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2012年 11月に読んだ本

 ●6569 SF翻訳講座 (エッセイ) 大森 望  (河出文) ☆☆☆☆★

 

新編 SF翻訳講座 (河出文庫)

新編 SF翻訳講座 (河出文庫)

 

 

06年上梓された「特盛ーSF翻訳講座」のリミックス版。最後に「浅倉さんのいない世界」岸本、豊崎、恩田との対談が新たに加わって、更にお徳。(浅倉追悼文はSFマガジンで既読だけど)まあ、評価は僕の個人的な趣味ですので、汎用性はないことをご理解ください。

しかし、僕と同世代のマニアがミステリ界ではみんな作家になり、SF界ではなぜか翻訳・評論家になってしまったこと(の弊害?)は何回か書いたが、恩田の「読みたいけど未訳の本を知ったとき、ちゃんとペーパーバックにあたる人は翻訳家になり、どんな本なのかってひたすら妄想する人は小説家になる」という言葉に、妙に納得してしまった。

 

 ●6570 かくも水深き不在 (ミステリ) 竹本健治 (新潮社) ☆☆☆☆
 
かくも水深き不在

かくも水深き不在

 

 

正直全く期待せずに読み始めたので、ラストでギョッとなってしまった。精神科医が探偵のサイコホラーと見せかけて、やられた、という感じ。

四つの短編が最後に繋がることはもちろん予想していたが、まさかこんな大技を最後に使うとは。(もう少し工夫すれば、もっと効果があがると思うが)ひさびさに竹本の作品に感心してしまった。

これは「ツグミツグミの森」も読まなければ。ただ、この四つの短編は、これだけ読んだら中途半端このうえない。雑誌連載時に読んだ人はどう感じたのだろうか。特に「花の頚木」は意味不明だろう。あ、でも最後の「零点透視の誘拐」の誘拐の動機には驚いた。これは(あり得ないけど)凄い!

 

 ●6571 炎の終り (ミステリ) 結城昌治 (東京文) ☆☆☆☆

 

炎の終り (講談社文庫)

炎の終り (講談社文庫)

 

 

日本ハードボイルド黎明期の、河野典生生島治郎の作品を、学生時代何作か読んだが、一番感銘を受けたのは、結城昌治の真木シリーズの第一作「暗い落日」だった。当時、僕も僕の回りも、ロス・マクファンが多くて「ウィチャーリー家の女」に対する返歌として、「暗い落日」の評価は高かった。

なのになぜか真木三部作を、僕は全部読まなかったんだよね。結局当時僕は、ハードボイルドがそんなに好きじゃなかったんだ。

で、本書は三部作の最後の作品。古い版(80年)で装丁はくたびれているが、内容はやはり全く古びていない。(真木が40歳というのは、今の僕には違和感があるが)

ストーリーはまさに、ロス・マク王道まっしぐらという感じで、娘の失踪事件から始まり、途中で真木が殴られ気絶するのには、笑ってしまったが。また大鹿マロイのような、ちょっと抜けたいい奴もでてくる。

正直言ってトリックが苦しいのだが、やはり本書も傑作。何より、無駄な文章は絶対に書かない、という作者の覚悟、矜持が素晴らしい。図書館に結城本を数冊予約してしまった。(そうか、真木は沢崎の元祖なんだ。下の名前もどっちもないし)

 

●6572 カート・ヴォネガット (企画) 伊藤優子編集 (彩流社) ☆☆☆☆

 

カート・ヴォネガット (現代作家ガイド)

カート・ヴォネガット (現代作家ガイド)

 

 

現代作家ガイド6、ということで、既刊はポール・オースター、スティーヴ・エリクソンウィリアム・ギブスン、トニ・モリスン、マーガレット・アトウッドと、さすが監修が巽スリップストリーム孝之だけあって、見事に僕が避け続けてきた作家ばかり。

でも、ヴォネガットは大丈夫。ただ、今回伊藤典夫の文章を読んでいると、確かにヴォネガットは「タイタンの妖女」と「猫のゆりかご」と「スローターハウス5」だけ読んでおけば十分なのかもしれない。

誰かが、ヴォネガットの作品を「人類への怒りを込めたラブレター」と評したが、今日本に必要なものがそれではないか、と感じてしまった。愛は負けても、親切は勝つ。そういうものだ。

 

●6573 アイアン・ハウス (ミステリ) ジョン・ハート (HPM) ☆☆☆☆

 

アイアン・ハウス (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

アイアン・ハウス (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 

 

何ヶ月か前に大阪のホテルに忘れてしまい、途中で時間切れになってしまった因縁の本に再チャレンジ。ハートに関しては、第2作「川は静かに流れ」に感動してしまい、あわててデヴュー作「キングの死」に読んだのだが、第3作の「ラスト・チャイルド」はイマイチだった。

どうもハートが描く少年に違和感を感じたのだ。本書も最初はのれなかった。凄腕の殺し屋が、恋人の妊娠を契機に組織を抜けようとする逃避行、なんて全然リアリティーを感じなかった。

しかし、本書はその逃避行の途中で主人公のマイケルが弟のジュリアンと出会うあたりから、物語が予想外に捩れていく。二人はかつてアイアン・ハウスという孤児院で、地獄のいじめにあっていたのだ。

そのときのいじめっこの死体が、ジュリアンが養子に行った大富豪兼上院議員の邸宅の池から、次々と発見される。で、ジュリアンの義母のアビゲイルという女性が、非常に魅力的に描かれるのだが、良く考えると彼女の行動はおかしい。

ジュリアンを守ろうとするのはわかるが、夫の上院議員がその罪をマイケルに着せようとすると、異常に反発するのだ。そこから、意外な事実が現れてきて、物語は全く様相を変えてしまう。

アビゲイルの行動の理由が判明するとき、読者は深い感銘に落ちるのだが、一方ではある理由で事件は凄惨な様相となる。この対比と、それを見守る者の葛藤。(あいまいな表現しか出来ないのだが)

ただ、その理由がたまたま偶然最近読んだミステリと、全く同じネタなんだよねえ。タイプは全然違うのだけれど。というか、本書のようなシリアスな作品に、まさかこんなネタが使われるとは驚いた。

というわけで「川は静かに流れ」よりは落ちるし、厳しく言えばかなり無茶でバランスが悪いのだけれど、意外性という部分では今までで一番で「ラスト・チャイルド」よりは良い出来だと思う。

 

●6574 エリ子、十六歳の夏 (ミステリ) 結城昌治 (新潮文) ☆☆☆★
 
エリ子、十六歳の夏 (新潮文庫)

エリ子、十六歳の夏 (新潮文庫)

 

 

著者にしては軽い題名だが、88年とかなり晩年の作品で、リアルタイムで何度か書評に取り上げられていた記憶はあるが、そのころ著者は最早過去の人だった。

本書は題名のエリ子という少女が家出し、元警官だった祖父の田代が探し続ける、という物語である。

そういえばすぐ想像するように、本書はまるで「港のヨーコ」であり、エリ子の(悪い)仲間を田代が訪ねるたびに事件が起こり何とか解決するが、肝心のエリ子とはすれ違い続ける、という黄金のパターンが五回繰り返される。

田代の一人称は素晴らしい。しかし、僕のバイアスが強いのかもしれないが、著者が少女達を描くのは無茶なんじゃないだろうか。もちろん、時代の経過のせいもあるが、ちょっとリアリティーがない、というか薄っぺらい。

ひとつひとつの謎も小粒すぎるし、さすがに飽きてくる。というわけで、様式美とシンプルな文体で一気に読めるが、傑作には少し届かなかったと思う。

 

●6575 真夜中の男 (ミステリ) 結城昌治 (実業日) ☆☆☆☆
 
真夜中の男 (1979年)

真夜中の男 (1979年)

 

 

79年の作品。愛する佳代子が突然死んでしまった上に、その殺人犯とされてしまった久保が七年後に出所してきた。元警官だった久保は、様々な伝手を頼って、佳代子の真の姿を確認しようとするが、現れてきたのは久保が全く知らない彼女の真実であった。

展開からして「ヒルダよ眠れ」「暗闇へのワルツ」「ある死刑囚のファイル」のような悪女モノのように見えるが、そのテーストは全く違う。ここにはサプライズは何もなくただ絶望と諦観のみがある。

意地のように全てを削り取ったような文体が、久保の絶望の深さと寄り添っている。ミステリ的な趣向も悪くはないのだが、登場人物が少ないのである程度予想はついてしまう。

また、久保の冷静でありながら異常なまでの佳代子への執着に、最初はリアリティーをあまり感じなかった。しかし、読了してこうやって物語を振り返れば、本書もまた著者らしい傑作である、と思わざるを得ない。

 

●6576 ジウ (ミステリ) 誉田哲也 (中央公) ☆☆☆

 

 

著者や新堂冬樹、堂場舜一らの作家が僕の中で一塊になっていて、区別がつかなかったのだが、偶然図書館の返却棚にジウが三冊並んでいて、そういやTさんが読んでたな、と思って手に取った。

あ、それから確か「この警察小説がすごい」でもちょうど20位ランクインだった。どうやら三部作でどんどんスケールが大きくなっていくようだが、本書の評価は微妙。

そもそもヒロインの基子と美咲が、あまりにも解り易く極端に対照的に描かれていて、そこは残念ながらラノベ風味。(テレビでは黒木メイサ多部未華子というのも解りやすい)

ただ、そこにリアルな警察関係の情報をこれでもか、と詰め込むことで、単なるラノベに堕することは何とか避けられている。それでも、美咲と東の関係の描写は「図書館戦争」を思わせて嫌になったが。

で、内容は冒頭の誘拐から、次の立てこもりまでは、まずまずのような気がする。ちょっと甘い展開もあるけど。ただ、ラストはイマイチ。偶然が多すぎるし、東は何がしたかったのか。

そして何より、それこそまるでテレビのように頻発する、引っ張る描写(何があったのか書かずに場面転換)にイライラしてしまった。

 

●6577 フェルメールの仮面 (ミステリ) 小林英樹 (角川書) ☆☆☆☆

 

フェルメールの仮面

フェルメールの仮面

 

 

著者の「ゴッホの遺言」はノンフィクションの枠を超えて、ミステリとしても秀逸だった。その著者が、満を持して今度は本当にミステリに挑戦。もちろん、初の小説なので色々課題は多い。

ただ、この小説の根幹にある「贋作と模写の違い」というテーマは、ある意味悪魔的に魅力的であり、壮大なスケールがあり、単なる贋作ミステリを予想していた僕の度肝を抜いた。

そして、本書こそ贋作なのか?模写なのか?という根源的な謎。しかし、著者の作家的良心は、せっかくのその悪の魅力をラストで台無しにしてしまう。

そもそもメフィストフェレスたちは、なぜ陳腐なフェルメールの贋作騒動など起こしてしまったんだ?シャセリオ教授のルーブルの地下での、悪魔の演説はどうなったんだ?その他、主人公やヒロインの人物造型や三角関係も、素人っぽくて物足りない。

しかし、やっぱりこれだけ楽しませてくれれば良しとしよう。今回もまたi-Padを横において、登場するあまたの名画を検索しながら読んだので、なかなかスピードが出なかったが、その分楽しめた。(作者の創作部分はもちろんヒットしないので、何が事実で何がそうでないか、良く解った)

 

 


●6578 ジウ Ⅱ (ミステリ) 誉田哲也 (中央公) ☆☆☆
 

 

ジウが「鳩」を意味する、というのは出来すぎだが、本書の構成は五條瑛の「革命小説シリーズ」に驚くほど似ている。しかし、骨子がこれほど似ているのに、読後感は全く違う。

厳しく言えば五條はきちんと小説を描いているが、誉田は劇画かテレビドラマのノベラーゼイションである。そういう小説を否定はしないが、褒めたいとも思わない。

実は、本書を読みながらずっと感じていたのは「ブラッディー・マンディー」との相似だ。いかにも、キッチュなつくりだが、割り切ってしまえば楽しめなくもない。というわけで、僕の脳内では基子は黒木メイサではなく、芦名星であった。

 

 ●6579 サラダ好きのライオン (エッセイ) 村上春樹 (マガジ) ☆☆☆☆

 

サラダ好きのライオン 村上ラヂオ3

サラダ好きのライオン 村上ラヂオ3

 

 

「アンアン」連載の「村上ラヂオ」の3にして、たぶん最終作のようだ。村上ファンは
先刻ご承知のように、彼のこのタイプのエッセイに所感は書きようがない。

唯一書けるのは、161ページの今週の村上において、洗面所に入ってTOTOというロゴを目にするたびに、つい「ロザンナ」を口ずさんでしまうのは僕くらいかな?という文章は、「ロザーナ」の間違いではないだろうか?本当にどうでもいいけど。

 

 ●6580 ジウ Ⅲ (ミステリ) 誉田哲也 (中央公) ☆☆☆

 

 

三部作終了。結局最後まで付き合ってしまったが、もし作者が本当にこんな話を書きたかったのならば、間違ってもこれはミステリ、警察小説とは呼ぶことはできない。

おどろおどろしく描かれた、黒幕や新世界秩序とやらの書割めいたキッチュさは、如何ともし難い。これじゃまるで松岡圭祐の世界だ。

で、今回多用されるのが、章が変わると時間が少し戻って、同じシーンを別の視点で繰り返すという手法。これは、まるでテレビで濫用される、CMが終ったら時間巻き戻し、とまるで同じで、イライラすることこの上ない。しかし、本当にこんな小説をTVドラマ化したんだろうか?

 

●6581  暗い落日  (ミステリ) 結城昌治 (中公文)  ☆☆☆☆★

 

暗い落日 (中公文庫)

暗い落日 (中公文庫)

 

 

やはり名作は何度読んでも名作である。65年の作品とはとても信じられない、瑞々しくも風格のあるスタイルに脱帽だ。(たぶん、文庫化が繰り返されるごとに作者が生きていれば文章に手をいれてはいたのだろうが)

ここにはハードボイルドというより、一人称ミステリのひとつの到達点がある。素晴らしいとしか言いようがない。娘の失踪から始まり、またもや?真木が殴られ気絶したり、あるトリックなど「炎の終り」との共通点は多い。

しかし、間違いなく本書の方が、ある大富豪の家庭の悲劇を描ききっており、本家ロス・マクに迫っている。ただ、単純に読書体験としては、さすがにこのトリックは30年たっても憶えており、初読のときの驚きと感動はもはや望めなかった。

というよりも、今の時代においてはこのトリックは既に基本バージョンであり、本書を初めて読んだ者でも、30年前の僕のようにはいかないだろう。しかし、ミステリという芸術は、やはりオリジナリティーをリスペクトしなければならない。

本書の解説で樋口有介が、この動機は今ではありえない、などとほざいているが、僕は十分あり得ると思うし、ギリシア神話を思い起こす悲劇だと感じる。願わくは、解説は樋口などでなく、きちんと結城とロス・マクドナルド、真木とリュー・アーチャー、「ウィチャーリー家の女」と「暗い落日」を比較できる識者にお願いしたかった。

たぶん僕が本書を読んだときにはまだ未読だった、僕がロス・マクの最高傑作と考える「さむけ」と本書にも、ある共通点を感じたのだが。

 

●6582 ゴメスの名はゴメス (ミステリ) 結城昌治 (光文文) ☆☆☆★

 

ゴメスの名はゴメス (1964年) (角川文庫)
 

 

日本ハードボイルド小説における「暗い落日」と同じく、スパイ小説の先駆けとして本書は名高い。しかし、62年に上梓された本書は、あのベトナム戦争以前のベトナムが舞台である。

そして、著者はもしベトナム戦争が勃発していたら決してベトナムを舞台にはしなかっただろう、と書いている。すなわち、著者の目指したのは単なるポリティカルなスパイ小説ではなかったのだ。

彼は「スパイの存在は人間不信の教訓である。私はこの悲劇を寓話として、もしできるなら、不安な現代の象徴として書いてみたいと思う」と言う。

本書は最初は主人公がいきなり恐怖の真っ只中に投げ込まれ、アンドリュー・ガーヴ的な巻き込まれ型のスリラーに見えた。しかし、登場人物は全てまるで記号のように個性がなく、ストーリーはバナナリパブリックのファルスのようだ。

一応、ミステリとして解決はあるが、本書は「プリズナー」のような顔の無い人々の織り成す不条理劇だ。しかし、それが面白いかと言えば、残念ながら僕は少し首を傾げざるを得ない。

特に主人公坂本の行動の動機が、どうにも納得いかない。彼は何のために命をかけて、誰と戦ったのか。そこが理解できないので、どうにも釈然としないのだ。

 

●6583 公園には誰もいない (ミステリ) 結城昌治 (青樹社) ☆☆☆★

 

公園には誰もいない (講談社文庫)

公園には誰もいない (講談社文庫)

 

 

真木三部作の第二作で67年の作品。これで、順番は変だけど三部作は読了。しかし、読み終えてある意味唖然としてしまった。たぶん、作者は意識的にやってるんだろうけど、なんでこんなことをしたのだろうか。

ようは、この三部作には明確に3つの共通点があるのだ。それはまず冒頭。三作とも娘の失踪から始まる。そして、必ず途中で真木は誰かに殴られ記憶をなくす。(「ゴメゴメ」でも同じシーンがあったのには、さすがに苦笑してしまったが)

最後にある基本トリック。この3つが全部共通するのだ。そして、たぶんこの3つは、ロス・マクが良く使ったパターンであり、だからこそワンパターンのロス・マクと、当時良く揶揄されていたのだった。

確か「ウィチャーリー家の女」もそうだったはず。嗚呼、「暗い落日」が「ウィチャーリー家の女」への返歌ではなく、三部作そのものがそうだったのか?しかし、それでは今度はいくらなんでも結城こそがワンパターンだろう。

もはや記憶は定かではないのだが、そういえば当時推理研の誰かが、真木三部作はワンパターンとか言っていて、それで僕は読まなかったのかもしれない。そんな気がしてきた。

そして、本書は残念ながら一番ミステリとしての味は薄い。ダールの「南から来た男」の使い方も、ちょっとどうかなあ、という感じ。

 

●6584 裏切りの明日 (ミステリ) 結城昌治 (東京文) ☆☆☆

 

裏切りの明日―結城昌治コレクション (光文社文庫)

裏切りの明日―結城昌治コレクション (光文社文庫)

 

 

東京文芸社というところから上梓された、結城昌治長編推理小説選集の第四巻。著者の作品を読み続けて驚くことは、その強靭な文体のせいで、時の経過に逆らい、小説が全く古びて見えないことであった。

しかし、本書は64年の作品、ということはあの「暗い落日」の前年の作品なのに、残念ながら時に負けてしまっているように感じた。ようは古臭いのだ。

内容は「夜の終る時」とは違い、ストーレートな悪徳警官モノ。その主人公沢井の人物造型もイマイチ良く解らないのだが、何より物語の背景となる手形パクリ事件というのが、いまさら「白昼の死角」もないだろう、という感じで乗れなかった。

まあ、作者のせいではないのだろうが。また、ラストのオチも短編ならともかく、長編だと見え見えではないだろうか。

 

●6585 愛する者に死を (ミステリ) リチャード・ニーリイ (HPM) ☆☆☆

 

愛する者に死を (ハヤカワ・ポケット・ミステリ1805)

愛する者に死を (ハヤカワ・ポケット・ミステリ1805)

 

 

確か90年代に代表作が何作か角川文庫でリバイバルされたが、もはや忘れられた作家となってしまった感のある、技巧派ニーリイのデビュー作。彼の「日本で別れた女」が僕が社会人として上京して読んだ最初のミステリで、慣れない満員電車の網棚に忘れて、金もないので一日紀伊国屋で立ち読みして、読み終えたのも懐かしい思い出。

で、仁賀克雄が未訳のニーリイの作品を翻訳し始めた最初が本書。えらく薄いのが気になったのだが確かにニーリイらしいサイコスリラーではあるのだが、作品としては荒っぽすぎて楽しめない。

たぶん、後書きにあるようにペイパーバック用にかなりの部分をカットしたためだろうが、仁賀はテンポが良くなったとかばっているが、僕には余裕が無くなってバタバタしているとしか見えない。若書きの酸っぱい苦さとでも言おうか。

 

●6586 チャンピオンズリーグの20年 (スポーツ)片野道郎(河出新)☆☆☆☆☆
 
チャンピオンズリーグの20年 ---サッカー最高峰の舞台はいかに進化してきたか

チャンピオンズリーグの20年 ---サッカー最高峰の舞台はいかに進化してきたか

 

 

サッカーに興味がない方には申し訳ないが、本書は正に僕が読みたいと渇望していた本であり、ある意味今年のベスト本である。僕がチャンピオンズリーグを明確に意識したのは、98-99年のあのベッカムのロスタイムのコーナー2発の奇跡、マンUバイエルンだったと思う。

しかし、真剣に見るようになったのはアンチェロッティミランロナウジーニョバルセロナ、すなわち04年くらいからだろうか。海外出張が増え、ホテルでサッカーを見る機会が増えたのと、浦和に引越しレッズサポーターになったのが大きなきっかけだ。

そして、そのサッカー界最大のイベントUEFAチャンピオンズリーグ。その20年の歴史、すなわち毎年の決勝トーナメントの試合と歴史的な事件、そして時代を代表するチームの解説を、客観的かつ興味深く描ききった傑作であり労作である。

読んでいる間は、走馬灯のように色んな試合が思い出され、至福の時間を過ごした。UCLの絶えざる革新、特にプラティニの改革(とその強い意志)には感動してしまった。

正直、最近どこの国かわからないチームが増えて、なんだかなあ、と思っていた自分が恥ずかしくなった。(そうは言っても、キプロスのアポエルの活躍には、結構感動していたのだが)

そして、読了して今思うのは、浦和レッズの(やや)低迷と入れ替わり、この四年間僕をずっと支配していたのは、ペップ・グラウディオラのバルセロナだったんだなあ、ということ。

正直、ペップの突然の辞任とスカパーのバルサチャンネル撤退によって、香川がどうしようが、僕は今欧州サッカーをどう見ればよいか途方に暮れている。いまさらチェルシークラブワールドカップと言われてもねえ。

たぶんバルサ以外で、一番見たいプレイヤーはダビド・シルヴァとヤヤ・トゥーレなんだけど、シティーはCLは弱いんだよねえ。マンチーニの采配もやっぱりイマイチ納得できない。

で、バルサはほとんどメンバーが変わっていないのに、ひさびさにスパルタクス戦を観てもなぜか燃えない。やっぱ、ティトじゃカリスマが無いのかな?なんて、こりゃもう本の話じゃなくなってるな。

 

●6587 64 (ミステリ) 横山秀夫 (文春社) ☆☆☆☆☆

 

64(ロクヨン)

64(ロクヨン)

 

 

著者七年ぶりの新作は、期待にたがわぬ傑作だった。読了して今深い溜息をついている。横山の代表作と言えば、ずっとミステリとしては「半落ち」「第三の時効」、普通小説としては「クライマーズハイ」としてきた。

しかし、彼の原点はやはり清張賞受賞作の「陰の季節」だろう。「陰の季節」はひとつの衝撃であった。今まで警察小説と言えば当然刑事が主役なのに、二渡という人事畑の人物を主役に置き、何と警察の組織の謎を描いたのだった。

とは言いながらリアルタイムでは、変わったミステリだなあ、くらいにしか思わず、その革命的な新しさに気づいていなかった。横山は警察小説に内部のリアルを持ち込み、それ以降の警察小説は全てそれを意識せざるを得なくなった。

「相棒」も、そこで成功したんだと思う。たぶん横山がいなければ、官房長は存在しなかっただろう。

本書は主人公こそD警察の三上広報官だが、その二渡が陰の主役として(描写は殆どないが)圧倒的な存在感を見せる。そういう意味では、正しく著者の原点に戻った、集大成とも言うべき傑作だ。

ただし、本書は人事ではなく広報が舞台であるため、「クライマーズハイ」のテーストも強く、そしてそれは著者の元職業であり、得意の分野でもある。

本書の内容に関しては、簡単にまとめられないし、またまとめたくない。とにかく、後半は驚きの連続であり、圧倒的な臨場感と迫力がある。キャラクター造型も素晴らしいとしか言いようがないし、三上が仕掛けられ、仕掛ける心理戦には舌を巻くしかない。

ここは、何の事前知識もなく読んで欲しい。正に誘拐ミステリとしても(第三の時効)マスコミと警察の関係を描いた小説としても(クライマーズハイ半落ち)そして、何より警察内部のキャリアとノンキャリアの抗争を描いたもの(陰の季節)として、素晴らしい出来である。

個人的には誘拐事件の真相に驚愕し、途中で明かされる二渡の陰謀に戦慄を覚え、それがまた最後にひっくり返ることに快感を憶えた。そして、巻を閉じてもまだ解決されない大きな謎。今年のベストは本書だった。

 

●6588 動乱のインテリジェンス(外交政治)佐藤優・手嶋龍一(新潮新)☆☆☆☆★

 

動乱のインテリジェンス(新潮新書)

動乱のインテリジェンス(新潮新書)

 

 

出るだろうなあ、と予想していた「インテリジェンスー武器なき戦争」の続編とも言うべき対談集。

しかし、前作とは少し雰囲気が違う。誤解を怖れずに言えば、前作は少しはしゃぎすぎのところがあった。しかし、今回は時期が時期だけに、真剣にならざるを得ないのか、手嶋のラスプーチンも抑え気味、お手盛り発言も最小限にとどめて、ひたすらシリアスなものとなっている。

もちろん、話は竹島尖閣から入らざるを得ないが、それだけではなく、薄き来事件(二十一世紀の三国志とは良くぞ名づけた)李春光書記官スパイ事件(何とTPPがこれに絡んでいたとは)そして鳩山元首相イラン訪問事件、北朝鮮ミサイル発射事件、「トモダチ作戦」等々最近のインテリジェンス事件についてその背景を含め丁寧に解説してくれる。(特に沖縄問題における民族主義の視点は鋭いと思う)

何か巷にあふれている情報が視力0,1、乱視入り、のところにいきなり視力矯正2,0の視力を得たように、その解析度の違いに唖然としてしまう。しかし、まるで衛星カメラからピンポイントで焦点を合わせながらも、二人はなかなかカメラを引いてくれない。

そこは、読者が自ら想像し、考えなければならない。そうやって考えれば例えばTPPひとつとっても、全く別の次元の物語が見えてくるのだ。もちろん、この手の物語は、何が真実なのかは軽々には言えない。いや、真実などいくつもあるのかもしれない。

しかし、二人が今どんな思いで本書を上梓したのか、深く考え込んでしまう。それにしても、新聞での本書の新潮社の宣伝コピーは思いっきりピントがずれているのではないか。まさか、わざとではないだろうと思うが。

 

●6589 星月夜 (ミステリ) 伊集院静 (文春社) ☆☆☆

 

星月夜

星月夜

 

 

話題の著者初のミステリ=警察小説、ということらしいが、「羊の目」と同じく、筆力は認めるが、ミステリとしては評価できない。たぶん、著者はミステリのことを良く解っていないのだろう。「永遠の仔」あたりを読んで、勘違いしてしまったのかもしれないが。

まず、殺人自体がちゃんと描かれてなく、ましてやその動機は良く解らない。もちろん、文学においては描かないことで表現する、という手法はありだろうが、それをリアルなミステリの核の部分で使っっちゃだめでしょう。

しかも、想像したって陳腐なものしか思い浮かばない。さらに、この大時代的な偶然の連続。せっかく、人物造型やスタイルは素晴らしいのみ、もう少しジャンルの文法をリスペクトして、ちゃんと勉強してから描いて欲しかった。