2015年 9月に読んだ本

 ●7298 キャパへの追走 (NF) 沢木耕太郎 (文春社) ☆☆☆☆
 
キャパへの追走

キャパへの追走

 

 

 

「十字架」が上梓されたとき、正直しつこいなあ、と感じたのだが、読了後はあの「崩れ落ちる兵士」の真贋問題を遥かに超えた感動の書(ミステリ?)であった。そして、キャパにおけるゲルダ・タローの存在の大きさ、新しさに体が震えた。

そこで、今回もまた何で続編が?と思ったのだが、本書は「十字架」の続編というより、前篇、助走、という位置づけの本であった。

キャパの旅の後を追いかけながら、その写真の位置を実際に沢木が確認し、可能な限り同じアングルで撮った写真を、キャパの代表作の数々の下に配置する、というアイディアは抜群で、素晴らしい効果をあげている。

ただ、惜しむらくは少々長すぎる、というか、四十か所は多すぎて、途中やや冗長に感じてしまった。そして、本書はやはりウィーランの「キャパ」と「十字架」を先に読んでおかないと、本当の面白さは解らない。

そういう意味では、このタイミングで上梓されたのは、作者の冷静な作戦があるように感じる。最後に、ウィーランの墓まで出てきて、驚いてしまった。

しかし、沢木ももう少し事前に調べろよ、と言いたくなることも多かったのだが、たいがい偶然が起きて、何とかなってしまったり、さらに素晴らしくなってしまう。まあ、作ってないとは思うのだが、計算された無謀さが、ちょっと鼻についたり、それこそキャパと重なったり。

 

 ●7299 記憶破断者 (SF) 小林泰三 (幻冬舎) ☆☆☆★
 
記憶破断者 (幻冬舎単行本)

記憶破断者 (幻冬舎単行本)

 

 

最近の小林は見放しているのだが、新刊が簡単に入手でき、他の本を二冊投げ出してしまったので、読む本がなくなり、手を出したら一気読み。(イーガンの「ゼンデキ」2部に入ってすぐギブアップ。確かにイーガンに家族の物語を求めていない。

次の原田マハの「奇跡の人」は、去場安に続いて、介良(けら)れんという人物が登場した時点でギブアップ。このネーミングはないでしょう。あきれてしまった)

博士の愛した数式」で有名になった、前向性健忘症の主人公と、他人の記憶を改ざんできる超能力者=殺人鬼との戦い、と書くとあまりにとんでも設定だが、それなりに読ませる。

ただ、後半のどんでん返しの連続、特に最後のオチは、これノートを改ざんしてしまえば、何でもアリなので、ちょっと嫌になってしまった。他の短編集とも繋がっているらしいが、正直そこまで調べる気にもならなかった。(折原一の「倒錯のロンド」を思い起こしてしまった)

 

●7300 舞面真面とお面の女 (ミステリ・ホラー) 野崎まど (MW文) ☆☆☆☆

 

 

やっと図書館でゲット。これにて、最原サーガ全巻読了。本書は第二作であるが、堂々の傑作である。またその内容は、確かに野崎印ではあるが、他の作品とは微妙な違いもある。

もちろん、どんでん返しもあるのだが、本書は他に比べて、シンプルで太い作品に感じた。そして、それもまた野崎のひとつの魅力に感じた。

前半というか、最終章まで本書はまるで横溝ミステリのような、遺言の謎を解くパズラーである。ただ、そこにお面の少女=みさき、が登場してから、物語はオカルティックな謎に包まれるのだが、野崎はその謎をギリギリ合理的に解決して見せる。

それは(やや抽象的だが)シンプル、かつ論理的な見事なパズラーである。そして、最後に本書は野崎版○○○○となる。これまた、意外性はそれほどないがストーリーとしては、本家を越えて(日本流にアレンジして)読ませる。

しかし、それらの数々の魅力(熊?さんや、みさきのギャグも今回はすべらず冴えている)以上に、僕が感心したのは、途中でみさきが喝破する、真面の本質である。

ここで、物語の色彩、景色がガラリと変わる。ラノベ風の文体で、ここまで深い人物造形には驚いてしまった。

しかし、自業自得なのだが、やはり「2」を読む前に本書も読んでおくべきであった。「2」における、退屈している真面、という存在の真の意味を理解してから読めば、「2」の最後の展開はさらに面白く読めた気がする。

そして、本書で無双を演じるみさきを、最早が手玉にとることで、最早の超人性が更に強調されただろう。そこだけが、残念だ。どうやら10月にはひさびさに野崎の長編が上梓されるようだ、期待したい。

 

●7301 孤狼の血 (ミステリ) 柚月裕子 (角川書) ☆☆☆☆★

 

孤狼の血 (角川書店単行本)

孤狼の血 (角川書店単行本)

 

 

何度も書くが、著者への僕の期待はもはや風前の灯。で、今回も何と悪徳警官モノ、と聞いて、おいおい方向間違ってるぞ(黒川路線で、直木賞狙い?)と思って、興味は湧かなかったのだが、こういう時もまた簡単に新刊をゲット。

まあ、本の雑誌でサッカーの方の杉江が今年のベスト、と書いていたのを信じて、何とか読みだした。冒頭から、まさに極道と警官は紙一重、という感じで希代の悪徳警官、大上の存在が凄まじく、一気に引き込まれる。(舞台は広島ではなく、たぶん呉をモデルにした架空の町)

ただ、達者なことは解っても、著者がこっちに進む必要はないのに、という思いはつきまとう。まあ、読みながら見たことはないのだが、東映任侠映画ってこんな感じ?などと思っていた。

しかし、ラスト50ページの予想をはるかに超えた驚愕の展開には、呆然としてしまった。なんだ、これは。本書は柚月版「猛き箱船」であり、悪の成長小説、ビルディング・ロマンなのだ。凄い。

しかし、結局やくざの抗争はどうなったの?と思ったら、たった2ページで、アメグラ風処理をしてしまい、そのセンスに感嘆。

そして、そして、ラストのこれまたたった2ページのエピローグは、まるで「ゴッドファーザー」。日岡がマイケル・コルレオーネに重なってしまった。まさか、著者がこんな路線で、こんな傑作を書くとは、想像もできなかった。脱帽。

 

●7302 職業としての小説家 (エッセイ) 村上春樹 (スイチ) ☆☆☆☆★
 
職業としての小説家 (新潮文庫)

職業としての小説家 (新潮文庫)

 

 

大宮そごうの三省堂で本書の山積みを見つけ、レジでこれは紀伊国屋から仕入れたのか?と聞いたら、その狙い(ネット対抗)まで丁寧に説明してくれた。そのやり方に未来は感じないが、とりあえず村上のチャレンジに協働することにする。

そして、本書の出版社がスイッチ・パブリッシング(柴田のモンキー連載)であると知り、やはりこれはあだ花で終る気がした。しかし、内容は素晴らしい。(「村上さんのところ」が、くだらなくて購入をやめた後だったので特に)

ここには、僕が30年以上寄り添ってきた素の村上春樹がいる。(その距離は少し変化したが)じっくりと、読み込んで、深いため息をついた。詳細は描かないでおくが、このリアルなバランス感覚とオカルト一歩手前の超越感の共存こそ、村上の本質だとつくづく思う。

最初に村上を読んだのは、SRの会の書評で「羊」が、青春への「長いお別れ」と描かれていて、(順番は思いだせないのだが)鼠三部作を一気に読み、ついに日本にも、こんな作家が現れたのか(日本流私小説と次元の違う作家)と狂喜したのを思い出す。

まあ、その頃大好きだった、カート・ヴォネガットに似ていたのもうれしかった。確か、時代の雰囲気を見事に切り取った、と所感を書いた記憶がある。

ただ、読み終えてしばらくして、三部作にはそのテーマである(と思った)「喪失」以上に、「死」の気配が漂っていることに気づき、愕然とした。そして、それは「世界の終り」で増幅され、「ノルウェイ」で頂点を迎える。

そして、長い時が過ぎ、村上も僕もまた大きく変貌し、本書を読んで思うのは、信じる力と存在そのものへのリスペクトだ。長い旅であり、紆余曲折いろいろあったが、結果的には、素晴らしい旅だったと思う。もちろん、まだ終わっていないのだが。

 

 ●7303 なにかのご縁(2)(フィクション) 野崎まど (MW文) ☆☆☆
 

 

第一作があんまりだったので、このシリーズは読まないつもりだったのだが、こういう時に限って図書館で簡単に手に入る。

で、仕方なく読み始めたが、今回も野崎らしさ(僕の考える)はほとんどなく、ギャグも幼児化している。何か、昔懐かしいテレビマンガの脚本でも読んだような感じ。

 

 ●7304 ウルトラマンが泣いている (NF) 円谷英明 (講現新) ☆☆☆☆
 

 

読む本がなくて、図書館の新書コーナーで見つけて読みだしたのだが、一気読みして自分の感情を持て余してしまった。題名から内容は予想がついたし、正直大人になってからはウルトラシリーズは、セブンまでしか興味がない。

しかし、しかし、この内容はひどすぎる。円谷というと(マラソンもあるけど)いまだに懐かしく暖かいものが溢れてしまう僕らの世代(著者も僕と同い年)にとって、この現実の醜さは、やはり強烈パンチである。痛くて、苦しい。

円谷プロの内情のひどさは、アマゾンの所感等々がまとめてくれているので、敢えて描かないが、著者の告発は完全に個人批判(叔父さんとその息子)となっていて、冷静に考えれば一方的すぎるのだが、著者は自らの父の不倫や兄のセクハラまで正直に書いており、(自らの中国事業の大失敗も)どんなひどい内容でも、たぶんその通りなのだろう、と思わせる真摯さがあるのだ。

そして、そこまでの精神浄化が必要であった、著者の苦しみと絶望を思うと、本当に僕自身の感情もどう処理をしたらよいのか、途方に暮れるのである。

 

 ●7305 戦国軍師入門 (歴史) 榎本 秋 (幻冬舎) ☆☆☆★
 
戦国軍師入門 (幻冬舎新書)

戦国軍師入門 (幻冬舎新書)

 

 

 

これまた、深い考えもなく読みだしたのだが、結構面白かった。様々な軍師が描かれているのだが、大友宗麟の軍師、立花道雪立花宗茂の義父)が一番興味深く、彼を描いた小説を探してみようと思う。

また、黒田官兵衛の描写にも力が入っている。とは言っても、著者も書いているが、本書は史実に忠実ではなく、古今東西の軍師本のサマリーのような本であり、それはそれで面白く、雑学本として良く出来ているのだが、それ以上のものでもないこともまた厳然たる事実。

特に、なぜか安易に戦国時代を現在のビジネス競争に例えた部分は、全く必要ないと感じた。

 
 ●7306 約束 K・S・Pアナザー (ミステリ) 香納諒一 (祥伝社) ☆☆☆★
 
約束 K・S・Pアナザー

約束 K・S・Pアナザー

 

 

K・S・Pシリーズひさびさの新刊は、番外編とは聞いていたが、まさか沖も貴里子も登場しないとは、あんまり。

それはさておき、内容の方はやくざ、韓国マフィア?悪徳警官が三つ巴でお宝を奪い合うという、古典的かつ派手な展開で、一気に読ませる。ただ、あまりにもアクションの連続で、大沢の狩人シリーズやタランティーノの映画のように、少々コクに欠ける。

時々顔を出す、説明的な長ゼリフもらしくない。また、主人公の場違い?な正義感や、ラストの処理も、著者の思いは解らないではないが、僕の好みとはずれる。ちょっと期待が大きかっただけに、やや辛めの採点。(悪徳警官のオチ、このパターン最近多すぎる。法律で禁じてほしい)

 

 ●7307 火 花 (フィクション) 又吉直樹 (文春社) ☆☆☆★

 

火花

火花

 

 

嫁から、せっかく買ったのだから読んでみてと渡されたのだが、なかなか手が出ず、読む本がなくなりついに読了。さすがに、素人とは思えない文章だが(まあ、腐っても芥川賞だから、当たり前か)これは、太宰ですら嫌いな僕の好みではない。

(太宰は高校時代「とかとんとん」等々の短編には感心したが、大学時代「人間失格」を投げ出してから、縁がない)

しかし、こんな理屈っぽい漫才師ってありえるのだろうか。個人的には、これでは笑えない。面倒くさい、としか感じない。

 

●7308 流星ひとつ (NF) 沢木耕太郎 (新潮社) ☆☆☆☆

 

流星ひとつ

流星ひとつ

 

 

藤圭子の自殺後、緊急出版された本書に、当時はその背景をきちんと理解していないくせに何となく胡乱なものを感じて、手を出さなかった。しかし、こうして二年がたつと、事件の余波もおさまり、簡単に図書館で手に入ったので、思いきって読みだした。

本書は、79年藤圭子28歳、沢木31歳の時のインタビューである。内容は衝撃的だ。地の文が全くなく会話だけで本書は成り立っている。

本書の前に書かれた「テロルの決算」で、沢木は三人称を徹底し(だから、僕はテロルにあまり思い入れがない)本書の後は、一人称を徹底した「一瞬の夏」を書き、ついに「私ノンフィクション」を完成させた。それほど、この当時の沢木のNFの方法論へのこだわりは激しい。

したがって、本書をお蔵にしたのは、沢木があとがきで書いている理由(これもまた、正しいとは思うが)だけではなく、対象(藤)と深い仲になってしまったため、沢木の倫理観が出版を差し止めた、という噂の方が真実だと思う。

そして、この作品を読めば、誰もが二人の関係が只者ではないことに気づいてしまうのだ。正直、現実には何回もあっただろうインタビューを、一夜の物語に編集した沢木のやり方はあまりにもスタイリッシュで、あざとさすら感じる。

しかし、そこで語られる、本人ですら明確に認識していなかったであろう、藤圭子の生身の姿は、あまりに無垢で、真面目で、儚く、痛々しくもまた、魅力的だ。それに対して、金などいらないと、一席ぶつ沢木は、何とも子供っぽい。

そして、後半は沢木がしゃべらされる火花の散る対談と化す。やはり、これは斬新かつ素晴らしい作品だ。藤圭子だけが持っていた本書のコピーを、こうして30年後に敢えて世に出した行為の是非については、僕は正直判断できない。

本書を宇多田ヒカルが読み、母のかつての輝きを感じ、喜んでほしいとのみ思う。その意味では、沢木の気持ちは良く解るし、この作品もまたそれに耐えうる内容だと思う。

が、世の中、そんなに甘くないだろうなあ、ともまた感じてしまう。(「深夜特急」のあるシーンが出てきたときは、体が震えてしまった)

 

 ●7309 ナショナリズムは悪なのか (思想哲学) 萱野稔人 (NHK) ☆☆☆☆

 

新・現代思想講義 ナショナリズムは悪なのか (NHK出版新書 361)

新・現代思想講義 ナショナリズムは悪なのか (NHK出版新書 361)

 

 

最近露出度が高く(特に僕の好きな「英雄たちの決断」でのコメントは素晴らしい)言ってることも骨太で、いつかきちんと読もうと思っていた萱野の「ナショナリズム」論。

冒頭から日本における格差問題は、グローバリズムにおいては貧しい国の人々と日本人の格差が是正されるのだから何ら問題はない、という著者の言葉にガーンと頭を殴られた。

したがって日本人が格差問題を考えるときは、ナショナリズムという枠組みを使わざるを得ないのだ。著者はゲルナーナショナリズムの定義(政治的な単位と民族的な単位の一致)とウェーバーの国家の定義(暴力行使の独占)を駆使して(これだけでも、頭が良くなった気がする)ナショナリズムを単純に嫌悪し、排除する論壇の無能さを、これでもかと暴き立てる。

ドゥルーズ=ガタリの言う、資本主義は国家によって成立したという説は、僕には非常に説得力があり、現在の諸問題を解決するには、ナショナリズムをコントロールするしかない、という著者の覚悟は痛いほど解る。

その現状認識はあまりにも正しい。ただ残念ながら、本書にはその解決策はほとんど描かれない。もちろん、そんなことが簡単にできれば、世の中はこんなことにはならない。それでも、それを次に期待したい。

 

 ●7310 保守問答 (思想哲学) 中島岳志・西部進 (講談社) ☆☆☆☆
 
保守問答

保守問答

 

 

最近御無沙汰していたのだが、続けてポリティカルな本を読む。中島を読んだとき、ついに西部の後継者が生まれたか、と思ったのだが、やはりこういう子弟?対談本があったんだ。

子弟なので、正直中島が西部をリスペクトしすぎており、内容は西部・保守論のおさらいのようになってしまったが、それでもひさびさに心洗われる気がした。

ただ、一点改憲論において、まさに今を先取りして(08年の本)議論は熱を帯び、今現在とは全く深さの違う二人の闘いに、心が震えた。(ただ個人的には、中島の意見はリアルすぎて、本質をはずしている気がするし、西部は偽悪的に粗暴すぎるが)

そして、中島がなぜ、仏教を勉強し、パール判決を描いたのか、ようやくつなげることができた。


 
●7311 放課後に死者は戻る (ミステリ) 秋吉理香子 (双葉社) ☆☆☆☆

 

放課後に死者は戻る

放課後に死者は戻る

 

 

 

「暗黒女子」でデビューした著者の第二作、ネットで評判がいいので読んでみた。文体、キャラクター、シチュエーション、どれもラノベ風で、まるでメディアワークス文庫のように、あっという間に読める。

ただ、冒頭の事故によって、崖から落ちた二人の心が入れ替わる、というのは「転校生」「秘密」と続く黄金パターンな上に、本書には「アナザー」要素も交じっていて、これはいくらなんでもオリジナリティーが足りない、と感じた。

もう一点、その入れ替わった主人公は、根暗のオタクだったのに、新しい体はハーフのイケメン超モテモテ男、というのも、いいかげんにしろよ、と思ったのだが、これは本書の隠れテーマに繋がり、ラストは結構いいかんじで終る。

そして、ミステリとしては、よく頑張ったと、納得できない、の中間という微妙な出来だが、ここは次作「聖母」に期待して、甘めの採点としておく。まだ粗削りだが、著者は化ける気がするのだ。

 

 ●7312 聞く力 (エッセイ) 阿川佐和子 (文春新) ☆☆☆
 
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聞く力―心をひらく35のヒント *3

 

 

図書館の棚に本書が十冊以上並んでいるのに気づき、兵どもの夢の跡というか、ベストセラーの悲哀を感じたが、TVの阿川は結構好きだし、小説もジャンルが違うので一冊しか読んでいないが、立派な文章だった。というわけで、読みだしたのだけれど、え!?という感じ。

これ、どう考えても、題名と内容があっていない。この題名だと、阿川のインタビュー虎の巻、という感じだが、実際は単なるインタビューのよもやま話の連続。しかも、ひとつひとつは短くて、深みが無く、正直たいして面白くない。

これがベストセラーになるとは、新書を買っている人と読書人は、違う人種なのかもしれない。

 

 ●7313 若手社員が育たない。 (ビジネス) 豊田義博 (ちく新) ☆☆☆☆

 

若手社員が育たない。: 「ゆとり世代」以降の人材育成論 (ちくま新書)

若手社員が育たない。: 「ゆとり世代」以降の人材育成論 (ちくま新書)

 

 

副題:ゆとり世代以降の人材育成論。題名がつんくみたいだけれど、内容は真面目です。で、著者の分析の方法論(アンケートを多用)は下手なコンサルの常套手段という感じで、好きではないし、分析結果のまとめかたもやや切れが無く、冗長に感じる。

しかし、その結果は今の僕の皮膚感覚に非常にマッチし、大きく共鳴した。また、後半紹介される、著者の解決策としての、東田メソッドも、今僕がやってるGCSの自主運営に近いものがある。

学生が就職時に着目する四点とし、③を重視する学生が一番会社に不適応であり、④が一番適応する、すなわち環境適応能力が一番重要。従って、学生時代同質のエリートたちと、ボランティアやNPO等々で活躍するより、異質な環境で挫折し立ち直った経験のある人材が会社に適応する。

(①組織視点:企業のブランド、②仕事視点:職種、ワークスタイル、③展望視点:キャリア、④環境視点:働く環境、人間関係。)

その環境適応力をつけるための東田メソッド、1、ゼミを運営しているのは学生 教員は学習の題材=企画と場のルールを提示し、運営が学生にゆだねられる。2、リーダーとチーム制、どのメンバーも必ず一度はリーダーとなる。

3、企画とは勉強と遊び、すべてがプロジェクト形式。5、企画の進め方はRPDC、全員がリーダーシップをもってサイクルを回す、等々.。

まあ、解決を学生時代に求めるのは、本質から逃げている気もするし、そもそもリクルートの人間が言うか?という気もするが、これはぜひ当事者に読んでもらって、感想を聞くしかない。

 

 ●7314 勝ち上がりの条件 (歴史) 磯田道史・半藤一利 (ポプ新) ☆☆☆☆

 

(032)勝ち上がりの条件 (ポプラ新書)

(032)勝ち上がりの条件 (ポプラ新書)

 

 

副題:軍師・参謀の作法、ポプラ新書なんて知らなかったが、何ともまあ強力な二人の対談である。申し訳ないが、榎本とは格が違う。(歴史以上に、現実のビジネスとの比較・関連付けに、大きな差がでてしまった)

今回もまた、黒田官兵衛に力が入っているが(これは間違いなく大河のせい)半藤だから、戦国だけでなく、明治・昭和の参謀(の駄目さ)も詳しい。で、磯田の別の本でも魅力的だった、小早川隆景秋山真之が、今回もまた素晴らしい。

特に秋山の凄さが、最近やっと解ってきたのだが「坂の上の雲」で、本当に描かれていたのだろうか?少なくとも、NHKドラマではその凄さがさっぱりわからなかった。

 

 ●7315 ウェイワード (SFミステリ) ブレイク・クラウチ (早川文) ☆☆☆☆

 

ウェイワード―背反者たち― (ハヤカワ文庫NV)

ウェイワード―背反者たち― (ハヤカワ文庫NV)

 

 

「パインズ」から始まる三部作の第二作。正直「パインズ」のラスト、僕はそれほど驚かなかったし、小説としても買わなかった。しかし、第二作の評判がいいし、それ以上に一体どうやって続編を書くの?という興味もあって読みだした。

で、人物造形、文章力は格段にアップしている気がして、結構長いのだが一気に読了した。作品としては、間違いなくこちらの方が上。ただ、ミステリとしての謎解きが、イマイチなんだよねえ。おしい。

そして、驚愕のラスト。また、結局回収されないある伏線。しかし、この伏線も含めて、なぜか誰も言わないのだが、このシリーズ「進撃の巨人」にそっくりなんだよね。偶然だろうが。(TVドラマ化されたようなので、見てみたい)

ただ、次作はどうも単純な○○○VS人間の戦いになるみたいなので、反則だけれど立ち読みで最後のオチを知ってしまった。(これは、長い小説を読まないでよかった、というオチ)

北上次郎が解説を書いていたのには驚いたけれど。一応断わりはあるが、北上がオチを割った解説を書いたのは初めてじゃないか?

 

 ●7316 住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち (エッセイ) 川口マローン恵美 (講α新) ☆☆★

 

 

これも良く売れて、続編もでたようだが、本書は「聞く力」以上にひどい。これは、サギと言ってもいいレベル。8勝も2敗もイメージにすぎず、何の裏付けもないのだ。愕然。

だいたい冒頭が尖閣列島の話で、全然ドイツも関係なくて、唖然。次が原発事故の話で、書いてる内容は解るが、なんでこの題名でそんなことを語るのか?

さらに、教育に関しては、日本を全然褒めていない。新書って、どんな題名をつけてもいいのか?さすがに、この内容には驚いてしまった。

 

●7317 大量絶滅がもたらす進化 (科学) 金子隆一 (サイ新) ☆☆☆☆
 

 

調べたら傑作「大進化する『進化論』」は95年の作品で、もう20年たってしまったんだ。で、何か最近進化論に関する本が減ったなあ、と感じていた理由が分かった。

本書の前半はラマルク、ウォレス、ダーウィンメンデルから木村資生、今西錦司、グールド、ドーキンスに至る進化論の歴史だが、ちょっと駆け足かな。モンキー裁判に触れてないのは物足りない。(獲得形質の遺伝に関して、カンメラー事件を、というのはマニアックか)

そして、ヒトゲノム計画の顛末に、予想はしていたが愕然。結局、素粒子と同じくゲノムにおいても、ミクロの世界は全く人間のリアリティーを越えていて、ほぼ超ヒモ理論状態になっているとは。

DNAの役割は小さく、RNAの方が実は重要、とは少し聞いていたが、これでは二重螺旋はどうなってしまうのか。ドーキンスはどうするんだ?

で、本書の目玉の大絶滅と進化の爆発。ただ、その正体はマントル・プリューム(前はプルームだった?)というのは前作一緒であり、目新しさはない。(ガンマ線バーストもやっぱりでてくる)

ただ、この20年の進化として、マントル・プリュームが大量絶滅時に必須の海退と海進を起こすメカニズムを明らかにし、さらには海洋無酸素事変の解明まで到達する。さらには、恐竜絶滅における隕石衝突、さらにはネメシス理論も、明確に否定していて、それは説得力がある。

以上、後半に絞った方が僕のような進化論マニアにはうれしいが、まあ最近少なくなった進化論の最新レポートとしては、貴重な本であることは確か。

 

●7318 タモリ論 (エッセイ) 樋口毅宏 (新潮新) ☆☆★

 

タモリ論 (新潮新書)

タモリ論 (新潮新書)

 

 

偶然「ヨルタモリ」を見て、タモリってこんなに面白かったっけ?と驚いて、毎週録画して見ていたら、あっという間に終わってしまった。

そんなときに本書を図書館で見つけて読みだしたのだが、これまた「ドイツ」以上にあきれてしまった。(著者の本は「民宿雪国」を読んで、変な作家だとは思っていたが)

冒頭こそまだいいのだが、途中からたけしやさんまの話になり、タモリの話がちっともでてこない。しかも、後半やっとでてきても、それは論でもなんでもない、うんちくと自分の感想にすぎない。しかも、たいして面白くない。ああ、新書っていうのは、こんなレベルでもOKなのか?新潮社のレベルを疑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:文春新書

*2:文春新書

*3:文春新書

2015年 8月に読んだ本

●7275 この世界はあなたが思うよりはるかに広い ドンキホーテのピアス17(エッセイ)鴻上尚史(扶桑社)☆☆☆☆

 

 

相変らず営業的には苦戦しているようだが、何とか17も上梓された。13-15年前半のSPA!連載分で、読み終えて、改めて今は激動の時代と強く感じた。

このエッセイも当初は鴻上の社会分析の鋭さ、先見の明が売りだったのに、何となく沖縄を始めとした、ややまったりとした日常がテーマとなり、そして今回は鴻上がかなり時事問題にコミットメントしている、いやぜざるを得ない。

「不謹慎を笑え」「不安を楽しめ」から今回の題名に、著者の祈りのようなものを感じてしまい、同世代としては彼の思いが良く解ってしまう。僕らは、大きな物語や絶対の正しさには、こりごりしているのだ。途中、何回か池上彰への絶賛が挟まるのも良く解る。

で、今回はひとつだけ大事なことが解ったので書いておく。スマホ(ネット)での情報収集が、なぜ駄目なのか。

新聞、雑誌、さらにはTVですら、その中の情報は自分の興味のないものが多数含まれている。そして、つい?そういう情報にも目が行ってしまい、たまにそこから気づきが生まれることもある。しかし、スマホは究極の媒体であり、史上初の自分が興味のある情報だけを読み続けることができる媒体なのだ。

毎日、自分の気に入った、ようは自分と同じ考え方、思想の情報ばかり、読みふける。そう、こんな怖いことがあるだろうか。そして、そうやって自家中毒化した頭に、突然気に入らない意見が侵入したら、一発炎上。これが、ネットにおける強烈な違和感の根本原因(のひとつ)だったんだ。こうやって、動物化はどんどん進む。

 

 ●7276 生還者 (ミステリ) 下村敦史 (講談社) ☆☆☆
 
生還者

生還者

 

 

「闇に香る嘘」に続いて「叛徒」も、テーマや文体は悪くないのだが、センスの欠如い
 うか、リアリティーが足りなくて、見放すつもりだったのだが、第三作の本書も設定(大規模山岳事故の生き残りの証言が食い違う)が魅力的で、つい読みだした。

で、今回も同じだった。ストーリーは面白く、一気に読んでしまったのだが、リアリティー、必然性を無視して語られるので、途中から嫌になってしまう。

まあ、ある男が、大規模事故から三回続けて自分だけ助かる、という偶然は(認めたくないが)認めるとしよう。しかし、この殺人?動機はありえないだろう。無理がありすぎる。(しかも、根本的アイディアは過去にいくつも例があり、僕も途中でわかってしまった)

ラストのどんでん返し(これは驚いた)や、途中の伏線に光る部分はあるのだが、最後の結婚式も含めて、後半の増田と恵利奈の追跡行は、ありえない。警察はどうしたんだ!?というわけで、これできっぱり著者とは決裂。

 

●7277 王とサーカス (ミステリ) 米澤穂信 (創元社) ☆☆☆☆★

 

王とサーカス

王とサーカス

 

 

傑作。今年のベスト候補。去年、あちこちのベストで著者の「満願」が一位となったのは、米澤の作品をたぶん全部読んでいるファンとしては、複雑を通り越してかなり嫌であった。「満願」は、彼の作品の中でも下から数えた方が早い作品だし、「ノックスマシン」に続いて、またミステリファンを減らしてしまうのでは、と心配だった。

しかし、じゃ米澤のベストは何か、と問われても、なかなか答えにくい。本来なら協会賞をとった「折れた竜骨」なのだろうが、残念ながらこの犯人はダメ。後は完璧なのに。

とすると、欠点はあるのだが(前半の謎がしょぼい)最初に読んだ「さよなら妖精」のインパクトが一番強い。特にラストには涙が出た。ユーゴスラビア内戦に僕自身興味があったので、心に沁みた。

で、本書はその続編ということで、28歳になったフリーライター大刀洗万智が主人公だ。ただ、個人的には「さよなら妖精」は守屋路行とマーヤの物語だったので、大刀洗の印象がそれほど残っていない。

しかし、今回主人公が巻き込まれる、ネパールでの王族殺害事件は、現実の事件であり、そういう意味では「さよなら」の後半とつながっている。そして、そこで示されるのはこの11年の著者の成長だ。

文体、人物造形、そしてテーマの深化。(テーマは狭義はジャーナリズム、広義では生きる、ということだろう。そして、書けないがラスト、もうひとつのテーマが炸裂する)さらに、ミステリとしての緻密な伏線も素晴らしい。(これは、「折れた竜骨」あたりで、かなり完成していたのだが、今回も良く出来ている)

ラストの意外性(登場人物が少ないので、意外な犯人ではないが)も申し分ない。これで、米澤の最高傑作というには、もっと期待したいが、少なくとも「満願」でなく、本書に年間ベストをとってほしかった。

東京創元社も、今回は力が入ってハードカバーで、ひもの栞(名前あったっけ?)もついている。1700円はちょっと高いが、ぜひ売れてほしい。

 

●7278 もう一つの「幕末史」 (歴史) 半藤一利 (三笠書) ☆☆☆☆

 

もう一つの「幕末史」

もう一つの「幕末史」

 

 

冒頭の西郷が「攘夷」を、「ありゃ手段じゃ」と言い切るエピソードに魅かれて(ここまではっきり書いた文章に記憶がない。これこそリアリスト西郷の真骨頂か)読みだしたが正直もう一つ、は看板に偽りありだと思う。

僕は半藤の分厚い「幕末史」も「それからの海舟」も読んでいるので、本書の内容に新しい知識はほとんどなかった。(西南戦争前に西郷が行った改革は、ここまできちんと理解していなかったが)

それでも、いつものキレのいい講談調で、幕末史ダイジェストとして面白く一気に読んだ。半藤はご存じのとおり、長岡にルーツを持つ江戸っ子なので、反薩長史観である。司馬遼太郎のおかげで、長州贔屓になってしまった、西国の田舎者である僕とは、ちょっと合わない。とずっと思ってきた。

(例えば、本書で一章を与えられた長岡の英雄、河井継之助をどうしても好きになれないし、会津藩の抵抗も申し訳ないが古臭く感じる)

しかし、僕もまた幕末における最大の人物は勝海舟だと思うし、龍馬暗殺の黒幕は薩摩だと感じたり、半藤幕末史の影響をかなり受けていることに今回改めて気づかされた。半藤の長いあとがきが心に沁みた。

「考えてみると、非戦憲法を基軸に高度成長を国家目的として、長いこと国際政治からの不在といった戦後史を引っ張ってきたのですから、自国以外の国家のいろいろな動きを想像する能力を日本人はみんな失ってしまっているのかもしれません。しかも、戦後教育のせいで、『歴史を知らない国民』になっている」

 

●7279 コミュニケーションのレッスン (社会学) 鴻上尚史(大和書)☆☆☆☆★

 

コミュニケイションのレッスン

コミュニケイションのレッスン

 

 

ドンキホーテ」で紹介されていて、読んでないと図書館で借りてきたのだが、なかなか手が出なかった。

というのも、鴻上は脚本やエッセイの外に「発声と身体のレッスン」「あなたの魅力を演出するちょっとしたヒント」「『空気』と『世間』」という三冊の本を出していて、どうやらその集大成ということのようなのだが、三冊とも読んでるし、「世間」はそんなに面白くなかったしなあ(だいたいこれじゃ、阿部勤也と山本七平のパクリじゃないか)という感じだった。

申し訳ない。やはり本書は集大成で、ノウハウ部分にかぶりはあるが、コミュニケーション論を越えた、鴻上理論というか思想本のレベルだ。しかも、圧倒的に解り易く、説得力がある。「世間と空気」に「社会」というレベルを組み込んだ日本人論は本当に説得力がある。

何で、前は感心しなかったのかなあ。僕の問題意識の位置が変わったのか、鴻上もクールジャパン等々で進化したのか。外国人との比較がすごく説得力があるのだ。

世間の特徴として「共通の時間意識」をあげ、日本人が当たり前のように使う「これからもよろしくお願いします」は、英語に翻訳不可能なこと。社会に生きる欧米人は、当然未来を共有していないので、下手したら結婚したいのか?と誤解される(笑)

逆に「先日はごちそうさまでした」は、別に過去を共有していないので、あえて持ち出す話題ではなく、「またおごってほしいのか?」と思われる(驚愕)というのだ。本当、不思議の国の日本人である。

コミュニケーションとは「聞く」「話す」「交渉する」の3つであり、ネットによって若者の「交渉力」が落ちている。なぜなら、交渉力は「語りたい思い」と「伝える技術」のセットだったのに、SNS等々によって「語りたい思い」を書き込むだけで、満足してしまうようになった。会話のバトルが学生時代におきていないのだ。これは本当に良く解る。

その他、斎藤孝の「教育欲」がでてきたり(鴻上勉強している)秋葉原通り魔事件の犯人の悲しいコミュニケーションとか、色々語りたいことがあるのだが、そうこうやって書くだけで満足しないためにも、この辺でやめておく。

最後に、自分の武器は自分を客観視することから生まれる、という言葉には当然共鳴するが、そのためには最初は、自己イメージを修正してくれる他者が必要、ということはきちんと理論化できていなかった。今後はそれも忘れないようにしよう。

 

●7280 ビッグデータ・コネクト (ミステリ) 藤井太洋 (文春文) ☆☆☆☆

 

ビッグデータ・コネクト (文春文庫)
 

 

 

藤井の新刊が近未来サイバー警察小説で、文庫書下しというのは意外だったが、何と本の雑誌の上半期の一位を本書がとったのは、さらに驚きだった。(といっても、この数年本の雑誌のベストは全く興味がないし、もともと順位はいいかげんなものなのだが)

で、今回は「ジーンマッパー」も「オービタル・クラウド」も解らなかった(途中で投げ出した)北上おやじが、本書を絶賛しているのだ。IT業界の裏話がすごいと。

で、僕は、いや僕も先の二冊が完璧に分かったわけではないが、その新しさに瞠目して一気に読み切った。しかし、本書はIT部分が全然わからず、もっというと事件の全貌も良く解らず、かなり途中で苦労して、ずっとほおっておいたのを夏休みにこうして何とか一気に読んだ。

正直わからない部分はわからずにどんどん進んだため、どうにも犯人の動機が良く理解できなかった。(北上は本当に分かったのだろうか)しかし、後半裏切り者?が解ってからは、ノンストップで加速度がつき、ラストの大がかりな仕掛けに驚き、感心した。

近未来の最先端のサイバーミステリに、何と京都の祇園香具師の親分(90歳で、携帯も使えない)が登場し、冒頭から何度も張られていたある伏線が爆発するのである。

うまい。これにはまいってしまった。しかし、本当に藤井は新しく、ポケットがいくつもある。恐るべき新人だ。SFがうらやましい。

 

●7281 南の子供が夜いくところ (ホラー) 恒川光太郎 (角川書) ☆☆☆☆

 

南の子供が夜いくところ

南の子供が夜いくところ

 

 

(読む本がなくなって)困ったときの恒川、ということで図書館で借りてきた。まあ、題名も季節にあってそうだし。本書はプリーストの「夢幻諸島」シリーズではないが、トロンバス島という謎の島を巡る、連作短編集。

ユナやタカシといった各作品に共通のキャラクターもいるが、物語はゆるい、というかほとんど関連せずに語られるのだが、それでも恒川は読ませてしまうし、何かそのほうが本質的なものをぼんやりと描いている気もする。

そして、冒頭の表題作と最後の「夜の果樹園」だけは、きちんと?繋がっているのだが、まあ、その繋がり方が、恒川しか書けないだろう、とんでもない角度で繋がってしまう。

このあたり「雷の季節」を思わせるのだが、そういえば途中で一回だけ「オン」という場所が語られていた。というわけで、大傑作とは言わないが、相変らず恒川のハズレなし。

 

●7282 【映】アムリタ (SF) 野崎まど (MW文) ☆☆☆☆

 

[映]アムリタ (メディアワークス文庫 の 1-1)
 

 

「Know」が予想以上に良かったので、最新刊の短編集「野崎まど劇場」を借りてきたのだが、これはダメ。ツツイに例えている人もいたが、とんでもない。これじゃ「アマチャズルチャ」。野崎は何と僕より12歳も年上で、若ぶってる?が、単なるおやじギャグ。

で一緒に借りた、デビュー作の本書も(メディアワークス文庫賞受賞作)手が出なかったんだが、読む本がなくなり、しょうがなく読みだした。

正直言って、学生、映画作り、天才少女、といった手垢のついたガジェットには引いてしまうし、何より相変らずの若作りオヤジギャグが気になってなかなか読み進めなかったのだが、そこを何とか読了してラストで驚愕した。

本書もやはり「Know」と同じ、トンデモ・オバカSFなのだ。しかも、極上の。前作は何となくイーガンと評したが、本書は間違いなくイーガン「しあわせの理由」映画バージョン・漫才編である。

正直、基本トリック?に説得力はないが、最後のどんでん返しの連続は、新本格的記述トリックであり、P・K・ディック的現実崩壊であり、それを美少女にやらせてしまいながらも、ラノベを越えて、ある意味めちゃくちゃ怖い。主人公が可哀想すぎる。

でもこのギャグのセンスは買わないが(何となく、東川篤哉を彷彿させるベタなギャグ)ラストの無茶な大技には感心してしまった。

どうやら、野崎のメディアワークスの作品は、全部で六作あって、最後はまたしても映画がテーマとなって、ループが閉じるという、ザ・ウォール的展開(懐かしい!)のようなのだが、図書館に最初の三冊しかないことに気づいた。ああ、本屋で手に入るのだろうか。

 

●7283 緑は危険 (ミステリ) クリスチアナ・ブランド (HPM) ☆☆☆☆
 
緑は危険 (ハヤカワ・ミステリ文庫 57-1)

緑は危険 (ハヤカワ・ミステリ文庫 57-1)

 

 

93年の本を予約したので、当然文庫版だと思っていたら、ボロボロのHPMだったのに驚いてしまった。しかも、初版は僕が生まれる前の58年、解説は都筑道夫。ブランドの諸作が文庫化されたのは、いつだったんだろうか。しかし、この小さくて読みにくい活字にはげんなり。

ひさびさの再読は、ミステリとしては、「ジェゼベル」や「はなれわざ」に比べると地味だが、伏線、ミスデレクションのてんこ盛りで、いかにもブランドらしいパズラーで、当時の僕が惚れ込んだのも解る。(いやあ、郵便配達の大がかりなミスデレクションには、やられました)

ただ、今回は上記のように物理的に凄く読みにくい上に、訳が良くない、というか当たり前だが古臭い。6人の密室劇のような展開にしては、キャラクターの描き分けがイマイチ。まあ、そもそも人物造形が俗っぽすぎるのだが。

というわけで、正直初読時の感動は感じられなかった。ああ、またひとつ夢が壊れる。しかし、43年の作品で、ドイツ軍の空襲時に被害者が運び込まれた病院で、推理合戦を行うという作品に、英国ミステリの伝統と我が国とのあまりに格差に愕然としてしまう。

 

●7284 白頭の人 (歴史小説) 富樫倫太郎 (潮出版) ☆☆☆☆

 

白頭の人

白頭の人

 

 

最近の著者の作品に、佐藤賢一と同じような、雑さとワンパターンを感じて、新刊予約をやめたのだが、二月に上梓された本書が半年で図書館の棚で入手できたので、案外僕の評価も間違いではないのかもしれない。

しかし、本書の冒頭はうまい。一気に引き込まれた。例の石田三成の三杯の茶のシーンに、三成の幼馴染として主人公大谷吉継も登場するのだ。そして、前半は軍配者シリーズを彷彿させるテンポの良さで、ぐいぐい読ませる。天才三成と凡人吉継を見事に対比させながら。

しかし、吉継を描く、ということは秀吉を描くことであり、関ヶ原を描くことであり、さらにはその病を描くことである。どう考えても、明るいカタルシスは望めない。敗戦と死は最初から約束されている。

正直、中盤から予想通り物語は現実の歴史に敗けて、失速し始める。しかし、そこを何とか踏みとどまって、最後まで完走した感じか。

そのために、作者が用意したのは、一般に喧伝された関ヶ原における吉継の勇猛さではなく、彼の底の知れない人の良さ、そして凡庸かつ巨大な器がもたらす魅力であり、夫婦愛である。正直、それはリアルを越えてファンタジーに近い。

それでも、この殺伐たる後半を、気持ちよく読み終えるには、こうせざるを得なかったのだろう。関ヶ原を思うとき、必ず輿に乗り頭巾を被った吉継の姿は必須だが、三成の刎頚の友、という以外に何をやったのかは、僕はよく知らない。まあ、たぶん一般的にもそうだろう。

そして、そのあたりを、凡庸なる天才として逆手にとった本書の戦略は、まずは成功したのではないか。しかし、吉継の娘が、あの真田幸村の妻であったとは全然知らなかった。

あと、これは著者の癖なのか、方法論なのか知らないが、歴史上の逸話がそのまま引用され浮いてしまう場合が時々ある。今回は、千人切り事件がそんな感じ。また吉継で一番有名な茶会で鼻汁を器に落としてしまったのを、三成が飲み干す、という事件は、今回は秀吉がそうしたという異説を採用しているが、時期的にそんなことを秀吉がするかなあ、という違和感があった。

最後に、本書のもう一人の主人公は、黒田官兵衛であり、その描き方に独特な解釈があり、まあ史実ではないだろうが、面白かった。

 

●7285 草 祭  (ホラー) 恒川光太郎 (新潮社) ☆☆☆☆

 

草祭

草祭

 

 

最近のマイブームである恒川作品だが、かつては本書しか読んでいなかった。とずっと思っていたのだが、どうもこれまた偽りの記憶のようだ。

冒頭の「けものはら」の内容の記憶はかなり明確にあるのだが(どこか「電脳コイル」を思わせる)残りの作品に全く覚えがない。たぶん、僕は「けものはら」を読んで、イマイチ地味で単調で、最後まで読まなかったのだと思う。当時は恒川のことが全然解っていなかったので、こんなテーストの短編集なら読まなくていい、と判断したんだろう。

しかし、今なら解る。本書に収められた五篇は、すべて美奥という村が絡んできて、登場人物も時々重なりながらも、時系列も違い、何より各作品のテーストが全然違いながらも、やはり恒川の作品と言わざるを得ない、作品集なのだ。

恒川は、ここでも圧倒的にユニークだ。ただ、今回はもう少し論理的なクロニクルが、バックボーンとして描かれた方が良かった気がする。「天化の宿」の天化というゲーム盤?など、圧倒的に面白いのだが、結局それの全体との関係は見えてこない。

まあ、これが恒川の作風と言われればお終いだが、本書もまた傑作ではあるが、もう少しで大傑作となったかもしれない、惜しい作品でもある。

 

 ●7286 トオリヌケキンシ (フィクション) 加納朋子 (文春社) ☆☆☆★
 
トオリヌケ キンシ (文春e-book)

トオリヌケ キンシ (文春e-book)

 

 

またしても短編集。ひさびさに著者の作品を読むが、この短編集(日常の謎、と言うべきかもしれないが、敢えてミステリとはしなかった)を読んで、著者の意図が良く解りすぎ逆に評価しづらくなった。

本書は、ひきこもりや共感覚、相貌失認、醜形恐怖症、といった、少し変わった病気(超能力?)の話が続き、著者らしいあたたかい物語となる。

しかし、冒頭の表題作のみが06年の作品で、あとの5作は13年以降である。ということは冒頭作品以外は、著者の実際の闘病後の物語であり、その経験が各作品に、重くのしかかっているように感じてしまい、エンタメとして単純に楽しめないのだ。

それが明らかになるのが、ラストの「この出口の無い、閉ざされた部屋で」である。本書のトリックは予想がつくが、ラストの哀切は強烈である。しかも、それを著者が語ると、ヒロインはオルターネイティブな著者の分身として、体が震えてしまう。

冒頭の作品と最後の作品が、ひきこもりで、見事に韻を踏んでいるのだが、最後に著者の仕掛けた爆弾が大爆発して、こちらも少し傷ついてしまう。この作品を、著者渾身の傑作と評する人がいてもいい。立派な人だと思う。ただ、僕は本書を気軽に楽しめるほど強くない。

 

●7287 月光のスティグマ (ミステリ) 中山七里 (新潮社) ☆☆☆

 

月光のスティグマ

月光のスティグマ

 

 

昨年の12月上梓の作品なので、これまた早めに棚でゲット。ただ、内容はかなり寒い出来。派手な作りと、スピード感で読ませるが、中身は通俗なラブストーリーであり、安普請の「白夜行」「幻夜」。

隣家に住む一卵性双生児の美少女が、二人とも主人公を好きになる、というあたりで物語はファンタジーなのだが、そこに関西大震災がかぶさり、16年後に再び東日本大震災に襲われるだけでも、いくらなんでも、なのだが、最後はアルジェリアでの人質事件、とくれば、いったいこの物語は何なんだ、と思ってしまう。

劇画でもここまでやったら、しらけるのではないだろうか。

 

●7288 果てしなき流れの果てに (SF) 小松左京 (ハル文) ☆☆☆☆

 

果しなき流れの果に (ハルキ文庫)

果しなき流れの果に (ハルキ文庫)

 

 

今年の夏休みの一週間で、結局12冊本を読んだが、最後は読む本がなくなり、浦和北図書館まで遠征して、最初は「日本沈没」(何と未読です)を手に取ったが、上巻しかなくついに本書を読みだした。

言わずと知れた小松左京の最高傑作であり、たぶん未だに日本SFのオールタイムベストを選ぶと一位になる可能性の高い、名作中の名作。なのだけれど、僕は学生時代に読んで、全く歯が立たず(冒頭の恐竜の場面と、ラストシーンだけは記憶があるが)いつか再挑戦しなければ、とずっと思っていた。

で、正直今回も苦戦したが、何とか読了し、ディティールはともかく、小松が何を描こうとしたかは理解できた。そして、1965年にこのような作品が描かれたという事実に驚愕すると同時に、正直小松の限界も感じた。(当時、SFマガジンに連載されたのだが、本書の次の連載が光瀬の「百億・千億」だったという。何と熱く、凄い時代だったのだろうか。同時体験したかった)

もちろん、解説で大原まり子が書いているように、本書の瑞々しさは、半世紀を経た今でも失われていない。そして、本書を乗り越えようと、小松は「ゴルディアスの結び目」を描き(これは、かなり成功し)最後に「虚無回廊」に挑んで、野々村のように挫折したのだろう。

小松の限界は2つである。これは「虚無回廊」にも言えるが、やはり中盤の描き方が人間臭すぎる。宇宙を、神を描こうとするならば、本来はレムのように人間を超越しなければいけない。(そういう意味では、神話や古代史を活用した光瀬の方が、はるかにうまい)

そして、本来なら大原が真っ先に怒らなくてはならないのだが、このラストは、あまりにも男性中心のステロタイプ、待つ母性である。(気持ちは解るが、やはり今は許されないだろう)

読みながら、最初の発掘シーンは、諸星大二郎の初期の諸作を想起した。諸星もまた、小松の影響を強く受けていたのかもしれない。

そして、未だ大原の言う、ワイドスクリーン・バロックの定義は良く解らないが、確かに本書を読んで僕は「イシャーの武器店」を思い起こし、さらにはベイリーの「カエアンの聖衣」ではなく、「時間衝突」をイメージした。

後者は本書の基本モチーフとよく似ており、その大胆(逆に言えばベイリーと同じく粗雑でもあるが)な奇想に驚き、冒頭の恐竜のシーンの意味も、今回は理解できた。(何で、最初は解らなかったのだろうか)

というわけで、時間はかかってしまったが、小松を理解するための宿題を何とかやった満足感はある。

 

 ●7289 砂の街路図 (ミステリ) 佐々木譲 (小学館) ☆☆☆★
 
砂の街路図

砂の街路図

 

 

 

確かに著者の今までのイメージを破った新作だが、その過去への眼差し、静謐なイメージは「代官山コールドケース」につながる気がした。

主人公岩崎は、母の死をきっかけに、北海道の架空の運河町を訪れ、20年前その街で突然溺死した、父親の謎を解こうとする。そして、その魅力的な時の止まった街に置いて、主人公はアーチャーのように、様々な人々から話を聞き出していく。

たった二日の濃密な時間。ある意味単調な物語を、一気に読ませる筆力は素晴らしい。しかし、ミステリとした場合「代官山」と同じく、物足りない。結局、謎は人々の証言によって、次々解かれていき、ここにミステリの論理のアクロバットはない。

そして、ついに明らかになる真相も、正直伏線はない上に、それほど面白くない。さらに、最後の展開も、僕は全く必然性を感じない。

たぶん、この物語を映像化すれば、素晴らしい作品になるような気がする。また、小説としても、読んでいる間は楽しめた。ただ繰り返すが、ミステリとしては高い評価をすることはできない。

 

●7290 死なない生徒殺人事件 識別組子とさまよえる不死 (SFミステリ) 野崎まど (MW文) ☆☆☆☆★
 

 

アムリタに続く第二作より先に、第三作である本書が届いてしまったため、悩んだのだが結局読む本がなくなり、手を付けたら一気読み。

最初は、アムリタ以上にベタなギャグがなかなか堂に入っていて?まるで東川篤哉のミステリを読んでるみたいで(いや、本当野崎の正体は東川かと思うくらい。ラストのSF展開を鑑みれば、有り得ないのだが)最近東川を見放している僕としては、ひさびさの味。

しかし、途中で野崎、侮りがたし、の感を持つ。四角形、五角形のシーンは、「神狩り」の関係代名詞を思い起こすし、殺人の動機は、間違いなくホックの「長方形の箱」であり、その解決はイーガンの「貸し金庫」だ。凄い。

こんなシリアスかつ超科学的なネタを、東川流ベタベタギャグかつラノベ流女子高物語で展開されると、まさにワイドスクリーン・バロックラノベ編という感じで、クラクラくる。

相変らず、基本となるアイディアに科学的説明は全くないのだが、それ以降の論理的展開は、西澤もびっくり、のクリエイティブかつ緻密さ。いやあ、本当にびっくりだ。しかも、西澤の場合いくらSF的設定をとっても、本質はミステリであるのだが、野崎の場合は本当に解らない。

たぶん、どちらも詳しくて、両方のセンスがあるのだ。そして、そして、最後に炸裂する、お約束の?大逆転。今回も、シンプルなのにひっくり返ってしまった。まいりました。

しかし、今回野崎を求めて本屋周りをしたのだが、メディアワークス文庫が不思議な存在であることが良く解った。本屋によって、ラノベ扱いされている店と、普通の文庫扱いされている店に分かれるのだ。(だから、本当に探しにくい)

目玉のビブリア書店のせいで、そうなったのかもしれないのだが、もっと問題なのは、たぶん買い取り制のせいで、新刊しか在庫を持っていない店がほとんどで、バックナンバーが全然揃ってない点。

図書館、ブックオフ、本屋を駆け回っても、6冊中第四作「小説家の作り方」と、最終及び最高傑作とされる「2」が見つからない。どうしようか。

 

●7291 パーフェクトフレンド (SF) 野崎まど (MW文) ☆☆☆☆
 

 

というわけで?須原屋で見つけた本書を、売り切れないうちに慌てて買ってきた。しかし、情報によれば、本書は「2」の前の第五作で、番外編に近い作品のようなので、本来はまだ読むべきではないのだが、我慢できなかった。

本書の主人公は小学四年生の少女四人。テーマは「ともだち」。アニメっぽい表紙もあって、本来なら絶対に手を出さなかった本だろう。しかし、今回もまずベタベタなギャグで、3回くらい吹いてしまった。トムにはまいった!?(図書館で読んだので、声を我慢するのに苦労してしまった)

ただし、本書は今までの二冊(いやKnowをいれると三冊か)が、無邪気な残酷さを描いたのに対し、そんなに単純ではないが、基本はハートウォーミングな物語であり、そういう意味でも(ラストからも)やはり番外編に近い作品なのだろう。

しかし、結論から言うと、今回も傑作である。一気に読んでしまった。本書は「ともだち」を徹底的に論理的に分解・分析し、ついに友人定数と友人方程式が完成する。(このあたりは、ラングトンの人工知能のシミュレーションみたいで、バカバカしくも最高に面白い!野崎の勉強の方向性が、結構僕と似ていてうれしくなる)

そして、ヴィドゲンシュタイのように「ともだち」を徹底的に論理的に分析したものだけが「ともだち」が論理を超越することを理解するのである。

お約束の後半の怒涛の展開、リアルな超論理とリアリティーのない論理の、終わりのないリドルストーリーは、今までの作品ほど意外ではないが、これもまた間違いなく野崎印である。

そして、これまで読んだ四冊に共通するのが、超天才少女の存在。で、僕は本書のラストのオチ(素直に読めば、姉妹か母娘?)と「死なない生徒」のオチから、ある仮説を思いついてしまった。ひっとしたら、四人の天才少女は○○○○なのではないか、と。

それにしても、良く考えると、本書はある意味、究極の「セカイ系」SFだ。ラスト、思わず筒井の「エディプスの恋人」を思い起こしてしまった。

 

●7292 幻の黄金時代 (社会学) 西村幸祐 (祥伝社) ☆☆☆
 
幻の黄金時代 オンリーイエスタデイ'80s

幻の黄金時代 オンリーイエスタデイ'80s

 

 

副題:オンリーイエスタデイ80s,1980年代から透視する21世紀の日本。たまたま図書館で見つけた2012年の本で、調べたらネットでも高い評価なのだが、個人的にはイマイチのれなかった。

日本にとって絶頂に見えた80年代にこそ、失われた20年の原因があった、というのは塩野のローマ学と相似で、興味をひかれた。

しかし、本書で引かれる、村上春樹、ホンダF1、RCサクセション、等々に関する物語が、結局何が言いたいのか解らない上に、何か違和感があり、たぶんそれは作者が僕より7歳年上であることにあるような気がする。(特に著者が拘る伊勢丹のCMに関しては、全く記憶がない)

僕らは、あの狂乱の80年代ですら、著者よりもっと醒めていて、絶望と隣り合わせで踊っていた気がする。

少なくとも、文化・思想的には。そして、読み終えて思うのは、80年代の絶頂と、平成のどん底は、明治後半から大正の絶頂と、その後の暗黒の昭和と、本質的には何も変わらない、ということだ。

 

●7293 日本史はこんなに面白い (対談) 半藤一利 (文春社) ☆☆☆★

 

日本史はこんなに面白い

日本史はこんなに面白い

 

 

08年の本で、図書館で見つけて読みだしたが、まあ可もなく不可もなし。半藤とその道の専門家の対談が16収められているが、すごく面白かったのは、井上章一の「ヒトラー高橋克彦の「アテルイ嵐山光三郎の「芭蕉」このくらいか。

だいたい、対談の分量が少なすぎて、基本的に消化不良。本筋と違って興味深いのは、半藤が諸田玲子に、勝海舟の妹、順子を描くことを薦めているところ。(諸田は、その後実際に「順子」を上梓した。残念ながら、傑作とは言い難いが)

しかし、何かこの話、記憶がある。ひょっとしたら、この本も、再読かもしれないなあ。年は取りたくない。

 

●7294 小説家の作り方 (SF)  野崎まど (MW文) ☆☆☆★
 

 

さすがは、大都会東京、というわけではないが、丸善日本橋店で「2」をゲットしたと思ったら、返す刀?で八重洲ブックセンターで本書をゲットでき、図書館に予約している第二作と合わせて、全巻手に入れることができた。

で、やっぱり我慢できず、第四作の本書を読みだした。主人公の駆けだしの作家、物実(たぶん物理的な実体の意味)に、ある少女(またも天才?)から「世界で一番面白い小説」を思いついたので、小説の書き方を教えてほしい、というメールが届くところから、本書は始まる。

そして、小説教室が始まり「パーフェクトフレンド」の「ともだち」と同じく、小説=創作ということが、徹底的に論理的に分析されるのだが、そこからの展開は今回は全く違う。

文系のシンギュラリティーというか、チューリングテストラノベバージョン、というか。ただ、今回はこちらも慣れたのか、今までに比べて驚きは少なかったので、少し厳しい評価とした。

そして、このラストは、どうやら「アムリタ」の映画につながる気がしてきた。「2」における著者の企みのフレームワークが少し見えた気がするのだが、野崎はそんなに甘くはないか。

いずれにしても、さいたま市中央図書館で「舞面真面お面の女」を借りている人、速やかに返却しなさい。

 

 ●7295  2 (SF) 野崎まど (MW文) ☆☆☆☆☆
 

 

信頼する「黄金の羊毛亭」氏が、「舞面真面」と「小説家」は、読んでなくても「2」を楽しめると書いていて、我慢できずについに最後の分厚い本書を手に取った。

で、読み終えて愕然。唖然。呆然。申し訳ない。僕の予想など遥かに超えた、著者の企みには感動するしかない。

本書には、過去5作の主要キャラクターが全員登場する。そして、そのキャラとストーリーが見事に融合した上に、お約束の大どんでん返しの連続。

たぶん読み終えると、誰もがいったい野崎はいつからこの全体構想を考えていたのか、と感嘆するしかない。ネットで確認する限り、「アムリタ」執筆時(すなわち、最初から全体構想があった)と、「パーフェクトフレンズ」執筆前、の二つの説があるようだが、僕は「羊毛亭」氏、と同じく後者をとりたい。

しかし、どちらにしても、この見事なストーリーには、ため息をつくしかない。今回もテーマは映画である。そして、この6冊は結局壮大なる「最原サーガ」であったのだ。

そして、ラスト、何と物語は「2001年」に肉薄する。正直、なぜ映画なのか?とか、神の領域を「2001年」のようにうまく処理できていない(人間臭い)とか、文句をつけようとするなら、瑕疵はあるのだが、ここまで伏線の回収が素晴らしいと、満点をつけるしかない。

しかし、本書を読むと「パーフェクト」のラストは、ハートウォーミングどころか、とんでもないダークストーリーに変わってしまうし、過去の作品を利用した、超ミステリ的トリックのつるべ打ちには、頭がクラクラした。

また、「死なない生徒」の伊藤先生が語る「進化論」が、本書のテーマである「創作」と「愛」の本質につながるシーンなど、鳥肌が立つ。しかも、何気に伊藤が生物の先生であったことが、効いてくるのだ。

とにかく、野崎は、ミステリ的センス抜群のハードSF作家であり、ギャグ作家という、何というか信じられない才能なのだ。まいった。こんな作家を見逃していたとは。

(しかも、昭和22年生まれとしていた経歴はギミックで、本当は78年生まれらしい。嗚呼)

そして、最後に思うのは、「2」というシンプルなタイトルの持つ、複雑な意味である。

 

●7296 なにかのご縁 (フィクション) 野崎まど (MW文) ☆☆☆

 

 

先日亡くなった鶴見俊介の座談本も、冲方丁の「もらい泣き」も、中途で掘り出して、朝の10時に須原屋で本書を購入、早速読みだした。それほど、深い野崎中毒に陥ってしまったのに、本書は何??

いや、別にひどい作品ではないし、面白いと思う人がいてもおかしくはない。しかし、この「ゆかり君とうさぎ」の「縁」を巡る、ハートウォーミングな短編集は、予想はしていたが、「最原サーガ」とあまりにテースト、いや内容が違う。

最後まで、何か仕掛けがあると期待したのだが、結局なにもないのだ。そう普通の学園小説、いやうさぎがしゃべるからファンタジーか。これが同じ作家の作品か?と思ってしまった。まあ文体はそんなに変わらないのだが。というわけで、相変らず野崎は驚かせてくれる。

 

 ●7297 もらい泣き (??) 冲方 丁 (集英社) ☆☆☆☆
 
もらい泣き

もらい泣き

 

 

本書が文庫化されたことで、こんな作品があったんだと気づき、本体をゲット。だが、ジャンル分けが難しい。どうやら、エッセイということなのだが、内容は著者が「泣けるはなし」を色んな人から聞いて、まとめ直す、という形式らしい。

が、伊丹十三聞き書きと同じく、かなり著者の創作が入っている気がする。また、長さから言うと、ショートショート集だろうが、そう言うにはちょっとイメージが違う。

で、読んでいて本書は三回姿を変えた。正直、最初は著者も模索の段階だったのか、全然泣けないし、のらなかった。(上記のように、いったん投げ出す)しかし、読む本がないので、無理して読んでいると、真ん中あたりで、とんでもない女性が連続し、主語が他者なのか著者なのか、わからない作品が続き、面白くなってきた。

何か、トーキングヘッズのビデオクリップのような、少しオフビートな奇妙な味だ。相変らず、泣けるはなしはひとつもないが。

そして、後半は大震災と重なってしまい、作風がシリアスになる。「ノブレスオブリージュ」で、背筋が伸び、「盟友トルコ」でついに、ウルウルきてしまった。

故郷の誇りである「エルトゥールル号遭難事件」の続きを、こうまで描いてくれれば目頭が熱くなる。ベタな話ではあるのだが。

著者の持つ、マルチな才能と様々な企み、とシンプルで太くて真摯、という相補性を、うまくなのか、結果的になのか炙り出した作品だと感じた。

 

 

2015年 7月に読んだ本

●7254 この社会で戦う君に「知の世界地図」をあげよう (社会学) 池上彰 (文春社) ☆☆☆☆ 

 

 


経済学の前篇に当たる、東工大の講義の書籍化。内容的には、各講義のつながりが経済学より弱く、ちょっとばらばらな感じ。しかも、テーマはそれぞれ大きく、深いので、少々食い足りない。また、「アラブの春」にイスラム国が登場しないなど、こういう時事問題は、腐るのが早いと改めて感じた。

ただ、世界地図から見える領土の本音、において米国人が使う世界地図は、大西洋(英国)が真ん中ではなく、米国が真ん中なため、ユーラシア大陸が中東のあたりで左右に分かれてしまい、アフガンやイランがちょうど切れ目にあたってしまい、米国人はこのあたりの地理に疎い、と言うのは(何かどこかで聞いたような気もするが)衝撃だった。まあ、東アジアも似たようなものだろうが。

そして、本書を評価したいのは、ラストのサムスンへの日本技術者の転職をテーマに繰り返される、学生たちのディスカッション。ここは、内容だけでなく、プレゼンのスタイルまで指導が入り、非常にリアルで面白かった。このやり方だけで、一冊本を作ってほしいくらいだ。(ただ、この内容も今のサムスンの状況だと、かなり変わってくるなあ)

 

 ●7255 思い出は満たされないまま (フィクション) 乾緑郎集英社)☆☆☆☆

 

思い出は満たされないまま

思い出は満たされないまま

 

 

 

このミス大賞作家として、ずっと中山七里と柚月裕子を押してきたのだが、二人とも書き過ぎで、イマイチつらくなってきた。しかし、もう一人忘れていた。「完全なる首長竜の日」の乾緑郎だ。

受賞第一作の「海鳥の眠るホテル」こそイマイチだったが「機巧のイヴ」は素晴らしい出来だった。ただし、彼の場合ジャンル分けができない。

本書も、SFでもホラーでもない。敢えて言うなら、朱川湊人風レトロ・ホラー(怖くはないけど)という感じで、実際多くの書評で「かたみ歌」との相似を指摘されている。(団地が舞台なところは、「なごり歌」と相似だが)

テーマは過去。そして歴史改変。七編の物語が、それぞれ過去と現在をつなぎ、そこに神隠しというSF設定が入るのだが(この辺は、まさに「アカシア商店街」)SFやホラーというほど仰々しくなく、ある意味淡々と団地の日常が語られていく。

そして、登場人物や各ストーリーもゆるやかにつながり、最後に時を越えた、アメリカングラフティーが現れる。おだやかで、しかしキラキラした、昭和テーストのバックツーザフューチャー。実は思い出はかなり満たされるのだ。

確か大森は本書を買っていなかったが、個人的には気に入ってしまった。乾には、やはり注目しなければならない。

 

●7256 完全復刻版「本の雑誌」創刊号-10号BOXセット  ☆☆☆☆

 

完全復刻版「本の雑誌」創刊号〜10号BOXセット【分売不可】

完全復刻版「本の雑誌」創刊号〜10号BOXセット【分売不可】

 

 

こういうものも、図書館で購入していただき、感謝に絶えない。(貼雑年譜は無理だよね)創刊号は76年、季刊から始まって、隔月刊になるころで、ちょうど僕の学生時代と重なり、図書館に常備されていたので、購入せずに立ち読みをしていた。

その後社会人になってからは、購入を続けてたのだが、そのうちまた立ち読みに戻った。その経緯を今回思いだした。初期は本当に書評中心だったんだ。時々、特集(有名なころで、椎名が文芸春秋を全ページ読破、など)もあるが、あくまで書評がメインで、その中心は目黒=北上ではなく、椎名とあやしい探検隊のメンバー。

さらに、その書評はダメなものはダメと言い切り、角川やフジ三太郎に喧嘩を売る、という、今ではまずありえない「噂の真相」的スタイル。(広告もほぼない)

ただ、残念なことに、その書評のレベルは低い。特にSFが壊滅的にダメ。時代・歴史小説は、このころ作品自体がほとんどなく、ミステリも冒険小説や新本格、翻訳ミステリのブーム前夜で、北上が今ならノベルスと呼ばれるだろうミステリを、必死に読んでいる姿が痛ましい。

で、9巻くらいから、嵐山、香山、新保といったプロのライターが現れ、広告も入りだし、熱気は薄れたが、ちゃんとした商業誌の一歩手前、という感じで終了。

たぶん、これから目黒が中心となり、書評以外の企画が増えていくのだろう。当時の僕は、たとえ下手でも書評、それも良し悪しのはっきりした書評に飢えていて、本の雑誌も日寄ったと思って、離れていった、ような気がする。

実は僕は、大学の図書館で本の雑誌をみつけたとき、同人誌の書評があって、当時僕が参加していた「SRマンスリー」で、僕が書いた筒井の「大いなる助走」の書評ならぬ寸評を取り上げてられていて、狂喜した記憶がある。しかし、10巻までには、そんな特集はなかった。幻の記憶、願望の捏造なのだろうか・・・・

 

 ●7257 アノニマス・コール (ミステリ) 薬丸 岳 (角川書) ☆☆☆☆

 

アノニマス・コール

アノニマス・コール

 

 

これまた、著者も量販体制に入ってしまったか?という出版ラッシュだが、さすがにモノが違うのか、本書もレベルは高い。驚きは、今回は誘拐事件のサスペンスに特化し、過去の罪や冤罪はほとんど背景に追いやられる点。

埼玉はやはり出てくるが。誘拐された少女の離婚した両親が、ともに元警察官で、その離婚の原因に警察の不祥事が絡んでいる、という初期新宿鮫のような設定は、もどかしいが効果をあげている。

ただ、これは個人的なことだが、本書の大きなトリックが2つとも、解ってしまった。中盤のどんでん返しは、そもそもそっちが本命と思えたし、ラストに関しては、あるシーンが引っかかって、最初から予想がついてしまった。

しかし、それでも本書は良く出来ているし、騙された人は大いに楽しめるだろう。

 

●7258 リーダーシップの哲学 12人の経営者に学ぶリーダーの育ち方(ビジネス) 一條和夫 (東洋経) ☆☆☆☆

 

リーダーシップの哲学

リーダーシップの哲学

 

 


ひさびさの一條先生の著作は、12人の経営者にマイ・リーダーシップ・ストーリー(一條先生は、リーダーシップ・ジャーニーと呼ぶ)を語ってもらう、という金井先生の「仕事で一皮むける」と同じ、シンプルな構成であった。

正直、最初はシンプルすぎて、どうかと思ったのだが、12人全員ではないが多くのリーダーのストーリーに引き込まれ、考えさせられた。(弊社の澤田社長も二人目で登場し、非常に魅力的なストーリーを語ってくれた)

最初は、リクシル藤森氏、ローソン玉塚氏、日産志賀氏、日本マイクロソフト樋口氏、らの有名人のストーリーに目が行ったし、内容も面白かった。

しかし、12人読み終えて、一番興味深かったのは、カルビーの松本氏だった。まあ、カルビーという会社の変革自体に興味があったのも事実だが。

さらには良品企画の松井氏は、氏の著作より、この短いインタビューの方がリアルで魅力的であった。(もう少しグローバル化の話が聞きたかったが)

そして、読了して思うのは、これまた金井先生からの学びと重なるが、リーダーシップとは個性的であり、これがリーダーシップという万人に共通のものはない、という事実だ。まさに、理論を大切にしながら持論を持つ、である。

そして、本書の結びで一條先生は、そういうリーダーシップを、オーセンティック・リーダーシップ=あなたらしいリーダーシップと呼ぶ。できれば、肉声で聞かせてほしいと思ったのは贅沢か。

 

●7259 宵待草夜情 (ミステリ) 連城三紀彦 (ハル文) ☆☆☆★
 
宵待草夜情―連城三紀彦傑作推理コレクション (ハルキ文庫)

宵待草夜情―連城三紀彦傑作推理コレクション (ハルキ文庫)

 

 

図書館で新装版を見つけて内容を確認したら、何と未読であった。あわてて読みだす。
連城は84年本書で吉川英治新人賞を受賞し、同年「恋文」で直木賞を受賞した。そし
て「恋文」をミステリと見なさなかった当時の僕は、本書も非ミステリと思い読まなか
った、というか連城作品を読まなくなったのだ。

「戻り川心中」が81年なので、僕にとってのミステリ作家としれの連城の活躍は、あっというまであった。しかし、本書を一応ミステリとしたが、やはりデビュー当時とはこのあたりから違ってくる。

文章は益々うまくなっているのだが、地の文がやたら多くなり、かなり読みづらい。会話がほとんどないのだ。そして、ミステリとしては、一発勝負の作品が多く、それほどの驚きはない。

さらに連城版「ローフィールド家の惨劇」というべき表題作や、「花虐の賦」などは、どうにも動機がオフビートで、後の「どこまでも殺されて」のような、ミステリに拘りながら、どこかずれている作品群(今、山田正紀の後期のミステリにも共通するものを感じることに気づいた)の先駆け、だったかもしれない、と感じる。

しかし、連城って、つくづく変な作家だったと思う。

 

●7260 考え抜く社員を増やせ (ビジネス) 柴田昌治 (日経文) ☆☆☆☆

 

 

僕のリーダーシップの三人の先生、一條・金井・田坂氏は、実際に直接講義を受けた経
験があるのだが、直接会ってはいないのだが、大きな影響を受けた先生が柴田昌治氏で
ある。

ただ、例えば若手メンバーに読ますには、どの本がいいのだろうか?と悩んでいる時、非常にコンパクトな本書が文庫化されたので、早速読んでみた。

正直、内容はいつもの柴田節で、あっという間に読める。ただ、やはり今の僕にとって、柴田メソッドはちょっとゆるい。(あの三枝さんが、まじめな雑談として、合宿ばかりやっている、と揶揄していたが、確かにそういう側面もある)

また、テーマが企業変革のため、新人にはぴんとこないかもしれない。ただ、後半の「自分の頭で考える」ということを、深堀していくあたりは、新人にもぜひ読んでもらいたいと感じだ。弁証法共時性・通時性、囚人のジレンマ、等々をそういうキーワードを使わずに、柴田流に語る部分も面白い。

ただ、やはり柴田流の改革は、北川知事の頃の三重県庁のような改革には向いているが、今の厳しい環境でグローバルを目指す企業改革には、緩すぎる気がしてしまう。

で、実は僕は本書を09年の年間ベストビジネス本に挙げたつもりだったのだが、確認
すると、次点にすぎなかった。やっぱり、当時も少し物足りなく感じたのかもしれない。

 

 ●7261 田舎でロックンロール (エッセイ) 奥田英朗 (角川書) ☆☆☆☆★

 

 

奥田と僕は同い年である。奥田のミステリの最高傑作は「邪魔」であり、世の中では直
木賞をとった伊良部シリーズが代表作、ということだろう。(僕は後者は評価しないが)しかし、僕が奥田の作品で一番好きなのは実は「東京物語」なのだ。あまり奥田の作品として語られることがないが、とにかく同時代性が涙腺を緩ませてしまうのだ。

本書はそれをさらに数倍上回る、同時代性を感じてしまい、一気に読み上げた。従って、この評価は59年生まれの田舎者限定である。

内容は、奥田のロック遍歴?なのだが、これがもう涙なしでは読めない。ビートルズ、ディープパープル、レインボー、ELP、ピンクフロイド、等々書ききれないが、ボズ・スギャッグッスのシルクディグリーズで、ついに涙腺は切れた。まあ、ブルース系は良く解らないのだが。

 

●7262 抱く女 (フィクション) 桐野夏生 (新潮社) ☆☆☆★

 

抱く女

抱く女

 

 

1972年の学生生活。ジャズと学生運動と恋愛。桐野、お前もか?と言いたくなる内
容であり、たぶん桐野の作品でなかったら手が出なかっただろう。桐野は団塊の世代
僕らの中間。だのに、なぜにここまで「田舎でロックンロール」と本書にはギャップが
あるのだろうか。(比べるのが間違っている?)

既に失われた世代であった僕らにとっては、全ては既に終わっていて、そのむなしさを熱く語ることはありえない。革命とその蹉跌なんて語れない。そんな恥ずかしいことは出来ない。

しかし、そんな陳腐な物語でも、女王様は読ませてしまう。嫌だ嫌だと思いながら、結局一気に読んでしまった。そして、表現は真逆でも、ここに描かれていることは「二十歳の原点」と変わらないのかもしれない、と思ってしまった。

 

 ●7263 ブラックスワン (ミステリ) 山田正紀 (ハル文) ☆☆☆☆

 

ブラックスワン (ハルキ文庫)

ブラックスワン (ハルキ文庫)

 

 

今でこそ、作品はミステリの方が多いくらいの著者だが、本格的にミステリを書いたの
は本書(89年の作品。88年に「人喰いの時代」があるが、本格ミステリは本書が最
初、だと思う)で、初読時は傑作と思ったのだが、あまり評判にならずがっかりしたの
を覚えている。

で、再読だが、正直文章が若書きなのには閉口した。学生たちの青春ミステリ(過去のパーツ)の一面もあるのだが、ちょっと文章がついてこない。(東野の初期の学生モノと同じくらいかな)

ミステリとしても、良い点と悪い点が混じる。ちょっとした会話の矛盾から、真相が浮かび上がる場面が何度かあり、そのあたりの細かい伏線には感心した。

しかし、結局なぜアリバイトリックが必要だったのか、イマイチピンとこない。当時はそんなことなく、アンチミステリとして感心した気がするのだが。

いずれにしても、著者がいまだに持つ、含羞というかネガティブなけれん?の良いところも、悪いところも出た作品と言えるだろう。ここは、当時の思い出も足して、少し甘い採点。

 

 ●7264 火神を盗め (冒険小説) 山田正紀 (ハル文) ☆☆☆

 

火神(アグニ)を盗め (ハルキ文庫)

火神(アグニ)を盗め (ハルキ文庫)

 

 

困った。本書こそ、初期山田正紀の冒険小説の最高傑作、と僕の脳内記憶の中では決ま
っていたのだが、いやあ、この前提はありえない。日本企業が、こんなことをするはず
がないし、サラリーマンたちが、こんな思考をするはずがない。大人のおとぎ話とはわ
かっていても、これでは感情移入できない。しかも、結構前段が長いのに閉口。

「謀殺のチェスゲーム」でも同じことを感じたが、能天気な学生時代と今とでは、ここまで感性が変わるんだ、と愕然としてしまう。最後のクロコダイルのオチだけは、きちんと覚えていました。

まあ、正直これでは直木賞はとれないな。美しき過去の記憶を汚すのはこれくらいにすべきだろうか。「崑崙遊撃隊」と「人喰いの時代」がまだ目の前にあるのだが・・・

しかし、暑い。その上、絶望的に本が読めない。宮内悠介の第三作「エクソダス症候群」は、途中で挫折。何かコナリーの新作ものらないし、ブランドの新訳も読めるだろうか・・・相変らず杉江は褒めているが。

 

●7265 松谷警部と三ノ輪の鏡 (ミステリ) 平石貴樹 (創元文) ☆☆☆★

 

 

シリーズ第三弾。アメフト、カーリング、ときて、今回はゴルフです。(どうでもいい
が、三鷹の次が三ノ輪じゃ混乱する?)相変らず、地味だけれどガチガチのパズラー。

でも、残念ながらカタルシスは少ない。ちょっと事件が複雑すぎる上に、登場人物が少
ないので、意外性もない。複雑になったのは、たぶんメイントリックだけだと、解り易
いので、色々捻って付け加えているうちに、複雑かつリアリティー不足となってしまっ
たんだろう。

実際、ラストで名探偵?白石以愛が謎解きをしている最中に、登場人物の一人が居眠りしてしまうんだから、自覚的というか自虐的。

このシリーズは連作短編にした方がいいんじゃないだろうか。著者には、シリーズを越えた大作を期待。教授は引退したんだから、時間はあるはずだ。

 

 ●7266 薔薇の輪 (ミステリ) クリスティアナ・ブランド (創元文) ☆☆☆

 

薔薇の輪 (創元推理文庫)

薔薇の輪 (創元推理文庫)

 

 

ブランド最晩年(76年)の作品の本邦初訳。とはいっても、メアリ・アン・アッシュ
名義、ということで、イマイチ乗れない。実際、ブランドの別名義作品と聞いていなか
ったら、彼女の作品とは思わなかっただろう。

何というか、ファース味の濃い、ドタバタしていながら、グロテスクでオフビートな作品なのだ。(76年の英国で、娘に会いたさに出獄してきた米国ギャングを描かれても、ギャグにしかならない)

確かに障害を持つ我が子をテーマに綴ったエッセイで虚名を得る女優という、何やら現代のブログや、SNSで私生活を切り売りする芸能人を彷彿させるところや、あのゴーストライター事件を予言したかのような、テーマの斬新さには驚く。

ただ、ミステリとしては、これは謎が単純だし、犯人も意外じゃないし、やはり評価できない。個人的にはブランドのベストは「緑は危険」なのだが、正直内容をさっぱり思いだせない。夏休みにでも、きちんと読んでみようか。

そう言えば、創元文庫からはブラックバーンの「薔薇の環(わ)」という作品もあった。時代を先取りしたパンデミックものの傑作だった。

 

●7267 人喰いの時代 (ミステリ) 山田正紀 (ハル文) ☆☆☆☆

 

人喰いの時代 (ハルキ文庫)

人喰いの時代 (ハルキ文庫)

 

 

ブラックスワン」より、こちらの方が先で、確かに今の著者のミステリ(例えば「ミ
ステリオペラ」)の原点ともいうべき作品。ネットでは読みにくい、との声が多かったが、僕にとっては青臭い「ブラックスワン」より、幻想味の強い(リアリティーの薄い)本書の方がよほど読みやすかった。

本書は五篇の連作短編を最後の短編で、全部つないでひっくり返す、という今や新本格の定番のような構成をとっているが、この時代においては斬新かつ美しい作品だったろう。それぞれの短編のトリックは小技だし、最後のどんでん返しも、今のレベルからすると地味である。

しかし、心臓発作で既に死んでいる被害者を、なぜ自殺を装って塔から突き落とさなければならなかったのか?等々の謎の解明が、結構説得力があって気に入ってしまった。(法月の「死刑囚パズル」を思い起こした。それほどではないが)

そういう小技があちこち効いていて、今回は結構面白く読めました。戦前の小樽という舞台もよかったかな。

 

●7268 人は、誰もが「多重人格」 (ビジネス) 田坂広志 (光文新)☆☆☆☆

 

人は、誰もが「多重人格」 誰も語らなかった「才能開花の技法」 (光文社新書)
 

 

田坂さんの新刊が積読になっていたのに気づき、あわてて読みだした。とは、言っても
これだけ田坂さんの本を読んでると、ああ「頭の中に他人を住まわせろ」の話だなあ、
これで一冊持つんかい?と言う気がしたんだけれど、そこは田坂さん、さすがです。や
っぱり面白くて一気に読んでしまった。

「才能の本質は人格」なんて言われると、ちょっと鼻白んでしまうが、こうやって丁寧に論証されると、なるほど!と思ってしまう。

「仕事のできる人とは、場面や状況の応じて、色んな人格を切り替えて対処できる人」
というのも、納得です。人格の切り替え能力を鍛えるのは「ビジネスメール」を書くこ
と、というのも目から鱗。コロンブスの卵。でも説得力がある。

で、本書で一番感銘を受けたのは、次の文章。「本当に深い思想を持った人物は、やはり多重人格です。そもそも『思想』とは、その思想を『実際に生きた』とき、『真の思想』と呼ぶのである」

これは見事に田坂さんの次の言葉とリンクがかかり、『思想』に関する理解が間違いな
く数段深まった。これが勉強の醍醐味だ。

「世の中に絶対に勝利し、絶対に成功する方法がない限り、そして全員が勝者、成功者になれる競争が存在しない限り、どれほどのベストを、努力を尽くしても、誰と言えども、敗北し、失敗することはある。

そのことを考えるなら、我々に本当に問われているのは、「いかにして勝つか」や「いかにして成功するか」ではありません。本当に問われているのは、その逆の問いなのです。それは何か。

全力を尽くしてなお、敗北や失敗に直面したとき、そのとき、自分を支える思想を持っているか。その問いなのです」

「その自分を支える思想こそ、これからの時代における『強さ』ということの真の定義なのです」さらに、自分の人格を変えようとするのではなく(それは難しい)新たな人格を育てる、というのも目から鱗。素晴らしい。やっぱ、否定ではだめなんだ。

「だから、苦手だと思う仕事も、不遇と思う時代も、捉え方によっては、それまで自分の中に眠っていた『人格と才能』を開花させる、絶好機なのです」何か、しみじみと感慨深い。多重人格を育てることが、才能開花の方法だったとは。

本書は、田坂さんとインタビュアーの会話形式で話は進み、読みやすく、解り易く、最後はいつもの田坂節に戻ってきて、これまでの話がきちんとリンクがかかります。安心の傑作。(まあ、人格を表層、深層、抑圧に三分割するのは、フロイトの意識、無意識、イド、の安易なアナロジーに感じてしまったが)

 

●7269 Know (SF) 野崎まど (早川文) ☆☆☆☆★

 

know (ハヤカワ文庫JA)

know (ハヤカワ文庫JA)

 

 

13年の作品で、かなり評判にはなったのだが、ラノベ風の表紙に引いてしまい、出遅
れてしまったのだが、偶然図書館でGET。で、まだ逡巡していたのだが、あの北上お
やじも褒めていたことを思い出し、何とかチャレンジ。

すみません、本書は傑作だ。正直、まだこんな才能がいたのか?と驚いてしまった。SFはやっぱりすごい。とにかく脳のシンギュラリティーとも言うべき「量子葉」を備えた少女ミアが圧巻。

「知る」と「生きる」は同じ現象とし、物質の究極の状態が「ブラックホール」なら、情報のブラックホールこそ○である、というトンデモ説にひっくり返ってしまった。(あとで、良く考えると、やっぱ無理がある気がするが)

そして、ミアは○によって、事象の地平線の向こう側に旅立つ。そして、衝撃、いや笑劇のラスト。いやあ、大バカSFですが、ここまで凄いと、感心するしかない。そう、イーガンだって、大バカSFに違いはない。野崎まどに、いまさらながら注目しよう。

 

 ●7270 判決破棄 (ミステリ) マイクル・コナリー (講談文) ☆☆☆★

 

 

 

 

正直、古くからのコナリーファンにとって、前作「ナイン・ドラゴンズ」は、あまりに
安普請に感じてしまい、見放そうかと思った。で、本書も出遅れたのだが、気長に待っ
てやっと図書館でゲットして読みだした。

今回はハラーが何と弁護士ではなく特別検察官として、ボッシュと組んで、事件にあたる。まあ、その無茶な展開は、解説のコナリーの(苦しい)説明を認めてあげるが、こうやって読み終えると、ハラーはともかく、ボッシュは遠いところまで来てしまった、と思わざるを得ない。

本書をデイーバーのような、ノンストップ・ベストセラーとして読むなら、ちょっとどんでん返しが弱いけれど、楽しく読めると思う。コナリーは法廷場面もうまいことは間違いない。

しかし、初期のボッシュ作品の、あの重苦しさ(例えば「ラストコヨーテ」の重さ、暗さ)を、当時は全面肯定しなかったけれど、ここまで陰影のないミステリを読まされると、やはりどうしようもない違和感を感じる。まあ、贅沢な悩みなのだろうが。

 

●7271 武士の碑 (歴史小説) 伊東 潤 (PHP) ☆☆☆★

 

武士の碑(いしぶみ)

武士の碑(いしぶみ)

 

 

やはり歴史小説家にとって、西郷は鬼門だ。今をときめく著者をしてもなお、西郷は捉えきれなかった。伊東が今回、西郷=西南戦争を描くために用いた奥の手は、西郷でも桐野でもなく、村田新八を主人公とし、彼のパリ生活を回想シーンで絡めたこと。

しかし、それは成功したとは言い難い。パリの部分が正直説得力がない。そして、帰国後村田が結局なし崩しに戦争に巻き込まれ、息子を進んで?犠牲にしてしまうあたりがどうも納得できない。

もちろん、本書は決して駄作ではない。西南戦争の悲惨な内戦を、丁寧に描いていることは間違いない。ただ西郷の理解を、仇敵大久保から日本中の武士が西郷に惚れて、取り合いをしている、それが西南戦争の本質としたわりには、肝心の西郷が魅力的に描け
ていない。

特に西郷が、薩摩に拘り続けるのが興醒めだ。やはり、西郷は難しい。

そして、西南戦争において薩摩私学校の兵たちは、大久保・川路コンビに挑発され暴発してしまうのだが、これはまるで幕末の江戸において、西郷が慶喜に仕掛けた挑発と同じであり、無意味にばたばた倒れていく田原坂での薩摩兵は、正に会津の闘いの再現、というかブーメラン返しである。

しかし、この史実を無視したラストはどうなんだろうか?著者なりの新証拠でもあるんだろうか。個人的には、西郷がハーメルンの笛吹き男として、武士階級を自らとともに葬った、という解釈が一番美しいのだが、まあメルヘンにすぎないのだろうなあ。

 

●7272 牟田刑事官事件簿 (ミステリ) 石沢英太郎 (双葉社) ☆☆☆★

 

牟田刑事官殺人簿 (天山文庫)

牟田刑事官殺人簿 (天山文庫)

 

 

新保が昭和50年代に、自分が書評で取り上げたミステリのベストとして「大誘拐」「戻り川心中」「サマーアポカリプス」と本書をあげていて、最初の三冊は僕のオールタイムベスト10に必ず入る傑作中の傑作なのに、本書の存在を知らず驚いて図書館に予約した。

しかし、アマゾンの書評で、その新保の文章のモトネタは本書の文庫本の解説にあると知り、これは話半分かな、と覚悟した。結論から言うと、話1/5くらいかな。この三作と比べるのはあんまりでしょう。

確かに駄作ではないが、正直既に時代に敗けている。全てにおいて、古臭い。(上記の三作はあと半世紀後でも古びないだろう)まあ、一気に読めたので駄作とは言わない。でも、ミステリとしてもそれほど驚きはなかった。

で、このシリーズ、小林桂樹主演でTVの人気長寿シリーズだったんだ。いちばん驚いたのは、著者のことをほとんど忘れていたので(「視線」を読んだのかな?)ウィキで引いたら、何と野阿梓父親だという。全然知らなかった。(しかし、野阿梓も最近沈黙しているなあ)

 

●7273 鷹野鍼灸院の事件簿 (ミステリ) 乾 緑郎 (宝島文) ☆☆☆☆

 

 

さっそく乾緑郎を調べたら、こんな短編集を見つけてしまい借りてきたのだが、いかにもはやりのラノベ風表紙に、積読になっていた。が、ついに読む本がなくなり、読みだしたら、これが止まらない。

やっぱり乾の文章はしっかりしているし、キャラが立っている。(そういえば「首長竜」でも、少女漫画家というオタクっぽい存在を、うまくリアルに描いていたことを思い出した)

そして、何より鍼灸というニッチな世界を、魅力的かつリアルに描いていて驚いたのだが、どうやら乾の本職は鍼灸師らしい。びっくり。ミステリとしても、派手さはないが、きちんと日常の謎の王道をやっている。

ちょっと、オチが倫理的に厳しい作品もあるのだが、全体のユーモラスな雰囲気が救っている。ただ、第四話はヒロインにあんまりな気がするなあ。というわけで、本書は掘り出し物。やはり乾に注目。何か鍼灸院に行きたくなってきた。

 

 ●7274 この日本で生きる君が知っておくべき「戦後史の学び方」 (社会学) 池上 彰 (文春社) ☆☆☆☆

 

 


今月冒頭の「知の世界地図」の続編にあたる、東工大の講義のまとめの第二弾。前作よりは、通時的にまとまっていて、しかもテーマが「戦後史」ということで、あっという間に面白く読めたし、若手への勉強本としても悪くないと感じた。

ただ、内容が「経済学」とかなりかぶるので、調べたら、ああ勘違い。「経済学」は東工大ではなく、愛知学院大学での講義録で、こちらもまた第二弾(何とバブルを描いているらしい。さっそく注文)が既に出ているようだ。だから、内容がかなりかぶっている。

ただ、愛知学院大学の方が新しく、かつ内容も様々なテーマが含まれているが、本書は政治+経済がほとんどで、解り易いが、ややシンプルすぎる。(だから、若手にはいいのかもしれないが)

そして、「自国の歴史から学ぶ力をつけることは、現代を生きる上で必須の教養なのです」という池上のポリシーに大きく同感する。(しかし、60年安保のデモ隊のシュプレヒコールと、昨夜浦和で見たデモ隊のものが、100%同じなのに疲れてしまった。歴史を学ぶ重要性を噛みしめてしまう)

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

2015年 6月に読んだ本

●7237 パナソニック人事抗争史 (NF) 岩瀬達哉 (講談社) ☆☆☆☆

 

ドキュメント パナソニック人事抗争史

ドキュメント パナソニック人事抗争史

 

 

著者の反骨精神にはいつも感心するのだが、今回も感嘆、そしてやはり読んでいてつら
く、いや痛くなってしまった。著者の松下へのこだわりは、幸之助も著者も(そして僕
も)和歌山生まれなのだからだろうか。こちらも松下の世襲を巡る争いに関しては、い
くらかの知識はあるので、本書に書かれたことに、それほどの驚きはない。

個別の案件は聞いたことがあることばかりだ。ただ、MCA売却の裏話や、ナショナルリース(あの尾上縫)に続いた、冷蔵庫リコール事件の真相?には驚いた。特に冷蔵庫は、著者がほのめかしているように、社長追い落としのためのとんでもない陰謀だったのだろうか。

それにしても、他社の人事抗争は週刊誌的に面白くて、一気によんだのだけど、後半はもう、疲れたというか、あきれたというか、そして何やら空恐ろしくなってしまった。

日本を、いやかつては世界を代表する企業の中で、多くの幹部社員が、子供のけんかみたいなことを繰り返している。本当に、こんなことがありえるんだろうか。

ソニーの話も痛いのだが、ソニーは頭でっかちすぎたのに対して、パナソニックは本当に幼稚としかいいようがない。とても、おとなとは思えない。そして、三洋もそうだが、やはり世襲というものは、辛いものだ。トヨタとは、一体何が違うんだろうか。

 

 ●7238 君たちは何のために学ぶのか (社会学) 榊原英資 (文春社) ☆☆☆★

 

君たちは何のために学ぶのか

君たちは何のために学ぶのか

 

 

「榊原式スピード思考法」は、僕のバイブルの一冊と言っても良いほどの本であるが、
読み物としては、いかにもシンプルすぎる。で、彼がこんな村上龍宮台真司的な本を
書いていることに気づき、図書館で借りて読んでみた。正直、たぶんこれは高校生を相
手として書いてるので、文体すべてがちょっと幼い。

ただ、「サラリーマンの時代の終わり」「誰もがプロになれる才能をもっている」「なぜ学ぶ必要があるのか?」「わたしたちは日本のスペシャリスト」のあたりは、田坂さんや松岡正剛とリンケージして、ぜひ若手に読んでほしい気もする。とりあえず、誰かに読ませて、反応を見てみよう。

 

●7239 窓辺の老人 (ミステリ) マージェリー・アリンガム(創元文)☆☆☆★

 

窓辺の老人 (キャンピオン氏の事件簿1) (創元推理文庫)

窓辺の老人 (キャンピオン氏の事件簿1) (創元推理文庫)

 

 

副題はキャンピニオン氏の事件簿1であり、名探偵アルバート・キャンピニオンが活躍
する短編集。クリスティー、セイヤーズ、マーシュと並ぶ、アリンガムだが、よく考え
たら長編は一冊も読んだことがない。ハヤカワ文庫創刊時も、クリスピンやブランドな
どと違ってアリンガムは文庫にならなかった。

しかし、アリンガム=キャンピニオンが僕の印象に強くあるのは、あの乱歩編の世界短編傑作集の、本書の冒頭に収録された「ボーダーライン事件」のせい。この切れ味するどい短編は、5巻のベスト3に入る傑作だ。

あとはダンセイニ「二瓶のソース」とセイヤーズ「疑惑」かな。今回読み返すと、翻訳のせいか、やや明るめでコミカルだが、やはり傑作。しかし、その他の作品は新訳をもってしても、どれも古臭い。

ホームズのパターンを使った作品も多い。訳者は頑張ってるんだけれど、やっぱりこの英国貴族的なスノッブさは、好みではない。

 

●7240  流  (フィクション) 東山影良 (講談社) ☆☆☆★

 

流

 

 

前評判の高い、台湾生まれの作家による台湾版アメグラ的小説。著者の作品は、このミ
ス大賞を受賞した「逃亡作法」は読んだが、達者だなあ、とは感じてもあまり引かれる
ものはなかった。

大森絶賛の「ブラック・ライダー」も、予想通り数ページで挫折。本書は一応殺人事件はあるのだけれど、もはやミステリとは言い難い。「血と骨」のような濃密で猥雑な世界・クロニクルを、幽霊のような呪術的なマジックリアリズムで描いた大作だ。

ただし、申し訳ないが今の夏枯れした僕の読書脳には、本書は重たく、油っこすぎた。途中で、かなり疲れてしまった。というわけで、残念ながら僕は本書の魅力を十分理解できなかった。まあ、もともとマルケス的な、マジックリアリズムには弱いんだけれど。

 

 ●7241 誘 神 (ホラー) 川崎草志 (角川書) ☆☆☆

 

誘神

誘神

 

 

「疫神」は傑作だと思ったのだが、あまり評価されなかった。で、本書は題名からわか
るように、続編である。ただし、一部登場人物が重なるだけで、本書を初めて読んだ人
間には、かなり不親切だと思う。もう少し世界設定が分かる工夫がいるのではないか。

しかし、問題はそれ以上に、前作の魅力的な設定(アンモナイトの異常巻と人類絶滅、
等々)が、全然深められず、底の浅い展開に終始すること。そういえば、長い腕シリー
ズも巻を追うごとにレベルが落ちてきた。このシリーズも、もう打ち止めにした方がいいと思う。

 

 ●7242 夏の沈黙 (ミステリ) ルネ・ナイト (創元文) ☆☆☆★

 

夏の沈黙

夏の沈黙

 

 

世界的なベストセラー、ということだが、確かに「二流小説家」のような本の中の本が
あったり、(もう本当に嫌になるほど)最近はやりのカットバックが多用されていて、
その上読みやすい、という確かにベストセラーの典型のような作品。

しかし、たぶん著者は、あまりミステリが分かっていないのではないだろうか?物語としては読ませるけれど、ミステリとしては、ベタな展開で、全然意外性が足りない。

また、ヒロインはまだしも、前半いいひとに描かれる、旦那の正体?があんまり。これじゃ、僕は傑作とはちょっと言い難い。

 

 ●7243 ウツボカズラの甘い息 (ミステリ) 柚月裕子 (幻冬舎) ☆☆☆★

 

ウツボカズラの甘い息

ウツボカズラの甘い息

 

 

正直、書き過ぎだなあ、と心配しながらも、著者の文章はなぜか僕にしっくりきて、ま
たしても、一気に読んでしまった。でも、主人公の刑事の家庭環境や相方の女性刑事の
存在、一方で起きる化粧品販売の詐欺事件、等々正直既視感ありまくり。どこかで読ん
だような話ばかり。

ただ、一点後半に入って、大きなトリックが仕掛けてあるのだが、これまた、最近ではこのパターンはかなりあり(私見では、奥田英朗のあの作品や、小林泰三のあの作品あたりから、頻繁に目にするようになった。いまさら、このトリックを使うなら、道尾秀介のあの作品くらいひねってもらわないと。あ、そういえばこのミス大賞のライバルの中山七里も使っていた!)ちょっとねえ、という感じ。

著者には大きく期待していたのだが、今や風前の灯か。

 

 ●7245 イノセント・デイズ (フィクション) 早見和真 (新潮社) ☆☆☆★

 

イノセント・デイズ

イノセント・デイズ

 

 

これまた、図書館で一年近く待ったのだが、正直評価に苦しむ。推理作家協会賞を受賞
したようだが、本書をミステリととらえるのは難しい。というか、ミステリとしたら、
破綻しているように思う。(たぶん、僕は結局ラストの展開が、良く解らなかったのか
もしれない。僕の理解では、これはあまりにも唐突で、いいかげんだと思う)

しかし、一人の誰からも必要とされなかった女性の、永遠の仔・裏バージョンとしては、読ませることは確か。その文体からは異様な迫力を感じ、そしてそのダークヒロインの言動には、憐憫を越えた恐怖と、強烈な違和感を感じる。

しかし、やっぱり、僕は本書をちゃんと理解していない。したがって、きちんと評価できない。

 

●7246 太陽の棘 (フィクション) 原田マハ (文春社) ☆☆☆★

 

太陽の棘(とげ)

太陽の棘(とげ)

 

 

今月はどうにも不調なんだけれど、マイブーム?の原田の絵画モノ?を読んでもやっぱ
り駄目で、なかなか闇は晴れない。

本書は、戦後沖縄に実在したニシムイという芸術コミューン?と、これまた実在のサンフランシスコの医者(軍医)スタンレー・スタインバーグとの交流を描いたもので、フィクションとしたが、たぶん限りなくノンフィクションに近い作品。

そのせいかもしれないが、ストーリーがかなり単調なのだ。剛球ストレートというべきなのかもしれないが、エンタメとしたとき、このストーリーで長編は苦しい。

題材を温めずに、というかNFなので温めようがなかったのかもしれないが、一気に書き上げた作品に勢いはあっても、やはり物足りなさが残る。

(この後、キングの「11/22/63」の分厚い上下巻を見つけて、勇躍読みだしたんだけれど、20ページでギブアップ。このくどい文体はやっぱ無理だわ。で、その後SF二冊リタイア)

 

 ●7247 ミステリ編集道 (インタビュー) 新保博久 (本雑誌) ☆☆☆☆☆

 

ミステリ編集道

ミステリ編集道

 

 

というわけで、またもや深い小説鬱状態に陥ってしまったのだが、ここは今週のドッキ
リメカ、というか最終兵器の登場。

この年になって、作家になった自分をイメージすることはもはや不可能だけれど、編集者になった夢はまだまだ見てしまう。ここには、オルターネイティブな僕の人生があり、ため息をつきながら一気に読了した。

特に後半はまさにリアルタイムで体験したミステリ・ルネッサンスであり、時の流れの残酷さを感じるのみ。

原田裕東都書房)大坪直行(生きていたのか?宝石社)中田雅久マンハント)八木昇(桃源社島崎博!!(幻影城)白川充(講談社佐藤誠一郎(新潮社)北村一男(ジャーロ)山田裕樹(集英社宍戸健司(角川ホラー文)戸川安宣!(唯一会ったことがある)染田屋茂(早川:翻訳者だとばかり思っていた)藤原義也(国書刊行会)といった、錚々たるメンバー。

宇山日出臣や厚木淳らは、残念ながら間に合わなかったが。内容に関しては、敢えて書かない。もちろん、本書はミステリマニア以外には薦めない。大森は早くSF編集道を書きなさい。

 

 ●7248 地獄の観光船 (エッセイ) 小林信彦 (集英社) ☆☆☆☆

 

地獄の観光船―コラム101 (1981年)
 

 

上記の集英社の山田裕樹が、まず最初に小林信彦の「地獄の読書録」を作った、という
話がでてきたので、小説不感症の時は、古い小林エッセイ、ということで、続く本書を
借りてきた。

図書館の奥の方から時間をかけて出てきた本書は、文庫でなくハードカバーでびっくり。81年の本です。77年から81年まで続いた、キネマ旬報連載のコラムをまとめたもの。

たぶん、小林のエッセイに一番力があった頃で、掲載誌の関係上70%以上が映画評なのだが、それでも一気に読ます。また、時々挟まる漫才ブームや小説の話も、生き生きしている。

残念ながら、後半が映画の比率が高くなりすぎて、ちょっとついていけなくなってしまったが。

そして、どうしても思うのは、今の文春エッセイとの比較である。相変らず、映画中心は同じなのに、文春は偏屈親父のこだわり薀蓄にすぎない、ように感じてしまうのだ。

 

 ●7249 私の体を通り過ぎていった雑誌たち(エッセイ)坪内祐三(新潮社)☆☆☆☆

 

私の体を通り過ぎていった雑誌たち

私の体を通り過ぎていった雑誌たち

 

 

というわけで、非小説本が続きます。著者は、僕より一歳上、ということでほぼ同じサ
ブカルチャー時代を経験しているのだが、いつもどうにも何か違和感を感じる。で、本
書を読んで、その理由がはっきりした。まあ、何のことはない、著者は江戸っ子で、僕は超田舎者、それだけなのだ。

(著者のデビュー雑誌「東京人」を僕は読んだことがない)だから、小学生時代の雑誌といえばマンガオンリーだった僕に対して、「ゴング」「漫画讀本」さらには「TVガイド」と言われても、こちとら白黒の上に四年生まではNHKと海の向こうの四国放送しか映らなかったのだから、話にならない。

それでも、月刊プレイボーイ村上龍の第二作(ニューヨークシティーマラソン)や、GOROの激写(美藝公の素晴らしさ)等々時々クロスしながら、僕と著者はついに「本の雑誌」で激突?する。

しかし、その後は文芸ついた著者とは、また離れてしまう。結局、この違和感はどこまでも続くのだろう。著者は自ら、筒井派ではなく、小林派だと言い、亀和田とも繋がっていて、このあたりが東京に全く思い入れのない、僕と相いれないのだろう。でも、今や僕は浦和に強い思い入れがある。We are reds!!

 

 ●7250 モンローが死んだ日 (フィクション) 小池真理子 (毎日新) ☆☆☆★

 

モンローが死んだ日

モンローが死んだ日

 

 

ひさびさに著者の作品を読んでみた。かなりエキセントリックでえぐい話を、淡いタッ
チで描き切る文章の冴えは素晴らしい。そうでなければ、還暦近い未亡人の恋愛物語な
どとても読む気がしなかっただろう。

ただ、正直言って長すぎる。この7掛けで十分なのではないだろうか。そして、最後に仕掛けられた罠が、何というか僕にはあまり楽しめなかった。この男、かなり情けないし、ヒロインも疲れる。

 

 ●7251 恩讐星域Ⅰ ノアズ・アーク (SF) 梶尾真治 (早川文) ☆☆☆☆

 

 


 ●7252 恩讐星域Ⅱ ニューエデン  (SF) 梶尾真治 (早川文) ☆☆☆★

 

 


 ●7253 恩讐星域Ⅲ 約束の地    (SF) 梶尾真治 (早川文) ☆☆☆★

 

 

カジシンの大作が一気に文庫化。個人的には「サラマンダー殲滅」の路線を期待して読
みだした。

太陽のフレア化によって、滅亡が予測された地球において、米国大統領とその側近たち3万人が、全人類を置き去りにしてノアズ・アークという巨大宇宙船で脱出し、ニューエデンという惑星を目指す。

一方、置き去りされた人々は、ノアズアークで脱出した人々を呪いながら、ある天才少年が発明した瞬間移動装置を使って、致死率は限りなく高いが、同じくニューエデンを目指す。

そして、何とか辿り着いた少数の人々は、ニューエデンに生息する数々の化け物と戦いながら、何とか文明を復興させていく。そんな彼らを支えたのは、ノアズ・アークへの恨み、呪いであった。

第一巻はそこまでを描き、非常に面白かったのだが、その後は小さなエピソード、短編の積み重ねで、ノアズ・アークとニューエデンをほぼ交互に描いていく。ただ、その短編には、正直必要性が疑問なものもあり、Ⅱはちょっと中だるみ感がある。

で、ついにⅢにおいて、ノアズ・アークがニューエデンに辿り着き、ある種のファーストコンタクトとなるのだが、このあたりが少々駆け足な上、ラストはあまりにも予想通りで正直物足りない。

あとがきによれば、ちょうどⅡを書き終えたときが震災であり、そうであれば、このラストはやはり予定調和と言うしかない。さらに、数々の短編の伏線が、ほとんど回収されないのも、ちょっと期待外れ。残念ながら、尻すぼみの印象。(しかし、アジソン大統領はどうしても、オバマとかぶってしまうなあ)
 
 


 

 

 

 

 

 

 

 

2015年 5月に読んだ本

●7219 クール・ジャパン (企画) 鴻上尚史 (講談現) ☆☆☆☆
 

 

副題、外国人が観たニッポン。テレビでおなじみ、クール・ジャパンをもとに、司会の
鴻上がまとめたもので、当然ながら、内容の9割は既に観ている。しかし、そこはさす
が鴻上で、一気に読ませる。

正直、ほぼ同じ内容をNHKがまとめた別の本はそうはいかず、結構あちこちでつかえてしまったのだが。

内容は一点だけ、「サル・パンダ・バナナ」「ウシ、ニワトリ、草」のそれぞれのグループから、より近いものを2つ選べ、という質問に、欧米人は「サル・パンダ」「ウシ・ニワトリ」と答え、日本を含むアジア人は「サル・バナナ」「ウシ・草」を選ぶ、というのだ。

すなわちそれは欧米=「分類」、アジア=「関係」なのである。(難しく言えば、分類=還元主義、関係=ホーリズム)そこで、松岡正剛イサム・ノグチを関係性の芸術と呼んでいたことなどを思い出すのだが、何より僕自身はどう考えても、「分類」が先にきてしまうので、困ってしまった。20代に、あれほどニューサイエンスにはまったはずなのに。

 

 ●7220 死のドレスを花婿に (ミステリ)ピエール・メートル(文春文)☆☆☆★

 

死のドレスを花婿に (文春文庫)

死のドレスを花婿に (文春文庫)

 

 

昨年、各種ベストを席巻した「その女アレックス」に続く第二弾、ではなく、こちらは
既に翻訳されていた(柏書房?)作品の文庫化である。本書を読んで感心した文春の編
集者が、アレックスの大ヒットを生んだということだ。

で、御存じのとおり僕はアレックスをそれほど評価しない。ちょっと場末の幽霊屋敷みたいで、ばたばたしすぎに感じた。ただ、その翻訳は「ハリークバート」とともに素晴らしいと思ったのだが、本書の訳者は当然違っていて、正直まず翻訳に泣かされた。

そして、内容は「その女ソフィー」という感じで、非常に似通った展開なのはいいのだが、今回は第二章に入ると、ほぼ作者の企みは分かってしまう。最後のどんでん返しも、それほどではない。

きちんとプロットで意外性を狙いながら、それが構築美につながっていないのが、相変らず残念なのだが、フランスに著者やアルテのような、らしくない作家がいるのは、意外かつ貴重だとは思う。

今までの作家では「殺人四重奏」のミッシェル・ルブランが意外性において似ている気がするが、ルブランの方が(かなり古いのに)垢抜けているんだよね。

 

 ●7221 楽園のカンヴァス (ミステリ) 原田マハ (新潮社) ☆☆☆☆★

 

楽園のカンヴァス

楽園のカンヴァス

 

 

著者の作品は、だいぶ前に「翼をください」を読んだのだが、本来は女性飛行士アメリ
ア・イアハート(ナイト・ミュージアムでもおなじみ)のノンフィクション、とすべき
内容を、変に日本と結びつけるため、中途半端なフィクションにしてしまった残念な作
品と評価してしまった。(それは今でも間違っていないと思う)

それで、本書が評判になったときも出遅れてしまい、結局図書館で3年待つことになった。しかし、結論は待って良かった、だ。このところ、本当に小説が読めなかったのだが、本書は一気に読んで、深いため息とともに、ネットを検索しまくった。

本書のテーマは、ルソーである。いや、ルソー作品の真贋がテーマである。まずは、倉敷大原美術館の監視員として働く早川織江のもとに、突然MOMAのチーフ・キュレーターのティム・ブラウンからの招待が届く。

物語は、そこから30年の時をさかのぼり、ティムと織江のスイス、バーゼルでの濃密な一週間、ルソーの「夢」の真贋鑑定の戦いが描かれる。そこで、描かれるルソーとピカソの関係と「夢」に秘められた謎、そして、最後に明かされる依頼主の正体。

まあ、僕がもともとルソーが大好きだということを差し引いても、その波乱に富んだ展開に一気に引き込まれた。素晴らしい。そして、物語はまたも現在に戻り、30年の時を超えた「愛」が成就するのだ。(一応、ミステリとしたが、本書は殺人は起きないし、恋愛小説でもある)

うまいなあ。ずるいなあ。正直、冷静になって考えると、織江の境遇のあんまりな変化や、登場人物の造型等々に物足りなさ、リアリティー不足を感じないでもないのだが、この際そんな野暮は言わずに、作者の紡いだ豊饒で濃密な物語の余韻にどっぷりつかるしかない。

そして、今回もまたi-Padを本の隣に置いて、出てくる絵画を片端から検索しながら読み続けた。本当に良い時代になったもんだ。

原田マハ原田宗典の妹とは知っていたが、実際にMOMAで働いたことがあるとは知らなかった)再勉強すべき作者がまた一人現れた。(本書は山本周五郎賞受賞作)

 

 ●7222 ジヴェルニーの食卓 (フィクション) 原田マハ (集英社)☆☆☆☆☆
 
ジヴェルニーの食卓

ジヴェルニーの食卓

 

 

早速「カンヴァス」の次の作品、絵画をテーマにした短編集を借りてきて読みだしたの
だが、いやあまたしてもまいってしまった。正直、収録された四編が、それぞれ「カン
ヴァス」と同じくらいの、濃密さ豊饒さを持っており、結果的に評価を満点にせざるを
得なくなってしまった。何で本書が直木賞落ちたのか解らない。

四編は印象派の巨匠の四人の画家を、それぞれ違った立場の女性が描く、という共通項を持ちながら、その物語のパターンは全て違っており、史実に基づいたフィクション(作者の言葉)として、素晴らしい四部作となっているのだ。そこには、著者の圧倒的な知識と勉強、確かな技術と企みが明確に存在しているのだ。

まずは、マティスを描いた「うつくしい墓」の柔らかで明るい日差しに陶然となり、次のドガを描いた「エトワール」(いや、ドガとメアリー・カサットの真剣勝負と言うべきか)に、魂の深いところを突き抜かれ、セザンヌを描いた「タンギー爺さん」(と言っても、セザンヌはゴドーよろしく、最後まで登場しないのだが)に心が震え、最後のモネを描いた表題作に目頭があつくなる。

すべて素晴らしい。しかし、今回読書を越えて素晴らしいのは、ウェブで検索した「ヴァンスの礼拝堂」であり、「十四歳の小さな踊り子」であり、「タンギー爺さん」であり、「ジヴェルニーの庭園」であった。

そして、印象派の時代をもう一度ネットで復習し、整理した。ああ、もう一度オルセーに行かなければ。

 

●7223 キネマの神様 (フィクション) 原田マハ (文春社) ☆☆☆☆
 
キネマの神様

キネマの神様

 

 

今回は題名からわかるように、映画がテーマだ。そして、今回もまた一気に読み上げた。著者のエンターテインメント作家としての腕の冴えは、もはや間違いない。

ただし、今回は手放しに褒めることはできず、読後何やら漠然とした違和感があり、ストーリーを反芻するにつれ、その思いは強くなった。

それは、著者の絵画(仕事)と映画(趣味)へのスタンスの違いからくるものなのか、はたまた僕自身の絵画と映画への(今現在の)思いの強さと弱さからくるものなのかは、まだ良く解らない。

はっきりしているのは、本書の通奏低音、主モチーフとして流れる映画「ニュー・シネマ・パラダイス」や、途中で重要な役割を演じる「フィールド・オブ・ドリームス」もまた、僕に同じような感触を与える映画なのだ。

よくできているし、褒める人がいるのも理解できる。でも、僕には違和感が残る。その本質はまだ良く見えないのだが、今は本書のテーマが「キネマの神様」への「祈り」の物語であるなら、個人的にはもう少し素朴で、小さくひめやかであっていいのではないか、と感じる。

本書も「ニューシネマ」もちょっと仰々しく、わざとらしいのではないか。感動の押し売りとまでは言わない。でも、祈りとはもう少しパーソナルなもののような気がするのだ。

それでも、本書の後半からラストへの盛り上がりは、シンデレラストーリーの王道として、読ませることは間違いない。

少し疲れたので、今後は少しづつ原田を読んでいこうと思う。(個人的には、ヒロインの父親は途中から間違いなく、平泉成に自動変換させられた。ヒロインは吉田羊かな)

 

●7224 2014 The Best Mysteries (ミステリ)日本推理作家協会編(講談社)☆☆☆★ 

 

ザ・ベストミステリーズ2014 (推理小説年鑑)

ザ・ベストミステリーズ2014 (推理小説年鑑)

 

 

推理作家協会が年に一回刊行する、短編傑作集。これまた、原田マハと平行に、小説不
感症を直そうと読みだしたのだが、伊坂、今野、翔田、西澤、東川、本城、本多、水生
森晶麿、薬丸、と錚々たるメンバー。(そのうち五篇が協会賞候補作だが、この年は受
賞作なし)

まず、冒頭の伊坂の「彗星さんたち」が、何というか「午後の恐竜」を思わせる。ちょっとオフビートでありながら、論理的なファンタジーで、感心してしまった。ところが、その他の作品は、確かに内容はバラエティーに富み、昔のような中間小説臭はないのだが、小粒というかミステリ的な驚きの薄い作品ばかりだった。

五段階評価するなら、「彗星」は文句なく5なのだが、その他は全部3止まり。(今野と東川は2。特に東川は、鮎川哲也の傑作を冒涜している?)他の年度も読んでみるか、ちょっと悩む。このレベルだと、間違いなくSFに敗けてる気がするなあ。

 

 ●7225 あぶない叔父さん (ミステリ) 麻耶雄嵩 (新潮社) ☆☆☆★

 

あぶない叔父さん

あぶない叔父さん

 

 

麻耶の新作はまたしても連作短編集。で、最初の二編を読んで、解ってしまった。今回
山田風太郎のあの作品にチャレンジなんだと。

そして、ここでいつもお世話になっているミステリサイト「黄金の羊毛亭」を読んではっとした。(アップされるスピードは遅いのだが、その分析は素晴らしい。例えば七河迦南の作品の本質は、このサイトを読まなかったら僕は解らなかっただろう)

そう、本書の表紙のシルエットは、どう見ても金田一耕助である。ということは、著者は羊毛亭の言う通り、単なる名犯人?ではなく、探偵=犯人という連作?を書くことで、後期クイーン問題ちゃぶ台返しをまたも行った、と見るべきだろう。(何のことか分からない人がほとんどだろうが、これ以上は書けない)

ただし、それが面白いのかどうかは別問題。そろそろ「隻眼の少女」に続く、長編をお願いします。このパターンはこれで打ち止めにして。(羊毛亭は、本書のとんでもない題名は、あのポーストの「アブナー叔父」に掛けていると推測しているが、どうだろなあ、内容はあまりに違う)

 

●7226 謀殺のチェス・ゲーム (ミステリ) 山田正紀 (角ハ文) ☆☆☆★

 

謀殺のチェス・ゲーム (ハルキ文庫)

謀殺のチェス・ゲーム (ハルキ文庫)

 

 

山田正紀の初期再読もぼちぼち進めているのだが、今度はミステリ、というか冒険小説
の最高傑作「火神を盗め」にしようと思っていた。

ところが、図書館で本書の新装版の美本をみつけてしまい、急遽方針転換。こっちの方が「火神」より先で、内容はほとんど忘れてしまったが、僕の中では何よりあの「ゲーム理論」を教えてくれた小説、として記憶に残っている。(内容に関しても、悪い印象はない)

ただ、本書を読み終えた今素直に傑作と呼べない僕がいる。これはもう、初期山田作品の特徴と言っても良い、若書きというか説明っぽい文体、そして勉強(今回はゲーム理論)が生で出てくる、この二点が本書では特に顕著で、ストーリーの面白さは認めても(特にラストのひっくり返し方は、定石通りだけれど決まっている)傑作とは言い難いB級テーストがあふれているのだ。

そういう意味では、有栖川有栖には悪いが、「謀殺の弾丸特急」と同じ、無駄な暑苦しさと雑さを感じてしまったのだ。

さらにいえば、当時の極東軍事情勢や、そもそもの軍需産業の動機も、全くリアリティーがないが、これはしょうがないとしよう。

しかし個人的には、「ゲーム理論」をかなり勉強した今の僕には、本作での使い方はちょっと耐えられなくて、ここがたぶんかっこいい、と感じた30年前との最大の違いなのかもしれない。

 

●7227 秋の牢獄 (ホラー) 恒川光太郎 (角ホ文) ☆☆☆☆

 

秋の牢獄 (角川ホラー文庫)

秋の牢獄 (角川ホラー文庫)

 

 

ホラー大賞受賞第一作の「雷の季節の終わりに」を読みだしたのだが、どうも長編とい
う形式と、初期の著者のテーストが合わず、途中でこちらに切り替えた。本書はいかに
も恒川らしい中編が三作収められている。

冒頭の表題作は、「リプレイ」や「ターン」の一日バージョンというか、時の狭間で同じ日を繰り返す人々の物語。何か既視感のある内容だが、そこは結構恒川流の工夫があって、ラストまで一気に読まさせられた。北風伯爵というネーミングは、ううん、だけれど、傑作。

次の「神家没落」は「夜行の冬」の個人バージョンのような話だけれど、オフビートな展開(「放心家組合」のような、ぬけぬけとした味がある)がヒートアップして、とんでも展開になるのも著者らしい。ラストがちょっと淡泊だけれどこれも傑作。

そして、最後の「幻は夜に成長する」は、まさに今の恒川作品であり、ストーリーは3回とんでもなく変調する。ちょっとラストが安易なような気がするが、これはもう恒川にしか書けない傑作だ。

やはり、中短編の方がいいのだろうか。「金色機械」も「スーパースター」も、連作長編だし。

 

 ●7228 偽装・越境捜査4 (ミステリ) 笹本稜平 (双葉社) ☆☆☆★

 

偽装 越境捜査

偽装 越境捜査

 

 

今野と同じく多作家になってしまった著者だが、とりあえずこのシリーズは、きちんと
追いかけようと思っていた。(今野における隠蔽捜査と同じか)

だが、今回はどうもいけない。これまで、このシリーズに魅力があったのは、キャラが立っているのももちろんだが、何より「裏金」「パチスロ」「政治」と警察機構のタブーに、毒をもって毒を制する、というスタンスでそれこそ越境して挑んできたから。

ところが、今回は悪の存在が、同族ブラック企業でこれがイマイチしょぼいのだ。で、いつものメンバーが頑張るのだが、最初から特別チームが結成され、そこに大した葛藤はなく、物語はスピーディーだが、ある意味のっぺりとツルツル進んで、あまり何も残らない。

駄作ではないしミステリとしての謎も、まあないことはない。ただ、これでは今までの四作の中では、一番劣るというか、笹本もかなりあぶないところにきている気がする。

ただ、もしこれがTVドラマとなったら、それは受けるだろう。鷺沼=柴田恭平、宮野=寺島進、というのはぴったしだが、TVでは出番のない福富はぜひ今回は松重豊でお願いします。

 

●7229 悪意の波紋 (ミステリ) エルヴェ・コメール (集英文) ☆☆☆☆

 

悪意の波紋 (集英社文庫)

悪意の波紋 (集英社文庫)

 

 

僕はルメートルの「その女アレックス」を(スランスミステリ)らしくない作品と称し
たが、本書の構成やオフビートな展開のテーストは、かなりルメートルに似ており、マ
ンシェットやヴォートランのような尖った作品より、今や本書のような作品がフランス
ミステリ主流となっているのかも知れない。

まあ、そうは言っても、本書もかなり変わってるし、何より40年前の強盗+絵画盗難事件は、フランス流ノワール・犯罪小説の濃厚な香りはする。

その強盗事件を起こした五人の生き残りのジャックの物語と、6年前の失恋から立ち直れずフラフラしている、少しあぶないイヴァンの物語が、交互に語られていく、というルメートルと同じようなカットバックが特長。

ただ、正直中盤過ぎまでどうやってこの2つのストーリーがつながるのか、全く想像ができない。しかし、ジャック側にクロエという謎の女性が現れてから、物語は急激に動き出し、その後の展開には正直度胆を抜かれた。

ただ、その後ついに2つのストーリーがクロスするのだが、ちょっと論理が弱い気がする。そして、物語は法廷ミステリとなり、突然の転調、さらに長い長いエピローグによる、本当の物語の解明。

正直、このラストはどうかなあ(緻密さが足りない)と思うのだが、まあ文庫でここまで読ませてもらえば合格としよう。とにかく、細かいところを気にしなければ、本書は本当に変な作品で、そういう意味では裏切られ、楽しめることは間違いないと思う。

 

●7230  雷の季節の終わりに (ホラー) 恒川光太郎 (角ホ文) ☆☆☆☆★
 
雷の季節の終わりに

雷の季節の終わりに

 

 

前言撤回。申し訳ない。50ページくらいで挫折したのを、もう一度最初から読み直し
たら、こんどは(主人公賢也が穏から逃亡するあたりから)一気に引き込まれて、読み
終えて、またも溜息をついた。恒川に駄作なし。

ただし、本当に彼は変わっている。唯一無二にユニークだ。今から考えると「金色機械」や「スーパースター」も変な作品(褒めてます)と感じたが、なんのことはない、この二作は恒川作品の中では非常にオーソドックスで解り易いのだ。

本書は、穏という異界から逃亡した賢也のパーツと、義母の虐待が殺意まで高じてしまい、家出する少女茜の2つのストーリーがあり、それが後半見事にクロスして、まいってしまった。

いや、このパターンはミステリにおいては、最近結構使われるのだが、恒川の場合、彼の紡ぎだす、異形でありながら、なぜか懐かしく、しかし冷酷かつ残虐な世界に気をとられてしまい(ナギヒサとトバムネキの寄生獣の如き造型を見よ。風わいわいも凄い)見事にはまってしまった。素晴らしい。

個人的には、ラストの姉のエピローグは蛇足と思うが、他はもう何ともいいようがない、きっと恒川にしか絶対書けない、傑作である。本書は。

 

 ●7231 ラストワルツ (エッセイ) 村上 龍 (KKベ) ☆☆☆★

 

ラストワルツ

ラストワルツ

 

 

村上龍の新作小説にしては、パブリシティーがほとんどないなあ、と思いながら予約し
たら、本書は小説ではなくエッセイだった。しかも、この「すべての男は消耗品でる」
 のシリーズは、もう30年以上も続いている、というのだ。(たぶん、僕はサッカー系で何冊か読んだはず)

しかし、それにしても、本書における龍は疲れている。いや、老いている。そして、あくまでそのことに正直だ。だから、たぶん読者を選ぶ。僕は龍のスタンスは分かるが、エンタメとしては微妙。

ただ、それでも小林信彦の文春のエッセイの劣化に比べると、全然ましだと思う。と書いたら、何とついに今週の小林のエッセイは休載だった。ついにくるべき時が近づいているんだろうか。

 

 ●7232 冬を怖れた女 (ミステリ) ローレンス・ブロック (二見文) ☆☆☆★

 

冬を怖れた女 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)

冬を怖れた女 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)

 

 

2-3年前に、マット・スカダー・シリーズを読み切ろう(スカダー祭り)を敢行?し
ようとしたら、図書館で唯一手に入らなかったのがシリーズ第二作の本書。

そんなに熱心に探していたわけではないが、近所の古本祭りで見つけたときは、ちょっとときめいた。(100円でゲット)これで、シリーズ16作、完読だけれど、ネットでリストを確認すると、シリーズは全作、田口俊樹の訳なんだよね。(たぶん、個人的には一番好きな訳者)

そして、「暗闇にひと突き」「八百万の死にざま」「聖なる酒場の挽歌」と「墓場への切符」「倒錯の舞踏」「獣たちの墓」(いわゆる倒錯三部作)と二度のピークがあることに気づいた。

というわけで、本書に関しては書くことがあまりない。ミステリとしては、初期の中でも一番凡庸で観るべき点はない。(まあ、ミステリとしては「八百万」だって凡庸なのだが)ただ、相変らず田口訳は抜群で、キャラも脇役までたちまくりで、あっという間に読んでしまう。スカダーもエレインも若い若い・・・

 

●7233 世界はゴ冗談 (SF) 筒井康隆 (新潮社) ☆☆☆
 
世界はゴ冗談

世界はゴ冗談

 

 

そして、ここにも老いが・・・正直、どの作品も読みにくくてしょうがない。わざとや
ってるんだろうが、それがちっとも効果をあげていない。もはや、普通の小説を書く能
力がなくなってしまったのか、と思ってしまう。

でも、Wikiで筒井の短編集のリスト
を調べたら(さすがに、ほとんど読んでいる)「ウィークエンド・シャッフル」「メタ
モルフォセス群島」「バブリング創世記」の三冊がピークであり、「エロチック街道」
あたりで、あれっとなり、「串刺し教授」「原始人」「薬菜飯店」と全然つまらない、
というか、解らなくなってしまい、それが今まで続いているのだから、根は深い。

という観点からだと、「繁栄の昭和」の解り易さは結構画期的だったんだ、と再確認した。しかし、和田誠の表紙なんて、筒井にあっただろうか?

 

●7234 役者は一日にしてならず (インタビュー)春日太一小学館)☆☆☆☆★
 
役者は一日にしてならず

役者は一日にしてならず

 

 

あちこちで、春日に駄作なし、との声があがっているが、まあそこまでは言わないが、
本書が「天才・勝新太郎」とならぶ傑作であることは間違いない。

正直、いまさら時代劇の老優のインタビューなんて、何が面白いんだろう?と思っていた僕が浅はかでした。まあ、著者の選択が素晴らしいのかもしれないが、16人、最後まで一気に読んでしまった。

そして、時代劇などあまり熱心に観た記憶のない僕にも、結構思い当たるシーンが多くて、かつてはいかに時代劇が日常であったのか、逆に今そうでなくなったのか、を痛感させられた。(まあ、西部劇も同じなのだが)

特に面白かったのは近藤正臣。「龍馬伝」の山内容堂には感心したのだが、こんな深い意図、企みがあったとは。確かに「国盗物語」の光秀、「黄金の日々」の三成、「太平記」の北畠親房、等々、近藤は大河で既存のイメージを覆し続けてきたのだ。足でピアノを弾くだけではないのだ。

その他、千葉真一中村敦夫風間杜夫草刈正雄、らが身近で面白かったが、他も全部読みどころ十分。貴重な歴史の証言であり、濃密な人間記録でもある。

他に、平幹二朗夏八木勲林与一松方弘樹前田吟平泉成杉良太郎蟹江敬三綿引勝彦、伊吹五郎、田村亮高橋英樹田村正和が抜けているのはなぜだろうか?緒形拳は、間に合わなかったのだろうが。(蟹江と夏八木はギリギリ間に合ったようだが)

 

●7235 日本ミステリ解読術 (書評) 新保博久 (河出書) ☆☆☆★

 

日本ミステリ解読術

日本ミステリ解読術

 

 

実は、本の雑誌社から、著者のひさびさの新刊が上梓されたので、その予約と同時に本
書を借りてきた。かなり前、日経のミステリ評を著者がやっていたときは、非常に重宝
したのだが。(今の野崎はイマイチなんだよね)

特に「七回死んだ男」は、見逃していたので、本当に助かった。確か、「死国」も著者がとりあげなかったら、リアルタイムでは見逃しただろう。

正直、赤川次郎山村美紗をここまで丁寧に解説されても?なのだが、岡島二人や笹沢佐保は素直にうれしい。もはや存在しない岡島の作品は、ほとんど読んだつもりでいたんだけれど、結構初期に読み残しがあることに、気づいた。これは、読まなければ。

最後に著者が、ミステリマガジンの新刊書評の四年間のベスト4を挙げていて、「大誘拐」「戻り川心中」「サマーアポカリプス」というオールタイムベスト10クラスの傑作3作に、なんと石沢英太郎の「牟田刑事官事件簿」という、全然知らない作品を挙げているのだ。

その本の解説文であることを割り引いても、これは読まないと。というわけで、途中でたぶん本書は既読であることに気づいたが、ラストの黒津均という作家?の解説は最高。覆面座談会テースト爆発である。

 

 ●7236 ラプラスの魔女 (SF) 東野圭吾 (角川書) ☆☆☆

 

ラプラスの魔女

ラプラスの魔女

 

 

一応SFと書いたが、まあSF作家からしたら、超能力の原因が全く明かされない本書
をSFとは呼びたくないだろうし、また面白さもこれはもうミステリそのものである。

ただ、ジャンルなどどうでもよくて、問題は面白いかどうかであるが、正直本書はつまらない、というか凡庸である。

「分身」「変身」「プラチナデータ」よいった、医学SFの系列だが、個人的には「パラレルワールド」くらいしか面白かったものを思いだせない。本書も、一応いろいろ工夫しているが、半分くらいで全体の構成は分かってしまうし、そこに驚きはない。

さらに、本書の場合、人物造形が中途半端で、誰に感情移入したらよいのか、わからない。東野の作品には珍しく、読んでいてそこが苦痛だった。まあ、駄作ではないのだが、これが日本ミステリの今のレベル、と思われるのは困るので、厳しい評価とした。東野のスランプもかなり長い。やっぱ書き過ぎだろうか。


 

 

 

 

2015年 4月に読んだ本

●7203 つなわたり (フィクション) 小林信彦 (文春社) ☆☆☆★

 

つなわたり

つなわたり

 

 

なぜか勝手に小林の最新作(長編)は、ずっと「うらなり」だと思っていたのだが、そ
れはもはや9年前で、その後「日本橋バビロン」(既読)と「流れる」の2長編が存在
していたことに、いまさら気づいた。

たぶん、僕はもう著者にあまり興味がないのだろう。正直、たった2ページの週刊文春のコラムですら、最近は最後まで読み通せないことが多い。

で、本書なのだが、昭和(万博の頃)が舞台で、主人公は著者がモデルということで、期待したのだが、結論は微妙。文体自体は、83歳という年齢を感じさせず読ませる。

ただ、そのテーマ(昭和のねじれ草食男子?)は確かに83歳で挑むとは意外だし、評価しても良いが、やっぱりねじれ方が古臭く、面倒くさい。これなら「うらなり」の淡泊さの方が、個人的には好み。

 

 ●7204 吉田松陰久坂玄瑞が祭り上げた「英雄」(歴史)一坂太郎(朝日新)☆☆☆

 

吉田松陰――久坂玄瑞が祭り上げた「英雄」 (朝日新書)

吉田松陰――久坂玄瑞が祭り上げた「英雄」 (朝日新書)

 

 

著者の写真を見て思いだした。この間のNHKBSの「英雄たちの選択」(これ、今現
在一番好きな番組。特に司会の磯田氏が好き)の久坂玄瑞のとき、パネラーの一人とし
て登場し、題名のようなことをしゃべっていた。

ただ、祭り上げた、ではなく、利用したというような言い方で、萩博物館特別学会員という肩書もあってか、本書の1/3くらいの過激さで抑えていたが。

個人的には、久坂の存在はあまり良く解らず、他のパネラーが言っていた「学級委員長の悲劇」というのが、一番しっくりくるのだが、一坂の言う陰謀家的な一面(たぶん、それは武市半平太につながる)も、ありえる気はする。

ただ、本書は正に題名がすべてを現していて、それ以上でも以下でもない。その観点(斬新とまでは言わないが)は評価できるが、読み物としては退屈。

 

 ●7205 だれがコマドリを殺したのか?(ミステリ)イーデン・フィルポッツ(創元文)☆☆☆☆

 

 

フィルポッツというか「赤毛のレドメイン家」と乱歩について、語りだすと長くなるの
でやめておく。(ようは、乱歩がいかに戦後推理文壇?に影響力があったか)

で、長らく入手困難だった本書だが、ここでも新訳(武藤崇恵)の力が爆発。1924年の作品というのに、あっという間に読ませる文章力(翻訳力?)に脱帽。しかも、前半はミステリならぬ典型的なハーレクイン・ロマンスなのに。

350ページの作品で、殺人が起きるのが200ページすぎ。主な登場人物は男性3人、女性3人しかいないので、犯人は意外ではありえないのだが、そこは結構頑張っている。

題名もうまくミスディレクションとして機能している。(この題名は、ヴァンダインまたはパタリロを思わせるだろうが、残念ながら本書は童謡殺人ではない)

しかし、努力は認めるが、昨今の複雑なミステリを読んできた読者の多くは、トリックを見破るだろうし、何よりも、やっぱりこのトリックは無茶、無理すぎる。

(まあ、黄金時代ミステリの多くがそうなのだが)というわけで、この評価はたぶんに歴史的価値と、翻訳への賛辞が含まれています。

 

●7206 竜馬史 (歴史) 磯田道史 (文春社) ☆☆☆☆

 

龍馬史

龍馬史

 

 

181ページに会津の「手代木直右衛門」の写真がでてきたところで、アチャー!とな
ってしまった。何と、僕はこの本を過去ハードカバーと文庫(新書?)で二回読んでい
たことに気づいてしまったのだ。

で、なんでそんなバカなことになったか、というと少し前に書いたように、今僕は著者が司会を務めるBSの「英雄たちの選択」にはまっていて、内容より著者から今度は読もうとしたら、見事にかぶってしまったのだ。

なのに、またも最後まで読んでしまったのは、やはり著者の記述がバランスがとれ、読みやすいから。

特に、竜馬暗殺の黒幕はなかったとする説は、僕の黒幕=薩摩説を完膚なまでに否定しているのだが、残念ながら説得力がある。井沢の本能寺黒幕無し説と同じく、結局普通が一番説得力があるのだ。面白くないけど。 

 

 ●7207 乱歩ワールド大全 (企画) 野村宏平 (洋泉社) ☆☆☆★

 

乱歩ワールド大全

乱歩ワールド大全

 

 

著者はWMC出身の2つ年上のライターなので、その経験はことごとく僕とかぶる。た
だ、乱歩に関しては、僕はその通俗長編や少年探偵団には全く興味が無く、あるのは初
期の短編と、戦後の評論活動のみ。というわけで、第一章キャラクター論や第二章キー
ワードはイマイチのれない。

で、第三章は何とあの類別トリック集成を乱歩作品でやるという愛すべき暴挙にでたが、まあ玉砕というところか。

しかし、最後の探偵作家・乱歩クロニクルにおける、乱歩のほぼ全作品の解題は、非常にセンスが良く、バランスもいい。個人的には、短編ベスト3は「押し絵」「心理試験」「赤い部屋」。長編は残念ながらベストはない。

 

●7208 誓 約  (ミステリ) 薬丸 岳 (幻冬舎) ☆☆☆☆

 

誓約

誓約

 

 

今、僕が一番期待する作家、薬丸の新刊は今回も傑作だ。本の雑誌の評でも絶賛されて
いた。去年は「神の子」が年末ベストで惨敗したが、今回こそは。(でも、あの時も北
上おやじが激賞したはず?)

ただ、こうやってずっと彼の作品をフォローしてくると、残念ながら今回は手放しで、絶賛とはいかない。

まあ、今回もまた過去の犯罪が現在に復讐し、犯罪者の贖罪がテーマとなるのは、さすがにまたか!という感じだが、色々工夫もしているし、まあこれと埼玉県(川越)が舞台なのは、もはやお約束のレベル。

特筆すべきは、後半の主人公が落ち込む最悪の状況の醸し出す、強烈なサスペンスで、これは作者の新境地かもしれない。そういう意味では、今までにない薬丸ファンが評価する可能性はある。

ただ、登場人物が少ないので、この真犯人の設定は、ある程度読めてしまうのが残念。また、その動機と犯行方法も、シェイマス・スミスの「わが名はレッド」を思わせて、嫌いではないのだが、やはり冷静に考えるとリアリティーが足りないと思う。

もっと単純なやり方がいくらでもあるはず。というわけで、傑作であり、ぜひ読んでほしい作品ではあるが、薬丸のベストとするのは、ちょっと足りない、という感じか。でも、普通の新人がこの作品を上梓したら、たぶん大絶賛するだと思うなあ。勝手なものだけれど。

 

 ●7209  太宰治の辞書 (ミステリ) 北村 薫 (新潮社) ☆☆☆

 

太宰治の辞書

太宰治の辞書

 

 

98年の「朝霧」以来の、シリーズ最新作、ということだけれど、僕は「六の宮の姫君」以降、このシリーズに興味を無くしており、「鷺と雪」以降は著者にも興味がない。

上に惰性で、ミステリ、と書いたが、本書はミステリはおろか、小説と呼べるのだろうか。こういう文学薀蓄物語は、エッセイでやってもらえばいいと思う。

また中年になった私もそうだが、(前から思っていたが)正ちゃんっていうのは、間違いなく男が創造したキャラクターだと感じる。

「空飛ぶ馬」を初めて読み、「日常の謎」というミステリの新しい可能性に心震えたのは、もはや遠い過去の世界となってしまった。ネットでは絶賛の嵐だが、北村がガチガチのパズラーを書かない限り、もはや興味はない。

 

●7210 デュアル・ブランド戦略 (ビジネス) 矢作敏行 (有斐閣) ☆☆☆☆★

 

デュアル・ブランド戦略 -- NB and/or PB

デュアル・ブランド戦略 -- NB and/or PB

 

 

根本さんのお薦めですが、何と出版社は有斐閣(懐かしい)で、値段は3300円、ず
っしり手に重くてちょっと引いたけれど、読み終えて結構感動している自分がいる。

というのも、ここ数年ずっと自分の中でもやもやしていたものが、度のピッタリ合ったレンズをかざしてくれた結果、はっきり全体像が見えてきた、そんな気がしたからだ。

PBを巡るメーカーと流通の「闘い」(敢えてこう表現する)は、7×11の力によってついに違う次元に突入した、と常々感じていたのだが(個人的に来店頻度は3倍以上になった。最近だと朝のスープは抜群の出来だと思う)ここまで、きっちり書いてもらうと、日用雑貨が完全にガラパゴスになってしまった感が強い。

冒頭の日本PB史とも言うべき歴史(主役はダイエー)や、第四章「PBの台頭とNBメーカーの戦略」も面白いが、本書の白眉は第五章「トップメーカーのデュアル・ブランド戦略」であり、そこで描かれる、キューピー、山崎パンカルビー日本ハム、の事例は、生々しいくらいリアルで迫力があり、こういう論文において、ここまで詳細かつ本音なものは読んだことがない。

これは著者の力もあるが、時代が変わったと感じるべきだろうか。(変な例えだけれど、「新撰組血風録」において、物語の表面には出ないが必ず絡んでいる土方と近藤が、セブンと重なってしまった)

ただ、残念ながらその後の事例は(中食、惣菜は面白かったが)少々マンネリ気味になり(まあ、エンタメではないので、当然なのだが)最後のまとめも、結局冒頭にループしただけ感もあるが、ここはそこまで求めるのは酷なのだろう。

デュアル・ブランド戦略という言葉の選択も、異論があるかもしれない。しかし、はっきりしているのは、違う次元に突入したメーカーのブランド戦略(特に食品メーカー)の現状報告としては、本書は最高のレベルであり、間違いなく今後の日本メーカーのブランド・マーケッターには必読の書であろう。

4Pの時代は終わり、マーケッティングも本当の意味でのコラボレーションの時代がきた、素人を顧みずこう言ってしまいたい。

 

●7211 戦国武将の明暗 (歴史) 本郷和人 (新潮新) ☆☆☆★

 

戦国武将の明暗(新潮新書)

戦国武将の明暗(新潮新書)

 

 

今週は、どうにも小説が読めず(藤井大洋と鈴木光司の新作をギブアップしてしまった。なぜか、SFやホラーという気分にはなれない)歴史エッセイのような軽いものばかり読んでいる。

本書は週刊新潮の連載をまとめたもの。まあ、悪くはないんだけれど、細かすぎる。大河ドラマ軍師官兵衛)に絡んだ、歴史とドラマの比較あたりは、面白く読めたけれど。

 

 ●7212 面白くて眠れなくなる社会学 (社会学) 橋爪大三郎 (PHP) ☆☆☆
 
面白くて眠れなくなる社会学

面白くて眠れなくなる社会学

 

 

最近の著者の旺盛な執筆活動を楽しんできたので、本書にも期待したのだが、読了して
微妙な気分。はっきり書かれてはいないのだが、本書の内容は、初心者=学生への社会
学の講義のようでありながら、実はあまり内容が体系だっていない。

というわけで、同じコンセプトのはずの「はじめての構造主義」の方が、深くて解り易く、したがって残念ながら、本書は物足りない。

 

 ●7213 日本人の叡智 (歴史思想) 磯田道史 (新潮新) ☆☆☆☆★
 
日本人の叡智 (新潮新書)

日本人の叡智 (新潮新書)

 

 

実は、本書が読みたかった。著者のまえがきで、古文書に憑りつかれ、ついに書庫の中
で倒れ、救急車に搬送されたエピソードを読み、TVで流暢に語る姿とのギャップに驚
き、だからこそ彼の言葉は軽くならず、魅力があるのだと納得した。

しかし、読みだして最初はとまどった。なにせ、登場人物は97人(それぞれの言葉を2ページで解説)もいて、そのうち名前を知っているのは半分くらい。しかも、世の中に流布している言葉をわざとはずしているので、言葉自体はそれほど魅力がない。

ただ、冒頭の小早川隆景が象徴しているように、言葉は平凡でも、たった2ページで著者が解説する、その背景が素晴らしいのだ。やはり、勉強というものがいかに大事か。そして、その膨大な知識をシンプルに解り易く語る。

それこそ、表題の「叡智」そのものだ、と考えると、この二年間の新聞連載(週一回)のために、著者が使っただろう膨大な時間が愛おしく、素晴らしく誠実に感じてきた。

例えば、秋山真之などあの長大な「坂の上の雲」よりも著者の2ページの解説の方が、よほど彼の天才的な先見性を示している(なんて書いたら司馬に怒られそうだが)

また、これまた色んな歴史書に登場するが、イマイチイメージが明確でない板垣退助が、こんな苛烈な平等主義者だったとは。他に横井小楠こそ知行合一の人だったんだ、とか、斉彬が西郷をかわいがった理由、なんかも良く解る。

さらには、鈴木貫太郎や山梨勝之進のような(素晴らしいというしかない)矜持を持った軍人もいたんだ、と感銘を受けた。

というわけで、本自体は薄いが、内容は非常に濃い一冊であることは間違いない。著者の博覧強記に脱帽である。

 

●7214 芸人という生きもの (エッセイ) 吉川 潮 (新潮選) ☆☆☆☆

 

芸人という生きもの (新潮選書)

芸人という生きもの (新潮選書)

 

 

本当に小説が読めない。今度は柴田哲孝の「WOLF」を100ページくらいで投げ出
してしまった。というわけで、本書を読みだしたが、さすがに著者の文章はリズムがあ
って、くいくい読める。

内容は、正直言って僕は江戸落語はさっぱりわからないのだがそこは、「江戸前の男 春風亭柳朝一代記」の著者、それでも読んでしまう技の冴え。

そういえば、今はなき児玉清司会の週刊ブックレビューで、隣の女性が推薦した難しそ
うな科学ノンフィクションを、申し訳ないが読み物とは思えなかった(で読まなかった)と秒殺してくれたのは著者だった。

というわけで、一番良い先生にリハビリしてもらったのかもしれない。また本書は写真は比較的多いのだが、語られる人物を全員ネットで画像確認できる、というのは本当に便利な世の中になったと思う。ついでに、著者の嫁の音曲師、柳家小菊も確認できたし。

 

 ●7215 地獄の読書録 (書評) 小林信彦 (集英文) ☆☆☆☆☆

 

地獄の読書録 (集英社文庫)

地獄の読書録 (集英社文庫)

 

 

今度は磯田の江戸の殿様の本を読みだしたのだが、結局はのれず、月に1-2回近所で
開かれる古本市で本書を100円でゲットして読みだした。そして、一気に引き込まれ
た。たぶん、これで3回目くらいの通読だと思うが、小林の凄さと僕への影響の大きさ
を、改めて認識させられた。

僕の生まれた59年から69年までの10年間、翻訳されたミステリをすべて書評する、という蛮勇にはあきれるしかない。そして、その慧眼には驚愕するしかない。「第八の地獄」「世界を俺のポケットに」「もっとも危険なゲーム」、そうかライアルもマクリーンも、僕は彼から教わったのだ。

現在彼にもっとも近い存在は、ジャンルは違うが、大森望だろう。(しかし、大森と僕の好みは、半分くらいずれていて、その影響は小林に比べるべくもない)だからこそ、3年前体調が最悪だった時読みふけったのは大森であり、今回は小林だった。

さらに、本書はあの田中潤司との対談や小林のあとがきもあって、懐かしくも日本翻訳ミステリ黎明期の再勉強を楽しく行うことができた。まあ、ここは著者の最近の衰えは言わずにおこう。

(しかし、流れる」を読みだして、すぐ既読なことに気づいてしまった。いったい、僕の記憶力はどうなってしまったのだろうか)

最後に関係ないけど、筒井の新刊が上梓された。なんか読むのが怖いなあ。

 

 ●7216 竜が最後に帰る場所 (ファンタジー) 恒川光太郎 (講談社)☆☆☆☆★

 

竜が最後に帰る場所

竜が最後に帰る場所

 

 

そろそろ小説を読まないと、と思ってやっと手に取ったのが、昨年「金色機械」「スー
パースター」の二作で、個人的なMVPだった著者。とはいっても、図書館で借りだすこと3回目でやっと読みだしたのだが。

冒頭の「風を放つ」は正直言って、嫌悪感に近い違和感を感じたのだが、次の「迷走のオルオネラ」は、ミステリ的なオチは予想できたのだが、その強烈な歪んだ世界観に引きつけられた。こんな小説、普通は書けない。

と思ったら、つぎの「夜行の冬」「鸚鵡幻想曲」にノックアウトされた。なんだ、これ
は?前記の長編も、変な話であるが、強烈なクリエイティブさ、新しさを感じることは
できた。しかしこれはもう、何と言ったらいいのか。疑似集合体には、まったくまいってしまった。よくこんなこと、考え付くとあきれてしまう。

最後の「ゴロンド」も表題とリンクして、内容は予想がつくけど、良い出来。ただやっぱり「鸚鵡」がすごすぎて、これはかなり素直な作品に感じてしまった。

とにかく、恒川の才能に脱帽。Wさんから薦められたとき、うまく反応できなかった僕の不明を恥じるのみ。これは全作読まなければ。幸い小説不感症も何とか克服できたようだし。

 

 ●7217 金色の獣、彼方に向かう (ホラー) 恒川光太郎 (双葉社)☆☆☆☆★

 

金色の獣、彼方に向かう

金色の獣、彼方に向かう

 

 

前作と違って、ホラーとしたのには深い意味はない。著者の作品を安易にジャンル分け
することは不可能であり、無意味だ。今回は「異神千夜」「風天孔参り」「森の神、夢
に還る」、表題作の四編が収められているのだが、これまた傑作揃いで溜息をついてし
まった。

今回は、共通したテーマ(登場人物?)として、鎌鼬の存在があるのだが、そ の内容は統一されているように見えて、素晴らしく奔放に暴れまくる。

特に前作でもその萌芽はあったのだが、とんでもないストーリーが必ず途中で、それ以上にとんでもなく変調するのだが、普通ならそこでオチ、一件落着となるところが、著者の場合その変調したストーリーもまた、一編の短編として成り立ってしまうのだ。

何か、今まで味わったことのない、濃厚・芳醇なストーリーに、少し酩酊気味である。こんな魅力的な違和感は、ちょっと今までなかった。やっぱり恒川は凄い。

 

 ●7218 夜市 (ホラー) 恒川光太郎 (角ホ文) ☆☆☆★

 

夜市 (角川ホラー文庫)

夜市 (角川ホラー文庫)

 

 

しかし、難しいものだ。恒川をきちんと勉強しようと思って、その処女作にして出世作
日本ホラー大賞受賞作の本書を読みだしたのだが、期待が高すぎたこともあって、正直
喰足らなかった。

第二作の「風の古道」も含めて、異界小説として(普通の作家に比べれば十分異常なのだろうが)上記の二作を読んだあとでは、定型通りの作品に感じてしまったのだ。

またその文体も、確かに新人としては素晴らしいのだが、まだまだ若書きに感じてしまった。読者とはわがままなものだ、とつくづく思う。それでも、当分順番に著者をフォローしていこうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2015年 3月に読んだ本

●7187 マクドナルド 失敗の本質 (ビジネス) 小川孔輔 (東洋経) ☆☆☆☆
 
マクドナルド 失敗の本質: 賞味期限切れのビジネスモデル
 

 

副題:賞味期限のビジネスモデル 何かと話題のマクドナルドだが、個人的にハンバーガーに興味がないので、きちんと勉強してなくて、本書で新たに学んだことも多々あった。

原田氏が社長に就任したとき、マックからマック(原田氏は元アップルJ)で話題になった、というのには(笑)だが、まあ今回のベネッセ騒動を鑑みると(苦笑)ではすまないなあ。とにかく、良くも悪くも目立つ人、という感じ。

本書のポイントは創業者藤田田と原田氏は、全く違う経営を目指しながら、結局同じ放物線を描いてしまったというところ。イノベーションの本質は、表面的な経営手法にはないのだろう。

原田氏の経営手法は、米国主導への回帰であった、ということは浅学の僕には驚きで、またフランチャイズセブンイレブンJを想起してしまう僕にとって、米国フランチャイズビジネスの本質(マックは不動産業?)は、目から鱗であり、そこにもまた原田戦略の罠があったことを、教えられた。

本書はバイアスを避けるため(楽をするため?)インタビューを一切せず、外部からわかる情報のみで、マックを分析しているので、正直言って掘り下げが足りない部分もあるのだが、逆にシンプルで本質は解り易い。

また、著者のやや自虐的かつ真摯なスタンスも、逆説的にマックへの愛を感じさせて、好ましい。もちろん、米国マックの現在の苦境や、今後の日本ビジネスへの分析は物足りないのだが、ハンバーガーという身近なビジネスモデルから、経営を考えるのには良いテキストのように感じた。

個人的には、若いころ米国出張で朝飯を安く済ますため食べたマックのフィレオフィッシュがあまりにまずく、それからはずっとバーガーキングなのだが。やはり、究極はブランド価値の毀損、いや味の問題なのではないだろうか。

 

 ●7188 デッド・エンド (SF) 山田正紀 (奇想天) ☆☆☆☆★

 

デッド・エンド (1980年)

デッド・エンド (1980年)

 

 

80年の作品。山田正紀の最高傑作と言えば、一般には「エイダ」とか「宝石泥棒」があげられるのだろうが、個人的には本書と、たぶん続けて読んだ「アフロディーテ」がベストだった。(あと、ミステリ=冒険小説として「火盗を盗め」)

で、なんで今頃再読なのかと言えば、ある愛読しているSF関連のブログで、本書が激賞されており、やっぱそうだよねえ、と読みだしたのだ。

まあ、山田の初期作品にはどれも愛着があって一時「神狩り」から再読をスタートしたのだが、結構文体がスカスカな上、最高傑作と思っていた「弥勒戦争」が子供だましに感じてしまい、怖くてやめていた。

しかし、本書は大丈夫。「神への長い道」への、山田流の返歌とでもいう本書こそ、僕が理想のSFと感じる、神・宇宙・進化テーマの傑作だ。北欧神話をモデルとした謎の種族オーディンは、実は「幼年期の終わり」のオーバーロードであり、その物語は、星野之宣の「はるかなる朝」を思わせる。

まあ、正直文章は若書きだし、勉強が生ででてくるのはご愛嬌だが、もう一度初期作品を再読してみようという勇気がでてきた。粗削りだけれど、こういう、小松・光瀬・山田的宇宙SFを、もはや誰も描いてくれないのだから。

余談だが、僕の「螺旋」へのこだわりは、ずっと獏の「上弦の月を喰べる獅子」がきっかけと思っていたのだが、本書の方が先だったことに改めて気づいた。

 

 ●7189 禁忌(ミステリ)フェルディナント・フォン・シーラッハ(創元社)☆☆☆☆

 

禁忌

禁忌

 

 

はやりの欧州ミステリの中でも、シーラッハの作品は異色だった。雰囲気、文体ともに
異質であった。ただ、その異質さが面白いか?と言えば、個人的には微妙であり、正直
過大評価のような気がしていた。

で、本書も評判が高いのだが、読み終えてこれまた評価に困る作品。これまで読んだ「犯罪」「罪悪」という短編集と違って、本書は綿密に計算されたプロットの長編である。緑=少年時代、赤=芸術家としての成功、青=事件と裁判、と三原色に沿って物語は進み、最後に白によって幕を閉じる。

文体は素晴らしく、まるでモノトーンの欧州映画のような緑、青の物語に、急転する裁判シーンの青のパーツも素晴らしい。ここまでは、大傑作(今年のベストか?)と思っていた。

しかし、ラストがまったく解らない。いったい、これは何なんだ?そりゃ、事件が○○であり、被害者の写真は、表紙のモンタージュにつながる、あたりまではわかるが、だから何なんだ?

うううん、ネットでも色々褒めている人が多いが、結局ネタバレ読んでも良く解らない。僕は2001年宇宙の旅は難解とは思わないのだが、ラストのビデオは2001年のラストに繋がってしまった。結局これだけ解らなくても腹が立たないのは、たいしたもんだが、これでは人に薦められないなあ。

 

 ●7190 「タレント」の時代 (ビジネス) 酒井崇男 (講現新) ☆☆☆☆

 

 

副題:世界で勝ち続ける企業の人材戦略論。トヨタがやり続け、ソニーは続けられず、アップルやグーグルがマネをしたこと(長い!)

冒頭、日本IT&家電企業、全滅の原因分析は、他人の不幸は蜜の味、敗けに不思議な負けなし、不幸な家族はみな同じ、ということで、つい引き込まれた。特に(たぶん)ソニーに対する厳しい批判は、ある程度知識があるので、辛いが面白い。

しかし、そこから「タレント」論になっていくと、急に内容が一般解になってしまい、つまらなくなった。まあ、こんなもんかな、と思ったのだが、最後にトヨタ論になって、著者の狙いがやっとわかり、俄然面白くなった。

著者はトヨタの強さを「カンバン方式」ではなく(それは、もはや世界の製造業の常識であり、問題は何を作るか)主査制度にあり、とするのだ。(ただ、業界の違いか、主査とはブランドマネジャーであり、それほど画期的には思えなかったのだが)

主査制度の本質分析はやや物足りないが、それを現在のアップルの強さ(過去形?)や、トヨタがカンバンのノウハウを、オープンにコンサルするあたりを鑑みると、結構平仄は合うのである。

また、米国の強さは、創造性よりも調査能力だ、というのも何となく良く分かる。というわけで、中盤はイマイチだが、読む価値はあると思う。

 

●7191 日本の1/2革命 (歴史) 佐藤賢一池上彰 (集英新) ☆☆☆☆

 

日本の1/2革命 (集英社新書)

日本の1/2革命 (集英社新書)

 

 

僕の西洋史の知識の6割は塩野(ローマ、イタリア)から、2割を佐藤(フランス)から、1割を渡部(英国・ドイツ)から、学んだと思う。(残り1割は色々)

この中で、唯一作家がメインなのが佐藤であって、デビュー作「ジャガーになった男」はなぜか未読なのだが、第二作「傭兵ピエール」からは、新刊は全部読んでいた。(最高傑作は「双頭の鷲」)

それが「カルチェ・ラタン」あたりから、文体が荒れてきたように感じ、「カポネ」「女信長」とフランスを離れてしまい、見放してしまった。ところが、08年よりついに「小説・フランス革命」がスタートしたので、舞い戻ったのだが、結局4巻目くらいでやめてしまった。やっぱり、文体が荒れていると。

しかし、一方で「英仏百年戦争」「カペー朝」「ヴァロワ朝」といった、純粋歴史ものは、相変らずの面白さで、愛読してきた。

で、偶然本書を見つけたのだが、やはり池上は最強の常識人であり、エキセントリックな専門家とかみ合わせると、本当に良い音楽を奏でてくれる。

日本の革命?(明治維新、終戦)が、1/2革命だというのは良く解るし、結局フランスは全部やってしまったので、自作農が増えて「産業革命」に出遅れてしまった、というのは、鋭くかつ皮肉な視点だ。

ヴェルサイユとは参勤交代だった、というのも面白い。いまでこそ、米国+英国連合VSフランス(EU)という構図だが、そもそもは自由民権という意味で、仏と米は兄弟だったんだ。王を殺してしまった国と、王がいない国として。

人類最大の実験としての革命と独立。しかし、仏の革命があっけなく崩れ迷走したのに対して、米国は曲がりなりにも走り続けているのは、歴史の有無だろうか。
 
 ●7192 薫香のカナピウム (SF) 上田早夕里 (文春社) ☆☆☆☆
 
薫香のカナピウム

薫香のカナピウム

 

 

「華龍の宮」で海上の民を描いた著者は、今度は本書で樹上の民を描く。「ナウシカ
の腐界のように、滅びゆく森。そこには、人工的に改良された様々な生物が暮らしてお
り、人類もまたいくつかの部族に分かれて暮らしていた。

しかし、その森は人工的に管理されており、管理主である巨人は月から森をコントロールしていることが分かってくる。巨人の存在がホーガンみたいでゾクゾクするし、「地球の長い午後」のような森を舞台とした生物学+ジェンダーSFとして、日本のル・グインと呼びたくなる力作である。

上田の文体は、この複雑かつ壮大な世界を見事に描く。青春小説としても、成長小説としても、よく出来ている。

ただし、物語としては後半が駆け足で、中途半端なのがもったいない。もっと、うまく描けたのではないだとうか。「巡り」を「合せる」という、思わせぶりな儀式も、イマイチ効果をあげていないんだよね。もったいない。というわけで、ちょっと甘い採点となった。

 

 ●7193 朽ちないサクラ (ミステリ) 柚月裕子 (徳間書) ☆☆☆
 
朽ちないサクラ

朽ちないサクラ

 

 

「このミス大賞」と言えば、世の中では海堂なんだろうが、個人的には中山と柚月だった。そして、中山の方が先に量産に疲れて、内容が荒れてきたのだが(最近はちょっと持ち直し)ついに柚月も同じ罠にはまってしまったように思える。

残念ながら。本書は田舎町の警察署の広報の女性が、ヒロインとして始まる。もちろん「64」のような作品は期待できないが、田舎のキャリアウーマンを書かせたら、著者の筆力はさすがのレベルで、中盤までは一気読みした。

しかし、途中からまたあの禁断の○○○○がでてきて、嫌になってしまった。最近、本当にこれが多いんだよね。で、結局それは真相ではなかったのだが、だからといってこのオチはないでしょう。題名から当然公安をイメージしてしまうのだが、いくらなんでもこんなことはやらないだろう。

 

●7194 ヴァイオリン職人と天才演奏家の秘密 (ミステリ) ポール・アダム (創元文)☆☆☆☆

 

ヴァイオリン職人と天才演奏家の秘密 (創元推理文庫)

ヴァイオリン職人と天才演奏家の秘密 (創元推理文庫)

 

 

中高生時代、ミステリを読むことで、衒学趣味、ペダントリー、ディレッタント等々のハイブロウな言葉を知り、知的?興奮していた。しかし、時がたつにつれ、そんな言葉の輝きは失ってしまった、というか忘れてしまっていたんだけれど、本書を読みながらひさびさに思いだしていた。

もちろん、ファイロ・ヴァンスや若きエラリーの鼻につくペダンティズムと、本書の落ち着いた(酸いも甘いも知り尽くした)主人公、名ヴァイオリン職人(にして名探偵)ジャンニとは、印象は全然違うのだが。余裕があるんだよね、こっちは。舞台もイタリアだし。

ただし、本書は本格パズラーと思って読むと、正直物足りない。人間の謎にそれほど意外性はない。しかし、途中に挟まる(というか、たぶんこっちがメインテーマ)天才ヴァイオリニスト(悪魔の)パガニーニを巡る、ある宝物の物語が、非常に魅力的で読ませるのである。

もちろん、訳者の青木悦子氏の功績も大だと思う。何か場違いかもしれないが、僕はマイクル・フリンのSF「異星人の郷」とよく似たテーストを感じてしまった。

問題は、冒頭の天才演奏者の失踪の謎が、おいおいという内容で、これは困った合格はあげられないなあ、と思ったら、何とかそのあと一工夫があって、「異星人の郷」と同じく?過去と現在が結びついて、めでたしめでたし。(ミステリのどんでん返しとしては、切れ味はイマイチだが)

最後に、ピアニスト兼エッセイストらしい、青柳いずみこの解説が最悪。あらすじをベラベラしゃべり、最後のオチまで半分以上割っている。創元はプロなんだから、こういうのはきちんとチェックしてほしいなあ。

 

 ●7195 さよなら神様 (ミステリ) 麻耶雄嵩 (文春社) ☆☆☆☆★
 
さよなら神様

さよなら神様

 

 

昨年の「ノックスマシン」に続いて、本書がこのミス一位になってしまったら、京大推
理研は、日本ミステリ界をつぶすのか?と言いそうになっただろうが、一応二位だった。(でも「満願」が一位じゃなあ)

というわけで、前作があんまりな作品だったので(ジュヴナイルとして、あんな黒い作品読んだら、清らかな少年少女にはトラウマとなっただろう)正直なかなか読む気になれなかったのだが、やっと手に入って読んでみた。

冒頭から三作続けて、今回も登場の神様=鈴木がいきなり「犯人は○○」と明かしてしまい、少年探偵団の面々がそれ(神の絶対)を覆すため、といいながら、実は縛られてしまって・・・という、後期クイーン問題ちゃぶ台返しのような、いかにも著者らしいいじわるな作品。

しかし、三作も続くとあきてきてしまう。(あとから、このうちの「ダムからの遠い道」はある理由で最後に付け加えられた、ということを某サイトで理解した。そのくらい本書の計算は、ラプラスの鬼なのである)

しかし、しかし、次の「バレンタイン昔語り」で本書は三回爆発する!!!まず、描けないけどいきなりびっくりの展開。そして、なんという神様のトリック。さらにそのトリックがおこす衝撃の結末。これはもう、いじめを通り越して、神の領域に行ってしまっている。

よくこんなことを考えて、こんな短い内容にぶちこんだものだ。下手な小説10冊分の衝撃が、ここには仕掛けられている。

そして、次の「比土との対決」では、ますますダークな展開となりアリバイトリックが殺害動機によって、破られるというアクロバットのような作品。そして、その動機と結末も、どこまでもダーク。

で、最後の「さよなら、神様」だけは、冒頭の神様のご託宣?のパターンが違うのだが、これが見事に(これももちろんダークなのだが)トリックとなっており、感嘆するしかない。

ただ、この最後のどんでん返しは、著者の作品にも最近似たのがあって、さすがにわかったのだが、そんなことは悪魔=著者はとっくに折込済みで、あああ、とんでもないラスト一行(?)によって、今までのダークは見事に崩壊してしまう。

何と「愛は勝つ」なのだ。脱力というか、愕然というか。とにかく、著者はその頭の良さを、もっと建設的なことに使うことを薦めたい。

しかし、「ヴァイオリン職人」の次に本書を読むと、日本ミステリ(特に京大近辺)のガラパゴス化というか過剰適応、サーベルタイガーかヘラジカの角、という感じで、頭がクラクラしてきた。やはり、本書も初心者は読まないように。

 

 ●7196 幻島はるかなり (エッセイ) 紀田順一郎 (松籟社) ☆☆☆☆

 

幻島はるかなり

幻島はるかなり

 

 

そういえば、著者もいい年だし、最近全然読んでなかった、と思って、手に取った。そ
して、小林信彦都筑道夫とは違った(マンハント系?)の、戦後ミステリの歴史を面白く読み、そこにSRの会の面識のあるメンバーも多数登場して、懐かしいを通り越して、時の流れの無常さをかみしめてしまった。

そして、本書の白眉は中盤以降の著者が切り開いた幻想文学の世界。特に、畏友大伴昌司の夭折と入れ替わり、颯爽と荒俣宏が登場しての大活躍には、わくわくする。国書刊行会がこうやって、実質生まれたんだと興味深い。

正直、僕は幻想文学にはそれほど興味がないのだけれど、著者や中井や荒俣がいなければ、日本文壇もかなり味気ないものになっただろう、とは感じる。

細かいことを書き出すと、きりがなくなるので、このくらいにするが、ウィキで著者を引いてその著作の膨大さに愕然としてしまった。そして、著者は結局妻帯せず?すべてを文学につぎ込んだのだろうか?

 

●7197 反知性主義 (思想哲学) 森本あんり (新潮選) ☆☆☆★

 

反知性主義: アメリカが生んだ「熱病」の正体 (新潮選書)

反知性主義: アメリカが生んだ「熱病」の正体 (新潮選書)

 

 

副題:アメリカが生んだ「熱病」の正体。ベクトル(問題意識の方向)はたぶんだいぶ違うだろうが、確か内田樹も同じような題名の本を上梓したはず。そして、両者とも「反知性主義」の原典は、マッカカーシズムの本質をえぐり、ピュリッツアー賞を受賞した、ホフスタッターの「アメリカの反知性主義」としている。

しかし、ここで語られる反知性主義は、あまりに宗教的だ。そして、以下にアメリカという国が、変わっているかをつくづく考えさせてくれる。たぶん、歴史=知性とするならば、歴史の無い国は、反知性化するしかないのかもしれない。

そして、それは免罪符として宗教と結びついていく。まあ、構造だけみたら鎌倉仏教も、似たようなものかもしれないが。

読了して思うのは、僕らが子供の頃毎日のようにTVで見せられた、西部劇=アメリカの歴史を今の若者はほとんど見る機会はないだろう。そういう意味では、本書や池上の著作で、その宗教的な熱狂の本質を考えてみるのは、無駄ではない。でも、やっぱり僕にはそれほど興味が持てないんだよねえ。 

 

 ●7198 the SIX (SF) 井上夢人 (集英社) ☆☆☆

 

the SIX ザ・シックス

the SIX ザ・シックス

 

 

 

著者は最近結構いい作品を出している割には、評価がついてこないなあ、と思ってたん
だけれど、今回はいけません。6人の子供の超能力者の話が続くのだが、個々のストー
リーは完結してはいるけど、別に大したものではない。

とくると、当然読者はこの6人が、どう繋がってくるのか(「アストロ球団」か「群龍伝」?)の一点にかかってくるのだが、それは途中から作者がある人物たち(大学教授とテレビディレクター)を配置したところで、ほとんどわかってしまう。

まさか、これがオチじゃないよね、と思っていたら、そのまんま終わってしまった。まあ、井上には時々こんなひねりのない作品がある。(「the TEAM」がそうなんだけれど、題名まで似ているのは偶然?)

また、SF的な背景や論理がまったくないのも、いつもの井上SFで、たぶん大森は酷評だろうなあ。

    

 ●7199 ラ・ミッション軍事顧問ブルリュネ(歴史小説佐藤賢一(文春社)☆☆☆★ 

 

ラ・ミッション ―軍事顧問ブリュネ―

ラ・ミッション ―軍事顧問ブリュネ―

 

 

このところ、ちょっと佐藤のエッセイや対談を読んでみたのは、本書が気になっていたから。ずっと小説は御無沙汰していた佐藤だが、今回は題材がうまい。

ブリュネは映画ラスト・サムライのモデルとのことだが、函館戦争にフランスから幕府に派遣された軍事顧問団が、一部参加していた、というのはいろんな小説で触れられていて(特に富樫の函館三部作)そのフランス人側から戦争を描く、という視点に興味を持ったのだ。

しかも、御存じのように函館戦争には、榎本、大鳥らに加えて、何と言ってもあの土方が存在する。舞台装置は揃っている。あとは佐藤の筆加減。と思っていたのだが、申し訳ないが、やはり最近の佐藤の描写は、僕にはがさつで荒っぽく感じる。

書割の紙芝居というと言い過ぎだが、例えば「傭兵ピエール」や「双頭の鷲」の頃の人物描写は、もっと丁寧で、なにより文章が弾んでいた気がするのだが。

本人は、あちこちで今の文体の方が優れている(だから、フランス革命を描くことに挑んだ)と書いているが、僕は納得できないなあ。 

 

 ●7200 アフロディーテ (SF) 山田正紀 (講談社) ☆☆☆☆★

 

アフロディーテ (1980年)

アフロディーテ (1980年)

 

 

さて、もう一冊の「アフロディーテ」である。「デッドエンド」と同じく80年の本で僕が二十歳の時に読んでいる。

正直言って、記憶の中ではギラギラとしたひと夏の経験のようなイメージしか残っていず、今回は残念ながらかつての感動は無理だろう、と思っていたのだが、ページをひらくと記憶通りの折込のアルロディーテ島の地図が破れずに残っていて、しかもそれが青から半分セピア色に焼けてしまっているだけで、ウルウルきてしまった。

そして、物語。2018年ー18歳は、アフロディーテの絶頂期を描いて、やはりわくわくしてしまうのだが、こんなに短いとは意外だった。また正直、このあたりの山田の文章は、まだまだ若書きで、ちょっと恥ずかしくなる。

そして、物語は23年ー23歳、28年ー28歳、と主人公雄一とともに、アフロディーテも年を取り、夢が崩壊していく。(頭の中には浜省の「Jボーイ」が鳴り響く)

これを書いたとき、著者は30歳であり、確かに20歳の僕にとって、30歳はとんでもない年寄に見えたのだ。(しかし、今や40、50、60の年に意味があるとは思えない。この違いは何か。何を失ってしまったのか。)

ここまでは、まあ愛すべき小品というイメージは壊れなくってよかった、くらいに思っていたのだが、ラストの2063年ー30歳、でぎょっとした。

もちろん、これは雄一が宇宙飛行士になったのだろう、とはすぐに気付いたが(記憶は情けないがない)、さすがこうきたか、とドキドキしてきた。爆破寸前のアフロディーテ島にやってきた雄一と出会う新人類?たちは、まるで小松左京があの「岬にて」や「継ぐのは誰か」で描いた若者たちのように、清々しい。

そして、雄一の一年の宇宙飛行の間に、アフロディーテでは35年がたった、と読んだとたん我慢ができなくなった。そう、僕がこの本を読んだ20歳の時から、ちょうど5年が過ぎているのだ。

嗚呼、これは本当に偶然なのだろうか。最初から、このタイミングに再読することが、仕組まれていたのではないか?まあ、そんなバカなことはないだろうが、偶然にしては出来過ぎていて、呆然となってしまった。(個人的には、レコードとポーカロイドが共存しているのが、ツボだった)

 

●7201 帰り来ぬ青春 (ミステリ) 藤田宜永 (双葉社) ☆☆☆★

 

探偵・竹花 帰り来ぬ青春

探偵・竹花 帰り来ぬ青春

 

 

鳴り物入りだった「喝采」が、あんまりの出来で、しかもうちわ褒めが気恥ずかしくも、うっとおしくもあり、著者を見放そう(まあ、もともと最近あんまり読んでないけど)と思ったのだが、探偵竹花だけは(ボディピアスが忘れられず)やはり手に取ってしまう。

で、今回はキャラクターも立っていて、前半はかなり読ませる。ただ、題名からわかるように、おフランスのノスタルジーが即物的に過剰で、そこは鼻白んでしまうが。

そして、途中から見えてくる、ミステリとしての真相が、かなり意外、ではなく、突拍子なさすぎて、失速してしまう。犯人も別に意外でなく、冒頭からの文学的な香り?が残念な即物的な終わり方になってしまった。「喝采」よりはいい出来だけれど。

 
 ●7202 強 襲  (ミステリ) フェリックス・フランシス (イスト) ☆☆☆★

 

強襲 (新・競馬シリーズ)

強襲 (新・競馬シリーズ)

 

 

ディック・フランシスとメアリー夫人と息子の著者(顔がそっくり)の創作関係については長くなるので書かないが、父親のシリーズを受け継いだ、正式な新・競馬シリーズの第一作。

冒頭から翻訳(北村寿美枝)が、いかにも菊池光的な切れのある文体で、ぐいぐい読ませる。やはり、フランシスとライアルの魅力の大きな部分を、菊池の翻訳が担っていたことを再認識させられた。

フランシスというと、ちょうど全盛期(というか文庫化)が学生時代と重なるので、すごく影響を受けた気がするのだが、最初の八作(「本命」から「骨折」まで)はきちんと読んでいるのだが、その後は飛び飛びで、結局全44冊(そんなにあったのか!よく題名が続いた)中、たぶん15冊くらいしか読んでない。

また、絶対の傑作と思うのは「興奮」(やはりこれが最高)「度胸」「罰金」「骨折」「混戦」くらいしかないのだ。(個人的にはシッド・ハレーはイマイチ)閑話休題

で、本書なんだけれど、冒頭のショッキングなシーンから、一気にラストまで読ませる力は、父親に遜色ない。ただし、上記の傑作に比べると、あきらかに何か足りない。

それは、主人公の裏に秘めた心の力だろう。冒険を求める意志であったり、恐怖を乗り越える克己心であったり、家族の欠落を感じさせない矜持であったりするのだが、本書はそのすべてであり、何か中途半端に薄まってしまった。

一方では恋人や母親との関係が、主人公の置かれた状況からすると、ちょっと普通すぎるのだ。さらに、ミステリとしては真犯人の構造が偶然「帰り来ぬ青春」と全く同じ、というのはまだしも、ビリー・サールの件は底が浅すぎるし、あちこちにセンスの悪さが露見する。

まあ、絶頂期の父親と比較するのは酷だし、通常のエンタメとしてじゃ合格点だが、競馬シリーズと名乗るからには、つい点が辛くなってしまう。

 

 ●7203 サンドリーヌ裁判 (ミステリ)トマス・H・クック(HPM)☆☆☆☆★

 

サンドリーヌ裁判

サンドリーヌ裁判

 

 

クックはここ数年、さまざまなトライアルを試みているのだが、正直成功より失敗の方が多かった気がする。また、前作「ジュリアン・ウェルズ」は、あまりにも重くて暗くて救いがなかった。

そんな中で、クックを読むのももう最後かな、と思いながら本書を手に取った。クックには珍しく、本書は法廷ミステリとして、妻殺しの容疑をかけられたある大学教授の裁判が延々と続く。もちろん、そこはクックなので、一見単調であっても、きっちり読ませるのはさすが。

しかし、その大学教授は如何にも性格が悪く、なかなか感情移入ができない上に、夫婦の結婚生活の破綻や親子関係の崩壊の細部が、これでもかと書き込まれていて、途中でやめようかと思った。

しかし、何とラストでこんな物語になるとは。最後の1ページ(新聞記事の抜粋)の衝撃。これは、ある夫婦の存在を描いた、太い太い物語だったのだ。まさにクックの集大成のような傑作だ。

ちょっと褒めすぎかもしれないが、最近これほど心震えたミステリはなかったので、興奮してしまった。今年のベスト候補にして、ひょっとしたら記憶シリーズを凌ぐ、クックの最高傑作。ぜひ、多くの人(特に中年親父)に手に取ってもらいたい。(読みながら、常に頭にあったのは、今月読んだ「反知性主義」だった)