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2015年 11月に読んだ本

 ●7337 赤い博物館 (ミステリ) 大山誠一郎 (文春社) ☆☆☆☆★

 

赤い博物館 (文春e-book)

赤い博物館 (文春e-book)

 

 

あの傑作「密室募集家」には少し及ばないが、いまどき貴重な本格パズラー集。ヤッフェの「ママは何でも知っている」から綿々と続く?女安楽椅子探偵+ワトソン(いやアーチー・グッドウィンか)の物語に、ケイゾクのミショー・テイストを加えた、と言っても伝わらないか。

既に解決済の事件や時効事件の資料を保管する犯罪資料館=通称赤い博物館の館長=コミュ障で出世から外れた美貌の元キャリアと、ミスで捜査一課から左遷された刑事のコンビが、時効事件を再調査していく物語。

第一話「パンの身代金」は、どんでん返しは凄いが、ちょっと反則気味。さらに動機が弱い。トリックのためのトリック臭い。「復讐日記」は、パズラーとしてはベスト。ちょっと無理がないこともないが、このトリックは素晴らしいし、日記からの推理も良く出来ている。

「死が共犯者を別つまで」も、交換殺人を最初にバラしておきながら、さらに意表をついてくる。(冒頭の殺人シーンはちょっとあざといが)「炎」も良く出来ていて、特にラストの娘が助かった真の理由のダークさは、うなされるほど怖い。

そして、ラストの「死に至る問い」は、今までの作品全体に感じる動機の弱さを、たぶん作者も意識した上で、書下ろしの本作は、とんでもない動機をテーマに持ってきた。無茶だけれど、何か作者の意地が感じられて、微笑ましい。

というわけで、五篇の中では「復讐日記」と「炎」が傑作だと思うが、無茶な部分はあっても、全ての作品でネガとポジをひっくり返そうとする、作者の稚気に乾杯。マンネリに陥りそうな展開を、様々な手で避けているのも素晴らしい。続編に期待。

 

●7338 希望のかたわれ (ミステリ)メヒティルト・ボルマン(河出新)☆☆☆☆

 

希望のかたわれ

希望のかたわれ

 

 

昨年度の欧州ミステリの大躍進の中、著者の「沈黙を破る者」の評価がイマイチに感じたのだが、今回はどうだろうか。本書は実はフクシマがきっかけに生まれた、ドイツ人作家によるチェルノブイリの物語である。

本書では、3つのストーリーが交互に語られる。チェルノブイリのそばの「ゾーン」で一人で暮らすヴァレンティナは、ドイツで行方不明になった娘のカテリーナのために、自らの過去の手記をしたためる。(その回想録も含めると、四つのストーリーとも言える)

次が、突然売春組織から逃れてきたターニャという少女を匿い、徐々に安寧な日常生活から逸脱していく農夫のレスマンの物語。最後に、ロシアから大量に失踪した少女たちを追って、ドイツに向かうキエフ警察のレオニード警部の物語。

最初は、この3つの物語がどうつながるのか、良く解らないのだが、たぶん中心となるヴァレンティナの手記が、チェルノブイリの真実を語っていて、痛くてたまらない。ただ、中盤をすぎると、ようやく3つのストーリーがどう絡むのかが、見えてくる。

それは、血の絆であり、ウクライナの哀しい歴史であり、現在の東ヨーロッパの厳しい現状である。

北欧ミステリにおいては、人身売買が描かれることが非常に多い。そして、本書でも、その舞台は地政学的にも経済的にも、著者の故郷ドイツとなる。

そのドイツに今、今度は中東から難民が押し寄せる。ミステリとしての衝撃はそれほどではないが、欧州の現状(と、もちろん我が国)を考えさせる、深くて重い作品である。

 

 ●7339 星読島に星は流れた (ミステリ) 久住四季 (創元社) ☆☆☆☆

 

 

著者はラノベ界?では有名なパズラー作家らしいけど、確かに本書はミステリ・センスの光る傑作であり、ぜひラノベから足を洗ってほしいと感じた。

基本的には「そして誰もいなくなった」=嵐の孤島ミステリなのだが、日本人が主人公でありながら、舞台をマサチューセッツに持ってきて、主人公の暗い過去を、アメリカンギャグ(おばあちゃん)で吹き飛ばす導入部から、一気に引き込まれた。

正直、真犯人は見え見えなのだが、そこにいたる論理の冴えや、何よりも本書の構造をなす、ある構図が素晴らしい。基本的には、乱歩の言うプ○○○○○○ーの殺人なのだが、良く考えればあまり実例がなく、長編ミステリで、ここまでメインに使った作品を他に思いだせない。

そして、たぶん著者は、ゴールドマンの「暗黒星ネメシス」を読んだのではないか?今やほとんど否定されてしまったが恐竜絶滅の原因となった隕石の原因を、宇宙のある構造に求めた「ネメシス」と、本書の犯罪の構造は、僕には相似形に見える。そして、それは妖しくも美しい。

ただ、ネットの感想で多くが、ラノベ作家だけあってキャラが立っている、というのには閉口する。ラノベのキャラ立ちは、アニメの世界で、大人にはちょっとつらい。

本書も、博士を始めとした女性のワンパターンの人物造形には、正直いらっとした。(個人的に最悪なのは「図書館戦争」)そうは言っても、本書はやはり筋のいいパズラーであり、次作に期待したい。

 

●7340 猟犬 (ミステリ) ヨルン・リーエル・ホルスト (HPM) ☆☆☆☆

 

猟犬 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

猟犬 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 

 

あの「ミレニアム」で始まった北欧ミステリ・ブームも、ノルウェー産の本書で、個人的には、スウェーデンフィンランドデンマークアイスランド、と完全制覇?

しかし、全体に非常にレベルが高いし、マルティンベック以来の警察小説が主であったり、テーマが似ていたり、国を越えた共通点が多いのだが、その中でも人物造形の確かさは本書でも素晴らしい。(もうひとつの特徴と言える、暗さ、重さは、本書はそれほどでもなく、これもまた好印象)

主人公の刑事ヴィスティングと、新聞記者の娘のリーナの共同捜査が、うまく描かれ、一気に引き込まれる。17年前に逮捕した誘拐事件の犯人の決め手となった証拠が偽造であったとして、停職処分となったヴィスティングと、父を助けようとして新たな殺人事件に巻き込まれていくリーナ。

前半は、いったい誰が証拠を偽造したか、後半は二つの事件がどう繋がるか、という興味で読ませる。ただ、正直言ってミステリとして見たときには、前半の犯人は意外過ぎて解り易い?し、後半は論理的にかなり破綻している。

とはいうものの、これだけ読ませてくれれば十分としよう。本書はシリーズ第八作で、作者は執筆当時は現役刑事ということだ。それにしても、素晴らしい筆力だ。

 

●7341 アリババ (ビジネス) ポーター・エリスマン (新潮社) ☆☆☆☆
 
アリババ 中国eコマース覇者の世界戦略

アリババ 中国eコマース覇者の世界戦略

 

 

正直、アリババって中国に保護された半国営企業のように捉えていたのだが、本書の内容を信じるならば、全く違っていた。当初は巨人イーベイに何度も叩かれながら、這い上がってきた企業のようだ。

著者はそのアリババの挫折と成長を支えてきた米国人。こういう人材がいるところが、米国の奥深さであり、米中関係の複雑さだろうか。

正直、ITとしては、ジャックマーのビジネスモデルがどれだけ独創的かは、素人の僕には解らない。(本書を信じれば、ジャック・マーも素人のようだが)

ただ、タオバオ=オークション・サイトにワンワン?というチャット機能をつけたり、サイトを中国流にカスタマイズしてきたのと、あくまで中国の中小企業の発展のため、無料サイトを通してきたこと(ちょっときれいごとすぎるが)、それにマーの人間的魅力が、アリババの成功要因か。

逆に本書に登場するグーグルのラリー・ペイジとセフゲイ・ブリンが、いかにも傲慢に描かれていて興味深い。(あたかも、中国当局がグーグルを認めない言い訳?みたいに感じた)

ただ、個人的には、孫正義がほとんど出てこないのが物足りないし、Tモールはたぶん楽天を真似ていると思うのだが、楽天も全く出てこない。このあたりは、所詮日本のECは、英語世界からしたら番外地にすぎないのか、米国人である著者の限界なのかは、今のところ解らないが。

そうは言っても、なかなか情報がなかったアリババの全体像を理解するには、本書は何より読みやすくて、入門編としては合格だと感じた。

 

 ●7342 怪盗グリフィン対ラトウィッジ機関(ミステリ)法月倫太郎(講談社)☆☆★

 

怪盗グリフィン対ラトウィッジ機関

怪盗グリフィン対ラトウィッジ機関

 

 

大森大絶賛だけれど、僕は本書を認めない。(ネットの評価も散々)個人的に前作も、法月の嫌なところがかなり出ていて(スタイリッシュだけれど、中身がない)評価しなかったが、今回はそれ以上にダメ。

逆に「ノックスマシーン」は、マニアとして非常に楽しめたのだが、これは読者を選ぶわけで、年間ベストに選ばれたことで、多くのライトファンを悩ましてしまった。

で、今回は「ノックス=量子力学ミステリ?」をジュブナイルの長編でやる、というのは、完全に戦略ミス。後半は、本当に読んでいてつらかった。一応、量子力学を少しは齧った僕がそうなのだから、イーガンなど読んだことがないミステリ・ファンは理解不能だろう。

 

 ●7343 片桐大三郎とXYZの悲劇 (ミステリ) 倉知 淳 (文春社) ☆☆☆★

 

片桐大三郎とXYZの悲劇

片桐大三郎とXYZの悲劇

 

 

題名から解るように、かのレーン四部作のパロディ、いやオマージュであり、冒頭「ぎゅうぎゅう詰めの殺意」では、満員の山手線で毒殺事件が起き(もちろん、X)次の「極めて陽気で呑気な凶器」では、何とウクレレで殺人が起きる。(もちろんY=マンドリン

というわけで、マニアにとっては大爆笑であり、まあキャラクター的にも、片桐はあまりにもだけれど(まあ、本家のレーンもかなり芝居がかっていることに、Xの再読で驚いたが)面白く読めた。

ただ「黄金の羊毛亭」氏が指摘しているように、2作ともパズラーとしては、いかにも緩い。そのあたり、クイーンファンとしては、どうにも引っかかってしまう。

で、最悪なのは次の「途切れ途切れの誘拐」。そもそも、どこがZへのオマージュなのか分からないし(解らない、ということがオマージュかもしれないが)論理的に破綻しているうえに、ラスト最高に後味がわるいのだ。この意外な凶器は、やっぱりちょっと耐えられない。

で、ラストの「片桐大三郎最後の季節」は、お約束通りある仕掛けがあって、見事な四部作?のエンディングとなるのだが、やっぱり四作通してだと、合格点はあげられないなあ。

 

 ●7344 下町ロケット2 ガウディ計画 (フィクション)池井戸潤小学館)☆☆☆☆

 

下町ロケット2 ガウディ計画

下町ロケット2 ガウディ計画

 

 

TV「下町ロケット」の第一回を観たとき、いくらスペシャルといって、ここまで話が進んで、どうやって三か月もたせるのか?と思ったら、何とこういうことだったのか。小学館にこんな知恵者がいるとは思えないのだが。

ただ、個人的には「下町ロケット」は、ある意味完璧な作品なので、2はいらないなあ、と思っていたのだが、そういう時に限って図書館で手に入ってしまう。(ちょうど発売日に電話予約したら、1番目だった。モズの最新作が同じ発売日で11番だったので、やっぱりミステリの方がマニアが多いのか?)

で、結論から言うと、本書もやっぱり傑作で、一気に読んでしまった。ロケットの後が心臓弁とは驚いたが、きちんとつながるところは素晴らしい。(しかし、今田に医師を演じられるのだろうか?「蝉しぐれ」は最悪だった・・)

ただ、結局第一作は超えられないし、基本パターンの繰り返しである。というわけで、読んでる間は面白かったし、TVドラマとしても魅力的だけれど、やっぱり必要なかった気もする。

 

 ●7345 井沢元彦の戦乱の日本史 (歴史) (小学館) ☆☆☆★

 

井沢元彦の戦乱の日本史

井沢元彦の戦乱の日本史

 

 

小学館と言えば、逆説の日本史だ。たぶん、そこからのスピンオフ本だが、とりあえず借りて読みだしたら、やっぱりやめられなくて一気読みだった。ほとんど既読だが、やはり面白いのだからしょうがない。

で、今回朝鮮出兵において、当然秀吉は勝つもりであり、参加しなかった家康が偉いのではなく、秀吉が家康に参加させなかった(新たな領土を得るチャンスを奪った)という視点は(読んだような気もしてきたが)結構斬新で気に入ってしまった。

 

 ●7346 坂本龍馬を英雄にした男 大久保一翁(歴史) 古川愛哲 (講談α)☆☆☆★

 

坂本龍馬を英雄にした男 大久保一翁 (講談社+α新書)

坂本龍馬を英雄にした男 大久保一翁 (講談社+α新書)

 

 

大政奉還」「船中八策」は、龍馬ではなく、大久保一翁のアイディアであった、というのは、半藤一利があちこちで書いているので、てっきり定説かと思ったら、大久保に関してはきちんとした評伝が今まで一冊しかない、という。

確かに大久保の伝記など読んだことがなかったので、本書で語られる幕臣大久保の姿は、面白く魅力的だ。ただ、たぶん著者の筆力不足か、もうひとつ迫力というか、格が足りない。しかし題名とは裏腹に、龍馬へのリスペクトもたっぷりで、好感は持てる。

 

 ●7347 男性論 (エッセイ) ヤマザキマリ (文春新) ☆☆☆★

 

男性論 ECCE HOMO (文春新書 934)

男性論 ECCE HOMO (文春新書 934)

 

 

これまた、偶然図書館で見つけたのだが、少しは知っていたが、著者の波乱万丈な人生は、あの波乱万丈?の「テルマエ・ロマエ」ですら、全く歯が立たない。ただ、一冊のエッセイとして本書を見た場合、後半題名と全く関係なくなるのは愛嬌として、どうにも内容がとっちらかって、落ち着かない。

その上、僕はやっぱりイタリア流というか、ラテン流の濃密なコミュニケーション、という奴は勘弁してほしい。

というわけで、ネットで本書は絶賛の嵐だが、個人的には評価をためらってしまう。まあ、例の百万円暴露問題には、日本のエンタメ契約が、泳げタイヤキ君、の時代から変わっていないことに、あきれるしかないが。

 

●7348 ピルグリム1名前のない男たち(ミステリ)テリー・ヘイズ(早川文)☆☆☆☆

 

ピルグリム〔1〕 名前のない男たち

ピルグリム〔1〕 名前のない男たち

 

 


 ●7349 ピルグリム2ダークウィンター(ミステリ)テリー・ヘイズ(早川文)☆☆☆☆

 

ピルグリム〔2〕 ダーク・ウィンター

ピルグリム〔2〕 ダーク・ウィンター

 

 


 ●7350 ピルグリム3遠くの敵    (ミステリ)テリー・ヘイズ(早川文)☆☆☆☆

 

ピルグリム〔3〕 遠くの敵

ピルグリム〔3〕 遠くの敵

 

 

常々あのシンプルな「マッドマックス」から「2」のストーリー世界を創り上げた(でっち上げた?)作家は、とんでもない天才かつ剛腕だと思っていたが、その「2」の脚本家がテリー・ヘイズであり、本書はその処女作の大長編である。

そして、彼はやはり只者ではなかった。これが処女作とは、驚きの傑作である。冷戦終了後壊滅状態に陥ってしまった、スパイ・冒険小説に最近、北上おやじ大絶賛のグルーニーが旋風を起こしているが、申し訳ないが、僕には密度が濃すぎて胃にもたれる。

それに対し、確か池上は本書の方を評価していたが、僕も今回は珍しく池上を支持する。とにかく、3巻に渡る大長編なのだが、189にのぼる各章が結構短く、場面展開が早くて、長さに比較して非常に読みやすい。さすがはハリウッドである。(見てないんだけれど「24」ってこんな感じかな)

しかも、人物造形も良く出来ていて、主人公の伝説の諜報部員ピルグリムと、天才テロリスト、サラセンの両雄だけでなく、脇役も素晴らしい。ピルグリムの上司の「死のささやき」天才ハッカー「バトルボイ」や大統領もいいが、ピルグリムの親友のブラッドリーとその妻マーシーが出色の出来。(9・11の描き方が素晴らしい)ルパン3世と次元みたい。

しかし、長大な物語の骨格は実はシンプルで、基本は「ジャッカルの日」だ。ジャッカル=サラセン、ルベル警視がピルグリム、ドゴール暗殺が米国バイオテロ計画。そして、もちろん双方失敗の終わるのはお約束だ。

ただ、一点どうしても納得のいかない部分が残念ながらある。冒頭とラストで描かれる2つの殺人事件と本筋のテロ計画が、トルコの観光地ボドルムでクロスするのが本書のミソだが、僕が読み違えていなければ、それは単なる偶然なのだ。

うううん、これはちょっとねえ。完全殺人の物語も、それはそれで魅力的ではあるのだが、やはりこれでは構成美が足りない。美しくないのだ。

 

●7351 最強のふたり 佐治敬三開高健 (NF) 北康利 (講談社) ☆☆☆☆★

 

佐治敬三と開高健 最強のふたり

佐治敬三と開高健 最強のふたり

 

 

一応ルーツは関西人でありながら、開高健を読んだことがない。(山口瞳もそうだが)「マッサン」を見ていたときも、鳥井信治郎について読もうとは思わなかった。こういう僕にとって、最強のタイトルの本書が上梓され、あわてて読み始めた。

そして、ここで描かれるサントリーの歴史は、想像をはるかに超えて面白く、なぜ今まで読まなかったのか、と悔やんでしまった。

というわけで、鳥井信治郎から佐治敬三(そして描かれないが、現社長の佐治信忠)と続くサントリーの破天荒なビジネスストーリーは、たとえ誇張が入っていても、やはり面白い。

著者の本を読むのは、たぶん三冊目だが、過去は白洲次郎西郷隆盛とこれまた素材が抜群で、面白かったのだが著者の実力は良く見えなかった。ただ本書は以下の点だけでも著者の取材力は素晴らしく、それをまた許したサントリーの懐も深い。

すなわち、誰もが変だと思いながら敢えて突っ込まない、鳥井と佐治の苗字の違いである。通常は母方に養子に入ったとされるが、実は真相はそんな単純な話ではなく、かなりドロドロと生臭いもののようだ。

内容は本書で確認してほしいが、さすがにこれには驚いてしまった。そして、本書の後半は開高健の物語となる。正直、最初は一冊の本として、バランスが悪いと思った。しかし、開高という化け物を描こうとすると、このバランスの悪さ、いや崩壊は必然にも感じた。

まずは、サントリー宣伝部での活躍、梁山泊としての寿屋宣伝部の仲間たち(洋酒天国編集部)そして直木賞受賞、さらにはベトナム戦争と「夏の闇」。クサンチッペに例えられる開高の悪妻牧羊子、夏の闇の女のモデル佐々木千世、更には開高の愛人?高美恵子、娘の道子、等々がネットですぐ画像が出てきてしまう今の世を、どう受け止めればいいのだろうか。

読了して思うのは、佐治ではなく、鳥井信治郎開高健こそが、最強であり、それは過剰なまでの馬力と女性関係に象徴される。そして、佐治はそんな二人を見守る守護者のように感じてしまった。孤独でストイックな。

というわけで、正直消化不良な部分(特にビジネスに関して)も多々あるのだが、一方ではとんでもない傑作を読んでしまった気もする。

そして、杉江さんの起業一周年パーティーで、サントリーの人たちが、スコール!と乾杯した意味が、本書の冒頭で明らかになった。そうだったんだ。そういえば、昔中井さんから「サントリー・クォータリー」をもらったことがあったなあ。

 

 ●7352 ゲルダ (NF) イルメ・シャーバー (祥伝社) ☆☆☆☆

 

ゲルダ――キャパが愛した女性写真家の生涯

ゲルダ――キャパが愛した女性写真家の生涯

 

 

副題は、キャパが愛した女性写真家の生涯、だが、表紙裏に書かれた「ゲルダはキャパの最愛の人、だけの存在ではなかった」という言葉こそが、本書のテーマである。

ウィーランのキャパの伝記で、その魅力的な恋人ゲルダが、ビジネスにおいてもキャパのパートナーであったことが新鮮であった。そして、その後キャパとは二人はユニット名であった、との文章も読んだが、それを証明するのが本書の丁寧な取材である。

ゲルダの短い人生に、文章化された記述はほとんどなく、シャーバーは膨大なインタビューから、彼女の真実を明らかにしていく。そして、明確になったのはゲルダは短期間で写真家としての腕を上達させ、遂にキャパと並ぶ、いやキャパなしでも問題ない一人の女性写真家と成長し、そのしょっぱなで帰らぬ人となってしまったという事実だ。

とにかく、本書はインタビューとともに写真が多く、そのあたりがリアルに迫ってくるのだ。正直、素行面にはゲルダはかなり問題があり、キャパとの関係も継続したかどうか疑わしい。

しかし、皮肉なことに戦争という非日常が、二人の才能を一気に開花させた。極限状態こそが、二人の過剰さを受け止めた。そして、その写真から見えるゲルダの世界は、対象をその背景ごとつつみこむ大きさであり、キャパのそれは、対象に一直線に迫る勇気である。

沢木耕太郎が30ページの解説と、解説者まえがき?を書いている。そして、こんな本を祥伝社が上梓したことには、驚きを禁じ得ない。いつか、沢木が裏話をしてくれるのだろうか。(できれば、沢木の「キャパの十字架」の真相?に対する、シャーパーの意見を聞いてみたかった)

 

 ●7353 エンタテインメントの作り方 (エッセイ) 貴志祐介 (角川書) ☆☆☆☆

 

 

今や抜群の安定感のある著者の珍しいエッセイ、というか創作講座。(当初、あくまでエッセイと思って読んでいたが、途中で貴志は結構真面目に創作講座をやっている気がしてきた)

ヤマザキマリ等々のエッセイと違い、本書は彼の作品と同じく、きちんと論理=設計図が引かれており、個人的にはそこに共感してしまう。

また、もし僕が彼のような才能を手に入れたら、やはり自分の作品には同じような考を持つだろうと確信を持って言える。それほど、彼のエンタメに対する理論武装は素晴らしい。もちろん、同年齢からくる共感もあるだろうが。

また、読み物としては彼の場合ほとんどの作品を読んでいるので(たぶん、未読は「雀蜂」のみ)引用が全て理解でき、楽しめたことも確か。ただ、本書を読んで作家になれるかどうかは、かなり疑問だが。

 

 ●7354 やってみなはれ みとくんなはれ (NF)開高健山口瞳(新潮文)☆☆☆☆

 

やってみなはれみとくんなはれ (新潮文庫)

やってみなはれみとくんなはれ (新潮文庫)

 

 

最強のふたり」に出てきた「幻のサントリー社史」で、何と戦前篇を山口、戦後篇を開高が執筆しており、それがこうやって上梓されているのだから驚きである。

普通、社史なんて誰もきちんと読まないだろうが、さすがに山口の文章は抜群で、一気に読んでしまう。ただ、本人も書いているが、なぜか途中サントリーとは関係ない山口の父親が大活躍?したりしてしまうのだが。

後半は開高の出番だが、正直この文章はあまりにも饒舌かつ猥雑な戯作調で、個人的には山口の方が口に合った。

また、物語も宣伝部の話が多すぎる、と思っていたのだが、読了して「最強のふたり」が、あまりにも本書の記述が多すぎることに気づいてしまった。それほど、二人の物語は面白い。

しかし、時代の制約はあるのだろうが、サントリーのビジネスが宣伝だけに見えてしまうのは、痛しかゆしかなあ。それにしても、こんなカルチャーの会社がキリント一緒になろうとした、だけでも驚愕である。

結局、本書も「最強」も、サントリーがビールに進出したところで終るが、「最強」は、その後のキリンとの破局や、新浪社長の登場まで描いてほしかった)

 

 ●7355 バビロンⅠ -女- (ミステリ) 野崎まど (講談タ) ☆☆☆☆
 
バビロン1 ―女― (講談社タイガ)

バビロン1 ―女― (講談社タイガ)

 

 

メディアワークス文庫に対抗して、講談社タイガ(文庫はつかない?)が創刊され、その最初のラインナップが、西尾維新森博嗣と並んで、野崎まどである。当然、ラノベの読者の次のステップを狙うのだろうが、どうやらあの講談社ノベルスが、こちらに移行してしまうようでもある。

宇山さんは、天国で何を思うのだろうが。閑話休題。そして、本書だが、今までの舞台=学園とは違い、検察と企業犯罪が舞台で驚くのだが、そこはやはり野崎印は変わらない。

ベタなギャグも数は減っても健在だし、ミステリともSFとも解らないストーリーは、どんどん意外な方向に転がって、八王子、多摩、町田、相模原を合体させた新域なるトンデモまで登場する。正直、本書は長大なストーリーの冒頭にすぎない感じなので、評価は難しいのだが、野崎がきちんと伏線を回収してくれることを信じて、シリーズとつきあっていこうと思う。