2016年 7月に読んだ本

●7474 人形パズル (ミステリ)パトリック・クェンティン(創元文)☆☆☆☆

 

 

 

「迷走」「俳優」に続く、パズルシリーズ第三弾。精神病院、劇場、の次は何とサーカスが舞台。で、作風はますます巻き込まれ型のサスペンスとなり、スラップスティックミステリとなる。本書は44年の作品で、ピーターは海軍中尉として登場する。(そして、ドイツ人のレンツ博士は、本書から登場しなくなる)

正直、その狂騒的とも言えるスタイルが暑苦しくて、なかなか乗れなかった。また、謎の構造も、時代掛かった復讐劇で、その謎がある登場人物の長い手記で説明されるのは、まるで「恐怖の谷」のような違和感があり、解説で佳多山が本書の難点と指摘しているのもうなずけた。

しかし、作者は前作と同じく、ラストにサプライスを準備していた。書評では、見え見えという天才もいるが、僕は見事に騙され、ひっくり返ってしまった。そして、その理由は「黄金の羊毛亭」が書いているように、その手記にあるのだ。(詳しくは書けないが)

というわけで、作風がどんどん変わっていく中、正直どうなるかと思ったのだが、ラストの強烈なサプライズで全て救われた。読み続けます。

(というわけで、なぜか扶桑社から出た「悪女パズル」を借りてきたのだが、解説でシリーズ後半でのピーターとアイリスの波乱万丈?の関係が、全部ばらされてしまって、まいった。まあ、このときはシリーズが全部訳されるとは思ってなかったんだろうが、これはひどい。そうか、宮部みゆきと同じか・・・)

 

 ●7475 ママは眠りを殺す(ミステリ)ジェームズ・ヤッフェ(創元文)☆☆☆☆

 

ママは眠りを殺す (創元推理文庫)

ママは眠りを殺す (創元推理文庫)

 

 

これまた、先月中はメサグランデという街のスノッブさと、今回から新しく三人目の語り手となった、デイヴの助手のロジャーの幼さ?が気になって、なかなか読めなかったのだが、体調がやや回復し一気読み。

そして、後半のあるシーンで思いだした。やはり、僕は本書を読んでいた。文庫ではなく、ハードカバーで。で、何でシリーズ第三作から読んだのかというと、有栖川有栖が解説を書いていたからだ。(ところが、文庫化された本書は解説が新保に代わっていて、これがひどい内容。もとに戻してほしい)

本書の特徴は、クイーンの弟子らしく、解決篇が長く、さらに何段階にもなっていること。最近、解決篇が短いミステリばかり読んできたので新鮮かつくどく感じてしまったが。

メサグランデの素人劇団の演じるマクベスの舞台で起きた殺人事件。パズラーとして、本筋の解決はそれほどでもないが、群像劇とその謎を丁寧に解いていく、作者の腕は確かなもの。(正直、本筋と関係ないのも多いのだが)

大傑作とは言えないが、やはりこれは今や絶滅してしまった?米国における貴重なパズラー作品、クイーンの正統な後継者だ。あと一冊も読んでから短編集も読み返すことにしよう。

 

 ●7476 死の舞踏 (ミステリ) ヘレン・マクロイ (論創社) ☆☆☆★

 

死の舞踏 (論創海外ミステリ)

死の舞踏 (論創海外ミステリ)

 

 

 

死の舞踏

死の舞踏

 

 

これまた、ずっと追いかけているマクロイの処女作。(38年の作品)冒頭の死体発見シーンから、ある女性がパーティーの主役が突然病気で倒れ、急遽代役に仕立てられ、さらには翌朝は自分こそが主役だと全員から話され途方に暮れる場面は、アイリッシュのある作品のように、強烈なサスペンスを醸し出す。

残念ながら、その後、徐々に失速を始め、まあ中の上くらいの出来となるが、時代を考えれば頑張った方だと思う。(初登場のペイジル・ウェリングが、やたらフロイト理論を振り回すのが、古臭くうっとおしい。何か「ベンスン」を思い出させる生硬さ)

良く考えると、本格の巨匠の処女作は、ほとんど代表作ではない。クイーンも、クリスティーも、カーも、ヴァンダインも。唯一、クロフツの「樽」が処女作=代表作だろうが、「樽」にはフレンチ警部は出てこない。

話がそれたが、それを考えると、本書は如何にもマクロイらしい、というか将来のマクロイを予想させる、悪くない処女作だと感じる。評価はちょっと厳しいかな。

 

●7477 死体が多すぎる(ミステリ)エリス・ピーターズ(光文文)☆☆☆★

 

死体が多すぎる ―修道士カドフェルシリーズ(2) (光文社文庫)

死体が多すぎる ―修道士カドフェルシリーズ(2) (光文社文庫)

 

 

前作よりかなり楽しく読めたのだが、やはり傑作というのはためらわれる。なぜなら、本書の面白さもまたミステリというより、時代劇の面白さに近いからだ。

ノルマン・コンクエスト後の、スティーブン王と女帝モードの従兄妹の内戦が、シェルーズベリの町を巻き込み、「スティーブン王や女帝モードをイングランド人とみなせるとしての話だが!」なんてセリフに苦笑できるくらい、僕も英国史を勉強した。かな。

陥落した城で処刑された94名、しかし死体は95名あった、というストーリーは、本家ブラウン神父顔負けだが、ミステリとしては相変らず緩い。そして、今回もまた二重解決になっているのだが、真犯人が意外でもなんでもないのが、もったいない。

本書の面白さは、カドフェルの好敵手?とも言える、ベリンガーの魅力に負うところが大きいが、一方では女性作家のくせに、登場する女性のほとんどがお嬢様で、イマイチ魅力的でないのが、いかがなものか。でも、もう一冊読んでみます。

 

 ●7478 徳川家が見た「真田家」の真実 (歴史)徳川宗英(PH新)☆☆☆★

 

徳川家が見た「真田丸の真実」 PHP新書

徳川家が見た「真田丸の真実」 PHP新書

 

 

たまたま、図書館で見かけて、何で徳川家の末裔が、真田家のことを書くんだろうと興味を持って、立ち読みしたら、やめられなくなって、最後まで読んでしまった。

著者の略歴を見ると、1929年生まれと言うことで、かなりの高齢だし、単なるディレッタントではなく、大企業の幹部を務めていていながら、内容は文章もしっかりしているし、知識とバランスも言うことがない。

ただ、惜しむらくは彼が冒頭から唱える、真田=徳川のスパイ説は、部分的には面白いのだが、結局状況証拠だけで、とても真相に迫ったとは言えない出来。

 

 ●7479 米原万里ベストエッセイⅠ (エッセイ) (角川文) ☆☆☆★

 

 

最近やたら、米原万里関連の本が多いなあ、と思ったら、没後10年ということ。今でこそ、佐藤優らによって、かなり東欧や旧ソ連の情報が入ってくるようになったが、米原が登場した時には、僕らの常識の西側世界=海外とは、異質の情報がどっと流れ込むようで(彼女の著書には、ポリティカルな要素はほとんどない)大きなインパクトがあった。

そして、何より米原の強さとパワーに感動し『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』『オリガ・モリソヴナの反語法』といった、個性的なタイトルの作品を楽しみだした折の、突然の訃報に読書はストップしてしまっていた。

そして、ひさびさにベストエッセイという形で、読んでみると、彼女を語るときに必
ずついてまわる、下ネタとダジャレ、などより、彼女の論理性と視野の広さ、そして生真面目さを強く感じてしまい、テーマ性がイマイチないことも相まって、正直そんなに楽しめなかった。

ただ、Ⅱも出ているようなので、読んでみる。そんなに予約が入っていないので。ところが、彼女の妹が書いた姉の本には予約が三桁入っていて驚いたのだが、彼女の妹は井上ゆり、あの井上ひさしの妻(ということは後妻?)だったのだ。知らなかった。

 

●7480 ブラック・ドッグ (ミステリ) 葉真中顕 (講談社) ☆☆☆☆★

 

ブラック・ドッグ

ブラック・ドッグ

 

 

今、最も新刊の待ち遠しい作家である著者の分厚い新刊が届き、朝方まで読みふけって、一気に読了した。デビュー作「ロストケア」で見事な二塁打、次作「絶叫」は豪快なツーランホームラン、で本書は満塁か、と期待したら、ゲームが変わってハットトリックだった。

これまでの二作は、大きな括りでは社会派ミステリだった。もちろん、凡百のそれらとは次元の違う出来だったが。しかし、今回は敢えて言えば、動物パニックホラー。テーストは「ジェノサイド」+「悪の教典」÷「バトルロワイアル」という感じ?というわけで、読了後感嘆しながら、今年のベストはこれで決定、とネットを確認ししたら、あらら酷評だらけ。

まあ、途中のここまでやるか、というスプラッタ描写は好みではないが、「ジェノサイド」だってひどかった。作風が劇的に変わったことを、ここまで否定的にとる人が多いとは、住みにくい国になった?

で、登場人物に対する、圧倒的な容赦の無さは、僕にとっては高評価。人間性疑われるかもしれないけど、これがリアルだと思う。ただ、さすがにラストのオチは、最初は驚いたが、読了後は○○○バンクのあのCMが頭から離れなくなってしまった。実写化したら、やっぱりここだけは笑ってしまいそう。

というわけで、内容にはあまり触れないでおくが、途中のスプラッタ描写さえ我慢すれば、大傑作としたい。そして実は、動物より怖いもの、もちゃんと描いてくれている、まあ、読了後時間がたつと、「ジェノサイド」の時みたいに、ネオエンターテインメント、とまで持ち上げる気はなくなってきたので、この採点とします。

 

 ●7481 スパイは楽園に戯れる (ミステリ) 五條瑛 (双葉社) ☆☆☆☆

 

スパイは楽園に戯れる

スパイは楽園に戯れる

 

 

これまた、個人的に待ち遠しかった、著者の王道の鉱石シリーズの最新作。題名はなぜか「パーフェクト・クォーツ」から変更されて、鉱石じゃなくなったが、葉山はもちろん、エディも、大活躍。坂下の出番が少ないのが物足りないが、洪もでてくるし、野口親子がいい味出している。

で、今回大活躍の仲上、というのが過去何をやっていたのか、思いだせないのがもどかしいのだが。で、結論は安定のマンネリとでもいおうか。「革命小説シリーズ」と同じく、細かい人間関係が煩雑な上、ラストの真相の構造まで似てしまったのは、ちょっといただけない。

結局、冒頭の北朝鮮のある人物の話は、ブラフにすぎなかった、ということ?それでは、もったいない。

というわけで「スリー・アゲーツ」のような太い物語に比べると、たいぶ分が悪いが、やはり今こういうリアルなスパイ小説を書けるのは著者しかいない。ここは(革命小説と違った切り口の)次作に期待したい。ちょっぴり出てくる千両役者のサーシャに、少しおまけの採点。

●7482 悪女パズル (ミステリ)パトリック・クェンティン(扶桑文)☆☆☆☆

 

悪女パズル (扶桑社ミステリー)

悪女パズル (扶桑社ミステリー)

 

 

クェンティンに脱帽である。「迷走」こそミステリとしては物足りなかったが、次の「俳優」は歴史的傑作であり、続く「人形」では作風がかなり変わりながらも、サプライズは健在。

そして、解説で小池啓介が書いているように、初期はパズラー作家ウェッブの色が強く、後期は相棒のウィーラーのサスペンス色が強くなると言われるパズルシリーズだが、四作目の本書は見事にその双方が機能した傑作なのだ。

正直、犯人の意志が偶然の連続によってねじ曲がり、複雑な殺人事件の様相を帯びる、という「犬神家」パターンは、パズラーとしては二流に感じていたが、本書の場合、ここまで徹底してやってくれると、もう評価せざるを得ない。

また、このシリーズはピーターという主役が、実はいつも探偵役ではない、という共通項を持っていて、今回も結局誰が探偵なのか、最後まで解らないのだが、これまた結構うまい処理をしてくれた。

とにかく、犯人のように見えた人物が実は真逆で、しかしそのことをある理由でみんなに伝えられない、という構成が見事。全体に今回も狂騒的で、ややうるさすぎるのだが、これが45年に描かれた(ピーターは大尉に出世している)という事実に、驚愕するしかない。この彼我の差は、如何ともしがたい。

最後に、それでも、小池はいらないことをしてくれたなあ。(ピーターとアイリスの今後を、全部解説でばらしてしまった・・・嗚呼)さあ、シリーズ完全読破を目指すぞ。次は「悪魔パズル」(論創社)だけど、これ翻訳題名何とかならないの?

 

 ●7483 ミッドナイト・ジャーナル(ミステリ)本城雅人(講談社)☆☆☆☆★

 

ミッドナイト・ジャーナル

ミッドナイト・ジャーナル

 

 

 

遂に本城もブレイクして、ベストセラーのようだが、個人的には本城はとっくに「スカウト・デイズ」でブレイクし、「球界消滅」で独自の世界を創り上げたはず。というわけで、個人的には本書より、上記二冊を上に置きたい。

なぜならば、本書は確かに素晴らしい出来だが、誰もが感じるように「64」「クライマーズハイ」に似すぎているのだ。

プロット自体は、過去の誘拐事件と現在のつながり、ということで「64」と相似なのだが、描き方は新聞記者側、すなわち「クライマーズハイ」となっていて、その結果、誘拐事件の真相の方は、ただ単純に解決してしまい、ミステリとしては正直物足りない。

また、本城のブンヤ・スカウトものに共通して感じる、そんなことにいまさらなぜ命を賭ける?感も相変らず。(今回は、新聞記事のスクープに何の意味がある?それより、事件の解決だろう感)

しかし、北上おやじ絶賛(クライマーズハイに匹敵する傑作!)と聞き、そうかこれまた「小説王」と同じ暑苦しい話で、根っ子が繋がっていると強く感じた。

ちょうど平成天皇の生前退位のニュースと同時に読んだので、ああ昭和は間もなくさらに遠くなるのだ、と実感しながら、このデジタル社会における、暑苦しい物語の必要性を強く強く感じてしまったのだ。

そうすれば、冒頭の誘拐事件の圧倒的な迫真力と誤報という大失態から、一気に読み上げたこの小説の熱さ、物語の力は、やはり認めなければならない。

誤報三人組のリーダー兼主人公の関口豪太郎は、さすがに暑苦しすぎてついていけないが、ヒロイン藤瀬祐里とマツパクこと松本博史の二人の造型は素晴らしい。特にマツパクは、僕の中では実写版では坂口健太郎で決まりである。

 

●7484 ロケット・ササキ (NF) 大西康之 (新潮社) ☆☆☆☆

 

ロケット・ササキ:ジョブズが憧れた伝説のエンジニア・佐々木正

ロケット・ササキ:ジョブズが憧れた伝説のエンジニア・佐々木正

 

 

「会社が消えた日」「稲盛和夫、最後の戦い」といきなり彗星のように現れた、日経記者出身のビジネスNFライター、大西康之の仕事に注目してきた。しかし、第三作の「ファーストペンギン」は失敗作だったと感じる。そして、満を持しての本書。一気に読了し、圧倒的な爽快感を感じながらも、一抹の不満、不安を抱いた。

正直、面白すぎるのである。プロローグに孫正義の「大恩人」スティーブ・ジョブズの「師」とあるように、本書にはトリックスター佐々木を媒介に、えっこの人も!という綺羅星のような人材が、次々と登場し、それぞれが繋がり、共創の化学反応を起こす。

それはもう痛快無比なのだが、一歩冷静になると、佐々木も孫もジョブズも、やや書割に感じてしまう。深くないのだ、三洋や稲盛のときのように。(そして、それはペンギン=三木谷の描き方にも感じた)たぶん、本書はヤマザキ・マリに劇画で描いてもらえば、大ヒットするのではないだろうか。

正直、佐々木があまりに凄すぎて、これでは水戸黄門なのだ。ただ、本書にはもうひとつ大きな美点があり、それは今の協創を忘れ、守りに入った日本企業への大いなる警告と、励ましの書である、ということだ。

たぶん、著者はそこを強調するために、かなり事実を解り易く修正したのではないか、と感じる。だから、本書はビジネス書ではなく、NFとした。江戸時代の鎖国が、戦国日本のバイタリティーを奪った、と告発し続けた司馬遼太郎のように。

そして、インターネット、PCの前に会った、電卓戦争の世界の覇者が、シャープとカシオという日本の中小企業であった事実を、我々は思いださなければならないのだ。

さらに、80年代ジャパンアズナンバーワンとなった日本は、確かに冷戦という偶然・追い風が吹いていたこともあるが、ただの勤勉だけではなく、佐々木や早川徳次のような、懐の大きいパトロン的経営者と、孫や西のような、良く解らない野望に満ちた若者たちが、あたりを徘徊してい代であった、ということも忘れてはならないのだ。

しかし、このあとシャープは、まるで秀吉の晩年のように、佐々木の時代と真逆の企業となり、崩壊する。本書は、その冒頭を描いたところで終わる。まるで、吉川英治が「新書太閤記」で、秀吉の晩年を描かなかったように。

しかし、本当に驚くのは、ラストで佐々木が現在101歳で、健在であるということが分かるシーンだ。若手女性技術者が過去のシャープの技術の粋を集めて創った、ロボットの試作品に、佐々木が感動するシーンには、目頭が熱くなった。

 

 ●7485 ラスト・ナイト (ミステリ) 薬丸 岳 (実業日) ☆☆☆☆

 

ラストナイト

ラストナイト

 

 

今月は、期待の作家の新作が多く、古典と交互に読んで、非常に充実した読書となっているが、降ればどしゃ降り。またも期待の薬丸の新作が届いた。まあ、実業之日本社というところが気になったが、やはり本書も傑作である。

系統としては「刑事のまなざし」の夏目シリーズのテーストだが、本書の特徴はその凝ったプロットの技の冴えにある。

正直、ミステリとしてのネタは、短編一編を成り立たせる程度のものにすぎないが、第一章に登場した登場人物5人の視点で、次々と同じシーンがリレーで語られ(というわけで、「半落ち」に似たテースト)第一章で語られなかったラストシーンに、全ての物語が収斂していく、という見事な構成である。

その結果、わざと同じ表現、文章が何度も顔を出すのが、ややうっとおしい気もするが、ここは作者の職人芸に感嘆するしかない。物語は、書き方でここまで変わるのだ。そして、今回も赤羽・浦和が舞台であり、それだけで読むスピードがあがるのだ。薬丸印にはずれなし。

 

●7486 ママ、嘘を見抜く(ミステリ)ジェームズ・ヤッフェ(創元文)☆☆☆☆

 

ママ、嘘を見抜く

ママ、嘘を見抜く

 

 

これで、ついに長編四冊全読了。内容的にはXYZとは違って全然四部作になっていないのだが、92年の作品で次がないということは、たぶん作者も亡くなっている=シリーズ終了、だと思うのだが、ウィキにすらヤッフェの項目はない。これはいくらなんでも、ひどい扱いだと思う。

(だいたい「ママは何でも知っている」は日本独自編集であり、米国でヤッフェの短編集がでたのは、最終作品発表30年後なのだからひどい)

本書は、前作で気になったロジャーの語りの部分がなくなり、スイスイ読めた。で、相変らず伏線の張り方が丁寧で、うれしくなる。まあ、中には見え見えもあるが、お酒の件は見事。指輪はちょっと弱いか?

というわけで、意外な犯人に対する証拠が弱くて、今回の評価をどうしようか、と思ったのだが、最後に、Y=インスツルメンタル、獄門島=気ちがいじゃが、系統のトリックが爆発。ひさびさにうなってしまった。それがまた、マルクス兄弟と絡むところが、笑えるというか、凄い。

ただ、今回もママの最後の日記!?による、どんでん返しはあまり後味が良くない(そんなことを言うと、四作ともそうか)で、今回デイヴは反省するが、これはやっぱり理由も言わずにデイヴをこき使うママの方が悪い、と単純に思う。

まあ、毎回種明かしするとミステリにならないのは分かるが、読んでいてイラッとする。さあ、次は短編集再読だ。早川や論創社か、どっちにしよう。

 

●7487 5人のジュンコ (ミステリ) 真梨幸子 (徳間書) ☆☆☆☆
 
5人のジュンコ (徳間文庫)

5人のジュンコ (徳間文庫)

 

 

ある理由でたまたま読みだしたのだが、一気に読み切ってしまった。著者のことを僕は勝手に、湊かなえの劣化バージョンと決めつけていて、イヤミスというジャンル?も言葉も嫌いで、全然触手が伸びなかった。

申し訳ない。本書は、湊の上位互換機種で、桐野テーストもかなり感じられる傑作だ。複雑な人間関係を、うまく意外性を持たせながら、つないでいく文章力と構成力はなかなかのもの。

最後に登場する木嶋佳苗をモデルとしただろう、佐竹純子の迫力、存在感には驚愕するしかないが、その本質が一方のヒロイン久保田芽衣と重なるとき、心が凍りつく。怖い。そして、冒頭の伏線を回収する最終章、それほどの意外性はないが、良く出来ている。

ただし、5人のジュンコに必然性がないとか、そもそも本筋に絡まないサブストーリーが散見したり、大傑作と言うにはやや物足りない部分もあるが、これだけ読ませてくれれば十分だろう。真梨幸子という作家を、少し読んでみよう。まずはあの「殺人鬼フジコ」だ。書いていて嫌になるけど。

 

 ●7488 悪魔パズル(ミステリ)パトリック・クェンティン論創社)☆☆☆☆

 

悪魔パズル (論創海外ミステリ)

悪魔パズル (論創海外ミステリ)

 

 

ママシリーズの長編四作を読み終えてしまい、今度はカドフェルと思ったのだが、ここはやはりパズルシリーズの方が読みたくて、本書を手に取ったら、やはり一気読み。本書は、論創社のハードカバーなのだが、訳者が変わっても読み易いのは、クェンティンのリーダビリティーなのだろうか。

今回もまた、ある理由で分かれてしまうピーターとアイリスが冒頭で描かれ、次章からは、いきなり事故で記憶をった男の描写となる。しかし、わりと早い段階で、その男がピーターであることは読者には解ってしまい、正直そこからの展開は、サスペンスは十分だが、意外性はそれほどない。

一応、最後にどんでん返しがあるのだが、これもまた登場人物が少ないので、それほど意外ではない。ただ、やはりそれでもこの評価を付けてしまったのは、このシリーズが本当に好きになってしまったから、とでも言うしかない。かなりご都合主義の物語だが、読んでる間は楽しかった。

というわけで、シリーズ読破に集中しようと思ったら、何と残り三冊の一冊「死への疾走」が、さいたま市図書館にないことに気づいてしまった。まあ、ハードカバーで買って読むほどでもないしなあ。困った。

しかし、論創社には感心するが、解説に起用している横井 は、どうしようもない。内容もつまらない上に、本書では「悪女パズル」のあるネタを割っている。よかった、先に読んでいて。しかし、出版社が違うとはいえ「悪女パズル」のあとが「悪魔パズル」というのは、何とかならなかったのか?

 

●7489 殺人鬼フジコの衝動 (ミステリ) 真梨幸子 (徳間文) ☆☆☆★

 

殺人鬼フジコの衝動 (徳間文庫)

殺人鬼フジコの衝動 (徳間文庫)

 

 

やっぱり、読むべきじゃなかったか・・・聞きしに勝るイヤミスである。ただし、文章力はやはり湊より上で、こんな内容でも一気に読ませる。ただ、前半の子供時代のいじめの物語は、全く好みではなく、気分がめいってしまった。ストーリーの通奏低音として、カルマ=繰り返しがあるのだが、もう少しうまく使えた気もする。

というわけで、厳しい評価としようと思ったのだが、終章で忘れていたプロローグが意味を持ってきて、ある人物(たち?)のネガとポジが入れ替わるのは、結構うまいと感じてしまった。ただし、もっときれいな設計図が引けた気がする。何かゴタゴタしてしまった。そこを狙ったのかもしれないが。

 

●7490 鸚鵡楼の惨劇 (ミステリ) 真梨幸子 (小学館) ☆☆☆

 

鸚鵡楼の惨劇 (小学館文庫)

鸚鵡楼の惨劇 (小学館文庫)

 
鸚鵡楼の惨劇

鸚鵡楼の惨劇

 

 

続いて、著者の一番ミステリ度?が高い、と言われる本書を続けて読みだした。何と今回は、今までとうってかわって昭和30年代の遊郭のお屋敷が舞台。

これは、京極堂か刀城言耶か、とわくわくしたのだが、あっという間に物語はバブル期のタワーマンションの似非セレブたちの嫌らしい物語に変貌し(そういえば、桐野にもそんな話があった)愕然。そして、さらに物語は現代に下って、一気に伏線を回収にかかる。

結局、著者のミステリとは、登場人物の真の正体と人間関係を、いかに意外に組み合わせるか、にかかっているのが解ってきた。「5人のジュンコ」もまさにそういう物語で、そこで感じたように、著者には意外性はあっても、全体の構築美はない。

ダブルミーニングを使った、レッドヘリングもあるのだが、意外性のための意外性、という感じで、美しさがないのだ。そして、今回は最後の最後の意外な犯人、で見事にこけてしまった。そんな人物、今まで全然目立ってないので、意外以前になにこれ感が圧倒的。

これは失敗でしょう。相変らずのイヤミス描写もイヤだし、もう一冊借りてきたんだけれど、どうしようか・・・

 ●7491 スキン・コレクター(ミステリ)ジェフリー・ディーヴァー(文春社)☆☆☆★

 

スキン・コレクター

スキン・コレクター

 

 

昨年のこのミス海外ベスト1作品。ということで、ディーヴァーにもリンカーン・ライムにも、もはや興味はなかったのだが、たまにはこんなのもありだろうと、予約数が三桁の上の方、にもかかわらず予約。そして、待ち続けること8ケ月でやっとゲット。

というわけで、本書に大きく関連があるらしい「ボーン・コレクター」と「ウォッチメーカー」を思い出しながら、読みだす。正直言って、僕にとってのディーヴァーはあの大傑作「静寂の叫び」で終わっている。

ライム・シリーズを書き出したときは、ラヴゼイがダイヤモンドシリーズに逃げたのと同じように感じたのだが、ディーヴァーは相変らず単独作品も書いていて、逃げたわけではない。ただ、基本的にはそのどんでん返しの作風が、すでに賞味期限切れなのだ。

本書にも後半に大きなどんでん返しがふたつ用意されているが、それはもうお約束でしょう。○○の正体が○○○であることと、結局○○○が○○している、というのは、僕には、全くの予定調和で、まさにその通り物語が進んでしまい、唖然としてしまった。

ディーヴァーを始めて読むならともかく、ある程度読み込めば、これは分かるでしょう。で、読み終えて、犯人はなんでこんな面倒なことをやるのか、と思ってしまう。まあ、駄作とは言わないけれど、やっぱりディーヴァーはもうおなか一杯。

 

●7492 さらばカリスマ (ビジネス) 日経新聞社編 (日経新) ☆☆☆★

 

さらばカリスマ セブン&アイ「鈴木」王国の終焉

さらばカリスマ セブン&アイ「鈴木」王国の終焉

 

 

副題:セブン&アイ「鈴木」王国の終焉。毎日新聞の「カリスマ鈴木敏文、突然の落日」を読んで、本書を見落としていたことに気づき、あわてて読みだした。

しかし、結論はここにも各種の報道以上のものはなかった。さすがに、老舗だけあって商社問題や創業家との確執に関しては、毎日よりかなりレベルは高い。が、後半の7×11成功秘話、のような内容は素人でなければ敢えて読む必要のない定番であり、工夫はわかるが物足りない。

結局、良く言えば中立なのだが、本書には明確な主張がないのだ。というわけで、おさらい本としては役に立つが、それ以上でも以下でもない。

 

 ●7493 ローマ帝国人物列伝 (歴史) 本村俊二 (祥伝社) ☆☆☆☆

 

ローマ帝国 人物列伝(祥伝社新書463)

ローマ帝国 人物列伝(祥伝社新書463)

 

 

あの塩野がギリシアを描き出した今、逆にローマ本が読みたくなって、本書を手に取った。本書は「プルターク英雄伝」ならぬ「ローマ帝国人物列伝」であり、皇帝を中心に、28人の英雄(ネロみたいなのもいるが)の列伝である。

個人的には楽しく読んで、文句はないのだが、それはもちろん僕が塩野の「ローマ人の物語」を読み込んできたから。この本だけ読んでも、その面白さは伝わらないだろう。何せ塩野のが上下巻を費やしたカエサルが、17ページなのだから。

やっぱり、僕はスキピオ、スッラ、カエサルアウグストゥス五賢帝(まあ、ハドリアヌス一択だが)、ここまでが面白く、それ以降はやはり心躍らない。まあ、僕はキリスト教とは、なかなか折り合いがつかないのだが。

しかし、五賢帝の中で塩野が酷評したアントニウス・ピウスの一般の評価は、ここまで高いのだ。というより、本書は塩野 の著作に比べて、圧倒的に安全保障の観点が弱いと感じる。パクス・ロマーナの本質に全然迫っていない。