2015年 7月に読んだ本

●7254 この社会で戦う君に「知の世界地図」をあげよう (社会学) 池上彰 (文春社) ☆☆☆☆ 

 

 


経済学の前篇に当たる、東工大の講義の書籍化。内容的には、各講義のつながりが経済学より弱く、ちょっとばらばらな感じ。しかも、テーマはそれぞれ大きく、深いので、少々食い足りない。また、「アラブの春」にイスラム国が登場しないなど、こういう時事問題は、腐るのが早いと改めて感じた。

ただ、世界地図から見える領土の本音、において米国人が使う世界地図は、大西洋(英国)が真ん中ではなく、米国が真ん中なため、ユーラシア大陸が中東のあたりで左右に分かれてしまい、アフガンやイランがちょうど切れ目にあたってしまい、米国人はこのあたりの地理に疎い、と言うのは(何かどこかで聞いたような気もするが)衝撃だった。まあ、東アジアも似たようなものだろうが。

そして、本書を評価したいのは、ラストのサムスンへの日本技術者の転職をテーマに繰り返される、学生たちのディスカッション。ここは、内容だけでなく、プレゼンのスタイルまで指導が入り、非常にリアルで面白かった。このやり方だけで、一冊本を作ってほしいくらいだ。(ただ、この内容も今のサムスンの状況だと、かなり変わってくるなあ)

 

 ●7255 思い出は満たされないまま (フィクション) 乾緑郎集英社)☆☆☆☆

 

思い出は満たされないまま

思い出は満たされないまま

 

 

 

このミス大賞作家として、ずっと中山七里と柚月裕子を押してきたのだが、二人とも書き過ぎで、イマイチつらくなってきた。しかし、もう一人忘れていた。「完全なる首長竜の日」の乾緑郎だ。

受賞第一作の「海鳥の眠るホテル」こそイマイチだったが「機巧のイヴ」は素晴らしい出来だった。ただし、彼の場合ジャンル分けができない。

本書も、SFでもホラーでもない。敢えて言うなら、朱川湊人風レトロ・ホラー(怖くはないけど)という感じで、実際多くの書評で「かたみ歌」との相似を指摘されている。(団地が舞台なところは、「なごり歌」と相似だが)

テーマは過去。そして歴史改変。七編の物語が、それぞれ過去と現在をつなぎ、そこに神隠しというSF設定が入るのだが(この辺は、まさに「アカシア商店街」)SFやホラーというほど仰々しくなく、ある意味淡々と団地の日常が語られていく。

そして、登場人物や各ストーリーもゆるやかにつながり、最後に時を越えた、アメリカングラフティーが現れる。おだやかで、しかしキラキラした、昭和テーストのバックツーザフューチャー。実は思い出はかなり満たされるのだ。

確か大森は本書を買っていなかったが、個人的には気に入ってしまった。乾には、やはり注目しなければならない。

 

●7256 完全復刻版「本の雑誌」創刊号-10号BOXセット  ☆☆☆☆

 

完全復刻版「本の雑誌」創刊号〜10号BOXセット【分売不可】

完全復刻版「本の雑誌」創刊号〜10号BOXセット【分売不可】

 

 

こういうものも、図書館で購入していただき、感謝に絶えない。(貼雑年譜は無理だよね)創刊号は76年、季刊から始まって、隔月刊になるころで、ちょうど僕の学生時代と重なり、図書館に常備されていたので、購入せずに立ち読みをしていた。

その後社会人になってからは、購入を続けてたのだが、そのうちまた立ち読みに戻った。その経緯を今回思いだした。初期は本当に書評中心だったんだ。時々、特集(有名なころで、椎名が文芸春秋を全ページ読破、など)もあるが、あくまで書評がメインで、その中心は目黒=北上ではなく、椎名とあやしい探検隊のメンバー。

さらに、その書評はダメなものはダメと言い切り、角川やフジ三太郎に喧嘩を売る、という、今ではまずありえない「噂の真相」的スタイル。(広告もほぼない)

ただ、残念なことに、その書評のレベルは低い。特にSFが壊滅的にダメ。時代・歴史小説は、このころ作品自体がほとんどなく、ミステリも冒険小説や新本格、翻訳ミステリのブーム前夜で、北上が今ならノベルスと呼ばれるだろうミステリを、必死に読んでいる姿が痛ましい。

で、9巻くらいから、嵐山、香山、新保といったプロのライターが現れ、広告も入りだし、熱気は薄れたが、ちゃんとした商業誌の一歩手前、という感じで終了。

たぶん、これから目黒が中心となり、書評以外の企画が増えていくのだろう。当時の僕は、たとえ下手でも書評、それも良し悪しのはっきりした書評に飢えていて、本の雑誌も日寄ったと思って、離れていった、ような気がする。

実は僕は、大学の図書館で本の雑誌をみつけたとき、同人誌の書評があって、当時僕が参加していた「SRマンスリー」で、僕が書いた筒井の「大いなる助走」の書評ならぬ寸評を取り上げてられていて、狂喜した記憶がある。しかし、10巻までには、そんな特集はなかった。幻の記憶、願望の捏造なのだろうか・・・・

 

 ●7257 アノニマス・コール (ミステリ) 薬丸 岳 (角川書) ☆☆☆☆

 

アノニマス・コール

アノニマス・コール

 

 

これまた、著者も量販体制に入ってしまったか?という出版ラッシュだが、さすがにモノが違うのか、本書もレベルは高い。驚きは、今回は誘拐事件のサスペンスに特化し、過去の罪や冤罪はほとんど背景に追いやられる点。

埼玉はやはり出てくるが。誘拐された少女の離婚した両親が、ともに元警察官で、その離婚の原因に警察の不祥事が絡んでいる、という初期新宿鮫のような設定は、もどかしいが効果をあげている。

ただ、これは個人的なことだが、本書の大きなトリックが2つとも、解ってしまった。中盤のどんでん返しは、そもそもそっちが本命と思えたし、ラストに関しては、あるシーンが引っかかって、最初から予想がついてしまった。

しかし、それでも本書は良く出来ているし、騙された人は大いに楽しめるだろう。

 

●7258 リーダーシップの哲学 12人の経営者に学ぶリーダーの育ち方(ビジネス) 一條和夫 (東洋経) ☆☆☆☆

 

リーダーシップの哲学

リーダーシップの哲学

 

 


ひさびさの一條先生の著作は、12人の経営者にマイ・リーダーシップ・ストーリー(一條先生は、リーダーシップ・ジャーニーと呼ぶ)を語ってもらう、という金井先生の「仕事で一皮むける」と同じ、シンプルな構成であった。

正直、最初はシンプルすぎて、どうかと思ったのだが、12人全員ではないが多くのリーダーのストーリーに引き込まれ、考えさせられた。(弊社の澤田社長も二人目で登場し、非常に魅力的なストーリーを語ってくれた)

最初は、リクシル藤森氏、ローソン玉塚氏、日産志賀氏、日本マイクロソフト樋口氏、らの有名人のストーリーに目が行ったし、内容も面白かった。

しかし、12人読み終えて、一番興味深かったのは、カルビーの松本氏だった。まあ、カルビーという会社の変革自体に興味があったのも事実だが。

さらには良品企画の松井氏は、氏の著作より、この短いインタビューの方がリアルで魅力的であった。(もう少しグローバル化の話が聞きたかったが)

そして、読了して思うのは、これまた金井先生からの学びと重なるが、リーダーシップとは個性的であり、これがリーダーシップという万人に共通のものはない、という事実だ。まさに、理論を大切にしながら持論を持つ、である。

そして、本書の結びで一條先生は、そういうリーダーシップを、オーセンティック・リーダーシップ=あなたらしいリーダーシップと呼ぶ。できれば、肉声で聞かせてほしいと思ったのは贅沢か。

 

●7259 宵待草夜情 (ミステリ) 連城三紀彦 (ハル文) ☆☆☆★
 
宵待草夜情―連城三紀彦傑作推理コレクション (ハルキ文庫)

宵待草夜情―連城三紀彦傑作推理コレクション (ハルキ文庫)

 

 

図書館で新装版を見つけて内容を確認したら、何と未読であった。あわてて読みだす。
連城は84年本書で吉川英治新人賞を受賞し、同年「恋文」で直木賞を受賞した。そし
て「恋文」をミステリと見なさなかった当時の僕は、本書も非ミステリと思い読まなか
った、というか連城作品を読まなくなったのだ。

「戻り川心中」が81年なので、僕にとってのミステリ作家としれの連城の活躍は、あっというまであった。しかし、本書を一応ミステリとしたが、やはりデビュー当時とはこのあたりから違ってくる。

文章は益々うまくなっているのだが、地の文がやたら多くなり、かなり読みづらい。会話がほとんどないのだ。そして、ミステリとしては、一発勝負の作品が多く、それほどの驚きはない。

さらに連城版「ローフィールド家の惨劇」というべき表題作や、「花虐の賦」などは、どうにも動機がオフビートで、後の「どこまでも殺されて」のような、ミステリに拘りながら、どこかずれている作品群(今、山田正紀の後期のミステリにも共通するものを感じることに気づいた)の先駆け、だったかもしれない、と感じる。

しかし、連城って、つくづく変な作家だったと思う。

 

●7260 考え抜く社員を増やせ (ビジネス) 柴田昌治 (日経文) ☆☆☆☆

 

 

僕のリーダーシップの三人の先生、一條・金井・田坂氏は、実際に直接講義を受けた経
験があるのだが、直接会ってはいないのだが、大きな影響を受けた先生が柴田昌治氏で
ある。

ただ、例えば若手メンバーに読ますには、どの本がいいのだろうか?と悩んでいる時、非常にコンパクトな本書が文庫化されたので、早速読んでみた。

正直、内容はいつもの柴田節で、あっという間に読める。ただ、やはり今の僕にとって、柴田メソッドはちょっとゆるい。(あの三枝さんが、まじめな雑談として、合宿ばかりやっている、と揶揄していたが、確かにそういう側面もある)

また、テーマが企業変革のため、新人にはぴんとこないかもしれない。ただ、後半の「自分の頭で考える」ということを、深堀していくあたりは、新人にもぜひ読んでもらいたいと感じだ。弁証法共時性・通時性、囚人のジレンマ、等々をそういうキーワードを使わずに、柴田流に語る部分も面白い。

ただ、やはり柴田流の改革は、北川知事の頃の三重県庁のような改革には向いているが、今の厳しい環境でグローバルを目指す企業改革には、緩すぎる気がしてしまう。

で、実は僕は本書を09年の年間ベストビジネス本に挙げたつもりだったのだが、確認
すると、次点にすぎなかった。やっぱり、当時も少し物足りなく感じたのかもしれない。

 

 ●7261 田舎でロックンロール (エッセイ) 奥田英朗 (角川書) ☆☆☆☆★

 

 

奥田と僕は同い年である。奥田のミステリの最高傑作は「邪魔」であり、世の中では直
木賞をとった伊良部シリーズが代表作、ということだろう。(僕は後者は評価しないが)しかし、僕が奥田の作品で一番好きなのは実は「東京物語」なのだ。あまり奥田の作品として語られることがないが、とにかく同時代性が涙腺を緩ませてしまうのだ。

本書はそれをさらに数倍上回る、同時代性を感じてしまい、一気に読み上げた。従って、この評価は59年生まれの田舎者限定である。

内容は、奥田のロック遍歴?なのだが、これがもう涙なしでは読めない。ビートルズ、ディープパープル、レインボー、ELP、ピンクフロイド、等々書ききれないが、ボズ・スギャッグッスのシルクディグリーズで、ついに涙腺は切れた。まあ、ブルース系は良く解らないのだが。

 

●7262 抱く女 (フィクション) 桐野夏生 (新潮社) ☆☆☆★

 

抱く女

抱く女

 

 

1972年の学生生活。ジャズと学生運動と恋愛。桐野、お前もか?と言いたくなる内
容であり、たぶん桐野の作品でなかったら手が出なかっただろう。桐野は団塊の世代
僕らの中間。だのに、なぜにここまで「田舎でロックンロール」と本書にはギャップが
あるのだろうか。(比べるのが間違っている?)

既に失われた世代であった僕らにとっては、全ては既に終わっていて、そのむなしさを熱く語ることはありえない。革命とその蹉跌なんて語れない。そんな恥ずかしいことは出来ない。

しかし、そんな陳腐な物語でも、女王様は読ませてしまう。嫌だ嫌だと思いながら、結局一気に読んでしまった。そして、表現は真逆でも、ここに描かれていることは「二十歳の原点」と変わらないのかもしれない、と思ってしまった。

 

 ●7263 ブラックスワン (ミステリ) 山田正紀 (ハル文) ☆☆☆☆

 

ブラックスワン (ハルキ文庫)

ブラックスワン (ハルキ文庫)

 

 

今でこそ、作品はミステリの方が多いくらいの著者だが、本格的にミステリを書いたの
は本書(89年の作品。88年に「人喰いの時代」があるが、本格ミステリは本書が最
初、だと思う)で、初読時は傑作と思ったのだが、あまり評判にならずがっかりしたの
を覚えている。

で、再読だが、正直文章が若書きなのには閉口した。学生たちの青春ミステリ(過去のパーツ)の一面もあるのだが、ちょっと文章がついてこない。(東野の初期の学生モノと同じくらいかな)

ミステリとしても、良い点と悪い点が混じる。ちょっとした会話の矛盾から、真相が浮かび上がる場面が何度かあり、そのあたりの細かい伏線には感心した。

しかし、結局なぜアリバイトリックが必要だったのか、イマイチピンとこない。当時はそんなことなく、アンチミステリとして感心した気がするのだが。

いずれにしても、著者がいまだに持つ、含羞というかネガティブなけれん?の良いところも、悪いところも出た作品と言えるだろう。ここは、当時の思い出も足して、少し甘い採点。

 

 ●7264 火神を盗め (冒険小説) 山田正紀 (ハル文) ☆☆☆

 

火神(アグニ)を盗め (ハルキ文庫)

火神(アグニ)を盗め (ハルキ文庫)

 

 

困った。本書こそ、初期山田正紀の冒険小説の最高傑作、と僕の脳内記憶の中では決ま
っていたのだが、いやあ、この前提はありえない。日本企業が、こんなことをするはず
がないし、サラリーマンたちが、こんな思考をするはずがない。大人のおとぎ話とはわ
かっていても、これでは感情移入できない。しかも、結構前段が長いのに閉口。

「謀殺のチェスゲーム」でも同じことを感じたが、能天気な学生時代と今とでは、ここまで感性が変わるんだ、と愕然としてしまう。最後のクロコダイルのオチだけは、きちんと覚えていました。

まあ、正直これでは直木賞はとれないな。美しき過去の記憶を汚すのはこれくらいにすべきだろうか。「崑崙遊撃隊」と「人喰いの時代」がまだ目の前にあるのだが・・・

しかし、暑い。その上、絶望的に本が読めない。宮内悠介の第三作「エクソダス症候群」は、途中で挫折。何かコナリーの新作ものらないし、ブランドの新訳も読めるだろうか・・・相変らず杉江は褒めているが。

 

●7265 松谷警部と三ノ輪の鏡 (ミステリ) 平石貴樹 (創元文) ☆☆☆★

 

 

シリーズ第三弾。アメフト、カーリング、ときて、今回はゴルフです。(どうでもいい
が、三鷹の次が三ノ輪じゃ混乱する?)相変らず、地味だけれどガチガチのパズラー。

でも、残念ながらカタルシスは少ない。ちょっと事件が複雑すぎる上に、登場人物が少
ないので、意外性もない。複雑になったのは、たぶんメイントリックだけだと、解り易
いので、色々捻って付け加えているうちに、複雑かつリアリティー不足となってしまっ
たんだろう。

実際、ラストで名探偵?白石以愛が謎解きをしている最中に、登場人物の一人が居眠りしてしまうんだから、自覚的というか自虐的。

このシリーズは連作短編にした方がいいんじゃないだろうか。著者には、シリーズを越えた大作を期待。教授は引退したんだから、時間はあるはずだ。

 

 ●7266 薔薇の輪 (ミステリ) クリスティアナ・ブランド (創元文) ☆☆☆

 

薔薇の輪 (創元推理文庫)

薔薇の輪 (創元推理文庫)

 

 

ブランド最晩年(76年)の作品の本邦初訳。とはいっても、メアリ・アン・アッシュ
名義、ということで、イマイチ乗れない。実際、ブランドの別名義作品と聞いていなか
ったら、彼女の作品とは思わなかっただろう。

何というか、ファース味の濃い、ドタバタしていながら、グロテスクでオフビートな作品なのだ。(76年の英国で、娘に会いたさに出獄してきた米国ギャングを描かれても、ギャグにしかならない)

確かに障害を持つ我が子をテーマに綴ったエッセイで虚名を得る女優という、何やら現代のブログや、SNSで私生活を切り売りする芸能人を彷彿させるところや、あのゴーストライター事件を予言したかのような、テーマの斬新さには驚く。

ただ、ミステリとしては、これは謎が単純だし、犯人も意外じゃないし、やはり評価できない。個人的にはブランドのベストは「緑は危険」なのだが、正直内容をさっぱり思いだせない。夏休みにでも、きちんと読んでみようか。

そう言えば、創元文庫からはブラックバーンの「薔薇の環(わ)」という作品もあった。時代を先取りしたパンデミックものの傑作だった。

 

●7267 人喰いの時代 (ミステリ) 山田正紀 (ハル文) ☆☆☆☆

 

人喰いの時代 (ハルキ文庫)

人喰いの時代 (ハルキ文庫)

 

 

ブラックスワン」より、こちらの方が先で、確かに今の著者のミステリ(例えば「ミ
ステリオペラ」)の原点ともいうべき作品。ネットでは読みにくい、との声が多かったが、僕にとっては青臭い「ブラックスワン」より、幻想味の強い(リアリティーの薄い)本書の方がよほど読みやすかった。

本書は五篇の連作短編を最後の短編で、全部つないでひっくり返す、という今や新本格の定番のような構成をとっているが、この時代においては斬新かつ美しい作品だったろう。それぞれの短編のトリックは小技だし、最後のどんでん返しも、今のレベルからすると地味である。

しかし、心臓発作で既に死んでいる被害者を、なぜ自殺を装って塔から突き落とさなければならなかったのか?等々の謎の解明が、結構説得力があって気に入ってしまった。(法月の「死刑囚パズル」を思い起こした。それほどではないが)

そういう小技があちこち効いていて、今回は結構面白く読めました。戦前の小樽という舞台もよかったかな。

 

●7268 人は、誰もが「多重人格」 (ビジネス) 田坂広志 (光文新)☆☆☆☆

 

人は、誰もが「多重人格」 誰も語らなかった「才能開花の技法」 (光文社新書)
 

 

田坂さんの新刊が積読になっていたのに気づき、あわてて読みだした。とは、言っても
これだけ田坂さんの本を読んでると、ああ「頭の中に他人を住まわせろ」の話だなあ、
これで一冊持つんかい?と言う気がしたんだけれど、そこは田坂さん、さすがです。や
っぱり面白くて一気に読んでしまった。

「才能の本質は人格」なんて言われると、ちょっと鼻白んでしまうが、こうやって丁寧に論証されると、なるほど!と思ってしまう。

「仕事のできる人とは、場面や状況の応じて、色んな人格を切り替えて対処できる人」
というのも、納得です。人格の切り替え能力を鍛えるのは「ビジネスメール」を書くこ
と、というのも目から鱗。コロンブスの卵。でも説得力がある。

で、本書で一番感銘を受けたのは、次の文章。「本当に深い思想を持った人物は、やはり多重人格です。そもそも『思想』とは、その思想を『実際に生きた』とき、『真の思想』と呼ぶのである」

これは見事に田坂さんの次の言葉とリンクがかかり、『思想』に関する理解が間違いな
く数段深まった。これが勉強の醍醐味だ。

「世の中に絶対に勝利し、絶対に成功する方法がない限り、そして全員が勝者、成功者になれる競争が存在しない限り、どれほどのベストを、努力を尽くしても、誰と言えども、敗北し、失敗することはある。

そのことを考えるなら、我々に本当に問われているのは、「いかにして勝つか」や「いかにして成功するか」ではありません。本当に問われているのは、その逆の問いなのです。それは何か。

全力を尽くしてなお、敗北や失敗に直面したとき、そのとき、自分を支える思想を持っているか。その問いなのです」

「その自分を支える思想こそ、これからの時代における『強さ』ということの真の定義なのです」さらに、自分の人格を変えようとするのではなく(それは難しい)新たな人格を育てる、というのも目から鱗。素晴らしい。やっぱ、否定ではだめなんだ。

「だから、苦手だと思う仕事も、不遇と思う時代も、捉え方によっては、それまで自分の中に眠っていた『人格と才能』を開花させる、絶好機なのです」何か、しみじみと感慨深い。多重人格を育てることが、才能開花の方法だったとは。

本書は、田坂さんとインタビュアーの会話形式で話は進み、読みやすく、解り易く、最後はいつもの田坂節に戻ってきて、これまでの話がきちんとリンクがかかります。安心の傑作。(まあ、人格を表層、深層、抑圧に三分割するのは、フロイトの意識、無意識、イド、の安易なアナロジーに感じてしまったが)

 

●7269 Know (SF) 野崎まど (早川文) ☆☆☆☆★

 

know (ハヤカワ文庫JA)

know (ハヤカワ文庫JA)

 

 

13年の作品で、かなり評判にはなったのだが、ラノベ風の表紙に引いてしまい、出遅
れてしまったのだが、偶然図書館でGET。で、まだ逡巡していたのだが、あの北上お
やじも褒めていたことを思い出し、何とかチャレンジ。

すみません、本書は傑作だ。正直、まだこんな才能がいたのか?と驚いてしまった。SFはやっぱりすごい。とにかく脳のシンギュラリティーとも言うべき「量子葉」を備えた少女ミアが圧巻。

「知る」と「生きる」は同じ現象とし、物質の究極の状態が「ブラックホール」なら、情報のブラックホールこそ○である、というトンデモ説にひっくり返ってしまった。(あとで、良く考えると、やっぱ無理がある気がするが)

そして、ミアは○によって、事象の地平線の向こう側に旅立つ。そして、衝撃、いや笑劇のラスト。いやあ、大バカSFですが、ここまで凄いと、感心するしかない。そう、イーガンだって、大バカSFに違いはない。野崎まどに、いまさらながら注目しよう。

 

 ●7270 判決破棄 (ミステリ) マイクル・コナリー (講談文) ☆☆☆★

 

 

 

 

正直、古くからのコナリーファンにとって、前作「ナイン・ドラゴンズ」は、あまりに
安普請に感じてしまい、見放そうかと思った。で、本書も出遅れたのだが、気長に待っ
てやっと図書館でゲットして読みだした。

今回はハラーが何と弁護士ではなく特別検察官として、ボッシュと組んで、事件にあたる。まあ、その無茶な展開は、解説のコナリーの(苦しい)説明を認めてあげるが、こうやって読み終えると、ハラーはともかく、ボッシュは遠いところまで来てしまった、と思わざるを得ない。

本書をデイーバーのような、ノンストップ・ベストセラーとして読むなら、ちょっとどんでん返しが弱いけれど、楽しく読めると思う。コナリーは法廷場面もうまいことは間違いない。

しかし、初期のボッシュ作品の、あの重苦しさ(例えば「ラストコヨーテ」の重さ、暗さ)を、当時は全面肯定しなかったけれど、ここまで陰影のないミステリを読まされると、やはりどうしようもない違和感を感じる。まあ、贅沢な悩みなのだろうが。

 

●7271 武士の碑 (歴史小説) 伊東 潤 (PHP) ☆☆☆★

 

武士の碑(いしぶみ)

武士の碑(いしぶみ)

 

 

やはり歴史小説家にとって、西郷は鬼門だ。今をときめく著者をしてもなお、西郷は捉えきれなかった。伊東が今回、西郷=西南戦争を描くために用いた奥の手は、西郷でも桐野でもなく、村田新八を主人公とし、彼のパリ生活を回想シーンで絡めたこと。

しかし、それは成功したとは言い難い。パリの部分が正直説得力がない。そして、帰国後村田が結局なし崩しに戦争に巻き込まれ、息子を進んで?犠牲にしてしまうあたりがどうも納得できない。

もちろん、本書は決して駄作ではない。西南戦争の悲惨な内戦を、丁寧に描いていることは間違いない。ただ西郷の理解を、仇敵大久保から日本中の武士が西郷に惚れて、取り合いをしている、それが西南戦争の本質としたわりには、肝心の西郷が魅力的に描け
ていない。

特に西郷が、薩摩に拘り続けるのが興醒めだ。やはり、西郷は難しい。

そして、西南戦争において薩摩私学校の兵たちは、大久保・川路コンビに挑発され暴発してしまうのだが、これはまるで幕末の江戸において、西郷が慶喜に仕掛けた挑発と同じであり、無意味にばたばた倒れていく田原坂での薩摩兵は、正に会津の闘いの再現、というかブーメラン返しである。

しかし、この史実を無視したラストはどうなんだろうか?著者なりの新証拠でもあるんだろうか。個人的には、西郷がハーメルンの笛吹き男として、武士階級を自らとともに葬った、という解釈が一番美しいのだが、まあメルヘンにすぎないのだろうなあ。

 

●7272 牟田刑事官事件簿 (ミステリ) 石沢英太郎 (双葉社) ☆☆☆★

 

牟田刑事官殺人簿 (天山文庫)

牟田刑事官殺人簿 (天山文庫)

 

 

新保が昭和50年代に、自分が書評で取り上げたミステリのベストとして「大誘拐」「戻り川心中」「サマーアポカリプス」と本書をあげていて、最初の三冊は僕のオールタイムベスト10に必ず入る傑作中の傑作なのに、本書の存在を知らず驚いて図書館に予約した。

しかし、アマゾンの書評で、その新保の文章のモトネタは本書の文庫本の解説にあると知り、これは話半分かな、と覚悟した。結論から言うと、話1/5くらいかな。この三作と比べるのはあんまりでしょう。

確かに駄作ではないが、正直既に時代に敗けている。全てにおいて、古臭い。(上記の三作はあと半世紀後でも古びないだろう)まあ、一気に読めたので駄作とは言わない。でも、ミステリとしてもそれほど驚きはなかった。

で、このシリーズ、小林桂樹主演でTVの人気長寿シリーズだったんだ。いちばん驚いたのは、著者のことをほとんど忘れていたので(「視線」を読んだのかな?)ウィキで引いたら、何と野阿梓父親だという。全然知らなかった。(しかし、野阿梓も最近沈黙しているなあ)

 

●7273 鷹野鍼灸院の事件簿 (ミステリ) 乾 緑郎 (宝島文) ☆☆☆☆

 

 

さっそく乾緑郎を調べたら、こんな短編集を見つけてしまい借りてきたのだが、いかにもはやりのラノベ風表紙に、積読になっていた。が、ついに読む本がなくなり、読みだしたら、これが止まらない。

やっぱり乾の文章はしっかりしているし、キャラが立っている。(そういえば「首長竜」でも、少女漫画家というオタクっぽい存在を、うまくリアルに描いていたことを思い出した)

そして、何より鍼灸というニッチな世界を、魅力的かつリアルに描いていて驚いたのだが、どうやら乾の本職は鍼灸師らしい。びっくり。ミステリとしても、派手さはないが、きちんと日常の謎の王道をやっている。

ちょっと、オチが倫理的に厳しい作品もあるのだが、全体のユーモラスな雰囲気が救っている。ただ、第四話はヒロインにあんまりな気がするなあ。というわけで、本書は掘り出し物。やはり乾に注目。何か鍼灸院に行きたくなってきた。

 

 ●7274 この日本で生きる君が知っておくべき「戦後史の学び方」 (社会学) 池上 彰 (文春社) ☆☆☆☆

 

 


今月冒頭の「知の世界地図」の続編にあたる、東工大の講義のまとめの第二弾。前作よりは、通時的にまとまっていて、しかもテーマが「戦後史」ということで、あっという間に面白く読めたし、若手への勉強本としても悪くないと感じた。

ただ、内容が「経済学」とかなりかぶるので、調べたら、ああ勘違い。「経済学」は東工大ではなく、愛知学院大学での講義録で、こちらもまた第二弾(何とバブルを描いているらしい。さっそく注文)が既に出ているようだ。だから、内容がかなりかぶっている。

ただ、愛知学院大学の方が新しく、かつ内容も様々なテーマが含まれているが、本書は政治+経済がほとんどで、解り易いが、ややシンプルすぎる。(だから、若手にはいいのかもしれないが)

そして、「自国の歴史から学ぶ力をつけることは、現代を生きる上で必須の教養なのです」という池上のポリシーに大きく同感する。(しかし、60年安保のデモ隊のシュプレヒコールと、昨夜浦和で見たデモ隊のものが、100%同じなのに疲れてしまった。歴史を学ぶ重要性を噛みしめてしまう)