2016年 5月に読んだ本

 ●7434 吹けよ風、呼べよ嵐 (歴史小説) 伊東 潤 (祥伝社) ☆☆☆★

 

吹けよ風 呼べよ嵐

吹けよ風 呼べよ嵐

 

 

伊東は同世代なので、当然この題名は、ピンクフロイド=ブッチャーのテーマを意識したものだろうが、正直趣味が悪い。本書は、著者のライフワークとも言える武田家に、滅ばされる側の村上義清を支える須田一族という無名の一族を主人公とした、これまた著者お得意のパターンの作品。

ただし、このパターンは短編や連作でこそ生きるのであって、本書のような長編にはイマイチ向いていない気がする。その結果、キャラクターが描き切れず(何せこちらには、全く知識がない)最近の富樫の歴史小説のように、のっぺりとした印象になってしまった。

武田信玄が徹底的に悪く描かれながら、最後まで登場しない、という趣向は面白かったが。
 

●7435 闘う君の唄を (ミステリ) 中山七里 (朝日出) ☆☆☆
 
闘う君の唄を

闘う君の唄を

 

 

何と本書は私立幼稚園の新任教師と、モンスターペアレンツの戦いを描いたお仕事小説なのか?と驚いたら、後半一転してミステリと(やっぱり)変貌する。(一応、伏線はふっている)

ただ、その変貌がいただけない。主人公の正体は、ありえないでしょう。その一方で、真犯人の方は丸わかり。確かに中山的に小説自体がどんでん返しなのだが、趣向のための趣向にすぎない。正直、前半のほうが面白い。(題名は、今度は中島みゆき

 

 ●7436 作家の履歴書 (企画)(角川書) ☆☆☆★
 

 

本屋で文庫本を立ち読みしていたら、図書館にもあることがスマホで解って予約したら、単行本だった。ただ、こうやって所感を書こうとしても、正直何も浮かんでこない。最近の作家は、健全な人が多いなあと思うのみ。交友関係が一番面白かった。

 

 ●7437 宇喜多の捨て嫁 (歴史小説) 木下昌輝 (文春社) ☆☆☆★

 

宇喜多の捨て嫁

宇喜多の捨て嫁

 

 

一時期評判になった本(直木賞候補・落選)を図書館で見つけて読み始めた。(余談だが、今週から図書館の棚は「海賊とよばれた男」だらけである)

乱世の梟雄・宇喜多直家というのは、なかなか良いところに目をつけたし、捨て嫁という言葉=コンセプトも悪くない。「利休にたずねよ」と同じく、どんどん時を遡る連作、というのも気が利いている。

しかし、残念ながらまだ筆力がついてきていない。まあ、第一作なのだから仕方がないのだろうが、単行本化のために書き下ろした後半の作品が、正直表題作とは大きな差があって、作品集としてのバランスが崩れてしまっている。

 

 ●7438 冬の灯台が語るとき(ミステリ)ヨハン・テオリン(HPM) ☆☆☆

 

冬の灯台が語るとき (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

冬の灯台が語るとき (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 

 

GW駄作とは言わないが、イマイチ物足りない作品ばかり続いてしまい、目先を変えて、北欧ミステリ(スウェーデン)の雄と言われる著者の四部作が完結したようなので、ネットで一番評価の高かった本書を読んでみたのだが、これまた失敗。

暗いのは予想していたのだが、あまりにものゆったりとしたテンポにまいってしまった。ミステリ的な趣向も、正直ありきたりの無理筋。クックに例える人がいたが、クックはもっと読みやすいぞ。

本当は、本書の前に、この前投げ出した「笑う警官」の新訳に再チャレンジしたのだが、またもや撃沈。ネットでも、やっぱり高見浩の旧訳を懐かしむ声が多数あって、新訳がいつも素晴らしいとは限らないことを痛感。

新訳のページ数が少ないのは、米国版からスウェーデン版への変化以上に、どうも旧訳は高見浩が、かなり加えていたようだ。個人的には、傑作であれば、それもありだと思う。訳者の力の大きさを再確認。でも旧訳だと、文字が小さくて読めないんだよねえ。嗚呼。

 

 ●7439 白洲正子の生き方 (NF) 馬場啓一 (講談社) ☆☆☆★

 

白洲正子の生き方 (講談社文庫)

白洲正子の生き方 (講談社文庫)

 

 

で、またしても目先を変えてみたのだが、やはりイマイチ。著者はミステリ(ハードボイルド)マニアにして、白洲次郎の本を書いているので、期待したのだが、やはり能は難しい。

もちろん、正子の存在と、そのノブレス・オブリージュは凄いのだが。で、何より僕は著者のことを、勝手にホイチョイプロの一員と思っていたら、調べたらそれは馬場康夫で、別人だった。嗚呼。

 

●7440 心は少年、体は老人。 (エッセイ) 池田清彦 (大和書) ☆☆☆★

 

心は少年、体は老人。

心は少年、体は老人。

 

 

副題:超高齢社会を楽しく生きる方法。これはもうインチキ。池田のエッセイはもう卒業したつもりだったのだが、読む本がなくなり手に取った。

もちろん、スラスラ一気に読了したが、別段感想はない。さらに今回は(今回も?)昆虫の話がかなりあるので、そこは全く興味がない。ただ、元気なじいさんだなあ、とは思う。同じエッセイでも、小林信彦とは大きな違いだ。

 

 ●7441 新・冒険スパイ小説ハンドブック (企画) 早川書房編集部 ☆☆☆☆★

 

 

やっと今月の当り。まあ、小説じゃないけれど。最近、こういう企画本が昔ほど響かないのだが、今回はなかなか楽しめた。

冒頭の座談会による架空の冒険・スパイ小説全20巻の選定(ここまでは、SFやミステリで過去もあった)と同時に、そこで選ばれた100冊をハンドブックとして解説する、というのはコロンブスの卵だが、なかなか良く出来ている。

テーマ別という企画と、題名も面白い。作品のチョイスも、グリーニー褒めすぎ、とか色々あるけれど、基本的にはなかなか良い。僕はだいたい半分読んでいる。

また、北上、関口、吉野に並んで、霜月蒼(クリスティー完全攻略)と古山裕樹という若手二人が、なかなかしっかりしていて、本格ミステリよりこのジャンルに評論家が育っている気がした。

あと、エッセイも力作揃いで読ませる。特に谷甲州が「最後の国境線」=寒さ!を評価しているのは、「女王陛下のユリシーズ号」を評価しない僕は、大いに同感。

100冊のベストは、「鷲は舞い降りた」「北壁の死闘」「ホワイトアウト」「もっとも危険なゲーム」「猛き箱舟」「寒い国から帰ってきたスパイ」「パンドラ抹殺文書」「飢えて狼」「血の絆」「針の眼」別格「ヒューマンファクター」というところか。もう一度、クレイグ・トーマスをきちんと読まなければ、と言う気がした。

 

 ●7442 小鬼の市 (ミステリ) ヘレン・マクロイ (創元文) ☆☆☆☆

 

小鬼の市 (創元推理文庫)

小鬼の市 (創元推理文庫)

 

 

初期のパズラー「家蠅とカナリア」から、傑作サスペンス「逃げる幻」「暗い鏡の中で」をつなぐ43年の異色作。

欧米ミステリに時々ある、カリブ海を舞台にしたラテン・ミステリで、今までとは全然雰囲気が違うが、正直僕は苦手。内容もマクロイらしい異国情緒や暗号趣味が特長。また世界大戦中という状況もあり、その謎解きはちょっと物足りない。

しかし、ラストでわかるのだが、著者は本書である大がかりな仕掛けを用意した。ただ、それが本書の帯とあらすじを読んでしまったので、解ってしまった。評価が難しい。

もし、何も知らずに読んでいたら、びっくりしたかもしれないが、失敗してしまった。でもまあ、マクロイに罪はないし、時代を考えると、このどんでん返しのインパクトは大きかったのでは?と思い直して、この評価とした。

 

 ●7443 証言拒否 (ミステリ) マイクル・コナリー (講談文) ☆☆☆☆

 

 

コナリーの新刊は、ボッシュではなく、リンカーン弁護士シリーズ第四作。巻末リストによると、過去コナリーの翻訳された小説は23冊あり、僕は全部読んでいた。その中でも、本書は最長らしいが、そんなことは感じさせないリーダビリティーで、一気に読んだ。これが、今月はずっとなかったんだよなあ。

前作「ナイン・ドラゴンズ」があまりにも雑だったので、今回は期待してなかったのが良かったのか、うってかわって緻密・稠密なプロット・ストーリー。どうやら、作者はボッシュよりハラーの方が書きやすいのかもしれない。

延々と法廷場面が続くのだが、キャラが立っているだけでなく、ストーリーにも工夫があり、飽きさせない。特に検察側が持ち出した決定的な証拠、カナヅチと靴についた血痕のDNAに関して、ハラーは全てを認める代わりに、検察に一切それ以上の言及をさせない、という驚くべき戦法をとり、これが見事に成功する場面には驚いた。

そして、物語はただの殺人ではなく、大がかりな犯罪と見せかけて・・・ここから続くどんでん返しの連続もまた素晴らしい。ラストの真犯人が仕掛けるあるシーンが、印象深い。ただ、そのどんでん返しを前提に振り替えると、ちょっと犯人に都合がいい偶然が多すぎる気がして、この評価とした。

 

●7444 語彙力こそが教養である (ビジネス) 齋藤孝 (角川新) ☆☆☆

 

 

語彙の豊富さ=その人の世界の豊饒さ、と常に教えてきた僕にとって、この題名はさすが斎藤、良く解っている、と言う感じだったけれど、実際に読むと、それほど面白いわけではなかった。

まあ、書いてないだけだろうが、ここはやはりソシュールポストモダンパラダイム・シフトから、論を起こしてほしい。

確かに語彙力の衰退の原因のひとつに、斎藤の言う「素読文化の減衰」は間違いなくあるだろう。ただ、そこをあまり強調されると、斎藤の「声にだして読みたい」シリーズの、宣伝に聞こえてしまうんだよね。

ただ、関係ないけれど、斎藤のミステリの趣味は良い。いきなりドートマンダーからきて、ミレニアムで終るなんて。さすが同世代。

 

●7445 象は忘れない (フィクション) 柳 広司 (文春社) ☆☆☆☆

 

象は忘れない

象は忘れない

 

 

桐野に続いて、柳がフクシマを描いた短編集。五篇とも、能の題目がタイトルとなっているが、冒頭の「道成寺」と「黒塚」の二編は、正直ストレートな怒りに溢れており、今の僕にはきつすぎる内容で、疲れてしまった。

しかし、次の「卒塔婆小町」は皮肉な展開から、とんでもない結末、不条理かつリアルなラストに、クラクラきてしまった。

そして、ベストは書下ろしの「善知鳥(うとう)」。米国の「トモダチ作戦」の真実?の暴露までは予想できたが、このラストは何だ?(ひょっとしたら事実?)これまた、一瞬頭がボーっとしてしまった。さすが「ジョーカーゲーム」の作者だ。

そして、ラストが「俊寛」。これは主人公の名前が俊寛(としひろ)ということで、インチキ臭い。(まあ、島流し、というフレーズは出てくるが)これまた、最初の2作と同じく、ストレートに分断されていく被害者たちの悲劇を描いていて、読んでいて、苦しくなってしまう。

というわけで、エンタメとしてはきつすぎる内容だが、やはり評価せざるを得ない。題名が効いている。

 

●7446 たまらなくグッドバイ (ミステリ) 大津光央 (宝島社) ☆☆☆☆

 

 

松下さんから、有栖川有栖の弟子(創作塾出身)と聞かなかったら、まず手にしなかっただろう野球ミステリ。(このミス優秀賞)

一読、新人離れした文章力に驚いた。この説明過多の時代に、ここまで説明せず読ませる筆力は特筆もの。しかも、プロットが非常に凝っていて、描かれる世界は正に本城雅人。

彼が数作かかった域に処女作で達してしまっている、と思ったのだが、後半に入ると、さすがにプロットと人称の変化(一人称の時は、わざと誰がしゃべっているか描かない)が激しすぎて、疲れてきた。

まず、現在のパーツである女性ライターが、死亡した作家の遺作、自殺したアンダースローのエースKN(山田久志というより、皆川睦夫か上田次郎)の取材原稿をもとに完成させようとするのだが、物語は過去に一気に飛び、作家がKNの周りの人物を取材して、意外なKN像を浮かび上がらせる挿話(吉原手引書の手法、ようは港のヨーコ)が5つ描かれて、最後にまた現在に戻って、ザ・ウォール的に閉じる、はずだったのに残念ながら閉じなかった。ああ、ややこしい。

しかも、その挿話の一つ一つで、人称が次々変わるのだ。5つは多すぎた。第三話、転向にちょっと驚いた。これを自殺の真相にしておけば、もっとすっきりしただろうに、残念ながらこのラストは全然説得力がない。

というわけで、ラストの処理と、内容と全然アンマッチでセンスのない題名のため、この評価とする。惜しかった。うまく、処理すれば、今年のベストも夢でなかったのに。

 

●7447 瞑る花嫁 (ミステリ) 五代ゆう (双葉社) ☆☆☆☆

 

柚木春臣の推理 瞑る花嫁

柚木春臣の推理 瞑る花嫁

 

 

実力がありながら、なかなかブレイクしない作家はいくらでもいるが、五代ゆうもその代表かもしれない。「骨牌使いの鏡」で注目したのは、2000年だった。「アバタールチューナー五部作」も傑作だったのに、ゲーム絡みが嫌われたのか、それほど評価されなかった。

で、今は栗本薫の後を継いで、グインサーガを書き続けているが、もったいないし、それでいいのか?、だし、グインサーガにいまさら手を出す気もない。

で、その五代がこんなミステリを書いていたことに気づき、さっそく読みだした。副題が、柚木春臣の推理、ということで、実はここには2つのトリックが秘められている。

物語は、これまた、現在と2つの過去が複雑に(というかトリックで)絡むのだが、小さい方は当てられたが、大物を見事に外してしまった。143ページのある文章を読んで、自分の馬鹿さかげんに嫌になった。やられた。

物語は「驚異の部屋=ヴァンダー・カマー」(貴族が集めた宝物を収める秘密の小部屋)を舞台として、いかにもバロックな雰囲気だが、真相は正に横溝正史(の劣化バージョン?)という感じで、途中の驚きに比べたら物足りないし、美しくないのだが、まあ大甘の採点としておく。

ネットによるとどうやら、本書で説明されない、同じ登場人物の彼ら自身の事件を描いた作品が既にあるが、単行本化されていないようだ。やっぱ人気ないのかな。ぜひ、刊行を待ちたい。

 

 ●7448 シャープ崩壊 (NF) 日本経済新聞社編 (日経新) ☆☆☆☆

 

シャープ崩壊 ―名門企業を壊したのは誰か

シャープ崩壊 ―名門企業を壊したのは誰か

 

 

日経の取材班が、インタビュー等々からまとめたシャープ崩壊の物語。そして、ここでも、その真因は松下と同じく、人事抗争なのだ。松下も醜かったが、今回も信じられないほど酷い。本当に、こんなことあるんだろうか。

怒りを必死に抑える取材班の筆は、リアルでテンポよく、一気に読ませる。しかし、ここから何か学ぶものはあるのだろうか。

確かに、グローバル・ビジネスの厳しさは分かるが。それ以前の問題が多すぎる。三洋、松下、シャープ、ときて、その内実に愕然としてしまう。こうなったら、ソニー東芝も読むことにしよう。

 

●7449 ソニー失われた20年 (NF) 原田節雄 (さくら) ☆☆★

 

ソニー失われた20年 : 内側から見た無能と希望

ソニー失われた20年 : 内側から見た無能と希望

 

 

副題:内側から見た無能と希望、とあるが、希望などどこにもない。あるのは、延々続く、元ソニー社員の著者の批判と怨嗟のみ。

もちろん、ソニーの間違いも解るし、ひどいとも思うが、その前に本書は一冊の本としての体裁を成していない。内容はグルグルまわり続けるが、ちっとも焦点を結ばない。

著者はソニーの変貌を、理系から文系への権力交代(大賀は芸系?)と書くが、本書は文系にとっては、読み物とは思えない内容。これは、東芝を読む元気がなくなってしまった。

 

●7450 東芝 不正会計 底なしの闇 (NF) 今沢 真 (毎日新) ☆☆☆★

 

東芝 不正会計 底なしの闇

東芝 不正会計 底なしの闇

 

 

何とか三部作?完読。本書は「シャープ」と同じく、今度は毎日新聞の記者が、立ち上げたウェブサイト=経済プレミアに書いた30本を超える東芝の記事を、まとめ加筆したもの。

というわけで、ソニーとは読み易さが圧倒的に違う。正直、不正会計の話なんか、と思っていたが一気に読んだ。おまけに、あいまいだった「のれん」償却の意味が、やっときっちり理解できた。

しかし、ここでもまた派閥争いと、裏腹の無責任体質に嫌になってしまう。(監査法人とのなれ合い、海外子会社の粉飾決算、というおまけもあるが)結局、学ぶことはないように思う。

また、事件自体の掘り下げも、シャープよりは浅い。それだけ、闇が深い、ということだろうか。シャープの物語は正直能力の問題だが、ここにはもっと明確な悪の意志があって、底が見えない。

 

 ●7451 21世紀の戦争論 (歴史) 半藤一利佐藤優 (文春新) ☆☆☆★
 
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副題:昭和史から考える。ついに新旧エースの激突、とあって自腹で買って読みだしたのだが、いきなり「七三一部隊」「ノモンハン」と、重くて痛い話が続いて、めげてしまった。

実は、東芝よりこっちを先に読んだのだが、結局会社と国(軍)の違いだけで内容は同質で、いったん挫折して東芝を先に読み切ってしまった。

半藤の得意分野にもかかわらず、佐藤の博覧強記は相変らず底が知れないのだが、僕はやはり日本軍には全然興味がわかないのだ。これは、もちろん思想的なものではなく、生理的なものなので、しょうがない。

ただ、ノモンハンが実は第二次世界大戦ヒトラーポーランド侵攻)の契機となっていたり、占守島の戦いにおける、ソ連による北海道分割統治のリアリティーとか(そして、もしそれが起きていたら、ソ連崩壊とともに北方領土は戻ってきた?)

モルトケの弟子メッケルによって、日本に伝えられた参謀本部が、いかにグロテスクに変貌したか(日本軍では参謀が実力を持ちすぎ、ラインを呑みこんでしまい、現実離れした暴走が始まった)

等々、個別には興味深い部分はあった。ただ、表題に関してが薄すぎる。まあ、山内との対談を読めばいいのだけれど。最後の二人のお薦め本は、案外常識的。

 

●7452 カクテルパーティー(ミステリ)エリザベス・フェラーズ(論創社)☆☆☆☆★

 

カクテルパーティ (論創海外ミステリ)

カクテルパーティ (論創海外ミステリ)

 

 

ついに、今月も大物が(中身はコンパクトだが)きたー!というわけで、やっぱりやめられない。

ここ数年、黄金時代と現代をつなぐミッシングリンク?として、ヘレン・マクロイとマーガレット・ミラーを再読も含めて、読み続けてきたのだが、もう一人エリザベス・フェラーズを忘れてしまっていた。

98年に「猿来たりなば」が訳され大ヒットし、「自殺の殺人」「細工は流々」あたりまでは、追いかけていたのだが、その後も何作か訳されたようだが、結局翻訳は途絶え、僕も忘れていた。

しかし、本書は素晴らしい。濃密なクリスティーというか、ブランド風味のクリスティーとでもいうか、コンパクトなのにキャラが立っていて、意外性も十分で、論理的という、理想的なパズラーに近いのだ。

程度に意地悪だし、いくつものレッドヘリングが、あちこちで炸裂するのも、素晴らしい。ラストの驚きが、端正な論理展開の上で成り立っている点にも感心してしまう。(何となく、背景があの傑作「逃げる幻」を思わせる。内容に関しては、触れるまい。○○が誰か、最後まで解らないのもうまい)

これは、今年のベスト10候補だし、もう少しフェラーズを読んでみよう。単なるユーモア・ミステリ作家ではないことは、はっきりわかった。

 

 ●7453 迷走パズル (ミステリ) パトリック・クェンティン(創元文)☆☆☆★

 

迷走パズル (創元推理文庫)

迷走パズル (創元推理文庫)

 

 

クェンティンと言えば、「二人の妻を持つ男」だが、その翻訳紹介は散発だった。ところが、ここ数年創元社が精力的にパズル・シリーズ(ピーター・ダルース・シリーズ)を新訳で上梓し、「女郎ぐも」でシリーズが完訳されたと聞き、いつかきちんと読もうと思っていたのだが、読む本がなくなり遂に手に取った。

まず、驚いたのは本書が1936年の作品ということだ。しかし、内容に古臭さはない。精神病院が舞台でありながら、変な患者たちを描く作者の筆は暖かい。古き良きアメリカン・ヒューマニズムと言う感じ。(ただ、もちろん黒人は出てこない)

しかし、ミステリとしては、やや微妙な出来。何しろ、メインのトリックが噴飯もの。また、犯人も一応どんでん返しはあるが、それほどでもない。本書の売りは、この後結婚するシリーズ・キャラクター、ピーターとアイリスの出会いが描かれている点。

ミステリとしては、平凡な出来だが、このコンパクトな分量は腹にもたれない。ここは、最高傑作と言われる次作「俳優パズル」に期待しよう。(本書の題名は、従来の「愚者パズル」で良かった気がする)

 

●7454 さまよえる未亡人たち(ミステリ)エリザベス・フェラーズ(創元文)☆☆☆☆

 

さまよえる未亡人たち (創元推理文庫)

さまよえる未亡人たち (創元推理文庫)

 

 

さっそく、フェラーズの未読の作品を借りてきて読んだんだけれど、これまた良く出来ていてビックリ。「カクテルパーティー」よりは落ちるが、本書だって年間ベストの下の方に引っかかっても、全然不思議でない出来。

舞台は観光地で有名な、スコットランドのマル島で、雰囲気はまるでクリスティーの「白昼の悪魔」だが、ここで繰り広げられる悲喜劇は、はるかに手が込んでいて、緻密かつ繊細だ。

とにかく、いくつもの人間関係のレッドヘレイングが仕掛けられていて、よくこのシンプルな構成に、ここまでサプライズを仕組んだものだと、感心した。

特に主人公ロビンとある男女の冒頭での出会いが、中盤見事などんでん返しの伏線になっているのには、驚いた。写真の件など、素晴らしいとしかいいようがない。

ただ、惜しむらくは、中盤が贅沢すぎて最後の真相は、それほど意外ではない。まあ、登場人物が少ないので、これが限界だろうが。それでも、真犯人が特定されるある伏線は、良く出来ている。

さらに、本書もまた、たった250ページというコンパクトさが魅力だ。フェラーズに脱帽。残りも全部読んでみよう。何か、今借りている日本のミステリが、馬鹿らしく思えてきた。僕の翻訳ミステリ恐怖症も、遂に完治したみたいだ。読むぞ!

 

 

*1:文春新書

*2:文春新書

*3:文春新書