2015年 12月に読んだ本

 ●7356 驚きの英国史 (エッセイ) コリン・ジョイス (NHK) ☆☆☆★

 

驚きの英国史 (NHK出版新書 380)

驚きの英国史 (NHK出版新書 380)

 

 

実は11月末に読んだのに、所感をつけるのを忘れてしまった本。貴志の「エンタテイ
ンメントの作り方」の所感で、トッチラカッテルと感じたのは、実は本書も含まれる。

もともと「ノルマン・コンクエスト」について書かれた歴史書と思って読みだしたのだ
が、それは一部にすぎず、英国の歴史に関する薀蓄が、脈絡もなく続く。

目当ての「ノルマン・コンクエスト」に関しては、英国人の強烈かつ複雑な意識が、予想以上に解る素晴らしい内容だったけれど、その他は「フォークランド紛争」や「英語問題」以外はちょっとマニアック?(英国人には常識だろうが)で、楽しめなかった。まあ、こっちの知識不足なのだが。

 

●7357 ラオスにいったい何があるというんですか? (エッセイ) 村上春樹 (文春社) ☆☆☆☆

 

 

村上春樹の紀行文と言えば「遠い太鼓」、海外生活のエッセイは「やがて哀しき外国語」オリンピック観戦記「シドニー」、そしてモルトウィスキーの旅「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」等々が思い浮かぶが、それらの続編とも言えるのが本書であり、テーマは再訪とも言える。

というわけで、村上春樹の紀行文集としてはひさびさだったが、今回も堪能した。JALのファーストクラスの機内誌掲載作品がほとんど、というスノッブさ?が反発を呼ぶのか、ネットでは否定意見も多いが、いまどきこれほど素晴らしい文体の紀行文は、そうお目にかかれない。

またボストンやポートランドなどは、僕も行ったことがあり、結構思い入れがあって追想に耽ってしまった(ポートランドで食べたロブスターと、初めて飲んだサミュエルアダムスは今も忘れられない。確か港に係留した帆船がレストランだった)題名が何なのかは、本文で確認ください。

 

 ●7358 悲しみのイレーヌ(ミステリ)ピエール・ルメートル(文春文)☆☆☆☆★

 

悲しみのイレーヌ (文春文庫 ル 6-3)

悲しみのイレーヌ (文春文庫 ル 6-3)

 

 

週刊文春の年間ベストを、昨年の「その女アレックス」に続いて、本書が連覇した。ち
ょうどそのタイミングで入手したので、早速読んだのだが、間違いなく傑作(個人的に
は、「アレックス」より本書が上)なのに、色んな理由で素直に褒められない、評価が
難しい作品だ。

まずは、良いというか素晴らしい点から。犯人の設定と動機、そしてそれを活用した大胆なプロットトリックには、恐れ入った。「アレックス」のプロットトリックには、あざとさを感じたが、本書のトリックには戦慄を覚えた。そして、そこに通奏低音として流れる、ミステリへの愛、リスペクトも好ましい。

また、「アレックス」でも活躍する、身長145センチの警部カミーユを中心とした、捜査チームやカミーユの家族、等々の人物造形も素晴らしく、マルティンベックを想起していたら、とんでもないところで「ロゼアンナ」が出てきて、驚いてしまった。

そして、今度は悪い方。正直「アレックス」と同じく、本書もあまりにも残虐シーンが多い。そして、本書はアレックス以上にバッドエンディングで、後味が悪い。まあ、これは好みの問題もあるのでこれ以上は言わないでおこう。

問題は次の2点であり、実はこれは著者のせいではなく文春社のせい、というか大きなミスなのである。

まずは、多くの人々が指摘しているが、題名がいけない。本来の題名は「丁寧な仕事」であり、この題名は日本サイドがたぶん「アレックス」に合せてつけたものだが、イレーヌが誰かが解ると(それはすぐ解る)よほど鈍感な読者でないかぎり、結末の悲劇は予想できてしまう。何でこんなバカな題名にしたのか、理解に苦しむ。

そして、もうひとつは刊行順だ。実は本書こそが、著者の処女作にして、カミーユ三部作の第一作であり、「アレックス」は第二作なのだ。たまたま僕はすっかり忘れていたが、そういえば「アレックス」の冒頭で、これまた本書の結末が描かれていたのだ。(読了後に思いだした・・・)これはもう、「アレックス」と本書を続けて(刊行の逆に)読んだ人は、地獄である。

もちろん、この2つは著者とは関係ないので、やはり評価は高くすることにした。ただ、本書のバッドエンディングより、今のところクックの「サンドリーヌ裁判」のハッピーエンドを、今年のベストとしたい。

(しかし、著者のもう一作「天国でまた会おう」は、冒頭の戦闘シーンだけで挫折したが、同じ作者の作品とは思えなかった)

 

 ●7359 墓標なき街 (ミステリ) 逢坂 剛 (集英社) ☆☆☆

 

墓標なき街

墓標なき街

 

 

百舌シリーズ第七作。たぶん全部読んでると思うのだが、本書には過去の作品がうまく
要約されていて、思いだす役には立った。また、TVを一応見たので、美希は真木よう
子、大杉は香川照之に脳内自動変換された。このキャスティングは、良く出来ていると
思う。

ただ、アマゾンでは結構高い評価だが、本書はダメ、期待外れである。いまどきこんな大時代的なトリック(江戸川乱歩京極夏彦)ありえないし、(少し捻ってはいたが)真相はほぼ見当がついてしまう。

大沢にしても、逢坂にしても、最近の作品は本当に荒っぽいというか、雑である。こんな政治家や黒幕もいないし、警察官もこんな無茶な捜査をやるわけがない。公安警察といいながら、内容は怪人二十面相の世界で、嫌になってしまう。

もちろん、ベテランはそれでも読ませてしまう文章の力はあるのが、もはや精緻なミステリを書くことは不可能なのだろうか。逢坂の大傑作は、個人的には98年の「燃える地の果てに」まで遡らなければならない。 

  

●7360 さよならの手口 (ミステリ) 若竹七海 (文春文) ☆☆☆☆★

 

さよならの手口 (文春文庫)

さよならの手口 (文春文庫)

 

 

葉村晶シリーズ13年目の新作長編ということだが、協会賞をとった「暗い越境」(葉
村シリーズ2編収録)が、イマイチだったうえに、13年前の「悪いうさぎ」も印象が
良くなくて、文庫書下ろしの本書を完全に見逃していたのだが、これは傑作だった。申
し訳ない。

最近はコージーの印象が濃かった著者の、面目を一新する凝りに凝ったミステリだ。文庫だと、本当にお得な感じ。失踪した娘の捜索、というハードボイルド王道の展開が、あれよあれよと、とんでもない方向に転がって、結局4つの殺人事件が絡んでくる、という怒涛のアクロバット展開。

怪我に次ぐ怪我、骨折に次ぐ骨折、に襲われる探偵葉村の不死身の根性には、恐れ入る。(これ、ギャグです)

というわけで、本書は何とあの「SRの会」のベスト1、を獲ったみたいだけれど、正直言うと華が無かったり、論理が美しくなかったり、もするのだが、今回はこの評価としてみた。過去に一度若竹祭りをやって、十冊弱で飽きてしまったのだが、もう一度再開しようという気にはさせられた。(このミスでも、何と四位でした!)

 

 ●7361 海の翼  (歴史小説)  秋月達郎  (PH文) ☆☆☆☆★

 

海の翼 (PHP文芸文庫)

海の翼 (PHP文芸文庫)

 

 

副題:トルコ軍艦エトゥールル号救難秘話。現在公開されている映画「海難1890」
の原作ではないが、あのエトゥールル号事件と、100年後の恩返しの物語。本来なら
NFとすべきかもしれないが、一番面白いのが明治時代のパーツということで、歴史小
説とした。(今年は、歴史小説のベストが作れない渇水状態)

エトゥールル号事件の舞台は、わが故郷紀南の串本=大島町であることは、もちろん知っていたが、単に難破船を漁師が救っただけだと思っていた。

エトゥールル号がこんな重要な船であり、その後天皇の名を受け、二隻の戦艦がトルコにまで行き(しかも、そこにはあの秋山真之が絡み)、トルコの近代化に二人の日本人が絡み、そして、そして、サダムフセインの攻撃から逃げ出す日本人たちのため(日本政府は見捨てたのに)トルコ人たちが、自分たちのための飛行機を当たり前のように譲り、自分たちは自動車で危険な陸路を選択する。

ああ、知らなかった。ひょっとしたら、脚色はあるのかもしれない。しかし、ここはこのトルコの選択を、経済的観点と揶揄した朝日新聞(そして、それはトルコ大使から厳重な抗議を受ける)の愚は犯すまい。

正直、冒頭のシーンから涙が流れた。あまりにも内容が衝撃的で、正直秋月という初めて読む作家の実力は、涙で良く解らない。しかし串本の漁師たちは間違いなく存在したのであり、トルコの恩返しもまた間違いない事実である。

現在のトルコは、残念ながらロシアと対立するもうひとつの独裁国家のイメージが強いが、この本や映画によって、僕のような無知(恩知らず)な日本人が、少しでも減ることを願う。

 

 ●7362 人魚の眠る家 (ミステリ) 東野圭吾 (幻冬舎) ☆☆☆

 

人魚の眠る家

人魚の眠る家

 

 

年間ベストにちっとも絡まないなあ、と思っていたら、それは刊行日(11月)の関係
だったが、正直内容もまた、とてもベストには届かないものであった。(それを見越し
て、敢えて10月には上梓しなかった、というのはうがちすぎか)

人魚=脳死状態の少女のことであり、ここに最新の医学が絡むが、いかにもフランケンシュタイン的で、それを母性の暴走と描きたかったのだろうが、ミステリとしてはちっとも面白くない。

プロローグとエピローグに、気の利いた仕掛けが用意されているが、それだけでは評価できないなあ。東野圭吾も「新参者」以降、これといった傑作がない。難しいところまで来てしまったのかなあ。

 

 ●7363 聖 母 (ミステリ) 秋吉理香子 (双葉社) ☆☆☆★

 

暗黒女子

暗黒女子

 

 

前作「放課後に死者は戻る」とほぼ同じ感想を持った。とにかく、ひっくり返そうとい
う、著者の異常なまでの執念?には敬服する。しかも、そのドロドロの内容とはかけ離
れた、ラノベ的な読みやすい文章も、ここは評価したい。

しかし、読み終えて、やはりこれはやりすぎに思えてきた。本書には、叙述・プロットトリックが二つ仕掛けてある。そのひとつは、これはもう主人公の名前を見ただけで、予想がつくのだが、ふたつめは驚いた。「ユリゴコロ」と同じくらいの、衝撃があった。

しかし、良く良く考えると、このトリックは、破綻しているし、二人の刑事をこれだけ有能に描きながら、この結末はありえない。(これでは、警察が無能すぎる)

というわけで、リアリティーを重視すると、これはやはり評価できない、と今回は勝手に判断してしまった。

まあ、次の作品も読んでみてから、今後のつきあいを決めることにする。オリジナリティーと読みやすい文体は間違いないのだが、トリックのためのトリック、というのはやはりきつい。せめて刑事のパーツを無くせばよかったのだが。

 

●7364 ハヤカワ文庫SF総解説2000 (企画) (早川書) ☆☆☆☆

 

ハヤカワ文庫SF総解説2000

ハヤカワ文庫SF総解説2000

 

 

「サンリオ」のヒットにあやかったのか、今度はハヤカワ文庫です。ただ、この企画ず
っとSFマガジンで連載していて、それを読んでいたので、正直プラスオンがほとんど
ないので、そういう意味では物足りない。

値段の関係もあったのかもしれないが、もっと覆面?座談会的なものも、読みたかった。サンリオは、そこが充実してたんだよね。

まあ、こういう企画は僕らの世代は78年なぜか自由国民社なる出版社から上梓された「世界のSF文学・総解説」に止めを刺す。そこで紹介されたSFを、次々読んでいく本当に幸せな時期があった。(当時の僕の御三家は、ゼラズニイ、シルヴァーバーグ、エリスン、だった)

それに比べると、もはやワクワク感は雲泥の差なのだが、それでもこの全作品の表紙一覧の迫力には、驚かされた。まあ、これまたサンリオの真似なのだが、何せ量が違う。

また、解説の中で表紙絵の作者が明記されているのもうれしい。ゼラズニイ角田純男、シルヴァーバーグは中原脩というのが定番だった。

加藤直之や鶴田一郎、本当に当時のハヤカワ文庫の表紙はかっこよかった。あ、ヴォネガット和田誠も忘れちゃいけない。というわけで、結局あたりさわりのない、この評価とさせてもらった。

 

●7365 ありふれた祈り(ミステリ)ウィリアム・ケント・クルーガー(HPM)☆☆☆☆

 

ありふれた祈り (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

ありふれた祈り (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 

 

正直、ジェファーソン・パーカーの「サイレント・ジョー」やランズデールの「ボトムス」のような、米国大田舎少年ビルディングロマンス、には食傷気味。あのジョン・ハートですら、最近の作品は正にそれで面白くない。

しかし本書は、各種年末ベストでかなり高い評価を受けており、気乗りせずに読みだしたのだが、結論から言うと傑作だった。

確かにこの本も米国の田舎(ただし、ミネソタだからかなり北で、普通なら黒人が演じる部分は、インディアンとなる)が舞台の少年の物語だが、ここにはクックの抒情性があり、派手な部分はほとんどないが、しっとりとした良い小説に仕上がっている。

ミステリとしては複雑な謎ではないのだが、ある少年が●●であることが、わかったとたん、すべてのネガとポジが入れ替わる、という構成も良く出来ている。

そして、意識的かもしれないが、本書のプロットは映画「スタンドバイミー」と相似であり、プロローグとエピローグが見事にリンクし、物語はふたを閉じる。本書は傑作である。

 

 ●7365 間違いだらけのビジネス戦略 (ビジネス) 山田修 (プレス)☆☆☆

 

間違いだらけのビジネス戦略

間違いだらけのビジネス戦略

 

 

読みだしてすぐ気づいたのだが、この人ブログで本書のようなコラムを連載しており、それを抜粋してまとめた、ある意味安易な本。

僕は著者のコラムを大塚家具の騒動の時、かなり読んでいたのだが、結局著者は父親が勝つ、と断言しながら、娘が勝った後は、平気で父親の戦略ミスと書いていて、ちょっとなあ、と思ったことを思いだしたら、何と本書は臆面もなくその記事が3本並んでいて、価値観の違いに唖然となった。

著者はコンサルらしいが、僕なら頼まない。「マックもひどいがモスはもっとひどい」だとかなかなか面白い着眼点もあるのだが、いかんせんこの分量では、新聞やビジネス書で仕入れたネタを自分流に解釈したのすぎず、まあネットのコラムで読む分には腹も立たないが、こうやって一冊の本として読むと、その底の浅さは隠せない。

特にP&Gと花王や、イオンとセブン、等々われわれの得意分野の記事は、その浅さに愕然としてしまう出来。

 

 ●7366 会計士は見た! (ビジネス) 前川修満 (文春社) ☆☆☆☆
 
会計士は見た!

会計士は見た!

 

 

これまたビジネスゴシップ帳、とでも言いたくなる装丁だが、会計士というところがミソで、結構面白く読んでしまった。

ただ、最初は会計の勉強=教科書に使えるかな?と思って読みだしたのだが、特殊な事例が多くてちょっと無理みたい。本書でもまた大塚家具の事件が大きくとりあげられるが、内容は変わらないが、決算書から具体的な数値を持ってくると、確かに説得力は高い。これは、使えるかも。

あとゴーンがリストラをしながら、残った従業員の給料は絶対に下げなかった(むしろ上がった)という話も、はっとさせられたし、コジマ(これも前著で取り上げられている)との比較が痛々しい。

そして、本書の白眉はソニーの決算分析で、ここで描かれる金融会社したソニーの姿に愕然としてしまう。これは偶然の結果なのか、意識的にやっているのか、は良く解らないのだが。

 

 ●7367 天下人の茶 (歴史小説) 伊東 潤 (文春社) ☆☆☆☆
 
天下人の茶 (文春e-book)

天下人の茶 (文春e-book)

 

 

昨年は著者の時代が到来したと言える充実ぶりだった上に、「天地雷動」というキャリアハイの傑作もものにした。(なぜか、評価が盛り上がらないが、僕は傑作だと思う)

しかし、今年はやや書き過ぎで、薄味になってきたと感じていたのだが、本書は初期の連作形式に戻して、複雑な時制でありながら、一気に読ませる。

いつものように、牧村兵部や瀬田掃部のような、マイナーな実在人物をうまく使いながら、利休ー織部ー遠州、という侘び、の歴史の転換を見事に描いている。

ちょっと利休の思想がぶれている気がするし、あまりにも論理が前に出てきている気もするし、ラストの着地もうまく決まらなかった。

しかし、やはり本書は傑作であり、伊東流のもうひとつの本能寺の解決がここにはある。そして、それはどうしても、「へうげもの」と重なってしまうのだ。まさに、茶の湯陰謀録とでもいうべき、黒くて美しい物語だ。(信長の大陸進出の新解釈も、なかなか説得力があって面白かった)

 

●7368 ヘブンメイカー スタープレイヤーⅡ(SF)恒川光太郎(角川書)☆☆☆☆★

 

 

前作「スタープレイヤー」は、変な小説ではあったが、ルールに縛られたゲーム小説であり、論理が前面に出てきて、恒川らしくない作品だった。

まあ、それでも面白かったのだが、本書は同じ設定を使いながらも、スタープレイヤーの世界(サージイッキクロニクル)と「ヘブン」という死者の世界を平行に描き、亀人間のような恒川らしい?えぐい描写も相まって、前作以上に一気に読ませるリーダビリティーは抜群である。

ただ、途中で二つの物語がどう繋がるかは見えてくる。ええー、こんな解り易くていいの?と思ったのだが、さすが恒川、それは見事なレッドヘリング、罠であった。見事に引っかかってしまった。そうか、こうきたのか。「アナザー」的に素晴らしい。おそれいりました。

そして、冒頭の文章までが、見事なプロットトリックとなるのは、今年評判となったあの海外ミステリと同じではないか。もう一度言う。素晴らしい。

また、後半ある人物が登場したり、ラストになんとあの人が現れたり、前作に既に伏線を張っているのもまた素晴らしい。正直、まさか続編があると思わなかったのだが、この調子ならあと数作は書けるんじゃないだろうか?

「アナザー」の方は続編は期待外れだったが、本書は前作を上回る、今のところ今年のSFのベストと言っていい傑作だ。(天冥の標の最新刊が、ギリギリ12月に出たのだが、買おうか図書館を待とうか、悩んでいる)

 

 ●7369 鄧小平 (歴史) エズラ・ヴォーゲル 橋爪大三郎 (講現新)☆☆☆☆

 

トウ小平 (講談社現代新書)

トウ小平 (講談社現代新書)

 

 

あの「ジャパンアズナンバーワン」のヴォーゲルが、10年の年月をかけて1200ページ上下巻の大作「現代中国の父・鄧小平」を上梓し、中国で60万部のベストセラーになっていたなんて、全然知らなかった。

で、鄧小平こそ20世紀後半で一番重要な人物(なのにあまり研究されていない)として、しかも1200ページの大作は素人には重すぎるとして、あの橋爪がヴォーゲルとの対談本=大作のダイジェストを作ってくれた。これはもうGJと言うしかない。

しかし、残念ながら文化大革命までの共産党内での権力闘争の話は、専門家ではない僕には正直面白くなかった。で、鄧小平が権力を握ってからの変革の物語は、当然面白いのだが、ヴォーゲルは予想以上に冷静かつ客観的に描いていて、鄧小平を過大評価しない。

例えば、経済特区のようなやり方は、巨大な中国では昔からよくあったパターンとしたり、深浅が成功したのは、すぐそばに香港があったからであり、これは偶然にすぎない、とするのだ。

読みながら感ずるのは、冒頭のようなダイジェストというコンセプトを越えて、橋爪が攻め込んでいくところだ。これはもうインタビューなどというものではなく、ほとんど対等に語っている。

そして「現代中国」では、描けなかったヴォーゲルの本音をかなり引き出すことに成功している。初めから、意図はそこにあったのかもしれないが。それでも感じるのは、ヴォーゲルの学者としての矜持である。

証拠がないことは、絶対に書かない。ポピュリズムの対極のアカデミズムの厳しさ、というものをひさびさに感じさせてくれた。

そして、たぶんヴォーゲルは、天安門を必要悪として、認めているし、一般の日本人にとっては嫌なイメージしかない、江沢民の政治を評価する。このあたりを、われわれももう一度冷静になって、客観的に見直さなければならないとつくづく感じた。

(でも、1200ページを読んでみようとは思わなかったけれど)しかし、経済特区ではなく政治特区という考え方は魅力的だ。

 

 ●7370 吉田茂 ポピュリズムに背を向けて(NF)北康利(講談社)☆☆☆☆

 

吉田茂 ポピュリズムに背を向けて

吉田茂 ポピュリズムに背を向けて

 

 

「最強の二人」が面白かったので、早速著者の本を借りてきた。まずは、今まできちんと読んでこなかった吉田茂だ。で、まあこれは白洲次郎つながり、ということもあるんだけれど、面白く読むことができた。

いや、吉田の偉大さを具体的に感じ(面倒くささも感じるが)彼なくば今の日本はどうなっていたかと、つくづく思う。そして、吉田や白洲、そして西郷、岸らを描いてきた著者のテーマが少し見えてきた。

著者には沢木や佐野のような、派手なけれんはないが、吉村や後藤ほどストイックに地味でもなく、緻密な取材に基づいて、素晴らしい素材をそのまま出してくれる名シェフといったところだろうか。

著者のあとがきがいい。「吉田茂は民主主義など衆愚政治だと最初から見切っていた。彼は自由主義者ではあったが、民主主義者ではなかった。」多数決が正しい、という論理では、サンフランシスコ講和条約は締結できなかっただろう。

晩年、吉田の秘書が我が国の課題について尋ねた時の言葉が素晴らしい。「相手国の立場を考えての貿易の伸張、国際社会での信用を失わないための役割分担などが、我が国の今後の課題ですね」「他人をうまく助けることができなければ、人間一人前とはいえません」「外交的センスのない国は滅びる」いったい、彼の視線はどこまで見通していたのだろうか。

 

 ●7371 福沢諭吉 国を支えて国を頼らず (NF) 北康利 (講談社)☆☆☆★
 
福沢諭吉 国を支えて国を頼らず

福沢諭吉 国を支えて国を頼らず

 

 

続いて、吉田と同じく今まできちんとした評伝を読んだことのない福沢諭吉。著者が言うように、僕の知識も「学問のすすめ」と慶応義塾、まああとは咸臨丸くらいしか具体的なイメージはない。

しかも、どうしても引っかかるのが、あの勝との喧嘩?であり、勝びいきの僕としては、どうにも納得できない。まあ、本書でもこの部分は、やはり勝の勝ちに感じてしまう。

そうは言っても、本書の冒頭の適塾での緒方洪庵との師弟関係あたりは、「花神」裏バージョンという感じで読ませるし、白洲の次に福沢を選んだというのも、副題から解るように著者のテーマは一貫している。

そして、これは西郷や吉田とも、きちんとつながる。ただし、今回はやはり物語として、福沢のストーリーが(大河ドラマの新島と同じく)僕にはカタルシスがないのだ。好みの問題というしかないが、後半はやや退屈であり、そういう場合の著者の文体は、それだけで読ませるほどの力はないのだ。勝手な言いぐさかもしれないが。

 

●7372 死と砂時計 (ミステリ) 鳥飼否宇 (東京創) ☆☆☆★

 

死と砂時計 (創元クライム・クラブ)
 

 

器用貧乏と言うか、書き過ぎと言うか、才能を浪費しているイメージの強い著者だが本書は珍しくあちこちの年末ベストで健闘している。内容は、たぶん法月の「死刑囚パズル」にインスパイアされたんだと思うが(明日、死刑になる死刑囚が殺される)その解決は法月の1/5くらいの出来。

その他の作品もパズラーとしての努力は解るのだが、如何せん終末監獄という基本アイディアに全くリアリティーがなく、それがラストの茶番劇に繋がってしまう。残念ながらセンスがなさすぎるのだ。主人公の父親の正体も見え見えだし。

 

 ●7373 福岡ハカセの本棚 (書評) 福岡伸一 (メディ) ☆☆☆☆

 

福岡ハカセの本棚 (メディアファクトリー新書)
 

 

僕が著者と出あったのは、「マリス博士の奇想天外な人生」の翻訳者としてであった。普通、翻訳者なんて記憶に残らないのに、ほぼ竹内薫の独占状態だった科学本の翻訳に、こんな文章のうまい(最初は文系の人だと思っていた)訳者がいたのか、と驚いたせいだった。

その後「生物と無生物」や「動的平衡」を読んで、感心したのだけれど、最近は同じネタの使い回しが多く、少し距離を置いていた。で、本書こそそんな著者に求めたい本だった。

ただ、内容は最初は一冊一冊の深堀りが足りなくて、正直物足りなかったのだが、後半になってSFや進化論になると、俄然チョイスが僕好みになるのだが、著者は僕と同年齢だから当然なのかもしれない。

ブルーノ・エルンストの「エッシャーの宇宙」、キム・ステルレルニー「ドーキンスVSグールド」、サイモン・シンフェルマーの最終定理」「暗号解読」、岩崎書店!「宇宙人デカ」!「27世紀の発明王」!!「アンドロメダ病原体」「ジュラシック・パーク」、で、同い年だから当然村上春樹も出てくるのだが、ベスト3が「羊」「世界の終り」は解るが、もう一冊が「国境の南」だとは。読み直してみようか。

何もかもが懐かしいが最後に一言。エピジェネティクスというのは、池田の構造主義進化論と同じではないか。獲得形質は遺伝する?リチャード・C・フランシスの「エピジェネティクス・操られる遺伝子」を読まなければ。 

 

●7374 帝国の女 (フィクション) 宮木あや子 (光文社) ☆☆☆★
 
帝国の女

帝国の女

 

 

著者のデビュー作「花宵道中」を読んだとき、何と素晴らしい文章を書く作家なんだろうと驚いた。しかし、その後はやや中途半端な作品が続き、時代小説から離れてしまったこともあり興味がなくなった。

基本的に、恋愛小説やお仕事小説には興味がないのだ。リアルだと身につまされるし、そうじゃないと白けてしまう。で、北上おやじ絶賛(だった気がする)の本書も、正に恋愛・お仕事小説なのだが、たまたま年末最後の図書館で、美本を見つけて手に取った。

さすがに、文章はうまくて一気に読めた。帝国って何だろう?と思っていたが、何のことはない、テレビ局(デモに襲われたとあるからあの局?)が舞台の、5人のキャリアウーマン?(死語?)の物語。

というわけで、まったく知らない世界だけれど、いかにもありそうな連作短編集。ただ個人的には、一番魅力的な片倉一葉という謎の女性の過去が、やりすぎ。これは、ちょっとありえない。

その他の、枕営業やさまざまな嫌な話も、有り得るのかもしれないが、敢えて読みたいとは思わない。小泉今日子の「最後から二番目の恋」あたりを気楽に観てる方が、よほど健康に良い。

 

 ●7375 天冥の標Ⅸ ヒトであるヒトとないヒト1(SF)小川一水(早川文)☆☆☆☆

 

 

全10巻のついに9巻だが、前篇ということで、迷ったんだけれど、このままだと今年は「天冥」を読まない年になってしまうので、ついに購入して読みだした。

正直、今回は一年近く待たされたので、完全にストーリーを把握したつもりだったのに、結構忘れている部分も多くて(さらに、このシリーズで嫌な二点、変な名古屋弁とラバーズの存在)最初なかなか読み進めなかった。これは、最近では珍しい。

しかし、途中で、あの変な二人組の正体が解り驚き、後半は怒涛の展開となる。そして、そして今回のラスト、断章六!!おいおい、どこまで風呂敷を広げるんだ?せっかく回収し始めた伏線の数々をはるかに超える、驚愕!?の展開。

本当に10巻で終るのか?最後は「イシャーの武器店」や「タウ・ゼロ」のような超バカSFにならずに(いや、それも面白いか?)きちんとすべてを解決してくださいよ。本当に。

 

●7376 死んでたまるか (歴史小説) 伊東 潤 (新潮社) ☆☆☆★

 

死んでたまるか

死んでたまるか

 

 

戊辰・函館戦争とくれば、普通は土方か榎本が主人公なのだが、何と本書は大鳥圭介である。伊東も苦労しているなあ、という感じ。まあ、歴史小説での新味というのは、ひょっとしたら本格ミステリ並みに難しいのかもしれない。

常識的に考えて、大鳥はこの戦争で負け続けるので、土方の引き立て役がお似合いなのだが、伊東はその負け続ける姿に焦点をあてているのだ。

しかし、これはやっぱり無理。負け続ける戦いには残念ながらカタルシスはない。また、前半は戊辰戦争と過去(適塾での福澤との主席争いは面白いのだが)が頻繁にカットバックで入れ替わり、正直かなり読みにくい。

で、本書でも大鳥は、小さいぶ男で、感情が激しく、戦が下手、と正しく土方の正反対の男として描かれ、結局は後半は土方にいいところを持って行かれてしまう。

そして、すべての黒幕は結局勝だった、といういつものオチ。というわけで、勉強家の伊東が使い古された題材を、色々工夫して頑張っているのは解るが、傑作とは言い難い出来。もう少し落ち着いてほしい。

 

●7364 雀 蜂 (ミステリ) 貴志祐介 (角ホ文) ☆☆☆
 
雀蜂 (角川ホラー文庫)

雀蜂 (角川ホラー文庫)

 

 

貴志の角川(ホラー文庫)に対する感謝の気持ちが現れた?文庫書下ろし。いや、決して皮肉ではなく(角川の編集者の薦めに従って「黒い家」を書いたから、今の貴志があるのだし)東野が文芸之日本社文庫で文庫を書き下ろしたのと同じ状況だと思う。

そして、残念ながら内容の方も東野と同じであり、明らかにハードカバーとは最初から目指すレベルが違っている。

最初は雀蜂を使った単純なホラーなのか、と思っていたが、ラストで物語はトンデモ展開となる。どうやら、文庫のオビではそのどんでん返しが売りだったようなのだが、正直これはダメ。

こういうのは小林泰三か、一昔前の折原一にでもまかせておくべき。貴志には似合わない。前から使う勇気のなかったイッパツアイディアを何とか使ってみました、という貴志らしくない雑な作品。文中で作家が引用する架空の作品たちの薀蓄は、結構面白いのだが。

 

●7365 北条早雲 悪人覚醒編 (歴史小説) 富樫倫太郎 (中公論) ☆☆☆☆

 

北条早雲 - 悪人覚醒篇

北条早雲 - 悪人覚醒篇

 

 

シリーズ第二作。同じ早雲を一冊で描いた伊東の「黎明に起つ」は、詰め込み過ぎで複雑な時代背景と相まって、非常に解りにくい作品になってしまった。特に室町時代の京都と関東の争いは、予備知識が足りなくて、苦労した。

で、本書はシリーズ化することで、その弊害をなんとか逃れている。正直、それでも解りにくいのだが、堀越公方古河公方の関係あたりも、やっと解ってきた。しかし、その一方では物足りなさも感じる。

早雲や脇役たちの人物造形が、幼いのだ。悪人と言いながら、これでは良い人すぎる「軍配者」の頃は、逆にそのあたりが新鮮だったのだが、そろそろここから脱皮しないと、難しいところに来てしまった気がする。まあ、読んでる間は問題ないのだが、どうもあちこちで、描写やストーリーに既視感を感じてしまうのだ。


 2015年は、以上217冊でした。もう少し読みたかったのだけれど・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2015年 11月に読んだ本

 ●7337 赤い博物館 (ミステリ) 大山誠一郎 (文春社) ☆☆☆☆★

 

赤い博物館 (文春e-book)

赤い博物館 (文春e-book)

 

 

あの傑作「密室募集家」には少し及ばないが、いまどき貴重な本格パズラー集。ヤッフェの「ママは何でも知っている」から綿々と続く?女安楽椅子探偵+ワトソン(いやアーチー・グッドウィンか)の物語に、ケイゾクのミショー・テイストを加えた、と言っても伝わらないか。

既に解決済の事件や時効事件の資料を保管する犯罪資料館=通称赤い博物館の館長=コミュ障で出世から外れた美貌の元キャリアと、ミスで捜査一課から左遷された刑事のコンビが、時効事件を再調査していく物語。

第一話「パンの身代金」は、どんでん返しは凄いが、ちょっと反則気味。さらに動機が弱い。トリックのためのトリック臭い。「復讐日記」は、パズラーとしてはベスト。ちょっと無理がないこともないが、このトリックは素晴らしいし、日記からの推理も良く出来ている。

「死が共犯者を別つまで」も、交換殺人を最初にバラしておきながら、さらに意表をついてくる。(冒頭の殺人シーンはちょっとあざといが)「炎」も良く出来ていて、特にラストの娘が助かった真の理由のダークさは、うなされるほど怖い。

そして、ラストの「死に至る問い」は、今までの作品全体に感じる動機の弱さを、たぶん作者も意識した上で、書下ろしの本作は、とんでもない動機をテーマに持ってきた。無茶だけれど、何か作者の意地が感じられて、微笑ましい。

というわけで、五篇の中では「復讐日記」と「炎」が傑作だと思うが、無茶な部分はあっても、全ての作品でネガとポジをひっくり返そうとする、作者の稚気に乾杯。マンネリに陥りそうな展開を、様々な手で避けているのも素晴らしい。続編に期待。

 

●7338 希望のかたわれ (ミステリ)メヒティルト・ボルマン(河出新)☆☆☆☆

 

希望のかたわれ

希望のかたわれ

 

 

昨年度の欧州ミステリの大躍進の中、著者の「沈黙を破る者」の評価がイマイチに感じたのだが、今回はどうだろうか。本書は実はフクシマがきっかけに生まれた、ドイツ人作家によるチェルノブイリの物語である。

本書では、3つのストーリーが交互に語られる。チェルノブイリのそばの「ゾーン」で一人で暮らすヴァレンティナは、ドイツで行方不明になった娘のカテリーナのために、自らの過去の手記をしたためる。(その回想録も含めると、四つのストーリーとも言える)

次が、突然売春組織から逃れてきたターニャという少女を匿い、徐々に安寧な日常生活から逸脱していく農夫のレスマンの物語。最後に、ロシアから大量に失踪した少女たちを追って、ドイツに向かうキエフ警察のレオニード警部の物語。

最初は、この3つの物語がどうつながるのか、良く解らないのだが、たぶん中心となるヴァレンティナの手記が、チェルノブイリの真実を語っていて、痛くてたまらない。ただ、中盤をすぎると、ようやく3つのストーリーがどう絡むのかが、見えてくる。

それは、血の絆であり、ウクライナの哀しい歴史であり、現在の東ヨーロッパの厳しい現状である。

北欧ミステリにおいては、人身売買が描かれることが非常に多い。そして、本書でも、その舞台は地政学的にも経済的にも、著者の故郷ドイツとなる。

そのドイツに今、今度は中東から難民が押し寄せる。ミステリとしての衝撃はそれほどではないが、欧州の現状(と、もちろん我が国)を考えさせる、深くて重い作品である。

 

 ●7339 星読島に星は流れた (ミステリ) 久住四季 (創元社) ☆☆☆☆

 

 

著者はラノベ界?では有名なパズラー作家らしいけど、確かに本書はミステリ・センスの光る傑作であり、ぜひラノベから足を洗ってほしいと感じた。

基本的には「そして誰もいなくなった」=嵐の孤島ミステリなのだが、日本人が主人公でありながら、舞台をマサチューセッツに持ってきて、主人公の暗い過去を、アメリカンギャグ(おばあちゃん)で吹き飛ばす導入部から、一気に引き込まれた。

正直、真犯人は見え見えなのだが、そこにいたる論理の冴えや、何よりも本書の構造をなす、ある構図が素晴らしい。基本的には、乱歩の言うプ○○○○○○ーの殺人なのだが、良く考えればあまり実例がなく、長編ミステリで、ここまでメインに使った作品を他に思いだせない。

そして、たぶん著者は、ゴールドマンの「暗黒星ネメシス」を読んだのではないか?今やほとんど否定されてしまったが恐竜絶滅の原因となった隕石の原因を、宇宙のある構造に求めた「ネメシス」と、本書の犯罪の構造は、僕には相似形に見える。そして、それは妖しくも美しい。

ただ、ネットの感想で多くが、ラノベ作家だけあってキャラが立っている、というのには閉口する。ラノベのキャラ立ちは、アニメの世界で、大人にはちょっとつらい。

本書も、博士を始めとした女性のワンパターンの人物造形には、正直いらっとした。(個人的に最悪なのは「図書館戦争」)そうは言っても、本書はやはり筋のいいパズラーであり、次作に期待したい。

 

●7340 猟犬 (ミステリ) ヨルン・リーエル・ホルスト (HPM) ☆☆☆☆

 

猟犬 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

猟犬 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 

 

あの「ミレニアム」で始まった北欧ミステリ・ブームも、ノルウェー産の本書で、個人的には、スウェーデンフィンランドデンマークアイスランド、と完全制覇?

しかし、全体に非常にレベルが高いし、マルティンベック以来の警察小説が主であったり、テーマが似ていたり、国を越えた共通点が多いのだが、その中でも人物造形の確かさは本書でも素晴らしい。(もうひとつの特徴と言える、暗さ、重さは、本書はそれほどでもなく、これもまた好印象)

主人公の刑事ヴィスティングと、新聞記者の娘のリーナの共同捜査が、うまく描かれ、一気に引き込まれる。17年前に逮捕した誘拐事件の犯人の決め手となった証拠が偽造であったとして、停職処分となったヴィスティングと、父を助けようとして新たな殺人事件に巻き込まれていくリーナ。

前半は、いったい誰が証拠を偽造したか、後半は二つの事件がどう繋がるか、という興味で読ませる。ただ、正直言ってミステリとして見たときには、前半の犯人は意外過ぎて解り易い?し、後半は論理的にかなり破綻している。

とはいうものの、これだけ読ませてくれれば十分としよう。本書はシリーズ第八作で、作者は執筆当時は現役刑事ということだ。それにしても、素晴らしい筆力だ。

 

●7341 アリババ (ビジネス) ポーター・エリスマン (新潮社) ☆☆☆☆
 
アリババ 中国eコマース覇者の世界戦略

アリババ 中国eコマース覇者の世界戦略

 

 

正直、アリババって中国に保護された半国営企業のように捉えていたのだが、本書の内容を信じるならば、全く違っていた。当初は巨人イーベイに何度も叩かれながら、這い上がってきた企業のようだ。

著者はそのアリババの挫折と成長を支えてきた米国人。こういう人材がいるところが、米国の奥深さであり、米中関係の複雑さだろうか。

正直、ITとしては、ジャックマーのビジネスモデルがどれだけ独創的かは、素人の僕には解らない。(本書を信じれば、ジャック・マーも素人のようだが)

ただ、タオバオ=オークション・サイトにワンワン?というチャット機能をつけたり、サイトを中国流にカスタマイズしてきたのと、あくまで中国の中小企業の発展のため、無料サイトを通してきたこと(ちょっときれいごとすぎるが)、それにマーの人間的魅力が、アリババの成功要因か。

逆に本書に登場するグーグルのラリー・ペイジとセフゲイ・ブリンが、いかにも傲慢に描かれていて興味深い。(あたかも、中国当局がグーグルを認めない言い訳?みたいに感じた)

ただ、個人的には、孫正義がほとんど出てこないのが物足りないし、Tモールはたぶん楽天を真似ていると思うのだが、楽天も全く出てこない。このあたりは、所詮日本のECは、英語世界からしたら番外地にすぎないのか、米国人である著者の限界なのかは、今のところ解らないが。

そうは言っても、なかなか情報がなかったアリババの全体像を理解するには、本書は何より読みやすくて、入門編としては合格だと感じた。

 

 ●7342 怪盗グリフィン対ラトウィッジ機関(ミステリ)法月倫太郎(講談社)☆☆★

 

怪盗グリフィン対ラトウィッジ機関

怪盗グリフィン対ラトウィッジ機関

 

 

大森大絶賛だけれど、僕は本書を認めない。(ネットの評価も散々)個人的に前作も、法月の嫌なところがかなり出ていて(スタイリッシュだけれど、中身がない)評価しなかったが、今回はそれ以上にダメ。

逆に「ノックスマシーン」は、マニアとして非常に楽しめたのだが、これは読者を選ぶわけで、年間ベストに選ばれたことで、多くのライトファンを悩ましてしまった。

で、今回は「ノックス=量子力学ミステリ?」をジュブナイルの長編でやる、というのは、完全に戦略ミス。後半は、本当に読んでいてつらかった。一応、量子力学を少しは齧った僕がそうなのだから、イーガンなど読んだことがないミステリ・ファンは理解不能だろう。

 

 ●7343 片桐大三郎とXYZの悲劇 (ミステリ) 倉知 淳 (文春社) ☆☆☆★

 

片桐大三郎とXYZの悲劇

片桐大三郎とXYZの悲劇

 

 

題名から解るように、かのレーン四部作のパロディ、いやオマージュであり、冒頭「ぎゅうぎゅう詰めの殺意」では、満員の山手線で毒殺事件が起き(もちろん、X)次の「極めて陽気で呑気な凶器」では、何とウクレレで殺人が起きる。(もちろんY=マンドリン

というわけで、マニアにとっては大爆笑であり、まあキャラクター的にも、片桐はあまりにもだけれど(まあ、本家のレーンもかなり芝居がかっていることに、Xの再読で驚いたが)面白く読めた。

ただ「黄金の羊毛亭」氏が指摘しているように、2作ともパズラーとしては、いかにも緩い。そのあたり、クイーンファンとしては、どうにも引っかかってしまう。

で、最悪なのは次の「途切れ途切れの誘拐」。そもそも、どこがZへのオマージュなのか分からないし(解らない、ということがオマージュかもしれないが)論理的に破綻しているうえに、ラスト最高に後味がわるいのだ。この意外な凶器は、やっぱりちょっと耐えられない。

で、ラストの「片桐大三郎最後の季節」は、お約束通りある仕掛けがあって、見事な四部作?のエンディングとなるのだが、やっぱり四作通してだと、合格点はあげられないなあ。

 

 ●7344 下町ロケット2 ガウディ計画 (フィクション)池井戸潤小学館)☆☆☆☆

 

下町ロケット2 ガウディ計画

下町ロケット2 ガウディ計画

 

 

TV「下町ロケット」の第一回を観たとき、いくらスペシャルといって、ここまで話が進んで、どうやって三か月もたせるのか?と思ったら、何とこういうことだったのか。小学館にこんな知恵者がいるとは思えないのだが。

ただ、個人的には「下町ロケット」は、ある意味完璧な作品なので、2はいらないなあ、と思っていたのだが、そういう時に限って図書館で手に入ってしまう。(ちょうど発売日に電話予約したら、1番目だった。モズの最新作が同じ発売日で11番だったので、やっぱりミステリの方がマニアが多いのか?)

で、結論から言うと、本書もやっぱり傑作で、一気に読んでしまった。ロケットの後が心臓弁とは驚いたが、きちんとつながるところは素晴らしい。(しかし、今田に医師を演じられるのだろうか?「蝉しぐれ」は最悪だった・・)

ただ、結局第一作は超えられないし、基本パターンの繰り返しである。というわけで、読んでる間は面白かったし、TVドラマとしても魅力的だけれど、やっぱり必要なかった気もする。

 

 ●7345 井沢元彦の戦乱の日本史 (歴史) (小学館) ☆☆☆★

 

井沢元彦の戦乱の日本史

井沢元彦の戦乱の日本史

 

 

小学館と言えば、逆説の日本史だ。たぶん、そこからのスピンオフ本だが、とりあえず借りて読みだしたら、やっぱりやめられなくて一気読みだった。ほとんど既読だが、やはり面白いのだからしょうがない。

で、今回朝鮮出兵において、当然秀吉は勝つもりであり、参加しなかった家康が偉いのではなく、秀吉が家康に参加させなかった(新たな領土を得るチャンスを奪った)という視点は(読んだような気もしてきたが)結構斬新で気に入ってしまった。

 

 ●7346 坂本龍馬を英雄にした男 大久保一翁(歴史) 古川愛哲 (講談α)☆☆☆★

 

坂本龍馬を英雄にした男 大久保一翁 (講談社+α新書)

坂本龍馬を英雄にした男 大久保一翁 (講談社+α新書)

 

 

大政奉還」「船中八策」は、龍馬ではなく、大久保一翁のアイディアであった、というのは、半藤一利があちこちで書いているので、てっきり定説かと思ったら、大久保に関してはきちんとした評伝が今まで一冊しかない、という。

確かに大久保の伝記など読んだことがなかったので、本書で語られる幕臣大久保の姿は、面白く魅力的だ。ただ、たぶん著者の筆力不足か、もうひとつ迫力というか、格が足りない。しかし題名とは裏腹に、龍馬へのリスペクトもたっぷりで、好感は持てる。

 

 ●7347 男性論 (エッセイ) ヤマザキマリ (文春新) ☆☆☆★

 

男性論 ECCE HOMO (文春新書 934)

男性論 ECCE HOMO (文春新書 934)

 

 

これまた、偶然図書館で見つけたのだが、少しは知っていたが、著者の波乱万丈な人生は、あの波乱万丈?の「テルマエ・ロマエ」ですら、全く歯が立たない。ただ、一冊のエッセイとして本書を見た場合、後半題名と全く関係なくなるのは愛嬌として、どうにも内容がとっちらかって、落ち着かない。

その上、僕はやっぱりイタリア流というか、ラテン流の濃密なコミュニケーション、という奴は勘弁してほしい。

というわけで、ネットで本書は絶賛の嵐だが、個人的には評価をためらってしまう。まあ、例の百万円暴露問題には、日本のエンタメ契約が、泳げタイヤキ君、の時代から変わっていないことに、あきれるしかないが。

 

●7348 ピルグリム1名前のない男たち(ミステリ)テリー・ヘイズ(早川文)☆☆☆☆

 

ピルグリム〔1〕 名前のない男たち

ピルグリム〔1〕 名前のない男たち

 

 


 ●7349 ピルグリム2ダークウィンター(ミステリ)テリー・ヘイズ(早川文)☆☆☆☆

 

ピルグリム〔2〕 ダーク・ウィンター

ピルグリム〔2〕 ダーク・ウィンター

 

 


 ●7350 ピルグリム3遠くの敵    (ミステリ)テリー・ヘイズ(早川文)☆☆☆☆

 

ピルグリム〔3〕 遠くの敵

ピルグリム〔3〕 遠くの敵

 

 

常々あのシンプルな「マッドマックス」から「2」のストーリー世界を創り上げた(でっち上げた?)作家は、とんでもない天才かつ剛腕だと思っていたが、その「2」の脚本家がテリー・ヘイズであり、本書はその処女作の大長編である。

そして、彼はやはり只者ではなかった。これが処女作とは、驚きの傑作である。冷戦終了後壊滅状態に陥ってしまった、スパイ・冒険小説に最近、北上おやじ大絶賛のグルーニーが旋風を起こしているが、申し訳ないが、僕には密度が濃すぎて胃にもたれる。

それに対し、確か池上は本書の方を評価していたが、僕も今回は珍しく池上を支持する。とにかく、3巻に渡る大長編なのだが、189にのぼる各章が結構短く、場面展開が早くて、長さに比較して非常に読みやすい。さすがはハリウッドである。(見てないんだけれど「24」ってこんな感じかな)

しかも、人物造形も良く出来ていて、主人公の伝説の諜報部員ピルグリムと、天才テロリスト、サラセンの両雄だけでなく、脇役も素晴らしい。ピルグリムの上司の「死のささやき」天才ハッカー「バトルボイ」や大統領もいいが、ピルグリムの親友のブラッドリーとその妻マーシーが出色の出来。(9・11の描き方が素晴らしい)ルパン3世と次元みたい。

しかし、長大な物語の骨格は実はシンプルで、基本は「ジャッカルの日」だ。ジャッカル=サラセン、ルベル警視がピルグリム、ドゴール暗殺が米国バイオテロ計画。そして、もちろん双方失敗の終わるのはお約束だ。

ただ、一点どうしても納得のいかない部分が残念ながらある。冒頭とラストで描かれる2つの殺人事件と本筋のテロ計画が、トルコの観光地ボドルムでクロスするのが本書のミソだが、僕が読み違えていなければ、それは単なる偶然なのだ。

うううん、これはちょっとねえ。完全殺人の物語も、それはそれで魅力的ではあるのだが、やはりこれでは構成美が足りない。美しくないのだ。

 

●7351 最強のふたり 佐治敬三開高健 (NF) 北康利 (講談社) ☆☆☆☆★

 

佐治敬三と開高健 最強のふたり

佐治敬三と開高健 最強のふたり

 

 

一応ルーツは関西人でありながら、開高健を読んだことがない。(山口瞳もそうだが)「マッサン」を見ていたときも、鳥井信治郎について読もうとは思わなかった。こういう僕にとって、最強のタイトルの本書が上梓され、あわてて読み始めた。

そして、ここで描かれるサントリーの歴史は、想像をはるかに超えて面白く、なぜ今まで読まなかったのか、と悔やんでしまった。

というわけで、鳥井信治郎から佐治敬三(そして描かれないが、現社長の佐治信忠)と続くサントリーの破天荒なビジネスストーリーは、たとえ誇張が入っていても、やはり面白い。

著者の本を読むのは、たぶん三冊目だが、過去は白洲次郎西郷隆盛とこれまた素材が抜群で、面白かったのだが著者の実力は良く見えなかった。ただ本書は以下の点だけでも著者の取材力は素晴らしく、それをまた許したサントリーの懐も深い。

すなわち、誰もが変だと思いながら敢えて突っ込まない、鳥井と佐治の苗字の違いである。通常は母方に養子に入ったとされるが、実は真相はそんな単純な話ではなく、かなりドロドロと生臭いもののようだ。

内容は本書で確認してほしいが、さすがにこれには驚いてしまった。そして、本書の後半は開高健の物語となる。正直、最初は一冊の本として、バランスが悪いと思った。しかし、開高という化け物を描こうとすると、このバランスの悪さ、いや崩壊は必然にも感じた。

まずは、サントリー宣伝部での活躍、梁山泊としての寿屋宣伝部の仲間たち(洋酒天国編集部)そして直木賞受賞、さらにはベトナム戦争と「夏の闇」。クサンチッペに例えられる開高の悪妻牧羊子、夏の闇の女のモデル佐々木千世、更には開高の愛人?高美恵子、娘の道子、等々がネットですぐ画像が出てきてしまう今の世を、どう受け止めればいいのだろうか。

読了して思うのは、佐治ではなく、鳥井信治郎開高健こそが、最強であり、それは過剰なまでの馬力と女性関係に象徴される。そして、佐治はそんな二人を見守る守護者のように感じてしまった。孤独でストイックな。

というわけで、正直消化不良な部分(特にビジネスに関して)も多々あるのだが、一方ではとんでもない傑作を読んでしまった気もする。

そして、杉江さんの起業一周年パーティーで、サントリーの人たちが、スコール!と乾杯した意味が、本書の冒頭で明らかになった。そうだったんだ。そういえば、昔中井さんから「サントリー・クォータリー」をもらったことがあったなあ。

 

 ●7352 ゲルダ (NF) イルメ・シャーバー (祥伝社) ☆☆☆☆

 

ゲルダ――キャパが愛した女性写真家の生涯

ゲルダ――キャパが愛した女性写真家の生涯

 

 

副題は、キャパが愛した女性写真家の生涯、だが、表紙裏に書かれた「ゲルダはキャパの最愛の人、だけの存在ではなかった」という言葉こそが、本書のテーマである。

ウィーランのキャパの伝記で、その魅力的な恋人ゲルダが、ビジネスにおいてもキャパのパートナーであったことが新鮮であった。そして、その後キャパとは二人はユニット名であった、との文章も読んだが、それを証明するのが本書の丁寧な取材である。

ゲルダの短い人生に、文章化された記述はほとんどなく、シャーバーは膨大なインタビューから、彼女の真実を明らかにしていく。そして、明確になったのはゲルダは短期間で写真家としての腕を上達させ、遂にキャパと並ぶ、いやキャパなしでも問題ない一人の女性写真家と成長し、そのしょっぱなで帰らぬ人となってしまったという事実だ。

とにかく、本書はインタビューとともに写真が多く、そのあたりがリアルに迫ってくるのだ。正直、素行面にはゲルダはかなり問題があり、キャパとの関係も継続したかどうか疑わしい。

しかし、皮肉なことに戦争という非日常が、二人の才能を一気に開花させた。極限状態こそが、二人の過剰さを受け止めた。そして、その写真から見えるゲルダの世界は、対象をその背景ごとつつみこむ大きさであり、キャパのそれは、対象に一直線に迫る勇気である。

沢木耕太郎が30ページの解説と、解説者まえがき?を書いている。そして、こんな本を祥伝社が上梓したことには、驚きを禁じ得ない。いつか、沢木が裏話をしてくれるのだろうか。(できれば、沢木の「キャパの十字架」の真相?に対する、シャーパーの意見を聞いてみたかった)

 

 ●7353 エンタテインメントの作り方 (エッセイ) 貴志祐介 (角川書) ☆☆☆☆

 

 

今や抜群の安定感のある著者の珍しいエッセイ、というか創作講座。(当初、あくまでエッセイと思って読んでいたが、途中で貴志は結構真面目に創作講座をやっている気がしてきた)

ヤマザキマリ等々のエッセイと違い、本書は彼の作品と同じく、きちんと論理=設計図が引かれており、個人的にはそこに共感してしまう。

また、もし僕が彼のような才能を手に入れたら、やはり自分の作品には同じような考を持つだろうと確信を持って言える。それほど、彼のエンタメに対する理論武装は素晴らしい。もちろん、同年齢からくる共感もあるだろうが。

また、読み物としては彼の場合ほとんどの作品を読んでいるので(たぶん、未読は「雀蜂」のみ)引用が全て理解でき、楽しめたことも確か。ただ、本書を読んで作家になれるかどうかは、かなり疑問だが。

 

 ●7354 やってみなはれ みとくんなはれ (NF)開高健山口瞳(新潮文)☆☆☆☆

 

やってみなはれみとくんなはれ (新潮文庫)

やってみなはれみとくんなはれ (新潮文庫)

 

 

最強のふたり」に出てきた「幻のサントリー社史」で、何と戦前篇を山口、戦後篇を開高が執筆しており、それがこうやって上梓されているのだから驚きである。

普通、社史なんて誰もきちんと読まないだろうが、さすがに山口の文章は抜群で、一気に読んでしまう。ただ、本人も書いているが、なぜか途中サントリーとは関係ない山口の父親が大活躍?したりしてしまうのだが。

後半は開高の出番だが、正直この文章はあまりにも饒舌かつ猥雑な戯作調で、個人的には山口の方が口に合った。

また、物語も宣伝部の話が多すぎる、と思っていたのだが、読了して「最強のふたり」が、あまりにも本書の記述が多すぎることに気づいてしまった。それほど、二人の物語は面白い。

しかし、時代の制約はあるのだろうが、サントリーのビジネスが宣伝だけに見えてしまうのは、痛しかゆしかなあ。それにしても、こんなカルチャーの会社がキリント一緒になろうとした、だけでも驚愕である。

結局、本書も「最強」も、サントリーがビールに進出したところで終るが、「最強」は、その後のキリンとの破局や、新浪社長の登場まで描いてほしかった)

 

 ●7355 バビロンⅠ -女- (ミステリ) 野崎まど (講談タ) ☆☆☆☆
 
バビロン1 ―女― (講談社タイガ)

バビロン1 ―女― (講談社タイガ)

 

 

メディアワークス文庫に対抗して、講談社タイガ(文庫はつかない?)が創刊され、その最初のラインナップが、西尾維新森博嗣と並んで、野崎まどである。当然、ラノベの読者の次のステップを狙うのだろうが、どうやらあの講談社ノベルスが、こちらに移行してしまうようでもある。

宇山さんは、天国で何を思うのだろうが。閑話休題。そして、本書だが、今までの舞台=学園とは違い、検察と企業犯罪が舞台で驚くのだが、そこはやはり野崎印は変わらない。

ベタなギャグも数は減っても健在だし、ミステリともSFとも解らないストーリーは、どんどん意外な方向に転がって、八王子、多摩、町田、相模原を合体させた新域なるトンデモまで登場する。正直、本書は長大なストーリーの冒頭にすぎない感じなので、評価は難しいのだが、野崎がきちんと伏線を回収してくれることを信じて、シリーズとつきあっていこうと思う。

 

 

2015年 10月に読んだ本

●7319 血の弔旗 (ミステリ) 藤田宜永 (講談社) ☆☆☆★

 

血の弔旗

血の弔旗

 

 

者の作品にはもはや興味がなくなっていたのだが、今回は分厚くて力が入っている気がして読んでみたが(何せ、著者の最高傑作はあの超分厚い「鋼鉄の騎士」なので)読了して微妙な出来。

良く考えると、著者の作品は初期は冒険小説であり、そして探偵小説(ハードボイルド)や、読んでないけれど恋愛小説と変化してきたが、本書のような犯罪小説はあるようでなかった気がする。

内容としては、戦後すぐの強盗殺人事件が、時効まで主人公たち四人の犯罪者を苦しめるのだが、前半は根津がいかにもアプレゲール的な虚無感を醸し出し魅力的だし、四人のつながりが疎開時代にある、というのも時代を映し出して効果を出している。

そして、物語は昭和=戦後史として「白夜行」のように、時代風俗の変遷とともに描かれるが、途中で鏡子が現れるあたりから、どうも個人的には話に入れなくなる。まず、これは偶然すぎるし、さらに根津が彼女に惚れてしまう、というのは最初の性格設定から変わりすぎだし、11億円をそんな危険にさらすのはあり得ない。

で、結局(これまたかなり無茶な展開だが)そこから、完全犯罪が崩れていくのだが、ラストの根津のいい人ぶりには、正直がっかりした。また、結局真犯人は誰か、というのも一応意外な犯人が用意されているが、その前にもう誰でもいいじゃん、という気になってしまったのも確か。

というわけで、前半だけなら、今年のベスト10候補くらいには挙げられたが、残念ながら後半は腰砕け。

 

 ●7320 九尾の猫 (ミステリ) エラリー・クイーン (早川文) ☆☆☆☆

 

九尾の猫〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

九尾の猫〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

越前新訳は「災厄の町」から、同じライツヴィルものの「フォックス家」「十日間」二作を飛び越えて、ニューヨークが舞台の本書を選んだ。既に「フォックス家」を旧訳で再読した上、「十日間」は苦手の僕にとっては、越前さんGJ!という感じ。

「九尾の猫」はクイーン版「ABC殺人事件」であり、サイコキラーもののはしりであり、NYがパニックに陥るところが読みどころ、というのは憶えていたのだが、それ以外は全く記憶がない。(でも、面白かった記憶はある)

で、今回ミッシングリンクの謎に関しては、かなりレベルが高いと感心したのだが、越前さんには悪いが、新訳の良さはあまり感じなかった。「災厄の町」に関しては、新訳があまりにも素晴らしく、作品だけでなくクイーン後期の再評価まで強いられたのだが。

たぶん本書は舞台がNYであり、準主人公のジェイムズとセレスト(これが、リアリティーがない)以外の人物描写がほとんどないせいで、訳の違いが判らなかったと思ったのだが、旧訳が青田勝ではなく、大庭忠男だったのが良かったのかもしれない。

記憶よりちょっと小粒だが(まあ、これはいつものこと)本書は後期クイーンの異色の傑作であることは間違いない。できれば、若いカップルではなく、警察官で質実剛健で行きたかったが、これは時代的に無理だったのだろう。

 

●7321 Aではない君と (ミステリ) 薬丸 岳 (講談社) ☆☆☆☆
 
Aではない君と

Aではない君と

 

 

ここ二冊、やや変化球だった著者の新作は、題名から解るように、これぞ薬丸印という直球ど真ん中。(ただ、今回は埼玉がでてこないが)冒頭、主人公にかかってくる電話(それによって、離婚した妻が引き取った中学生の息子が殺人罪で捕まったことが告げられる)から、一気に引き込まれ、息苦しくも目が離せなくなる。

仕事での成功、新しい恋人、それらが一気にガラガラと崩れ、小市民的な怒りや逃げと、それに気づいてしまった主人公の葛藤に感情移入してしまい、痛くて辛い。そして、ついに明らかになる真相は、おぞましくもリアルだ。

本書は薬丸印=贖罪の物語であり、かつバラバラだった家族の再生の物語である。正直言って、ラストの展開は、あまりにも主人公が立派な気もするが、やはりこういう話を描かせたら、薬丸は第一人者であることを再認識した。ただ、これがミステリの面白さか?と問うたなら、正直疑問も感じてしまうのだが。

 

 ●7322 鍵の掛かった男 (ミステリ) 有栖川有栖 (幻冬舎) ☆☆☆☆

 

鍵の掛かった男

鍵の掛かった男

 

 

有栖川の新作は、火村シリーズ最長の作品であり、ホテルに長期滞在をしていて自殺した(と警察が判断した)ある男の過去を、ある理由で火村ではなくアリスが暴いていく、シリーズ異色作。(火村とアリスの関係が、御手洗と石岡にかぶってしまうのはご愛嬌)

シンプルすぎる設定から、複雑な物語を紡ぎだした職人芸には感嘆だが、正直ちょっと冗長に感じる部分もあった。主人公の過去に様々な人物を絡めて読ませるが、この内容だとやはり長すぎるし、最後の解決もやや引っ張りすぎに思えた。

また、ラストで明かされる動機は、なるほどこうきたか、と思いつつも、クイーンというよりクリスティー的偶然であり、著者らしくきちんと伏線は張っているが、やや微妙な感じ。(「鏡は横にひび割れて」を思い起こした)というわけで、ちょっと甘目の採点。

 

 ●7323 太閤の巨いなる遺命 (時代小説) 岩井三四二 (講談社) ☆☆☆

 

太閤の巨いなる遺命

太閤の巨いなる遺命

 

 

著者に関してはかつて短編集を2~3冊読み、最初はサラリーマン的なペーソス溢れる時代小説が新鮮だったのだが、すぐに飽きてしまった。しかし、その後本書のような骨太の冒険小説を書くようになっていたんだ。

しかし、過去の経験から、こういう作品はよほど人物造形が出来ていないと(有名な武将も出てこないので)劇画調になってしまい、しらけてしまう。

本書も、構想が雄大なだけに(逆宇宙戦艦ヤマト?)どうもリアリティーが感じられなく、感情移入しずらかった。ちょうど「大江戸恐龍伝」の、つまらなかった南洋パーツに似たものを感じた。縄田一男の激賞は、相変らず信頼できない。

 

●7324 WOOL ウール (SF) ヒュー・ハウイー (角川文) ☆☆☆☆

 

ウール 上 (角川文庫)

ウール 上 (角川文庫)

 

 

 

ウール 下 (角川文庫)

ウール 下 (角川文庫)

 

 

大森絶賛の米国KDPで大ヒットしたデストピアSF大作、を偶然図書館で見つけて大森の解説に釣られて読みだした。内容も結構好みだが、著者の略歴が藤井大洋と重なるし、大手出版社相手の立ち回り(電子書籍出版を含まない紙だけの契約!)が、小説以上に?面白い。

で、内容だが、確かに世界の終末以降、サイロと言われる地下144階のシェルターで暮らす人々の物語は魅力的だし、下巻に入ってあることが明らかになってからの展開も、予想はつくが面白い。

ただ、小説的には人物造形や情景描写がイマイチで、かなり読みにくい部分もある。まあ、少し甘めの採点だろうか。

このあと、本書の前日譚である「シフト」と、本書の完結編である「ダスト」で、サイロ三部作の完結ということだが、「パインズ」を初めとして、最近三部作が多すぎる。

しかも3×上下だと、もう少しリーダビリティーが欲しい。翻訳のせいかもしれないが。何より、「パインズ」と同じく、ネットで調べていたら、その後の展開も何となく解ってしまった、気がする・・・・

 

●7325  声  (ミステリ)アーナルデュル・インドリダソン(創元社)☆☆☆☆

 

声

 

 

「湿地」「緑衣の女」に続く、アイスランドミステリ、エーレンデュリ・シリーズ第三弾。相変らず、北欧ミステリらしく、暗く重く、過剰なまでの人物描写で読ませるが、前二作に比べて、ミステリとしてレベルアップしているし、何より被害者の過去=ボーイソプラノの少年スター(のなれの果て)の造型が素晴らしい。

本書のテーマは、家族の崩壊であり、サブストーリー(少年へのDV)や、主人公自身の家庭の崩壊(これは、前作の方が強烈だったが)も含め、読んでいて相変らず辛くて、痛くなってしまう。

そして、書けないが、もう一つの家族の崩壊が事件の真相に直接絡んでしまう。ミステリとしてのレベルアップというのは、脇の事件も含めて、常に意外性を追及しているところだが、それが論理のアクロバット=美しさにはつながらず、ただの意外性に終わっているのは厳しく言えば、物足りない。

ただ、このシリーズの安定感は抜群であり、次は再生の物語を読んでみたい。少し、その兆しはあるのだから。

 

●7326 SROⅥ 四重人格 (ミステリ) 富樫倫太郎 (中公文) ☆☆☆☆
 
SROVI - 四重人格 (中公文庫)

SROVI - 四重人格 (中公文庫)

 

 

シリーズ第六弾。前作はエピソード0、ということで、あの近藤房子の物語だった。で、本作は、ボディーファームの結末に戻って、房子のせいでバラバラになってしまったSROが、再び動き出す物語。

だから、房子は登場しない。ただこのシリーズ、房子が出てこない偶数巻は、レベルが落ちるのも事実。そのあたりは、ジャック・カーリーのカーソン・ライダーシリーズとジェレミーの関係と相似だ。(何のことか分からない人ゴメン)

しかし、今回は本筋以上に芝原麗子、尾形洋輔、針谷太一、といったメンバーのストーリーが読ませる。このあたりは、さすがの筆力。(唯一、リーダー山根新九郎の恋?だけは、相手の鈴木花子!?が変すぎて、どうするつもりなのか?と思ってしまう。彼女もシリアルキラーでは?という声がネットに充満しているので、さすがにそれはない?)

で、本筋の方は、ゴルゴ13のような(違うか?)殺し屋が四重人格シリアルキラーだった?と言う話で、読んでいる間は面白いけど(主人公がGACKTを思いださせて、つい笑ってしまうが)これが良かったのかは、今のところ判断不能。

 

●7327 犬の掟 (ミステリ) 佐々木譲 (新潮社) ☆☆☆☆
 
犬の掟

犬の掟

 

 

このところ新刊上梓が続いている佐々木だが、一定のレベルを常に保っているのはさすがだ。道警シリーズの頃は、かなり荒っぽくなってしまい、見放していたのだが、ベテラン健在である。

今回も、基本ストーリーは「相棒」のある話に相似だが、そこにいたる丁寧な伏線や、双方向からの捜査が最後にクロスする(場所も含めた)プロット展開が美しい。その結果、藤田の「血の弔旗」よりも、はるかに犯人の虚無感を描き出すことに成功している。

ただ、そうは言っても、全体のストーリーには既視感がかなりあり、大傑作とはまだ言い難い。次に期待したい。

 

●7328 犯人に告ぐ2 (ミステリ) 雫井脩介 (双葉社) ☆☆☆☆★
 
犯人に告ぐ : 2 闇の蜃気楼

犯人に告ぐ : 2 闇の蜃気楼

 

 

あの大ヒットした「犯人に告ぐ」に2が書かれるとは。著者の前作が気に入らなかっただけにちょっと構えてしまったのだが、読みだしたら止まらない。これは、今年のベストを争う傑作であり、かつ個人的には「マッドマックス」のように1を2が超えたと感じた。

冒頭のオレオレ詐欺集団に巻き込まれ、活躍してしまう不運な兄弟の描写が素晴らしく、そのおかげで読者の多くは、最後までこの犯罪集団「大日本誘拐団」の方につい感情移入してしまう。

オレオレ詐欺に関しては「神の子」の冒頭も素晴らしかったが、本書はその後、誘拐ビジネス?の物語となり、その二段、三段、四段構えの誘拐作戦が、意表を突きながらもシンプルで、感心してしまった。

タイプは違うが、その緻密さは「99%の誘拐」を思い起こした。(あまりにコロンブスの卵で、何かごまかされている気がするし、警察も間抜けな気もするが)

で、ラスト誘拐団頑張れと思いながら、誘拐事件でそれはないよな、と予定調和を感じていたら、あの小川かつおの登場に大爆笑?こうきたか!で、さらにもう一回ということで、見事なエンディング。素晴らしい。

確かに本書は前作のような劇場犯罪、公開捜査はないので、この題名がいいのかは疑問だが、今回バッドマンに代わって、巻島と対決する、リップマン=淡野の存在感が半端ない。(脳内的には、綾野剛に自動変換、元祖は87分署のデフマン?)これは、3が生まれますか。期待しましょう。

 

 ●7329 勝手に!文庫解説 (書評) 北上次郎 (集英文) ☆☆☆☆

 

勝手に! 文庫解説 (集英社文庫)

勝手に! 文庫解説 (集英社文庫)

 

 

この企画(題名通りに、北上が依頼もないのに勝手に解説を書いてしまう)ミステリマガジンで始まったのには気づいていたが、いつのまにやらこんなに溜まっていたんだ。そして何でこんな企画が始まり、早川ではなく集英社から文庫本になったのか、そのいきさつも本書の「はじめに」で理解できた。

ただ、国内は既読が多いので、解説は面白いが読みたいと思ったのは、北方の「抱影」のみ。海外は逆に知らない作家が多くて、いまさら食指が動かない。(ミステリが少ないし)で、最後にあの未完の大作「氷と炎の歌」があるんだけれど、「ハンターズラン」が読みにくくてしょうがなかった僕としては、悩んでしまう。

まあ、それでも本書を結構楽しんでしまったが、北上・大森・池上・杉江のおなじみ四人による対談が面白い。で、作品がイマイチだと解説でお得感を、という杉江のスタンスに大ブーイング。だから、僕は杉江の書評が嫌いなんだ。解説が良ければいいだけ、本体がダメだと腹立つのに決まってるじゃないか。

 

 ●7330 モダン (フィクション) 原田マハ (文春社) ☆☆☆☆
 
モダン

モダン

 

 

 

「楽園のカンヴァス」「ジヴェルニーの食卓」に続く絵画モノで、著者自身が働いていたMOMAが舞台の5つの短編が収められている。というわけで、期待は高まるのだが、図書館で手渡されて、その薄さに愕然。しかも文字もスカスカ。

というわけで、恐る恐る読みだしたのだが、冒頭の「中断された展覧会の記憶」は、なんといきなりワイエスの「クリスティーナの世界」。うわあ、いきなり来た!

(MOMAには3回くらい行ったが、ホッパーやダリも良かったが、とにかく「クリスティーナの世界」が最高。たぶん、僕が世界で一番好きな絵画)しかも、時は3・11、舞台は福島。これはインチキである。冷静に読めるはずがない。

で、次の「ロックフェラー家の幽霊」は、まさかの幽霊オチはさすがになかったが、内容的にイマイチと思っていたら、この後の作品の重要は伏線、前ふりだった。(MOMA初代館長のアルフレッドとピカソの関係)

そして、次の「私の好きなマシン」のノスタルジーと素晴らしく新しいオチの冴え。さらに次の「新しい出口」ではあのトム&ティム・ブラウンが登場し、今度は舞台は9・11であり、圧巻のピカソVSマティスの戦い?となる。たぶん、本書の最高傑作。

で、最後に掌編だが、気持ちのいい「あえてよかった」で本書は幕を閉じる。たぶん、読了に二時間かからなかったが、印象は(相変らずネットで絵を見ながら読んだこともあって)かなり濃密。3・11に9・11では、あざとすぎる気もするが、ピカソマティスの関係を画像で理解できただけでも素晴らしい経験だった。

 

 ●7331 あなたは誰? (ミステリ) ヘレン・マクロイ (ちく文) ☆☆☆☆

 

あなたは誰? (ちくま文庫)

あなたは誰? (ちくま文庫)

 

 

再評価が進み、旧作が翻訳されているマクロイ。彼女の「逃げる幻」を僕は昨年のベストとした。で、本書は42年の作品だが、何とちくま文庫から渕上痩平(元外務省職員、海外ミステリ研究家)という怪しい訳者で上梓された。

とりあえず、読み終えたが、これがまた評価しずらい作品。ただ、申し訳ない、この渕上という人の訳文は素晴らしい。すごく読みやすくて、あっという間だった。古さも全く感じない。印象評価はやはり良くない。

ただ、内容は何と「殺す者と殺される者」と同じく、あの○○○○オチなのである。もちろん、本書の方が古くて、解説を信用すれば、今や巷に氾濫するこのオチの本書は(たぶん)さきがけなのだ。しかも、その使い方も、まるで「本陣殺人事件」の三本指の男みたいで、リアルタイムで読んだ人(たぶん、もう誰も生きていないだろうが)は、驚いただろうし、怖かったと思う。

でもねえ、ミステリをその歴史的価値だけで、評価していいものなのか。本当に困ってしまう。(結局「黄金の羊毛亭」の本書の解説を読んで、やっぱり本書を評価することにした。まだまだ読みが足りません)

 

 
髑髏の檻 (文春文庫)

髑髏の檻 (文春文庫)

 

 

前作のおけるカーソンがあまりにも痛くて、正直このシリーズと付き合うのはやめようかと思った。でも。こうやって無事新作が出ると(実は一冊飛ばしての翻訳なので、無事とは言えないのかもしれないが)気になって、読んでしまう。

そして、今回はカーソンが休暇中での事件であり、かなり立ち直っていて、楽しく読めた。で、何よりこのシリーズの運命を担うカーソンの兄(ハンニバル・レクターの末裔)ジェレミーだが、本書における彼の登場シーンは最高であり、僕もまたカーソンと同じく腰が抜けた。

たぶん、このシーンを読むだけで(シリーズ愛読者は)満足してしまうだろう。凄い。そして、ありえない。さらに、本書の冒頭のある印象的なシーンは、よくある魅力的なイントロダクションと思ていたら、後半のとんでもない展開にひっくり返ってしまった。

(格闘技団体のエースが犯した殺人の弁護士が彼を催眠術にかけ、そこにカーソンが立ち会うシーン。そして、それはカーソンが予測したように、殺人鬼の過去を暴くスイッチをいれてしまう)

このシリーズは、ここで一皮むけたかもしれない。相変らずとんでもない残虐シーンがありながら、一方ではスラップスティックなギャグが繰り返される。今回のヒロイン、チェリーの言葉が、意識的に男言葉で訳されていて、最初はそれが気になって仕方がなかったが、後半はそれこそ当たり前に思えてしまえた。

正直、カーソン・ライダーシリーズは、もはやレベルアップはないと感じていた。しかし、本書は冒頭のジェレミーの登場から、過去の壮大な悪夢の物語の造型を含め、ちょっと甘いかもしれないが、ひとつの頂点を描いたような気がした。

 

 ●7333 影の中の影 (ミステリ) 月村了衛 (新潮社) ☆☆☆☆

 

影の中の影

影の中の影

 

 

推理作家協会賞を受賞した「土漠の花」は、作者の狙いは解るが、「機龍警察シリーズ」の愛読者としては、物語にコクが足りなかった。本書もまたその系統と思ったのだが、冒頭からジェットコースターに乗せられたみたいで、圧倒された。

本書はカーガーと呼ばれてきた伝説のスーパーヒーローの物語であり、正直そんな存在を今描こうとする著者の冒険小説スピリッツには、感嘆するしかない。(著者があの「鷲は舞い降りた」をバイブルとする気持ちは良く解る)

そして、こういう物語はかつて故・船戸与一が描いていたことを思いだしてしまった。「山猫の夏」そして「猛き箱舟」。

ただ、途中でカーガーこと景村が、自分の過去を語りだすシーンは興醒めした。こういう回想シーンは、機龍警察シリーズでも多用され、そこでも物語の流れを壊すことがあったのだが、今回はあまりにも説明的すぎて、全体の整合性が崩れる。

ここさえなければ、間違いなく★をひとつ追加した。さらに、本書を「ゴルゴ13」+「ダイハード」と評していたコラムがあったが、確かにあまりにも劇画的であることは、間違いない。

しかし、本書の素晴らしい点は、冒頭から散りばめられた、人間関係の伏線が、後半見事に繋がり始めるカタルシスにある。アクションシーンの連続が、深く考えることを許さないにしても、この構築美には感嘆するしかない。

さらには、冒頭ヒロインを助けるのが、やくざ組織であり、それが必然性を持って国家?のために戦う、という設定には痛快を越えて感心した。そして、そのディティールも素晴らしい。著者が初めて、機龍警察以外の傑作を描いた、と言っていいだろう。ラストシーンはある意味陳腐だが、僕は「山猫の夏」のラストシーンと重ねていた。

 

 ●7334 私という名の変奏曲 (ミステリ) 連城三紀彦 (文春文) ☆☆☆★

 

私という名の変奏曲 (文春文庫)

私という名の変奏曲 (文春文庫)

 

 

フジテレビで、本書が天海祐希主演でドラマ化されたのを録画して見ようと思ったら、荒筋を読む限り、僕は本書を読んでいないことが明白になり、あわてて図書館に予約した。で、思ったより時間がかかったのだが、読み始めた。その間、あちこちネットで本書の評価を確認したが、少なくとも世の中の連城ファンに比べて、僕は彼の長編に関しては評価できない、と強く感じた。

本書を多くの人が、連城の長編の最高傑作としているが、僕は納得できない。本書の本質は、一人の女性を七人の人間が殺す、という不可能犯罪にある。確かに、よくそんな謎を考え付き、いちおう論理的に解決させたことには、感心するしかない。

しかし、その結果、本書は非常に人工的な作品となり、正直後半は読むのが辛かった。ここは、七人でなく四人くらいにして、短編、いや中編として書きあげれば、花葬シリーズに劣らない傑作になったと思う。

何度も言うが、連城は結局長編ミステリというものが、本質理解できなかったように感じる。そして、本書のヒロインと天海は年齢も体格?も真逆で、大丈夫かよ、という気がしてきた。(しかし、千街晶之の解説は:髑髏の檻もそうなのだが:全然つまらない。ミステリ界にも、大森が登場することを切に願う)

 

 ●7335 ファンタジードール イヴ (SF) 野崎まど (早川文) ☆☆☆★

 

 

アニメ「ファンタジードール」の前日譚のノベラーゼイション、と言われても、さっぱり解らないのだが、野崎まどということで読んでみた。たった150ページ程度の、長編とも言い難い薄い本だが、今回の野崎の文体は、ラノベ風では全くなく、陰鬱な太宰といったような一人称であり、かなり読みごたえがあった。

そして、何より驚いたのは、これだけ見かけが違うのに、読んでいる間は間違いなく、これもまた野崎ワールドだと感じていた点だ。

ギャグやどんでん返し、けれんに満ちたラノベ風の野崎の文体の奥には、間違いなく、本書のような、陰鬱で無慈悲で超越した世界がある。ただ、それを今回は楽しめたかどうかは、若干疑問が残るのだが。

途中で挫折したが「NOVA+バベル」に収録された野崎の「第五の地平」は、チンギスハンと超ヒモ理論とベタなギャグを、宇宙SFで描いた??とんでもない作品だったが、これまた間違いなく野崎印で、その理系テーストは本書に繋がっている。

しかし、野崎というのは、いったいどういう天才なのだろうか。本当に底が見えない。

 

 ●7336 月世界小説 (SF) 牧野 修 (早川文) ☆☆☆★

 

月世界小説 (ハヤカワ文庫JA)

月世界小説 (ハヤカワ文庫JA)

 

 

いきなりゲイパレードが、黙示録となり、月世界への旅が、妄想のパラレルワードに誘うとんでもない作品。大勢の人々が本書を、「神狩り」「宇宙の眼」「脱走と追跡のサンバ」「言語破壊官」「エイダ」等々に比較しているが、僕は構造的に「果てしなき流れの果てに」とに相似性を強く感じた。特にラストの処理が。(あ、「デビルマン」も入ってるかな)

というわけで、個人的な著者のイメージを覆す力作、であることは間違いない。ただ、正直言って、今回は途中から良く解らなくなってしまった。なんだかわからないが、凄い気がするけど、やっぱりこの程度の理解では、あまり評価する資格はないだろう。

本題とは関係ないが、山田正紀の解説がメチャ面白い。関西の「四大福音」とは「ダジャレ」=田中啓文、「カメ」=北野勇作、「ジャアク」=小林泰三、「オサム」=牧野修、でよろしいでしょうか?
   

 

 

 

 

 

 

2015年 9月に読んだ本

 ●7298 キャパへの追走 (NF) 沢木耕太郎 (文春社) ☆☆☆☆
 
キャパへの追走

キャパへの追走

 

 

 

「十字架」が上梓されたとき、正直しつこいなあ、と感じたのだが、読了後はあの「崩れ落ちる兵士」の真贋問題を遥かに超えた感動の書(ミステリ?)であった。そして、キャパにおけるゲルダ・タローの存在の大きさ、新しさに体が震えた。

そこで、今回もまた何で続編が?と思ったのだが、本書は「十字架」の続編というより、前篇、助走、という位置づけの本であった。

キャパの旅の後を追いかけながら、その写真の位置を実際に沢木が確認し、可能な限り同じアングルで撮った写真を、キャパの代表作の数々の下に配置する、というアイディアは抜群で、素晴らしい効果をあげている。

ただ、惜しむらくは少々長すぎる、というか、四十か所は多すぎて、途中やや冗長に感じてしまった。そして、本書はやはりウィーランの「キャパ」と「十字架」を先に読んでおかないと、本当の面白さは解らない。

そういう意味では、このタイミングで上梓されたのは、作者の冷静な作戦があるように感じる。最後に、ウィーランの墓まで出てきて、驚いてしまった。

しかし、沢木ももう少し事前に調べろよ、と言いたくなることも多かったのだが、たいがい偶然が起きて、何とかなってしまったり、さらに素晴らしくなってしまう。まあ、作ってないとは思うのだが、計算された無謀さが、ちょっと鼻についたり、それこそキャパと重なったり。

 

 ●7299 記憶破断者 (SF) 小林泰三 (幻冬舎) ☆☆☆★
 
記憶破断者 (幻冬舎単行本)

記憶破断者 (幻冬舎単行本)

 

 

最近の小林は見放しているのだが、新刊が簡単に入手でき、他の本を二冊投げ出してしまったので、読む本がなくなり、手を出したら一気読み。(イーガンの「ゼンデキ」2部に入ってすぐギブアップ。確かにイーガンに家族の物語を求めていない。

次の原田マハの「奇跡の人」は、去場安に続いて、介良(けら)れんという人物が登場した時点でギブアップ。このネーミングはないでしょう。あきれてしまった)

博士の愛した数式」で有名になった、前向性健忘症の主人公と、他人の記憶を改ざんできる超能力者=殺人鬼との戦い、と書くとあまりにとんでも設定だが、それなりに読ませる。

ただ、後半のどんでん返しの連続、特に最後のオチは、これノートを改ざんしてしまえば、何でもアリなので、ちょっと嫌になってしまった。他の短編集とも繋がっているらしいが、正直そこまで調べる気にもならなかった。(折原一の「倒錯のロンド」を思い起こしてしまった)

 

●7300 舞面真面とお面の女 (ミステリ・ホラー) 野崎まど (MW文) ☆☆☆☆

 

 

やっと図書館でゲット。これにて、最原サーガ全巻読了。本書は第二作であるが、堂々の傑作である。またその内容は、確かに野崎印ではあるが、他の作品とは微妙な違いもある。

もちろん、どんでん返しもあるのだが、本書は他に比べて、シンプルで太い作品に感じた。そして、それもまた野崎のひとつの魅力に感じた。

前半というか、最終章まで本書はまるで横溝ミステリのような、遺言の謎を解くパズラーである。ただ、そこにお面の少女=みさき、が登場してから、物語はオカルティックな謎に包まれるのだが、野崎はその謎をギリギリ合理的に解決して見せる。

それは(やや抽象的だが)シンプル、かつ論理的な見事なパズラーである。そして、最後に本書は野崎版○○○○となる。これまた、意外性はそれほどないがストーリーとしては、本家を越えて(日本流にアレンジして)読ませる。

しかし、それらの数々の魅力(熊?さんや、みさきのギャグも今回はすべらず冴えている)以上に、僕が感心したのは、途中でみさきが喝破する、真面の本質である。

ここで、物語の色彩、景色がガラリと変わる。ラノベ風の文体で、ここまで深い人物造形には驚いてしまった。

しかし、自業自得なのだが、やはり「2」を読む前に本書も読んでおくべきであった。「2」における、退屈している真面、という存在の真の意味を理解してから読めば、「2」の最後の展開はさらに面白く読めた気がする。

そして、本書で無双を演じるみさきを、最早が手玉にとることで、最早の超人性が更に強調されただろう。そこだけが、残念だ。どうやら10月にはひさびさに野崎の長編が上梓されるようだ、期待したい。

 

●7301 孤狼の血 (ミステリ) 柚月裕子 (角川書) ☆☆☆☆★

 

孤狼の血 (角川書店単行本)

孤狼の血 (角川書店単行本)

 

 

何度も書くが、著者への僕の期待はもはや風前の灯。で、今回も何と悪徳警官モノ、と聞いて、おいおい方向間違ってるぞ(黒川路線で、直木賞狙い?)と思って、興味は湧かなかったのだが、こういう時もまた簡単に新刊をゲット。

まあ、本の雑誌でサッカーの方の杉江が今年のベスト、と書いていたのを信じて、何とか読みだした。冒頭から、まさに極道と警官は紙一重、という感じで希代の悪徳警官、大上の存在が凄まじく、一気に引き込まれる。(舞台は広島ではなく、たぶん呉をモデルにした架空の町)

ただ、達者なことは解っても、著者がこっちに進む必要はないのに、という思いはつきまとう。まあ、読みながら見たことはないのだが、東映任侠映画ってこんな感じ?などと思っていた。

しかし、ラスト50ページの予想をはるかに超えた驚愕の展開には、呆然としてしまった。なんだ、これは。本書は柚月版「猛き箱船」であり、悪の成長小説、ビルディング・ロマンなのだ。凄い。

しかし、結局やくざの抗争はどうなったの?と思ったら、たった2ページで、アメグラ風処理をしてしまい、そのセンスに感嘆。

そして、そして、ラストのこれまたたった2ページのエピローグは、まるで「ゴッドファーザー」。日岡がマイケル・コルレオーネに重なってしまった。まさか、著者がこんな路線で、こんな傑作を書くとは、想像もできなかった。脱帽。

 

●7302 職業としての小説家 (エッセイ) 村上春樹 (スイチ) ☆☆☆☆★
 
職業としての小説家 (新潮文庫)

職業としての小説家 (新潮文庫)

 

 

大宮そごうの三省堂で本書の山積みを見つけ、レジでこれは紀伊国屋から仕入れたのか?と聞いたら、その狙い(ネット対抗)まで丁寧に説明してくれた。そのやり方に未来は感じないが、とりあえず村上のチャレンジに協働することにする。

そして、本書の出版社がスイッチ・パブリッシング(柴田のモンキー連載)であると知り、やはりこれはあだ花で終る気がした。しかし、内容は素晴らしい。(「村上さんのところ」が、くだらなくて購入をやめた後だったので特に)

ここには、僕が30年以上寄り添ってきた素の村上春樹がいる。(その距離は少し変化したが)じっくりと、読み込んで、深いため息をついた。詳細は描かないでおくが、このリアルなバランス感覚とオカルト一歩手前の超越感の共存こそ、村上の本質だとつくづく思う。

最初に村上を読んだのは、SRの会の書評で「羊」が、青春への「長いお別れ」と描かれていて、(順番は思いだせないのだが)鼠三部作を一気に読み、ついに日本にも、こんな作家が現れたのか(日本流私小説と次元の違う作家)と狂喜したのを思い出す。

まあ、その頃大好きだった、カート・ヴォネガットに似ていたのもうれしかった。確か、時代の雰囲気を見事に切り取った、と所感を書いた記憶がある。

ただ、読み終えてしばらくして、三部作にはそのテーマである(と思った)「喪失」以上に、「死」の気配が漂っていることに気づき、愕然とした。そして、それは「世界の終り」で増幅され、「ノルウェイ」で頂点を迎える。

そして、長い時が過ぎ、村上も僕もまた大きく変貌し、本書を読んで思うのは、信じる力と存在そのものへのリスペクトだ。長い旅であり、紆余曲折いろいろあったが、結果的には、素晴らしい旅だったと思う。もちろん、まだ終わっていないのだが。

 

 ●7303 なにかのご縁(2)(フィクション) 野崎まど (MW文) ☆☆☆
 

 

第一作があんまりだったので、このシリーズは読まないつもりだったのだが、こういう時に限って図書館で簡単に手に入る。

で、仕方なく読み始めたが、今回も野崎らしさ(僕の考える)はほとんどなく、ギャグも幼児化している。何か、昔懐かしいテレビマンガの脚本でも読んだような感じ。

 

 ●7304 ウルトラマンが泣いている (NF) 円谷英明 (講現新) ☆☆☆☆
 

 

読む本がなくて、図書館の新書コーナーで見つけて読みだしたのだが、一気読みして自分の感情を持て余してしまった。題名から内容は予想がついたし、正直大人になってからはウルトラシリーズは、セブンまでしか興味がない。

しかし、しかし、この内容はひどすぎる。円谷というと(マラソンもあるけど)いまだに懐かしく暖かいものが溢れてしまう僕らの世代(著者も僕と同い年)にとって、この現実の醜さは、やはり強烈パンチである。痛くて、苦しい。

円谷プロの内情のひどさは、アマゾンの所感等々がまとめてくれているので、敢えて描かないが、著者の告発は完全に個人批判(叔父さんとその息子)となっていて、冷静に考えれば一方的すぎるのだが、著者は自らの父の不倫や兄のセクハラまで正直に書いており、(自らの中国事業の大失敗も)どんなひどい内容でも、たぶんその通りなのだろう、と思わせる真摯さがあるのだ。

そして、そこまでの精神浄化が必要であった、著者の苦しみと絶望を思うと、本当に僕自身の感情もどう処理をしたらよいのか、途方に暮れるのである。

 

 ●7305 戦国軍師入門 (歴史) 榎本 秋 (幻冬舎) ☆☆☆★
 
戦国軍師入門 (幻冬舎新書)

戦国軍師入門 (幻冬舎新書)

 

 

 

これまた、深い考えもなく読みだしたのだが、結構面白かった。様々な軍師が描かれているのだが、大友宗麟の軍師、立花道雪立花宗茂の義父)が一番興味深く、彼を描いた小説を探してみようと思う。

また、黒田官兵衛の描写にも力が入っている。とは言っても、著者も書いているが、本書は史実に忠実ではなく、古今東西の軍師本のサマリーのような本であり、それはそれで面白く、雑学本として良く出来ているのだが、それ以上のものでもないこともまた厳然たる事実。

特に、なぜか安易に戦国時代を現在のビジネス競争に例えた部分は、全く必要ないと感じた。

 
 ●7306 約束 K・S・Pアナザー (ミステリ) 香納諒一 (祥伝社) ☆☆☆★
 
約束 K・S・Pアナザー

約束 K・S・Pアナザー

 

 

K・S・Pシリーズひさびさの新刊は、番外編とは聞いていたが、まさか沖も貴里子も登場しないとは、あんまり。

それはさておき、内容の方はやくざ、韓国マフィア?悪徳警官が三つ巴でお宝を奪い合うという、古典的かつ派手な展開で、一気に読ませる。ただ、あまりにもアクションの連続で、大沢の狩人シリーズやタランティーノの映画のように、少々コクに欠ける。

時々顔を出す、説明的な長ゼリフもらしくない。また、主人公の場違い?な正義感や、ラストの処理も、著者の思いは解らないではないが、僕の好みとはずれる。ちょっと期待が大きかっただけに、やや辛めの採点。(悪徳警官のオチ、このパターン最近多すぎる。法律で禁じてほしい)

 

 ●7307 火 花 (フィクション) 又吉直樹 (文春社) ☆☆☆★

 

火花

火花

 

 

嫁から、せっかく買ったのだから読んでみてと渡されたのだが、なかなか手が出ず、読む本がなくなりついに読了。さすがに、素人とは思えない文章だが(まあ、腐っても芥川賞だから、当たり前か)これは、太宰ですら嫌いな僕の好みではない。

(太宰は高校時代「とかとんとん」等々の短編には感心したが、大学時代「人間失格」を投げ出してから、縁がない)

しかし、こんな理屈っぽい漫才師ってありえるのだろうか。個人的には、これでは笑えない。面倒くさい、としか感じない。

 

●7308 流星ひとつ (NF) 沢木耕太郎 (新潮社) ☆☆☆☆

 

流星ひとつ

流星ひとつ

 

 

藤圭子の自殺後、緊急出版された本書に、当時はその背景をきちんと理解していないくせに何となく胡乱なものを感じて、手を出さなかった。しかし、こうして二年がたつと、事件の余波もおさまり、簡単に図書館で手に入ったので、思いきって読みだした。

本書は、79年藤圭子28歳、沢木31歳の時のインタビューである。内容は衝撃的だ。地の文が全くなく会話だけで本書は成り立っている。

本書の前に書かれた「テロルの決算」で、沢木は三人称を徹底し(だから、僕はテロルにあまり思い入れがない)本書の後は、一人称を徹底した「一瞬の夏」を書き、ついに「私ノンフィクション」を完成させた。それほど、この当時の沢木のNFの方法論へのこだわりは激しい。

したがって、本書をお蔵にしたのは、沢木があとがきで書いている理由(これもまた、正しいとは思うが)だけではなく、対象(藤)と深い仲になってしまったため、沢木の倫理観が出版を差し止めた、という噂の方が真実だと思う。

そして、この作品を読めば、誰もが二人の関係が只者ではないことに気づいてしまうのだ。正直、現実には何回もあっただろうインタビューを、一夜の物語に編集した沢木のやり方はあまりにもスタイリッシュで、あざとさすら感じる。

しかし、そこで語られる、本人ですら明確に認識していなかったであろう、藤圭子の生身の姿は、あまりに無垢で、真面目で、儚く、痛々しくもまた、魅力的だ。それに対して、金などいらないと、一席ぶつ沢木は、何とも子供っぽい。

そして、後半は沢木がしゃべらされる火花の散る対談と化す。やはり、これは斬新かつ素晴らしい作品だ。藤圭子だけが持っていた本書のコピーを、こうして30年後に敢えて世に出した行為の是非については、僕は正直判断できない。

本書を宇多田ヒカルが読み、母のかつての輝きを感じ、喜んでほしいとのみ思う。その意味では、沢木の気持ちは良く解るし、この作品もまたそれに耐えうる内容だと思う。

が、世の中、そんなに甘くないだろうなあ、ともまた感じてしまう。(「深夜特急」のあるシーンが出てきたときは、体が震えてしまった)

 

 ●7309 ナショナリズムは悪なのか (思想哲学) 萱野稔人 (NHK) ☆☆☆☆

 

新・現代思想講義 ナショナリズムは悪なのか (NHK出版新書 361)

新・現代思想講義 ナショナリズムは悪なのか (NHK出版新書 361)

 

 

最近露出度が高く(特に僕の好きな「英雄たちの決断」でのコメントは素晴らしい)言ってることも骨太で、いつかきちんと読もうと思っていた萱野の「ナショナリズム」論。

冒頭から日本における格差問題は、グローバリズムにおいては貧しい国の人々と日本人の格差が是正されるのだから何ら問題はない、という著者の言葉にガーンと頭を殴られた。

したがって日本人が格差問題を考えるときは、ナショナリズムという枠組みを使わざるを得ないのだ。著者はゲルナーナショナリズムの定義(政治的な単位と民族的な単位の一致)とウェーバーの国家の定義(暴力行使の独占)を駆使して(これだけでも、頭が良くなった気がする)ナショナリズムを単純に嫌悪し、排除する論壇の無能さを、これでもかと暴き立てる。

ドゥルーズ=ガタリの言う、資本主義は国家によって成立したという説は、僕には非常に説得力があり、現在の諸問題を解決するには、ナショナリズムをコントロールするしかない、という著者の覚悟は痛いほど解る。

その現状認識はあまりにも正しい。ただ残念ながら、本書にはその解決策はほとんど描かれない。もちろん、そんなことが簡単にできれば、世の中はこんなことにはならない。それでも、それを次に期待したい。

 

 ●7310 保守問答 (思想哲学) 中島岳志・西部進 (講談社) ☆☆☆☆
 
保守問答

保守問答

 

 

最近御無沙汰していたのだが、続けてポリティカルな本を読む。中島を読んだとき、ついに西部の後継者が生まれたか、と思ったのだが、やはりこういう子弟?対談本があったんだ。

子弟なので、正直中島が西部をリスペクトしすぎており、内容は西部・保守論のおさらいのようになってしまったが、それでもひさびさに心洗われる気がした。

ただ、一点改憲論において、まさに今を先取りして(08年の本)議論は熱を帯び、今現在とは全く深さの違う二人の闘いに、心が震えた。(ただ個人的には、中島の意見はリアルすぎて、本質をはずしている気がするし、西部は偽悪的に粗暴すぎるが)

そして、中島がなぜ、仏教を勉強し、パール判決を描いたのか、ようやくつなげることができた。


 
●7311 放課後に死者は戻る (ミステリ) 秋吉理香子 (双葉社) ☆☆☆☆

 

放課後に死者は戻る

放課後に死者は戻る

 

 

 

「暗黒女子」でデビューした著者の第二作、ネットで評判がいいので読んでみた。文体、キャラクター、シチュエーション、どれもラノベ風で、まるでメディアワークス文庫のように、あっという間に読める。

ただ、冒頭の事故によって、崖から落ちた二人の心が入れ替わる、というのは「転校生」「秘密」と続く黄金パターンな上に、本書には「アナザー」要素も交じっていて、これはいくらなんでもオリジナリティーが足りない、と感じた。

もう一点、その入れ替わった主人公は、根暗のオタクだったのに、新しい体はハーフのイケメン超モテモテ男、というのも、いいかげんにしろよ、と思ったのだが、これは本書の隠れテーマに繋がり、ラストは結構いいかんじで終る。

そして、ミステリとしては、よく頑張ったと、納得できない、の中間という微妙な出来だが、ここは次作「聖母」に期待して、甘めの採点としておく。まだ粗削りだが、著者は化ける気がするのだ。

 

 ●7312 聞く力 (エッセイ) 阿川佐和子 (文春新) ☆☆☆
 
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聞く力―心をひらく35のヒント *3

 

 

図書館の棚に本書が十冊以上並んでいるのに気づき、兵どもの夢の跡というか、ベストセラーの悲哀を感じたが、TVの阿川は結構好きだし、小説もジャンルが違うので一冊しか読んでいないが、立派な文章だった。というわけで、読みだしたのだけれど、え!?という感じ。

これ、どう考えても、題名と内容があっていない。この題名だと、阿川のインタビュー虎の巻、という感じだが、実際は単なるインタビューのよもやま話の連続。しかも、ひとつひとつは短くて、深みが無く、正直たいして面白くない。

これがベストセラーになるとは、新書を買っている人と読書人は、違う人種なのかもしれない。

 

 ●7313 若手社員が育たない。 (ビジネス) 豊田義博 (ちく新) ☆☆☆☆

 

若手社員が育たない。: 「ゆとり世代」以降の人材育成論 (ちくま新書)

若手社員が育たない。: 「ゆとり世代」以降の人材育成論 (ちくま新書)

 

 

副題:ゆとり世代以降の人材育成論。題名がつんくみたいだけれど、内容は真面目です。で、著者の分析の方法論(アンケートを多用)は下手なコンサルの常套手段という感じで、好きではないし、分析結果のまとめかたもやや切れが無く、冗長に感じる。

しかし、その結果は今の僕の皮膚感覚に非常にマッチし、大きく共鳴した。また、後半紹介される、著者の解決策としての、東田メソッドも、今僕がやってるGCSの自主運営に近いものがある。

学生が就職時に着目する四点とし、③を重視する学生が一番会社に不適応であり、④が一番適応する、すなわち環境適応能力が一番重要。従って、学生時代同質のエリートたちと、ボランティアやNPO等々で活躍するより、異質な環境で挫折し立ち直った経験のある人材が会社に適応する。

(①組織視点:企業のブランド、②仕事視点:職種、ワークスタイル、③展望視点:キャリア、④環境視点:働く環境、人間関係。)

その環境適応力をつけるための東田メソッド、1、ゼミを運営しているのは学生 教員は学習の題材=企画と場のルールを提示し、運営が学生にゆだねられる。2、リーダーとチーム制、どのメンバーも必ず一度はリーダーとなる。

3、企画とは勉強と遊び、すべてがプロジェクト形式。5、企画の進め方はRPDC、全員がリーダーシップをもってサイクルを回す、等々.。

まあ、解決を学生時代に求めるのは、本質から逃げている気もするし、そもそもリクルートの人間が言うか?という気もするが、これはぜひ当事者に読んでもらって、感想を聞くしかない。

 

 ●7314 勝ち上がりの条件 (歴史) 磯田道史・半藤一利 (ポプ新) ☆☆☆☆

 

(032)勝ち上がりの条件 (ポプラ新書)

(032)勝ち上がりの条件 (ポプラ新書)

 

 

副題:軍師・参謀の作法、ポプラ新書なんて知らなかったが、何ともまあ強力な二人の対談である。申し訳ないが、榎本とは格が違う。(歴史以上に、現実のビジネスとの比較・関連付けに、大きな差がでてしまった)

今回もまた、黒田官兵衛に力が入っているが(これは間違いなく大河のせい)半藤だから、戦国だけでなく、明治・昭和の参謀(の駄目さ)も詳しい。で、磯田の別の本でも魅力的だった、小早川隆景秋山真之が、今回もまた素晴らしい。

特に秋山の凄さが、最近やっと解ってきたのだが「坂の上の雲」で、本当に描かれていたのだろうか?少なくとも、NHKドラマではその凄さがさっぱりわからなかった。

 

 ●7315 ウェイワード (SFミステリ) ブレイク・クラウチ (早川文) ☆☆☆☆

 

ウェイワード―背反者たち― (ハヤカワ文庫NV)

ウェイワード―背反者たち― (ハヤカワ文庫NV)

 

 

「パインズ」から始まる三部作の第二作。正直「パインズ」のラスト、僕はそれほど驚かなかったし、小説としても買わなかった。しかし、第二作の評判がいいし、それ以上に一体どうやって続編を書くの?という興味もあって読みだした。

で、人物造形、文章力は格段にアップしている気がして、結構長いのだが一気に読了した。作品としては、間違いなくこちらの方が上。ただ、ミステリとしての謎解きが、イマイチなんだよねえ。おしい。

そして、驚愕のラスト。また、結局回収されないある伏線。しかし、この伏線も含めて、なぜか誰も言わないのだが、このシリーズ「進撃の巨人」にそっくりなんだよね。偶然だろうが。(TVドラマ化されたようなので、見てみたい)

ただ、次作はどうも単純な○○○VS人間の戦いになるみたいなので、反則だけれど立ち読みで最後のオチを知ってしまった。(これは、長い小説を読まないでよかった、というオチ)

北上次郎が解説を書いていたのには驚いたけれど。一応断わりはあるが、北上がオチを割った解説を書いたのは初めてじゃないか?

 

 ●7316 住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち (エッセイ) 川口マローン恵美 (講α新) ☆☆★

 

 

これも良く売れて、続編もでたようだが、本書は「聞く力」以上にひどい。これは、サギと言ってもいいレベル。8勝も2敗もイメージにすぎず、何の裏付けもないのだ。愕然。

だいたい冒頭が尖閣列島の話で、全然ドイツも関係なくて、唖然。次が原発事故の話で、書いてる内容は解るが、なんでこの題名でそんなことを語るのか?

さらに、教育に関しては、日本を全然褒めていない。新書って、どんな題名をつけてもいいのか?さすがに、この内容には驚いてしまった。

 

●7317 大量絶滅がもたらす進化 (科学) 金子隆一 (サイ新) ☆☆☆☆
 

 

調べたら傑作「大進化する『進化論』」は95年の作品で、もう20年たってしまったんだ。で、何か最近進化論に関する本が減ったなあ、と感じていた理由が分かった。

本書の前半はラマルク、ウォレス、ダーウィンメンデルから木村資生、今西錦司、グールド、ドーキンスに至る進化論の歴史だが、ちょっと駆け足かな。モンキー裁判に触れてないのは物足りない。(獲得形質の遺伝に関して、カンメラー事件を、というのはマニアックか)

そして、ヒトゲノム計画の顛末に、予想はしていたが愕然。結局、素粒子と同じくゲノムにおいても、ミクロの世界は全く人間のリアリティーを越えていて、ほぼ超ヒモ理論状態になっているとは。

DNAの役割は小さく、RNAの方が実は重要、とは少し聞いていたが、これでは二重螺旋はどうなってしまうのか。ドーキンスはどうするんだ?

で、本書の目玉の大絶滅と進化の爆発。ただ、その正体はマントル・プリューム(前はプルームだった?)というのは前作一緒であり、目新しさはない。(ガンマ線バーストもやっぱりでてくる)

ただ、この20年の進化として、マントル・プリュームが大量絶滅時に必須の海退と海進を起こすメカニズムを明らかにし、さらには海洋無酸素事変の解明まで到達する。さらには、恐竜絶滅における隕石衝突、さらにはネメシス理論も、明確に否定していて、それは説得力がある。

以上、後半に絞った方が僕のような進化論マニアにはうれしいが、まあ最近少なくなった進化論の最新レポートとしては、貴重な本であることは確か。

 

●7318 タモリ論 (エッセイ) 樋口毅宏 (新潮新) ☆☆★

 

タモリ論 (新潮新書)

タモリ論 (新潮新書)

 

 

偶然「ヨルタモリ」を見て、タモリってこんなに面白かったっけ?と驚いて、毎週録画して見ていたら、あっという間に終わってしまった。

そんなときに本書を図書館で見つけて読みだしたのだが、これまた「ドイツ」以上にあきれてしまった。(著者の本は「民宿雪国」を読んで、変な作家だとは思っていたが)

冒頭こそまだいいのだが、途中からたけしやさんまの話になり、タモリの話がちっともでてこない。しかも、後半やっとでてきても、それは論でもなんでもない、うんちくと自分の感想にすぎない。しかも、たいして面白くない。ああ、新書っていうのは、こんなレベルでもOKなのか?新潮社のレベルを疑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:文春新書

*2:文春新書

*3:文春新書

2015年 8月に読んだ本

●7275 この世界はあなたが思うよりはるかに広い ドンキホーテのピアス17(エッセイ)鴻上尚史(扶桑社)☆☆☆☆

 

 

相変らず営業的には苦戦しているようだが、何とか17も上梓された。13-15年前半のSPA!連載分で、読み終えて、改めて今は激動の時代と強く感じた。

このエッセイも当初は鴻上の社会分析の鋭さ、先見の明が売りだったのに、何となく沖縄を始めとした、ややまったりとした日常がテーマとなり、そして今回は鴻上がかなり時事問題にコミットメントしている、いやぜざるを得ない。

「不謹慎を笑え」「不安を楽しめ」から今回の題名に、著者の祈りのようなものを感じてしまい、同世代としては彼の思いが良く解ってしまう。僕らは、大きな物語や絶対の正しさには、こりごりしているのだ。途中、何回か池上彰への絶賛が挟まるのも良く解る。

で、今回はひとつだけ大事なことが解ったので書いておく。スマホ(ネット)での情報収集が、なぜ駄目なのか。

新聞、雑誌、さらにはTVですら、その中の情報は自分の興味のないものが多数含まれている。そして、つい?そういう情報にも目が行ってしまい、たまにそこから気づきが生まれることもある。しかし、スマホは究極の媒体であり、史上初の自分が興味のある情報だけを読み続けることができる媒体なのだ。

毎日、自分の気に入った、ようは自分と同じ考え方、思想の情報ばかり、読みふける。そう、こんな怖いことがあるだろうか。そして、そうやって自家中毒化した頭に、突然気に入らない意見が侵入したら、一発炎上。これが、ネットにおける強烈な違和感の根本原因(のひとつ)だったんだ。こうやって、動物化はどんどん進む。

 

 ●7276 生還者 (ミステリ) 下村敦史 (講談社) ☆☆☆
 
生還者

生還者

 

 

「闇に香る嘘」に続いて「叛徒」も、テーマや文体は悪くないのだが、センスの欠如い
 うか、リアリティーが足りなくて、見放すつもりだったのだが、第三作の本書も設定(大規模山岳事故の生き残りの証言が食い違う)が魅力的で、つい読みだした。

で、今回も同じだった。ストーリーは面白く、一気に読んでしまったのだが、リアリティー、必然性を無視して語られるので、途中から嫌になってしまう。

まあ、ある男が、大規模事故から三回続けて自分だけ助かる、という偶然は(認めたくないが)認めるとしよう。しかし、この殺人?動機はありえないだろう。無理がありすぎる。(しかも、根本的アイディアは過去にいくつも例があり、僕も途中でわかってしまった)

ラストのどんでん返し(これは驚いた)や、途中の伏線に光る部分はあるのだが、最後の結婚式も含めて、後半の増田と恵利奈の追跡行は、ありえない。警察はどうしたんだ!?というわけで、これできっぱり著者とは決裂。

 

●7277 王とサーカス (ミステリ) 米澤穂信 (創元社) ☆☆☆☆★

 

王とサーカス

王とサーカス

 

 

傑作。今年のベスト候補。去年、あちこちのベストで著者の「満願」が一位となったのは、米澤の作品をたぶん全部読んでいるファンとしては、複雑を通り越してかなり嫌であった。「満願」は、彼の作品の中でも下から数えた方が早い作品だし、「ノックスマシン」に続いて、またミステリファンを減らしてしまうのでは、と心配だった。

しかし、じゃ米澤のベストは何か、と問われても、なかなか答えにくい。本来なら協会賞をとった「折れた竜骨」なのだろうが、残念ながらこの犯人はダメ。後は完璧なのに。

とすると、欠点はあるのだが(前半の謎がしょぼい)最初に読んだ「さよなら妖精」のインパクトが一番強い。特にラストには涙が出た。ユーゴスラビア内戦に僕自身興味があったので、心に沁みた。

で、本書はその続編ということで、28歳になったフリーライター大刀洗万智が主人公だ。ただ、個人的には「さよなら妖精」は守屋路行とマーヤの物語だったので、大刀洗の印象がそれほど残っていない。

しかし、今回主人公が巻き込まれる、ネパールでの王族殺害事件は、現実の事件であり、そういう意味では「さよなら」の後半とつながっている。そして、そこで示されるのはこの11年の著者の成長だ。

文体、人物造形、そしてテーマの深化。(テーマは狭義はジャーナリズム、広義では生きる、ということだろう。そして、書けないがラスト、もうひとつのテーマが炸裂する)さらに、ミステリとしての緻密な伏線も素晴らしい。(これは、「折れた竜骨」あたりで、かなり完成していたのだが、今回も良く出来ている)

ラストの意外性(登場人物が少ないので、意外な犯人ではないが)も申し分ない。これで、米澤の最高傑作というには、もっと期待したいが、少なくとも「満願」でなく、本書に年間ベストをとってほしかった。

東京創元社も、今回は力が入ってハードカバーで、ひもの栞(名前あったっけ?)もついている。1700円はちょっと高いが、ぜひ売れてほしい。

 

●7278 もう一つの「幕末史」 (歴史) 半藤一利 (三笠書) ☆☆☆☆

 

もう一つの「幕末史」

もう一つの「幕末史」

 

 

冒頭の西郷が「攘夷」を、「ありゃ手段じゃ」と言い切るエピソードに魅かれて(ここまではっきり書いた文章に記憶がない。これこそリアリスト西郷の真骨頂か)読みだしたが正直もう一つ、は看板に偽りありだと思う。

僕は半藤の分厚い「幕末史」も「それからの海舟」も読んでいるので、本書の内容に新しい知識はほとんどなかった。(西南戦争前に西郷が行った改革は、ここまできちんと理解していなかったが)

それでも、いつものキレのいい講談調で、幕末史ダイジェストとして面白く一気に読んだ。半藤はご存じのとおり、長岡にルーツを持つ江戸っ子なので、反薩長史観である。司馬遼太郎のおかげで、長州贔屓になってしまった、西国の田舎者である僕とは、ちょっと合わない。とずっと思ってきた。

(例えば、本書で一章を与えられた長岡の英雄、河井継之助をどうしても好きになれないし、会津藩の抵抗も申し訳ないが古臭く感じる)

しかし、僕もまた幕末における最大の人物は勝海舟だと思うし、龍馬暗殺の黒幕は薩摩だと感じたり、半藤幕末史の影響をかなり受けていることに今回改めて気づかされた。半藤の長いあとがきが心に沁みた。

「考えてみると、非戦憲法を基軸に高度成長を国家目的として、長いこと国際政治からの不在といった戦後史を引っ張ってきたのですから、自国以外の国家のいろいろな動きを想像する能力を日本人はみんな失ってしまっているのかもしれません。しかも、戦後教育のせいで、『歴史を知らない国民』になっている」

 

●7279 コミュニケーションのレッスン (社会学) 鴻上尚史(大和書)☆☆☆☆★

 

コミュニケイションのレッスン

コミュニケイションのレッスン

 

 

ドンキホーテ」で紹介されていて、読んでないと図書館で借りてきたのだが、なかなか手が出なかった。

というのも、鴻上は脚本やエッセイの外に「発声と身体のレッスン」「あなたの魅力を演出するちょっとしたヒント」「『空気』と『世間』」という三冊の本を出していて、どうやらその集大成ということのようなのだが、三冊とも読んでるし、「世間」はそんなに面白くなかったしなあ(だいたいこれじゃ、阿部勤也と山本七平のパクリじゃないか)という感じだった。

申し訳ない。やはり本書は集大成で、ノウハウ部分にかぶりはあるが、コミュニケーション論を越えた、鴻上理論というか思想本のレベルだ。しかも、圧倒的に解り易く、説得力がある。「世間と空気」に「社会」というレベルを組み込んだ日本人論は本当に説得力がある。

何で、前は感心しなかったのかなあ。僕の問題意識の位置が変わったのか、鴻上もクールジャパン等々で進化したのか。外国人との比較がすごく説得力があるのだ。

世間の特徴として「共通の時間意識」をあげ、日本人が当たり前のように使う「これからもよろしくお願いします」は、英語に翻訳不可能なこと。社会に生きる欧米人は、当然未来を共有していないので、下手したら結婚したいのか?と誤解される(笑)

逆に「先日はごちそうさまでした」は、別に過去を共有していないので、あえて持ち出す話題ではなく、「またおごってほしいのか?」と思われる(驚愕)というのだ。本当、不思議の国の日本人である。

コミュニケーションとは「聞く」「話す」「交渉する」の3つであり、ネットによって若者の「交渉力」が落ちている。なぜなら、交渉力は「語りたい思い」と「伝える技術」のセットだったのに、SNS等々によって「語りたい思い」を書き込むだけで、満足してしまうようになった。会話のバトルが学生時代におきていないのだ。これは本当に良く解る。

その他、斎藤孝の「教育欲」がでてきたり(鴻上勉強している)秋葉原通り魔事件の犯人の悲しいコミュニケーションとか、色々語りたいことがあるのだが、そうこうやって書くだけで満足しないためにも、この辺でやめておく。

最後に、自分の武器は自分を客観視することから生まれる、という言葉には当然共鳴するが、そのためには最初は、自己イメージを修正してくれる他者が必要、ということはきちんと理論化できていなかった。今後はそれも忘れないようにしよう。

 

●7280 ビッグデータ・コネクト (ミステリ) 藤井太洋 (文春文) ☆☆☆☆

 

ビッグデータ・コネクト (文春文庫)
 

 

 

藤井の新刊が近未来サイバー警察小説で、文庫書下しというのは意外だったが、何と本の雑誌の上半期の一位を本書がとったのは、さらに驚きだった。(といっても、この数年本の雑誌のベストは全く興味がないし、もともと順位はいいかげんなものなのだが)

で、今回は「ジーンマッパー」も「オービタル・クラウド」も解らなかった(途中で投げ出した)北上おやじが、本書を絶賛しているのだ。IT業界の裏話がすごいと。

で、僕は、いや僕も先の二冊が完璧に分かったわけではないが、その新しさに瞠目して一気に読み切った。しかし、本書はIT部分が全然わからず、もっというと事件の全貌も良く解らず、かなり途中で苦労して、ずっとほおっておいたのを夏休みにこうして何とか一気に読んだ。

正直わからない部分はわからずにどんどん進んだため、どうにも犯人の動機が良く理解できなかった。(北上は本当に分かったのだろうか)しかし、後半裏切り者?が解ってからは、ノンストップで加速度がつき、ラストの大がかりな仕掛けに驚き、感心した。

近未来の最先端のサイバーミステリに、何と京都の祇園香具師の親分(90歳で、携帯も使えない)が登場し、冒頭から何度も張られていたある伏線が爆発するのである。

うまい。これにはまいってしまった。しかし、本当に藤井は新しく、ポケットがいくつもある。恐るべき新人だ。SFがうらやましい。

 

●7281 南の子供が夜いくところ (ホラー) 恒川光太郎 (角川書) ☆☆☆☆

 

南の子供が夜いくところ

南の子供が夜いくところ

 

 

(読む本がなくなって)困ったときの恒川、ということで図書館で借りてきた。まあ、題名も季節にあってそうだし。本書はプリーストの「夢幻諸島」シリーズではないが、トロンバス島という謎の島を巡る、連作短編集。

ユナやタカシといった各作品に共通のキャラクターもいるが、物語はゆるい、というかほとんど関連せずに語られるのだが、それでも恒川は読ませてしまうし、何かそのほうが本質的なものをぼんやりと描いている気もする。

そして、冒頭の表題作と最後の「夜の果樹園」だけは、きちんと?繋がっているのだが、まあ、その繋がり方が、恒川しか書けないだろう、とんでもない角度で繋がってしまう。

このあたり「雷の季節」を思わせるのだが、そういえば途中で一回だけ「オン」という場所が語られていた。というわけで、大傑作とは言わないが、相変らず恒川のハズレなし。

 

●7282 【映】アムリタ (SF) 野崎まど (MW文) ☆☆☆☆

 

[映]アムリタ (メディアワークス文庫 の 1-1)
 

 

「Know」が予想以上に良かったので、最新刊の短編集「野崎まど劇場」を借りてきたのだが、これはダメ。ツツイに例えている人もいたが、とんでもない。これじゃ「アマチャズルチャ」。野崎は何と僕より12歳も年上で、若ぶってる?が、単なるおやじギャグ。

で一緒に借りた、デビュー作の本書も(メディアワークス文庫賞受賞作)手が出なかったんだが、読む本がなくなり、しょうがなく読みだした。

正直言って、学生、映画作り、天才少女、といった手垢のついたガジェットには引いてしまうし、何より相変らずの若作りオヤジギャグが気になってなかなか読み進めなかったのだが、そこを何とか読了してラストで驚愕した。

本書もやはり「Know」と同じ、トンデモ・オバカSFなのだ。しかも、極上の。前作は何となくイーガンと評したが、本書は間違いなくイーガン「しあわせの理由」映画バージョン・漫才編である。

正直、基本トリック?に説得力はないが、最後のどんでん返しの連続は、新本格的記述トリックであり、P・K・ディック的現実崩壊であり、それを美少女にやらせてしまいながらも、ラノベを越えて、ある意味めちゃくちゃ怖い。主人公が可哀想すぎる。

でもこのギャグのセンスは買わないが(何となく、東川篤哉を彷彿させるベタなギャグ)ラストの無茶な大技には感心してしまった。

どうやら、野崎のメディアワークスの作品は、全部で六作あって、最後はまたしても映画がテーマとなって、ループが閉じるという、ザ・ウォール的展開(懐かしい!)のようなのだが、図書館に最初の三冊しかないことに気づいた。ああ、本屋で手に入るのだろうか。

 

●7283 緑は危険 (ミステリ) クリスチアナ・ブランド (HPM) ☆☆☆☆
 
緑は危険 (ハヤカワ・ミステリ文庫 57-1)

緑は危険 (ハヤカワ・ミステリ文庫 57-1)

 

 

93年の本を予約したので、当然文庫版だと思っていたら、ボロボロのHPMだったのに驚いてしまった。しかも、初版は僕が生まれる前の58年、解説は都筑道夫。ブランドの諸作が文庫化されたのは、いつだったんだろうか。しかし、この小さくて読みにくい活字にはげんなり。

ひさびさの再読は、ミステリとしては、「ジェゼベル」や「はなれわざ」に比べると地味だが、伏線、ミスデレクションのてんこ盛りで、いかにもブランドらしいパズラーで、当時の僕が惚れ込んだのも解る。(いやあ、郵便配達の大がかりなミスデレクションには、やられました)

ただ、今回は上記のように物理的に凄く読みにくい上に、訳が良くない、というか当たり前だが古臭い。6人の密室劇のような展開にしては、キャラクターの描き分けがイマイチ。まあ、そもそも人物造形が俗っぽすぎるのだが。

というわけで、正直初読時の感動は感じられなかった。ああ、またひとつ夢が壊れる。しかし、43年の作品で、ドイツ軍の空襲時に被害者が運び込まれた病院で、推理合戦を行うという作品に、英国ミステリの伝統と我が国とのあまりに格差に愕然としてしまう。

 

●7284 白頭の人 (歴史小説) 富樫倫太郎 (潮出版) ☆☆☆☆

 

白頭の人

白頭の人

 

 

最近の著者の作品に、佐藤賢一と同じような、雑さとワンパターンを感じて、新刊予約をやめたのだが、二月に上梓された本書が半年で図書館の棚で入手できたので、案外僕の評価も間違いではないのかもしれない。

しかし、本書の冒頭はうまい。一気に引き込まれた。例の石田三成の三杯の茶のシーンに、三成の幼馴染として主人公大谷吉継も登場するのだ。そして、前半は軍配者シリーズを彷彿させるテンポの良さで、ぐいぐい読ませる。天才三成と凡人吉継を見事に対比させながら。

しかし、吉継を描く、ということは秀吉を描くことであり、関ヶ原を描くことであり、さらにはその病を描くことである。どう考えても、明るいカタルシスは望めない。敗戦と死は最初から約束されている。

正直、中盤から予想通り物語は現実の歴史に敗けて、失速し始める。しかし、そこを何とか踏みとどまって、最後まで完走した感じか。

そのために、作者が用意したのは、一般に喧伝された関ヶ原における吉継の勇猛さではなく、彼の底の知れない人の良さ、そして凡庸かつ巨大な器がもたらす魅力であり、夫婦愛である。正直、それはリアルを越えてファンタジーに近い。

それでも、この殺伐たる後半を、気持ちよく読み終えるには、こうせざるを得なかったのだろう。関ヶ原を思うとき、必ず輿に乗り頭巾を被った吉継の姿は必須だが、三成の刎頚の友、という以外に何をやったのかは、僕はよく知らない。まあ、たぶん一般的にもそうだろう。

そして、そのあたりを、凡庸なる天才として逆手にとった本書の戦略は、まずは成功したのではないか。しかし、吉継の娘が、あの真田幸村の妻であったとは全然知らなかった。

あと、これは著者の癖なのか、方法論なのか知らないが、歴史上の逸話がそのまま引用され浮いてしまう場合が時々ある。今回は、千人切り事件がそんな感じ。また吉継で一番有名な茶会で鼻汁を器に落としてしまったのを、三成が飲み干す、という事件は、今回は秀吉がそうしたという異説を採用しているが、時期的にそんなことを秀吉がするかなあ、という違和感があった。

最後に、本書のもう一人の主人公は、黒田官兵衛であり、その描き方に独特な解釈があり、まあ史実ではないだろうが、面白かった。

 

●7285 草 祭  (ホラー) 恒川光太郎 (新潮社) ☆☆☆☆

 

草祭

草祭

 

 

最近のマイブームである恒川作品だが、かつては本書しか読んでいなかった。とずっと思っていたのだが、どうもこれまた偽りの記憶のようだ。

冒頭の「けものはら」の内容の記憶はかなり明確にあるのだが(どこか「電脳コイル」を思わせる)残りの作品に全く覚えがない。たぶん、僕は「けものはら」を読んで、イマイチ地味で単調で、最後まで読まなかったのだと思う。当時は恒川のことが全然解っていなかったので、こんなテーストの短編集なら読まなくていい、と判断したんだろう。

しかし、今なら解る。本書に収められた五篇は、すべて美奥という村が絡んできて、登場人物も時々重なりながらも、時系列も違い、何より各作品のテーストが全然違いながらも、やはり恒川の作品と言わざるを得ない、作品集なのだ。

恒川は、ここでも圧倒的にユニークだ。ただ、今回はもう少し論理的なクロニクルが、バックボーンとして描かれた方が良かった気がする。「天化の宿」の天化というゲーム盤?など、圧倒的に面白いのだが、結局それの全体との関係は見えてこない。

まあ、これが恒川の作風と言われればお終いだが、本書もまた傑作ではあるが、もう少しで大傑作となったかもしれない、惜しい作品でもある。

 

 ●7286 トオリヌケキンシ (フィクション) 加納朋子 (文春社) ☆☆☆★
 
トオリヌケ キンシ (文春e-book)

トオリヌケ キンシ (文春e-book)

 

 

またしても短編集。ひさびさに著者の作品を読むが、この短編集(日常の謎、と言うべきかもしれないが、敢えてミステリとはしなかった)を読んで、著者の意図が良く解りすぎ逆に評価しづらくなった。

本書は、ひきこもりや共感覚、相貌失認、醜形恐怖症、といった、少し変わった病気(超能力?)の話が続き、著者らしいあたたかい物語となる。

しかし、冒頭の表題作のみが06年の作品で、あとの5作は13年以降である。ということは冒頭作品以外は、著者の実際の闘病後の物語であり、その経験が各作品に、重くのしかかっているように感じてしまい、エンタメとして単純に楽しめないのだ。

それが明らかになるのが、ラストの「この出口の無い、閉ざされた部屋で」である。本書のトリックは予想がつくが、ラストの哀切は強烈である。しかも、それを著者が語ると、ヒロインはオルターネイティブな著者の分身として、体が震えてしまう。

冒頭の作品と最後の作品が、ひきこもりで、見事に韻を踏んでいるのだが、最後に著者の仕掛けた爆弾が大爆発して、こちらも少し傷ついてしまう。この作品を、著者渾身の傑作と評する人がいてもいい。立派な人だと思う。ただ、僕は本書を気軽に楽しめるほど強くない。

 

●7287 月光のスティグマ (ミステリ) 中山七里 (新潮社) ☆☆☆

 

月光のスティグマ

月光のスティグマ

 

 

昨年の12月上梓の作品なので、これまた早めに棚でゲット。ただ、内容はかなり寒い出来。派手な作りと、スピード感で読ませるが、中身は通俗なラブストーリーであり、安普請の「白夜行」「幻夜」。

隣家に住む一卵性双生児の美少女が、二人とも主人公を好きになる、というあたりで物語はファンタジーなのだが、そこに関西大震災がかぶさり、16年後に再び東日本大震災に襲われるだけでも、いくらなんでも、なのだが、最後はアルジェリアでの人質事件、とくれば、いったいこの物語は何なんだ、と思ってしまう。

劇画でもここまでやったら、しらけるのではないだろうか。

 

●7288 果てしなき流れの果てに (SF) 小松左京 (ハル文) ☆☆☆☆

 

果しなき流れの果に (ハルキ文庫)

果しなき流れの果に (ハルキ文庫)

 

 

今年の夏休みの一週間で、結局12冊本を読んだが、最後は読む本がなくなり、浦和北図書館まで遠征して、最初は「日本沈没」(何と未読です)を手に取ったが、上巻しかなくついに本書を読みだした。

言わずと知れた小松左京の最高傑作であり、たぶん未だに日本SFのオールタイムベストを選ぶと一位になる可能性の高い、名作中の名作。なのだけれど、僕は学生時代に読んで、全く歯が立たず(冒頭の恐竜の場面と、ラストシーンだけは記憶があるが)いつか再挑戦しなければ、とずっと思っていた。

で、正直今回も苦戦したが、何とか読了し、ディティールはともかく、小松が何を描こうとしたかは理解できた。そして、1965年にこのような作品が描かれたという事実に驚愕すると同時に、正直小松の限界も感じた。(当時、SFマガジンに連載されたのだが、本書の次の連載が光瀬の「百億・千億」だったという。何と熱く、凄い時代だったのだろうか。同時体験したかった)

もちろん、解説で大原まり子が書いているように、本書の瑞々しさは、半世紀を経た今でも失われていない。そして、本書を乗り越えようと、小松は「ゴルディアスの結び目」を描き(これは、かなり成功し)最後に「虚無回廊」に挑んで、野々村のように挫折したのだろう。

小松の限界は2つである。これは「虚無回廊」にも言えるが、やはり中盤の描き方が人間臭すぎる。宇宙を、神を描こうとするならば、本来はレムのように人間を超越しなければいけない。(そういう意味では、神話や古代史を活用した光瀬の方が、はるかにうまい)

そして、本来なら大原が真っ先に怒らなくてはならないのだが、このラストは、あまりにも男性中心のステロタイプ、待つ母性である。(気持ちは解るが、やはり今は許されないだろう)

読みながら、最初の発掘シーンは、諸星大二郎の初期の諸作を想起した。諸星もまた、小松の影響を強く受けていたのかもしれない。

そして、未だ大原の言う、ワイドスクリーン・バロックの定義は良く解らないが、確かに本書を読んで僕は「イシャーの武器店」を思い起こし、さらにはベイリーの「カエアンの聖衣」ではなく、「時間衝突」をイメージした。

後者は本書の基本モチーフとよく似ており、その大胆(逆に言えばベイリーと同じく粗雑でもあるが)な奇想に驚き、冒頭の恐竜のシーンの意味も、今回は理解できた。(何で、最初は解らなかったのだろうか)

というわけで、時間はかかってしまったが、小松を理解するための宿題を何とかやった満足感はある。

 

 ●7289 砂の街路図 (ミステリ) 佐々木譲 (小学館) ☆☆☆★
 
砂の街路図

砂の街路図

 

 

 

確かに著者の今までのイメージを破った新作だが、その過去への眼差し、静謐なイメージは「代官山コールドケース」につながる気がした。

主人公岩崎は、母の死をきっかけに、北海道の架空の運河町を訪れ、20年前その街で突然溺死した、父親の謎を解こうとする。そして、その魅力的な時の止まった街に置いて、主人公はアーチャーのように、様々な人々から話を聞き出していく。

たった二日の濃密な時間。ある意味単調な物語を、一気に読ませる筆力は素晴らしい。しかし、ミステリとした場合「代官山」と同じく、物足りない。結局、謎は人々の証言によって、次々解かれていき、ここにミステリの論理のアクロバットはない。

そして、ついに明らかになる真相も、正直伏線はない上に、それほど面白くない。さらに、最後の展開も、僕は全く必然性を感じない。

たぶん、この物語を映像化すれば、素晴らしい作品になるような気がする。また、小説としても、読んでいる間は楽しめた。ただ繰り返すが、ミステリとしては高い評価をすることはできない。

 

●7290 死なない生徒殺人事件 識別組子とさまよえる不死 (SFミステリ) 野崎まど (MW文) ☆☆☆☆★
 

 

アムリタに続く第二作より先に、第三作である本書が届いてしまったため、悩んだのだが結局読む本がなくなり、手を付けたら一気読み。

最初は、アムリタ以上にベタなギャグがなかなか堂に入っていて?まるで東川篤哉のミステリを読んでるみたいで(いや、本当野崎の正体は東川かと思うくらい。ラストのSF展開を鑑みれば、有り得ないのだが)最近東川を見放している僕としては、ひさびさの味。

しかし、途中で野崎、侮りがたし、の感を持つ。四角形、五角形のシーンは、「神狩り」の関係代名詞を思い起こすし、殺人の動機は、間違いなくホックの「長方形の箱」であり、その解決はイーガンの「貸し金庫」だ。凄い。

こんなシリアスかつ超科学的なネタを、東川流ベタベタギャグかつラノベ流女子高物語で展開されると、まさにワイドスクリーン・バロックラノベ編という感じで、クラクラくる。

相変らず、基本となるアイディアに科学的説明は全くないのだが、それ以降の論理的展開は、西澤もびっくり、のクリエイティブかつ緻密さ。いやあ、本当にびっくりだ。しかも、西澤の場合いくらSF的設定をとっても、本質はミステリであるのだが、野崎の場合は本当に解らない。

たぶん、どちらも詳しくて、両方のセンスがあるのだ。そして、そして、最後に炸裂する、お約束の?大逆転。今回も、シンプルなのにひっくり返ってしまった。まいりました。

しかし、今回野崎を求めて本屋周りをしたのだが、メディアワークス文庫が不思議な存在であることが良く解った。本屋によって、ラノベ扱いされている店と、普通の文庫扱いされている店に分かれるのだ。(だから、本当に探しにくい)

目玉のビブリア書店のせいで、そうなったのかもしれないのだが、もっと問題なのは、たぶん買い取り制のせいで、新刊しか在庫を持っていない店がほとんどで、バックナンバーが全然揃ってない点。

図書館、ブックオフ、本屋を駆け回っても、6冊中第四作「小説家の作り方」と、最終及び最高傑作とされる「2」が見つからない。どうしようか。

 

●7291 パーフェクトフレンド (SF) 野崎まど (MW文) ☆☆☆☆
 

 

というわけで?須原屋で見つけた本書を、売り切れないうちに慌てて買ってきた。しかし、情報によれば、本書は「2」の前の第五作で、番外編に近い作品のようなので、本来はまだ読むべきではないのだが、我慢できなかった。

本書の主人公は小学四年生の少女四人。テーマは「ともだち」。アニメっぽい表紙もあって、本来なら絶対に手を出さなかった本だろう。しかし、今回もまずベタベタなギャグで、3回くらい吹いてしまった。トムにはまいった!?(図書館で読んだので、声を我慢するのに苦労してしまった)

ただし、本書は今までの二冊(いやKnowをいれると三冊か)が、無邪気な残酷さを描いたのに対し、そんなに単純ではないが、基本はハートウォーミングな物語であり、そういう意味でも(ラストからも)やはり番外編に近い作品なのだろう。

しかし、結論から言うと、今回も傑作である。一気に読んでしまった。本書は「ともだち」を徹底的に論理的に分解・分析し、ついに友人定数と友人方程式が完成する。(このあたりは、ラングトンの人工知能のシミュレーションみたいで、バカバカしくも最高に面白い!野崎の勉強の方向性が、結構僕と似ていてうれしくなる)

そして、ヴィドゲンシュタイのように「ともだち」を徹底的に論理的に分析したものだけが「ともだち」が論理を超越することを理解するのである。

お約束の後半の怒涛の展開、リアルな超論理とリアリティーのない論理の、終わりのないリドルストーリーは、今までの作品ほど意外ではないが、これもまた間違いなく野崎印である。

そして、これまで読んだ四冊に共通するのが、超天才少女の存在。で、僕は本書のラストのオチ(素直に読めば、姉妹か母娘?)と「死なない生徒」のオチから、ある仮説を思いついてしまった。ひっとしたら、四人の天才少女は○○○○なのではないか、と。

それにしても、良く考えると、本書はある意味、究極の「セカイ系」SFだ。ラスト、思わず筒井の「エディプスの恋人」を思い起こしてしまった。

 

●7292 幻の黄金時代 (社会学) 西村幸祐 (祥伝社) ☆☆☆
 
幻の黄金時代 オンリーイエスタデイ'80s

幻の黄金時代 オンリーイエスタデイ'80s

 

 

副題:オンリーイエスタデイ80s,1980年代から透視する21世紀の日本。たまたま図書館で見つけた2012年の本で、調べたらネットでも高い評価なのだが、個人的にはイマイチのれなかった。

日本にとって絶頂に見えた80年代にこそ、失われた20年の原因があった、というのは塩野のローマ学と相似で、興味をひかれた。

しかし、本書で引かれる、村上春樹、ホンダF1、RCサクセション、等々に関する物語が、結局何が言いたいのか解らない上に、何か違和感があり、たぶんそれは作者が僕より7歳年上であることにあるような気がする。(特に著者が拘る伊勢丹のCMに関しては、全く記憶がない)

僕らは、あの狂乱の80年代ですら、著者よりもっと醒めていて、絶望と隣り合わせで踊っていた気がする。

少なくとも、文化・思想的には。そして、読み終えて思うのは、80年代の絶頂と、平成のどん底は、明治後半から大正の絶頂と、その後の暗黒の昭和と、本質的には何も変わらない、ということだ。

 

●7293 日本史はこんなに面白い (対談) 半藤一利 (文春社) ☆☆☆★

 

日本史はこんなに面白い

日本史はこんなに面白い

 

 

08年の本で、図書館で見つけて読みだしたが、まあ可もなく不可もなし。半藤とその道の専門家の対談が16収められているが、すごく面白かったのは、井上章一の「ヒトラー高橋克彦の「アテルイ嵐山光三郎の「芭蕉」このくらいか。

だいたい、対談の分量が少なすぎて、基本的に消化不良。本筋と違って興味深いのは、半藤が諸田玲子に、勝海舟の妹、順子を描くことを薦めているところ。(諸田は、その後実際に「順子」を上梓した。残念ながら、傑作とは言い難いが)

しかし、何かこの話、記憶がある。ひょっとしたら、この本も、再読かもしれないなあ。年は取りたくない。

 

●7294 小説家の作り方 (SF)  野崎まど (MW文) ☆☆☆★
 

 

さすがは、大都会東京、というわけではないが、丸善日本橋店で「2」をゲットしたと思ったら、返す刀?で八重洲ブックセンターで本書をゲットでき、図書館に予約している第二作と合わせて、全巻手に入れることができた。

で、やっぱり我慢できず、第四作の本書を読みだした。主人公の駆けだしの作家、物実(たぶん物理的な実体の意味)に、ある少女(またも天才?)から「世界で一番面白い小説」を思いついたので、小説の書き方を教えてほしい、というメールが届くところから、本書は始まる。

そして、小説教室が始まり「パーフェクトフレンド」の「ともだち」と同じく、小説=創作ということが、徹底的に論理的に分析されるのだが、そこからの展開は今回は全く違う。

文系のシンギュラリティーというか、チューリングテストラノベバージョン、というか。ただ、今回はこちらも慣れたのか、今までに比べて驚きは少なかったので、少し厳しい評価とした。

そして、このラストは、どうやら「アムリタ」の映画につながる気がしてきた。「2」における著者の企みのフレームワークが少し見えた気がするのだが、野崎はそんなに甘くはないか。

いずれにしても、さいたま市中央図書館で「舞面真面お面の女」を借りている人、速やかに返却しなさい。

 

 ●7295  2 (SF) 野崎まど (MW文) ☆☆☆☆☆
 

 

信頼する「黄金の羊毛亭」氏が、「舞面真面」と「小説家」は、読んでなくても「2」を楽しめると書いていて、我慢できずについに最後の分厚い本書を手に取った。

で、読み終えて愕然。唖然。呆然。申し訳ない。僕の予想など遥かに超えた、著者の企みには感動するしかない。

本書には、過去5作の主要キャラクターが全員登場する。そして、そのキャラとストーリーが見事に融合した上に、お約束の大どんでん返しの連続。

たぶん読み終えると、誰もがいったい野崎はいつからこの全体構想を考えていたのか、と感嘆するしかない。ネットで確認する限り、「アムリタ」執筆時(すなわち、最初から全体構想があった)と、「パーフェクトフレンズ」執筆前、の二つの説があるようだが、僕は「羊毛亭」氏、と同じく後者をとりたい。

しかし、どちらにしても、この見事なストーリーには、ため息をつくしかない。今回もテーマは映画である。そして、この6冊は結局壮大なる「最原サーガ」であったのだ。

そして、ラスト、何と物語は「2001年」に肉薄する。正直、なぜ映画なのか?とか、神の領域を「2001年」のようにうまく処理できていない(人間臭い)とか、文句をつけようとするなら、瑕疵はあるのだが、ここまで伏線の回収が素晴らしいと、満点をつけるしかない。

しかし、本書を読むと「パーフェクト」のラストは、ハートウォーミングどころか、とんでもないダークストーリーに変わってしまうし、過去の作品を利用した、超ミステリ的トリックのつるべ打ちには、頭がクラクラした。

また、「死なない生徒」の伊藤先生が語る「進化論」が、本書のテーマである「創作」と「愛」の本質につながるシーンなど、鳥肌が立つ。しかも、何気に伊藤が生物の先生であったことが、効いてくるのだ。

とにかく、野崎は、ミステリ的センス抜群のハードSF作家であり、ギャグ作家という、何というか信じられない才能なのだ。まいった。こんな作家を見逃していたとは。

(しかも、昭和22年生まれとしていた経歴はギミックで、本当は78年生まれらしい。嗚呼)

そして、最後に思うのは、「2」というシンプルなタイトルの持つ、複雑な意味である。

 

●7296 なにかのご縁 (フィクション) 野崎まど (MW文) ☆☆☆

 

 

先日亡くなった鶴見俊介の座談本も、冲方丁の「もらい泣き」も、中途で掘り出して、朝の10時に須原屋で本書を購入、早速読みだした。それほど、深い野崎中毒に陥ってしまったのに、本書は何??

いや、別にひどい作品ではないし、面白いと思う人がいてもおかしくはない。しかし、この「ゆかり君とうさぎ」の「縁」を巡る、ハートウォーミングな短編集は、予想はしていたが、「最原サーガ」とあまりにテースト、いや内容が違う。

最後まで、何か仕掛けがあると期待したのだが、結局なにもないのだ。そう普通の学園小説、いやうさぎがしゃべるからファンタジーか。これが同じ作家の作品か?と思ってしまった。まあ文体はそんなに変わらないのだが。というわけで、相変らず野崎は驚かせてくれる。

 

 ●7297 もらい泣き (??) 冲方 丁 (集英社) ☆☆☆☆
 
もらい泣き

もらい泣き

 

 

本書が文庫化されたことで、こんな作品があったんだと気づき、本体をゲット。だが、ジャンル分けが難しい。どうやら、エッセイということなのだが、内容は著者が「泣けるはなし」を色んな人から聞いて、まとめ直す、という形式らしい。

が、伊丹十三聞き書きと同じく、かなり著者の創作が入っている気がする。また、長さから言うと、ショートショート集だろうが、そう言うにはちょっとイメージが違う。

で、読んでいて本書は三回姿を変えた。正直、最初は著者も模索の段階だったのか、全然泣けないし、のらなかった。(上記のように、いったん投げ出す)しかし、読む本がないので、無理して読んでいると、真ん中あたりで、とんでもない女性が連続し、主語が他者なのか著者なのか、わからない作品が続き、面白くなってきた。

何か、トーキングヘッズのビデオクリップのような、少しオフビートな奇妙な味だ。相変らず、泣けるはなしはひとつもないが。

そして、後半は大震災と重なってしまい、作風がシリアスになる。「ノブレスオブリージュ」で、背筋が伸び、「盟友トルコ」でついに、ウルウルきてしまった。

故郷の誇りである「エルトゥールル号遭難事件」の続きを、こうまで描いてくれれば目頭が熱くなる。ベタな話ではあるのだが。

著者の持つ、マルチな才能と様々な企み、とシンプルで太くて真摯、という相補性を、うまくなのか、結果的になのか炙り出した作品だと感じた。

 

 

2015年 7月に読んだ本

●7254 この社会で戦う君に「知の世界地図」をあげよう (社会学) 池上彰 (文春社) ☆☆☆☆ 

 

 


経済学の前篇に当たる、東工大の講義の書籍化。内容的には、各講義のつながりが経済学より弱く、ちょっとばらばらな感じ。しかも、テーマはそれぞれ大きく、深いので、少々食い足りない。また、「アラブの春」にイスラム国が登場しないなど、こういう時事問題は、腐るのが早いと改めて感じた。

ただ、世界地図から見える領土の本音、において米国人が使う世界地図は、大西洋(英国)が真ん中ではなく、米国が真ん中なため、ユーラシア大陸が中東のあたりで左右に分かれてしまい、アフガンやイランがちょうど切れ目にあたってしまい、米国人はこのあたりの地理に疎い、と言うのは(何かどこかで聞いたような気もするが)衝撃だった。まあ、東アジアも似たようなものだろうが。

そして、本書を評価したいのは、ラストのサムスンへの日本技術者の転職をテーマに繰り返される、学生たちのディスカッション。ここは、内容だけでなく、プレゼンのスタイルまで指導が入り、非常にリアルで面白かった。このやり方だけで、一冊本を作ってほしいくらいだ。(ただ、この内容も今のサムスンの状況だと、かなり変わってくるなあ)

 

 ●7255 思い出は満たされないまま (フィクション) 乾緑郎集英社)☆☆☆☆

 

思い出は満たされないまま

思い出は満たされないまま

 

 

 

このミス大賞作家として、ずっと中山七里と柚月裕子を押してきたのだが、二人とも書き過ぎで、イマイチつらくなってきた。しかし、もう一人忘れていた。「完全なる首長竜の日」の乾緑郎だ。

受賞第一作の「海鳥の眠るホテル」こそイマイチだったが「機巧のイヴ」は素晴らしい出来だった。ただし、彼の場合ジャンル分けができない。

本書も、SFでもホラーでもない。敢えて言うなら、朱川湊人風レトロ・ホラー(怖くはないけど)という感じで、実際多くの書評で「かたみ歌」との相似を指摘されている。(団地が舞台なところは、「なごり歌」と相似だが)

テーマは過去。そして歴史改変。七編の物語が、それぞれ過去と現在をつなぎ、そこに神隠しというSF設定が入るのだが(この辺は、まさに「アカシア商店街」)SFやホラーというほど仰々しくなく、ある意味淡々と団地の日常が語られていく。

そして、登場人物や各ストーリーもゆるやかにつながり、最後に時を越えた、アメリカングラフティーが現れる。おだやかで、しかしキラキラした、昭和テーストのバックツーザフューチャー。実は思い出はかなり満たされるのだ。

確か大森は本書を買っていなかったが、個人的には気に入ってしまった。乾には、やはり注目しなければならない。

 

●7256 完全復刻版「本の雑誌」創刊号-10号BOXセット  ☆☆☆☆

 

完全復刻版「本の雑誌」創刊号〜10号BOXセット【分売不可】

完全復刻版「本の雑誌」創刊号〜10号BOXセット【分売不可】

 

 

こういうものも、図書館で購入していただき、感謝に絶えない。(貼雑年譜は無理だよね)創刊号は76年、季刊から始まって、隔月刊になるころで、ちょうど僕の学生時代と重なり、図書館に常備されていたので、購入せずに立ち読みをしていた。

その後社会人になってからは、購入を続けてたのだが、そのうちまた立ち読みに戻った。その経緯を今回思いだした。初期は本当に書評中心だったんだ。時々、特集(有名なころで、椎名が文芸春秋を全ページ読破、など)もあるが、あくまで書評がメインで、その中心は目黒=北上ではなく、椎名とあやしい探検隊のメンバー。

さらに、その書評はダメなものはダメと言い切り、角川やフジ三太郎に喧嘩を売る、という、今ではまずありえない「噂の真相」的スタイル。(広告もほぼない)

ただ、残念なことに、その書評のレベルは低い。特にSFが壊滅的にダメ。時代・歴史小説は、このころ作品自体がほとんどなく、ミステリも冒険小説や新本格、翻訳ミステリのブーム前夜で、北上が今ならノベルスと呼ばれるだろうミステリを、必死に読んでいる姿が痛ましい。

で、9巻くらいから、嵐山、香山、新保といったプロのライターが現れ、広告も入りだし、熱気は薄れたが、ちゃんとした商業誌の一歩手前、という感じで終了。

たぶん、これから目黒が中心となり、書評以外の企画が増えていくのだろう。当時の僕は、たとえ下手でも書評、それも良し悪しのはっきりした書評に飢えていて、本の雑誌も日寄ったと思って、離れていった、ような気がする。

実は僕は、大学の図書館で本の雑誌をみつけたとき、同人誌の書評があって、当時僕が参加していた「SRマンスリー」で、僕が書いた筒井の「大いなる助走」の書評ならぬ寸評を取り上げてられていて、狂喜した記憶がある。しかし、10巻までには、そんな特集はなかった。幻の記憶、願望の捏造なのだろうか・・・・

 

 ●7257 アノニマス・コール (ミステリ) 薬丸 岳 (角川書) ☆☆☆☆

 

アノニマス・コール

アノニマス・コール

 

 

これまた、著者も量販体制に入ってしまったか?という出版ラッシュだが、さすがにモノが違うのか、本書もレベルは高い。驚きは、今回は誘拐事件のサスペンスに特化し、過去の罪や冤罪はほとんど背景に追いやられる点。

埼玉はやはり出てくるが。誘拐された少女の離婚した両親が、ともに元警察官で、その離婚の原因に警察の不祥事が絡んでいる、という初期新宿鮫のような設定は、もどかしいが効果をあげている。

ただ、これは個人的なことだが、本書の大きなトリックが2つとも、解ってしまった。中盤のどんでん返しは、そもそもそっちが本命と思えたし、ラストに関しては、あるシーンが引っかかって、最初から予想がついてしまった。

しかし、それでも本書は良く出来ているし、騙された人は大いに楽しめるだろう。

 

●7258 リーダーシップの哲学 12人の経営者に学ぶリーダーの育ち方(ビジネス) 一條和夫 (東洋経) ☆☆☆☆

 

リーダーシップの哲学

リーダーシップの哲学

 

 


ひさびさの一條先生の著作は、12人の経営者にマイ・リーダーシップ・ストーリー(一條先生は、リーダーシップ・ジャーニーと呼ぶ)を語ってもらう、という金井先生の「仕事で一皮むける」と同じ、シンプルな構成であった。

正直、最初はシンプルすぎて、どうかと思ったのだが、12人全員ではないが多くのリーダーのストーリーに引き込まれ、考えさせられた。(弊社の澤田社長も二人目で登場し、非常に魅力的なストーリーを語ってくれた)

最初は、リクシル藤森氏、ローソン玉塚氏、日産志賀氏、日本マイクロソフト樋口氏、らの有名人のストーリーに目が行ったし、内容も面白かった。

しかし、12人読み終えて、一番興味深かったのは、カルビーの松本氏だった。まあ、カルビーという会社の変革自体に興味があったのも事実だが。

さらには良品企画の松井氏は、氏の著作より、この短いインタビューの方がリアルで魅力的であった。(もう少しグローバル化の話が聞きたかったが)

そして、読了して思うのは、これまた金井先生からの学びと重なるが、リーダーシップとは個性的であり、これがリーダーシップという万人に共通のものはない、という事実だ。まさに、理論を大切にしながら持論を持つ、である。

そして、本書の結びで一條先生は、そういうリーダーシップを、オーセンティック・リーダーシップ=あなたらしいリーダーシップと呼ぶ。できれば、肉声で聞かせてほしいと思ったのは贅沢か。

 

●7259 宵待草夜情 (ミステリ) 連城三紀彦 (ハル文) ☆☆☆★
 
宵待草夜情―連城三紀彦傑作推理コレクション (ハルキ文庫)

宵待草夜情―連城三紀彦傑作推理コレクション (ハルキ文庫)

 

 

図書館で新装版を見つけて内容を確認したら、何と未読であった。あわてて読みだす。
連城は84年本書で吉川英治新人賞を受賞し、同年「恋文」で直木賞を受賞した。そし
て「恋文」をミステリと見なさなかった当時の僕は、本書も非ミステリと思い読まなか
った、というか連城作品を読まなくなったのだ。

「戻り川心中」が81年なので、僕にとってのミステリ作家としれの連城の活躍は、あっというまであった。しかし、本書を一応ミステリとしたが、やはりデビュー当時とはこのあたりから違ってくる。

文章は益々うまくなっているのだが、地の文がやたら多くなり、かなり読みづらい。会話がほとんどないのだ。そして、ミステリとしては、一発勝負の作品が多く、それほどの驚きはない。

さらに連城版「ローフィールド家の惨劇」というべき表題作や、「花虐の賦」などは、どうにも動機がオフビートで、後の「どこまでも殺されて」のような、ミステリに拘りながら、どこかずれている作品群(今、山田正紀の後期のミステリにも共通するものを感じることに気づいた)の先駆け、だったかもしれない、と感じる。

しかし、連城って、つくづく変な作家だったと思う。

 

●7260 考え抜く社員を増やせ (ビジネス) 柴田昌治 (日経文) ☆☆☆☆

 

 

僕のリーダーシップの三人の先生、一條・金井・田坂氏は、実際に直接講義を受けた経
験があるのだが、直接会ってはいないのだが、大きな影響を受けた先生が柴田昌治氏で
ある。

ただ、例えば若手メンバーに読ますには、どの本がいいのだろうか?と悩んでいる時、非常にコンパクトな本書が文庫化されたので、早速読んでみた。

正直、内容はいつもの柴田節で、あっという間に読める。ただ、やはり今の僕にとって、柴田メソッドはちょっとゆるい。(あの三枝さんが、まじめな雑談として、合宿ばかりやっている、と揶揄していたが、確かにそういう側面もある)

また、テーマが企業変革のため、新人にはぴんとこないかもしれない。ただ、後半の「自分の頭で考える」ということを、深堀していくあたりは、新人にもぜひ読んでもらいたいと感じだ。弁証法共時性・通時性、囚人のジレンマ、等々をそういうキーワードを使わずに、柴田流に語る部分も面白い。

ただ、やはり柴田流の改革は、北川知事の頃の三重県庁のような改革には向いているが、今の厳しい環境でグローバルを目指す企業改革には、緩すぎる気がしてしまう。

で、実は僕は本書を09年の年間ベストビジネス本に挙げたつもりだったのだが、確認
すると、次点にすぎなかった。やっぱり、当時も少し物足りなく感じたのかもしれない。

 

 ●7261 田舎でロックンロール (エッセイ) 奥田英朗 (角川書) ☆☆☆☆★

 

 

奥田と僕は同い年である。奥田のミステリの最高傑作は「邪魔」であり、世の中では直
木賞をとった伊良部シリーズが代表作、ということだろう。(僕は後者は評価しないが)しかし、僕が奥田の作品で一番好きなのは実は「東京物語」なのだ。あまり奥田の作品として語られることがないが、とにかく同時代性が涙腺を緩ませてしまうのだ。

本書はそれをさらに数倍上回る、同時代性を感じてしまい、一気に読み上げた。従って、この評価は59年生まれの田舎者限定である。

内容は、奥田のロック遍歴?なのだが、これがもう涙なしでは読めない。ビートルズ、ディープパープル、レインボー、ELP、ピンクフロイド、等々書ききれないが、ボズ・スギャッグッスのシルクディグリーズで、ついに涙腺は切れた。まあ、ブルース系は良く解らないのだが。

 

●7262 抱く女 (フィクション) 桐野夏生 (新潮社) ☆☆☆★

 

抱く女

抱く女

 

 

1972年の学生生活。ジャズと学生運動と恋愛。桐野、お前もか?と言いたくなる内
容であり、たぶん桐野の作品でなかったら手が出なかっただろう。桐野は団塊の世代
僕らの中間。だのに、なぜにここまで「田舎でロックンロール」と本書にはギャップが
あるのだろうか。(比べるのが間違っている?)

既に失われた世代であった僕らにとっては、全ては既に終わっていて、そのむなしさを熱く語ることはありえない。革命とその蹉跌なんて語れない。そんな恥ずかしいことは出来ない。

しかし、そんな陳腐な物語でも、女王様は読ませてしまう。嫌だ嫌だと思いながら、結局一気に読んでしまった。そして、表現は真逆でも、ここに描かれていることは「二十歳の原点」と変わらないのかもしれない、と思ってしまった。

 

 ●7263 ブラックスワン (ミステリ) 山田正紀 (ハル文) ☆☆☆☆

 

ブラックスワン (ハルキ文庫)

ブラックスワン (ハルキ文庫)

 

 

今でこそ、作品はミステリの方が多いくらいの著者だが、本格的にミステリを書いたの
は本書(89年の作品。88年に「人喰いの時代」があるが、本格ミステリは本書が最
初、だと思う)で、初読時は傑作と思ったのだが、あまり評判にならずがっかりしたの
を覚えている。

で、再読だが、正直文章が若書きなのには閉口した。学生たちの青春ミステリ(過去のパーツ)の一面もあるのだが、ちょっと文章がついてこない。(東野の初期の学生モノと同じくらいかな)

ミステリとしても、良い点と悪い点が混じる。ちょっとした会話の矛盾から、真相が浮かび上がる場面が何度かあり、そのあたりの細かい伏線には感心した。

しかし、結局なぜアリバイトリックが必要だったのか、イマイチピンとこない。当時はそんなことなく、アンチミステリとして感心した気がするのだが。

いずれにしても、著者がいまだに持つ、含羞というかネガティブなけれん?の良いところも、悪いところも出た作品と言えるだろう。ここは、当時の思い出も足して、少し甘い採点。

 

 ●7264 火神を盗め (冒険小説) 山田正紀 (ハル文) ☆☆☆

 

火神(アグニ)を盗め (ハルキ文庫)

火神(アグニ)を盗め (ハルキ文庫)

 

 

困った。本書こそ、初期山田正紀の冒険小説の最高傑作、と僕の脳内記憶の中では決ま
っていたのだが、いやあ、この前提はありえない。日本企業が、こんなことをするはず
がないし、サラリーマンたちが、こんな思考をするはずがない。大人のおとぎ話とはわ
かっていても、これでは感情移入できない。しかも、結構前段が長いのに閉口。

「謀殺のチェスゲーム」でも同じことを感じたが、能天気な学生時代と今とでは、ここまで感性が変わるんだ、と愕然としてしまう。最後のクロコダイルのオチだけは、きちんと覚えていました。

まあ、正直これでは直木賞はとれないな。美しき過去の記憶を汚すのはこれくらいにすべきだろうか。「崑崙遊撃隊」と「人喰いの時代」がまだ目の前にあるのだが・・・

しかし、暑い。その上、絶望的に本が読めない。宮内悠介の第三作「エクソダス症候群」は、途中で挫折。何かコナリーの新作ものらないし、ブランドの新訳も読めるだろうか・・・相変らず杉江は褒めているが。

 

●7265 松谷警部と三ノ輪の鏡 (ミステリ) 平石貴樹 (創元文) ☆☆☆★

 

 

シリーズ第三弾。アメフト、カーリング、ときて、今回はゴルフです。(どうでもいい
が、三鷹の次が三ノ輪じゃ混乱する?)相変らず、地味だけれどガチガチのパズラー。

でも、残念ながらカタルシスは少ない。ちょっと事件が複雑すぎる上に、登場人物が少
ないので、意外性もない。複雑になったのは、たぶんメイントリックだけだと、解り易
いので、色々捻って付け加えているうちに、複雑かつリアリティー不足となってしまっ
たんだろう。

実際、ラストで名探偵?白石以愛が謎解きをしている最中に、登場人物の一人が居眠りしてしまうんだから、自覚的というか自虐的。

このシリーズは連作短編にした方がいいんじゃないだろうか。著者には、シリーズを越えた大作を期待。教授は引退したんだから、時間はあるはずだ。

 

 ●7266 薔薇の輪 (ミステリ) クリスティアナ・ブランド (創元文) ☆☆☆

 

薔薇の輪 (創元推理文庫)

薔薇の輪 (創元推理文庫)

 

 

ブランド最晩年(76年)の作品の本邦初訳。とはいっても、メアリ・アン・アッシュ
名義、ということで、イマイチ乗れない。実際、ブランドの別名義作品と聞いていなか
ったら、彼女の作品とは思わなかっただろう。

何というか、ファース味の濃い、ドタバタしていながら、グロテスクでオフビートな作品なのだ。(76年の英国で、娘に会いたさに出獄してきた米国ギャングを描かれても、ギャグにしかならない)

確かに障害を持つ我が子をテーマに綴ったエッセイで虚名を得る女優という、何やら現代のブログや、SNSで私生活を切り売りする芸能人を彷彿させるところや、あのゴーストライター事件を予言したかのような、テーマの斬新さには驚く。

ただ、ミステリとしては、これは謎が単純だし、犯人も意外じゃないし、やはり評価できない。個人的にはブランドのベストは「緑は危険」なのだが、正直内容をさっぱり思いだせない。夏休みにでも、きちんと読んでみようか。

そう言えば、創元文庫からはブラックバーンの「薔薇の環(わ)」という作品もあった。時代を先取りしたパンデミックものの傑作だった。

 

●7267 人喰いの時代 (ミステリ) 山田正紀 (ハル文) ☆☆☆☆

 

人喰いの時代 (ハルキ文庫)

人喰いの時代 (ハルキ文庫)

 

 

ブラックスワン」より、こちらの方が先で、確かに今の著者のミステリ(例えば「ミ
ステリオペラ」)の原点ともいうべき作品。ネットでは読みにくい、との声が多かったが、僕にとっては青臭い「ブラックスワン」より、幻想味の強い(リアリティーの薄い)本書の方がよほど読みやすかった。

本書は五篇の連作短編を最後の短編で、全部つないでひっくり返す、という今や新本格の定番のような構成をとっているが、この時代においては斬新かつ美しい作品だったろう。それぞれの短編のトリックは小技だし、最後のどんでん返しも、今のレベルからすると地味である。

しかし、心臓発作で既に死んでいる被害者を、なぜ自殺を装って塔から突き落とさなければならなかったのか?等々の謎の解明が、結構説得力があって気に入ってしまった。(法月の「死刑囚パズル」を思い起こした。それほどではないが)

そういう小技があちこち効いていて、今回は結構面白く読めました。戦前の小樽という舞台もよかったかな。

 

●7268 人は、誰もが「多重人格」 (ビジネス) 田坂広志 (光文新)☆☆☆☆

 

人は、誰もが「多重人格」 誰も語らなかった「才能開花の技法」 (光文社新書)
 

 

田坂さんの新刊が積読になっていたのに気づき、あわてて読みだした。とは、言っても
これだけ田坂さんの本を読んでると、ああ「頭の中に他人を住まわせろ」の話だなあ、
これで一冊持つんかい?と言う気がしたんだけれど、そこは田坂さん、さすがです。や
っぱり面白くて一気に読んでしまった。

「才能の本質は人格」なんて言われると、ちょっと鼻白んでしまうが、こうやって丁寧に論証されると、なるほど!と思ってしまう。

「仕事のできる人とは、場面や状況の応じて、色んな人格を切り替えて対処できる人」
というのも、納得です。人格の切り替え能力を鍛えるのは「ビジネスメール」を書くこ
と、というのも目から鱗。コロンブスの卵。でも説得力がある。

で、本書で一番感銘を受けたのは、次の文章。「本当に深い思想を持った人物は、やはり多重人格です。そもそも『思想』とは、その思想を『実際に生きた』とき、『真の思想』と呼ぶのである」

これは見事に田坂さんの次の言葉とリンクがかかり、『思想』に関する理解が間違いな
く数段深まった。これが勉強の醍醐味だ。

「世の中に絶対に勝利し、絶対に成功する方法がない限り、そして全員が勝者、成功者になれる競争が存在しない限り、どれほどのベストを、努力を尽くしても、誰と言えども、敗北し、失敗することはある。

そのことを考えるなら、我々に本当に問われているのは、「いかにして勝つか」や「いかにして成功するか」ではありません。本当に問われているのは、その逆の問いなのです。それは何か。

全力を尽くしてなお、敗北や失敗に直面したとき、そのとき、自分を支える思想を持っているか。その問いなのです」

「その自分を支える思想こそ、これからの時代における『強さ』ということの真の定義なのです」さらに、自分の人格を変えようとするのではなく(それは難しい)新たな人格を育てる、というのも目から鱗。素晴らしい。やっぱ、否定ではだめなんだ。

「だから、苦手だと思う仕事も、不遇と思う時代も、捉え方によっては、それまで自分の中に眠っていた『人格と才能』を開花させる、絶好機なのです」何か、しみじみと感慨深い。多重人格を育てることが、才能開花の方法だったとは。

本書は、田坂さんとインタビュアーの会話形式で話は進み、読みやすく、解り易く、最後はいつもの田坂節に戻ってきて、これまでの話がきちんとリンクがかかります。安心の傑作。(まあ、人格を表層、深層、抑圧に三分割するのは、フロイトの意識、無意識、イド、の安易なアナロジーに感じてしまったが)

 

●7269 Know (SF) 野崎まど (早川文) ☆☆☆☆★

 

know (ハヤカワ文庫JA)

know (ハヤカワ文庫JA)

 

 

13年の作品で、かなり評判にはなったのだが、ラノベ風の表紙に引いてしまい、出遅
れてしまったのだが、偶然図書館でGET。で、まだ逡巡していたのだが、あの北上お
やじも褒めていたことを思い出し、何とかチャレンジ。

すみません、本書は傑作だ。正直、まだこんな才能がいたのか?と驚いてしまった。SFはやっぱりすごい。とにかく脳のシンギュラリティーとも言うべき「量子葉」を備えた少女ミアが圧巻。

「知る」と「生きる」は同じ現象とし、物質の究極の状態が「ブラックホール」なら、情報のブラックホールこそ○である、というトンデモ説にひっくり返ってしまった。(あとで、良く考えると、やっぱ無理がある気がするが)

そして、ミアは○によって、事象の地平線の向こう側に旅立つ。そして、衝撃、いや笑劇のラスト。いやあ、大バカSFですが、ここまで凄いと、感心するしかない。そう、イーガンだって、大バカSFに違いはない。野崎まどに、いまさらながら注目しよう。

 

 ●7270 判決破棄 (ミステリ) マイクル・コナリー (講談文) ☆☆☆★

 

 

 

 

正直、古くからのコナリーファンにとって、前作「ナイン・ドラゴンズ」は、あまりに
安普請に感じてしまい、見放そうかと思った。で、本書も出遅れたのだが、気長に待っ
てやっと図書館でゲットして読みだした。

今回はハラーが何と弁護士ではなく特別検察官として、ボッシュと組んで、事件にあたる。まあ、その無茶な展開は、解説のコナリーの(苦しい)説明を認めてあげるが、こうやって読み終えると、ハラーはともかく、ボッシュは遠いところまで来てしまった、と思わざるを得ない。

本書をデイーバーのような、ノンストップ・ベストセラーとして読むなら、ちょっとどんでん返しが弱いけれど、楽しく読めると思う。コナリーは法廷場面もうまいことは間違いない。

しかし、初期のボッシュ作品の、あの重苦しさ(例えば「ラストコヨーテ」の重さ、暗さ)を、当時は全面肯定しなかったけれど、ここまで陰影のないミステリを読まされると、やはりどうしようもない違和感を感じる。まあ、贅沢な悩みなのだろうが。

 

●7271 武士の碑 (歴史小説) 伊東 潤 (PHP) ☆☆☆★

 

武士の碑(いしぶみ)

武士の碑(いしぶみ)

 

 

やはり歴史小説家にとって、西郷は鬼門だ。今をときめく著者をしてもなお、西郷は捉えきれなかった。伊東が今回、西郷=西南戦争を描くために用いた奥の手は、西郷でも桐野でもなく、村田新八を主人公とし、彼のパリ生活を回想シーンで絡めたこと。

しかし、それは成功したとは言い難い。パリの部分が正直説得力がない。そして、帰国後村田が結局なし崩しに戦争に巻き込まれ、息子を進んで?犠牲にしてしまうあたりがどうも納得できない。

もちろん、本書は決して駄作ではない。西南戦争の悲惨な内戦を、丁寧に描いていることは間違いない。ただ西郷の理解を、仇敵大久保から日本中の武士が西郷に惚れて、取り合いをしている、それが西南戦争の本質としたわりには、肝心の西郷が魅力的に描け
ていない。

特に西郷が、薩摩に拘り続けるのが興醒めだ。やはり、西郷は難しい。

そして、西南戦争において薩摩私学校の兵たちは、大久保・川路コンビに挑発され暴発してしまうのだが、これはまるで幕末の江戸において、西郷が慶喜に仕掛けた挑発と同じであり、無意味にばたばた倒れていく田原坂での薩摩兵は、正に会津の闘いの再現、というかブーメラン返しである。

しかし、この史実を無視したラストはどうなんだろうか?著者なりの新証拠でもあるんだろうか。個人的には、西郷がハーメルンの笛吹き男として、武士階級を自らとともに葬った、という解釈が一番美しいのだが、まあメルヘンにすぎないのだろうなあ。

 

●7272 牟田刑事官事件簿 (ミステリ) 石沢英太郎 (双葉社) ☆☆☆★

 

牟田刑事官殺人簿 (天山文庫)

牟田刑事官殺人簿 (天山文庫)

 

 

新保が昭和50年代に、自分が書評で取り上げたミステリのベストとして「大誘拐」「戻り川心中」「サマーアポカリプス」と本書をあげていて、最初の三冊は僕のオールタイムベスト10に必ず入る傑作中の傑作なのに、本書の存在を知らず驚いて図書館に予約した。

しかし、アマゾンの書評で、その新保の文章のモトネタは本書の文庫本の解説にあると知り、これは話半分かな、と覚悟した。結論から言うと、話1/5くらいかな。この三作と比べるのはあんまりでしょう。

確かに駄作ではないが、正直既に時代に敗けている。全てにおいて、古臭い。(上記の三作はあと半世紀後でも古びないだろう)まあ、一気に読めたので駄作とは言わない。でも、ミステリとしてもそれほど驚きはなかった。

で、このシリーズ、小林桂樹主演でTVの人気長寿シリーズだったんだ。いちばん驚いたのは、著者のことをほとんど忘れていたので(「視線」を読んだのかな?)ウィキで引いたら、何と野阿梓父親だという。全然知らなかった。(しかし、野阿梓も最近沈黙しているなあ)

 

●7273 鷹野鍼灸院の事件簿 (ミステリ) 乾 緑郎 (宝島文) ☆☆☆☆

 

 

さっそく乾緑郎を調べたら、こんな短編集を見つけてしまい借りてきたのだが、いかにもはやりのラノベ風表紙に、積読になっていた。が、ついに読む本がなくなり、読みだしたら、これが止まらない。

やっぱり乾の文章はしっかりしているし、キャラが立っている。(そういえば「首長竜」でも、少女漫画家というオタクっぽい存在を、うまくリアルに描いていたことを思い出した)

そして、何より鍼灸というニッチな世界を、魅力的かつリアルに描いていて驚いたのだが、どうやら乾の本職は鍼灸師らしい。びっくり。ミステリとしても、派手さはないが、きちんと日常の謎の王道をやっている。

ちょっと、オチが倫理的に厳しい作品もあるのだが、全体のユーモラスな雰囲気が救っている。ただ、第四話はヒロインにあんまりな気がするなあ。というわけで、本書は掘り出し物。やはり乾に注目。何か鍼灸院に行きたくなってきた。

 

 ●7274 この日本で生きる君が知っておくべき「戦後史の学び方」 (社会学) 池上 彰 (文春社) ☆☆☆☆

 

 


今月冒頭の「知の世界地図」の続編にあたる、東工大の講義のまとめの第二弾。前作よりは、通時的にまとまっていて、しかもテーマが「戦後史」ということで、あっという間に面白く読めたし、若手への勉強本としても悪くないと感じた。

ただ、内容が「経済学」とかなりかぶるので、調べたら、ああ勘違い。「経済学」は東工大ではなく、愛知学院大学での講義録で、こちらもまた第二弾(何とバブルを描いているらしい。さっそく注文)が既に出ているようだ。だから、内容がかなりかぶっている。

ただ、愛知学院大学の方が新しく、かつ内容も様々なテーマが含まれているが、本書は政治+経済がほとんどで、解り易いが、ややシンプルすぎる。(だから、若手にはいいのかもしれないが)

そして、「自国の歴史から学ぶ力をつけることは、現代を生きる上で必須の教養なのです」という池上のポリシーに大きく同感する。(しかし、60年安保のデモ隊のシュプレヒコールと、昨夜浦和で見たデモ隊のものが、100%同じなのに疲れてしまった。歴史を学ぶ重要性を噛みしめてしまう)