2013年 1月に読んだ本

●6623 謎解きはディナーのあとで (ミステリ) 東川篤哉 (小学館)☆☆☆★

 

謎解きはディナーのあとで

謎解きはディナーのあとで

 

 

執事と言えば、おじさんにとっては「黒後家」のヘンリーか、ジーヴスなんだけど、今は「黒執事」か「メイちゃん」か。どっちにしても、マーケティング的には大成功だった。

もし、本書がこんなベストセラーでなかったら、もし、本書の設定がこんなベタなラノベ風でなかったら、どう評価するだろうか。小粒だけれど、丁寧に作られた短編集、なのか、努力は解るがかなりしょぼい、なのか。たぶん、その中間くらいではないだろうか。だから評価はちょっと甘いかもしれない。

年末のBSNHKで大森が本書を、ミステリとしてもキチンと作っていて、初心者でも頑張れば半分くらい犯人が当たるようにできている、と言っていて、そうか本書はラノベからミステリへの導きの書なのか、と思ってしまった。まあ、そんなにうまくはいかないだろうが。

作品としては冒頭の「殺人現場では靴をお脱ぎください」が一番ロジカル。まあ、これだけ東川を読んだせいもあって、いくつかパターンが見えてしまう。何より、最初の2話であまりにもレギュラー3人の絡みのパターンが決まってしまったので、運用が作者も苦しそう。僕も後半は飽きてきてしまった。

本書は自腹で文庫を買おうとしたのだが、年末ブックオフで350円でゲット。2と3はブックオフでも1000円以上だったので、面白ければ正月3日間の20%引で買おうと思ったが、そこまでの気持ちにはならなかった。

 

●6624 出雲伝説7/8の殺人 (ミステリ) 島田荘司 (カッパ) ☆☆☆★

 

出雲伝説7/8の殺人 (光文社文庫)

出雲伝説7/8の殺人 (光文社文庫)

 

 

本格ミステリ作家クラブ10周年の企画本があって、各人が本格ミステリベスト3を選
んでいるのだが、これがあんまり素直に選んでいる人がいない。有栖川有栖は、トラベル・ミステリーを三冊選んでいて、これが図書館ですぐ入手できたので、順番に読み出した。

本書は84年の作品で、たぶん読んでるはずなんだけれど、細部はすっかり忘れていた。時期的に「占星術」「斜め屋敷」といった作品がそれほど認められず、一方では日本冒険小説活況の時代であり、島田も吉敷刑事を創造し、本書や「はやぶさ」のようなトラベルミステリを、書かざるを得なかったのだろう。

それでも「北の夕鶴」や「奇想天を動かす」のような、規格外のトラベル・ミステリを彼は書いてしまうのだが。

本書は正直言って、トリックは面白いのだが、フォーマットに忠実であったためか、それをうまく生かせていない。もう少し時間をかけて取組めば、傑作になったかもしれない。

しかし、こうやって時刻表トリックと出雲伝説の薀蓄を読んでいると、これはどち らも清張の影響大である。トラベル・ミステリの元祖は清張だったんだ。

 

●6625 急行エトロフ殺人事件 (ミステリ) 辻 真先 (講談N) ☆☆☆

 

急行エトロフ殺人事件 綾辻・有栖川復刊セレクション (講談社ノベルス)

急行エトロフ殺人事件 綾辻・有栖川復刊セレクション (講談社ノベルス)

 

 

続いて、講談社ノベルス綾辻・有栖川復刊セレクションの一冊でもあった本書。読み
終えて、どう理解したら良いのか解らない。ひょっとしたら、90年代爆発的にヒットした「架空戦記」ノベルスへの、著者なりの反抗なのか?いずれにしても、僕はこういう作品を楽しめなかった。

辻真先という人は、アイディア(思いつき?)の人であり、論理の人ではない、とつくづく思う。まあ、有栖川有栖のような真正鉄ちゃんには、列車シーンだけで楽しめるのかもしれないが。

 

 ●6626 寝台特急「出雲」±の交叉 (ミステリ) 深谷忠記 (ケイ文) ☆☆☆

 

 

またも、寝台特急「出雲」。典型的なトラベルミステリー。途中で犯人がわかると、鉄壁のアリバイが立ち塞がる。

確かに有栖川の言うように、トリックは良く考えている。時刻表マニアには面白いかもしれない。しかし僕には複雑なわりには驚きが足りない。

また今の列車や飛行機の運行の正確度を考えると、こんな綱渡りに賭けるのはあまりにもリアリティーがない。まあ、時代の要請だったのかもしれないが。

 

●6627 現代文化入門講座 (社会学) 日経新聞編 (日経新) ☆☆☆☆

 

現代文化入門講座
 

 

これも、有栖川絡みで図書館で借りたのだが、今も日経の夕刊で非定期的に連載されるシリーズ(映画や音楽や演劇のあるジャンルの歴史)で、僕は結構気に入っていて有栖川以外の分も読んでしまった。

僕は実は日経新聞の文化欄(特に書評)は優れていると思っている。

で、この連載もいつも、短い中にうまくポイントをまとめていてレベルが高いと感じていたのだが、本書でも赤瀬川原平の「発見された画家」(フェルメールゴッホボッシュといったチョイスが素晴らしい)高橋源一郎の「二十一世紀ニッポン文学史渋谷陽一の「時代を駆けるロック」立川談四楼の「落語ことはじめ」青山南の「米国文化の原風景」そして有栖川有栖の「日本推理小説史」が素晴らしかった。

まあ、見事なまでに僕の好きなライターばかりだが。続編もあるなら読んでみよう。

 

 ●6628 教室に雨は降らない (ミステリ) 伊岡 瞬 (角川文) ☆☆☆★

 

 

いわゆる書店員のお薦め、というものを簡単には信じないのだが、今回は解説で北上次郎が絶賛。小学校の音楽の臨時教員による、日常の謎連作ミステリ、というと本来は触手が動かないのだが、北上の熱さについ読み始めた。

確かにうまい作家だと思う。だけどこれは僕にはストレートすぎる。それでも最初の2編くらいは、結構面白く読んだのだが、だんだん辛くなってきた。

今の子供たちのリアルな姿はわからない。しかし、大人の7掛けくらいの複雑さの小説は、どうにも中途半端で感情移入ができないのだ。

ただこの作家、題材が違えば結構読ませるんではないか、とは思う。ああ、もちろんこ ういう青春小説が好きだ、という人がいてもおかしくはない。ただ、僕には合わないだけ。

 

●6629 過去からの弔鐘 (ミステリ) ローレンス・ブロック(二見文)☆☆☆☆

 

 

記念すべきマット・スカダーのデビュー作。なんと76年の作品。300ページを切る短い長編だが、とても第一作とは思えないほどスカダーのキャラが立ちまくりで、一気に読ます。エレインも最初から出てきます。

ミステリとしては、どうってことない謎だけれど、動機の深堀が素晴らしい。そして、本書で驚いたのは、重要な登場人物として牧師が登場し、以下の会話を交わすシーン。

「あなたは、クリスチャンですか?スカダーさん」「いいえ」「ユダヤ教徒なんですか?」「いや、私は宗教を持っていないんです」「お気の毒に」というわけで、何とスカダーは無宗教なのだ。

そして、本書のラストは一気に倒錯三部作のテーマと繋がる。そうか、倒錯三部作のテーマ(悪と私刑)に関しては、飲酒を乗り越えたスカダーに新たに作者が与えたのだとばかり思っていたらきちんと第一作にその原型が描かれていたんだ。

 

●6630 一ドル銀貨の遺言 (ミステリ) ローレンス・ブロック(二見文)☆☆☆

 

1ドル銀貨の遺言 (二見文庫―ザ・ミステリコレクション)

1ドル銀貨の遺言 (二見文庫―ザ・ミステリコレクション)

 

 

シリーズ第三作。スピナーと言うチンピラから、自分が死んだら開封してほしい、と一通の封書を託されたスカダー。彼は一ヵ月後に殺された。封書からは彼がゆすっていた三人のファイルが。その三人のうちに犯人がいる。

という、後期のブロックが良く使う限定された奇妙な設定のミステリ。相変らず、文章やキャラクターは素晴らしい。

しかし、今回はストーリーが破綻している。ゆすられた人間にスカダーがそこまでやってしまうのは、全く納得できない。殺人ではないのだから。数少ない書評で、誰もそのことを指摘していないのは不思議。これは変でしょう?

 

●6631 探偵はバーにいる (ミステリ) 東 直己 (早川書) ☆☆☆★

 

探偵はバーにいる ススキノ探偵シリーズ

探偵はバーにいる ススキノ探偵シリーズ

 

 

年末に大泉と松田コンビの映画を見て、まあまあだったので、原作の方も読み出した。(ややこしいが、映画の原作は本書ではなく、第二作の「バーにかかってきた電話」)

本書はかつて、ハヤカワ・ミステリ・ワールドとして、佐々木譲や風間一輝らの作品と一緒に上梓されたのだが、軽ハードボイルドというイメージか手を出さなかった。(まあ、このシリーズ自体が見掛け倒しで、藤田武嗣の「汽水の街へ」が少し面白かったくらい)

しかし読み出して、デビュー作とは思えないスタイルに驚いた。主人公の俺は正に大泉が当たり役。(ちょっとこっちの方が暴力的で破滅的だが)当初は松田の役が原田だと勘違いして、イメージが違うと思ったのだが、高田の方だったんだ。

ただ、読み終えて、ミステリ的な弱さは如何ともしがたい。というか、プロットがなってないんだよね。特にラストのだらだら感は致命的。次に期待ということで、やや甘めの採点。

 

●6632 暗闇にひと突き (ミステリ)ローレンス・ブロック(早川文)☆☆☆☆★

 

暗闇にひと突き
 

 

これは傑作だ。素晴らしい。スカダー・シリーズは第四作の本書と第五作の「八百万の死にざま」で、初期のピークを迎えたのだ。

9年前のアイスピックによる連続殺人事件の犯人が偶然つかまる。犯人は自白をしたが、バーバラという犠牲者のみは自分の犯行ではないと言い、アリバイも成立した。しかも犠牲者は全員アイスピックで両目を突かれていたが、バーバラは片目だけであった。バーバラの父はスカダーに再調査を依頼する。

という、今回も凝った設定だが、本書の魅力はそこにはない。スカダーが出会う全ての登場人物の持つ圧倒的な孤独と不幸。なぜブロックは、こういう暗い話をここまで魅力的に語れるのだろうか。

そして、酒に溺れ始めるスカダーと、真犯人の狂気が合せ鏡のように見えてくる。ミステリ的にも、犯人の妻のある言葉が何か引っかかったのだが、まさかこういうオチだとは驚いた。うまいとしかいいようがない。

これだけコンパクトでありながら、深い余韻を与えてくれるブロックに脱帽である。

 

 ●6633 大帝の剣5 (伝奇小説) 夢枕 獏 (エンタ) ☆☆☆★

 

大帝の剣5 <聖魔地獄編>

大帝の剣5 <聖魔地獄編>

 

 

ついに26年かけて完結。前巻から物語りは完全にSFになってしまったが、本書は更にSF度アップ。ただし、解決に向かってあまりにも説明的な文章が多いのが玉に瑕。まあ読者に理解してもらうには、こうせざるをえないのだろうが。

また、結局最後のオチがあまりにも「妖星伝」にそっくりなのも困りもの。ネットでは盗作とまで言われているが、盗作とは思わないが、もうちょっと何とかならなかったのだろうか。

 

 ●6634 新しい世界観を求めて (思想哲学) 佐高信×寺島実郎(毎日新)☆☆☆★

 

新しい世界観を求めて

新しい世界観を求めて

 

 

二人はタイプは違うが、雑誌やテレビの発言に微妙な違和感がずっとあって、著作は殆ど読んでいない。ただ、今回Mさんの書評の中に琴線に触れる部分があって、図書館で探して読み出した。

それは、イーストウッドの「インビクタス」をめぐって、イギリスという国の支配者としての「責任感」や「余裕」を日本と比べる部分であり、この論旨は素晴らしいと思う。また、その後の魯迅と藤野先生(と中国残留孤児)の話も、是非若者に読んでもらいたいと思う。

ただ、全体を通しては震災の前、菅政権がスタートしたばかりのタイミングでの対談、ということもあるのか、やはり違和感は残る。たぶん、僕の中にあるリヴァタリアン的な資質が、無意識に反発する部分があるのだろう。

寺島が実践者としての自分を強調すればするほど、その違和感は大きくなる。しかし、佐高と西部がカラオケ仲間とは知らなかった。唖然。

 

●6635 慈悲深い死 (ミステリ) ローレンス・ブロック (二見文) ☆☆☆☆

 

慈悲深い死 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)

慈悲深い死 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)

 

 

「聖なる酒場の挽歌」の次のシリーズ第7作。本書からスカダーは禁酒探偵となる。そして、次作が倒錯三部作の第一作「墓場への切符」だから、正にシリーズ初期と中期をつなぐ作品と言える。

「暗闇にひと突き」の解説で池上冬樹が、本書の酒を飲まないスカダーを批判?しているが、気持ちは解るが言いすぎのように思う。本書は普通のハードボイルド・ミステリとして十分魅力的だ。何よりミステリとして意外性がある。

そして、ミック・バルーが本書より登場し、スカダーの物語は孤独ではなくなる。次作からエレインも再登場し、全く違ったアクティブでサンスペンスフルなスカダーの物語が始まり、それはそれで素晴らしいのだ。

これで、マットスカダー・シリーズは、図書館で見つからなかった第二作の「冬を怖れた女」以外は全部読んでしまった。やはり、このシリーズは素晴らしい。エレインが出るらしいので、ブックオフで気長に探そうと思う。

 

●6636 密室ミステリの迷宮 (企画) 有栖川有栖 (洋泉社) ☆☆☆☆

 

図説 密室ミステリの迷宮 (洋泉社MOOK)

図説 密室ミステリの迷宮 (洋泉社MOOK)

 

 

実はこのムック本の存在を知って、図書館で検索してたら他にも一杯引っかかってきて、というのが、有栖川関連の本を色々読んだ理由。で、本書はディープでマニアックで間口が広くて、なかなか読み終わらなかった。

しかも、鮎川の「道化師の檻」を褒める人があまり多いので読み返す、なんてことをやってたらえらく時間がかかってしまった。ううむ、この作品に関しては「人形はなぜ殺される」が高木らしいアリバイもので、本書は鮎川らしい密室もの、と評した北村薫に座布団一枚。

しかし、有栖川には密室モノの企画本が多々あるが、推理研の頃そんなに密室が好きだっただろうか?スラディックの「見えないグリーン」を原書で読んで絶賛していた記憶はあるが。

僕は個人的には密室にはあまりこだわりは前からなかった。例えばアイリッシュの「ただならぬ部屋」が密室ものであるなら、ベストに押したい気分かな。

 

●6637 結 婚  (小説) 井上荒野 (角川書) ☆☆☆☆

 

結婚

結婚

 

 

池上冬樹本の雑誌で、ミステリベスト10に選んでなければ、見逃してしまった作品。ただ、本書は僕の定義ではどうやってもミステリではない。(著者の作品を読むのは初めて)

読み始めて、何と言う柔らかな文章だろうと驚いた。プロットは複雑で、登場人物も多い群像劇なのに、何の抵抗もなくすいすい読めてしまう。特に冒頭のエピソードなど、独立した短編としても素晴らしくブラックでビターだ。

で、結局最後何も解決しないのだが、それで良いと思ってしまった。各人がこれからどうなるのか、それは読者の想像の中。本書の場合、書きすぎないことが魅力となっている。うまい。

 

 ●6638 結 婚  (小説) 井上光晴 (新潮社) ☆☆☆★

 

井上光晴長篇小説全集 (8)

井上光晴長篇小説全集 (8)

 

 

これも池上が書いていたので、始めて知ったのだが、「結婚」は結婚詐欺師の物語だが、実は荒野の父親の光晴が同名の小説を82年に上梓しており、荒野の「結婚」は父の作品へのオマージュとなっているのだ。

しかし、光晴の「結婚」は同時代ではどうやら失敗作と評価されていたようだが、娘はそれを面白く読んだ、というのだ。そして本書を読了後は、その双方の気持ちが良く解った。

もし、本書を単独で読んでいたら、☆☆☆がいいところだろう。文章はさすがにうまいが(それでも娘の方が上)本書は素人探偵がでてくるミステリ仕立になっているのだが、全然それがうまく機能してなくて、結局解決がないのである。

普通なら、このおじさんミステリが全然わかってないのにブームにのって書いちゃったのか?と思ってしまう出来。ところが、娘の作品を読んでから読むと、その欠点が許せる気持ちになってしまう。

この結末のほったらかし感を娘が面白がって、更に洗練された作品に仕立て上げた、ということが良く解るのである。

 

 ●6639 ゴーレムの檻 (ミステリ) 柄刀一  (光文文) ☆☆☆★

 

ゴーレムの檻―三月宇佐見のお茶の会 (光文社文庫)

ゴーレムの檻―三月宇佐見のお茶の会 (光文社文庫)

 

 

上の「密室ミステリの迷宮」で北村薫が絶賛していた作品。読み始めて、このSFというか、ロジカル・ファンタジーとでも言うべきテーストは、「アリア系銀河鉄道」に似ているなあ、と思ったら、何のことはない続編だった。

ただ、今回は広義の密室が多い。で、困ってしまうのは、著者の文体が僕には非常に読みにくいことである。突拍子もない謎や世界設定は、否定したいとは思わないが、とにかく文章が読みづらい。

著者の作品はあの分厚い「密室キングダム」でもスラスラ読めたのに、本書と「アリア系銀河鉄道」は読みづらすぎるんだよねえ。(いろんなところで絶賛されている「ゴーレムの檻」の密室トリックは、悪くはないけど、それほどのものかなあ)

 

●6640 UFOはもうこない (SF) 山本 弘 (PHP) ☆☆☆☆

 

UFOはもう来ない

UFOはもう来ない

 

 

どうも最近の著者は、イマイチ肌が合わなくなってきているんだけど、今回は人物造型や物語のうまさ、それにギャグもうまく決まって、安心して読めるファーストコンタクトSFになっている。

もちろん、と学会会長としてのUFOうんちくもたっぷり、なんだけどまあこれは個人的にはどうでもいい。また下敷きにはたぶん「ET」があるんだろうけど、恐ろしいことに僕は「ET」を観たことがないので、どのくらいパロディー&オマージュになっているのかは詳細不明。

まあ、子供達が主役と思って最初はなかなか読み出せなかったのだけれど、ちゃんと大人の読物になっていて一安心。ヤラセ・テレビマンや、美貌で下品な女性UFO研究家もいいが、何よりインチキ・カルトの教祖が素晴らしい。

UFO騒ぎとカルト宗教が、あるひとつの家で繋がってしまうあたりは、プロット展開も良く出来ている。ラストの締めもこれしかないだろうが、痛快である。

ただし、これだけ異星人に対する地球人のステロタイプの想像力を批判しながら、結局本書の異星人も姿かたちは異形でも、思考スタイルがまったく地球人っぽいところが苦笑いだが。まあ、これは半分意識的かも。

著者がいまさらレムに挑戦したら、読者はひっくりかえってしまうだろう。最後の最後で、題名の意味が解るところも、なかなかしゃれている。

 

 ●6641 赦す人 (NF) 大崎善生 (新潮社) ☆☆☆☆★

 

赦す人

赦す人

 

 

これまた、最近縁遠くなってしまった著者だが(さすがに「優しい子よ」は読む気になれなかった)これはもう題材が団鬼六だと聞いて、傑作だと確信した。そして読了してその確信を遥かに上回る本書のパワーに呆然としている。ここには、もうひとつの「聖の青春」がある。

団鬼六には、もうひとつの顔があり、それが将棋界のパトロンであったことを僕はなぜか知っていた。(たぶん、著者の文章ではないだろうか)北上次郎は本書を読んで、団以上に語り手である大崎の過去に驚いた、と書いていたが、これまた僕は著者の過去の著作で良く知っていた。

だから、この二人は絶対に共鳴を起こす。文学、将棋、無頼、そして小池重命、最後に「赦す力」において。そう思いながらも、本書にはそんな僕の予測を、遥かに遥かに上回るパワーがあった。

いったい、こんな親がいるのだろうか。いったい、こんな人間がいるのだろうか。いったいこんな夫婦がいるのだろうか。そして、人はここまでシンプルに裸になれるのだろうか。合掌。

 

 ●6642 天冥の標 6 宿怨 PART3 (SF) 小川一水 (早川文) ☆☆☆☆

 

天冥の標 6 宿怨 PART3 (ハヤカワ文庫JA)

天冥の標 6 宿怨 PART3 (ハヤカワ文庫JA)

 

 

いやあ、待ちに待ったPART3。いまやこのシリーズだけは、図書館を待たずに買ってしまう。このシリーズは第一巻が一番未来で、そこから過去に遡り、時を前後しながら第一巻に戻って、それを乗り越えて、第一巻の謎が全部とける、という全10巻構想のはずだが、第六巻において第一作の登場種族?が全て登場した。

そして一気に物語が加速した結果、第六巻は何と三冊となったが、やっと完結。この長大かつ複雑な物語を簡単に語ることは不可能だし、またするべきでもないだろうが、何と最近「天冥の標wiki」という優れもののサイトが立ち上がった。(残念ながら本書はまだ書かれていないが)

読了後、サイトを利用し、全てが始まった第一巻「メニー・メニー・シープ」の粗筋と登場人物を再確認していたら、本シリーズが如何に壮大かつ緻密な設計図に基づいて書かれているか、驚愕してしまった。

そして、本シリーズは過去のSF作品を全て内包してしまおうという恐るべき野望のもとに書かれている。本書は正に日本版「ハイペリオン」なのだ。いったい、小川はどこまで辿り着けるのだろうか。

 

●6643 喪国  (ミステリ) 五條 瑛 (双葉社) ☆☆☆☆

 

喪国<Revolution> (R/EVOLUTION 10th Mission)

喪国 (R/EVOLUTION 10th Mission)

 

 

「革命小説シリーズ」ついに12年の歳月をかけて、全10冊ここに完結。のわりには全然書評でないし、騒がれていないんだよね。

まあ、これだけ登場人物が多い群像劇が一年一冊の刊行ペースでは、読むたびに前回の粗筋がなかなか思い出せず、特に初期は苦労した。たぶん、きちんとフォローしてきた評論家はあまりいないのかもしれない。

しかし、それでもここ3冊ほどは刊行ペースは更に落ちたのに、物語の焦点がくっきり浮かび上がってきて楽しめた。(三人の日本人の血脈による長大な時をかけた日本再 計画)

そもそも最初はなぜ「革命小説」なのかさっぱり解らなかったのだが、それも段々明確になってきて、本書ではついに革命が起きてしまうのである。

ただし著者は、その革命の騒動を具体的には殆ど触れず、その周辺で次々滅びていく各キャラクターを描くことに集中しており、そのクールな描写にノワールを越えた凄みを感じてしまう。著者の人物造型と筆力に改めて脱帽である。

が、大絶賛するには2つ問題がある。ひとつは既に述べたように、初期に登場したキャラは忘れてしまっているので、全員集合となった最終巻でも2割くらい思い出せないこと。

そして、何よりも計画された革命から真の革命へ、という最後の最後のオチが良く解らない、というか安易に感じてしまうこと。何か画竜点睛を欠いた感じで残念だ。12年かけてこれではもったいないのでは。

でもまあ今度は、サーシャやキラやすみれや亮司らが登場する(あ、鳩も生き残ったんだっけ?)鉱石シリーズの長編を期待したい。ご苦労様でした。