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2011年 4月に読んだ本

●6133 逆説の日本史17 江戸成熟編 (歴史) 井沢元彦 (小学館) ☆☆☆☆

 副題「アイヌ民族と幕府崩壊の謎」。正直言ってアイヌ史を逆説でこんなに大きく取
 り上げるとは意外だった。僕の乏しい知識では正直楽しめたとは言えない。しかし、
 エミシとエゾ(アイヌ)は同一か違う民族なのか?(漢字は同じ)という大きな謎が
 今だ解決されていない、という事実。そしてそれは同一ならば、前九年や後三年の戦
 いは大和と異民族との戦いとなり、後者ならば大和民族同士の戦いということで、全
 く意味が違ってくる。これは、眼から鱗10枚であった。残念ながら、結論は出ない
 のだが。その他、国学本居宣長)とピューリタニズムを比較し、その共通点(勤勉
 の薦め)が資本主義を準備した、というのも鋭い。江戸三代改革、とくに天保の改革
 の欺瞞と幕末外交の稚拙を強く訴えながら、その理由として、江戸が世界に冠するエ
 コロジー都市、文化を完成させており、欧米文化への変革を当時の知識人たちが求め
 なかった、という視点の斬新さに驚いてしまった。何と従来の井沢らしくない視点だ
 ろうか。ただ、逆説シリーズ、最近は予約するとすぐ手に入るんだよね。あんまり人
 気ないのかなあ。

●6134 つきまとわれて (ミステリ) 今邑 彩 (中公文) ☆☆☆★

 前の作品の脇役が、次の作品の主役になる、という凝った連作集。ただ、すぐには思
 い出せないのだが、この趣向は既に何作か読んだことがあるような気がするので、そ
 れほど驚きはしなかった。ただし、その重なり方が濃すぎもせず、薄すぎもせず、な
 かなかうまい。たまたま平日にアルコールの入った頭で1-2編づつ読んだため、前
 作の細かいところを忘れてしまい、毎回前作を読み返す羽目になってしまったが、そ
 のために著者のうまさを再確認することになった。作品的にはオチは解ったが「吾子
 の肖像」が良かった。ただ、問題はこの凝った趣向が、結局だからどうなのよ?とい
 う感じで趣向倒れに終わっている点。もったいない。それと、今回もまた冒頭の「お
 まえが犯人だ」において、安易に殺人を描いてしまっていて違和感がある。この作品
 集に殺人はいらないでしょう。

 ●6135 ジェノサイド (SF) 高野和明 (角川書) ☆☆☆☆★

 今、僕は確かに一人の作家が大きく化けた瞬間に立ち会っている。本書は間違いなく
 今年のベストを争う傑作である。テーマが人類進化なので、ジャンルは便宜上SFと
 したが、そんなジャンル分けなど無力化するノンストップかつ重厚なネオ・エンター
 テインメントの巨編である。デビュー作「十三階段」は乱歩賞の中では上位に入る傑
 作だったが、本書はまるでレベルが違う。「顔に降りかかる雨」と「OUT」くらい
 違う。「天使の囀り」「虐殺器官」「戦争の犬たち」、そして題名も同じA・S・カ
 ードの「ゼノサイド」、これらの作品のテーストがぶち込まれている。そのスケール
 の大きさ。米国の副大統領が暗殺?されるシーンなどひっくりかえってしまった。(
 謎の生物?のイメージとしてなぜか、とりみきのマンガが脳裏から離れなかったのだ
 が、本書を読む直前にNOVA3収録のとりみきのマンガを読んだせいだと後で気付
 いた)唯一、米国政府=悪役のモデルがあまりにも見え見えで、ポリティカルなメッ
 セージが生で出すぎているのが気になった。あと、最後の米国の攻撃をかわす大トリ
 ック?も、あまりにも奇抜すぎて実感がわかなかった。更に言えば、これはこっちの
 知識不足で、新薬を創るシステムが何だか良く解らなかった。しかし、そんなことは
 どうでもいいや、と思わせるスピードとスケールの傑作である。ハイズマンという世
 を捨てた賢人(バーナード・ショウかチョムスキーか)が素晴らしい。そして、これ
 はまた様々な意味で父と子の物語でもあるのだ。素晴らしいとしか言いようがない。

 ●6136 九杯目には早すぎる (ミステリ) 蒼井上鷹 (双葉社) ☆☆☆

 これはもう題名の勝利である。野暮を承知で解説すれば、短編ミステリの金字塔「九
 マイルは遠すぎる」とマーロウの名セリフ「ギムレットには早すぎる」の合体。これ
 だけでマニアはぐっとくるのに、カウンターで女性がグラス片手に乾杯している表紙。
 まあ、あまりにもベタなので刊行時は敢えて読まなかったのだが、今回たまたま図書
 館で美本を見つけてしまい読み出した。で、冒頭の「大松鮨の奇妙な客」を読み終え
 て、この題名も表紙も全て罠であったことに気付いた。で、問題なのはちっとも面白
 くないこと。騙されるカタルシスよりは、あざとさが上回った。というのも、真相が
 意外だけれど、とても嫌な話なのである。そして、結局最後まで嫌な話ばかり。黒北
 村というか、裏日常の謎というか。あと、どうも意外性を狙いすぎてゴタゴタしてる
 んだよね。これではケメルマンの論理の美しさには到底及ばない。

 ●6137 マノロブラニクには早すぎる (小説) 永井するみ (ポプラ)☆☆☆★

 図書館で永井の棚から、(まだまだいっぱいある)未読の作品をパラパラと斜め読み
 して美本をゲット。で後で題名を確認してびっくり。恐るべし、チャンドラー。これ
 本当に偶然です。本書は著者得意のキャリアウーマンもの。翻訳文学がやりたくて出
 版社に入社した世里が、全く畑違いのファッション誌の編集部に配属されて、悪戦苦
 闘しながら成長していく物語は、これまた全く門外漢の僕でも素直に感情移入できた。
 (どうやら「プラダを着た悪魔」に似てるらしいが、当然僕は未見)良き先輩だった
 はずの女性の嫉妬の罠にはまってしまうあたりは、今までの永井と違って意地悪なの
 に陰湿ではない新しいテースト。そして、世里と中学生の太一の出会いから、もうひ
 とつの物語が走り出す。ポプラ社ということは、評判の良かったYAの「カカオ10
 0%」を意識しているのか。OLと中学生の愛情ではなく友情。これが案外楽しめた。
ただし、残念なのはミステリ的な最後のオチ(意外な犯人?)があまりにもミエミエ
なこと。まあ、ミステリじゃないからいいんだろうけど、登場人物の誰も気付かない
 のは少々白ける。

 ●6138 八月の犬は二度吠える  (小説)  鴻上尚史  (講談社) ☆☆☆★

 何で鴻上が京都を舞台に?と訝ったのだが、そうか、鴻上は浪人時代を京都の予備校
 で過ごしていたのか。(微妙に年代を一年ずらしているのはなぜ?)最近評判の京都
 を舞台とした小説はみなどうもテーストが合わなかったのだが(京大臭?)本書のく
 だらないまでの無意味さ(「喜劇新思想体系」?)は、正にリアルである。鴻上の小
 説(NF?)処女作の「ヘルメットをかぶった君に会いたい」は、ギャグではなくベ
 タで、何で僕らの世代がヘルメットや革命に今また拘らなければいけないのか理解で
 きなかった。当然次作の「僕たちの好きだった革命」もパスした。しかし、今回やっ
 と同世代のリアルな場所に戻ってきた。そう、何かに熱い人には素直に感心しながら
 も、自分は決して何かに熱くなれない、この感覚は正に同時代のリアルだ。僕らは宴
 の後の空虚に、見果てぬ革命のユートピア幻想を夢見る一方、もはや絶対にあらゆる
 大きな物語を信じることは出来なくなっていたのだ。すべては終わっていた。あらか
 じめ失われていた。その僕らの心象を描いたのが団塊の世代村上春樹だったのはな
 ぜだろうか。閑話休題。本書の評価は難しい。前半だけなら満点に近い。大文字を犬
 にするというバカ・アイディアは最高だ。しかし、恋愛部分がややこしい。いや、当
 時はリアルだったのだろう。しかし、これは今は通用しない。(いや、やっぱりあそ
 こでキスするのは、当時でもあり得ないだろう)その結果、本書が後半全く違った小
 説になるある事件の動機が、どうしても納得できないのだ。ここは、この小説のキモ
 なので、こんな描写じゃ全く納得できない。(「ノルウェイの森」の直子と比べて欲
 しい)実は、24年の時を経たラストの盛り上がりが素晴らしく、やはり高得点をあ
 げようと思ったのだが、結局どうしても上記の部分が納得できずにこの評価とした。

●6139 村上春樹 雑文集 (エッセイ) (新潮社) ☆☆☆☆

 このところの村上春樹のエッセイは、テーマが明確で深い味わいが常にあった。しか
 し、今回は確かに雑文である。で、内容によってはなかなか集中できないものもあり、
 読み終えるのに結構時間がかかってしまった。ジャズ関連とオウム関連には正直かな
 り手こずった。それともうひとつは古いエッセイ。80年代前半のエッセイは、どう
 も若書きの感じがつきまとう。一番惹かれたたのはやはり「壁と卵」の全文。僕は勝
 手に全文読み終えたつもりになっていたのだけれど、どうやら前半は未読だったよう
 だ。あまりにも有名になった後半がイマイチ気に入らないのだが(システム?名前を
 言ったらダメでしょう!)この正当に天邪鬼な前半とセットで読み返すと、なかなか
 感動的であった。後は何と言っても和田誠安西水丸の対談。(もちろん、表紙も含
 んだ挿絵も素晴らしい)和田誠糸井重里がピーターキャットで飲んでるなんて、な
 んて素敵にスノッブなんだろうか?で、一番良かったのは「ノルウェイの木を見て森
 を見ず」。良く話題になる「Norwegian Wood」は「ノウルウェイの森」ではない(誤
 訳)論争の素晴らしく強烈な回答編。これを読んだら、ノルウェイ製の家具、なんて
 薀蓄を語る奴が馬鹿に見えてしまう。ジョン・レノンはやっぱり天才。

 ●6140 信長革命 安土幕府の衝撃 (歴史) 藤田達夫 (角川選)☆☆☆☆★

 気鋭の学者の新刊。(ちょうど僕よりひとつ上)前作「証言 本能寺」において、義
 昭は毛利に落ちたのではなく「鞆幕府」を開いた、という大胆かつ魅力的な仮説を展
 開(これが内田康夫の「地の日、天の海」のモトネタとなった)した著者が、返す刀
 で今度は「安土幕府」の存在と使命を描いた。そう、織田政権末期は、この二つの幕
 府が覇を競った時代であったのだ。一方は旧勢力、そしてもう一方は革命政権であっ
 た。信長が目指した革命の何と苛烈であったことか。領地の安堵による主従関係を基
 本とした封建制度の全面破壊と中央集権化。著者の言葉を借りれば、それは「地域社
 会で親子何代にもわたって信用と名声を得ていた名望家たちから、不動産を根こそぎ
 取り上げ、新たに建設した地方中核都市への移住を求めたのである。しかも、指定さ
 れた屋敷は自分のものではなく官舎であった。(中略)こののち国家の命令ひとつで、
 全国どこにでも出張と転勤を切り替えさなければならなかった」となる。その背景に
 は「大航海時代」のもたらしたグローバルスタンダードの圧力があった。まさにこれ
 は明治維新と相似である。しかし、明治維新はきっと龍馬や西郷がいなくても起きた
 であろう。一方、信長革命は信長なしではあり得ない。唯一無二。著者が言うように
 戦国武将のトーナメントの最終勝者が天下を治める、などというものでは断じてなか
 った。信長以外が勝ち残っても、革命は起きなかった。そして、著者が信長の教育者
 としての側面に光をあてるのは鋭い。優等生の秀吉は師の構想を次々実現していくが
 朝鮮出兵でつまづく。家康は信長の革命を内向きに変換してしまい、太平のユートピ
 アを実現し、その結果我が国はもう一度革命をやり直す必要が生まれたのだ。しかし、
 結局この革命はいまだ成就されていない、と肝に銘ずべきではないか。

 ●6141 死 角  (ミステリ) マイクル・コナリー (講談文) ☆☆☆★

 コナリー版「24」というのは、なかなか言い得て妙。ニューヨーク・タイムズ・マ
 ガジン連載の中篇を膨らませた本書は、いつものボッシュ・シリーズの半分くらいの
 分量で、あっという間に読める。で、驚いたのは本書の放射性物質によるテロという
 テーマ。まあ、原発ではなく医療用のセシウムなのだが(半減期が80年なんて出て
 くる)ラスト、ボッシュが被爆してしまうシーンなどもあり、こんな小説がベストセ
 ラーになっていたら、欧米人の過剰?反応も理解できる?などと考えてしまった。本
 書は短いなりに、パズラー作家コナリーの才能爆発で、大掛かりなトリック満載であ
 る。ただ、短いので人物描写は浅く、レギュラー以外が生きていない。まあ、それは
 仕方がないのだが、意外な真犯人が判明するプロセスが甘い。普通、ポスター破って
 捨てるでしょう。(何か「砂の器」の紙吹雪を思い出した。そんなことやってないで
 燃やせ!)そして、まあこれも仕方がないのだが、登場人物が少ないので、犯人は何
 となく解ってしまったんだよね。さすがにコナリーはもう一捻りして芸が細かいんだ
 けど、これまた意外とは言えない。まあ、それにしても前作「エコー・パーク」が売
 れたせいで、残りの翻訳出版も決まったようで、めでたしめでたし。 

●6142 蕃東国年代記 (ファンタジー) 西崎 憲 (新潮社) ☆☆☆★

如何にもファンタジー大賞出身の作家の作品。架空の時の架空の国の物語。渋沢龍彦
 か宇月原晴彦か。和風マジックリアリズムで描かれた、不思議な5つの物語。まずは
 表紙のイラストが妙に気になって確認したら、何と市川春子。光の描き方なんかが、
 もろ「ヴァイオライト」。ここでも、最初は高野文子かと思ってしまったが。物語は
 漢字を多用し決して読みやすくはないが、確かに奇妙な味がある。ただ、やっぱり僕
 はファンタジーの良い読者ではない、とつくづく思う。「雨竜見物」「霧と煙」(こ
 れが最高作かな)「梅林にて」等々、それぞれ魅力は否定しないが、何やらこれでは
 物足りないと、どうしても感じてしまうのだ。無粋と言われそうだが。

 ●6143 土曜日は灰色の馬  (エッセイ) 恩田 陸 (晶文社) ☆☆☆

 もはや恩田の小説には殆ど魅力を感じない僕だが(いや、常野シリーズの新刊だけは
 絶対読むだろうが)意外にエッセイや書評はこのところ良なのである。というわけで
 本書が小説でないことを確認して読み出した。しかし、今回は残念ながらイマイチ。
 テーストは殆ど桜庭一樹の読書エッセイと同じ。ただ、今回は彼女以上に微妙に僕の
 好みとずれてしまう。懐かしかったのは植草甚一の「雨降りだからミステリーでも勉
 強しよう」の解説。もうこれは題名の勝利。JJおじさんのセンスの勝利。子供の頃
 読みながら、良く解らないなりに世の中にはハイブロウなミステリが存在することを
 感じさせられた。こうやって、植草が選んだ作品を眺めると、やっぱり凄いとしかい
 いようがない。(これと同じく恩田の松本清張に対する過去の偏見も全く僕と同じで
 笑ってしまった。やっぱり、そういう時代だったんだ)

●6144 「進化論」を書き換える (科学) 池田清彦 (新潮社) ☆☆☆☆

 グールドが鬼籍に入ってしまい、ドーキンスも大人しくなってしまった今、ネオ・ダ
 ーウィニズムはどうなっているのか?一方、創造説は米国では恐ろしいことになって
 しまっているようだ。こういう僕の欲求にグッドタイミングの池田の新刊。何か最近
 はいろんなところに顔を出しているが、池田にとってはやはり昆虫と進化論が本職。
 (まあ、僕は昆虫には興味はないが)で、幸いにかどうか、どうやら進化論は遺伝子
 至上主義の呪縛から何とか抜け出す方向に動き出しているようだ。途中の事例が専門
 的すぎて難しいのと、結局今回も(当たり前だが)構造主義進化論とは何か、はっき
 りした結論がでないのは物足りないが、反ダーウィニズム歴25年の僕にとってはひ
 さびさの渇を癒す本であった。近年の進化発生学の進展によって、形態形成にとって
 最も重要なものは、遺伝子自体の変異よりも、遺伝子を発生プロセスのどの部位でい
 つ使うかといった、遺伝子の使いまわし方であることが解ってきた。そう、建物の設
 計図が全てではなく、材料や職人の腕が重要なことは自明の理ではないか。ドーキン
 スやダーウィンが科学と言えるかどうか、物理学者に聞いてみれば瞬殺であろう。ネ
 オ・ダーウィニズムは(出来の悪い)ニュートン力学にすぎず、全ての物質と同じく
 生物もまた、量子力学のダイナミックな関係性の網の中で生成を繰り返していること
 は僕にはずっとリアルであった。自然選択は進化の原因ではなく結果にすぎないのだ。

 ●6145 折れた竜骨 (ミステリ) 米澤穂信 (創元社) ☆☆☆☆

 本書はファンタジーの衣を纏っているが、本質は超本格パズラーである。「薔薇の名
 前」や「修道士カドフェル」がどのくらい本書に影響を与えているかは、僕には語れ
 ないが、本書に一番近いのはあとがきにもあるように、「七回死んだ男」や「生きる
 屍の死」といった特殊設定ミステリであり、中でも魔術が実在する世界の「ダーシー
 卿シリーズ」から大きな影響を受けていることは明らかだ。もっとも、本書は特殊設
 定を今挙げた諸作のように明確には設定していないのだが、それはうまく処理されて
 いて問題はない。読み終えて、著者は本当にうまくなったと感心した。昨今のライト
 ノベルのファンタジーとはやはりものが違う。個人も異世界も見事に厚みがあり、立
 体的だ。そして、ミステリとしての消去法のロジックの素晴らしさ。ひさびさに黄金
 時代の味を堪能した。ただし、本書にはたったひとつだが見逃せない瑕疵が存在する。
 詳しくは書けないのだが、終わり方に問題があるのだ。これは、やはり予定調和。ま
 あ、これしかないのかもしれないが。それを除けば本書は今年のベストを今のところ
 「ジェノサイド」と争う本格パズラーである。米澤恐るべし。

 ●6146 ハードボイルド (エッセイ) 原 尞  (早川文) ☆☆☆★

 そうか、単行本「ミステリオーソ」は文庫化に際して、新しいエッセイを追加して二
 冊分冊になっていて、その一冊が本書だったんだ。(本書には既読の文章もかなりあ
 ったので、僕は単行本の「ミステリオーソ」を読んだんだと思う)正直、題名も内容
 もベタであり、僕にとっては復習でしかないのだが、しかしこの翻訳ミステリ壊滅状
 況において、当時のような水先案内(小鷹信光や仁賀克夫)無しでは、ハメット・チ
 ャンドラー・ロス・マクドナルド・スクールも、ネオ・ハードボイルドも死語になっ
 てしまってるんだろうなあ、と今更気付いた。本質は通時的な系統だった知識、すな
 わちジャンルの歴史に誰も興味を持っていないことかもしれないが。個人的には米国
 ハードボイルド・スクールの歴史は、ネオの掉尾を飾ったサムスン、タナー、スカダ
 ーの御三家の沈黙及び終了で幕を閉じた。現役バリバリのボッシュをスクールに入れ
 るのには、どうにも躊躇いがある。そう言えば、コナリーと原尞は必要以上にミステ
 リ的トリックに拘ってしまう共通点があることに、今気付いた。

 ●6147 ゾーイの物語 老人と宇宙4(SF)ジョン・スコルジー(早川文)☆☆☆☆

 「最後の聖戦」にて幕を閉じたはずだった「老人と宇宙」三部作の、第四部。すなわ
 ち「最後の聖戦」と同じストーリーを(重要な)サブキャラクターのゾーイという少
 女の視点から描き出した作品。著者もあとがきで書いているが、これはカードの「エ
 ンダーズ・シャドウ」のマネ。(そういえば、何となくゾーイとオービン族の関係と
 エンダーとバガーの関係に相似性を感じる)ただし、本書には描かれるべき明確な理
 由があった。前作の途中で現れ突然姿を消す「狼男」の正体、宇宙へ飛び立ったゾー
 イの活躍、そしてオービン族とコンスー族の関係、という未解決だった大きな三つの
 謎が本書では解き明かされるのである。ただ、前半は10代の少女の視点になかなか
 感情移入できなくて苦労した。しかし、後半になって物語が大きく前作とクロスし始
 めると一気読み。(さすがに、まだ粗筋を覚えていた)ラストの展開は如何にも能天
 気米国流だが、これはこれでやっぱり気持ちがいい。

 ●6148 クルスの残光 天草忍法伝 (伝奇小説) 仁木英之祥伝社)☆☆☆★

 たぶん本書は山田風太郎の「魔界転生」から大きな影響を受けているのだろが、風太
 郎忍法帖の正しい読者でない僕には解らない。ただ、読んでいて感じたのは半村良
 「妖星伝」との相似である。もちろん、そこまでは到っていないのだが。たぶん本書
 は長大な作品の序章のような位置づけなのだろうが、ひょっとしたら完結しているの
 かもしれない。アマゾンでは時代考証のいいかげんさと文体がたたかれているが、僕
 は前者は気にならないが、後者はさすがに気になった。文体がコロコロ変わるんだよ
 ね。個人的には伝奇小説としての仕掛けが物足りない。まあ、これから除々に明かさ
 れていくのかもしれないが。

 ●6149 文明の生態史観はいま (思想哲学) 梅棹忠夫編 (中公社)☆☆☆☆

 97年に「文芸春秋」と「季刊民俗学」においておこなわれた梅棹と「文明の海洋史
 観」の著者、(今、浜岡原発で大変な)川勝平太の対談を中心とした本。薄々は感じ
 ていたが、梅棹と川勝の師弟関係、しかし川勝理論の梅棹を補完しながら乗り越えて
 いこうとする力強さをビンビン感じることができた。また、僕が良く理解できていな
 かった「生態史観」の凄さを、川勝が10のポイントにまとめてくれていて、助かっ
 た。「古典としての意義」「文明学の先駆としての意義」「社会主義の限界への先見
 性」「欧州中心主義からの脱却」「フィールドワークの重視」「ユーラシア大陸を理
 解する歴史理論」「中洋の発見」「日本と西欧の平行現象」「地球科学としての人類
 史」「比較宗教論としての意義」以上の10点。そして、そこに抜けているのが海洋
 からの視点であり、近代の発生プロセスのメカニズムである。ここを川勝理論は海洋
 アジアの豊穣さを世界の中心とし、その力に対するレスポンスとして東西の辺境(日
 本と英国)に全くベクトルが逆の近代、すなわち産業革命勤勉革命が生まれたとす
 るのである。ひさびさに復習をしてみて、やはり梅棹・川勝理論には偏狭なナショナ
 リズムを超越したわくわくした魅力を感じる。本当に日本の力を信じるならば、今こ
 そ両著を読み、世界地図を逆さにするところから始めよう。