2015年 10月に読んだ本

●7319 血の弔旗 (ミステリ) 藤田宜永 (講談社) ☆☆☆★

 

血の弔旗

血の弔旗

 

 

者の作品にはもはや興味がなくなっていたのだが、今回は分厚くて力が入っている気がして読んでみたが(何せ、著者の最高傑作はあの超分厚い「鋼鉄の騎士」なので)読了して微妙な出来。

良く考えると、著者の作品は初期は冒険小説であり、そして探偵小説(ハードボイルド)や、読んでないけれど恋愛小説と変化してきたが、本書のような犯罪小説はあるようでなかった気がする。

内容としては、戦後すぐの強盗殺人事件が、時効まで主人公たち四人の犯罪者を苦しめるのだが、前半は根津がいかにもアプレゲール的な虚無感を醸し出し魅力的だし、四人のつながりが疎開時代にある、というのも時代を映し出して効果を出している。

そして、物語は昭和=戦後史として「白夜行」のように、時代風俗の変遷とともに描かれるが、途中で鏡子が現れるあたりから、どうも個人的には話に入れなくなる。まず、これは偶然すぎるし、さらに根津が彼女に惚れてしまう、というのは最初の性格設定から変わりすぎだし、11億円をそんな危険にさらすのはあり得ない。

で、結局(これまたかなり無茶な展開だが)そこから、完全犯罪が崩れていくのだが、ラストの根津のいい人ぶりには、正直がっかりした。また、結局真犯人は誰か、というのも一応意外な犯人が用意されているが、その前にもう誰でもいいじゃん、という気になってしまったのも確か。

というわけで、前半だけなら、今年のベスト10候補くらいには挙げられたが、残念ながら後半は腰砕け。

 

 ●7320 九尾の猫 (ミステリ) エラリー・クイーン (早川文) ☆☆☆☆

 

九尾の猫〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

九尾の猫〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

越前新訳は「災厄の町」から、同じライツヴィルものの「フォックス家」「十日間」二作を飛び越えて、ニューヨークが舞台の本書を選んだ。既に「フォックス家」を旧訳で再読した上、「十日間」は苦手の僕にとっては、越前さんGJ!という感じ。

「九尾の猫」はクイーン版「ABC殺人事件」であり、サイコキラーもののはしりであり、NYがパニックに陥るところが読みどころ、というのは憶えていたのだが、それ以外は全く記憶がない。(でも、面白かった記憶はある)

で、今回ミッシングリンクの謎に関しては、かなりレベルが高いと感心したのだが、越前さんには悪いが、新訳の良さはあまり感じなかった。「災厄の町」に関しては、新訳があまりにも素晴らしく、作品だけでなくクイーン後期の再評価まで強いられたのだが。

たぶん本書は舞台がNYであり、準主人公のジェイムズとセレスト(これが、リアリティーがない)以外の人物描写がほとんどないせいで、訳の違いが判らなかったと思ったのだが、旧訳が青田勝ではなく、大庭忠男だったのが良かったのかもしれない。

記憶よりちょっと小粒だが(まあ、これはいつものこと)本書は後期クイーンの異色の傑作であることは間違いない。できれば、若いカップルではなく、警察官で質実剛健で行きたかったが、これは時代的に無理だったのだろう。

 

●7321 Aではない君と (ミステリ) 薬丸 岳 (講談社) ☆☆☆☆
 
Aではない君と

Aではない君と

 

 

ここ二冊、やや変化球だった著者の新作は、題名から解るように、これぞ薬丸印という直球ど真ん中。(ただ、今回は埼玉がでてこないが)冒頭、主人公にかかってくる電話(それによって、離婚した妻が引き取った中学生の息子が殺人罪で捕まったことが告げられる)から、一気に引き込まれ、息苦しくも目が離せなくなる。

仕事での成功、新しい恋人、それらが一気にガラガラと崩れ、小市民的な怒りや逃げと、それに気づいてしまった主人公の葛藤に感情移入してしまい、痛くて辛い。そして、ついに明らかになる真相は、おぞましくもリアルだ。

本書は薬丸印=贖罪の物語であり、かつバラバラだった家族の再生の物語である。正直言って、ラストの展開は、あまりにも主人公が立派な気もするが、やはりこういう話を描かせたら、薬丸は第一人者であることを再認識した。ただ、これがミステリの面白さか?と問うたなら、正直疑問も感じてしまうのだが。

 

 ●7322 鍵の掛かった男 (ミステリ) 有栖川有栖 (幻冬舎) ☆☆☆☆

 

鍵の掛かった男

鍵の掛かった男

 

 

有栖川の新作は、火村シリーズ最長の作品であり、ホテルに長期滞在をしていて自殺した(と警察が判断した)ある男の過去を、ある理由で火村ではなくアリスが暴いていく、シリーズ異色作。(火村とアリスの関係が、御手洗と石岡にかぶってしまうのはご愛嬌)

シンプルすぎる設定から、複雑な物語を紡ぎだした職人芸には感嘆だが、正直ちょっと冗長に感じる部分もあった。主人公の過去に様々な人物を絡めて読ませるが、この内容だとやはり長すぎるし、最後の解決もやや引っ張りすぎに思えた。

また、ラストで明かされる動機は、なるほどこうきたか、と思いつつも、クイーンというよりクリスティー的偶然であり、著者らしくきちんと伏線は張っているが、やや微妙な感じ。(「鏡は横にひび割れて」を思い起こした)というわけで、ちょっと甘目の採点。

 

 ●7323 太閤の巨いなる遺命 (時代小説) 岩井三四二 (講談社) ☆☆☆

 

太閤の巨いなる遺命

太閤の巨いなる遺命

 

 

著者に関してはかつて短編集を2~3冊読み、最初はサラリーマン的なペーソス溢れる時代小説が新鮮だったのだが、すぐに飽きてしまった。しかし、その後本書のような骨太の冒険小説を書くようになっていたんだ。

しかし、過去の経験から、こういう作品はよほど人物造形が出来ていないと(有名な武将も出てこないので)劇画調になってしまい、しらけてしまう。

本書も、構想が雄大なだけに(逆宇宙戦艦ヤマト?)どうもリアリティーが感じられなく、感情移入しずらかった。ちょうど「大江戸恐龍伝」の、つまらなかった南洋パーツに似たものを感じた。縄田一男の激賞は、相変らず信頼できない。

 

●7324 WOOL ウール (SF) ヒュー・ハウイー (角川文) ☆☆☆☆

 

ウール 上 (角川文庫)

ウール 上 (角川文庫)

 

 

 

ウール 下 (角川文庫)

ウール 下 (角川文庫)

 

 

大森絶賛の米国KDPで大ヒットしたデストピアSF大作、を偶然図書館で見つけて大森の解説に釣られて読みだした。内容も結構好みだが、著者の略歴が藤井大洋と重なるし、大手出版社相手の立ち回り(電子書籍出版を含まない紙だけの契約!)が、小説以上に?面白い。

で、内容だが、確かに世界の終末以降、サイロと言われる地下144階のシェルターで暮らす人々の物語は魅力的だし、下巻に入ってあることが明らかになってからの展開も、予想はつくが面白い。

ただ、小説的には人物造形や情景描写がイマイチで、かなり読みにくい部分もある。まあ、少し甘めの採点だろうか。

このあと、本書の前日譚である「シフト」と、本書の完結編である「ダスト」で、サイロ三部作の完結ということだが、「パインズ」を初めとして、最近三部作が多すぎる。

しかも3×上下だと、もう少しリーダビリティーが欲しい。翻訳のせいかもしれないが。何より、「パインズ」と同じく、ネットで調べていたら、その後の展開も何となく解ってしまった、気がする・・・・

 

●7325  声  (ミステリ)アーナルデュル・インドリダソン(創元社)☆☆☆☆

 

声

 

 

「湿地」「緑衣の女」に続く、アイスランドミステリ、エーレンデュリ・シリーズ第三弾。相変らず、北欧ミステリらしく、暗く重く、過剰なまでの人物描写で読ませるが、前二作に比べて、ミステリとしてレベルアップしているし、何より被害者の過去=ボーイソプラノの少年スター(のなれの果て)の造型が素晴らしい。

本書のテーマは、家族の崩壊であり、サブストーリー(少年へのDV)や、主人公自身の家庭の崩壊(これは、前作の方が強烈だったが)も含め、読んでいて相変らず辛くて、痛くなってしまう。

そして、書けないが、もう一つの家族の崩壊が事件の真相に直接絡んでしまう。ミステリとしてのレベルアップというのは、脇の事件も含めて、常に意外性を追及しているところだが、それが論理のアクロバット=美しさにはつながらず、ただの意外性に終わっているのは厳しく言えば、物足りない。

ただ、このシリーズの安定感は抜群であり、次は再生の物語を読んでみたい。少し、その兆しはあるのだから。

 

●7326 SROⅥ 四重人格 (ミステリ) 富樫倫太郎 (中公文) ☆☆☆☆
 
SROVI - 四重人格 (中公文庫)

SROVI - 四重人格 (中公文庫)

 

 

シリーズ第六弾。前作はエピソード0、ということで、あの近藤房子の物語だった。で、本作は、ボディーファームの結末に戻って、房子のせいでバラバラになってしまったSROが、再び動き出す物語。

だから、房子は登場しない。ただこのシリーズ、房子が出てこない偶数巻は、レベルが落ちるのも事実。そのあたりは、ジャック・カーリーのカーソン・ライダーシリーズとジェレミーの関係と相似だ。(何のことか分からない人ゴメン)

しかし、今回は本筋以上に芝原麗子、尾形洋輔、針谷太一、といったメンバーのストーリーが読ませる。このあたりは、さすがの筆力。(唯一、リーダー山根新九郎の恋?だけは、相手の鈴木花子!?が変すぎて、どうするつもりなのか?と思ってしまう。彼女もシリアルキラーでは?という声がネットに充満しているので、さすがにそれはない?)

で、本筋の方は、ゴルゴ13のような(違うか?)殺し屋が四重人格シリアルキラーだった?と言う話で、読んでいる間は面白いけど(主人公がGACKTを思いださせて、つい笑ってしまうが)これが良かったのかは、今のところ判断不能。

 

●7327 犬の掟 (ミステリ) 佐々木譲 (新潮社) ☆☆☆☆
 
犬の掟

犬の掟

 

 

このところ新刊上梓が続いている佐々木だが、一定のレベルを常に保っているのはさすがだ。道警シリーズの頃は、かなり荒っぽくなってしまい、見放していたのだが、ベテラン健在である。

今回も、基本ストーリーは「相棒」のある話に相似だが、そこにいたる丁寧な伏線や、双方向からの捜査が最後にクロスする(場所も含めた)プロット展開が美しい。その結果、藤田の「血の弔旗」よりも、はるかに犯人の虚無感を描き出すことに成功している。

ただ、そうは言っても、全体のストーリーには既視感がかなりあり、大傑作とはまだ言い難い。次に期待したい。

 

●7328 犯人に告ぐ2 (ミステリ) 雫井脩介 (双葉社) ☆☆☆☆★
 
犯人に告ぐ : 2 闇の蜃気楼

犯人に告ぐ : 2 闇の蜃気楼

 

 

あの大ヒットした「犯人に告ぐ」に2が書かれるとは。著者の前作が気に入らなかっただけにちょっと構えてしまったのだが、読みだしたら止まらない。これは、今年のベストを争う傑作であり、かつ個人的には「マッドマックス」のように1を2が超えたと感じた。

冒頭のオレオレ詐欺集団に巻き込まれ、活躍してしまう不運な兄弟の描写が素晴らしく、そのおかげで読者の多くは、最後までこの犯罪集団「大日本誘拐団」の方につい感情移入してしまう。

オレオレ詐欺に関しては「神の子」の冒頭も素晴らしかったが、本書はその後、誘拐ビジネス?の物語となり、その二段、三段、四段構えの誘拐作戦が、意表を突きながらもシンプルで、感心してしまった。

タイプは違うが、その緻密さは「99%の誘拐」を思い起こした。(あまりにコロンブスの卵で、何かごまかされている気がするし、警察も間抜けな気もするが)

で、ラスト誘拐団頑張れと思いながら、誘拐事件でそれはないよな、と予定調和を感じていたら、あの小川かつおの登場に大爆笑?こうきたか!で、さらにもう一回ということで、見事なエンディング。素晴らしい。

確かに本書は前作のような劇場犯罪、公開捜査はないので、この題名がいいのかは疑問だが、今回バッドマンに代わって、巻島と対決する、リップマン=淡野の存在感が半端ない。(脳内的には、綾野剛に自動変換、元祖は87分署のデフマン?)これは、3が生まれますか。期待しましょう。

 

 ●7329 勝手に!文庫解説 (書評) 北上次郎 (集英文) ☆☆☆☆

 

勝手に! 文庫解説 (集英社文庫)

勝手に! 文庫解説 (集英社文庫)

 

 

この企画(題名通りに、北上が依頼もないのに勝手に解説を書いてしまう)ミステリマガジンで始まったのには気づいていたが、いつのまにやらこんなに溜まっていたんだ。そして何でこんな企画が始まり、早川ではなく集英社から文庫本になったのか、そのいきさつも本書の「はじめに」で理解できた。

ただ、国内は既読が多いので、解説は面白いが読みたいと思ったのは、北方の「抱影」のみ。海外は逆に知らない作家が多くて、いまさら食指が動かない。(ミステリが少ないし)で、最後にあの未完の大作「氷と炎の歌」があるんだけれど、「ハンターズラン」が読みにくくてしょうがなかった僕としては、悩んでしまう。

まあ、それでも本書を結構楽しんでしまったが、北上・大森・池上・杉江のおなじみ四人による対談が面白い。で、作品がイマイチだと解説でお得感を、という杉江のスタンスに大ブーイング。だから、僕は杉江の書評が嫌いなんだ。解説が良ければいいだけ、本体がダメだと腹立つのに決まってるじゃないか。

 

 ●7330 モダン (フィクション) 原田マハ (文春社) ☆☆☆☆
 
モダン

モダン

 

 

 

「楽園のカンヴァス」「ジヴェルニーの食卓」に続く絵画モノで、著者自身が働いていたMOMAが舞台の5つの短編が収められている。というわけで、期待は高まるのだが、図書館で手渡されて、その薄さに愕然。しかも文字もスカスカ。

というわけで、恐る恐る読みだしたのだが、冒頭の「中断された展覧会の記憶」は、なんといきなりワイエスの「クリスティーナの世界」。うわあ、いきなり来た!

(MOMAには3回くらい行ったが、ホッパーやダリも良かったが、とにかく「クリスティーナの世界」が最高。たぶん、僕が世界で一番好きな絵画)しかも、時は3・11、舞台は福島。これはインチキである。冷静に読めるはずがない。

で、次の「ロックフェラー家の幽霊」は、まさかの幽霊オチはさすがになかったが、内容的にイマイチと思っていたら、この後の作品の重要は伏線、前ふりだった。(MOMA初代館長のアルフレッドとピカソの関係)

そして、次の「私の好きなマシン」のノスタルジーと素晴らしく新しいオチの冴え。さらに次の「新しい出口」ではあのトム&ティム・ブラウンが登場し、今度は舞台は9・11であり、圧巻のピカソVSマティスの戦い?となる。たぶん、本書の最高傑作。

で、最後に掌編だが、気持ちのいい「あえてよかった」で本書は幕を閉じる。たぶん、読了に二時間かからなかったが、印象は(相変らずネットで絵を見ながら読んだこともあって)かなり濃密。3・11に9・11では、あざとすぎる気もするが、ピカソマティスの関係を画像で理解できただけでも素晴らしい経験だった。

 

 ●7331 あなたは誰? (ミステリ) ヘレン・マクロイ (ちく文) ☆☆☆☆

 

あなたは誰? (ちくま文庫)

あなたは誰? (ちくま文庫)

 

 

再評価が進み、旧作が翻訳されているマクロイ。彼女の「逃げる幻」を僕は昨年のベストとした。で、本書は42年の作品だが、何とちくま文庫から渕上痩平(元外務省職員、海外ミステリ研究家)という怪しい訳者で上梓された。

とりあえず、読み終えたが、これがまた評価しずらい作品。ただ、申し訳ない、この渕上という人の訳文は素晴らしい。すごく読みやすくて、あっという間だった。古さも全く感じない。印象評価はやはり良くない。

ただ、内容は何と「殺す者と殺される者」と同じく、あの○○○○オチなのである。もちろん、本書の方が古くて、解説を信用すれば、今や巷に氾濫するこのオチの本書は(たぶん)さきがけなのだ。しかも、その使い方も、まるで「本陣殺人事件」の三本指の男みたいで、リアルタイムで読んだ人(たぶん、もう誰も生きていないだろうが)は、驚いただろうし、怖かったと思う。

でもねえ、ミステリをその歴史的価値だけで、評価していいものなのか。本当に困ってしまう。(結局「黄金の羊毛亭」の本書の解説を読んで、やっぱり本書を評価することにした。まだまだ読みが足りません)

 

 
髑髏の檻 (文春文庫)

髑髏の檻 (文春文庫)

 

 

前作のおけるカーソンがあまりにも痛くて、正直このシリーズと付き合うのはやめようかと思った。でも。こうやって無事新作が出ると(実は一冊飛ばしての翻訳なので、無事とは言えないのかもしれないが)気になって、読んでしまう。

そして、今回はカーソンが休暇中での事件であり、かなり立ち直っていて、楽しく読めた。で、何よりこのシリーズの運命を担うカーソンの兄(ハンニバル・レクターの末裔)ジェレミーだが、本書における彼の登場シーンは最高であり、僕もまたカーソンと同じく腰が抜けた。

たぶん、このシーンを読むだけで(シリーズ愛読者は)満足してしまうだろう。凄い。そして、ありえない。さらに、本書の冒頭のある印象的なシーンは、よくある魅力的なイントロダクションと思ていたら、後半のとんでもない展開にひっくり返ってしまった。

(格闘技団体のエースが犯した殺人の弁護士が彼を催眠術にかけ、そこにカーソンが立ち会うシーン。そして、それはカーソンが予測したように、殺人鬼の過去を暴くスイッチをいれてしまう)

このシリーズは、ここで一皮むけたかもしれない。相変らずとんでもない残虐シーンがありながら、一方ではスラップスティックなギャグが繰り返される。今回のヒロイン、チェリーの言葉が、意識的に男言葉で訳されていて、最初はそれが気になって仕方がなかったが、後半はそれこそ当たり前に思えてしまえた。

正直、カーソン・ライダーシリーズは、もはやレベルアップはないと感じていた。しかし、本書は冒頭のジェレミーの登場から、過去の壮大な悪夢の物語の造型を含め、ちょっと甘いかもしれないが、ひとつの頂点を描いたような気がした。

 

 ●7333 影の中の影 (ミステリ) 月村了衛 (新潮社) ☆☆☆☆

 

影の中の影

影の中の影

 

 

推理作家協会賞を受賞した「土漠の花」は、作者の狙いは解るが、「機龍警察シリーズ」の愛読者としては、物語にコクが足りなかった。本書もまたその系統と思ったのだが、冒頭からジェットコースターに乗せられたみたいで、圧倒された。

本書はカーガーと呼ばれてきた伝説のスーパーヒーローの物語であり、正直そんな存在を今描こうとする著者の冒険小説スピリッツには、感嘆するしかない。(著者があの「鷲は舞い降りた」をバイブルとする気持ちは良く解る)

そして、こういう物語はかつて故・船戸与一が描いていたことを思いだしてしまった。「山猫の夏」そして「猛き箱舟」。

ただ、途中でカーガーこと景村が、自分の過去を語りだすシーンは興醒めした。こういう回想シーンは、機龍警察シリーズでも多用され、そこでも物語の流れを壊すことがあったのだが、今回はあまりにも説明的すぎて、全体の整合性が崩れる。

ここさえなければ、間違いなく★をひとつ追加した。さらに、本書を「ゴルゴ13」+「ダイハード」と評していたコラムがあったが、確かにあまりにも劇画的であることは、間違いない。

しかし、本書の素晴らしい点は、冒頭から散りばめられた、人間関係の伏線が、後半見事に繋がり始めるカタルシスにある。アクションシーンの連続が、深く考えることを許さないにしても、この構築美には感嘆するしかない。

さらには、冒頭ヒロインを助けるのが、やくざ組織であり、それが必然性を持って国家?のために戦う、という設定には痛快を越えて感心した。そして、そのディティールも素晴らしい。著者が初めて、機龍警察以外の傑作を描いた、と言っていいだろう。ラストシーンはある意味陳腐だが、僕は「山猫の夏」のラストシーンと重ねていた。

 

 ●7334 私という名の変奏曲 (ミステリ) 連城三紀彦 (文春文) ☆☆☆★

 

私という名の変奏曲 (文春文庫)

私という名の変奏曲 (文春文庫)

 

 

フジテレビで、本書が天海祐希主演でドラマ化されたのを録画して見ようと思ったら、荒筋を読む限り、僕は本書を読んでいないことが明白になり、あわてて図書館に予約した。で、思ったより時間がかかったのだが、読み始めた。その間、あちこちネットで本書の評価を確認したが、少なくとも世の中の連城ファンに比べて、僕は彼の長編に関しては評価できない、と強く感じた。

本書を多くの人が、連城の長編の最高傑作としているが、僕は納得できない。本書の本質は、一人の女性を七人の人間が殺す、という不可能犯罪にある。確かに、よくそんな謎を考え付き、いちおう論理的に解決させたことには、感心するしかない。

しかし、その結果、本書は非常に人工的な作品となり、正直後半は読むのが辛かった。ここは、七人でなく四人くらいにして、短編、いや中編として書きあげれば、花葬シリーズに劣らない傑作になったと思う。

何度も言うが、連城は結局長編ミステリというものが、本質理解できなかったように感じる。そして、本書のヒロインと天海は年齢も体格?も真逆で、大丈夫かよ、という気がしてきた。(しかし、千街晶之の解説は:髑髏の檻もそうなのだが:全然つまらない。ミステリ界にも、大森が登場することを切に願う)

 

 ●7335 ファンタジードール イヴ (SF) 野崎まど (早川文) ☆☆☆★

 

 

アニメ「ファンタジードール」の前日譚のノベラーゼイション、と言われても、さっぱり解らないのだが、野崎まどということで読んでみた。たった150ページ程度の、長編とも言い難い薄い本だが、今回の野崎の文体は、ラノベ風では全くなく、陰鬱な太宰といったような一人称であり、かなり読みごたえがあった。

そして、何より驚いたのは、これだけ見かけが違うのに、読んでいる間は間違いなく、これもまた野崎ワールドだと感じていた点だ。

ギャグやどんでん返し、けれんに満ちたラノベ風の野崎の文体の奥には、間違いなく、本書のような、陰鬱で無慈悲で超越した世界がある。ただ、それを今回は楽しめたかどうかは、若干疑問が残るのだが。

途中で挫折したが「NOVA+バベル」に収録された野崎の「第五の地平」は、チンギスハンと超ヒモ理論とベタなギャグを、宇宙SFで描いた??とんでもない作品だったが、これまた間違いなく野崎印で、その理系テーストは本書に繋がっている。

しかし、野崎というのは、いったいどういう天才なのだろうか。本当に底が見えない。

 

 ●7336 月世界小説 (SF) 牧野 修 (早川文) ☆☆☆★

 

月世界小説 (ハヤカワ文庫JA)

月世界小説 (ハヤカワ文庫JA)

 

 

いきなりゲイパレードが、黙示録となり、月世界への旅が、妄想のパラレルワードに誘うとんでもない作品。大勢の人々が本書を、「神狩り」「宇宙の眼」「脱走と追跡のサンバ」「言語破壊官」「エイダ」等々に比較しているが、僕は構造的に「果てしなき流れの果てに」とに相似性を強く感じた。特にラストの処理が。(あ、「デビルマン」も入ってるかな)

というわけで、個人的な著者のイメージを覆す力作、であることは間違いない。ただ、正直言って、今回は途中から良く解らなくなってしまった。なんだかわからないが、凄い気がするけど、やっぱりこの程度の理解では、あまり評価する資格はないだろう。

本題とは関係ないが、山田正紀の解説がメチャ面白い。関西の「四大福音」とは「ダジャレ」=田中啓文、「カメ」=北野勇作、「ジャアク」=小林泰三、「オサム」=牧野修、でよろしいでしょうか?