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2011年 8月に読んだ本

 ●6207 大江戸釣客伝 (時代小説) 夢枕 獏 (講談社)  ☆☆☆☆

 エッセイやあとがきにおいては、いつの間にか格闘技より釣りの話が多くなってしまっ
 た獏。ただ、小説としてははるか昔の「鮎師」しか記憶にない。その獏がついに江戸時代
 を舞台にした釣客伝を上梓した。いったい、どんな小説かと期待半分、恐れ半分だった
 のだが、これは素晴らしい傑作。長年培った獏の腕と技を駆使し、別に太いストーリー
 や求心力のある謎もないのに、この長い小説を一気に読ませてしまう。そういう意味で
 は一発ネタの「天海の秘宝」とは、時代は似ていても真逆の作品だ。舞台は元禄でその背
 景には綱吉と悪法生類哀れみの令と、もちろん赤穂事件がある。そして実在の日本最古
の釣り指南書『何羨録』を著した津軽采女を一応主人公としながら、様々な江戸の釣り
名人(中でも投竿翁と呼ばれる名人が圧巻)、紀伊国屋文左衛門に綱吉に敢然と楯突く
水戸光圀、そして何より俳人宝井其角と画家多賀朝湖のコンビ(またかという感じだが、
とにかく獏は男二人の掛け合いを描かせると抜群だ)等々が、群像劇を繰り広げる。こ
 れがまた良いのですよ。(何か「天下堂々」みたい)また、これらの人々が通奏低音とし
 て共有する、お上への反発、自由への渇望、死生観、それらが釣りというものに様々な
 形で投影されていく。そしてそれを朝湖のように前面に出すものもいれば、采女のよう
 に心に秘すものもある。采女は結局赤穂事件に巻き込まれてしまい、世の中では遂に釣
 りまで禁止されてしまう。そうは言っても、獏の筆の抑制がほどよく効いていて、読み
 終えてしみじみとしてしまう傑作だ。

 ●6208 優しいおとな (小説) 桐野夏生 (中公新) ☆☆☆

 共同体の次は、少年ホームレスの物語。今新刊が出たらどうしても読みたい限られた作
 家の一人が桐野であることは間違いない。ただし、彼女には決して完成度を求めること
 はない。「ダーク」や「グロテスク」の後では、彼女は一体どこまで行ってしまうのか、ど
 こまで壊してしまうのか、という怖いもの見たさ?とそのパワーと潔さへのシンプルな
 リスペクトがあるのみ。だから、ときどき良く解らない作品に出会ってもそれはしょう
 がないと諦められる。実は今回も良く解らない。コドモが主人公なのは「リアルワールド
 」以来のような気がするが「リアルワールド」も良く解らなかった。ただ今回はホームレス
 の少年、イオンに焦点が当たった前半は良く出来ている。しかし、途中から地下、アン
 ダーグランドが舞台となってから話は無茶苦茶になっていく。最初は「コインロッカー」
 村上龍的であり、双子の登場は(亡くなった!)アゴタ・クリストフを想起させたが、
 そこからがダメ。たぶん今回桐野が本当は描きたかった、ある育児理論を持ったコミュ
 ーン(あ、今回もコミューンがテーマだったんだ)と登場人物たちの繋がりがあまりに
 も杜撰。で何だかよく解らなくなって、夢オチならぬ○オチにしてしまった、という感
 じ。まあ、桐野らしい失敗作なので文句はないけど。

 ●6209 三百年のベール (歴史ミステリ) 南条範夫 (批評社) ☆☆☆☆

 いつか読まなければ、と思っていた作品だが、今回貫井のムック本で歴史ミステリの傑
 作と書かれていて遂に読み出した。三百年とはもちろん江戸時代のことであり、本書は
 家康の出自をめぐった歴史ミステリとして有名であったが、実は何とその本質は徳川幕
 府の差別政策批判にあるのだ。本書では差別が大きくテーマとしてフィーチャーされて
 いて、その結果大手出版は文庫化に二の足を踏んでしまい、批評社という中小出版が昭
 和37年刊の本書を90年代に再版しているのだ。で、一読テーマは素晴らしいのだが、
 その扱いはとても今のレベルからいうと荒っぽく、こりゃ大手が手を引くのもむべなる
 かな、という出来。ただし、肝心の家康の謎の解明は素晴らしい。といっても、本書は
 実は実在の在野の学者?村岡素一郎(本文では平岡)の「史擬」という本を元に描かれて
 いるのだ。その謎を書くのは控えるが、僕が一番驚いたのは、本来家康が屈辱の人質時
 代を過ごした駿府(静岡)に、どうしてあれほど愛着を持ち執着したか、という謎(そ
 もそもその謎の存在が僕には目鱗だったのだが)が見事に解けることである。その他に
 も、もともと偽であることは丸解りの家康の系図において、なぜ新田源氏の流れを汲ん
 だ時宗の浮浪坊主、徳阿弥親氏のような人物をわざわざ先祖として選んだのかとか、築
 山殿、信康切腹の真相とか、果ては石川数正の裏切り、等々まで見事に謎が解けてしま
 う。それを語る主人公平岡の姿は、まるでファイロ・バンスか、「成吉思汗」神津恭介だ。
 残念ながら、しかるべき筋からの、感情的でない批判や反論が殆ど描かれていないので、
 新説の信憑度がイマイチ良く解らないのと、物語にはさんでしまった陳腐な恋愛物語が
 (古臭い描写、文体と相まって)やや物足りない。

 ●6210 烙  印 (ミステリ) 貫井徳郎 (創元社) ☆☆☆
 ●6211 迷宮遡行 (ミステリ) 貫井徳郎 (新潮社) ☆☆☆

 さすがに貫井にも飽きてきて、高野さん曰く「貫井祭り」もひとまず休止符。掉尾を飾る
 ためちょっと凝ったことをやってみた。実は「烙印」は「慟哭」に続く貫井の第二作だった
 のだが、どうやら評判がイマイチだったらしい。そこで文庫化の要請を期に、題名と内
 容を一新したというのだ。従って「迷宮遡行」は「烙印」をリミックスした作品であり、そ
 の変更具合を確かめてみようと思いたったのだ。まずは「烙印」を読み出した。相変らず
 あっと言う間に読み終えたが、おいおいいくらなんでも、というラストのどんでん返し
 トリックであった。これは無茶でしょう。で、続いて「迷宮」だが、実は変更に関しては
 法月の解説が見事に的を突いており、その通りポイントは二つある。まずは、主人公迫
 水という刑事のキャラクターと文体の大変更。「烙印」においては、ハードボイルド的で
 あった迫水を、何とリストラされた上女房に逃げられた(「烙印」では女房が自殺した)
 くたびれた中年男として描き、文体もユーモアを前面にフィーチャーしているのだ。ま
 た「烙印」では意外性を狙うがあまり、キャラクターの性格設定がズレまくりで、リアリ
 ティーゼロであった。しかし、「迷宮」では冒頭とラストの大?トリックを、何と思い切
 って無かったことにしてしまっているのだ。これが二つ目のポイント。それらの変更の
 意図は良く解る。意外性のための意外性が、物語や人物造形を滅茶苦茶にしてしまった。
 余裕が出来た貫井としたらそこを書き直したくなるのは良く解る。しかし厳しく言えば
 結局、この物語から意外性を抜いてしまったら、出来のイマイチなストーリーが残った
 だけなのである。努力は残念ながらたいした成果を挙げていない。結局筋が良くなかっ
 たのだ。ただし、僕は意外性のみを狙った「烙印」を読んでから、「迷宮」を読んだので、
 物足りなく思うのは当然だ。ここは、本来はまずは「迷宮」から読むべきだったのかもし
 れない。まあ、どっちにしても傑作とは言えないだろうけど。

 ●6212 希 望  (SF) 瀬名秀明 (早川文) ☆☆☆★

 何と瀬名の初の(連作でない)短編集とのこと。また早川から出たのも、瀬名のSF作
 家としての自覚の表れかもしれない。と、思うほど収録作はSFしているのだ。しかも
 イーガンや伊藤、飛的に新しく、ハードに。しかし、その結果リーダビリティーはどこ
 かに置き忘れ去られ、残念ながら僕は振り落とされてしまった。ただ、NOVA3でも
 話題になったらしい表題作「希望」という中篇は、これまた内容は良く解らないのだが、
 異様にパワーがあり、興奮させられた。たぶん登場人物の名におぼろげな記憶があるの
 で「デカルトの密室」や「第九の日」と繋がっているんだと思う。世界中に広まっていく痛
 みを吸収をしたダミー人形たち(何か「甲殻機動隊」にそんな話があった?)五年間軟禁
 され衝突実験をバーチャルで体験させられる少女、本棚に並んだグレアム・グリーン
 集。見事なイメージの集積。何か瀬名はティプトリーの世界に挑んでいるように見えて
 しまう。そして、何とラストは「ヒューマン・ファクター」であった。涙。

 ●6213 陽気な容疑者たち  (ミステリ) 天藤 真 (創元文) ☆☆☆☆

 「貫井祭り」に続いて、何を祭ろうかと考えた候補は二人、笹本稜平と鳥飼否宇であった。
 (半村良の伝説シリーズを全部読もうというのも考えたんだけど)ところが、児玉清
 薦の「還るべき場所」は、いきなりこんなクライマックスばかりで暑苦しい、とバツ。「
 昆虫探偵」(これはチョイスを間違えたか?)にいたっては、お前はぼのぼのか!とこ
 れまたアウト。というわけで岩盤浴に行く途中北浦和図書館に寄ったら、何と天藤真
 集が全部揃っていた。第一巻の「遠きに目ありて」は既読なので、第二巻の本書から読み
 出した。で、思い出した。本書はあの乱歩賞におけるエポック、受賞作「大いなる幻影
 「華やかな死体」と、あの「虚無への供物」が争った年の、もう一冊の最終候補作だったの
 だ。結局四冊全てが本となり、中でも「虚無」はオールタイムベスト常連、「大いなる幻影
 」も乱歩賞ではトップクラスの評価が与えられるという、乱歩賞史上最大の激戦の年で
 あった。しかし、巻末の選考委員の評価では、本書がダントツに低い。唯一大下宇陀児
 が押しているだけ。(個人的には「華やかな死体」のどこがいいのか不明だが)で、読み
 終えて何となく事情は解る。本書は、傑作かどうかかなり判断に迷う、今の表現でいう
 ならオフビートな作品なのだ。こんなオフビートな作風、文体なのに、舞台は田舎村、
 しかも書いたのは新人とくれば、へたなのか、へたうまなのか、うまいのか、解りにく
 いのもしょうがない。で、僕はこのラストのぬけぬけとした味を買う。まるで「開かれ
 た窓」か「放心家組合」のような人を食った味。しかも、動機においては、ほのぼのとし
 たヒューマンな味と、生々しいエゴが同居しているのだ。ある意味、これが新人の作品
 と思うと、驚愕の余裕と筆の冴えである。また本書は意外な犯人だけでなく、意外な探
 偵と言えるかも知れない。そして、何より本来ここにいるはずのない人間がいることか
 ら犯人を指摘する、逆説の論理がチェスタトンのようで素晴らしい。ただし、ほめてば
 かりもいられない。残念ながら、ミステリとしては肝心の密室トリックが弱い、という
 か良く解らないのだ。そこが改善されれば、歴史に残る傑作になったのでは、と思って
 しまう。

 ●6214 鈍い球音 (ミステリ) 天藤 真 (創元文) ☆☆☆★

 どうやら、第二作の「死の内幕」の評判がイマイチなので、続いて第三作の本書を読み出
 した。題名から解るように、何と野球ミステリ。野球ミステリにはあまり傑作が思い浮
 かばないので、どうかなと思ったのだが、本書もやや微妙なでき。どうやら、ちょうど
 ミステリ冬の時代で、8年間も新作依頼がなかったとか。そこで、ひさびさの執筆のあ
 まりか、ちょっと勢いが余ってストーリーがバタバタしてしまっている。ここをもう少
 し整理すれば、良く出来た佳品になったような気がする。東京タワーから監督が消失し、
 ヒゲだけが残されるシーンなどは秀逸だ。著者は結城昌治の「ヒゲのある男たち」に触発
 されて、ユーモアミステリを志したとのことだが、それを彷彿させるシーンである。他
 にも印象的なシーンがあるし、監督消失の謎の真相も悪くはないのだが、その処理にイ
 マイチ切れがない。残念ながら今から見ると、ちょっとユーモアも古臭い。あ、でも何
 か最近似たようなシチェイションの作品を読んだような気がする。本城雅人だったっけ?

 ●6215 皆殺しパーティー  (ミステリ) 天藤 真 (創元文) ☆☆☆☆

天藤真と言えば「大誘拐」が衆目の一致する代表作であろう。ただ、惜しむらくは「大誘拐
 を上梓した数年後に天藤は逝去してしまった。たぶん、「大誘拐」以前の天藤の代表作は本
 書になるのではないだろうか?前作「鈍い球音」よりは、遥かに全体の構成が整理され、描
 写力もアップしている。正直、内容はあまりにもやりすぎ、サービス過剰でどうかな?と
 感じる部分もあるが、こんな無茶な話を一気に読ませる筆力は特筆ものだろう。たぶん、
 静岡をモデルとした地方都市を牛耳る事業王吉川と、彼を狙う謎のカップル、それに絡む
 四度の結婚によって、複雑怪奇な関係となってしまった吉川の家族たち。詳しく書けない
 が、冒頭の意外な謎の提示と全体の構成(その謎はラスト二行で明かされる)は見事だ。
 ただ、今回はあまりにも偽悪的な吉川の言動に、読者の好みは分かれるだろう。著者は結
 構吉川に肩入れしているようなのでなおさらだ。残念なのは複雑怪奇などんでん返しの連
 続の最終着地点は、ミステリを読みなれた人間には、良く知ったパターンだったこと。僕
 はすぐある文豪の有名なミステリのあるシーンを思い出して、解ってしまった。というか、
 このパターンはかのクリスティーが得意としてきたところである。以上、三冊あっという
 間に読めてしまった。実は天藤の作品の題名は、何か抽象的なものが多くて内容がイメー
 ジできず、結局「大誘拐」と「遠きに目ありて」(この二冊は凄くイメージし易い)しか読ん
 でいなかった。これはなかなかいい金脈を探し当てたかな。ただし本書の採点は、ちょっ
 と甘めかな。

●6216 死の内幕 (ミステリ) 天藤 真 (創元文) ☆☆☆★

 これが、第二作。イマイチ評判が良くないのも良く解る出来。天藤は時々赤川次郎と比較
 されることがあって、確かにユーモア・ミステリがともに本筋だけど違うだろう、と思っ
 てきたが、本書だけを考えればそれもむべなるかな。ようは、シチェーション・コメディ
 ならぬミステリと言おうか、偶然に偶然が重なってどんどん話が思わぬ方向に転がってい
 くというパターンで、確か「火天風神」の感想で書いたが、僕はこういうミステリが嫌なの
 である。まあ、うまい作家がこのパターンを使えば、読んでいる間は面白いものが出来る
 確率は高くなる。しかし、読了後はその偶然の連続にあきれてしまうし(パズラーの決め
 手は、必然性にある)何よりこのパターンを濫用すると作家がダメになってしまう。本書
 もまた途中であらわれる架空のモンタージュ写真とそっくりの人物が、ただの偶然と処理
 されており、それはないだろう、と思ってしまう。しかし、読み出すとついついやめられ
 なくなってしまい、珍しく本書は通勤電車の中で読み終えた。偶然は多すぎるし論理の破
 綻も多々あるのだが、物語は短い割にはかなり複雑な(錯綜した)スジになっていて、そ
 れを一気に読ませてしまうリーダビリティーはさすがに高い。申し訳ないが赤川次郎より
 遥かにミステリ度も高い。ただ、こんなコメディーが、何でこんな松本清張のような題名
 になってしまうんだろう。(時代のせいかな)

 ●6217 死角に消えた殺人者 (ミステリ) 天藤 真 (創元文) ☆☆☆★

 これは第七作で「大誘拐」の前の作品。ただし、評価が難しい。何の関係もない四人の男
 女が、崖から海中に落ちたフェアレディーの車内から死体となって発見される、という冒
 頭は非常に魅力的だ。そして、その四人のつながりをもとめて、警察が意外な側面を暴き
 出していくストーリーも面白い。ところが、ある地点から本書の謎はとんでもなく意外な
 方向に動き出し、更にどんでん返しが続く。それは正に死角であり、犯人の意外性も申し
 分ない。ではなぜ、評価が難しいのか?ひとつは、真犯人の考えたトリックが複雑すぎる
 のである。残念ながら、小説で描かれた真犯人の肖像が、とてもそんな複雑なことを考え
 そうにないのは困りもの。さらに、もう一点、ヒロインの行動があまりにもブレルのだ。
 まあ、意外性を狙いすぎて、人物造形のバランスがあちこち崩れてしまった、こんな感じ
 である。ただし、この犯人の意外な行動とトリックだけでも読む価値はあるが。

 ●6218 殺しへの招待 (ミステリ) 天藤 真 (創元文) ☆☆☆☆

 「皆殺し」に続く第五作。このあたりが天藤の第一のピークだったのかもしれない。天藤
 の作品の大きな特徴は、発端のシチュエーションの意外性であることが良く解ってきた。
 今回も、とても簡単には説明できないのだが、五人の男にそのうちの一人の妻と名乗る女
 性から次々と殺人予告状が届く冒頭は、よくこんな変なこと考えるなあ、という出来。本
 来こんなシチュエーションはリアリティーを損ねてしまうのだが、それを天藤はユーモア
 と筆力で、無理やりねじ伏せてしまう。逆に言うと、ここがうまく行けば傑作、物足りな
 いと「死角」のような評価となる。今回はうまくいった。ただし、逆に謎の方がいつもに
 比べると・・・と思っていたら、やっぱりあったラストの罠。というわけで、結局今回も
 「死角」と同じく無茶苦茶複雑なトリックなのだが、何とかリアリティーとバランスを保
 てたような気がする。それはひとえにある女性の造形が素晴らしいからだろう。ここが「
 死角」と決定的に違う。で、もうひとつ天藤の特徴として良く解ったのが、そのユーモアの
 裏に秘められた、虚無的な苦さ。単なるユーモア・ミステリではない、苦いものが必ず秘
 められている。本書のラストを読めば、それを実感できるのではないだろうか。

 ●6219 僕たちの好きだった革命 (小説) 鴻上尚史 (角川書) ☆☆☆☆

 今回も鴻上でちょっと箸休め。鴻上の過去(学生運動)を舞台とした三作のうち、結局本
 書が一番僕には合った。「ヘルメットをかぶった君に会いたい」や「八月の犬は二度吠え
 る」に比べると、本書が一番対象との距離感がうまく整理できていると思う。69年の高
 校でのデモ中に、機動隊のガス銃の水平撃ちを眉間に受けて、山崎は植物人間となる。そ
 の山崎がなぜか30年後の世紀末に目を覚まし、復学を果たし、いきなり例の全共闘言葉
 でアジテーションを始めて、クラスメイトを呆然とさせる冒頭は秀逸だ。(堤幸彦のアイ
 ディアらしいが)さすがに鴻上は、過去と今(といっても10年前)を、リアリティーた
 っぷりで描き、無理を感じさせない。(特にユーモアがすべらないのが、特筆モノ。現在
 の人々が山崎に「むかつく」と言う度に、「体は大事にしろよ」と彼が太田胃酸を渡すお
 約束ギャグは大爆笑)後半の怒涛?の展開は予定調和だが、まあこれしかないだろう。(
 僕は、アルジャーノンになると思っていたが)演劇というよりドラマで見てみたい。音楽
 があれば、よけい迫力が増すだろう。ただ、良く考えると本書を大勢の人々が楽しめるの
 だろうか?そもそも、全共闘世代と世紀末を知る世代、すなわち鴻上や僕の世代以外が楽
 しめるのかどうかは、ちょっと自信がなくなってきた。

●6220 炎の背景 (ミステリ) 天藤 真 (創元文) ☆☆☆

 長編第六作だが、正直言ってミステリとしては本書が一番薄味。良く言えば異色作、悪く
 言えば冒険に失敗というところだろうか。ある男性が新宿で襲われ目を覚ますと、なぜか
 那須の別荘に死体と女性と閉じ込められていた、という冒頭はいつものように意外ではあ
 るが、切れ味はなく、理由はすぐにわかってしまう。物語は別荘を脱出した男女二人の逃
 避行となるが、敵の設定が大きすぎて鼻白んでしまう。今までも、隠し味的には使われて
 きた社会派というか反権力のスタンスが、今回は中小資本?の「幻影城」からの書下ろしと
 いうことでか、前面にフィーチャーされた結果、どうにもいつもの天藤テーストとは掛け
 離れた内容になってしまった。ただ、ある意味天藤のもう一つの本質というか、資質が現
 れた作品とは言えるだろう。たぶん、この失敗が「大誘拐」で生かされたのではないか。こ
 の作品の題名も、内容とはかなり掛け離れたイメージだなあ。

●6221 善人たちの夜 (ミステリ) 天藤 真 (創元文) ☆☆★

 本書は「大誘拐」に続く長編第九作にして、天藤名義の長編としては最後の作品。なんだけ
 ど、これはあきまへん。「大誘拐」で全てを出し尽くしたのか、申し訳ないがこれははっき
 り言って駄作。元の原稿を200ページ削ったとのことだが、そもそも書くべきではなか
 った作品だとすら思う。冒頭の花嫁の代役、というのもあまりにも陳腐な設定だし、そこ
 からの展開もくだらない。何より、ミステリとして何の創意もない。これだったら、シチ
 ェーション・ミステリとして赤川次郎の方がよほど気が効いている。さてさて「天藤祭り」
 の長編版はこれにてほぼ終了。やっぱ寡作でありながら長く書いてきた人、というのが祭
 りには最適だと痛感。(あと別名義の長編と短編集がいくつかあるのだが)あ、やっぱり
 ここまできたら「大誘拐」を再読すべきか。何せ舞台は和歌山なのだから。

●6222  大誘拐 (ミステリ) 天藤 真 (創元文) ☆☆☆☆☆

 ついに「大誘拐」を読了。確か文春かどこかで、二十世紀のベスト・ミステリに選ばれてい
 て、いくらなんでも過大評価だろうと思っていたけど、まあ誰が読んでも面白い、という
 意味ではベストなのかもしれない。学生時代に読んだときは、カイガイ出版という版元だ
 ったせいか、リアルタイムより少し遅れてしまった。そのせいで、「大誘拐」の評判は既に
 圧倒的に高く、期待が高すぎたのか、天邪鬼だったのか、もちろん面白かったのだけれど
 何か釈然としないものを感じていた気がする。「スカイジャック」のスマートなギャグに比
 べて泥臭いと思ってしまったのか。そして今30年ぶりに再読して感じるのは、もちろん
 トリックは解っているので驚きは少ないが、ユーモアの陰に隠された詰めや必然性の緻密
 さである。たぶん、当時は刀自の動機、特に「お国って・・」という科白の意味が良く解ら
 なかったんだろうと思う。しかし今、人生の半ばを過ぎると刀自の思いが少し解るような
 気がする。(まあ、税金に対する恨みもあるが)本書はもちろん、ユーモアや人物造形、
 トリックというような、今までの天藤ミステリの集大成と言うべき作品であることは間違
 いない。ただ、こうやって続けて読んでみると、天藤ミステリの陰の特徴とも言うべき2
 点が本書では全く消されていることに気づく。ひとつは、実は敢えて書いていないが、天
 藤作品には下品な下ネタが多く、今の感覚から言うとかなりの女性蔑視表現が多々あるの
 だ。それが、今回は全く消えているのである(ただ、次作の「善人たちの夜」は、まさにそ
 れだけの話だが)このあたりが、「大誘拐」が多くの人に受け入れられた大きな理由だろう。
 「皆殺しパーティー」や「殺しへの招待」のスタイルなら、たぶん一部のマニアの評価に止ま
 ってしまったに違いない。もうひとつは既に書いたが、ユーモアの向こうに顔を出す、虚
 無や人間の醜さであり、これもまた「大誘拐」では見事に抹殺されている。そういう意味で
 は、天藤が敢えて自分の好みを押し殺して、世の中に広く認められるため全力で勝負をし
 た作品だったと思われるのだ。そして、その姿は本書の刀自と見事に重なる。(村松友視
 流に言うなら、「大誘拐」はサザンの「いとしのエリー」なのである)唯一、天藤の秘めた反
 権力志向だけが、先に述べた刀自の動機となって展開されるが、それとて消化不良になら
 ないように十分ソフィストケートされている。天藤は自らの趣向より一般受けを狙い、そ
 れは予想以上に大きな成果を挙げてしまった。そして、結局彼はそれ以上の作品は描けず、
 過去に戻ることも出来ず、沈黙してしまった。こう書くと冷たいようだが、天藤祭りは、
 結構楽しくほぼ終了した。(後は短編集)とにかく、たった四日で全長編が読めたリーダ
 ビリティーの高さには脱帽である。

●6223 教科書から消えた日本史 (歴史) 河合 敦 (光文社) ☆☆☆☆

 こういうテーマの歴史書はよほどのことがないと読まないのだが、意味もなく図書館でど
 んな内容なんだろうとパラパラ立ち読みしたら、面白くって結局借りて全部読んでしまっ
 た。で、途中で著者が最近テレビの教育バラエティー?に良く出てくる高校教師であるこ
 とに気づいた。そのせいか、いかにも語り口がうまいのである。しかも内容も、「魏志
 人伝や仁徳天皇陵といった言葉は教科書から消えつつある」とか「銅鐸は金色に輝いていた
 」とか「鎌倉新仏教鎌倉時代にはほとんど力がなかった」、「刀狩が一番徹底されたのは戦
 後のGHQによるもの」のような目から鱗の事実だけでなく、「金印捏造」や「元寇」や「本能
 寺」や「赤穂事件」などに関しては、非常に説得力のある魅力的な仮説を紹介しており、飽
 きさせない。正直、もう少し詳しく、と思わないでもないのだが、単なる雑学にしては内
 容が深く、バランスがいいのだ。唯一、内容の構成がバラバラに感じるのだが、これも読
 んでいる間はあまり気にならない。まあ、戦艦大和エノケンが並ぶのはあんまりだが。
 実は著者のバランスの良さが一番現れるのは、「沖縄戦」の記述である。07年の教科書検
 定において、沖縄の集団自決に対して「日本軍の関与」を削除するように決まった。もちろ
 ん、沖縄県民は大反発、その抗議によって時の文部大臣が検定のやり直しを指示する事態
 となったのである。著者も直接証拠はないとしながら、軍の関与を認める立場。しかし、
 著者はこうも書くのだ。「一度決まった検定結果を、事の善悪は別にして、政治的な圧力に
 よって簡単に修正して良いものだろうか」と。そして、著者は舌鋒鋭く、検定というシステ
 ム自体が持つ、本質的な課題に切り込むのである。素晴らしい。

●6224 昭和史裁判 (歴史) 半藤一利 加藤陽子 (文春社) ☆☆☆

 今最強のコンビと期待したんだけれど、これは河合と真逆でリーダビリティーが全くない。
 歴史の流れでも、事件を中心に、でもなく、個人を選んで二人が語るという体裁なので、
 語っている内容が、細かい上にあっちこっち跳んで、一体何について語っているのか解ら
 ない。意地悪く言うと、膨大な知識を持った二人のオタクが、内輪で盛り上がっている、
 という感じ。特に広田弘毅(「落日燃ゆ」読んでません)と木戸幸一は予備知識がほとんど
 なく、さっぱり解らなかった。まあ、近衛、松岡、そして昭和天皇となると、こっちも少
 しは知識があるのだが、それでも細かい。いったい、この本の顧客は誰なんだろうか。

●6225 遠きに目ありて (ミステリ) 天藤 真 (創元文) ☆☆☆☆

 浦和パルコで開催されていた古本市に「幻影城」のバックナンバーが結構あって、パラパラ
 とめくっていたら、ちょうど本書の第一作「多すぎる証人」が連載されていた。76年の1
 月号から6月号まで毎月連載されたようだ。僕はそのころはもう「幻影城」を読まなくなっ
 ていたが、泡坂、連城、栗本、竹本、等々今から考えると豪華な執筆陣だ。本書はご存知
 のように、脳性麻痺の障害児である信一君を安楽椅子探偵とした連作である。良く考える
 と、天藤にはシリーズキャラクターとしての名探偵が、少なくとも長編には存在しておら
 ず、たぶん彼が初めての名探偵だ。著者の友人だった仁木悦子の小説のサブキャラクター
 を借りて、信一君は誕生したとの事である。(WEBではなぜわざわざこういうキャラを
 選んだのか?という批判が多いが、もはや誰も仁木悦子夫妻のことなど知らないのだろう
 か)「幻影城」連載ということか、五編の作品は全てミステリ度は非常に高い。また「大誘
 拐」ほど完璧ではないが、著者の悪趣味もかなり抑えられている。ただ、丁寧に作られた
 職人の技、とは感じるが、残念ながらミステリとしては定型が多く、驚きはそれほどでも
 ない。冒頭の「多すぎる証人」は典型的。犯人はすぐわかるが、解決の論理というか逆説が
 まるでチェスタトンで、マニアはうれしくなってしまう。まあ、著者はチェスタトンが好
 きなんだろなあ。「宙を飛ぶ死」は、著者らしい無茶な設定に更にかなり大掛かりな(無茶
 な)トリックをフィーチャーしたが、ちょっと空回りか。「出口のない街」は、良く出来て
 いるが、これまたある意味定型で、意外性はない。「見えない白い手」もまた「皆殺し」と同
 じクリスティーパターンで犯人は解る。唯一最後の二回分載された中篇「完全な不在」には、
 かなり驚かされた。ただ、この大胆なトリックは安楽椅子とは合わず、本来は「善人たちの
 夜」に変わって長編とすべきだったと思う。こう書くと文句が多いが、全体としての水準は
 高く、著者のパズラー作家としての才能が前面に出た、貴重な作品と言えるだろう。

 ●6226 リトル・ピープルの時代 (社会学) 宇野常寛 (幻冬舎) ☆☆☆☆★

 まず冒頭の、村上春樹の「エルサレム賞」のスピーチに対する異議申し立てが素晴らしい。
 一気に引き込まれ読了した。そうそう、僕もそれが言いたかったのだ。「壁」と「卵」。「壁」
 をシステムと名づけてしまったことに僕は違和感というか、はっきりとした反発を感じた。
 しかし、それはまだ表層的な反応であった。本質は宇野がいうように、システム(構造)
 というものは、「壁」と「卵」を双方含んだ総体、関係性に他ならない。「壁」と「卵」という対
 立が生み出されてしまう構造こそが本質課題であり、どちらが正しいという論争は無意味
 である。それが大きな物語が壊死したポスト・モダンではなかったのか。確かにここにお
 いて、村上春樹は解りやすいビッグ・ブラザーの罠にはまり、後退してしまっている。こ
 れでは、彼にはリトル・ピープルを描けるはずがないのである。その結果、「世界の終わり
 」(デタッチメント)と「ハードボイルド・ワンダーランド」(コミットメント)に分裂した
 村上は迷走を続けることになってしまった。で、著者はその二つを新たな視点からつなげ
 たのは、「平成仮面ライダー」のシリーズだったというのである。正直僕は平成仮面ライダ
 ーを見たことがないのだが、いくら裏にはカードゲーム(ポケモン)があったとしても、
こんな複雑なストーリーだとは驚いてしまった。人類の次の進化がライダーであり、神の
ような存在が進化を嫌がりライダーを次々に抹殺していく、なんていうストーリーには頭
 がクラクラしてしまう。村上春樹とライダーを比較することがどうなのかはさておき、著
 者の論理は結構説得力があるのだ。しかも、解りやすい。(その裏腹にちょっと断定的す
 ぎるのだが)見田宗介によれば、現実の反対語は3つある。すなわち、理想、夢、虚構で
 ある。そして日本社会は、理想を目指す復興の時代、夢=革命を目指す政治の時代を経て、
 「虚構の時代」、すなわちポストモダンに突入した。それはサブカル的には、「ガンダム」や
 「ナウシカ」の架空の歴史年表で象徴される。しかし、「エヴァ」を経て、「虚構の時代」も既
 に終焉を迎え、現在は東によれば「動物の時代」であり、「データベースの時代」である。リ
 トル・ピープルとは「つながりの社会性」を背景とした、ネットワークの奇形的な肥大、進
 化に他ならず、現代日本のポップカルチャーは、ネットワーク上のN次創作にその主軸場
 が移行し、そこはいわば創作と消費との境界線が消失した空間となった。例えば「涼宮ハル
 ヒ」「ラキ☆スタ」らの京都アニメや、何よりAKB48がその証拠である。動物化、データ
 ベース、そしてキャラクターというような東の言葉の意味が、少しイメージできるように
 なったような気がする。そして、宇野は自らの回答として、「虚構の時代」の次に「拡張現実
 の時代」を置く。創作と消費の境界線が消失することで、如何に自らの現実を拡張できるか。
 バーチャル・リアリティーは現実と融合するのか。そしてその交通整理は誰が行うのか?
 誰もが自らの世界の父となれる世界に、神の見えざる手は存在するのか?「1Q84」を読ん
 でもさっぱり解らなかった「リトル・ピープルの時代」が少しイメージできそうだ。その他、
 震災のこと父のこと、色々書きたいのだが、とりあえず「ゼロ年代」に続いて、宇野を支持
 したいと思う。ネット上では今回も賛否両論、喧々諤々だが。(ただ、僕自身は未だその
 現場に繋がりたいという欲望は全く感じていない)

●6227 小松左京自伝 実存を求めて (NF) 小松左京 (日経新) ☆☆☆☆

 小松左京の死というものをうまく処理できないでいる間に時は過ぎていったが、図書館の
 本棚で本書を見つけ、良く考えるきっかけになった。本書の前半は日経に連載された「私
 の履歴書」なので、ほとんど既読だったのだが、後半の(とはいっても、こっちの方が分
 量が多いのだが)「自作を語る」のインタビュー記事(14回+高橋和巳)が充実してい
 て楽しめた。誰か筒井に関しても、同じ事をやってほしいと切に望む。何回か書いたが、
 僕は小松の良い読者ではない。初期の短編やハードSFはほとんど読んではいるが、いく
 つかの短編を除いては、いつも何か物足りなさを感じていた。まあ、「日本沈没」を読ん
 でないのだから、偉そうなことは言えないのだが、「こちらニッポン」も「首都消失」も
 あまり楽しめなくて、結局「沈没」は読まずにきてしまった。で、僕が一番好きな小松作
 品は70年代後半から「野生時代」に連載された「ゴルディアスの結び目」から始まる宇
 宙思弁SFの作品群であったが、「氷の下の大きな顔」を経て「虚無回廊」は未完に終わ
 ってしまう。小松は色んなことに手を出しすぎて、結局ありあまる才能を浪費してしまっ
 た気がしてしょうがない。彼こそが、理系や文系、文学やSF、西と東?を超越できる、
 巨大で懐の深い知そのものであったはずなのに。「SFを書き続けた理由を少しでも言い
 残しておきたい。宇宙は自分を認識してもらうために人間を生んだ、という考え方もでき
 るだろう。つまり生命の発生の原点から見直すと、僕はある意味で説明できる自信がある。
 その時は愛は使うかもしれないけど、神は使わなくてもいいだろう」こんな、かっこいい
 ことを、さらっと言える天才が再び現れるだろうか。まあ、何回もチャレンジしたが、今
 度こそ「果てしなき流れの果に」を読み直してみよう。

 ●6228 ガリレオの苦悩 (ミステリ) 東野圭吾 (文春社) ☆☆☆★

 新作だけでなく旧作も含めて全ての本が図書館の棚から消えていた東野の作品も、さすが
 に少しずつ戻り始めてきた。で、珍しくガリレオ・シリーズのハードカバーを見つけて読
 み出した。とは言っても「容疑者X」とは違って、短編集の第一作「探偵ガリレオ」の印
 象はあまり良くない。理系のトリックを前面に出されても、まあ文系の人間には魔法みた
 いなものだし、ストーリーやキャラもそれほどとは思わなかった。で、今回話には聞いて
 いたが、TV発のキャラクター内海薫が大きくフィーチャーされていて、リーダビリティ
 ーは格段に増している。ただし、薫のキャラは正しく柴咲コウがモデルで、まるでTVを
 見ているようにイメージできる。(湯川と薫、理系ミステリ作家湯川薫との関連は?)ス
 トーリーもバラエティーに富んだ上、良く練られていて、これなら「相棒」以上だろう。
 ただ、「操縦る」や「攪乱す」に顕著なように、やっぱり理系トリックは性に合わない。
 また「操縦る」や「密室る」は、最近の下町ものに良くある人情ミステリで、これがイマ
 イチ湯川のキャラと合わない。で、その後の唯一の書下ろし作品「指標す」で、クールな
 味を出すのかと期待したが、それほどでもなかった。結局冒頭の「落下る」が、皮肉な小
 品だけど一番気に入ったかな。(シチェイションが「蝶々殺人事件」で、トリックは「本陣
 殺人事件」?)しかし、あまりもスムーズに読めるのに驚いたが、ああこれは初期の87
 分署シリーズに近いのではないか?と感じてしまった。

●6229 デパートへ行こう (ミステリ) 真保裕一 (講談社) ☆☆☆

 刊行時は図書館で予約が多すぎて、すぐあきらめた作品だが、だいたい2-3年たつと棚
 で手に入るようになるようで、早速借りてきた。ただ、題名からわかるようにたぶん本書
 も「火天風神」デパート版、というような作品だろうなあ、とイマイチのらなかったんだけ
 ど、やっぱり正にその典型的な作品だった。で、読んでいて思ったのは、これって三谷幸
 喜の映画にそっくり。そうか、だから僕は三谷の映画(「有頂天ホテル」や「マジックアワー
 」)が嫌いなんだ。納得。

 ●6230  横道世之介 (小説) 吉田修一 (毎日新) ☆☆☆☆

 これまた刊行時には予約が満杯だった本。何度も書いたが、僕は吉田修一が好きではない。
 といっても、「パレード」と「悪人」しか読んでいないのだが、前者の不自然などんでん返し
 も違和感があったが、何より「悪人」は陳腐な物語にしか読めなかった。本書もゆるい冒頭
 を読んで、本を投げ出しかけたのだが、いきなり20年後の物語が挿入され、作者の狙い
 というか、仕掛けを理解してからは、わりと面白く読めた。ただ、バブルとリーマンショ
 ックを行き来する物語は、ややもするとあざといまでに計算を感じてしまうのも事実。そ
 こに、全てにYesと答える横道世之介、誰もが忘れているが、思い出すと懐かしく貴重な存
 在、を置くことによって(世之介の現在だけが描かれず、過去だけの存在)、著者はふた
 つの断絶した時代を対比しながら、繋ごうととしたのだろう。しかし、僕にとってそのト
 リックスターを務めたのは、世之介ではなく与謝野祥子であった。彼女の存在こそが本書
 を凡庸さから救っている。過去においては浮世離れしたお嬢さんでありながら、現在は国
 連の職員として途上国でバリバリ働く祥子が、時を越えて見事に矛盾なく繋がっているの
 である。それに比べれば、世之介の人物造形は決して成功しているとは言いがたいが、「
 与謝野祥子以外、開封厳禁」の封筒に免じて、採点は少しおまけ。

●6231 魔王の血脈  (歴史) 河合 敦  (小学館) ☆☆☆

 てのひらを返すようで悪いんだけど、これはイマイチ。狙いどころはいいかな、と思った
 んだけど、やっぱりこの時代は情報が既にたっぷりあるので、目から鱗はあまりない。(
 秀頼が2メートル近い大男だった、というのはちょっと驚いたが)まあ、何より結局織田
 一族には、それほど魅力的な人物がいないのだ。「へうげもの」でも大活躍?の織田有楽斎
 くらいか、異彩を放っているのは。もちろん、浅井三姉妹や徳川、更には皇室における信
 長の血をたどれば興味深いと思ったのだが、そこは嫌にあっさりしている。まあ、著者の
 作品を調べたら、「新撰組」や「龍馬」や「坂の上の雲」等々、大河便乗のような本をかなり出
 している。そのあたり、眼の付け所がいいのか、節操がないのか・・・

●6232 火の接吻 (ミステリ) 戸川昌子 (講談N) ☆☆☆

 何か天藤絡みでひさびさに「大いなる幻影」のことを考えていたら、図書館で本書を見つけ
 て読み出した。オフビートというか変わった作品である。登場人物、いや作品世界そのも
 のが妙にリアリティーが希薄なのだ。物語の設定、子供時代にある放火殺人事件に関わっ
 た三人(殆ど実名は使われず、「犯人」「消防士」「刑事」と表記される)が大人になって新た
 な事件に巻き込まれるという展開は、そうあの「永遠の仔」に相似なのに、印象は全く違う。
 まるで「プリズナー」のような幻惑を誘う迷宮感。ミステリというよりファンタジー。ライ
 オンや火吹き男はランボーフェリーニであり、謎の誘拐組織など「さよならギャングた
 ち」なみにリアリティーがない。で、最後に明かされる(とってつけたような)どんでん
 返し。でも、きっと作者はこんなことを書きたいわけではなかったのだろう。いや、あま
 り考えずに幻想的な物語を、本能に任せて紡いでいただけなのだろう。そうでなければ、
 放火現場にライオンがいて、死体の胃袋から消防士の身分証明書が出てくる、なんてシュ
 ールな展開はあり得ない。

 ●6233  石  (ホラー) 小松左京 (出版芸) ☆☆☆☆

 小松左京が読みたくて、図書館をあさったのだが、ハルキ文庫以外はめぼしいものが見当
 たらない。で、何とかソフトカバーの本書(ふしぎ文学館)を見つけて、読み出した。本
 書はホラー傑作集。あの「くだんのはは」や「保護鳥」が収められている。さすがに70年前
 後すなわち40年近くも前の作品なので、いろいろ思うところがあった。まず前に松本清
 張を読んだときも感じたのだが、この頃の作品は描写が結構シンプルだ。先に述べた「く
 だんのはは」や「保護鳥」も、あっという間に終わる。また、文体も癖は少ない。(だから
 四十年も持つんだろうが)ひょっとしたら、エンターテインメントの文体は、キング以前、
 キング以降で大きく変わるのではないか、そんな気がした。また、結構後の作品に影響を
 与えているものも多い。(「葎生の宿」はまるで「ハウス」であり、それは「六番目の小夜子
 に続く。あ、三津田にもあったな)ただ時代の要請か、最後に無理やりオチをつけてしま
 う作品が多いのは残念。また、学生時代は解らなかっただろうが、今なら「黄色い泉」や「比
 丘尼の死」のモデルはすぐ解ってしまう。そんな中で、オチこそトンデモだけど、震災=停
 電の日常(それが、3・11に相似なのだ)とその断絶、終了を淡々と描いた、冒頭の「夜
 が明けたら」が心に染みた。題名が効いている。また「くだんのはは」はさすがに怖くはない
 が、やはり完成度の高い傑作と再確認。(一体何回読んだだろうか)ただ、「保護鳥」は、
 「お召し」や「神への長い道」のように、初読のときの感動は無理であった。さて、次はどう
 しようか。無謀なことに未完の「虚無回廊」1-3を予約してしまったが。

●6234 背が高くて東大出 (ミステリ) 天藤 真 (創元文) ☆☆☆☆

 70年代前半から中盤までの短編集。あんまり期待していなかったせいか、結構面白く読
 んだ。良く考えれば、この時期は「鈍い球音」で復活し、「大誘拐」を書き上げるまでの一番
 油ののっている時期ではあるが。とんでもない題名ではあるが、これは天藤自身が正に、
 背が高くて東大出、なので許されるギャグだろうか。解説で鷹城が分類しているように、
 本書にはショートショート、短めの短編、短編、中篇、が10編収められている。個人的
 にはショートショートと短編はつまらないが、短めの短編はなかなか面白く、そして何よ
 り長めの中篇二作品、「日曜日は殺しの日」と「死神はコーナーに待つ」が良く出来ている。
 後者はたぶん「幻影城」で読んだはずなのだが、もちろんすっかり内容は忘れていた。全体
 に相変らず下世話な描写や話が多く、それは当時の中間雑誌の要望でしかたがない部分も
 あるだろうが、僕には邪魔。ただし、上記の中篇2編は異常にミステリ密度が高く、複雑
 な構成となっている。「日曜日」のトリックのシチュエイションは「死角に消えた殺人者」に
 似ており、「死神」の犯人の設定は「炎の背景」に似ている。ただし、長編だと人物造形と複
 雑なトリックや悪の組織?の間に齟齬が生じ、リアリティーが損なわれるのだけれど、中
 篇だと自ずから深い人物描写の余裕はなく、ストーリー展開重視となり齟齬が生じにくい
 のだ。両方とも、かなり複雑な話で良く考えると無茶な部分が多いはずなのだが、たたみ
 かけるようなストーリー展開が、考える余裕を与えないのだ。

●6235 マンガ家のひみつ (対 談) とり・みき (徳間書) ☆☆☆★

 とり・みきの新作「トリッター」を図書館に予約しようとしたら、「マンガ」扱いで購入予定
 はないと言われてしまった。で、古い本だけど本書をデータの中で見つけて予約してしま
 った。女性作家は知らない人だが、江口寿史永井豪ゆうきまさみ吉田戦車、吾妻ひ
 でお、等々の錚々たるおたく作家たちとの対談は面白く読めたが、やっぱりちょっと古い
 かな。

 ●6236 屍 界 (ミステリ) 五條 瑛 (双葉社) ☆☆☆☆

 革命小説シリーズも遂に第9作。ゴールは間近か。というわけで、やっと大きな物語の全
 貌が、おぼろげながら見えてきた。これだけ登場人物が多く、複雑な物語だと本書だけを
 読んだのでは、さっぱり話が見えないかもしれないが。そして、物語はクライマックスに
 向かって爆走を始め、馴染んだキャラクターたちが次々無慈悲に死んでいく。まるで、「
 マッドマックス2」や「ファニーゲーム」の死者のように。いったい、戦時中に集団で日本
 に連れてこられた赤ん坊たちの役割は何だったのだろうか。権力の世代交代と同時に、日
 本の変革、いや革命がスタートしたとき、その方向性はどちらを向いているのか。「燃え
 る波濤」のように竜頭蛇尾に終わることなく、著者の考える「革命」を徹底して展開して、
 きちんと完結させてほしい。

 ●6237 神の棘  (ミステリ) 須賀しのぶ  (早川書) ☆☆☆☆

 著者に関しては、コバルト系の作家だということしか知らずに読み出したが、なかなか大
 した筆力であり、大長編をまとめあげるプロットも特筆もの。趣味の悪い表紙に騙されず
 是非読んでみて欲しい。本書の舞台は、ナチス時代の欧州(ドイツとイタリア)。ハヤカ
 ワワールドは皆川博子といい、ナチス決め打ちなのか?ナチスのエリート将校アルベルト
 対カトリックの抵抗者、修道士マティアスという図式で物語は進むが、アルベルトは妻の
 裏切りによって、出世頭から転落していく。(ナチスカトリック共産主義の三竦みの
 構図は面白い)冒頭のアルベルトのスパイとしての活躍から舞台をイタリアに移して、骨
 太の戦争小説へと本書は変貌する。そして、この太い物語こそが、ラストの大逆転から目
 をそらすレッドヘリングでもあったのだ。「仮面山荘」と違って、こっちは見事に騙された。
 伏線も素晴らしい。重くて孤独で全く救いの無い結末なのに、なぜか乾いていて、明るい。
 瞬間時が凍結し、余韻がいつまでも残る。まるで、「悪童日記」だ。

 ●6238 仮面山荘殺人事件 (ミステリ) 東野圭吾 (講談文) ☆☆☆★

東野にこんな作品あったっけ?という感じだったが、ネットでは評判が高い。で、読了し
 て納得。もし、ミステリの初心者が初めてこのパターンを読んだら、そりゃ驚天動地、び
 っくりするだろう。しかし、残念ながらとっくに擦れきったマニアには、これは解ってし
 まう。東野は非常に丁寧に伏線を張ってくれているので。まあ、山荘に銀行強盗が立てこ
 もり、その上で殺人が起きたりしたら、マニアは疑います。僕は警察の行動のゆるさで解
 ってしまった。(このトリックをクリスティーに例えている人が多いが、それはちょっと
 違う。まず比較すべきは、あの有名な映画でしょう。そう言えば、宮部みゆきにも良く似
 た趣向の長編があった)しかし、さすがは東野、小技がうまい。特に今回は被害者のピル
 ケースの薬についての、様々な推理がまさかこんな着地をするとは思わなかった。まあ、
 後味は悪くなってしまったが。

 ●6239 鍵のかかった部屋 (ミステリ) 貴志祐介 (角川書) ☆☆☆☆

 「硝子のハンマー」は傑作だと思ったが、正直「狐火の家」はイマイチだった。で、まだ
 青砥&榎本コンビの短編集がでるとは思わなかったのだが、今回は傑作。やっぱり乗って
 る作家はちがう?今回も四つの密室殺人が描かれるが、正直言って状況があまりに複雑で
 イメージできない作品ばかりで、最初は投げ出そうかと思った。しかし、細かいところは
 無視すると、四作とも結構クリエイティブなトリックが使われているのだ。(まあ、結局
 「本陣」だって「刺青」だって、細かいところは良く解らないのだが)まあ、「歪んだ箱」と
「密室劇場」のトリックは笑ってしまうが。(後者は前作にもあった、ギャグ作品?)まさ
 か、アハ・ムービーが密室トリックになるとは。ただ、たぶん意識的なんだろうが、あま
 りにも現場が不自然すぎて、本来ならシリアスな物語と拒絶反応を起こすはずなのに、榎
 本と青砥(今回は更に暴走!)のコンビが、一見シリアスなのにオフビートで、結局笑い
 ながら読んでしまうんだよね。これは、作者の計算勝ち。特に表題作の密室殺人への榎本
 の関わり方は大爆笑。