2013年 11月に読んだ本

●6846 千思万考 乱の巻 (歴史) 黒鉄ヒロシ (幻冬舎) ☆☆☆★

 

千思万考   乱之巻 (単行本)

千思万考 乱之巻 (単行本)

 

 

いつか読んでみようと思っていた著者の歴史本を図書館でゲット。早速読み始めたが、面白いのだがやや微妙な感じも残る。まあ、TVでの印象そのままにかなり上から目線なのは仕方がないとしても、どうも歴史上の人物のチョイスと配列がイマイチ、ピンと来ない。

また項目によっては、本音を書いていない気もしたりするのだが(例えば西郷)これは穿ちすぎだろうか。
 

●6847 星籠の海  (ミステリ) 島田荘司講談社) ☆☆☆

 

星籠の海 上

星籠の海 上

 

 

 

星籠の海 下

星籠の海 下

 

 

上下巻ではあるが「眩暈」や「アトポス」を思わせる大分量の長編。まあ、この量をあっと言う間に読ませる筆力にはあきれるしかないが、ミステリとしては今回も微妙、いや評価できない。

本書には新興宗教とそれにからむ殺人と、戦国時代の村上水軍(の新兵器)と幕末の阿部正弘(その兵器を攘夷に活用?)をつなぐ歴史の謎の2つのストーリーがある。で、前者がダメ。こんな複雑なことを、とっさにやれるはずがない。

後者は、例の信長の軍艦が本能寺以降どうなったか?という問題提起と、それと幕末をつなぐアイディアはいいが、正直意外性に乏しい。またさらにそれを現在までつなげてしまったので、イマイチカタルシスがない。特にこの可哀そうな少年が登場する必然性があったのだろうか。(そういえば、和田竜の新刊も、村上水軍ではなかったか?)

 

 ●6848 糸 車  (時代小説) 宇江佐真理 (集英社) ☆☆☆★

 

糸車

糸車

 

 

著者には、松前藩がテーマとなる一連の作品群があり(ネットでは真逆の意見もあったが)僕はそれを愛好しており、本書もまた松前藩が背景にあり読みだした。(まあ、そうでもしないと、著者の膨大な作品群から何を読めばいいのか解らないのだが)

最初の数編は、主人公のお絹のストイックさと、江戸の下町人情がうまい具合に混ざり合って、なかなか読ませた。しかし、後半探していた息子勇馬が見つかったあたりから、話が失速する。

後からよくよく考えると、この息子にちっとも魅力がないのが、致命的なのだ。この結末では、持田があまりにも可哀想ではないだろうか。

 

 ●6849 だから荒野 (小説) 桐野夏生 (毎日新)  ☆☆☆

 

だから荒野

だから荒野

 

 

自分の誕生日における夫と息子たちのあまりにもの扱いに、突然切れた中年専業主婦が家庭を捨てて旅に出る。まあ、いかにもな話で、それを桐野が書けばクイクイ読ませるのはあたりまえ。

しかし、桐野のことだから、作者の筆は主婦にも容赦なく厳しく、その旅=家出もまたとんでもないことになっていく。しかし、彼女はめげない。何も深く考えず、あらゆることを肯定しながら、適当に赴くまま旅を継続する。

で、それだけの話である。それを読ませる作者がすごいのか、時間の無駄だったのか。正直良くわからないが、桐野にはもっとヒリヒリする作品を求めたい。

 

 ●6850 英傑の日本史 浅井三姉妹編 (歴史) 井沢元彦 (角川書) ☆☆☆☆

 

 

ちょっとストレスがたまる読書が続いたので、気分転換に読みだしたが、結構面白かった。たぶん、大河ドラマの便乗本なのだろうが、なかなか良くできている。

小さなところでは、京極、六角というのは、どちらも佐々木氏であり、京都の屋敷の場所で区別した、というのは眼から鱗で、結構驚いて納得してしまった。そうだったのか!

で、本書の白眉は家光の正体?だ。前から春日局が光秀の一の家臣稲葉一鉄の娘、というのはひっかかっていたのだが(本能寺の黒幕は家康?)こういう解釈があったのか。

正直あまりにも突拍子無いのでリアリティーはゼロだが、アイディアとしては抜群に面白い。一応論理的整合性も考えている。まあ、本書の仮説はやりすぎだとは思うが、家光がお江の息子ではなかった、というのは可能性はかなりあるように感じる。

 

 ●6851 罪 火  (ミステリ) 大門剛明 (角川書) ☆☆☆

 

罪火

罪火

 

 

少し前に著者の横溝賞受賞作「雪冤」を読みだしたのだが、なかなか暑苦しくて、評判の良い第二作の本書に切り替えた。読む前から、薬丸風社会派ミステリとは聞いていたのだが、まさにその通り。ただ、薬丸に比べると、まだ少し荒っぽい。

本書も正直言って、こんなどんでん返しが成立するのか、どうにも腑に落ちなかった。まあ、その前に薬丸作品や本書を読むと、日本全国犯罪者だらけ、に思えてくるのだが。

 

 ●6852 致死量未満の殺人 (ミステリ) 三沢陽一 (早川書) ☆☆☆

 

致死量未満の殺人

致死量未満の殺人

 

 

アガサ・クリスティー賞受賞作。選考委員の有栖川有栖がイチオシなので期待したのだが、ちょっとこれは苦しい。雪の山荘と学生の組合せはやはり無理がある。正直、殺人と学生はそんなに簡単に結びつかない。

だから、そもそもこのダーク・ヒロインの設定に、全くリアリティーがないのだ。また、本書のテーマは毒殺なのだが、僕は解毒剤というのは禁じ手のような気がする。そんなにうまくいかないでしょう。

で、少ない登場人物の中、どんでん返しを仕掛ければ、こうなってしまうのは必然ではないだろうか。

 

●6853 エラリー・クイーンの騎士たち (評論) 飯城勇三 (論創社) ☆☆☆☆☆

 

 

もう、これは読む前から今年のベスト本になることは解っていた。ただし、これはあくまで個人的な(マニアックな)好みの問題であり、本書は読者を選ぶ。というか、著者の「エラリー・クイーン論」に感銘を受けた読者のみの、次なる贈り物である。

日本ミステリ界は世界的にみても、特殊な部分が多いが、その最たるもののひとつは、クイーンの影響力だろう。

そして、EQファンクラブ会長にして、同世代の著者が、満を持して日本ミズテリ作家におけるクイーンの影響、受容度を、実作をもとに(ということはネタを割りまくって)論じてくれたのだから、マニアはたまらない。至福のひと時でありました。

クイーンと言えばすぐに思い浮かぶのが、有栖川有栖(結構厳しい論だが、個人的にはこれは火村シリーズには当てはまり、かつ意識的にやっている気がするのだが)法月綸太郎北村薫、それに麻耶雄嵩というところだが、もちろんこれらの論も面白いが、意外に横溝、鮎川に清張を足した三大巨匠へのクイーンの影響がさらに楽しめた。

(実は最近ネットで、著者の乱歩と正史のクイーン理解度に関しての論考を読んで、ショックを受けていたので、よけい面白かった)

「Yの悲劇」を意外な犯人の作品ととるか、マンドリンの論理に感銘を受けるか?「エジプト十字架」を顔のない死体トリックの作品ととるか、ヨードチンキの推理に感銘を受けるか?たぶん、これが大きな踏絵なのだ。解る人だけ解ればいい、のだけれど。

 

●6854 ファウンデーションの彼方へ(SF)アイザック・アシモフ(早川文)☆☆☆★

 

 

 

 

恐ろしいことに理由は忘れてしまったのだが、あのファウンデーションの続編を読みだしてしまった。僕は「銀河帝国の興亡三巻」を高校時代に創元文庫版で読み、針世留団というペンネーム?を使うまで入れ込んでいたことがある。

(高校時代のSFナンバーワンはアシモフであり、それが大学に入って、クラーク、さらにはアメリカン・ニューウェイブとなる)


ただ、アシモフに関しては、期待の「神々自身」がイマイチだったあたりから、疎遠となってしまった。やっぱ、銀河帝国における人間の進歩のなさには、さすがに違和感を覚えた。

で、今回もアシモフの文体は相変らず平易なのだが、なぜかつかえてしまい、結構時間がかかってしまった。そして、宇宙全体の話が数人の人間の話に収斂するのは、まさに世界系の元祖、と良い意味でも、悪い意味でも感じてしまった。

それと、アシモフのSFの本質はミステリなんだと、つくづく思った。まあ、これは僕にとっては悪いことではないのだが、あと三巻、果たして読み通せるか。

 

 ●6855 大江戸恐龍伝 第一巻 (伝奇小説) 夢枕 獏 (小学館) ☆☆☆★

 

 


 ●6856 大江戸恐龍伝 第二巻 (伝奇小説) 夢枕 獏 (小学館) ☆☆☆

 

大江戸恐龍伝 第二巻

大江戸恐龍伝 第二巻

 

 

だいぶ前から、獏があちこちで書いていた話だが、今回もまた二巻が先行発売という変則上梓。このあと一月ごとに五巻まで上梓されて完結。「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」あたりから、このパターンが増えてきて「東天の獅子」「大江戸釣客伝」「宿神」と続いた。

このパターンは獏の最大の欠点である未完は避けられるのだが、図書館で読もうとすると予約がなかなかつらい。まあ、こんな分厚い本がいきなり五巻も店頭に並んでも、困るのは解るのだが。

獏はこのところ文体が変わってしまった。「大江戸釣客伝」が典型だが、リアルで落ち着いたスタイルだ。本書もまさにそうなのだが、内容が内容だけにこの文体があっているのか、やや疑問に思う。何か盛り上がりに欠けるのだ。

特に第二巻は暗号の薀蓄はあるが(これはポー、ドイルの受け売りにすぎない)なかなかストーリーが動き出さず、イライラした。せっかくの源内はもっと破天荒であってほしい。

 

 ●6857 なごり歌 (ファンタジー) 朱川湊人 (新潮社) ☆☆☆★

 

なごり歌

なごり歌

 

 

個人的な著者のベストは、「花まんま」でも「都市伝説セピア」でもなく、「かたみ歌」であった。お得意の昭和(アカシア商店街)を描きながら、少し不思議で少しダークなファンタジーが著者の魅力を引出し、構成も見事だった。

題名からして、その続編と期待したのだが、まさにその通りだった。しかし、冒頭でアカシア商店街から、今回の舞台の虹の本団地に引越しした少年の話が語られるのだが、両者つながりは残念ながらほとんどない。(このシリーズの真の主人公は街自身であり、そういう意味ではアカシア商店街の方がかなり上)

ひとつひとつの物語も悪くはないのだが(元○○○ーの嫁がかわいい?)やはりパターンが見えてしまう。「かたみ歌」を読めば、本書の必要はない、というのは厳しすぎるだろうか。

 

●6858 リー・クアンユー、世界を語る (政治経済) グラハム・アリソン、ロバート・ブラックウィル、アリ・ウィン(サンマ)☆☆☆☆

 

リー・クアンユー、世界を語る 完全版

リー・クアンユー、世界を語る 完全版

 

 

アジアで仕事をしているとき、チャイニーズと真面目な雑談をしながら、尊敬する人はリー・クアンユーと朱鎔基(と鄧小平)だ、というと、一目置いてくれた。(ような気がした)

この三人の共通点は、プラグマティズム(白い猫でも黒い猫でも・・・)であり、マキャベリズムだ。

(さらに言うと、中国という帝国?に関する深く非西欧的な洞察力、とここまで書いて、それはすなわち人間(欲望機械)という存在(の悪)への(愛情を込めた)リアリズムと気づいた。そして、それは非キリスト教的である)

本書はあのサンマーク出版ということで、ちょっと引いてしまったが、解説や訳文に文句はあるが、内容は彼らしいもので納得が行った。もっとも、リー・クアンユーの言葉に新味や独創性は少ない。しかし、彼我の政治を鑑みるにつけ、この確信に満ちたシンプルさこそが、真の独創だと感じる。

「中国は民主化しない。もし、そうなったら国が崩壊する。その点については間違いない」

「今から向こう数十年間、ゲームのルールを決めるのは米国だ」

「私は民主主義がかならずしも発展につながるとは思っていない。むしろ、国家の発展に必要なのは民主主義ではなく、規律だと思っている」

「外国人を受け入れやすい社会は繁栄する」

「国民に愛されたり恐れられたりしながら、私はつねにマキャベリは正しいと信じてきた。もし私を恐れる人が一人もいなければ、私の存在には意味がない」

「個人的には家庭を持つ40歳以上の国民は一人二票を持つ制度に変えた方がいいと思っている。(中略)60歳になると一票返却するのが望ましい」

その他、インド、イスラム、ロシア、そして記述は少ないが日本への評価も、何とシンプルで自信にあふれていることか。リーダーにとって一番重要なのは(過信ではなく)自信なのかもしれない。

今後20年におきる世界の大問題として、リーは①欧州債務危機、④イラン核開発問題と並んで、②北朝鮮問題と③日本の不況、を挙げているのが興味深い。(日本の低迷の原因は、高齢化と単一民族社会維持のため移民を受け入れない点にある、としている)

 

●6859 湿 地 (ミステリ) アーナルデュル・インドリダソン (創元社) ☆☆☆☆
 
湿地 (Reykjavik Thriller)

湿地 (Reykjavik Thriller)

 

 

北欧ミステリ、最後の秘密兵器はアイスランドから。氷と火山くらいしかイメージがわかないアイスランド。しかし、こうやって小説を読むと、登場人物の名前がスウェーデンっぽくて、やっぱり北欧という感じ。

本書は昨年の「このミス」四位。確かに良く出来ているとは思うが、ミズテリとしての評価は難しい。良い点は、昨今のミステリには珍しく、無駄な描写が少なく、筋肉質で一気に読ませる文体とプロットだ。もちろん、人物造形や風景描写も良く出来ている。

そして、北欧ミステリのお約束というか、暗くて辛い物語はまあ許容範囲か。(ミレニアムも辛い話ではあるが、主人公ミカエルの明るさがすべてを救っていた)

問題は、事件の真相である。遺伝子を持ってきたのも引っかかるが、それ以上に偶然が気になる。(そもそも、この場合子供を産む、という判断はどうなのだろうか)

さらにいうなら、複雑なストーリーのわりには、真相が早い段階で予想がついてしまうこと。そのあたり、ラーソンと同じで、まだ一作目では慣れていない、としておこうか。(あ、本書は第三作だった)

しかし、マルティン・ペックにしても、クルト・ヴァランダーにしても、これまたお約束の不幸な家庭だが、本書はあんまりで驚いてしまった。他人の事件を捜査している場合だろうか?

 

●6860 魂の経営 (ビジネス) 古森重隆 (東洋経) ☆☆☆★

 

魂の経営

魂の経営

 

 

ITや家電業界の激変の歴史を鑑みるにつけ、わが身の幸運?をかみしめてきたのだが、その中でも、富士フィルムの危機とその克服に関しては、他人事ながら尊敬の念を持って眺めるしかなかった。

その渦中のリーダーであった著者が、やっと重荷を下ろしたのか語り始めた。正直、本書は2時間弱であっという間に読み終えた。で、どうにも予想とは違って、あまりぴんとこなかったのだ。

本書はあまりにも正しく、著者はあまりにも強い。したがって、ここに書かれていることは、まるで危機克服の教科書のようで、何か現実感が足りないのだ。そして、本書には著者以外は、ほとんど誰も登場しない、活躍しないことに気づくのだ。

その本質的な意味は、当事者ではないのでわからない。しかし、例えば代理店(正直、個人的にはフィルム業界の代理店システムは、キャノン販売などに比べて古臭く感じていた。本来なら販社化すべきではないか?とずっと思っていた)の整理ひとつとっても、とんでもなく泥臭いやりとりがあったのではないだろうか?と思ってしまう。

しかし、ここまで危機が大きいと、それすら問題ではなくなってしまうのだろうか。是非、第三者から観た客観的かつ複合的・立体的な富士フィルムの物語も読んでみたいものだ。これでは、著者がスーパーマンすぎて、何を学んだらいいのか途方に暮れてしまう。

 

●6861 ターミナル・デイ (SF) 小杉英了 (角川書) ☆☆☆

 

ターミナル・デイ (角川書店単行本)

ターミナル・デイ (角川書店単行本)

 

 

同世代の新人作家。(どうやら、他のジャンルの著作はあるらしい)南西諸島のある島を巡っての隣国との戦争に敗れた(某大国にも見捨てられた)日本が、国民を三階層に分けた独裁国家となっているデストピアSF。さすがに、文章は良く出来ていて、なかなか読ませる。

しかし、読み終えて思うのは、その設定の古臭さだ。「創生の島」や「百年法」などを読んでしまうと、この現実の残滓を引きづりながらも、発想が20世紀をでていないデストピアSFに高い評価はあげられない。

 

 ●6862 人類資金上 (ミステリ) 福井晴敏 (講談社) ☆☆☆

 

人類資金(上)

人類資金(上)

 

 

文庫本が5巻まででたところで、1-4までをまとめたハードカバー(本書)が上梓され、ネットでは非難轟々だが、個人的には図書館で一番をゲット。大成功と思ったのだが、残念ながら内容が伴わない。

そもそも、本書はあの駄作映画「亡国のイージス」の撮影時に著者と監督がM資金について意気投合し、プロジェクトがスタートしたとか。正直、あんな映画を撮った監督と意気投合する、というのが理解不能。

(なにより、Mを演じるのがSMAPの某と聞いて、腰が砕けてしまった。それはないだろう。三谷じゃないんだから)しかし、なぜいまさらM資金なのだろうか。福井ってこんな下手な作家だったっけ。このままだと、下を読む気が起きないんだけれど。

 

 ●6863 北天の馬たち (ミステリ) 貫井徳郎 (角川書) ☆☆☆

 

北天の馬たち (単行本)

北天の馬たち (単行本)

 

 

貫井の新作は私立探偵ものだが、なかなか一筋縄ではいかない、凝った三人組が主人公。ただ、その雰囲気が妙に気障でぬるくて暖かくて、男三人の友情!という感じでのれなかった。

どうやら、「プロハンター」という藤竜也草刈正雄コンビのドラマが元ネタらしいが、さっぱり記憶にない。題名も懲りすぎていて、伝わらないだろうなあ。

 

 ●6864 リカーシブル (ミステリ) 米澤穂信 (新潮社) ☆☆☆★

 

リカーシブル

リカーシブル

 

 

題名や装丁から、あの「ボトルネック」の系統の作品と予想。著者の作品はほとんど読んでいると思うが、中でも「ボトルネック」は最悪の後味でワースト作品だった。で、やめようかなあ、と思ったのだが、ネットの評価もまあまあで、何よりこういうときに限って、簡単に手に入ってしまう。

が、本書は確かに田舎のダークなミステリ、という意味では「ボトルネック」と重ならないでもないが、内容はかなり違う。田舎の伝説と弟の特殊能力?を、科学的?に解き明かすあたりまでは、悪くないでき。(友人や親子関係は、かなり痛くて読むのが辛かったが)

ただ、根底にある高速道路誘致の問題が、どうしてもしっくり腹に落ちなかった。ここは、もう一工夫いるんじゃないだろうか。

 

 ●6865 ギリシャ棺の秘密 (ミステリ) エラリー・クイーン (角川文) ☆☆☆☆

 

ギリシャ棺の秘密 (角川文庫)

ギリシャ棺の秘密 (角川文庫)

 

 

最近ミステリにおいても古典の新訳が盛んだが、クイーンも国名シリーズと悲劇四部作の新訳が進んでいて、飯城勇三の影響もあって、その表紙は無視して角川文庫版を手に取った。

訳者は、ダ・ヴィンチ・コード=越前敏弥。(個人的にはゴダードの印象が強いが)本書は高校生時代以来、40年ぶりの再読である。ギリシア=国名シリーズ最大の傑作、というイメージが強かったのだが、一方では長かった、という印象も強くて、ずっと再読せずに細部は忘れてしまっていた。

ただ、若かりしエラリーが三回犯人に引っかかって、四度目にやっと解決することだけ覚えていた。で、読みだして驚いたのは、忘れていたはずの細部を結構思い出したこと。

まず、最初の棺からでてきた死体の場面は、鮮やかに思い出した。次のグラスの推理も思いだしたが、論理の切れ味は記憶と違ってイマイチ。そして、三度目は記憶間違いで、エラリーのひっかけで、ラストの意外な犯人はやっぱり思い出してしまった。

で、長い長いと思っていた本書は、意外にシンプルであり、一方残念ながら高校生が驚愕した論理は、正直突っ込みどころ満載で、かなり物足りない。(そもそも殺人の必然性と動機が弱い)

ただ新訳はやはり読みやすい。次は「Xの悲劇」を予約しているが(これまた、細部が
さっぱり思い出せないのだ)全部読んでみようか。(読了後、図書館で「エラリー・クイーン論」を借りてきて、前は内容を忘れていて意味が良くわからなかった『ギリシア棺の謎』論を再読した。本当にここまで考えていたとするなら、やはり恐るべしクイーン)

 

●6866 ステイ・クロース (ミステリ) ハーラン・コーベン (ヴィレ) ☆☆☆☆

 

ステイ・クロース (ヴィレッジブックス)

ステイ・クロース (ヴィレッジブックス)

 

 

マイロン・ボライターシリーズは、本国では再開されたようなのだが、残念ながら日本ではもはや忘れられてしまった。個人的には、なかなか気に入っていたのだが。(少なくとも「カムバック・ヒ-ロー」のラストには心震えた)

で、今回はノンシリーズだが、さすがに読ませる。訳も田口俊樹だし。謎のシリアル・キラー事件に、ファニーゲーム的な殺し屋コンビ、という組合せで、ラストにはどんでん返し、というエンタメの手本のような作品。

ただ読み終えて思うのは、あまりにもおいしそうに味付けがしてあって、ちょっと素材の味が良くわからなくなっている。かつてのウッズもそうだったが、職人作家はその腕の冴えによって、逆説的なマンネリに陥ってしまう、というのは贅沢な文句なのだが。

というわけで、客観的に本書は今年のベスト海外ミステリだと思うが、ぜひ本書を超える作品と出あえることを祈ることにしよう。

 

 ●6867 追憶の殺意 (ミステリ) 中町 信 (創元文) ☆☆☆★

 

追憶の殺意 (創元推理文庫)

追憶の殺意 (創元推理文庫)

 

 

これで、創元文庫で復刊された殺意シリーズ?はすべて読了。(「天啓」=「散歩する死者」は何年か前に読んでいることが判明。この創元の改題は、綾辻の記憶シリーズと同じく、題名だけでは区別がつかない)

結局気に入ったのは「空白の記憶」のプロローグのトリックだけだった。本書は大学時代「自動車教習所殺人事件」として、間違いなく読んだのだが、出てくるトリックは(密室がひとつとアリバイがふたつ)は見事に全部忘れていた。

というか、面白いのは最後のアリバイトリックだけなのだが、これも共犯者が前提となっていることろが弱い。もっとも、その共犯者のあることを隠す、というひねりがなかなか効いているのは確かだが。

また、本書はニーリイや新本格的な、叙述トリックは全くない、ストレートなトリック・ミステリだ。これを僕は第一作として読んだので、長い間中町=記述トリック、というイメージがなかったのだ。納得した。

 

 ●6868 荒俣宏の不思議歩記  (エッセイ)  荒俣 宏 (毎日新) ☆☆☆★ 

 

荒俣宏の不思議歩記

荒俣宏の不思議歩記

 

 

図書館で本書を見つけて、「大博物館時代」や「帝都物語」を読み漁っていた頃をつい思い出し、発作的に手に取った。どうやら0年代前半、新聞に連載していたエッセイのようだが、良く言えば博覧強記、悪く言えば何でもあり。

また、ビジュアルが多いのはうれしいが、内容が短すぎて、物足りないのも確か。まあ、エッセイとしては気軽に楽しめたが。

 

●6869 起業家のように企業で働く (ビジネス) 小杉俊哉 (クロス) ☆☆☆☆

 

起業家のように企業で働く

起業家のように企業で働く

 

 

判じ物みたいなタイトルだが、わかる人には良くわかる。「志」や「リーダーシップ」や「ネットワーク」が強調されるなか、「大きな仕事は企業でこそできる」という視点は、僕にはとてもリアルで大事なことのように思える。

著者のことは不勉強で知らなかったが、一歳年上でなかなか過激なキャリアの人だ。しかし、言ってることにはバランス感覚があって共感できた。ちょっと全体の論理構成が緩い気もするのだが、だからこそ重くて深い内容を、あっと言う間に読み切れたのかもしれない。

「君はただ会社から言われたとおりに働き続けるのか?起業のリスクは取れないと思っている君は、なにも起業することはない。会社の資産と看板を使い、世の中にインパクトを与える仕事をしよう」

まさにその通りだと思う。著者が実際にハローワークで観た仕事ができない(解雇された)人々の特徴がやけにリアルだ。①学習しない。(人の話を聞かない)②受け身で仕事をこなしてきた。(経験を抽象化できていない)③組織に同化、同質化している。(客観化ができない)

 

●6870 月光蝶 NCIS特別捜査部 (ミステリ) 月原 渉  (新潮社) ☆☆☆★

 

月光蝶―NCIS特別捜査官―

月光蝶―NCIS特別捜査官―

 

 

舞台は米軍横須賀基地、NCISとは米海軍犯罪捜査局にことで、日米間の複雑な政治情勢の中連続殺人が起きる。冒頭から一気に読ませる筆力はなかなかなもの、と感じたのだが、どうやら著者は鮎川賞受賞作家ということで、鮎川賞も変わったなあ、という印象を持った。

のだが、やっぱり鮎川賞は鮎川賞。せっかくのスピーディーかつユニークな警察小説が微妙にゆがんでくる。まず、密室という概念への異常なこだわり。基地をひとつの密室と見立てるのは、(必要ないとは思うが)解らないでもない。

しかし、重要なモチーフの蝶の変態を密室に喩えるのは、やりすぎを通り越して意味不明だ。実は本書のパズラーとしての構造は良く出来ている。一発目の意外な犯人、そして何よりラストのどんでん返しには驚かされた。

しかし、どうにもその描き方がうまくない。バランスが悪く、本来の効果を発揮できていない。結局本格パズラーの本質と、警察小説の衣がうまく融合していないのだ。ただ、著者の可能性は買いたい。数冊後には、傑作を書き上げる予感がするのだが。

 

 ●6871 カード・ウォッチャー (ミステリ) 石持浅海 (角川春) ☆☆☆★

 

カード・ウォッチャー

カード・ウォッチャー

 

 

「月の扉」「水の迷宮」「扉は閉ざされたまま」と三年連続ヒットを放った時は、新しい本格パズラーの旗手が誕生したと思ったのに、いつのまにか伸び悩んでしまった著者。

ひさびさにてにとった本書は、「ディーセント・ワーク・ガーディアン」やTVでもおなじみになった、労働基準監督官が主人公のミステリ。(しかも、書下ろし)ただ、連作ではなく長編、しかも、本当に殺人まで絡んできて、何だかなあ、という感じ。

そもそも僕の感覚からすると、舞台となる会社はあまりにもブラックでリアリティーがないのだけれど。(著者は未だ兼業作家ということだが、こんな会社で兼業は無理でしょう?)

ただ、最後の論理的な詰めは、パズラーらしくなかなか良く出来ていて、なんだか妙な作品になってしまった。たぶん連作作品の一編ならば、傑作になっていたような気がする。

 

 ●6872 殺し屋.COM (ミステリ) 曽根圭介 (角川書) ☆☆☆☆

 

 

「藁にもすがる獣たち」でプチ・ブレイクした著者の、風変わりな犯罪連作集。(これまた書下ろし。この傾向は良いことと考えていいのだろうか)合計4つの殺し屋のストーリーで第2作以外は、なかなか良く出来ている。

まあ、内容からしてあまり真剣に考えてはいけない作品ではあるが、特に最後のお約束としてのどんでん返しが良く出来ている。(その上笑える)格調は低いが、著者はひとつの鉱脈を見つけたのかもしれない。

さて、この路線でユーモア・犯罪小説を描き続けるか、次のステップにチャレンジするのか。次作に注目したい。