2013年 5月に読んだ本
●6709 破 断 越境捜査3 (ミステリ) 笹本稜平 (双葉社) ☆☆☆☆
裏金、パチンコ、ときて今度はついに公安。しかも、大掛かりな拳銃の横流し、とくると、さすがにちょっとリアリティーは怪しくなってくるのだが、まあそこを割り切ると、面白く読めた。
やっぱり公安という組織はオールマイティーで不気味。(作者はフーバーのFBIやイラン・コントラ事件まで持ち出して、リアリティーの確保におおわらわ)
一方、いつものトリオ+井上は益々快調で、相変らず宮野の料理が素晴らしい。というわけで、キャラクター的にはシリーズの強みが生きているし、ラストのどんでん返しもやや安易かもしれないが、カタルシスはある。
ただ、今のところシリーズは本書が最新作だが、次の巨悪の設定が難しいだろうなあ。そろそろ潮時なのかもしれない。もし、シリーズ継続なら、畝原シリーズのように尻すぼみにならないように祈る。あ、でもこのシリーズ全く女性が活躍しないので、そっちを狙う手があるか。
●6710 中途半端な密室 (ミステリ) 東川篤哉 (光文文) ☆☆☆★
著者が本格デビューをする前の作品を中心に編まれた短編集。本書を読めば、著者の本質が「烏賊川市シリーズ」にあることが良くわかる。パズラーとしての論理と、人を選ぶベタなギャグは最初から顕在だ。
冒頭の「中途半端な密室」の論理のアクロバットと次の「南の島の殺人」の記述トリックは非常に気に入ったのだが、「十年の密室・十分の消失」が長い割にはつまらなく、最後の「有馬記念の冒険」のトリックはマニアならすぐわかるでしょう。まあ、悪くは無いのだが、パズラーというよりパズルかな。
●6711 シンクロニシティ (ミステリ) 川瀬七緒 (講談社) ☆☆☆
法医昆虫学捜査官、赤堀涼子シリーズ第二弾。相棒の岩楯警部補に新キャラの月縞巡査が加わって、シリーズ確立にアクセルレートのはずだったんだけど、今回はハズレ。残念ながら「よろずのことに気をつけよ」のレベルまで後退してしまった。
まず、赤堀のキャラがエキセントリックになりすぎたし、肝心の昆虫学の薀蓄がやや空回りかつワンパターンで、だんだん苦しくなってきた。
しかし、今回の最大の課題は動機にある。これはないでしょう。良く似たテーマでコナリーの傑作があるが、本書の扱い方はあまりにベタで工夫が無い上に、説得力もない。こんな面倒なことやらないでしょう、普通。
●6712 隠された刻 (伝奇小説) 坂東真砂子 (新潮社) ☆☆☆★
最近次作のジャンルが予想がつかない著者。本書は伝奇小説としたが、ファンタジー色の濃い南方小説というべきだろう。(最近だと辻原登の「闇の奥」が似た雰囲気)3つの時間の物語に、死者の視点や学術レポートを交えた、一言では言えない複雑な構成の物語。
ただ、そんな複雑な物語を、一気に読ませる著者の筆力は素晴らしい。南太平洋の架空の王国イリアキを舞台に、現在の島のリゾート地で働く日本人たちと、明治時代に日本から流れ着いた博徒、さらには太平洋戦争中に秘密指令で島を訪れたエリート軍人。
この3つのストーリーが交互に語られ、やがてつながっていくのだが、それが島の神話と重なってくるところが凄い。(ちょっと説明不足だが)特に軍人の物語は、何と「終戦のローレライ」となってしまう。
で、ひさびさの大傑作と思っていたら、ラストで脱力。こうきてしまったか。まあ、色々意見はあるだろうが、僕はこのオチは肯定できない。惜しいなあ、ここさえうまく処理してくれれば、傑作だったのに。
●6713 太平洋の薔薇 (ミステリ) 笹本稜平 (光文文) ☆☆☆☆
僕が著者の作品を初めて読んだのは「グリズリー」という正統派冒険小説だった。で、傑作だとは思ったのだが、なぜか次に手がでなかった。「越境調査」を読んで著者の実力を確認した今、改めて著者の原点である冒険小説を読んでみることにした。
一読、ここには忘れていた懐かしいものがあった。本書は正統派海洋冒険小説でありながら、複雑なテロリズム・スリラーでもある。
しかし、その本質は主人公の柚木船長だけでなく、「かいもん」の船長の矢吹であったり、(意外にも)ロシア原子力潜水艦のキリエフ艦長だったり、正にマクリーン描くところの海の男達の物語なのだ。(ただ、僕は「女王陛下のユリシーズ号」のような、主人公がはっきりしない群像劇は好みではないのだが、本書もそのパターン)
同時進行するいくつものストーリーや視点の中で、柚木の娘の夏海や船医の藤井のようにうまく描ききれなかったキャラクターも何人かいるし、ちょっと全体に長くしすぎた気もするが、このラストシーンの前では全てがぶっ飛ぶ。
ひょっとしたら、著者はこれだけを描きたかったのではないか、と邪推してしまう。ひさびさの、シンプルで熱く力強いカタルシスだ。
本書は03年にあの傑作「ワイルド・ソウル」と同時に、大藪春彦賞を受賞していたんだ。もっと早くリスペクトするべきであった。
しかし、今歴代の大藪賞のリストを眺めると「亡国のイージス」「スリー・アゲーツ」「邪魔」「ハルビン・カフェ」「犯人に告ぐ」と05年までは超傑作揃いだ。ところが、それ以降は何か僕の好みとずれてしまっている。
ただ、12年は「検事の本懐」が受賞で、「女警察署長」が候補ということで、今後が期待できそう。
(偶然だが、本書の書評には「終戦のローレライ」と同じ年の刊行だったので、その陰に隠れてしまった、という声が多く、「隠された刻」で「終戦」を思い起こした僕はシンクロニシティを感じたのでした)
●6714 地の底のヤマ (ミステリ) 西村 健 (講談社) ☆☆☆☆
正直、著者に対する印象は良くなかった。デビュー作「ビンゴ」は途中で投げ出したし、「深夜プラス1」つながりで業界にずっといるイメージだった。また、本書の内容も読む前から予想ができ、かつ予想通りの作品だった。
警察官の親子のクロニクル小説という意味では「法と秩序」「警察署長」そして「警官の血」と続く黄金パターンだし、幼馴染のその後の物語としては「ミスティック・リバー」を思わせ、過去の罪は「永遠の仔」であり、さらに社会や街の変遷を描けば「白夜行」となる。
というわけで、あまりにも長いこともあって、その筆力の進化は認めても、オリジナリティーに欠け傑作というのはどうかなあ、という感じだった。特に途中に挟まれる、主人公猿渡鉄男の家庭の悲劇は、あまりにも定型どおり、という感じで嫌になってしまった。冒頭から仄めかされ、途中で明らかになる少年達の過去の罪も説得力が足りない。
しかし、何とか最後の最後まで読み終えて、ラストで僕の本書の評価が急激にあがってしまった。なぜなら(まあこれまたパターンではあるが)最後に明かされる父親の殺人事件の真相が、非常に重層的に深みがあって、結構感動してしまったのだ。
ここには単純な勧善懲悪を越えた、歴史の悲劇がある。また、ラストシーンも短いが美しく素晴らしい。そして、本を閉じて脳裏を去来するのは、著者の故郷である大牟田(三池炭鉱)の街に象徴された、日本の戦後の手垢にまみれた、貧しくも愛おしい、歴史そのものである。
本書の主人公は、街=ヤマそのものなのだ。そして、それは僕自身の歴史でもある。それでもここまで長くする必要があったかなあとは思うが。
●6715 ビッグデータの覇者たち (ビジネス) 海部美知 (講談現) ☆☆☆☆
90年代末のITバブルの頃は、結構勉強をした。しかし、WEB2,0に関しては梅田の本を読んだくらいだった。どうやら、そのあたりから人とつながる、ということに関して僕は違和感を持つ、というか世の中かとずれ始めてしまったようだ。
で、今度はビッグデータである。今度もそれほど興味はわかなかったのだが、たまたま本書を手に取ったら読みやすくて、一気に最後まで読んでしまった。そして、漠然とだがビッグデータと呼ばれるものの本質が、少し見えて得した気分になった。
そうか、データは「新しい石油」なんだ。WEBの書評では、本書がデータの解析に踏み込んでいないと文句が多いが、僕にとってはそこがいい。解析の方法論なんか興味もないし、わかるはずもない。
しかし、彼女がわかりやすくグーグル、アップル、フェイスブック、ツイッター等々の違いをビッグデータを元に説明してくれて、少し腹に落ちた気がする。中でもツイッターは料理人に大量の新鮮な素材を提供する「業務用の八百屋さん」という例えは、良くわかった。
また、「リンクトイン」というSNSのビジネスモデルも興味深い。そして、最後に驚いてしまったのは、実際にターゲットで起きた以下のような(有名な?)事件だ。
ある高校生にターゲットから妊婦用のクーポンが届いた。彼女の父親はターゲットに怒鳴り込むが、結局彼女は実際に妊娠していた、という実話だ。彼女が購買履歴が妊婦のパターンに一致した、ということらしい。ここまでくると、ちょっと怖い。
●6716 真夏の方程式 (ミステリ) 東野圭吾 (文春文) ☆☆☆
「夢幻花」が「白銀ジャック」や「プラチナ・データ」といった雑な作品ではなく、惜しい作品だったところに、ちょうど「真夏」が文庫化され、こっちも自腹で早速読み始めた。
「真夏」はガリレオシリーズの長編。このシリーズはどうしても湯川=福山のビジュアルが強すぎる。加賀の方は古くから接してきたキャラクターのせいか、=阿部とはならないんだけれど。(そもそも加賀は古い作品ではあまり目立たず、山藤の描く筒井の似顔絵みたいなイメージだった)閑話休題。
さて、本書だが一夏の海辺の事件の始まりを告げる、冒頭の列車の中での、湯川と少年のやりとりはうまい。つかみはOK。で、前半は自然保護運動というのが、いまいちリアリティーが足りないが、まあなかなか読ませる。
しかし、途中で物語の構造は見えてしまった。正直これでは、ミステリとして意外性が不足している。そして何より被害者の元刑事の行動に説得力がないし、さらに真犯人の最後のある行動に関しては、動機と照らし合わせると明らかに矛盾しているとしか思えない。
このあたり作者の設計に致命的なミスがある。まあ、そもそもこういう人情ミステリは、ガリレオではなく加賀シリーズにすべきだったと思うのだが。(いや、このあまりにも情け深い結末を、杉下右京はどう考えるのか、聞いてみたくなった)
●6717 中国と茶碗と日本と (文化歴史) 彭 丹 (小学館) ☆☆☆☆
中国人研究者による、日中の茶器の違いを描いた興味深い比較文化論。少々、奔放、独断、傲慢、と感じることもないではないが、梅原猛と同じくミステリ感覚で面白く読んだ。まあ、素人には学問はこのくらい刺激的な方が良い。
従って細かい論考は本書に譲るが、2つの根本的な課題、1つはなぜ日本で珍重される「唐物」の茶器が、生産地の中国では高く評価されていないのか。2つは、なぜ茶道具の中には「がらくた」としか思えない美的価値が低いものあり、それがありがたがられているのか、のうち、前者に関してはかなり腹に落ちた。
やはり中国の4000年の歴史はあまりにも長く、その易姓革命思想によって、過去の文明が否定される上に、元と清という非漢民族の帝国が興ったため、中国においては過去が断絶し、変化することが常である。(ただし、常に進化とは限らない)
一方、革命が起きない日本においては、過去は無くならず姿を変えながら継続し、誰も本来の意味がわからなくなってしまう。
著者は日本において中国では遥か古代に無くなってしまった習俗を発見し喜びつつ、すぐにその意味の変貌に驚きを隠せなくなる。そういうことが、茶器の世界でも起きたのだ。そして、それはきっと欧州におけるローマと各国においても同じことが起きたんだろうなあ、と想像する。
しかし、2番目の謎に関しては、著者の言う村田珠光や千利休の企みが、どこまで正当性を持つ論考なのかは、僕の知識では正直わからない。神格化された利休への痛快な批判のような気もするし、あまりにも日本文化を表面的に見ている気がしないでもない。
過去千年を越える日本の中国文化受容の歴史、そこにある憧憬と裏腹な対抗心(嫉妬)抜きには、その本質には迫れない。そういうものを、今こそきちんと観なければならないのかもしれない。
●6718 西郷隆盛と明治維新 (歴史) 坂野潤治 (講談現) ☆☆☆☆
過去何冊も本は読んだのだが、西郷隆盛像がつかめなかった。特に司馬遼太郎の「翔ぶが如く」は長い割には、結局良くわからなかった。しかし、本書がいうように西郷と久光の対決、及び龍馬のバイアスを抜いた薩長同盟という二点に注目すれば、西郷の方向性と立ち位置、そしてその限界がかなりクリアになった。
やはり大久保は勝者であって、大久保、久光コンビの失態は、明治以降強調されなかったのだ。(大久保&久光は徳川と薩摩と朝廷で日本を仕切ろうとし、攘夷勢力から総スカンをくったのだ)
これで、なぜ西郷はあそこまで久光に強硬というか失礼な態度をとったのか、やっと理解できた。
また、薩長同盟というのは徳川によって朝敵とされた長州の「冤罪」を晴らすため、という視点は目から鱗が落ちた。西郷が長州との心中まで覚悟するのには、さすがに時間がかかったのだろう。
(ここで、龍馬の「長州が可哀想」とのセリフは都市伝説と化する。まあ「八重の桜」で全く龍馬抜きで「薩長同盟」を描いたのには、逆に腰が抜けたが)
また安政の大獄の原因は、慶喜擁立派の一掃であり、尊王攘夷派弾圧が本質ではない、というのも、いかにこの時代の歴史の言説が、俗論に流れていっているか、を理解するのに最適である。
そして、西郷の役割は、維新最大の業績である「廃藩置県」で終了する。維新の歴史を振り返るとき、数年前まで何百年も続く封建主義であったこの国が、なぜ「廃藩置県」という大革命を、短期間、かつ無血で成し遂げたのか、が最大の謎であった。
そして、その答えこそが西郷であった。彼はその使命を成し遂げ(久光を藩主から引き摺り下ろし)ゲバラのように死地に赴いた。
僕はよく、西郷こそが自らがもっとも愛し、しかしその存在を否定せざるを得なかった武士階級を、この世ならざる世界に連れて行ってしまった、ハーメルンの笛吹き男に例えてしまうのだが、さすがに本書もそこまでは語ってくれなかった。
●6719 千の謎から (ミステリ) 佐野 洋 (光文文) ☆☆☆★
佐野洋が亡くなったようだ。しかし、彼は僕にとっては不思議な作家だ。一応、大御所ということになっているが、何が彼の代表作か思い当たらない。デビュー作の「一本の鉛」や「轢き逃げ」あたりは読んだはずだが、あまり印象がない。
しかし、彼には1200を越す短編があって、そのベスト・オブ・ベストとして本人が選んだ10編が本書である。だが、こうやって10編読み終えて、正直拍子抜けした気分だ。
確かにこの10編に駄作というべきものはない。ただ、逆に凄い傑作という作品も全く無いのだ。そして、何より人物描写の軽さ、ワンパターン、下品な表現が気に入らない。何か、深みの無い松本清張という感じの話ばかりなのだ。
そう、これぞ中間小説という感じ。こういう作品がミステリの主流であったのなら、綾辻の登場による新本格革命は、必然だっただろうと感じる。
●6720 ボールパークの魔法 (スポーツ) 本城雅人 (創元社) ☆☆☆
図書館で本書を手渡されたとき、その表紙がまるでラノベなのに驚いてしまったが、幸い内容はそこまでは軽くはなかった。でも、じゃ傑作かといわれると、本城に対する僕の期待値は高いので、とてもこの内容では満足できない、というか後退していると言わざるを得ない。
そもそも中学野球界の超エースだった主人公が高校野球で挫折し、母親のコネで米国留学中NYメッツの雑用係として雇われ、高校の先輩や同僚の日本人大リーガーと交流する、という設定にリアリティーが全くない。
また、一応東京創元社らしく、日常の謎大リーグ版というミステリ形式をとっているのだが、その謎解きもイマイチなのだ。せっかく「球界消滅」「希望の獅子」の連続ヒットで、やっと本城もブレイクするかと思ったのだが、現実は厳しい、というかみんな見る目が無い。
僕が書店員なら、「統計学」や「ビッグデータ」の本の特集コーナーの隣に、必ず新訳のでた「マネー・ボール」と「球界消滅」を一緒に積むんだけどなあ。
●6721 花鳥の夢 (歴史小説) 山本兼一 (文春社) ☆☆☆★
計算したわけではないだろうが、安部龍太郎の「等伯」への返歌のように、等伯の敵役だった狩野永徳を主人公にした本書が上梓された。ただ、「等伯」の波乱万丈とは違って、物語を永徳の画業に絞り込んだ点が、個人的には話を単調にしてしまったように思う。
また、永徳という人物、長編の主人公にするには魅力が足りない。結局本書の本質は、スポコン漫画と同じく、永徳が何度も危機に襲われ、それを根性と工夫で乗り越えていくところにある、ように思えてしまうのだ。
特に永徳と父親の確執が、簡単に何度もひっくり返ったり、信長や秀吉に出されるダメが結局ワンパターンだったりするあたりが、どうにもストーリーに奥行きがない。
そして、最大の売りであるはずの等伯との対決も何か中途半端で、嫉妬に一人燃え上がる永徳の姿が情けない上に説得力もない。
ただ、利休や岡部又右衛門(火天の城)も登場して、サービス満点。特に利休の登場シーンはちょっとしかないが、効いている。
●6722 切り裂きジャックの告白 (ミステリ) 中山七里 (角川書) ☆☆★
切り裂きジャックの告白 刑事犬養隼人<「刑事犬養隼人」シリーズ> (角川文庫)
- 作者: 中山七里
- 出版社/メーカー: KADOKAWA / 角川書店
- 発売日: 2014/12/25
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切り裂きジャックに模した猟奇殺人事件は最初都内で起きるが、次は埼玉で起きることで、本書は「かえる男」「贖罪の奏鳴曲」に続くシリーズ第三作であることがわかる。しかし、中山の作品の最高作であったこのシリーズも、ついに三作目でアウト。
途中まで引っ張る、あまりにも見え見えのミスディレクションと、これまた全く意外でない意外な犯人。そして、そんな人いたっけ?というどんでん返しのためのどんでん返し、とやっぱり納得できない動機。
何かWEBでは、年末ベスト候補、などという声まであるが、いい加減にしてほしい。もうしわけないが、これで当分著者とはお別れだ。
●6723 ベストミステリ論18 (評論) 小森 収 (宝島新) ☆☆☆☆☆
ベスト・ミステリ論18―ミステリよりおもしろい (宝島社新書)
- 作者: 小森収
- 出版社/メーカー: 宝島社
- 発売日: 2000/07
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「ノックス・マシン」に出てきた若島正のクリスティー論「明るい館の秘密」を再読したくて、たまたま図書館で簡単に手に入った本書を(たぶん)再読した。僕は若島自身の本でこの論考を読んだと思っていたのだが、記憶があいまいだ。
しかし、そんなことはどうでもいい。本書は小森が選んだミステリ評論のベスト18なのだが、その内容が素晴らしすぎて呆然としてしまった。
北村薫、坂口安吾、都筑道夫、瀬戸川猛資、法月綸太郎、丸谷才一、各務三郎、北上次郎、中条省平、石上三登志、小鷹信光、池上冬樹、そして若島正と、書いているだけで陶然となってしまう豪華メンバー。
そして、その中でもやはり若島の「明るい館の秘密」と中条省平の「夢野久作『瓶詰地獄』」と石上三登志の「女嫌いの系譜、又は禁欲的ヒーロー論」の素晴らしさには、再読ながらまいってしまった。
「そして誰もいなくなった」の訳者の誤訳で、長い間日本人は誰も気づかなかった、その恐るべき記述トリック。(ちなみに、この論文のおかげで、文春の行った歴代ベストで「そして」が「Y」を抜いて一位になった、とか)
『瓶詰地獄』における論理と「新約聖書」の恐るべき意味。そして、ロス・マクドナルドとハメット、チャンドラーの本質的な違い。素晴らしいとしか言いようが無い。
しかし、しかし、本書を僕は読んだはずなのに(2000年上梓)そのときは今回ほど(たぶん)感動しなかった。なぜなんだろうか。そして、最近のミステリ評論は、なぜこんなにつまらないのだろうか。嗚呼。
●6724 幸 (ミステリ) 香納諒一 (角川春) ☆☆☆☆★
著者12年ぶりの書下ろし、ということで、「このミス」でも他の仕事を断って本書に一年集中した自信作と書いていた注目作。さすがに実力者がここまでやれば「64」とまでは言わないが、著者の最近の警察小説の集大成と言うべき傑作に仕上がった。今年度のベスト候補だ。
そうは言っても本書の出だしは、痴呆症の老女の徘徊や妊婦の刑事といった一見ゲテモノ的な素材を扱いながらも、静かな立ち上がりで、最近のKSP等々の慌しさとは明確に一線を画している。
しかし、その分人物描写が深く文体も安定している。そしてストーリーは後半に入って、急激にヒートアップしていく。
あまりに物語の構造を広く複雑(多層)にしてしまったような気もするが、わかりにくいわけではなく、ここは著者のサービス精神と解釈しておきたい。(公安の件や、冤罪の件を無くすとどうなるか?は意見の分かれるところだろう)
そして、何より本書で評価したいのは、あまりにもおぞましい犯罪(しかし、最近流行の猟奇殺人ではなく、人間の心のおぞましさ)に対する、寺沢と明子のコンビのそれぞれの思いと、絶望の向こうにほのかな明かりが差すラストシーンだ。
刑事として生きていくことの、矜持とやせがまん。残念なのは、この題名だと内容が、まず伝わらないだろうこと。もう少し何とかならなかったのか。採点は少し甘いかもしれないが傑作であることは、間違いない。
●6725 ツリー (伝奇小説) 高橋克彦 (双葉社) ☆☆☆
普通、著者のように歴史小説の大家となると、ミステリはともかく、伝奇小説は書かないものだ。(あの司馬遼太郎だって、後期は伝奇小説はたぶん書いていない)だのに、こんな大法螺伝奇小説を書いてしまう著者の稚気は愛すべきだと思う。
しかし、僕は傑作と言われる著者の伝奇小説の代表作「総門谷」ですら、大風呂敷が雑すぎると感じた。したがって、本書もまたあまりにも雑であり、長すぎ、文体がスカスカで、キャラクターは書割にすぎなくなっている。
前半の命を賭けた追跡劇は、僕にとっては全くリアリティーなしである。で、結局このラストは・・・・時が80年代で止まっているのではないだろうか。
ただ、本書は作家でも編集者でもなく、書評家が主人公となっていて、書評家の中では、そこにスポットがあたっているようだ。(今までに、そこに触れた書評を2回読んでしまった)もちろん、そこが本筋ではないのだが。
●6726 キアズマ (スポーツ) 近藤史恵 (新潮社) ☆☆☆★
「サヴァイヴ」の続編だが、今までとのつながりは途中でチーム・オッジのマネジャーとして赤城がちょっと登場するだけ(ということは、本書は前三冊の少し後の物語)で、独立した大学の自転車部を舞台とした作品。
正直言って、いきなり関西弁のヤンキー櫻井がでてくるだけで、西一から宇宙兄弟の古谷にいたるステレオタイプで読む気がなくなる。というわけで、本書の学生たちの物語はイマイチなのだが、やはり著者の描くレースシーンはリアルで爽快で気分がいい。
それに比べて櫻井は面倒くさすぎる。やはり僕はプロの物語が読みたい。
●6727 鬼がつくった国・日本 (民俗学)小松和彦・内藤正敏 (カッパ)☆☆☆☆
鬼がつくった国・日本―歴史を動かしてきた「闇」の力とは (光文社文庫―NONFICTION)
- 作者: 小松和彦,内藤正敏
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 1991/11
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図書館でたまたま小松の最新刊が手に入ったんだけれど、ちょっと走り読みするとかなりハードな内容。というわけで、事前勉強として85年上梓の柔らかめの本書を借りて読み出した。で、内容にびっくり。
当時は夢枕獏が伝奇小説ブームを起こしていたようだが、陰陽師や宿神等々、彼の小説や井沢の逆説の日本史のモトネタ?とも言える内容が、本書にはぎっしりつまっている。帝都物語もかなり影響を受けているのではないか?
というわけで、すべてがここからというわけではないだろうが、鬼=排除された人々、失われた闇の世界の復権、という本書の主張は、網野歴史学等々と有機的に反応し、日本のエンターテインメントに大きな影響を与えたことが良くわかる。でも、だからこそ新しい発見は、ほとんどなかったのだが。
●6728 友 罪 (小 説) 薬丸 岳 (集英社) ☆☆☆☆★
題名を見ただけで、内容はわかってしまう。(もし隣人=友人が酒鬼薔薇だったら?)だのに一気に読まされ、とても消化できないものをするりと飲まされてしまって、どうしたらいいか途方に暮れてしまっている。ラストの益田の手記は「清々しい絶望感」としか表現できない。
相変らず、同じ会社に四人も過去に傷を持つ人間がいる、というのは偶然がすぎる気もするが、今回は状況を鑑みるならば何とか許容範囲か。たぶん本書の力は、物語を無理にミステリにしなかったことによるのだろう。その結果、「天使のナイフ」にあったラストの不自然さが、見事に解消されている。
そして、意識的に鈴木の過去の心象を描かないことが、物語の多面性を生んだような気がする。(逆にそれが、何とも言えないもやもや感をもたらすのも確かだが)あと一点、僕はやはり先生の行動は赦せない、少なくとも息子に説教する資格はないと感じた。
以上、読み終えて一日たつが、まだ自分の中でどう消化したらいいかわからない。しかし、それはやはり本書に力がある、ということだろう。著者のひとつの頂点ともいうべき、傑作なのかもしれない。(今回も工場が川口寮が蕨、ということで、なぜか著者はご近所を舞台にしてくれる)