2016年 10月に読んだ本
●7534 黒面の狐 (ミステリ) 三津田信三 (文春社) ☆☆☆★
なかなか刀城言耶シリーズの新刊がでない著者だが、本書はかなり分厚くて力が入っている感じで、期待して読みだした。まあ、題名と表紙はイマイチだが。
「幽女の如き怨むもの」においては、今までの作品とは趣が違い、戦前の遊女たちを綿密に描きこんだが、今回もまた戦後すぐの炭鉱と朝鮮人差別について重厚に描く。もちろん、それは悪いことではないのだが、やはり著者に求めるのはパズラー(とホラーの融合)であり、本書の場合はそのバランスが崩れてしまっている。
パズラーとしても、終盤何度もひっくり返すのだが、なぜかあまり熱意がこもってなく、驚きが感じられないのだ。まあ、パズラーとホラーの融合=「火刑法廷」黄金パターンと思っていたら、いつの間にかホラー部分がどこかに行ってしまったのには、拍子抜けしたが。
これはもう、刀城言耶シリーズをリハビリのためにも、早急に書くべきではないだろうか。
●7535 リボルバー・リリー (ミステリ) 長浦 京 (講談社) ☆☆☆★
確か北上が褒めていたので、予約したと思うのだが、全く知らない作家。どうやら難病を患っているらしく、量産はできないとか。戦前の日本を舞台にした壮大な物語で、ヒロイン小曽根百合は、国家が人工的に創り上げた殺人兵器、というかなりぶっとんだ設定で、前半は血なまぐさい事件もあり、一気に引き込まれた。
ただし、読みながら、この小説のジャンルは何なのか、首をひねった。冒険小説、スパイ陰謀小説、そして伝奇小説の趣もある。ヒロインの造型はやや理解しにくいが、そのアクションシーンは良く出来ている。そう、著者には月村了衛と似たテーストを感じるのだ。
ただ、残念なことに物語は後半話が広がり過ぎて、冗漫・冗長になってしまった。惜しい作品。ただ、月村だって「暗黒市場」でピークに達するまで、数冊かかった。体力的に厳しいかもしれないが、次作に期待したい。
●7536 彼女がエスパーだったころ (SF) 宮内悠介 (講談社)☆☆☆★
衝撃のデビュー作「盤上の夜」を思わせる、ドキュメンタリータッチの短編集で、著者が描くのは、超能力&超常現象。ただし、その内容は「盤上」のシリアスさよりも、ユーモア?不条理感がかなり前面に出ていて、正直どう消化していいのか難しい作品が多かった。
冒頭の「百匹目の火神」こそ、ライアル・ワトソンの「百匹目の猿」の、テリー・ビッスン風変奏曲?(「熊が火を発見する」)として、楽しんだが(これ、ギャグですよね)表題作は微妙に笑えず、「ムイシュキンの脳髄」も、「しあわせの理由」あたりと比べると消化不良。
後半は益々もやもや感がつのり、ラストの「沸点」では、表題作の美しすぎるエスパーが再登場するのだが、やっぱりなんだかなあ、消化不良。
●7537 魂の沃野 (歴史小説) 北方健三 (中央公) ☆☆☆
まあ、僕はそれほど評価しないのだが、あの水滸伝=北方が、加賀一向一揆を描くとなると、革命の物語としてわくわくした。冒頭で富樫なにがしがでてくると、おお!こいつが富樫か、と思ったのだが、主人公は風谷小十郎という若者らしい。
しかし、読み進めるにつれて、期待は萎んでしまう。とにかく、描かれる事件・合戦が小さく(当然、歴史的には無名)やたら登場人物が多く、感情移入がしずらいのだ。
北方の文体は、もちろんハードボイルドなので、内面描写はほとんどないのだが、水滸伝ですら群像劇にこの文体は相性が悪く、誰が誰か良く解らなくなってしまうのだ。期待が大きかったせいもあるが、残念な出来だった。
●7538 ささやく真実 (ミステリ) ヘレン・マクロイ (創元文) ☆☆☆☆
マクロイの未訳の作品が次々上梓されるのは素晴らしいのだが、そのレベルの高さに驚いてしまう。正直、過去に訳された作品より、最近の作品のほうが良い気がしてしまう。まあ、新訳のせいも大きいだろうが。今回も駒月雅子の訳は素晴らしくコンパクトで一気に読んでしまう。
ただし、本書はあの傑作「逃げる幻」と同じく創元が強調する、パズラー、フーダニットに魅力の本質があるわけではない。「幻」よりはましだが、そこに大きな期待をしてしまうと、今回もはずしてしまう。
本書の素晴らしさは、「自白剤」というギミックと、クローディアという悪女の魅力にある。これらが、素晴らしくオフビートな魅力を醸し出す。冒頭からのスピーディーな怒涛の展開は、「二人のウェリング」以上で一気読み。
マクロイの本質は、パズラーを描いても、かならずどこかでオフビートになるところ、なのかもしれない。だからこそ、優等生探偵、ウェリング博士がバランスをとっているのかも。まあ、今回は博士がニーチェを語りだしたりするのだが。マクロイに脱帽。
●7539 デトロイト美術館の奇跡(フィクション)原田マハ(新潮社)☆☆☆☆
僕にとっての米国美術館は、MOMA(クリスティーンの世界)とシカゴ美術館(夜ふかしする人々)なので、デトロイト美術館は全く知らなかった。
で、原田が実話を基に書いた、四編の連作小説。①フレッド・ウィル(妻の思い出)2013年 ②ロバート・タナヒル(マダム・セザンヌ)1969年 ③ジェクリー・マクノイド(予期せぬ訪問者)2013年 ④デトロイト美術館(奇跡)2013-15年。の四編が、見事な起承転結を形作っており、完成度は高い。
ただ、惜しむらくは全体に短く、長編と言うより中編の分量しかない。かと言って、この内容を膨らませてもしょうがないと感じる。
そう、本書はあと2編くらいの中短編とともに上梓されれば「ジヴェルニー」を超える傑作になったかもしれない。もちろん、現実のデトロイト美術館作品の上野での公開、というしがらみがあったせいで、こうなったのだろうが。そして、そういう作品としては、本書はベストに近い傑作だと思う。
●7540 虹を待つ彼女 (ミステリ) 逸木 裕 (角川書) ☆☆☆☆★
圧倒的な評価を集めた、第36回横溝正史ミステリ大賞大賞受賞作!!ということで、今回もまた有栖川有栖が絶賛。(彼は、鮎川哲也に恩返ししているのだろうか?)で、今回は僕も全く同感。確かに色々突っ込みどころはあるが、本書は新人賞の作品としては、近来稀にみる完成度だと思う。
まず、文章が素晴らしい。舞台は近未来で、AIがテーマなのに、説明文をほとんど使わず、工藤、晴、紀子、といった主役だけでなく、西野や田島といった、オタク・ニート系の脇役も、リアルかつ魅力的に描かれていて感心した。本筋とは違うのだが、将棋の目黒五段もいい味だしています。
そして、ストーリー。いきなり、ドローンとVR、という最先端グッズを出しながら、最後は懐かしい純愛?小説となる。このあたりの喪失感は、エヴァやあの傑作「愛の徴」を思わせる。
で、本書は賞の性質からミステリとしたが、近未来SFであり、AI、ゲーム、をテーマとしながら、恋愛小説であり、成長小説である。(しかも、途中にはミステリ的な驚きも、何度も仕掛けられている)
正直、紀子の行動に、やや納得できない部分があるのだが、いやこれだけ書いてもらえば十分だ。恐るべき新人が現れた。次作に期待
●7541 夢見る葦笛 (SF) 上田早夕里 (光文社) ☆☆☆☆★
驚いた。「華竜の宮」「深紅の碑文」の二巨編によって、小松左京の後継者として
トップランナーとなった著者は、その裏側で恐るべきレベルの短編集を紡いでいたのだ。ここ何年か、こんなレベルの高い短編集を読んだことはなかった。
何というバラエティーに富んだ多様な物語たち。何という濃密な作品たち。それぞれが、長編小説のクライマックスと呼んでも良い、そのくらいの密度だ。しかし、その一方で、ここには明確な統一テーマ=ポスト・ヒューマン、人間を超えるもの、があり物語も女性視点から、最後は性別を超え、AIまで行ってしまう。
冒頭の表題作から、一気に引き込まれる。街中、いや世界中に静かに跋扈する異形のイソアの強烈なイメージ。そう、本書のすべての作品が、恐るべきイメージ喚起力を持っているのだ。
次の「眼神」の憑き物の描写も、論理ではなくイメージ=絵である。凄いとしか言いようがない。「完全なる脳髄」の情け容赦ない描写と抒情の奇跡の融合。閑話休題というべき、ショートショートの「石繭」ですら、圧倒的なイメージ喚起力があり、ちょっと忘れられない。
そして、珍しく大森と意見が合った、ポスト・ヒューマン三部作とでも言うべき「氷波」「滑車の地」「プロテス」。遥かなる異星、異世界を描きながら、見事にAIと人類の交流とその先を描いている。特に「滑車の地」は、救いのない圧倒的な悲劇でありながら、なぜか爽快感すら覚える。
まさに、きれいはきたないであり、そのグロテスクな描写が、美にすら昇華されているのには、感嘆するしかない。そして、最後の「楽園」「上海フランス租界320号」「アステロイド・ツリーの彼方へ」は、リアルな物語となり、ここでも圧倒的な絵、それはひよこであったり、灯篭であったり、猫であったりするのだが、凄い、素晴らしい、としか言いようがない。上田早夕里、恐るべき充実度である。
実は本書を興奮しながら読んでいたのだが、時間切れになり、最後の2編を残したまま、ルヴァンカップ決勝戦が始まってしまった。そして、その後の濃密な1日を過ごした後、残りを読み切ったので、正直当初の興奮が少し醒めてしまった。もし、そのまま最後まで読み切ったなら、採点は満点になったような気がする。
●7542 蜃気楼の犬 (ミステリ) 呉 勝浩 (講談社) ☆☆☆★
「道徳の時間」に、予想外の可能性を感じて、本書(連作長編)を読みだした。正直言って、もっとけれんがあるのかと思っていたら、案外普通の警察小説でやや拍子抜け。主人公に二回りも年下の妻があいる、というのが唯一のけれんだが、何だかなあ、という感じ。
しかも、最初の数編はミステリとしての説明がイマイチで、やや解りにくい。で、連作ミステリお約束のラストだが、いやあこの手で来たか。まあ、それほど意外ではないのだが、この手の作品は思い浮かばない。
でも、やっぱり処理が雑。もう少しうまくやれば、もっと効果が出たと思う。そういえば、「道徳の時間」も同じだ。で、結局主人公の妻の謎はどうなった?これは続編があるのだろうか。まあ、別に読みたいとは思わないが。
●7543 池上彰の「ニュース、そこからですか!?」(社会経済)(文春新)☆☆☆★
題名からわかるように、池上の週刊文春の連載をまとめたもの。2012年の本とちょっと古いのだが、冒頭のテーマがEU危機で、そもそもなぜEUが生まれたのか?戦争抑止のため、EUの弱点=金融政策と財政政策の分離、というのは、さすが池上、解っている!という感じだったので、読みだした。
が、やっぱり文春の連載が内容の突っ込みがたらず、面白くないように、本書も物足りない。また、こういう時事ニュースは、たった3-4年で腐ってしまう。今回も、アラブの春にISが登場しないのだから、ピントはずれの感が強い。
もちろん池上のせいではなく、こういう本の宿命。まさか、この時点で英国がEUを離脱することは、誰も予想しなかったでしょう。
●7544 現代SF観光局 (エッセイ) 大森 望 (河出新) ☆☆☆☆★
SFマガジンに(不定期?)連載していた大森のエッセイが、河出からまとまった。ひさびさだな、と思っていたら、冒頭が伊藤計画と宇山さんの死の記事から。ああ、時は無慈悲な夜の女王か!
僕=マニアには、時代を一緒に駆け抜けた(寝た?)評論家がいる。80年代、それは北上次郎だった。(それ以前は、同時体験ではないが、江戸川乱歩=幻影城だった)そして、90年代は個人ではなく「このミス」だった気がする。
そして、21世紀はずっと大森だ。間違いない。大森の薦める本の半分以上は、実は理解できない。それでも彼の書いたエッセイは、同時代体験を越えて、リアルに心と頭に染み込んでくるのだ。特に前半は、素晴らしい時を過ごすことができた。
ただ、後半は本人がアンソロジー・マシンになってしまったこともあり、内外のアンソロジーの話が多くなり(僕はメリルより、ウォルハイム&カーの方が好き)ここちょっと書誌学的になってしまい、読むのがしんどかった。
そして、小松左京の死。浅倉久志、柴野拓美、平井和正、殊能将之、ああ、時は流れぬ。筒井と小林が亡くなったとき、僕はどれだけの激震に襲われるのだろうか。
●7545 旅のラゴス (SF) 筒井康隆 (新潮文) ☆☆☆★
そして、80年代を一緒に駆け抜けた(寝た)作家の筆頭は、間違いなく筒井である。本書が、なぜか文庫でブームになっているとは聞いていた。そのせいか、図書館でも本書だけは、凄い数の予約が入っていたのだが、簡単にブックオフで100円でGETして、読みだした。そもそも、こんな薄い本だっけ。
読みだして、かなり違和感。初読時には、もっと重厚に感じたのだが、個々のエピソードはまるで髪を梳いたように、スカスカな感じ。その行間に深みを感じる人もいるだろうが、僕はちょっと物足りない。
記憶では後半急にヒートアップした気がしたのだが、それはラゴスが図書館にこもって、勉強に集中するあたりであり、これまた初読時の驚きはない。というわけで、記憶の中では大傑作だったはずなのに、こうやって読み返すと、正直物足りない。
特に主人公が最後までモテマクリ、というのはわざとだと思うが、やっぱり鼻白んでしまう。ネットでもブームとはいえ、毀誉褒貶相半ば。まあそうだろうなあ、と思う。
●7546 遠い唇 (ミステリ) 北村 薫 (角川書) ☆☆☆
一方で、凄い影響を受けている気がしていても、実は!というのが北村薫。(本人と会ったことがあるのに)結局、初対面の「空飛ぶ馬」のインパクトが強すぎるのだが、読んだ小説18冊のうち、間違いなく傑作と言えるのは、「空飛ぶ馬」「盤上の敵」「ニッポン硬貨の謎 」の三冊のみで、どれもクイーン流の本格パズラーとは言いにくい。
で、本書も読んでいて哀しくなった。「太宰治の辞書」もそうだったが、これはもうミステリ、小説ではなく、エッセイ、クイズの類である。こんなものを時間をかけて、読みたくはない。まあ、重厚な短編の間に、「続・二銭銅貨」のような小品が挟まれていたら、キラリと光るだろうが。
●7547 明智小五郎事件簿Ⅰ (ミステリ) 江戸川乱歩 (集英文) ☆☆☆☆
明智小五郎事件簿 1 「D坂の殺人事件」「幽霊」「黒手組」「心理試験」「屋根裏の散歩者」 (集英社文庫)
- 作者: 江戸川乱歩
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2016/05/20
- メディア: 文庫
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僕は乱歩に関しては、戦後の評論と初期の幻想というか奇妙な味の短編(「押し絵と旅する男」「赤い部屋」等々)を偏愛するが、他にはあまり興味がなく、正直良い読者とは言えない。
というわけで、初期の短篇集は何度も読んでるはずなのに、明智小五郎のイメージはイマイチはっきりせず(初期は金田一のイメージだが、いつ少年探偵団を引き連れたダンディー?なイメージに変わったのか、定かでない、というよりたぶん後者をほとんど読んでいない)
というわけで、復習を兼ねて本書を読みだしたのだが、冒頭の「D坂の殺人事件」からして、格子戸のトリックがメインと勘違いしていたのだから、しょうがない。
本書の五篇を読み終えて思うのは日本ミステリの生みの親である乱歩が、最初からすでにジャンルに行き詰まりを感じ、全体にマニアっぽい展開が見受けられること。これでは、早晩行き詰るのもしょうがない。乱歩は最初から、日本一のジャンルの目利きだったのだ。
さらに、著作権なんてものがなかったこの時代、作品に露骨?な本歌取りが見られて、微笑ましい。「幽霊」は、チェスタトンの「見えない人」の乱歩バージョン。「黒手組」はポーやドイルの暗号小説の、これまたトリッキーな変奏曲。で、「心理試験」の冒頭は、「罪と罰」そのもの。
というわけで、で、面白かったのか?と言われるとさすがに時代の経過で腐ってしまった作品もあるが、「心理試験」はやはり非常に良く出来た古典的傑作と感じた。また、「D坂」(の動機)と「屋根裏の散歩者」は、好き嫌いは分かれても、やはり乱歩オリジナルでこんな小説書く人はいないと感じる。
そして、最後に本書は生前の乱歩が最後に文章に手を入れた版を使ってるとのことだが、いくつかの作品の文章に、ちょうどそのころ乱歩に見いだされ、活躍し始めた筒井康隆の文章と重なったのだが、うがちすぎだろうか。