2017年 10月に読んだ本

●7696 風神雷神 (歴史小説) 柳 広司 (講談社) ☆☆☆☆★

 

風神雷神 風の章

風神雷神 風の章

 

 

 

風神雷神 雷の章

風神雷神 雷の章

 

 

垣根、馳、に続いて、柳が歴史小説の傑作を書いた。偏見かも知れないが、ミステリの第一線の作家が歴史小説を書くと、僕にはプロパーより、ストレスなしですらすらよめる気がしてしまうのだ。

主人公は、俵屋宗達。いいところに眼をつけたと思う。狩野でも長谷川でもない。誰でも知ってるようで、実は知らない。僕は彼の本職が扇屋であることさえ、知らなかった。

上巻の風の章は本阿弥光悦、下巻の雷の章は烏丸光弘という、二人の卓越したプロデューサーによって、宗達はどんどん高見に登り詰めていく。今、こういう絵画がテーマだと、i-PADが大活躍してくれて、登場する絵画を確認しながら読めるので、本当に助かる。そうでなければ、絵というより模様に近い初期の宗達の魅力が、全然分からなかっただろう。

正直、著者のけれんとも言える、時々紛れ込むジャズ用語や、宗達と出雲阿国のちょっとできすぎた関係などをマイナスに捉える人もいるかもしれないが、僕は許容範囲で愉しんでしまった。

まあ、ちょっと甘い評価だが、歴史小説家柳に期待してみた。

 

●7697 フェルメールの街 (ミステリ) 櫻部由美子 (角川春) ☆☆☆★

 

フェルメールの街

フェルメールの街

 

 

全然知らない作家(角川春樹小説賞?)だけれど、フェルメール好きのぼくとしては、表紙に釣られて、つい手に取った。ミステリと書いたが、本質は若きフェルメールと親友レーヴェンフックたちを巡り、まさにフエルメールの街、デルフトを生き生きと描いた作品である。

文章は少し説明臭いし、若書きの感じもあるが、なぜか僕はスイスイ読んでしまった。当時のオランダをイメージしながら。しかし、傑作とは残念ながら言えない。正直、無理矢理くっつけたようなミステリの部分が、かなり残念なできなのだ。で、最後の○○オチも好みではない。

今回もネットで絵を確認しながら読んだ。(作者の創作?にだまされたけれど)ただ、フェルメールの絵に関しても、ある程度知識がないと分からない書き方だし、正直中途半端にも感じる。ということで、評価はこれでも甘めかもしれない。

 

●7698 7人の名探偵 (ミステリ) 麻耶雄嵩山口雅也我孫子武丸有栖川有栖・法月綸太郞・歌野晶午綾辻行人 (講談N) ☆☆☆

 

 新本格3周年に相応しい豪華なラインナップ。もちろん、全作書下ろし、なのに傑作と思う作品はひとつもなかった。というか、そもそもきちんとした名探偵パズラーは有栖川だけで、他はほとんど変化球なのだ。

一応、麻耶と法月も名探偵がでてくるが、前者のラストのぶっ飛び方や、後者のリアルに見えるが無茶苦茶非現実的、というのは、悪い方にらしくて萎えてしまう。我孫子の作品は、まるで「ノックスマシン」のような上、歌野とかぶっている。

有栖川だけが頑張っていて、ネットでも好評だが、正直このトリックはイマイチに感じる。オチは予想がついたが、有栖川らしくて、こっちは好感が持てたが。

 

●7699 機龍警察 狼眼殺手 (ミステリ) 月村了衛 (早川書) ☆☆☆☆

 

 待ちに待ったシリーズ長編第五弾。ネットでの評判も上々で、いやが上にも期待が高まる。しかし、読了後はやや微妙な感じ。

もちろん、駄作ではない。一気に分厚い作品を読まされた。ただ、過去の作品が特捜部の誰かにターゲットを当てた物語だったのに対して、今回はそうなっていない。(てっきり、今度は姿の番だと思っていたが)

たぶん、今回は登場人物が多すぎる。結果、物語がスケールの割には、散漫な感じがしてしまうのだ。あと、これはネットでも書かれているが、結局このシリーズ、機龍の存在がうまく生かせなくなってしまった。本書では、機龍は一回も実働しない。ただ、物語の背景としては、謎を深めているが。

作者がこの大きな「敵」に関して、きちんと既に描いていることを願う。次はそろそろ具体的に書いてもらわないと。というわけで、本書は傑作ではあるが、シリーズ最高作とは言えない。まあ、時間はかかるだろうが、次作に期待。

 

●7700 琥珀の夢 上 (NF) 伊集院静 (集英社) ☆☆☆☆

 

琥珀の夢 上 小説 鳥井信治郎

琥珀の夢 上 小説 鳥井信治郎

 

 

小説、鳥井信治郎、とあるから、ノンフィクションは変か。鳥井=ウィスキーの話しを伊集院が描くというのは、できすぎ、というかぴったり。上巻は信治郎の丁稚時代が主となるが、このあたりは富樫の「堂島物語」を思わせて、一気に読ませる。独立してからの最初の豪華客船の旅にも驚かされるが、やはり一番印象深いのは、冒頭の信治郎と、ある人物の遭遇のシーンだ。まあ、僕はすぐ分かってしまったが、どうやらそれが実話であることには、驚いた。

 

●7701 月明かりの男 (ミステリ) ヘレン・マクロイ (創元文) ☆☆☆

 

月明かりの男 (創元推理文庫)

月明かりの男 (創元推理文庫)

 

 

マクロイがどんどん訳されるのはうれしいが、やはりさすがに全部傑作なわけはない。40年の第二作は、「小鬼の市」や「逃げる幻」のように、戦争の影響が大きい。(被害者が収容所から脱出してきた、ユダヤ人学者という設定)しかし、残念ながら二作よりはかなり落ちる。

どうやらマクロイは本書を、ヴァンダインのように心理学ミステリにしたかったようだが、パズラーとしての脇が甘い上に、驚きも少ない。犯人がミスばかりするのには、閉口してしまう。

まあ、ある人物が本書で登場するのは、解説の鳥飼と同じく、意外ではあったが。

 

●7702 琥珀の夢 下 (NF) 伊集院静 (集英社) ☆☆☆★

 

琥珀の夢 下 小説 鳥井信治郎

琥珀の夢 下 小説 鳥井信治郎

 

 さて、下巻は信治郎が独立してからの話。で、竹鶴=マッサンも登場してきて、もっと面白くなるように思えたのだが、何か少し消化不良。なかなか、実話というものは難しい。こっちは、後半部分は色んな本で読んでいるので。

 

●7703 孤軍 越境捜査 (ミステリ) 笹本稜平 (双葉社) ☆☆☆

 

孤軍 越境捜査

孤軍 越境捜査

 

 シリーズ5作目だが、前作から急にレベルが落ちた。というより、笹本自体が完全に量産体制に入ってしまい、看板シリーズまでじっくり考えずに書かざるを得ない、というところか。悪い意味で、今野の隠蔽捜査と同じ道を歩んでいる。

鷺沼、宮野、福富(は今回あまり登場せず)三好、井上、彩香、のタスクフォースは相変わらず、生き生きと読ませるのだが、(相変わらず宮野が笑わせる)肝心の謎の方が単純すぎる。また、警察幹部がこんな犯罪を隠蔽するなんて、いくら何でも現実味がない。最初の三作には、妙なリアリティーがあったのだが。