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2011年 11月に読んだ本


●6287 美姫血戦 松前パン屋事始異聞 (歴史小説)富樫倫太郎(実業日)☆☆☆☆

 「箱館売ります」ともう一冊で三部作となっているようだが、土方を始め前作と登場人
 物やストーリーはかぶりながらも(同じパーティーのシーンなどがでてくる)今回も物
 語は意表をついてパン造りがテーマ。しかも、これまた実話、少なくともモトネタは実
 在していたようだ。ただし、残念ながらパン造りの方はそれほど本筋と連動するわけで
 なく、本来はひとつのエピソードとして描くべきだっただろう。しかし、それでもやは
 り蝦夷戦争の描写は面白く、最後まで一気に読まさせられた。やはり、これもフォーミ
 ュラーの持つ力だろうか。蘭子というお姫さまの描き方がやや中途半端な気がするが。
 採点は少し甘めというところ。

 ●6288 オールマイティ (ミステリ) 本城雅人 (文春社) ☆☆☆

 困った作品である。敏腕かつ偏屈なプロ野球の代理人、善場の描き方は素晴らしく魅力
 的だ。良く解っていると感じる。しかし、一方ミステリの部分はどうしょうもない。な
 ぜ本書を殺人事件にしなければならないか理解に苦しむ。そろそろ自分にはミステリセ
 ンスがないことに気づいて欲しい。かつて米国を転戦した高校選抜チームのメンバーが
 次々と襲われるあたりから危惧はしていたのだが、やっぱりとんでもない無理なオチに
 なってしまった。「嗤うエース」と同じく、プロローグの二軍戦での謎の提示などは素
 晴らしく魅力的なのだが。「嗤う」や「スカウトデイズ」のように、殺人がなくても魅
 力的な謎、すなわちミステリはいくらでも書けることを理解して欲しい。次に読み出し
 たデビュー作「ノーバディノーズ」も正に本書と同じ匂いがしたので、読むのは中止。
(たぶん、これって大リーグ版「砂の器」だとすぐ解ってしまう)

 ●6289 幻の声 髪結い伊佐次捕物余話 (時代小説)宇江佐真理(文春文)☆☆☆

 これも困った。ご存知著者の代表シリーズの第一作なのだが、絶賛の嵐に背を向けて敢
 えて言うと、ストーリーが弱い。特にあさのあつこの「夜叉桜」と同じくミステリとし
 て弱すぎる。冒頭の「幻の声」の正体がラストで明かされうならされる、とあるが僕は
 逆に唖然としてしまった。次の「暁の雲」はもっとすごくて、こんな偶然のたった一言
 から全ての謎が解けるなんて、あり得ないだろう・・・たぶん今回もまた僕はカテゴリ
 ーエラーを犯しているのだろう。ここは伊佐次とお文の関係や、同心不破の人情にほろ
 りとくるべきなんだろう。しかし、本書で一番問題なのは、不破の妻いなみの壮絶な過
 去が明かされる「赤い闇」である。このラストの後味の悪さは何とも言い難い。これは
 ダメでしょう?

 ●6290 戦争と日本人 (歴史対談) 加藤陽子佐高信 (角川O) ☆☆☆☆

 半藤との歴史対談は、マニア同士のおたく話になってしまったのだが、今回は相手が歴
 史の専門家じゃないので、加藤の引き出しの多さや、懐の深さが随所に出た好企画とな
 った。(そうは言っても、個人的には未だ佐高という人物をどう理解すべきか解らない
 のだが。相田みつお批判?は痛快だが)特に二人ともあのガンダム富野の「教えてくだ
 さい、富野です」という雑誌対談に呼ばれたことがあって(加藤はたぶんリアルタイム
 で「ガンダム」をみていたと思う)そこで、本筋から「ガンダム・富野論」まで飛んで
 しまうあたりはワクワクした。しかし、アマゾン等々における本書に対する批判の大合
 唱を読むにつけ、暗澹たる気分になる。「それでも日本人は戦争を選んだ」を読んだ1
 2万人の読者は、僕と同じくWEBとは関わらないように決めているのだろうか。

●6291 おおきなかぶ、むずかしいアボガド(エッセイ)村上春樹(マガジ)☆☆☆★

 アンアン連載の村上ラヂオ2。まあ、村上のエッセイその他は、内田理論により必然性
 が証明されており?それをくだらないとけなすのも、やたらありがたがるのも、どちら
 も野暮というしかない。(アマゾンでは両極端に分かれている)今回は大橋歩の銅版画
 が素晴らしい。佐々木マキ安西水丸とはまた違った村上色が楽しめる。ただ、大橋の
 あとがきはちょっと恥ずかしい。

●6292 関ヶ原連判状 (歴史小説) 安部龍太郎 (新潮文) ☆☆☆☆

 「風の如く水の如く」において、関ヶ原黒田如水も含めた三極として描いた著者が、
 今度は細川幽斎(と前田家と朝廷)を第三極として壮大な物語を描いた。そうか、「古
 今伝授」をこう使うのか!と目から鱗の素晴らしさ。関ヶ原における立ち居地というか
 存在自体が正に謎といも言える幽斎(例えば本能寺の後の行動)をこう描くか。しかも、
 読み終えて気づくのは、本書とあの傑作「信長燃ゆ」と「神々に告ぐ」(未読)は三部
 作となっており、その主人公は本書では脇役だが、あの近衛前久なのだ。すなわちこの
 三部作は、朝廷(文化)と武家(武力)の存在を賭けた戦いの書でもあったのだ。著者
 は最新の歴史研究成果を次々と取り入れ、全く新しい関ヶ原を描き出す。もちろん、史
 実の限界は想像力で補いながらも、伝奇的要素は最小限に止めながら、長大な物語を一
 気に読ませる。失礼な言い方だが、最近の著者の作品には少し足りない圧倒的な独創と
 迫力が、本書や「信長燃ゆ」には間違いなくある。そして、最後にこの戦いの雌雄を決
 したのは、結局一度も姿を現さない、前田利家の妻まつこと芳春院の裏切であった。こ
 のあたりが、もちろん関ヶ原の結果は覆らないのだが、いかにも残念。本書の二人の主
 人公、幽斎と三成は結局(当たり前だが)史実によってどんどん追い詰められ、滅びて
 いく。(その描写はないのだが)三成の描いた秀頼を大将に頂いた西軍、幽斎の描いた
 細川・前田家を朝廷の直轄とした第三の勢力、どちらも一度見てみたかった。(お千代
 という重要な女性の描き方がちょっと腑に落ちなかったり、途中少しごたごたするとこ
 ろがなければ★をもうひとつ追加だったんだけど)

●6293 別名S・S・ヴァン・ダイン(NF)ジョン・ラフリー(国書刊)☆☆☆★

 副題:ファイロ・ヴァンスを創造した男。誰かが「ドイルはワトソン博士だが、ポーは
 デュパンその人である」というようなことを書いていたが、ヴァン・ダインこそ小説中
 に同名のワトソン役が出てくるのに、正にファイロ・ヴァンスそのものだ。いや、ヴァ
 ン・ダインではなく、ウィラード・ハンティントン・ライトと言うべきか。ヴァン・ダ
 インを読んでいたのは中学生の頃。そして、その頃でも漠然と感じていた作者=探偵の
 背景のドラマは、これほどのスノッブで退廃した物語だったのだ。ライトとクララは先
 行者でありながら、劣化版のフィッツジェラルドゼルダにしか見えない。しかし、結
 局ヴァン・ダインの才能は「僧正」で終わっていたんだ、とつくづく感じる。最後に本
 書の著者ラフリーには、ひとつ大きな文句がある。なぜに、ヴァン・ダインの先駆者と
 してクリスティーとセイヤーズ、ライバルとしてハメット、後輩としてスタウトを挙げ
 ながら、最大の後継者にしてライバルのエラリー・クイーンに関する言及がゼロなのだ
 ろうか?日本人のあとがきが必死にリカバーしているが解せないなあ。(結局、著者は
 絵画畑の人間で、ミステリという芸術には全く興味がないのだ。たぶん。逆にジャンル
 に対する愛がないから、ここまで書けたのだろうが)

●6294 感染症と文明 (医学) 山本太郎 (岩波新) ☆☆☆☆

 たぶん、NHKBSが取り上げなければ絶対に読まなかっただろうジャンルの本。コン
 パクトな分量かつ平易な文体で、広く深いテーマを語り(少し食い足りない部分も残る
 が)かつ実はかなり大胆なことも言い、意外な結論(副題は、共生への道)に読者を導
 く、という新書のお手本のような本。人類の歴史は、感染症との闘いであったことは誰
 でも容易に想像がつく。しかし、実は原始時代には感染症はほとんどなく、文明が進み
 農耕、家畜が始まり、人口が密集して初めて感染症は猛威をふるい出す。どうも、僕は
 感染症を、レミング大移動のように神が仕組んだ淘汰圧のように捉えがちだったが、論
 理的には、著者のいう五段階の進化をもってウィルスは無害化していく。ウィルスの生
 存戦略にとっては、宿主との共生こそがゴールなのだ。例えば日本人と一万年以上も共
 生し今その姿を消そうとしている成人T型白血病ウィルスのように、エイズウィルスが
 五段階に近づき、その潜伏期の平均が50年近くになったときには、エイズウィルスは
 人の守り神になるかもしれない、という指摘は衝撃的だ。感染症を撲滅するのではなく、
 共生する。(例えば、結核菌とハンセン氏病菌は同じ種類であり、20世紀に結核が広
 まることで、ハンセン氏病は激減した)そして、著者は言う「共生とは、理想的な適応
 ではなく、決して心地よいとはいえない妥協の産物なのかもしれない」と。このあたり、
 わざとぼかしているのか、本当に良く解っていないのか、少し論理展開がもどかしいの
 だが、問題提起としても強烈な衝撃度である。

 ●6295 神々に告ぐ (歴史小説) 安部龍太郎 (角川文) ☆☆☆★

というわけで、執筆順は違うが時系列で並べると、三部作の一番最初の作品、すなわち
 「信長燃ゆ」の前作にあたる本書を読んだ。舞台は正親町天皇即位の頃。主人公は「信
 長燃ゆ」において本能寺の主役とされた近衛前久。それに対するは松永秀久。その他、
 元就や謙信や信長といった若き日の戦国武将たちや剣豪将軍義輝、そしてあの細川藤孝
 等々、登場人物には事欠かない。特に、登場場面は少ないが、秀久を師、前久を友と呼
 ぶ凛々しい信長が魅力的であり、本来は本書の後に傑作「信長燃ゆ」を読むべきであっ
 たと感じる。しかし、残念ながら単独作品としては、個人的には三部作で一番劣る。そ
 れは好みの問題なのだが、本書は戦国期においても消えなかった朝廷という文化の力に
 迫るため、意識的に日本神話をモチーフとした伝奇的要素を三部作の中で一番大きく取
 り上げている。ここが、僕の好みとずれるのだ。特にラストの処理が、個人的には秀久
 の将軍殺しに行くと思ったら、全然違っていてちょっとがっかりした。

●6296 バルセロナ戦術アナライズ (スポーツ) 西部謙司 (カンゼ)☆☆☆☆

 バルサの会長が変わったせいで、スカパーでバルサTVが映らなくなった。レッズの試
 合はとんでもなくつまらなくなり、最悪の一年が終わろうとする中、本書はひさびさの
 飢えを満たす良書である。何度も出てくるバルサの戦術・哲学とは「7割ボールを支配
 すれば、8割の試合で勝てる」という単純な数学、確率論であり、それはまた「それで
 も2割は負ける」という、カタルーニャ流の悲観論でもある。確かに、マンUやレアル
 は、そんなことは考えたこともないだろう。本書の圧巻は、クライフのドリームチーム
 から現在のペップバルサまでの、年度ごとに無作為に選んだ試合をもとにした、メンバ
 ー、フォーメーション等々の徹底解説であり、これを読むだけで一気にバルサ通になっ
 た気になってしまう、優れものである。ただ、その後のアーセナルとのCLの戦いを詳
 細に解説した部分は、あまりにも細かく、文章と図だけでは途中でついていけなくなる。
 やはりこれはDVDにでもしてもらわないと。しかし、バルサというチームは如何に理
 屈でサッカーをやりながら、そこに圧倒的な論理の美を表現してるか、ということが良
 く解る。やはり、論理・数学は究極の美なのかもしれない。

●6297 沈む日本を愛せますか?(政治経済)内田樹高橋源一郎(ロッキ)☆☆☆☆

 渋谷陽一の個人雑誌ともいえる「SIGHT」において、ちょうど政権交代が起きた頃
 から、震災前まで行われた7回の対談をまとめたもの。第一回の「さよなら自民党。そ
 して、こんにちは自民党?」を読んだだけで、細かい勘違いはあっても、その大局観が
 あまりに当たっていて、暗澹たる思いになる。まあ、内田の言説は今更驚く内容ではな
 いが、表題って結局ブルセラ宮台の「終わりなき日常」をまったりと生きる、のオヤジ
 版なんだ、と気づいてしまった。で、理屈は解っても、生理的には「沈む日本」は愛せ
 ない、とつくづく感じてしまった。しかし、渋谷という人間は、北上&大森のように、
 人と人を合わせてシナジーを発火させる天才だ。(一時期の高平より上じゃないだろう
 か。少なくとも人選は僕好み)内田と源一郎のコンビは予想はしていたが、息はぴった
 り。渋谷の突っ込みも素晴らしい。そして、渋谷の持つ音楽への信頼というか楽観主義
 が本書を(少しだけ)救っているように感じた。何せ、未だにCoccoの復活ライブの感動
 を日経新聞に寄稿してしまう人なんだから。最後に、今頃鳩山の言う「抑止力」の意味
 に気づいた僕は、反省あるのみ。もっと自分の頭で考えないと。

 ●6298 黒猫の遊歩あるいは美学講義 (ミステリ) 森晶麿 (早川書) ☆☆☆

 早川が主催する第一回アガサ・クリスティー賞受賞作。審査員が北上と若竹とHMM編
 集長(いつの間にか女性が就任)ということで、てっきりコージーミステリかと思った
 ら、何と思いっきり東京創元風日常の謎ミステリだったのでびっくり。早川よ、これで
 いいのか?ただし、内容はポーを題材にとりながらも、思いっきりペダンチックで知的
 にスノッブなデレッタント、と苦手なタイプ。円紫シリーズも途中から嫌になってきた
 が、本書は正直読むのが最初から辛かった。北上は個人的には苦手なタイプの作品だが、
 この素晴らしさは認めなければなるまい、と選評で書いたが、僕は前半のみ同意。(で
 も黒猫の料理シーンを読んでいたら、これは千秋とのだめの物語なのか?とも感じたが)
 次回は、有栖川有栖が若竹に変わって選考委員となるらしいので、期待かな?

 ●6299 約束の方舟 (SF) 瀬尾つかさ (早川文) ☆☆☆☆★

 やはりSFは元気だ。新しい才能が次々でてくる。本書もあまり期待してなかったのだ
 が、上下巻一気に読んでしまった。傑作だ。舞台はハインライン「宇宙の孤児」パンシ
 ン「成長の儀式」と同じく、恒星間移民船団の子供たち。ひとつ工夫があるのは、子供
 たちが一体化(シンク)して遊ぶゼリー状の生物ベガーとは、実は15年前船団を襲っ
 た人食い宇宙人であり、その結果船団の人口の8割が亡くなったという恐怖の歴史であ
 る。ただし(なぜか)今はベガーは大人しくなり、戦争で失われた、子供たちの宇宙服
 の代わりを果たしている。当然大人たちのベガーへの嫌悪は強く、戦争を知らずベガー
 と友情で結ばれた子供たちとの対立は深まっていく。こんな悲惨な背景がありながらも、
 物語は「たったひとつの冴えたやりかた」のような明るいジュブナイルとして進む。こ
 のあたり、何となく「ハロー・サマー・グッドバイ」を期待していたのだが、何と主人
 公のシンゴはモテモテで、ブラウンアイズだけではなくうる星やつら状態になってしま
 う。テルがラムなら、スイレン(ネットでは大人気)はしのぶ、でキリナは弁天かテン
 ちゃんか(違うな)。というわけで上巻はちょっとなあという感じもあったのだが、あ
 る殺人事件をきっかけに、子供たちは否応もなく変わっていかざるをえなくなる。やは
 り閉ざされた船団社会が舞台だと、わずかな時の流れが濃密にキャラクターを変えてい
 く。(結局、結論から言うと三人のヒロインもそれぞれ全員哀しい)このあたりは急に
 深刻さが増し、「エンダー」や「死者の代弁者」を思わせる。そういえば、ベガーのモ
 デルはバガーだろうか。下巻は単なるビルディングロマンスを超えて、SFとしてお約
 束の大技が次々炸裂。ジャンルSFの集大成とも言える素晴らしさ。様々な先行作品や
 映画を想起させるラストも泣けるなあ。(僕は「ダレカガナカニイル・・」を想起した。
 あ、そういえばベガーとの一体化はエヴァを思わせるなあ)ああ、これで心置きなく本
 書を今年のSFベスト1に押し、「ジェノサイド」はミステリに持っていこう。やっぱ
 り「ジェノサイド」の面白さの本質は、SFではなくミステリだと思う。

●6300 氷 菓  (ミステリ) 米澤穂信 (角川文) ☆☆☆★

 なぜか図書館の棚で著者のデビュー作である本書と、「古典部シリーズ」の殆どを一気
 に手に入れることができ、「ボトルネック」がひどかったので中断していた米澤祭を再
 開した。(但し、時期柄新刊本が相次いでいるので継続できるかは不明)正に日常の謎
 の王道ともいうべき学生ミステリだが、最初の密室?の謎の解決があんまりしょぼいの
 で嫌になったが、次の図書館の謎はちょっと「五十円玉二十枚」のようなテーストでま
 ずまずの出来。まあ、キャラクター、文体も、当然ライノベ風で好きとは言い難いが、
 ギリギリ耐えられるレベル。学園モノに変に殺人を絡めないのは(謎はしょぼくなるが)
 一つの見識と言えるだろう。後半は33年前に学校で起こっただろう事件を推理してい
 くというそれなりに大物の謎があるんだけど、それって良く考えたら「さよなら妖精
 のプロットと同じなんだよね。まあ、その謎の解明は可もなく不可もなく、敢えて言え
 ば米澤版「僕たちの好きだった革命」というところだろうか。(ウィキによれば「さよ
 なら妖精」は当初古典部用のプロットとして用意されていたのだが、古典部が最初は全
 然売れなかったので、笠井が仲介して創元から単発作品として上梓したとのこと。そり
 ゃプロットが似ていて当たり前だし、笠井の戦略も見事に成功したということか。まあ
 ライノベの題名で「氷菓」はないよね) 

 ●6301 赤い糸の呻き (ミステリ) 西澤保彦 (創元社) ☆☆☆☆

 ひさびさに西澤の新刊を読むが、どうやらパズラーの短編集ということで、評判も良い。
 相変らず、登場人物の名前が現実離れしていて読めなかったり、シリーズでもないのに
 キャラクターが立ち過ぎていたり、西澤流のけれん爆発なのだが、確かに内容は全うな
 安楽椅子パズラーの変形バージョンばかり。各作品のロジックの切れはマズマズと言っ
 たところだが、なぜかどの作品にも本筋ではないところに突っ込みどころが一つある。
 で、残念ながら合格とは言えないなあ、と思っていたら、ラストの書下ろしの表題作が
 わりと良く出来ていて、瑕疵もなくギリギリ合格とした。(少し甘め)「お弁当ぐるぐ
 る」は、結局被害者の妻がなぜ骨董を事前に売らなかったか?がそのまま放置。「墓標
 の謎」は、いくらなんでも死体がでた穴をすぐには使えないだろう(コロンボに同じト
 リックがあったが)「カモはネギと鍋のなか」は、動機が無理無理。そして、「終の住
 処」は、途中までの謎解きはドキドキする素晴らしさなのだが、肝心のラストの動機が
 これまた弱い。というわけで、ひょっとしたら西澤はツメが雑なのでは、と感じたが、
 一方ではあの超絶技巧の「七回死んだ男」を書いたわけだし、と解らなくなる。まあ、
 西澤は何と本書が55冊目で、そして初の東京創元社の本らしい。本書の装丁は創元っ
 ぽくないなあ、と思いつつ55冊という数に驚く。だから雑になってきたの?

●6302 メルカトルかく語りき (ミステリ) 麻耶雄嵩 (講談N) ☆☆☆★

 昨年は「隻眼の少女」ははまったが、「貴族探偵」は途中でほおりなげた。相変らず安
 定していない、というより癖がありすぎの著者だが、本書はそれ以上というか空前絶後
 のアンチミステリーで、良くこんなこと考えてしかも実作として書けるもんだ、と感心
 してしまった。(まあ、山田風太郎の「妖異金瓶梅」を想像して欲しい)ネタバレだけ
 ど書いちゃうが、本書に収録された作品は全て(パターンは色々あるが)最終的に犯人
 が特定されないのに、本格ミステリである、という禅問答か弁証法か、というべき矛盾
 に満ちた、しかし間違いなくパズラーなのである。で、問題はそれで面白いのか?と問
 われると、そういう変なミステリが好きな人がいても別にいいけど、個人的には無駄な
 ことに努力しているなあ、という感じは拭えない。せっかくの意外な推理を、結局意外
 な真相に堕落?させているのではないか?(まあ、単純にひねすぎている)「九州旅行」
 「収束」あたりはまだ楽しめるが、「答えのない絵本」になると、あの「夏と冬の奏鳴
 曲」を思い起こしてしまったし、ラストの書下ろし「密室荘」に到ってはもう何と言っ
 たら良いのか・・・・ 

●6303 私たちが星座を盗んだ理由 (ミステリ) 北山猛邦(講談N)☆☆☆☆

 著者は昔「瑠璃城殺人事件」読んで、ダメ出しをしたんだけど、本書は評判がいいので
 読み出した。(図書館の順番がわりと早かったのもある)で、結論から言うと評価が難
 しい。文章は「瑠璃城」の印象と全く違い結構うまい。また、内容も評判通りどんでん
 返しの効いた作品が多く、面白く読めた。ただし、全体に統一感に乏しい。そして、一
 番困るのが「妖精の学校」という作品。「わたしを離さないで」「お召し」「創世の島」
 等々を思わせるシュールかつ端正な作品なのだが、何せラストのオチがこれでは、普通
 の人は意味が解らないだろう。で、ネットで色々調べて解った真相は素晴らしい。実は
 ラストの謎の数字は、ある島の経度と緯度なのだが、そんなこと解る人がいるだろうか。
 経度・緯度だと気づいても、その位置を特定することは普通は不可能だ。そして、一番
 問題なのは、それをラスト文章で説明しても作品の質が落ちるとは全く思えないことだ。
 これは作者のひとりよがり、自己満足にすぎないのではないか。そういう作品をどう評
 価するか?とりあえず、今回はそれでも良しとしてみたが、正直まだ迷っている。その
 他「恋煩い」は、あのトリックをこう使うかという驚き(最近あまり例を見ていなかっ
 た)とラストの二文字が強烈な印象を残す作品。但し後味は悪い。「嘘つき紳士」は良
 く出来た(ある意味定番の)パズラー。しかし、これも後味が悪い。「終の童話」はリ
 ドルストーリーだが、効果は微妙。残念なのは、ラストの表題作がそれほどではないこ
 と。こうやって、パズラーの新刊短編集を三冊続けて読んだが、印象は思ったより良い。
 そして、「ミステリーズ!」(創元社)「ジャーロ」(光文社)「メフィスト」(講談
 社)という専門雑誌が、きちんと短編発表の場を確保し続けていることに、改めて感心
 した。いつかこの努力が長編にも現れることを期待したい。

●6304 春から夏、やがて冬 (ミステリ) 歌野晶午 (文春社) ☆☆★

 この時期に歌野のハードカバーが出たので、ちょっと期待したけど、これはダメ。冒頭
 から、何か「遠海事件」を思わせる万引きの話でテンションが下がってしまったが、そ
 の後の展開は更にひどく、ラストのオチ?にはあきれてしまった。まあ「世界の終わり、
 あるいは始まり」を楽しめた人なら面白いかもしれないけど。あっという間に読めたこ
 とだけがとりえかな。

●6305 愚者のエンドロール (ミステリ) 米澤穂信 (角川文) ☆☆☆★

 「古典部シリーズ」第二弾。相変らず、地味だけどあっという間に読めて、腹にもたれ
 ない。今回は、尻切れトンボで終わっている学園祭の自主映画の、本来の脚本の内容を
 推理する、というちょっと苦しいシチュエーション。そこに、米澤は「毒入りチョコレ
 ート事件」のプロットを持ち込んだのだけれど、残念ながら多重解決が3つともつまら
 ない。ただし、本命奉太郎の推理は(結局は正解?ではないのだが)なかなか面白く、
 またその推理が崩れていく理由(何とドイルとクリスティーの違い?がポイント)も、
 マニアには微笑ましい。ただ、今回は女帝という新キャラクターが僕には失敗に思える。
 やっぱ、ヒロインは千反田でしょう。このシリーズの映像化は、是非アニメじゃなく、
 実写でやってほしい。千反田は多部未華子、福部は勝地涼が希望。奉太郎は堂本剛だけ
 ど、ちょっともう年齢的に無理かな。

●6306 クドリャフカの順番 (ミステリ) 米澤穂信 (角川文) ☆☆☆★

 さて、第三弾は今までよりいきなり分量が倍以上。しかも物語りは、今回は奉太郎の一
 人称ではなく、古典部四人の視点で交互に描かれていく。一方、舞台はたった3日間の
 文化祭。そこで起きる「十文字事件」とは。正直今までの2冊とは違い、今回は個人的
 には無駄な描写が多く、ミステリ度も薄く感じた。しかし、まあこの「うる星やつら2」
 の友引高校のような祝祭空間を、面白がる人がいても不思議ではない。モジュラー型日
 常の謎ミステリとでも呼んでみたくなる。残念ながら、その狂騒を素直に楽しむには、
 こちらが歳をとりすぎたのだろう。「ABC殺人事件」の使い方は、まあまあだけれど、
 奉太郎の事件の処理の仕方は気が効いている。(千反田が気づかないのが残念だが)し
 かし奉太郎の姉はなぜ「夕べには骸に」を、文化祭に持ち込んだのだろうか?

●6307 むかし僕が死んだ家 (ミステリ) 東野圭吾 (講談文) ☆☆☆★

 何度か書いたと思うが、僕は高橋克彦の「緋い記憶」のような過去の記憶にまつわるミ
 ステリを偏愛する傾向がある。例えば最近だと「アナザー」がそうだ。そしてその中で
 も最高傑作と思っているのが、筒井の短編「鍵」である。本書は、再会したかつての恋
 人沙也加の失われた過去の記憶を取り戻そうと、主人公が「鍵」を手がかりに、彼女と
 山中の白い家を訪れるところからスタートし、ゾクゾクした。そして、その家で二人は
 様々な手掛かりを手に入れ、過去を推理していく。一幕劇のような物語は、最後に金庫
 が開けられ・・・と、お分かりのように、こう書けば筒井の「鍵」そっくりである。し
 かし、残念ながら本書は「鍵」には遠く及ばない。(いや、「鍵」が凄すぎるのであっ
 て、本書が駄作というわけではない)ひとつは、本書は94年の作品であり文章がイマ
 イチで、二人の行動にどうにも必然性が感じられず、リアリティーがないのだ。たぶん、
 今の東野の文体で書き直せば、相当良くなる気がする。そして、何より真相が複雑では
 あるが、残念ながらそれほど意外ではないのだ。ただし、これは逆に本書を94年にリ
 アルタイムで読んでいれば、かなり驚いたのではないか、と思う。要は同じようなネタ
 の作品を、この何年かでだいぶ読んでしまっているのである。(特にゴダードがはやっ
 てからは、ひとつのミステリのパターンとなった気がする)僕が知らなかっただけかも
 しれないが、東野にしては異色の作品であり、もう一度チャレンジしてほしいテーマで
 はある。最後に、黒川博行の解説は半分ネタを割っているので、読まないように。

●6308 吸血鬼と精神分析 (ミステリ) 笠井 潔 (光文社) ☆☆☆

 このところ軽いミステリばかり読んできたのだが、ついに満を持して?本書を読み出し
 た。確か前作「オイディプス症候群」は、欧米どちらかに向かう飛行機の中で、結局こ
 れ一冊しか読めず閉口した記憶がある。(いつもなら飛行機の中で最低3冊は読み飛ば
 すのだが。要は長くて読みにくいのである)しかも、内容もミステリとしてはひどかっ
 たように憶えている。ただ、僕のミステリ読書体験における「サマーアポカリプス」と
 「哲学者の密室」の存在感が圧倒的である限り、矢吹駆シリーズは読み続けなければな
 らない。冷静に考えれば、この二冊以外は全部ダメだったのだが、その理由はミステリ
 としての完成度だけでなく、「サマー」がシモーヌ・ヴェイユ、「哲学者」がハイデガ
 ーがテーマだったことが、たぶん大きい。この二人なら何とか議論についていけたのだ
 が、前作はフーコーで難儀し、何と今回はラカンである。これはもう、読む前から腰が
 引けたのだが、結果は予想通り。ラカン(とクリステヴァ)と精神分析がテーマでは、
 全く歯が立たなかった。冒頭、ヒロイン・ナディアとコマネチが絡んでくるところなど、
 偶然だろうがちょっとびっくりしたのだが(これが吸血鬼とクリステヴァに繋がってい
 く)結局ミステリの方は、今回もいただけない。トリックはありきたりだし、登場人物
 が少ないので犯人もまる解り。何より、なんでこんな簡単なことを回りくどく書くのか
 !何せ、ダイニングメッセージをソシュール言語学で分析するなんて、笑ってしまうし
 かない。これは現代の(双方向の)「黒死館」であり、論理的整合性を求めても無駄・
 ・・と思っていたら、ラストのどんでん返しでいきなり物語は彼岸にワープしてしまう。
 こんなのありか、と思いつつ、ああそう言えば笠井は「ヴァンパイア戦争」の作者でも
 あったことを思い出してしまった。しかし、本書はアマゾンではほとんど書評はないが、
 ネット全体では絶賛の嵐、というより僕のような素直な批判がほとんどない。やっぱり、
 笠井は怖がられているだろうか?(たぶん、こんな分厚い本を読み通したら、褒めない
 と損な気がする?)これはもう、ミステリ界におけるソーカル事件(知の欺瞞)だ!と
 言ったら○○されてしまうだろうか?ううん、今後もシリーズを読み通していく気力が
 萎えてきたなあ。

●6309  遠まわりする雛  (ミステリ) 米澤穂信 (角川文) ☆☆☆★

 「古典部」前三作の長編?=四人の高校一年時代にまたがる短編集。アマゾン等々では
 本書が一番人気が高いんだけど、僕は(四作とも同じ星だけど)本書が一番低い評価。
 で、たぶんファンが求めているものと、僕が求めているものが違うんだなあと類推する。
 本書はたぶんキャラクター小説としては一番面白く(後半はついに・・・という展開)
 一方、ミステリとしては益々薄味になっている。まあ、「心あたりのあるものは」(ケ
 メルマンへのオマージュ)「あきましておめでとう」(フットレル)のような、マニア
 受けする作品もあることはあるが。本書は07年の作品で、07年と言えば米澤は既に
 「さよなら妖精」「犬はどこだ」の連発でブレイクしており、「ボトルネック」を上梓
 した年。「ボトルネック」はともかく、この後米澤はコンスタントに傑作を上梓するの
 だが、一方では「妖精」にあった瑞々しさが消え、何か意地悪でひねた部分が増えたと
 思っていた。で今回、そうか瑞々しさ(子供っぽさ)は、古典部シリーズで担保してい
 たんだと気づいた。納得。

 ●6310 日経時代小説時評 (書評) 縄田一男 (日経新) ☆☆☆☆

 日経の夕刊でおなじみの著者の書評は、何と92年から20年も続いているんだ。そ
 れが一冊にまとまった。正直歴史小説は少しは読んでいたが、時代小説(純然たるフ
 ィクションという意味で使っています)を読み出したのは、女流作家が大活躍し始め
 たこの数年に過ぎない。というわけで、90年以降の歴史を知る上でも、非常に貴重
 な読書であった。(もう一点、著者はなぜか僕よりずっと年上のイメージだったんだ
 けど、一つ上に過ぎないことに驚いてしまった)まず、90年代を迎えるにあたって
 著者の神であったのは、山田風太郎隆慶一郎であったことは文章から類推できるが
 このことだけでも、著者の好みがどういう方向性かが良く解る。そして、90年代の
 巨匠は「重耳」で大ブレイクした宮城谷であり、新鋭は隆の衣鉢を継ぐ安部龍太郎
 あった。そう言えばこのあたりは、「本の雑誌」でもよく話題になっていたが、当時
 はそれほど興味はなかった。(宮城谷は「太公望」しか読んでないので、いつか挑戦
 しなければならないだろう)92年にはあの池宮の「四十七人の刺客」が衝撃的に登
 場、時代小説にリアルを持ち込む。そして99年には何と佐伯泰英の文庫書下ろし第
 一作の「密命」が取り上げられている。さすがだ。(スペインに材を得たミステリー
 で知られる作者の初の時代小説、と紹介されているのがご愛嬌)そして02年には同
 時体験した荒山徹の「魔岩伝説」の登場。05年には加藤廣の「信長の棺」。このあ
 たりからは結構僕も著者の書評を意識するようになっていたはずなのだが、08年に
 富樫の「堂島物語」が大きく取り上げられていたのは、どうやら見過ごしたようだ。
 (僕が「堂島」を読んだのは鏡明のエッセイのせい)そして、実は著者が一番多く取
 り上げているのは、何と諸田玲子なのだ。そうか、僕が諸田を好きになったのは、実
 は著者の影響が大きいのかもしれない。それだけでなく、松井、宇江佐も良く取り上
 げられており、星の数ほどいる女流作家の僕の御三家は、たぶん著者のせいだったん
 だ。そうは言っても著者が多く取り上げてるのに、全く読んだことのない作者も多い。
 代表は、竹田真砂子と植松三十里だが、後者など存在も知らなかった。また著者は入
 れ込んでいるのだが、実際読むと僕とは合わなかった代表が、葉室隣と領家高子だろ
 うか。特に後者は文体が合わず、途中で投げ出したのを憶えている。以上長くなるの
 でこれでやめるが、やっと僕も体系的に時代小説を勉強することができた。しかし、
 このジャンルは裾野が広く、かつ奥深い。まだまだ地図は粗いものにすぎない。

 ●6311 怪 物 (ミステリ) 福田和代 (集英社) ☆☆☆

 著者は、ここ何年かコンスタントに年間ベストの10位代に入ってくるので気にはなっ
 ていたのだが、作品がパニックもの?、しかも必ず評価に、面白いけど人間が描けてい
 ないという常套句がつきまとい、イマイチ手が出なかった。しかし、本書はそんな著者
 が一皮剥けたと評価され、版元も力を入れて宣伝しており、図書館の予約数は多かった
 のだが我慢してやっと入手した。で、結論から言うと一皮剥けてるかは過去の作品を読
 んでないので解らないけど、本書も人間は描けていません。あしからず。まあ、努力は
 解るんだけど、この何となく「OUT」を思わせる不条理なミステリを描くには、桐野
 がブレイクしたような、文体・スタイルの進化が必須。あっという間に読み終えたが(
 何と一時間で読めた)読みやすいというより、スカスカの印象。例えば失踪した橋爪と
 いう被害者は、真面目な営業マンでありながら、過去に詐欺事件を繰り返し、堅物であ
 りながら金のことしか考えていない、と描写されるが、その矛盾は何の工夫もなくその
 まま投げ出され、とても一人の人間としてイメージが立ち上がってこないのだ。ただの
 記号。そんなわけだから、そもそも「死の匂いを嗅ぐことの出来る刑事」という、オカ
 ルトのような無茶な設定を、説得力を持って描くことはとても無理。従って、後半のオ
 フビートな展開は、最早ファンタジーのジャンル。アイディア自体は悪くないのだから、
 もっとプロットを練って描きこめば、ある程度の傑作にはなったと思うのだが、残念な
 がら力不足。

 ●6312 人間の尊厳と八〇〇メートル (ミステリ) 深水黎一郎 (創元社) ☆☆☆

 これまた評判の短編集で、表題作は推理作家協会賞を受賞したとのこと。しかし、この
 変な題名のミステリは、名前以上に変な作品であり、何でそこまで評価が高いのかさっ
 ぱり解らない。こんなスノッブな作品、読んでいて嫌になる。オチも解ったような解ら
 ないような、微妙な出来。確かに衝撃的ではあるが。で、次の「北欧二題」を読み出し
 て、思い出した。「花窗玻璃」のときもそうだったが、著者は表意文字の美しさ、うん
 ぬんの屁理屈で、カタカナを使わず、文章を全部漢字+ルビで書くときがあるのだ。そ
 れも、今回もまた欧州が舞台の作品を確信犯として選んでるので、漢字+ルビだらけで
 とても読めたものじゃない。もう、絶対この作者には手を出すまい。

●6313 凍 原 (ミステリ) 桜木紫乃 (小学館) ☆☆☆

 昨年「硝子の葦」、今年「ラブレス」と頭角を現してきた著者。今まではあんまりなペ
 ンネームに興味が持てずいたが、さすがにもう無視はできない。とはいえ、先の二作は
 予約が満杯なので、旧作を見つけて読み出した。釧路を舞台にした女性刑事もので、弟
 を湿原で失い家庭が崩壊していくヒロインの過去と現在の殺人事件に、戦後すぐの樺太
 での逃避行という三つの視点から物語りは進む。文章はなかなか達者で、読ませるのだ
 が、そのうちあまりにも全てが古臭く感じてくる。これでは清張の時代ではないか。(
 物語が逆「砂の器」であることも途中で解ってくる)また、全体のバランスを考えると、
 樺太の挿話はもっと量を減らすべきだろう。否、無くてもいいくらいだ。(ここが「砂
 の器」のあの部分なのだから)結局ミステリ的には見るべきものはそれほどなく、何よ
 りも敢えて書かないが(読んだ人は必ず解るだろうが)不自然なまでのある種の下品さ
 が、湊かなえ的に生理的に嫌になってしまった。これをリアリズムと言われると困って
 しまう。というわけで、習作としては著者の可能性と限界を、双方垣間見せてくれる微
 妙な出来の作品。(たぶん、著者はミステリとは少し距離をとるべきだと思う)

 ●6314 11文字の殺人 (ミステリ) 東野圭吾 (光文文) ☆☆★

 これはいくらなんでもダメ。一応、ミステリとして体裁は整っており、意外な結末もあ
 るけれど、ファンとしてはその志の低さに嫌になってしまう。たぶん、当時は綾辻のデ
 ビュー等々もあって方向性に悩んでいたんだろうなあ、とは思うけどねえ。まずは、若
 書き文体のせいもあって、ヒロインの探偵としての行動に全く説得力がない。で、意外
 な犯人だが、これまた偶然すぎて嫌になる上に、これが最大の欠点だが、動機が全く理
 解できない。結局、ある設定(クルーザーが遭難し、無人島で起きた殺人)の中で意外
 な犯人を考えたら、結局いろんなところで辻褄が合わなくなってきたのだが、面倒だか
 ら、そのままポイ投げ、という感じ。ちょっと、東野読破計画も考え直したくなってき
 た。実際、図書館では今度は「変身」を見つけたんだけど、粗筋読む限りは触手が動か
 ないなあ。

 ●6315 ふたりの距離の概算  (ミステリ) 米澤穂信 (角川書) ☆☆☆☆

 「遠まわりする雛」で高校一年を総括した「古典部シリーズ」第五作は、当然高校二年
 がテーマとなり、お約束の新入生、大日向が中心の物語。さすがに10年の作品だけあ
 って、文章は格段にうまくなり、プロットにも工夫が見え、ライノベとは一線を隔する
 出来と感じたら、予想通りアマゾンでは逆に評判が悪い。シリーズ最低の出来、とか書
 いているのも多い。今の作者は本当につらいものだなあ。残念ながらミステリとしての
 華は無いのだが、逆にこの程度の謎でよくぞここまで書いてくれた、と言うとあまりに
 も自虐的か。結構論理が乱暴な部分もあったりして、合格とは言いがたいのだけれど、
 このところちょっとあんまりな作品が続いていたので、やや甘めの採点。ああ、でもこ
 れで米澤の作品は、全部読んでしまったのかな?そういえば、まだノンシリーズの短編
 集は上梓されていないよね。