奇妙な味の方が気に入った。そう、まるで「トワイライト・ゾーン」の一編のような。(ボーモントは「トワイライト・ゾーン」の脚本家)

 

●6551 蚊取湖殺人事件 (ミステリ) 泡坂妻夫 (光文文) ☆☆☆★

 

蚊取湖殺人事件 (光文社文庫)

蚊取湖殺人事件 (光文社文庫)

 

 

著者の後期に関しては、時代モノしか読んでいなかったのだが、本書は05年の刊行。こんな作品を出していたのか、と思って読み出した。

解説で細谷が、著者は趣向に凝るので、短編集でもテーマが明確な場合が多く、本書のようなバラエティーに富んだ作品集は珍しい、と書いているのも気になった。結論は正にその通り。

一応、ミステリ、奇術、職人、という著者らしい3つのテーマがないことはないが、冒頭の力作パズラー「雪の絵画教室」から、エッセイのような小説「えへんの守」への落差は、とても同じ作家の作品とは思えない。

正直バラエティーではなく、統一がとれてなくバラバラといったほうが正しい。ただ、単なる落穂拾いではなく「雪の絵画」は密室トリックはしょぼいが、犯人の意外性には驚いたし「えへん」の前半と後半の全く違う話が、うまくラストで繋がるのにも感心した。

その他、表題作のトリックもなかなか面白い。という訳で文庫としては文句が言いたくなる出来ではなく、楽しめた。まあ、ギャグがすべってしまっていて、笑えないのは愛嬌だが。

 

●6552 犯罪者 クリミナル (ミステリ) 太田 愛 (角川書) ☆☆☆☆

 

犯罪者 クリミナル 上

犯罪者 クリミナル 上

 

 

 

全然知らなかったが、著者は「相棒」等々で有名な女性脚本家らしい。その著者の小説家としてのデビュー作、ということらしいが、これが第一作とはとても信じられない、堂々たる巨編、かつノンストップミステリーである。分厚い上下巻を一気に読んでしまった。

キャラクターの造型や謎の設定、何よりサスペンスが素晴らしい。特に冒頭の駅前での無差別殺人の謎が、あるビデオによって見事に解ける部分には、恐れ入った。また、身代金?の受け渡し方法も、伏線が効いている上に田舎の人を喰った味があって、気に入ってしまった。

ただ、もちろん手放しでは褒められない。正直言って、食品メーカーがこんなことをするなんて、リアリティーゼロだし、後半少し長くしすぎて、ゴタゴタしてしまった。もう少し題材を選んで、7掛けくらいに刈り込めば歴史に残る傑作になったかもしれない。

しかし、テレビにおける刑事モノの氾濫が、こういう良い作用を生んでくれるとは。今後もSFのように、どんどん若い才能が現れて欲しい。ただ、テレビのリアリティーでは小説はつらい。

まあ、次々に事件が起きなければチャンネルを変えられてしまうのだろうが、もう少し落ち着いてもいい。さて、もう一人の脚本家出身の作家、月村了衛の「機龍警察」の第三弾にも期待したい。

 

●6553 現実を視よ (ビジネス) 柳井 正 (PHP) ☆☆☆☆

 

現実を視よ

現実を視よ

 

 

「この国を出よ」の続編というか、ここには何も新しい提言はない。ただ著者のような人が敢えてうるさい説教オヤジの役割を果たすことには、意味があるように感じた。(後半は、まるで大前研一が乗り移ったよう)

考えてみれば、既存の権威に守られたカルチャーが厳然と存在したからこそ、アンチテーゼとしてのサブカルチャーが躍動した。大きな物語が圧倒的な力を持っていたからこそ、ポストモダンが輝いた。

今、著者のある意味素朴な正論に関しては、ネットでは反論が相次ぐ。著者が「アジアの若者は必死で勉強する」と言えば「そんなのは少数であって、多くは貧しい」だとか「国によって状況は違う」等々。

また成長や欲望の肯定に関しては、内田樹あたりがやんわり反論してくれるだろう。しかし、今やその反論の方が主流のような気がしてしょうがない。そして、それは決して良いことだとは思わない。

そう、80年代あれほど輝いていた岸田の「唯幻論」が、ふと気づけば世の中が正にそうなってしまった結果、たぶん思想からもイノベーションは消えてしまったのだ。

本書への批判でも、具体的な提言がない、ならどうすればいいのか?が書かれていない、が多い。一体この本をどう読んだら、そういう所感がでてくるのだろうか。世の中には、常に頑固親父が必要なのだ。

乗り越えるべき大きな壁があるべきなのだ。進化は種が滅亡に瀕したとき、それを乗り越えた少数によって成し遂げられてきた。もちろん、高度成長時代へのノスタルジーなら意味はない。多様な価値観の上に、頑固な正論と軽やかなアンチテーデ。そういうものを夢見たい。 

 

●6554 光圀伝  (歴史小説)  冲方 丁   (角川書) ☆☆☆☆★

 

光圀伝 角川文庫合本版<光圀伝>

光圀伝 角川文庫合本版<光圀伝>

 

 

傑作「天地明察」に続いて、著者が上梓した歴史小説は、何とあの「水戸黄門」の一代記。冒頭の、戦国の趣が色濃く残る少年期の物語は、その文体・描写も含めてハードで「天地」とはイメージが全く違う。

しかし、これはまたこれで、悪く言えばややラノベ風の柔らかさがあった「天地」とは違って、堂々たる風格の歴史小説である。

次に青年期の武蔵や沢庵との交流は(事実ではないだろうが)まるで夢枕獏を読むような味がある。(そういや「大江戸釣客伝」には光圀が出ていた)そして、水戸藩主となり泰姫を娶った絶頂期は、少しその柔らかさが過剰となるが、すぐに姫の死去によって全ては瓦解してしまう。

相次ぐ近親や師や友の死。なかなか進まぬ改革。朱舜水との邂逅という素晴らしい出来事もあるが、本書の後半は重苦しく、死や挫折の影が付きまい、それは将軍綱吉の登場によって加速される。

そして、遂にプロローグで語られたカタストロフィー。この悲劇は未来の水戸藩の運命を象徴している。後半、安川算哲が登場するのがご愛嬌。

望んで一生懸命頑張れば手が届く、そういう明るい気持ちの良い物語が「天地明察」であった。しかし、本書はどれだけ望んでも励んでも届かないもの、どれだけ愛しく思っても失せてしまうもの、を正面切って描いた著者入魂の傑作だ。

長さが全く苦にならなかった。次は一体何を描いてくれるのだろうか。この天才は。(今年は僕の怠慢のせいか、時代歴史小説にベストと押したい作品が見当たらなかったのだが、これで一安心だ。

また山風賞は本書と「百年法」の一騎打ちのようだが、やっぱり本書が本命だろう。双方主催者の角川から上梓されているのが、どう影響するか)

 

●6555 転迷 隠蔽捜査4 (ミステリ) 今野 敏 (新潮社) ☆☆☆☆

 

転迷―隠蔽捜査〈4〉

転迷―隠蔽捜査〈4〉

 

 

3疑心があんまりな出来だったので、シリーズを追っかけるをやめてしまったのだが、偶然3、5初陣を見つけて読んだらやっぱり面白くって、本書を予約。したのが今年の一月だったのだが、やっと入手。もったいないけど、あっという間に読んでしまった。

いわゆる典型的なモジュラー型ミステリ。とみせて、最後に、と言う感じで、まあご都合主義のかたまりだが、ここは作者の腕の冴えに酔うしかないだろう。僕は基本的に多作家は信用しないのだが、著者は書きまくることで本当にうまくなった稀有な事例だろう。

たまたま「相棒」を見た後に本書を読んだので、竜崎と杉下右京が重なってしょうがなかったのは、ご愛嬌だが。

 

●6556 等 伯  (歴史小説)  安部龍太郎  (日経新) ☆☆☆☆★

 

等伯 〈上〉

等伯 〈上〉

 

 

 

等伯 〈下〉

等伯 〈下〉

 

 

「血の日本史」でデビューした著者が絵師(長谷川等伯)を描く、ということに違和感があったのだが、申し訳ない。本書もまた「光圀伝」と並ぶ傑作だった。

やはり、時代が良い。著者が何度も既に描き、自家薬籠中の物としている安土桃山時代を背景に、武士ではなく、芸術家の眼から新たな歴史を描ききった。そうは言っても、等伯の言動には、彼の生まれが武士であったことが大きく影響している。そのあたりが太平の江戸時代とは違う魅力なのだ。

まさか、絵師の物語がこんなに波乱万丈とは予想できなかった。そして、その裏に本書の本質として、静子、清子という二人の妻と、夭折した息子との、深くて重くて爽やかな物語があるのだ。素晴らしい。

もうひとつ、今回はWEBのおかげで物語が数倍リアルに楽しめたことを強調したい。その時、その時に等伯が描いた絵が、リアルで観れるのだ。あんまりWEBを評価しない僕も、今回はその能力に感心してしまった。

特に「松林図屏風」の荘厳さには、圧倒されてしまった。ラス前で、秀吉や家康等々の、戦国の世を生き延びた名だたる武将達が、「松林図」の前に呆然となり「わしは今まで何をしてきたのであろうな」と過ぎし日々、亡くした人々に思いを馳せるシーンには、目頭が熱くなった。

まさしくそういう力を持った絵なのである。(そう言えば、宇江佐真理の「夷酋列像」も、蠣崎波響の絵の実物を、WEBで観たことが衝撃だったことを思い出した)

最後に、もうひとつ。これも読み終えて、気になったので(上記のシーンにインスパイアされ)WEBで「長谷川等伯へうげもの」と検索したら見事にヒット。そうか、等伯はあの水玉屏風を描いた絵師だったんだ。

マンガでは本書のテーマの一つでもある、狩野派との対立で干されて織部を頼る、という設定だった。で、急激にへうげもののキャラクター達が脳裏を駆け巡った。ああ、利休と等伯はともに巨体。二人が茶室に入ったら、いかにも窮屈そう。

そう「松林図」はもし利休が絵を描けば、こうなっただろうとういう気がする。等伯はおこるかもしれないが。

 

●6557 希望の獅子 (ミステリ) 本城雅人 (講談社) ☆☆☆☆

 

希望の獅子

希望の獅子

 

 

「野球がテーマ、ミステリでない、悪役がメイン、この3つが揃えば、本城の作品はやはり傑作となる」などと描いてしまったので、激怒?したのか、何と本城の最新作は、スポーツと全く関係ない純粋なミステリ、警察小説の傑作であった。

前言撤回。申し訳ない。舞台は横浜の中華街。30年前失踪した三人の少年の一人が、突然横浜に再び現れ、殺害された。しかも30年前の事件においては、同時に一人の警官も失踪していた。

その三人の少年達の物語と、現在の捜査がカットバックで描かれる。うまい。とても「球界消滅」と同じ作者の物語とは思えないが、良く考えれば著者の本質には、悪徳警官ものが良く似合うのも確か。

問題は過去の何作かで露呈した、ミステリとしての破綻、センスの無さだ。実は、今回も中盤まではうまいけど、ミステリとしては意外性が足りないのではないか、と感じていた。

しかし、終盤の怒涛の展開が、そんな危惧を吹き飛ばす。まるで「不夜城」いや「鎮魂歌」+「砂の器」と思わせておいて・・・そしてラストで物語りは、単なるミステリを越えてしまい、僕は何とティプトリーの「男たちの知らない女」を思い出してしまった。(ティプトリーが女性で描いたものが、本書では中国人にあてはまる)

ちょっと真相の暴かれ方が安易すぎるが、堂々たる傑作だ。本城は本当に化けてしまった。将一を金城武、范国偉を白龍で、映像化希望。

 

●6558 微笑む人 (ミステリ) 貫井徳郎  (実業日) ☆☆☆
 
微笑む人

微笑む人

 

 

本書もWEBで毀誉褒貶が激しいが、怒る人の気持ちも解る。ただし、誰も重要なことを指摘していない。本書の一番の問題点は、「本が増えて置き場所に困ったので、妻と子供を殺した」という殺人犯仁藤の設定が、まるで詠坂の「遠海事件」の犯人佐藤誠とかぶることだ。

しかも、残念ながら読坂の方が数段面白い。仁藤の真の姿を探って、ある作家が多数の関係者を訪ねて回る、という設定は目新しくはないし、貫井自身も「乱反射」で同じようなことを既にやっている。

もちろん、その筆は相変らず達者なのだが、これが「ひとつの到達点」と言われてもねえ。また「意外なラスト」も、勝手なラストというのが正解か。これじゃあ、怒る人も多いだろうなあ。

まあ「柔らかな頬」と同じようなことを狙ったんだろうけど、全然うまくいっていないと思う。この自分勝手さは筒井の「ヤマザキ」を思い起こしてしまった。

 

●6559 OUT OF CONTROL (SF) 冲方 丁 (早川文) ☆☆☆

 

OUT OF CONTROL

OUT OF CONTROL

 

 

SF、ホラー、歴史小説私小説、等々、良く言えば著者の多様性を示す短編集。悪く言えば、全く統一のとれていない落穂ひろい。

正直僕は著者のSFが苦手なのだが、本書に収められた二編のホラーも、あまり感心しなかった。どうも理が勝ちすぎな気がする。というわけで、本書でも一番気に入ったのは「天地明察」の原型である「日本改歴事情」だ。とても同じ作家の作品とは思えない。

 

●6560 幸いは降る星のごとく (小説) 橋本治 (集英社) ☆☆☆★

 

幸いは降る星のごとく

幸いは降る星のごとく

 

 

何と橋本の新作長編は「女芸人ブーム」、お笑いを描いたものであった。このところのシリアス路線とは、あきらかに文体が違う。だらだらと饒舌でありながら、理屈っぽい。著者の長話に相槌打っていたら、訳が解らなくなって、はぐらかされてしまった感じ。

正直、描かれている内容の半分くらいは、うんうん頷きながら、時々鋭い分析にギョッとすることもある。でも、あとの半分は、良く解らない。そもそも「女芸人ブーム」って何なのか。「男女機会均等法」に関しては、ギャグなのか。

で、このいいかげんな終わり方は意識的なのか、開き直りなのか。まあ、だらだらしていても全体は短いので、そんなに腹は立たないが、人には薦められないなあ。

 

 ●6561 花見ぬひまの (時代小説) 諸田玲子 (中央公) ☆☆☆☆

 

花見ぬひまの

花見ぬひまの

 

 

六人の尼が登場する、七つの物語。冒頭の一編が「おもしろきこともなき」であり、最後の作品が「心なりけり」とくると、晋作ファンとしてはぐっときてしまう。

何か最近書きすぎの感じがしていた諸田だが、今回は素晴らしい。「奸婦にあらず」にあった濃密な香りが、本書にも漂っている。

そして、何より「かってまま」と同じく、書きすぎないことが、読者の想像力をかきたてる。それにしても、ここに描かれたおうのは、なんとかわいらしいことだろうか。

そして自然に志に生きる望東尼の一瞬の灼熱の恋。ラストで、あのおうのが望東尼の姿に感動するシーンは、目頭が熱くなる。

「この世には望東尼のような女がいるのだ。身内を亡くし、同士に先立たれ、囚われ貶められてもなお、志のために生きようとする女が」(何かシモーニュ・ヴェイユみたい)これで、今年の歴史時代小説も、満足のいくベスト3が出揃った。

 

●6562 機龍警察 暗黒市場 (ミステリ) 月村了衛 (早川書) ☆☆☆☆★
 
機龍警察 暗黒市場

機龍警察 暗黒市場

 

 

前評判は高かったのだが、これほどとは。これは今年のベストは「ソロモンの偽証」か本書か悩んでしまう。本シリーズは第一作においては、ハードなパトレイバーという感じで、ユニークで達者ではあるが、何分内容がプロローグのように薄く、その評価は判断が難しかった。

しかし、文庫からハードカバーに移った第二作、自爆条項においては、いきなり物語は重厚長大となり、大きな評価を得た。ただし、厳しく言えばまだ欠点も多く粗かった。

例えば、ライザの物語が重く複雑になりすぎ、全体のバランスが悪いこと。国家レベルの陰謀や政府・警察内の抗争がうまく消化できていないこと。(これは、ひょっとしたら意識的かもしれない)そして、何より龍機兵の必然性があまり感じなかったこと。

しかし、何と第三作である本書においては、この3点が全て見事にクリアされ、正に世界標準に達してしまった。その上に本書には、友情とは?(光と影の宿命)警官とは?(痩せ犬の七ヶ条)、親子とは?(骸骨女の刺青)等々テンコ盛りのように新たなテーマが詰まっていて、息苦しいほどだ。

そして、ラストの圧倒的な迫力。本書は良く出来た警察小説であり、冒険小説であり、スパイ小説だ。素晴らしい。イメージとしては「チャイルド44」甲殻機動隊バージョンか。いや、スケールはそれより遥かに大きく、物語は遥かに複雑だが。

元脚本家対決は、先輩が余裕の勝利。まあ、敢えて言えば、太田愛にはまだTVドラマのテーストが残り、月村にはアニメの香りがする。

 

●6563 夏休みの拡大図 (ミステリ) 小島達矢 (双葉社) ☆☆☆

 

夏休みの拡大図

夏休みの拡大図

 

 

くまおり純の表紙のイメージそのままの、ほんわりとしたいわゆる「日常の謎」ミステリ。しかし、これはもう、読むタイミングが悪かった。「機龍警察」の後では、こんなゆるい作品は体が受け付けなかった。

もともと本書を読んでる間に「機龍警察」が届いてそっちを先に読んでしまった。で、やめればいいのに、返却日が近づいたので本書をつい読んでしまったのだ。

まあ、ミステリとしては、初期の米澤なんかよりよっぽどセンスは良いとは思うのだが、何せこのストーリーとキャラクターは、ちょっとついていけなかった。制服の第二ボタンの謎って言われてもねえ。

 

●6564 悪 果  (ミステリ) 黒川博行 (角川書) ☆☆☆★

 

悪果

悪果

 

 

宝島社から「この警察小説がすごい!」というムック本が出て、1位「第三の時効」2位「百舌の叫ぶ夜」というのは、なかなか良いチョイスと思ったのだが、何やら病気で休んでいた横山の、7年ぶりの長編「64」の露払いのような気もしてきた。まあ、直木賞のこともあって、横山には頑張ってほしいんだけれど。

で、ベストを全部書くスペースはないが、殆どが既読。一応これは読まなければ、と思ったのが、6位「夜の終わる時」11位「新宿警察」と同じく11位の本書。黒川と言えば大阪弁悪徳警官のイメージが強く、確か「国境」は読んだと思うのだが、あまり好みではなかった。

本書も正しく大阪弁悪徳警官小説なのだが、悪徳でありながら一応捜査もやっていて、いわば悪徳モジュラー警察小説という感じで、こういうタイプのミステリは珍しい気がした。謎の設定も考えられてはいるのだが、これは少々長くしすぎた。

登場人物にまともな人間が一人もいないので、さすがに途中でゲップが出そうになるのだ。箸休めがないんだよね。まあ、ミステリとしてはこういうタイプもありだろうが、僕の好みから少しずれる。

 

●6565 丸太町ルヴォワール (ミステリ) 円居 挽 (講談文) ☆☆☆

 

丸太町ルヴォワール (講談社文庫)

丸太町ルヴォワール (講談社文庫)

 

 

文庫版の解説を麻耶雄嵩が書いていて(最近僕の麻耶の評価は急上昇中)文字も大きかったので、一抹の不安を抱きながら読み始めた。

失敗した。これは麻耶ではなく、天敵清涼院の仲間であった。そういえば、本書はもともとあの講談社BOXから上梓されたんだ。やはり、読むべきではなかった。

まあ、清涼院に比べれば、キャラや設定以外に、論理やトリックの面白みがないことはないが、それ以前の問題。これを小説と呼んで良いものか?

本書では何回もエラリーや鬼貫が引用される。(マイヤー・マイヤーまで)円居といい、古野といい、クイーンや鮎川が好きな作家が、何でこんな構築美のないミステリを描くのだろうか?

 

●6566 慈悲の報酬 新宿警察Ⅱ (ミズテリ) 藤原審爾 (双葉文) ☆☆☆

 

新宿警察II (双葉文庫)

新宿警察II (双葉文庫)

 

 

さて、続いて「悪果」と同点11位だった「新宿警察」シリーズの第2作で、75年の
作品。藤原審爾と言えば「赤い殺意」だが、個人的には彼を梶山季之らと同じく、ミステリ作家と考えたことなかった。

しかし本書は、題名からつい新宿鮫をイメージしてしてしまうが、これはもう思いっきり87分署シリーズを意識した短編集である。ただし、やはり時代の壁がある。今から比較すると、この時代の中間小説の描写は薄すぎる。

人物もストーリーも、つい何が起きてるのか読み逃してしまうのだ。だから群像劇でありながら、人物像がなかなか立ち上がってこない。さらに、ミステリとしても薄味で、捕物帖を読んでいるようだ。

池上冬樹の力作解説には申し訳ないが、ちょっと現代では傑作としては通用しないように感じる。

 

●6567 夜の終る時 (ミステリ) 結城昌治 (双葉文) ☆☆☆☆

 

夜の終る時 (双葉文庫―日本推理作家協会賞受賞作全集)

夜の終る時 (双葉文庫―日本推理作家協会賞受賞作全集)

 

 

上記の池上冬樹が、エンターテインメントのあらゆるジャンルで傑作を書いた作家として、藤原と比較しているのが実は結城昌治だ。でも、結論から言うと結城の方が断然レベルが高いのではないだろうか。

僕は彼の初期のユーモアミステリをまあまあ楽しみ、「ゴメゴメ」(日本初スパイ小説)が当時は全然解らなく、「白昼堂々」(ピカレスクロマン)そして傑作「暗い落日」(ハードボイルド)でなんとなく満足して、終了してしまっていた。

しかし、本書も傑作だ。またも日本初の悪徳警官モノらしいけど、63年の作品なのに、全く古びていない。著者は版が変わるたび風俗等々を書き直していた、と聴いたことがあるし、実際本書も07年にドラマ化されている。

しかも、前半の集団捜査によって犯人が判明したところで、いきなり犯人の一人称に変わる構成は素晴らしい。(「硝子のハンマー」を思い起こした)ページ数は短くコンパクトなのに、藤原や当時の作家の作品に感じる、描写の薄さは全くない。

これは、結城再評価祭りをやらなくては。しかし本書も双葉文庫。(推理作家協会受賞作全集)光文社だけでなく、双葉社もいい仕事してるなあ。

 

 ●6568 空の拳  (小 説) 角田光代 (日経新) ☆☆☆★

 

空の拳

空の拳

 

 日経連載時から気になっていた作品(挿画も素晴らしかった)は分厚くてちょっとびっくり。題名から解るように、ボクサーがテーマであり、角田がなんで?という感じだったが、実は彼女はもう10年近く(ダイエットのためか)ジムに通っているとのこと。

しかし、期待が高すぎたせいか、一気に読めたのだが(人間ドックの待ち時間で80%くらい読了)微妙な評価。どうも、良く言えばバランスが良く、悪く言えば強みが見えない。

まあ、ボクシングと言えばマンガはともかく、NFや小説では沢木(本書でも似た?人物が登場)の作品か、「ファイティング寿限無」くらいしか思い浮かばないのでえらそうなことは言えないのだが、何かポイントが絞りきれないんだよね。

これは立花の物語なのか、空也の物語なのか。ボクシングジムという特殊な空間を描きたかったんだろうが、空也の住む雑誌編集という空間の方がもっと特殊に感じてしまった。(経歴詐称や有田の悪意に関しても、どうも中途半端)

結局、角田はボクシングというものに、敬意を払いすぎたのかもしれない。