2013年 2月に読んだ本

●6644 欠 落 (ミステリ) 今野 敏 (講談社) ☆☆☆☆

 

欠落

欠落

 

 

「同期」に続いて、宇田川&蘇我の同期コンビのシリーズ第二弾。相変らず一気に読ます筆力に脱帽。このシリーズ、常に公安が絡んでくるんだけれど、今回は絶句。

いやあよくこんなこと考えたと思う。正直、読了後はいくらなんでもこれはないだろう、と思うのだが「ジウ」なんかと違って、読んでいる間は違和感なく感情移入してしまう。(誘拐というより拉致事件だが、いまだかつてこんな奇天烈な拉致事件があっただろうか)

前回の、ボン=宇田川の周りのベテラン刑事が結局みんないい人ばかりだった、という結末に飽き足らず、今回は本当にダメなベテランを配したと思ったら、これまた裏切られた。まあ、ベテランが僕と同じ年齢なのは嫌になるが。

さらに登場場面は少ないのだが、蘇我の存在感が半端ない。本書は大傑作というには、突っ込みどころ満載だが「相棒」のような良く出来たエンターテインメントを気楽に楽しみたい人には最適だ。(そういえば、最近「相棒」でも公安の使い方がかなり雑)今野は今油がのっている。他のシリーズも読んでみようか。

 

 ●6645 宿 神 三 (伝奇小説) 夢枕 獏 (朝日新) ☆☆☆☆

 

宿神 第三巻 (朝日文庫)

宿神 第三巻 (朝日文庫)

 

 


 ●6646 宿 神 四 (伝奇小説) 夢枕 獏 (朝日新) ☆☆☆☆

 

宿神 第四巻

宿神 第四巻

 

 

一、二、を読んだときは、正直言ってピンとこなかった。しかし、三、四はこころに染みた。まずは冒頭の奥州行きにおける鰍の事件が衝撃的である。(西行の弓が凄すぎる。またこれが後の伏線になっているのもうまい)

これで、前回と違って一気にのれた。しかも、今回は保元平治の乱から、源平合戦へという大きな歴史の流れが背景にあり(複雑な人間関係も大河で予習が済んでおり)分厚い二冊を一日で読み終えた。

そして、著者も遠いところまできてしまった、としみじみ思った。「魔獣狩り」から、西行=桜の世界まで。人は宿神と同じく、ただそこに在るのみ。そして必ず滅びるからこそ愛しく、美しい。このシンプルなメッセージを本書は高々と歌い上げた。

また、大河においてラストで西行が、死に瀕した清盛と挙兵したばかりの頼朝に会うシーンがあったが、本書も同じ構成で、どうやら歴史的事実のようだ。西行という人物は僕の認識より遥かに巨大な存在だったようだ。

奥の細道」だって西行の後追いだし、何より「桜が散る美」という感性を日本人に植えつけた張本人なのだ。大河も頼朝ではなく、西行を語り手にして、平家いや平安時代という桜が散っていく姿を描けばよかったのかもしれない。でも、やっぱりもう少し短くできたのではないだろうか。

 

●6647 小室直樹の学問と思想(思想哲学)橋爪大三郎 副島隆彦(ビジネ)☆☆☆☆
 
小室直樹の学問と思想

小室直樹の学問と思想

 

 

図書館でふと本書を見つけ、読み出したらやめられなくなった。10年になくなった小室直樹の追悼として、92年に上梓された本が再刊された。

その内容は小室の学問の歴史と業績を橋爪と副島という二人の弟子が語るというものだが、なかなかレベルが高くて読んでいて引き締まるものがあった。

そう、小室のバックボーンには数学と物理学がまずあるのだ。そして経済学、心理学、統計学、宗教学、人類学、それらを駆使して新しい実践的・定量的な社会学を構築した、しようとしていたんだ。

しかし、橋爪と宮台が小室の弟子であったことは良く知っていたが、何とあの副島もそうだったとは。確かに胡散臭いけど良く当たる予言屋、というのは小室のある一面ではあるが。また、副島は最近急にのしてきたと思っていたら、92年にもうこんな本を書いていたんだ。

後半田中角栄に関して、副島がいつものように謀略論で暴走を始め、正論の人橋爪とのやりとりが無茶苦茶面白い。(出来レースかもしれないが)

しかし、カリスマの否定が社会の急激なアノミーを招く、というのは良く解る。何か小室の本を再読したくなってきた。というか、最近勉強していないなあ、とつくづく思ってしまった。

 

●6648 空耳の森 (ミステリ) 七河迦南創元社) ☆☆☆☆

 

空耳の森 (ミステリ・フロンティア)

空耳の森 (ミステリ・フロンティア)

 

 

失敗した。まあ発売が10月末だったこともあるが昨年のベストでは殆ど票が集まらなかった上に、著者初の短編集ということもあって、あまり深く考えずに平日に(アルコールが入った頭で)少しづつ読んだのが大失敗だった。

僕は七河迦南というとんでもない作家の本質がまだ全然解っていなかったのだ。まず冒頭の「冷たいホットライン」の見事な背負い投げに感心。まあ、ある程度予想がついたが、著者らしいネガとポジの反転。

続いて「アイランド」もまた夢野の「瓶詰の地獄」の影響を感じるどんでん返し。新本格作家に似たような作品があったが、題名を思い出せない。しかし、この二作の底意地の悪さは特筆もの。

そして次の「It's only love」がさっぱり意味不明。次の「悲しみの子」の基本トリックはすぐ解るが、まさかこんなオチとは。で、続く「さよならシンデレラ」と「桜前線」は連作で登場人物が重なる。トリックは小味だが、良く考えられている。しかし、まさかまさかこんなオチを使うか?と嫌悪感の混じった驚愕。

そして運命?の「晴れたらいいな、あるいは九時だと遅すぎる」。この作品ははっきり書いていないのだが、冒頭の「冷たいホットライン」の続編となっている。

しかも、途中に思わせぶりな描写が何回かあって、漸く「ひょっとしたらこの短編集、全部「七つの海」と「アルバトロス」の登場人物たちの前日譚ではないか?」ということに気づいたのである。

その予感は続くラスト2作「発音されない文字」「空耳の森」で明確となる。ああ、そうだったんだ。しかし、さすがに前作のサブのキャラなんて忘れてしまっているし、何より作者は絶対意識的にぼかして描いているのだ。

前作のラストに登場する名前が明かされない登場人物が、前々作の主要キャラであったというトリック(ギミック?)を僕は絶賛してしまったが、何と今回はそういうネタばかりの短編集なのだ。

これは、いくらなんでもやりすぎだと思った。そして七河迦南という覆面作家、五年で三作という超寡作家のポリシーがやっと解ったのだ。解る読者だけ解ればいい。彼は完全に作者として読者を選んでいるのだ。

そして、ネタバレサイトでこの作品に仕掛けられた、いくつもの爆弾?にやっと気づいて、その驚嘆すべき巧緻な技に呆然としてしまう。しかし、そんなことは先行の二作も含めて、何回も読み返さないと、解るはずがないのだ。

しかも、本書の各短編の時系列は、意識的にグチャグチャに組みかえられている。本書ではじめて著者の本に出会った人は、たぶん本当の面白さの1/20くらいしか解らないのだ。これでいいのか?

例えば、本書のラストは実は「アルバトロス」の哀切な幕切れへの希望の回答となっていて感動するのだが、単純に読んだだけでは、一体何が起きているのかすら解らない。ある少年が両手を動かすシーンが描かれ、それを見た茜たちがみんな学園に向かって走り出す。(明確には書かれていないのだが、茜の正体は「アイランド」の姉)

そこで本作は終るのだが、実はその少年の手の動きは、手旗信号のHとRである。そしてHとは前作のヒロインのことであり、RとはHがどうなったかの状態を表わしているのだ。

前作のラストでこん睡状態に陥ったHがR(Resurrection,Rebirth)し、みんなが大喜びで学園に向かって走り出す、という感動的なシーンなんだけど、少年の手の動きだけの描写で、そんなことまでわかるわけがないじゃないか。

ただ、作者は別の作品で、手旗信号の論理と、Rが頭文字の言葉の例をちゃんと描いてはいるのだ。でも、そんなこと普通繋がらないでしょ!

さらに実は時系列では一番後になる「It's only love」においてある登場人物の結婚式に、Hから祝電が入るシーンで彼女が泣き出すのだが、それはHが結婚式には出れないが、祝電が打てるまでは回復したので彼女が泣き出したということだけど、こんなこと読んでる途中に解るはずがない。

誰の祝電かなんてひとつも描いてなくて、ただ泣き出したことが参加者の式の終了後の会話でちらっと触れられるだけなんだから。

というわけで、こんなシーンが山ほどあることに、ネタバレサイトで気づかされたのだが、いったいこんな作品をどう評価したらよいのだろうか。正にマニアのためのマニアの作品。安易に「アルバトロス」を大絶賛したのが恥ずかしい。

 

 ●6649 氷平線 (小説) 桜木紫乃 (文春社) ☆☆☆★

 

氷平線

氷平線

 

 

著者の作品を2冊読んで、筆力のある作家だけれど、ミステリには向いていない気がした。また、その乾いているのに湿っている、という独特の文体と小説世界も個性としては認めるが、個人的には好みではなかった。

しかし、短編だといい味がでるのではないか?とずっと思っていたのと、池上が著者のデビュー作品集である本書を絶賛していたのもあって、読み出した。

読了して、やはり著者は最初からある程度完成された作家であったと感じた。そして、長編とは違って一作一作が締まっていて破綻がない。

しかし正直言ってあまりに小説世界がワンパターンである。北海道の田舎の夢のない、終わりなく続く爛れた日常。何とかそこから抜け出そうとして破滅するか、結局あきらめてしまう人々。

その中でもラストの表題作の哀切と絶望が一頭抜きん出ているが、やはり全体としては、僕には重くて暗すぎる。まあ「あなたに不利な証拠として」が好きな池上らしいけど。(僕は結局「あなたに」は重すぎて読み通せなかった)

 

 ●6650 ついてくるもの (ホラー) 三津田信三 (講談N) ☆☆☆★

 

ついてくるもの (講談社ノベルス)

ついてくるもの (講談社ノベルス)

 

 

著者の二冊目のホラー短編集ということで、三津田自身が登場する作品が多く、彼の本質があちこち顔を出し、そういう意味では興味深く読んだ。特に著者の乱歩へのオマージュを強く感じた。

実際「少年探偵団」や「押し絵」や「人間椅子」の影響を感じる作品があったり、江川蘭子が突然でてきたりして、微笑ましい。ただ、著者の本質を理解すればするほど、なぜあれほど高レベルなパズラーが描けるのか?と思ってしまうが。

たぶん若い頃は海外の本格パズラーを読み漁っていたともあったので、それもまた著者のもうひとつの本質なんだろう。というわけで、本書は駄作はないが、正直言って僕には物足りない。

最後が多重解決になる作品が多く、イマイチ切れがないのと、ひねりが足りない作品が多い。その中では「ルームシェアの怪」が一番気に入った。正直これは怖かった。まあ、たぶん僕はホラーの良い読者ではないのだろう。(M・R・ジェイムズも読んだことがないし)

 

 ●6651 大中華圏 (外交政治) 寺島実郎 (NHK) ☆☆☆★

 

大中華圏―ネットワーク型世界観から中国の本質に迫る
 

 

本書の前半は素晴らしいと思う。「新しい世界観を求めて」で提唱したネットワークとしての大中華圏という発想は、僕自身の経験と照らし合わせても納得が行く。(例えばマレーシアのローさんは、最近はマレーシアの中華系の子供は、英語ではなく北京語をまず学ぶと言っていた)

香港、シンガポール、台湾だけでなく、アジア各国の華僑もネットワークに含む、というのは正しいと思う。(インドネシアの華僑880万人というのは解るが、タイにも800万人もいるとは)

そして、華僑は漢民族である、というのも今更ながら重要なポイントだと思う。まあ、そこにロンドン、ドバイバンガロールシンガポールシドニーという、ユニオンジャックの矢を加えるところが、著者らしいが。

そして、大中華圏は中国本体にとって両刃の剣である、という指摘も鋭い。シンガポール、香港、台湾や、アジア各国の華僑は、中国本体の政治状況に対する大きなプレッシャーとなる。

中国は本国に進出した台湾企業に悪く思われたくないがため、台湾企業に対する規制が甘く、結果台湾企業と組んだ日本企業が成功する、というのは、証拠があるかどうか解らないが、面白い観点である。ただ、本書もまた現実の尖閣問題に引きづられてしまい、後半は歯切れが悪い。

確かに著者の考えは正論だとは思う。しかし、ここまでこじれてしまったものを、この程度の正論で何とかなるようには思えない。もっと前半で論じた大中華圏ネットワーク(シンガポール、台湾+各国の華僑)と日本が有機的に繋がっていくような構想を期待したい。それも教育も含めたレベルで。

これまた時期的に今はEUの理想を語りにくいが、やはり僕はEUの理想こそ20世紀の遺産としての叡智であり、そこに学べなかったことは慙愧に耐えないと感じる。まだ遅くないと信じたい。(余談だが、購買力平価ベースで、中国は既に現在のGDPの三倍の実力があるという著者の分析は、全く僕の持論と同じで驚いた)

 

●6652 ラブレス (小説) 桜木紫乃 (新潮社) ☆☆☆★

 

ラブレス

ラブレス

 

 

訂正。池上が書評で褒めていたのは本書。で、その中にデビュー作であった「氷平線」が傑作である、と書いていたのだった。というわけで、一応本命の本書を読み始める。

女性の三代記という意味では「赤朽葉家」を、放浪の女芸人という意味では「グッドラ
ックララバイ」を思わせるが、本書のテーストは全く違い、桜木はどこまで行っても桜木であった。

本書はあちこちで絶賛され、悲惨な物語でありながら前向き、というような感想が多かったが、僕にはやはり重くて悲惨な物語であった。どうやって本書を読めば、前向きになれるのだろうか。

相変らず著者はうまいが、やはりその乾いた湿っぽさは健在で、僕はどうしても楽しめない。だいたい、ここまで人の醜さを描き続けることに僕は耐えられない。僕の過ごした昭和という時代は、ここまで陰鬱で悲惨ではなかった、と思いたい。そろそろ北海道(田舎)から離れて描いてみたらどうだろうか。

 

●6653 写楽・考 (ミステリ) 北森 鴻 (新潮社) ☆☆☆★
 
写楽・考―蓮丈那智フィールドファイル〈3〉 (新潮エンターテインメント倶楽部)
 

 

蓮丈那智フィールドファイル3。シリーズ第一作の「狂笑面」には、すぐ飛びついた記憶がある。民俗学とミステリを結びつける、というアイディアは魅力的だったし、僕の頭の中には諸星の「妖怪ハンター」のイメージがあった。

ただ、読了後は微妙な感じだった。確かに努力は解る。民俗学の薀蓄のため、大変な勉強が必要だとは理解できた。しかし、まず文章が著者の他の作品に比べて、やたら晦渋で読みにくい。

更には、いくらなんでも、この蓮丈那智というキャラクターがエキセントリックすぎる。そして、残念ながら民俗学とミステリのバランスがイマイチ悪い。本書をひさびさに読んで、当時の感想は殆ど変わらない。

まあ、最後の表題作は、分量も他の二倍以上あって、力が入っており、ある西洋画家が突然写楽に繋がるところなど、驚いたのは確かだが、ミステリとしてはいかにも複雑な割には杜撰と言える。で、なんで突然このシリーズを読み出したかは、後日また。北森鴻の急逝と関係あります。

 

●6654 フリージア (ミステリ) 東 直己 (廣済堂) ☆☆☆☆

 

フリージア (ハルキ文庫)

フリージア (ハルキ文庫)

 

 

桜木の北海道が重すぎて、口直しに東の北海道を読んでみた。が、今度は別の意味で驚いた。東=ススキノ探偵のユーモアは本書には全くない。本書は僕の東のイメージを180度覆す、超ハードな作品なのだ。

殺人機械榊原健三。足を洗った彼のところに、今は平凡に暮らしている、過去の恋人の居所を突き止めた組織の者が訪れる。ここからは書くまい。冒頭から凄すぎる。

そして、このシンプルでハードな物語は「悪党パーカー」や昨日観た映画「96時間」を遥かに飛び越えて、ギリギリのリアリティーを保ちながら、納得のいくラストにたどりつくのだ。本書で僕の中の東の地位は急上昇した。

遅ればせながら、きちんとフォローしていこうと思う。(「ススキノ探偵」のレギュラー、桐原&相田は本書でもいい味出してます)

 

 ●6655 邪馬台 (ミステリ) 北森鴻 浅野里沙子 (新潮社) ☆☆☆

 

邪馬台―蓮丈那智フィールドファイルIV―

邪馬台―蓮丈那智フィールドファイルIV―

 

 

北森の突然の死は、同世代としてショックだった。その遺作を事実上の婚約者だった浅野が描き継いだのが本書。(浅野は新進の時代小説家らしいが、全然知らなかった)

本書が上梓されたときは、タイミングを逸してしまい、既に予約がかなりあってあきらめた。その本書を図書館の棚で見つけたのだが、共作をいきなり読むのはどうかな?と思って、先に「写楽・考」を読んだのだ。もちろん邪馬台の謎にも興味があった。

数年前NHKのNFでは、最近はかなり畿内説が有力とあり、結構驚かされたのだが、如何せんこの件に関しては、誰の説を読むのがいいのか良く解らないのだ。しかし、結論から言って僕はこのシリーズと合わない。短編でも読みにくいのに、長編となるとまいってしまった。

そもそも元にある国家の陰謀?とやらが、荒唐無稽であるし、それと現実の事件、さらには邪馬台の繋がりが、すっきりと頭に入ってこないのだ。衒学的晦渋さのせいで。(たぶん、6章から浅野が書いているせいか、急に読みやすくなる)

まあ、色々開陳される著者の説は、こんなややこしい小説にせず、井沢の様に歴史エッセイとして書いてもらった方がありがたい。北森の分身たる内藤が、中学時代に読んだマンガの影響で民俗学者を目指したとあるが、これは間違いなく諸星の「暗黒神話」のことだ。

 

●6656 アメリカは日本経済の復活を知っている(経済学)浜田宏一講談社)???

 

アメリカは日本経済の復活を知っている

アメリカは日本経済の復活を知っている

 

 

安部政権のブレーンである著者の話題の書だが、正直一読驚愕の内容で、というかあまりにも解りやすくて、逆に未だきちんと消化しきれない。(Mさんに解説してもらおうか)

学生時代僕はフリードマンマネタリズムにかぶれていた。しかし、その後のバブル崩壊を経て、マネタリズムは否定されたとばかり長い間思っていた。本書の内容は序章の日銀総裁名指しの批判に続く、第一章経済学200年の常識を無視する国、が全てである。

そして、僕の理解が正しければ、デフレには通貨供給量を増やせ、というマネタリズムの復権が本書のシンプルな主張に他ならない(ように思う)。そんな単純なことでいいのだろうか?一体「流動性の罠」議論は何だったんだろうか。

ただ、為替問題(円高)が、円の供給不足から起きる、という経済学的には当たり前の理屈は、通貨供給=インフレとしか考えていなかった僕には、眼から鱗であったが。本書の理論が正しければ、日銀は過去の慣例と既得権益を維持するため、現実から眼を背けてきたということになる。

例えは悪いが、日銀におけるインフレとは、公安における左翼ゲリラみたいなもので、最早怖れる必要がないのにそれを隠し続けてきたのか。

ただ、本書は題名から解るように、読物としては二章からは話があっちこっちに飛んでしまい、センスの悪いものになってしまっている。どうも、本の構成には知性を感じない。

第一章のシンプルなグラフ(先進国のバランスシートとGDPの推移=日本の通貨供給量が突出して少なく、GDPの伸びも突出して低い)の衝撃とその後に続くダラダラとした愚痴と回想とが、何か僕の中で未だに消化不良で腹にもたれる。

(あ、でもギリシア危機はユーロのせいで金融政策が打てないので日本とは違う、というのは箕浦さんから教わった内容とぴったりで、納得がいった)

 

●6657 待っていた女・渇き (ミステリ) 東 直己 (ハルキ) ☆☆☆☆
 
待っていた女・渇き (ハルキ文庫)

待っていた女・渇き (ハルキ文庫)

 

 

「ススキノ探偵」「榊原健三」に続く、著者第三の「畝原シリーズ」は、予想通り一番
僕にフィットした。本書はシリーズの嚆矢として、畝原と姉川が出合う短編「待ってい
た女」と第一長編「渇き」のカップリング。どちらも、良く出来ている。

特に畝原と娘の冴香と恋人の姉川の関係が素晴らしく、何かリューインのアルバート・サムスンとアデルの関係を彷彿させた。物語はこっちの方がハードだけれど。

まあミステリとしては、動機やいろいろ文句をつけたいところはあるが、とにかく脇役が最高なのである。元上司の汚くて勤勉な横山とバカ息子の貴。戦う山岸女史に友人のテレビマン近野。運転手の太田さんに道警の玉木、等々枚挙に暇がない。

たぶん「ススキノ」が若い頃の著者の投影なら、畝原は今の成熟した著者の分身なのだろう。誰かが、畝原を真木と沢崎と比べていたが、そうしたくなる気持ちは解る。ただ、ミステリとしてのプロットは二人に比べると、まだちょっと弱いのだが。

 

 ●6658 残 光 (ミステリ) 東 直己 (ハルキ) ☆☆☆★

 

残光 (ハルキ文庫)

残光 (ハルキ文庫)

 

 

推理作家協会賞受賞作で、著者のキャラクターが全員集合した代表作、と聞いていたので、本書を読む前に代表3シリーズの第一作を読んでみた。

ただ、本書は榊原シリーズに「ススキノ探偵」のキャラクター(便利屋と高田)が合流したという形をとっているが(「フリージア」で既に桐原と相田は出ているが)畝原シリーズとの接点は無い。

冒頭は「フリージア」とほぼ相似で、多恵子というのは世界一運の悪い、ブルース・ウィルスみたいな女と感じてしまう。がストーリーは急激に動いて、「逃れの街」のような榊原と多恵子の息子の逃避行となる。

相変らずキャラクター描写は素晴らしく、桐原と相田の関係などしみじみしてしまう。また、ラストの高田の登場もワクワクする。(更に言えば、途中でちょっと出てきて、重要な電話をかけてしまう、超自己中な母親の存在感が凄い。ひょっとしたら、家庭内離婚中?の自分の妻がモデル?)

ただ、今回はそうやって様々な脇役が勝手に動いた分、殺人機械としての榊原の存在感が「フリージア」より薄まった気がする。榊原にはもっと太くてシンプルな物語が似合うように思う。

 

 ●6659 刑事くずれ/ヒッピー殺し(ミステリ)タッカー・コウ(HPM)☆☆☆★

 

刑事くずれ/ヒッピー殺し (Hayakawa pocket mystery books)

刑事くずれ/ヒッピー殺し (Hayakawa pocket mystery books)

 

 

ドナルド・E・ウェストレイクの別名義の二大シリーズ、リチャード・スタークの「悪党パーカー/人狩り」と本書を図書館の書架から借り出した。

「フリージア」を読んで、何となく「悪党パーカーシリーズ」を読んでみようと思ったのと(高校生の頃はこのハードな物語を楽しめなかった)ミッチ・トビンシリーズを「蝋のりんご」しか読んでいないことに突然気づいたからだ。(法月が本書を密室モノの傑作と書いていたのもきっかけかも知れない)

ちょうど僕が「ミステリマガジン」を読んでいた高校時代、確か木村二郎氏が、本シリーズを良く取り上げていて、気にはなっていた。しかし、如何せん悪党パーカーと違ってこっちは文庫化されなかったので、こんな体たらくになってしまった。

キング以前(67年)の本書は、200ページに満たない短さなのに、訳のせいかなかなか歯ごたえがあって、時間がかかってしまった。結論から言うと密室トリックは古典的名作短編の焼き直しであり、悪くは無いがそれほど驚かなかった。

たぶん本書は短編にしたほうが傑作になったのではないだろうか。ちょっとミッチの壁作りのシーンがイメージより少なすぎて、あまり効果があがっていない気がしてしまった。しかし、今だったらミッチは「引きこもり探偵」とか「ニート探偵」と呼ばれるのだろうか。

 

 ●6660 スカウト (ノンフィクション) 後藤正治 (講談文) ☆☆☆★

 

スカウト (講談社文庫)

スカウト (講談社文庫)

 

 

広島カープ黄金時代を築いた伝説の名スカウト木庭教(きにわさとし)の物語である本書の評判は前から知っていたが、なぜか読み残していた。

野球というものに興味が持てなくなっていたこともあるのだが、著者の既読作品「牙ー江夏豊とその時代」も「ベラチャスラフスカ」も、世評に比べて僕には物足りなかったからである。

もともとノンフィクションというジャンルは、調査にコストや時間が膨大にかかる割の合わない仕事である。著者も本書に3年の取材時間をかけている。しかも取材のための取材は行わず、日々の対象(本書なら木庭)との同行やおしゃべりの中から物語を紡いでいく、という気の遠くなるような創作方法を著者はとるのだ。

その結果、スタイルは引き締まり、物語はあまりにも自然にスムーズに流れる。しかし、そこには著者の姿は微塵も見えず、ストーリーそのものに、あまりにも物語性が足りない気がするのだ。(何か書いていて矛盾を感じるが)

そしてひょっとしたら、その対極にライターの意志が肥大化し、ついに対象を喰い破ってしまう「一瞬の夏」=沢木の作品群がある。あくまで好みの問題だが、後藤の作品はたぶん僕にはストイックすぎるのだ。

 

 ●6661 流れる砂 (ミステリ) 東 直己 (ハルキ) ☆☆☆☆★

 

流れる砂 (ハルキ文庫)

流れる砂 (ハルキ文庫)

 

 

やはり「畝原シリーズ」は良い。著者は物語中盤のクライマックスを、まず冒頭でいきなり描き、過去に遡り、ついには上記のクライマックスを追い抜いていく、という構成を良く使うが、本書はその最も成功した事例だ。

何しろ冒頭の父子の殺人事件のインパクトが強烈である。本書はミステリとして、確実に「渇き」より一段レベルアップしている。

脇役が良いだけでなく(今回も登場場面は少ないが、「キワコ・コンサルティング」の経営者、二本柳紀和子の描写など出色である)ストーリーのスケールが、格段にアップしているのだ。

誤解を怖れずに言うなら「黒い家」の不気味さ、佐々木譲の道警モノ(大掛かりな汚職)、「革命小説」の戦後秘話、に「オウム事件」をミックスしたような作品でありながら、良く出来た正統派ハードボイルド小説でもあるのだ。

ラストをもう少しうまくまとめられたらなあ、という気がしないでもないが、圧倒的なリーダビリティーでこの長大なミステリを、一気に読まされてしまった。その筆力に脱帽である。

今のところ、著者の代表作であり、日本ハードボイルドの代表作の一つ、と呼んでいいのではないだろうか。

 

●6662 探偵・竹花 孤独の絆 (ミステリ) 藤田宜永 (文春社) ☆☆☆★

 

探偵・竹花 孤独の絆

探偵・竹花 孤独の絆

 

 

早くも「再会の街」に続く竹花シリーズが出たのか、と驚いたら短編集だった。相変らず竹花の年齢設定は61歳で、調子が狂うのだが。本書の特徴は毎回毎回シチュエーションをかなり変えて、読者を飽きさせないこと。このあたりは、(厳しく言えば)桜木紫乃などと違う、ベテランの矜持を感じる。

ただ、どうも全ての作品がミステリとして見ると論理やプロットに緩いところがあって、手放しでは褒められない。

特に第二作の「等身大の恋」において、自分を振った女性の結婚相手の愛人の引越しを請け負ってしまい、彼女が自分の不幸を語りだすシーンには、いいかげんにしろ、と本を投げたくなった。そんな偶然あり得ない。

老人ホームを舞台とした「晩節壮快」がベストだろうが、この面白さはたぶんミステリではない。そう考えたら、藤田には冒険小説の傑作は何冊かあるが、ミステリとして驚かされた記憶はあまりないことに気づいた。まあ、だからミステリから離れていったのだろう。

 

●6663 悲 鳴 (ミステリ) 東 直己 (ハルキ) ☆☆☆★ 

 

悲鳴 (ハルキ文庫)

悲鳴 (ハルキ文庫)

 

 

 

傑作「流れる砂」に続く畝原シリーズ第三作。今回も全体の構成が前作と似ているが、本書も冒頭が素晴らしい。しかも、今回は後半でもう一度そこに戻るところがうまい。相変らずのレギュラーメンバーの活躍も、安心して読める。

ただし、本書は大きな瑕疵と、個人的に納得できない欠点がある。瑕疵とは本書のメインストーリーである道警汚職事件と、サブストーリーである女ストーカーの物語(こっちの方が魅力的)が交差するのが、畝原が発した勘違いの推理でしかない、ということである。

畝原はバラバラ殺人の始まりである、放置された死体の足のニュースを聞いて、それはある人物の足ではないか?と推理する。結論から言うと、それは正しかったのだが、その理由は畝原の推理とは全く違っており、単なる偶然にすぎないのだ。

これは本書の根幹をなす部分だけに、ちょっと看過出来ない瑕疵である。結局この二つのストーリーは、いくつもの偶然によって危うく繋がっているのにすぎないのだ。

そして、最後のクライマックス、冴香の拉致事件の解決方法があまりに雑にすぎる。これは安易でしょう。畝原シリーズの世界は、ちょっと著者の道警批判が強すぎる以外は非常に好みだし、またその人物造型、描写力は全作品素晴らしいのだが、今回はやはり上記二点が引っかかってしまった。

 

●6664 怪しい人びと (ミステリ) 東野圭吾 (光文文) ☆☆☆

 

怪しい人びと (光文社文庫)

怪しい人びと (光文社文庫)

 

 

このところ続けて、いわゆるハードボイルド・ミステリばかり読んできたので、口直しに読み出した。94年の作品集ということで、まあ期待はしてなかったのだが、正直言って、今をときめく東野圭吾も当時はこんな地味な作品を書いていたんだ、と驚いてしまう出来。

さすがにどうしようもない駄作はないが(いや「もう一度コールしてくれ」はかなりひどい出来か)面白いと思った作品は何と一編もなかった。もともと連作集でない著者の短編集で、面白かったという記憶はあんまりないのだが。

 

●6665 探偵はひとりぼっち (ミステリ) 東 直己 (早川文) ☆☆☆

 

探偵はひとりぼっち (ハヤカワ文庫 JA (681))

探偵はひとりぼっち (ハヤカワ文庫 JA (681))

 

 

映画「探偵はBARにいる2」の原作が、シリーズ第四作の本書ということなので読み出した。いきなり探偵に前作「消えた少年」で知り合ったらしい春子という教師の恋人
が登場し、イメージが狂ってしまう。

映画では誰がやるのか?とネットで調べたら尾野真知子ということで、これまた違うのでは?と感じたのだが、よく読むとバイオリニストと書いているので、ひょっとしたら映画には春子は登場しないのかもしれない。(もし、そうなら的確な判断だと思う)

しかし、探偵の幸せ描写はあっという間に終り、孤独でハードな戦いが始まる。ただ、今回は物語がストレートすぎるし、畝原シリーズと同じく作者のポリティカルな怒りが前面に出すぎており(これはススキノ探偵には似合わない)さらに実在の政治家がすぐイメージできてしまうのも、なんだかなあ、という感じ。

もちろん、相変らず文章やキャラクター等々細部は素晴らしい。今回も相田が最高。(ただ、個人的には畝原シリーズの方が文章もキャラも肌に合う)そして、笑撃のラスト。おいおい、この真相、犯人はないでしょう。これは、ちょっとひどい。

映画の脚本はあの「キサラギ」「相棒」古沢良太ということなので、いったいこのひどいオチをどう修復するのか、逆に興味がわいてきた。

 

●6666 地層捜査 (ミステリ) 佐々木譲 (文春社) ☆☆☆★

 

地層捜査

地層捜査

 

 

どうも最近の著者の道警モノは荒っぽすぎるし、「警官の血」も気に入らなかったのでちょっとご無沙汰していたのだけれど、今回は地味だけれど読ませる。

時効が廃止されたことで過去の事件を再捜査するために特命捜査対策室が設置され、キャリアに逆らい謹慎中だった水戸部がそこに配属されるが、何とメンバーは水戸部と既に引退した刑事の相談員の二人だけだった。(確か、ボッシュ・シリーズにもそんな話があったように思う)

二人は元花街だった新宿荒木町(全然知らない街)を舞台に、過去の地層の中からある事件を洗いなおしていく。ちょうどバブル崩壊の頃の殺人事件であり、当時は見えなかった事件の構図が、時がたつにつれて逆に見えるようになってくる、という逆説的な観点が面白い。

ただ、惜しむらくは事件の解明が殆ど刑事の勘によるもので、たぶんそれがテーマだろうからしょうがないんだけれど、個人的にはあっけなく物足りない。ラストの処理もわかるけど、微妙に逃げた感じがするなあ。