2011年 10月に読んだ本
●6267 謙信の軍配者 (歴史小説) 富樫倫太郎 (光文社) ☆☆☆☆★
軍配者三部作、ここに完結。アマゾン等々では本書の評価が低いのだが、どうやらそれ
は謙信のキャラクターへの不満と軍配者冬之助が活躍しない点にありそうだ。しかしそ
れはどちらも本質をはずしていると思う。謙信は戦こそ天才であるが、政治・社会的に
はわがままな(そして純粋な)子供として描かれ、決して颯爽とはせず、いつもうじう
じ悩んでいる。しかし、これまで大阪商人の欲望と論理を、具体的かつ徹底的に描いて
きた富樫にとって、本当に義だけのために戦ってしまう謙信は、まわりからしたらとん
でもない奴と描くのは必然であったろうし、僕はそれは成功していると思う。(別に謙
信に思い入れがないので)また、小太郎や四郎佐に比べて冬之助が活躍できないのは、
謙信自身が軍配者などを超越した天才であるから仕方がない。しかし、後半においては
孤独な謙信の唯一の理解者として存在感を見せるし、暗黙知の天才謙信に軍配者の論理
を教えるシーンなども非常に良く出来ている。その結果、最後の川中島の決戦の軍略的
な理由が素人にも良く解るようになっている。足利学校=ハリーポッターから始まった
三部作の中心は結局山本勘助であった。したがって、クライマックスは川中島であり、
勘助の首を甲州に持ち帰り、更には小太郎の最期にも立ち会うことの出来た冬之助のラ
ストのつぶやきがいい。最初早雲を読んだときは「堂島物語」との相似に鼻白んだが、
著者は三冊を書き終えることで、自らのひとつのフォーミュラーの総決算を成し遂げた
のではないだろうか。(ただし、残念ながら本シリーズは、早雲、信玄、謙信と順番に
読まないと、本当の面白さは理解できない)さて、次は著者の伝奇小説や暗黒小説まで
手を出すかどうかだな。
●6268 天の前庭 (ミステリ) ほしおさなえ (創元社) ☆☆☆★
「へびいちご」に続く05年の第2作。冒頭、本書においてもパラレルワールドがテー
マとなっており、その執着というか一貫性?に驚くと同時に「クウォンタム・ファミリ
ー」を強く想起してしまう。下世話ではなく、東とほしおの夫婦の創作における関係は
どうなってるんだろうか?とつい考えてしまう。しかし、本書は「へびいちご」とは違
って、サブカル、SFガジェットがこれでもか、と詰め込んである。新宗教テロ、関西
大震災、パラレルワールド、ドッペルゲンガー、タイムスリップ、等々。しかし、結局
最後まで広げに広げた物語は、収斂されない。たぶん複数の世界、物語が相互乗り入れ
してるんだろうが、結局最後までそのままである。だのに、不思議なことに腹が立たな
い。本来なら僕が一番嫌うパターンなのに、本書は最後まで結構楽しく読んでしまった。
なぜなんだろうか?
●6269 雷 桜 (時代小説) 宇江佐真理 (角川文) ☆☆☆☆☆
なにかひさびさに小説を読んで素直に感動した。何度も書いたが宇江佐真理はうまい作
家だが、ストーリーが少し弱いとずっと思ってきた。(典型が「夕映え」)著者の得意
は江戸の下町人情物語。それが、まさかこんな小説を描くとは想像できなかった。生ま
れてすぐに何者かにさらわれ、15歳になって突然山から降りてきた狼娘遊と、後に紀
州藩主となる斉道の、凝縮された一瞬、かつ刻印された永遠の愛の物語。こんな無茶な
設定を作者は丁寧に伏線を重ねることで、違和感なく美しく濃く紡いでいく。何とシン
プルで力強く美しい小説だろう。しかし、背景は単純ではなく、いや複雑といえるほど
工夫が凝らされている。正に一瞬の美のために全てを奉仕させた奇跡の小説だ。小説を
読んでいる途中で、遊は正に蒼井優しか考えられなくなり、DVDを借りてこようと思
ったのだが、ネットでは大不評。しかも、ストーリーが改悪されているとのこと。(何
せ榎戸が最後に切腹するというんだから、一体何のこと?という感じ)これは物語と蒼
井優のスチールだけで我慢しておこう。この小説のテーマは「思い出」なのだから。
●6270 くちぬい (ホラー) 坂東眞砂子 (集英社) ☆☆☆
さすがはあの「猫事件?」の坂東である。ついに、福島原発事故の放射能を怖れて、東
京を脱出し高知の田舎に移住した夫婦の物語、が誕生した。坂東の原点である死国高知。
そして、物語はどうやら一番怖いのは人間、という「黒い家」パターンのホラーのよう
だ。しかし、残念ながら全てにおいて中途半端だ。書下ろしということだが、出版を急
いだのか描き込みがまずは足りない。そして、結局描きたかった人間の恐怖とは、すべ
てに開き直った田舎の老人たちの恐怖なのか、一見普通でありながらその裏に徹底した
エゴイズムを隠し持ち、結局崩壊していく都会人の家庭の恐怖なのか、良く解らない。
はっきりしているのは、せっかくの高知という舞台が、別に生かされていないことだろ
う。なんともコクのない物語である。
●6271 特捜部Q 檻の中の女
(ミステリ)ユッシ・エーズラ・オールスン(HPM)☆☆☆☆
ブームの北欧ミステリだが、今回はデンマーク。評判通りの傑作だが、「ミレニアム」
(特に第一部)の世界を、何と「ケイゾク」のスタイルで描いた?作品。世の中では、
デンマーク版「相棒」と言われているようだが、これは「ケイゾク」でしょう。特捜部
Qの地下の部屋なんか、そのまんま。カールが真山で、アサドが柴田?というところだ
ろうか。正直、本書の最後の意外な結末は好みではない。これならヒロインを政治家に
する必要はない。しかし、本書の魅力の多くは、脇役アサドの存在によっている。カー
ルはひねたボッシュみたいだが、アサドの造型は新しい。彼の正体を知るためにも次作
が読みたくなってしまう。
●6272 闇の喇叭 (ミステリ) 有栖川有栖 (理論社) ☆☆☆★
●6273 真夜中の探偵 (ミステリ) 有栖川有栖 (講談社) ☆☆☆★
ある理由で「闇の喇叭」を読んでいなかったのだが、著者から「真夜中の探偵」が贈ら
れてきたら、「闇の喇叭」の続編とのことで、あわてて両方読み始めた。一読、歴史改
変ミステリだ。オルターネイティブ・ヒストリー。広島、長崎に続いて京都にも原爆が
落ち、北海道はロシアに占拠され独立し日本と対峙しているもうひとつの日本。未だ全
体主義の影が色濃く残り、そしてなぜか探偵が罪とされている日本。ここが、かなり微
妙。もともとはYAだった作品に、なぜこんな濃い色をつけたのか。どちらの作品にも、
かなり大掛かりなトリックが使われているのに、こんな背景設定をする必要があったの
か。(うがった見方だと、リアルワールドにはちょっと無茶なトリックと言えないこと
は無いが)学生時代の著者のポリティカルな傾向を少し知ってるだけに(確か、世界で
共産主義を実現できるのは日本民族だけ、と良く言っていた)彼が「ガラスの村」を描
こうとしたなら解らないでもないが、やはり王道を進んで欲しい気がする。いくつかの
書評では、後期クイーン問題が取り上げられているが、僕は今のところ「十日間の不思
議」より「ガラスの村」だと感じるのだが。いや、題名からすると「黙示録」か。
●6274 ウエザ・リポート 笑顔千両 (エッセイ)宇江佐真理(文春文)☆☆☆★
このペンネームでデビューしたときから、エッセイの題名はこれに決めていたそうだ。
しかし、内容はそんな計算高さや作品の江戸情緒とは真逆の、函館の夫が大工で息子が
野球部のおばちゃんの話なのだ。びっくり。しかし、読了してどこまで本当で、どこか
ら演技なのか、本当にわからない。いや、全部本当な気がしてしまう。しかし、あの情
緒溢るる流麗な文体が、猟師町の台所のテーブルから生まれたとは・・・亡き杉浦日向
子へ愛着のみが、江戸情緒を思わせる。あ、それから彼女のデビュー作(髪結い伊三次
捕物余話第一作)が「幻の声」で、次が「暁の雲」なのは、何と著者がアイリッシュの
大ファンだからとのこと。(もちろん「幻の女」と「暁の死線」)いやあ、著者のスタ
イルからアイリッシュは全然想像できなかった。あ、そういえば「黒く塗れ」や「雨を
見たか」「おうねすてぃ」と、ロック大好き(イアン・ランキン大好き?)なのかとは
思っていたのだが、全然それらしき記述はない。
●6275 アバタールチューナーⅣ (SF) 五代ゆう (早川文) ☆☆☆☆
いやあ、面白い。Ⅰ、Ⅱ、で張っておいた伏線を、ⅢでSF的に回収し、それを発展さ
せたのが本書。これほど複雑な世界設定を、説明的な文章なしで理解させてしまう五代
のストーリーテリングに脱帽だ。そして、著者はあとがきでこう書く。「今思えばジャ
ンクヤードは、彼らのゆりかごだったのだ。ジャンクヤードでの戦いの日々が、実はど
んなに穏やかな、守られたものであったか」正にその通り。よく、こんな地獄を考え出
したものだ。「真夜中の戦士」の地獄の戦いが、楽園に見えてしまう恐るべき世界設定。
そして、何となく感じるのは「天冥の標」と本書の類似性だ。何より素晴らしいのは前
作の内容を憶えているうちに次作がちゃんと上梓されること。小川一水はもう少しペー
スを上げてほしい。そして、次回が最終巻。年内に完結すれば、本シリーズは年間ベス
トの有力候補となるだろう。(まあ、「ジェノサイド」をSFと見なせば、当然年間ベ
ストは決まりなのだが・・・)
●6276 世界を変えた10冊 (社会学) 池上 彰 (文春社) ☆☆☆★
正直、今年は池上のTVをかなり観て、(さすがに最近はインパクトが弱いが)その論
理性と反骨精神に感心した。そして、本書。敢えて書評ではなく社会学としたが、10
冊のチョイスに文句はないし、その独特のTV的なインタラクティブな文体も解るのだ
が、TVのようには感動できないのはなぜだろうか。内容的には、「アンネ」の評価は
それこそ村上春樹的に骨があるし、マルクス、ケインズ、そしてフリードマンと並べる
のも良く出来ていると思う。(正にフリードマンの項は懐かしく読み返した。学生時代
「選択の自由」は僕のバイブルであった)一方、宗教や自然科学(ダーウィンとカーソ
ン)あたりは物足りない。しかし、本質的に本とTVは違うのだと思う。TVの名解説
者がライターとしても素晴らしいとは限らないのだろう。雑誌や新聞はTVに近くても
本の語り口は、結局何か違う。それにしても、本書のアマゾンの書評はたった四件であ
る。池上の人気が衰えてるのか、結局池上本を買う人は、ノウハウ本と思っているのか。
●6277 二流小説家 (ミステリ) デヴィッド・ゴードン (HPM) ☆☆☆☆
良かった。やっと今年もベストに押してもいい海外ミステリと出会えた。しかし、結局
ジャンルの衰弱は覆い隠すことは出来ようもなく、本書も主流・王道とはほど遠い作品。
ただし本書は風変わりでオフビートな作品ではあるが、とにかくミステリ・センスが光
る。主人公ハリーは二流作家として、色んなペンネームでポルノ、SF、ミステリ、ホ
ラーと書き飛ばすのだが、それぞれの作品の一部がパッチワークのように本作に挿入さ
れていて、まるでヴォネガットの小説における、キルゴア・トラウトの作中作のような
奇妙な効果をあげている。さらに素晴らしいのは人物造型。特に脇役陣のキャラがそれ
ぞれ立っていて、中でもハリーのビジネスパートナー?の女子高生クレアが最高。ミス
テリ的な解決としては、どんでん返しの連続だけど、無茶なトリックもあれば、お約束
の定型もあり、更にはラストはちょっと解りにくくて、残念ながら無条件で大傑作とは
言えないんだけど。(結局この小説自体がトリック?)
●6278 桜花を見た (時代小説) 宇江佐真理 (文春文) ☆☆☆☆★
著者のノンシリーズの最初の作品集で、全て実在の人物を材にとっているのだが、いく
らデビューが遅かったからとは言え、最初からこのレベル!と驚愕してしまう文章の素
晴らしさ。特に冒頭の遠山景元(金さん)の隠し子を描いた表題作は、文章だけでなく
時代小説短編として完璧の出来。素晴らしいとしか言いようがない。次に読んだのが三
作目の「酔いもせず」で、あの杉浦日向子の「百日紅」をモチーフにした、北斎とお栄
親子の物語とのことで、期待したのだがこれは杉浦の勝ち。(結局、図書館で「百日紅」
を借りてきて再読。やっぱ素晴らしいのだが、本書とは微妙に人間関係が違うのが気に
なった)その前日譚としての「別れ雲」も良い出来ではあるが、ラストがあんまり、と
いうか興醒めだろうと感じて、まあ☆四つかなと思っていたら、「夷酋列像」にぶっ飛
んでしまった。これまた大傑作。松前藩の家老兼画家であった蠣崎波響の物語。何と言
う苛烈でありながら穏やかな生き様だろうか。思わず、WEBで「夷酋列像」の画像を
観てしまい、更に感動。こんな人物に関して僕は何も知らなかったのだ。反省。
●6279 11 eleven (ホラー) 津原泰水 (河出新) ☆☆☆☆
評判通りの超絶技巧を凝らした短編集。「バレエ・メカニック」は冒頭で挫折してしま
ったが、本書は素晴らしい。残念ながら「延長コード」と「土の枕」は既読だったが、
冒頭のくだんを描いた「五色の舟」の端正なグロテスクに衝撃を受け(ストーリーの予
想はついたが)、たった9ページの「追ってくる少年」の濃密な物語に驚愕した。凄す
ぎる。(後で小林の「玩具修理者」との類似に気づいたが。それから妻のオフビートな
描写は「夏と花火と私の死体」を思い起こした)やっぱり「ジェノサイド」はミステリ
に回して、今年のSF・ホラーのベストは本書にしようか、と思ったのだが、その後は
「微笑面・改」「琥珀みがき」と悪くはないが、あまりにもバラエティーに富んでいて、
正直良く理解できない作品もあって、この評価に止まった。
●6280 水底フェスタ (小説) 辻村深月 (文春社) ☆☆☆☆
各種書評では、著者の新境地(どうやら大人を描いたということらしい)と絶賛の嵐だ
が、ネットでは賛否両論分かれている。そして、読了して何となく理由はわかる。この
小説を恋愛小説と読むなら(帯のコピーは「辻村深月が描く一生に一度の恋」これって
「100%の恋愛小説」並に恥ずかしい)その構成は映画「卒業」である。広海がベン
なら、由貴美がロビンソン夫人。しかし、魔性の女たる由貴美が結構弱くて哀しい女性
であり、一方優等生の広海は見ようによっては鼻持ちならない自意識野郎にも見える。
だから、この恋は見る角度を変えると悲劇が喜劇に変わってしまう。しかし、たぶん本
書の本質は(作者はどう考えようと)そこには無いと僕は思う。この小説の本質は、未
だこの国に色濃く残る、いや染み付いている(表面からはなかなか見えないが)ムラ社
会の閉塞感とおぞましい権力の構造だ。著者は僕と同じく田舎育ちなのだろう。そのリ
アルな非日常性の恐怖。僕は本書を恋愛小説ではなく、ホラーとして読んだ。そして、
後半急激に日常が非日常に犯され始め、世界のネガとポジが入れ替わり、隠されていた
おぞましきものたちが次々と姿を現わし腐臭を放ち始め、本当に怖かったのである。暖
かく、穏やかで、愛おしい存在が、次々と腐り落ちてゆく恐怖。正に二人はゆりかごか
ら、ゾンビたちが蠢く地獄に一瞬で投げ出されたのだ。(ホラーにとっては最終章はい
らなかったと思う)
●6281 憂き世店 松前藩士物語 (時代小説) 宇江佐真理(朝日文)☆☆☆★
「夷酋列像」で描かれた蠣崎波響が、国替にあった松前藩の複領運動資金のため絵を描
き続けていた頃、リストラされた江戸詰めの藩士たちは浪人に落ちぶれていた。その元
藩士夫婦の江戸長屋での暮らしを描いた物語は、いわば著者の故郷松前と得意の江戸人
情噺を連結したもの。しかし、そうすれば二倍美味しいかと言うとやや微妙。ラストの
盛り上がりと無常感は素晴らしいが、中盤までの物語がやはり弱いのである。特に冒頭
夫の総八郎を江戸まで追いかけてきた妻のなみが、偶然浅草で夫と出会うシーンは著者
の弱点を良く示してると感じた。個人的には、こんな大事なシーンを偶然(熱意?)の
せいにしてしまうと、どうにもしらけてしまう。関係ない話だが解説における「夷酋列
像」の解釈は、著者の解釈と全く違っており、前作を読んだのかよ!と言いたくなった。
●6282 機龍警察 自爆条項 (ミステリ) 月村了衛 (早川書) ☆☆☆☆
前作は何か良く出来たイントロを読まされたような感じだったが、今回は太い物語であ
る。何か冒険小説の元気がない国内ミステリおいて、物足りない点もまだあるが、ひさ
びさの力作である。物語のスケールの大きさと世界の書き込みの厚さ。更には警察組織
内の駆け引き、大きな敵とのチェスゲームに挑む沖津と特捜部のメンバーたち。前作は
姿の物語だったが、今回はライザの物語である。このあたりの構成は貫井の症候群三部
作と良く似ているのだが、スケールとリアリティーが桁違いである。ただし、文句もあ
る。元アイルランド・テロリストだったライザの物語が異常に大きくなってしまい、バ
ランスが悪いし(回想シーンに更に回想シーンが重なる)何より物語があまりに類型的
なのだ。ラストは容易に予想がつく。その他に、中国やアイルランドが絡んできて、話
が拡がりすぎてしまい、イマイチ解りにくい。そして、結局この物語に機龍=パワード
スーツは必要ないと感じてしまうのだが・・・
●6283 三悪人 (時代小説) 田牧大和 (講談社) ☆☆☆★
評判の作品と思っていたら、アマゾンには書評が一つしかない。遠山金四郎、鳥居耀蔵、
水野忠邦の知恵比べを描いた作品とのことだったが、確かに勢いはある。一つの文章ご
とに改行するという文体で(これを使いこなせるのは夢枕獏くらい)小説自体も薄いの
で、結局勢いとスピード感はあっても、何かうまく腹に落ちず、何でこんな面倒なこと
をやっているのか、途中で解らなくなる。ただ、ラストに驚きは待っているし、確かに
鳥居耀蔵の描き方が今までとは全く違っていて魅力的ではある。続編を読むべきか、ち
ょっと微妙な出来。
●6284 人生教習所 (小説) 垣根涼介 (中公社) ☆☆☆★
題名を見て、鶴田浩二が仮免試験をとってるイメージが沸いてしまい吹き出したが、「
月は怒らない」に続いて垣根は変な小説を描くなあ。とは言っても、小笠原を舞台にし
た自己開発セミナーの物語なので、テーストは「君たちに明日はない」にかなり近い。
従って、垣根の筆力なので(ちょっと小笠原の自然描写や歴史がしつこいが)一気に読
ませる。そして感じるのは、最近桐野の作品にコミューンを扱ったものが多いので、印
象がかぶること。しかし、桐野の登場人物は必ず壊れてしまうのに、本書は再生の物語
であり、少し甘く感じてしまうのも確か。
●6285 流されて (小説) 小林信彦 (文春社) ☆☆☆★
「東京少年」「日本橋バビロン」に次ぐ本書で、自伝的小説三部作が完結。小林の祖父
を描いた小説でもある。エンターテインメントの虚構を極めた小林が、晩年たどりつい
たのが、私小説から重みをとっぱらった本書のような作品。「うらなり」もその仲間か
な。正直、対象が小林本人から少し離れたので、「日本橋バビロン」より淡い雰囲気な
のだが、いつの間にか読まされる。小林ももはや78歳。少なくとも小説としては筒井
より劣化を免れていると感じるが、時代の終わりを予感させることも間違いない。
●6286 信長発見 (歴史) 秋山駿 (朝日文) ☆☆☆☆
今から思えば秋山駿が「信長」を上梓したのが、今に繋がるブーム?のひとつのエポッ
クだったと思う。(もちろん、最大のきっかけは「下天は夢か」だろうが)プルターク
英雄伝を手本に、ナポレオンやシーザーと信長を比較するペダンティズム溢れた「信長」
は、ちょっと素直に楽しめない部分もあったが、やはり画期的だったと思う。その「信
長」が上梓された頃の、中野孝次、石原新太郎、津本陽、宮城野昌光、ら錚々たる面々
との対談と当時の秋山のエッセイをまとめたのが本書である。何で突然そんな本を読み
出したのかと言えば、杉浦日向子の「百日紅」が朝日文庫で、その巻末に本書が紹介さ
れていて、しかも図書館ですぐに手に入ったので読み出したのだ。今更ながら信長の天
才にはあきれるしかないのだが、今回は宮城野が「天下布武」の武は「武王」の武、す
なわち戦をやめる(矛を収める)という意味だ、というのには驚いた。そうだったのか。