読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

2015年 2月に読んだ本

●7167 機龍警察【完全版】 月村了衛 (早川書) ☆☆☆☆

 

機龍警察〔完全版〕

機龍警察〔完全版〕

 

 

 五年前、機龍警察の薄い文庫本を読んだとき、センスの良さは感じたが、何せスカスカ
 で、次を読もうとは思わなかった。しかし、第二作「自爆条項」は堂々たるハードカバ
 ーで、内容も格段にグレードアップしていた。そして第三作「暗黒市場」は歴史に残る
 傑作となった。残念ながら第四作「未亡旅団」は少しトーンダウンしたが、これは「暗
 黒市場」が完璧すぎたからだろう。この四冊の僕の評価を10点満点でつけると、3-
 8-10-8、こんな感じかな。で、その3だったデビュー作を、大幅に加筆してハー
 ドカバーで出したのが本書。前半は文章をかなり直して、そこに伏線を埋め込み、後半
 は全く新たに書き下ろした、といってよい新しいエピソードが追加されている。結果3
 は8になった。そして、本書は巻末に著者のインタビューや自作解題、さらには書評等
 々が収められていて、丁寧なつくりがうれしい。ただ、それでも本書で描かれた姿の物
 語は、次なる大作のプロローグにすぎない。期待したい。(「暗黒市場」と「64」と
 「ソロモンの偽証」が上梓された12年が、いかに凄い年だったか、著者の言葉で思い
 だした。「64」もついに文庫化だし)

 

 ●7168 日本人の値段 (ビジネス) 谷崎 光 (小学館) ☆☆☆

 

日本人の値段: 中国に買われたエリート技術者たち

日本人の値段: 中国に買われたエリート技術者たち

 

 

 副題:中国に買われたエリート技術者たち。「三洋」のその後が知りたくなって、手に
 取ったが、ううん?という出来。冒頭二人のエンジニアのインタビューが描かれるが、
 確かに二人の実績は凄いが、変な人すぎる。まあ、普通の人はインタビューを受け付け
 ないようなので、仕方がないのかもしれないが、結局自分で起業して失敗し(まあ、こ
 こまでは良くある話)その借金を、大学生だった娘に、水商売で稼いで返してもらった
 話を、あっけらかんと語られても、こっちは引くばかり。その次は中国人ヘッドハンタ
 ーの話で、おいおい題名に偽りありじゃないか、と思った上、このヘッドハンターがし
 ょぼい上に肝心のことは当然しゃべらない。インタビューやNFにやたら著者の主観が
 はいってくるのも問題だが、ここまで単純に聞いただけ、というスタンスもあきれてし
 まう。で、最後は急に硬くなって、中国メーカーの対日戦略や中国の技術戦略が語られ
 るが、前者は全く題名と関係ない内容だし、後者は小難しい一般論で、著者のオリジナ
 リティーはどこにもない。ここまで書いて、どうやら僕は著者の作品を読んだか、途中
 で投げ出したことがある気がしてきた。たぶんその本の名は「てなもんや中国ビジネス
 が何かだったような気がする。これはもう僕のミスとしか言いようがない。反省。

 

 ●7169 物語 シンガポールの歴史 (歴史経済) 岩崎育夫 (中公新) ☆☆☆★

 

物語 シンガポールの歴史 (中公新書)

物語 シンガポールの歴史 (中公新書)

 

 

 アマゾンでの評判はすごく良いのだが、正直、物語としてはリーダビリティーが足りな
 い。物語と言うより、学術書=歴史の教科書である。もちろん、その分記述は冷静かつ
 公平で、怪物リー・クアンユーへのバランスのとれた距離感は(僕のようなリー・マニ
 アには熱さが足りないのだが)評価できる。独立から、リー・クアンユー、ゴー・チョ
 クトン、リー・シェンロンの三代の政権の記述は、正直それほど面白くないし、細かす
 ぎる。ただ、最終章の「シンガポールとは何か」は、力作だ。特に「宿命的構造と特質」
 「リー・クアンユーという存在」の2つの分析が、明瞭かつ論理的で素晴らしい。(た
 だ、シンガポールの自動車が日本車ばかり、というのは、違うだろう!と突っ込みたく
 なるが)シンガポールとマレーシアの関係(独立したのではなく、追放された)その安
 全保障(国民皆兵?)日本や中国へのアンビバレンツな視線。欧米への経済と政治の使
 い分け=ダブルスタンダード。若者の管理社会への反発。等々、それでも結構勉強には
 なった。「リー・クアンユー世界を語る」が、リー=シンガポール共時性であるなら
 本書はその通時性であろう。シンガポールを考えるとき、いつも僕の脳裏に浮かぶのは
 地中海の都市国家であり、貿易国家であったベネチアであった。マキアベッリをリーと
 会わせたかった。しかし、本書を読んで思うのは、シンガポールは日本が80年代に勘
 違いして失ったものを、徹底して追求し続けている国のように、見えてきた。いや、そ
 れともシンガポールのバブルもまた、やはりいつか崩壊するのであろうか。

 

●7170 オルゴーリェンヌ (ミステリ) 北山猛邦 (創元社) ☆☆☆★

 

 

 「少年検察官」シリーズ第二弾で、あちこちで評判の高い作品、だったのだが、正直言
 って、好感は持てるが傑作とはちょっと言いにくい。プロローグが全体の世界の説明お
 よび通奏低音になっているのは、なかなかうまいと思う。ただ、やはり少年検察官の活
 躍するミステリが禁止された世界、というのはファンタジー嫌いの僕にはちょっとつら
 い。主人公二人のキャラもイマイチ。(これってBL?)またこれは作者の特徴かも知
 れないが、トリックが物理的、機械的すぎてつまらないんだよね。まあ、ラストでそれ
 は意外な犯人につながるんだけれど、最近このパターン結構読んだので意外性はないし、
 そもそもかなり無理な設定だと思う。で、やっぱり全体に長すぎる。もう少しシンプル、
 かつシャープにすべきだと思う。最後、ひっくり返し過ぎた気がするなあ。

 

●7171 ラストワルツ (ミステリ) 柳 広司 (角川書) ☆☆☆☆

 

ラスト・ワルツ (角川文庫)

ラスト・ワルツ (角川文庫)

 

 

シリーズ第四弾。短編が2つと中編が一編。ちょっと量的には物足りないが、映画化も
 あってしょうがないのかもしれない。冒頭の「アジア・エクスプレス」は、非常にオー
 ソドックスで、「ロシアより愛をこめて」的シチュエーションで、論理的なスパイ・パ
 ズラーが描かれる。ただ、子供の使い方等々、細かいところがイマイチな感じ。ラスト
 の中編「ワルキューレ」も凝ったつくり(冒頭のシーンはハリウッド映画みたいだし、
 それがもう一度現実に繰り返されるところなど確かに凝っている)なのだが、ちょっと
 複雑にしすぎて、リアリティーが足りない。個人的には中に挟まる掌編の「舞踏会の夜」
 がベスト。あの結城中佐の若かりし時代の恋?という設定。まあ、はっきりと描かれて
 はいないんだけれど。ストーリーは一番単純なのに、ラストをリドルストーリーらしく
 処理したのが効果をあげている。というわけで、シリーズベストとは言わないが、ギリ
 ギリ及第点。少なくとも最近の著者の作品の中では、一番の出来。題名から最終話かと、
 思ってしまったが、まだまだ続きそうなので、大事に書き続けてほしい。(たまたま前
 作「パラダイス・ロスト」の所感を読んだら、結城中佐の過去の謎を描いた「追跡」が
 ベストと書いてあり、嫌になってしまった)

 

 ●7172 奴隷小説 (ファンタジー) 桐野夏生 (文春社) ☆☆☆☆★

 

奴隷小説

奴隷小説

 

 

 桐野は長編の女王と勝手に決めつけていて、短編集も読んだはず(基本的に、彼女の小
 説は全部読んでいるはず)なのだが、全然印象がない。というわけで、本書が短編集だ
 と気づき、さらにその薄さに気づいたとき、いつもの期待は萎んでしまった。申し訳な
 い。やはり今回も女王様の実力に脱帽だった。テーマは題名通り奴隷。(さらに言えば
 「残虐記」のような監禁)しかし、そこには全くリアリティーはない。奴隷という言葉
 が解体されてしまい、その本質的な意味が、作者の信じられない想像力で、とんでもな
 い角度から、異形の世界の物語が語られていく。そして、そのダークファンタジーとも
 言うべき黒い寓話は、圧倒的な迫真力で読む物の脳髄に侵入してくる。長編での圧倒的
 な書き込みを、徹底的に凝縮し、ブラックホールのように圧力をかけて創り出した短編
 集だ。そして、そこには知性も慈愛も全く存在せず、無制限な欲望の暴力があるのみ。
 冒頭の「雀」も、次の「泥」も、容赦なく削られた短さに、体が脳髄が痺れてしまう。
 (前者はまるで筒井の「幻想の未来」であり、後者は正にイスラム国かボコハラムであ
 る)そして「神様男」は、現在のAKB現象?の気持ち悪さを見事に射抜いている。何
 という素晴らしい意地悪さか。その次の二編は、正直失敗作と思うが(何か中途半端)
 ラスマエの「告白」の歴史の闇の深さに驚愕し、ラストの「山羊の目は空を青く映すか」
 は見事なダークファンタジーだ。長編の女王桐野は、いつの間にか短編の女王でもあっ
 た。凄い。やはり、今一番目が離せない作家は桐野で決定である。

 

 ●7173 雨に泣いてる (ミステリ) 真山 仁 (幻冬舎) ☆☆☆☆

 

雨に泣いてる (幻冬舎単行本)

雨に泣いてる (幻冬舎単行本)

 

 

 あの「ハゲタカ」の原作者の初読みが、東北大震災を描いたミステリである本書、とい
 うのが、良かったのかどうか解らない。何度も書いたのだが、基本的にビジネス小説が
 嫌いだし、「ハゲタカ」は、矛盾するようだが、映像作品が完璧すぎて、敢えて小説を
 読みたいとは思わなかった。本書は、前半はたぶん真山版「クライマーズハイ」である。
 やり手の新聞記者の主人公と、新人わがままお嬢記者(社主の孫)の、震災現場の悪戦
 苦闘とリアルな災害情景描写で、一気に読ませる。ところが、本書は後半に入ってミス
 テリとなる。ミステリとしての謎はシンプルなのだが(最後にひっくり返そうとするの
 は、蛇足だろう)その動機は不可解だし、何よりこの殺人の謎は、ジャーナリズムの本
 質=真実を描くべきか、現実の安寧を優先させるべきか、という究極の選択を読者に鋭
 く迫る。(さらに言えば、贖罪はあり得るのか)最初、ちょっと薄いんじゃないと思っ
 たのだが、やはりその密度は稠密で、これ以上長くするわけにはいかないだろう。問題
 は、ラストの処理である。これまた皮肉な意外性は十分だが、何か割り切れないものが
 残ってしまう。そこが「クライマーズハイ」に及ばない気がする。そうは言っても、著
 者に対する僕のイメージを一変させる力作であることは確かだ。

 

●7174 どこの家にも怖いものはいる (ホラー) 三津田信三 (中公社)☆☆☆☆

 

どこの家にも怖いものはいる

どこの家にも怖いものはいる

 

 

 読み終えて思う。何という題名(に隠された、レッドヘリング)だろうか、と。そして
 三津田という作家は、自分が思っている以上に、ミステリに淫してしまったホラー作家
 ではないかと。本書は、著者自身が登場するノンフィクションという形をとっており(
 途中で挟まれる「幽女の如き怨むもの」の執筆状況が、やけにリアルで興味深い)ある
 編集者との邂逅の間に、五つのホラー短編が挟まれる。(疑似ノンフィクションという
 以外にも、小野不由美の「残穢」を想起させる部分が多々ある)そして、最終章でその
 5つのホラーの共通点=ミッシングリンクが明かされるのだが、これがもう全然ホラー
 っぽくなくて、まさにパズラーであり、その上無茶苦茶強引!なのである。というわけ
 で、最初の三話「向こうから来る 母親の日記」「異次元屋敷 少年の語り」「幽霊物件
 学生の体験」は、ホラー単独としても良く出来ていると思ったのだが、ラストでちょっ
 とバカ・ホラっぽくなってしまったか?という感じ。まあ、それも面白いのだが。

 

●7175 探訪 名ノンフィクション (書評) 後藤正治 (中公社) ☆☆☆☆

 

探訪 名ノンフィクション

探訪 名ノンフィクション

 

 

 丸善の本棚で見つけて、スマホで速攻図書館に予約。最近、このパターンが増えてきた
 が、これもまたショールーミングと呼ぶのかしら。探訪という名から、舞台となった場
 所を訪れるのかと思ったら、これまで後藤が感銘を受けたノンフィクションの作品の解
 題であり、正直作品によって思い入れの違いを感じた、がチョイスはなかなか良い。も
 ちろん、僕が聞いたことのない作家、作品もあるのだが、これによって僕のノンフィク
 ションの好み、というのが明確になった。僕の好みは、一にスポーツ、そして芸術、歴
 史・政治・戦争、そしてビジネス、という感じであり、(しかも、庶民ではなくヒーロ
 ーが好き)本書なら、まずは沢木の「一瞬の夏」であり、佐野の「カリスマ」であり、
 最相の「星新一」であり、大崎の「聖の青春」である。一方、例えば本書の冒頭で後藤
 が挙げる、日本ノンフィクションの長男、柳田邦男だと医療や事故、すなわち生と死が
テーマとなり、僕としてはノンフィクションで敢えて読みたいと思わないのだ。(もう
 一人の大物、立花隆も、僕なら「田中角栄研究」ではなく「宇宙からの帰還」となる)
 しかし、本書の最大の魅力は、巻末の著者と沢木の対談である。これを読めただけでも
 満足だ。ずっと後藤は沢木とは真逆のNF作家だと感じていたのだが、まさにその対談
 では沢木=鋭角、後藤=鈍角と形容されていて、腹に落ちた。(後藤の傑作とされる、
 「牙」「スカウト」「チャスラフスカ」といった作品は、僕にはエッジの立っていない
 鈍角な作品に感じたのだ)ここでは沢木はヤンチャな弟に徹していて、不器用でストイ
 ックな後藤が、実は沢木を羨ましがっている感じが、うまく表現されている。で、ここ
 で僕は、不器用、ストイックこそが「バーボンストーリー」や「チェーンスモーキング」
 の沢木の本質だったはずなのに、と騙された気がしてしまうのだ。

 

●7176 叛 徒 (ミステリ) 下村敦史 (講談社) ☆☆☆★

 

叛徒

叛徒

 

 

 「闇に香る嘘」に続く、乱歩賞受賞後第一作。素人が言うのもおこがましいが、デビュ
 ー作以上に、第二作は作家にとって重要だと思う。正直、ここで消えてしまう作家も多
 いだろうし、一方では第二作でいきなり「亡国のイージス」を書いてしまった福井晴敏
 みたいな作家もいる。(最近では、葉真中顕の第二作「絶叫」が記憶に新しい)個人的
 には、「闇に香る嘘」は一発大トリック小説に見えたので(弱点ありまくり)正直あま
 り期待していなかったのだが、読了して思うのは努力賞という感じ。これでブレイク!
 と言うほどではないが、かと言って駄作ではなく、それなりに読ます。特に主人公が新
 宿署の中国語の通訳警察官、という設定がやけにリアルで、彼が陥る究極のピンチにこ
 ちらの心もヒリヒリ痛い。ところが残念なことに、この主人公の行動(考え方)が、グ
 ラグラするのだ。義父と子供に対して、こう対応が違うと、どうにも読んでる方が落ち
 着かない。また、著者は確か常連?応募作家だったせいか、ちょっとけれんがきつくて、
 しかもそれが空回りしてしまう。本書では、オミヤ&ヒロインの造型と扱いがあんまり
 で、鼻白んでしまった。また、結局みんな○○○でした、というオチも、ちょっと残念。
 まあ、義父に関するどんでん返し(未満?)は、ほっとさせる出来だけれど。というわ
 けで、次作を追いかけるかは微妙な出来。そういう意味では、川瀬七緒に似ている感じ
 かな。

 

●7177 おとなの教養 (社会学) 池上 彰 (NHK) ☆☆☆

 

 

 リベラルアーツ=教養の本質と重要性、さらには日本における壊滅状態から東工大で教
 鞭をとるに至る経緯を描いた序章は素晴らしく、わくわくした。(すぐに役に立つこと
 は、すぐ役に立たなくなる)しかし、読みだして違和感。この程度で教養と言っていい
 んですか?正直、内容はほとんど知っていることばかり。しかも、説明が分量足らずの
 上に、宇宙の説明の中心がヒックス粒子だったり、かなり恣意的。これじゃ理論的な雑
 学辞典というレベルで、個人的にはとても教養とは呼びたくない。まあ、こっちは小室
 直樹や数々のその道の碩学から学んでいるのだから、本書のターゲットではない、と言
 われれば、それまでなんだけれど。アマゾンでも高得点だし、これが日本の知的現状な
 のかもしれないが。それでも、著者が選んだ7つの項目が(たぶん東工大相手だから?)
 理系に片寄りすぎている。1、宗教はわかるが、2、宇宙、3人類の旅路、4、人間と
 病気(ジャレド・ダイヤモンドの影響?)は、科学とひとくくりにして、①物理学(量
 子力学)、②生物学(進化論)、③心理学、くらいにわけてもらうと解り易い。次の5、
 経済学は当然だけど、中身は全く物足りない、6、歴史もそう。で、歴史・経済ときた
 ら、政治がいるだろうし、その他、思想哲学や美術芸術も教養には必須でしょう。最後
 の7、日本と日本人、に関しては教養として内外の基本日本人論をきちんとあげるべき
 だろう。『代表的日本人』『武士道』『菊と刀』『「いき」の構造』『タテ社会の人間
 関係』『甘えの構造』『中空構造日本の深層』等々いくらでもあるが、個人的には船曳
 健夫の『日本人論再考』がメタレベルでベスト。

 

●7178 災厄の町 (ミステリ) エラリイ・クイーン (早川文) ☆☆☆☆★

 

災厄の町〔新訳版〕

災厄の町〔新訳版〕

 

 

 この数年、古典ミステリの新訳が盛んとなり、特にクイーンは早川、創元に角川が殴り
 こんだ形で、色々バージョンが出ている。そのこと自体は、良いことなのだが、正直古
 典ミステリの再読は、こんなはずじゃ・・・と言うことが多くて(もちろん、その多く
 は、こちらの変化のせいなのだが)怖くて、なかなか手に取れない。特にクイーンは「
 Xの悲劇」(まあ、これは初読の印象もそれほど良くない)そして、中学時代クイーン
 名義の最高傑作と思った「ギリシア」も(もちろん傑作だが)当時の感動はもはや甦ら
 なかった。しかし、本書は違う。感嘆のため息をついてしまう傑作だ。もともと「災厄
 の町」は、御存知の通り、クイーンが今までのパズラーを脱却して、文学的なミステリ
 ?に挑戦したライツヴィルものの第一弾。ということで、少年時代の僕はそれだけで、
 裏切られた感が強くて(ミステリ的にもイマイチな気がして)、初読時には良い印象が
 無かった。何という、子供っぽさか。本書はとても1942年の作品とは思えない、あの国
 名シリーズのクイーンとは思えない、重厚でありながら、生き生きとした、素晴らしい
 ミステリなのだ。越前敏弥の本当に感心してしまう名訳によって、何と40年ぶりに、
 僕のクイーン観は、大転換を余儀なくされてしまった。クイーンは素晴らしく、文学的
 だったのだ。特にヒロイン、パットの造型が良く出来ている。確かにトリックは今のレ
 ベルから見れば、解ってしまう人も多いだろう。それでも、きちんと伏線は張られてい
 て、パズラーとしても好感が持てる。そういう意味では、本書は「赤毛のレドメイン家」
 に似ている。(そのわりには、乱歩が褒めていた記憶はないが)いやあ、越前さんライ
 ツヴィルものを全部、訳してくれませんか?

 

 ●7179 儒学殺人事件 (歴史) 小川和也 (講談社) ☆☆☆★

 

儒学殺人事件 堀田正俊と徳川綱吉

儒学殺人事件 堀田正俊と徳川綱吉

 

 

 昨年、日経の書評で取り上げられ、評判になった本書が、ひょんなことから図書館で入
 手できた。ただし、本書は歴史ミステリではなく、結構硬い歴史研究書である。テーマ
 は、綱吉の時代の殿中刃傷事件、と言えば忠臣蔵だが、本書では大老堀田正俊が殿中で
 刺殺されてしまうのである。しかし、大老が暗殺とは穏やかではないのに、この事件は
 どんな歴史書でも、なぜかほとんどとりあげられない。で、著者は大老正俊の諫言を嫌
 った綱吉が、人を使って暗殺させた、とするのだ。そして、その裏には、二人の儒教
 の違いがあり、だから「儒教殺人事件」というわけだ。そして、本書が注目されたのは
 最近、あの犬公方徳川綱吉が名君だった、という説が力を持ち出しており(アカデミッ
 クではないが、「逆説の日本史」もそうであり、確かめてみたがこの事件はスルーされ
 ている)それに対するアンチテーゼ、ということらしい。ただ、せっかく切り口は素晴
 らしいのだが、正直読み物としては、硬くて読みづらい。著者は当たり前だ、これはエ
 ンタメではない、と言うだろうが。もちろん。

 

 ●7180 フォックス家の殺人 (ミステリ)エラリイ・クイーン (早川文)☆☆☆☆

 

フォックス家の殺人

フォックス家の殺人

 

 

 というわけで?(よせばいいのに)越前さん(はらちゃんじゃないよ)の翻訳が待ちき
 れず、図書館で旧訳(青田勝、まあ僕は創元派だったので、クイーン=井上勇、鮎川信
 夫だったのだが)を借りてきて、読みだした。というのも、ライツヴィルもの第二作の
 本書は、大学生時代は絶版で、確か推理研に入って、最初に先輩(たぶん三輪さん)か
 ら借りて読んだ本で、すごく感動したわりには、ちっとも内容を覚えていない、という
 本だったから(なんのこっちゃ)である。かなり、くたびれたHPMで、薄い割には後
 半のどんでん返しの連続に感動した、という記憶は、本物か捏造か。で、読了して、改
 めて青田訳は、クールだけれど味気なく感じた。越前訳の文学的な豊饒さは、ここには
 ない。ただし、45年の作品、ということで、その戦争の悲惨さと、当時のはやり(ヒ
 ッチコック的)のニューロティックな雰囲気は良く出ていて、なかなか読ませることは
 間違いない。また、パット夫婦を始め、前作の登場人物も時々出てきて、ライツヴィル
 サーガとして、街が動き出していることもまた間違いない。(ただ、このエラリーの捜
 査方法、いくら45年でも、可能なのだろうか)しかし、ミステリとしての謎は、前作
 と似ている(夫による妻の毒殺)のだが、正直ひっくり返し過ぎて、論理に切れ味がな
 いのだ。当時の僕は、こんな論理で納得したんだ。というわけで、これは「災厄の町」
 とは逆に、ミステリ部分に今回は物足りなさを感じてしまった。でも、やっぱりライツ
 ヴィルものはいい。この年齢になって読むと、意外にいいのだ。しかし、次はあの後期
 クイーン問題の問題作「十日間の不思議」だ。高校時代、HPMで読んだときは途方に
 暮れてしまった。ここは、越前さんを待つべきだろうか。

 

●7181 池上彰の「経済学」講義 歴史編 (角川書) ☆☆☆☆

 

 

 池上の愛知学院大学での講義(8回)を文章に起こしたもので、テレビ東京で放映され
 たようだ。読書にあんまり仕事を交えたくないのだが、このところ若者に日本の戦後史
 を通時的に理解させるための歴史書を探していて、やっと納得いける本に出会った感じ
 だ。正直400ページ近くあって課題図書としては、どうかなあ?と思ったのだが、し
 ゃべり言葉で書かれているので、すらすら一気に読める。本書の副題は、戦後70年、
 世界経済の歩みとあるが、これは日本経済の歩みのあやまり。経済を真ん中に置きなが
 ら、政治、外交、風俗、等々過不足なく描かれている。ただし、本書の内容の95%は
 僕らにとっては常識の範疇であり、50代の人間が読んで面白いか、と問われればそれ
 はまた別の話だけれど。戦後の復興、高度成長、バブル崩壊、そして現在、という流れ
 を通時的に理解せずに、共時的に語る日本礼賛本の氾濫に、池上も危機感を抱いていて
 そこに大きく共鳴する。これまた通時的に鑑みれば、かつての自虐的日本人論の氾濫の
 揺り戻しにすぎないのだが。また、現在の宗教的アノミー状態を理解するには、9・1
 1だけではなく、戦後の冷戦レジュームとその崩壊を理解することが必須(特にウクラ
 イナ)であり、そこも過不足なく語ってくれている。たぶん、池上の問題意識は、僕に
 非常に近いのだと思う。僕らは、船が沈めば洞爺丸を思い、火事になれば大洋デパート
 やニュージャパンを思う。爆破テロがあれば三菱重工爆破事件を思い、学生デモがあれ
 ば安田講堂を思う。本書にも描かれるように、かつて日本の列車のトイレは垂れ流しで
 あり、立ちション、唾吐き、も東京オリンピックまでは常識だった。そして、繁栄の陰
 の公害事件。池上の書く「悲惨な公害を経験したからこそ、世界に貢献できる」という
 主張こそ、僕がこの10年近くいつも考えていたことだ。平和主義を語るのもいいけど
 やはり、こういう具体的な世界貢献(公害防止技術の供与)こそ、大事なのではないか
 とつくづく思うのだが。ちょっとポリティカルな文章になりすぎたので、これにて終了。

 

●7182 本質思考 (ビジネス) 平井孝志 (東洋経) ☆☆☆★

 

本質思考: MIT式課題設定&問題解決

本質思考: MIT式課題設定&問題解決

 

 

 副題:MIT式課題設定&問題解決。本質思考をどう教えるか、というのもこのところ
 大きなテーマであって、本書はMITの「システム・ダイナミクス」というメソッドを
 活用していて、評判が良いので読んでみたのだが、微妙な読後感。本質=モデル+ダイ
 ナミズムというのは良く解るのだが、それを抽出するための方法論が、ちょっとごちゃ
 ごちゃ煩雑で、スマートじゃないのだ。たぶん、これを使いこなすには、かなりの経験
 =場数がいるだろうなあ、と感じた。細かい挿話には、同意することも多々あるのだが
 ケーススタディ自体が、残念ながらピンと来ないものが多いのだ。個人的には、本質=
 構造だと思っているのだが。

 

●7183 松谷警部と目黒の雨 (ミステリ) 平石貴樹 (創元文) ☆☆☆☆

 

松谷警部と目黒の雨 (創元推理文庫)
 

 

 順番が逆になってしまったが、こちらがシリーズ第一作。で、内容は次作と非常に似て
 いる。いまどき珍しい純粋論理のパズラーであり、スポーツ(次作はカーリングだが、
 今回はアメフト)がテーマで、犯人の設定に一工夫がある。ただ、やなり本書も展開は
 地味だし、松谷警部の妻以外のキャラがたっていないし、登場人物が多くて、途中で面
 倒くさくなる。また、シンデレラの魅力がイマイチ良く解らないし、今回の犯人の動機
 は、あまりにも偶然すぎる気もする。というわけで、正直ちょっと甘い評価なのだが、
 やはり著者には今後も地道に頑張ってほしいので、この採点とした。

 

 ●7184 刑事群像 (ミステリ) 香納諒一 (講談社) ☆☆☆★

 

刑事群像

刑事群像

 

 

 性懲りもなく、また警察小説を読んでしまったが、香納の新作だとやっぱり手が出てし
 まう。個人的には、今もっとものっている作家であり、そのわりには「幸」も「無縁旅
 人」も、あまり評価されなかったことに、憤りを感じている。今回は「贄の夜会」(傑
 作です)「無縁旅人」の大河内と、「刹那の街角」(懐かしい)の庄野という二人のデ
 カ長が、合同捜査をする物語なのだが、その結果刑事の数がやたら多くて、殺された元
 刑事以外はあまりキャラがたってなくて、「刹那の街角」のテーストが強い。まあ、だ
 からこそ、このタイトルなのだろうが。また、謎の方は相変らず何段階も良く考えられ
 ているのだが、今回は残念ながら意外性に乏しい。展開もちょっとストレートすぎる。
 というわけで、期待が大きかったせいもあるが、今度は厳しめの評価となった。

 

●7185 我が心の底の光 (ミステリ) 貫井徳郎  (双葉社) ☆☆☆★

 

我が心の底の光

我が心の底の光

 

 

 最近の貫井は良く言えば、一作ごとに何を書くか解らない作家だが、悪く言えばはやり
 の題材を自分流に料理し続けているように思える。しかも、その味付けは奇を衒いすぎ
 て、どうも僕にはうまいと思えないものが続いている。今回も主人公の生い立ちは「神
 の子」を思い出させ、その内面を描写しないクロニクルは「白夜行」を思わせる。また
 最後まで、主人公の行動=犯罪の動機が解らないのは、「市民ケーン」の薔薇の蕾以来
 の古典的パターンでもある。もちろん、貫井のリーダビリティーはもはや熟練の域に達
 しており、そういう意味ではラストまでは満点なのだが、今回もラストで腰が砕けてし
 まった。一見、主人公の犯行の動機は、面白くはあってももはやある種のパターンであ
 る。しかし、曲者貫井はここにとんでもない罠を仕掛けてくるんだけれど、いやあもう
 これはバカミスの範疇。真面目な顔して、何ということをやるのか。貫井以外なら本を
 投げ出したかもしれない。そして、それが論理的に導いてしまうカタストロフィー。こ
 れまた理屈は分かるが、これでは究極のイヤミスだ。(本書の本質は、鶴の恩返し、贈
 り物の交換にあると、後で気づいた。そう考えると、衝撃?のラストの説得力もあがる
 のだが、やっぱり嫌な話なので、評価は変えないことにした)

 

 ●7186 野辺に朽ちぬとも (歴史小説) 細谷正充編 (集英文) ☆☆☆★

 

 

野辺に朽ちぬとも 吉田松陰と松下村塾の男たち (集英社文庫)

野辺に朽ちぬとも 吉田松陰と松下村塾の男たち (集英社文庫)

 

 

 まあ便乗本なんだろうが、副題は「吉田松陰松下村塾の男たち」である。編者がラス
 トに松陰伝として「松風の道」を書下ろし、五篇をその前に配した短編集。冒頭は大所
 海音寺潮五郎の「吉田松陰」であり、これは王道である。ただ、海音寺は過去の作家と
 するには、文体が瑞々しく、いつか西郷隆盛あたりを読まなければ、といつも思う。続
 く地元作家古川薫の池田家事件(吉田稔麿)「三条河原町の遭遇」も悪くないが、次の
 池波正太郎の晋作を描いた「若き獅子」が違和感ありまくり。征夷大将軍の掛け声が、
 将軍に感動して、なんてほんまかいな?江戸人の書いた幕末はどうもいまいち。次の南
 条範夫の「小五郎さんはペシミスト」も、ユニークだけれど、著者特有の爬虫類っぽい
 ?肌触りがぞっとする。そして、最後の羽山信樹の「博文の貌」は、ちょっとけれんが
 勝ちすぎている気がした。というわけで、全体としてはちょっと物足りない。編者とし
 ては、末國善巳の方が上かな。(個人的には、松陰&晋作に関しては「世に棲む日々」
 の影響が一番大きいことを痛感した。だから、未だに松陰は篠田三郎だし、晋作は中村
 雅俊なのだ。まあ、今松陰をやっている伊勢谷は、龍馬伝では晋作を演じて、どっちも
 良かったんだけれど、やっぱインプリンティングの力は大きい)