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2011年 2月に読んだ本

●6088 よもつひらさか (ホラー) 今邑 彩 (集英社) ☆☆☆☆

 先月の続きで、少し永井と今邑を読み込もうと思う。(二人とも、今のところレベルが
 高いが、作品数も思ったより多くて驚いている)本書もレベルはかなり高い。このレベ
 ルの作品に全然書評が出ず、年間ベストにかすりもしないのはやはり健全でない。(そ
 の結果今邑は体調を崩し沈黙し、永井は自殺してしまった?)才能を大事に扱わなかっ
 たことが、昨今のSFに比較したミステリの不振に繋がっているような気がする。本書
 は、全てが純粋ホラーとは言えないし、さすがに良く似たオチが後半目に付いたが、全
 体のレベルは高橋克彦の「緋い記憶」を思わせる充実振りだ。特に「茉莉花」、「双頭
 の影」、「穴二つ」、そして表題作が良い。これは著者の作品の特徴なのかもしれない
 が、白と黒、ネガとポジが一瞬で入れ替わる切れ味が素晴らしい。

●6089 アルバトロスは羽ばたかない (ミステリ)七河迦南 (東京創)☆☆☆☆★

 驚いた。傑作である。本書を昨年度中に読めなかった不覚をお詫びする。もし昨年中に
 読んでいたら、去年の国内ミステリのベストは本書であり、0年代のベストにも選んだ
 だろう。しかし、一方そのおかげで本書を読む前に、前作「七つの海を照らす星」を読
 むことが出来たことは本当に幸運であった。なぜなら、本書の本当の凄さは前作と続け
 て読まないと(たぶん)理解できないからである。それさえなければ、満点をつけても
 いいくらい、本書のラストの衝撃はすさまじかった。何せ、読了後すぐ市内の本屋を走
 り回って前作をみつけ、最終章を読み返して自分が間違っていないことを確認したくら
 いだ。ラストで明かされる意外な人物は本書では結局最後まで名前を明かされないのだ。
 しかし、その人物の回想は前作での行動とリンクする。(こんなのありか?)しかも、
 本当の驚きは、その前の驚愕のどんでん返しであって、そこを全てをきちんと理解して
 から再読すると、見事なまでの超絶技巧で本書が組み立て、描かれていることに気がつ
 き、陶然としてしまった。素晴らしいとしか言いようがない。国内及び海外に良く似た
 趣向の作品を一作づつ思い起こすが、本書の方がクオリティーは高いと断言する。最初
 は舞台も登場人物も謎の設定も前作を踏襲していて、ワンパターンに感じたのだが、ま
 さかこんな衝撃が待っているとは。本書は春夏秋冬の四つの事件を描いているが、プロ
 ットは冬ー春-冬ー夏ー冬ー秋ー冬、という凝った構成(悪く言えばこれまた良くある
 パターンだが)で描かれているのだが、そこにこんな超絶技巧が施されているとは全く
 気付かなかった。脱帽。本書は昨年の各種ベストではそれほど評価されなかったが、た
 ぶん前作と続けて読んだ人が少なかったのではないだろうか。(前作との間に三年のタ
 イムラグがある)あ、それから本屋で前作の表紙を見ていたら、この変なペンネームが
 ローマ字回文であることに今頃気付いた。情けない。しかし、この覆面作家は誰なのだ
 ろうか。さすがにプロの別名ということはないだろうが、御大北村に迫る才能の持ち主
 で(たぶん男で)あることは間違いない。最初は「秋の花」のような作品かと思ったら、
 遥かにスケールのでかい傑作であった。

 ●6090 「裏窓」殺人事件 (ミステリ) 今邑 彩 (集英文) ☆☆☆☆

 今邑彩という作家の才能と不幸と限界を感じてしまう傑作。本格ミステリ恩田陸と言
 っていいほど、彼女の作品には本歌の影響を強く感じる。そして、その処理の仕方はな
 かなかうまくて読ませる。しかし、それを喜ぶマニアには、やはりこの二時間サスペン
 ス・テーストはマイナスとなってしまう。本書は題名から解るように、これまた設定は
 ヒッチコックアイリッシュ)へのオマージュとなっている。そして、結構意外な犯人
 はクリスティー、これまた素晴らしいトリックは鮎川哲也、動機はウールリッチ、最後
のどんでん返しはまたもカーである。傑作「金雀枝荘の殺人」は決してフロックでも、
 突然変異でもなく、この貴島シリーズ?にその萌芽はきちんと現れている。問題はここ
 までマニアックなミステリを、こんな芸のないシチュエイションで描いてしまったこと。
 「館」や「名探偵」をきちんと描きこめば、素晴らしいシリーズになっていたような気
 がするのだが。これでは島田の吉敷刑事以上に俗っぽい。もったいない。

 ●6091 天使などいない (ミステリ) 永井するみ (光文社) ☆☆☆☆

 初期の短編集。全てがミステリとは呼べないが、永井が「枯れ蔵」や「大いなる聴衆」
 といった典型的なミステリ長編を書く一方、初期から今に続く(ミステリからはみだし
 た)テーストの短編を書いていたことに改めて気付かされた。やはり、突然変わったの
 ではないのだ。題名から解るように、本書に収められている短編も素晴らしく意地悪で
 残酷だ。最初は一編一編のボリューム=書き込みが足りないような気がしたのだが、全
 編読了後振り返ると、後半の長めの作品が、決して良く出来ているとは言えないことに
 気付いた。永井もまた切れ味で勝負するタイプなのだろう。「別れてほしい」「耳たぶ」
 「十三月」「レター」(この作品だけハッピーエンド!)あたりの切れ味とリアルなの
 に意外な展開の妙が素晴らしい。そして、九州さが大衆文学賞(何と言うネーミング!)
 を受賞した「マリーゴールド」が一番の出来であろう。本当に意地悪で残酷だ。

 ●6092 i(アイ)鏡に消えた殺人者 (ミステリ)今邑 彩(集英文)☆☆☆★

 遂に順番を逆に、貴島刑事シリーズを三作全部読んでしまった。(と思ったらもう一作
 あるようだ)著者は第三作の本書を実質的な処女作といい、思い入れもあるようだが、
 僕は著者にしてはシンプルすぎて、やや物足りなかった。こってり味を期待していたら
 えらくあっさり味だったように。まずメイントリックが面白いんだけど、アナクロすぎ
 る。昔中一コースかなんかで森田健作がやっていたミステリのトリックみたい。(確か
 こんなトリックが使われていた)動機の部分のどんでん返しと、フロッピーと原稿の件
 も、頑張ってはいるけど、予想の範囲内。何より、最後のオチなんだけど、これ恐ろし
 いことに三作とも、わざと同じパターンでやってるんだよね。いくらなんでも、やりす
 ぎでしょう。もう一作もそうなら、こりゃもう山田風太郎の世界。シリーズが長続きし
 なかったのも当然、かな。

 ●6093 こめぐら (ミステリ) 倉知 淳 (東京創) ☆☆☆

 「なぎなた」に比べて、更にオフビート、ギャグ、とんでも系の作品が多く、まあこっ
 ちの方が良いかな?とも思ったんだけど、やっぱりダメ。とにかく、無駄に長いのが嫌
 になる。永井や今邑の切れ味鋭いどんでん返しに慣れてしまったのか、倉知(猫丸先輩)
 のゆるーいノリや脱力ギャグ、だらだらとした展開は勘弁して欲しい。

 ●6094 お金の流れが変わった! (ビジネス) 大前研一 (PH新) ☆☆☆☆

 このところ大前研一が元気だ。本書もまた、あまりにも断定的な口調にやや鼻白むとこ
 ろはあっても、今の世にこんな語りでトンデモと思わせないのは大前しかいないんじゃ
 ないだろうか?なぜ、この稀代のアジテーターが選挙で勝てないのか?と思ってしまう。
 本書は雑誌連載をまとめたにしては、凡百の駄本のようなぶつ切れの印象は与えなくて
 今の大前の考えが概観できるようになっている。しかし、それでも論旨がちょっとあち
 こちしてしまう感じは否めない。中国、そしてBRICsとVISTA(大前はVIT
 AMINだけど)、ホームレスマネーとマクロ政策の破綻、日本及び民主党批判、大前
 の提言、この四つがメインだが、ややそれぞれがうまくつながらない感じもする。冒頭
 の中国に関しては、ほぼ副島と同じ主旨であり、土地が共産党のものである優位性や日
 本全国の高速道路が一年で作られている、などの情報はさすがである。ただ、結論が副
 島とは逆で大前は中国バブル崩壊をかなり危険視していて、これまた説得力があるのだ。
 そして、たぶん本書のメインテーマである4000兆円のホームレスマネー。それらは
 利益を求めて新興国に集まっては引き上げる、という悪魔のゲームを無限に繰り返す。
 一方では、これらのマネーが高金利による引き締めというマクロ政策を無力にした。高
 金利にホームレスマネーが引き寄せられ、通貨供給量が増大してしまうのだ。これをグ
 リーンスパンは意識的に行い、ホームレスマネーを米国に集めたのだという。その結果
 現在の経済は、ボーダレス、サイバー、マルチプルという特長を持つようになった。日
 本批判や大前の提言に関しては、敢えてここには書かないが、これまたさすがといわせ
 るものである。ひとつだけ書くが、JALの救済にはJR東日本と組ませるべきだった
 という大前の提言に、さすがナンバーワン・コンサルタントというセンスの良さ(視野
 の広さ)を感じた。最後に、でもやっぱりこの題名はセンスないんじゃないの。

 ●6095 漂流 本から本へ (書評) 筒井康隆 (朝日出) ☆☆☆★

 筒井も今年77歳くらい。さすがに、もはや傑作長編は期待できないであろう。本書は
 自伝的に読書録をまとめたもので、それなりに楽しめるが、新聞連載という制約のせい
 もあって、やや食い足りないきらいが残る。ファンとしては、もっと自分の生活、執筆
 とリンクさせた楽屋落ちを期待するし、選択も意外性はない。更に言えば、最近の文学
 やSFに対する意見を聞きたかった。ツツイはイーガンやチャンをどう評価するのだろ
 うか?(何となくソウヤーは好きそうな気がする)伊藤計画を理解できず小松賞を落選
 させた小松左京は、もはや期待できないが。

 ●6096 アナーキー・イン・ザ・JP (小説) 中森明夫 (新潮社) ☆☆☆★

 「許されざる者」で幸徳を読んだと思ったら、本書は大杉栄である。そういえば堺利彦
 と売文社を描いた「パンとペン」も、人気がありすぎてなかなか手に入らない。さらに
 いえば、先日は瀬戸内の「奇縁まんだら」に大杉の娘の魔子が登場した。そう言えば「
 美は乱調にあり」は伊藤野枝の伝記小説だ。時代は今大正デモクラシーの崩壊から昭和
 への暗転と重なろうとしているのだろうか。関東大震災の足音が聞こえないか?。閑話
 休題。本書はアマゾンでは賛否両論評価が真っ二つに割れている。で、僕はというと微
 妙。楽しめたけど、やや物足りないか。たぶん、日本社会思想史、サブカルチャー史、
 現代思想史、この3つの歴史がある程度解っていないと、本書にはついていけないだろ
 う。で、僕は最後の現代思想の処理の仕方に、ちょっと違和感を抱いたのだ。(宮崎哲
 弥には笑ったけど)そして、結局ラストはいいかげんになってしまったのではないだろ
 うか。それもパンクというなら、まあそうなんだけど。

●6097 午前零時のサンドリヨン (ミステリ) 相沢沙呼 (東京創) ☆☆☆★

 七河迦南の翌年の鮎川賞受賞作。受賞記念パーティーで作者が素晴らしい手品を披露し
 たことの方が作品より有名になってしまったが、ネットでチェックすると評判はいい。
 しかし、巻末の選評では殆どの選考委員から、うますぎる、まとまりすぎ、等々の理不
 尽な批判を浴びていて、気になって読み出した。結論から言って、個人的には選考委員
 の気持ちも解らないではない。確かに達者な作品ではあるが、どうにも僕には主人公コ
 ンビの言動にリアリティを感じない。学園ミステリなのだが、ライトノベルとはまた違
 った薄っぺらさを感じてしまうのだ。今時の学生は幽霊や占いにここまではまるのだろ
 うか?少なくとも主人公がこれでは困ってしまう。たぶん、本書のストーリーが秘める
 残酷さと、作者が描きたい魔法(愛情)の暖かさが、初期北村作品のようにはうまく溶
 け合っていなくて、あちこちで不協和音を生み出しているのではないかと感じる。

●6098 蘇るスナイパー(ミステリ)スティーヴン・ハンター(扶桑文)☆☆☆☆

 何とボブ・リー・スワガーシリーズはまだ続いていて、数えたら本書が10作目であっ
 た。(正確に言うと、ボブの父のアールが主人公の作品もあるので、スワガー・サーガ
 とでも言うべきか)僕は六作目の「最も危険な場所」まではつきあっていたが、さすが
 に最近はご無沙汰であった。で、解説の野崎が日経でも絶賛。ひさびさに読み出した。
 いまや、冒険小説どころか翻訳ミステリすら絶滅寸前。(あのコナリーもミレニアムも
 売れないのだから)ひさびさのシンプルで力強いミステリである。しかし、最近のハン
 ターにしては、かなりけれんが強いプロットともいえる。途中でさりげなくクリスティ
 に言及したりするが、これはABC殺人事件のバリエーションだ。ただし、コナリーら
 の作品に慣れてしまった僕には、これでもシンプルすぎる気もする。(しかし、あとが
 きで著者はターナー映画チャンネルに惚れ込んでいる、と言い訳?しているが、本書の
 悪の権化たる黒幕はどうみてもテッド・ターナーがモデルであり、その妻、すなわちジ
 ェーン・フォンダが暗殺されてしまうのだが、大丈夫なのだろうか)残念ながら、銃器
 に全く興味がない僕には、大藪春彦ばりの延々と続く薀蓄(特に今回はアイ・スナイパ
 ーなる架空の銃について)は退屈だし、その他のペダントリーもちょっと冗長だが、だ
 からこそボブのシンプルなタフさが浮かび上がるのかもしれない。また、全体にややポ
 リティカルな色が濃く出ていて、少し気になった。それでも、大逆転の仕掛けがうまく
 できていて、採点は少し甘めにおまけ。(やっぱり、このシリーズのベストは「極大射
 程」で、次いで番外編とも言うべき「ダーティー・ホワイト・ボーイズ」)

 ●6099 遠い迷宮 (ミステリ) 阿刀田高 (集英文) ☆☆☆★

 著者のエッセイに出てきた、出世作「来訪者」のあらすじが思い出せなくイライラして
 図書館で「ナポレオン狂」を探したら、直木賞受賞でも書架にはなかった。で、代わり
 に見つけたのが本書。著者のジャンル別傑作短編集の「ミステリー編」で、「来訪者」
 も「ナポレオン狂」も収録されている。早速、「来訪者」を再読。確かに良く出来た作
 品。ただ、ちょっと期待が大きすぎた。また、このオチならもっとうまく描けるような
 気もした。全体に悪くはないが、800編もの膨大な作品からのチョイスにしては物足
 りない。他には「趣味を持つ女」「茜色の空」が傑作。どうも文体があっさりしている
 のと(コクがない?)、オチにひねりと強烈なインパクトが足りない。(まあ、最近読
 み続けている永井の短編がありすぎるのかもしれないが)その代わり、オチを殆ど文章
 では説明しないストイックさ、プロの矜持には感心した。

●6100 信玄の軍配者  (時代小説) 富樫倫太郎  (中公論) ☆☆☆☆

 前作より楽しめた。何より、作者がこのシリーズを早雲、信玄、そして謙信三部作とし
 て構想していたことがわかり、その構築美に感心した。さらにもう一点、前作は合戦シ
 ーンがなかったんだけど、今回は風林火山そのものでたっぷり堪能できる。それにして
 も、こうやって読んでいくと、軍配者三部作?の構造は「堂島物語」と見事にシンクロ
 する。まさにフォーミュラーであり、典型的な成長物語である。前作は堂島物語と続け
 て読んだので、そのあまりの相似にさすがに鼻白んだが、今回はやや間隔が空いて、逆
 に作者の狙いが良く理解できた気がする。たぶん、小太郎が寒河江屋、勘助が能登屋、
 そして次作の主人公であろう冬之助が万吉、という関係になるだろう。そして、堂島と
 は違ってこちらは実際の歴史を活用できる。本書もどうやって勘助と信玄を結びつける
 のか、はらはらしたが(ぎりぎり合格点か?)それ以降はテンポ良く読めるし、何より
 キャラクターが風林火山等々で解っているのが強み。次回は、冬之助と謙信の結びつき
 は既にスムーズであり、同じくキャラもわかっており、描かれるべき大合戦(小田原城
 の戦い=北条VS上杉、川中島の合戦=武田VS上杉)も明確だ。(御館の乱は時代的
 に違うか?)果たして、この物語に織田信長は絡んでくるのだろうか?それとも川中島
 で終わるのだろうか?番外編がいくらでも書けそうだなあ。

 ●6101 隣 人  (ミステリ) 永井するみ (双葉文) ☆☆☆☆

 そうか、永井は「枯れ蔵」で新潮ミステリー倶楽部賞を受賞すると同時に、「隣人」で
 小説推理新人賞も受賞していたんだ。「隣人」は決して永井の代表作というほどの作品
 ではないが、その文章力はとても新人のレベルではなく、「枯れ蔵」以上に彼女の本質
 (意地悪で、残酷で、まるで蜜にくるまれた毒のよう)が良くでていると思う。「隣人」
 「伴走者」「風の墓」「洗足の家」はそれぞれ、正しく毒を秘めた傑作であり、見事な
 切れ味とともに、男にとっては本当に恐ろしい作品群である。「至福の時」「雪模様」
 はやや長めの中篇だが、個人的には永井は短いほうが鋭い気がする。しかしなぜ永井は
 小池真理子になれなかったのだろうか。そういえば、同じ悪女でも両者にはかなりイメ
 ージの違いがあり(永井は普通の人の秘めた悪意、狂気であり、小池は何らかの形で通
 常ではない人の狂気)個人的には小池の短編集はあまり読んだ記憶がない。

●6102 異星人の郷 (SF) マイクル・フリン (創元文) ☆☆☆☆

 このところ、創元はミステリだけでなくSFも地道に良い仕事をやっている感じ。「時
 間封鎖」に続いて本書も10年度のベストのようだ(SFが読みたい)設定が素晴らし
 い。14世紀のドイツの村のファーストコンタクトと現代の統計学者と宇宙物理学者の
 カップルのパーツが交互に描かれ、長い物語の果てに両者は見事に繋がっていく。双方
 のパーツの描き分け、描写力も素晴らしいし、何より中世を暗黒の時代ではなく、カソ
 リックの理性の時代として描いているのが新しい。この部分は村の消失というストーリ
 ーと相まって、正しく阿部勤也の「ハーメルンの笛吹き男」とシンクロする。更に言え
 ば、ラストの興奮は「星を継ぐ者」と重なるし、全体は「黙示録3174年」を思わせ
 る。(唯一の欠点、あまりにもゆったりとした展開も黙示録と重なる)異星人の描き方
 はまるでラテンアメリカマジックリアリズムイアン・マクドナルド)。最後はその
 明るい?中世の村にも不条理なペストが襲うのだけれど。そうか、当時の村人には、宇
 宙人もペストも、不条理さは等価なのか?しかし、米国SFにもこんな作家作品がある
 んだ。また、ハードSF作家がこんな文学的?な作品を書くんだ。やはり米国SFを、
 一部のミリタリー・スペオペだけを観て評価してはいけない。(最初はD・ブリンの新
 作かと勘違いした)米国SFの底力を感じる大作であり力作。

 ●6103 繭の密室 (ミステリ) 今邑 彩 (光文文) ☆☆☆

 さすがに、これはいけない。作者も三作でやめようと思っていた貴島刑事シリーズの蛇
 足としての四作目。あんまり力が入っていないのが良く解る。このシリーズの陰の部分
 が全くない、無味乾燥な描写。まあ、大胆なトリックは使われているんだけど、この動
 機は無茶だし、トリックも解ってしまう。何より、サブトリックがウールリッチと加田
 伶太郎の有名作品のパクリ、すれすれなのが困ってしまう。まあ、今邑がミステリに詳
 しいのは良く解るのだが。

 ●6104 セカンド・ラブ (ミステリ) 乾くるみ (文春社) ☆☆☆

 名作「イニシエーション・ラブ」のためにも、書く必要がなかった作品。「イニシエー
 ション」が持っていた構築美と怖さ(嫌さ)のうちの、前者が全く欠けており、後者は
 更に増幅される、という救いの無い状況。ひょっとしたら、何か僕が見逃しているのか
 もしれないが、素直に読めばかなり無茶な作品である。

 ●6105 もつれっぱなし (ミステリ) 井上夢人 (講談文) ☆☆☆★

 全編会話形式の短編集と言えば「しゃべくり探偵」を思い出すが、本書はなんとも説明
 不可能な奇妙な作品が、それこそどんどんもつれていく異色作。著者の才能とこんなこ
 とを考える想像力には感心するが、さすがに六篇全部は楽しめない。冒頭の「宇宙人の
 証明」とラストの「嘘の証明」、前者の人間味?と後者の切れ味、が気に入ったが、解
 説が「まっ白な嘘」に例えているのは、ちょっと褒めすぎ。

 ●6106 ランチタイム・ブルー (小説) 永井するみ (集英文) ☆☆☆☆

 会社を舞台としたキャリアウーマンの連作、というのは永井のおはこになってきたが、
 本書は二編目の「カラフル」でいきなりヒロインの親友の殺人をあまり意味もなく描い
 てしまうあたりに、まだ作者のまよいを感じる。本来なら、バランスをとるためにも「
 カラフル」は削除すべきだろう。「フィトンチッド」のような、下着泥棒ならまだいい
 が、本書に殺人は似合わない。いつものように、物語は後半になるほど深みがあって面
 白くなっていく。しかも、今回は何とハッピーエンドの恋愛小説なのだ。こういう作品
 も書けるんだ。ヒロインはインテリア・コーディネーターであり、毎回いろんな家(=
 家庭)がテーマになるところは「家族八景」的な面白さがあるのだが、解説の酒井順子
 の冒頭の文章にぶっ飛んだ。凄い。「誰かの家を初めて訪れるとき、私はその人と初め
 て一緒にお風呂に入るときと同じように、ちょっと緊張するのです」

 ●6107 年に一度、の二人 (小説) 永井するみ (講談社) ☆☆☆★

 07年の作品であり、これはもはやミステリではなく、完全な恋愛小説である。こうい
 うハードカバーを書下ろしで上梓できる、ということは永井は僕が思っていた以上に売
 れる作家だったのだろうか。しかし、残念ながら本書は物足りない。三部構成で全てが
 香港ハッピーバレー競馬場に収斂する、という凝った構成の割には、うまく構築美が描
 けていない。たぶんわざとだと思うが、ミステリなら回収しなくてはならない伏線や結
 論をいろいろ(読者に委ねて)ほおりだしたために、肝心のプロットが生きてこない、
 切れ味が鈍いのだ。そのわりには、もうひとつの永井のウリである、残酷さ、意地悪さ
 も本書には足りない。というか、書き込みが足りない。まあ、読者というのは贅沢なん
 だけど、ミステリという頚木から逃れることが、逆に彼女を器用貧乏にしてしまったの
 だろうか。

 ●6108  醜聞の作法 (小説) 佐藤亜紀 (講談社) ☆☆☆☆

 著者の初期の作品(「バルタサールの遍歴」「戦争の法」「鏡の影」等々)の持つ圧倒
 的な才能のきらめきに驚愕した僕には、(新潮社とのけんか?による)沈黙の後の作品
 「雲雀」や「ミノタウロス」は、読者を無視しているような無機質で鋭角な文体、スト
 ーリーで、正直読みづらかった。しかし、本書は大丈夫。書簡形式でリーダビリティー
 は抜群である。テーマは噂と邪悪。そして、これは現在の2ちゃん、ツイッター文化と
 (たぶん)重なる。正直、読み易さの裏に仕掛けられたであろう作者の罠(信頼できな
 い語り手ばかり)は、たぶん良く理解できていないだろうが、それでも面白かった。

 ●6109  メドゥサ、鏡をごらん (ホラー) 井上夢人 (講談文) ☆☆☆

 これまた、著者の読み残しを図書館で見つけて読み出した。リーダビリティーは保障付
 きで本書も一気読み。ただ、結論は残念ながら広げた風呂敷をきちんとたためなかった、
 というしかない。何と印刷に仕掛けた罠や、「リング」を彷彿させる過去の因縁と恐怖
 には素直に感心するが、結局着地が決まらなかった。読了後は何となく「ダレカガナカ
 ニイル・・」と構成の相似を感じたが、良く考えたら違うか?

●6110  ソナタの夜 (小説) 永井するみ (講談文) ☆☆☆★

 04年の短編集だが、これはもう完全にミステリではなく恋愛小説集。題名から珍しく
 自らの得意な音楽をテーマに、と思ったらさにあらず。何と全てが不倫小説。徹底して
 いる。そして、それぞれのヒロインは、独身、既婚、バツイチの違いはあっても、同じ
 匂いがする。美しく、強く、欲望に忠実であり、しかし儚い。全ての物語はモラトリア
 ムであり、時が止まった友引高校。ここには明日がない。未来はない。そしてカタルシ
 スがない。永遠の刹那。望むすべてを手に入れるためには、時を止めてピンで刺して標
 本箱に飾るしかない。変にミステリ色がでるのも嫌なのに、本書や「年に一度の」のよ
 うに全くミステリ色がないと、これはまたなんだか物足りない。永井のファンではあり
 ながら、この非論理的なわがままさはなんだろう、と思わず自問してしまう。これでは、
 まるで本書のヒロインたちと同じだ。

●6111 あわせ鏡に飛び込んで (ミステリ) 井上夢人 (講談文) ☆☆☆

文庫オリジナル短編集ということで、今まで見逃していた。ただし、厳しく言えばオリ
 ジナルとは落穂ひろいでもある。期待が大きかったせいもあるが、全体に物足りなかっ
 た。やはり、ミステリ色を強く出すと、どうしても短編だとパズルのようになってしま
 って、リアリティーを感じなくなる。永井の短編を読み続けているので、どうしてもそ
 のあたりが気になってしまう。

 ●6112 いつもの朝に (ミステリ) 今邑 彩 (集英社) ☆☆★

 大病から復帰した後の08年のハードカバー長編。ホラーかと思ったら、良く解らない
 親子の愛情?を描いた作品だった。なぜか、アマゾンでは絶賛の嵐だが、これはさすが
 にダメでしょう。短編だったら許すけど、このネタでこんなに長々と書かれては、時間
 を返して欲しくなる。長いせいもあって、登場人物全員の行動に、ありえないだろう!
 と疑問符をつけたくなる。安普請の家屋が崩壊したとでも言おうか。

 ●6113 あくむ (ホラー) 井上夢人 (集英文) ☆☆☆

 題名からして、今度はホラー短編集だと思い、切れ味鋭い恐怖を期待したのだが、不発。
 この程度では満足できない。冒頭の「ホワイトノイズ」はなかなか読ませるが、やはり
 ラストであと二回くらいひっくり返してくれないと。「ブルーブラッド」に到っては、
 安易な一発ネタを膨らませただけ。

 ●6114 さくら草 (ミステリ) 永井するみ (東京創) ☆☆☆

 困った。遂に最近読み続けた三人が全員バツになってしまった。今回は古巣の東京創元
 社のハードカバーということで、少女の連続殺人とミステリ色が濃く、嫌な予感はして
 いたのだが、残念ながら的中。まさに、「枯れ蔵」を思わせる安易なミステリに堕して
 しまっている。この犯人はないでしょう。せっかくのキャリアウーマンのストーリーと
 見事に乖離、浮いてしまっている。ありえないでしょう、これ。少し休もうか。

 ●6115 真説・宮本武蔵 (歴史小説) 司馬遼太郎 (講談文) ☆☆☆

 というわけで、方針を変更?して、突然司馬遼太郎を読み出したが、これもイマイチ。
 (ちょっと本が汚れていて嫌になったのもあるが)武蔵を俗物と描くのはいいが、どう
 も視点が一定せずに色々ぶれてしまう。その他の剣客の物語も、総じて突っ込みが浅く
 感じてしまう。たぶん、司馬は武道にあまり興味がないのだろう。キャラクターへの愛
 情が全然感じられない。

 ●6116 天主・信長 (歴史小説) 上田秀人 (講談社) ☆☆☆★

 今はやりの文庫オリジナル時代劇の人気作家が、ハードカバーに進出した話題作、のよ
 うだ。僕の全く知らない世界なので、真偽は定かではないが、たぶん。で、数ある本能
 寺の謎解きの中でも、確かに本書の衝撃はトップクラス。プロローグの光秀のつぶやき
 に秘められた仕掛けは素晴らしい。しかし、しかしやっぱりこれはありえないでしょう。
 いくらなんでも、説得力が足りない。無理。ひょっとしたら、E・D・ホックのある有
 名な短編からヒントを得たのかもしれないが、いくら信長でもこのトリック?は無茶で
 しょう。まあ、際物として一読の価値はあるかもしれないけど。