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2016年 1月に読んだ本

●7366 レジェンド 伝説の男 白洲次郎 (NF)北康利(朝日新)☆☆☆☆

 

レジェンド 伝説の男 白洲次郎 (朝日文庫)

レジェンド 伝説の男 白洲次郎 (朝日文庫)

 

 

「占領を背負った男」の続編というか、落穂ひろい、二番煎じ、と思っていたのだが、本書には歴史的な記述がほとんどなく、焦点を白洲自身のエピソードに絞ることによって、良くも悪くも彼の姿(等身大かどうかは、やはり?だけれど)が浮き彫りになり、ファンにとっては予想外に楽しい読み物となった。白洲正子がたっぷり登場するのもうれしい。

本当に規格外の夫婦だ。僕は個人的には、龍馬と次郎を二大過大評価偉人と思ってるのだが(そして、どちらも商売人として、かなりえげつないところがある)だからこそ二人の熱烈なファンでもあるとも、改めて自覚した。

ただ、いろいろネットで調べていると、ひょっとしたら僕が読んだのは、著者の「白洲次郎、占領を背負った男」ではなく、青柳恵介の「風の男、白洲次郎」じゃないか、という気がしてきた。両方とも読んだんならいいのだけれど、もう一度きちんと原典に当たってみるか。

 

●7367 扼殺のロンド (ミステリ) 小島正樹 (原書房) ☆☆

 

扼殺のロンド (双葉文庫)

扼殺のロンド (双葉文庫)

 

 

ずっと気になってた作家の、ネットで一番評価の高かった本書を読んでみたのだが、正月早々暗い気分になってしまった。こういうミステリが評価される、というかちゃんと上梓されてしまうことに、強い憤りを感じる。

確かにトリックはてんこ盛りだが、この犯人、この動機、ありえないでしょう?ここまで、リアリティーがないと、いくらなんでも小説の体をなしていいない。「奇想、天を動かす」「魍魎の函」「チャイナ橙」等々の作品の超劣化バージョンというか、島田荘司の出来の悪いコピー。

 

●7368 叛骨の宰相 岸信介 (NF) 北康利 (中経出) ☆☆☆☆

 

叛骨の宰相 岸信介

叛骨の宰相 岸信介

 

 

正月早々、苦くて重くて巨大なものを、無理やり飲み込んでしまい、いまだに消化できない。物心ついたときから長い間、野球は巨人が優勝し、日本の首相は佐藤栄作だ。しかし、僕が生まれた年の首相は、佐藤の兄である岸だったことに改めて気づいた。そして、岸のイメージは、A級戦犯であり、安保改正であり、妖怪であり、最悪だった。

ただ、僕もいい年になり、その評価が間違っているとは感じていた。しかし、こうやってきちんと岸の伝記を読むと、その複雑で巨大な姿に、どう立ち向かえばいいのか、途方に暮れる。これほど優秀で、傲慢で、幸運で、複雑な人間を僕は知らない。

善悪は置いておいて、戦前の岸の満州経営のすごさには呆然とする。そして、戦後の政治家としての鵺のような姿には、さすがにマキャベリストとは割り切れない毒がある。しかし、藤山愛一郎と組んだ外交の冴えは素晴らしい。そして、読み終えて思うのは、今の政治家とのビジョンと胆力の違いと、今も全く変わらぬ政治手法=派閥争いの醜さである。人はこうも愚かな裏切りを、なぜ繰り返すのだろうか。(今まで著者があまり描かなかった、吉田の醜い晩節も本書では描かれる)

吉田と岸は対立し、吉田の愛弟子の弟とも対立しながら、結局はいつの間にか協力し合う姿には、凡人はただあきれるのみ。そして、その吉田家、佐藤家が、今の麻生太郎安部晋三にまでつながる光景を、どう消化すればいいのだろうか。

 

●7369 ○○○○○○○○殺人事件 (ミステリ) 早坂吝 (講談N) ☆☆☆☆

 

○○○○○○○○殺人事件 (講談社ノベルス)

○○○○○○○○殺人事件 (講談社ノベルス)

 

 

図書館でずっと待ってた作品を、簡単にブックオフで見つけて、早速読みだした。そして、読み終えて、呆然、愕然。こりゃ、話題になるのも無理はない。こんなミステリ読んだことがない。しかも、これほど驚き、パズラーとしての伏線も堪能しながら、本書は絶対に人に薦められない。薦めたとたん、たぶん人間性を疑われる。

ええい、言ってしまおう。本書は驚愕のパズラーでありながら、下品な下ネタミステリなのだ。しかも、その下ネタが、きちんとトリックになっているところが、驚愕なのである。

とにかく、主人公たちが孤島についたとたん、「南国モード」となって、僕が俺に変わり、文体まで変わってしまったので、何じゃこりゃ?と思っていたのだが、それにはきちんと理由があり、それが分かった途端、表紙まで含めた作者の企みに、愕然としてしまうのだ。しかも、読み返すときちんと伏線張りまくり。

その一方で見事なミスディレクションの数々。たぶん、題名当てミステリ、という趣向も、そのひとつに違いない。本書のポイントはそんなところにはない。これまた、正月早々とんでもないものを読んでしまった。

 

●7370 疾き雲のごとく (歴史小説) 伊東 潤  (講談文) ☆☆☆★

 

疾き雲のごとく (講談社文庫)

疾き雲のごとく (講談社文庫)

 

 

伊東の北条早雲モノは、早雲超晩成説=司馬の「箱根の坂」に対するアンチテーゼなのだが、本書は様々な主人公の物語に、必ず伊勢新九郎北条早雲)が最後に出てきて幕を引く、というあの司馬の傑作「新撰組血風録」のパターンを踏襲しているのが面白い。

しかし、この時代を描くと、敵味方の関係がすぐに入れ替わって(平気で裏切って)本当に解りにくい(だから、長編「黎明に起つ」は失敗作だと感じる)のだが、連作形式にすることによって、かなり解り易くなっている。

正直言って、著者の初期の作品には、若書きというか物足りない作品も多い。ただ、本書は文庫化のために、かなり書き直したようで、冒頭の「道灌謀殺」は面白く読めた。次の「守護家の馬丁」も悪くない。しかし、次の「修善寺の菩薩」あたりから、ストーリーに無理が感じられるようになり、そうなるとやっぱりこの時代は解りにくく、結局傑作というには、もう一歩足りない、惜しい作品集となってしまった。

 

●7371 真実の10メートル手前 (ミステリ) 米澤穂信創元社)☆☆☆☆★

 

真実の10メートル手前

真実の10メートル手前

 

 

さよなら妖精」の太刀洗万智が主人公の「王とサーカス」で、昨年末の各種ベストを席巻した著者の、出るべくして出た続編、というか太刀洗が主人公の短編集。そして、本書もまた「王」に勝るとも劣らない傑作だ。個人的には、本書に軍配をあげたいくらいだが、この二冊は(いや三冊か?)はやはり、セットで考えるべきだろう。

最初、本書はかなり薄くて、便乗作品かと危惧したのだが、本書の著者の文体は、まさに太刀洗の存在そのもののように、研ぎ澄まされていて、この薄さは必然と納得した。あのラノベ的「古典部」や「小市民」シリーズの作者が、ここまで強固な文体を手に入れるとは、驚きである。(確か「王」のときも作者の成熟に驚いたが、本書はそれ以上だ)

冷静に考えると、本書収録の短編は、冒頭の表題作から、後味が悪い。しかし、それが作者のピアノ線のような文体、カミソリの刃のような大刀洗の存在によって、物語の本質としての悲劇性が、抑制を効かせながらも、強烈に描かれる。

続く「正義感」「恋累心中」はトリッキー、かつ嫌な物語ではあるが、それが次の本書
の最高傑作「名を刻む死」で、頂点に到達する。ラストの大刀洗の啖呵に、呆然としてしまった。こんなミステリがあるんだ。悪意とイノセンスを超越する、探偵の存在。

そして、次の「ナイフを失われた思い出の中に」で、遂に本書は「さよなら妖精」とつながる。その少女の名前が出てこないからこそ、強く胸に突き刺さる。そして、ラストの「綱渡りの成功例」、よくこんなことを考えるものだ。しかし、たぶん人は極限状況では、こういう行動をとり、かつ後悔に苛まされるのだろう。

リアルな物語に大刀洗の存在はピッタリくる。容貌は全く違うが、探偵としての立ち位置として、大刀洗は葉村晶に似ている。しかし、僕は女性が描く葉村以上に、男性が描く大刀洗に軍配をあげたい気分なのだ。繰り返す。本書もまた傑作だ。

 

●7372 ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女 ダヴィド・ラーゲルクランツ ☆☆☆☆★

 

ミレニアム 4 蜘蛛の巣を払う女 (上)

ミレニアム 4 蜘蛛の巣を払う女 (上)

 
ミレニアム 4 蜘蛛の巣を払う女 (下)

ミレニアム 4 蜘蛛の巣を払う女 (下)

 

 

ついにあの「ミレニアム」の4が上梓された。ということは「ミレニアムと私」で、ラーソンのパートナー、エヴァが言及したPCの中に残された遺稿が出版されたのか、
と喜んだら、それとは関係なく(ということは、エヴァの敵方?の遺族の出版)違う作家が描いた、と聞いて一歩引いてしまった。

そして、本書の解説で絶賛しているのが、あの杉江で、これまた嫌な予感。しかし、今回は杉江が正しかった。本書は完璧とは言えないが、他人が書いた続編としては85点くらいはあげたいでき。もし、これが「ミレニアム」じゃなければ、大傑作である。

というわけで、北欧ミステリブームの中でも「ミレニアム・三部作」がいかに突出した傑作であったか、改めて思い知らされた。しかし、本書のテーマは何とシンギュラリティーなのだ。今回も訳者(ヘレンハルメ美穂+羽根由)は頑張っていて、前の三作と文体は見事にシンクロしているが、「技術的分岐点」との訳は、SFファンとしてはいただけない。ここは、ちゃんとシンギュラリティーと、ルビを振ってほしい。閑話休題

本書のもうひとつのテーマは、サヴァン症候群であり、これがリスベットと絡むところがうまい。そもそも彼女こそ、サヴァンアスペルガーという感じだし。そして、そして、どうなるかと思っていた、過去の伏線=リスベットの双子の妹が、後半やはり登場し、伏線を拾いまくって、二人の過去の因縁があきらかになる。(ちょっと、やりすぎの気もするが)

読了して、ラーソンに比べて、少し軽い気もするし、リスベットがもはや最原最早状態(人間を超えている?)な気もするが、いやここまで書いてくれれば、満足するしかない。エヴァの気持ちを考えると暗澹とするが、作品に罪はない。これは、確かに杉江が言う通り、原作をリスペクトし、研究し尽くした傑作である。
 
●7373 望 郷 (ミステリ) 湊かなえ (文春社) ☆☆☆★

 

望郷 (文春文庫)

望郷 (文春文庫)

 

 

「告白」から三冊ほど読み続けて、著者の作品は読まないことにしたのだが、短編は読んだことが無く、本書収録の「海の星」が協会賞をとった、ということで読みだした。

瀬戸内海、たぶん尾道の沖(橋でつながっている)の架空の島、白綱島が舞台の六作の連作(でもないか?)短編集。確かに、短編なので、すいすい読める。冒頭の「みかんの花」は、よくあるパターンだし、作家というところに相変らずの著者のリアリティーの欠如を感じるが、まあ悪くはない。

しかし、次のその「海の星」の、おっさんの行動が、僕にはどうしても納得がいかない。これはないのではないだろうか。残りの四編も悪くはないのだが、正直田舎者の僕は、こんな田舎の嫌らしさに満ちた作品を読んでも、ちっともカタルシスがない。

タイプは違うが、桜木志乃の作品と同じく、読んでいてつらくなってしまう。やはり、湊は根本的に合わない。駄作ではない。合わないだけ。

 

●7374 アンダーグラウンド・マーケット (SF)藤井太陽(朝日新)☆☆☆☆

 

アンダーグラウンド・マーケット (朝日文庫)

アンダーグラウンド・マーケット (朝日文庫)

 

 

著者の作品もこれで四作目。電子書籍出身ということもあって、藤井の印象はずっと新しいけど、細かいところは良く解らないし、正直読みにくい、だった。ところが、本書は今までの作品に比べて圧倒的に読みやすい。

相変らず新しいし、細かいところはビッドコインに全く興味がない僕には、今回も良く解らないのだが、そんなこと関係なしに、物語は疾走する。まさにもう一人の大洋(点がないけど)松本大洋のアニメのような、グルービング感だ。主人公の自転車が切り裂く、風が感じられる。

本当に数年後に実現してしまいそうな、近未来。その姿を、厭世的でも、楽観的でもなくとことん理系のリアルで突っ走る著者に拍手。右も左も超越した、三人組の活躍に乾
杯。ここは、続編に期待したい。(アイペイペイって、アリペイがモデルかな。それにしても、斎藤、いいかげんにしろよ)

 

●7375 そして医師も死す (ミステリ)D・M・デヴァイン(創元文)☆☆☆★

 

そして医師も死す (創元推理文庫)

そして医師も死す (創元推理文庫)

 

 

何とディヴァインの「兄の殺人者」に続く第二作が今頃訳された。で、内容は「兄の殺人者」が新人賞でクリスティーに絶賛され、出版に至ったという著者の経歴を考えると当たり前なのだが、モロ、初期クリスティー的人間関係トリックのミステリなのだ。

で、それは決してつまらないわけではなく(あまりにも、人物造形がスノッブだし、主人公に感情移入しずらいのが難点だが)意外性はそれほどないが、伏線もきちんと貼ってあり、端正なミステリと言っていいだろう。

ただし、一点途中で主人公がある人物に対して、ある判断を下す部分が、最終的には大きなミスリードになっていて、これはアンフェア、掟破りだと感じてしまった。

それに、ラストの展開も悪くはないんだけれど、結局すべてがメロドラマ、ということもできるんだよね。意地悪な物言いになってしまったが。(それにしても、この山田蘭という訳者の文章は素晴らしい。彼女が訳してるんならば、創元文庫のデヴァインは全部読もうか)

 

●7376 ギリシア人の物語Ⅰ (歴史) 塩野七生 (新潮社) ☆☆☆☆☆

 

ギリシア人の物語I 民主政のはじまり

ギリシア人の物語I 民主政のはじまり

 

 

「ローマ人」で燃え尽きたのか、その後は「十字軍」や「フリードリッヒ二世」と言った、やや小粒な作品が続いた塩野だが、ついに「ギリシア人」が始まった。(アレキサンダーまでいくかしらん)

で、内容はもう素晴らしいとしか言いようがない。「ローマ人」の一番脂ののった、カエサルスキピオハンニバルに迫る面白さだ。特にスパルタという奇妙と言うか、かなりキモイ国家と、テミストクレスという創造性とバイタリティーと根性の塊のような、しかも爽快な英雄の描写が素晴らしい。(ギリシア=ペリクレスと考えていた僕にとって、テミストクレスの存在は驚きだった)

また、第一次、第二次のペルシア戦役は、さすが塩野はやはり戦いを描くのがうまい、
と再確認するほどワクワクさせられた。壮絶なるレオニダスの300人(テルモピュ
ーレでのスパルタ兵の玉砕)や、爽快なるジャイアントキリングたるサラミスの海戦
等々の度迫力。素晴らしいとしか言いようがない。

しかし、マキアヴェリストであり、帝政ローマカエサル)を愛する塩野が、民主主義(衆愚主義?)のチャンピオン、アテネを描くとは正直意外だった。そして、その彼女の思いは、以下の文章に覗える。

「古代のアテネの『デモクラシー』は、『国政の行方を市民の手にゆだねた』のでは
なく、『国政の行方はエリートたちが考えて提案し、市民にはその賛否をゆだねた』
からである。(中略)アテネの民主制は、高邁なイデオロギーから生まれたのではない。必要性から生まれた、冷徹な選択の結果である。このように考える人が率いていた時代のアテネで、民主主義は力を持ち、機能したのだった。それがイデオロギーに変わった時代、都市国家アテネを待っていたのは衰退でしかなくなる」

小室直樹の言うケインズ理論における、ハーベイロードの前提を思い起こした。しかし、テミスクトレスを始めとした、ギリシアの英雄たちは、全員終わりを全うできず、汚い裏切りにあってしまう。ギリシア=一掴みの小麦が、巨大なペルシアを倒す爽快さと裏腹の、この笑うに笑えぬ醜さは何だろうか。これは、絶対ローマにはなかった。

そして、最後に書くのは、冒頭で記される真のオリンピックの姿である。紀元前776年に始まったオリンピック(常に内輪で戦っていたギリシアの都市国家が、四年に一度休戦し開かれる)は、何と1169年間、292回も続いた、というのだ。本家のあまりの凄さに、呆然とするしかない。ああ、次は12月か。待ち遠しい。

 

●7377 雪の墓標 (ミステリ) マーガレット・ミラー (論創社) ☆☆☆★

 

雪の墓標 (論創海外ミステリ 155)

雪の墓標 (論創海外ミステリ 155)

 

 

あの「狙った獣」の前年の作品が未訳だったとは。「悪意の糸」に続いての初紹介だが、内容も「悪意」と同じく、ミラーの新作としては、残念ながら物足りない。新訳もいいが、過去の名作群の復刊の方がうれしいかも。(何せ、古い文庫本は活字が小さいので、翻訳ものを読むのはかなりきつい)

そうはいっても、本書も当時のミステリとしては、かなり大胆なトリックを使っている。登場人物が少なく、今のレベルから見ると、まあ驚きはそれほどないのだが、当時は驚愕のトリックだったのかもしれない。

ネタバレぎりぎりに言えば、3というのがやりすぎで、2で十分だったのではないだろうか。如何にも不可思議な事件が、ある人間関係が反転するだけで、一気に理に落ちる展開は悪くはないのだけれど、その解け方が偶然でインパクトが弱いんだよね。

 

●7378 本の窓から (評 論) 小森 収 (論創社) ☆☆☆☆

 

本の窓から―小森収ミステリ評論集

本の窓から―小森収ミステリ評論集

 

 

僕の持論だが、ミステリの同世代はみんな作家になってしまい、SFは評論家になった。だから、ミステリには同世代の評論家がいなくて、若手の評論家とはバックグラウンドの違いもあって、どうにも意見が合わない。

で、小森は珍しくほぼ同じ世代(彼が一歳年上)の評論家で、ウールリッチをほとんど読んでいない、等々合わないところもあるのだが、基本的にミステリを読んできたバックグラウンドが同じなので、分厚く正直テーマ性は薄いのだが、最後まで楽しく読めた。連城の「花塵」を読んでみたくなった。

 

●7379 桜色の魂 (NF) 長田渚左 (集英社) ☆☆☆☆

 

桜色の魂~チャスラフスカはなぜ日本人を50年も愛したのか

桜色の魂~チャスラフスカはなぜ日本人を50年も愛したのか

 

 

本の雑誌」の今月号が評伝の特集をしていて、紹介されている本の中でいくつか面白そうなものを図書館で借りてきた。最初が本書。女性のスポーツNF作家というと著者や小松成美がすぐ思い浮かぶが、僕はどうしても井田真木子と比べてしまい、なかなか手が出なかった。しかし、結論から言うと、本書は読んでよかった。面白かった。

というのも、僕はあの後藤正治の「ベラ・チャスラフスカ、最も美しく」を読んでいたからだ。(もっというと、その後藤らしいストイックな表現に、正直思足りなく感じたのだ)で、これが同じ対象を描いた本なのか?と思うほどトーンが違って、クラクラした。後藤には、東欧社会主義国家のモノトーンで淡い色彩しか感じなかったのだが、長田版はもう極彩色とまでは言わないが、明るく派手なのである。

後藤と真逆に、長田は対象にのめり込む。もう冒頭のベラの復活は親友遠藤の死がきっかけだった、という長田の珍説?からして暴走だし、チャスラフスカに、日本刀を送った?大塚隆三の描き方など、正直ファンタジーに近い。

しかし、その中にベラと日本体操選手のコミュニケーションについて、東京教育大学
ドイツ語の不思議な関係を解きほぐし、遠藤幸雄が育てられた江戸時代から続く感恩講児童保育院に焦点をあてたり、ソ連プラハ侵攻時のベラへのインタビューの記者が、中日ドラゴンズ前球団社長の西川順之助であることを発見したり、100歳の伝説の日本初の国際女性審判、吉田夏への素晴らしいインタビュー、等々サービス、てんこ盛りなのだ。

そして、読み終わって、著者の妄想と感じていた部分も(著者の言うことを全部信じたら、ベラは常に日本人以上のサムライだったことになってしまう)ひょっとしたら、という気がしてしまったのだ。無味乾燥なリアリズム評伝よりも、こんな思い入れたっぷり暴走評伝もあってもいい。そんな気になってしまったからは、著者の勝ちと言うしかない。

 

 

仕事の作法

仕事の作法

 
●7380 仕事の技法 (ビジネス) 田坂広志 (講談現) ☆☆☆☆
 
仕事の技法 (講談社現代新書)

仕事の技法 (講談社現代新書)

 

 

 

田坂さんの新刊は、原点に戻って?営業における「反省会」の話である。それは今、OJTに関して考えている僕にとっての原点でもある。なぜならば、実際に商談の現場で、過去から何度も実践してきたことであるからだ。ただ、僕はそれを「反省会」と呼ぶのには少し抵抗があって、「振り返り」と読んできたが。

で、田坂さんも本書の冒頭でこんなことを書いている。「ここで、『反省』という言葉を使ったが、これは『経験したことを、冷静に、理性的に、省みること』であり、感情的な側面の強い『懺悔』や『後悔』などとは異なり、『経験』から『知恵』をつかむための極めて合理的・科学的な方法である」と。

わざわざ、こう書かなければいけないとは、僕のような人が多かったのかもしれない。で、内容は読んでもらえば解ります。非常に具体的な事例が、これでもか、と出てきます。ただ、僕はさすがに途中で少し飽きてきましたが。

 

●7381 黒野葉月は鳥籠で眠らない(ミステリ)織守きょうや(講談社)☆☆☆★

 

黒野葉月は鳥籠で眠らない

黒野葉月は鳥籠で眠らない

 

 

去年、全くノーマークだったのだが、年末ベスト等々で評価された新人による、リーガルサスペンス。表題作を始め、四っつの短編が収められ、それぞれ人の名前で統一されている。新米弁護士の木村と先輩の高塚が、かなり複雑な謎を解くという構成であり、四編とも凝ったストーリーで、文章もしっかりしている。

ただ、個人的には、登場人物にリアリティーを感じることが出来ず、感情移入できなかった。特に表題の黒野葉月という少女?の存在は、僕にはありえなく、その恋人?の家庭教師もありえない。その他の作品も、どうにも違和感ありまくり。まあ、僕が古臭
いだけなのかもしれないが。

 

●7382 オリンピア嘆きの天使 (NF) 中川右介 (毎日新) ☆☆☆☆★

 

 

副題:ヒトラー映画女優たち。評伝シリーズとして、やっとあの「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」を読みだしたのだが、上巻1/3で挫折。やっぱ、僕は増田俊也は思い入れが激しすぎて、好きになれない。

で、これは本の雑誌とは関係ないが、面白そうなので読みだしたら大正解。題名から解るように、本書はレニ・リーフェンシュタールマレーネ・ディートリッヒを、ナチスを真ん中に置いて描いたNFであり、そのアイディアは見事に成功している。というか、作者の意図を越えた、凄い作品になってしまった。(まず、マレーネが91歳、レニが101歳まで生きたというのが、八百比丘尼というか、化け物なんだけれど)

一応、基本路線ではマレーネが、ドイツ人でありながらナチスに逆らい、米国に亡命し、米国軍としてドイツと戦い、レニに関しては説明の必要がない、ナチスのプロパガンダ映画監督である。しかし、じゃ二人は正反対か?というと、いやいやどちらも人間離れした化け物として、共通点ありまくりなのだ。

とにかく、共に上昇志向が異常に強く、また男にもてまくり、それを利用してのし上がっていく。そこにはまた陰湿さは全くなく、化け物としかいいようがない。数人の男たちとサウナで遊びながら、一糸まとわぬ姿で、電話でヒトラーから首相になったと聞き、にやりと微笑むレニの恐ろしさ。

まあ、二人とも個人的には全然好みではないのだが、魔性の女としては、共演者とほとんどできてしまう、マレーネも人のことは言えない。というか、彼女の異様な家族生活もまた、化け物である。二人の化け物の前では、あのヒトラーですら影が薄い、と言ったら顰蹙ものか。

で、本書の白眉が、レニの自伝の記述を、著者が(証拠が無くても)どんどん覆していく、爽快さ?にある。ただ唯一の瑕疵というべきは、二人の化け物に、無理やり原節子とヘップバーンをつなげてしまったこと。これは、全くの蛇足であった。

 

●7383 帰ってきた腕貫探偵 (ミステリ) 西澤保彦 (実業日) ☆☆☆☆

 

帰ってきた腕貫探偵

帰ってきた腕貫探偵

 

 

速いもので、シリーズ第六作。前作から、文庫じゃなくソフトカバーで、人気も安定してきたよう。ただ、今回も中身は四作で、かなり薄め。内容は、もうこれは西澤でなければ、とても納得できない、リアリティーを超越したパズラーだが、まあこの世界とキャラに馴染んでしまったので、面白く読めた。

相変らず、ダークなのりが全開なのは、苦笑するしかないが。正直、他の作品はパズラーとしては弱いのだが、二作目の「毒薬の輪廻」が良く出来ていて感心した。ただ、基本アイディアは、法月のあの作品だし、連城にも似た作品があって、途中で解ってしまったが、法月をさらに捻っているところが、素晴らしい。

 

●7383 アガサ・クリスティー完全攻略(書評) 霜月蒼(講談社)☆☆☆☆★

 

アガサ・クリスティー完全攻略

アガサ・クリスティー完全攻略

 

 

常々、信頼できる若手ミステリ評論家の不在を嘆いていたのだが、予想外の方角から、とんでもない傑作が生まれた。著者はノワール系の評論家であり、その彼が従来の概念に全く影響されない、新しいクリスティー像を本書で作り上げた。若島正の「明るい館の秘密」も素晴らしかったが、本書は何せ完全攻略であって、その量が半端でない。

クイーンやカーもかつて、新しい評価、見直しが行われたのに、確かにクリスティーにはそれがなく、正直マニアは読む必要がない雰囲気だった。しかし、本書で語られるクリスティーは実に魅力的であり、たぶんすべてのマニアが、もう一度の読み直しが必須とならざるをえない。

とりあえず未読で読まなければと思ったのは「もの言えぬ証人」「第三の女」「死との約束」「カリブ海の秘密」「NかMか」「春にして君を離れ」あたりか。で、読み直さなければと感じたのが「杉の柩」「五匹の子豚」「謎のクイン氏」「ゼロ時間へ」「ポケットにライ麦を」あたり。

ただ、著者の評価と僕の評かは、正直かなりずれる作品も多い。もし、読み直して、なるほどと評価があがったら、本書を満点にして、僕もクリスティーほぼ完全攻略にチャレンジしてみよう。そのためにも、本書を図書館に返した後は、座右の書として購入しなければならない。まず、第一弾は「死との約束」だ。それで方向性を決めよう。この昂揚感は継続するのだろうか?