2013年 6月に読んだ本

●6729 国境の雪 (ミステリ) 柴田哲孝 (角川書) ☆☆☆☆

 

国境の雪

国境の雪

 

 

著者の作品は初めて読むのだが、読みだしたらやめられなくなった。素晴らしい筆力の傑作だ。最初は脱北者の物語ということで、五條瑛の鉱石シリーズのようなストーリーを期待したのだが、確かに前半はそうだったのだが、後半にかけて本書は壮大なポリティカルフィクションとなる。

ネットでは著者をル・カレに例える人が多いが、これはフォーサイスの世界でしょう。そして、現代の東アジアというエリアが、いかに激動の時代であるのかという事実と、そのど真ん中で暮らしながら、その事実をほとんど感じることができない自らの鈍感さに驚いてしまう。

次々明かされる、国家的陰謀の数々。中には副島が書いていたのと全く同じトンデモ説もあるのだが、小説として描かれると一気に信憑性があがってしまう。

ただ、ヒロインが北朝鮮から持ち出した最重要機密の内容と、純子と正明の関係が、ほのめかされるだけで、結局きちんと明らかにされないのは、意識的だと思うが、僕は欠点だと思う。

それと第一部と第二部のつなぎ方も、かなり無茶ぶり。このあたりが改善されれば、★もうひとつ追加で年間ベストクラスなのだが、ちょっと残念。ラストはまるで、アンジェイ・ワイダだ。(純子のイメージは、リン・チーリン)いずれにしても、柴田の他の作品を読まなければ、と思わせる傑作であることは間違いない。

 

●6730 習近平の密約 (国際政治) 加藤隆則・竹内誠一郎 (文春新) ☆☆☆☆
 
習近平の密約 (文春新書)

習近平の密約 (文春新書)

 

 

「国境の雪」を読了した翌日の日経の書評で本書を知り、早速本屋で購入して読みだした。本書の特徴はバランスの良さだろうか。著者は誠実に事実を優先し、憶測をできるだけ排除しようとしている。

したがって、そこに佐藤や手嶋のインテリジェンス本のような、スリリングな展開は乏しいが、何せ謀略の百貨店だった「国境の雪」の後の一種の解毒剤?としては、最適であったように思う。

そして、事実の重要性を痛感したのは、習近平と薄煕来の関係が「国境の雪」とは真逆で、同じ太子党のライバルとして描かれていて、やはりその方が事実に近いと感じられたこと。(その結果「国境の雪」の内容が、今度は劇画っぽく感じてしまった)

本署がラストで喝破する習近平が抱えるふたつの爆弾「民族主義に支配されたネット世論」と「軍を中心とした対外強硬論」について、今後も当分は解決の可能性は低く、ものごとはやはり単純ではないことを心しなければならない。

 

●6731 下天を謀る (歴史小説) 安部龍太郎 (新潮社) ☆☆☆★
 
下天を謀る(上)

下天を謀る(上)

 

 

 

下天を謀る(下)

下天を謀る(下)

 

 

藤堂高虎に関しては、何か読んだ気がするのだが思い出せない。そこでの高虎のイメージは築城の名人だった。

本屋で文庫化された本書の藤田達生教授の解説を読んで、本書が司馬遼太郎が「関ヶ原」で描いた高虎像への反発から生まれたことと、江戸時代の設計者(幕藩体制を考え出した)としての高虎像を描こうとした、という二点に興味を持ち、図書館で単行本を借りて読みだした。

まあ勝手知ったる戦国時代なので、楽しく読めたが、著者が描く高虎像は、時々史実とずれがあり、ちょっと興醒めする。特に側室に男子が生まれたため、養子ではなく実子に跡継ぎを変更する場面は、それじゃ本書の敵役である秀吉と同じじゃないか、と感じてしまった。これでは、司馬が描いた利に聡い高虎像の方が合ってしまう。

また、江戸時代の設計者に関しては、結局ほとんど描かれず、エピローグで触れられるだけ。これは、ちょっと詐欺じゃないか、と言いたい。藤田の本を読んでみるか。(本書は藤田の「江戸時代の設計者・異能の武将・藤堂高虎」がきっかけとなって書かれたようだ)

 

 ●6732 歴史からの伝言 (対談) 加藤陽子佐藤優福田和也 (扶桑新)☆☆☆☆

 

歴史からの伝言 ?日本の命運を決めた思想と行動 (扶桑社新書)

歴史からの伝言 ?日本の命運を決めた思想と行動 (扶桑社新書)

 

 

図書館で藤田の本を探していたら、本書を見つけてしまった。わかる人にはわかるだろうが、これは何という濃いメンバーの対談だろうか。しかも、何と三人とも60年生まれで同い年なんだよね。(ということは、僕の一つ下)びっくりしてしまった。

(この三人の著作をかなり読んでいる、ということは、やはり同世代の感性の一致が僕にあるのだろうか)

そうは言っても三人には得意分野があって、佐藤は沖縄と天皇の関係を語ると生き生きし、(あたりまえなんだけれど、沖縄は記紀神話を共有していない)福田は江藤淳吉本隆明ら思想家を語ればとまらなくなり、加藤は原敬平沼騏一郎についていかにも楽しそうに語る。

しかし、何という圧倒的な知識の量だろうか。残念ながら僕には、彼らが選ぶ対談のテーマがどう繋がっているのかすらよくわからないのだが、それを自明の理として、どんどん知のスパイラルの螺旋階段を回していく三人の姿には、圧倒されるしかない。

ラストが時代の限界で、ちょっと民主党というか政経塾に甘いように感じるのが、個人的には減点かな。

 

 ●6733 悪 党  (ミステリ) 薬丸 岳 (角川書) ☆☆☆☆★
 
悪党

悪党

 

 

薬丸は「友罪」で化けたようなことを書いてしまったが、申し訳ない、本書は「友罪」を超える完成度の傑作だ。本書は「刑事のまなざし」の前の第四作であり、薬丸は最初から完成された作家だったんだ。

しかし、今回もまたテーマは犯罪被害者(の復讐)である。少年時代に姉を殺された主人公佐伯が警官になり、犯罪者への過剰暴行で免職となり私立探偵となる。

そして、ある犯罪被害者の親の、出所後の犯人の贖罪の意識を調べてほしい、という案件を調査したことから、主人公は自ら犯罪被害者でありながら、同じ犯罪被害者の依頼で、次々と出所後の犯人の素行を調査することになる。

この一話一話が非常に良くできている。第一話「悪党」こそある程度予想がついたが「復讐」のラストは秀逸であり、「形見」のラストも衝撃的だ。そして「盲目」の意外性と奇妙な味。ただ一方で主人公が出所した姉を殺した三人組の行方を、復讐のため追い求める物語が絡み、その比重がだんだん重くなってくる。

「慟哭」ではまず上司で所長の木暮に関わる事件があり、「帰郷」「今際」は、佐伯と恋人冬実自身の事件となる。「刑事のまなざし」は残念ながら後半失速したが、本書は逆にレベルの高い前半でありながら、本筋を主人公たち自身の物語へと変化させることで、さらに後半が盛り上がっていく、という理想的な展開なのだ。

そして、ラスト目頭が熱くなってしまう。唯一の欠点は、今回もやっぱり犯罪被害者が多すぎることだが、まあもうこれは舞台が埼玉なのと同じく、薬丸作品のお約束ということにするしかないか。

あ、それからやっぱり、この題名はいただけないなあ。これでは佐々木道誉楠木正成だ。(あと、なぜ冬実が姿を消したのかが、良くわからなかった)

 

 ●6734 下山事件 最後の証言 (NF) 柴田哲孝 (祥伝文) ☆☆☆★

 

下山事件―最後の証言

下山事件―最後の証言

 

 

早速著者の協会賞受賞作の本書を読みだしたのだが、とにかく著者の祖父自身が下山事件に深くかかわっていた、という事実に驚いた。そして、尊敬する祖父の罪を暴くべきかの著者の懊悩と、自らの血族の証言によって、現代日本史の最大の謎のひとつが解かれていくスリリングな展開。これはもう、沢木流私ノンフィクションのポリティカル版だ。

膨大な資料を整理した上、著者ならではの証言が追加されて、長大な作品を一気に読ませる筆力は特筆ものであり、読了後は傑作だと感じ、深いため息をついた。しかし、一方では何か違和感も抱いた。

そして、ネットでいろいろ調べるうちに、やはり本書はNFにするべきではなかったのかもしれない、と感じるようになってきた。特に結構いろんな人を実名で描きながら、真犯人だけを伏字にしてしまったのは、いかにも物足りない。

さらに、よく考えると、結局殺害の動機が絞り切れていなくて、フラストレーションが溜まるのだ。

三菱による国鉄民営化とその後の中曽根内閣によるJR誕生だとか、国鉄利権を巡る日立と東芝の対立、さらにはロスチャイルドの陰謀まで、小説として読むならわくわくするのだが、NFとしてはちょっと風呂敷を広げすぎの気がしてしまう。

そして、ネットでの多くの批判のように、本筋の自殺説に関してほとんど検証されていないことが、やはり大きな瑕疵に思えてきた。ただし、下山事件=GHQの陰謀という、清張史観の呪縛から抜け出した功績は大きいのかもしれない。

 

 ●6735 コロロギ岳から木星トロヤへ (SF) 小川一水 (早川文) ☆☆☆

 

コロロギ岳から木星トロヤへ
 

 

書店のポップに「天冥の標6宿怨3のあまりの展開に心が乱された皆様に、ちょっと一息気分でお勧めします」とあった、というのは大爆笑だが、正直ちょっと一息にもちょっと足りないでき。

まあ、僕は腐女子もBLもわからないのだが、本書はちょっと安易すぎる物語であることは確か。「天冥の標」に集中してほしい。

 

 ●6736 ヘッドライン (ミステリ) 今野 敏 (集英社) ☆☆☆

 

ヘッドライン

ヘッドライン

 

 

あるようでなかった、報道ステーションのようなTVニュースの遊軍記者が主人公のミステリ。当然今野の作品だから、あっと言う間に読ます。しかしまあ、本書がTVドラマの脚本ならば、まずまずの出来なのかもしれない。また、ノベルスで出てたら、それほど腹は立たなかったかもしれない。

でも、ハードカバーでこれはないだろう。物語もキャラクターもあまりに薄っぺらい。特に主人公の布施というスーパーマン・キャラが、リアリティーゼロである。あるのはテンポの良さのみ。「隠蔽捜査」を期待して読んだら、間違いなく腹が立つだろう。

 

●6737 逆説の日本史19 幕末年代史編Ⅱ (歴史) 井沢元彦 (小学館)☆☆☆☆★

 

 

副題:井伊直弼尊皇攘夷の謎。正直言って、前作はほとんど知っている内容ばかりで、さすがにこの時代は井沢でも新しい切り口は難しいか、などと思っていたのだが、今回は滅茶苦茶面白くて、一気に読んでしまった。

まずは、通時性より共時性に重点を置いて幕末という時代の薄皮を一枚ずつ剥いでいくようなスタイルによって、いつもなら井伊の登場、安政の大獄桜田門、と一気に進んでしまうところを、冷静になぜこれらが起きたのか、が非常に納得が行くように描かれているのだ。

「戊牛の密勅」の重要性も、攘夷とコレラの関係も、こうやって説明されると、腹にきちんと落ちる。

そして、本当に驚いたのは、以下の話。怪物一橋治済は息子を将軍家斉に立てるだけでなく、二十六男、二十七女を片っ端から名家の養子とし、日本中を一橋の血で埋め尽くそうとした。その結果、尾張徳川も紀伊徳川も一橋の血となったのだが、そのとき、その乗っ取りに徹底して反抗し、唯一無事だったのが水戸徳川家なのだ。

このあたりで、鋭い方は気づくだろうが、ところが偶然とは恐ろしいもので、今度はその本丸の一橋家に跡取りがいなくなり、養子に入ったのがご存知水戸家の慶喜であり、そして慶喜と将軍の座を争った紀州慶福(家茂)は、前記のように一橋の血なのだ。

本家一橋は水戸に乗っ取られ、ライバル紀州こそ一橋直系なのである。嗚呼、何という運命の皮肉。こんなこと全然知らなかった。

その他、斉彬暗殺説も僕は支持したいし、西郷の描写も過不足なく、本書はひさびさのシリーズ中の傑作だった。次回にも期待したい。

 

 ●6738 ヨハネスブルグの天使たち (SF) 宮内悠介 (早川J) ☆☆☆☆

 

ヨハネスブルグの天使たち (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

ヨハネスブルグの天使たち (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

 

 

やはり、著者は只者ではない。さすがに、いきなり伊藤計画の後継者とは言わないが、何年かのちにはその域に近づく可能性は、間違いなく秘めていると思う。

舞台は「虐殺器官」を思わせる、終わりのないゲリラ戦を続ける、南アフリカアフガニスタン。特に冒頭の表題作の無人戦闘機による終わりのない爆撃と、本書の狂言回しともいうべき、歌うロボットDX9が繰り返す、無限の落下実験のイメージが強烈だ。

個人的な好みとしては、もう少しストーリー性が欲しいところだけれど、今はこれでいいのかもしれない。伊藤やディックの強烈なディストピアだけでなく、ディッシュの「アジアの岸辺」のような、幻想的なイメージも見逃せない。(僕はバラードが解らない人なので、比較できないのが残念)

 

 ●6739 戦略論の名著 (歴史) 野中郁次郎編 (中公新) ☆☆☆★

 

 

野中グループの教授が手分けして、古今の戦略論12作を解説したもの。この手の読み物の限界として、良く知っている場合は物足りなく、全然知らない場合もやはり物足りない。

僕の場合、1、孫子、2、マキャヴェリ、3、クラウゼヴィッツ、4、マハン、までは良く知ってるので物足りず、5、毛沢東、6、石原莞爾、7、リデルハートは浅い理解だったので、わりと面白く読め、8、ルトワック、9、クレフェルト、10、グレイ、11、ノックス&マレー、12、ドールマン、は全然知らなかったので、物足りない、どころか正直読むのが辛かった。

 

●6740 ザ・流行作家 (NF) 校條 剛  (講談社)  ☆☆☆

 

ザ・流行作家

ザ・流行作家

 

 

たぶん客観的に評価すれば、もっと高い点でもいいのだろうが、どうにも僕としては褒める気になれなかった。

著者のような元編集者の作品には、時々スノッブなプライド=ルサンチマンを感じてしまうことがあるのだが(要はサリエリ)今回もやはりそれが隠しきれていないような気がする。

(だいたい、元新潮社の著者が講談社から上梓した本で、新潮ジャーナリズムを批判する、という構図が嫌だ)

そして、本書で取り上げられる二人の流行作家(川上宗薫笹沢左保)のうち、著者が川上は好きだが、本音は笹沢に根深い恨みがあることが、透けて見えてしまい、嫌になる。

さらに何より、著者の初期の笹沢ミステリに対する無理解が腹立たしい。有栖川有栖や僕にとって、初期笹沢ミステリは、素晴らしい傑作揃いなのだ。

「招かれざる客」はオールタイムベストだし「霧に溶ける」「人喰い」「真夜中の詩人」等々トリッキーな傑作揃い。有栖川ならこれに「暗い傾斜」や「空白の起点」も付け加えるだろう。

正直川上は読んだこともないし、全く興味もない。しかし、芥川賞候補に五回あがった川上と、直木賞候補に四回あがった笹沢、というのは壮絶を通り過ぎて、笑ってしまう。(僕はなぜか笹沢は「六本木心中」で直木賞を受賞した、と思い込んでいた)

しかし、あの「木枯らし紋次郎」が本としては、こんなに売れていなかったとは。絶句。

 

●6741 不安を楽しめ! (エッセイ) 鴻上尚史 (扶桑社) ☆☆☆☆

 

不安を楽しめ! ドン・キホーテのピアス16

不安を楽しめ! ドン・キホーテのピアス16

 

 

確か最近「ドンキホーテ・シリーズ」が売れないとどこかで読んだ上、このあいだSPAでこの連載を見つけられず、もう終わったのか?と思っていたら、やっと16巻が届いた。

で、何と今回は10年から13年の連載から、72本を抜粋して載せる、という苦しいやり方。しかも、時期は震災まっただ中ということで、前半はポリティカルな文章ばかりで、ちょっと鼻白んでしまった。

SPAの連載には、鴻上やリリー・フランキーみうらじゅんといった同世代が多いんだけど、僕らはポリティカルなことにはつい距離をとってしまうが、さすがに震災はすべてを変えてしまった。

でもやっぱり、鴻上の言うことはわかるんだけど、ちょっと正論すぎる気がする。この分量では厳しい。ただ、第五章の「ものを創るということ」に関しては、さすがの深さ、面白さで、まあちょっと甘い採点。

 

 ●6742 たんぽぽ娘 (SF) ロバート・F・ヤング (河出新) ☆☆☆☆

 

たんぽぽ娘 (奇想コレクション)

たんぽぽ娘 (奇想コレクション)

 

 

「ジョナサンと宇宙くじら」を買ったら、何と肝心の「たんぽぽ娘」が収録されていない!という悲しい経験のある人も多いのではないだろうか。そして、やっとやっとSF界の井上ひさし、こと伊藤典夫が「たんぽぽ娘」が表題のヤングの傑作集(の決定版)を上梓してくれた。

どうやら、「ビブリア」の影響がその裏にはある?ようだが、「たんぽぽ娘」を読み始めて、ああ、僕は既にどこかで読んでしまったことを、今頃思い出してしまった。

しかし、古典というのはすごい。それでも「たんぽぽ」は傑作だった。もはやアイディアとしては、亜流が出尽くしていて、意外性は全くないのに、でもやっぱりこのラストはうるうる来てしまった。

で、他の作品だが、決して駄作とは言わないが、時の流れに抗えたかどうかはかなり微妙。一発屋とは言わないが、キースの「アルジャーノン」と同じく、ヤングは「たんぽぽ」だけ読んで、感動すればいいのだと思う。

そして、これにて「奇想コレクション」は全巻終了。僕は九冊読んだが、ベストは「夜更けのエントロピー」「不思議のひと触れ」「輝く断片」「フェッセンデンの宇宙」といったところか。

 

 ●6743 クローズ・アップ (ミステリ) 今野 敏  (集英社) ☆☆☆★

 

クローズアップ (3) スクープ

クローズアップ (3) スクープ

 

 

「ヘッドライン」に続くシリーズ最新作だが、やはり感想は変わらない。まあノベルスなら怒りはしないが、ハードカバーにしては文章が軽すぎる。

ほとんど会話オンリー。それでも今回は、犯人が結構意外で(というか、あっという間に読み進むので、きちんと考えている暇がない?)この評価としたが、予約していた残りのシリーズ第一作はキャンセルしてしまった。このシリーズはもういいや。

 

●6744 愛の徴 天国の方角 (SF) 近本洋一 (講談社) ☆☆☆☆★

 

愛の徴 -天国の方角

愛の徴 -天国の方角

 

 

いったい著者は何者なんだ?本書は「メフィスト賞」受賞の新人の第一作というが、そんなことがありえるのか?文体、テーマ、人物造形、すべて素晴らしく、ベテランというより、飛や伊藤と並ぶ日本SF界のエースの登場、という感じなのだ。「バルタサールの遍歴」以来の衝撃だ。

物語はまるで「異星人の郷」のように、中世欧州を舞台に、ダルタニャンも大活躍するヒロイン、アナの物語と、現代の沖縄における、量子コンピューターアルゴリズムの演算実験が交互に語られる。

そして、このふたつの物語のつながりは、ここでは言うまい。指輪物語ダヴィンチ・コードを足したような前者も悪くないが、後者の現代沖縄のパーツがまさに、ひらがなで書かれたイーガンという感じで、量子力学をこんなにわかりやすく、文学的に表現した小説を僕は知らない。

こちらのパーツのヒロイン鈴の、量子力学の理解は素晴らしくエレガントだ。ペンローズが「皇帝の新しい心」で描こうとしたことを、彼女は何と自然に表現するのか。

「この世界はすべからく相互作用からできているってことだからね」「あ、それが量子なんですか?」「まさにそれが量子論の核心だね」「それって当たり前のことじゃないですか?関係ってそうですよ。こっちが何か知ろうとすると、その行動が相手を変えるんです」

そうか、エンタングルメント=量子力学的な可能性の絡まりの収斂こそが、生きていくということであり、心であり、魂なのだ。

また、何と現代パーツの男性主人公である主幹には、最後まで名前すらないのだが、この実験の真の目的(まさにエヴァンゲリオン)が明らかになるにつれ、物語は「あなたの人生の物語」となってくる。

その喪失と絶望の大きさの向こうに、鏡から少しだけ覗くかけがえのない希望。「ごめんなさいね、あなた。私、死んじゃって」という言葉は、僕の深いところに突き刺さった。これほど心震えたことは最近ない。

そして、冒頭のベラスケスの「鏡のヴィーナス」の奥に隠された数百年の物語。読了後、プロローグを再び読めば、愛おしさに目頭がにじんでしまう。

というわけで、ほとんど徹夜で読んでしまったのだが、惜しい。ラストが長すぎる。もう少しシンプルに幕を下ろして欲しかった。ラスト100ページまでは☆満点、オールタイムベスト10入り確実だったのに。

しかし、最後の次作予告の背景はフェルメールか。このパターンはまさか詠坂?そんなバカな?

 

●6745 マキアヴェッリ語録 (歴史) 塩野七生 (新潮文) ☆☆☆☆

 

マキアヴェッリ語録 (新潮文庫)

マキアヴェッリ語録 (新潮文庫)

 

 

本書に関しては、既に何度も読み返しているが、今回ある研修の課題図書にするかどうかを決めるために読んでみた。

若者に本書を読んでほしい理由は二つ。僕は司馬遼太郎と並んで塩野七生の歴史書は、ビズネスマン必須の教養と考えるが、司馬なら代表作は明確だが、塩野の場合どこから読めばいいのか普通は悩んでしまう。

僕なんか、まずは薄い本からと思って「コンスタンティノープルの陥落」を読んでしまい、意味が解らず途方に暮れてしまった。(「コンスタンティノープル」は、「ロードス島攻防記」「レパントの海戦」とセットで、巨編「海の都の物語」のスピンオフ三部作を構成しており、いきなりそれだけ読んでも東ローマ帝国に疎い日本人には、たぶんほとんどわからない)

かと言って、いきなり「ローマ人の物語」「海の都の物語」、そして僕の塩野のベスト作「わが友マキアヴェッリ」などは、ボリュームがありすぎて薦めずらい。普通は「チェーザレ・ボルジア」が基本なんだろうが、僕はどうもこの作品が肌に合わないんだよね。

というわけで、塩野入門書としては、本書が一番と考えるのだ。ただ、女性には本当は「ルネッサンスの女たち」を薦めたいのだが。また、一方では左右ともに極端な言説に振れる傾向のある今、マキアヴェッリの口に苦く、耳に痛い、リアリズムはどう響くだろうか、というところに興味がある。

で、結論、本書はやはりきちんと持論が語れるようになってからでないと、劇薬のような気がする。まだ早い。

というわけだが、今回本書を読みながら考えたのは、マキアヴェッリは当時のイタリア(フィレンツェ)を、ローマより劣ったものとして認識していること。そうか、地中海欧州国においては、ひょっとしたら今ですら知識人は、ローマ帝国やギリシア文明に比べたら、自国が劣っていると言わざるを得ないのかもしれない。

そして、その感覚はひょっとしたら中国と共通するのではないだろうか。(堯舜の神話時代や夏・殷・周)そして、成り上がり者の日本や英国、ましてや米国には、この感覚は絶対に理解できないような気がするのだ。

 

●6746 逃走 (ミステリ) 薬丸 岳 (講談社) ☆☆☆

 

逃走

逃走

 

 

駄作というわけではないんだけれど、著者にしては珍しく、設計図を間違えたか、雑なままで書き出し、最後で帳尻が合わなくなってしまった。ミステリとしてベタなトリックの、誘惑に駆られてしまったのかもしれないが、そのトリックを使う必然性が弱すぎる。

今回は、犯罪者の子供への迫害がテーマで、まあそのあたりの描写は相変らず抜群にうまい。さらに、舞台は埼玉+和歌山となっていて、驚いてしまう。表紙は良く見たら白浜の円月島だ。でもやっぱり本書は、ミステリとしては評価できない。

 

 ●6747 竜馬史  (歴史) 磯田道史 (文春文) ☆☆☆★

 

龍馬史 (文春文庫)

龍馬史 (文春文庫)

 

 

まあ、新しい内容はあまりないんだけど、復習もかねて面白く読んでいた。「薩長同盟」も「大政奉還」も、竜馬がいなくても成立しただろう。竜馬の価値は「海軍」を初めて設立し、実際に戦い(第二次長州征伐)に参加し、勝利したこと、というのは同感だ。

で、本書に一番期待した、竜馬暗殺の真犯人に関しては、僕の薩摩黒幕説はトンデモ説として真っ先に否定!で、結局犯人は京都見廻組で、黒幕は会津ということに落ち着く。

そして、その証拠である会津の手代木直右衛門の伝記のあたりを読んでいて(特に手代木の写真に)強烈なデジャヴを感じ出した。ああ、何のことはない。この文庫本たぶんハードカバーの時に読んでいるはず。嫌になってきた。

 

 ●6748 不格好経営 (ビジネス) 南場智子 (日経新) ☆☆☆☆

 

不格好経営―チームDeNAの挑戦
 

 

1999年に一條先生の研修に参加したとき、南場智子の話を何回か聞いた。面白い(有能な)女性として。時期的にちょうどマッキンゼーをやめて、ビッターズを立ち上げていたころで、先生は「大前研一に怒鳴られる権利」を大笑いで紹介してくれたことを思い出す。

というわけで、著者のことはいつも少し気にしていたのだが、まあモバゲーまでいってしまうと全然わからなくなる上に、今度はプロ野球だから驚いてしまう。

で、本書だが面白くて、あっという間に読んでしまった。しかし、それは著者の力か、素材がいいのかは判断保留。というのも、本書の唯一の瑕疵は、著者以外の個性的なはずの登場人物の像が(一部を除いて)なかなか立ち上がらず、単なる名前=記号になってしまっている気がすることだ。

まあ、小説家じゃないので、そこまで求めるのは酷かもしれないが。ただし、個性は伝わらずとも、この梁山泊に集合した超若いつわもの達の、圧倒的な優秀さとまったく日本人離れした思考感覚は、やはりどこにでも人はいるんだ、という感を強く持った。

 

 ●6749 復活するはわれにあり (冒険小説) 山田正紀 (双葉社) ☆☆☆★

 

復活するはわれにあり

復活するはわれにあり

 

 

元ネタは佐木隆三の「復讐するはわれにあり」だが、この「復活」にはみっつの意味がある。ひとつはもちろん「火神を盗め」を頂点とする山田冒険小説に再度挑む、という宣言。そして、ふたつめはあとがきにあるように、本書執筆中に山田が病に倒れ入院してしまい本当の意味で、本書は復活作である、ということ。

さらにもうひとつの意味は、明かすわけにはいかないが、「愛の徴」と同じモチーフであることに驚きながら、正直その処理はかなり雑に感じた。

で、本書の書評は絶賛が多いが、正直その何割かは、山田頑張れ、のように感じる。厳しく言えば本書は「火神」のような初期の傑作よりはかなり劣る。有栖川有栖は怒るかもしれないが、「謀殺の弾丸特急」に横溢するB級テーストが、本書にも色濃く感じられる。

照れや捻りは、山田冒険小説の特徴だが、せっかくの超ハイテク車椅子(サイボイド)があまりうまく使われていないし、何より主人公に感情移入できないのがつらい。

たぶん著者が入院中の自分に主人公を重ね、ひねくれた言葉を弄んでいるのでは、と邪推してしまう。でも、ネットで山田の著作を調べたら、45冊も読んでいた。やっぱり僕も頑張れ山田正紀といいたい。

だから、これでも少し甘い採点。といいながら、机の上の筒井の(たぶん?)最後の長編「聖痕」をじっと見つめる。テーマに興味がないし、何より超読みにくいのだが・・・・