2012年 4月に読んだ本

●6426  再会の街  (ミステリ) 藤田宜永  (角川春) ☆☆☆☆

 調べてみたら「探偵竹花とボディピアスの少女」は92年の作品だった。その竹花が復
 活。作品としては、チャンドラー流ど真ん中ハードボイルドの傑作だったのだが、当時
 竹花がボディピアスの少女とあっさりと寝てしまうのに衝撃を受けた。マーロウも沢崎
 もそんなことはしない!話の内容はすっかり忘れたが、そのことだけは強烈に憶えてい
 る。で、藤田が全然続編を出さないでいるうちに、直木賞とってしまい恋愛小説の方に
 行ってしまったので、疎遠になっていたところにいきなり朗報。本書もまた、沢崎の新
 作と言って良いほどのクオリティーだ。ただ、竹花はきっちり年をとって60歳の設定。
 うううん、考え込んでしまう。しかし、今の60は若い。竹花はやっぱり・・・である。
 ただ、どうしても気になるのが二点。ひとつはつまらない偶然の多さ。もう一点はサブ
 の詐欺事件のしょぼさ。しかし、今回竹花の相棒として活躍する新浦に免じて、やや甘
 い採点。そうか、本書は藤田流の「長いお別れ」であり、新浦はテリー・レノックスだ
 ったんだ。(94年に「失踪捜査」という竹花の短編集が上梓されており、今回ハルキ
 文庫から復刊。「再会の街」のレビューが未だアマゾンにゼロなのに、この文庫には図
 書館で7人も予約が入っている。やっぱ、アマゾンのレベルって・・・)

 ●6427  小説家・逢坂剛 (エッセイ) 逢坂剛 (東京堂) ☆☆☆★

 如何にも「剛爺」らしい派手なタイトル。ただし、今回も萩尾と同じ。本に関する部分
 は面白いのだが(特に、チェイス、マッギバーン、レイシイなどを熱く語る作家は著者
 しかもはやいない)西部劇やフラメンコギターになると、全然ピンとこない。結局映画
 や音楽は自分とあった時代(だいたい80年代だが)しかシンクロしないのに対して、
 本、特にミステリとSFはほぼ全時代シンクロできる、単にその違いか。

●6428 デッドボール  (ミステリ) 木内一裕  (講談社) ☆☆☆★

 知らない作家だけど、ネットで調べたら評判良さそうなので読み出した。あっと言う間
 に読了。確かに読ませるのだが、妙に違和感も感じる。ラノベというにはきちんと書き
 込んでいるのだが、異常にリーダビリティーが高すぎる。で、この違和感を考えていた
 ら、人物造型もストーリー展開もマンガっぽくってリアリティーが足りないことに気づ
 いた。で、ずっと感じていた違和感の正体がわかった。ネットで確認したら正解。木内
 一裕=きうちかずひろ、であり、あの「ビーバップ・ハイスクール」の作者が、小説家
 に転向していたんだ。(作者紹介では全く隠しているけど)だから、小説の面白さとは
 違う違和感をずっと感じていたんだ。まあ、箕浦さんに言わせると「のぼうの城」は「
 ドカベン」らしいから、今小説がどんどんマンガ化していっているのが、ラノベの本質
 なのかもしれないけど。

●6429 民宿雪国 (ミステリ) 樋口毅宏 (祥伝社) ☆☆☆☆

 これまた粗っぽいというか、荒々しい作品。全体の基本構成は「警察署長」だが、冒頭
 の二連発で度肝を抜く。まあマンガというか、詠坂流のけれんがパワー全開。(詠坂の
 下品さとグロを数倍パワーアップすると樋口になる)題材的には連城でも描きそうな芸
 術家の物語が、何でこうなるの?中間にモデルがすぐ解るダークな二人の挿話を挟んで
 後半はがらりと転調。主人公である画家の(エグい)過去が明かされる。ここからのク
 ロージングにもう一工夫欲しかったが、まあそんなことは気にならない下手物の満腹感。
 人によっては食中りするかもしれないが、闇鍋気分で挑戦するのもまた一興。かなあ?
 個人的には飴村ワールドよりは耐性があったけれど、人を選ぶ作品であることは間違い
 ないだろう。取り扱い注意。

 ●6430 インサイド・アップル(ビジネス)アダム・ラシンスキー(早川書)☆☆☆☆

 ウェルチやガースナーには興味があっても(デルにもあっても)ゲイツにもジョブズ
 も(グーグルにもフェイスブックにも)興味はなかった。正直、今年iPadを購入するま
 で、アップルの商品は使ったことがなく、未だに画面が縦横に動いたり、間違って画面
 をクリックするたび、何でこんな無駄なことをするのか、とイラッとくる。しかし、本
 書はひょっとしたら、超過大評価されているジョブスの素顔を垣間見えるのではないか
 と思いながら手にとって見た。まあ、スラスラというわけにはいかなかったが、何とか
 読み終えて、個人的にはある程度満足できた。で、やっぱりアップルという会社が好き
 にはなれないけど、いろいろ考えるところがあった。本来アップル的な商品は、正にソ
 ニーが生み出すべきはずだったのだが、出井も久多良木も決してジョブズにはなれない
 だろう。創業者のカリスマの思いと時代が(偶然?)マッチしないと、今や革命は起き
 ないのである。個人的には、アップルはCFO以外の社員を収支管理から解放する一方
 製品群でまとめる構造をとっていない、という部分に強く惹かれた。こんなことを大企
 業が継続できるのだろうか。それはきっと歴史が証明するだろう。

●6431 逆説の日本史18黒船来航と開国交渉の謎(歴史)井沢元彦小学館)☆☆☆☆

 このところ高レベルが続いていたので、遂に幕末まで辿り着き、更に期待値があがった
 のだが、逆にそれがいけなかったのか悪くはないがやや物足りない出来。というのも本
 書の大きな目玉の3点、黒船は突然来たのではない、天災の連続が幕府の権威を弱めた、
 幕末の日本は実は金が豊富で世界的にも豊かであったが、それが銀との交換比率でどん
 どん海外流出した、であるのだが、これはある程度歴史を勉強した人間にはどれも驚く
 ことではないだろう。まあ、幕末・維新に関しては語りつくされているわけで、さすが
 の井沢もオリジナリティーを発揮するのは難しいのかも。その結果、どうも記述が必要
 以上にくどい気がしてしまった。もちろん、それでもディティールには光るところはあ
 るんだけれど。(実は米国は英国への独立戦争時の反抗心から、当初の日本との交渉は
 非常に紳士的であったし、またロシアもそうであった、などというのは目から鱗)

 ●6432 パラダイス・ロスト (ミステリ) 柳 広司 (角川書) ☆☆☆☆

 第二作「ダブル・ジョカー」がイマイチだったし、シリーズは終了したのか、と勝手に
 思っていたら、今回は傑作。特に結城中佐の過去の謎を描いた「追跡」が出色の出来。
 冒頭の「誤算」「失楽園」の二編は、それぞれパリとシンガポールを舞台とした諜報作
 戦でこれまたよく出来ているが、惜しむらくはここまで面倒くさいことをわざわざやる
 必要があるか?という気がどうしてもつきまとうところ。あと、最後の中篇「暗号名ケ
 ルベロス」が個人的にはイマイチな感じがした。しかし、この調子ならシリーズはまだ
 まだ続きそうだ。

 ●6433 鬼が泣く (時代小説) 富樫倫太郎 (祥伝社) ☆☆☆

 「軍配者」三部作で一躍トップランナーに躍り出た著者の新シリーズ、火付盗賊改中山
 伊織ということで期待したんだけれどのれなかった。未だにアマゾンに書評が出ないの
 だが、まあこの内容では盛り上がらないのではないだろうか。もともと著者には「堂島」
 や「軍配者」の表のシリーズに対して、裏の作品群があることは何度か書いたが、本書
 はその中間という感じか。今まで僕が愛読してきた表の作品に比べて、文体がぶっきら
 ぼう(まあ、ハードボイルドと言えないことはないが)すぎて、どうにもキャラクター
 に感情移入しずらい。また、あさのあつこに感じたのと同じく、ミステリとしては謎解
 きが緩い。キャラも謎解きもイマイチだと、これはちょっと辛い。著者の作品では初め
 てつまらないと感じてしまった。

●6434 失踪調査 (ミステリ) 藤田宜永  (光文文)  ☆☆☆★

 どうでもいいことだが、著者のあとがきによれば本書に収められた3編の間に長編「探
 偵竹花とボディピアスの少女」が上梓されたが、実は竹花は本書の短編「苦い雨」から
 誕生したとのこと。文体は申し分なく、人物造型も的確で評価しようと思ったのだが、
 本書もやや複雑すぎて偶然が気になる。更に最後の「レニー・ブルースのように」はあ
 まりにも素材が生で前面に出てきて、正直ちょっとクサイ。そして、決定的なのは通奏
 低音、隠し味として三作に共通する竹花と律子の過去を、律子の弟田上に竹花がしゃべ
 ってしまうところ。これはいかんでしょう。というわけで、宮部の熱い解説へのちょっ
 とした反発もあって、この評価とした。確かにあの大作「鋼鉄の騎士」の陰に隠れてし
 まった、愛すべき佳品ではあるのだけれど。

●6435 見えない資本主義 (ビジネス) 田坂広志 (東洋経) ☆☆☆☆

ひさびさの田坂さんの(ビジネス本の)新刊だが、それを割り引いても前半はあまりに
 もいつもと同じだ、と感じてしまった。田坂さんの本の内容がかぶるのはお約束なのだ
 が、それでも今回はひどいと思ってしまった。しかし、弁証法的螺旋階段によってよみ
 がえる新しい価値観として、かつて日本企業が持っていたものを列挙していく後半は、
 なかなか読ませる。まあ、これもかつて田坂さんが使った論法ではあるのだが、今この
 時期にわれわれがもう一度考えるべき、重要な観点であることは間違いないだろう。

 ●6436 サヴァイヴ   (スポーツ) 近藤史恵 (新潮社) ☆☆☆☆
 ●6437 サクリファイス (スポーツ) 近藤史恵 (新潮社) ☆☆☆☆

 「サクリファイス」「エデン」に続く第3作は、スピンオフ短編が6本。「エデン」に
 おいてよりロードレース小説としての色を濃くした著者は、本書でもスポーツ小説とし
 て読ませる。(ややドーピングや八百長といったネガティブなテーマが多いのは引っか
 かるが)しかし、前2作の細かいところを忘れてしまっていたので、本書のそれぞれの
 物語の主人公である、白石、石尾、赤城、伊庭の四人の関係がイマイチ良く解らない。
 ところが偶然とは恐ろしく、図書館に「サヴァイヴ」を返却に行ったら、本屋で立ち読
 みして人間関係を確かめようと思っていた「サクリファイス」を見つけてしまった。今
 まで一回も見たことがなかったのに。さっそく再読。そして、うなってしまった。6作
 の短編が見事に繋がっていく。物語が立体的に膨らんでいく。そしてその結果、前回読
 んだときイマイチ納得できなかった「サクリファイス」における石尾の動機が、今回は
 若かりしころの石尾の物語を読んでいたので、すんなり腹に落ちたのだ。こういうこと
 もあるんだ。これは三冊合本で文庫化希望。

 ●6438 「誤解」の日本史 (歴史) 井沢元彦 (PHP) ☆☆☆★

 冒頭の天武天皇天智天皇の庶兄であった、という説は説得力十分で目から鱗だった。
 ポイントは天智天皇の没後大友皇子がなぜかすぐ即位しなかった(と日本書紀には書か
 れている)ことと、日本書紀にはこれまたなぜか天武天皇の年齢が書かれていないこと
 である。このあたりの論理展開はゾクゾクした。実は僕はこのとき、もっと大胆な血統
 の交代があったと思っていたのだが、この説が当たっているように感じてしまった。そ
 の他、なぜ藤原物語ではなく源氏物語なのか?という謎は、忠臣蔵の謎と同じくらい面
 白かった。しかし、第六章「足利義満」あたりから、内容がほとんど「逆説の日本史」
 とかぶってしまい、さすがに物足りない。まあ、ひょっとしたらそれ以前は単に忘れて
 しまっていただけかもしれないが。

 ●6439 呼ぶ山 (ホラー) 夢枕 獏 (メディ) ☆☆☆★

 表紙には「夢枕獏山岳小説集」と書かれ、あとがきでは表題作が「神々の山嶺」のスピ
 ンオフ作品と書かれているが、山岳小説を本書に期待してはいけない。これは各作品の
 舞台は山でも、「神々の山嶺」は全くテーストの違う幻想小説集でありホラー集である。
 しかも「呼ぶ山」はたった20ページの掌編にすぎず、残りの作品は全て既存の短編集
 からの転載、新作はなしというちょっとあくどい作品集である。ただ、獏の古い短編集
 はなかなか手に入らないので、僕にとっては悪くはなかった。特にあの傑作「上弦の月
 を喰べる獅子」のスピンオフとも言える、巻末の中篇「歓喜月の孔雀舞」が読めただけ
 でも満足。やはり、獏が螺旋について描くとゾクゾクしてしまうのだ。その他は「こと
 ろの首」「深山幻想譚」あたりが合格点。「呼ぶ山」は期待が大きすぎた。

 ●6440 海神(ネプチューン)の晩餐 (ミステリ) 若竹七海 (光文文)☆☆☆☆

 お分かりのように今月は一気に読書量が落ちてしまった。原因は明確で、やっと体調が
 回復し酒が飲めるようになったのと、サッカーがスタートししかもレッズが調子がいい
 ことである。(これでバルサまで勝っていたらどうなっていたことやら)飲酒とサッカ
 ーが読書の最大の敵であることを再確認。閑話休題。そこで冊数を稼ごうと思って目を
 つけたのが、若竹七海。彼女が北村薫に続いて「僕のミステリな日常」でデビューした
 ときは、大きなショックを受けた。日本ミステリに新しい波が押し寄せたと感じた。但
 しこの後、加納と倉知が続いたときはいいかげんにしろよと思ってしまったが。さらに
 「火天風神」でミソをつけ、その後のコージーミステリも悪くはないのだが、インパク
 トが弱くて、いつの間にか全然読まない作家になってしまっていたのだが、図書館で大
 量の文庫を見つけ、解説を読んでいるとムラムラと興味が湧いてきたのだ。で、第一作
 は服部まゆみイチオシの本書。何といきなり冒頭でフットレル登場。次はチャーリー張
 とさすが小山正氏の奥さんである。(いやバカミスではなく、マニアックという意味)
 作中作の本編との絡みもうまく出来ているし、何より服部が評価する動機と幕切れが、
 哀しくも素晴らしい。ただ、中途半端?な翻訳文体と、語り手が次から次へと交代する
 スタイルのせいか、なかなか感情移入がしずらかった。このあたりは「火天風神」とち
 ょっとかぶる。さてさて、果たしてGWは若竹祭となるだろうか。今回は甘めの採点。