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2014年 9月に読んだ本

 ●7057 首つり判事 (ミステリ) ブルース・ハミルトン (HPM) ☆☆☆☆

 

 

1948年の作品なのだが、英国の田舎が舞台ということで、それ以上に古めかしい感じがするのだが、決して読みにくくはない。何というか、階級意識が強く生きているところが、いかにも古典という感じ。

なぜ、こんな作品を読みだしたのかというと、これまた「路地裏の迷宮捜査」に触発されたから。(どうやら、僕は長い間、ブルース・ハミルトンとレオ・ブルースを混同していたようだ)

正直、このトリックは今のレベルでは、意外性はない。ただ、この時代だとかなりインパクトがあっただろうし、何よりその構成がうまくはまっていて、見事な余韻を残すのだ。歴史的価値に少しおまけ。

 

 ●7058 井沢元彦の激闘の日本史 南北動乱と戦国への道 (歴史)(角川学)☆☆☆☆

 

 

本書は「逆説シリーズ」ではなく、夕刊フジの連載をまとめたもので、過去にも何冊か読んだことがあるが、だいたい重複が多かったり、編集が雑だったりして、ちょっとレベル落ち、のイメージだった。しかし、今回はきちんと編集されていて、なかなか読ませる。

とはいっても、南北朝室町時代の話は、正直言って「逆説」とかぶる。まあ、それでも読ませるんだけど、小室直己や田坂さんのように、壮大な知のポリフォニー、とは残念ながら井沢の場合はまだまだならない。

ただ、後半の信長の革新性に関しては、油(夜光)の発達と楽市楽座門前町と叡山焼討をつないだり、日光東照宮と信長の宗教観をつないだり、結構斬新な視点が多くて、楽しめた。

 

 ●7059 絞り出し ものぐさ精神分析 (エッセイ) 岸田秀 (青土社) ☆☆☆☆

 

絞り出し ものぐさ精神分析

絞り出し ものぐさ精神分析

 

 

岸田ももう80歳を超えたはず。何年か前「古希の雑考」を読んだとき、さすがに新しさはないけど、まだまだ元気だと思ったのだが、その後は「ものぐさシリーズ」は出ず「唯幻論大全」なる終活のような本がでたので、本書の上梓は意外だった。

しかも、冒頭の「敗兵たちの亡霊」が大丈夫かよ?というような内容で心配したのだが、いやいやなかなか相変らず元気だ。その「唯幻論」自体は、発表当時の斬新さは色あせてしまったが、やはり面白い。

(いや世の中が、唯幻論のとおりに、無根拠になってしまったのだが。安易な大きな物語を求めるものには、やはり「唯幻論」は今も必読であろう)

相変らず、無根拠に結構無茶なことをいうのだが、まあこの年になると怒る気もしない。例えば「わたしの仮説だが、日本列島に住む人たち(いつ頃からか日本人と称するようになるが)は初めから劣等感・被害者意識が強い人たちであった。

その理由は、どうもこの人たちは、南洋から、東南アジアから、中国大陸から、朝鮮半島から、シベリアから、樺太から、すなわちもといた地域から、争いに負けたか嫌われたかして追っ払われ、行く当てもなく彷徨ってやっとの思いで日本列島に辿り着いた人たちではないかと考えられるからである」

いやあ絶好調ですねえ。このあと、日本と中国のアンビバレンツな歴史・関係の話になるのだが岸田のような変人?が語ることが、よほど常識論に見えてしまうのは、この40年の日本の変化のせいとするなら、考え込んでしまう。

いや、岸田は昔から日本はそうだったというかもしれないけど。軽いエッセイのつもりで読みだしたら、結構重い内容でじっくり読み込んでしまった。ただ、岸田はやはりまず「きまぐれ精神分析」をきちんと読んでほしい。本書から読んだら、たぶん本質にはたどり着かないだろう。

 

 ●7060 西郷隆盛 命もいらず名もいらず (NF) 北 康利 (WAC) ☆☆☆☆

 

西郷隆盛 命もいらず 名もいらず

西郷隆盛 命もいらず 名もいらず

 

 

あまり期待せずに読みだしたのだが、これが結構バランスが良くて、楽しめた。特に薩英戦争から寺田屋事件までの、西郷と大久保のすれちがいや、勝海舟との出会い、廃藩置県断行における西郷の役割、あたりは一応知ってはいたが、ここまで詳細は理解していなくて勉強になった。

著者は西南戦争を、大久保の帝国主義と西郷の徳治主義の戦いととらえていて、もちろん西郷びいきなのだが、大久保の立場もきちんと描いていて、気持ちがいい。また西郷に関しても、その感情の強さ、頑固さは、欠点としてちゃんと描いている。

ただ、後半は西郷の「赦す力」こそ、人間力の源泉となり、それはきっと沖永良部での苦闘あたりから変わったのか、と感じたのだが、征韓論のあたりの行動を見る限り、結局は感情が強く、頑固なことは変わらず、やはり矛盾の塊に感じてしまう。

著者には悪いが、著者が故・谷澤永一からかけられたという以下の言葉が、興味深い。(どこかで、同じ内容を読んだ気もするが)「司馬さんは「翔ぶがごとく」を書き終えられてもなお「西郷はわからない。結局わからないままに終わった」と言っておられた。難しいと思うが頑張りなさい」本当に西郷はわからない。

 

●7061 神の子 (ミステリ) 薬丸 岳 (光文社) ☆☆☆☆★

 

神の子 上

神の子 上

 

 

 

神の子 下

神の子 下

 

 

上下巻の分厚さにちょっと引いたが、そこはやはり薬丸、緻密さには若干問題があるが、スケールの大きさでは、著者の最高傑作となった。

母親に監禁暴行を受けて育った、戸籍の無いIQ161の天才少年(町田)と、一見ひ弱なドラッグ会社の御曹司為井、そしてこの複雑な物語を地道に捜査していく内藤、等々かなり大勢いるキャラクターが全員見事に立っている。

特に上巻は、室井の町田奪還?作戦(少年院脱獄)と為井の起業ストーリーが一気に読ませる面白さ。そして、下巻になってどんでん返しが連続し、スケールが急激にアップするのだが、残念ながら最後の神の子二人の対決が、若干肩透かし。

また珍しく本書を絶賛している北上次郎も書いているように、町田の変貌の軌跡が若干読み取りにくいのももったいない。

ただ、ここまで描いてもらえば十分だ。エピローグとプロローグをつなぐ「おにぎり」の存在が、物語の温度を少しあげている。そして、思うのは本書もまた薬丸印の「贖罪」の物語であった、ということ。

今年のベスト候補。今度こそ、このミス上位にランクインするだろうか。タイミングは抜群なのだから。

 

 ●7062 西郷隆盛 (歴史小説) 池波正太郎 (角川文) ☆☆☆★

 

西郷隆盛 (角川文庫)

西郷隆盛 (角川文庫)

 

 

なんと、たぶん本書が初池波。おいおい、という池波=鬼平ファンの声が聞こえてきそうだが、和田誠の表紙に釣られて読み始めた。

本書は鬼平を書く少し前の作品のようだが、軽妙洒脱は言いすぎかもしれないが、如何にも江戸っ子が描いた薩摩の本という感じで、切れがある。また、そのエピソードのつなぎ方にも、著者の勉強の跡や、作家の腕の冴えを感じる。

しかし、残念ながら時代や枚数の限界があり(たとえば、地ゴロ発言は出てこない)、著者の西郷や大久保の認識・評価にも独創性はなく、入門編としては最適だろうが、読み物としてはちょっと淡泊で物足りない。

 

 ●7063 ゼロの迎撃 (ミステリ) 安生 正 (宝島社) ☆☆☆☆

 

ゼロの迎撃 (「このミス」大賞シリーズ)

ゼロの迎撃 (「このミス」大賞シリーズ)

 

 

生存者ゼロ」で、力任せの犠牲フライを打ち上げ、何とか打点を稼いだ著者の第二作。アマゾンでは酷評が並んでおり、テーマがテーマだけにどうしようかと思ったのだが、結局一気読み。

「半島を出よ」や「亡国のイージス」にはもちろん届かないが、都心のテロリズムを、見事にリアルに描ききった傑作だと感じた。特に自衛官、官僚、政治家の描き分けがうまく、法律解釈も丁寧に描かれていて、好感が持てる。

また何より舞台となる東京下町に土地勘があるので、リアリティーが大いに増してしまった。(北朝鮮コマンドの上陸場所は、日本橋新川なのだ)

テロリストの本当の目的は、なにかすっきりしないところもあるが、ラストの気持ちの悪さも含めて、前作を凌ぐ作品であることは間違いない。次は安生版「亡国のイージス」を期待したい。

 

 ●7064 虚ろな十字架 (ミステリ) 東野圭吾 (光文社) ☆☆☆★

 

虚ろな十字架

虚ろな十字架

 

 

東野の新刊は、まるで薬丸作品のような、罪と罰、贖罪の物語だった。もちろん、東野は薬丸よりソフィストケートされていて、一気に読ます。ただ、この描き方で「死刑」の是非を語るのは、ちょっと表層的に感じる。(まあ、東野的には薬丸のように熱くは語れないのだろうが)

その結果、被害者の小夜子、犯人の作造、そして史也の人物造形がなかなか納得できない。特に意識的だと思うが、小夜子の豹変は、あまり成功しているように感じないし、ここが弱いとそもそもこの作品のテーマ=死刑肯定、があくまで方便のように感じてしまう。

もちろん、職人東野が紡いだ極上のエンタメとして本書を楽しむことを否定はしない。しかし、東野の中期の作品(「悪意」「白夜行」「秘密」「容疑者X」等々)に思い入れのある僕としては、あの「白夜行」の作者が、こんな中途半端な作品を書くのは、残念なのだ。

 

●7065 創作の極意と掟 (エッセイ) 筒井康隆 (講談社) ☆☆☆☆

 

創作の極意と掟

創作の極意と掟

 

 

80年代ツツイは僕の神であった。全集も全部揃えた。その後、時々意味が解らず置い
ていかれたような気がする作品も時にあったが、それは傑作「パプリカ」(93年)ま
で続いた。

しかし、そこであの断筆宣言。そして、残念ながら復活後の作品に往年の輝きを僕は感じない。そう、筒井ももはや80歳だ。しかし、本書は結構元気で驚いた。正直、ばらつきはあるのだが、時々あの「文学部唯野教授」や「乱調文学大辞典」を思わせるテンションを感じた。

まあ、後半ちょっと尻すぼみの感じもするのだが、十分満足出来た。そして感じるのは、岸田、筒井に比べて、小林の老いだ。鬱なのだろうか。

 

 ●7066 蟻の菜園 アントガーデン (ミステリ) 柚月裕子 (宝島社) ☆☆☆★

 

蟻の菜園 ―アントガーデン― (『このミス』大賞シリーズ)

蟻の菜園 ―アントガーデン― (『このミス』大賞シリーズ)

 

 

今、個人的に一番期待している作家の一人である著者の新作。前半は相変らず素晴らしい。舞台が東尋坊であることもあって「ゼロの焦点」を、過去の因縁は「砂の器」を思わせ、全体を覆う暗くしかし力強い筆致は、まさに平成の清張の貫禄だ。

しかし、残念ながら過去の事件の真相が明らかになり、現在の殺人事件の解決に辿り着いた途端、本書は説得力を無くしてしまう。張り詰めた緊張の糸が、プツンと切れてしまう。

正直この動機はあんまりだと感じる。せっかくの、前半が可哀想になる。しかも、作者もその弱点は意識していたのか、それをカバーするためにある手を使ったのだが、個人的にはこれは悪手。よけいに前半と後半の乖離が激しくなってしまった。

せっかく70%までは佐方シリーズの流れを汲む、渋いが魅力あるれるミステリだったのに、後半30%で「臨床心理」(正直ゲテモノ)に堕してしまった感じだ。残念。

 

 ●7067 異端児たちの決断 (ビジネス) 小板橋太郎 (日経B) ☆☆☆★

 

異端児たちの決断

異端児たちの決断

 

 

日立の印象は昔からソニーや松下に比べて悪かったのだが、それは白物やAVをイメージするからと感じていて、なんで日立は撤退しないのか(インフラに集中しないのか)とずっと思ってきた。そして、ついにどうやら眠れる獅子・日立も改革を始めたらしい。

その内容が知りたくて、本書を手に取った。そして、同じ日経の記者なのに、本書と大西康之のあまりの違いに愕然とした。大西の著作が見事なノンフィクションならば、本書は経済雑誌の大特集にすぎない。

確かに日立が何をやったのか?は過不足なく描かれているのだが、なぜそれが出来たのか?は本書を読んでも、一般解が多く良く見えてこない。写真入りで次々登場する、改革のための異端児たちも、残念ながら単なる記号に感じてしまう。

たぶん、僕が求めているものと、本書が描こうとしているものは、カテゴリー・エラーなのだろう。しかし、もう少し何とかなるようにも思うのだが。


 
 ●7068 山猫の夏 (ミステリ) 船戸与一 (小学文) ☆☆☆☆★

 

山猫の夏 (小学館文庫)

山猫の夏 (小学館文庫)

 

 

あの名作が、なぜか小学館文庫で新装版として上梓された。船戸もまた80年代の僕の神であったが、直木賞受賞後はあまり読む気が無くなり、これまた最近の作品にはかつての輝きを感じない。

日本ミステリにおける冒険小説ルネッサンスは、歴史的にも個人的にも、谷恒生喜望峰」から始まった。しかし、谷はその後すぐ伝奇作家に変貌し50代で逝去してしまった。

したがって、今から思い起こせば真のルネッサンスは、本書を嚆矢とするべきだと感じる。(実は当時本書は全然売れなかったようだが)そのくらい本書は、新しいというか異質だった。圧倒的な迫力とスケールだった。とても日本人作家の作品とは思えなかった。

そして、30年ぶりに読んでみると、やはりその迫力は健在である。ただ、ミステリとして見るなら、そんなに意外性はない。

というか、ネットでは「マカロニウェスタン」や「ロミオとジュリエット」と本書を比較しているが、これはミステリものとしては「恐怖の谷」から「血の収穫」に繋がる黄金の「ポイズンヴィルパターン」として読むべきであろう。作者もそれを隠していない、というかオマージュだと思う。

そして、驚いたのは本書において南米の革命だけでなく、日本軍の二・二六事件連合赤軍事件まで、本筋に絡んでくるところ。(後者は本書に「おれ」の成長小説としての側面を与えることに成功している)

このあたりが、本書と比較すべき平成の傑作「ワイルド・ソウル」とは、色合いが少し違う。ただ、こうやって再読すると、当時は圧倒されて気にする暇もなかったのだろうが、やはり後半の畳みかけるような展開は、かなり荒っぽい。例え南米の地方都市という、マジックな空間の物語としてもだ。

しかし、本書の究極の素晴らしさは、哀愁と余韻漂うラストシーンの美しさにある。僕は、なぜか「火怨」のラストシーンを思い起こした。山猫とアテルイが重なってしまった。

ただ、解説に旬の作家、高野秀行を起用した編集の意図は解らないでもないが、ここはやはり北上次郎に、本書の歴史的価値をきちんと語ってほしかった。内藤陳へのレクイエムとして、落とし前をつけてほしかった。(解る人だけ解ってください)

 

 ●7069 逃げる幻 (ミステリ) ヘレン・マクロイ (創元文) ☆☆☆☆

 

逃げる幻 (創元推理文庫)

逃げる幻 (創元推理文庫)

 

 

あまり期待せずに手に取ったのだが、これは傑作だ。とても45年の作品とは思えない新しさに驚いた。代表作「暗い鏡の中に」は読んだのが前すぎて、内容を思い出せない。(たぶん期待が大きすぎて低評価だったと思う)

「幽霊の1/2」も「殺す者と殺される者」も、過大評価だと思っていたし、「歌うダイヤモンド」は面白いが、ゲテモノ的にとらえていた。しかし、本書でマクロイの斬新さ、ハイブロウさを思い知らされた。

何より、舞台となる(今旬の)スコットランド、ハイランドの描写が素晴らしい。オカルティックに幽霊や妖精を絡めながら、当時の最新の心理学や戦争=ファシズム論を無理なく物語に溶け込ませる文章の冴え。(これはもう、訳者・駒月雅子の手柄でもある)

人物造形も申し分なく、主人公の陰の任務が当初明かされないのもうまい。さらに、本書では売れない文学者と、それを支える妻の(偶然そうなってしまった)ベストセラー作家が描かれるが、これは正にマイケル・シェーンシリーズでベストセラー作家となった軽ハードボイルド作家ブレッド・ハリディと、その妻の著者の関係の裏返しであり、非常に興味深い。

そして、ミステリとしての謎は、それほど意外ではないのだが、実はその謎の構造が二段構えになっており、その全貌をすべて当てることはかなり難しい、という素晴らしく凝った展開となっている。(これは、本当にうまい)

しかし、本書の帯で謳われる「人間消失」と「密室」の謎は、両者ともまったくトリックというほどのものでもなく(まあ、モルグ街を思い起こしてほしい)期待したらがっかりだが、ひょっとしたら著者はわざとそうして、黄金時代からの脱却、新しい時代を宣言したような気がする。

僕の中ではずっとマクロイより、ロス・マクの妻である、マーガレット・ミラーの方が上だったのだが、これはマクロイを読み直さなければならない。

 

 ●7070 洋食屋から歩いて5分 (エッセイ) 片岡義男 (東京書) ☆☆☆☆

 

洋食屋から歩いて5分

洋食屋から歩いて5分

 

 

本書を読みながら、なんで片岡のエッセイは、こんなに村上春樹の短編小説のテースト
がするのか、不思議だった。

エッセイではなく短編なのだ。冒頭の「いつもなにか書いていた人」「彼女と別れて銭湯のあと餃子」「トマトを追いかける旅」や表題作など、本当に村上の短編を読んだ気になってしまう。

まあ、さすがに途中からちょっと飽きてきたが、やはり片岡の文章は時々読んでみることにしよう。

 

 ●7071 凍 氷 (ミステリ) ジェイムズ・トンプソン (集英文) ☆☆☆☆

 

凍氷 (集英社文庫)

凍氷 (集英社文庫)

 

 

これまた、はやりの北欧ミステリということで、あまり期待せずに読んだのだが、その
密度の濃さに驚いてしまった。これまた傑作である。また、今回も訳者が素晴らしい。(高里ひろ)

カリという警部を主人公としたモジュラー型ミステリなのだが、87分署やフロストとは、別次元の重くて激しく深い作品である。

いくつもの事件の中で柱となるのは、ある猟奇殺人と何とフィンランドの暗黒の歴史の物語なのだが、これが微妙に絡んでしまうのだから恐れ入る。しかも、前者にはあっと驚く古典トリックが仕掛けてあり、後者にはこれまた驚く法律の矛盾を突く大トリックが隠されているのだ。

しかしポーランドのことは、グラスやワイダのおかげで色々知っていたが、ナチス・ドイツとソ連に挟まれた、フィンランドの暗黒の歴史には、全く免疫が無く、ただただ驚かされた。

主人公のカリの妻・ケイトが米国人という設定だが、実際はトンプソンがフィンランド在住米国人で、妻がフィンランド人、という逆の設定とのことで、たぶんそうだからこそ、ここまで歴史の闇に迫れたのだろう。

一方、ケイトの出産のため、その妹弟が米国からフィンランドを訪れるのだが、そこの文化摩擦というか、北欧人から見た米国人の傲慢さが、これまた、これでもかと描かれていて、興味深い、いや面白い。

正直言って、ミステリ部分が荒っぽすぎるのだが、この過剰さは欠点ではなく長所と受け取って、次作を期待したい。ここまで描いて、カリの造型は、初期のベトナム戦争や母との関係を重く引きずる、ハリー・ボッシュにそっくりに思えてきた。そういえば、ミステリ的な過剰さもコナリー的と言えなくもない。

 

 ●7072 沈黙を破る者 (ミステリ) メヒティルト・ボルマン (河出新)☆☆☆☆

 

沈黙を破る者

沈黙を破る者

 

 

今度はドイツミステリ。なぜか、このところ欧州の第二次世界大戦に絡むミステリばかり読んでいるのだが、本書も評判に違わぬ傑作だ。また、これまた女性訳者(赤坂桃子)が良い仕事をしている。(ただ、さすがに本書は登場人物が多く、時制がいったりきたりで、ドイツ語名前、ということで、少し読むのに苦労はしたが)

本書はまるでケイト・モートンの作品のように、現在のパーツと戦時中のパーツが交互に描かれる。そして現在のパーツでは、突然殺人が起きる。しかし、本書の目玉は第二次世界大戦直前に、一緒に学校に通った仲良し男女6人組の、戦争による変貌、悲劇の物語である。

そこには、もちろんナチスの暗い陰が投げかけられる。そして、愛が憎悪に変わり、エスカレートしていく。

過去の事件に関しては、ある程度予想がつくと感じたのだが、読了して思うのは、作者は見事に読者のさらに上をいったという満足感だ。しかも、そこには無理はないのだが、意外性と残酷さと哀切さが見事に込められている。

このあたりは、モートンよりはるかにミステリセンスがある。そして、これらの欧州ミステリを読み、どうしてもその原点と振り返らざるを得ない作品こそ、最近映画化された(可能なのか?)という「悪童日記」三部作であることに気づく。

残念ながら、米国や日本に、アゴタ・クリストフは生れないだろう。彼我の格差に画然としてしまう。(まあ、普通は本書を読むと「朗読者」を思い起こすのだろうが)

 

●7073 家蠅とカナリア (ミステリ) ヘレン・マクロイ (創元文) ☆☆☆★

 

家蝿とカナリア (創元推理文庫)

家蝿とカナリア (創元推理文庫)

 

 

「逃げる幻」の出来にちょっと驚いてしまい、「暗い鏡の中に」と並ぶ著者の代表作かつ未読の本書をあわてて図書館から借りてきた。本書は「逃げる幻」の三年前42年の作品。

ということは欧州大戦真っ盛りのはずだが、舞台は何とニューヨークの劇場。その演劇の途中で死体役の役者が、本当に殺されてしまう、というもの。(いくら、欧州から離れているといっても、この余裕。本当、よく日本はこんな国と戦う気になったもんだ)

最初から、犯人は役者3-4名に絞られるという、典型的なパズラー。というわけで、確かに探偵役のウィリング博士は心理学を使うが、「逃げる幻」ほどの新しさは感じない。(ひょっとしたら、ヴァン・ダインが放棄した、心理学ミステリを書こうとしたのかもしれないが。犯人もまったく意外でない)

で、読了して思うのは、ネットで誰かが「丁寧に書かれた凡作」と書いていたが、凡作は言い過ぎだが、僕の感想はそれに近い。

確かに家蠅(物理的手掛り)カナリア心理的手掛り)というのは、丁寧に作られているが、前者は今ではそれほどの驚きはないし、後者は面白いけど、ちょっと説得力が足りない。(状況証拠止まり)

ただ、解説の川出によると、マニングは学び続けた作家(確かに、読んだ本はそれぞれかなりパターンが違う)ということなので、もう少し追いかけてみたい。ミラーの新刊もでたようなので、そっちも忘れずに読もう。

 

 ●7074 なぜ時代劇は滅びるのか (NF) 春日太一 (新潮新) ☆☆☆☆

 

なぜ時代劇は滅びるのか(新潮新書)

なぜ時代劇は滅びるのか(新潮新書)

 

 

日経の本書の広告を見て、「天才勝新太郎」の感動が蘇ってしまい(勝は一年近く待たされたので)我慢できず本社で購入して一気読み。

勝に比べると、ちょっと薄くてすぐ読んでしまったのだが、相変らずの熱さで、おいおいここまで書いていいのかよ、という部分も結構あって(結構有名な役者が、実名で演技をぼろんちょんに貶されている)今回も楽しめた。

本書は水戸黄門が終了して、巷間喧伝された「時代劇の危機」を「映画での時代劇の危機」「テレビでの時代劇の危機」「京都での時代劇製作の危機」「表現手段としての時代劇の危機」の四つに分解して描かれるが、中でも「水戸黄門」の正体が非常に面白かった。(全然興味が無いので、全くその背景が解っていなかった)

また、何でも古いものを褒めるのではなく、ハイテク時代に合わせた進化(例えば「龍馬伝」の大友の演出)を怠ってきた京都撮影所への厳しい批判、等々もバランスが良い。この77年生まれの時代劇野郎に乾杯である。

 

 ●7075 私が愛した大河ドラマ (企画) 洋泉社編集部編 (歴史新) ☆☆☆★

 

私が愛した大河ドラマ (歴史新書)

私が愛した大河ドラマ (歴史新書)

 

 

本書の第一章を上記の春日太一が書いていて、「私選・名作、名キャラクターベスト5」たまたま図書館で見つけて、一気読み。

まあ、大河の特集は面白いのに決まっているのだが(最後についている、各作品のキャスト一覧を眺めているだけでも楽しい)春日をはじめ、小和田、加来、末國、玉木、遠山、等々錚々たるメンバーのわりには、イマイチ新しい視点がなかったように感じた。

個人的にはきちんと全部見た最初は「花神」のような気がする。「国盗り物語」も観たんだけれど、記憶があいまい。最近だとチームハゲタカの「龍馬伝」が最高だし、「新撰組」もキャラが立っていてよかった。古いところでは、意外に「獅子の時代」が好きだった。

 

●7076 中国の大問題 (ビジネス) 丹羽宇一郎 (PH新) ☆☆☆★

 

中国の大問題 (PHP新書)

中国の大問題 (PHP新書)

 

 

伊藤忠時代の丹羽さんは輝いていた。彼の著書もかなり読んで、結構感銘を受けた。だからこそ、中国大使は適任と感じたのだが、タイミングが悪かったのか、親方が悪いのか、ひどいことになってしまった。

その丹羽さんの中国に関する本が上梓されたのだから、やはり気になって読みだした。実はアマゾンでは言い訳だらけ、という批判があふれていたのだが、それはひどい偏見だと思う。(読書メーターにはほとんど批判はない)

正直、まともすぎて(バランスが良すぎて)読み物としては物足りないくらいだ。前半の中国の課題に対する、足を使った分析は的を射ていると感じる。(まあ、このあたりちょっと自慢気だが、許容範囲)

ただ、逆にそれほど新しい視点はない。で、後半なのだが、「日中関係という大問題」あたりはまだいいのだが、最後の「日本という大問題」に関しては(たぶんわざと?)論点がずれてしまっている。

前段から考えると、ここは当然政治、外交、マスコミ、の問題点になるところが、教育、経済、若者論、にすり替わってしまっている。まあ、センシティブな問題だし、立場も解るのだが。

 

●7077 時代劇は死なず! (NF) 春日太一 (集英新) ☆☆☆☆

 

時代劇は死なず!―京都太秦の「職人」たち (集英社新書)

時代劇は死なず!―京都太秦の「職人」たち (集英社新書)

 

 

副題:京都太秦の「職人」たち。その春日が、08年に書いた全く逆の題名の本。

ここでは「新撰組血風録」(司馬との逸話が面白い)「素浪人月形兵庫」(何となく覚えている)「銭形平次」(これはもうリアルタイムだが、一回もちゃんと見たことが無い)から始まって、「木枯らし紋次郎」「座頭市」(これが、「天才・勝新太郎」を生んだ)「必殺シリーズ」等々の魅力をこれでもか、と語ってくれる。

特に当初の「必殺」が、後の「仕事人」=主水=ホームドラマ時代劇?に収斂していく物語は、きちんと意識したことが無く、面白かった。特に全く記憶にないが「翔べ、必殺うらごろし」では、主人公の先生がなんとライバルだった中村敦夫で、内容はオカルトがテーマというんだから、呆然としてしまう。視聴率が2%だった、というのも逆に凄い。やっぱ、春日の本は面白い。