2014年 10月に読んだ本

 ●7078 土漠の花 (ミステリ) 月村了衛 (幻冬舎) ☆☆☆☆

 

土漠の花

土漠の花

 

 

「機龍警察」で大ブレイクした著者だが、それ以外の作品にはどうも違和感ばかり感じていた。しかし、今回は前評判がかなり高い。期待は高まるのだが、一気に読了後やや複雑な読後感。

確かに面白い。でも、ここには「機龍警察」に色濃くあった、キャラクターそれぞれの陰影深い物語はほとんど姿を消し(断片的なエピソードは色々語られるが)アクションのみに絞り込んだ、ジェットコースターノベルの面白さのみがあるのだ。

もちろんわざとやっているのだろうが、正直この手は一回で十分という気がした。海賊対策のためジブチに派遣された自衛隊員12人と、そこに逃げ込んだ女性一人、さらにその女性(及び自衛隊員全員)を皆殺しにしようとする武装集団の戦いに次ぐ戦い。

あまりにも旬でセンシティブな内容に、濃い人間ドラマは不要、ここは徹底的にリアルに戦いを描き切ろう、そういう著者の意図はよくわかるのだが、これでは小説として何か足りない気がしてしまうのだ。

 

 ●7079 ヴァロア朝 (歴史) 佐藤賢一 (講現新) ☆☆☆☆

 

 

カペー朝」に続く、フランス王朝史2。正直、フランスというか西洋王朝史を読むとルイだとかヘンリーとか同じ名前が頻発して、頭がこんがらがってしまう。(日本にはなぜ信長二世や家康二世がいないのだろうか?)

しかし今回は違う。なにせ、あのシャルル五世+デュ・ゲクランコンビ、そう著者の最高傑作「双頭の鷲」の物語から始まるだ。そして、次は結構冷たく描かれるが、あのジャンヌ・ダルク、すなわち「傭兵ピエール」の時代である。更に言えば、本書の前半は著者の傑作「英仏百年戦争」の時代そのものなのである。

というわけで、前半はもう一気に読み上げたのだが、後半はやはりなかなか名前が良くわからなくて、往生した。ただ、本書の肝である、豪族の王(個人商店)から国民国(株式会社)としての、フランスの誕生こそが「ヴァロア朝」であった、ということは良くわかった。カエサルが欧州を作ったように。

 

 ●7080 暗い鏡の中に (ミステリ) ヘレン・マクロイ (創元文) ☆☆☆★

 

暗い鏡の中に (創元推理文庫)

暗い鏡の中に (創元推理文庫)

 

 

読みながら思いだした。そうか、本書は○○ペ○○○○ーの物語だったんだ。これはもう心理学ミステリを越えて、オカルトミステリになってしまった。しかも、止めのオチはあの名作ミステリと同じなのだ。

これでは20代の僕が本書を評価しなかったのも良くわかる。僕は、その名作ですら評価しないくらい、オカルトミステリが当時は嫌いだったのだ。

で、今回はというと、どうも駒月雅子の新訳も、あまり効果が無く、やはりそれほどの傑作とは思えなかった。何のことはない、結局「逃げる幻」が一番面白かったのだ。

 

●7081 逆説の日本史20 (歴史) 井沢元彦 (小学館) ☆☆☆☆★

 

 

副題:西郷隆盛と薩英戦争の謎。結構、西郷を勉強したので、再読。そうすると、やはり、理解度が全然違う。何かメガネの度が合ったというか、カメラの解像度が格段にあがったというか。

そして、つくづく思うのは、本シリーズにおける井沢の視野の広さとバランスの良さ。また、たまたまHNKで、高杉晋作の特集を見た後だったので、それも役に立った。晋作に関する井沢の仮説は、ほとんど当たっている気がする。さあ、次巻はとうとう「薩長同盟」締結、かな?龍馬を井沢は、どう描くのか。

 

 ●7082 アヤツジ・ユキト 2007-2013 (エッセイ) 綾辻行人講談社)☆☆☆☆

 

アヤツジ・ユキト 2007-2013

アヤツジ・ユキト 2007-2013

 

 

このシリーズ(あらゆる媒体に書いた小説以外をまとめたもの)は、第一集を読んでい
るのだが、正直何の印象も残っていない。また、同じコンセプトの北村の作品も、そん
なに面白くなかった。ただ、今回は内容以上にひとつひとつの文章がこころに沁みた。

というのも、今更なのだが、著者も、そしてたぶん一番登場回数の多い有栖川有栖も、そして僕も、同じ年、何と55歳なんだよね。それをいやが上にも痛感してしまう文章があちこちにあり、なにかしみじみとしてしまった。

まあ、もはや時は戻らない。このまま進むだけ、なのだけれど。(しかし、アナザーの漫画やアニメは、あのトリックをどう処理したのだろうか?気になってしょうがない)

 

 ●7083 突 変  (SF) 森岡浩之 (徳間文) ☆☆☆☆★

 

突変 (徳間文庫)

突変 (徳間文庫)

 

 

最近、大森の褒める作品に挫折することが続いていたのだが、今回は大当たり。これは大傑作。正直、最初は文庫で720ページという常識はずれの分厚さに引いてしまったのだが、読みだしたら止まらない、二日で読んでしまった。

SFとは言っても、本筋である突然転移(パラレルワールドの地球と、突然あるエリアが入れ替わってしまう)に科学的説明は全くなく、物語はコロコロ転がって、サバイバル(ポリティカル?)SFが、何とラストでは○○SFになってしまう。

これはもう山本弘ウルトラQの世界である。(最近の山本のように、自分の萌えを強要してこないのが素晴らしい)著者の作品は、あの「星界の紋章」の第一巻で挫折したのだが、こんなリーダビリティー十分の作品を書くんだ。

本書は基本は群像劇だが、何人かの主要キャラクターがおり(珍しく子供の使い方に感心してしまった)その描き分けは素晴らしい。(とんでも市会議員のおばさんが大爆笑)こんな分厚さなのに、たった3日間の物語。これはもう続編を期待するしかないのだが、こんな文庫本売れるのかなあ?

 

 ●7084 繁栄の昭和 (SF) 筒井康隆 (文春社) ☆☆☆☆

 

繁栄の昭和

繁栄の昭和

 

 

小さな判型で薄いうえに文字もスカスカ。巨匠、最後?の短編集としてはテンションが上がらなかったのだが、冒頭の「繁栄の昭和」と「大盗庶幾」が、何と良く出来た乱歩へのオマージュ作品であり、一気に読み終えた。(こういう手があるんだ。小林の「うらなり」を思い起こした)

正直、意味が解らない作品もあるのだが、他では「つばくろ会からまいりました」が、ちょっと泣かせる出来。まあ、最初のパターンで連作としてくれた方が好みだが(筒井が正史や清張を描いたら、どうなる?)これで満足しないと罰が当たるか。

 

 ●7085 ダブル・フォールト (ミステリ) 真保裕一 (集英社) ☆☆☆☆

 

ダブル・フォールト

ダブル・フォールト

 

 

かなりベタなイソ弁の成長物語。裁判シーンが多いのだが、さすがに読ませる。また、テーマは被害者の人権と渋いところを突いてきた。弁護側が、殺された被害者がいかにひどい人物だったのかということを、法廷でこれでもかと暴き、その娘が恨みを抱いて、主人公にストーカーのように嫌がらせを繰り返す、というのは、実際にありそうで、結構怖い。

ただし、途中まで主人公の軟弱?な正義感にイライラしてしまったのだが、ラストで真相が明らかになり、物語はネガとポジが入れ替わる。と思っていたら、さらにもう一段奥があり、さすが真保という出来。伏線の張り方が、やっぱり人にやさしい。(そういう意味では、佐方シリーズを彷彿させる)

著者の復調は間違いない。ただ、本書は初期の小役人シリーズを思わせるので、ここは「ホワイトアウト」や「奪取」のような大作を期待したい。そう、漢字二文字がいいな。

 

 ●7086 悪意の糸 (ミステリ) マーガレット・ミラー (創元文) ☆☆☆★

 

悪意の糸 (創元推理文庫)

悪意の糸 (創元推理文庫)

 

 

黄金時代と現在全盛のサイコスリラーの間(50年代)に、心理サスペンスというか、ニューロティックなミステリの隆盛があり、それを担ったのが、ミラー、マクロイ、アームストロング、といった米国女性ミステリ作家であり、その中でも実力はミラーがダントツ、というのがずっと僕の考えだった。

(代表作は「狙った獣」「見知らぬ者の墓」というところだろうが、良く考えると読んだかどうか記憶が曖昧な作品が多い)

そのミラーのひさびさの新訳(51年の作品だが)が上梓された。あっけないほどのコンパクトな長さで、三人の全くタイプの違う女性の悪意が綾なす強烈なサスペンスで一気に読ませる。新訳(宮脇裕子)のせいか、文章は素晴らしい。

ただ、ミステリとして観ると登場人物が少ないので、意外性がなく、小粒というしかない。それでも、ラストの犯人の独白には(たぶん、この部分=社会が求める主婦像への反発、が著者が一番書きたかたことで、それはすなわち30年の時を経過し、日本でも繰り返す)戦慄を感じた。

しかし、一方ではイースターという刑事の描き方が、あまりにもエキセントリックだしルイスという鬼畜?野郎の描き方も、イマイチ説得力がない。

というわけで、一気に読んでしまったが(読んで損はない)評価はちょっと厳しめにしてみた。でも、どこかでもう一度ミラーをきちんと読んでみよう。やっぱり、一番レベルは高そうだ。

 

●7087 ずっとあなたが好きでした (ミステリ) 歌野晶午 (文春社) ☆☆☆☆
 
ずっとあなたが好きでした

ずっとあなたが好きでした

 

 

どこかで聞いた題名だなあ、と思いながら「サプライズ・ミステリーの名手が贈る恋愛
小説集……だが」と帯にあったので、これは当然仕掛けがあると期待して読みだした。

しかし、思ったより分厚い本で、13も短編が入っていて、冒頭の二編がイマイチで投げ出しかけた。しかし、読書メーターで確認したら、早くも著者のベストと絶賛の嵐。というわけで、何とか最後まで読み切った。

正直、独立した短編としては、傑作と思うものはなかった。(まあ、駄作もないが、後半はこれだけ雑誌連載で読んだら、意味わからんだろう?というのも若干あり)そして、ラスト三作あたりで、解ってくる驚愕?(笑撃?)の真相。

歌野の狙いが解ったとたん(そのヒントは世之介という名前)おいおい、よくそんなとんでもないことを考えたもんだ、と感心してしまった。しかし、それが大成功かというとかなり疑問。

たぶん、著者がこのアイディアを思いついたのは、収録された短編を何作か書いた後のはず。「新参者」と同じく、最初から計画していたのでは絶対ない。

したがって、あの「空耳の森」あたりに比べると、さすがに安普請で苦しすぎる。まあ努力賞をあげるにはやぶさかではないが、ミステリとしての構築美はちょっと難しい。

それでも、こんなことを臆面もなくやってしまった著者の稚気というか、ミステリ愛?に座布団一枚。たぶん、まもなくネットにネタバレ解説がアップされるだろうなあ。

 

 ●7088 まるで天使のような(ミステリ)マーガレット・ミラー(早川文)☆☆☆☆

 

 

さっそく読みだしたのだが、83年に翻訳された作品で、訳者は何とあの故菊池光。菊池と言えば、ライアル、フランシス、パーカーのイメージ(冒険小説・ハードボイルド)が強く、ミラーに合うのかしらん?と引いてしまった。また、だんなのロス・マクの「眠れる美女」を読んだときは、そのスカスカの訳文にがっかりした記憶もある。

しかし、読みだしたら止まらない。やはり、このころの菊池の文章は、シンプルで力強い。しかも、本書はミラーの作品では珍しい、私立探偵が主人公で、そのハードボイルドな訳文がぴたりとはまる。

ただし、舞台は何とカリフォルニアの宗教団体のコミューンであり(これはトリックと有機的に繋がっている)ただのハードボイルドではなく、ニューロティックな雰囲気が素晴らしい。

で、その見事なプロット展開で、あれよあれよと小さな街で起きた過去の事件が、次々とつながってしまう。そして、衝撃の真相。惜しむらくは真相が解ってから、ちょっとダラダラと書き過ぎた気がする。

その結果、ラストの衝撃が弱まってしまった。それさえなければ、旦那の「さむけ」にはさすがに届かないが、ある意味似たような衝撃の傑作となっただろう。残念。でも、本書の前半は本当に素晴らしく、真夜中まで読みふけってしまった。やはり、ミラーを読み続けよう。 

 

●7089 夢の樹が接げたら (SF) 森岡浩之 (早川文) ☆☆☆☆

 

夢の樹が接げたなら (ハヤカワ文庫JA)

夢の樹が接げたなら (ハヤカワ文庫JA)

 

 

著者のデビュー短編を表題とした、第一短編集。過去何度も挫折したのだが、「突変」をきっかけに今度こそ読んでみた。表題作は「星界シリーズ」からもわかる、著者の言葉へのこだわりを描いた力作ではあるが、残念ながら「あなたの人生の物語」や「言語破壊官」などと比べると、アイディアの描き方が平凡すぎる。

まあ、デビュー作にこれ以上求めるは酷だが。何かこの言語アイディアは、トラファマドール人の時間に似ている気がしてしまった。

しかし、しかし、本書を読んだ全員が、傑作かとんでもない鬼畜作かは別にして、話さずにはいられないのは「スパイス」だろう。しれっとした顔をして良くこんな作品を書けたものだと、本当にあきれてしまう。

しかも、途中救いのように見えた状況が、一気に暗転するラストの素晴らしさ、いや鬼畜ぶり。確かに具体的な残虐な描写はないのだが、この話を読んでしまった人は、必ず悪夢に唸らされるだろう。そう、この禍々しさ、鬼畜ぶりは、あの映画「ファニー・ゲーム」と相似だ。嗚呼。

 

 ●7090 どんでん返し (ミステリ) 笹沢左保 (双葉文) ☆☆☆☆

 

どんでん返し (双葉文庫)

どんでん返し (双葉文庫)

 

 

二人の会話のみでストーリーが進む6つの短編。なぜか81年に上梓された作品が、今頃文庫化された。(せめて、解説くらいつけてほしい)まさに題名通り、どんでん返しの連続なのだが、今更このパターンは珍しくない。

例えば井上夢人の「もつれっぱなし」などと比べたら、純粋なミステリがほとんどで、ある意味うれしくなってしまう。(しかし、81年と言えば、学生時代で、まわりに笹沢ファンが大勢いたのに、なぜかこの作品は記憶にない。忘れただけかもしれないが)

もちろん、それだけに今更驚くのは難しいのだが、「酒乱」「父子の対話」あたりには味がある。(後者は良く似た設定の小杉健治の法廷ミステリがあった)ラストの「皮肉紳士」は、何とダイニングメッセージで、笹沢はミステリが好きだったんだなあ、とつくづく思てしまう。そろそろ笹沢ミステリ全集でも誰か出してくれないかなあ。

 

●7091 悪 事  (フィクション) 小池昌代 (扶桑社) ☆☆☆☆

 

悪事 (扶桑社BOOKS)

悪事 (扶桑社BOOKS)

 

 

相変らず、うっとりするような文体の短編が8品。ただ、題名からわかるように今回はあの「弦と響」では、隠し味として使われていた「悪意」「意地悪さ」が、かなり前面にでてくる。

「当り屋」「不倫」「泥棒」「整形」「解剖」「二股」等々、それこそ「悪事」が次々描かれるのだが、著者の場合それはどこかオフビートで、箍が外れている。どこか現実感が薄く、ねじれている。妙にずれている。

そして、その現実感は最後の「湖」において、崩壊し喪失する。たぶん本書で描かれている世界は、今僕らが住んでいる世界ではないのだろう。

しかし、かすかに通奏低音として「震災」と「原発事故」が全編に流れている。著者のたくらみのすべてが解ったわけではないが、こんなうっとりとする文体で描かれると、何か強烈な酩酊効果がある。悪酔いしそうだ。

 

 ●7092 サンリオSF文庫総解説 (企画) 大森望牧眞司 (本の雑)☆☆☆☆★

 

サンリオSF文庫総解説

サンリオSF文庫総解説

 

 

70年末から80年代前半、という僕の学生時代とドンピシャでクロスして、サンリオSF文庫は颯爽と登場し、突然消えた。

とは言っても、僕はそのころSFは古典と早川がサンリオに対抗して出版したSFシリーズ(ハードカバー)に入れ込んでいて(普通サンリオ=ディックとなるのだが、僕はディックでもやはり早川の「パーマーエルドリッチ」や「火星のタイムスリップ」となってしまう。あ、でも短編集は良かった)

今回改めて数えると全197冊中(たぶん)19冊しか読んでいない。しかし、こうやって総解説を読んでいると、懐かしさに心が震えてしまう。(大森が自由国民社の「世界のSF文学総解説」で育った、と書いている部分では思わず涙)

というわけで、書き出したらマニア魂に火がついて、止まらなくなりそうなので、ここでベスト3。①ハローサマー・グッドバイ(僕にとってはサンリオ=マイクル・コニイである)②「逆転世界」(プリースト、ラストはちょっとずっこけたが、こういうテーマ大好きです)③時は準宝石の螺旋のように(ディレーニ、良くわからんが、題名からしてカッコイイ!)

次点去りにし日々、今ひとたびの幻(ボブ・ショウ、スロウ・ガラスに痺れた)そして、今回ケイト・ウィルヘルムの「鳥の歌いまは絶え」がどうしても読みたくなって、図書館を検索したら、何とサンリオ文庫はほとんど存在していなかった。嗚呼。

 

 ●7093 パレートの誤算 (ミステリ) 柚月裕子 (祥伝社) ☆☆☆★
 
パレートの誤算

パレートの誤算

 

 

今回は、田舎町のケースワーカーが主人公。生活保護貧困ビジネスというのは、いかにも著者らしいテーマで、市役所の所員たちを、等身大にリアルに(でも小さな矜持も込めて)見事に描き出す。

もはや文体に関しては、著者に注文はない。社会派ミステリとして、最適の文体を手に入れたと思う。ただ、ここにきて、ミステリとして見たときの弱さが目立ってきた。書き過ぎ、というほどではないのだが、何とか乗り越えてほしい。

本書の場合、ミステリの謎が単純すぎる上に、ミスデレクションが弱い。時計の件は、ちょっとなあ、という感じ。真犯人の設定も論理が甘い。小説としては十分楽しめたのだけれど、やっぱり著者にはミステリに拘って、横山秀夫を目指してほしい。いや、初期の小杉健治の方が作風が近いか。

 

 ●7094 下町ロケット (フィクション) 池井戸潤 (小学館) ☆☆☆☆★

 

下町ロケット

下町ロケット

 

 

やっと図書館の棚で見つけた。四年待ちました。もともと僕は、企業小説にあまり興味がない。荒唐無稽だと嫌になるし、そうはいってもリアルすぎても楽しめない。というわけで、著者の作品は乱歩賞受賞作ともう一作読んだきりだったのだが、その間に本書で直木賞受賞、さらには「半沢直樹」で大ブレイクしたのは、御存じのとおり。

で、箕浦さんからの勧めもあって、色々読もうとしたのだが、結局挫折。本書を待つことにしたのだ。結論から言うと、ごめんなさい。本書は大傑作だ。あらすじだけ聞いて、わかったような気になっていたのだが、何というかプロ(あたりまえだけれど)の熟練の作品の素晴らしさを、ひさびさにシンプルに感じて、心洗われる思いだ。

それでも、正直前半は如何にも半沢的な、勧善懲悪、白黒はっきりした物語で、「ルーズベルトゲーム」と同じく、特許訴訟がでてきたときは、正直投げ出しかけた。しかし、そこから佃製作所側が内部分裂するなど、物語は単純な予定調和をはみ出していく。しかも、それがリアルなのだ。

財前の父親が佃と同じく町工場の経営者だった、等々ちょっと御統合主義を感じる部分もあるが、まあここまで描いてくれれば何でも許す。後半の怒涛の展開はこれぞエンタメの王道、という感じだ。

小池・林両真理子が、本書の人物造型(特に主人公たる佃)がステロタイプだと非難しているが、いやこの物語に深い人物造形は無用だろう。人物の深堀より、物語の推進力を優先した作者に拍手を送りたいくらいだ。

そうは言っても、銀行からの出向者の殿村はいい味を出している。ここは、ぜひ志賀廣太郎に演じてもらいたい。

 

 ●7095 殺す風 (ミステリ) マーガレット・ミラー (創元文) ☆☆☆☆

 

殺す風 (創元推理文庫)

殺す風 (創元推理文庫)

 

 

やはりミラーの文体は素晴らしい。今回も派手な展開はないのに、一気に読了させられた。そして、その特徴(悪く言えばパターン)も見えてきた。

旦那のロスマクとは、全然内容が違う、と思っていたら、実はミラーの作品でもハードボイルド(特にロスマク)の定番である、冒頭の失踪が非常に多いことに気づいた。(ただし、ミラーの場合失踪するのは娘ではなく夫)

そして、これまたロスマクと共通するサプライズ・エンディン
 グ。本書もなかなか良く出来ているが、こちらも慣れてきたのか、ある程度は分かった。というか、これはあのクリスティーの得意バージョンの応用だと感じた。ただ、作者はもう一回ひっくり返すのだが、これがうまくいったかはやや疑問。そうであるなら、もっとリドルストーリー的に終わらせた方がよかった気がする。

何にしてもやはりミラーは高水準で、しかもコンパクトで読みやすい。これは全作制覇を目指そうかな。まあ、旦那とセットで、というのもあるかもしれないが。

 

●7096 狙った獣 (ミステリ) マーガレット・ミラー (創元文) ☆☆☆☆

 

狙った獣 (創元推理文庫)

狙った獣 (創元推理文庫)

 

 

ついに古典的名作の再読。僕はこのころのニューロティック・スリラーの中では本書を一番評価していたのだが、こうやって再読してやっときちんと整理ができた。

当時(80年代)読んだとき、このラストに驚愕したのだが、それはまだ日本において○○○○ということがほとんど知られてなく、もちろんそれを使ったミステリも(たぶん)存在していなかったから。

しかし、マクロイは57年(本書は56年上梓)にほぼ全く同じトリックである有名作品を書き、ニーリイは少し遅れて70年にあの作品を書き、その後は最近亡くなったある作家によって大ブームとなり、最近では東野圭吾がある作品のメインではなく、サブトリックに活用するほど、ありふれたトリックになってしまった。

しかし、当時は斬新で驚いただろうし、その描写はやはり素晴らしく、何よりコンパクトなことがいい。もう一回読むか?と問われれば困ってしまうが、このレベルの作品の再読はなかなかいい感じ。

(当時はニーリイがこのトリックの嚆矢と思っていたのに、ちょっと評価が下がるなあ。アクロイドと違って、使い方も文章も本書の方が上手)

 

●7097 営業部はバカなのか (ビジネス) 北澤孝太郎 (新潮新) ☆☆☆★

 

営業部はバカなのか(新潮新書)

営業部はバカなのか(新潮新書)

 

 

とんでもない題名だが、もちろんこれは反語であり、本書は営業の重要性を説いたものであり、その主旨には賛同ことが多々あった。

(営業部には、営業は企業活動そのもの、業部以外には、あなた自身も営業マンである、社長には、営業はあなたの仕事です、という。セールスは分解可能。ものが分かるとは、分けられる、つまり要素に分解できること、等々)

ただし、どうも言葉のセンスがない。論理にシャープさが足りない。「ものが売れる瞬間(第一の真実の瞬間?)」は3つに分かれる。それは「顧客価値を制した瞬間」「贅沢品と必要品のメカニズムを理解して使い分けられた瞬間」「駆け引きがうまくいった瞬間」では、さっぱりイメージがわかないし、覚えられない。

そもそも著者はリクルートからソフトバンク、というのは分かるのだが、ソフトバンク内の異動に反発して、仲間と飛び出しベンチャーを作って、大失敗して結局今はコンサル、というのでは、どうかなあ?という感じ。時々引用される著者の母親の話のほうが、よほど面白そうなんだけれど。

 

 ●7098 ビジネスモデル全史 (ビジネス) 三谷宏治 (ディス) ☆☆☆☆★

 

 

題名からお分かりのように、昨年大評判でベスト経営書に選ばれた(僕もビジネス書ベ
スト1とした)「経営戦略全史」の続編というか、二匹目の泥鰌である。

ただ、正直言って、著者のビジネスモデルの三分類は何となく解るのだが、イマイチピンとこず、なぜメディチ家や三井越後屋がここで紹介されるのか、少し違和感を感じてしまった。

また、SPAのビジネスモデルでは、ベネトンの後染めがこの説明では解らないだろう?とか、ZARAとユニクロの比較ポイントがずれていると感じたり(ZARAの生産方式の斬新さに触れていない)物足りなさを感じた。

しかし、オムニチャネルとクリック&モルタルは一緒、などとひざを打つ箇所も多く、何より後半のIT業界の話は、僕の勉強不足もあって、非常に面白く勉強になった。前作は、経営戦略といいうより、コンサルティング・ファーム三国志、の趣があったのだが、本書は正にIT業界戦国史、として楽しめるのだ。

そして、前作では大前研一の凄味が光ったが、今回は孫正義。正直彼の凄さが初めて分かった気がする。個別企業については、とても語りきれないが、アマゾンの記述は正直物足りないが、アップルに関する分析は鋭く、感心してしまった。

本来は、それぞれの項目で一冊本が書けるくらいなので、個別には物足りなさも感じるが、IT業界の歴史を俯瞰するには最適のガイドだと感じた。ただ、7×11とウォルマートは分かるのだが、突然コメリがでてくるのは、ちょっとバランスが欠けているし(まあH&Gに眼をつけるのは鋭いのだが)

ビジネスモデルの革新として、BOPが全く無視されているのも物足りない。というわけで、たぶん本書は、IT企業ビジネスモデル全史として書かれるべきであり、続編として流通業や、GEやP&Gのようなグローバル企業について別に語ってもらえば、ベストだったと感じるが、そこまでやるにはとんでもない博識がいるのかもしれない。

最後に、前作は最後に自社(コンサル)の宣伝が入ってしまいちょっと白けたが、今回は著者が実家(福井の八百屋)のビジネスの変遷(それは業種店と勃興するチェーンストアとの戦いの歴史)を、あのクリステンセンに語る、という内容になっていて、著者は五歳年下だがリアルでほろりとしてしまった。

というわけで、色々文句もつけたが、今回も分厚いが一気に読ます傑作であることは間違いない。