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2012年 3月に読んだ本

 ●6396 希望論 (思想哲学) 宇野常寛濱野智史 (NHK) ☆☆☆★

 たぶん、宇野的には「リトルピープル」の論考の延長(特に「拡張現実の時代」)のつ
 もりだろうから、この題名は心外だろうことは良く解る。(本書内でも何回も文句&言
 訳を繰り返している)本書で語っていることは、あくまでひとつの現状認識、現状把握
 にすぎず、それが希望かどうかは解らない、というか個人的には違う、と思う。近年内
 田等々が強調してきた、家族やご近所というコミューンの重要性の強調に対して、そう
 いう中間共同体の持つ暑苦しさ、束縛感を嫌悪する宇野の感性に、僕はシンパシーを持
 つ。(本当、みんな喉元過ぎれば何とやら)しかし、宇野の言うWEBの現状と可能性
 を、僕は頭では理解しながらも、体では拒否してしまうのもまた事実なのだ。僕は理屈
 ではなく感覚として、今はまだ不特定多数と無秩序には繋がりたくないのだ。

 ●6397 量 刑 (ミステリ) 夏樹静子 (光文文) ☆☆☆★

 クイーン命の僕としては、「Wの悲劇」の小説&映画の印象が悪すぎて、その後は著者
 を全然読んでなかったのだが、このところ法廷ミステリを読み込んでいると、本書が傑
 作として浮かび上がってきた。確かに著者のリアルな描写は、申し訳ないが小杉より上
 だ。通常はあまり描かれることの無い判事たちの会話や行動が、ここまで生き生きして
 いる作品は珍しい。しかし、本書は残念ながら長すぎる。後半の展開が無理&無駄だと
 感じた。

 ●6398 シャクチ (伝奇小説) 荒山 巌 (光文社) ☆☆☆☆

 荒山もさすがにワンパターンではないか?と思っていたら、今回は古代中国が舞台。ま
 ずは、徐福から始まって、項羽と劉邦の戦いへ。(最後にやっぱり朝鮮に戻ってくるの
 はご愛嬌だが)とにかく、今までとは文体が違う。その稠密かつ重厚な文体は、正直言
 って読みにくいが、長大な時の流れの中、孤独に戦い続ける不死身のシャクチ(戦う猿
 田彦という感じ?)という男の悲劇を描くには、今までの文体では軽すぎただろう。も
 う少し伝奇的部分を減らしてもらえば最高なのだが。

 ●6399 鮫島の貌 (ミステリ) 大沢在昌 (光文社) ☆☆☆★

 あるようでなかった新宿鮫の短編集。ただ、期待が大きすぎたせいか、いまひとつ乗り
 切れなかった。視点が色々変わるのは、鮫島を立体的に描けていて良いのだが、残念な
 がらヒネリが足りない。まあ、わざとそこを狙っていないのだとは思うが。そんな中で
 は「雷鳴」という小品が印象に残った。(箕浦さんも書いていたが、そうそうヘミング
 ウェイっぽいんだよね)冒頭の「区立花園公園」は、「新宿鮫」の第一作と最新刊を読
 んだ人間には感慨深いだろうが、そうでないなら意味解らない?まあ、今回僕は桃井は
 好きでも、晶が全然好みではないことを痛感。また個人的には「少年ジャンプ」とのコ
 ラボレーションは蛇足としか思えないのだが。

 ●6400 硝子の葦 (ミステリ) 桜木紫乃  (新潮社) ☆☆☆★

 「凍原」に続いて、乾いた桐野夏生とも言うべき、著者のスタイルは既に確立されてい
 る。また、ミステリというべきかどうか解らないのだが、「凍原」より格段に物語の奥
 行きは深くなっている。しかし、このあまりにも開き直ったスタンスには、どうにも嫌
 悪感を抱いてしまう。たぶん、本書を傑作という人は多数いるだろうし、それは否定し
 たいとは思わない。しかし、人はもう少しやさしくてもいいのではないだろうか。ラス
 ト物語としてはこれでいいのかもしれないが、ミステリとしてはあり得ないだろう。読
 了して思ったのだが、この腐臭のする湿度は「私の男」と共通するように感じた。(う
 ううん、確かに乾いていながら、湿っぽいんだよねえ)

 ●6401 原島弁護士の愛と悲しみ (ミステリ) 小杉健治 (集英文)☆☆☆☆

 オール読物新人賞を獲った、著者の出世作である表題作が良く出来ている。選考委員の
 一人菊村到の「実にひねりのきいた、あざやかな着想である。プロの作家が怖がって、
 ちょっとしりごみするところを、いわばシロウトの怖いもの知らずで、さっと飛び越え
 てしまった」という選評が正鵠を射ている。そう、小杉は法曹界出身でないからこそ、
 これらの(かなり無茶な)作品を書き続けることができたのに違いない。他の四篇も全
 て、良く考えられておりトリッキーだが、表題作に比べるとどれもどこか無理な部分が
 目立ってしまい、残念ながらバランスが悪い。読んでる間は面白いけど。

 ●6402 二重裁判 (ミステリ) 小杉健治 (集英文) ☆☆☆★

 どうやら、この作品が86年の文春とSRの会!の年間ベストに入り、翌年の「絆」の
 成功で、著者はブレイクしたようだ。まあ、この時期は「このミス」がまだなかったた
 めインパクトが弱いのだが。内容はこれこそ小杉ミステリの原点ともいうべき法廷モノ
 であり、容疑者は黙秘し、自殺し、復讐の罠を仕掛ける。マスコミによる社会的有罪判
 決というテーマは優れて今日的であり、リアルであるが、やはり全体的に見ると無茶な
 部分が多い。しかし、この作品はどうやら過去何回も映像化(二時間サスペンス)され
 ており、そうか小杉作品を読むと「相棒」を思い出すのもむべなるかな、と再確認した。
 最新の「相棒」も非常に良く出来ていたが、そこで殺してしまうか?というくらい、動
 機に説得力がなかったなあ。神戸が卒業するのは残念。(ある理由で、80年代の鉛筆
 書きの本物の読書ノートを読み返していたら、何と本書の感想が出てきた。嗚呼、全く
 記憶無し。リアルタイムではなく88年に文庫で読んでいる。評価は今回と同じ)

 ●6403 動 機 (ミステリ) 小杉健治 (集英文) ☆☆☆★

 そう言えば、横山の第二短編集も同じ題名だったな。本書は短編集だが、表題作が「二
 重裁判」の瀬能&佳子が再登場と知り読み出した。本書もある意味典型的な小杉作品で
 ある。基本的にレベルは高く当たりハズレがない。全ての作品に何らかの長所が必ずあ
 る。しかし、一方では意外性を狙いながら、人情話?を絡ませるので、どこかバランス
 が崩れる。リアルを要求される法廷ミステリと意外性を結びつけるのは、なかなか難し
 い。長編一発なら解るのだが、短編で常にひねりをいれるのはリアリティーを崩してし
 まう。そういう意味では、どこまで意識してるか分からないが、柚月裕子の「検事の本
 懐」は、うまく軌道修正を行ったと感じる。(表題作のラストが僕の予想とは全く逆で
 これが小杉の本質であり、また甘いところのような気がする) 

 ●6404 死者の威嚇 (ミステリ) 小杉健治 (集英文) ☆☆☆★

 これは思い出した。関東大震災の虐殺事件の遺骨を掘り出そうとする冒頭は、はっきり
 憶えていた。たぶん「土俵を走る殺意」「二重裁判」「死者の威嚇」(ひょっとしたら
 「絆」)あたりを、リアルタイムとは少し遅れて読んでみて、悪くもないが傑作でもな
 いという評価で、卒業してしまったんだろう。まあ、当時最盛期の冒険小説や翻訳ミス
 テリに比べると、文体や人物造型は古臭いし、新本格に比べると謎は地味である。しか
 し、こうやって年月を経て読み返してみると、著者の真摯なスタイルと何とか読者を楽
 しまそうとするサービス精神、そして何より駄作の少なさは評価したくなる。読んだ作
 品に、純粋な法廷ミステリが少なかったのもいけなかったのかもしれない。本書も丁寧
 なつくりだが、複雑な割には犯人も含めちょっと謎に意外性が足りない。基本的な構造
 は「砂の器」であり、新本格登場まではこういうミステリ(いわゆる社会派)が主流だ
 ったんだ、と改めて確認した。(死体隠蔽のトリックは「刑事コロンボ」にほぼ同じも
 のがあった)まだまだ小杉作品は膨大な数あるのだが、さすがに飽きてきた。一旦、小
 杉祭は終了させよう。

 ●6405 本は寝ころんで (エッセイ) 小林信彦 (文春社) ☆☆☆☆★

 ある理由(ある検査のため、結局徹夜をしなければいけなくなった)で、軽い読物が必
 要となり、なぜか自宅にあった本書を読み出した。94年の作品であり、当時も既に僕
 は図書館愛用者だったはずだが、小林作品は待ちきれずに自腹で買って読んだんだろう。
 ここには「地獄の読書録」がまだ生きている。あっと言う間に読んでしまい、目的は達
 したような、そうじゃないような。しかし、今の文春の著者のコラムと比較すると、時
 の流れの残酷さを感じざるを得ない。この本の所感をつけようか悩んだけど、実はこの
 後簡単な手術の予定があまりうまく行かず、数日安静にしなければいけなくなり、本ば
 かり読んでいたので、それもひとつの記録として読んだ本全てをつけることにした。

 ●6406 戦後SF事件史 (NF) 長山靖夫 (河出ブ) ☆☆☆☆★

 読了してすぐ満点をつけようとした。本書は評価の高かった「日本SF精神史」の続編
 ではあるが、僕にとっては前著とは関係なく、本書を戦後日本サブカルチャー史として
 読み、過去の世界に完全にはまり込んでしまった。著者は僕より3つ下(大森と同じ)
 だが、ほぼ同じサブカル体験(SFに限らない)を共有しており、タイムマシンにのっ
 たような感じで、気分は完全に「ノスタル爺」である。(「だっくす」や「ぱふ」が出
 てきたら、もう涙しかない)また当時の僕らの(あらかじめ失われた)世代の全共闘
代へのアンビバレンツな感覚が、非常にリアルで共鳴できる。正直、全く知らなかった
 話はあまりないが(特に岡田の「遺言」と重なる部分が多いが、立場が違うのでかなり
 違った印象、というか岡田・武田コンビの無茶苦茶さが衝撃?)びっくりしたのが以下
 の二点。ひとつは「おたく」という言葉は、当初あの柴野拓美が、若者に対して差別の
 ない呼びかけとして使用していた言葉で、SFファンは共通体験として柴野から「おた
 く」と呼びかけられたことがあり、それがSFファンの間で広がっていったという説?
 いやあ、これはありそうでびっくり。そしてもう一点は、菅浩江の旦那が武田康廣だと
 いうのだ。これには、唖然。で、結局満点にしなかった理由は、本書のもうひとつのテ
 ーマが読後自分の中で消化不良を起こしてしまったから。「現代日本の衰退は、何より
 もそんな想像力の貧困に由来している。当然持っていなければならない未知なるものへ
 の想像力や、未来への意志を欠いているという意味で、日本社会はリアルを失い、『自
 分の想定した幻想に固執して現実と向き合う能力を失う』というヴァーチャルリアリテ
 ィーにはまり込んでいる。『想定外』という思考停止に『起きてしまったことは仕方が
 ない』『いまさら反省してもしようがない』という既成事実容認(既得権保全)が結び
 ついたら、その先には衰退どころか滅亡しかない」「想像力の欠如は犯罪である。未来
 を担保することで現在を豊かに消費しているわれわれは、そういう世界に生きている。
 経験的、良心的想像力では把握しきれないレベルの物質(放射能物質のこと)が散在す
 る世界に生きているわれわれにとって、SF的想像力は、好むと好まざるにかかわらず
 今や必須の感覚となったのだ」以上の2つの文章は、本書の冒頭と最終章から引用した
 ものである。そう、お分かりのように(茨城在住の)著者は、本書の副題:日本的想像
 力の70年、をサブカル史だけでなく、大震災=人災の本質的原因=想像力(SFマイ
 ンド)の衰退にある、と書いたのである。そして、最初僕はそれにビビッドに反応した。
 その通りだと。しかし、今少し時間を置いて本文を書きながら、震災とSFをいきなり
 結びつけることに違和感を感じ始めている。震災以外の日本の衰退なら許そう。しかし、
 今回の震災とSFを直接結びつけることに、積極的な意味があるのか。冷静になった今
 は、かなりノンに傾いている。今は「オッカムの剃刀」を求めてはいけないのだ。

 ●6407 現代SF1500冊  乱闘編  (書評) 大森望 (太田出)☆☆☆☆
 ●6408 現代SF1500冊  回天編  (書評) 大森望 (太田出)☆☆☆☆
 ●6409 狂乱西葛西日記20世紀ERMIX(日記) 大森望 (本雑誌)☆☆☆☆

 3冊とも再読であり、これまた所感を書く必要は本来はないのだが、前述の理由でつけ
 ることにした。要は優れない気分の中、酒も風呂も運動もダメ、集中力もサッパリとい
 うとき、僕が一番自然に読めるのが、今のところ大森の文章である、ということが今回
 はっきり証明されてしまった。長大な三冊でたぶん10時間以上つぶすことができた。
 あ、菅浩江の旦那が武田康廣、というのはこっちの話だったかもしれない。体調が良く
 なく、頭も切れてないので、何か記憶がグチャグチャかも。ウェブで日記のアーカイブ
 まで見つけてしまい、読み出してしまった・・・・

 ●6410 黄金奉行 (伝奇小説) 半村 良 (祥伝文) ☆☆☆★

 前記の大森の書評は今回だけでなく、時々読み返すのだけれど、そのたびに読みたい本
 を見つけてしまい、図書館に予約してしまう。今回はまずは本書。正直、こんな作品が
 存在していたことすら知らなかったのだが、確かに大森が絶賛するように、前半はかな
 りハードボイルドな伝奇小説で、後半はとんでもないSFに豹変し、正に「妖星伝」を
 一冊にコンパクトにしたような作品。僕は「妖星伝」を完結させてから再び描いたのか
 と思ったのだが、91年の作品なので(「妖星伝」は95年完結)逆にあの「妖星伝」
 の最終巻の準備、練習が本書だったのかもしれない。そして、大森の絶賛にも関わらず
 やはり本書は、その魅力を認めながらも物足りない。前半は人物造型が足りないし、後
 半のトンデモ展開は正直良く理解できない。そして、何よりそれがスムーズにつながっ
 ているとは思えないのだ。まあ、この体調ではなかなか集中力が持たなかったのだが。

 ●6411 退職刑事1 (ミステリ) 都筑道夫 (創元文) ☆☆☆★

 西澤のパステーシュを読んで、本家をいつかきちんと読みたいと思っていたら、図書
 に全巻揃っていた。僕は都筑のデビュー作「猫の舌」から始まる数作は、奇跡的な傑作
 群だと思っているが、「黄色の部屋」でモダーン・デテクティブ・ストーリーを提唱し、
 その実作として発表されたこの頃の、キリオン・スレイ、物部太郎、なめくじ長屋シリ
 ーズは、正直眼高手低の感が無きにしも非ずで、ずっときちんと自分の中で整理ができ
 ていなかった。そして、こうやってひさびさに最高傑作と言われる本書を読み返すと、
 いわゆる論理のアクロバットというものは、冒頭の「写真うつりのよい女」「妻妾同居」
 「狂い小町」あたりは、さすがに良く出来ていると感じた。但し、ヤッフェを手本と言
 いながら、この下ネタ?と差別用語の連発(まあ、当時は自主規制は無かったのだろう
 が)はどうにも下品で引っかかるが。そして、代表作の「ジャケット背広スーツ」だが、
 これはやはり「九マイル」には及ばないし、ダイニングメッセージがつまらない。更に
 その後の三篇はかなりレベルが落ちてしまい、解説での法月が力説する歴史的意義を認
 めるにやぶさかではないが、結局この評価に落ち着いた。(まあ、たぶん30年以上前
 に読んだ時も、似たようなことを感じたのだろうと思う)しかし、WEBで本書絡みの
 ブログをサーフィンしていると、日本ミステリにおけるアームチェア・ディティクティ
 ヴの代表作は、本書より先には結城新十郎と伊丹英典とあって、これはなかなか素晴ら
 しく的を射ているなあ。(前者は坂口安吾、後者は福永武彦の創造した名探偵)

●6412 義珍の拳 (NF) 今野 敏 (集英文) ☆☆☆★

 これは、エッセイで著者が評判が良かったと書いていて、いつか読もうと思っていた作
 品を文庫で見つけたのでゲット。(しかも、解説が押井守)そうか、今野の空手は本物
 なんだ。しかし、ガンダムガンプラ)と空手とミステリを並立させる今野って、どう
 いう人間なんだろう。多趣味すぎる。本書は琉球秘伝の「唐手」を極め、本土に「空手」
 を伝えた船越義珍の伝記である。まあ、夢枕獏なら全20巻で未完となりそうな物語を、
 きっちり刈り取って一巻にまとめた腕は評価したいが、一方では背景としての沖縄や明
 治日本の歴史をもう少し書き込めば、もっと物語りに奥行きが出ただろうと残念にも思
 う。(例えば本書には嘉納治五郎が登場するのだが、「東天の獅子」に比べると、残念
 ながら軽すぎる)しかし、脚色も当然あるだろうが、空手=戦いのイメージを覆し、義
 珍は型を中心に、組み手=戦いを徹底的に忌諱する。まさに「空手バカ一代」とは真逆
 の物語なのだ。というわけで、評価は厳しすぎるかもしれないが、もう一人の空手家、
 本部朝基の物語「武士猿」を読めば(本部は戦いを求めた義珍とは逆の空手家)その対
 比の中に、更に見えてくるものがあるかもしれない。

●6413 要介護探偵の事件簿 (ミステリ) 中山七里 (宝島社) ☆☆☆★

 あの「さよならドビュッシー」の被害者でありながら、キャラ立ちまくりだった玄太郎
 を探偵役とした連作ミステリ。(まあ「タッチ」における「和也の事件簿」みたいなも
 のか、って違うか)狙いはいいしそれなりに読ませるけれど、ちょっとミステリとして
 は弱いなあ。(いきなりあのトリック行きますか?)その中でも「四つの署名」が、ラ
 ストも含めて一番良く出来ているか。そして、予想通りというかお約束というか「最後
 の挨拶」のラストに涙。

●6414 イエスのビデオ(SF)アンドレアス・エッシェンバッハ(早川文)☆☆☆

 これも、大森の書評を読んだせい。確かに掴みは最高。イスラエルの遺跡発掘現場から
 一体の人骨が発見される。それは確かに2000年前のものであったが、現代医学の治
 療跡があり、そして何と一緒にソニーのビデオカメラ(まだ発売されていないタイプ)
 の説明書が発見されたのだ。「果てしなき流れ」か「星を継ぐ者」か、という魅惑的な
 発端である。しかし、物語は謎の究明より、お宝争奪戦へと突入。そこからが長い。ま
 あ翻訳のせいもあるのだろうが、やっぱクライトンやブラウンはうまかったんだなあ、
 と改めて感じさせてくれる。「ダヴィンチ・コード」以前にも結構あったイエスネタの
 SF・ミステリの代表作であり、最近結構訳されるドイツ作品の嚆矢とも言える作品で
 はあるが、まあいまさら読み返す必要はなかったなあ。もっと短ければオチも気に入っ
 たかもしれないが。(それでも、なぜタイムトラベルが可能になったか?は解らないの
 だが)たぶん、大森は登場するSF作家のパーツで大笑いしたんだろうが、とにかく長
 すぎるでしょ。(そう言えば「深海のYrr」も長かったなあ)

●6415 ビブリア古書堂の事件手帖 (ミステリ) 三上 延 (MW文) ☆☆☆

 遂に、今読みたい図書館本が枯渇してしまい、本屋で物色、結局「本屋大賞」獲る前に
 本書を読むことにした。(まあ値段が安かったのが最大の動機)結論としてはこういう
 作品がラノベの中で地味に売れるのは別に良いけど、そんなに絶賛するほどの内容では
 ない。ラノベなんで小説としては食い足りないし(というか、設定も人物造型も稚拙と
 しか言いようが無い)古書ミステリとしても、日常の謎ミステリとしても物足りない。
 だいたいミステリの形式をとってるんだから、ここは「本棚探偵」のように、ミステリ
 の薀蓄を書いてくれないと。漱石や太宰では、嫌になってしまう。これなら、古書ミス
 テリとしては「死の蔵書」の方が数段上だし、「本棚探偵」の方が遥かに楽しい。また
 日常の謎ミステリとしては、北村薫スクールのメンバーなら、誰でも本書を越えるだろ
 う。「せどり」ときて「男爵」。この程度ではおじさんは驚きません。(いくらラノベ
 でも、もう少し会話がうまくなってくれないと読むのが辛い)

 ●6416 乱視読者のSF講義 (評論) 若島 正 (国書刊) ☆☆☆☆

 若島=乱視読者との最初の出会いは、どこかで「リオノーラの肖像」をベタ褒めし、返
 す刀でゴダードを無視する「このミス」って何?というような口調で批判していて、当
 時ゴダードを完全に見逃していた僕には衝撃的であった。その後「蒼穹のかなたへ」「
 千尋の闇」を北上次郎が絶賛し、ゴダードは一気に大ブームへ。まあ、今からは想像が
 つかないが、当時のゴダード作品はどれも輝いていた。って、全然本筋とは関係ないが、
 それ以降著者の乱視読者シリーズは愛読している。今回はSFに絞ったもので、ジーン
 ・ウルフはちょっと辛いが、ル・グインやベスター、ブラッドベリヴォネガットは楽
 しく読めた。特にウェルズへの思いいれは強く、いつか読まなければいけないと感じた。
 しかし、アマゾンで本書をクリックすると、セットで大森の「21世紀のSF1000」
 が出てくるんだよね。あ、そうか二人はスタージョンつながりでもあるんだ。そういえ
 ば本書で、やっと「海を失った男」の意味が解った。

●6417 木枯し紋次郎 上 (時代小説) 笹沢左保 (光文文) ☆☆☆☆

 約30年かけて、100編以上書かれてきたシリーズの傑作選の上巻で、10編が選ば
 れている。昨年、ひょんなことから清張の傑作選を何冊か読み、その文体がハードであ
 ることに驚いた。現在のベストセラー作家のイメージからすると、清張の文体はぶっき
 らぼうとも言えるほどストイックで、その分古びずに今に十分通用すると感じたのだっ
 た。本書も正しくそうだ。著者の虚無的ではあっても瑞々しい文体は、現在の作品とし
 て十分通用すると思う。もちろん、木枯し紋次郎は僕らの世代にとっては、あまりにも
 テレビの影響が強く(確か主題歌のレコードを買った記憶がある)読んでいても、すぐ
 にビジュアル=中村敦夫に変換がかかってしまうのだが。素晴らしいことに10編全て
 に駄作はない。また、全ての作品がミステリと言っても良い結末の意外性を持っており
 著者の本質はやはりミステリ作家なんだと、痛感した。たぶん、このあたりが中学生だ
 った僕にも響いたのだろうと思う。(夜の10時なのにTVの前で「木枯し紋次郎」が
 始まるのをワクワクしながら待っていたことを今でも憶えている)さすがに同工異曲を
 感じることもあるが、100編は無理だが、下巻もきちんと読んでみたいと思う。(最
 近の作家の文体が過剰に感じてしまうのは、たぶんキングの影響が大きいのではないか、
 と思うのだが。キングもラノベも嫌いなところに、今の僕の悩みがある)
 
●6418 平家伝説 (伝記小説) 半村 良 (ハルキ) ☆☆☆

これも、大森の推薦。前にも書いたが、何回か半村の伝説シリーズを全部読んでみる、
 というのを考えたんだけれど、なかなかふん切れなかった。(「黄金伝説」の印象がイ
 マイチ良くないんだよね)しかし今回、大森の推薦が僕の知らない伝説2冊だったので、
 遂に読み出したのだが、「聖母伝説」はあまりの古臭さにあえなくダウン。自伝的小説
 とのことで、福島正美との確執あたりに興味があったんだけど、そこまで持たなかった。
 で、本書。確かに風呂場での会話から始まる導入部はうまい。しかし、これまた主人公
 とヒロインの恋愛部分が、ありえないの十乗くらい。いくら時代を考慮しても、これは
 ありえないでしょう。本書は元々は短編であって、それを長編化したとのことだが、恋
 愛部分を無くして中短編にすれば、少しは気の利いた作品になったかもしれない。なぜ
 大阪、東京の銭湯で働く人間に北陸出身が多いのか(これは事実)の答えは、これぞバ
 カSFで大爆笑!(でも科学的にはあり得ないでしょう!)そして、これぞおバカSF
 の極地とも言うべき、呆然・驚愕のバカラスト。もう笑うしかない。これは短編ネタで
 しょう。「収穫」のように。

 ●6419 罪悪(ミステリ)フェルディナント・フォン・シーラッハ(創元社)☆☆☆★

 前作「犯罪」は、良く言えば今までにない奇妙な味であり、悪く言えばわけのわからな
 い作品集だが、少なくともそのオフビートで「変」な感覚は評価に値すると感じた。し
 かし、今回は一見突拍子もない事件が多いが、その本質は普通の事件が多く、個人的に
 は前作より後退したように感じてしまった。この程度ではあまり押したいとは思わない。

 ●6420 一瞬と永遠と (エッセイ) 萩尾望都 (幻戯書) ☆☆☆

 実は日経のあるエッセイで著者の別の対談集の所感が載っていて、そっちが読みたくて
 図書館で著者を検索したら、エッセイや小説が結構引っかかった。で、すぐ読めるもの
 から読み出したのだが、若い頃の「思い出を切りぬくとき」を読んでみたが、ちっとも
 ピンとこない。で、まあついでという感じで本書を新幹線の中で読んだのだが、やっぱ
 りあんまりピンとこない。途中の永井の「マンガは哲学する」と松井の「仲蔵狂乱」の
 所感はなかなか面白かったが。結局エッセイって自分と重なる部分がないと、たぶんあ
 んまりピンとこないんだよね。中には岸本佐知子のような例外もあるけど、まあ彼女の
 文章をエッセイと呼んでいいかは疑問。もちろん、僕が実は著者の本分であるマンガを
 あまり読んでいないというのが本質課題かもしれないが。(「ポーの一族」「11人」
 「百億千億」「トーマの心臓」+αSF短編で、最近の作品は全く読めていない、とい
 うか最近マンガ読まないので当然か。なぜ読まないかというと図書館にないから)

 ●6421 厩 橋  (小 説) 小池昌代 (角川書) ☆☆☆★

 「弦と響」もそうだったが、著者の文体は素晴らしい。ラノベや古臭い小説に疲れた僕
 の感性を癒してくれる。やはり、本職が詩人ということが、文章を丁寧にやさしく柔ら
 かに扱わせるのだろうか。基本三人称なのだが、天ではなく著者が語っているように、
 僕には聞こえる。ただし、今回は物語が淡い。小市民たる幼馴染の両親の関係の崩壊を
 淡々と描きながら、娘のパーツは「たけくらべ」の朗読会を通じて冥界に繋がってしま
 い、ファンタジーと化す。その背景で除々に大きく育っていくスカイツリーと、突然襲
 う大震災。そして、物語はぽんと投げ出されてしまう。これでもいいのかもしれないが、
 やはりこれではものたりない。

 ●6422 武士猿  (NF) 今野 敏 (集英社) ☆☆☆★

 さて、戦う沖縄唐手家、本部朝基の物語である。やはり静の船越より、動の本部の物語
 の方がワクワクする。また、本書の方が沖縄や日本の歴史への言及は多い。ただ贅沢を
 言えば、脇役が大勢登場するだけ「義珍」の方が、物語に深みがあったように思う。ま
 た前半「義珍」が全然からまず、後半は絡み方がイマイチ物足りない。まあ、嘘を書く
 わけにはいかないのだろうが。やはり、この魅力的な題材は、複数の主人公を立てて、
 全5巻くらいは描いてもらわないと、本当の魅力に辿り着けないような気がする。無茶
 な話だけれど、獏に描かせたい題材だ。(たぶん、獏だと肝心の船越や本部に辿り着く
 まで10年以上かかってしまうだろうけど。嗚呼、本当に獏は今更コンデ・コマを描く
 つもりなのだろうか)

●6423 ブルータスの心臓 (ミステリ) 東野圭吾 (光文文) ☆☆☆★

89年の作品。もう初期の作品は読むまい、と思っていたのだが、最近出た著者のムッ
 ク本で、「パラレル」と本書は自信があるというようなことを書いていたので、読んで
 みた。この殺人リレーというアイディアは、動かすのが死体であれ凶器であれ、過去に
 様々な事例がある。(ぱっと思い出したのが森村誠一鮎川哲也)しかし、それを逆手
 にとった冒頭の衝撃度は最高である。残念なのは後半少々尻すぼみで、結末も悪くはな
 いが、冒頭が魅力的すぎたのでつい物足りなさを感じてしまうこと。まあ、トランプ・
 トリックの件など小技は効いているのだが。問題は「パラレル」と同じく、主人公を筆
 頭に嫌な奴ばかりで、感情移入がなかなかできないところだろうか。

 ●6424 贖罪の奏鳴曲  (ミステリ) 中山七里 (講談社) ☆☆☆☆

 今度は「かえる男」の続編。何と言うか、荒削りな作品である。素晴らしい部分とダメ
 な部分が明確に何箇所かあるのだが、まあここは長所を褒めたいと思う。今回は雰囲気
 は「カエル男」なのだが、「さよなら」と同じく大トリックが炸裂する。そのミスデレ
 クションが非常に大掛かりで見事に今回も騙されてしまった。(ただし、今回はそれが
 弱点にも繋がってしまう)また、「カエル男」との繋がりも良くできており、最初は刑
 事二人組が共通キャラと考えていたのだが、今回も途中のある重要な場面にピアノが出
 てくるので気になっていたら、突然気づいてページを繰った。そう、やはりピアノの奏
 者の名前はさゆりであり、その先生は御前崎なのだ。いやあ、刑事はミスデレクション
 だったのか。これには驚いた。(アマゾンの書評は全員気づいていないが)たぶん、作
 者はそのうち「ドビュッシー」の世界と「カエル男」の世界をつなぎにかかるだろう。
 まあ、名古屋と埼玉の物理的な距離はあるが。そして弱点なんだけど、先述したように
 本書はある有名な事件をモチーフとしているのだが、それをトリックとして使ってしま
 ったため、題名の「贖罪」という部分が、どうにも軽くなってしまっていてイマイチ説
 得力がない。まあ、それを求めるのはカテゴリーエラーかもしれないが、テーマがテー
 マだけに消化不良。そして、これは偶然だが犯人の設定が、最近読んだ小杉健治のある
 作品とうり二つであること。ただし、動機や性格設定等々は全くの裏返しで、ここに作
 者の性質がでてるんだろうが、そういう意味では中山はダークサイドである。というわ
 けで、読んでないと解りにくいだろうが、無条件に傑作とは言い切りづらいが、読む価
 値はある作品であることは間違いない。ただし事前に「カエル男」は必読、できれば「
 ドビュッシー」も読んで欲しい。

 ●6425 「幻影城」の時代 完全版 (企画) 本多正一編 (講談社)☆☆☆☆☆

 今頃読んで申し訳ないが、今度こそ満点である。日本橋丸善の本棚にあるのはだいぶ前
 から気づいていたのだが、あまりの重さに立ち読みもままならず、遂に図書館で検索し
 てみたら、これが簡単に手に入った。小説から評論、インタビュー、アンケート、とバ
 ラエティーに富んだ内容で、枕みたいな外見なのに殆どを読み尽くした。(仰向けで読
 むには重すぎたけれど)感想はたぶん何ページ書いても終わらないので、ポイントだけ。
 本書を読むまで、僕は「幻影城」を殆ど理解できていなかったし、島崎博という人物に
 関しても何も解っていなかったということを痛感した。当時は新本格前夜の仇花の印象
 だったが、本質は全く逆であり、「幻影城」がなければ90年代のルネッサンスもまた
 別の様相を見せていたに違いない。08年の本書の刊行を待っていたかのように、泡坂
 妻夫と栗本薫は亡くなった。本書での文章や写真の数々が痛々しい。本書は70年代末
 に一瞬の炎となり、誰もに忘れられない刻印を残した、幻というには存在感のありすぎ
 た雑誌と、ひとりの巨大なコレクター兼天才編集者の記録である。興味の無い人には無
 価値ではあるが、ミステリというジャンルに興味のある人間には、避けて通ることの出
 来ない金字塔だと思う。(しかし「幻影城新人賞」に上原だけでなく三輪さんまで応募
 していたとは、ちっとも知らなかった。)