2015年 3月に読んだ本

●7187 マクドナルド 失敗の本質 (ビジネス) 小川孔輔 (東洋経) ☆☆☆☆
 
マクドナルド 失敗の本質: 賞味期限切れのビジネスモデル
 

 

副題:賞味期限のビジネスモデル 何かと話題のマクドナルドだが、個人的にハンバーガーに興味がないので、きちんと勉強してなくて、本書で新たに学んだことも多々あった。

原田氏が社長に就任したとき、マックからマック(原田氏は元アップルJ)で話題になった、というのには(笑)だが、まあ今回のベネッセ騒動を鑑みると(苦笑)ではすまないなあ。とにかく、良くも悪くも目立つ人、という感じ。

本書のポイントは創業者藤田田と原田氏は、全く違う経営を目指しながら、結局同じ放物線を描いてしまったというところ。イノベーションの本質は、表面的な経営手法にはないのだろう。

原田氏の経営手法は、米国主導への回帰であった、ということは浅学の僕には驚きで、またフランチャイズセブンイレブンJを想起してしまう僕にとって、米国フランチャイズビジネスの本質(マックは不動産業?)は、目から鱗であり、そこにもまた原田戦略の罠があったことを、教えられた。

本書はバイアスを避けるため(楽をするため?)インタビューを一切せず、外部からわかる情報のみで、マックを分析しているので、正直言って掘り下げが足りない部分もあるのだが、逆にシンプルで本質は解り易い。

また、著者のやや自虐的かつ真摯なスタンスも、逆説的にマックへの愛を感じさせて、好ましい。もちろん、米国マックの現在の苦境や、今後の日本ビジネスへの分析は物足りないのだが、ハンバーガーという身近なビジネスモデルから、経営を考えるのには良いテキストのように感じた。

個人的には、若いころ米国出張で朝飯を安く済ますため食べたマックのフィレオフィッシュがあまりにまずく、それからはずっとバーガーキングなのだが。やはり、究極はブランド価値の毀損、いや味の問題なのではないだろうか。

 

 ●7188 デッド・エンド (SF) 山田正紀 (奇想天) ☆☆☆☆★

 

デッド・エンド (1980年)

デッド・エンド (1980年)

 

 

80年の作品。山田正紀の最高傑作と言えば、一般には「エイダ」とか「宝石泥棒」があげられるのだろうが、個人的には本書と、たぶん続けて読んだ「アフロディーテ」がベストだった。(あと、ミステリ=冒険小説として「火盗を盗め」)

で、なんで今頃再読なのかと言えば、ある愛読しているSF関連のブログで、本書が激賞されており、やっぱそうだよねえ、と読みだしたのだ。

まあ、山田の初期作品にはどれも愛着があって一時「神狩り」から再読をスタートしたのだが、結構文体がスカスカな上、最高傑作と思っていた「弥勒戦争」が子供だましに感じてしまい、怖くてやめていた。

しかし、本書は大丈夫。「神への長い道」への、山田流の返歌とでもいう本書こそ、僕が理想のSFと感じる、神・宇宙・進化テーマの傑作だ。北欧神話をモデルとした謎の種族オーディンは、実は「幼年期の終わり」のオーバーロードであり、その物語は、星野之宣の「はるかなる朝」を思わせる。

まあ、正直文章は若書きだし、勉強が生ででてくるのはご愛嬌だが、もう一度初期作品を再読してみようという勇気がでてきた。粗削りだけれど、こういう、小松・光瀬・山田的宇宙SFを、もはや誰も描いてくれないのだから。

余談だが、僕の「螺旋」へのこだわりは、ずっと獏の「上弦の月を喰べる獅子」がきっかけと思っていたのだが、本書の方が先だったことに改めて気づいた。

 

 ●7189 禁忌(ミステリ)フェルディナント・フォン・シーラッハ(創元社)☆☆☆☆

 

禁忌

禁忌

 

 

はやりの欧州ミステリの中でも、シーラッハの作品は異色だった。雰囲気、文体ともに
異質であった。ただ、その異質さが面白いか?と言えば、個人的には微妙であり、正直
過大評価のような気がしていた。

で、本書も評判が高いのだが、読み終えてこれまた評価に困る作品。これまで読んだ「犯罪」「罪悪」という短編集と違って、本書は綿密に計算されたプロットの長編である。緑=少年時代、赤=芸術家としての成功、青=事件と裁判、と三原色に沿って物語は進み、最後に白によって幕を閉じる。

文体は素晴らしく、まるでモノトーンの欧州映画のような緑、青の物語に、急転する裁判シーンの青のパーツも素晴らしい。ここまでは、大傑作(今年のベストか?)と思っていた。

しかし、ラストがまったく解らない。いったい、これは何なんだ?そりゃ、事件が○○であり、被害者の写真は、表紙のモンタージュにつながる、あたりまではわかるが、だから何なんだ?

うううん、ネットでも色々褒めている人が多いが、結局ネタバレ読んでも良く解らない。僕は2001年宇宙の旅は難解とは思わないのだが、ラストのビデオは2001年のラストに繋がってしまった。結局これだけ解らなくても腹が立たないのは、たいしたもんだが、これでは人に薦められないなあ。

 

 ●7190 「タレント」の時代 (ビジネス) 酒井崇男 (講現新) ☆☆☆☆

 

 

副題:世界で勝ち続ける企業の人材戦略論。トヨタがやり続け、ソニーは続けられず、アップルやグーグルがマネをしたこと(長い!)

冒頭、日本IT&家電企業、全滅の原因分析は、他人の不幸は蜜の味、敗けに不思議な負けなし、不幸な家族はみな同じ、ということで、つい引き込まれた。特に(たぶん)ソニーに対する厳しい批判は、ある程度知識があるので、辛いが面白い。

しかし、そこから「タレント」論になっていくと、急に内容が一般解になってしまい、つまらなくなった。まあ、こんなもんかな、と思ったのだが、最後にトヨタ論になって、著者の狙いがやっとわかり、俄然面白くなった。

著者はトヨタの強さを「カンバン方式」ではなく(それは、もはや世界の製造業の常識であり、問題は何を作るか)主査制度にあり、とするのだ。(ただ、業界の違いか、主査とはブランドマネジャーであり、それほど画期的には思えなかったのだが)

主査制度の本質分析はやや物足りないが、それを現在のアップルの強さ(過去形?)や、トヨタがカンバンのノウハウを、オープンにコンサルするあたりを鑑みると、結構平仄は合うのである。

また、米国の強さは、創造性よりも調査能力だ、というのも何となく良く分かる。というわけで、中盤はイマイチだが、読む価値はあると思う。

 

●7191 日本の1/2革命 (歴史) 佐藤賢一池上彰 (集英新) ☆☆☆☆

 

日本の1/2革命 (集英社新書)

日本の1/2革命 (集英社新書)

 

 

僕の西洋史の知識の6割は塩野(ローマ、イタリア)から、2割を佐藤(フランス)から、1割を渡部(英国・ドイツ)から、学んだと思う。(残り1割は色々)

この中で、唯一作家がメインなのが佐藤であって、デビュー作「ジャガーになった男」はなぜか未読なのだが、第二作「傭兵ピエール」からは、新刊は全部読んでいた。(最高傑作は「双頭の鷲」)

それが「カルチェ・ラタン」あたりから、文体が荒れてきたように感じ、「カポネ」「女信長」とフランスを離れてしまい、見放してしまった。ところが、08年よりついに「小説・フランス革命」がスタートしたので、舞い戻ったのだが、結局4巻目くらいでやめてしまった。やっぱり、文体が荒れていると。

しかし、一方で「英仏百年戦争」「カペー朝」「ヴァロワ朝」といった、純粋歴史ものは、相変らずの面白さで、愛読してきた。

で、偶然本書を見つけたのだが、やはり池上は最強の常識人であり、エキセントリックな専門家とかみ合わせると、本当に良い音楽を奏でてくれる。

日本の革命?(明治維新、終戦)が、1/2革命だというのは良く解るし、結局フランスは全部やってしまったので、自作農が増えて「産業革命」に出遅れてしまった、というのは、鋭くかつ皮肉な視点だ。

ヴェルサイユとは参勤交代だった、というのも面白い。いまでこそ、米国+英国連合VSフランス(EU)という構図だが、そもそもは自由民権という意味で、仏と米は兄弟だったんだ。王を殺してしまった国と、王がいない国として。

人類最大の実験としての革命と独立。しかし、仏の革命があっけなく崩れ迷走したのに対して、米国は曲がりなりにも走り続けているのは、歴史の有無だろうか。
 
 ●7192 薫香のカナピウム (SF) 上田早夕里 (文春社) ☆☆☆☆
 
薫香のカナピウム

薫香のカナピウム

 

 

「華龍の宮」で海上の民を描いた著者は、今度は本書で樹上の民を描く。「ナウシカ
の腐界のように、滅びゆく森。そこには、人工的に改良された様々な生物が暮らしてお
り、人類もまたいくつかの部族に分かれて暮らしていた。

しかし、その森は人工的に管理されており、管理主である巨人は月から森をコントロールしていることが分かってくる。巨人の存在がホーガンみたいでゾクゾクするし、「地球の長い午後」のような森を舞台とした生物学+ジェンダーSFとして、日本のル・グインと呼びたくなる力作である。

上田の文体は、この複雑かつ壮大な世界を見事に描く。青春小説としても、成長小説としても、よく出来ている。

ただし、物語としては後半が駆け足で、中途半端なのがもったいない。もっと、うまく描けたのではないだとうか。「巡り」を「合せる」という、思わせぶりな儀式も、イマイチ効果をあげていないんだよね。もったいない。というわけで、ちょっと甘い採点となった。

 

 ●7193 朽ちないサクラ (ミステリ) 柚月裕子 (徳間書) ☆☆☆
 
朽ちないサクラ

朽ちないサクラ

 

 

「このミス大賞」と言えば、世の中では海堂なんだろうが、個人的には中山と柚月だった。そして、中山の方が先に量産に疲れて、内容が荒れてきたのだが(最近はちょっと持ち直し)ついに柚月も同じ罠にはまってしまったように思える。

残念ながら。本書は田舎町の警察署の広報の女性が、ヒロインとして始まる。もちろん「64」のような作品は期待できないが、田舎のキャリアウーマンを書かせたら、著者の筆力はさすがのレベルで、中盤までは一気読みした。

しかし、途中からまたあの禁断の○○○○がでてきて、嫌になってしまった。最近、本当にこれが多いんだよね。で、結局それは真相ではなかったのだが、だからといってこのオチはないでしょう。題名から当然公安をイメージしてしまうのだが、いくらなんでもこんなことはやらないだろう。

 

●7194 ヴァイオリン職人と天才演奏家の秘密 (ミステリ) ポール・アダム (創元文)☆☆☆☆

 

ヴァイオリン職人と天才演奏家の秘密 (創元推理文庫)

ヴァイオリン職人と天才演奏家の秘密 (創元推理文庫)

 

 

中高生時代、ミステリを読むことで、衒学趣味、ペダントリー、ディレッタント等々のハイブロウな言葉を知り、知的?興奮していた。しかし、時がたつにつれ、そんな言葉の輝きは失ってしまった、というか忘れてしまっていたんだけれど、本書を読みながらひさびさに思いだしていた。

もちろん、ファイロ・ヴァンスや若きエラリーの鼻につくペダンティズムと、本書の落ち着いた(酸いも甘いも知り尽くした)主人公、名ヴァイオリン職人(にして名探偵)ジャンニとは、印象は全然違うのだが。余裕があるんだよね、こっちは。舞台もイタリアだし。

ただし、本書は本格パズラーと思って読むと、正直物足りない。人間の謎にそれほど意外性はない。しかし、途中に挟まる(というか、たぶんこっちがメインテーマ)天才ヴァイオリニスト(悪魔の)パガニーニを巡る、ある宝物の物語が、非常に魅力的で読ませるのである。

もちろん、訳者の青木悦子氏の功績も大だと思う。何か場違いかもしれないが、僕はマイクル・フリンのSF「異星人の郷」とよく似たテーストを感じてしまった。

問題は、冒頭の天才演奏者の失踪の謎が、おいおいという内容で、これは困った合格はあげられないなあ、と思ったら、何とかそのあと一工夫があって、「異星人の郷」と同じく?過去と現在が結びついて、めでたしめでたし。(ミステリのどんでん返しとしては、切れ味はイマイチだが)

最後に、ピアニスト兼エッセイストらしい、青柳いずみこの解説が最悪。あらすじをベラベラしゃべり、最後のオチまで半分以上割っている。創元はプロなんだから、こういうのはきちんとチェックしてほしいなあ。

 

 ●7195 さよなら神様 (ミステリ) 麻耶雄嵩 (文春社) ☆☆☆☆★
 
さよなら神様

さよなら神様

 

 

昨年の「ノックスマシン」に続いて、本書がこのミス一位になってしまったら、京大推
理研は、日本ミステリ界をつぶすのか?と言いそうになっただろうが、一応二位だった。(でも「満願」が一位じゃなあ)

というわけで、前作があんまりな作品だったので(ジュヴナイルとして、あんな黒い作品読んだら、清らかな少年少女にはトラウマとなっただろう)正直なかなか読む気になれなかったのだが、やっと手に入って読んでみた。

冒頭から三作続けて、今回も登場の神様=鈴木がいきなり「犯人は○○」と明かしてしまい、少年探偵団の面々がそれ(神の絶対)を覆すため、といいながら、実は縛られてしまって・・・という、後期クイーン問題ちゃぶ台返しのような、いかにも著者らしいいじわるな作品。

しかし、三作も続くとあきてきてしまう。(あとから、このうちの「ダムからの遠い道」はある理由で最後に付け加えられた、ということを某サイトで理解した。そのくらい本書の計算は、ラプラスの鬼なのである)

しかし、しかし、次の「バレンタイン昔語り」で本書は三回爆発する!!!まず、描けないけどいきなりびっくりの展開。そして、なんという神様のトリック。さらにそのトリックがおこす衝撃の結末。これはもう、いじめを通り越して、神の領域に行ってしまっている。

よくこんなことを考えて、こんな短い内容にぶちこんだものだ。下手な小説10冊分の衝撃が、ここには仕掛けられている。

そして、次の「比土との対決」では、ますますダークな展開となりアリバイトリックが殺害動機によって、破られるというアクロバットのような作品。そして、その動機と結末も、どこまでもダーク。

で、最後の「さよなら、神様」だけは、冒頭の神様のご託宣?のパターンが違うのだが、これが見事に(これももちろんダークなのだが)トリックとなっており、感嘆するしかない。

ただ、この最後のどんでん返しは、著者の作品にも最近似たのがあって、さすがにわかったのだが、そんなことは悪魔=著者はとっくに折込済みで、あああ、とんでもないラスト一行(?)によって、今までのダークは見事に崩壊してしまう。

何と「愛は勝つ」なのだ。脱力というか、愕然というか。とにかく、著者はその頭の良さを、もっと建設的なことに使うことを薦めたい。

しかし、「ヴァイオリン職人」の次に本書を読むと、日本ミステリ(特に京大近辺)のガラパゴス化というか過剰適応、サーベルタイガーかヘラジカの角、という感じで、頭がクラクラしてきた。やはり、本書も初心者は読まないように。

 

 ●7196 幻島はるかなり (エッセイ) 紀田順一郎 (松籟社) ☆☆☆☆

 

幻島はるかなり

幻島はるかなり

 

 

そういえば、著者もいい年だし、最近全然読んでなかった、と思って、手に取った。そ
して、小林信彦都筑道夫とは違った(マンハント系?)の、戦後ミステリの歴史を面白く読み、そこにSRの会の面識のあるメンバーも多数登場して、懐かしいを通り越して、時の流れの無常さをかみしめてしまった。

そして、本書の白眉は中盤以降の著者が切り開いた幻想文学の世界。特に、畏友大伴昌司の夭折と入れ替わり、颯爽と荒俣宏が登場しての大活躍には、わくわくする。国書刊行会がこうやって、実質生まれたんだと興味深い。

正直、僕は幻想文学にはそれほど興味がないのだけれど、著者や中井や荒俣がいなければ、日本文壇もかなり味気ないものになっただろう、とは感じる。

細かいことを書き出すと、きりがなくなるので、このくらいにするが、ウィキで著者を引いてその著作の膨大さに愕然としてしまった。そして、著者は結局妻帯せず?すべてを文学につぎ込んだのだろうか?

 

●7197 反知性主義 (思想哲学) 森本あんり (新潮選) ☆☆☆★

 

反知性主義: アメリカが生んだ「熱病」の正体 (新潮選書)

反知性主義: アメリカが生んだ「熱病」の正体 (新潮選書)

 

 

副題:アメリカが生んだ「熱病」の正体。ベクトル(問題意識の方向)はたぶんだいぶ違うだろうが、確か内田樹も同じような題名の本を上梓したはず。そして、両者とも「反知性主義」の原典は、マッカカーシズムの本質をえぐり、ピュリッツアー賞を受賞した、ホフスタッターの「アメリカの反知性主義」としている。

しかし、ここで語られる反知性主義は、あまりに宗教的だ。そして、以下にアメリカという国が、変わっているかをつくづく考えさせてくれる。たぶん、歴史=知性とするならば、歴史の無い国は、反知性化するしかないのかもしれない。

そして、それは免罪符として宗教と結びついていく。まあ、構造だけみたら鎌倉仏教も、似たようなものかもしれないが。

読了して思うのは、僕らが子供の頃毎日のようにTVで見せられた、西部劇=アメリカの歴史を今の若者はほとんど見る機会はないだろう。そういう意味では、本書や池上の著作で、その宗教的な熱狂の本質を考えてみるのは、無駄ではない。でも、やっぱり僕にはそれほど興味が持てないんだよねえ。 

 

 ●7198 the SIX (SF) 井上夢人 (集英社) ☆☆☆

 

the SIX ザ・シックス

the SIX ザ・シックス

 

 

 

著者は最近結構いい作品を出している割には、評価がついてこないなあ、と思ってたん
だけれど、今回はいけません。6人の子供の超能力者の話が続くのだが、個々のストー
リーは完結してはいるけど、別に大したものではない。

とくると、当然読者はこの6人が、どう繋がってくるのか(「アストロ球団」か「群龍伝」?)の一点にかかってくるのだが、それは途中から作者がある人物たち(大学教授とテレビディレクター)を配置したところで、ほとんどわかってしまう。

まさか、これがオチじゃないよね、と思っていたら、そのまんま終わってしまった。まあ、井上には時々こんなひねりのない作品がある。(「the TEAM」がそうなんだけれど、題名まで似ているのは偶然?)

また、SF的な背景や論理がまったくないのも、いつもの井上SFで、たぶん大森は酷評だろうなあ。

    

 ●7199 ラ・ミッション軍事顧問ブルリュネ(歴史小説佐藤賢一(文春社)☆☆☆★ 

 

ラ・ミッション ―軍事顧問ブリュネ―

ラ・ミッション ―軍事顧問ブリュネ―

 

 

このところ、ちょっと佐藤のエッセイや対談を読んでみたのは、本書が気になっていたから。ずっと小説は御無沙汰していた佐藤だが、今回は題材がうまい。

ブリュネは映画ラスト・サムライのモデルとのことだが、函館戦争にフランスから幕府に派遣された軍事顧問団が、一部参加していた、というのはいろんな小説で触れられていて(特に富樫の函館三部作)そのフランス人側から戦争を描く、という視点に興味を持ったのだ。

しかも、御存じのように函館戦争には、榎本、大鳥らに加えて、何と言ってもあの土方が存在する。舞台装置は揃っている。あとは佐藤の筆加減。と思っていたのだが、申し訳ないが、やはり最近の佐藤の描写は、僕にはがさつで荒っぽく感じる。

書割の紙芝居というと言い過ぎだが、例えば「傭兵ピエール」や「双頭の鷲」の頃の人物描写は、もっと丁寧で、なにより文章が弾んでいた気がするのだが。

本人は、あちこちで今の文体の方が優れている(だから、フランス革命を描くことに挑んだ)と書いているが、僕は納得できないなあ。 

 

 ●7200 アフロディーテ (SF) 山田正紀 (講談社) ☆☆☆☆★

 

アフロディーテ (1980年)

アフロディーテ (1980年)

 

 

さて、もう一冊の「アフロディーテ」である。「デッドエンド」と同じく80年の本で僕が二十歳の時に読んでいる。

正直言って、記憶の中ではギラギラとしたひと夏の経験のようなイメージしか残っていず、今回は残念ながらかつての感動は無理だろう、と思っていたのだが、ページをひらくと記憶通りの折込のアルロディーテ島の地図が破れずに残っていて、しかもそれが青から半分セピア色に焼けてしまっているだけで、ウルウルきてしまった。

そして、物語。2018年ー18歳は、アフロディーテの絶頂期を描いて、やはりわくわくしてしまうのだが、こんなに短いとは意外だった。また正直、このあたりの山田の文章は、まだまだ若書きで、ちょっと恥ずかしくなる。

そして、物語は23年ー23歳、28年ー28歳、と主人公雄一とともに、アフロディーテも年を取り、夢が崩壊していく。(頭の中には浜省の「Jボーイ」が鳴り響く)

これを書いたとき、著者は30歳であり、確かに20歳の僕にとって、30歳はとんでもない年寄に見えたのだ。(しかし、今や40、50、60の年に意味があるとは思えない。この違いは何か。何を失ってしまったのか。)

ここまでは、まあ愛すべき小品というイメージは壊れなくってよかった、くらいに思っていたのだが、ラストの2063年ー30歳、でぎょっとした。

もちろん、これは雄一が宇宙飛行士になったのだろう、とはすぐに気付いたが(記憶は情けないがない)、さすがこうきたか、とドキドキしてきた。爆破寸前のアフロディーテ島にやってきた雄一と出会う新人類?たちは、まるで小松左京があの「岬にて」や「継ぐのは誰か」で描いた若者たちのように、清々しい。

そして、雄一の一年の宇宙飛行の間に、アフロディーテでは35年がたった、と読んだとたん我慢ができなくなった。そう、僕がこの本を読んだ20歳の時から、ちょうど5年が過ぎているのだ。

嗚呼、これは本当に偶然なのだろうか。最初から、このタイミングに再読することが、仕組まれていたのではないか?まあ、そんなバカなことはないだろうが、偶然にしては出来過ぎていて、呆然となってしまった。(個人的には、レコードとポーカロイドが共存しているのが、ツボだった)

 

●7201 帰り来ぬ青春 (ミステリ) 藤田宜永 (双葉社) ☆☆☆★

 

探偵・竹花 帰り来ぬ青春

探偵・竹花 帰り来ぬ青春

 

 

鳴り物入りだった「喝采」が、あんまりの出来で、しかもうちわ褒めが気恥ずかしくも、うっとおしくもあり、著者を見放そう(まあ、もともと最近あんまり読んでないけど)と思ったのだが、探偵竹花だけは(ボディピアスが忘れられず)やはり手に取ってしまう。

で、今回はキャラクターも立っていて、前半はかなり読ませる。ただ、題名からわかるように、おフランスのノスタルジーが即物的に過剰で、そこは鼻白んでしまうが。

そして、途中から見えてくる、ミステリとしての真相が、かなり意外、ではなく、突拍子なさすぎて、失速してしまう。犯人も別に意外でなく、冒頭からの文学的な香り?が残念な即物的な終わり方になってしまった。「喝采」よりはいい出来だけれど。

 
 ●7202 強 襲  (ミステリ) フェリックス・フランシス (イスト) ☆☆☆★

 

強襲 (新・競馬シリーズ)

強襲 (新・競馬シリーズ)

 

 

ディック・フランシスとメアリー夫人と息子の著者(顔がそっくり)の創作関係については長くなるので書かないが、父親のシリーズを受け継いだ、正式な新・競馬シリーズの第一作。

冒頭から翻訳(北村寿美枝)が、いかにも菊池光的な切れのある文体で、ぐいぐい読ませる。やはり、フランシスとライアルの魅力の大きな部分を、菊池の翻訳が担っていたことを再認識させられた。

フランシスというと、ちょうど全盛期(というか文庫化)が学生時代と重なるので、すごく影響を受けた気がするのだが、最初の八作(「本命」から「骨折」まで)はきちんと読んでいるのだが、その後は飛び飛びで、結局全44冊(そんなにあったのか!よく題名が続いた)中、たぶん15冊くらいしか読んでない。

また、絶対の傑作と思うのは「興奮」(やはりこれが最高)「度胸」「罰金」「骨折」「混戦」くらいしかないのだ。(個人的にはシッド・ハレーはイマイチ)閑話休題

で、本書なんだけれど、冒頭のショッキングなシーンから、一気にラストまで読ませる力は、父親に遜色ない。ただし、上記の傑作に比べると、あきらかに何か足りない。

それは、主人公の裏に秘めた心の力だろう。冒険を求める意志であったり、恐怖を乗り越える克己心であったり、家族の欠落を感じさせない矜持であったりするのだが、本書はそのすべてであり、何か中途半端に薄まってしまった。

一方では恋人や母親との関係が、主人公の置かれた状況からすると、ちょっと普通すぎるのだ。さらに、ミステリとしては真犯人の構造が偶然「帰り来ぬ青春」と全く同じ、というのはまだしも、ビリー・サールの件は底が浅すぎるし、あちこちにセンスの悪さが露見する。

まあ、絶頂期の父親と比較するのは酷だし、通常のエンタメとしてじゃ合格点だが、競馬シリーズと名乗るからには、つい点が辛くなってしまう。

 

 ●7203 サンドリーヌ裁判 (ミステリ)トマス・H・クック(HPM)☆☆☆☆★

 

サンドリーヌ裁判

サンドリーヌ裁判

 

 

クックはここ数年、さまざまなトライアルを試みているのだが、正直成功より失敗の方が多かった気がする。また、前作「ジュリアン・ウェルズ」は、あまりにも重くて暗くて救いがなかった。

そんな中で、クックを読むのももう最後かな、と思いながら本書を手に取った。クックには珍しく、本書は法廷ミステリとして、妻殺しの容疑をかけられたある大学教授の裁判が延々と続く。もちろん、そこはクックなので、一見単調であっても、きっちり読ませるのはさすが。

しかし、その大学教授は如何にも性格が悪く、なかなか感情移入ができない上に、夫婦の結婚生活の破綻や親子関係の崩壊の細部が、これでもかと書き込まれていて、途中でやめようかと思った。

しかし、何とラストでこんな物語になるとは。最後の1ページ(新聞記事の抜粋)の衝撃。これは、ある夫婦の存在を描いた、太い太い物語だったのだ。まさにクックの集大成のような傑作だ。

ちょっと褒めすぎかもしれないが、最近これほど心震えたミステリはなかったので、興奮してしまった。今年のベスト候補にして、ひょっとしたら記憶シリーズを凌ぐ、クックの最高傑作。ぜひ、多くの人(特に中年親父)に手に取ってもらいたい。(読みながら、常に頭にあったのは、今月読んだ「反知性主義」だった)