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2013年 3月に読んだ本

●6667 ハピネス (小説) 桐野夏生 (光文社) ☆☆☆☆
 
ハピネス

ハピネス

 

 

浦安の高層タワーマンションに住むママ友グループの話、と聞いただけで、げんなりと
してしまった。湊、沼田、何するもの、元祖イヤミス?は私、という女王様の鼻息を感
じる。(まして、あのVERY連載)

というわけで、主人公のエセ・セレブママがもう嫌な嫌な奴で、全く感情移入が出来ず、もちろん回りのママもこれまた嫌な奴ばかりで、数十ページで挫折しそうになった。しかし、やっぱり女王様はものが違う。

嫌々読んでいたはずなのに、次から次へと明かされる過去や裏の顔、暴かれる嘘の連続についつい引き込まれ、結局一気に読んでしまい、何と最後にはカタルシスまで感じてしまったのだ。

これだけ人間の醜さを描いても、肉食系の桐野の場合そこに逞しさと清清しさまで感じてしまう。所詮、人間は欲望の生き物なのだ。(とは言っても、こっちは最早そんなパワーはないのだが)本書は桐野の代表作や傑作といった作品ではないが、やはりエンターテインメントとしては、一流だと思う。

 

●6668 天使のナイフ (ミステリ) 薬丸 岳 (講談社) ☆☆☆★

 

天使のナイフ

天使のナイフ

 

 

いつの間にか勝手に「13階段」以降の乱歩賞はレベルが低くて読む必要なし、と思いこんでいたのだが、鏑木や曽根の近作を読んでその文章の確かさに驚き、ちょっと見直してしまった。で、その中でも「刑事のまなざし」(前半だけなら大傑作)を書いた薬丸をちょっと追いかけてみようと考えた。

本書は少年犯罪に正面から取組んでいて、そういう意味では正に「13階段」と同じテーストを感じた。そうはいっても、今更少年法がテーマというと、何となくストーリーが想像できてしまい、イマイチ読み出すのに時間がかかってしまった。

しかし、それは杞憂に終った。とても小説第一作とは思えないほど文章はしっかりしているし、何より想像と違って、少年犯罪問題に対する熱意と同時にバランスが非常に良いのだ。熱いだけでなく、クールさもちゃんとある。

ただミステリとして観た場合、どうしても引っ掛かってしまう瑕疵が2点ある。

まずはこのテーマとミステリの意外性が、アンマッチを起こしている点。何度も真相がひっくり返り、意外性は十分なのだが、残念ながらどんでん返しのたびに、リアリティーがなくなっていく。14歳以下による殺人事件は、そんなにあるわけではない。ちょっとこれはやりすぎである。

そして、ラストの立てこもり事件。犯人の意外性と、気になっていた偶然の必然性に関してはセンスを感じるが、如何せん犯人が意味もなく主人公に真相をとうとうと語るのは、いかにも不自然かつ安易。そんなことしている場合か?まあ、それ以前にこれほど倫理観の高い主人公が、全く警察を頼らないことが不自然なのだが。

別に警察をひどく描いているわけでもないのに。もちろん、後者は乱歩賞の枚数制限のせいかもしれないのだが。最後に全く本筋には関係ないが、主人公が浦和に住んで大宮で働いているので、土地勘が働き、なかなかリアルに楽しめた。

 

●6669 熾 火  (ミステリ) 東 直己 (角川春) ☆☆☆

 

熾火

熾火

 

 

本書が畝原シリーズのターニングポイントであることは、何となく解っていた。またテ
ーマがまたも道警不祥事であり、更には少女虐待であることもわかっており、しかもそ
れは「駆けていた少女」(ススキノ探偵)「ススキノ・ハ-フボイルド」(新シリーズ)とリンクしている、と聞いて益々読もうかどうか迷ってしまった。

しかし、一方では本書でついに畝原と姉川が結ばれるとか。やはり、これは読まざるを得ないと思って読み出した。相変らず冒頭は素晴らしい。しかし、どうもストーリー展開が雑というかしっくりこない。

いったい殺された前田昌子はどうなってしまったんだろう。このあたりが三作がクロスしている悪影響なのだろうか。しかし、テーマがテーマだけに同じような話(しかもかなり長い)をあと二冊読むのはどうかなあ。

ある書評で、私立探偵のベストとして、沢崎、二村、佐久間、竹花、の四人を挙げていて(このチョイスは素晴らしい。(真木は古すぎるか、作者が現役に限ったか)

四人の弱点はめったに新刊がでないこととし、それに対し畝原は一年に一冊読めるので素晴らしい、と褒めていたが、ちょっとこのレベルだと書きすぎじゃない?という気になってしまう。まあ、ただ本書のラストシーンはシリーズを愛読してきたものにとっては、目頭が熱くなってしまう。

 

●6670 採用基準 (ビジネス) 伊賀康代 (ダイヤ) ☆☆☆☆
 
採用基準

採用基準

 

 

一応ベストセラーのようだけれど、変な題名なので、凸版の高野さんの推薦がなかった
らたぶん読まなかっただろう本。何でこんな題名にしたのかは解らないが、本書のテー
マはグローバル・リーダーシップである。

正直言って、僕にとっては目新しい部分はほとんどない。しかし、リーダーシップと自分(の業務)をまだ明確につなぐことのできていない若者にとっては良書だと思う。

なぜなら、本書の主張の多くは、僕のリーダーシップ・バイブルである、ティシーの「リーダーシップ・エンジン」と重なるのだが、読みやすさは本書の方が圧倒的に上だと思うからである。

特に高野さんも指摘の、日本のダメさ、勘違いが具体的に書かれており、日本人の初心者がリーダーシップについて読む、またはひさびさにリーダーシップの本質を考えるためにベテランが読む、というのには最適だろう。

一点本筋ではないのだが、僕はサンデルの「ハーバード白熱教室」のDVDに最後まで日本人がでないことに、愕然としたのだが、著者によると米国の大学が、今は日本より中国やインドを米国人学生が学ぶべき、と考え、日本人留学生の枠が減っている、とあり、そんな観点もあるのか、と驚いた。

そして、アメリカ人の教える、学ぶ、ということの定義に感嘆してしまった。こういう発想を日本人ができるようになるには、いったいあとどれくらいかかるのだろうか。

本書はあまりにマッキンゼーを褒めすぎている、との批判も多いが、僕はマッキンゼーというとすぐ大前研一南場智子が脳裏に浮かぶので、そんなに違和感がなかった。

また、もう一人のマッキンゼー出身者として紹介されている高島宏平という名前に、なぜか引っ掛かったのだが、今朝の日経の2面の、旬の人時の人、で紹介されていたオイシックスの創業者だった。シンクロニシティーというか、コンステレーションというか、つながりますねえ。

 

●6671 おどろきの中国 (社会学) 橋爪大三郎×大澤真幸×宮台真司 (講談新) ☆☆☆☆☆

 

おどろきの中国 (講談社現代新書)

おどろきの中国 (講談社現代新書)

 

 

ベストセラー「ふしぎなキリスト教」のメンバーに宮台が加わった対談形式の本。正直「キリスト教」は物足りなかった。というのも、三人の師匠である小室直樹によって、僕は殆どの内容を既に知っていたからだった。

で、実は先月「小室直樹の学問と思想」を読んだことで、図書館から何冊かの小室本を借りて、まずは「中国原論」を再読し始めたのだが、小室にしては珍しく物足りない内容で止まっている間に、本書が届いた。

今回はこちらの勝ち。とにかく第一章「中国とはそもそも何か」の内容が素晴らしくて、付箋だらけになってしまった。いきなり、中国とはそもそも国家なのか?中国と比較すべきはEUであり、中国の本質はCUである、というのは正しく僕の持論であり(まあ大熊さんから教わったのだが)うれしくなってしまうのだが、そこからの深さが凄い。

ポイントは中国が2200年前に秦によって統一されCUとなったのに、なぜ欧州がEU化するのにこんなに時間がかかったのか、という問題提起。こうくるか。で、答えは地政学。欧州は山脈があり、地中海があり、移動が大変なため大掛かりな戦争が起きにくく、なかなかまとまらなかった。で二つの大戦がやっとEUを生み出した。

しかし、中国は平らで大河があって移動が簡単だったため、早い段階(戦国・春秋時代)に戦争が常態となり、統一国家が生まれた。そして不幸な時代が、統一国家の必要性という意思統一を生んだ。

そしてうまれた統治形態が、世襲の君主と能力主義科挙)の官僚のハイブリッド型。君主が世襲だと政治が安定する。理想は尭・舜・兎の三聖人。しかし理想と違って君主に能力がないときは、ブレーンの官僚が政治を機能させる。だが、万が一ブレーンも優秀でなかったら、いわゆる「易姓革命」による全取っ替えが起きる。

そして、それを支える思想・宗教こそが儒教である。等々最初の部分だけでもう書ききれない。ここから、中国を近代西洋的な見方(日本的な見方)で捉えることの不毛さが議論され、もう眼から鱗落ちまくりなのだが、書ききれないので本書に譲る。

ただ一点漢字に関してだけは、書いておきたい。

「文字の歴史の研究によれば、人類史の中で独自の文字は四つしかない。メソポタミア
とエジプトとマヤと中国です。あとの文字は、すべてこれらの模倣やここからの派生で
す。現に日本も中国から文字を輸入しカスタマイズして使っている。このように文字自体がきわめてまれな発明物です」

「すでに述べたように、中国がEUみたいなものだったという点が大事です。春秋戦国
時代の越とか楚とか秦とかは、お互いに異なる民族と考えたほうがいい。まあ、フランス、ドイツ、イタリア、みたいなものです。外国人みたいに言葉が通じない人々ばかりのとき、表音文字を使うと、各言語を表記できる。でも意味が解らない。中国はそういう戦略をとらず絵みたいな文字をつくった」

「絵は概念をかたどったものだから、具体的なものなら言葉が違っても意味が解る。そ
してこの文字を、それぞれの言語の読み方で読むことにした。これが漢字。漢字はPCの絵文字みたいなもので、それをどう読むかはローカルな言語共同体の勝手なんです」

「こうして、漢字による言語共同体ができあがった。しかし、欠点もある。漢字を使える人のコミュニケーション力はきわめて高くなり、統一政府も構成できる。でも、漢字を使えるのはほんの一握りの人に限られる。

漢字は習得が極めて困難で、大多数の人々は文字が読めないままになって、大きな情報ギャップが生まれる。これが儒教の一握りの官僚/大多数の農民、という形として固定する。(恐ろしいことにこの構図は今も生きている)農民は反抗しようにも団結できない。少し遠方の人々とは、言葉が通じないから。これが漢字の秘密なんですね」

「漢字によって漢民族ができあがった。漢民族は、多くの言語集団を包摂するものとなった。(冒頭にそもそも漢民族はなぜこんなに大勢いるのか、という問題提起あり)漢民族は漢字を使う人、と定義をしてもいい。」

「漢字の特徴は、進化しないことですね。秦の始皇帝が字体を統一したあと、そこで決まった漢字が今日までそのまま使われている。新しい漢字はまず登場しない。新しい概念も古い漢字の組合せで表現する。

ということは、世界は漢字によって意味的に分節されてていて、それは永遠不滅だと、漢字を使う人々は信じてるんじゃないだろうか。これが表音文字なら、新しい概念は次々現れてくる。表音文字はそれを阻止しない」

「中国語の大事な特徴は、概念の数だけ漢字があり、それが一字一音だということです。このため発音が複雑になっている。普通語の場合、母音が37、子音が20いくつ、さらに声調(四声)があって、これらを組み合わせるとだいたい1600音くらいになる。

これだけの音を言い分けられ、聴き分けられれば、常用漢字がだいた3000くらいなので、ほぼ一字一音になる。そうすると、音を聴くと、頭の中に漢字がひとつづつパパ、パ、と浮かんでくる。しかも漢字は字数が少なくてすむ。

だいたい日本語の60%くらいのスペースで同じことが書ける。そして、漢字の読み取りスピードはひと目でパッと理解できるのでとても速い。官僚はこの処理スピードの速さで、人よりも優位に立つ。格好の支配ツールになっている」

「蓮実さんの奥さん(ベルギー人)が日本人の学生にフランス語を教えたとき、彼らは単語を発音しながら、指でそのスペルを宙に書くような動作をする。それで彼女はびっくりした。音声の会話を教えているのに、なんでこの人たちはスペルを書くのか。

日本人は文字を覚えないと、その言葉を覚えた気分にならないので、まずスペルを覚える。これは日本人が漢字を使うから。

日本人は抽象的な概念を、音声だけで知っているなんてあり得ない。「機能」という漢字は知らないけど、その概念はわかっている、音声だけで理解している、なんて絶対にないわけです。日本人が「機能」と発音しているときは、必ず文字の像を浮かべている」

「漢字はもともと一字一音に近い状態で識別されるものなんです。ところが、日本の音韻システムがきわめて貧弱なため、漢字を輸入したら、たくさんの同音異義語が生まれてしまった。これでは、音で意味がわからない。

音で意味がわからないと、そのテキストに詳しくない人はちんぷんかんぷんになってしまう。これが、奈良・平安の昔から今まで続いている。知識人は漢字の熟語を交えて話すんだけど、一般の人には意味がわからない。

仏教儒教、行政文書、みんなそう。これは中国には起こらない。漢字と音が結びついていて、一応日常語だから、その種のギャップは少ない」

以上、もうやめるが、漢字だけでこんなに語れてしまう。何と言う知的興奮。何と言う橋爪の解りやすさ。池上なんか眼じゃない。本書は第二章では毛沢東文化大革命について論じ(これがまた面白い)第三章では歴史問題を語り、第四章ではこれからの日中関係に関して語る。

間違いが多い、とか、根拠が無い、だとか、偏向しているとか、批判も多いが、少なくとも僕は本書を読んでいる間、学問というものの凄さをまざまざと体感した。素晴らしい。

 

 ●6672 チヨ子 (ホラー) 宮部みゆき (光文文) ☆☆☆

 

チヨ子 (光文社文庫)

チヨ子 (光文社文庫)

 

 

申し訳ないが、やはり僕はホラーの良い読者ではないようだ。宮部のホラー短編集のい
きなり文庫化、というファンには嬉しい本だろうが、僕は物足りなかった。

「雪娘」「オモチャ」「チヨ子」はオチが単純すぎるし、「いしまくら」と「聖痕」は逆に理屈が前面に出すぎているような気がする。贅沢な注文なのかもしれないが。

 

●6673 パナソニック・ショック (NF) 立石泰則 (文春社) ☆☆☆☆

 

パナソニック・ショック

パナソニック・ショック

 

 

「さよなら、僕らのソニー」に続いて今度は松下。このタイミングで叩くのは、何か後
出しじゃんけんみたいで引っ掛かるが、正直面白すぎて一気に読んでしまった。著者の
処女作が「復讐する神話/松下幸之助の昭和史」という松下本だったこともあって、ソ
ニー以上に力が入っているし、内部事情に詳しく、迫真のリアリティーがある。

まあ、かなり生臭いのだが、そのぶん無責任な外野には面白い。そして「出井革命」だけでなく、「松下ウェイ」を読んで「中村革命」にワクワクしたものにとっては、本当に痛くて辛い本でもあった。

前半で創業者たる幸之助をかなり辛らつに描きながら、最後に創業者精神に戻れと書いたり、ビジョンの重要性を語りながら、本社スタッフをばっさり切ったり(これはわからなくもないが)ちょっと論旨がぶれてるんではないか、と思う部分もないではないが、とにかく登場人物の描写がリアルなのである。

そして、これはとても他人事とは思えない内容でもある。しかし、ソニーに関してはテレビ事業の再生がソニーの再生にはつながらないと僕は書いたが、本書を読み終えて、著者がテレビにこだわる気持ちも少しわかったような気がする。

 

●6674 やがて、警官は微睡る (ミステリ) 日明 恩 (双葉社) ☆☆☆☆

 

やがて、警官は微睡る

やがて、警官は微睡る

 

 

待望久しい、竹本&潮崎シリーズ第三弾。冒頭、何と竹本のお見合い(当然失敗)から物語はスタートし、一気にホテル人質立てこもり事件へと怒涛の展開。ちょっとストーリーが大掛かりすぎるんじゃないか、と危惧しつつも、竹本がブルース・ウィルスとなって和製ダイ・ハードが炸裂する。

で、いったい潮崎はどうからむのか?と思ったら、意外なしかも説得力のある登場の仕方に、座布団一枚。相変らず著者の人物造型は抜群で、この突飛なキャラクターを、何とかリアルに描いてしまう腕の冴えには唸るしかない。

ただ、今回は犯人グループの動機があまりにも現実離れしているのではないか、と思ったのだが、ラストの意外な展開に思わずひざをたたいてしまった。こんな終わり方ありなんだ。

というわけで、それでも細かいところで引っ掛かる部分はあるのだが、今回は傑作と言っておこう。今度こそ年末ベストに食い込むか?でもまだ3月だからなあ。

 

 ●6675 スケアクロウ (ミステリ) マイクル・コナリー (講談文) ☆☆☆☆

 

スケアクロウ(上) (講談社文庫)

スケアクロウ(上) (講談社文庫)

 

 

 

スケアクロウ(下) (講談社文庫)

スケアクロウ(下) (講談社文庫)

 

 

コナリーの新作は、「ポエット」の主人公マカヴォイ&レイチェル・コンビの復活作で
あった。冒頭、いきなりWEBによって衰退するばかりの新聞社で、マカヴォイがリズ
トラを通告されるところから物語がはじまる。いやにリアルだ。

しかし、ストーリーは一転、とんでもないサイコ・キラーの登場となり、これまたさすがコナリーだけあってリアルなのだ。ストーリー展開はまるでディーヴァーのようなのだが、人物描写はコナリーに一日の長がある。

まあ、時々マカヴォイがボッシュに見えてしまうが、こういうサイコ・スリラーは、マカヴォイの方が良く似合うのも確か。僕は解説の真山仁箕浦さんには悪いが、「ポエット」はちょっとやりすぎのイメージが強かった。

しかし、今回は展開がリアルなくせに意外性があり、犯人の行動の裏にある生い立ちなど良く書けている。唯一気になるのは、マカヴォイが事件にかかわるシーンや最後に犯人を追い詰めるシーンが、論理というより彼の勘が優先されているところ。

まあ、でもこれだけ楽しませてくれれば十分だし、コナリーっていい歳のはずなのに、本当にITに詳しい。

 

●6676 キャパの十字架 (NF) 沢木耕太郎 (文春社) ☆☆☆☆★

 

キャパの十字架

キャパの十字架

 

 

リチャード・ウィーランの「キャパ/その青春」と「その死」の二冊を沢木が翻訳上梓したのは、調べてみたら88年のことであった。その頃僕は沢木に入れ込んでおり、分厚い二冊を速攻で購入し、一気に読み上げたのを今でも憶えている。

そして、その後「ちょっとピンぼけ」やマグナムの本を読んだり、スペイン内戦に関して調べてみるほど影響を受けた。しかし、その翻訳のあとがきにおいて、沢木はキャパの「崩れ落ちる兵士」はやらせである、として緻密な論考を載せており、説得力があるだけにやるせない思いを抱いた。

正直、先ごろ文芸春秋に本書の原型が掲載されたとき、おいおいまだやってるのかよ、という気がしてしまった。しつこいなあ。しかし、書評が良いので惰性で読むと、そこには僕の想像を超えた内容が待っていた。

何回か書いたが、僕が梅原猛の「隠された十字架」を読んだのは、ミステリマガジンに「これは、ファイロ・ヴァンスだ」という書評が出たことがきっかけだった。それに倣って本書を評するなら「これはエラリー・クイーンだ」。何と言う緻密なロジック。そして、意外な犯人。

先に書いたあとがきの推理より、本書は何段階もステップアップしており、2つの大きな謎解きが追加されていて、意外性十分な上に、論理の詰めも完璧に近い。これは「ゴッホの遺言」を越える、ノンフィクション・ミステリと言うべき傑作だ。

そして、最後にノルマンジー上陸作戦における「波の中の兵士」に関する沢木の解説によって、読者はほっと肩の荷を降ろした感じとなるのだ。素晴らしい。沢木はやはり論理の人であることが良くわかった。そして、その自覚の上で論理を超えようとした作品「一瞬の夏」や「深夜特急・第1便」「シナイの王国」に僕は強く惹かれるのだ。

 

 ●6677 沈黙の町で (ミステリ) 奥田英朗 (朝日新) ☆☆☆

 

沈黙の町で

沈黙の町で

 

 

「ソロモンの偽証」と同じく、中学生のいじめと生徒の死を描いた大作。だけど、書評を読んで、何となく著者の狙いがイメージできて、これは合わないなあ、と悩んでいるうちに返却日がきてしまい、やむなく一気に読んだ。

で、残念ながら本書は正に僕のイメージ通りの作品だった。いじめの被害者の内面はいっさい描かず、加害者の中学生とその親の群像を緻密に描きながら、フラシュバックで事件が起きるまでの学生達の日常を挟み込んでいく。やや長すぎるが、その筆は確かでプロットも良く出来ている。

しかし、そのテーマは僕には合わなかった。いじめというものは日常の一部であり、いじめるがわにも、いじめられるがわにも、それなりの理由がある。被害者の親にも、加害者の親にも、学校にも、警察にも、まるだしのエゴがある。まったく、その通り。

しかし、僕はそんなことを、エンターテインメントの世界で読みたいとは思わない。「ソロモン」に比べたら、本書の中学生や親たちの方が百倍リアルだろうが、僕はそんな小説を読みたいとは思わないのだ。従って、この評価は作品の質ではなく(クオリティーは素晴らしいと思う)単純な好みの問題である。

 

●6678 プラチナデータ (ミステリ) 東野圭吾 (幻冬舎) ☆☆☆

 

プラチナデータ

プラチナデータ

 

 

設定は近未来だが、内容はSFではなくミステリだろう。冒頭のDNA分析の進化によるDNAプロファイルというアイディアは、コロンブスの卵だった。(もっとも池田の「構造主義生物学」の信奉者である僕としては、遺伝子万能説は受容れられないが)

また、主人公の意外な正体も面白い。というわけで、前半は意外性たっぷりでどんどん風呂敷が拡がっていくのだが、残念ながら畳み方がイマイチつまらない。

まず、事件の真相は良く出来ているのかもしれないが、正直言ってカタルシスがない。やっちゃったなあ、という感じ。次にこれまた犯人が、ラストで真相を滔々と語るのが興醒め。

更にそこからの逆転も、芸がない。こういう細部を東野は、もっと大事にしていたのではないだろうか。電トリも何だかなあ、という感じ。

 

●6679 読まずにはいられない (エッセイ) 北村 薫 (新潮社) ☆☆☆★

 

読まずにはいられない―北村薫のエッセイ

読まずにはいられない―北村薫のエッセイ

 

 

ミステリの楽しさ面白さを語らせたら第一人者の著者のエッセイだったが、期待ほどは
楽しめなかった。本書はあるテーマに沿って書かれたわけではなく、78年(デビュー
前)から01年まで著者がいろんなところで書いた文章を、ジャンル別にまとめたもの。

で、いろんなところと言ってもふるさととしての東京創元社の書評や解説が多く、また鮎川哲也に関する文章がダントツに多く、クイーンやブランドや有栖川が多い。ということは、結局ほとんどの文章が既読なのである。

ただ一点、僕が良く座右の銘として語る「本を読むことは、人生が一回しかないことへの反逆である」という著者の言葉は、正確には「小説が書かれ読まれるのは、人生がただ一度であることへの抗議からだと思います」であり、何とデビュー作「空飛ぶ馬」のカバーに掲載された著者の言葉の冒頭だった。

当時はまだ本は全て自腹で買っていたから、カバーの言葉を読んでいたが、今なら図書館ではカバーがはずされており(これが最大の不満)ひょっとしたら、この言葉と出会わなかったかもしれない、などと考えてしまった。

 

●6680 談志が死んだ (NF) 立川談四楼 (新潮社) ☆☆☆★

 

談志が死んだ

談志が死んだ

 

 

冒頭の「ミヤネ屋」における、談志追悼番組への著者の出演シーンが抜群に面白い。そこから、談志の亡くなった時の著者の状況や、回想としての新弟子時代、このあたりまでは一気に読んだ。

そして、そもそも著者が立川流独立のきっかけになった、という事実が全体の通奏低音として流れている。ただ、中盤から失速。いろんな弟子の挿話が集中力を欠いてしまうし、時制が混乱しているようにも見える。

そして、何より「赤めだか」の書評に対する談志の著者への理不尽な怒りに関して、結局きちんと落とし前がついていないのが辛い。談志は晩年老人性の鬱を患い、その言動が無茶苦茶となり、著者には絶えられないまでの老害となっていた。

この衝撃の告白に対して、きちんと自分の立場を整理せずに、中途半端に書き出してしまったのではないか。アマゾンの書評では絶賛だが、僕は後半本書は迷走してしまったと思う。結局著者の中で師匠に対する愛憎が、きちんと整理できなくなってしまうくらい、つらい体験だったのだろう。

 

●6681 墜 落  (ミステリ) 東 直己 (角川春) ☆☆☆☆
 
墜落

墜落

 

 

畝原シリーズ第6長編。このシリーズは予想通り前作「熾火」が大きなターニングポイントであった。何せ、本書において畝原は姉川と結ばれ、幸恵も含め一気に三人の娘の父となってしまうのだから、物語は変貌せざるを得ない。

真木や沢崎や竹花ではありえないシチュエーションだ。この変貌をネガティブに捉える読者が多いが、僕は元々このシリーズの社会悪告発の部分が強すぎると感じていたので、この平凡な社会、家庭の裏に潜む悪意や嫉妬、という田舎のロス・マクみたいな路線は、歓迎したい。

そして、当然物語りはある種の擬似家族モノとなり、これまたなかなか読ませるのである。もちろん、これはミステリの本筋ではないのだが。で、それはたぶん歳とともに著者が、便利屋よりも畝原の方に自己投影しやすくなってしまった結果でもあるだろう。

本書では間違いなく、畝原=東の公式が成り立つ。(しかしハードボイルドの探偵が自分が幸せだ、と言い切るのだから世の中変わったもんだ)まあ、真由と冴香の二人の娘はあまりにも理想的なのだが、幸恵の存在が全てを救っている。

ミステリとしては、確かに小粒だし、あぶなっかしい綱渡りも多いのだが、何とかうまく帳尻を合わせたというところか。田舎の文壇裏話として「大いなる助走」的な面白さもある。

特にラストシーンが、題名につながるところはうまい。(最後のトリックは必要だったか疑問だが)カーペンターズという喫茶店の、おしゃべりなマスターに助演賞。まあ、少し甘い採点かな。

 

 ●6682 挑発者 (ミステリ) 東 直己 (角川春) ☆☆☆

 

挑発者

挑発者

 

 

実は本書は、アマゾンの評価がシリーズの中でダントツに低くて、余程読むのはやめようかと思ったのだが、ここまで来たのだから(シリーズ読破まであと二冊)と思って読み出した。

結論はやはりこれはダメでしょう。畝原シリーズが、家庭小説+モジュラー型ミステリとなっていくのは赦せるが、今回は3つの事件が同時進行し、これがそれぞれ妙に捩れている上に、本質的にショボいのだ。

特に長岡多美恵の件は、あのティプトリージュニアの心中事件をこんな形で使うなんて、あまりにも非現実的すぎる。ここは是非、大森望に感想を聞いてみたい。冒頭のエスパー撃退?も「ガダラの豚」的な面白さはあるが、如何せん薀蓄が長すぎる。キャバ嬢の事件も、後味が悪い。

そしてラストの大事件も、盛り上げるためにとってつけたようで、しらけてしまう。どうやら今回は、きちんと設計図を引かずに書いてしまったようだ。解決されない謎もいくつかあり(これはモジュラー型ミステリではある種の定石なのだが)これでは諸星が可哀想だろう。まあ、シリーズ愛読者には、キャラクター小説としては楽しめるが、ちょっと長すぎる。