読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

2016年 8月に読んだ本

●7494 巡礼者パズル(ミステリ)パトリック・クェンティン論創社)☆☆☆☆

 

巡礼者パズル (論創海外ミステリ)

巡礼者パズル (論創海外ミステリ)

 

 

申し訳ない。小池啓介がばらした、ばらしたと大騒ぎしてしまったが、何と本書の冒頭3行目で、もうアイリスがピーターのもとを(不倫で)去ったことが明らかになるのだ。これじゃばらした、も何もない。嗚呼、驚いた。

そして、本書の解説は横井ではなく、飯城勇三が書いていて、さすがに内容が深い。パズルシリーズの本質は「シリーズ探偵が事件の内部に立つ本格ミステリを書く」という実験にあり、というのは本当に鋭い。それこそが、ウェッブ=本格、ウィーラー=サスペンスのコンビが目指したものだったのか。

そして、パズルシリーズ最終作(この後は題名にパズルがつかなくなる)ピーターがまたしても、殺人事件に巻き込まれながら、こんどこそ探偵として事件を解決させるのだ。

ここには、アイリスの不倫というとんでもない事件が、殺人を呼んでしまい、それがまたある人物によって・・・という強烈なサスペンスと同時に、何と登場人物全員が次々犯人に擬せられる、という多重解決の大サービスまでついているのだ。まさにシリーズの掉尾を飾る傑作だ。

ただ、残念ながら最後の意外な犯人は、登場人物が少ない上に、その後は何度も使われているので(例えば泡坂のあの傑作とか)驚きはなかった。まあ、それは時代の限で、しょうがない。当時(1947年)は、斬新なトリックだったと思う。

ああ、もしパズルシリーズが、国名シリーズと並んで、創元文庫に収められていれば、クェンティンは間違いなく巨匠扱いだったと思う。返す返す、不幸な翻訳事情だったと感じる。

さて、パズルシリーズはこれにて終了だが、ダルース・シリーズは、まだ二冊残っている。残念ながら次作「死への疾走」は図書館にないので、次は本当のシリーズ最終作「女郎蜘蛛」だ。なんとアイリスとピーターは、よりを戻しているみたいだが。

 

 ●7495 曽呂利!秀吉を手玉に取った男(時代小説)谷津矢車(実業日)☆☆☆☆

 

曽呂利!

曽呂利!

 

 

発売時かなり評判になったが、図書館予約で出遅れてしまい、ちょうど一年後に、図書館の棚でゲット。ただし、ネットでは漫画のようだとか、あまり評判がよくなく「のぼうの城」を思い起こして、なかなか手が出なかったが、読みだしたら一気読み。

落語家の元祖と呼ばれる曽呂利新左衛門。名前は聞いたことがあったが、色々調べると、本書にでてくる逸話の多くは本物のようだ。(ただし事実かどうかは、かなり疑わしいので、歴史ではなく時代小説とした)

物語としては、冒頭の蜂須賀小六の物語が、いかにもありそうで、面白かった。その後の利休と五右衛門の話は、イマイチだが、秀次、三成で持ち直す。個人的には、三成が加藤・福島・黒田軍に襲われたとき、家康の屋敷に逃げ込んだ史実は、らしくないなあ、と思うのだが、もしその裏に曽呂利がいたらと、思わず納得してしまった。

また、秀吉の辞世の句も、確かにうますぎるし、また内容もらしくないのだが、これまた曽呂利がからんでいたら、と思うと妙に納得してしまう。もちろん、曽呂利は実在したのかさえ疑わしいのだが。

ただ惜しいのは、最後に明かされる曽呂利の動機が、一応冒頭で伏線は張っているが、イマイチピンとこないため、ラストのカタルシスが物足りない。これじゃ、ちょっと即物的。いっそ、大阪の陣を仕組んで、今度は家康に取り入ってしまった方が、面白かったんだけれどなあ。

 

●7496 バビロンⅡ -死ー (SF) 野崎まど (講談タ) ☆☆☆★

 

バビロン 2 ―死― (講談社タイガ)

バビロン 2 ―死― (講談社タイガ)

 

 

これまた、今一番新刊が待ち遠しい作家の一人、野崎まどのシリーズ第二作は、講談社タイガ文庫というのが、どうも巷の本屋できちんと場所を確保できていないこともあって、店頭から消えてしまうのが怖くて自腹で購入。

で、早速読みだしたのだが、正直のれなかった。キャラクター設定がラノベ的に甘いのに、リアルな政治・警察用語(しかも実は架空)が頻発して、読みにくくてしょうがない。

本書のテーマ(らしい)死(自殺)をめぐる議論は、まあ結構面白く好みなのだが、前作のテーマ、女=曲世愛の存在は、何だかなあ、無敵すぎる。こりゃ、最原最早に登場してもらわないと。

そして、この最悪のラスト。まるでSPECの、にのまえみたいで、嫌になる。期待が大きかっただけに、なんだかなあ感が半端ない。相変らずネットでは大好評だけれど。

 

 ●7497 女郎蜘蛛 (ミステリ)パトリック・クェンティン(創元文)☆☆☆☆

 

 

さて、当分手に入りそうにない「死への疾走」を除けば、これにてピ-ター&アイリス・ダルース夫妻シリーズ完結である。ここ数年、国内外で再読も含めて古典を読んでいるのだが、未読でこれだけ面白くかつ歴史的価値があるシリーズは初めてだ。翻訳の順序や、バラバラの出版社がひどかったのは分かるが、見逃していた自分を恥じたい。

パトリック・クェンティンは間違いなく、黄金時代と現在をつなぐ巨匠である。特に「俳優パズル」は歴史的傑作だと思う。

そして本書もまた、今や定番となった展開として、冒頭でピーターとアイリスが離れ離れになる。(やはり、前作「死への疾走」で二人はよりを戻したようだ)そして、最早おしどり夫婦ではいられない二人、今度はピーターが、ナニーという作家志望の冴えない少女?に、なぜかどんどん魅かれていく。そして、彼女の死。当然、最大の容疑者はピーターである。

さらに次々明らかになるナニーの真の姿が、恐ろしい。「ヒルダよ眠れ」「暗闇へのワルツ」までの迫力はないが「ある死刑囚のファイル」のような、ねじれた意地悪さがうまい。せっかくよりを戻した二人は、またも危機を迎える。今度こそ、絶体絶命。

そして、ピーターは今回も事件に巻き込まれるが、探偵ではない。今回の探偵は、何とあの名作「二人の妻を持つ男」のトラント警部である。ただ、事件の真相は良く出来ているが、今のレベルからすると、それほど意外ではない。

また、シリーズをこれだけ読むと、後半の二つのどんでん返しは、予想がつく。しかし、それでも本書は面白いし、読む価値があると思う。シリーズはほぼ終了したが、もう少しシリーズ以外も読んでみよう。本書はまさにウェッブの影響を逃れた、ウィーラー単独の傑作と言うべきだろう。

 

 ●7498 ケムール・ミステリー (ミステリ) 谺 健二 (原書房) ☆☆☆★

 

ケムール・ミステリー (ミステリー・リーグ)
 

 

ウルトラQを知らなかったら、題名の意味が解らないだろう。忘れたころに新刊を上梓する著者だが、デビュー作「未明の悪夢」を含めて、何か熱意が空回りし、バランスが悪くて、読みづらかった印象がある。本書もまた、冒頭はつらかったのだが、脳内で勝手に、鴉原=京極堂、多舞津=関口に変換して読めば、劣化バージョンではあるが、楽しく読めるようになった。榎木津がいないのが残念だが。

成田亨に関しての作者の思いは、残念ながらストーリーときちんとリンクはしないが、表紙にフューチャーされた「翼を持った人間の化石」は、ため息がつくほど素晴らしい。これだけでも、得した気分。

ただし、ミステリとしては、色々努力は分かるが、基本的なトリックは見え見えである。(はっきり言ってしまうが「占星術殺人事件」のバリエーション)一応、そのあと二回ひっくり返すが、本質は変わらない。

また、細かいところにかなり無理があり、警察がほとんど登場しないが、これも現実にはあり得ないだろう。

というわけで、相変らず作者の(意味のない?)熱意には感心するが、ミステリとしては、絶賛するわけにはいかない出来であることは確か。ただ、作者の作品(三部作?)を読み返してみようか?とは思った。長いけど。

 

 ●7499 彼女のいない飛行機(ミステリ)ミシェル・ビュッシ(集英文)☆☆☆☆

 

彼女のいない飛行機 (集英社文庫)

彼女のいない飛行機 (集英社文庫)

 

 

このところ大ブームとなっている、フランスミステリ。本書は昨年のこのミス9位で、全然見逃していたのだが、図書館でゲット。で、手渡されて驚く。何と650ページの分厚さなのだ。普通のフランスミステリ三冊分だ。

物語は、DNA鑑定がなかった80年代に、トルコでエアバスが墜落。乗客は全員死亡するが、たった一人赤ん坊だけが生き残る。ただし、その飛行機には、同年齢の赤ん坊が二人乗っていた。大金持ちの娘と、庶民の娘。で、赤ん坊の正体は?といった、いかにもジャプリゾやルブランの衣鉢を継ぐ、フレンチミステリだ。

物語は、大金持ちの祖母から依頼を受けた私立探偵の手記と、現在が交互に描かれる。そして、探偵は事件18年後に当時の新聞記事を見ているうちに、ついに事件の真相を知る。そのためには18年の時間が必要だったのだ。赤ん坊の正体は誰か、と18年後に探偵は何を見たのか、という2つの強烈な謎で、ぐいぐい読ませる上に、その謎解きは鮮やかである。

ただし、本書はネットである理由で酷評され、僕もまた素直に大傑作とは言えないのだ。その理由は、冒頭にも書いたように、とにかく長すぎるのだ。ある程度、もったいぶった書き方は、しょうがないが、本書はちょっと度が過ぎている。半分とはいわないが、2/3で充分だと思う。

さらに、本筋の謎が素晴らしいのに、何か意味のない殺人が多すぎる。とにかくもっとシンプルにすれば、素晴らしい傑作になっただろう。誤解を恐れずに言うなら、松本清張なら、本書を50ページの切れ味鋭い短編に仕立て上げるだろう。

 

●7500 横浜1963 (ミステリ) 伊東 潤 (文春社) ☆☆☆

 

横浜1963

横浜1963

 

 

何と伊東がミステリ=警察小説に挑戦。正直、大丈夫かよ、と危惧したのだが、翻訳文に疲れたので、手に取った。舞台は東京オリンピック前夜の横浜。主人公は白人の貌をした日本人刑事。相棒は日本人の貌をした、米国軍人。

と色々工夫はしているのだが、結局は危惧があたった残念な作品。伊集院の「羊の目」を読んだとき文章は達者でも、ミステリが解っていないと強く感じた。で、伊東もやはりミステリが解っていない。

しかも、伊東の場合、文章もだめ。ちっとも人間が描けていない。薄っぺらい。その上、このトリックは単純すぎるでしょう。もう少しミステリを勉強してほしい。

 

●7501 パナソニックV字回復の真実(ビジネス)平川紀義(角川書)☆☆☆★

 

パナソニックV字回復の真実

パナソニックV字回復の真実

 

 

このところネガティブなビジネスNFばかり読んできたが、パナソニックソニーのV字回復本が続けて上梓された。個人的には、両社とも本当に回復したのか、と疑問に思うのだが、残念ながら本書にその答えはなかった。

ただ、正直に告白すると、ある程度松下の歴史を知っている僕にとって、本書は面白くて一気に読んでしまった。しかし、その面白さはこれまた正直に言うと、ビジネスNFの面白さではなく、週刊誌のゴシップ記事の面白さである。

著者は偶然?松下の内部で、多くの幹部と一緒に仕事をしてきた経緯から、彼らを客観的に?論評する。最近の松下本では、かならず批判のやり玉にあげられるのが、幸之助の娘婿の松下正治会長、森下社長、そして中村社長、の三人だが、著者は正治、中村には厳しいが、直属の上司だった森下を、人間味あふれる人物として描く。正直、それが目的だったようにすら感じてしまう。

というわけで、創生期の松下の活気あふれる営業の現場の話は魅力的だし、事業部制の良し悪しも良く解るが、全体に構成が素人っぽく、あちこち飛ぶ上に、やたら持ち上げる現津賀社長の記述が少ないのが物足りない。目新しいところでは、三洋買収とゴールドマンサックスの関係あたりか。

 

●7502 逆説の日本史22 明治維新編 (歴史)井沢元彦小学館)☆☆☆★

 

 

副題:西南戦争と大久保暗殺の謎 このところ高評価が続いていた逆説シリーズだが、今回は色んな意味で物足りなかった。基本的にこの時代に関しては、勉強とは言わないが、かなり読み込んできたので、征韓論にしても、佐賀の乱西南戦争、さらには有司専制についても、ほとんど新しい情報がなかった。

まあ、いつもいつも斬新な説が、そんなに簡単にでるわけではないのは、わかるのだが。そして、ここでもまた感じたのは、井沢をもってしても、西郷の真の姿が全然見えてこないことだ。

素直に読めば、西郷はかなりアナクロな存在にすぎない。本当に西郷は難しい。さらに、何と本書には連載開始から25年もたった、ということで、かなり長い補遺篇がついているのだが、これが銅鐸の謎から憲法論まで、かなりあちこち飛びまくって、とっちらかった印象。というわけで、申し訳ないが今回はこの評価。

 

 ●7503 去就 隠蔽捜査6 (ミステリ) 今野 敏 (新潮社) ☆☆☆★

 

去就: 隠蔽捜査6

去就: 隠蔽捜査6

 

 

隠蔽捜査シリーズ6冊目の新作。(他に短編集が2冊)どうも量産体制が続いて、薄味になってしまった著者の作品は、もはや本シリーズしか手が出ないのだが、正直本作もまたかなり薄味。

ただし、キャラクターがしっかりしてるので、脳内で勝手に、杉本哲太古田新太安田顕、等々に変換して、あっという間に読み上げた。そうはいっても、ミステリ部分はかなり雑。

そして、最後にかなり長い横山的人事抗争の物語(と家庭の物語)がついているのだが、これまた結構甘い内容。というわけで、(無料の)2時間ドラマなら十分楽しめるだろうが、読書としては物足りない。次もこのレベルなら、今野とは完全にお別れしよう。

 

●7504 革命前夜 (フィクション) 須賀しのぶ (文春社) ☆☆☆☆★

 

革命前夜

革命前夜

 

 

お盆の読書は、イマイチが続いていたのだが、これは傑作。素晴らしい。

本書は発売時(15年3月)に予約を出遅れてしまい、やっと図書館の棚でゲット。しかし傑作「神の棘」の印象が強く、勝手にナチス時代の音楽小説と思っていたら、主人公真山は、何とバブル真っ盛りの80年代末に、わざわざ暗い東ドイツに周りの反対を押し切って音楽留学、という意外なストーリーでなかなか手が出なかった。

しかし、80年代末ということは、この革命の意味が解り、読みだしたら止まらなかった。須賀の筆力は、やはり素晴らしい。

その暗い東ドイツドレスデンが、音楽にあふれた街であり、かつ歴史が息づいていて、西側とは違う魅力を見せる。(ネットで、紹介されるバッハやドレスデン=僕にとっては、スローターハウス5の街を確認しすぎて、なかなか前に進まなかったが、雰囲気は満喫した)

音楽学校に君臨する二人の天才、ベトナム北朝鮮からの留学生、そして謎のオルガニスト。物語は、音楽小説であり、天才の物語であり、恋愛小説として、ぐいぐい読ませながら、主人公の父親の旧友との再会がとんでもない事件を引き起こし、後半は怒涛の展開となる。(天安門事件ベルリンの壁崩壊が、同じ年だったことをずっと忘れていた)

そして、物語はあのハンガリーシェブロンに収斂し、クライマックスを迎える。しかし、須賀の筆は単純な西側礼賛に与せず、東の矜持・プライドもきちんと描く。そして、そのことが逆に、東の不条理な体制を浮かび上がらせるのだ。

F・フクヤマの単純さはここにはない。きれいはきたなく、きたないはきれい。正直ラストのミステリ的なオチが必要だったかは、悩むところである。しかし、本書はさまざまなジャンルを超越した、深く重く、そして熱く激しい、素晴らしい物語だ。

こういう小説が(文春社なのに)なぜ、直木賞本屋大賞の対象にならないのか。須賀の次の作品に、注目したい。(あ、調べると本書は大藪賞を受賞していた。まあ、ちょっと微妙な賞だけれど)

 

 ●7505 ケレスの龍 (SF) 椎名 誠 (角川書) ☆☆☆

 

ケレスの龍 (角川書店単行本)

ケレスの龍 (角川書店単行本)

 

 

椎名の「アドバード」は、国内SFベスト10には必ず入れるほど大好きだった。だのに、SF三部作は次の「武装島田倉庫」で何回も挫折してしまって、結局「水域」は読めていない。そんなところに、ひさびさの本格SFとして、本書が届いた。

本の雑誌」での大森の評価も微妙なのだが、後半の意外な展開とやらに期待して読みだした。だのにやっぱり「島田倉庫」と同じく、なかなか物語に入れない。

椎名のSFの原点は「地球の長い午後」にあり、変な生き物や、過去の大災害や戦争が、当然のように全く説明されずに、事実のみが語られる。従って、よほどうまく処理しないと(「新世界より」は見事な成功例)感情移入が難しい。

しかし「アドバード」は、物語をひっぱるメインストーリーが明確、かつ力があったので、傑作となったが、「島田倉庫」や本書はストーリーが弱くて、読みにくいのだ。いや本書の場合は、弱いというより単純と言うべきか。

だから、何とか最後まで読み通した。まあ、そんなに長くないし。椎名もはや72歳。正直言って、本人だけが楽しんでしまっている作品に見えた。(今、調べると「水域」が第二作だった。チャレンジしてみようか、悩むなあ)

 

●7506 二人の妻を持つ男(ミステリ)パトリック・クェンティン(創元文)☆☆☆☆★

 

二人の妻をもつ男 (創元推理文庫)

二人の妻をもつ男 (創元推理文庫)

 

 

 

「女郎蜘蛛」にてウェッブが引退し、ウィーラー単独となった第二弾にして、代表作。(第一作は「わが子は殺人者」)高校時代、本書を読んだとき、確か感想に文学的ミステリ、などという阿呆なことを書いてしまったのが懐かしい。

本書は素晴らしい傑作であり、古典である。ただし、こうやってダルース夫妻シリーズを読み終えた後、再読したことによって、さらに感慨深い読書体験となった。

本書の主人公ビルが陥る家族の危機は、まるで「女郎蜘蛛」のピーターに相似である。しかしやはりダルース夫妻シリーズのフォーマットでは限界があり、本書は「女郎蜘蛛」より、はるかにリアルで深い小説となった。誤解を恐れずに書けば、ウェッブの呪縛を逃れたウィーラーが、その才能を爆発・開花させた傑作とでも言おうか。

解説の小森収も素晴らしく、ミラーやホワイトと比べながら、本書の先にはロス・マクの小説群がある、というのは鋭い。本書においてビルもまた「シリーズ探偵=主人公が事件の内部に立つ本格ミステリ」でありながら、探偵役としては失敗する、というダルース夫妻シリーズの典型パターンである。

しかし、両者の構造は相似でも、小説としての手触りには大きな差がある。間違いなく、本書の方が優れている。正直、再読のせいか、それとも著者のパターンが分かるせいか、真犯人は早い段階で予想がついた。

それでも、本書は面白い。物理的ではなく、心理的な罠や伏線が、あちこちに張り巡らされているのだ。蜘蛛の巣のように。そして、ビルは蟻地獄にどんどんはまっていく。ああ「わが子は殺人者」も読みたいのだが、これまた図書館にない。ゆっくり古本を探そうか。創元文庫なので、手に入りそうだし。

 

●7507 道徳の時間 (ミステリ) 呉 勝浩 (講談社) ☆☆☆★

 

道徳の時間

道徳の時間

 

 

61回乱歩賞受賞作。題名と表紙には魅かれなかったのだが、巻末の選評で有栖川有栖辻村深月が本書を絶賛し、池井戸潤がものすごい酷評をしているのに魅かれて、手に取った。結論から言うと、僕は有栖川・辻村派。

本書は欠点がありながらも、面白く読めたし、何より作者の将来性を感じさせた。これまた有栖川が絶賛した60回の下村敦史より、僕は呉を買う。ひょっとしたら、呉は薬丸になれるんじゃないか、とすら感じた。「天使のナイフ」もまた、本書と同じく力を持っていたが、正直整理が足りず、荒っぽかった。処女作はそれでいいのかもしれない。

本書の素晴らしさは、13年前衆人環視の環境の中で、講演者を刺殺した犯人の動機を、ドキュメンタリー映画の撮影の進行によって、炙り出していくサスペンスであり、グイグイ読ませる。(何か大岡昇平の「事件」を思い起こした)

そして、予想はつくが、ラストのどんでん返しもなかなか良い。しかし、問題も多い。まず、現在の事件と13年前の事件のつながりが弱すぎる、というか殆どないこと。これは、いただけない。さらに、僕にはどうも主人公の造型が無駄に熱くて、うざかった。

そして、池井戸や今野が酷評している動機の問題だが、僕は結構新しいなあと思ってしまったのだが、正直はっきり書いていないので、もやもやも残った。

で、読了後気づいた。実は本書を読みながら、ずっと考えていたのが、選評で肯定派も否定派も揃って書いている、本書にはあるデリケートな人権上の問題があるという点。ここを書き直して本書は上梓された、というのだ。そして、それが分かった気がする。

ここからは、未読の方は読まないように。思いっきりネタバレです。すなわち、この犯人は少年Aであり、彼が出所して出版しようとした小説が、あの「絶歌」だったのだ。たぶん。

つまり、犯人は出所してから、手記=小説を上梓し、ベストセラー化するために殺人を犯したのだ。(何という逆説的な動機!)

それが9・11等々によってやや状況が悪化したため、妹を使ってこのドキュメンタリー映画を創り上げ、ふたたび自らに脚光を当てようとしたのだ。

で、もちろんこれはやりすぎなので、修正して動機をあいまいに描いてしまい、説得力がなくなってしまったのだろう。いやあ、とんでもないことを考えたものだ。

 

●7508 北条早雲 相模侵攻編 (歴史小説) 富樫倫太郎 (中公社)☆☆☆★

 

北条早雲 - 相模侵攻篇

北条早雲 - 相模侵攻篇

 

 

シリーズ第三作。富樫の作品をもはや予約で読もうとは思わないのだが、半年後に本書を棚でゲット。一応、読み始める。この時代の関東の状況は本当に解りづらいのだが、富樫はそれを長いシリーズで描くことで、何とか知識不足の読者もついていけるようにはしてくれた。

ただし、小説としては、歴史の制約もあるのだが(茶々丸に続いて、定頼まで逃がしてしまう)やや盛り上がりに欠ける。

特にラストにあの人が登場するならば、もう少し盛り上げのための、けれんがあってもいいのではないだろうか。所詮、戦国時代とは違って、殆どの登場人物が無名に近いのだから。そういう意味では、本書では軍配者、星雅の宗瑞への助言、のあたりが一番面白かったか。

 

●7509 SONY平井改革の1500日(ビジネス)日経産業新聞(日経社)☆☆☆★

 

SONY 平井改革の1500日

SONY 平井改革の1500日

 

 

ソニーの本をいったい何冊読んできただろうか。しかし、本書は過去のソニー本とは(僕にとっては)全く違う感触だった。まずは、いくら凋落したとは言っても8兆円の規模は、とんでもなくでかいこと。そして、色々内容はあっても、本書の本質はモノづくりよりも、リストラとマーケティングの再構築であること。そして、何より、出井やストリンガーへの批判が全くないこと。

正直言って、平井一男はCBSソニーおよびゲーム出身ということで、どういう人物なのかイメージがわかなかった。しかし、本書を読む限り、異見を求め、社内の逸材を集めて使う、今までのソニーにはない、協調タイプの人間に見える。

そして、現在の復調は、リストラやマーケティング戦略の変革(規模から質)という、何ら変哲のないことを、外様らしくしがらみにとらわれず行ったことと、デバイスとしての画像センサーの大成功によるように、僕には思えた。

問題は、今後の成長戦略である。ここで、ゲーム映画、オーディオ、さらにはモバイルの未来戦略が嬉々と語られるのだが、正直言って僕にはそれが素晴らしいのか判断できない、というか理解できないのだ。

ネットでの評価は高いのだが、ここには僕が親しんできたソニーの姿はなく、無機質なグローバル企業のように見えてしまう。いや、僕自身がこの複雑で新しいビジネスモデルについていけない、いやついていく気が全くないことが問題なのだ。そう、僕は、正しく時代に遅れることを考え続けているのだ。

 

●7510 アルファ・ラルファ大通り(SF)コードウェイナー・スミス(早川文)☆☆☆☆

 

 

人類補完機構全短編2。解説で大野万紀が紹介している、80年代の2つの挿話、マニアにおけるスミスの扱いや、吾妻ひでおのマンガの件、両方ともリアルで覚えていて、笑ってしまった。

さて、本書はシリーズ最大のイベント、人間の再発見に関する作品を集めているが、残念ながら全て既訳。ただ「クラウンタウンの死婦人」「アルファ・ラルファ大通り」「帰らぬク・メルのバラッド」「シェイエルという名の星」といった傑作たちは、ほとんど内容を覚えていた。

そして、今回もやはりク・メルの魅力にまいってしまった。しかし、スミスはよくこれだけの短編で、ここまで壮大な歴史を創り上げたものだ。行間から、あふれ出る想像力の凄さだろうが。

ただ、ある評者が書いていたが、この短編集はほぼ作中の時系列に並んでいるが、スミスはそんな単純な作家ではないので、発表順の方が良かったと思う。最初の「死夫人」が最後にきたほうが、インパクトが強い気がする。

 

 ●7511 無 実 (ミステリ) ジョン・コラピント (早川文) ☆☆☆★

 

無実 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

無実 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

変わった作家名に記憶があったのだが、そうかあの「著者略歴」の作家か、と思いだした。ただ、内容はすっかり忘れていて、ネットで調べて、あああのオフビートで微妙な作品か、読み易かったけれど、と思いだした。

しかし、第二作にえらく時間がかかったと思ったら、どうも本書の内容の道徳的?な問題を嫌って、十年間約40社の米国の出版社が、出版を断ってきたせいというのだ。で、読み終えて思うのはその問題とは、近親相姦と○○コンである。

しかし、冒頭から作者は実は近親相姦は嘘(罠)であることが、明示しているし、後者も日本のラノベの方が、もっとえぐい表現をいくらでもしている。というわけで、ここでも米国=ピューリタンの倫理観(禁酒法を作ってしまった)に愕然とするのだが、かといってじゃ本書を評価するのか、といわれるとそれもまたためらう。

本書もまたオフビートで、ページターナーぶりは健在なのだが、どうもミステリ・プロパーではないので、今回も都合よくある人が死んでしまったり、何かゆるいんだよね。で、なによりも、こういう話は、生理的に好きではないし、個人的にはデズがクソで、ポーリーンが可哀想すぎる。これは地獄でしょう。

 

●7512 怪盗紳士ルパン(ミステリ)モーリス・ルブラン(早川文)☆☆☆☆

 

怪盗紳士ルパン (ハヤカワ文庫 HM)

怪盗紳士ルパン (ハヤカワ文庫 HM)

 

 

有栖川有栖のエッセイが絶好調だ。「オッターモール氏」の「氏」には笑ってしまったし、リプリーは痛いところを突かれてしまった。(ハイスミスリプリーもの は、あの「太陽がいっぱい」も含めて未読なのだ。嗚呼)

で、もうひとつルパンに関しても、過去の記憶が曖昧で(ジュブナイルの「奇巌城」は大好きだったのだが、大人用で読んだ「813」はひどかった。ただ、たぶん高校時代に読んだ本書=短編集は印象が良かった)新訳もでていて、もう一度きちんと読んでみようと一念発起。

で、読了後まず思ったのは、本書のラストには「遅かりしホームズ」という作品があるのだが、ホームズの物語には毎回ミステリの定型があるのに(いや、ホームズ以外も全て)ルパンの場合は、毎回シチュエーションが違い(ルパンが犯罪者ではなく、探偵の作品も多い)これは、大変だなあ、と感じてしまった。

それでも、本書は処女作ということで、「ルパンの逮捕」「獄中のルパン」「ルパンの脱獄」「謎の旅行者」「王妃の首飾り」までは、素晴らしいと思う。残念ながら、その後の四作はちょっと落ちる。

というわけで、正直100年以上前の古典に、ミステリ的な意外性があるわけはないのだが、それでも本書をとても楽しんで読めたのには、次の2つの理由がある。

ひとつは、平岡敦の翻訳が素晴らしいのだ。フランス・ミステリに関しては、「アレックス」や「ハリークバート」の橘明美の翻訳の素晴らしさに感心してきたが、本書における平岡の仕事はそれ以上だ。この翻訳なくせば、正直こんな古臭い(ごめん)物語を、ここまで楽しめなかっただろう。

さらに、実はアニメルパン三世(初代)が、原作を本当にリスペクトしていることが、良くりうれしくなってしまった。

 

●7513 猿の見る夢 (フィクション) 桐野夏生 (講談社) ☆☆☆☆

 

猿の見る夢

猿の見る夢

 

 

現代最強の作家だと思っている桐野は、チャレンジ精神も旺盛なため、三振=失敗もまた多く、それも魅力だ。ただ、桐野の本当に凄いところは、本書のような個人的には全く興味のもてない、ビジネス&家庭の物語を、一気に読ませてしまう筆力にある。

本書は逆半沢直樹とでも言えそうな、銀行から冴えないアパレル企業に左遷=出向された主人公薄井が、そのアパレル企業の大発展によって、微妙な立ち位置となり、不倫、派閥抗争、相続争い、夫婦親子関係の崩壊、とこれでもか、と振り回され、その醜さをさらけ出す、という本当に嫌な小説なのに、目が離せないのだ。

そして、もちろん醜いのは主人公だけではない。はっきり言って、ほぼ全員が醜い。さらに本書においては、長峰という怪しい、いや恐ろしい女性の存在が、隠し味として効いていて、ぞっとする。そう、桐野版「銀の仮面」なのだ。

というわけで、本書は桐野的な斬新な実験もテーマも何もない、ただ情けない中年、いや初老のサラリーマンの、これまた情けない話にすぎないのだが、これがぐいぐい読ませるのだよ。まったく、女王様の力技にはまいってしまう。