2011年 9月に読んだ本
●6240 本棚探偵の生還 (エッセイ) 喜国雅彦 (双葉書) ☆☆☆☆
ひさびさの本棚探偵、第三作。ネットでは、古書に対する情熱が劣化している、と叩かれ
ているが、もともとこっちは古書に対する情熱は全く無いので(というか、本を所有する
ことに興味が無い)全然大丈夫。個人的には、冒険がベストではあるが、回想より本書の
方が面白かった。何より、冒頭での本書の題名を「生還」にするか「帰還」にするか、の
やり取りが大爆笑。何せ、僕自身が本書を予約するとき、どっちだったか解らなくなって
調べなおしたくらいだから。ちなみに、「ホームズの生還」が創元文庫で「ホームズの帰
還」が新潮文庫。ここから創元対新潮の戦いが始まる・・・なんて、マニア以外はあきれ
るだけだろうなあ。だから、面白いんだけど。ただ、本人が一番乗っている古本マラソン
は僕にはちっとも面白くない。
●6241 ダイナミックフィギュア (SF) 三島浩司 (早川J) ☆☆☆
困った作品である。田中啓文の文体で描いたエヴァンゲリオンに、第9地区のテーストを
まぶした、といっても意味不明だろうが、ようは上巻で展開される複雑なシチュエイショ
ンは、とんでもなく魅力的なのである。しかし、広げに広げた物語や伏線を回収し、あま
りにも多い登場人物の群像劇を描ききるには、決定的に力不足。その結果、物語は下巻に
はいって迷走し、ラストなど結局エヴァのコピーに堕している。(ように僕は感じた)設
定が素晴らしいだけに、誰か筆力のある作家がリメイクしてくれないだろうか。
●6242 青年のための読書クラブ (ミステリ) 桜庭一樹 (新潮社) ☆☆☆★
「赤朽葉家」で著者に注目したが、直木賞受賞の「私の男」はどうにも皮膚感覚的に合わ
なかった。受賞後起こったブームもすぐに一段落し、図書館で著書も見かけるようになっ
てきたのだが、たまたま美本を見つけてしまい、つい読み出した。題名から解るように、
コテコテの女子高モノである。正直、これまた皮膚感覚的に合わないのだが、コンパクト
な長さとテンポの良さが救い。特に第二話の「聖女マリアナ消失事件」が大河物語+意外
な犯人ミステリとして、面白かった。ひょっとしたら、この作品をメインにして長編に仕
立てたほうが良かったかもしれない。ある書評では本書を「1999年の夏休み」と「桜
の園」に例えていたが、僕は「1999年」は大好きなんだけど、「桜の園」は退屈だっ
たんだよね。なぜなんだろうか。(まさか、深津絵里のせいじゃないよね)
●6243 分 身 (ミステリ) 東野圭吾 (集英文) ☆☆☆★
これまた、文庫なのに美本を図書館で見つけた。(ボロボロの本が結構あるんだよね)こ
の頃の東野は漢字二文字ノベルスを量産?していて、どうにも内容がイメージできず手が
出なかった。今、調べたら僕が東野作品をコンスタントに読み出したのは「秘密」以降で
ある。で、粗筋を読めばすぐ解ってしまうが、本書は医学ミステリである。科学、特に医
学ミステリは難しい。技術がどんどん進化してしまう。本書は94年の作品。その当時の
状況はどうだったのか知らないが、今から読めば瓜二つの女性が存在する医学トリックは
すぐ思いついてしまう。もちろん、東野は二人をカットバックで描き、印象的なラストシ
ーンまでひっぱり、そのリーダービリティーは素晴らしい。しかし、実は僕はこのトリッ
クはもう一歩先まであると思ったら、その手前で終わってしまった。この内容ならちょっ
と思い出せないが、日本作家に前例があったような気がする。(調べたらたぶん本岡類の
「羊ゲーム」で、「分身」の方が速い。すまん)マイケル・マーシャル・スミスのあの作
品が翻訳されたのが97年。(本国でいつ上梓されたのかは解らなかったが、たぶん速く
ても95年)というわけで、そこまで行っていたら本書は今はやりの世界初の○○○○ミ
ステリになっていたのに。残念。(ちなみに、最近はカズオ・イシグロがこのネタを使っ
ている)
●6244 開かせていただき光栄です (ミステリ) 皆川博子 (早川書) ☆☆☆
世の中の評価と個人の好みがずれることは良くある話だが、皆川は僕にとって典型であり
鬼門。超ベテランで世評も非常に高いのに、「死の泉」に続いて本書も文体が合わず、全
然感情移入できなかった。もっとも、今回はテーマが解剖学であり、それだけでも嫌なの
に、珍しく皆川が戯作調で描いていて、のれなかった。あ、それから話は18世紀のロン
ドンが舞台で、正直登場人物の名前がなかなか覚えられなかったのも辛い。
●6245 アバタールチューナーⅠ (SF) 五代ゆう (早川文) ☆☆☆☆
●6246 アバタールチューナーⅡ (SF) 五代ゆう (早川文) ☆☆☆☆
どうやら「女神転生」というRPGゲームの小説版らしいが、普通なら僕とは全く関係な
いジャンル。ところが作者が五代ゆう、で早川文庫からの上梓、更には大森の絶賛つき、
となると無視はできない。冒頭のシチュエイションは永井豪の傑作「真夜中の戦士」であ
り、たぶん全体の構成(世界の成り立ち)は「百億、千億」だろう。怪物たちは「デビル
マン」であり、「僕の地球を守って」のテーストもある。で、メンバー構成は「ガッチャ
マン」に相似。なんだけど、やっぱり五代は五代。なかなか読ませる。Ⅴで完結らしいの
で、しばらくつきあいたいと思う。
●6247 アバタールチューナーⅢ (SF) 五代ゆう (早川文) ☆☆☆☆
そうか、こうきたか。ジャンクヤードの正体はある程度予想はついたが、やはり凄い。「
らせん」「フェッセンデンの宇宙」「百億、千億」さまざまな作品を思わせるが、とにか
くSFマインドがゲームマインドを完全に凌駕し、爆発。あ、鴻上の戯曲、例えば「モダ
ンホラー」のキャラクターの二重性も想起した。しかも、キュビエ症候群なる疫病は、モ
デルこそバラードの「結晶世界」だが、僕には「天冥の標」の冥王斑に重なった。そして
量子コンピューターに閉じ込められたサラの姿は、まるで「ゴルディアスの結び目」だ。
ラストのサラの「助けなくちゃ・・・」のセリフは、Ⅰ、Ⅱ、を読んだ人間には、心の奥
の底のほうからとんでもない恐怖を呼び起こす。ピュアで無垢だからこそ恐ろしいアリス
のワンダーランド。
●6248 卒 業 (ミステリ) 東野圭吾 (講談文) ☆☆☆
これは図書館ではなくて、嫁さんが「容疑者X」「新参者」に続いて買ってきた本。どう
やら帯の「加賀恭一郎最初の事件」というのに惹かれたみたいだが、読み出すと会話が臭
くって笑えて読めなかった、と僕に返品。まあ、古い作品であり、確かに文章は妙に力が
入って気取っていて、昭和三十年代のテーストではある。若書きといわれてもしょうがな
いでき。僕は「放課後」「同級生」「学生街の殺人」はきちんと読んだ記憶があるのだが
本書は、読んだか読まなかったか曖昧で、恐ろしいことに読了してもそれは変わらない。
まあ、加賀の学生時代の物語だが(既に父との確執が描かれているのには驚いたが)、さ
すがに推理研ではないが、大学生活に殺人を持ち込むと、必ず動機やトリックに説得力が
なくなってしまう。本書もその典型。で結局東野は学園ミステリ作家というレッテルから
抜け出すために、悪戦苦闘することになるわけである。
●6249 オレンジの陽の向こうに(ファンタジー)ほしおさなえ(創元社)☆☆☆☆
その気の利いた題名と作者名に惹かれて「へびいちごサナトリウム」を読んだのは、何年
前だったろうか。しかし、その詩的な文体には感心したが、肝心の話の内容が中途半端で
がっかりしたような記憶がある。そして、そのまま、になるはずだったのが、後からほし
おは、あの小鷹信光の娘だという情報が入った。ミスターハードボイルドの娘にしてはタ
イプの違う作品を書くものだ、と驚いたが、本当の驚きは更に後にやってきた。なんとほ
しおはあの東浩紀の嫁だというのだ。これは本当に驚いた。で、誰かが褒めていた本書を
図書館に予約してやっと入手した。しかし、その頃には本書は幽霊モノである、という情
報が入っており、おいおい今更「ゴースト」じゃないだろう、と思ったのだが、読む本が
なくなりしぶしぶ読み出した。相変らず文体は良い。物語りも「ゴースト」というより「
6センス」か。いや、実は最近の本だとあの「完全なる首長竜の日」が良く似たテースト
だ。ただそれより、なんとなく、ほんわりと哀しい。南の島の部分は、星野之宣の沖縄モ
ノのようなテーストもある。しかし、この適当な死後の世界、いったいどう説明つけるの
?と思っていたら、見事にきっちり説明されて驚くと同時に、この作品のほんわかとした
生物学テーストの裏に、きちっとした量子力学や情報理論の構造が隠されていることに今
更気づいたのだ。想像だが、生物学=ほしお、であり、量子力学=東、なのだと思う。パ
ラレルワールドは、クウォンタムファミリーに繋がっている。マンガのような死の世界は、
実は情報科学のネットワーク理論で説明され、そして「お引越し」とは、宇宙創成、ビッ
グバン、インフレーション宇宙(対称性の破れ?)のことなんだろう。もっとも、本書に
は科学用語はほとんど出てこないのだが。残念なのは、これだけの大ネタを処理するのに
手間取ったのか、ラストが必要以上に長くなってしまっている点。ここをコンパクトにう
まく処理できていたなら、大傑作になっていただろう。そうは言っても「へびいちご」と
は全く違う、ジャンル分け不能の太い作品だ。ほしおを見直さなければならない。
●6250 恩 寵 (ファンタジー) ほしおさなえ (角川書) ☆☆☆☆
「オレンジ」より前の作品だが、こちらの方がほしおの本質なのかもしれない。正に植物
園を舞台とした生物学小説?であり、ひとつの井戸を巡って、現在の風里、過去の葉の二
人の女性が交互に物語り、最終的には親子三代に渡っていろんな人々が、つたのように絡
まりあい、さまざまな愛と彷徨の軌跡を紡いでいく。そして、いつの間にか偶然が必然に
絡み獲られていく。ひりひりしながも、ふんわりと愛おしい。まさに恩寵。梨木香歩にも
つながるテーストではあるが、何となく生きていく勇気を、少しだけおすそ分けしてもら
った気分になれる物語だ。ただ内容に関しては、まったく要約が不可能で困ってしまう。
●6251 パラドックス13 (SF) 東野圭吾 (毎日新) ☆☆☆
確かに、ポツポツと東野の本が図書館で目に付くようになってきた。未読の作品は読んで
行こうと思う。本書は発売当初から、東野版漂流教室と言われていた作品。確かに11人
の人間が突然誰もいない世界に取り残される、という設定は「漂流教室」と比較したくな
るが、そもそもこういうことが起きる原因「P-13現象」というのが、トンデモ理論で
「エッジ」や「フラッシュフォワード」のテーストがする。驚いたのは、そのP-13現
象の原因が明かされずに330ページまで引っ張られること。実は「オレンジ」を読んで
いたこともあって、その答えはすぐにわかってしまった。いや読んで無くても、冒頭の刑
事のシーンや、ある親子の様子を鑑みれば、答えはすぐ解るはず。(相変らず東野は丁寧
すぎるまで伏線をはっている)これをメインの謎とするなら(そうするとこれはSFでは
なく、特殊設定ミステリなのだが)解り易すぎる。もちろん、サバイバル描写やキャラの
描き分けもさすがにうまい。個人的には、ちょっとみんな倫理的すぎるが、それも真面目
な刑事兄弟をリーダーに設定することで、何とかクリアしている。そのエリートの兄が倫
理的過ぎるが故に倫理を越えてしまうあたりはうまい。ただ、これはSFではないし(S
Fプロパー作家が書けば大ブーイング、という意味では石田の「ブルータワー」レベル)
東野が書く必要はなかったと思う。
●6252 緑の毒 (ミステリ) 桐野夏生 (角川書) ☆☆☆☆
このところ新刊ラッシュなので、あまり期待せずに読んだが、本書は正に桐野にしか書け
ない小説であり、ジャンル分けは不可能であり、評価も途方にくれてしまうようなオフビ
ートな作品である。もう、ぶっちゃけて書けば、本書は変態レイプ魔のある医師の犯罪が
長い時を経て、遂に明かされるまでの物語である。(桐野の作品でなければ、こんなスト
ーリー読む気もしない)そして、本書は何と03年から11年まで約10年も野生時代に
少しずつ発表してきた作品をまとめたものなのだ。しかも、最初の三作までは二年に一回
のペースだ。よくこんな小説をこんなスピードで書き溜められるものだ。また、読者も1
0年もよく付き合えるもんだ。(まあ、付き合っていないと思うが)内容に関しては、毎
回語り手が変わるが、見事にみんなゆがんでいて、欲望と嫉妬に塗りこめられ、狂ってい
るからこそ、リアルなのだ。そして新しい。今、同時平行で宮部を読んでいるのだが、僕
には宮部の小説の甘ったるいキャラクターたちには、まったくリアルを感じられない。「
小暮写真館」の世界の中に、本書のどす黒いキャラクターたちを注入してみたい黒い欲望
にかられる。まるで、アバタールチューナーかクリムゾンの迷宮だが。
●6253 小暮写真館 (ファンタジー) 宮部みゆき (講談社) ☆☆★
宮部はミステリセンスがなく、無駄な描写が多く、善人しか出てこない、が文章はうまい
と思っていたが、本書はあまりにも読みにくくて途中で何度も投げ出した。本当にこんな
作品が、世の中ではこんなに評価が高いのだろうか?とにかく、甘ったるい砂糖菓子を食
べ過ぎて、無駄に太ってしまったが、かつてはそこそこ可愛かったので、未だに勘違いし
ているとしか言いようが無い小説である。僕がジャンル分け不能といった場合は、普通は
褒め言葉なのだが、本書の場合はいったいなぜこんな長い物語を描くのか、本当にわから
ない。たぶん、1/10の長さで十分だと思う。また、前半の心霊写真とラストの葬式で
の主人公の大演説が、僕には全然つながらない。ほしおや桐野の小説を読んだ後では、宮
部ワールドは脳内妄想ワールドにしか見えない。こんな高校生がいるか?で、ある書評を
読んでやっと納得した。そうか、宮部のオカルト風時代小説と、本書のストーリーとキャ
ラは被るのだそうだ。ようは、いつもは江戸時代を舞台に書いていた小説を、現代を舞台
にしてみたら、筆がどんどん進んで長くなってしまった、ということのようだ。
●6254 クリムゾンの迷宮 (ホラー) 貴志祐介 (角川ホ) ☆☆☆☆
平成11年の版なのに、全く読まれた形跡のない美本を図書館でゲット。僕らの世代にと
っては(著者とは同い年)あんまりな題名(知ってますね?キングクリムゾンの「クリム
ゾンの宮殿」)と、「バトルロワイヤル」との比較がよくされていたせいで、何となく読
まずにきた。というか「黒い家」の印象が良くなかった僕が、貴志の新刊を追いかけだす
のは「天使の囀り」以降で、本書や「ISOLA」は敢えて読む気はなかったのだが、こ
れで遂に貴志の本は全部読んでしまった。で、結論から言うとこれは傑作。とにかく読ん
でいる間は抜群に面白い。同じゲームモノでも「ダーク・ゾーン」より、人間的で罠が一
杯あって、こっちの方がはるかに僕好み。○○○○ダックが最高。「バトルロワイヤル」
とは設定は似ていても狙いは全く違い、本書はエンタメに特化して大成功している。敢え
て言うなら、ラストの処理がイマイチ。ここは、「バトル」に負けている。別に悪の正体
を暴く必要は無いが、もう少し別のやり方があるような気がする。(たぶん、貴志はP・
K・ディックを意識したんだろうが、如何せん消化不良)
●6255 予知夢 (ミステリ) 東野圭吾 (文春文) ☆☆☆★
図書館で本書のハードカバー一冊と文庫二冊を見つけた。結構こういうのって儚い。例え
ば今「夢をかなえるぞう」は、いつも5-6冊棚にある。本書は「探偵ガリレオ」と「ガ
リレオの苦悩」の間の第二短編集で、内海薫はまだ出てこない。今更気づいたんだけど、
このシリーズ、科学とオカルトがテーマだったんだ。冒頭の「夢想る」が、正にオカルト
現象の論理による解決であり、実はお得意の理系トリックがでてこないのだが、一番良く
出来ている。まあ、他の作品も合格点はあげられる出来で、「ガリレオの苦悩」といい勝
負のレベルの作品集だ。いつかTV版も見なければいけないかな。
●6256 風狂奇行 (歴史小説) 富樫倫太郎 (廣済堂) ☆☆☆☆
軍配者の最終巻がなかなか届かないので、気になっていた本書を読み出した。個人的には
全く知らない、江戸時代末期の大阪の天才仏教学者、学問一筋に生き、31歳で夭折した
富永仲基の伝奇。著者がデビュー前から暖めていた二冊の本(私家版でも上梓する覚悟)
の一冊。もう一冊が、デビュー作の「修羅の跫」らしい。一気に読了。「軍配者」のルー
ツが「堂島物語」なら、そのルーツが本書と言えるだろう。学問の話ということで、「天
地明察」のようなストーリーを期待したのだが、確かにそういう部分もあるが(中井愁庵
の気持ちの良い人物造形などは、まさに天地明察)それ以上に、富樫的だ。大阪の商人た
ちの生き様や商いの仕組みと学問=懐徳堂とのリンケージを見事に生き生きと描く一方、
人々の描写は善悪、秀愚の区別無くリアルであり、そして物語はやはりフォーミュラーを
きちんと守り圧倒的なリーダビリティーを発揮する。富樫は最初から富樫だったのだ。個
人的な好みから言うと、後半もっと仲基の学問の内容に触れて欲しかった。僕には「出定
後語」はヘーゲルの弁証法であり、「加上」とはアウフヘーベンと同意に聞こえた。ちょ
っと長くなりすぎるのかもしれないが、蘭州、愁庵及びその二人の息子によって再建され
る懐徳堂の物語ももっと読みたかった。
●6257 美しき凶器 (ミステリ) 東野圭吾 (光文文) ☆☆☆
これまた美本をゲット。92年と古い本なのであまり期待しなかったが、これはちょっと
あんまりというか、はっきり言って小説というより劇画原作だと思う。東野は(当初は学
園ミステリのレッテルを剥がすためだったのか)様々なジャンルに挑戦し、引き出し=芸
風を広げてきた。その成功事例が「秘密」であり、「白夜行」だったと思う。しかし、そ
の裏には本書のような失敗例も、特に初期には散見する。ひとことで言えば、本書はマッ
ドサイエンティストが育て上げた一人の殺人凶器の物語である。まあ、この題材にリアリ
ティーを求めるほうが無理。そういう意味では、劇画と割り切れば面白く読めないことも
ない。(アマゾンの評価は結構高いのだ・・)相変らず伏線は丁寧だし、ラストにどんで
ん返しも一応ある。(「クリムゾンの迷宮」と重なるところがご愛嬌)また、ドーピング
の真相もかなりえぐいが、ちょっとびっくりする。ただ、やっぱり身長190cmを越す
外国人女性が、都内で捜査の網の目をくぐって連続殺人を続ける、というのはありえない
だろう。誰か気づけよ。時代的に作者のイメージは「ターミネイター」+「ジョイナー」
だったと思うのだが、これまた東野が書く必要性はなかったと思う。
●6258 大前研一と考える「営業」学 (ビジネス) 大前研一 (ダイヤ)☆☆☆☆
このところ、ビジネス書はさらっと読んでしまう癖がついてしまい、所感を何冊かつけな
かったのだが、たまにはきちんとつけることにしよう。(小説と違ってビジネス書は合わ
ない部分はどんどん飛ばし読みするので、所感をつける気にならない場合が増えている)
グローバル化、変化の時代こそ、プロの営業が求められ、プロの営業とは顧客志向の徹底
にある、という大前の主張はしごく全うで、今更という気もしないではないが、説得力が
ある。問題は大前の概論に続く、各教授の実践編が悪くは無いのだが、もうひとつ驚きが
ないこと。また何となく、ビジネス・ブレイクスルー大学の宣伝っぽい本ではある。
●6259 空き家課まぼろし譚 (ミステリ) ほしおさなえ (講談N) ☆☆☆★
三浦しおんかと思う題名だが、内容はベニスをモデルとした架空の水上都市、海市を舞台
とした、ちょっと超能力の入った日常の謎ミステリ。まるで、東京創元社系の新人かと思
わせる、文体とストーリーである。(「放課後探偵団」に参加したメンバーをイメージし
てほしいが、特に重なるのは初野晴。そういえば、初野にも「空想オルガン」という作品
があり、本書にも「オルガン奏者」が収められている。ピアノではなく、オルガンという
ところが共通イメージか)ほしおがこんな作品を書くとは思わなかったが、達者なもので
ある。ただ、全体に及第点はあげられるが、やっぱり少し甘ったるいし、もうひとつ突出
したインパクトがない。ラストで主人公の過去があきらかになり、災害で街がなくなって
しまい、おじいちゃんの家にいた自分ひとりが助かったといい、そして本当は自分だけが
死んでいて今が死の世界ではないか、と語るシーンに驚いた。これって、そのまんま「オ
レンジ」のモチーフではないか。執りつかれているのか?
●6260 弥勒の月 (時代小説) あさのあつこ (光文社) ☆☆☆★
森絵都の「カラフル」が、どこが面白いのかさっぱりわからなかったこともあって、どう
もジュブナイル作家には興味が持てないでいて、当然「バッテリー」もパスしてしまった。
ところが、なぜか日経で「NO6」がとりあげられ、予約したのだが全然手に入らない。
その間に娘が「NO6」のアニメをずっと録画しているのに気づき感想を聞いたら、もろ
キャラクター小説でパパには合わないとのこと。で解約をしたら、棚で本書を見つけた。
一読、文章及び人物造形は予想以上にうまい。個人的には信次郎より伊佐治がよい。冒頭
はわくわくする。しかし、次第に尻すぼみ。ミステリ仕立てになってるのだが、解決が安
易。これでは謎でも何でもない。正にキャラクター小説。ただしシリーズ第二作の「夜叉
桜」の方がアマゾンの評価は高く、一応読んでみるつもり。実は本の雑誌の今月号で時代
小説特集をやっているのだけど、本書もすごく評価されていて、全体的になんだかなあ、
の感じ。(何で、松井今朝子が無視されるのか?)縄田一男もイマイチ信用できないとこ
ろがあって、早く時代・歴史小説の良きナビゲーターを見つけなければ。
●6261 遺跡の声 (SF) 堀 晃 (創元文) ☆☆☆☆
創元SF文庫による70-80年代の日本SFの古典的作品の復刊は、本当に素晴らしい
企画だと思う。ハルキ文庫と創元SF文庫が今の日本SFの復活を準備したのかもしれな
い。うかつにも、本書すなわち「宇宙遺跡調査員=トリニティ」シリーズの物語上の最初
の作品が第二作「太陽風交点」であり(すなわち、主人公とトリニティの出会い)最後の
作品(トリニティとの別離)が、実は一番初めに書かれた「遺跡の声」である、という構
成を今回立ち読みするまで全然理解していなかった。実は「太陽風交点」は昔読んだはず
なので、「遺跡の声」は全く別の作品と思っていたのだ。恥ずかしい。(そういえば「太
陽風交点」の文庫化を巡って、早川と徳間が訴訟合戦となり、小松左京とSFマガジンが
絶縁となってしまったのだった)本書は正に日本的ハードSFの典型であり、クラーク的
な作品に光瀬龍と繋がる無常観が漂う。永劫の時の風にさらされる遺跡のイメージは正に
「喪われた都市の記録」である。そして、加藤直之のイラスト。シンプルなスタイルは全
く色あせず時代を感じさせない。懐かしい懐かしい香りがした。
●6262 楠の実が熟すまで (時代小説) 諸田玲子 (角川書) ☆☆☆★
これまた、藤沢周平かと思うタイトル。このところ、イマイチが続く諸田の作品だが、本
書はかなりハードな本格時代劇。いきなり三件の殺人が描かれ、その背景が明らかになっ
てくる。京都の公家世界における幕府への不正請求と、それを暴こうとする幕府隠密の戦
いは序盤は公家側の圧勝に終わる。そして、幕府側が切り出した最後の手段とは、隠密の
姪を公家の後妻として送り込み、不正の証拠を握るというものだった。冒頭は素晴らしい
迫力だが、このあたりから少し失速。ヒロイン利津の造形が悪くは無いが類型的なのだ。
たぶん、この物語をきちんと描くにはあと100ページくらいは必要だろう。サスペンス
を最優先したせいなのか、どうも登場人物の描き込みが弱いのである。この後も殺人は続
き、ラストには意外な?犯人が明らかになるのだが、謎の設定も伏線も弱く、何よりクラ
イマックスに持ち込むストーリー展開が弱い。以上は、諸田だからこそ言いたい高いレベ
ルからの要求。普通なら十分及第点はとれる出来だと思う。特にラストは(甘いけど)う
まい。ほっとしてしまう。諸田はちょっと書きすぎかな。(松井は本当に寡作だ)
●6263 絆 いま、生きるあなたへ (エッセイ) 山折哲雄 (ポプラ) ☆☆☆★
NHKのBSのブックレヴューで紹介され、土屋仁応のほっこりとした羊の彫刻の表紙に
惹かれて図書館に予約。本書は、東北大震災に対して書かれたということだったが、どう
やら印税を寄付するための緊急出版のようで、文字はスカスカで分量は少ない。山折は確
か阪神大震災のときには、動かなかった仏教者たちを強く批判し、仏教は死んだ、とまで
言っていたように思う。そして、今回は既に80歳を越えたこともあって、予想以上に静
謐である。本書で触れられるように、前者は日蓮の立場であり、後者は鴨長明の立場であ
る。何かひさびさに、寺田寅彦や和辻哲郎に関して読んだ気がする。確かに西欧一神教の
神と自然は対立するのかもしれないが、山折の言う日本の小さき神々は自然と調和する。
ただ、僕は本書の半分近くを占めるインドについて、どうも興味が持てないんだよね。
●6264 夜叉桜 (時代小説) あさのあつこ (光文文) ☆☆☆★
確かに「弥勒の月」より良く出来ていると感じたが、やはり何か物足りない。たぶん、僕
は時代小説というか、いわゆる捕物帳の良い読者ではないのだろう。多くの捕物帳におい
ては、ミステリ仕立ての物語に、論理はそれほど重要ではない。だから、結構ゆるい。そ
してそれは近代捜査のなかった時代なのだから、瑕疵とはならない。逆にそれ以外のとこ
ろで読者を惹き付ければ良い。しかし、本書は中途半端なのだ。なまじ連続殺人(ABC
パターン)などを描いているだけに、探偵=信次郎が勘で推理するのがどうにも物足りな
い。まあ、カテゴリーエラーを求める僕が悪いのだろうが。本来は、信次郎と清之介、お
しの(弥勒)と菊乃(夜叉)の対立しながらも重なり合う関係を楽しむべきなんだろうが。
(やっぱりキャラクター小説?)もう一点、連続殺人と清之介拉致事件が結局関係がない
というのも興醒め、と最初は感じた。しかし、ラストに到って清之介の事件は解決されず
にほりだされることから、ああこれが書下ろし時代小説の量産のコツなんだ、と気づいた。
レギュラーのキャラクターを明確に立て、シリーズ全体を貫く大きな謎=物語を設定し(
主人公の過去がお家騒動に絡む)、そこに毎回様々な市井の事件が絡んでいく。これって、
まるで「居眠り磐音」だ。(TVでしか見たことが無いけど)こうすれば、あの量産が可
能となり、読者も常に満足できるというフォーミュラーが完成するのだ。(鏡明は書下ろ
し時代文庫が大好きらしい)
●6265 箱館売ります (歴史小説) 富樫倫太郎 (実業日) ☆☆☆☆
幕末箱館戦争の話で土方がでてくるのに、合戦の場面はラスト数ページしかない。では、
何が描かれているかというと、ロシアによる大規模な詐欺事件(未遂)の顛末である。
ガルトネルというプロシア人兄弟を表に立てて(フリーメーソンつながり)ロシア諜報
部員が北海道の広大な土地を、金貨と引き換えに租界地にしようとする。それを食いと
めようとする遊軍隊と土方。いかにも富樫らしい眼の付け所であり、そしてもちろん面
白い。この事件がどこまで事実に基づいているかはわからないが、もしこんなものが結
ばれていれば、今頃北海道はロシア領だろうし、榎本、大島らの名声も地に落ちていた
だろう。これを救ったのが、町民も含めた有志(遊軍隊)と市井の陽明学者と土方であ
ったという組合せの妙。(遊軍隊は明治新政府側であり、陽明学者と土方は幕府側であ
る)しかし、富樫というのは不思議な作家だ。僕は彼の表の作品ばかり読んできたが(
今のところ駄作はない)彼がブレイクした伝奇小説「陰陽寮」シリーズも、「蟻地獄」
から始まる江戸暗黒小説の流れもまだ読んでいない。あまりにも表と裏が違いすぎて、
一歩引いてしまうのだ。どうしようか。
●6266 彼岸花 (時代小説) 宇江佐真理 (光文社) ☆☆☆☆
これも「本の雑誌」で絶賛されていた作品。6編の江戸下町人情小説が収められている
が、今回は全ての作品に身近な人物の死が訪れる。しかし、その死は今とは違い、市井
の生活の一部として組み込まれていて、決して特別なものではない。が、もちろん登場
人物たちに様々な影響を与える。それは悲しみの場合もあれば、安堵の場合もある。文
豪に逆らうようだが、不幸と同じく幸せにも様々な形があるのだ。3編づつ2日で読ん
だのだが、前半の「つうさんの家」「おいらのツケ」「あんがと」が、かなり凝った構
成で印象に残った。特に四人の尼と捨てられた幼子を描いた「あんがと」は、唯一「死」
より「生」を強調した作品であり、本書にほっとする温かみを付加しているように思え
る。正直、突出した作品はないのだが駄作も無く、もちろん文章や人物造形は抜群にう
まく、結局評価は少し甘くなってしまう。時代小説の評価は難しい。