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2011年 7月に読んだ本

●6181 新宿鮫Ⅹ 絆回廊 (ミステリ) 大沢在昌 (光文社) ☆☆☆☆

 ひさびさの新宿鮫、しかも10冊目。箕浦さんによれば20年かかってここまで来た
 ようだ。正直、最近の僕は大沢の良い読者ではない。どうも、最近の作品には構築美
 を感じられず、余程のことがないと新刊は読まなくなっていた。それでも、新宿鮫
 別なのだが、何せ五年ぶりのシリーズ新作ということで、やっぱり大沢を読むのはひ
 さしぶり。そして、読み終えて感じるのだが、今回は著者はかなり丁寧に設計図を書
 いたのではないか。なぜならば、この作品は第一作とシンメトリーな構成になってい
 ると感じるのだ。残念ながら詳しくは書けないが、そこをかなり意識的に描いている
 気がする。そして、鮫島はこの十作で作り上げてきた世界を捨てて、新たな一歩を踏
 み出さざるを得ない。それとも、次回は力石戦の後のジョーのように彷徨を繰り返す
 のか?大沢版大鹿マロイの動機がイマイチ納得できなかったり、ある人物と香田の関
 係があまりにも偶然すぎるとか、気になる部分もあるが、ここはこのシリーズのひと
 つの到達を寿ぎたい。間違いなくこのシリーズには、次回何らかの転換が生じる。た
 だし、僕のシリーズのベストである第2作「毒猿」の持つ熱さを、最近の大沢がどこ
 かに置き忘れてしまっているのも確かだろう。それは本書も然り。たぶん大沢作品が
 本当に熱かったのは「闇先案内人」が最後ではないか。

 ●6182 エコーズ (ミステリ) 早瀬 乱 (角川書) ☆☆★

 乱歩賞作家の大作(ページ数のこと)ということで、「ジェノサイド」の夢よもう一
 度と読み出したのだが、超特大のファールというか、暴投だった。(いや、野球と思
 ったらクリケットだったという感じ?)よくも、こんな魅力的な素材をこんな下手糞
 に調理するなあ、という感じ。冒頭に置かれた「ロータス・イーターズ」という、気
 持ちは悪いがこれはこれで魅力的な架空のSF小説を巡る、長い長い物語は、アチコ
 チぶつかってよたよたしながら、結局一番安易な終わり方に逃げてしまった。しかし、
 本の雑誌の書評で大森の評価は高いんだよね。本当ゲテモノ好きだ。

 ●6183 完全なる首長竜の日 (SF) 乾 緑郎  (宝島社) ☆☆☆☆

 これはもう、文体とセンスの勝利。題名がサリンジャーとは気がつかなかった。正直、
 SF(ミステリ)としては使い古されたネタで、途中でオチは解ってしまう。しかし、
 それでも本書は面白く読めた。主人公の少女漫画家の生活が、(少なくとも)僕にはと
 てもリアルに感じられた。そして、大森が言うように、PKディックもまた何気ない日
 常の描写がうまいからこそ、現実がべろりと剥ける恐怖を描けたのだ。本書もまさにそ
 うであり、更に本書は優れて映像的である。何度も繰り返される海辺の真っ赤な旗のイ
 メージは強烈である。夢に出てきそうだ。(冒頭の青酸カリの使い方が素晴らしく効果
 的)そして読むものに否応がなく「インセプシオン」や「パプリカ」の映像を想起させ
 る。最後に本書のコンパクトな長さも勝因。これが「エコーズ」のようにだらだら長か
 ったら、たぶん途中で飽きてしまっただろう。

 ●6184 夜の明けるまで (時代小説) 北原 亞以子 (講談社) ☆☆☆★

諸田玲子松井今朝子、の次は宇江佐真理と行くつもりだったんだけど、宇江佐の作品
 が多すぎて結局どれを読めばいいのか解らなくなってしまった。そこで方針変換して、
 ふたつの明確なシリーズを持っている北原亞以子を読み出した。(しかし、何で時代小
 説作家はこんなに量産できるんだろう?といつも思うのだが、きっとミステリやSFが
 本来は量産がきかない、というのが正しいのだろう)で、そのシリーズのひとつ、深川
 澪通り木戸番小屋の一編で吉川英治賞受賞作の本書を手に取った。上記の作家たちと同
 じく著者も文章は達者だ。(まあ、作家歴はかなり長いようだが)ただ、一作一作が僕
 にはかなり短く感じた。あっという間に終わってしまうのだ。だからいいのかもしれな
 いが、今のところちょっと保留。省略の美学が効きすぎている?

 ●6185 葉隠物語 (歴史小説) 安部龍太郎 (H&I)  ☆☆☆★

これまた司馬史観のせいかもしれないが、佐賀と言えば鍋島閑叟(アームストロング砲)
 しか思い浮かばず、佐賀こそあの葉隠の国であったことをつい忘れがちであった。今回
 著者が用いた方法は、デビュー作「血の日本史」の原点に戻って、葉隠の中のエピソー
 ドをそれぞれ短い小説に仕立て、この思想及び冊子の誕生までを描いていく、というも
 のであった。その結果、個人個人の描きこみは足りないが、葉隠という思想が一人のも
 のではなく、佐賀という土地の歴史とともに誕生していく様が見事に描かれることとな
 った。しかし、ここで描かれるあまりに多くの死=切腹は、本質的にはやはり僕の好み
 ではないのも確かで、絶賛はためらわれるのだ。

 ●6186 パンとペン (ノンフィクション) 黒岩比佐子  (講談社)  ☆☆☆★

 副題「社会主義者・堺利彦と「売文社」の闘い」とあるように、幸徳秋水大杉栄に比
 べて地味な印象の堺利彦の、更に「平民社」に比べて無名の「売文社」を描いたノンフ
 ィクション。昨年評判になり図書館で予約したのだが、なかなか入手できず、一端は解
 約?したのだが(予約総数が30冊と決まっているため)ある理由で再び予約し、9ケ
 月かかって手にとることができた。その理由とは著者の年齢が僕よりひとつ上で、何と
 本書を上梓してすぐ亡くなった、すなわち真の畢生の大作であることを知ったからだ。
 しかし、残念ながらこの題材は僕の琴線に引っかからなかった。予想通り?宮武骸骨が
 絡んできた部分などはわくわくしたが、まあ邪道であろう。どうして僕は当時の日本の
 左翼運動家に興味が持てないのか、いちどよく考える必要があるかもしれない。本書の
 奥付には、2010年10月7日第一刷発行、2010年12月20日第四刷発行とあ
 り、その上の著者略歴の最後に、2010年11月17日死去、とある。合掌。

 ●6187 「意識の量」を増やせ! (ビジネス) 齊藤 孝 (光文新) ☆☆☆☆

 齊藤の本には物足りないこともあるのだけれど、時々見事に僕の問題意識とシンクロす
 ることがある。(今までは「質問力」や「名人はなぜ手を抜かないか」あたり)今回も
 ど真ん中。社会力は「意識の量」である。できる人は「意識の量」が多い。「意識小僧」
 を出動させろ。などという言葉は、僕の実感と正に共鳴する。途中、金井先生のように
 いろんな人のいろんな事例が、あまり深く検討されずに(表層的に)次から次に引用さ
 れるのにはやや鼻白むが。

 ●6188 銀の島 (時代小説) 山本兼一 (朝日新) ☆☆☆

 時は室町末期、布教のため荒波を乗り越えて来日したあのザビエル、ザビエルに心酔し
 ゴアでキリスト教を学んだアンジロウ、石見銀山を狙うポルトガル商人バラッタ、海賊
 王直、そして当時の日本の歴史的人物たち・・・いくらでも面白くなる要素がありなが
 ら、結局不完全燃焼に終わったのはなぜだろうか。今回も、「利休にたずねよ」ほどで
 はないが、凝った構成にもなっているのに、どうにも乗り切れない、感情移入しずらい
 のは、ひとえに人物描写が表面的だからだろう。ライノベとまでは言わないが、上記の
 主役四人にしても、いかにも紋切り型に感じてしまう。だのに、視点がどんどん移って
 いくので、結局感情移入ができないのだ。猛暑によって、僕の意識小僧の活動が弱って
 るのは確かだろうが。

●6189 プリズム (ミステリ) 貫井徳郎 (実業日) ☆☆☆☆

 北原亞以子慶次郎縁側日記の第一作「その夜の雪」が予想に反して、あまりにも重く
 痛い話だったので再度方針転換。今回のターゲットは貫井にすることにした。貫井はデ
 ビュー作の「慟哭」はリアルタイムで読んでそれなりに驚いたが、一発屋に違いないと
 勝手に決め付けていた。それが「慟哭」が書店員のプッシュでブレイク、一躍人気作家
 になり(何と加納朋子と結婚していたこともわかり)一度他の作品も読みかけたときが
 ある。で「神のふたつの貌」を読んだのだが、駄作とは言わないが微妙に違和感を感じ
 てストップしてしまっていた。そんな時でも本書は、「毒入りチョコレート事件」に挑
 んだガチガチの本格パズラー多重解決モノと聞いていたので、何度か図書館から借りて
 は結局読まずに返すことを繰り返していた。というのも、僕は「毒入りチョコ」の多重
 解決よりも、「偶然の審判」のシンプルな美しさを愛するものであり、デクスターのよ
 うに何度も推論が覆されるというパターンは好きでないことに気づいてしまっていたか
 らである。長くなったが、結論から言うと本書は合格。冒頭少年少女の推理から始まる
 ので、なんだ子供たちの推理合戦なのか?と引いてしまったが、第二章でびっくり、何
 と本書は前章で犯人と推理された人物が次章では探偵役に変わる、というとんでもない
 荒業に挑んだ作品なのだ。しかも、殺された女性の像が、語り手が変わるたびにプリズ
 ムのように光の色が変わる。なかなかの技。しかし正直、途中でさすがに苦しくなる。
 なんで、この人物がここまで探偵しなければいけないの?という感じ。やはり単純に全
 員を一箇所に集めての推理合戦の方が良かったのでは、と感じた。しかし、最終章の更
 なるどんでん返しが素晴らしい。そうか、ひょっとしたら多重解決よりこっちが書きた
 かったんではないか、と思える切れ味の良さだ。そして思うのは、こんな複雑で無理筋
 の話を、サラッとリアルに描ける文体は、東野圭吾を思わせると。

 ●6190 失踪症候群 (ミステリ) 貫井徳郎 (双葉社) ☆☆★

 お次は、貫井の初期代表作らしい症候群三部作の第一作。実は図書館で「貫井徳郎症候
 群」というムック本を見つけてしまい、それを頼りに読んでいるのだ。しかし、これは
 ダメ。まずストーリーがつまらないし、キャラクター描写が薄っぺらである。その結果、
 貫井版ハングマン?とか必殺シリーズとか呼ばれているらしい、警視庁の秘密組織に全
 くリアリティーがない。まあ、あっという間に読めたけど。

 ●6191 誘拐症候群 (ミステリ) 貫井徳郎 (双葉社) ☆☆☆

 第二作も残念ながらダメ。基本的な感想は前作と同じ。まあ、全体的に少し改善されて
 いるが、不可であることには変わりない。読んでいて感じたのは、微妙なデジャヴとい
 うか、既視観。で、その正体は山田正紀の「女囮捜査官シリーズ」であった。上記のム
 ック本に写っていた貫井の本棚には、山田の本がずらりと並んでいたし、これはあなが
 ち外していない気がする。問題は、僕が「女囮捜査官」のテーストが嫌いなことだ。

●6192 殺人症候群 (ミステリ) 貫井徳郎 (双葉社) ☆☆☆★

 たぶん、前二作を合せたより分厚い最終作。一応、本書が貫井の代表作の一つらしく、
 前二作はまあ露払いと思って読んだ。確かに本作において、スタイルや物語の重厚さは
 格段に進歩していることは間違いない。しかし、残念ながら僕は本書を傑作とは考えな
 い。重厚かつ分厚いのではなく、無駄に水脹れしているとさえ思う。何より、全体を貫
 く、愛する者の復讐殺人は許されるか、というテーマの処理がいただけない。貫井はそ
 の事例をこれでもか、というほどいろんな角度から数多く描いてくる。その結果、重く
 辛く痛い物語がいったい何回本書で描かれることか。しかも、残念ながらそれらの描写
 は類型的で表層的だ。このテーマなら、東野圭吾の「さまよう刃」のように、ひとつの
 事件を掘り下げるだけで、十分効果を持つはずだ。何も必殺仕事人を出す必要はない。
 また、本書でも貫井は得意?の大トリックを仕掛けているが、その必然性と効果は疑問
 だ。逆にそのしばりで、描写が表層的になってしまっているのではないか、とさえ感じ
 る。今、湊かなえや本書のような、とても嫌な話がベストセラーになるのはどうかなあ、
 とつくづく考えてしまう。例えば、難病の息子を持つ看護婦のパーツを「半落ち」と比
 べてもらえば、僕の言いたいことが伝わるのではないか。結局、この警視庁の秘密組織
 ?など必要だったのか?僕が著者に抱いてきた違和感は、どうやら構築美にありそうだ。
 著者はうまくなると同時に、自分の筆の進みにまかせてしまい、その結果無駄に物語が
 長くなる傾向が強い。(ムック本での瀬名との対談でも、事前にプロットを考えないと
 豪語して、瀬名を驚かせている)たぶん「修羅の終わり」もそうなのかなあ。厚いし。
  
 ●6193 修羅の終わり (ミステリ) 貫井徳郎 (講談文) ☆☆☆

 「慟哭」の系列の初期の代表作、とのことだったので、残念ながら読み出したとたんに
 基本トリックの予想がついた。「慟哭」では二つだったストーリーが、今回は3つカッ
 トバックで進んでいく。で、その分分厚くなってしまっているのだが。で、この3つの
 ストーリーがラストでどうリンクするか、がキモであることはすぐ予想がつくのだが、
 何と結局そのうちの一つは単なるレッドヘリングに過ぎず、本筋と絡まないのである。
 こういうのを水増しというのだろう。やはり、本書も無駄に長い。半分で十分だろう。
 (僕は真相を更に一回捻って予想していた。まさかこんなストレートな結末とは・・)

 ●6194 鬼流殺生祭 (ミステリ) 貫井徳郎 (講談文) ☆☆☆☆

 明治ならぬ明詞という架空の時代を舞台にした時代ミステリ。まさか、貫井がこんなシ
 リーズを描いていたとは知らなかった。で、ネットでは評価が散々な本書を僕は結構楽
 しんで読んでしまった。基本的に古典的パズラー要素が満載なのだ。横溝正史の器に、
 京極と三津田を盛り込み、風太郎風味で仕上げたコテコテのパズラー。(「安吾捕物帳
 」「東京異聞」も入っているか)基本にある大掛かりなトリック(京極に似た前例があ
 る)は予想がつくのだが、ある一族が近親婚を繰り返す理由である横溝的伝説の真の意
 味が明かされる部分は、なかなか感心した。うまい。まあ、全体にB級テーストである
 ことは間違いないが、このレベルなら十分満足できる。

 ●6195 妖奇切断譜 (ミステリ) 貫井徳郎 (講談文) ☆☆☆

 シリーズ第二弾で、著者本人はこっちの方に大いに自負があるようだが、僕は本書は評
 価できない。基本的に今回は「占星術殺人事件」とクイーンの「九尾の猫」がモチーフ
 だと思うが、ちょっと動機が無理すぎるし、犯人は登場人物が少ないので解ってしまう。
 また、バラバラ死体を稲荷に捨てる理由も噴飯モノ。トリックの本質は島田というより
 連城のテーストが強い。第三作も構想されているようだが、何となく朱芳の病気の正体
 が予想がつくんだけれど・・・

 ●6196 不謹慎を笑え (エッセイ) 鴻上尚史 (扶桑社) ☆☆☆☆

 今回のコーカミは結構元気です。第三舞台は遂に解散した(というか、まだ続いていた
 の?)ようだけど、虚構の劇団であの「ハッシャバイ」をやったとは。見逃してしまっ
 た。個人的には戯曲を読んで感動?したのは、つかこうへいとコーカミだけ。つかは「
 熱海殺人事件」を、風間、平田、加藤、というオールスターで紀伊国屋で観たのに・・
 「ハッシャバイ」と「モダンホラー」が僕に与えた影響は、実はかなり大きい。

 ●6197 光と影の誘惑 (ミステリ) 貫井徳郎 (集英社) ☆☆☆☆

 ハマショーみたいな題名だが、比較的長めの中篇四作が収録されていて、これはレベル
 が高い。確かに貫井入門書としては最適だ。「長く孤独な誘拐」は、岡島二人的な誘拐
 ミステリだが、ひねりが効いている。傑作。「光と影の誘惑」は、正に「慟哭」パター
 ンの作品。結局このトリックは短編の方が向いていると確信。長編だと個人を描けば描
 くほど無理筋に感じてしまう。短い切れ味が勝負。ただ、この作品我孫子のあの作品に
 似ている気もする。「我が母の教えたまいし歌」これも、驚愕のラストのはずなのだが、
 さすがに解ってしまった。ロス・マクやニーリイの超有名作と同系列のトリックだが、
 たぶん著者は意識してないだろう。あ、これ「たんぽぽ娘」の裏・黒バージョンではな
 いか、と今思いついた。で、あと一編はなぜかカリフォルニアが舞台だが、正直評価す
 るにも値しない。

 ●6198 郵便的不安たちβ (思想哲学) 東浩紀 (河出文) ☆☆☆☆

長山靖生SFマガジンの書評で、「存在論的、郵便的」は難しかったけど、「郵便的
 不安たち」は何とか理解できた、と書いていて全くそのとおり、と頷いてしまった。本
 書は90年代颯爽と?論壇に登場した東の新たな評論集ではなく、何と「郵便的不安た
 ち」の♯に続く二回目の文庫リミックスということらしい。現在の東の急激な変化に彼
 の姿を見失っていた僕にとって、もう一度原点を見つめる意味で有意義な読書だった。
 とにかく、東の自らを相対化してしまう潔さに脱帽。「存在論的、郵便的」は浅田彰
 頭の良さを褒めてもらいたいために書いたのであって、本来は書くべきではなかった、
 何て言われると、ついつい長山の言葉に納得してしまう。そうか、あれはわざと難しく
 書いていたんだと。本書の白眉はやはりサブカルチャー論であって、エヴァンゲリオン
 論は改めて興奮した。また、宮台との対談の中で、互いにパラレルワードに関して語っ
 ている部分は「クウォンタム・ファミリー」を予言している。それにしても「思想地図
 β」及び「コンテクチュアズ」の設立によって、結果的に一人勝ち状態になってしまっ
 た戦う思想家東の今後は、どちらに向かうのだろうか?

 ●6199 被害者は誰? (ミステリ) 貫井徳郎 (講談N) ☆☆☆★

今回はパット・マガーに挑戦ということで、「被害者は誰?」「目撃者は誰?」「探偵
 は誰?」「名探偵は誰?」の四篇収録。まあ、東野の天下一シリーズや折原の「五つの
 棺」を思わせる、ドタバタミステリだが、一応パズラーのツボも何とか押さえてはいる。
 ただ、ちょっとシチュエイションが苦しい。だからこそ、アンチ・リアリズム路線をと
 ったんだろうけど。 まあ、貫井の芸風の広さは良く解る作品。

●6200 愚考録  (ミステリ) 貫井徳郎 (創元文) ☆☆☆☆

 結論は、良くこんな嫌な話を美しくまとめるなあ、という感じ。あまり期待していなか
 ったせいもあるが、傑作だと感じた。古くはサンダースの「盗聴」から最近は恩田の「
 Q&A」まで、それほど珍しくない書簡及びインタビューのみで構成される、というパ
 ターン。そこに、冒頭に折原っぽい三面記事が置かれ、各章の間に土屋隆夫のような少
 女のモノローグがはさまる。(内容は土屋の数倍えぐいが)これらが、ラストで見事に
 ひとつに収斂する。基本は貫井パターンの延長と言って良いが、その使い方は洗練され
 ており、今までのベストと感じる。問題は、繰り返すが何でこんな嫌な話にしなければ
 いけなかったか。まあ、動機を考えると必然だったのかもしれないが、それにしても貫
 井のこのタイプの作品はえぐい。しかし貫井や湊の作品は嫌な話なのに、良く考えたら
 かなり似たシチュエーションの桐野の「グロテスク」は、なぜか怖い話になってしまう。

●6201 アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない
                 (エッセイ) 町山智浩 (文春P) ☆☆☆★

 図書館予約すると、人気作家はちょっと油断すると500近いオーダーが入ってしまう
 のだが、実はオーダーが20くらいだけれど蔵書が(さいたま市内で)一冊だけという
 パターンの方がなかなか入手できない場合が多い。(ベストセラーは蔵書も多い)で、
 なぜか新書はそのパターンが多く、本書も途中であきらめていたのだが、何となく予約
 してみると「天才勝新太郎」とともに図書館の棚にあった。まあ、08年の本だからそ
 んなものか。さすがに手垢に汚れているけど。で、内容は悪くはないのだが、題名から
 思い浮かぶような米国(の田舎モノ?)の優雅独尊、厚顔無恥を嗤う、というよりブッ
 シュ批判とファンダメンタリスト批判に集中している。しかも、いろんなエッセイを集
 めたものらしく、全体の構成もバラバラした感じ。だからひどいなあとは思うが、結構
 想定の範囲内の話が多い。まあ、これもある程度理解していたが、マケインって結構い
 い奴だなあ。

 ●6202 天才 勝新太郎 (NF) 春日太一 (文春新) ☆☆☆☆★

 これは傑作。変な表現だが新書ではもったいない力作。本書の後半の重要なエピソード
 のひとつである、大河「独眼竜正宗」に出演した勝を僕はリアルタイムで見て、大きな
 ショックを受けた。で、いつも勝は大麻事件などとは全く違う天才なのではないか、と
 感じていたのだが、それを素晴らしく証明してくれたのが本書だ。とにかく冒頭のTV
 版座頭市の撮影の部分が凄い。一気に引き込まれる。勝は監督、脚本、演出、編集、全
 てを自分でやっていくのだが、これはもう正につかこうへいの演出技法「口立て」の先
 取りだ。脚本はほとんどなし、現場のアドリブを助手が脚本化していく。あるときなど
 吉永小百合にいろんなシーンを演じさせて撮影し、それを並び替えてひとつの物語を後
 づけで作ってしまう。正に天才の技である。しかも勝は最初からアバンギャルドかつ自
 由奔放だったのではなく、若い頃は長谷川一夫のもと時代劇映画の王道基本を学んだ上
 で、それに飽き足らず勅使河原らの影響を受け、自らの唯一無二のスタイルを作り上げ
 ていく。正に守破離の実践そのものである。それにしても、たぶん無数の雑多な情報を
 見事にスムーズな物語に仕立て上げた、作者の筆力には脱帽である。勝の映画を殆ど観
 たことがない僕が、一気にはまってしまう、それほど熱いながらも抑制が効き、しかも
 対象への愛に溢れる、これぞノンフィクションというべき傑作である。

 ●6203 犯罪(ミステリ)フェルディナント・フォン・シーラッハ(創元社)☆☆☆☆  

ドイツの弁護士が書いた、11の犯罪小説。実話なのかどうかは定かではないが、どの
 話も奇妙に捩れている。誰かが、まるで異色作家短編集の一冊のよう、と評していたが
 ダールやエリンとは肌触りが微妙に(かなり?)違う。ちょっと、今まで読んだことが
 ない奇妙な味だ。作者と犯罪者の位置が近いような、遠いような。リアルなような、フ
 ァンタジーのような。作品としては、冒頭の「フェーナー氏」、「チェロ」、「正当防
 衛」、といったところか。ただ、一気に読めたのだが、読了後ソー・ファット?という
 感じも少しした。それにしても、ラストのリンゴはどういう意味なんだろうか?

 ●6204 崩れる (ミステリ) 貫井徳郎 (集英文) ☆☆☆★

 結婚にまつわる八つの風景という副題の短編集。初期の作品だが、内容はバラエティー
 に富んでいて一気に読める。ただ、作品としてはもうひとひねり、とかもうひと押しを
 求めてしまう。そういう意味では作者が後書きで、初めての短編なので長編の文体で書
 いてしまった(描写が濃すぎる)という表題作「崩れる」が、僕には一番魅力的であっ
 た。実は本書の凄いところは、作者があとがきで各話を解説しているのだが、その後に
 文庫解説として、何と桐野夏生が同時に各話を解説しているところ。(怖)桐野は貫井
 のファンだと言いながら、平気でダメ出しをいくつも。貫井がこれで短編の書き方がわ
 かった、という作品など、私はそうは思わない、だからねえ。で、桐野もやっぱり僕と
 同じで表題作がベストとのこと。

 ●6205 転 生 (ミステリ) 貫井徳郎 (集英文) ☆☆★

 心臓移植を扱った医学ミステリなんだけど、ミステリとしてはあんまりの出来。こんな
 底の浅い解決でいいの?これならミステリなんて、簡単に書けてしまう、という感じ。
 まあ、この題材を今更ミステリに仕立てようとしたのが無理だったか?青春小説と割り
 切って書けば、もう少しマシになったかも。無理かな?

 ●6206 思い出コロッケ  (小説) 諸田玲子 (新潮社) ☆☆☆★

 諸田の現代とは言っても80年前後を舞台とした小説集。最初予約が多すぎてあきらめ
 たのだが、ひさびさに北浦和図書館に言ってみたら棚で見つけた。で、さすがに貫井
 ちょっと飽きてきたので読み出したら、あまりに時代小説とタッチが違うのに驚いた。
 ただし、あとがきを読んで納得。こりゃ諸田版「思い出トランプ」、かつて仕事で関係
 のあった向田邦子へのトリビュート本だったんだ。で、冒頭の表題作は確かに向田を思
 わせるテースト(ちょっと消化不良だけど)なんだけど、いつの間にかユーモアがかな
 り強めにフィーチャーされてしまい、どうにも向田とはかなり違う印象。とにかく、登
 場人物及び家庭が、下品かつ貧乏すぎる。このあたり、阿川と諸田の育ちの違いをつい
 想像してしまう。