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2015年 12月に読んだ本

 ●7356 驚きの英国史 (エッセイ) コリン・ジョイス (NHK) ☆☆☆★

 

驚きの英国史 (NHK出版新書 380)

驚きの英国史 (NHK出版新書 380)

 

 

実は11月末に読んだのに、所感をつけるのを忘れてしまった本。貴志の「エンタテイ
ンメントの作り方」の所感で、トッチラカッテルと感じたのは、実は本書も含まれる。

もともと「ノルマン・コンクエスト」について書かれた歴史書と思って読みだしたのだ
が、それは一部にすぎず、英国の歴史に関する薀蓄が、脈絡もなく続く。

目当ての「ノルマン・コンクエスト」に関しては、英国人の強烈かつ複雑な意識が、予想以上に解る素晴らしい内容だったけれど、その他は「フォークランド紛争」や「英語問題」以外はちょっとマニアック?(英国人には常識だろうが)で、楽しめなかった。まあ、こっちの知識不足なのだが。

 

●7357 ラオスにいったい何があるというんですか? (エッセイ) 村上春樹 (文春社) ☆☆☆☆

 

 

村上春樹の紀行文と言えば「遠い太鼓」、海外生活のエッセイは「やがて哀しき外国語」オリンピック観戦記「シドニー」、そしてモルトウィスキーの旅「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」等々が思い浮かぶが、それらの続編とも言えるのが本書であり、テーマは再訪とも言える。

というわけで、村上春樹の紀行文集としてはひさびさだったが、今回も堪能した。JALのファーストクラスの機内誌掲載作品がほとんど、というスノッブさ?が反発を呼ぶのか、ネットでは否定意見も多いが、いまどきこれほど素晴らしい文体の紀行文は、そうお目にかかれない。

またボストンやポートランドなどは、僕も行ったことがあり、結構思い入れがあって追想に耽ってしまった(ポートランドで食べたロブスターと、初めて飲んだサミュエルアダムスは今も忘れられない。確か港に係留した帆船がレストランだった)題名が何なのかは、本文で確認ください。

 

 ●7358 悲しみのイレーヌ(ミステリ)ピエール・ルメートル(文春文)☆☆☆☆★

 

悲しみのイレーヌ (文春文庫 ル 6-3)

悲しみのイレーヌ (文春文庫 ル 6-3)

 

 

週刊文春の年間ベストを、昨年の「その女アレックス」に続いて、本書が連覇した。ち
ょうどそのタイミングで入手したので、早速読んだのだが、間違いなく傑作(個人的に
は、「アレックス」より本書が上)なのに、色んな理由で素直に褒められない、評価が
難しい作品だ。

まずは、良いというか素晴らしい点から。犯人の設定と動機、そしてそれを活用した大胆なプロットトリックには、恐れ入った。「アレックス」のプロットトリックには、あざとさを感じたが、本書のトリックには戦慄を覚えた。そして、そこに通奏低音として流れる、ミステリへの愛、リスペクトも好ましい。

また、「アレックス」でも活躍する、身長145センチの警部カミーユを中心とした、捜査チームやカミーユの家族、等々の人物造形も素晴らしく、マルティンベックを想起していたら、とんでもないところで「ロゼアンナ」が出てきて、驚いてしまった。

そして、今度は悪い方。正直「アレックス」と同じく、本書もあまりにも残虐シーンが多い。そして、本書はアレックス以上にバッドエンディングで、後味が悪い。まあ、これは好みの問題もあるのでこれ以上は言わないでおこう。

問題は次の2点であり、実はこれは著者のせいではなく文春社のせい、というか大きなミスなのである。

まずは、多くの人々が指摘しているが、題名がいけない。本来の題名は「丁寧な仕事」であり、この題名は日本サイドがたぶん「アレックス」に合せてつけたものだが、イレーヌが誰かが解ると(それはすぐ解る)よほど鈍感な読者でないかぎり、結末の悲劇は予想できてしまう。何でこんなバカな題名にしたのか、理解に苦しむ。

そして、もうひとつは刊行順だ。実は本書こそが、著者の処女作にして、カミーユ三部作の第一作であり、「アレックス」は第二作なのだ。たまたま僕はすっかり忘れていたが、そういえば「アレックス」の冒頭で、これまた本書の結末が描かれていたのだ。(読了後に思いだした・・・)これはもう、「アレックス」と本書を続けて(刊行の逆に)読んだ人は、地獄である。

もちろん、この2つは著者とは関係ないので、やはり評価は高くすることにした。ただ、本書のバッドエンディングより、今のところクックの「サンドリーヌ裁判」のハッピーエンドを、今年のベストとしたい。

(しかし、著者のもう一作「天国でまた会おう」は、冒頭の戦闘シーンだけで挫折したが、同じ作者の作品とは思えなかった)

 

 ●7359 墓標なき街 (ミステリ) 逢坂 剛 (集英社) ☆☆☆

 

墓標なき街

墓標なき街

 

 

百舌シリーズ第七作。たぶん全部読んでると思うのだが、本書には過去の作品がうまく
要約されていて、思いだす役には立った。また、TVを一応見たので、美希は真木よう
子、大杉は香川照之に脳内自動変換された。このキャスティングは、良く出来ていると
思う。

ただ、アマゾンでは結構高い評価だが、本書はダメ、期待外れである。いまどきこんな大時代的なトリック(江戸川乱歩京極夏彦)ありえないし、(少し捻ってはいたが)真相はほぼ見当がついてしまう。

大沢にしても、逢坂にしても、最近の作品は本当に荒っぽいというか、雑である。こんな政治家や黒幕もいないし、警察官もこんな無茶な捜査をやるわけがない。公安警察といいながら、内容は怪人二十面相の世界で、嫌になってしまう。

もちろん、ベテランはそれでも読ませてしまう文章の力はあるのが、もはや精緻なミステリを書くことは不可能なのだろうか。逢坂の大傑作は、個人的には98年の「燃える地の果てに」まで遡らなければならない。 

  

●7360 さよならの手口 (ミステリ) 若竹七海 (文春文) ☆☆☆☆★

 

さよならの手口 (文春文庫)

さよならの手口 (文春文庫)

 

 

葉村晶シリーズ13年目の新作長編ということだが、協会賞をとった「暗い越境」(葉
村シリーズ2編収録)が、イマイチだったうえに、13年前の「悪いうさぎ」も印象が
良くなくて、文庫書下ろしの本書を完全に見逃していたのだが、これは傑作だった。申
し訳ない。

最近はコージーの印象が濃かった著者の、面目を一新する凝りに凝ったミステリだ。文庫だと、本当にお得な感じ。失踪した娘の捜索、というハードボイルド王道の展開が、あれよあれよと、とんでもない方向に転がって、結局4つの殺人事件が絡んでくる、という怒涛のアクロバット展開。

怪我に次ぐ怪我、骨折に次ぐ骨折、に襲われる探偵葉村の不死身の根性には、恐れ入る。(これ、ギャグです)

というわけで、本書は何とあの「SRの会」のベスト1、を獲ったみたいだけれど、正直言うと華が無かったり、論理が美しくなかったり、もするのだが、今回はこの評価としてみた。過去に一度若竹祭りをやって、十冊弱で飽きてしまったのだが、もう一度再開しようという気にはさせられた。(このミスでも、何と四位でした!)

 

 ●7361 海の翼  (歴史小説)  秋月達郎  (PH文) ☆☆☆☆★

 

海の翼 (PHP文芸文庫)

海の翼 (PHP文芸文庫)

 

 

副題:トルコ軍艦エトゥールル号救難秘話。現在公開されている映画「海難1890」
の原作ではないが、あのエトゥールル号事件と、100年後の恩返しの物語。本来なら
NFとすべきかもしれないが、一番面白いのが明治時代のパーツということで、歴史小
説とした。(今年は、歴史小説のベストが作れない渇水状態)

エトゥールル号事件の舞台は、わが故郷紀南の串本=大島町であることは、もちろん知っていたが、単に難破船を漁師が救っただけだと思っていた。

エトゥールル号がこんな重要な船であり、その後天皇の名を受け、二隻の戦艦がトルコにまで行き(しかも、そこにはあの秋山真之が絡み)、トルコの近代化に二人の日本人が絡み、そして、そして、サダムフセインの攻撃から逃げ出す日本人たちのため(日本政府は見捨てたのに)トルコ人たちが、自分たちのための飛行機を当たり前のように譲り、自分たちは自動車で危険な陸路を選択する。

ああ、知らなかった。ひょっとしたら、脚色はあるのかもしれない。しかし、ここはこのトルコの選択を、経済的観点と揶揄した朝日新聞(そして、それはトルコ大使から厳重な抗議を受ける)の愚は犯すまい。

正直、冒頭のシーンから涙が流れた。あまりにも内容が衝撃的で、正直秋月という初めて読む作家の実力は、涙で良く解らない。しかし串本の漁師たちは間違いなく存在したのであり、トルコの恩返しもまた間違いない事実である。

現在のトルコは、残念ながらロシアと対立するもうひとつの独裁国家のイメージが強いが、この本や映画によって、僕のような無知(恩知らず)な日本人が、少しでも減ることを願う。

 

 ●7362 人魚の眠る家 (ミステリ) 東野圭吾 (幻冬舎) ☆☆☆

 

人魚の眠る家

人魚の眠る家

 

 

年間ベストにちっとも絡まないなあ、と思っていたら、それは刊行日(11月)の関係
だったが、正直内容もまた、とてもベストには届かないものであった。(それを見越し
て、敢えて10月には上梓しなかった、というのはうがちすぎか)

人魚=脳死状態の少女のことであり、ここに最新の医学が絡むが、いかにもフランケンシュタイン的で、それを母性の暴走と描きたかったのだろうが、ミステリとしてはちっとも面白くない。

プロローグとエピローグに、気の利いた仕掛けが用意されているが、それだけでは評価できないなあ。東野圭吾も「新参者」以降、これといった傑作がない。難しいところまで来てしまったのかなあ。

 

 ●7363 聖 母 (ミステリ) 秋吉理香子 (双葉社) ☆☆☆★

 

暗黒女子

暗黒女子

 

 

前作「放課後に死者は戻る」とほぼ同じ感想を持った。とにかく、ひっくり返そうとい
う、著者の異常なまでの執念?には敬服する。しかも、そのドロドロの内容とはかけ離
れた、ラノベ的な読みやすい文章も、ここは評価したい。

しかし、読み終えて、やはりこれはやりすぎに思えてきた。本書には、叙述・プロットトリックが二つ仕掛けてある。そのひとつは、これはもう主人公の名前を見ただけで、予想がつくのだが、ふたつめは驚いた。「ユリゴコロ」と同じくらいの、衝撃があった。

しかし、良く良く考えると、このトリックは、破綻しているし、二人の刑事をこれだけ有能に描きながら、この結末はありえない。(これでは、警察が無能すぎる)

というわけで、リアリティーを重視すると、これはやはり評価できない、と今回は勝手に判断してしまった。

まあ、次の作品も読んでみてから、今後のつきあいを決めることにする。オリジナリティーと読みやすい文体は間違いないのだが、トリックのためのトリック、というのはやはりきつい。せめて刑事のパーツを無くせばよかったのだが。

 

●7364 ハヤカワ文庫SF総解説2000 (企画) (早川書) ☆☆☆☆

 

ハヤカワ文庫SF総解説2000

ハヤカワ文庫SF総解説2000

 

 

「サンリオ」のヒットにあやかったのか、今度はハヤカワ文庫です。ただ、この企画ず
っとSFマガジンで連載していて、それを読んでいたので、正直プラスオンがほとんど
ないので、そういう意味では物足りない。

値段の関係もあったのかもしれないが、もっと覆面?座談会的なものも、読みたかった。サンリオは、そこが充実してたんだよね。

まあ、こういう企画は僕らの世代は78年なぜか自由国民社なる出版社から上梓された「世界のSF文学・総解説」に止めを刺す。そこで紹介されたSFを、次々読んでいく本当に幸せな時期があった。(当時の僕の御三家は、ゼラズニイ、シルヴァーバーグ、エリスン、だった)

それに比べると、もはやワクワク感は雲泥の差なのだが、それでもこの全作品の表紙一覧の迫力には、驚かされた。まあ、これまたサンリオの真似なのだが、何せ量が違う。

また、解説の中で表紙絵の作者が明記されているのもうれしい。ゼラズニイ角田純男、シルヴァーバーグは中原脩というのが定番だった。

加藤直之や鶴田一郎、本当に当時のハヤカワ文庫の表紙はかっこよかった。あ、ヴォネガット和田誠も忘れちゃいけない。というわけで、結局あたりさわりのない、この評価とさせてもらった。

 

●7365 ありふれた祈り(ミステリ)ウィリアム・ケント・クルーガー(HPM)☆☆☆☆

 

ありふれた祈り (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

ありふれた祈り (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 

 

正直、ジェファーソン・パーカーの「サイレント・ジョー」やランズデールの「ボトムス」のような、米国大田舎少年ビルディングロマンス、には食傷気味。あのジョン・ハートですら、最近の作品は正にそれで面白くない。

しかし本書は、各種年末ベストでかなり高い評価を受けており、気乗りせずに読みだしたのだが、結論から言うと傑作だった。

確かにこの本も米国の田舎(ただし、ミネソタだからかなり北で、普通なら黒人が演じる部分は、インディアンとなる)が舞台の少年の物語だが、ここにはクックの抒情性があり、派手な部分はほとんどないが、しっとりとした良い小説に仕上がっている。

ミステリとしては複雑な謎ではないのだが、ある少年が●●であることが、わかったとたん、すべてのネガとポジが入れ替わる、という構成も良く出来ている。

そして、意識的かもしれないが、本書のプロットは映画「スタンドバイミー」と相似であり、プロローグとエピローグが見事にリンクし、物語はふたを閉じる。本書は傑作である。

 

 ●7365 間違いだらけのビジネス戦略 (ビジネス) 山田修 (プレス)☆☆☆

 

間違いだらけのビジネス戦略

間違いだらけのビジネス戦略

 

 

読みだしてすぐ気づいたのだが、この人ブログで本書のようなコラムを連載しており、それを抜粋してまとめた、ある意味安易な本。

僕は著者のコラムを大塚家具の騒動の時、かなり読んでいたのだが、結局著者は父親が勝つ、と断言しながら、娘が勝った後は、平気で父親の戦略ミスと書いていて、ちょっとなあ、と思ったことを思いだしたら、何と本書は臆面もなくその記事が3本並んでいて、価値観の違いに唖然となった。

著者はコンサルらしいが、僕なら頼まない。「マックもひどいがモスはもっとひどい」だとかなかなか面白い着眼点もあるのだが、いかんせんこの分量では、新聞やビジネス書で仕入れたネタを自分流に解釈したのすぎず、まあネットのコラムで読む分には腹も立たないが、こうやって一冊の本として読むと、その底の浅さは隠せない。

特にP&Gと花王や、イオンとセブン、等々われわれの得意分野の記事は、その浅さに愕然としてしまう出来。

 

 ●7366 会計士は見た! (ビジネス) 前川修満 (文春社) ☆☆☆☆
 
会計士は見た!

会計士は見た!

 

 

これまたビジネスゴシップ帳、とでも言いたくなる装丁だが、会計士というところがミソで、結構面白く読んでしまった。

ただ、最初は会計の勉強=教科書に使えるかな?と思って読みだしたのだが、特殊な事例が多くてちょっと無理みたい。本書でもまた大塚家具の事件が大きくとりあげられるが、内容は変わらないが、決算書から具体的な数値を持ってくると、確かに説得力は高い。これは、使えるかも。

あとゴーンがリストラをしながら、残った従業員の給料は絶対に下げなかった(むしろ上がった)という話も、はっとさせられたし、コジマ(これも前著で取り上げられている)との比較が痛々しい。

そして、本書の白眉はソニーの決算分析で、ここで描かれる金融会社したソニーの姿に愕然としてしまう。これは偶然の結果なのか、意識的にやっているのか、は良く解らないのだが。

 

 ●7367 天下人の茶 (歴史小説) 伊東 潤 (文春社) ☆☆☆☆
 
天下人の茶 (文春e-book)

天下人の茶 (文春e-book)

 

 

昨年は著者の時代が到来したと言える充実ぶりだった上に、「天地雷動」というキャリアハイの傑作もものにした。(なぜか、評価が盛り上がらないが、僕は傑作だと思う)

しかし、今年はやや書き過ぎで、薄味になってきたと感じていたのだが、本書は初期の連作形式に戻して、複雑な時制でありながら、一気に読ませる。

いつものように、牧村兵部や瀬田掃部のような、マイナーな実在人物をうまく使いながら、利休ー織部ー遠州、という侘び、の歴史の転換を見事に描いている。

ちょっと利休の思想がぶれている気がするし、あまりにも論理が前に出てきている気もするし、ラストの着地もうまく決まらなかった。

しかし、やはり本書は傑作であり、伊東流のもうひとつの本能寺の解決がここにはある。そして、それはどうしても、「へうげもの」と重なってしまうのだ。まさに、茶の湯陰謀録とでもいうべき、黒くて美しい物語だ。(信長の大陸進出の新解釈も、なかなか説得力があって面白かった)

 

●7368 ヘブンメイカー スタープレイヤーⅡ(SF)恒川光太郎(角川書)☆☆☆☆★

 

 

前作「スタープレイヤー」は、変な小説ではあったが、ルールに縛られたゲーム小説であり、論理が前面に出てきて、恒川らしくない作品だった。

まあ、それでも面白かったのだが、本書は同じ設定を使いながらも、スタープレイヤーの世界(サージイッキクロニクル)と「ヘブン」という死者の世界を平行に描き、亀人間のような恒川らしい?えぐい描写も相まって、前作以上に一気に読ませるリーダビリティーは抜群である。

ただ、途中で二つの物語がどう繋がるかは見えてくる。ええー、こんな解り易くていいの?と思ったのだが、さすが恒川、それは見事なレッドヘリング、罠であった。見事に引っかかってしまった。そうか、こうきたのか。「アナザー」的に素晴らしい。おそれいりました。

そして、冒頭の文章までが、見事なプロットトリックとなるのは、今年評判となったあの海外ミステリと同じではないか。もう一度言う。素晴らしい。

また、後半ある人物が登場したり、ラストになんとあの人が現れたり、前作に既に伏線を張っているのもまた素晴らしい。正直、まさか続編があると思わなかったのだが、この調子ならあと数作は書けるんじゃないだろうか?

「アナザー」の方は続編は期待外れだったが、本書は前作を上回る、今のところ今年のSFのベストと言っていい傑作だ。(天冥の標の最新刊が、ギリギリ12月に出たのだが、買おうか図書館を待とうか、悩んでいる)

 

 ●7369 鄧小平 (歴史) エズラ・ヴォーゲル 橋爪大三郎 (講現新)☆☆☆☆

 

トウ小平 (講談社現代新書)

トウ小平 (講談社現代新書)

 

 

あの「ジャパンアズナンバーワン」のヴォーゲルが、10年の年月をかけて1200ページ上下巻の大作「現代中国の父・鄧小平」を上梓し、中国で60万部のベストセラーになっていたなんて、全然知らなかった。

で、鄧小平こそ20世紀後半で一番重要な人物(なのにあまり研究されていない)として、しかも1200ページの大作は素人には重すぎるとして、あの橋爪がヴォーゲルとの対談本=大作のダイジェストを作ってくれた。これはもうGJと言うしかない。

しかし、残念ながら文化大革命までの共産党内での権力闘争の話は、専門家ではない僕には正直面白くなかった。で、鄧小平が権力を握ってからの変革の物語は、当然面白いのだが、ヴォーゲルは予想以上に冷静かつ客観的に描いていて、鄧小平を過大評価しない。

例えば、経済特区のようなやり方は、巨大な中国では昔からよくあったパターンとしたり、深浅が成功したのは、すぐそばに香港があったからであり、これは偶然にすぎない、とするのだ。

読みながら感ずるのは、冒頭のようなダイジェストというコンセプトを越えて、橋爪が攻め込んでいくところだ。これはもうインタビューなどというものではなく、ほとんど対等に語っている。

そして「現代中国」では、描けなかったヴォーゲルの本音をかなり引き出すことに成功している。初めから、意図はそこにあったのかもしれないが。それでも感じるのは、ヴォーゲルの学者としての矜持である。

証拠がないことは、絶対に書かない。ポピュリズムの対極のアカデミズムの厳しさ、というものをひさびさに感じさせてくれた。

そして、たぶんヴォーゲルは、天安門を必要悪として、認めているし、一般の日本人にとっては嫌なイメージしかない、江沢民の政治を評価する。このあたりを、われわれももう一度冷静になって、客観的に見直さなければならないとつくづく感じた。

(でも、1200ページを読んでみようとは思わなかったけれど)しかし、経済特区ではなく政治特区という考え方は魅力的だ。

 

 ●7370 吉田茂 ポピュリズムに背を向けて(NF)北康利(講談社)☆☆☆☆

 

吉田茂 ポピュリズムに背を向けて

吉田茂 ポピュリズムに背を向けて

 

 

「最強の二人」が面白かったので、早速著者の本を借りてきた。まずは、今まできちんと読んでこなかった吉田茂だ。で、まあこれは白洲次郎つながり、ということもあるんだけれど、面白く読むことができた。

いや、吉田の偉大さを具体的に感じ(面倒くささも感じるが)彼なくば今の日本はどうなっていたかと、つくづく思う。そして、吉田や白洲、そして西郷、岸らを描いてきた著者のテーマが少し見えてきた。

著者には沢木や佐野のような、派手なけれんはないが、吉村や後藤ほどストイックに地味でもなく、緻密な取材に基づいて、素晴らしい素材をそのまま出してくれる名シェフといったところだろうか。

著者のあとがきがいい。「吉田茂は民主主義など衆愚政治だと最初から見切っていた。彼は自由主義者ではあったが、民主主義者ではなかった。」多数決が正しい、という論理では、サンフランシスコ講和条約は締結できなかっただろう。

晩年、吉田の秘書が我が国の課題について尋ねた時の言葉が素晴らしい。「相手国の立場を考えての貿易の伸張、国際社会での信用を失わないための役割分担などが、我が国の今後の課題ですね」「他人をうまく助けることができなければ、人間一人前とはいえません」「外交的センスのない国は滅びる」いったい、彼の視線はどこまで見通していたのだろうか。

 

 ●7371 福沢諭吉 国を支えて国を頼らず (NF) 北康利 (講談社)☆☆☆★
 
福沢諭吉 国を支えて国を頼らず

福沢諭吉 国を支えて国を頼らず

 

 

続いて、吉田と同じく今まできちんとした評伝を読んだことのない福沢諭吉。著者が言うように、僕の知識も「学問のすすめ」と慶応義塾、まああとは咸臨丸くらいしか具体的なイメージはない。

しかも、どうしても引っかかるのが、あの勝との喧嘩?であり、勝びいきの僕としては、どうにも納得できない。まあ、本書でもこの部分は、やはり勝の勝ちに感じてしまう。

そうは言っても、本書の冒頭の適塾での緒方洪庵との師弟関係あたりは、「花神」裏バージョンという感じで読ませるし、白洲の次に福沢を選んだというのも、副題から解るように著者のテーマは一貫している。

そして、これは西郷や吉田とも、きちんとつながる。ただし、今回はやはり物語として、福沢のストーリーが(大河ドラマの新島と同じく)僕にはカタルシスがないのだ。好みの問題というしかないが、後半はやや退屈であり、そういう場合の著者の文体は、それだけで読ませるほどの力はないのだ。勝手な言いぐさかもしれないが。

 

●7372 死と砂時計 (ミステリ) 鳥飼否宇 (東京創) ☆☆☆★

 

死と砂時計 (創元クライム・クラブ)
 

 

器用貧乏と言うか、書き過ぎと言うか、才能を浪費しているイメージの強い著者だが本書は珍しくあちこちの年末ベストで健闘している。内容は、たぶん法月の「死刑囚パズル」にインスパイアされたんだと思うが(明日、死刑になる死刑囚が殺される)その解決は法月の1/5くらいの出来。

その他の作品もパズラーとしての努力は解るのだが、如何せん終末監獄という基本アイディアに全くリアリティーがなく、それがラストの茶番劇に繋がってしまう。残念ながらセンスがなさすぎるのだ。主人公の父親の正体も見え見えだし。

 

 ●7373 福岡ハカセの本棚 (書評) 福岡伸一 (メディ) ☆☆☆☆

 

福岡ハカセの本棚 (メディアファクトリー新書)
 

 

僕が著者と出あったのは、「マリス博士の奇想天外な人生」の翻訳者としてであった。普通、翻訳者なんて記憶に残らないのに、ほぼ竹内薫の独占状態だった科学本の翻訳に、こんな文章のうまい(最初は文系の人だと思っていた)訳者がいたのか、と驚いたせいだった。

その後「生物と無生物」や「動的平衡」を読んで、感心したのだけれど、最近は同じネタの使い回しが多く、少し距離を置いていた。で、本書こそそんな著者に求めたい本だった。

ただ、内容は最初は一冊一冊の深堀りが足りなくて、正直物足りなかったのだが、後半になってSFや進化論になると、俄然チョイスが僕好みになるのだが、著者は僕と同年齢だから当然なのかもしれない。

ブルーノ・エルンストの「エッシャーの宇宙」、キム・ステルレルニー「ドーキンスVSグールド」、サイモン・シンフェルマーの最終定理」「暗号解読」、岩崎書店!「宇宙人デカ」!「27世紀の発明王」!!「アンドロメダ病原体」「ジュラシック・パーク」、で、同い年だから当然村上春樹も出てくるのだが、ベスト3が「羊」「世界の終り」は解るが、もう一冊が「国境の南」だとは。読み直してみようか。

何もかもが懐かしいが最後に一言。エピジェネティクスというのは、池田の構造主義進化論と同じではないか。獲得形質は遺伝する?リチャード・C・フランシスの「エピジェネティクス・操られる遺伝子」を読まなければ。 

 

●7374 帝国の女 (フィクション) 宮木あや子 (光文社) ☆☆☆★
 
帝国の女

帝国の女

 

 

著者のデビュー作「花宵道中」を読んだとき、何と素晴らしい文章を書く作家なんだろうと驚いた。しかし、その後はやや中途半端な作品が続き、時代小説から離れてしまったこともあり興味がなくなった。

基本的に、恋愛小説やお仕事小説には興味がないのだ。リアルだと身につまされるし、そうじゃないと白けてしまう。で、北上おやじ絶賛(だった気がする)の本書も、正に恋愛・お仕事小説なのだが、たまたま年末最後の図書館で、美本を見つけて手に取った。

さすがに、文章はうまくて一気に読めた。帝国って何だろう?と思っていたが、何のことはない、テレビ局(デモに襲われたとあるからあの局?)が舞台の、5人のキャリアウーマン?(死語?)の物語。

というわけで、まったく知らない世界だけれど、いかにもありそうな連作短編集。ただ個人的には、一番魅力的な片倉一葉という謎の女性の過去が、やりすぎ。これは、ちょっとありえない。

その他の、枕営業やさまざまな嫌な話も、有り得るのかもしれないが、敢えて読みたいとは思わない。小泉今日子の「最後から二番目の恋」あたりを気楽に観てる方が、よほど健康に良い。

 

 ●7375 天冥の標Ⅸ ヒトであるヒトとないヒト1(SF)小川一水(早川文)☆☆☆☆

 

 

全10巻のついに9巻だが、前篇ということで、迷ったんだけれど、このままだと今年は「天冥」を読まない年になってしまうので、ついに購入して読みだした。

正直、今回は一年近く待たされたので、完全にストーリーを把握したつもりだったのに、結構忘れている部分も多くて(さらに、このシリーズで嫌な二点、変な名古屋弁とラバーズの存在)最初なかなか読み進めなかった。これは、最近では珍しい。

しかし、途中で、あの変な二人組の正体が解り驚き、後半は怒涛の展開となる。そして、そして今回のラスト、断章六!!おいおい、どこまで風呂敷を広げるんだ?せっかく回収し始めた伏線の数々をはるかに超える、驚愕!?の展開。

本当に10巻で終るのか?最後は「イシャーの武器店」や「タウ・ゼロ」のような超バカSFにならずに(いや、それも面白いか?)きちんとすべてを解決してくださいよ。本当に。

 

●7376 死んでたまるか (歴史小説) 伊東 潤 (新潮社) ☆☆☆★

 

死んでたまるか

死んでたまるか

 

 

戊辰・函館戦争とくれば、普通は土方か榎本が主人公なのだが、何と本書は大鳥圭介である。伊東も苦労しているなあ、という感じ。まあ、歴史小説での新味というのは、ひょっとしたら本格ミステリ並みに難しいのかもしれない。

常識的に考えて、大鳥はこの戦争で負け続けるので、土方の引き立て役がお似合いなのだが、伊東はその負け続ける姿に焦点をあてているのだ。

しかし、これはやっぱり無理。負け続ける戦いには残念ながらカタルシスはない。また、前半は戊辰戦争と過去(適塾での福澤との主席争いは面白いのだが)が頻繁にカットバックで入れ替わり、正直かなり読みにくい。

で、本書でも大鳥は、小さいぶ男で、感情が激しく、戦が下手、と正しく土方の正反対の男として描かれ、結局は後半は土方にいいところを持って行かれてしまう。

そして、すべての黒幕は結局勝だった、といういつものオチ。というわけで、勉強家の伊東が使い古された題材を、色々工夫して頑張っているのは解るが、傑作とは言い難い出来。もう少し落ち着いてほしい。

 

●7364 雀 蜂 (ミステリ) 貴志祐介 (角ホ文) ☆☆☆
 
雀蜂 (角川ホラー文庫)

雀蜂 (角川ホラー文庫)

 

 

貴志の角川(ホラー文庫)に対する感謝の気持ちが現れた?文庫書下ろし。いや、決して皮肉ではなく(角川の編集者の薦めに従って「黒い家」を書いたから、今の貴志があるのだし)東野が文芸之日本社文庫で文庫を書き下ろしたのと同じ状況だと思う。

そして、残念ながら内容の方も東野と同じであり、明らかにハードカバーとは最初から目指すレベルが違っている。

最初は雀蜂を使った単純なホラーなのか、と思っていたが、ラストで物語はトンデモ展開となる。どうやら、文庫のオビではそのどんでん返しが売りだったようなのだが、正直これはダメ。

こういうのは小林泰三か、一昔前の折原一にでもまかせておくべき。貴志には似合わない。前から使う勇気のなかったイッパツアイディアを何とか使ってみました、という貴志らしくない雑な作品。文中で作家が引用する架空の作品たちの薀蓄は、結構面白いのだが。

 

●7365 北条早雲 悪人覚醒編 (歴史小説) 富樫倫太郎 (中公論) ☆☆☆☆

 

北条早雲 - 悪人覚醒篇

北条早雲 - 悪人覚醒篇

 

 

シリーズ第二作。同じ早雲を一冊で描いた伊東の「黎明に起つ」は、詰め込み過ぎで複雑な時代背景と相まって、非常に解りにくい作品になってしまった。特に室町時代の京都と関東の争いは、予備知識が足りなくて、苦労した。

で、本書はシリーズ化することで、その弊害をなんとか逃れている。正直、それでも解りにくいのだが、堀越公方古河公方の関係あたりも、やっと解ってきた。しかし、その一方では物足りなさも感じる。

早雲や脇役たちの人物造形が、幼いのだ。悪人と言いながら、これでは良い人すぎる「軍配者」の頃は、逆にそのあたりが新鮮だったのだが、そろそろここから脱皮しないと、難しいところに来てしまった気がする。まあ、読んでる間は問題ないのだが、どうもあちこちで、描写やストーリーに既視感を感じてしまうのだ。


 2015年は、以上217冊でした。もう少し読みたかったのだけれど・・・