2017年 2月に読んだ本

 

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 1月度、当ブログへのアクセス数は808名でした。どうも、ありがとうございます。

 2月15日、1000人を突破し、1021人となりました。ありがとうございます。

●7614 狩人の悪夢 (ミステリ) 有栖川有栖 (角川書) ☆☆☆☆

 

狩人の悪夢

狩人の悪夢

 

 僕はもちろん、江神シリーズ(学生アリス)の方が好きなのだが、本書は火村シリーズ(作家アリス)の長編。読み終えて思うのは、こういう直球の本格パズラーって、誰も書かなくなったなあ、ということ。

敢えて言うなら、平石の松谷警部シリーズが該当しそうだが、本書に比べると妙に複雑で、その結果読みにくい。新本格の多くが、記述やプロットトリックに走る中、この作風は貴重だと強く感じた。(同じロジック派のはずの、西澤との作風の違いには愕然としてしまうが)

また、登場人物が少なく、緩いクローズドサークルになっているため、正直犯人は意外ではない。それは、作者のあとがきを読んでも分かる。当初は、倒叙ミステリにしようとしたなら、犯人は意外ではないだろう。

従ってポイントはフーダニットとしての犯人絞り込みのロジックであり、本書ではそれは切り取られた被害者の手首と、ある自然現象を結びつけ、鮮やかなロジックとなる。まあ、裁判で有罪判決がとれるかは、微妙だが。

ただ、これは全く偶然だが、先月の僕の所感を丁寧に読み、本書を読んだ人には、僕が本書の重要なファクター、動機に気づいてしまった理由が分かるかもしれない。これはもう、残念な偶然と言うしかない。

火村が述懐するように、今回の論理はあざやかではあっても、法的には弱い。しかし、犯人と被害者の関係を、丁寧に深掘りすることで、うまく処理していると思う。なかなか、真相を隠しながら表現しにくいのだが。

最後に本書は、火村シリーズのTV放映後に執筆されたらしいが、やはりあの二人のキャストのインパクトは強烈で、どうしても脳裏に浮かんでしまった。あ、それから装丁が素晴らしい。特に表紙をとったら、さらに素晴らしいのには驚いた。

 

●7615  無貌の神 (ホラー) 恒川光大郎 (角川書) ☆☆☆☆

 

無貌の神

無貌の神

 

 今、新刊が一番待ち遠しい作家のひとり恒川光大郎。昨年は「ヘブンメイカー」で、SF・ファンタジー部門のナンバーワンだった。その恒川の新作は、ひさびさの短編集で、類い希なる恒川ワールドを堪能した。

今回は、連作ではない短編集。まあ、よくこんなことを考えた、と思うくらい物語は多様性に富みながら、恒川らしく転調を繰り返し、相変わらず、そこにいくか?と読者の意表を突きまくる。

そうは言っても、実は最初の二編、表題作と「青天狗の乱」がイマイチ何が面白いのかよく分からず、文体もあっさりしていて、今回はハズレか、と危惧したのだが、次の「死神と旅する女」が、どんぴしゃ。これぞ恒川ワールドという作品で(だから、簡単にあらすじを説明できないのだが)そこから持ち直した。

「死神と旅する女」「廃墟団地の風人」「カイムルとラートリー」がベスト。どれもこれも、恒川の作品としか言えない、奇妙でユニークで心に残る作品。ただ、表題作と「十二月の悪魔」は、ちょっとぶっ飛びすぎて、何が言いたいのかよく分からず、「青天狗の乱」はストーリーはベタで分かりやすいのだが、何が面白いのかよく分からなかった。

というわけで、手放しの大傑作、というわけではないが、やはり恒川のユニークさには、相変わらず驚かされてしまう。それでも読めば、これは恒川印と必ず分かるのも素晴らしい。

 

●7616 帰 蝶 (歴史小説) 諸田玲子 (PHP) ☆☆☆★

 

帰蝶(きちょう)

帰蝶(きちょう)

 

今さら信長の小説は、よほど何かがないと、手が出ないが、今回は正妻、帰蝶=お濃の立場から、恐るべき夫=信長を描く、それも諸田玲子が、というわけで読み出した。ただし、あとがきによれば、意外に諸田は信長嫌いなようす。

恒川の奔放な筆のあと、諸田の文章は安定していて、前半は面白かった。信長物語においては、常に蝮の娘としての輿入れは大きく描かれるが、その後はほとんど活躍しない帰蝶。その透明さを逆手にとって、そこに立入宗継という魅力的な商人?とのプラトニックな恋を、数年ごとに描いていく手法に引き込まれた。

また織田家中において、美濃衆の旗頭の信忠と、その後見としての帰蝶、という切り口も結構斬新でありながら、説得力があって感心した。(明智光秀も美濃衆の一人)

しかし、当然物語は後半本能寺に突入するのだが、ここから物語は短いカットバックの連続となり、求心力がなくなっていく。本能寺の謎も、新味はない。特に本能寺の変自体を、信長、光秀双方の立場から描かない間接話法は、ちょっと失敗だと感じた。

というわけで、本能寺後の謎解き?もお約束という感じで、やや竜頭蛇尾。あまりにも帰蝶の情報がないせいか、その描き方に逆に意外性がない、というのは厳しすぎるか。徳姫の道ならぬ恋も、なんだかなあ、という感じ。期待が高すぎたのか、やや厳しい採点になってしまった。

 

●7617 ギリシア人の物語Ⅱ (歴史小説) 塩野七生 (新潮社)☆☆☆☆

 

ギリシア人の物語II 民主政の成熟と崩壊

ギリシア人の物語II 民主政の成熟と崩壊

 

 

ついにミスター民主主義、ミスター・アテネペリクレスの登場である。第一巻におけるギリシア連合軍対ペルシアの闘いに、まるで「海の都の物語」のレパントの海戦を重ねて熱狂した者にとって、待ちに待った第二巻。

しかし、どうやら「ギリシア人」は、ペルシア戦役、本書(ペロポネソス戦役)、そしてアレキサンダー大王の東征、というギリシア世界の三つの大きな闘いを描く三部作となるらしい。ということは、スターウォーズも十字軍の物語もそうであったように、第二巻の役割は、ネガティブで暗い。

残念ながら本書には、第一巻にあった爽快さは全くない。強大なペルシアに、ギリシアを代表する真逆の二大ポリス、アテネとスパルタが共同し、それぞれの得意技を駆使し、勝利を収める、というようなカタルシスは本書には微塵もなく、陰鬱なフラストレーションがたまる。

そう、本書の副題は、民主主義の成熟と崩壊、であるが、ここには成熟などかけらもなく、崩壊だけが徹底して描かれる。長年かけて築きあげたはずのアテネの民主制は、ペリクレスが没した後、たった25年で全面崩壊し、ギリシア世界の覇権を握っていた強大な国家が、完全に滅ぶ。衆愚主義、ポピュリズムの恐ろしさがこれでもか、と描かれる。

たぶん、塩野もまた書いていて楽しくなかったと感じる。それは本来、ギリシアの英雄と描くことが可能な、前半のペリクレスの描写にも感じる。塩野にとっては、カエサルよりは数段下で、比較するならオクタビアヌス、というところだろうか。アルキビアデスやニキアスに至っては、描くのもつらそうだ。

ローマ人の頃から定例化してきた、塩野の新刊は12月に発売というペースが遅れた理由も、このあたりにあるのかもしれない。それでも、塩野は民主主義というものの本質的な怖さを、今描かなければと決意したのだろう。

そして、塩野は全く書いていないのだが、不毛の27年間のペロポネソス戦役は日中戦争に、その膠着を破るためにアテネが仕掛けた、シチリア遠征は太平洋戦争に、そしてアテネが失ったデロス同盟は、国際連盟に重なってしまうのだ。

そう、愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶのである。次回は、アレキサンダーの胸をすく活躍に期待したい。が、こんな苦い物語を、冷徹かつ平易に描ききる塩野の文章に脱帽である。

 

●7618 サロメ (フィクション) 原田マハ (文春社) ☆☆☆☆

 

サロメ

サロメ

 

 

ちょっと書きすぎが心配な著者だけれど、やはり芸術=画家がテーマの事実に基づいたフィクションには手が出る。しかも、今回はTさんのアイドル?オスカー・ワイルドだ。と、思っていたら、サロメの挿絵画家、オーブリー・ビアズリーと姉の女優のメイベル・ビアズリーの物語だった。

本書は「リーチ先生」と違って、320ページの薄さだが、原田にはこういうエッジの効いた短い長編が似合うのかもしれない。今回も、史実が元なので、意外性には乏しいが、平易な文体で妖しい世界を見事に描き、一気に読ませる。

しかし、原田の作品には、i-Padが必須で、今回も大活躍。オスカー・ワイルドのポートレイトは、スチュワート・コープランドを思い起こし、ビアズリーはレオナルド藤田か。ビアズリーの絵は、まさしく米倉斉加年ドグラマグラ!。(メイベルらしい画像もあったが、本物かしら?)

ただ、今回は冒頭の現代編が途中で忘れ去られ、あまり効果を上げていない気がした。まあ、でも合格点をあげたいと思う。時代の空気を、うまく切り取ったと感じる。はてさて、Tさんの感想はいかに?

今度こそ直木賞とれるかな?文春本だし。個人的には「ジヴェルニーの食卓」より、数段落ちるのだが・・・・

 

●7619 Tの衝撃 (ミステリ) 安生 正 (実業日) ☆☆☆

 

Tの衝撃

Tの衝撃

 

 

ゼロシリーズの作者の新刊は、なぜかT。前作「ゼロの激震」は熱意が空回りした失敗作だった。で、今回は傑作「ゼロの迎撃」を超える、ど派手な展開。いきなり自衛隊の護送車が、謎の大規模テロ集団に襲われ、プルトニウムが奪われてしまう。

ここから、複雑なテロ、スパイ小説となるが、前作の欠点が直っていない。まず、人物造形が薄っぺらい。だのに、青臭く説教臭い議論が続いて、鼻白んでしまう。結果、どうにも読みにくいのだ。

で、ラストテロリストの正体と、その目的には唖然としてしまう。荒唐無稽と言うしかない。もし、これを小説の中でもリアルに成立させたいなら、数倍のバックグラウンドの書き込みが必要だろう。そこまでやれば、凄い小説に化ける可能性はゼロではないが。

正直、第四作の本書を読んで、著者とのつきあい方を決めようと思ったが、残念な結果となってしまった。当面、新刊を読むのはやめることにする。

 

●7620 進化論の最前線 (科学) 池田清彦 (集英新)☆☆☆☆

 

 

 

 

今や「ほんまでっか」の変な先生?の方が有名かもしれないが、池田の「構造主義進化論」は20代の僕に大きな影響を与えた。

そんな池田のひさびさの進化論に関する本は、集英社から新たに創刊された、インターナショナル新書の初回配本であった。福岡や池澤の作品の方が、脚光を浴びているようだが。

ただし、本を手に取って、その薄さに危惧を抱いた。この量で進化論の歴史(キュヴィエ、ラマルク、ウォレス、ダーウィンメンデル、等々)を描きながら、STAP細胞やips細胞のような最新のトピックスを描くのはさすがに無理があり、薄味の紹介本になってしまうのは、最近の新書の悪しき特長とも言える。

そして、本書の前半は正直その危惧が当たってしまうのだが、第六章、DNAを失うことでヒトの脳は大きくなった、で驚いてしまった。

僕らは人間のDNAのほとんどがジャンクDNAとして、何の役にも立っていないガラクタ、と習った。しかし、最新の進化学では、ジャンクDNAという言葉は使わず、タンパク質の情報を持たないノンコーディングDNAと呼ぶらしい。

そのノンコーディングDNAこそ、ノンコーディングRNAを創り出し、それが遺伝子の機能の発現をコントロールする、というのである。(通常はDNAは、RNAによってタンパク質を合成する)

そして、最新のスタンフォード大学の研究では、チンパンジーのDNA配列から510個のDNAが消えることによって、サルとヒトの形質の違いが発現した、と発表されたのだ。すなわち、ヒトは、510個のDNAを(意識的に?)捨てることでサルから進化した、というのだ。

で、それは池田によればノンコーディングDNAの喪失のことであり、その機能は脳領域の成長を抑制していた、というのだ。人がある種のノンコーディングDNAを捨てることで、脳の爆発的な進化にスイッチが入ったというのだ。それはネオダーウィズムに明確に反する。もちろん、その詳細は新書では解らないのだが、ひさびさに興奮した。

進化論は面白いが、それをきちんと素人に語れる池田のような学者がやっぱ必要だ。いつジャンクDNAがなくなったんだ?と素人は途方に暮れる。

 

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●7621 死の天使はドミノを倒す (ミステリ) 太田忠司 (文春社) ☆☆☆☆

 

死の天使はドミノを倒す

死の天使はドミノを倒す

 

 

著者は僕と同じ年齢。新本格ブームでデビューしながらも、多作家として活躍しているが、きちんとフォローはしてこなかった。

ただ、著者には時々業界内部?からの応援があり、「ルナティックガーデン」や阿南シリーズ(「無伴奏」)等々は、書評がかなり出たので読んでみたのだが、正直それほど感心しなかった。

で、今回は文庫化に合わせて、本の雑誌に書評が出て、かなりトリッキーな作品ということで興味を持って読みだした。

びっくりしたのは、そのリーダビリティーだ。特に前半は読みだしたら止まらない。冴えない作家とその奇妙な弟との関係が、父親の葬式と遺産相続において、徐々に明らかになっていく過程が、オフビートだが目が離せない。堀平馬という喰えない狂言回しも面白い。

本書には死刑廃止問題やこれは書けないがある社会問題が大きくフィーチャーされていて、一見社会派ミステリに見える。が、その本質は、やはりトリーッキーなミステリで、ふたつの大きな爆弾が仕掛けてある。

しかし、後半はちょっと偶然が過ぎる気がするし、ストーリーの盛り上げ方に失敗した気もするのだが、まあここまでやってくれれば良しとしよう。少なくとも今までの著者の作品では、一番面白かった。

ただ、本当は影の主役のはずの「死の天使」を、もっと掘り下げてほしいところ。そこが弱いので、ラストのオチもイマイチ効果をあげていない。少し甘めの採点だが、文庫で読む価値はあると思う。

 

●7622 サイレンス (ミステリ) 秋吉理香子 (文春社) ☆☆☆☆

 

サイレンス

サイレンス

 

 著者の作品は、今まで「放課後に死者は戻る」「聖母」の二冊を読んでいて、安生と同じく本書で、今後のつきあい方を考えようと思ったのだが、結論から言うと今回は合格。今までの作品は、文章はうまいのだが、あまりにも意外性というかどんでん返しを狙いすぎて、作品としてのバランスが崩れていた。ミステリを誤解している気がした。

で、今回はイヤミスということで、正直最初は引いたんだけれど、意外性はないのに、小説として引き込まれた。

そうは言っても、冒頭からヒロイン(新潟の小さな離島から東京に出て、アイドルを目指す美少女)および、その最低の婚約者が、故郷に帰るシーンは、二人のいやらしさだけでなく、田舎の陰湿さも全開で、読むのが辛かった。(でも、それを読ませてしまう文章力はさすが)

正直、ラストまでこれってミステリなの?という感じだったが、あることが発覚し、その処理が素晴らしいのだ。田舎の「放心家クラブ」と言ったら、分かってもらえるだろうか?そう「放心家」「銀の仮面」「二瓶のソース」「開いた窓」といった、奇妙な味というか、のほほんとした残虐さが、素晴らしい効果をあげているのだ。

そして、冒頭からレッドヘリングとして使われるホラー的展開が、結局スーツ=鈴木の件が腹に落ちると、作者が狙った全体の構図が見えてくる。最初に言ったように、それは決して意外というわけではないが、表現というか処理が素晴らしいのだ。そう、これこそが、本当のミステリなのだ。

イヤミス+田舎ということで、当然湊を意識しながら読んでいたのだが、これは湊を超えて、沼田まほかるに届きそうだ。まぐれなのかもしれないが、秋吉のこれからの作品には注目したい。

 

●7623 白い衝動 (ミステリ) 呉 勝浩 (講談社) ☆☆☆

 

白い衝動

白い衝動

 

 「道徳の時間」に粗削りだが才能の萌芽を感じたのだが、「蜃気楼の犬」はよく分からないまま終ってしまった。これまた三作目の本書で、今後のつきあい方を決めようと思ったのだが、微妙な出来。

テーマは「道徳」の続きとでも言えそうな、隣の少年A。まあ、あんまり読みたいテーマではないのだが、相変わらず筆力は素晴らしく引き込まれる。しかし、全体に盛り込みすぎ。どうも、著者は設計図を引くのが苦手なようだ。

特にラス前で明かされる、意外な犯人?には愕然とした。こんなところで、こんなトリック使うか?また、冒頭の手記もうまく使えてないし、結局秋成は何だったんだよ?という感じで、着地に失敗してしまった。

同じテーマの傑作、薬丸の「友罪」と比べると、本書のグタグタ感は明らかだ。ただ、著者の場合、第二作の「ロスト」が大藪賞候補となっており、あらすじも面白そうなので、読んでみることにする。(史上最速の受賞後第一作、とやらで完全に見逃していた)そこで、最終判断。 

 

●7624 稀代の本屋 蔦屋重三郎 (歴史小説) 増田晶文 (草思社) ☆☆☆☆

 

稀代の本屋 蔦屋重三郎

稀代の本屋 蔦屋重三郎

 

 写楽や京伝絡みで、蔦重のことは何度も読んできたが、意外に蔦重本人が主人公というのは初めてだと思って読み出した。しかし、60年大阪生れ、同志社法学部、というのは一歳若いだけで、有栖川有栖と同じなのに、著者のことは全く知らなかった。結構作品もあるようなのに。

しかし、こうやって改めて蔦屋の話しを読むと、京伝、歌麿、春町、北斎、馬琴、一九、と登場人物は綺羅星のごとく。一方、吉原細見、戯作、錦絵とテーマを変えながら江戸の大衆文化をリードする蔦重は、まさに総合プロデューサーであり、コーディネーターであり、エディターであり、何より新人発掘、インキュベーターなのだ。

正直、これは題材の面白さだけで、かなりのパワーがあり、増田という作家の実力はいまひとつクリアにならなかった。十分満足のいく内容ではあるのだが、もう少し人物造形が深く出来るのではないか、とかもう少し背景を書き込むべきでは、とか贅沢な要求もわいてきた。

ただ、たぶん本書の新しさは、ラス前の写楽の登場を、フーダニットではなく(正体は、当たり前の人物)ホワイダニットで描いたところ。プロデューサーだけではどうにも収まらなかった、蔦重のクリエイターの血が、写楽という化け物を生み出した。この解釈は説得力がある。

というわけで、傑作と絶賛するには何かが物足りないのだが、蔦屋という江戸時代の梁山泊を想像するには、十分な力作だと評価したい。

 

●7625 ロスト (ミステリ) 呉 勝浩 (講談社) ☆☆☆

 

ロスト

ロスト

 

 

早速、図書館で借りてきて読んだのだが、残念ながら不合格。当面、著者の新刊は読まないことにする。

そうは言っても、冒頭TVショッピングのオペレーションセンターに、誘拐犯から電話がかかってくるシーンからぐいと引き込まれた。つかみは満点。B級テースト満載ではあるが、そこから奇妙な身代金の受け渡しのサスペンスまでは、一気読み。

しかし、いきなりある人物に拘束されリンチを受け、なぜか解放される主人公(被疑者?)の安住や、警察の麻生、等々人物造形が微妙に、いやかなり歪んでいて、読んでいて強烈な違和感を感じさせる。まあ、その他の脇役も含めて、登場人物がみんな歪んでるのだが。最初は、それも魅力のひとつに感じた。

さらに、誘拐事件の構図が徐々に明らかになるにつれ(それは安住の冒頭の監禁暴行事件と絡み)何だかストーリーからリアリティーが急速に消えていく。それでも、犯人はなぜ身代金一億円を百万円に小分けし、100人の警察官にそれぞれ持たせて、100か所に運ばせたのか?(その結果、ほとんどの身代金は犯人の手には渡らない)という強烈な謎が、最後まで読者を引っ張る。

ああ、それなのに、それなのに、犯罪の構図は凝っていても意外性は少なく、虎の子の身代金の謎が最後に明かされると、本を投げ出したくなった。いいかげんにせい!こんな杜撰で無茶苦茶な動機、ありえない!

これで、納得する人がいたら驚いてしまう。確かに「道徳の時間」の動機も、リアリティーはないが、それでも数パーセントの可能性は感じた。が、今回はゼロである。こんなことが起きる可能性は。

というわけで、この作者には、何か根本的にかけている部分がある。間違いなく、ある種の才能もあるのだが、これではだめだ。ひょっとしたら、河合莞爾のように、SF=別のジャンルの小説を書けば成功するかもしれないが。

 

●7626 夢幻巡礼 (ミステリ) 西澤保彦 (講談文) ☆☆☆☆

 

 

チョーモンインシリーズ第四作の本書が、異色の番外編であることは、水玉画伯の表紙のタッチの違いからも分かるだろう。本書には嗣子も保科もほとんど登場せず、能勢の学生時代(と現在も少し)が描かれるが、これまたあくまで脇役で、登場場面は少ない。

本書の主人公は、現在能勢警部の部下であり、過去においては同じ大学生であった奈蔵涉であり、何と彼の正体=シリアルキラーとしての生い立ちが語られるのだ。したがって、本書は「聯愁殺」や「収穫祭」といった、黒西澤のダークパワー炸裂で、いつものユーモラスな味付けは全くない。

そうはいっても、残虐シーンやグロテスクなシーンの描写は案外少なく、先にあげた作品ほど衝撃はないのだが。そのかわり、中盤は涉の説明的なモノローグが続き、少し物語が停滞する。というか、あまりにも人間関係が複雑で、大勢の人が死にすぎて、理解するのに労力が必要なのだ。

しかし、後半終結に向かって物語は一気に転調し、作者の狙いが見えてくる。このシリーズの特徴として、ある人物がある超能力を持っていたことが分かると、本書の恐ろしい構図が浮かび上がるのだ。そして、それまで無茶苦茶複雑に思えていたことが、スパッと割り切れる快感は素晴らしい。

ただ、それでも細かいところで分からないことがあるし、リアリティーは無視だが、「実況中死」と同じく、よくこんなことをやろうとしたものだと感心する。グロテスクで破天荒な物語で蟻ながら、間違いなくここには本格パズラーのロジックがあるのだ。嗚呼、有栖川有栖との作風の違いを考えると、頭がクラクラするが。

そして、本書もまた西澤のライフワークとも言える、母親による息子の支配と、それに対する反発が、通奏低音として流れている。

で、読み終えてシリーズの本当の構図と最後の闘いに向けての本書の役割が、何となく分かった気がする。そんなこと知りたくない人は、ここから読まないでください。西澤は、奈蔵と由美の息子が、嗣子の真の敵になると書いている。

最初は何のことか分からなかったが、本書のテーマであるタイムリーパーを鑑みると、嗣子は、将来保科と能勢の間に生れる娘が、現在にタイムリープしてきたのではないだろうか。そうであれば、三人のよく分からない関係や、本書で嗣子の正体を探偵が調べられないことなど、色々平仄があってくる気がするのだ。どうだろうか?

 

●7627 転・送・密・室 (ミステリ) 西澤保彦 (講談文) ☆☆☆★

 

転・送・密・室―神麻嗣子の超能力事件簿 (講談社文庫)

転・送・密・室―神麻嗣子の超能力事件簿 (講談社文庫)

 

 シリーズ第五作にして、第二短編集。表紙は元に戻りました。しかし、第一短編集「念力密室」が、超能力は念力に統一されていて、ホワイダニットに徹していて、分かりやすかったのに対して、本書は超能力も設定もバラバラで、結構読むのに手間取ってしまった。

また、今回は毎回新キャラクターが活躍するのも、痛し痒し。これで、ミステリ的に優れていれば、バラエティーに富んだ傑作集、となっただろうが、いかんせんスランプだったのだろうか、と思うくらいパズラーとしては物足りないでき。

ただ、作者も後書きで書いているように、本筋以上にシリーズ全体の伏線らしきことが、かなり書かれている。特にチョーモンインの正体は、ある程度予想はついたが、ぶっ飛んでいる。そうか、ひょっとしたら彼女はまだ生れていないんだ。

そして、衝撃のラスト。この阿呆リキという謎の編集者?は何者?また、アポくんとの関係は?

 

 

 

2月は以上14冊でした。ベストは、新刊ミステリを優先して「サイレンス」にします。で、今チョーモンイン第六作の「人形幻戯」を読んでるのですが、2月に間に合わず、リタイアします。

もっと言うと、このシリーズあと短編集が三冊あるだけで、ここ数年新刊が全然出てないんですね。しかも、ネットを信ずれば、レベルはどんどん落ちていく。というわけで、チョーモンインは長編の新刊がでるまで、待つことにします。もちろん、西澤の他の作品は読みますが。

 

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