2014年 1月に読んだ本

 ●6898 Xの悲劇 (ミステリ) エラリー・クイーン (角川文) ☆☆☆☆

 

Xの悲劇 (角川文庫)

Xの悲劇 (角川文庫)

 

 

さっそく古典の再読です。たびたび書いてきたが、僕のオールタイムベストはずっと「Yの悲劇」である。しかし、「Xの悲劇」に関しては世評ほどいい印象がなくて(とは言っても、中学生の時読んだきり)それをはっきりさせようと考えたのだ。

で、新訳はやはり素晴らしく、あっと言う間に読んでしまった。そして「ギリシア」と同じく、記憶に残っている部分(本書なら、満員電車、レーンの変装、大時代的な復讐の物語、ダイイングメッセージ)が本当にメインで、あとは証人尋問が延々続く、というシンプルな構造なのだ。

本書での一番の驚きは(福岡流に言うと記憶の改変?)ラストのダイイングメッセージの論理が、付け足しと思っていたら、堂々としたもので犯人指摘のメインロジックとつながっていて感心してしまった。

また、第一の殺人の犯人指摘のロジックも、覚えていたのだが、その緻密さには驚いた。それに比べて、第二の殺人はちょっと無茶だし、創意が足りなく感じた。(バールストン・ギャンビットがシンプルすぎるのだが、これは時代的にしょうがないのか)

たぶん、中学時代一番がっかりしたのは、そのホームズの長編的な動機の(古臭い)設定だったと思うが、ここに関しては今回もイマイチに感じた。

そして再読して驚いたのは、レーンのわざとらしさなのだ。突然シェイクスピアを引用したり、変装したり、真相を隠して新たな殺人を招いてしまうのはあんまりでは?というわけで、パズラーの古典は、素晴らしき少年時代の記憶に止めておきべきなのだろうか?

 

 ●6899 十字軍物語 (歴史小説) 塩野七生 (新潮社) ☆☆☆☆

 

十字軍物語〈1〉

十字軍物語〈1〉

 

 

というわけで、十字軍物語三部作に挑戦。いきなり、あの「カノッサの屈辱」が描かれるが、教科書には描かれないその後の物語が興味深い。

僕が十字軍(宗教的熱狂)にあまり 興味が持てないのと同じく、塩野も、いや彼女こそ、宗教の持つ負の側面を知り尽くしていて、一部を除いた本書の登場人物たちには嫌悪感すら持っているはずなのに、彼女の筆は、第一次十字軍の愚かしくも勇猛な物語を、生き生きと描き出す。

(山賊の親玉のような世俗の塊で、女性にもてるボエモントなら、彼女の好みのように感じる)

しかし、イスラム側は、最後までこれが宗教戦争であることに気が付かないとは、いかにも間抜けな戦いではある。「海の都」で描かれた十字軍が、あまりにも愚かだったので、興味を持てないでいたが、これならフリードリッヒ二世までたどり着けそうだ。

 

 ●6900 カクメイ (ミステリ) 新野剛志 (中公社) ☆☆☆★

 

カクメイ

カクメイ

 

 

「美しい家」は傑作とは言い切れないが、どうにも個人的に後を引く作品だったので、つい本書も読みだした。そして、やはり同じ感想を持ってしまった。

正直ミステリとしては意外性が全くない、というか破綻している。また肝心のヒロインの行動に、全然説得力がないのも大きな瑕疵だと思う。だのに、ラストまで一気に引き込まれ、読了して今回もやはり何か後を引くのだ。

で、つらつらと考えて、それは「昭和のテースト」ではないか、と思い至った。前作と同じく、本書も昭和の終わり、これから堕ちていく日本が舞台であり、そこに腐臭とまではいわないが、結局完成せずに崩れ始めた絶望感のようなものを感じてしまう。

今回の主人公たちも、バブルの落ちこぼれ、経済大国日本の貧者たちである。そして、もうひとつ、本書の主人公の母親の醜さ(他人の冤罪事件に借金までしてのめり込みながら、息子に大学進学をあきらめさせる、エゴのかたまりの元学生運動家)は、僕らの世代にしか感じ取れないのかもしれない。

 

 ●6901 ローカル線で行こう! (ミステリ) 真保裕一 (講談社) ☆☆☆☆

 

ローカル線で行こう!

ローカル線で行こう!

 

 

題名と表紙を見ただけで、「県庁の星」と北三陸鉄道がイメージされてしまい、「デパートへ行こう!」がつまらなかったのもあり、返却日ギリギリまで手が出なかったのだが、読みだすとさすがに一気だった。

前半は廃線間近の第三セクターに、いきなりカリスマ・アテンダント(新幹線の売り子)が社長に抜擢され、県庁のおちこぼれ出向者のサポートで経営を立て直していく、というような予想通りの絵に描いたサクセス・ストーリーだが、それはそれで面白く読めた。(Tシャツ型切符のアイディアは素晴らしい)

ただ、これは別に著者が書かなくても、奥田あたりにまかせておけば?という気もした。(この時点では本書がミステリとは思わなかった)

しかし、後半妨害活動がエスカレートし、本書は社会派ミステリと化す。そして、衝撃のラスト。(実はある程度予想はついたが)まあ、読了して、こういう作品にしてしまって良かったのか、まだ迷うのだが、少なくとも「デパート」よりは、格段に良い出来だった。

 

●6902 ペテロの葬列 (ミステリ) 宮部みゆき (集英社) ☆☆☆

 

ペテロの葬列

ペテロの葬列

 

 

前半のバスジャックがなかなか面白くて、「ソロモン」によって宮部は変わったのか?と期待してしまったのがあさはかだった。このシリーズが僕に合うはずがないのだ。

そもそも、バスジャックの肝心の動機が結局納得できない上に、慰謝料のやりとりや、それが杉村の退職につながっていく展開は?の連続。後半ストーリーはグダグダになってしまう。

そして、前作を読んである程度予想していたラストのカタストロフィー。確かに驚きかもしれないが、エンターテインメントとして何でもやっていいわけではないと思う。(これ、このままTV化するのだろうか)

宮部としては、私だってイヤミスが書けるのよ!という感じかもしれないが、正月早々読まなきゃよかった・・・・

 

●6903 盤上の人生、盤外の勝負 (NF) 河口俊彦 (マイナビ) ☆☆☆★

 

盤上の人生 盤外の勝負

盤上の人生 盤外の勝負

 

 

今回は平成22年という直近まで描かれているので、その後の物語を期待したのだが、この変化のなさは何だろうか?

結局、大山、升田、中原、米長、らに比べて、谷川を挟んだ新人類(羽生、佐藤、森安)たちが、あまりにも無色無臭、行儀が良すぎて、エピソードにインパクトが足りないのだ。

そういう意味では、大崎が羽生ではなく、村山を描いたのは、慧眼だったのだろう。

 

 ●6904 十字軍物語2 (歴史小説) 塩野七生 (新潮社) ☆☆☆☆
 
十字軍物語2

十字軍物語2

 

 

さて、三部作の中間とくれば「帝国の逆襲」本書なら、イスラムの逆襲の物語である。

望外の成果を得た第一次十字軍によって成立したキリスト教国家において、第一世代が退場し才能が枯渇するのと対照的に、今度はイスラム側に人材が次々現れ、ついにサラディンが登場し(クルド人というのが驚きだが)エルサレムを奪回する。

十字軍というと、西欧側による戦闘ばかり描かれるところを、塩野はイスラムの視点と戦争の間のパレスチナの人々の生活を描くことで、物語を立体的にし(通常なら面白くない)第二次十字軍の物語を奥深いものとした。

特に十字軍国家の成功の陰に、宗教騎士団、城塞、そしてイタリアの海洋国家を挙げるのは、塩野らしく鋭いと感じる。(好き嫌いが相変らず明確なのは、ご愛嬌だが)

 

 ●6905 盤面の敵はどこへ行ったか (評論) 法月綸太郎 (講談社) ☆☆☆☆★

 

 

「ノックスマシン」で望外の評価を(たぶん)得てしまった著者の、ミステリ評論集。というわけで、今回もマニア以外には薦められません。前半は、著者の文庫解説を中心とした内容。

まあ、法月の解説はあまりにも衒学的でついていけないことが多いのだが(特に帯の推薦文には要注意)今回は、なかなか面白く読めた。(とは言っても、海外ミステリはチョイスが渋いのと、僕の読書量不足で、未読が続出してしまったが)

特に法月による相棒の分析(「古畑」「大捜査線」「ケイゾク」の影響)はメチャクチャ面白かった。また、西澤の未読の「腕貫探偵シリーズ」も、図書館で全作借りてしまった。

あと、樋口の「風少女」も読みたくなった。(確か読んだはずなのだが、法月や池上ほど僕には印象がない、というか「ぼくと、ぼくらの夏」の印象が強烈すぎるのだ)

しかし、本書の白眉は後半の、都筑とクイーンに関する論考。ここはもう法月の独壇場。マニアはかしこまって、御説拝聴するしかない。

 

 ●6906 夢でまた逢えたら (エッセイ) 亀和田武 (光文社) ☆☆☆☆

 

夢でまた逢えたら

夢でまた逢えたら

 

 

亀和田の作品と言えば「まだ地上的な天使」「1963年のルイジアナ・ママ」「ホンコン・フラワーの博物誌」あたりが思い浮かぶが、どれも80年代の作品であり、著者がテレビの人になった(と僕が思い込んだ)こともあり、本当にひさしぶりな感じがした。

で一昨年の年間ベストのあちこちで見かけた本書だが、内容は正に80年代フラッシュバックという感じで、ノスタルジーにたっぷり浸ってしまった。

正直言って、著者のサブカルチャー交友自慢話のような内容なのに、いやらしくならないところが人柄なのか、芸なのか。

中でもナンシー関蓮舫の悪口を言いまくるところが爆笑なのだが、もう一人松野頼久も実名でぼろくそで、政治家は特別扱いなのだろうか。まあ、女子プロレスマニアの堺屋太一の描写には、ある種の愛情を感じたのだが。

 

 ●6907 十字軍物語3 (歴史小説) 塩野七生 (新潮社) ☆☆☆☆

 

十字軍物語〈3〉

十字軍物語〈3〉

 

 

さて、今度は「ジェダイの復讐(帰還)」と思ったら、残りのエピソードを全部ぶち込んだ大作だった。前半はリチャード獅子心王の大活躍でわくわくするのだが、弟(失地王)の裏切りで第三次十字軍によるエルサレム奪還はかなわない。

しかし、獅子心王サラディンの友情に裏付けられた講和は、パレスティナに四半世紀の平和をもたらす。これがいかに凄いかを、現在の中東情勢に照らして説明する、塩野のバランス感覚の素晴らしさ。

で、悪名高き第四次(これは「海の都の物語」参照)はコンスタンチノープルに、第五次はエジプトに迷走したあげく、第六次=フリードリッヒ二世の登場となる。しかし、本書はそれで終らず、「聖王ルイ」による第七次、第八次の情けない十字軍の終焉まで描ききる。

こうやって三冊読み切ると、やはり「ローマ人の物語」と「海の都の物語」+「コンスタンチノープル」「ロードス島」「レパント」三部作を読んでおかないと、本当の面白さは解らない気がする。それと佐藤賢一の「英米戦争百年史」も必読かな。

 

●6908 眠りの庭 (ミステリ) 千早 茜 (角川書) ☆☆☆☆★

 

眠りの庭 (単行本)

眠りの庭 (単行本)

 

 

WEB本の雑誌の「今週はこれを読め」のコーナー(特に杉江松恋)とはなかなか意見が合わないのだが、これは大当たり。ひさびさに、本を読んでいて心が震えた。

「アカイツタ」「イヌガン」の二つの中編が収められているのだが、その二編の対比、関係性が抜群なのだ。

「アカイツタ」は、「恋」や「欲望」を書いていた頃の最良の小池真理子の小説のような、ミステリアスで艶めかしいタッチで一気に読ませる。小波という空虚な悪女の造形が凄い。そしてお約束のカタストロフィー。

しかし「イヌガン」はガラリと雰囲気が変わり、ままごとのような同棲生活の描写から始まるのだが、これがまた途中から現実感がガラガラと崩れて、真っ黒な虚空がポッカリ口を開けてしまう。

「私の男」のテーストをうまくソフィストケートした感じなのだが、ヒロインの正体と描かれない十年の重みが痛くて怖い。そして、見事なプロローグ。

正直ちょっと評価が高すぎるかもしれないが、今度は本書で直木賞にチャレンジしてほしい。本人はミステリを書いているつもりはないのかもしれないが、新しい才能の誕生だと感じる。「魚神」を読まなければ。

 

 ●6909 みずは無間 (SF) 六冬和生 (早川J) ☆☆☆☆

 

 

第一回ハヤカワSFコンテスト大賞作品。いやあ、とんでもないものを読んでしまった、という感じ。「ディアスポラ」のような超ハードSFとグチャグチャのラノベが交互に描かれ、ついには一体化してしまう、東浩紀曰く究極のセカイ系SF。

(しかし、同じ多元宇宙を描きながら、東の「クウォンタム・ファミリー」と本書の違いはどうだ。「クウォンタム」が由緒正しい楷書SFに見えてしまう)

特に主人公を襲う「みずは」との面倒くさい生活の記憶、いやみずはの圧倒的な欲望(過食)が、新しい世界創生につながってしまうトンデモナサは何と形容したら良いのか解らない。

いまだに消化不良で胃にもたれてしまう。正直読者を選ぶ作品で、誰にも薦めるわけにはいかないが、ゲテモノ好きはチャレンジする価値はある(ような気がする)。

 

 ●6910 光の王国 秀衡と西行 (歴史小説) 梓澤 要 (文春社) ☆☆☆★

 

光の王国 秀衡と西行

光の王国 秀衡と西行

 

 

著者は「百枚の定家」で脚光を浴びたのだが、その後コンスタントに作品を上梓しながらもイマイチブレイクしないなあ、という印象。個人的には「女にこそあれ次郎法師」は結構好きだったのだが。

しかし、今回は秀衡と西行というテーマが、僕のニーズにピッタリでひさびさに読みだした。しかし、正直悪くはないのだが、西行の描写に新しさを感じることができず、何より秀衡にイマイチ魅力がないのが物足りない。もう一歩の出来。

 

 ●6911 ブラインドサイト (SF) ピーター・ワッツ (創元文) ☆☆☆
 
ブラインドサイト〈上〉 (創元SF文庫)

ブラインドサイト〈上〉 (創元SF文庫)

 

 

ブラインドサイト〈下〉 (創元SF文庫)

ブラインドサイト〈下〉 (創元SF文庫)

 

 

これはもう読む前から、読了できるか危惧していたのだが、何とか読み通せた。しかし、何というか、究極のアンチ・スペースオペラとでも言う作品だ。何せ、冒頭の「突如地球を包囲した65536個の流星」という、超スペオペ展開がたった1ページでスルーされてしまう。そんなファーストコンタクトSFがありえるだろうか。

翻訳は嶋田洋一なので、文章はこなれているはずなのだが、設定が無茶苦茶なのにストーリー展開に動きが少なく、読み通すのに四苦八苦してしまった。チャンの解説を読むまでもなく、意識の無い知性(中国人の部屋)というテーマの重要性は分かるのだが、エンターテインメントとしては素直に評価することは難しいなあ、やっぱり。

 

●6912 桁外れの結果を出す人は、人が見ていないところで何をしているのか (ビジネス) 鳩山玲人 (幻冬舎) ☆☆☆☆

 

 

いかにもの題名に出版社、普通なら速攻スルーなのだが、今回新聞の広告にちょっと気になるメソッドがいくつか書かれていて、ついつい手にとってみた。

「同時に複数の仕事をこなす」だとか「コピーを頼まれたら、その書類の中身をチェックする」なんてのは、僕自身が実践してきたことだし、「相手の期待をつねに上回る」「リーダーでなくてもリーダーシップを発揮する」「ディスカッションの場で間違った英語を話すくらいなら、何も言わない方がよい、という考え方に、成長の芽を摘む危険性がひそんでいる」なんていうのもある。

で、こういう本の常で、あっという間に読了したが、ある水準はクリアしているので、読んで損はないと思う。(二人の若者とのメールのやりとりの話は、今の僕の問
 題意識にビビッドにシンクロした)

ただ、どうも内容が自慢話っぽい部分があるし、その結果、おいおい普通はそこまでやらない、やれないだろう、という部分もかなりあって、クリティカルに読まなければいけない本でもある。

と思っていたら、あとがき(おわりに)ですべて納得がいってしまった。著者がここまでやる理由、それをこうやって本にまとめた理由がわかってしまった。正直、ちょっと感動してしまった。というわけで、僕としてはこの本は、あとがきは最後に読んでもらいたい。

 

●6913 池上彰と考える、仏教って何ですか? (宗教) 池上彰 (飛鳥新)☆☆☆★

 

池上彰と考える、仏教って何ですか?
 

 

偶然図書館で本書を見かけて読みだしたのだが、正直悪くはないが食い足りない。テレビの池上の切れ味(3・11以降、その切れ味はやや鈍っている気もするが)が、何冊か読んだ著作や週刊誌の連載では、うまく発揮できていないと感じるのはなぜだろうか。

やはりTVという(低レベルの?)メディアにおいてのみ、池上の論理は目立つのだろうか。まあ、逆に僕が面白いと思う本(哲学でもミステリでも)をTV化すると、複雑すぎるのかもしれないが。

ただ、最後のほうで、池上が自分が記者として多くの死者を見てきた体験を語る部分は、テレビでは表現できない彼の本質を少し覗いた気がした。

また、確か彼が米国のファンダメンタリストのアンチ進化論活動に関して、かなり批判的な番組を作っていて、その背景の思想が本書で良くわかったような気がする。

そういう視点を持ったTV関係者が他にいるのだろうか。現状の日本仏教への批判も真っ当なものではある。

 

●6914 大江戸恐竜伝4 (伝奇小説) 夢枕 獏 (小学館) ☆☆☆☆

 

大江戸恐龍伝 第四巻

大江戸恐龍伝 第四巻

 

 

やっと調子が出てきた。そうか、こうやって恐竜と源内がつながって行くのか。次回最終巻は、ついにお江戸で恐竜が大暴れ、ということか。しかし、「宿神」もそうだったが、やっぱり助走に時間がかかりすぎだと思う。全三巻くらいにならないものだろうか。

 

 ●6915 地上最後の刑事 (ミステリ) ベン・H・ウィンタース (HPM)☆☆☆★

 

地上最後の刑事

地上最後の刑事

 

 

半年後に彗星が地球に激突する、という状況下の警察小説。まあ、妙なことを考えるものだが、世の中のアノミーと地道な捜査がうまくミスマッチを起こしていて、悪くはない出来。(今読んでいる「深紅の碑文」と比べて、あまりにも無抵抗なアノミー状態にはあきれてしまうが)

ただ、ミステリの謎がやっぱり小粒すぎるかな。ラストのオチにはちょっと驚いたけれど。どうやら三部作らしいが、最後まで付き合うべきか?

 

 ●6916 深紅の碑文 (SF) 上田早夕里 (早川J) ☆☆☆☆

 

深紅の碑文(上)

深紅の碑文(上)

 

 

深紅の碑文(下)

深紅の碑文(下)

 

 

畢生の大作「華龍の宮」の続編。まさか、あの巨編を上回るボリュームの続編が上梓されるとは思わなかったのだが、今本書を読了して、著者が続編を書こうとした気持ちは何となく理解できる。

本書にはふたつの大きなストーリーがある。ひとつは、ユイを中心としたDSRD(深宇宙研究開発協会)による、無人(AI搭載)宇宙ロケット「アキーリ号」打ち上げの物語であり、もうひとつは(こっちの方が主だが)陸に武力で抗う海上民の海賊ラブカのリーダーザフィールと、何とか和平に持ち込みたい、救援団体パンディオンの会長、青澄(前作の主人公)の物語である。

そして、前者は「華龍」のラストにおいて、やや唐突に出てくる「L計画」の詳細である。たぶん、前作の読者はこの「L計画」にとまどったと思う。僕も一応好意的に評価したが、正直書き込み不足は感じていた。

しかし前作において「L計画」を詳細に描くと、全体のバランスは大きく崩れただろう。そういう意味では、本書においてその本来描かれるべきだった背景を、丁寧に語った必然性は良く解るし、それはある程度成功していると思う。(青澄が最後までアキーリ計画を理解しないのが、逆にリアルだ)

そして、ザフィールと青澄の物語の背景というか、真ん中に置かれるのは、前作において青澄がツキソメに約束した、海上民のための避難場所、マルガリータである。これもまた、前作では描ききれなかったといってもいい部分だ。(計画だけで、マルガリータという名前は出てこない)

ただ、本書は前作でも強く感じた、まるで眉村の司政官シリーズのような、ポリティカルな官僚たちの描写がさらに強められており、人によってはそこに違和感を感じるかもしれない。

しかし、僕としては、ふたつの物語をつなぐ「救世の子」たちの存在(特にマリエ)が面白かったし、ゼーレのような「見えない十人」というアイディアも気に入ってしまった。

で、最後に本書は、様々な登場人物たちの「死」を描いた、メメントモリの物語である、と強く感じてしまった。(小松左京の死にインスパイアされたわけではないだろうが)

読了後、本屋で前作の最後をパラパラ読んだのだが、青澄とコピーマキの出会いのシーンなど、まったく同じ部分があって、じーんときてしまった。

そして、前作のラストでは「プルームの冬」の描写があるので、本書はその後の物語ではなく、あくまで補足の役割であり、そこが少し物足りない気もするが、それは贅沢な悩みとしておこう。(ただし、本書を読むには、前作を読んでおくことは必須です)