2011年 1月に読んだ本

●6062 ダイイング・アイ (ミステリ) 東野圭吾  ☆☆☆★

 珍しく、東野の単行本を図書館で見つけたのだが、もはや彼に対する興味はあまりない。
 まあ、それがよかったのか、結構本書は面白く読んでしまった。かなり無茶な話なんだ
 けど、無茶は無茶なりに理屈が通っている。良く言えば、こんな無茶な話にきちんと結
 末をつけたものだ、とも言える。ただ、女の顔の正体に途中で気付けよ、という気はさ
 すがにするし、記憶喪失を安易に使いすぎているようにも思うけど。

●6063 ISOLA 十三番目の人格 (ホラー) 貴志祐介 (角川書) ☆☆☆★

 貴志のデビュー作。但し、日本ホラー大賞佳作であり、普通ならそれで終わりのところ
 を、もう一度「黒い家」で応募し今度は見事に大賞を受賞して、ベストセラーとなった。
 そのあたりに、貴志の今に続く戦略性を感じるが、裏に優秀な編集者がいたのかもしれ
 ない。作品的にも「黒い家」(僕はそれほど評価しないのだが)より、かなり落ちる。
 正しい選択と言うべきだろう。冒頭、多重人格ものとして、今更ビリーミリガンかよ、
 という感じにどうしてもなる。しかし、「魔法使いの弟子」がパンデミックから超能力
 ものに激変したように、本書もテーマがころっと代わる。阪神大震災が背景に使われて
 いたり、努力は解るし、文体も悪くないが、やはり物語としての力に欠ける。あまりに
 もご都合主義だし、リアリティがない。何となく永井するみのデビュー作の「枯れ蔵」
 を思い出した。(そういや、永井も急逝してしまったんだ。しかも死因が不明。合掌)
 ただし、終わらせ方がなかなかうまいので、一点追加。

 ●6064 もういちど村上春樹にご用心 (評論) 内田樹 (アルテス) ☆☆☆☆

 「村上春樹にご用心」の続編で、著者もきちんと書いているように、前作と内容がかな
 りかぶる。その上、ブログの文章は読んでいるので、6割くらいは既読の感じ。しかし
 前作以降、エルサレムのスピーチや「1Q84」など大きな事件?が目白押し。しかも
 前作からは、キーになる文章のみを残しており、たぶん本書を最初に読めば、前作以上
 の傑作と感じただろう。村上、内田、木下三者の共通点は、実は料理好き。それも、今
 冷蔵庫に残された材料をいかにうまく使って、料理を作るか。(正確に言うと、それぞ
 れの賞味期限まで考えて、何回かで材料を使い切ること)これこそ、人生なのですよ。

 ●6065 パンドラの火花 (SFミステリ) 黒武 洋 (新潮社) ☆☆☆

 湊かなえを嫌な話と嫌うくせに、実は僕はあの『そして粛清の扉を』は結構楽しんでし
 まった。一貫性がなくて申し訳ない。で、お正月大森の書評を読み返していたら、本書
 を変な褒め方をしていて、どうも気になって図書館で見つけたので読み出した。近未来、
 死刑囚がタイムトラベルで過去の自分に出会い、自分を説得し殺人を思いとどまらせれ
 ば無罪、ダメなら死刑執行という、とんでもない設定。(おいおい、せっかくのタイム
 トラベル、そんなことに使うか?という突っ込みは、とりあえずやめておく)しかも、
 恐ろしいことに、わざとかしらないが、タイムパラドックスは見事に無視される。しか
 しラストに結構とんでもないどんでん返しがあって、これが奇妙にSFしている。確か
 に大森の気持ちがわかる、へんなへんな作品。でも、やっぱり褒めるのは難しい。

 ●6066 最後の聖戦 老人と宇宙3(SF)ジョン・スコルジー(早川文)☆☆☆☆

 「老人と宇宙」を読んだときは、リーダビリティは素晴らしいが、ゲテモノSF一発屋
 としか思えなかった。しかし、「遠すぎた星」を挟んで三部作は、壮大な宇宙ミリタリ
 ーSFへと変貌を遂げた。本書は星雲賞を獲ったようだし、大森は三部作を0年代最高
 のミリタリーSFと称している。(まあ、僕はこのジャンルに弱いので比較できないが)
 ただ、こういう米国ミリタリーSFを読むと、肉食放牧民族の価値観とテンションに唖
 然としてしまう。なんで、こんなにマッチョで戦いが好きなのか?そこさえ、無視して
 しまえれば、本書もまた抜群のリーダビリティーで一気読み。どうも僕は訳者の内田昌
 之と相性がいい。(ソウヤーも彼なんだよね)で、三部作がこれで終了かと思ったら、
 何と「ゾーイの物語 老人と宇宙4」が上梓された。しかし、物語は3と同じ。それを
 サブキャラクターのゾーイの視点から描いた作品。カードも「エンダーズ・シャドウ」
 で同じことをやったが、本書読了後は4の必然性が良く解る。(3では、描いていない
 物語や解決していない謎がまだ結構残されているのだ)これは読まないと。

 ●6067 七つの海を照らす星 (ミステリ) 七河迦南 (東京創) ☆☆☆☆

 鮎川賞受賞作で、昨年評判の「アルバトロスは羽ばたかない」の前編。どうやら、舞台
 は同じのようなので、先に本書を図書館で見つけて読めたのは大正解。内容は児童養護
 施設・七海学園を舞台とした、創元社王道の日常の謎ミステリ。元祖北村薫以降、星の
 数ほどの日常の謎作家がデビューしたが、その中では若竹七海加納朋子が双璧だった
 と思っていたのだが、今後はそこに七河も加えなければならない。それほど、本書の完
 成度は高い。毎回毎回の日常の謎の解決が最後に反転し、メタレベルの謎解きを見せて
 くれるのも最早お約束事だが、ここまで緻密だと素晴らしいとしか言いようがない。ま
 あ、謎の中にちょっとリアリティがなさすぎるのもあるのと(例えば「滅びの指輪」)
 読みにくい名前が唯一の弱点か。「アルバトロス」にも期待。

 ●6068 ネット帝国主義と日本の敗北 (ビジネス) 岸 博幸 (幻舎新)☆☆☆

 読み出してから気付いたんだけど、著者は一時期テレビに良く出て官僚批判をやってい
 た元官僚の大学教授。どうやら、竹中の下で働いていたらしい。で、本書の主旨は大き
 く分けて、以下の二つであり、それは正論である。しかし、裏腹にどうしても納得でき
 ないこともふたつ+ワン、ある。著者はWEBがグーグルやフェイスブックのような、
 プラットフォームレイヤー企業に乗っ取られることで、コンテンツレイヤー(音楽)=
 文化やマスコミが衰退、消滅してしまう、という。また、このプラットフォームレイヤ
 ーは殆ど米国企業独占であり、世界の米国支配が進む、この二つが著者の警鐘であり、
 それはまったくその通りである。しかし、きっとWEBがなくても(日本の)マスコミ
 は衰退極まっており、その本質課題は別にある。文化もしかり。そして、米国支配など
 WEB以外の軍事、経済、文化、どの分野でもおきている事ではないか?確かにWEB
 がそれらの衰退や浸透に拍車をかけたかもしれないが、本質課題は別にあると言わざる
 を得ない。もちろん、一方ではこれらの事実を無視する、単純WEB礼賛論にも与する
 ことはないのだが。まあ、健全なアンチテーゼとしての価値はなくはない。しかし、表
 層的である。そして何より、+ワン、著者自身が滅び行くコンテンツレイヤー企業の代
 表、エイベックスの取締役である、という事実が素直に本書を読めなくする。

 ●6069 「坂の上の雲」と司馬史観 (歴史) 中村政則 (岩波書) ☆☆☆☆

 出るべきして出た本。僕は、「坂の上の雲」は国家の青春小説としては良く出来ている
 が、バランスが悪く、冗長であり、傑作とは思わない。しかし、その明瞭なメッセージ
 性はかなり危険であり(明治善、昭和悪)司馬が映像化を拒んできたのは、正しかった
 と感じていた。司馬は歴史小説家であり、決して歴史学者ではない。それがいつの間に
 か神棚に祭り上げられ、何ともこそばゆいことになってきた。少し考えれば、竜馬も土
 方も、実物をモデルに司馬が創り上げたキャラクターに過ぎないことは明らかだ。そし
 て、それは小説家として当然であり、それこそが腕の見せ所であり、それが司馬はダン
 トツに優れていたのである。戦後の日本人の求める像に自らの理想を重ね、ベストセラ
 ー=国民作家となったのである。しかし、時代の迷走、閉塞が彼を神にしてしまった。
 こうやって、初期の彼の作品の、資料的いい加減さや大げさな物言いを、そこだけ抜き
 出されると、如何にも辛い。しかし、この複雑な時代に司馬の言論はあまりにシンプル
 で力強すぎる。切れすぎるオッカムの剃刀である。こういう反論にさらされることで、
 今はちょっと刃を錆びさせるときなのかもしれない。

 ●6070 サラマンダー殲滅 (SF) 梶尾真治 (光文文) ☆☆☆☆

 叙情派のイメージの強い著者が、なぜか書いた長大な復讐譚。いつか読まなきゃとは思
 っていたのだが、図書館で文庫本上下巻を見つけて読み出した。何と言う、シンプルな
 物語なんだろう。最初の飛びなめの使い方などは凄いと思ったが、あまりに都合よく進
 むストーリーにはちょっと興ざめ。しかし、ラスト主人公たちが次々倒され、捨て身で
 敵に突っ込んでいくシーンを読みながら、懐かしい懐かしい感覚が甦ってきた。そうか。
 これは、ハインラインジュブナイルと同じなんだ。えーっと、確かあかね書房で、「
 ドノヴァンの脳髄」なんかと一緒のシリーズ・・・思い出した!「ノヴァ爆発の恐怖」
 だ。そうなんだ、この物語に小学生の僕は感動で震えたのであり、それが40年後に甦
 ったのである。(あ、そうか。冒頭の雨が降らない星に雨が降る、というのはアシモフ
 の「夜来たる」なんだ、きっと)

●6071 競争の作法 (経済) 齊藤 誠 (ちくま新) ☆☆☆☆☆

 (最新の)経済学とマーケッティングの本は面白いと思ったことが殆どなく、またその
 内容の是非を評価する力もなく、いつの間にか避けてきていた。本書は、日経にエコノ
 ミストが選んだ10年のベスト、と紹介されていて、何となく手に取ったらやめられな
 くて、二時間弱くらいで一気に読んで、世界観がガラッと変わってしまった。まず、本
 書は前半において、リーマンショック以前の戦後最長の景気回復と言われたものの正体
 を見事な(マクロ経済学の)論理で暴き出す。この間、確かに日本のGDPは延びたが
 所得は伸びず、雇用も増えなかった。そして、国民もそれを実感し、幸福を感じられず
 だまされた気がしていた。その富はどこへ消えたのか?答は本書に譲るとして、この間
 のGDPの伸びは、人為的に創られた「見える円安」と、結果として生じた「見えない
 円安」=すなわちこの長期間において、日本の物価は下がったのに米国や他国はインフ
 レが続き、ドルに比べて円の実質購買力は大幅に下がってしまい、見えない円安が継続
 したのである。その結果、双方の円安を合わせて、日本経済はおよそ二割も安く輸出を
 することが可能になったのだ。しかし、原材料は高く買わなければならないので、これ
 は薄利多売である。しかも、この時期生産に携わるのは非正規従業員が殆どであった。
 日本の輸出産業の国際競争力の強さは、実は卓越した商品力や性能ではとっくになくな
 っていたのである。二つの円安という異常な状況が生み出した、圧倒的な価格競争力が
 その強さの源泉だったのである。だから、現在の円高の中での自動車や家電の苦戦は必
 然であったのだ。トヨタを例えにして語られる物語が痛い。そして、リーマンショック
 以前に、この日本経済の異常な姿は既に崩壊しつつあったのだ。リーマンは止めを刺し
 ただけ。これを理解したとき、回りの風景の色ががらりとモノクロに変わってしまった。
 そして後半、本書はやっと表題のような処方箋の説明に入るのだが、当然歯切れは悪い。
 僕の中でも、イマイチどう整理すればいいのか迷っている。マクロ経済学と倫理の問題
 がまさかでてくるとは思わなかった。しかし、ラストの本人の反省と自己否定と覚悟は
 本物に感じた。何より、引用される「山月記」の李徴の独白が、本当に心に染みた。

●6072 競争と公平感  (経済) 大竹文雄 (中公新) ☆☆☆★

 似たような(紛らわしい)題名で、こっちは「週刊ダイヤモンド」の10年のベスト経
 済書とか。しかも、著者は齊藤と同じ年代、学校でたぶん交流もあるみたい。しかし、
 個人的には、本書にはあまり魅力を感じなかった。まあ、いろいろいいことも書いてい
 るのだが、全体に細切れでエッセイのようで、「競争の作法」にあった著者の覚悟が全
 然感じられないのだ。それこそ、後半引用される竹内久美子のように、無責任な神の視
 点の傍観者。アンケート調査によると、日本人が市場を信じず、市場競争が嫌いなのに、
 大きな政府による再分配(セーフティーネットワーク)も嫌いという特殊さ(普通の国
 は市場競争を信じるが、国家によるセーフティーネットも重視する)に対して、著者は
 色々理屈を考えているが、これはもう単純に論理的でなく、物事を深く考えていないだ
 け(面倒なことが嫌)だと思う。そういえばメリルの青木さんが「日本は、個人の株式
 保有が少ないにもかかわらず、株価と消費センチメントの相関が高いという不思議な国」
 と書いていたなあ。

 ●6073 日本人はなぜ国際人になれないのか(社会)榊原英資(東洋経)☆☆☆☆★

 箕浦さんの書評に釣られて読み出したが、予想と違って日本文化論として非常に良くま
 とまっていて、解りやすい。日本が他のアジアの国々とは違い、中国(奈良時代)や欧
 米(明治時代)の言葉=概念を翻訳してきたことの功罪。確かに日本はかつては漢字を
 輸入しても中国語の影響は受けなかった。また、今においてもカタカナ言葉は評判が悪
 い。日本の翻訳文化は他国にない豊穣な輸入文化とその速やかな理解、実践という大き
 な成果をもたらした。しかし、欧米の言葉を翻訳したときに、その一対一の関係は微妙
 にずれるのは当然であり、その理解もバイアスが当然かかり、本質がずれる。タイの知
 識人がタイ語で金融に関して語ることが不可能であった、という著者の経験は日本の翻
 訳文化の凄さ、特殊さ、とともに、だから英語ができない(必要ない)に繋がってしま
 う。本書はここを徹底的に強調するのかと思ったら、実はそうでもない。日本文化の特
 殊性を本質的には大きく評価する。(特に平安、江戸の純日本文化)そして、そこで多
 く引用されるのが、松岡正剛であり、山折哲雄であり、川勝平太なのだ。何と言う趣味
 の良さ。やっと箕浦さんの言う著者の奥深さ、圧倒的な知識、博学、論理、の一端が少
 し見えてきたような気がする。単なる英語啓蒙本と思った僕が浅はかであった。(何と
 なく著者の「没落からの逆転」の書評を読み返していたら、全く同じように松岡、山折、
 川勝(+司馬)の引用を喜んでいた。嗚呼、既に痴呆症が始まっているようだ)

 ●6074 復活の地 Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、(SF) 小川一水 (早川文) ☆☆☆☆

 「天冥の標」のシリーズに感心してしまったので、読んでいなかった本書(三部作)を
 読み出した。初めて小川を読んだのは「第六大陸」であった。月の開拓、というアナク
 ロな設定を近未来に復活させた、ガテン系というか土木工事専門知識満載の描写が新鮮
 であった。しかし一方、ヒロインのキャラや物語の展開にはやや不満も残った。で、本
 書は大地震によって壊滅した惑星の復活の物語と聞いて、またもやガテンSFかとそれ
 ほど触手が動かなかったのだ。申し訳ない。本書はガテン系を遥かに越えた、ポリティ
 カルSFであり、宇宙(銀河帝国)SFであり、見事な群像劇である。(車椅子少女は
 いらなかったかもしれないが)特に本来なら圧倒的な正義の味方であるセイオを複雑に
 描き、一方では悪の権化たるサイテンを果断な政治家と描く。このあたりの単純な勧善
 懲悪の否定、善と悪の複雑な絡み合いは、正に「銀河英雄伝説」が生み出した日本宇宙
 SFの伝統というべきものであろう。まさか地震の裏にこんな銀河帝国の歴史があり、
 他の惑星帝国が絡んでくるとは思わなかった。スケール、奥行き、ともに「第六大陸
 を遥かに凌いでいる。そして、「天冥の標」においては更に全てがパワーアップされて
 いることが良く解った。

●6075 衆愚の時代 (エッセイ) 楡 周平 (新潮新) ☆☆☆

 これまた出るべくして出た本、という感じで、冒頭の文章は正に同感。で、「派遣切り
 は正しい」や、「サラリーマンはプロである」、と言ったあたりまでは、著者の現実の
 経験が生きていてなかなか読ませたが、どんどん脱線していって、何だか底の浅い愚痴
 になってしまった。そもそも派遣に関して語るときも、村上龍のように既得権益を守り
 続ける自分たちを認めたうえで、若者を批判しないと片手落ち。

 ●6076 お順 勝海舟の妹と五人の男 (時代小説) 諸田玲子(毎日新)☆☆☆☆

サンデー毎日連載時から(挿絵が黒鉄ヒロシ)注目していた諸田の最新作。そうか勝の
 妹は佐久間象山の嫁だったんだ、と思いながらも、龍馬や西郷が大活躍するのを期待し
 ていたら、それは裏切られた。「奸婦にあらず」「美女いくさ」と諸田は幕末、戦国を
 描きながらも、その政治的な内容には踏み込まなかった。いや、だんだん踏み込まなく
 なってきたというべきか。あとがきで、女の視点で幕末を描く、と書いていたが、意識
 的にやっているとは理解しても、やはり勝の描き方がこの程度だと物足りない。「美女
 いくさ」もそのあたりが物足りなかった。僕が諸田の最高傑作と思う「かってまま」と
 違い、この三作は太くてシンプルな物語だ。しかし、この路線で行くにはやはり大いな
 る志のようなものを求めてしまう。村山たかには、ねじれてはいたがそれがあったよう
 に思う。それがお江で薄れてしまい、お順では全くなくなってしまった。もちろん諸田
 が勝一家を描いたのだから、面白いに決まっているのだが、もうひとこえ求めてみたく
 なる。「美女いくさ」の所感を確認したら、傑作とはしながらも、石田光成の描き方が
 ステロタイプで不満とあった。諸田はこういう有名人の描き方が苦手なのか、はたまた
 単純にこういう理が先走る人物が嫌いなのか。

●6077 中国バブル経済はアメリカに勝つーアジア人どうし戦わずー 
               (政治経済) 副島隆彦  (ビジネス) ????

 読了して、副島という人の持つあまりの毒気にあてられて、茫然自失状態。一体、彼を
 どう理解、いや位置づければ良いのかさっぱりわからない。彼の描く中国の実情は事実
 だけを抜け出せば、僕の感覚に非常に近いものがある。また、彼が経済予測を当て続け
 ていることも事実のようだ。さらには、情報を鵜呑みにせず自らの足で調査・裏付ける
 というスタンスも素晴らしい。だから、普通の文章で書いてくれれば本書は少なくとも
 僕にとっては傑作になったはず。ところが上記の事実の間に、とんでもない陰謀説がて
 んこ盛りで塗りつけられて、超胡散臭いトンデモ本になってしまっているのだ。尖閣
 北朝鮮砲撃も菅政権もみんな米国の陰謀。しかも、こっちは全く根拠を示さない。これ
 じゃいくらなんでもねえ。箕浦さんが著者と佐藤優の対談本を褒めていたので、副島を
 どう理解したらいいのか聞いたら「副島さんの本は、あまり積極的に読みたいとは思わ
 ないんですけどね。 私自身「陰謀論」がそんなに好きではないせいもあります。佐藤
 対談の二冊以外は、副島本はほとんど読んでません。佐藤さんが相手にしてるから読ん
 でいるのです。でも佐藤優自身は結構「怪人物」と気が合うようです(ロシア時代から)
 (中略)ちょっと私の手に負えるひとではない感じがしてきます」とのことで、やっぱ
 り僕にも手に負えない。小室直樹の知性と大前研一の傲慢と落合信彦の胡散臭さを併せ
 持つ怪人。(でも、この三人は実は好きなんだよね)

●6078 成長し続けるための77の言葉(ビジネス)田坂広志(PHP)☆☆☆☆☆

 田坂さんの新作が11年正月に上梓された。内容に新味は全くない。今回のウリは今ま
 での集大成としての数々の箴言を論理的に並べ、右ページ一面を大胆に使って大文字で
 書く。一方その補足説明は必ず左1ページのみで終わらせる。という日めくりカレンダ
 ーのような構成になっている点。だから、もちろんあっという間に読めてしまう。でも
 本書はスラスラ読了するのではなく、座右の銘として何度も繰り返し読み返すためのも
 のであろう。そして、これだけ田坂さんの本を読んでいても、やっぱりそのときの自分
 の状況で、今までそうでもなかった文章が突然光りだしたり、急に重要性がイメージし
 たりするのだ。

 ・「追体験」においては、まず相手の視点で、自分の「技の働き」を振り返れ。
  --そもそも、プロフェッショナルとアマチュアを分けるのは、一度「自分の視点」を
   離れこの「相手の視点」に立つことができるかどうかです。

 ・成熟とは、自分の心の中の「エゴ」の動きが見えていること。
  --成熟とは決して自分のエゴから「解き放たれる」ことではなく、自分の心の中のエ
   ゴの動きが見えていることなのです。

 ・人間は、自分一人だけが成長することはできない。
--一人の人間の成長はその人間が所属する人間集団全体の成長と決して切り離せない。

 ・成長への意欲は、リーダーの後姿と横顔から学ぶもの。
--「成長」という言葉は、「私は成長したい」というように、一人称で語るべきもの
   であり、本来、「君を成長させる」や「彼を成長させる」というように、二人称、
   三人称の言葉で語ることはできないものなのです。

 ・メンバーは自身の経験と失敗、反省と成長を語るためには、メンバー各自の「エゴ・
  マネジメント」が求められる。
--なぜなら「反省会」を本当に意味のあるものにするためには、メンバー全員が、自
   分の経験を正直に語り、その失敗を隠さずに語り、何が問題であったかの反省を行
   い、その経験を通じて何を学んだかを語ることが求められるからです。

●6079 人を動かす文章術 (ビジネス) 齋藤 孝 (講現新) ☆☆☆☆

 後半のノウハウはまあまあだが、第一章は今正しく僕が求めていた「アイディア」とい
 う本質課題への回答であった。そう、アイディアを生み出すためにも、文章を書かなけ
 ればならないのだ。

 「書く生活」と「書かない生活」とでは、暮らし方、ものの見方に差が出てくるのです。
 (中略)学生たちは普段、友達とおしゃべりをしています。でも、おしゃべりと書くこ
 とは、決定的に違います。おしゃべりには特に必要とされない「認識力」という特殊な
 力が、「書く」という作業には不可欠なものなのです。

 おしゃべりの最高地点は「すべらない話」、つまり誰にでもウケル話かもしれませんが、
 それに準ずる低いランクのおしゃべりであっても、それは会話としては成立しています。
 誰だって気軽におしゃべりしていい。しかし、「書く」という作業には、かかる圧力が
違います。認識的な発見をうながす、いい意味での圧力が書くという作業には必要なの
です。この圧力は圧倒的です。こうした発見をする力、ものを見る新たな視点を獲得す
る力というのは、周囲から見れば「目のつけどころがいい」という評価になります。「
目のつけどころのいい」人物はユニークな発想を生み出します。

 「書く」ときの考える力には二つあると述べました。新しい認識を得る力と、文脈をつ
 なげる力です。文章が書けないと言っている人が、他人の話を再現する訓練をすると、
 自分に足りないものが何かはっきりと解ります。それは、発見する力、認識を得る力が
 足りないのです。あるいは、文脈をつなげる訓練が苦手だという人は、発見する力はあ
るのに、つなげる力がない可能性が高い。苦手分野がはっきりすれば、後はその部分を
集中的に鍛えればあなたの文章力は見違えるほど向上するでしょう。

 実はこの、他人の話を文章にまとめる作業には、もうひとつ大きな効能があります。(
 中略)「書く」という作業を前提として学ぶと、インプットの仕方や気構えは驚くほど
 変化します。その知識、ネタが外にあるもの、他人のものであっても、いったん自分の
文章にまとめることで、自分で活用できるネタにしてしまうことができるのです。さら
にそこに、あなた自身の知識や経験を絡めていくと、他人の論だったものが換骨奪胎さ
れて、自分自身のオリジナルなネタになってしまうのです。これこそが能動的知識です。

 文章というものはほとんど自分の内部に蓄積された他者の認識だからです。私が読んで
 きた本は膨大な数に上ります。また私自身、結構な数の著作を出してきましたが、その
 99%は自分が読んできた本から得た、他者の認識で成り立っています。自分自身で、
 全くゼロの状態から生み出した認識というのは、ごくごくわずかなのです。(中略)

 現代に生きる私たちも、あっという間に消えていく情報を追うだけでは自分を深めるこ
 とは出来ません。なるべくたくさんの他者の認識を自分の認識として定着させる。言い
 換えれば、できるだけ自分の中に多くの他者を住まわせることを目標にしなければなり
 ません。他人の話を引用し、咀嚼し、文章化して定着させる。その作業に慣れてくると、
まるでたくさんの他者が自分の中にいて、つねに自分の味方のようになって、彼らの認
識の組み合わせでものを書いていくような感覚になっていきます。(中略)

 世界を広げていくと、結果的に自分の内面にいろいろな他者が住み着き、森のような多
 様性が生まれます。一つの事柄、一つの人物にこだわりすぎると、あなたの内面も単調
 なものになり、同じような文章しか書けなくなります。なるべき多くの他者を住まわせ、
多様性を備える。それこそが、柔軟な発想、ユニークなアイディアを生む土俵となりま
す。そういう土壌を育む力はやはり文章を書くことによって備わってくるものなのです。

●6080 セブンセブンセブン (エッセイ) ひし美ゆり子 (小学館) ☆☆☆☆

昨年末、BSNHKで「ウルトラ特集」をやっていて、そこでひさびさに桜井浩子とひ
 し美ゆり子に出会った。で、申し訳ないが後者の方がとても良い歳のとりかたをしてい
 る気がした。(内容的にはウルトラセブン最終回のラストシーン映像の作り方の再現に
 感動。下手するとCGこそがクリエイティビティをスポイルしてしまうのでは?)そし
 て、正月何度も言うが大森の書評を読み返していると、本書を絶賛している。つい図書
 館に予約して読み出した。表紙の写真からして素晴らしい。しかし、過去を振り返れば
 ウルトラヒロインは間違いなくアキコ隊員の方であって、アンヌは太めで印象も薄い。
 そりゃ小学生にはアンヌの色気は良く解らなかっただろうし、本書を読めば当初アンヌ
 の印象が薄かった理由も良く解る。しかし、本書はとても気持ちのいい読み物であり、
 何となく甘酸っぱいものが込上げてくる。そして、時の流れのあまりの速さに、しばし
 思いをはせる。(しかし、アマギ隊員がウルトラマンのきぐるみに入っていた古谷敏で
 あることに今頃気付いた) 

 ●6081 「世間」を笑い飛ばせ! (エッセイ) 鴻上尚史  (扶桑社) ☆☆☆☆

 ドンキホーテシリーズの売れ行きがそんなに悪いとは。そうなんだ。でも、前回に続い
 て、このタイトルを見ていると、鴻上の小林化が進行しているのかもしれないと思えて
 しまう。内容的には、結構面白く読んだのだが、そこにかつてのような時代を動かす力
 を求めるのは、もはや無理であることは明白。

 ●6082 なぎなた (ミステリ) 倉知 淳 (東京創) ☆☆☆

 あんまり予約が多いので、一度あきらめたのだが、書評が良いので再度我慢してやっと
 借りることができた。しかし、期待が大きすぎたのか全然物足りない。冒頭のコロンボ
 のような「運命の銀輪」は面白いけど、幾らなんでもこの偶然はどうかな、と思ってい
 たら、実はこれが最高傑作だった。正直落穂ひろいであり、特に初期の作品は文章も良
 くない。まあ、倉知救済プロジェクトでも業界で動いているのかもしれないけど。

 ●6083 テクノスタルジア (エッセイ) 香山リカ (青土社) ☆☆☆★

 同じく大森が絶賛していた作品。僕は香山の本で満足した記憶がないので、古い本だけ
 ど最後の挑戦のつもりで読み出した。確かに最近の文章の単なる底の浅さではなく、浅
 いなりにノリが良くてシャープなのは時代の持つパワーか。(スギゾキッズ!)まあ、
 題名からしてYMOなんだけど、デリダやドゥールーズといったニューアカと、精神医
 学と、サブカルチャーが何とか許容範囲でコンステレーションを繰り返す。ドント・ス
 トップ・ザ・ダンス。全ては上下ではなく、横に横につながり無限に増殖していく。無
 意味な等価。乾いた懸命。醒めた情熱。派手なモノトーン。砂漠の喧騒。朗らかな猥雑。
 懐かしい未来。明るい死。無間地獄。今の勝間と対談する弱々しい(演技?)著者とは
 違う、ある種のパワーあふれる香山がここにはいる。しかし、その中に現在を予兆する
 暗雲も感じる。96年の出版。そう今から考えると95年にこの国の底が抜けたのであ
 る。その現場リポートという側面も本書は図らずとも持ってしまったのか。時間の矢は
 戻らない。記憶は無慈悲に不確かに増殖する。きっと全ては最初から懐かしかったのだ
 ろう。リグレットと罪を抱きしめて。

 ●6084 ミステリーのおきて102条 (エッセイ) 阿刀田高 (角川文)☆☆☆★

 どうでもいいようなタイトルだが、本書は著者が読売新聞に連載したエッセイをまとめ
 たもので、意外に面白くて、図書館で立ち読みしてたらやめられなくなって、遂に借り
 てしまい、一気に読了した。マニア的には著者の知識に物足りない部分もあるのだが、
 何となくバランスが良くて、いらいらしないんだよね。「ナポレオン狂」を読み返して
 みたくなった。(「訪問者」の内容が思い出せずにイライラした)

 ●6085 「死霊」殺人事件 (ミズテリ) 今邑 彩 (光文文) ☆☆☆☆

 図書館で復刊されたあの隠れた名作「金孔雀荘の殺人」の解説を読んでいたら、辻村深
 月が今邑彩を情熱的にトリビュートしているのにちょっと感動した。そして、「卍の殺
 人」は駄作だったが、「七人の中にいる」だとか一時期今邑をよく読んでいて印象も良
 かったのに、いつから読まなくなったんだろう?と振り返っても思い出せなかった。そ
 こで図書館にある本をいくつか借りて読み出した。(文庫を数冊借りて、信頼できる解
 説者のあとがきを読むと、だいたいその作家の全体像が見えてくる)すると、やはり面
 白い。本書など題名はとんでもないが、これでもかというトリックの密度でクラクラす
 る。いきなり、三人の死体が現れる、という強烈な不可能状況が、かなり苦しくはあっ
 ても、一応論理的に解決する豪腕には驚く。本筋のトリックは彼女の敬愛する鮎川哲也
 の短編の変奏曲であり、ラストの落ちはヒッチコックへのオマージュであろう。しかし、
 時代が悪かったのか、ブレインがいなかったのか。これだけのトリックをこんな二時間
 サスペンス・ノベルスの題名、文体で描くのは本当にもったいない。これではマニアは
 読まないだろうし、ノベルスファンには複雑すぎるだろうし、映像化も難しいだろう。
 もう少し後の時代に、今の新本格のスタイルで本書を上梓すれば、年間ベストも夢では
 なかったのに。

 ●6086 欲しい (ミステリ) 永井するみ (集英社) ☆☆☆☆

どうも永井の死が気になって仕方がない。永井の場合今邑と違って、読まなくなった作
 品は明確、「希望」である。永井が記憶に残るのは、まずは音楽を勉強し、その後北海
 道で農業を勉強した、という変な経歴が、それぞれ「大いなる聴衆」「枯れ蔵」という
 作品に反映されている点。しかし、「唇にのあとに続くすべてのこと」から永井は独自
 の世界に踏み出したように思えた。そして、今から考えるときっと「希望」に大きな期
 待を抱いてしまい、その反動もまた大きかったのだろう。しかし、あまり何も考えずに
 読み出した本書はうまい。(「唇」より少し後の作品)何と言うか、人が誰しも必ず持
 っている殆ど無意識の悪意を描くのが永井は本当にうまい。女性企業家(由希子)、出
 張ホスト(テル)、派遣スタッフ(ありさ)の三人の口を借りて語られる歪んだ愛の物
 語。ちょっと展開に無理がある気もするのだが、三人のそれぞれの欲望を描く筆の冴え
 は素晴らしく、残酷なまでに意地悪だ。人間って奴は、結局如何に自分勝手で調子がい
 いのか。それは社長でもホストでも生活保護を受ける派遣スタッフでも、結局同じなの
 だ。一応、殺人が起きるだが、やはりこれは「唇」と同じく、ミステリという範疇から
 は大きくはみだして魅力的だ。

 ●6087 ボランティア・スピリット (小説) 永井するみ (光文社) ☆☆☆☆

 続けて角田光代が褒めていた連作集。(こちらは「唇」より前の作品)在日外国人に無
 料で日本語を教える、地方都市のボランティア学校を舞台とした作品。最初は、一話一
 話が物足りなく感じたのだが、徐々にストーリーや登場人物が複雑に重なり、絡まりあ
 いだして、物語の奥行きが増してくる。街が立ち上がってくる。これまたうまい。そし
 て、やっぱりいじわるだ。(タイ人との結婚の話が、何のどんでん返しもなく、いじわ
 るなままに放置されてしまう残酷さ)また、登場人物それぞれが(ボランティアの先生
 たち)が、物語りが進むにつれ、当初とは違う顔を次々見せる。その一見非論理的な多
 面性こそ、「生きる」ということのリアルだ、と感じさせる筆力が永井にはある。一応、
 日常の謎ミステリと言えなくはいが、やはりこれはミステリとは違う魅力だろう。と書
 き終えて、で、なぜ永井は死んだのだろうか?と改めて問わざるを得なかった。(ただ
 何となく、永井がこんなに多くの作品を書いていたとは驚いた)