2011年 12月に読んだ本

 ●6316 天獄と地国  (SF)  小林泰三  (早川文) ☆☆☆☆

 最近、僕の中では急激に信頼度が劣化してきている著者だけれど、本書は色々文句はあ
 るが、ひさびさに面白く読めた。お分かりのように、本書はあの「海を見る人」に収録
 された同タイトルの短編を長編化したもの。しかし、内容的には圧倒的にスケールアッ
 プしており、全然関係ない作品として楽しむべきだと思う。共通点は、題名からも解る
 ように、重力が逆になっている世界の正体だが、ダイソン球やリングワールドの好きな
 人には楽しめるだろうが、正直物理的なディティールは苦手。実は本書の前半の魅力は、
 小林版「史上最強のロボット」にある。ここは、童心に戻って?楽しめた。(どうやら、
 ザビタンというのは、何かのアニメのキャラクターらしいが)後半も(残念ながら次巻
 に続くなのだが)創造主が既に滅んでしまっているのに、オートマティックに殺戮を繰
 り返す兵器たちは、まるでレムの「砂漠の惑星」の迫力がある。ただ、冒頭に書いた文
 句というのは、本書全体に漂う田中啓文テーストである。グログロ・ネチョネチョと寒
 いギャグの応酬。まあ、たぶんこの文体じゃないと、前半の戦いはリアルに描けなかっ
 たのかもしれないが、今後の壮大な展開を考えると、もっと違うシリアスな文体で読み
 たかった気がする。

●6317 追憶のカシュガル (ミステリ) 島田荘司 (新潮社) ☆☆★

 未だに図書館で島田の新作のハードカバーを見つけると、つい手にとってしまうが、一
 体本書は何なんだろう、ミステリと呼べるのだろうか、と悩んでしまうレベルの作品。
 大学時代の御手洗が、サトルという浪人生に世界の様々な物語を語るという形式をとっ
 ているが、これ何で御手洗が語らなければいけないのかさっぱり解らないし、何よりも
 物語としてちっとも面白くない。まあ、エッセイならばあり得るかもしれないが。一応
 手に入れた二冊のうち、「リベルタスの寓話」の評価があまりにもひどかったので(何
 と、あの甘いアマゾンで☆2、5しかない)そっちはやめて☆4、0の本書を読んだの
 だが、逆に「リベルタス」のひどさを読んでみたくなってしまった。まああと「ゴーグ
 ル男」は予約しているのだが、期待はしないでおこう。

●6318 乱歩彷徨 (評論) 紀田順一郎 (春風社) ☆☆☆☆

 乱歩という巨大な存在にはいくつもの顔がある。我が国の探偵小説のパイオニア。異端
 の文学者。通俗的な大衆作家。児童ミステリーの大御所。海外ミステリ研究家にして紹
 介者。探偵雑誌の編集者。推理文壇の長。そして、驚異的なロングセラー作家。しかし
 著者は、乱歩が作家人生を貫く壮大なトリックを仕掛けることによって、その圧倒的な
 成功を手にしたと推理するのである。正直著者の論理は間然とするところがないが、果
 たしてどの時期からどこまで意識的であったか、という分析は難しい。実は僕は乱歩の
 小説が好きか?と問われると、黙り込んでしまうしかない。たぶん「心理試験」のよう
 な初期の本格短編と「押し絵と旅する男」「赤い部屋」のような、幻想というよりいわ
 ゆる「奇妙な味」の短編は大きく評価するが、「人間椅子」も「パノラマ島」も絶賛し
 たいとは思わない。ましてや大衆モノや少年探偵団は全く興味が無い。実は、僕にとっ
 ての乱歩は、「幻影城」「続・幻影城」の著者、すなわちミステリの先生、いや師匠な
 のである。中学生時代、隣町の小さな本屋で偶然見つけた箱入りの「幻影城」。これが、
 僕のミステリの原点である。本書を読書中、正しく僕の魂は40年前のセピア色した時
 代を彷徨し続けた。たぶん、そういう幸福な読書体験は、どこかの世代で断絶してしま
 っているのだろう。今から思うと、何かを学ぶということが、こんなにも面白いと感じ
 た最初の、そして大きな体験だったんだ、とつくづく思う。何せ「続・幻影城」の「類
 別・トリック集成」に対抗して、ミステリのトリックと所感を付け出したのが、このレ
 ビューの原点なのだから。乱歩がいなければ、この書評ノートもなかったのかもしれな
 い。乱歩の耽美的な実作と本格(論理)好みという根源的な矛盾、乖離を、彼自身は眼
 高手低と切って捨てたが、初期短編と通俗長編の底辺に「幻影城」という頂点を加えて
 三角形を描けば、その像が少し焦点を結べてくるような気がする。この本を書評してく
 れた有栖川有栖に感謝。

●6319 悪 貨  (小説) 島田雅彦  (講談社) ☆☆☆

 著者の作品を読むのは、ひょっとしたら「優しいサヨク」以来かもしれない。ただ本書
 が上梓されたときは大評判で、予約も満杯であきらめたことを憶えていたので、図書
 の棚で見つけてすぐゲット。まあ、島田がエンタメにかなり寄った作品を書いたのだと
 は認識していたが、これは完全にミステリのフォーマット。(冒頭は「ハゲタカ」っぽ
 いけど)女刑事に偽札に中国マフィア。「彼岸コミューン」とフクロウの存在がちょっ
 と魅力的だけれど、正直島田が敢えてこんな小説を書く意味が良く解らない。特に経済
 小説としては底が浅いのではないだろうか?単純な偽札の流通で日本がハイパーインフ
 レになる、というだけでも眉唾物なのに、その日本を中国マフィアが買い叩く、と言わ
 れても、何をどう買うのか(インフレだよ?)イメージできない。正直安易すぎる気が
 する。ただ、何となく確信犯臭いんだよね。そういう批判を予測しながら、向こう側で
 笑っている著者のイメージがちらつく。

 ●6320 藁にもすがる獣たち (ミステリ) 曽根圭介 (講談社) ☆☆☆★

 著者の乱歩賞受賞作は読んでいないが、本書は努力は解るし、文体も達者で一気に読め
 た。ただ、手放しではやっぱり褒められない。題名から解るように、とんでもない悪徳
 刑事(ちょっとリアリティーなし)FX借金風俗主婦とリストラDV夫(外資に買収さ
 れた医薬品メーカーの研究員ってリアルすぎ)そして床屋を廃業したサウナの受付おや
 じ(認知症の母親持ち)と絵に描いたような転落人生が交互に、これでもかと描かれる。
 そして、この3つのストーリーは現金一億円の入ったバッグとある○○によって、後半
 クロスしだし、遂に繋がってしまう。その展開(説明はほとんどないのだが)は良く出
 来ているのだが、残念ながらラストが弱い。ここまで来たら、もっと徹底的に反道徳的
 なストーリーの方が説得力がある。で、やっぱこれって奥田の「最悪」の影響が強すぎ
 るし、こういうパターンのミステリが氾濫するのはうれしくないなあ。 

●6321 奇跡なす者たち (SF) ジャック・ヴァンス (国書刊) ☆☆☆☆

 昨年の柴野拓美の逝去はそれほどでもなかったが、今年の小松左京浅倉久志の死は未
 だにきちんと受け止められないくらい大きかった。その浅倉の最後の企画であったジャ
 ック・ヴァンスの傑作集を酒井昭伸が引き継いだのが本書。一時期僕のSF読書は浅倉
 訳を目印にしていたように思う。ヴォネガット、ディック、ゼラズニイ、等々僕のSF
 ベストは浅倉訳だらけだ。しかし、その中で唯一首を捻ったのが、実は浅倉が偏愛する
 ヴァンスの「魔王子シリーズ」であり、第一作の「復讐の序章」を読んだだけでやめて
 しまった。しかし、こうやってヴァンスの代表作とも言える(長編に近いヴォリューム
 の)中篇「奇跡なす者たち」と「最後の城」を読むと、ヴァンスの魅力がやっと少しわ
 かるようになった。彼の作品は60年代初頭にしては、あまりにスタイリッシュで知的
 かつ伝統的なのだ。とても、通常の筆力ではこんな古くて新しい世界を描ききれないだ
 ろう。(酒井が訳していることもあるが、確かに「ハイペリオン」に大きな影響を与え
 ていることが良く解る)「奇跡」は異星における人類と原住生物、「最後」は地球の人
 類と人類が奴隷として持ち帰った異星人、の違いはあっても、両作のシチュエイション
 は相似である。(「奇跡」には科学と魔術の逆転、「最後」には日本がモデルの特殊な
 社会制度という隠し味がそれぞれあるが)今に繋がる人類(米国)至上主義のミリタリ
 ーSF全盛のアメリカに、こんな作家がいたんだ。そして、たぶんヴァンスはゼラズニ
 イやシルバーバーグといった60年代米国ニューウェーブの新人たちに、大きな影響を
 与えただろうことは難くない。浅倉がヴァンスを愛するのも良く解る。ただ、「奇跡」
 のスターウォーズの理力のようなラストはいいが、「最後」はもっとハードな結末の方
 がしっくりくるように感じる。(しかし、ヴァンスはまだ生きてるんだよね。驚き)

●6322 最後の証人 (ミステリ) 柚月裕子 (宝島社) ☆☆☆☆

 「検事の本懐」の評判がいいので前作を図書館で見つけて読み出したのだが、本書の著
 者は「このミス大賞」出身だった。で、一気に読了したが評価が難しい。たぶん(えら
 そうに言うけど)あまりミステリを読みなれていない人は途中であっと驚くだろう仕掛
 けがあることは確か。ただし、マニアにとっては、裁判の記述がある点において不可解
 なので、これは見え見えである。従って、全体の謎の構成も見えてしまう。このあたり
 はひょっとしたらプロットを変えるべきだったのかもしれない。しかし、著者はどこま
 で意識的かしらないが、最終的には無実を証明することで罪を告発する、というとんで
 もない荒業が炸裂するのだ。これには恐れ入った。ただ個人的にはこっちが主題である
 ならば、真犯人は最後に自白しないと論理的におかしいのではないかと感じてしまう。
 あいまいな書き方しかできないのがもどかしいのだが。そして、やはり本書の最大の弱
 点は大逆転をもたらす新証人の現れ方であり、ここはもう少し工夫がないとやはりご都
 合主義に思えてしまう。しかし、そうは言ってもこの真相は、まるで遥か昔に読んだあ
 の「破戒裁判」のような新鮮な感動を与えてくれたのも事実なのだ。本当に難しい。あ
 るようで無かった本格的な和製法廷ミステリ。主人公の佐方も、ヒロイン小阪も、女検
 事もそれぞれ魅力的で、シリーズとして期待できそうだ。というわけで、ご祝儀も兼ね
 て?評価は少し甘め。いやミス全盛のこの時代に、こんな真摯なミステリは応援したく
 なる。柚月は法廷ミステリの横山秀夫になれるか?あ、最後にこの小説ちょっと病人が
 多すぎるんだけど・・・・

●6323 さよなら小松左京 (企画) 小松左京他 (徳間書) ☆☆☆☆★

 これは素晴らしい。何よりも「愛」があるし、丁寧で解っている。この半年のある種の
 空虚をかなりの程度埋めてもらった気がする。ひとことで言えば、日本SFの多様性は
 即ち小松左京の多様性であったということなのだろう。膨大な資料や多くの人々の言葉
 を読み込んでも、やはりそのあまりに多量の才能と感情を空回りさせてしまった嫌いは
 残る。しかし、それでも小松の足跡はあまりにも大きく、たぶん誰もその穴を埋めるこ
 とは出来ないだろう。多くの人たちが小松の最高傑作として「ゴルディアスの結び目」
 の連作を挙げているのに勇気をもらい(あと「くだんのはは」が人気)鏡明が小松SF
 の真髄は中篇にあり、というのにも大きく頷いた。(「ゴルディアス」「神への長い道」
 「結晶星団」といった宇宙・進化をテーマとした太いSFは、中篇であればこそ一挙に
 対象に肉薄する鋭さと力を持つ)関西大震災以降、長い長い沈黙に陥ってしまった小松
 が、新たな震災の襲った年に亡くなった。このことを、どう受け止めれば良いのか。た
 ぶん、小松が輝いていた時代は二度と戻らないのだろう。未来は最早薄汚れてしまった
 のだ。そう、この喪失感の本質は、たぶん僕らは遂に未来というものを決定的に失って
 しまった、という確信にあるのだろう。今、手元に新たに3巻合本で上梓された「虚無
 回廊」がある。これを年内に読み終えたら、「果てしなき流れの果てに」の再読にチャ
 レンジし、そして遂に「日本沈没」に挑んでみようと思う。

●6324 白樫の樹の下で (時代小説) 青山文平 (文春社) ☆☆☆

 松本清張賞受賞作。なんだけど、茶木の絶賛にも関わらず、微妙な出来。まず、文体が
 変。田牧と同じく、地の文を一文づつ改行するので、どうにも描写が浅い。これは、ひ
 ょっとしたら文庫書下ろしの影響なのだろうか。ラノベと同じく読み慣れた人間にはち
 ょうどいいテンポなのかもしれないが、これは僕にとっては読書とは別の次元だ。長編
 一冊には分量が足りないのか、大きな文字になっているのも興醒め。茶木の言うミステ
 リ趣向も、結局人物描写が甘いため素直には評価しずらい。こういう流れが一時の流行
 にすぎないことを切に願う。

 ●6325 追悼 小松左京 (企画) 小松左京他 (河出新) ☆☆☆☆

 アマゾンでは先述の徳間版に比べて、既出の文章が多くて熱意が足りないような批判を
 されていたが、僕のような熱心なフォロアーでなかったものにとっては、殆どが初読で
 面目ないが逆に価値のある一冊となった。(まあ、小松と半村が亡くなった福島を偲ぶ
 対談、なんてのはさすがに考え込んでしまったが。:三人とも故人)冒頭から東と宮崎
 の対談などというのは、新しい正統なアカデミックであり?(東のミーハーぶりがかわ
 いい)新しい対談も結構載っていて、これはこれで楽しく読了した。特にOB編集者座
 談会は当時の雑誌創りの現場の裏話としても、非常に面白かった。また、鶴見俊輔との
 対談「人間にとって文学とは何か」は、双方の知の巨大さを感じざるを得ない緊張した
 一編となっている。

 ●6325 アバタールチューナーⅤ (SF) 五代ゆう (早川文) ☆☆☆☆★

 遂に完結。全五巻が一年で完結、というのは理想的なスピードと量に感じた。本シリー
 ズの基本世界構造が「百億、千億」であることは、早い段階で予想がついたが、ラスト
 第五巻で明かされる「神」の正体は、なるほどと思わせる説得力と独創があり感心した。
 最新の物理学を全く知らない人には辛いかもしれないが、少しでも超ヒモ理論などをか
 じった人間はおっと驚くこと請け合いである。また、ひさびさに「火の鳥」や「都市」
 のような悠久の時の流れを感じ、何か忘れていたものを思い出させてくれた気がした。
 そうか、本書の本質は「神狩り」でもあったのだ。そして、ラストは見事にこの壮大な
 物語をまとめ切ったと褒めたい。僕は三人と「ポーの一族」が重なってしまった。唯一
 物足りないのは、ヒートの行動の動機か。ここはイマイチ説得力が足りない。シリーズ
 全体としては、RPGのノベライズという制約を、遥かに越えた傑作であることは間違
 いないが、一方ではやはりゲームとは関係なく、もっとシリアスなキャラクターで読ん
 でみたかったという贅沢な要望を感じてしまうのも事実。阿修羅やキリストやプラトン
 が出てきたらどうなっていただろうか。そうかテイヤール・ド・シャルダンのオメガポ
 イントとはエヴァのATフィールドだったんだ。これは「兇天使」を読まなければいけ
 ないかなあ。

 ●6326 心に雹の降りしきる (ミステリ) 香納諒一 (双葉社) ☆☆☆☆

 このところ著者はコンスタントに良い仕事をしてきたと思っていたが、やっと本書で評
 価された。(このミス第9位)ただ個人的には評価が難しい作品だ。とにかく主人公の
 人物造型が良く理解できず、感情移入が難しかった。冒頭は過去にトラウマを持った悪
 徳警官として描かれるのだが、なぜか正義感も非常にあり、矛盾の塊のような思考と行
 動を繰り返しながら、ある事件をきっかけにラストに向かって改心?していく姿は、申
 し訳ないが陳腐かつリアリティーゼロの物語だ。しかし、一方ではそんな刑事の追いか
 ける事件の複雑さときたらとんでもなく(いったい、同時にいくつの事件が起きている
 のか解らなくなってしまうレベル)しかも、それを見事にアクロバティックに全て解決
 してしまうのには恐れ入った。(こんな田舎町になぜ突然これほど多くの事件が起きる
 のか?という質問は無しだが)というわけで、これまた構築美はないのだが、ジェット
 コースターミステリとしては、見事な職人芸を堪能できる作品であることは確かだ。

●6327 MM9 INVASION (SF) 山本 弘 (創元社) ☆☆☆★

 著者や小林泰三ウルトラシリーズのパロディにはもう食傷気味と思っていたのだが、
 前作は多重人格原理等々のトンデモ理論と、強引かつ巧妙なオチが気に入ってしまった。
 結局、僕らの世代にはウルトラのDNAが埋め込まれているのか。しかし、今回はちょ
 っとやりすぎ。少年少女を前面に出してしまったため、ジュブナイル化してしまいパロ
 ディとしてのパワーが弱まってしまった。もちろん、著者はそこに自分の趣味を投入し
 てくるわけで、まあこういうシチュエイションが好きな人が多いのかもしれないが、僕
 はもう結構。今回は許容範囲を超えてしまっている。どうやらMM9は(今回はウルト
 ラセブンテースト)長大なシリーズとして今後継続するようで、本書はそのプロローグ
 という位置づけのようだ。(冒頭が既にウルトラマンの第一回のパロディ)でも、余程
 のことが無い限り、これ以上追っかける元気は無いだろうなあ。

●6328 ポーカー・フェース (エッセイ) 沢木耕太郎 (新潮社) ☆☆☆☆

 オールタイムでエッセイのベスト10を選ぶなら、僕は必ず「チェーン・スモーキング」
 を上位に選ぶだろう。今でも「シナイの王国」や高倉健の話は、僕の胸に深く突き刺さ
 っている。「バーボン・ストリート」「チェーン・スモーキング」に続いて、遂に第三
 作が読めるとは思ってもみなかった。アマゾンでは、前2作よりパワーダウンという厳
 しい評が載っていたが、いやいや僕は十分楽しめた。確か「チェーン」では、それぞれ
 の章が正にチェーンのように次々繋がっていくような構成だったと思うが(ちょっとあ
 やふや)今回は、ひとつひとつの章の中で一つのテーマ?に沿って、次から次に話が繋
 がり、最後に見事に輪が閉じる。いかにも沢木らしいスタイリッシュでロジカルな仕上
 がりに(計算しないことも含めて全て計算されている?)ケッと言いたくなる人もいる
 だろうが、これはこれでやはり僕は好きだというしかない。そう、バーでこんな話を聞
 きながら、バーボンを傾ける。絶対無いだろう、そんなシチュエイションに憧れる自由
 くらいは許してもらおう。 

 ●6329 虚無回廊  (SF)  小松左京  (徳間書)  未完?

 徳間から出たⅠとⅡに、角川春樹事務所から出たⅢを合本にした決定版が上梓された。
 しかし、ある意味困った作品だ。ご存知の通り本書は未完である。そして、この作品こ
 そが小松の作家人生を象徴しているように見える。圧倒的な迫力と、哲学・物理学・文
 学等々のあらゆる情報・知識をぶち込みながら、一方ではなぜか人間臭く、構築美がな
 いのである。宇宙に忽然と巨大な円筒=SSが現れる、と言えば誰もが「宇宙のランデ
 ヴー」を思い浮かべるだろう。しかし、どちらかと言えば本書には「都市と星」の青臭
 さがあり「火の鳥」のような素朴さがある。読みながら、ああやはり小松はハードSF
 作家なんだ、と感じ、イーガンとの類似もまた感じていたのだが、SSの内部で様々な
 宇宙生物と出会うシーンは、やはりイーガン以降のSFとしては、あまりにも古臭い。
 (いや、レム以降と言うべきか)しかし、一方では当時まだ学会ではきちんと語られて
 いなかった、ダークマターやエネルギー、人間原理のようなものが、小松流の表現で登
 場してくるのだ。西洋哲学の批判に、名前は明確に出ないが今西進化論(棲み分け理論)
 が使われていたりもする。それでも結局、本書でも小松はその溢れる知識、アイディア、
 文章を制御できず、未完に終わった感じが強い。結局プロットの設計図が甘いのだ。(
 最近の大沢や逢坂らのミステリの巨匠もみんなそう。SFやミステリのようなジャンル
 小説にとって如何にプロットが重要かつくづく思う)外見的なイメージとは逆に、筒井
 康隆こそ完璧主義の努力家であり、小松は飽きっぽい天才だったのだろうか。

 ●6330 秋葉原事件 加藤智大の軌跡 (NF) 中島岳志 (朝日新) ☆☆☆

 本の雑誌の年間ベストで評判だった本が、簡単に図書館で手に入り早速読み出した。が、
 一気に読み終えて、大きな違和感を感じている。本の雑誌には、あの加藤は実はきちん
 と働いていて、明るくて友達が結構いたことに驚いた、というようなことが書かれてい
 たが、確かに加藤は引きこもりではないが、この物語をそう読める人がいることに逆に
 驚いた。単純な格差社会批判が無意味であることは間違いなく、著者が単純を嫌ってで
 きるだけ生の加藤に寄り添おうとしたのは解るが、結局著者は対象には全然食いこめて
 いないと思う。加藤の言葉で伝えるより、行動で示そう(覚ってもらおう)という行動
 原理は、ひょっとしたらあるのかもしれない、という恐怖を感じるが。(例えば運送会
 社で加藤が働いていたとき、怠け者の社員のせいで時間が足りなくなり、加藤は常に自
 腹で高速道路を使ってカバーし、その領収書をそのたびに怠け者の部屋に投げ込んだと
 いうのだ。当然、そんな抗議が伝わるはずがない。これはかなり怖い)著者はこのテー
 マを扱うには、あまりにも常識人なのだろう。(確かインド系の学者と思っていたら、
 「パール判事」を書いた人だ)これならば、桐野の著作の方が僕には何倍もリアルだ。

●6331 エージェント6 (ミステリ) トム・ロブ・スミス (新潮文) ☆☆☆☆

 レオ・デミドフ三部作、ここに完結。第一作の「チャイルド44」は旧ソ連のヒリヒリ
 する監視社会の恐怖、人間不信のおぞましさを冷酷に描ききった驚愕の処女作であった。
 しかし、第二作「グラーグ57」も巷では評価されたが、僕にはスケールこそ大きいが
 何か全体に空回りしていてピンとこなかった。そして完結編の本書は、その中間とも言
 うべき作品で、前半と後半が完全に分離した構成となっている。(「飢えて狼」がこん
 な感じだったかな?違うか)それが成功したのかどうかは微妙なところだが、一気に読
 ませるリーダービリティーは健在だ。本書は「チャイルド」より前のライーサとの出会
 いから物語が始まり、15年後の米国におけるとんでもない事件で前半の幕が下りる。
 そして、8年の時が過ぎレオはアフガニスタンで秘密警察の教官として7年を過ごした
 後、またしてもとんでもない事件に巻き込まれ、遂に米国に再び辿り着き・・・という
 正にとんでもなく長大な物語であり、それはまた家族再生の地獄巡りでもあるのだ。レ
 オの生きてきた道はあまりに長く哀しい地獄道であり、その救いは正に蝋燭の炎のよう
 な頼りないものに過ぎないのだが、それだけにリアルに胸を打つ。「チャイルド」の完
 成度には残念ながら及ばないが、この壮大なスケールの物語もまた今年度の大きな収穫
 であることは間違いない。(誤解を怖れずに書けば、何か「復活の日」を思わせた)

 ●6332 謎解き名作ミステリ講座 (評論) 佳多山大地 (講談社) ☆☆☆★

 何と花園大学では、著者によるミステリの講座、授業がもう何年も続いていて、その内
 容をもとにした連載をまとめたのが本書。まあ、全般に楽しく読めたが、結構途中でネ
 タを割っていて(もちろん予告はしているのだが)それならば、もっと面白い分析がで
 きるのではないか、という気もしないではない。全体にクイーンやカーがあまり取り上
 げられてなく、ちょっと好みが違うのかもしれないし、著者のこだわりがあまりピンと
 こない場合も結構あったように思う。

●6333 後悔と真実の色 (ミステリ) 貫井徳郎 (幻冬舎) ☆☆☆☆

 偶然貫井の最近作をゲット。ちょっと時期はずれの貫井祭り最終回は、なかなかの出来
 だった。貫井は最近警察小説を書いているとは聞いていたが、ネットでは毀誉褒貶が激
 しく、読むのやめようかと思ったのだが読んで正解。まあ、ちょっと風邪気味で読んだ
 せいなのか、著者のミスデレクションに見事に引っかかってしまった。伏線は丁寧に張
 っているし、貫井の作品なら普通はつい深読みするのだが、今回は幸せなことにコロッ
 と騙されてしまった。前半はまるで「第三の時効」のような刑事たちの群像劇なのだが、
 そこに男の嫉妬や出世欲が臆面も無く絡んでくるのが貫井流。そのあたりに好き嫌いが
 でるのかもしれないが、まあ僕としては好きではないが許容範囲。少なくとも初期の作
 品の無意味なオフビートさや、くどさに比べれば、だいぶ大人になったというか、バラ
 ンスがとれてきたというか。まあ、結局貫井らしい救いの無い悲惨な物語なのだが、全
 体に乾いたタッチなので余韻を残して読み終えた。

 ●6334 シューメーカーの足音 (ミステリ) 本城雅人 (幻冬舎) ☆☆☆★

 惜しいなあ。努力は解るが、まだ著者は自分の魅力がちゃんと理解できていない。今回
 はスポーツではなく、英国流の靴職人の物語であり、殺人の出てこないミステリ、とこ
 こまでは宿題は完璧にこなしたという感じ。しかし、本書の最大の失敗は主人公榎本の
 人物造型にある。本城の魅力は、「スカウトデイズ」の堂神、「オールマイティ」の善
 場、「嗤うエース」の浪岡、と並べると解るが、プロフェッショナルな悪、ヒールの造
 型の素晴らしさにある。従って、本書に置いても正義の味方の榎本よりも、敵役の齋藤
 の方が圧倒的に魅力的なのだ。ところが物語は、榎本がおよそ似合わない罠で齋藤を陥
 れてしまう。また前半の齋藤のヒールぶりの素晴らしさから、後半の彼の失策はイメー
 ジしずらい。何でせっかくの悪の魅力を、勧善懲悪の陳腐な物語で台無しにしてしまう
 のか。(少なくとも榎本の齋藤への憎悪の原因となる事件は、全く説得力が無い)この
 戦いは、齋藤の勝利とまでは言わないが、やはり二十面相のプライドも立つような終わ
 り方をしなければ。著者の魅力は善悪を超越したピカレスクにこそあるのだ。著者がど
 こまで意識しているかは解らないが、本書において榎本の万能のパートナーを務めるシ
 ューンと、あのハーラン・コーベンのマイロン・ボライターシリーズにおいてマイロン
 の友人にしてジョカー役のウィン(ウィンザー・ホーン・ロックウッド三世)の役割の
 相似と造型の相違を比べてもらえば、著者の失敗は明確だ。しかし、今回ベッドに寝込
 みながら、ネットの書評をサーフィンしたが、はっきり言ってレベル低すぎでしょう。

●6335 キングを探せ (ミステリ) 法月綸太郎 (講談社) ☆☆☆★

 法月ひさびさの長編(「生首」以来か?)は、年間ベストが終わった後に如何にも著者
 らしく上梓された。これはもう冒頭で明かされるので書いてしまうが、本書はネット仲
 間四人によるW交換殺人であり、ハンドルネームで描写される犯人たちは、どうしても
 歌野の「密室殺人」シリーズを想起させる。まあ、歌野ほどおたくっぽくなく(法月父
 子の会話で物語の大半が進むため、陰惨な雰囲気にはほど遠い)さすが法月と思わせる
 論理の冴えもあるのだが、やはりこういう題材は、法月警視が出てくる作品には向いて
 いないのではないか。どうにも、リアリティーが薄いのだ。(しかし、警察がこんな罠
 を仕掛けるか?)このマニアックで理屈っぽいミステリは、いっそ無駄を徹底的に省い
 て、中篇か短編にしてしまえば、鋭い切れ味の作品に化けたのではないか、と感じてし
 まった。(題名は「生首」は都筑だったけど、今回は鮎川の「王を探せ」か)

●6336 ゴーグル男の怪  (ミステリ)  島田荘司  (新潮社)  ☆★

 やはり、題名と表紙を見てやめておくべきだった。今年読了したミステリの中で最低の
 作品。よくもこんな作品を書くものだ。そして、よくもこんな作品をアマゾンの書評子
 たちは絶賛するものだ。そしてそして、よくもHNKはこんな原作でミステリドラマを
 放映したものだ。プロットやトリックにかつての面影が見出せるが、その劣化の激しさ
 に涙がでそうになる。そして、何よりもこの作品における原発(臨界事故)の扱い方に
 は怒りさえ覚える。余程のことがないかぎり、最早著者の新刊を読むことは無いだろう。
 何かヴァンダインの「ドラゴン殺人事件」を読んだ時の怒りを思い出した。

 ●6337 四十八番目の忠臣 (時代小説) 諸田玲子 (毎日新) ☆☆☆☆★

 今年は宇江佐、松井、諸田の順番かな、と思っていたが、最後に諸田も大ホームランを
 かっ飛ばした。諸田の最高傑作は何度も言うが「かってまま」だと思っている。しかし、
 「かってまま」は超絶技巧の変化球であり、その対極には「奸婦にあらず」に繋がる剛
 速球の作品群がある。ただし、「奸婦」以外は「美女いくさ」も「お順」も、女性の眼
 から歴史的大事件を描くという方法論が、それほど生きているとは思えなかった。しか
 し本書は違う。もともと諸田は「おんな泉岳寺」や「灼恋」において、忠臣蔵をちょっ
 と変わった視点で描き、心に残る作品としてきた。そして本書も確かにユニークな視点、
 かつ女性の視点から、使い古された忠臣蔵に全く新しいストーリーを持ち込んだと評価
 すべきだろう。どこまで著者のオリジナルなのか、はたまた歴史的にありえるのか、と
 いう疑問は残れど、おきよの正体は素晴らしいとしか言いようが無い。この設定を思い
 ついた地点でもはや著者の勝利である。そして、定番の刃傷シーン、討ち入りシーン、
 切腹シーン、等々男の物語は全て描かず、吉良家の立場にも心を配りながら、とんでも
 ない方法で赦免、ついにはお家再興まで物語りは届いてしまうのだ。これは、絶対に男
 には書けない忠臣蔵であり(敢えて言えば「四十七人の刺客」とは真逆の忠臣蔵)諸田
 の、女の視点というアプローチが遂に大きな果実を結んだ、と言える傑作である。出来
 得れば、本書で直木賞を獲ってもらいたいものだ。(蛇足だが、「雷桜」「吉原十二月
 」に本書を続けて読んでもらえれば、三人の女流時代作家の圧倒的な力量が解ってもら
 えると確信するのだが)

●6338 刑事のまなざし (ミステリ) 薬丸 岳  (講談社) ☆☆☆★

 これまた受賞作を読んでいない乱歩賞作家の作品だが、あちこちで評判がいい。主人公
 の夏目刑事は「家裁の人」のイメージだけど、物語の底流には「それでも、生きていく」
 が流れている感じ。冒頭の「オムライス」が、痛いけれど強烈でショッキングな切れ味
 の傑作。続く「黒い履歴」「ハートレス」「傷痕」もやはり痛くてきつい作品ばかりだ
 が、丁寧なつくりと夏目のキャラクターで読ませる。しかし、次の「プライド」はいた
 だけない。完全に拙速というか一発ネタで、そこがばれるときつくて、他の作品と違和
 感がある。続く「休日」も不発。そして、書評では絶賛が多いラストの表題作だが、僕
 はこれもダメ。作りすぎ。こんな三人の関係はあり得ないし、その後の展開もあまりに
 もリアリティーがない。というわけで、前半だけなら傑作なのだが、後半残念ながら失
 速という感じ。そして、奥付の初出一覧で気づいたのだが、「オムライス」から「傷痕」
 までは、一年一作のペースで雑誌に掲載されているのだが、「プライド」以降は一年に
 四編も書かれているのだ。まあ、単行本化を急いだのだろうけど、こんな解りやすい作
 家は珍しいなあ。編集さん、著者には時間をあげてください。

 ●6339 翁 秘帖・源氏物語 (伝奇小説) 夢枕 獏 (角川書) ☆☆☆★

 僕は獏のファンだが、陰陽師シリーズにはあまり興味が無いので、今回もどうかなあと
 思いながら読み出した。(もちろん「源氏」に関する知識も興味も殆ど無い)何と今回
 はあの蘆屋道満光源氏の(やっぱり)男二人の掛け合いで物語りは進む。途中で何と
 京極夏彦のある作品と良く似た大ネタが爆発したり、テイヤール・ド・シャルダンのオ
 メガポイントがでてきたり、これのどこが源氏なんだろうと思いながら読み進む。そし
 て、読み終えて感じるのは、これは夢枕版、平安版「2001年宇宙の旅」なんだろう
 なあ、ということ。ただ、解説で獏が力むほど新しさは感じない。もちろん、源氏がら
 みのいろんんな薀蓄や仕掛けがあっても、僕は全然気づかなかったのだが。「沙門空海
 唐の国にて鬼と宴す」が系統としては一番似ているかな。

 ●6340 連続殺人鬼カエル男 (ミステリ) 中山七里 (宝島文) ☆☆☆☆

 とんでもない題名のせいか、舞台が埼玉なのに図書館には一冊しか購入されず、結局
 本屋で買ってしまった。そうか、本書は中山が「このミス大賞」を受賞した「さよな
 らドビュッシー」と同時に最終選考に残った作品で、よくここまで傾向が違う作品を
 同じ賞に応募したもんだと思う。内容は、著者は良くミステリを解っているんだなあ
 という感じで、僕はクイーンの「九尾の猫」をイメージしたし、基本トリックはクリ
 スティーの有名作品を、うまく捻って使っている。文体も題名からのイメージとは少
 し違って、スラップスティック(肉体的に徹底的にいじめられる主人公の刑事!)と
 恐怖がなかなかうまくブレンドされている。では傑作か?と言われると天邪鬼な僕と
 しては、ラストのディーヴァー並のどんでん返しが、少し興醒めした。ひっくり返せ
 ば返すほど、無茶になっていく。もう一歩かな、と思っていたら最後の最後で真犯人
 の真の動機が解って驚いた。何と本書は現代の「虚無への供物」だったのだ。そして
 さらにさらに(お約束だけど)最後の一行の「恐怖の誕生パーティー」を捻ったよう
 な恐怖。やっぱり傑作であった。

●6341 ブラッド・ブラザー(ミステリ)ジャック・カーリー(文春文)☆☆☆☆

 カーソン・ライダーシリーズ第四作。前作「毒蛇の園」は努力は解るが失敗作であっ
 た。ミステリとして難しいところを狙いすぎたし、何よりカーソンの兄であり、本シ
 リーズにおけるレクター博士役の、ジェレミーが登場しないのが最大の弱点であった。
 そして本書は汚名挽回というか、何とそのジェレミーが病院から脱走してNYにやっ
 てくるのである。期待は高まるのだが、読み終えてイマイチ微妙な感じ。もちろん、
 面白くて一気読みなのだが、法月にディーバー、コナリーの両横綱を脅かす関脇(大
 関でないところが正直)と評されたカーリーにしては、伝家の宝刀を抜いた割にはも
 っとやれたんじゃないか、という気が付きまとう。解説は本書でディーバー、コナリ
 ーと並んだ、と囃すが、正直ディーバーというか映画も含めた米国エンターテインメ
 ントの悪い部分に影響されている気がする。すなわちページをめくらせるために、あ
 まりに次々と色んなことが起きすぎ、少々せわしないのだ。もう少し落ち着いたほう
 が良いのではないか。ミステリとしてのスジや伏線はなかなか良く出来ている。(特
 にプロローグが気に入った)何より実は語られていなかった兄弟の暗い過去が明かさ
 れ、それが事件の原因となるプロットは「ラストコヨーテ」を思わせるのだが、そこ
 にはコナリーの暗さ重さはそれほど無い。全てはエンターテインメントに奉仕される。
 ラストでミステリとしての構図が大逆転するあたりはうまいのだが、どうもその効果
 をうまく使えていないような歯痒さが残る。そして、最後の最後の大逆転は、それは
 当たり前でしょう、とシリーズを読んできたものは感じてしまう。だって、ジェレミ
 ーはレクター博士なのだから。で、本当に本書のラストは「羊たちの沈黙」になって
 しまうのだが。以上、評価はギリギリ合格だけど、このままではカーリーは壁に当た
 ると感じた。もっと落ち着いてサスペンスより謎で勝負する方が良いと感じるのだが。

●6342 ローラフェイとの最後の会話(ミステリ)トマスHクック(HPM)☆☆☆☆

 何とクックの新刊は、文春文庫ではなく新生HPMから上梓された。(訳者は変更な
 し)値段的には文句が多いようだが、クックこそHPMに相応しい、いや求められて
 いた作家のように感じる。全く違和感がないというより、HPMの装丁が本当にしっ
 くりくる。話の内容は、厳しく言えばいつものクックそのものである。しかし、今回
 は題名のように主人公とローラフェイという女性が、ホテルのバーで過去を語る、と
 いうそれだけで最後まで引っ張るという極北のスタイルで、読んでいて凄みすら感じ
 てしまう。まあ、音楽で言うならエルビス・コステロの全てを削ぎ落とした渋みにで
 も例えようか。小説だと、これはもうドビンズの「奇妙な人生」をずっと思い浮かべ
 て比較しながら読んでいた。そして、いつものようにミステリとしては反則だが(全
 然伏線ははられていない)次々と明らかになる家族の悲劇。崩壊。そして誤解。しか
 し、今回はここまで徹底的に家族の崩壊、人間の暗部を描きながら、最後の最後で珍
 しく救いを少し描いている。とりかえしのつかない人生の過ちも、やはりやり直すし
 かないのであって、マジックは無いのだ。大いなるマンネリ作家クックに脱帽である。


本年度は以上281冊。ひさびさに絶好調時のペースに戻ったが、これはもはや読み
 たい本だけを読む、という開き直りの結果にすぎない。

 でも、来年もこの路線でいくつもり。

本を読むということは、人生が一回しかないことへの反逆である。
 
 昨日わからなかったことが、今日わかる。それが生きていく目的であり楽しみである。