2017年 3月に読んだ本
●7628 暗黒女子 (ミステリ) 秋吉理香子 (双葉社) ☆☆☆
「サイレンス」が思いの外気に入ったので、何かと話題の本書を読んでみたが、これは失敗。読む本を間違えた。辻村深月や桜庭一樹に似たようなシチュエーションがあったような気がするが、ここまで時代錯誤のお嬢様学校を描いてくれると、突然パタリロが出てきて、コックロビン音頭を踊りだしそう。
前に著者の初期作品を、意外性を狙いすぎて、バランスが崩れている、と書いたが、本書は意外性の狙い方があまりにも定石通りで、意外でも何でもない、とでも言おうか。そう、逆説的に見事な構築美を描いてしまった。
まあ、アニメやアイドル映画の原作としては、パロディー込みであり得るかもしれないが、大人の鑑賞には堪え得ない。
というわけで、「サイレンス」以降の、成熟した秋吉に期待しよう。
●7629 合理的にあり得ない (ミステリ) 柚月裕子 (講談社) ☆☆☆
このところ、次に何を書くのか分からない柚月だが、今回は意外性が悪い方に出た。こういうコメディが少し入った、コンゲーム小説?というのは、著者には似合わないし、うまく書けたとも思わない。
「確率的に」「合理的に」「戦術的に」「心情的に」「心理的に」と5つの「ありえない」物語が収められているが、正直それぞれのトリックは、使い古されたもののバリエーションにすぎない。第1話と2話で、ヒロイン上水流涼子の立ち位置が変わっていたり、小技の切れはあるが物足りない。
で、何より困った者なのは、ディーンフジオカ的天才執事?、貴山の存在。まあ、TVドラマ化したらヒットするかもしれないが、佐方シリーズの作者には似合わない。
●7630 オールド・ゲーム (ミステリ) 川崎草志 (角川書) ☆☆☆★
横溝賞を受賞した「長い腕」の頃から才能を感じていた著者が、サラリーマンをやめ闘病生活を終え、作品を書き出したのはうれしかった。そして、「疫神」という傑作を生み出したのに、残念ながら世間的にはほとんど無視された。
しかし、その続編「誘神」はかなり雑な凡作で、そこで追いかけるのは止めにしたのだが、本書はそのサラリーマン時代の業界、ゲームソフト会社が舞台、というので手に取ってみた。そう言えば、「長い腕」にもソフト会社がでてきた。
六編の短編(ゆるい連作)を読み終えて、果たしてこれをミステリと呼ぶべきか、ビジネス小説と呼ぶべきか、迷うのだが、まあ気楽に面白く読めた。ゲームの歴史と、登場人物たちの会社での立場の変遷が、なかなかいい味を出している。
ただ、非常によく似た設定の、詠坂の「インサート・コインズ」に比べると、やっぱりコクというかひねりが足りない気がする。もちろん、詠坂が絶対にいないと断言した、ファミコンもドラクエもやったことがない人間である僕が、この業界のことを語っても全く説得力がないのだが。
●7631 カブールの園 (フィクション) 宮内悠介 (文春社) ☆☆☆☆
処女作「盤上の敵」で、直木賞候補になったときは驚いたが、本書は何と芥川候補で驚いていたら「彼女がエスパーだったころ」で吉川英治新人賞を受賞して、また驚いた。まさかこんなに引出の多い作家になるとは。
で、確かに本書に収められた表題作と「半地下」の二中編は、直木賞ではなく芥川賞テーストで、「人種差別」という共通テーマは重いが、村上春樹のような平易な文体で読ませる。(表題作は昨年末に書かれていて、トランプ現象が裏にあるかもしれない)
先に書かれた「半地下」の方を評価する人もいるだろうが、僕はより時系列が整理された表題作の方を評価したい。
物語自体は、予定調和に見えるかもしれないが、隠し味としての日系人による「伝承の無い文芸」という同人誌の寄稿が、「羊をめぐる冒険」の「十二滝村の歴史」や、池澤夏樹の「真昼のプリニウス」の江戸時代の少女の日記、のような時を超えた異化効果をうまく出しているように感じる。レーガンの演説もなかなか味がある。
それに対して、「半地下」の方は、「プロレスリング」と「少女」というギミックが、アーヴィングのような効果を出さず、中途半端で終わっている気がするのだ。
日本人捕虜強制収容所跡を舞台にした、母と子の和解の物語。ありふれているようで、なかなか読ませるのだ。作者の名人芸に乾杯。
●7632 大雪物語 (フィクション) 藤田宜永 (講談社) ☆☆☆☆
著者の最近のハードボイルドミステリは、全く評価しないが、それでも初期の「ダブルスチール」「鋼鉄の騎士」「探偵竹花とボディピアスの少女」といった傑作は僕にとって大事な作品だ。
というわけで、本書で吉川英治賞を受賞したと聞いて、早速読み出した。昨年末の発売時は、あまり評判にならなかった、というか完全に見逃したのだが、しみじみと、良い短編集だった。
題名から分かるように、本書は著者の住む軽井沢をモデルとしたK町に、記録的な豪雪が降ったときの、さまざまな人々の物語が、グランドホテル形式で緩やかに内容が重なりながら、6編収められている。
冒頭の「転落」こそ犯罪小説、広義のミステリだが、他は恋愛小説や家族小説というべき物語で、やはり著者の現在の本領はこのあたりにある。時々、あまりの偶然が気に掛るが、6編とも素晴らしい文章で、一気に読ませる。
個人的には、遺体を運んでいた葬儀屋の中年の運転手と、死者の娘の淡い恋愛を描いた「墓掘り」、夫婦の営む花屋に転がり込んできた、夫の元カノとの遭遇を描いた「雪の華」が、中年男の恋愛をリアルに描いて、身にしみた。
そして、ラストの「雨だれのプレリュード」。離婚したピアニストの夫と、画家の妻の再生の物語。著者のスタイリッシュな傾向が思いっきり出ていて、ちょっと作りすぎの気もするが、このラストにはうなるしかない。やはりうまい。
というわけで、よく似たシチュエーションの小説や映画がいくらでも浮かぶが、読んで損はない、よく出来た短編集だ。
●7633 人間じゃない 綾辻行人未収録作品集 (講談社) ☆☆☆★
デビュー30周年(ということは新本格30周年)を記念した、単行本未収録作品集で、6編(うちミステリは2編)が収められている。多くが、何らかの作品のスピンオフのような形になっているが、残念ながらそのあたりは忘却の彼方。
冒頭の「赤いマント」は、かなり古い作品で、本人は唯一の普通の短編ミステリと書いているが、結構ホラーテーストもある作品。そこから、ハートウォームなどんでん返しはよく出来ている。ただ、やはりこれは若書きの気がするし、もっと別のやり方を普通はするだろう、と突っ込みたくなる。
本書の30%ちかくをしめるもう1編のミステリ中編「洗礼」もまた、評価が難しい。大学の推理研の犯人当て小説の朗読会が、メタミステリとして描かれるのだが、これまた本人曰く、作中作の犯人当ての出来は中の上クラスで、かなり分かってしまう。ただ、本書が書かれた背景として、あの宇山さんの急逝があるとするならば、なかなか感慨深い。たぶん、本書は実話なのだろう。
そして、最後の「フリークス」の番外編としての「人間じゃないーB0四号室の患者ー」は、ミステリーで始まり、ホラーで終る。これまた読ませるが、オチは途中で分かってしまう。本来はミステリではなく、SFとして描くべき作品に思えた。綾辻版「寄生獣」。
というわけで、駄作というわけではないが、僕の綾辻に求めるレベルはかなり高いので、厳しい採点となった。結局、僕は綾辻のミステリを偏愛しながらも、そのB級ホラー好みをいつも持てあます。だから「殺人鬼」シリーズは未だに手が出ないのだ。
●7634 ミステリーズ! Vol80 (創元社) ☆☆☆☆
普通雑誌の所感はつけないし、そもそも読まない。しかし、今回は何とあの「小市民シリーズ」の7年ぶりの短編「巴里マカロンの謎」が掲載ということで、さいたま市立図書館にリクエストしたら、ちゃんと購入してくれたので、きちんと書こうと思う。
そもそも、小市民シリーズが気になったのは、古典部シリーズのひさびさの最新刊「いまさら翼といわれても」が、ラノベから大人の小説に脱皮しそうな、素晴らしいできだったから。さらに、「黄金の羊毛亭」のブログを読み返し、過去の三作の記憶も確認した。
個人的には、三作目の「秋期限定栗きんとん事件」がベストで、そのラストの黒小佐内の一言にぞっとしてしまったのだが、その言葉が思い出せず、何とかネットで調べて準備万端。
で、今回は3個セットのマカロンが、四個になっていた、という超日常の謎から、なかなか深いミステリ的な解決が示され、十分合格点。やはり、著者はうまくなった。小鳩くんのキャラは、古典部の奉太郎にかぶるのだが(小鳩くんの方が上品だが)小佐内さんと千反田が、まったく逆なキャラなところが面白い。小佐内さんは、やはりちょっとダーク。
というわけで、次作が完結編になるだろう「冬期限定」を、ゆっくり待つことにしよう。たぶん、今の米澤なら、間違いなく素晴らしいシリーズの幕引きを、やってくれるだろう。(あ、たぶん本書も含めた、短編集も別にでるのかもしれないが)
●7635 方舟は冬の国へ (ミステリ) 西澤保彦 (カッパN) ☆☆☆★
04年の作品だが、図書館で美本を見つけて読み出した。後書きで、作者は本書を「疑似家族もの」としている。疑似家族と言えば、山田正紀や道尾秀介の作品を思い出すが、本書は題名や途中でテレパシーのようなものが出てくることから、SF的なオチが予想できた。
で、高額の報酬に釣られた疑似の夫婦と娘の、隔離された別荘での夏休みの物語は、それはそれで楽しく読めた。また、ミステリ的にも、娘だけが○○だと分かるシーンなどよく出来ている、と感じた。
しかし、残念ながらこのオチは評価できない。あまりにも大がかりな割には雑でありふれている。駆け足でバタバタした感じが強いのも、宜なるかな。というわけで、もの悲しくも暖かいラストから分かるように、本書の西澤はいつものブラックとは真逆で、センチメントを全面に出してきた。
それをベタに楽しんだり、評価するのも否定はしないが、ミステリとしては、あまり評価はできない。できれば、もっととことん破滅SF的に描くことも、できたかもしれない。
●7636 1984年のUWF (NF) 柳澤 健 (文春社) ☆☆☆☆★
馬場の次は、ついにUWF、というかタイガーマスク=佐山聡の登場だ。最初は、著者の作品にしてはちょっと軽いかな、と危惧したのだが、やはり時代がシンクロするので、結局やめられずに図書館で一気読みした。
人生で一回だけ真剣にプロレスを見た時期がある。それが、タイガー=佐山を中心とした、新日の全盛期だった。村松がその理論的支えでもあった。それほど、タイガーのプロレスは斬新で衝撃的だった。そして、その裏の理由が本書でよく分かった。
ただ、その後のUWFに関しては、TV放映もあまりなかったので、僕は全く知らない。UWF=前田日明、と素人の僕は思っていたのだが、最初のUWFは、あくまで佐山が中心だったのだ。それが一度崩壊し、佐山がシューティングを創始し、新生UWFが再度誕生し、それこそが前田中心だった。かなり大雑把だが、そういう風に理解した。
そして、本書の論調は、佐山こそが真の天才で、UWFの創始者であり、前田はそれを踏襲というか、ぱくったにすぎない、凡庸なレスラーとして描かれている。早速、本の雑誌の書評では、前田ファン?から、いかがなものか?という書評が載っていたが、もしここに書かれていることが真実ならば、それは本書で亀和田武が書いているとおりだと思う。
ネットで確認したら、やはり毀誉褒貶が激しい。佐山史観、という書評には笑ったが。まあ、そうは言っても、佐山とて完全無欠ではなく、その変なところは、ラストで少し描かれるが、基本は本書は佐山の天才を徹底して描いていて、それはタイガーに戦慄を覚えた僕の記憶とシンクロするのだ。
正直、素人の僕にはこれ以上は分からないのだが、相変わらず著者の筆は冴えに冴え、読んでいる間は至福であった。第二次UWFという、プロレスファンの無意識のコンプレックスの救世主が、次第に裸の王様に祭り上げられていく過程が恐ろしい。
●7637 天上の葦 上 (ミステリ) 太田 愛 (角川書) ☆☆☆☆
●7638 天上の葦 下 (ミステリ) 太田 愛 (角川書) ☆☆☆★
「犯罪者」「幻夏」と順調にステップアップしてきた、「相棒」脚本家の勝負の第三作。のつもりだったんだけれど、読み終えて微妙な感じ。冒頭はいかにも「相棒」っぽく、渋谷のスクランブル交差点で、老人が天を指さしながら死亡し、それがお昼のニュースの背景として全国に流れる、という印象的なシーンから始まるのだが。
ネットでは今のところ、絶賛の嵐だが、僕は2つの点から、傑作とは言いがたい。まず、長すぎる。正直言って、第二章の島のストーリーは、いらないと思う。第一章はテンポよく、第三章の公安と主人公たちのやりとりも悪くないのだが、中間でだれてしまう。ここは、挿話レベルで十分ではないだろうか。
そして、もう一点は「犯罪者」における、食品会社の扱いにとてもリアリティーを感じなかったのと同じく、今回の言論統制の陰謀?も何だかなあ、という感じである。「ゴールデンスランバー」と同じく、白黒が単純すぎる。今の世界の恐ろしさは、集合的な無意識にこそあると、僕は思う。そこを文学は、描くべきではないだろうか。
まあ、太田らしい、相棒らしい?ネタではあるのだが、あまり社会派に行かずに、ミステリとしての面白さに徹してほしい気がする。今回も第一章は、本当に面白かったのだが、後半そっちにいきそうな嫌な予感がしていたら、まさにそうなってしまった。残念。
●7639 静かな炎天 (ミステリ) 若竹七海 (文春文) ☆☆☆★
「さよならの手口」が、このミス4位というのは、ひさびさにこのミスの存在意義を感じたが、本書が2位というのは、ほめすぎではないだろうか。同じような作品に見えるが、僕には複雑な長編の前者と本書では、レベルがかなり違って感じた。
というより、一人称小説の短編というのは、主人公やシリーズキャラクター以外の書き込みが難しくて、感情移入ができないせいか、どうにも僕には読みにくいのだ。書評では多くの人が、読みやすさを絶賛しているのだが、僕にはわからない。
そもそも同世代の著者の作品は、デビュー以来かなり読んでいるのだが、未だに著者との距離感がうまくつかめない。デビュー作「ぼくのミステリな日常」は、北村の後継としてベストの作品で、オールタイムベスト級だと思うし、「スクランブル」や「さよならの手口」は大好きだ。
しかし、同じ葉村シリーズの長編「悪いうさぎ」や、ジェットコースターミステリ「火天風神」などは、大嫌いな部類にはいってしまう。
というわけで、たとえばホームズの名作を使ったパロディ?の表題作など、面白いのだが、それがこのシリーズの文体・文脈に合っているか、というとやや疑問なのだ。まあ、本書に蔓延するミステリ・マニア的蘊蓄、くすぐりは嫌いではないのだが。
●7640 ガーディアン (ミステリ) 薬丸 岳 (講談社) ☆☆☆☆
これまた新作は必ず読む薬丸の最新作は、中学生のいじめがテーマだと聞いて正直あまり良い予感はなかった。しかし、さすがは安心の薬丸印、やたら多い中学生たちを見事に読ませるのだ。中学校が舞台だと、普通だと耐えられないのだが、薬丸は大丈夫なのだ。
うまい、だけでは芸がないので、少し考えたのだが、結論は薬丸の中学生の描き方が、リアルに薄っぺらい。そこが凄い。(笑)ネット上の自警団という発想は、独創的とは言えないが、その扱いがやはりリアルなのだ。本当にあり得る、と感じてしまう。
ただ、ややハートウォーミングなラストは、少し鼻白んだのだが、何とここで著者は、あの人を出してくるのだ。(N氏)いやあ、まいってしまった。ファンはこれで、すべてを赦してしまう。で、ラストのラストの数行。これは、必要だったのか?うううん、悩んでしまう。
●7641 スペース金融道 (SF) 宮内悠介 (河出新) ☆☆☆☆
大森絶賛の本書だけれど、さすがにこれはどうなのよ?という感じ。だったのだが、読み出すとやはり凄い。冒頭の「スペース金融道」は、おちゃらか、のように見えて、本質は、金融工学を量子力学化させ、さらには相対性理論でブラックホール化、とトンデモ?理論でありながら、お笑いイーガン万物理論、という感じでぶっ飛んでしまった。
さらに次の「地獄変」は、電脳空間のAIをテーマにした、お笑いディアスポラ?さらにアンドロイドのある人物のクロニクルが、大きな効果をあげていて、これは大傑作かと想った。
ところがさすがに次の「蜃気楼」あたろから、少しテンションが下がり、こっちも慣れてきて(飽きてきて)最後の「決算期」あたりは、ちょっと理解できなくなってしまった。後半、物理学から、フロイト理論にテーマが変わったのがいけなかった、かな?
まあ、でも本当に著者は引き出しが多い。というか増えた?巻末で著者が大森の多くの駄目だしに謝辞を捧げているが、そう本書の作品はラストの書き下ろし以外は全部大森編集の「NOVA」に掲載されたもの。何だかなあ、と想いながらも、河出がSF化してくれたのはありがたいし(コニイも新訳が出たし)大森がここまでやってるなら、いいとするか。
3月は以上14冊でした。後半、体調が優れず、全然読めませんでした。ベストはこれまたミステリではないんですが「1984年のUWF」でしょうか。「大雪物語」も予想外に良かったですが、これもミステリとは呼べないでしょう。
世界冒険小説全集36巻(おあそび)
●第一回配本6冊 「すべてはここから始まった」
1、鷲は舞い降りた ジャック・ヒギンズ
2、最後の国境線 アリステア・マクリーン
3、針の眼 ケン・フォレット
- 作者: ケンフォレット,Ken Follett,戸田裕之
- 出版社/メーカー: 東京創元社
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4、喜望峰 谷 恒生
5、山猫の夏 船戸与一
6,カディスの赤い星 逢坂 剛
●第二回配本6冊 「新しい風」
7、ジャッカルの日 フレデリック・フォーサイス
8、深夜プラス1 ジャック・ヒギンズ
9、興奮 ディック・フランシス
10、ホワイトアウト 真保裕一
11、毒猿 大沢在昌
12、ワイルドソウル 垣根涼介
●第三回配本6冊 「自然との闘い!」
13、北壁の死闘 ボブ・ラングレー
14、高い砦 デズモンド・バグリイ
15、樹海戦線 J・C・ポロック
16、神々の山麓 夢枕 獏
17、飢えて狼 志水辰夫
18、エトロフ発緊急電 佐々木 譲
●第四回配本6冊 「エンタメ!エンタメ!」
19、血の絆 A・J・クイネル
20、暗殺者 ロバート・ラドラム
21、極大射程 スティーブン・ハンター
- 作者: スティーヴンハンター,Stephen Hunter,佐藤和彦
- 出版社/メーカー: 新潮社
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22、虎口からの脱出 景山民夫
23、ぼくの小さな祖国 胡桃沢耕史
24、鋼鉄の騎士 藤田宜永
●第五回配本6冊 「スパイだって冒険だ!」
25、寒い国から帰ってきたスパイ ジョン・ル・カレ
26、武器の道 エリック・アンブラー
27、パンドラ抹殺文書 マイケル・バー=ゾウハー
28、スリーアゲーツ 五條 瑛
29、亡国のイージス 福井晴敏
30、元首の謀叛 中村正軌
●第六回配本6冊 「SFだって冒険だ!」
31、渇きの海 アーサー・C・クラーク
32、エンダーのゲーム オースン・スコット・カード
- 作者: オースン・スコット・カード,Orson Scott Card,野口幸夫
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1987/11
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33、星を継ぐ者 J・P・ホーガン
34、滅びの笛 西村寿行
35、華竜の宮 上田早夕里
- 作者: 上田早夕里,山本ゆり繪
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2010/10/22
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36、ジェノサイド 高野和明
- 作者: 高野和明
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2011/03/30
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2017年 2月に読んだ本
1月度、当ブログへのアクセス数は808名でした。どうも、ありがとうございます。
2月15日、1000人を突破し、1021人となりました。ありがとうございます。
●7614 狩人の悪夢 (ミステリ) 有栖川有栖 (角川書) ☆☆☆☆
僕はもちろん、江神シリーズ(学生アリス)の方が好きなのだが、本書は火村シリーズ(作家アリス)の長編。読み終えて思うのは、こういう直球の本格パズラーって、誰も書かなくなったなあ、ということ。
敢えて言うなら、平石の松谷警部シリーズが該当しそうだが、本書に比べると妙に複雑で、その結果読みにくい。新本格の多くが、記述やプロットトリックに走る中、この作風は貴重だと強く感じた。(同じロジック派のはずの、西澤との作風の違いには愕然としてしまうが)
また、登場人物が少なく、緩いクローズドサークルになっているため、正直犯人は意外ではない。それは、作者のあとがきを読んでも分かる。当初は、倒叙ミステリにしようとしたなら、犯人は意外ではないだろう。
従ってポイントはフーダニットとしての犯人絞り込みのロジックであり、本書ではそれは切り取られた被害者の手首と、ある自然現象を結びつけ、鮮やかなロジックとなる。まあ、裁判で有罪判決がとれるかは、微妙だが。
ただ、これは全く偶然だが、先月の僕の所感を丁寧に読み、本書を読んだ人には、僕が本書の重要なファクター、動機に気づいてしまった理由が分かるかもしれない。これはもう、残念な偶然と言うしかない。
火村が述懐するように、今回の論理はあざやかではあっても、法的には弱い。しかし、犯人と被害者の関係を、丁寧に深掘りすることで、うまく処理していると思う。なかなか、真相を隠しながら表現しにくいのだが。
最後に本書は、火村シリーズのTV放映後に執筆されたらしいが、やはりあの二人のキャストのインパクトは強烈で、どうしても脳裏に浮かんでしまった。あ、それから装丁が素晴らしい。特に表紙をとったら、さらに素晴らしいのには驚いた。
●7615 無貌の神 (ホラー) 恒川光大郎 (角川書) ☆☆☆☆
今、新刊が一番待ち遠しい作家のひとり恒川光大郎。昨年は「ヘブンメイカー」で、SF・ファンタジー部門のナンバーワンだった。その恒川の新作は、ひさびさの短編集で、類い希なる恒川ワールドを堪能した。
今回は、連作ではない短編集。まあ、よくこんなことを考えた、と思うくらい物語は多様性に富みながら、恒川らしく転調を繰り返し、相変わらず、そこにいくか?と読者の意表を突きまくる。
そうは言っても、実は最初の二編、表題作と「青天狗の乱」がイマイチ何が面白いのかよく分からず、文体もあっさりしていて、今回はハズレか、と危惧したのだが、次の「死神と旅する女」が、どんぴしゃ。これぞ恒川ワールドという作品で(だから、簡単にあらすじを説明できないのだが)そこから持ち直した。
「死神と旅する女」「廃墟団地の風人」「カイムルとラートリー」がベスト。どれもこれも、恒川の作品としか言えない、奇妙でユニークで心に残る作品。ただ、表題作と「十二月の悪魔」は、ちょっとぶっ飛びすぎて、何が言いたいのかよく分からず、「青天狗の乱」はストーリーはベタで分かりやすいのだが、何が面白いのかよく分からなかった。
というわけで、手放しの大傑作、というわけではないが、やはり恒川のユニークさには、相変わらず驚かされてしまう。それでも読めば、これは恒川印と必ず分かるのも素晴らしい。
●7616 帰 蝶 (歴史小説) 諸田玲子 (PHP) ☆☆☆★
今さら信長の小説は、よほど何かがないと、手が出ないが、今回は正妻、帰蝶=お濃の立場から、恐るべき夫=信長を描く、それも諸田玲子が、というわけで読み出した。ただし、あとがきによれば、意外に諸田は信長嫌いなようす。
恒川の奔放な筆のあと、諸田の文章は安定していて、前半は面白かった。信長物語においては、常に蝮の娘としての輿入れは大きく描かれるが、その後はほとんど活躍しない帰蝶。その透明さを逆手にとって、そこに立入宗継という魅力的な商人?とのプラトニックな恋を、数年ごとに描いていく手法に引き込まれた。
また織田家中において、美濃衆の旗頭の信忠と、その後見としての帰蝶、という切り口も結構斬新でありながら、説得力があって感心した。(明智光秀も美濃衆の一人)
しかし、当然物語は後半本能寺に突入するのだが、ここから物語は短いカットバックの連続となり、求心力がなくなっていく。本能寺の謎も、新味はない。特に本能寺の変自体を、信長、光秀双方の立場から描かない間接話法は、ちょっと失敗だと感じた。
というわけで、本能寺後の謎解き?もお約束という感じで、やや竜頭蛇尾。あまりにも帰蝶の情報がないせいか、その描き方に逆に意外性がない、というのは厳しすぎるか。徳姫の道ならぬ恋も、なんだかなあ、という感じ。期待が高すぎたのか、やや厳しい採点になってしまった。
●7617 ギリシア人の物語Ⅱ (歴史小説) 塩野七生 (新潮社)☆☆☆☆
ついにミスター民主主義、ミスター・アテネ、ペリクレスの登場である。第一巻におけるギリシア連合軍対ペルシアの闘いに、まるで「海の都の物語」のレパントの海戦を重ねて熱狂した者にとって、待ちに待った第二巻。
しかし、どうやら「ギリシア人」は、ペルシア戦役、本書(ペロポネソス戦役)、そしてアレキサンダー大王の東征、というギリシア世界の三つの大きな闘いを描く三部作となるらしい。ということは、スターウォーズも十字軍の物語もそうであったように、第二巻の役割は、ネガティブで暗い。
残念ながら本書には、第一巻にあった爽快さは全くない。強大なペルシアに、ギリシアを代表する真逆の二大ポリス、アテネとスパルタが共同し、それぞれの得意技を駆使し、勝利を収める、というようなカタルシスは本書には微塵もなく、陰鬱なフラストレーションがたまる。
そう、本書の副題は、民主主義の成熟と崩壊、であるが、ここには成熟などかけらもなく、崩壊だけが徹底して描かれる。長年かけて築きあげたはずのアテネの民主制は、ペリクレスが没した後、たった25年で全面崩壊し、ギリシア世界の覇権を握っていた強大な国家が、完全に滅ぶ。衆愚主義、ポピュリズムの恐ろしさがこれでもか、と描かれる。
たぶん、塩野もまた書いていて楽しくなかったと感じる。それは本来、ギリシアの英雄と描くことが可能な、前半のペリクレスの描写にも感じる。塩野にとっては、カエサルよりは数段下で、比較するならオクタビアヌス、というところだろうか。アルキビアデスやニキアスに至っては、描くのもつらそうだ。
ローマ人の頃から定例化してきた、塩野の新刊は12月に発売というペースが遅れた理由も、このあたりにあるのかもしれない。それでも、塩野は民主主義というものの本質的な怖さを、今描かなければと決意したのだろう。
そして、塩野は全く書いていないのだが、不毛の27年間のペロポネソス戦役は日中戦争に、その膠着を破るためにアテネが仕掛けた、シチリア遠征は太平洋戦争に、そしてアテネが失ったデロス同盟は、国際連盟に重なってしまうのだ。
そう、愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶのである。次回は、アレキサンダーの胸をすく活躍に期待したい。が、こんな苦い物語を、冷徹かつ平易に描ききる塩野の文章に脱帽である。
●7618 サロメ (フィクション) 原田マハ (文春社) ☆☆☆☆
ちょっと書きすぎが心配な著者だけれど、やはり芸術=画家がテーマの事実に基づいたフィクションには手が出る。しかも、今回はTさんのアイドル?オスカー・ワイルドだ。と、思っていたら、サロメの挿絵画家、オーブリー・ビアズリーと姉の女優のメイベル・ビアズリーの物語だった。
本書は「リーチ先生」と違って、320ページの薄さだが、原田にはこういうエッジの効いた短い長編が似合うのかもしれない。今回も、史実が元なので、意外性には乏しいが、平易な文体で妖しい世界を見事に描き、一気に読ませる。
しかし、原田の作品には、i-Padが必須で、今回も大活躍。オスカー・ワイルドのポートレイトは、スチュワート・コープランドを思い起こし、ビアズリーはレオナルド藤田か。ビアズリーの絵は、まさしく米倉斉加年のドグラマグラ!。(メイベルらしい画像もあったが、本物かしら?)
ただ、今回は冒頭の現代編が途中で忘れ去られ、あまり効果を上げていない気がした。まあ、でも合格点をあげたいと思う。時代の空気を、うまく切り取ったと感じる。はてさて、Tさんの感想はいかに?
今度こそ直木賞とれるかな?文春本だし。個人的には「ジヴェルニーの食卓」より、数段落ちるのだが・・・・
●7619 Tの衝撃 (ミステリ) 安生 正 (実業日) ☆☆☆
ゼロシリーズの作者の新刊は、なぜかT。前作「ゼロの激震」は熱意が空回りした失敗作だった。で、今回は傑作「ゼロの迎撃」を超える、ど派手な展開。いきなり自衛隊の護送車が、謎の大規模テロ集団に襲われ、プルトニウムが奪われてしまう。
ここから、複雑なテロ、スパイ小説となるが、前作の欠点が直っていない。まず、人物造形が薄っぺらい。だのに、青臭く説教臭い議論が続いて、鼻白んでしまう。結果、どうにも読みにくいのだ。
で、ラストテロリストの正体と、その目的には唖然としてしまう。荒唐無稽と言うしかない。もし、これを小説の中でもリアルに成立させたいなら、数倍のバックグラウンドの書き込みが必要だろう。そこまでやれば、凄い小説に化ける可能性はゼロではないが。
正直、第四作の本書を読んで、著者とのつきあい方を決めようと思ったが、残念な結果となってしまった。当面、新刊を読むのはやめることにする。
●7620 進化論の最前線 (科学) 池田清彦 (集英新)☆☆☆☆
今や「ほんまでっか」の変な先生?の方が有名かもしれないが、池田の「構造主義進化論」は20代の僕に大きな影響を与えた。
そんな池田のひさびさの進化論に関する本は、集英社から新たに創刊された、インターナショナル新書の初回配本であった。福岡や池澤の作品の方が、脚光を浴びているようだが。
ただし、本を手に取って、その薄さに危惧を抱いた。この量で進化論の歴史(キュヴィエ、ラマルク、ウォレス、ダーウィン、メンデル、等々)を描きながら、STAP細胞やips細胞のような最新のトピックスを描くのはさすがに無理があり、薄味の紹介本になってしまうのは、最近の新書の悪しき特長とも言える。
そして、本書の前半は正直その危惧が当たってしまうのだが、第六章、DNAを失うことでヒトの脳は大きくなった、で驚いてしまった。
僕らは人間のDNAのほとんどがジャンクDNAとして、何の役にも立っていないガラクタ、と習った。しかし、最新の進化学では、ジャンクDNAという言葉は使わず、タンパク質の情報を持たないノンコーディングDNAと呼ぶらしい。
そのノンコーディングDNAこそ、ノンコーディングRNAを創り出し、それが遺伝子の機能の発現をコントロールする、というのである。(通常はDNAは、RNAによってタンパク質を合成する)
そして、最新のスタンフォード大学の研究では、チンパンジーのDNA配列から510個のDNAが消えることによって、サルとヒトの形質の違いが発現した、と発表されたのだ。すなわち、ヒトは、510個のDNAを(意識的に?)捨てることでサルから進化した、というのだ。
で、それは池田によればノンコーディングDNAの喪失のことであり、その機能は脳領域の成長を抑制していた、というのだ。人がある種のノンコーディングDNAを捨てることで、脳の爆発的な進化にスイッチが入ったというのだ。それはネオダーウィズムに明確に反する。もちろん、その詳細は新書では解らないのだが、ひさびさに興奮した。
進化論は面白いが、それをきちんと素人に語れる池田のような学者がやっぱ必要だ。いつジャンクDNAがなくなったんだ?と素人は途方に暮れる。
●7621 死の天使はドミノを倒す (ミステリ) 太田忠司 (文春社) ☆☆☆☆
著者は僕と同じ年齢。新本格ブームでデビューしながらも、多作家として活躍しているが、きちんとフォローはしてこなかった。
ただ、著者には時々業界内部?からの応援があり、「ルナティックガーデン」や阿南シリーズ(「無伴奏」)等々は、書評がかなり出たので読んでみたのだが、正直それほど感心しなかった。
で、今回は文庫化に合わせて、本の雑誌に書評が出て、かなりトリッキーな作品ということで興味を持って読みだした。
びっくりしたのは、そのリーダビリティーだ。特に前半は読みだしたら止まらない。冴えない作家とその奇妙な弟との関係が、父親の葬式と遺産相続において、徐々に明らかになっていく過程が、オフビートだが目が離せない。堀平馬という喰えない狂言回しも面白い。
本書には死刑廃止問題やこれは書けないがある社会問題が大きくフィーチャーされていて、一見社会派ミステリに見える。が、その本質は、やはりトリーッキーなミステリで、ふたつの大きな爆弾が仕掛けてある。
しかし、後半はちょっと偶然が過ぎる気がするし、ストーリーの盛り上げ方に失敗した気もするのだが、まあここまでやってくれれば良しとしよう。少なくとも今までの著者の作品では、一番面白かった。
ただ、本当は影の主役のはずの「死の天使」を、もっと掘り下げてほしいところ。そこが弱いので、ラストのオチもイマイチ効果をあげていない。少し甘めの採点だが、文庫で読む価値はあると思う。
●7622 サイレンス (ミステリ) 秋吉理香子 (文春社) ☆☆☆☆
著者の作品は、今まで「放課後に死者は戻る」「聖母」の二冊を読んでいて、安生と同じく本書で、今後のつきあい方を考えようと思ったのだが、結論から言うと今回は合格。今までの作品は、文章はうまいのだが、あまりにも意外性というかどんでん返しを狙いすぎて、作品としてのバランスが崩れていた。ミステリを誤解している気がした。
で、今回はイヤミスということで、正直最初は引いたんだけれど、意外性はないのに、小説として引き込まれた。
そうは言っても、冒頭からヒロイン(新潟の小さな離島から東京に出て、アイドルを目指す美少女)および、その最低の婚約者が、故郷に帰るシーンは、二人のいやらしさだけでなく、田舎の陰湿さも全開で、読むのが辛かった。(でも、それを読ませてしまう文章力はさすが)
正直、ラストまでこれってミステリなの?という感じだったが、あることが発覚し、その処理が素晴らしいのだ。田舎の「放心家クラブ」と言ったら、分かってもらえるだろうか?そう「放心家」「銀の仮面」「二瓶のソース」「開いた窓」といった、奇妙な味というか、のほほんとした残虐さが、素晴らしい効果をあげているのだ。
そして、冒頭からレッドヘリングとして使われるホラー的展開が、結局スーツ=鈴木の件が腹に落ちると、作者が狙った全体の構図が見えてくる。最初に言ったように、それは決して意外というわけではないが、表現というか処理が素晴らしいのだ。そう、これこそが、本当のミステリなのだ。
イヤミス+田舎ということで、当然湊を意識しながら読んでいたのだが、これは湊を超えて、沼田まほかるに届きそうだ。まぐれなのかもしれないが、秋吉のこれからの作品には注目したい。
●7623 白い衝動 (ミステリ) 呉 勝浩 (講談社) ☆☆☆
「道徳の時間」に粗削りだが才能の萌芽を感じたのだが、「蜃気楼の犬」はよく分からないまま終ってしまった。これまた三作目の本書で、今後のつきあい方を決めようと思ったのだが、微妙な出来。
テーマは「道徳」の続きとでも言えそうな、隣の少年A。まあ、あんまり読みたいテーマではないのだが、相変わらず筆力は素晴らしく引き込まれる。しかし、全体に盛り込みすぎ。どうも、著者は設計図を引くのが苦手なようだ。
特にラス前で明かされる、意外な犯人?には愕然とした。こんなところで、こんなトリック使うか?また、冒頭の手記もうまく使えてないし、結局秋成は何だったんだよ?という感じで、着地に失敗してしまった。
同じテーマの傑作、薬丸の「友罪」と比べると、本書のグタグタ感は明らかだ。ただ、著者の場合、第二作の「ロスト」が大藪賞候補となっており、あらすじも面白そうなので、読んでみることにする。(史上最速の受賞後第一作、とやらで完全に見逃していた)そこで、最終判断。
●7624 稀代の本屋 蔦屋重三郎 (歴史小説) 増田晶文 (草思社) ☆☆☆☆
写楽や京伝絡みで、蔦重のことは何度も読んできたが、意外に蔦重本人が主人公というのは初めてだと思って読み出した。しかし、60年大阪生れ、同志社法学部、というのは一歳若いだけで、有栖川有栖と同じなのに、著者のことは全く知らなかった。結構作品もあるようなのに。
しかし、こうやって改めて蔦屋の話しを読むと、京伝、歌麿、春町、北斎、馬琴、一九、と登場人物は綺羅星のごとく。一方、吉原細見、戯作、錦絵とテーマを変えながら江戸の大衆文化をリードする蔦重は、まさに総合プロデューサーであり、コーディネーターであり、エディターであり、何より新人発掘、インキュベーターなのだ。
正直、これは題材の面白さだけで、かなりのパワーがあり、増田という作家の実力はいまひとつクリアにならなかった。十分満足のいく内容ではあるのだが、もう少し人物造形が深く出来るのではないか、とかもう少し背景を書き込むべきでは、とか贅沢な要求もわいてきた。
ただ、たぶん本書の新しさは、ラス前の写楽の登場を、フーダニットではなく(正体は、当たり前の人物)ホワイダニットで描いたところ。プロデューサーだけではどうにも収まらなかった、蔦重のクリエイターの血が、写楽という化け物を生み出した。この解釈は説得力がある。
というわけで、傑作と絶賛するには何かが物足りないのだが、蔦屋という江戸時代の梁山泊を想像するには、十分な力作だと評価したい。
●7625 ロスト (ミステリ) 呉 勝浩 (講談社) ☆☆☆
早速、図書館で借りてきて読んだのだが、残念ながら不合格。当面、著者の新刊は読まないことにする。
そうは言っても、冒頭TVショッピングのオペレーションセンターに、誘拐犯から電話がかかってくるシーンからぐいと引き込まれた。つかみは満点。B級テースト満載ではあるが、そこから奇妙な身代金の受け渡しのサスペンスまでは、一気読み。
しかし、いきなりある人物に拘束されリンチを受け、なぜか解放される主人公(被疑者?)の安住や、警察の麻生、等々人物造形が微妙に、いやかなり歪んでいて、読んでいて強烈な違和感を感じさせる。まあ、その他の脇役も含めて、登場人物がみんな歪んでるのだが。最初は、それも魅力のひとつに感じた。
さらに、誘拐事件の構図が徐々に明らかになるにつれ(それは安住の冒頭の監禁暴行事件と絡み)何だかストーリーからリアリティーが急速に消えていく。それでも、犯人はなぜ身代金一億円を百万円に小分けし、100人の警察官にそれぞれ持たせて、100か所に運ばせたのか?(その結果、ほとんどの身代金は犯人の手には渡らない)という強烈な謎が、最後まで読者を引っ張る。
ああ、それなのに、それなのに、犯罪の構図は凝っていても意外性は少なく、虎の子の身代金の謎が最後に明かされると、本を投げ出したくなった。いいかげんにせい!こんな杜撰で無茶苦茶な動機、ありえない!
これで、納得する人がいたら驚いてしまう。確かに「道徳の時間」の動機も、リアリティーはないが、それでも数パーセントの可能性は感じた。が、今回はゼロである。こんなことが起きる可能性は。
というわけで、この作者には、何か根本的にかけている部分がある。間違いなく、ある種の才能もあるのだが、これではだめだ。ひょっとしたら、河合莞爾のように、SF=別のジャンルの小説を書けば成功するかもしれないが。
●7626 夢幻巡礼 (ミステリ) 西澤保彦 (講談文) ☆☆☆☆
チョーモンインシリーズ第四作の本書が、異色の番外編であることは、水玉画伯の表紙のタッチの違いからも分かるだろう。本書には嗣子も保科もほとんど登場せず、能勢の学生時代(と現在も少し)が描かれるが、これまたあくまで脇役で、登場場面は少ない。
本書の主人公は、現在能勢警部の部下であり、過去においては同じ大学生であった奈蔵涉であり、何と彼の正体=シリアルキラーとしての生い立ちが語られるのだ。したがって、本書は「聯愁殺」や「収穫祭」といった、黒西澤のダークパワー炸裂で、いつものユーモラスな味付けは全くない。
そうはいっても、残虐シーンやグロテスクなシーンの描写は案外少なく、先にあげた作品ほど衝撃はないのだが。そのかわり、中盤は涉の説明的なモノローグが続き、少し物語が停滞する。というか、あまりにも人間関係が複雑で、大勢の人が死にすぎて、理解するのに労力が必要なのだ。
しかし、後半終結に向かって物語は一気に転調し、作者の狙いが見えてくる。このシリーズの特徴として、ある人物がある超能力を持っていたことが分かると、本書の恐ろしい構図が浮かび上がるのだ。そして、それまで無茶苦茶複雑に思えていたことが、スパッと割り切れる快感は素晴らしい。
ただ、それでも細かいところで分からないことがあるし、リアリティーは無視だが、「実況中死」と同じく、よくこんなことをやろうとしたものだと感心する。グロテスクで破天荒な物語で蟻ながら、間違いなくここには本格パズラーのロジックがあるのだ。嗚呼、有栖川有栖との作風の違いを考えると、頭がクラクラするが。
そして、本書もまた西澤のライフワークとも言える、母親による息子の支配と、それに対する反発が、通奏低音として流れている。
で、読み終えてシリーズの本当の構図と最後の闘いに向けての本書の役割が、何となく分かった気がする。そんなこと知りたくない人は、ここから読まないでください。西澤は、奈蔵と由美の息子が、嗣子の真の敵になると書いている。
最初は何のことか分からなかったが、本書のテーマであるタイムリーパーを鑑みると、嗣子は、将来保科と能勢の間に生れる娘が、現在にタイムリープしてきたのではないだろうか。そうであれば、三人のよく分からない関係や、本書で嗣子の正体を探偵が調べられないことなど、色々平仄があってくる気がするのだ。どうだろうか?
●7627 転・送・密・室 (ミステリ) 西澤保彦 (講談文) ☆☆☆★
シリーズ第五作にして、第二短編集。表紙は元に戻りました。しかし、第一短編集「念力密室」が、超能力は念力に統一されていて、ホワイダニットに徹していて、分かりやすかったのに対して、本書は超能力も設定もバラバラで、結構読むのに手間取ってしまった。
また、今回は毎回新キャラクターが活躍するのも、痛し痒し。これで、ミステリ的に優れていれば、バラエティーに富んだ傑作集、となっただろうが、いかんせんスランプだったのだろうか、と思うくらいパズラーとしては物足りないでき。
ただ、作者も後書きで書いているように、本筋以上にシリーズ全体の伏線らしきことが、かなり書かれている。特にチョーモンインの正体は、ある程度予想はついたが、ぶっ飛んでいる。そうか、ひょっとしたら彼女はまだ生れていないんだ。
そして、衝撃のラスト。この阿呆リキという謎の編集者?は何者?また、アポくんとの関係は?
2月は以上14冊でした。ベストは、新刊ミステリを優先して「サイレンス」にします。で、今チョーモンイン第六作の「人形幻戯」を読んでるのですが、2月に間に合わず、リタイアします。
もっと言うと、このシリーズあと短編集が三冊あるだけで、ここ数年新刊が全然出てないんですね。しかも、ネットを信ずれば、レベルはどんどん落ちていく。というわけで、チョーモンインは長編の新刊がでるまで、待つことにします。もちろん、西澤の他の作品は読みますが。
桐野夏生・おすすめ神7(必読)
①OUT
②グロテスク
③ナニカアル
④ポリティコン
⑤夜また夜の深い夜
⑥水の眠り灰の夢
水の眠り 灰の夢―文春エンターテイメント (Bunshun entertainment)
- 作者: 桐野夏生
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 1995/10
- メディア: 単行本
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⑦奴隷小説
横山秀夫・おすすめ神7(必読)
①64
②クライマーズハイ
③半落ち
④第三の時効
⑤陰の季節
⑥臨場
⑦顔(FACE)
香納諒一・おすすめ神7(必読)
①ただ去るが如く
②幸(SACHI)
③贄の夜会
④女警察署長
⑤梟の拳
⑥幻の女
⑦熱愛
2017年 1月に読んだ本
●7595 有栖の乱読 (エッセイ・書評) 有栖川有栖 (ダ・ヴィンチ) ☆☆☆☆☆
いつものように、図書館が(当然)閉館するお正月は、読む本がなくなり、こんな懐かしい本を取り出した。(もちろん、今年も事前に図書館でかなり仕込んだのだが、半分以上は読み通せなかった)
場所は、去年浦和駅に出来た北口の蔦谷書店。その半分が、スタバのカフェになっていて、そこでラテを飲みながら、本書を読み出した。実は初めてだったのだが、まわりの棚は閲覧可能の図書館になっていて、雰囲気もいい。朝の一時間ほどで本書を再読し、午後再び寄ったら満杯で、つい隣のベックでまたラテを飲んだ。
本当は書評などつけるつもりもなかったのだが、ふとこのブログをスタートしたことを思いだし、本書を使えば、このブログの主旨?説明になると考えたのだ。
本書の55ページ、著者の学生時代にこんな文章がでてくる。
同じ学年にK君という男がいた。彼は年間に読む本が200冊を超すという推理研きっての猛者で、かつ国産もの翻訳ものを問わず、本格ミステリが好きな部員とも、ハードボイルドやスパイ小説が好きな部員とも、対等以上に話ができるという、抜群の守備範囲を誇っていた。
しかも、たた読み飛ばすだけでなくて克明な読書ノートをつけており、さすがに上には上がいるものだな、と感服した。
そうこのK君が僕なのです。そして、高校時代からつけていた(最初はもちろん鉛筆書き)ノートが、40年以上すぎてなんとか7500冊を達成することができました。で、今還暦を間近にし、一念発起し新しいPCを買い込み、娘に教わりつつ、なんとか昨日立ち上げたのがこのブログなのです。
途中二度ばかり危機がありましたが(社会人になった年と、英語もできないのに海外で仕事をすることになった年)なんとかとぎれずに、ここまでくることができました。98年以降はデータベース(といってもメモ帳だが)化してあるので、少しづつアップしていきたいと考えています。まだ、ブログに慣れていないので、ミスはご容赦ください。
ブログスタートの動機のひとつは、最近の年末ベストの選択が非常に変で、このままではミステリファンが減ってしまう危機感を強く感じているからです。少しでも心あるファンの指標になるような、ブログにしていきたいと思っています。
今後ともよろしく。あけおめ。(実は本書は今年五冊目です)
●7596 不条理な殺人 (ミステリ) アンソロジー (祥伝社) ☆☆☆☆★
たまたま収録作家が豪華なので手に取ったが、平成10年と古い作品。ただどうやら最近幻の名作として復刊されたようだが(本書は旧作)さもありなんという、高レベルのアンソロジー。まず冒頭の山口雅也の「モルグ氏の素晴らしきクリスマス・イヴ」がハイテンションのスラップスティック・ミステリで一気に読ませる。ここまでやるか、という内容だが、このネタ元はきっとマルクス兄弟のあの映画だと思う。
次の有栖川有栖の「暗号を撒く男」は、唯一の正統派パズラーなのに、オフビートでおかしい。加納朋子の「ダックスフントの憂鬱」は、ちょっとダークで好みではない。西澤保彦の「見知らぬ督促状の問題」は、何とタック&タカチシリーズの一編でたぶん既読だが、相変わらず論理が冴えて、彼の場合はダークさが魅力。
恩田陸の「給水塔」は、ホラーでネットの評価も高いのだが、もう少しうまく書けた気がする。倉知淳の「眠り猫、眠れ」は、奇怪な行動をとって亡くなった父親(不連続殺人事件の影響?)のホワイダニットで、手堅く哀しい。若竹七海「泥棒稼業」と柴田よしき「切り取られた笑顔」の二作だけが、ぴんとこなかった。
そしてネットで評価が高い近藤史恵「かぐわしい殺人」は僕にはちょっと説得力不足。さらに、最後の法月綸太郎「トゥ・オブ・アス」は「二の悲劇」の原型(といわれても、さっぱり思い出せない)の力作。「誰彼」のようにやりすぎになる一歩手前で、どんでん返しの連続を鮮やかに決めた。ある偶然を逆手にとったラストが鮮やかで、本書のベスト。
というわけで、すべて90年代後期の作品で、みんなまだ新人に毛が生えたレベルだったのに、全員大家に成長し、現役でバリバリやっているところに、感動さえ覚える、まさに幻の傑作短編集。
●7597 公方様のお通り抜け (歴史小説) 西山ガラシャ (日経新)☆☆☆☆
日経小説大賞作品を読むのは、初めて。まあ、そのくらい僕のビジネス小説への興味は薄いのだが、本書は題名から分かるように歴史小説。ただし、そこは日経、何と尾張家の庭園を、TDLならぬテーマパーク?に変えてしまうという、イベント&ガテン時代小説なのだ。(商人=算盤小説もちょっと入ってる)
新人らしからぬ達者な筆で、サクサク読めてしまうが、正直コクは足りない。江戸落語のように、とよく評価されているが、残念ながら僕にはよく分からない。人物造形に深みはない。でもまあこういうハッピーエンドの物語も、正月早々気分のいいもので、合格点とした。次はこの手は使えないので、逆に期待したい。
●7598 日本沈没 上 (SF) 小松左京 (小学文) ☆☆☆☆☆
●7599 日本沈没 下 (SF) 小松左京 (小学文) ☆☆☆☆☆
ついに読む本がなくなり、本書に手をつけた。どうも、未だに子供っぽくベストセラーには天邪鬼になってしまう。まあ、大概はそれでOKなのだが、今回は大失敗だ。
本書は73年に上梓された。73年と言えば、終戦から30年、そして今から40年以上前で、現在より戦争の方が近い。国鉄や大蔵省やソ連が存在し、もちろん携帯もネットも存在しない。だのに、本書は今の小説として、何ら古くない。いや、未だに来たるべき未来、いや悪夢を先取りしている。
筒井の初期の「48億の妄想」や「俺に関する噂」を再読したとき(SF)作家の創造力の凄さ、鋭さに驚愕してしまったが、本書はその比ではない。予言の書であり、黙示録である。思えば小松は73年に本書を上梓し、95年に関西大震災と遭遇してしまった。(そこから、鬱病を患ったと聞いている)そして、11年、3・11のあと7月に永眠した。予言の重みに耐えられなかったように。
実際、本書の科学面はずば抜けている。プレート・テクニクス理論はさすがに知っていたが、そこに量子力学のトンネル効果を混入させていることに驚いた。江崎がノーベル賞をとったのも73年なのだ。そして、本書にでてきる地震の最大値は、マグネチュード8.6であり、ご存じのように東日本大震災はマグニチュード9であり、本書で繰り返される、過去になかったことが、ついに訪れたのだ。
本書は06年に文庫化され、小松の弟子とも言える堀晃が解説を書いているのだが、そのラストが恐ろしい。「阪神大震災から10年以上が経過した。「日本沈没」で描かれた「日本人を襲う最悪・最大の災害」を「物語」として体験することの意味は大きい」これは、もちろん3・11以前の文章である。
ただし、本書の評価は一冊の本=予言の書としての評価であり、単純に小説として楽しむには、いくつも疵がある。小野寺は主人公ではなく、狂言回しにすぎず、結局感情移入すべき主人公が本書にはいない。だから、正直読みにくいのだが、一方ではだからリアルと言える。
そして、たぶんメタファーとして描かれる二人の女性の、場違いで逆に古くさいいかにも小松的な人物造形も好みではない。映画は藤岡弘=小野寺、松坂慶子=玲子という設定だったが、この二人をメインにしては、物語は破綻する。いや、下巻はもはや小説というより、ポリティカル・シミュレーションだろう。
上巻では主人公と感じていた、田所博士ですら、後半はある理由でフェイドアウトしてしまうのだから。以上、純粋にSF小説として、楽しめたとは言えない、というかそれを現実が許さない、恐るべき予言の書であった。
●7600 英雄の条件 (ミステリ) 本城雅人 (新潮社) ☆☆☆☆
発売時に出遅れて、予約をあきらめたのだが、わりと早めに図書館の棚でゲット。サッカーに八百長あれば、野球にドーピングあり。正直、このふたつがテーマの小説をわざわざ読みたくはない。著者の「マルセイユ・ルーレット」も読み出してすぐ、八百長がテーマとわかりほおり出した。
ただ、今回は正月なので他に本がない。しょうがないので、読み続けたら、何とか主人公津久見の妻の恭子の魅力もあって、読み通すことができた。
寡黙でストイックな松井のようなメジャーリーガー津久見は、本当にドーピングをやったのか?謎は単純だが、エージェントや新聞社を巻き込んだからくりは、結構複雑。だからいいとはいわないが。この陰謀は、ちょっとリスクが大きすぎるのでは?
で、これを言ってはお仕舞いかもしれないが、本書の魅力は実はそこにはなく、夫婦愛なのだ。最初なんでこんなカップルがありえる?裏があるのだろうか?と思っていたら、表も表。
ベタをさらにベタにすれば、それはそれで魅力的と、最後の夫婦告白シーンでは、つい目頭が熱くなってしまった。津久見がロスのメジャーリーグを目指した理由には、呆然としてしまった。やられた・・・・
というわけで、まあ甘いけれどこの採点でしょうがないか、と思っていたら、正直ラストのラストの津久見の告白で、ワンランク下げようかと思った。何とか踏みとどまったが。
これは違う。気持ちは分からないでもないが、こんなところ(ドーピングの公聴会)で、こんなことを言ったら駄目だろう、津久見。これが「英雄の条件」な訳がない。もし、そこを強調したいなら、別のやり方でなやらないと。
●7601 半 席 (時代ミステリ) 青山文平 (新潮社) ☆☆☆☆
数年前、 著者の松本清張賞受賞作「白樫の樹の下で」を縄田一男が強烈にプッシュしていて、早速読んだのだが、文体がぶつ切れのように感じて、小説を読んだ気がしなかった。(まさか僕より一回り上だとは思わなかった)そして、あっという間に直木賞をとってしまい、不思議なこともあるんだ、と思っただけだった。
ところがご存じのように、本書は「このミス」4位である。何だこりゃ!とぶっ飛んでしまったが、これは立派なミステリの連作短編集である。今年も「このミス」は立ち読みですませてしまったが、本書を選んだことだけは評価する。
冒頭の「半席」こそ、ちょっと動機にリアリティーがないが(その分、なぜ老人が真冬の筏の上で駆けだし、池に飛び込んで死んだか?という謎は魅力的だが)その後「真桑瓜」「六代目中村庄蔵」「蓼を喰らう」と、全く同じ構造の作品が続く。
まず主人公(お江戸の見抜く者、というより聞く者=リューアーチャー)片岡直人に上司の内藤雅之から、本業以外の頼まれ仕事がくる。なじみの七五屋で店主が釣った魚に舌鼓を打ち、翌日なぜか謎の沢田源内との会話でヒントをつかみ、下手人のなぜ?ホワイダニットを、直人は本人に語らせることに成功する。
この四編では「真桑瓜」がベスト。しかし、江戸時代に70歳を超えた現役の老人旗本たちがわんさといて、色々?悪さを働き、その「なぜ?」を毎回探し当てる、という設定は、コロンブスの卵であり、リアリティーがあって、妙におかしい。
ここまで見事にワンパターンだと(安吾捕物控を思い起こす)これはもう、素晴らしい様式美である。また、内藤と源内も、非常に魅力的だ。さらに、七五屋で披露される季節の肴の蘊蓄の魅力もあって、松井今朝子の並木拍子郎シリーズを思い起こした。
そして、最後の二編「見抜く者」「役替え」は、源内が行方不明となり、パターンも大きく変わり、めでたく大団円となる。素晴らしい。ぜひ、TVドラマ化してほしい。(最初のうち、単行本なのに毎回同じ説明が繰り返されるのは、ちょっと閉口したが)
●7602 日本以外全部沈没 パニック短編集 (SF) 筒井康隆(角川文)☆☆☆☆
「日本沈没」を読んだ後、偶然図書館で、かなり美本+大きな文字の本書を見つけて手に取った。表題作以外も「日本列島七曲り」「農協月へ行く」「アフリカの爆弾」のような短編集の表題作が続き、胸焼けがしそう。(もちろん、ほとんど既読)
筒井の場合、パニック小説=スラップスティックであり、短編集に一編ならいいけれど、これだけ並ぶとちょっともたれる。しかし、僕が筒井の短編のベストのひとつと感じる「ヒノマル酒場」も入っていて、これは是非再読してみたいと思った。(今の僕の気分では、筒井の短編ベスト3は「鍵」「死にかた」「ヒノマル酒場」である)
で、何とか読み通したが、正直「新宿祭」「日本列島七曲り」「アフリカの爆弾」のような初期疑似イベント作品は、残念ながらもはや読むに堪えない。しかし、「ヒノマル」や「農協」は、数段ステップアップ=ソフィストケートされていて、再読がきく。特にやはり「ヒノマル」は、こういうパターンではほぼ完璧の作品と再確認した。
そして表題作である。もちろん、読んだことはあるのだが、内容はすっかり忘れていた。たぶん、本家を読まずにパロディだけ読んだので、さっぱり意味がわからなかったのだろう。本家を読めば、ほぼ同じ形で登場する田所博士の言動が、全く逆の意味になっており、苦笑を禁じ得ないが、当時は分かるはずもなかった。
これだけ読むと努力の小松、才能の筒井のような感じがするが、40年近く両者の作品とつきあった結果、今は僕は逆に感じている。
その他では、初めて書籍化された「黄金の家」が、正統なタイムパラドッックス物で楽しめた。さらに、全く期待していなかった「ワイド仇討」のシュールな展開に驚かされた。ラストのグロテスクさは、僕の好みからはやりすぎだが、この頃の筒井だから仕方がないだろう。
●7603 ビートルズは眠らない (エッセイ) 松村雄策 (ロッキ) ☆☆☆☆
本屋で文庫本の本書の新刊を見つけ、その場で図書館に予約を入れたら、単行本の在庫が既にあるとのこと。これも、最近よくあるパターン。文庫の解説と美本+コンパクトは魅力だが、早く読みたいので単行本で我慢。
内容は91年から03年までの、ロッッキングオンにおける著者のビートルズ関連の文章をまとめたもの。そして、それはほぼ忘れられかけていたビートルズに対する、新しい世代のファンの登場と、新技術によるビートルズの再発見の時代であったのだ。僕は、全く理解していなかったが。
ポール、ジョージ、リンゴが次々来日公演を成功させ、彼ら自身がいったん捨てざるを得なかったビートルズに原点回帰し、デジタルリマスター作品が、相次いで世界的に大ヒットした。そして、ジョージの死。
高校時代、音楽の99%はビートルズだった。わざわざ注文して、彼らの物語をむさぼり読んだ。そして、その情熱はいつもどこかでくすぶっていたのだが、そもそも時代認識ができていなかったことを痛感した。
それでも、ひさびさに読んだ、スチュ(スチュアート・サットクリフ)、ブライアン・エプスタインの物語は、時が止まった、いやよみがえった気がした。
●7604 テレビの黄金時代 (NF) 小林信彦 (文春文) ☆☆☆☆☆
筒井を読んだら、小林が読みたくなった、ら、何とすぐ返却棚で美本の本書を見つけた。SF御三家も筒井のみ。そして、本書で活躍する、巨泉、永、もまた鬼籍に入った。二人が健在なだけに、その喪失が怖い。
しかし、02年の本の文庫だから、まだ小林の作品をきちんと追いかけていた時代のはず。なのに、なぜか内容に記憶がない。もともとはキネ旬の本だったので、見逃してしまったのか。もちろん、内容は様々の著者の作品で、勝手知ったる世界だが、本書はその決定版というか、集大成というべき傑作である。
日本のテレビ、というかバラエティーショーの歴史は、本書にもあるように、「光子の窓」(昭和33年)「夢であいましょう」「シャボン玉」(36年)「11PM」(40年)「ゲバゲバ90分!」(44年)と、僕の誕生・成長に合わせて、黄金時代を謳歌する。
そして、小林の場合、そこに井原髙忠と組んだ「九ちゃん!」の話が、いつものように加わる。そうやって、本書を昭和&小林の総集編として楽しんでいるうちに、本書の持つもうひとつの側面に、嫌でも気づかされた。
これらの番組で活躍するタレントを、当時ほぼ独占していたのが渡辺プロ。そして、渡辺プロはその力の大きさ故、傲慢になっていくのだが、それはまるで今のJにうり二つに感じるのだ。02年の小林は、それを意識していたとは思えないのだが。
そして、終盤ついに渡辺プロと井原は対立し、戦争となる。そのとき井原の打った手が何と「スター誕生」だったのだ。そして、生まれた新人を、サンミュージック、ホリプロ、田辺エージェンシー、等々の井原の盟友に預け、育て上げる。この作戦は大成功し、渡辺プロの独占状態はあっという間に崩れてしまう。
これって、当たり前の芸能史なのかもしれないが、アイドルに興味がなく、「スター誕生」を見たことがない僕は、全く知らなかった。驚いた。そして、本書のラスト、黄金時代以降の優れたバラエティーショーが、いくつか取り上げられ解説される。その最後の番組が「SMAP×SMAP」なのだ。・・・・
余談だが、ウィキの小林の著作を確認していたら、小林と松村雄策の「ビートルズ論争」というのが、目に飛び込んできた。いったい、どこまでつながるんだ。内容は小林の「ミートザビートルズ」に関する、松村の批判だが、内容的には小林の圧勝と言えるだろう。
松村としたら、著書でも強調していた、今頃当時のビートルズを語る奴(への憎悪)をついぶつけてしまったようだが、それを小林相手にやってはいけない。日本で一番いけない相手。
●7605 マエタケのテレビ半生記 (自伝) 前田武彦 (いそっぷ) ☆☆☆★
「黄金時代」が衝撃的に面白かったので、隣にあった本書(和田誠の表紙が魅力的で)まで読み出した。内容や登場人物はほとんどかぶるのだが、予想通り残念ながらそこに、永、巨泉、青島、らと並んで小林の姿はない。
「ゲバゲバ」で二人を小林が仲介?したシーンも残念ながらない。あくまで、客観的に歴史を語れば、そうなるのが当然なんだろうが、やはり物足りない。となると、そもそもマエタケの芸風が合わなかったことを思い出す。
「夜のヒットスタジオ」は大嫌いだったし、そもそもマエタケが小説やら映画やら音楽を語ったことがない。知性が感じられない。と思っていたのだが、確か映画解説もやっていたので、そういう芸風だっただけなのだろうが。
というわけで、すいすい本書も読んだが、正直コクがたりない。まあ、小林と比べるとかわいそうだが。しかし、最大の問題は、マエタケがTVから干された「バンザイ事件」の描き方、である。もし、ここで書かれていることが本当なら、それはあまりにも無防備かつ、無意識の傲慢さの結果としか言えない。
まあ、そのあとお天気マンとして、復活したのには驚いたが、そういう時代の嗅覚だけは、やはり認めなければならない。そして、彼ももはやいない。
●7606 ロッキング・オンの時代 (NF) 橘川幸夫 (晶文社) ☆☆☆★
全くの偶然だが、今月は松村に続いて「ロッキング・オン」創刊メンバー4名のうち二人の本を読むことになった。ただ、松村の場合はビートルズという共通項があったのだが、著者の場合は存在すら知らず、読み終えてもどうにも消化不良だ。
僕にとっては、ロッキング・オン=渋谷陽一であり、しかも雑誌ではなく、彼のFMラジオを80年代、達郎や佐野元春と同じくよく聞いていた。そして、ケイト・ブッシュ、スタイル・カウンシル、アズテック・カメラ、という当時の僕のブリティッシュ・ロック好みができあがった。(ジャパンだけは、何度聞いても分からなかった)
残念ながら、ロッキング・オンという雑誌に思い入れはないし、本書の舞台である70年代は、僕にとって早すぎる。当時は拓郎命(中学)からビートルズ(高校)に変わりつつある頃にすぎない。だから、本書を読んでも、あまり感じるところがないのだ。
そもそも音楽の書評?って、どうやるの?という感じで、本書収録の文章も、僕にはさっぱりひびかない。音を表現するには、もっと工夫と知識が必要だと、つくづく思う。
内容も、音楽でも、歴史でも、個人を描くでもなく、中途半端だと感じた。で、バブル崩壊以降、気づけばロッキン渋谷は、とんでもないメジャー・マイナーになっていた。最近、あのCUTもロッキンオンだと気づいた。で、もちろんロッキンオンで一番の好物は、渋谷の個人雑誌サイにおける、北上と大森の闘う書評だった。
閑話休題。やはり、今度は渋谷の実像に迫るものを読みたい。未だに時々、日経にコンサートのレポートをさらっと載せる渋谷は、ある意味僕のあこがれだ。当時、田舎者の僕にとって、村松と渋谷が面白がり方の先生だったと感じる。
余談だが、ラジオで渋谷が言った「ケイト・ブッシュとスティーヴィー・ニックスと中島みゆきを理解できれば、女を理解できる(いや、女は絶対理解出来ない)」という言葉は、40年近く忘れたことがなかった。が、昨年末中島みゆきの、夜会=「橋の下のアルカディア」を観て、初めてその言葉の真の恐ろしさを知った。
●7607 幻視時代 (ミステリ) 西澤保彦 (中公文) ☆☆☆☆★
そう言えば、最近西澤で外れた経験がない、と思いつき、図書館で文庫の美本を探すと、本書が見つかった。(10年の作品で、14年に文庫化)聞いたこともない作品だったが、読み出して一気に引き込まれた。そして、読了後満足のため息をついた。
アマゾンで誰かが書いていたが、このレベルの傑作が、年間ベストで完全に無視される状況は、確かにおかしい。ミステリというジャンルが拡散されすぎたのか、単純に作品が多すぎるのか、きちんとしたジャンル批評が成立されていないと思う。西澤レベルのベテランでも、全作品を読んでいる評論家がいない、のだと思う。
冒頭が魅力的だ。主人公悠人が、ある故郷の写真展で、18年前の地震とそれに遭遇した自分の写真を見ることになる。ただし、その写真の右端には、ありえないものが写っていた。同級生の風祭飛鳥。しかし、それはありえない。なぜなら、飛鳥はその4年前に殺されていたからだ。
そこからストーリーは、22年前の学生時代に一気にフラッシュバックする。そして、高校の文芸部を舞台にした学生時代が描かれる。正直、ラノベ主流の現在、学生時代を楽しく読ませてくれる力量のある作家はめったにいないのだが、西澤は別格と再認識した。キャラクターが最高に立っている。(まあ、年齢が近いからだろうが)
特に、なぜか平石貴樹を読んでいたり、綾辻行人の出現に熱狂する、ミステリオタク(現在は作家になっている)オーケンがいい味だしています。22年前の殺人、18年前の地震、を描きながら、本書は終盤おまちかねの、悠人とオーケン、それに編集者の長廻、の三人による爆喰い・酩酊推理合戦となる。
で、このレベルが高いのだ。何度も、何度も推論がひっくり返され、やり直しとなるのだが、デクスターみたいに、もうどうでもいいや、とはならない筆の冴え。本書の一番のキモは、既に数年前に癌で亡くなっている、悠人の母親の存在と原稿が、事件の重要なキーとなること。
このあたりは、「Yの悲劇」を彷彿させて、ゾクゾクする。また、「配達されない手紙」は、鮎川の「宛先不明」を思い起こさせる。そして、たどり着いた真相は、悪魔の仕業としかいいようがないものだった。(ただし、本書はダーク度に関しては、従来の西澤の30%と、たぶん意識的に薄味で、これも論理合戦をうまく強調している)
正直、既に死んでいた少女の正体は、物足りないというか、説得力が足りない。殺人事件の真相も、いつものように多重解決の中で一番面白いわけではない。いや、本当にこれが真実なのか、最後までフラフラする。
しかし、それがいいのだ。その結果、様々な人物の何気ない言葉、行動の真の動機が確定せず、物語はダブルミーニングにあふれるのだ。ああ、きっとこれは西澤流のクイーンとクリスティーの融合、なのではないだろうか。
閑話休題。あと問題は、内容をイメージさせず、SFと誤解させる上に、ださいダジャレでもある題名。どうか、多くの人が、この隠れた傑作に気づいて、楽しんでもらえば、このブログを立ち上げた意味があった、と感じる。(ちょっと採点が高すぎるが、やや意識的にこうした)
●7608 ジェリーフィッシュは凍らない (ミステリ) 市川憂人 (創元社) ☆☆☆★
昨年の鮎川哲也賞受賞作にて、このミス10位。まあ、スチーム・パンク=歴史改変世界における雪の山荘+そして誰もいなくなった、というオリジナリティーは評価しても良いし、鮎川賞の中では面白かったのも確か。でも、これは褒めすぎでしょう。正直、とても合格点は出せない。
まず一番の問題は、申し訳ないが文体。これでは、とてもスチームパンクを描くことなど不可能。最後まで、素人っぽい文章を読むのに難儀した。さらに、ミステリ的にもかなりロジックが雑。選考委員の辻真先が激賞しているが、まさに辻の作品のように、自分勝手でツメが甘く、読みにくい。(正直、北村、近藤、辻、という選考委員はいかがなものか)
犯人の正体など、もう少しうまくやれたんではないか、と思うし、真相を犯人側から再構築するラストも冗漫。たぶん、著者にとっては次の作品が勝負になるだろう。単なるマニアの一発芸だったのか、次のステップへの習作だったのか、そこではっきりすると思う。
トリックやシチュエーションは、なんとなく「スカイジャック」を思い起こしたのだが、文章力がケンリックとは、雲泥の差なんだよね。
このミスで復活した覆面座談会では、本書と「虹を待つ彼女」の二作が、新人賞では図抜けたツートップ、ということだったようだが、僕の評価は後者の方が遙かに高い。そして、その真贋は両者の次作であきらかになるだろう。作家としての、文章の力、人物造形力に、圧倒的な差があると断言しておこう。
●7609 松谷警部と向島の血 (ミステリ) 平石貴樹 (創元文) ☆☆☆★
「目黒の雨」「三鷹の石」「三ノ輪の鏡」に次ぐ第四作にて、たぶん四部作完結。そして、いつもこのシリーズは僕を悩ませる。あの「誰もがポオを愛していた」を書いた大学教授が、引退後満を持してスタートした、今や日本ですら絶滅寸前の本格パズラー。
従って、大いに喜ばなければいけないのに、どうにも楽しめないのだ。特に前作に続いて今作も合格点を出せなかった。で、問題はパズラー的ロジックが薄まっているのではないことなのだ。逆に濃密になりながら、単純にそれが面白くない、というかそれ以前に非常に読みにくいのだ。
その原因として、やたら多い登場人物がきちんと描き分けできていない気がする。キャラクターに、感情移入しずらいのだ。また、現実にはかなり派手な連続殺人(しかも、相撲取りの)なのに、なぜか地味で一本調子に感じてしまうのだ。
たぶん、全体に古くさいのかもしれない。特に今回は、多くの登場人物の故郷、北海道での因縁話が動機に絡んでくるところは見え見えなのに、必要以上にその部分が長く複雑で、いらいらしてくる。
被害者に残された口紅の跡、等々部分的に光るロジックも多々あるのだが、犯罪の全体構成が、大ざっぱで非現実的に感じてしまう。そして、何より著者の昔からのファンにとっては、松谷警部の正体+あの更級ニッキの扱い方を、もう少しうまくやれなかったのだろうか?もったいない、と感じてしまうのだ。
●7610 井原高忠 元祖テレビ屋ゲバゲバ哲学(インタビュー)恩田泰子(愛育社)☆☆☆☆
小林の「テレビの黄金時代」で紹介されていた、井原の自伝「元祖テレビ屋奮戦記」は残念ながら図書館になく、代わりに本書をゲット。09年の本で、著者は読売新聞記者(僕より8歳下なので、井原のリアルはたぶん未体験)で、小林の本にインスパイアされて、井原へのインタビューを敢行したようだ。
井原は14年に亡くなるので、何とか間に合った感じである。ちなみに、途中で井原に対する敬愛を込めた長文を寄稿している、井上ひさしも10年に亡くなっている。
井原を無理矢理一口で表現すれば、財閥の末裔のエピキュリアンにして、プロフェッショナルの塊とでも言おうか。とにかく、これまた現在は絶滅した貴種であることは間違いない。外見は上品なやしきたかじんで、やっぱりこわもてだが。
本書の特徴はふたつ。ひとつは、著者はやはり小林をリスペクトしているのか、最後に井原がヒッチコックマガジンに連載した「ショウほど素敵な商売はない」が小林の解説つきで、全文収録されていること。これだけでも、本書は読む価値がある。
そして、その文章は僕が生れた頃なのに、今でも全く通用する切れ味である。また、内容は、俗化する日本(ショウビジネス)への厳しい指摘にあふれており、80年51歳で引退してしまうのも、さもありなんと感じさせる。
また、途中で井原は同じくヒッチコックマガジンに連載されていた、二人のエッセイを引用するのだが、これが虫明亜呂無のスポーツと相倉久人のジャズなのだ。当時のヒッチコックの原稿料はただも同然、と聞いているのだが、小林の二十代での編集者としての辣腕ぶりを垣間見た気分。
そして、もうひとつは、やはり渡辺プロとの戦争。本人がはっきり、その意図と戦略を書いているので間違いない。やはり、こんな凄いことが、テレビの歌番組の裏側で実際に起きていたんだ。井原の蛮勇と強さに感服するしない。
というわけで、井原という不世出のテレビ屋の全貌とは言わないが、実際の声をきちんと書き留めた、意義のある本だと思う。
●7611 幻惑密室 (ミステリ) 西澤保彦 (講談文) ☆☆☆★
西澤の「タック&タカチ」と「腕貫探偵」の二大?シリーズは、全作品読んでいるのだが、もうひとつ「チョーモンインシリーズ」という大きなシリーズがあり、未読であることに気づいた。
西澤の出世作と言えば「七回死んだ男」であり、その結果か元からの資質かしらないが、西澤の初期作品には、SF特殊設定?をとる作品が多く、僕は「人格転移の殺人」を読んで、もうこのパターンはいいやと避けていた。
そして、チョーモンインは超能力の存在を前提とした、パズラーなのだ。というわけで、故水玉画伯の文庫表紙(かなり恥ずかしい)も伴って、なかなか手が出なかったのだが、読み出せば一気に引き込まれた。ワンマン社長が新年会?に呼び出した、二人の愛人と二人の冴えない社員、この四名の視点から語られる物語は、とんでもなく非現実的な状況を、無理矢理読ませるさすがの筆力。
と思っていたのだが、正直殺人が起き、いつものレギュラーが活躍しだしてからは、急にテンポがおちる。特に語り手の保科の、オタクっぽいモノローグの連続には参ってしまった。ここは全部カットでOKだと思う。
また、今回(実は作者の言う時系列通りに、この長編の前日談の短編を先に読んだ)の超能力が、ハイヒッパー、ヒップワード、ベイビーワード、とややこしく(ようは言葉で幻覚を見せる?)そのわりには、あるトリックがわかれば、犯人は自ずから導き出されてしまうのだ。
というわけで、本書は長編にするべきではなかった。駄作ではないが、トリックもストーリーも、中短編が向いている。そうであるなら、なかなかよく出来てる、ということになったかもしれない。それは無理なら、せめて7掛けにスリムにすべきだろう。
もう少し(最初の三冊)は読むつもりだが、次回はそこが改善されていることを望む。まあ、三冊目は短編集なので、問題はないだろうが。
●7612 実況中死 (ミステリ) 西澤保彦 (講談文) ☆☆☆☆
著者の言うとおり、短編をもう一編読んで、長編第二作の本書を読み出した。前作よりはましな気もするが、長さはほとんど同じ。本書も、7掛にできるなあ、と感じた。神麻、保科、能解、のレギュラー三人組?は正直あまり好みではない。
ただ、本書で感嘆するのは、西澤のミステリへの愛である。ああ、そうか、これがやりたかったんだ、という真相は、色々突っ込みたくなるが、よくここまでやった、という気がする。確かに、この犯人?には驚かされた。
実は今回もテレパシーの特殊設定が面倒くさいのだが、ラストの驚きは強烈で、たぶんキャラクター小説を逆手にとった、西澤のトリックが爆発する。シリーズ二作目で、こんなリーサルウェポンをかまして、大丈夫なのだろうか?(本書でも、「幻視時代」と同じく、盗作が大きなテーマとなるが、西澤にトラウマでもあるんだろうか?)
というわけで、細かいトリックや伏線は多々あれど、今回はある大きなトリックを著者が一心に目指した、ということで、合格点としたい。途中で、ミステリ作家の保科が、いまどき意外な犯人なんて無理だ、と嘆くシーンがあるのだが、今回はSF特殊設定を使いながらも、見事に意外な犯人?を実践してくれた。
●7613 念力密室 (ミステリ) 西澤保彦 (講談文) ☆☆☆☆
シリーズ最初の短編集で、予想通りこのパターンは短編に合っている。というわけで、満点とは言わないが、なかなか密度の濃い作品集になっている。
「念力密室」この短編が、シリーズ最初の作品。で、僕もまずこの作品を読んだのだが、正解だった。とにかくこの主人公3人の関係を説明するのは非常に難しく、僕も所感でわざと避けているのだが、この短編を読めばすんなり頭に入るようになっている。チョーモンインやカンチョーキの意味も分かる。
作品としては、密室トリックが念力によるもの、という前提には最初あきれるが、著者の狙いは、ホワイダニットにあると分かってくる。今回の動機も、なかなか面白いが、最新作「悪魔を憐れむ」によく似た傾向の短編があったので、僕は分かってしまった。
「死体はベランダに避難する」これも、パズラー=論理はよく出来ているが、犯人が分かってしまうのがもったいない。まあ、フーダニットじゃないんだけれど。被害者のある性癖もちょっと苦しいかな。
「鍵を抜ける道」鍵を巡っての論理はよく出来ている。しかし、これは田の作品もそうだが、人間関係に無茶があるように感じる。
「乳児の告発」笹沢佐保の名作を彷彿させる誘拐もの。これまた、偶然の人間関係に鼻白むが、ラストは西澤ダークパワー全開で、ぞっとする。
「鍵の戻る道」これはちょっと、いくら犯人が変人でも、動機に無理がある。「念力密室F」最後の作品は毛色が違って、どうやら将来への伏線ということで、解決がない。まあ、壮大なる設計図はいいのだが、たぶんこれ読む方は覚えられないなあ。
以上、全作品西澤らしいロジックの冴えはあるのだが、正直人間関係や動機がぶっとびすぎたり、偶然にすぎたり、ひっかかる。ようは、パズラーに徹して、他の要素はフェイドアウトということだろう。で、そのためにこそ、このリアリティーゼロの主人公たちが、論理に淫した世界を作り上げるのだ。
しかし、西澤は「実況中死」のように、その世界を逆手にとったりするのだから、油断がならないのだが。このシリーズ、今後も少しずつ読んでいきます。
以上、1月は19冊でした。ベスト本は「テレビの黄金時代」です。