2013年 9月に読んだ本
●6807 長い腕 (ミステリ) 川崎草志 (角川文) ☆☆☆★
11年ぶりの続編「呪い唄」は図書館の蔵書一冊に対して予約が12件入っていて、こういう場合は一年以上待たされるので、本屋で買ってしまった。これが何と文庫書下ろしで(やはり、もう時代小説だけでなく、ミステリも市場として成立しているのだ)しかも、増刷がかかって第三刷。
ただし、解説で是非前作との併読を、とのことなので、ちょうど前作の文庫が図書館にあって、そっちから読みだした。まあ、11年も前の作品なので、後半はすっかり忘れていた。結論からいうと、本書は端正な佳品だと思う。
ただし、前回は気にならなかった前半のゲーム業界の薀蓄話が、さすがに今回は古臭く長く感じてしまった。(確か、当時の横溝賞はテーマがあって、ITだったような気がする)で、石丸という探偵役のエキセントリックな性格設定が、妙な違和感を伴って印象に残った。
ただ、ミステリとしては再読ということもあるが、少し弱い気がした。文体やキャラクター設定は、新人としては申し分ないレベルだけれど。
●6808 長い腕Ⅱ 呪い唄 (ミステリ) 川崎草志 (角川文) ☆☆☆
で、本命なんだけれど、正直言ってハズレ。文章は相変らずうまいし、キャラクター設定も前作を踏襲していて、続けて読んだのは正解。特に敬次郎の罠はひとつではなかった、というシチュエーションはうまい。
しかし、本書は二つの物語が平行に描かれるのだが、現代に対するパーツが、何と勝海舟の若い頃の話で、読んでいて正直違和感があるし、何より現代パーツとのつながりが弱すぎて、全然必然性を感じないのだ。
この時点でミステリとしては×でしょう。まあ、現代パーツの謎も弱いんだけれど。ただし、どうやら著者はこの11年過労で体調を崩していたらしい。そこから、復活して本書や「疫神」を続けて上梓した、ということは朗報だ。次作に期待することにしよう。
●6809 グランドマンション (ミステリ) 折原 一 (光文社) ☆☆☆★
ひさびさの折原だが、今回は題名からわかるように連作ミステリ。まあ、折原ミステリはご存知のように、記述トリックやどんでん返しに徹底してこだわるので、正直長編としてはリアリティーが足りない作品が多い。
しかしこのパターンなら、そのあたりがうまくカバーできるのではないか、と感じて本書を読みだした。期待にたがわず冒頭の「音の正体」から「304号室の女」までは、結構面白く読んだ。
しかし、次の「善意の第三者」でつまづいてしまう。これは、ないでしょう。時系列もおかしいし。本書は実は老人ミステリの側面もあるのだが(老人マンションというと「大いなる幻影」だが、テーストは全く違う)その結果、信頼できない語り手ばかりで、途中で嫌になってきてしまった。
まあ、相変らずワンパターンのトリックも多いし。それでもラストまで一気に読んだのだが、お約束の最後のどんでん返しが、これは解ってしまうでしょう。というわけで、駄作ではないが少々物足りない。
●6810 戦後日本の「独立」 (歴史) 半藤一利・竹内修司・保坂正康・松本健一 (筑摩書) ☆☆☆☆
重いテーマの分厚い対談集だけれど、一気に読んでしまった。いろんな本で断片的に得た戦後史の知識を、棚卸するにはいい機会だった。基本は「吉田ドクトリン」の持つプラグマティズムの凄味と、それを意識できなくなった(歴史認識の欠如)社会のアノミーの深さの再確認であった。
ただ、それ以外にも色々感じるところがあった。まずは丸山眞男のデビュー論文「超国家主義の論理と心理」の衝撃とその背景。そうか、この論文がでるまでは無責任体制の本質は、誰も理解できていなかったのか。(しかし、この論文が「世界」に抜擢された裏話は興味深い)何となく感じてはいたが、丸山のジャーナリスティックな嗅覚に脱帽である。
昭和27年の衆議院予算委員会で、中曽根が「天皇退位論」をぶち、吉田が「それは非国民と思うのであります」と答えた、なんて話にはぶっ飛んでしまった。やはり、世の中は複雑なのだ。
警察予備隊を主導した吉田首相と内務省(後藤田)はリベラルで旧軍メンバーを排除したのだが、それでは軍隊の体をなさなかった、というのも皮肉。
そして一番驚いたのは、中華人民共和国の人民も共和国も、それぞれピープル、リパブリックの日本語訳であって、当初毛沢東はこの国名に大反対した、という話。そう言われれば、そうだ。全然気づかなかったけれど。
他にも書きたいことはいくらでもあるのだが、結局この国が戦後失ったのは、ノブレス・オブリージュだったのだ、とつくづく感じた。しかし、松本を除くと全員80代なのに、この頭脳の明晰さは何なのだろうか。あきれてしまう。
●6811 壺中の回廊 (ミステリ) 松井今朝子 (集英社) ☆☆☆
巻末に、長編時代ミステリーとして「非道、行ずべからず」「家、家にあらず」「道絶えずば、また」の三作が挙げられているように、本書もまた時代ミステリである。ただし、今回は江戸時代ではなく、昭和初期が舞台。
が、今回も歌舞伎がテーマだし、何より刑事の名前が笹岡ということからも、四部作と言うべきなのかもしれない。更に言うなら、本書は四部作の中でも一番ミステリ度が高く(名探偵まででてくる)、そしてその結果失敗してしまったのだ。
先の三作もミステリとしての出来は、それほどでもないのだが(特に「道」は犯人丸解り)それ以外に魅力があって楽しめた。
しかし、本書はミステリとしての凡庸さ以外に、見るべきところが少ないのだ。残念ながら。松井のミステリ好きは微笑ましいが、このレベルでは三流にすぎない。本筋の純粋時代小説で頑張ってほしい。ミステリは趣向だけで十分。
●6812 光秀の定理(レンマ) (歴史小説) 垣根涼介 (角川書) ☆☆☆★
ついに垣根も歴史小説に参入。いきなり、夢枕ばりの坊主(愚息)と新九郎の道中劇の会話に引き込まれ、一気に読み終えたが、正直読後感は微妙。
このところ、「月は怒らない」や「人生教習所」といった、奇妙な、いや微妙な作品が多い垣根だが、その延長で書いた歴史小説のような感じがしてしまった。
前半は面白く読めたが、これはどう考えても新九郎の成長物語であり、そこに最終章でいきなり光秀の歴史と本能寺の真相を持ってこられても、バランスが悪すぎて、消化不良感が半端ない。
まあ、「君たちに明日はない」シリーズは好調なんだけれど著者に再び「ワイルド・ソウル」を求めるのは無理なんだろうか。
●6813 ルカの方舟 (ミステリ) 伊与原 新 (講談社) ☆☆☆
本の雑誌で関口がラストを絶賛していたのだが、これは読めるでしょう。関口も正直当てにならないなあ。本書はいきなり冒頭にカール・セーガンが引用される、理系ミステリであり、テーマは今更の「バンスペルミア説」。舞台は大学の研究所。もう一つのテーマは論文の捏造。
しかし、残念ながら、キャラクターの描きこみが足りないし、展開もうまく整理されてなく、ミステリとしては凡庸。そして、関口が評価したラストの意外性も、僕には逆に、これしかないでしょ、というものだった。何か、このところ期待外れが続くなあ。
●6814 単純な脳、複雑な「私」 (科学) 池谷裕二 (朝日出) ☆☆☆★
- 作者: 池谷裕二
- 出版社/メーカー: 朝日出版社
- 発売日: 2009/05/08
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- 購入: 102人 クリック: 2,607回
- この商品を含むブログ (203件) を見る
大学の准教授が、母校(藤枝東)で後輩に行った講義をまとめたもの。ただ、正直言ってラマチャンドラン等々を読んでいれば、それほどの驚きはない。
何より、歴史と違って、科学の講義の面白さは、その実験のビジュアルにかなり頼っていて、工夫はしているが、文章で再現するのは、至難の業だった。
それから、進化論的に池谷が当たり前のように良く使う「使い回し」という概念が、魅力的ではない上に、あまり説得力も感じないのだが。
●6815 寝ても覚めても本の虫 (エッセイ) 児玉 清 (新潮文) ☆☆☆★
偶然、児玉清のエッセイと対談本を図書館で見つけたのだが、対談の方は内容が薄すぎて、興味のある作家だけ読んで棚に戻してしまい、エッセイはきちんと読むことにした。
いかにも芸能界一の読書家の面目躍如たる内容だが、何より彼は分厚い米国ベストセラー本を原書で読んでいたことに驚いた。凄い人もいるものだ。
しかし、一方ではなぜそれほどの読書家である著者が、正直言って大味で冗長な場合も多い、米国ベストセラー作家にいれこんだのだろうか。特に個人的には、グリシャムは評価できないし、デミルやクライトンも駄作も多い。フランシスだって、正直言って初期の十冊くらいで十分だ。
しかし、一方でなぜ児玉が興味を持たないのか不思議に思う作家も多い。僕の世代だとその存在が米国ミステリそのものだった、マクベインとウェストレイクに児玉は全く言及しない。職人作家なのだが、多作と本の薄さのせいだろうか。
そして、ブロック、グリーンリーフ、リューインも、ほとんど無視。(コナリーは読んでいるようなのだが)というわけで、著者の読書力はリスペクトするしかないが、その好みは微妙にずれているとしか言いようがない。
●6816 出訴期限 (ミステリ) スコット・トゥロー (文春社) ☆☆☆★
確か北上御大は、トゥローが横綱なら、グリシャムは前頭にすぎない、とか書いていて、児玉には悪いが、僕もそれに激しく同意する。そして、去年の僕の海外ミステリのベストは「推定無罪」+「無罪」であった。
本書もまた著者のキンドル郡サーガの一冊で、「囮弁護士」の主人公の方は忘れてしまったが、サビッチもトミー・モルトもでてきるので、すぐに舞台には溶け込める。
しかし、図書館で本書を受け取って、何やら嫌な予感。そもそも分量が足りない上に文字がスカスカ。おまけに最後に著者が選んだミステリ・ベスト10(これが非ミステリばかりで、面白いのだが)なる、おまけまでつけてページを稼いでいる。
しかも、内容が陰惨な上に、主人公=著者の異常なまでの60年代へのこだわりが、かなりうっとそしくて、短いのに、なかなか読み終えられなかった。
もちろん、トゥローの作品だから、それなりの出来ではあるのだが、これはやはり中編と言うべき内容だろう。ミステリとしては、ちょっと緻密さがたりなさすぎる。
●6817 祈りの幕が下りる時 (ミステリ) 東野圭吾 (講談社) ☆☆☆★
たまたまネットで13日が本書の発売日だと知り、たまたま代休をとっていたので、図書館にアサイチで予約にいったら、何と2番をゲット。そうか、こうすればベストセラーも予約できるんだ。
タイミング的に、年末ベストを狙った東野の勝負作は、冒頭にサプライズが仕掛けられていて、一気に引き込まれる。これは、もううまいとしか言いようがない。
そして、漠然と感じていたものが、途中で確信に変わる。そうか、これは東野版「砂の器」なんだ、と。殺害される人物の好意や、動機もそうだが、何より「砂の器」の○○が、本書では「原発」として描かれるのだ。これにも、まいった。
しかし、しかし、読み終えてミステリとしての弱さにどうしても納得がいかない。「赤い指」に顕著な人情ミステリ路線としては、本書は最高峰だとは思う。しかし、僕の興味はそこにはないのだ。
動機の弱さは何とか納得できても(できないかな)肝心のカレンダーの橋の謎がこれでは、肩透かしもいいところだ。というわけで、厳しく採点したが、本書を傑作という人がいてもいいと思う。純粋ミステリではなく、これを日本橋サーガの締めくくり、と読む人もいるだろうから。
●6818 1993年の女子プロレス (インタビュー) 柳澤 健 (双葉社) ☆☆☆☆★
分厚いインタビュー集なのだが、今回も素晴らしい内容で、女子プロレスの歴史を全く知らない僕が、やめられなくなって、一気に読み上げた。
なぜに、著者の文章はここまで魅力的なのだろうか。もちろん、対象への愛が重要なのだが、本書の場合はとにかく登場人物が、著者の前では、本当に素直に本音で語り続けるのだ。何というマジック。
正直、その本質は僕には解らないのだが、著者の圧倒的な勉強=知識によって作り上げた、独自の歴史観のようなものがその物語の登場人物であった者たちに、心地よく響くのかもしれない。
登場する女子プロレスラーは13人もいて、それぞれに長い物語があり、個別の感想は書ききれない。ただ、その著者の歴史観が、登場人物たちのそれぞれの観点から、語り直されていくことによって(その中には、当然藪の中のような矛盾する証言も多い)歴史が立体的に立ち上がってくる、その迫力に圧倒された。
ただ、あまりにも分厚いので、最後の広田さくら、あたりはその魅力がきちんと読み取れなかったように思う。そして、なぜかインタビュー掲載を拒否された、北斗晶の物語が気になってしょうがない。(マツさんによると、著者は全日=馬場を描いているらしい。馬場嫌いだった僕は、果たして次も楽しめるか?)
●6819 戦争の論理 (歴史) 加藤陽子 (勁草社) ☆☆☆★
副題は、日露戦争から太平洋戦争まで。本書は、加藤の87年から99年までの論文を中心に編集されているが、その内容に比べて何と7刷。著者の人気が覗える。
ただ、やはり内容が硬すぎる、というか細かすぎて、本質が読み取れなかった。軍=(実際に起きた)戦争の論理というものが、巷間喧伝されているような単純なものではなかった、ことは良くわかるのだが、だったら何が本質なのか、というところがどうにも解らず、隔靴掻痒感を強く感じた。
まあ、司馬史観への愛情ある批判は、同感だったが。
●6820 代官山コールドケース (ミステリ) 佐々木譲 (文春社) ☆☆☆★
お次の大物は、意外にも地味だった「地層捜査」の続編。ただし、今回は水戸部の相棒に、朝香という女性捜査官が配され、事件もある理由で神奈川県警と警視庁の面子争いとなっていて結構派手な展開。
かと思ったのだが、いつの間にやら面子争いは背景に遠ざかり、今回もまた地道な捜査が、着実に犯人を追いつめていき、派手な道警シリーズよりは僕の好み。
バブル時代に田舎から夢を抱いて上京してきた被害者像が、徐々に明らかになっていくのもうまい。それぞれの刑事たちの描き分けも十分だ。ただ、この結末はいただけない。これでは、結局偶然の重なりが複雑な事件を起こしただけになってしまう。
また、リアルは調査はいいのだが、ここにはミステリ的な捻りはほとんどない。駄作とは言わないが、やはり本書もまた物足りない。
●6821 麒麟の翼 (ミステリ) 東野圭吾 (講談社) ☆☆★
古本屋で500円で見つけたので、四部作を読み切ろうと購入。しかし、これはないでしょう?これ、本当に映画化したの?
まあ、文句を並べてもしょうがないのだが、ミステリ的に安易なだけでなく、何より被害者の人物造形が矛盾してしまっているので、全く物語に説得力がない。これなら「祈りの幕」の方が数倍良く出来ている。
しかし、アマゾンのこの高評価はいったい何なんだろうか。東野の作品なら何でもいいのか。
●6822 菩提樹荘の殺人 (ミステリ) 有栖川有栖 (文春社) ☆☆☆★
中短編が四編収められていて、ハードカバーとしてはちょっと物足りないか。(謹呈本なので文句言ったら罰が当たるが)内容は火村の学生時代を描いた「探偵、青の時代」が良。こういうのが、有栖川は本当にうまい。猫が効いている。
また「アポロンのナイフ」の動機には驚いた。こうくるか。ミスディレクションがやりすぎの気もするが。表題作はあまりピンとこなかった。そして、「雛人形を笑え」はちょっと無茶な感じがする。
●6823 黒 警 (ミステリ) 月村了衛 (朝日新) ☆☆☆★
「機龍警察」は傑作シリーズだが、正直僕には初期は「機龍」の必然性があまり感じられず、別にSF仕立てにせず、普通の警察小説をじっくり描いてほしい、と思っていたら、本書が上梓された。
しかし、本書を手に取って、そしてページを開いて、嫌な予感。あまりにも分量が少ないのだ。まさか「機龍」の第一作に倣ったのではないだろうが。
結論から言うと「機龍」第一作のような、プロローグのような作品ではなかったが、やはり全体に書き込みが足りず、劇画の脚本っぽくなってしまっている。わざとなのか、そういう資質なのかはわからないが。
で、正直って主人公のダメ刑事に全く魅力を感じなかったのだが、それが後半一気に激変し、題名の意味が解ってくる。しかし、この物語を語るには、もっと重厚な書き込みが必要だ。最近2冊の「機龍警察」の文体はどこへ行ってしまったのか。ラストの罠も、痛快さと裏腹に、どうしても劇画っぽさを感じてしまう。
●6824 検事の死命 (ミステリ) 柚月裕子 (宝島社) ☆☆☆☆
今月は年末ベストを狙って新刊が一気に上梓されたのに、なかなかこれはという作品に巡り会わず、嫌になっていたのだが、さすがに今一番新刊が読みたい作家のひとりである著者の作品は面白く読めた。
そうはいっても、第一作の「心を掬う」は、あまりピンとこず、前作の後日談である「業をおろす」は、住職が「とんび」みたいないい味を出しているが、あくまで後日談に過ぎず、前半は少々物足りなかった。
が、続く「死命を賭ける」「死命を決する」が素晴らしい。ただ扱っている事件は痴漢であって、ここまでやる必要があるのか?と感じたのだが鮮やかなラストのどんでん返しで、納得させられてしまった。
正直、こんな検事いるのかよ、とも思うのだが、佐方は結局このあと弁護士に転身してしまうのだから、説得力ありか。いつその物語は読めるのだろうか。