読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

2014年 8月に読んだ本

 ●7035 雨の狩人 (ミステリ) 大沢在昌 (幻冬舎) ☆☆☆☆

 

雨の狩人

雨の狩人

 

 

新宿鮫と並ぶ著者の代表作である、狩人シリーズ(北・砂・黒)第四弾だが、僕はこのシリーズは人物造形、プロット、文体、すべて荒削りというか大雑把に感じて、あまり買わなかった。

本書も正しくそんな感じで、大沢の筆力でグングン読まさせられるのだが、冷静にミステリとして観ると今回もやはり大雑把に感じた。特に地上げの目的であるKプロジェクトの正体と、謎の日本人ミツの正体は、丁寧すぎるくらいの伏線もあって、早い段階で解ってしまう。

やっぱりこれじゃねえ、と思ったのだが、謎が明確に明かされても、まだページはかなり残っていて、物語はなかなか終わらない。そして、気付いた。たぶん大沢は確信犯的に、ミステリとしての謎を早めに割ってしまったのだ、と。

そう、彼が描きたいのは、そんなミステリ的なカタルシスなどではなく、今劇的に変わろうとしている暴力団の姿と、それがもたらす暗黒の未来。

そして、それを防ごうとする正義が法的には悪とならざるを得ない矛盾。(まあ、これはスカダーやヴァクスが何度も描いてきた、正義=私刑の拡大バージョンでもある)それこそが、大沢が本書で描きたかったことなのだ、と。

そしてさらに言えば、この殺人機械の父と娘の物語は「スリーアゲーツ」につながるものを感じた。しかし残念ながらその父と娘の遭遇は、あまりに偶然、ご都合主義で、全体のリアリティーを損ねてしまっているのだが。

ということで、本書をミステリとして高く評価することには抵抗があるが、いろんな意味で力の入った、一読の価値ある作品だとは思う。

 

 ●7036 華氏451度 (SF) レイ・ブラッドベリ (早川文) ☆☆☆

 

華氏451度〔新訳版〕

華氏451度〔新訳版〕

 

 

学生時代ブラッドベリに夢中になったときも、読んだのは短編集ばかりで、長編にはなぜか手が出なかった。(「火星年代記」は長編とは言えないだろう)「霧笛」「万華鏡」「大鎌」「霜と炎」などは、今も思い起こせば心震えるのだが、「何かが道をやってくる」にはやはり手が出なかった。

そして、喰わず嫌いの最たるものが本書だった。しかも、トリュフォーが映画化して画像データが少しインプットされてしまい、何となく1984ブラッドベリバーション、と勝手に僕の中でデータとして整理・保管されてしまっていた。

ところが何と、あの伊藤典夫の新訳・文庫が新たに上梓された。(「タンポポ娘」といい、伊藤はそれこそ終活をやっているのだろうか)そして伊藤の解説で、新訳に至る経緯(過去の版の問題)を知ることで、今新訳を初めて手に取る僕は勝ち組?かもしれない、などと考えていた。

でも、結局本書は(既に汚れてしまった?)僕の琴線に触れることはなく、言葉は空虚に眼の前を通り過ぎた。畏れ多い?とは思うのだが、本書はやはり短編で描く世界だと思う。少なくとも「火星年代記」のような連作形式で。

この形は小説としては、長すぎる中編という感じでおさまりが悪い。なによりクラリスが退場するのが早すぎて、バランスが悪いのだ。

 

 ●7037 房子という女 SROepisode0 (ミステリ)富樫倫太郎(中公社)☆☆☆☆

 

房子という女 - SRO episode0

房子という女 - SRO episode0

 

 

SROシリーズの新刊は、何とハードカバーに格上げされ、しかもあの近藤房子のスピンオフ作品、エピソード0であった。すなわち、メイキング・オブ・房子である。

冒頭は時系列としては前作の終わり、獄中の房子へのインタビューで幕を上げるのだが、そこからストーリーは彼女の幼少時代へ一気にフラッシュバックする。当然、彼女の生立ちから現在に至る物語は、血塗られているのだが、そのあっけらかんとした悪の姿に引き込まれ一気に読まさせられた。

そうして思うのは、ミステリというより、時代小説=成長物語こそが、著者の真骨頂であり、本書はその裏バージョンなのだ、ということ。

まさに陰惨とした物語なのだが、その描写はからっとしており、スプラッター描写はほとんどなく、だからこそ、時間差攻撃で恐ろしさがこみあげてくる。大きな声では言えないが、本書はシリーズ最高の傑作だ。

 

 ●7038 北京から来た男 (ミステリ) ヘニング・マンケル (創元文) ☆☆☆☆

 

北京から来た男〈上〉 (創元推理文庫)

北京から来た男〈上〉 (創元推理文庫)

 

 

北京から来た男〈下〉 (創元推理文庫)

北京から来た男〈下〉 (創元推理文庫)

 

 

最初に読んだ「殺人者の顔」がイマイチだったので、マンケルの作品はあとは「白い雌ライオン」しか読んでいなかった。マルティン・ベック・シリーズの愛読者、というか信奉者であった僕としては、いつかヴァランダーシリーズをきちんと読もうと思うのだが、いつも挫折ばかりしてきた。(マンケルは長いんだよね)

そんなとき、シリーズ外の作品だが本書の前評判が高く、うまく入手でき読みだしたら、一気読みだった。冒頭が素晴らしい。スウェーデン北部の僻地の村で、何と19人の老人(+一人の子供)が惨殺される、という、北欧版八つ墓村のような出だしには、不謹慎ながらワクワクしてしまった。

そして、スウェーデンの女性判事は、その殺された老人の中に、母親が養子に入った祖父母が含まれていることに気づき、彼女の孤独な捜査が始まる。しかし、そこから物語は何と19世紀の米国の大陸横断鉄道建設現場における、過酷な使役と差別の物語に変貌する。

そして、その物語は圧倒的なリーダビリティーを持つのだが、冒頭の謎の正体は、ここであらかた解ってしまう。さらに、後半は何と北京とアフリカをつなぐ、現在のポリティカルフィクションと、またもや大きな変貌を遂げるのだ。

ネットでは後半の転調が評判が悪い。まあ、それは分かるのだが、僕は結構これはこれで面白く読んでしまった。何より、欧州から、アフリカを通して観る中国の姿が(アフリカに強いマンケルの力もあって)非常に新鮮に感じた。(中国の格差問題をアフリカ移民と結び付ける視点は、コロンブスの卵であった)

確かに訳者があとがきで書いているように、左翼的なスタンスのマンケルが描く毛沢東は、過大評価と言えるし、後半の主人公である中国人姉弟の造形にも、ちょっと無理を感じてしまう。

そして、結論を言うと、本書はミステリという枠には収まらない、あるスウェーデン人と中国人の一族の、時を超えた確執・復讐の物語によって、中国という巨大で複雑な存在を、描こうとした力作であることは間違いない。ただ、シューヴァル=ヴァールーに比べて、マンケルはミステリ・センスがちょっと足りない気がしてしまう。

 

 ●7039 トヨタ対VW (ビジネス) 中西孝樹 (日経社) ☆☆☆☆

 

トヨタ対VW(フォルクスワーゲン) 2020年の覇者をめざす最強企業

トヨタ対VW(フォルクスワーゲン) 2020年の覇者をめざす最強企業

 

 

ハルバースタムの「覇者の驕り」の頃から、いったい何冊の「日米自動車戦争」本を読んだだろうか。また、トヨタはもちろん、ホンダ、日産の本も何冊読んだことだろうか。それなのに、ふと気づくと今やGM、トヨタを乗り越え、世界一の自動車メーカーに王手をかけた感のあるVWについて、ほとんど何も知らないことに気づいてしまった。

というか日産=ルノー以外の欧州自動車メーカーに関しては、何も読んだことがないのだ。本書は人気アナリスト(という枠を飛び越えた研究家)による、トヨタとVWの比較論であり、かつそれを超えた自動車業界全体の総括であり、素晴らしく精緻な分析と深い知識とバランス感覚を備えた名著だと思う。

ただ、残念なのは、あまりにレベルが高くて?後半の技術論になると、プラットフォームとアーキテクチャーとモジュールの違いや、ハイブリッドとプラグインハイブリッドの本質的な差異などに、僕がちゃんとついていけなくて、隔靴掻痒感がつきまとってしまったことか。

それにしても、トヨタとVWは何と対照的な企業であることか。

トヨタとVWはまったく性質の違う会社で、企業文化、経営手法、強みとする技術、製品特性、得意とする地域など、ことごとく違う領域で棲み分けを成立させてきた。

ただし、両社とも非常に愛国的で社員や家族を大切にし、創業ファミリーが経営に関与しているところは良く似ている。

VWは欧州と中国に強く、技術はディーゼルエンジン、直噴小排気過給ガソリンエンジンに比重が高く、設計思想や製造は組合せ型とモジュール、サプライヤーの水平分業モデルでオープンで外部成長を得意とする。

トヨタは米国と東南アジア、技術はハイブリッド、設計思想や製造は擦りあわせ、サプライヤーの垂直統合モデル、内部成長を得意とする。

VWはブランドやデザインなどのソフト面に非常に強く、巨大かつ多様な組織を科学的にマネージする仕組みを作り上げる。トヨタはものづくりと人づくりの会社であり、標準化された内部成長を重んじる」

今朝の日経一面にあったように、トヨタの決算は最高益であり、あの「競争の作法」で描かれた屈辱の時代からは脱却したように見える。しかし、本書を読めば、その好決算の内容が北米中心では、まだまだ本質的な変革には程遠く感じてしまう。

VWを理解するにつけ、そのブランド・ポートフォリオはまるで、ロレアルのブランド管理のように見え、M&AはLVMH(モエ・ヘネシールイ・ヴィトン)のグループ経営のように見えてしまう。

やはり、欧と米は全く違う。真のグローバル化を考えるとき、植民地経営?の先輩である欧州企業のことをもっと勉強すべきだし、特に日本モノづくり代表のトヨタとの比較は、非常に興味深い。

 

●7040 エンターテインメント作家ファイル108(書評)北上次郎(本雑誌)☆☆☆☆

 

エンターテインメント作家ファイル108 国内編

エンターテインメント作家ファイル108 国内編

 

 

著者の評論は(少なくとも初期は)全部読んでいるつもりだったのだが、図書館でたまたま見つけた本書は(たぶん)未読だった。06年の本なので、そろそろ僕も著者と合わなくなってきたころなので、つい見逃してしまったのか。ただし、内容は90年代から、一作家一作品に絞った文庫解説中心で、結構面白く読めた。

もちろん既読の文章が多いのだが、こうやって90年代の文章を読むと、いかに僕が影響を受けたのか、一方今は如何に疎遠になってしまったか、つくづく考えてしまった。

幸福な本たちをあげておく。「雷桜」「新宿鮫」「邪魔」「ワイルド・ソウル」「双頭の鷲」「アド・バード」「流星たちの宴」「火怨」「ファイティング寿限無」「永遠の仔」「七回死んだ男」「不夜城」「山猫の夏」「神々の山嶺」「陰の季節」、ふういい時代だった。

 

●7041 ストロベリー・ロード (NF) 石川 好 (七つ森) ☆☆☆☆

 

ストロベリー・ロード (ノンフィクション・シリーズ“人間”)
 

 

GCSにおいて、僕は英語の理解の多くをを片岡義男の「日本語の外に」に負っているように、米国理解を石川好の著作、特に「ストロベリー・ロード」に負っていると語り、本書を課題図書として推薦した。

で、ひさびさに図書館で探したら、新装版が簡単に見つかったのはいいが、600ページを越す分厚さで、こんなに厚かったかなあと戸惑いながらもやっぱり読みだしたら止まらなかった。

ただ、僕が石川から教わった米国の本質、それは観念であり、フィクションであり、共同幻想である、ということは、本書の場合通奏低音ではあるが、表面のややもすればスラップスティック的、狂騒的なユーモアに隠されていて、たぶん三部作全部や石川のその他の評論も読まないと、深い理解にはたどり着けない危惧を抱いてしまった。

本書が面白ければ、ぜひ他の作品にも手を伸ばしてほしい。とりあえず心に残った部分をいくつか。

(米国人エリートと離婚した日本人移民女性)「わたしは本当にこの人と通じ合えると思ったの。でも、それはまちがいだったわ。二人で生活を始めると、彼の話は、アメリカ全体を背負った言葉なわけ。わたしのは第二母国語であとから覚えた言葉。

彼の言葉は圧倒的な力を持ってわたしに迫ってきたのね。男と女の楽しい『会話』から、男と女の生き方を巡る『言葉』の関係になっていった時、そのことを思い知ったわ」

「アメリカは、あのベトナムの領土が欲しいとか、そういった理由で戦争をしているわけではありません。ふつう戦争をする時は必ず領土的な野心があるものですが、アメリカにはそれが全くありませんね。これだけはまちがいありません。

ただひたすら『正義』のためにアメリカは戦っているのです。いいですか、『正義』のために、です。しかし、観念で戦争ができる国なんてほかにありません。でも、その過剰な正義感がこの国をだめにしていくのです」

「アメリカは、そこにあるのではなく、これから彼(人々)が向かう場所であった。たとえ到達できる見込みのないゴールかもしれないが、人々は、この先に、この生活の果に『アメリカ』は在る、と信じているようだった」

「アメリカというのは『終ることのない大きな物語』であり、アメリカの外に、アメリカに匹敵するような大きな物語の成立を許さない」

本書の時代から半世紀近くがすぎ、それでもまだアメリカは大きな物語=正義を語り続けているのだろうか。しかし、もはやそれは満身創痍に見えてしまう。そして、結論は、たぶんアメリカという国も存在ではなく、アメリカという現象にすぎないのだと思う。

 

 ●7042 喝 采  (ミステリ) 藤田宜永 (早川書) ☆☆☆

 

喝采 (ハヤカワ・ミステリワールド)

喝采 (ハヤカワ・ミステリワールド)

 

 

探偵竹花がリアルに年を重ねてしまい60歳になってしまった反省?か、本書の舞台は70年代前半である。(題名は、ちあきなおみの喝采)そして、本書はまた(たぶん)チャンドラー「長いお別れ」へのオマージュであろう。

冒頭のハードボイルドの定型を逆手に取ったようなギミックは、なかなか気に入ったのだが、残念ながらこれは本筋とはほとんど絡まない。

そして、後半にかけて、やたらいろんな登場人物が現れ、ストーリーは錯綜し、迷走を始める。これは、どうしたことか。藤田はもともとパズラー作家ではないので、ロジックは弱いのかもしれないが、これはちょっとひどい。

で、結局本家と同じオチに無理やりまとめてしまうのだが、著者はもうミステリの書き方を忘れてしまったのかもしれない。期待が大きかったので、残念。

 

 ●7043 獏の檻 (ミステリ) 道尾秀介 (新潮社) ☆☆☆★

 

貘の檻

貘の檻

 

 

直木賞をとってからの著者にはあまり興味を持てなかったのだが、今回は初期の真備シリーズのテーストのある著者の集大成的作品、などと「本の雑誌」が持ち上げるものだから、つい読みだした。

確かに、冒頭から横溝テースト全開なのだが、一方では意味不明の主人公の悪夢の描写があまりに多い。その結果ミステリというより幻想・ホラーテーストが強すぎて、なかなか物語に入り込めなかった。

メインの物理的トリックは、自然や村の風習と絡んでいて、結構いい出来だと思うし、まあこの犯人の設定及びトリックも許してもいい。でも、なんでこんな描き方をしてしまったのか。

ここは、幻想・ホラーテーストを排して、素直に横溝的なミステリにしてくれれば、ある程度の傑作にはなったと思うのだが、これではバランスが悪いし、読みにくくってしょうがない。

 

 ●7044 呪いの時代  (思想哲学)  内田 樹  (新潮社) ☆☆☆☆

 

呪いの時代

呪いの時代

 

 

どうも最近は内田のポリティカルな発言に、素直に賛同することができず、御無沙汰していたのだが、「呪い」というキーワードがインターネット、いや世の中に氾濫する「悪意」を表す言葉として、あまりにはまっていて本書を手に取った。

正直、前半を読んでいたときは満点をつけたいと思うくらいだった。その「呪い」の正体は、まさに内田のいう小児的な自尊感情の際限ない肥大化、暴走であり、それは「無限の可能性」などという甘言を無責任に垂れ流しながら、「無限の可能性を開花させるためには、自分の無知や非力を知る必要がある」という常識を語れなくなった社会=大人にある。

まさに「世間」の荒廃、ここに極まれり、である。しかし、本書は月一の長期連載ということで、だんだんテーマがあちこち迷走を始める。もちろん、内田の言説には既視感はあっても、毎回きちんと面白く読ませてくれるのだが、「呪い」はどこに行ってしまったんだ?というのが、正直な感想。

特に「贈与経済」に関して内田が語りだすと(まあ、田坂さんですらそうなのだが)どうにも、リアリティー=具体性が足りない。(内田の言説は、思考の冒険・実験として読むべきで、現実の処方箋として読んではいけないことを再確認)

あと、特定の政治家への内田の言及自体が「呪詛」に満ちている気がしてしまって、ちょっと嫌になってしまった。そして、この連載はラストで「大震災」と遭遇する。ここで、語られる内田の霊的な言説は、深く共鳴しながらも、違和感もまた感じてしまう。このあたりは、もう少しじっくり考えてみたい。

 

●7045 そして名探偵は生れた (ミステリ) 歌野晶午 (祥伝社) ☆☆☆☆

 

そして名探偵は生まれた

そして名探偵は生まれた

 

 

最近文庫化され評判の作品。「山荘・孤島・館」というパズラーのコードに則った中編三篇が収録されており、巷では特に「生存者、一名」の評価が高いが、僕は冒頭の表題作が一番気に入ってしまった。

まあ、ダークパロディとでもいうべき作品だが、北村や倉知もよく似たテーストの作品を書いているが、こっちはさらにもう一回ひねっていて、タイトルの意味が最後にわかるのがうまい。

ただ、どうにも描き方が偽悪すぎて、それが逆に驚きを半減しているように感じた。ここは、もっと隠すべきではないだろうか?(なんて、何を書いているかわからないだろうなあ)

そして、問題?の「生存者」だけれど、論理は隅々まで計算され、良くできていると思う。ただ、このオチは意外性のための意外性、という感じで、ちょっと人工的すぎる。まあ、それでも「そして誰もいなくなった東京島・瓶詰の地獄バージョンとして、一読の価値はあると思う。

ラストの「館という名の楽園で」は、トリックは途中で(細かい点はともかく)ある程度解ってしまう。ただ、もっとダークなオチじゃないか、と思っていたら、意外ににストレートに終わってしまったのだが、これはこれでマニアにはシミジミきてしまう、かな?

いずれにしても三作とも水準は超えていて、なかなかレベルの高い作品集であることは間違いない。

 

●7046 忘れられた花園 (ミステリ) ケイト・モートン (東京創) ☆☆☆☆

 

忘れられた花園 上

忘れられた花園 上

 

 

忘れられた花園 下

忘れられた花園 下

 

 

「秘密」が予想以上に良い出来だったので、著者の出世作である本書を何度か読もうとしたのだが、そのたびに撃沈。

というのも、本書は基本的に3つの時制の物語がかなり自由にいったりきたりするのだが、実は細かく見るとその中にも違った時制の物語がいくつかあり、(更には作中作としての童話がいくつかあり)正直なかなか読み進めなかったのだ。

ただ、その時制の複雑さが、物語を複雑にしているかというと、それはそれほどでもない。ようは、感情移入したとたんに、全然別の話が始まる、という構成にいらついてしまったのだ。

しかし上巻の半ばすぎあたりから、各パーツの物語が長くなったのか、僕がさすがに慣れてきたのか、やっと調子がでてきて、あとは相変らずの青木純子の名調子もあって、一気読みだった。

「秘密の花園」も「嵐が丘」もディケンズも読んだことが無く、ゴシックロマンというと「レベッカ」くらいしか知らない僕に、本書の魅力が分かるのか正直不安だが、「五輪の薔薇」やゴダードのようなミステリとして、楽しめたことは間違いない。

ただ、ミステリとして観た場合、ラストのオチが、あまりにも予想通りなんだよね。でも、これは「秘密」でも感じたことで、モートンを単純にミステリの価値観で評価するのは、カテゴリーエラーなんだろう。

でも、それを除いても、やっぱり「秘密」のほうが、プロット展開等々かなり上(上達した?)だと思う。というわけで、次作に期待したい。

 

●7047 家守(やもり) (ミステリ) 歌野晶午 (KAP) ☆☆☆★

 

家守 (カッパ・ノベルス)

家守 (カッパ・ノベルス)

 

 

題名からして、てっきりホラー短編集かと思ったら、これまた結構ディープなパズラー集だった。ただ、冒頭の「人形師の家で」と「家守」の二編は、凝った内容なんだけれど、どうにも見せ方がうまくない。

「人形師」はピグマリオンのトリックをもっと強調すべきだろうし、「家守」の機械的トリックはイマイチいただけない。(ただ、最近このパターンのオチに良く出あう。いったい、日本の床下には何人の死体が埋まってるんだろうか?と真剣に考えてしまった)

次の「埴生の宿」が個人的にはベストか。まあ、傑作と力むほどではないが、「桜葉」トリックに見せかけて、島田的(大バカ)物理トリックにもっていくところが面白い。あと二作「鄙」と「転居先不明」は、駄作とは言わないが、ちょっとレベルが落ちる。

 

●7048 西郷隆盛伝説の虚実 (歴史) 安藤優一郎 (日経新) ☆☆☆☆

 

西郷隆盛伝説の虚実

西郷隆盛伝説の虚実

 

 

何度か書いたが、西郷という人物の本質が良くわからなくて、時々勉強してみる。今回は本屋でキャッチャーな表紙(勝対西郷の江戸城会談場面)に魅かれて立ち読みしていたらどんどん引き込まれて、あわてて図書館に予約した。

本書の最大の特長は、学術的な内容なのに、引用も含めて非常に読みやすいこと。さらに、普通はスキップされる、戊辰戦争終了から征韓論に至る間の西郷の行動を、実に丁寧に描いていること。

そして、それは西郷を考えるとき、避けて通れない、あの久光との確執の連続となるのだ。西郷を調べていていつも気になるのは、いくらなんでも久光に面と向かって「地ゴロ=田舎者」と言うのはあんまりだ、という点。

それを本書は西郷の本質を以下のような基調で、豊富な資料をもとに描き出すのだ。

勝海舟の言葉に象徴されるように、西郷は度量が非常に大きい人物として今もなお英雄視されている。仁愛に富んだ類まれなる人格者として広く敬愛される存在だ。

明治維新最大の功臣で政府のトップまで上り詰めながら、西南戦争を境に賊臣に転落し、最後は城山の露と消えた劇的な生涯が人々の感情を大いに揺さぶった。

そして西郷を英傑として転生させ、その後日本に危機が訪れるたびに救世主と仰がれる伝説上の人物にまで昇華させた。その点、坂本龍馬と相通じる面があるだろう。

しかし、西郷の人生を追っていくと、そんな世間のイメージとはかけ離れた素顔が見えてくる。

確かに部下には人望があり豪傑肌であったが、度量が狭かったため敵が多かった。激情家であり好悪の感情も強かった。政治家としては好戦的で独走する傾向があった」

これでは、あんまりでは?という気もするが、西郷の二面性や矛盾・謎を常に感じる僕にとっては、単純な英雄論よりははるかに腑に落ちる部分が多い。もちろん、かなり零れ落ちている気もするが。

(僕は龍馬暗殺は、革命家西郷の、西南戦争敗北は理想家西郷の、それぞれ意識的な行動ではないか、とずっと思ってきた)

今、思うのは後半あの川路大警視がでてくるが、山田風太郎は西郷をどう理解していたのだろうか、ということ。確か西郷星のことは明治モノに何度かでてきたような気がする。そして、英雄の望まれる時代は、やはり不幸な時代であるという、辛い真実だ。

 

 ●7049 路地裏の迷宮踏査 (エッセイ) 杉江松恋 (東京創) ☆☆☆☆

 

路地裏の迷宮踏査 (キイ・ライブラリー)
 

 

著者の書評は正直趣味が合わないのだが、今回は海外ミステリに関する(マニア以外には全く意味のない)薀蓄連載をまとめたもので、結構興味深く読んでしまった。

ただしたぶん著者が狙ったのは、あの故・瀬戸川猛資の名作「夜明けの睡魔」「夢想の研究」の路線なのだろうが、さすがにそこには遥かに届かない。

まあ、それでも何冊か急に読みたくなった古典があるし、なにより英国ミステリ界の意外な人間相関図(しょせん小さい上に、階級問題が絡んでくる、と言ったらかわいそうか)に結構驚いてしまった。

 

●7050 闇に香る嘘 (ミステリ) 下村敦史 (講談社) ☆☆☆★

 

闇に香る嘘

闇に香る嘘

 

 

今年度(第60回)乱歩章受賞作。有栖川有栖を始め、選考委員全員が絶賛、ということだが、確かにミステリ的などんでん返しは良く出来ているのだが、作品としては僕はそれほど魅かれなかったのだ。

中国残留孤児問題や孫の腎臓移植問題、等々あまりにも重いテーマを描くには、まだ筆力不足を感じてしまった。その結果、ちょっと無茶な設定もあって、人物造形がイマイチで、なかなか感情移入しずらいのだ。(長さのわりには、ちょっと登場人物が多いのかもしれない)

また、点字の暗号は必然性がない。というか、主人公を盲目にせず、過去の記憶(の曖昧さ)をテーマにした、ストレートな作品にした方が、せっかくのどんでん返しが生きたような気がするのだが。さて、著者は薬丸のような社会派となるのか、どんでん返し作家となるのか、注目したいと思う。

 

●7051 三つの棺 (ミステリ) ジョン・ディクスン・カー (早川文) ☆☆☆☆

 

三つの棺〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

三つの棺〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

カーの作品のほとんどは高校(創元文庫)大学時代(HPM&文庫)に読んだのだが、読み残しを何度か大人になってトライしたのだが、悉く挫折した理由が本書を読んで良くわかった。

そもそも、本書の巻末のカーの長編リスト(これは全ての版が網羅された優れもの)だと、23冊しか読んでいないことに愕然としたのだが、特に後期は全く読んでいない。

そして、僕はずっとカーのベストを本書としてきた。(たぶん、高校生の終わりころにHPMで読んだような気がする)ただ、当時も本書が本当に傑作なのか、不思議なことに確信がなかった。

で、新訳のはずの本書を読んでわかったのだが、やっぱり本書は無茶苦茶読みにくいし、トリックのディティールが解りにくいのだ。しかも、旧訳はさらに評判が悪く、当時も良くわからないことがかなりあったのだと思う。

しかし、よく考えるとカーの傑作と当時言われた作品の多くも、やっぱり読みにくくて、解りにくかったのだ。だから傑作ではない?カーの作品を、当時も読みたいとは思わなかったのだろう。

もちろんそれでも、本書の大逆転トリックや意外な犯人、そして被害者の末期の言葉等々には、大いに魅力があるし、あの密室講義の意義も忘れるわけにはいけない。

ただ、フェル博士のもったいぶった物言いや、錯綜しているのに単調なプロット、泥臭いユーモア等々、これは新訳でも解消できず、本当に読みづらい。まあ、黄金時代のパズラーはすべてそうなのだが、それにしてもカーはひどいと感じる。

そして、再読して驚いたのは、この素晴らしいトリックが成立するための、たったひとつの偶然が、あまりにも偶然過ぎて・・・・今後、カーのベストは、もっと読みやすくてスマートな印象だった「囁く影」「貴婦人として死す」「ユダの窓」「黒死荘」あたりから、選ぶことにしよう。

カー初心者が最初に「三つの棺」を読むのは、薦められないなあ。まあ、先に読んだ「路地裏の迷宮踏査」で、杉江が、マルクス兄弟の映画「我輩はカモである」からトリックをインスパイアされたカーの傑作、と書いているのは、本書のことであるのは、良くわかった。

 

 ●7052 消された「西郷写真」の謎 (NF) 斎藤充功 (学研パ) ☆☆☆

 

 

西郷の勉強のつづき。西郷の写真が存在していない、だとか、上野の西郷さんの銅像を見て、奥さんがちっとも似ていない、といったとか、西郷の写真にはいろんな伝説がある。

しかも、トンデモ写真の元祖「フルベッキ群像写真」から始まり、魅力的なビジュアルがこれでもか、というくらいでてくる。

しかし、残念ながらその内容は、西郷の真の写真も、途中で大脱線して本書が大きなページを割いた「明治天皇すり替え説」(トンデモ説?)も、結局全部はっきりしていないんだよね。

その上、たぶん構成が良くないのか、話があっちこっちに富んでしまい、ちっとも収斂せずにイライラしてしまう。一話一話の興味深いエピソードが、雑誌に連載されたときは、それなりに面白かったのだろうが、もうちょっとキチンとまとめてほしかった。

 

 ●7053 非写真 (ホラー) 高橋克彦 (新潮社) ☆☆☆☆
 
非写真

非写真

 

 

傑作「緋い記憶」に始まる、記憶にまつわるホラー集の姉妹編とも言うべき、写真に関連したホラーを集めた作品集。読み終えて、何かとんでもないものを呑んでしまったような気もしてしまうのだが、やはり本書は傑作だろう。

とにかく、本書の各作品には著者が実際現在凝っていて、展示会までやってしまったカメラ=写真に関する薀蓄がやたら多い。個人的には、写真と小説の比較あたりまではいいが、レンズやカメラの技術的な話になると、まったくチンプンカンプン。

しかも、その後ネットで調べたら、本書で取り上げられるイベントには、実話がかなりあるようだ。閑話休題。冒頭の「さるの湯」はまあ普通のホラーなのだが、次の「合掌点」と「モノクローム」は、盛岡在住の著者が震災にあって書かれた作品で、特に「合掌点」は、読後頭を抱えてしまいそうな、こんなのありか?という作品。

これだけでも、胃にもたれてしまう。「モノクローム」は、もう少し洗練されているが、これまたどっしり胃に重たい作品。そして、次の「約束」が本書のベスト。よく考えたらホラーではないのだが、この年になると、涙なしでは読めないラストだ。

「遠く離れて」は、時々著者にあるデーモニッシュでスケールの大きいホラーだが、ちょっと解りにくい。

続く「ゆがみ」と「あの子はだあれ」は、過去に上梓された作品から、テーマに合わせて再収録されたようで、だいぶタッチが違うシンプルなホラーである。でも、さすが高橋クラスの筆力になると、こういうシンプルな作品の方が単純に怖いのも確か。

そして「遠野九相図」は、グロテスクなオチがうまく決まり、ラストの表題作もシンプルだが、やはり怖い。全体に、同じ展開の作品がいくつかあるのがちょっと気になったが、やはりそのバランスの悪さを考慮しても、本書はやはり傑作というべきだろう。

 

●7054 嫌われる勇気 (思想哲学) 古賀史健 (ダイヤ) ☆☆☆☆

 

嫌われる勇気

嫌われる勇気

 

 

話題のベストセラー。(アマゾンには500件近い書評がアップされている)正直アドラーのことはほとんど知らなかった(何かマズローとつながっていて、米国の自己啓発学者のイメージだった)のだが、つい冒頭を立ち読みしたら、世界は客観でなく主観、だから変えられる、というメッセージが、ポジティブ・ニーチェみたいで興味深く、結局最後まで読んでしまった。

で、結論は前半は素晴らしいと思う。ただ、後半はちょっと違和感もかなりあって、未だにきちんと整理できない。前半はあの苦悩に満ちた陰鬱な闇から射す一筋の光のようなニーチェではなく、論理的かつポジティブ、功利的な米国版ニーチェみたいで、面白く読めた。

特に「原因論」から「目的論」や、コンプレックスの本質、そして「すべての悩みは、対人関係の悩み」「お前の顔を気にしているのはお前だけ」という痛快な喝破あたりは、自己の「龍」を飼いならすためのアイディアに溢れている。

しかし後半になって、「共同体感覚」がでてくると、著者もここがアドラー心理学で一番理解されにくい、とは書いているが、ちょっとなあ、という感じになってくる。(ニーチェの超人とは真逆の展開)

そして、後半を読み終えると、正直アドラー心理学ってそんな簡単なものではない(実践はかなり難しい)と強く感じてしまった。まあ、これは深読みしすぎかもしれないが、ニーチェニヒリズムの深淵からなんとか逃れようとするポジティブさならば、アドラーのポジティブは、分裂・戦争・殺戮を繰り返した欧州の血の涙によって生み出された気がしてきた。

そう、後半で引用されるヴォネガットの「スローターハウス5」は偶然ではないのだ。何しろヴォネガットの本質は「人類への怒りを込めたラブレター」なのだから。しかも、時間を連続ではなく、過去も未来もなく、刹那を生き切れ、と言われたら、これはまるでトラファマドール星人の時間そのものではないか。(「タイタンの妖女」参照)

閑話休題。というわけで、どうにもおさまりが悪いので、昼休みに丸善に行って、話題のマンガバージョンを立ち読みしてきたけど、悪くはないんだけれど、マンガだと零れ落ちるものが多すぎて(何かやっぱり自己啓発本の香りが強すぎる)結局立ち読みで済ましてしまった。

で、最初はどうかな、と感じた、昭和の生き残りのような自意識過剰青年と哲学者の会話、という本書の構成が、実は必然であったような気がしてきたのだ。この書き方でないと、やっぱり自己啓発色がアドラーは強すぎる気がするのだ。

 

●7055 愚民文明の暴走 (思想哲学) 呉智英×適菜収 (講談社) ☆☆☆

 

愚民文明の暴走

愚民文明の暴走

 

 

ひさびさに呉智英の本を入手したのだが、相方があの「いたこニーチェ」の作者で、少々不安だったのだが、残念ながら的中してしまった。呉智英こそ、博覧強記兼ぶれない人なのだが、今回は二人の3回の対談をもとに編集した、とのことだが、とにかく話があちこち飛びまくるのだ。

その結果、せっかくの知識が単なる羅列になってしまい、普段ならしつこいくらい粘っこい呉の本が、妙にポップで薄っぺらく感じてしまった。本来なら双葉社か新書ででそうな本なのに、講談社からソフトカバーとは。もう少し丁寧な本つくりが必要じゃないだろうか、こういうテーマを語るときは。

 

 ●7056 七人のおば (ミステリ) パット・マガー (創元文) ☆☆☆☆
 
七人のおば (創元推理文庫)

七人のおば (創元推理文庫)

 

 

実は評判の「ハリークバート事件」を土日で読むつもりだったのだが(上巻半ばまでは快調)レッズがダービーを何と4-0で勝ってしまい、飲みすぎてギブアップ、期限切れで返却となってしまった。(一応再予約)

で、読む物が無くなって日曜日の夜、何と本書を読みだしたのだが(たぶん上記「路地裏の迷宮踏査」でほめてあったんだと思う)これが予想外の圧倒的なリーダービリティーで、やめられなくなって一気に読んだ。

題名通り7人もおば(夫婦)がでてくるので、混乱しそうなものなのだが、これがキャラ立ちまくりというか、世界嫌な夫婦選手権でもやってるようで、凄いとしか言いようがない。

誰かが「わた鬼」の最強化バージョンと書いていたが、何となくイメージはできる。で、途中本書がミステリであることを、つい忘れてしまうのだが、ラストの解決はきちんと論理的に処理され、良く出来たミステリとなっているのだ。まあ、僕は別のもっと意外な解決を2パターン考えていたのだが、見事に外した。

本書はかつて「怖るべき娘達」という題名で読んだはずなのだが、ほとんど内容を忘れていた。ひょっとしたら、新訳(といっても86年なのだが)が素晴らしいのかもしれない。パットマガー恐るべき。きちんと読んでみることにしようと思う。